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【事件名】製造“ノウハウ”の侵害事件
【年月日】平成19年3月16日
 東京地裁 平成17年(ワ)第18066号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年2月13日)

判決
原告A
同訴訟代理人弁護士 菊池武
被告 関西ペイント株式会社
同訴訟代理人弁護士 小林二郎


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、金1366万円及びこれに対する平成17年7月12日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 争いのない事実
(1) 当事者
ア 被告は、各種塗料の製造及び販売等を業とする株式会社である。
イ 原告は、もと被告の技術本部の部長であり、平成9年から同11年まで、被告の技術顧問の職にあった。
(2) 技術ノウハウに関する覚書の締結
 原告は、株式会社マグエックス(以下「マグエックス」という。)との間で、平成12年3月21日、次の内容等の覚書(以下「本件覚書」という。)を締結した。
 原告、マグエックス及びシンコー技研株式会社(以下「シンコー技研」という。)により、平成7年から平成8年までの間に研究開発された電磁波吸収材用ゴムシートの製造技術に関して、マグエックスが製造したゴムシートを販売するに当たり、原告のノウハウ部分(以下「本件ノウハウ」という。)に関しては事前又は事後に書面により、原告からの承認を得ることを条件とする。
(3) 被告と株式会社日本エネシスとの面談の経緯
ア 原告は、被告の顧問として、株式会社日本エネシス(以下「日本エネシス」という。)との交渉窓口を担当していた。
イ 被告のライセンシーであるオタリ株式会社(以下「オタリ」という。)は、被告に対し、平成11年5月13日ころ、原告が日本エネシスとオタリに対して反利益行為を行ったことを理由として、両社に対する被告の窓口担当者を原告から新たな者に変更するよう求める要望等を記載した書面を送付した。
ウ 被告のB常務(以下「B」という。)らは、平成11年5月27日、原告から上記イの書面に関する事情を聴き、被告のC専務(以下「C」という。)らは、同年6月4日、再度、原告から上記イの書面に関する事情を聴いた。
エ 被告のBらは、平成11年6月10日、日本エネシスの代表取締役であるD(以下「D」という。)と面談した(以下「本件面談行為」という。)。
2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、(1) 被告が本件ノウハウを使用したとして、それが、不正競争防止法2条1項4号所定の不正競争行為又は不法行為に当たることを理由として、166万円の損害賠償を請求するとともに、(2) 本件面談行為が不法行為に該当すると主張して、1200万円の損害賠償を請求する事案である。
3 本件の争点
(1) 被告は本件ノウハウを侵害したか。
(2) 本件面談行為が不法行為に当たるか否か。
(3) (2)の不法行為につき消滅時効が成立するか否か。
(4) 損害額はいくらか。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件ノウハウの侵害の有無)について
〔原告の主張〕
 本件ノウハウの内容は、原告とマグエックスとの間で締結された本件覚書に記載されている電磁波吸収材用ゴムシートの製造技術に関するノウハウである。
 本件覚書第2項によれば、本件ノウハウを使用するには、原告の承認を得ることを要するものと規定されている。
 しかしながら、被告は、原告の承認を得ないで、本件ノウハウを無断で使用しているから、被告による本件ノウハウの使用行為は不法行為に当たる。
 また、本件ノウハウは営業秘密に当たるから、被告による本件ノウハウの使用行為は不正競争行為に当たる。
 なお、原告は、被告に対し、本件ノウハウの使用許諾契約の申込みをしたものの、被告がこれを承諾しなかった。これが、本件訴訟の発端である。
〔被告の主張〕
 被告は、本件ノウハウを全く知らないし、これを使用した事実もない。もとより、被告は、ゴムシートを製造又は販売したことはない。
 なお、被告は、原告に対し、原告提出に係る証拠が本件ノウハウと関係があることを明らかにするよう釈明を求めたものの、原告は、これに回答していない。
2 争点(2)(本件面談行為の不法行為該当性)について
〔原告の主張〕
(1) 日本エネシスは、財団法人ベンチャーエンタープライズセンター(以下「VEC」という。)が貸付金額の80パーセントを債務保証することを条件として、平成9年7月15日、8000万円を借り入れ、原告は、同日、VECの債務を連帯して保証した。
 原告は、VECに対して、平成11年3月13日、日本エネシスが上記借入金を不正使用していること等を記載した書面を送付して、上記連帯保証の解除を求めていた。
(2) 被告のCが原告から事情を聴いた平成11年6月4日に、原告がVECの債務に関する連帯保証の解除について交渉中であることを理由として、被告は、日本エネシスと交渉する場合には同月末日までは原告を通じて行うと約束した。
 しかし、被告は、この約束を守らずに、同月10日に、原告に無断でDと面談した。このことにより、原告は、VECの連帯保証の解除について交渉することが困難になったから、連帯保証の重圧による精神的苦痛を被った。
 このように原告の人権と尊厳は著しく傷つけられ、そのために被った精神的苦痛は甚大である。
(3) なお、本件訴訟の目的は、司法権の発動により日本エネシスの不正行為を明らかにし、ひいては、これに関与した被告に対して、反社会的行為を認めさせて、このような不条理を再び起こさないよう法によりに誡めることにある。被告が、日本エネシスの公的資金を不正に流用したことに加担し、その事業を破綻させた社会的責任は極めて重い。
 仮に、このような不条理が見逃され、被告が何らの処罰をも受けないとしたら、被告が社会の善良で幸福な人々にさらに大きな害悪をまき散らし、社会の秩序を乱す原因をますます高めることになる。
〔被告の主張〕
 被告は、オタリから、平成11年5月13日に、日本エネシスとの窓口担当者を原告から新たな者に変更してほしい等の内容が記載された書面を受け取った。これを受けて、被告は、同年5月27日に原告から、同年6月10日にDから、それぞれ事情を聴いただけである。このことが不法行為に該当することはない。
3 争点(3)(消滅時効の成否)について
〔被告の主張〕
 原告の主張する不法行為の時期は、本件面談の日である平成11年6月10日であり、原告は同日に当該不法行為の事実を知ったから、被告は、消滅時効を援用する。
 なお、原告は、平成14年6月17日に初めて加害者を知ったと主張しているが、Bは、個人としてではなく、会社の常務として原告と交渉していたことは明らかであるから、原告の主張は理由がない。
〔原告の主張〕
 不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、加害者を知った時から起算される(民法724条)。そうすると、原告は、Bからの書面により、平成14年6月17日に初めて加害者がBではなく被告であることを知ったから、消滅時効は成立しない。
4 争点(4)(損害額)について
〔原告の主張〕
(1) 本件ノウハウの侵害による損害
 本件ノウハウの研究開発費は、3000万円であり、このうち、原告の知的労働費は500万円である。この知的労働費について、利用者である原告、被告及び日本エネシスにより分担すると166万円となる。これが、本件ノウハウの侵害による損害額である。
(2) 本件面談行為による損害
 被告の本件面談行為により、原告は、連帯保証債務の重圧による精神的苦痛を被った。その苦痛は、計り知れないものであるから、賠償額は1200万円が相当である。
〔被告の主張〕
 いずれも原告の損害はない。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件ノウハウの侵害の有無)について
(1) 前記争いのない事実並びに証拠(甲1、2、13の3及び4)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
ア 原告は、マグエックスとの間で、平成12年3月21日、次の内容の本件覚書(甲1)を締結した。
 原告、マグエックス及びシンコー技研により、平成7年から平成8年までの間に研究開発された電磁波吸収材用ゴムシートの製造技術(以下「本件技術」という。)に関して、マグエックスが製造したゴムシート(以下「本件製品」という。)を販売するに当たり、原告のノウハウ部分(本件ノウハウ)に関しては事前又は事後に書面により、次の(ア)及び(イ)の承認を得ることを条件とする。ただし、シンコー技研に帰属するノウハウに関しては含まないものとする。
(ア) マグエックスは、原告に、本件技術を利用することを希望する第三者(本件製品を利用して電磁波吸収材を作製する者(会社)及び電磁波吸収材を製造する実施権を供与する者(会社)をいう。)を報告する。
 この場合には、マグエックスは、第三者との契約に原告の影響を受けないものとする。原告は、マグエックスに対して前記以外に何らの義務、制約又は対価を設けない。
(イ) 第三者は、原告からの承認を得ることを必要とする。
イ 原告は、被告に対して、平成12年8月1日ころ、次のとおりの技術情報使用許諾契約を締結することを申込み、同月25日ころ、被告に対して、上記アの本件ノウハウの対価として、166万円を請求した(甲13の3及び4)。
(ア) 原告は、被告に対し、本件ノウハウを利用することを許諾する。
(イ) 被告は、(ア)の対価として、本契約締結後15日以内に、原告に対して166万円を支払う。
ウ 被告は、上記イの申込みに応じず、その外にも、原告との間で、本件ノウハウに関する契約をしていない。
(2) 本件ノウハウについて
ア 釈明の経緯
(ア) 原告は、本件ノウハウについて、@ゴムシートの連続製造技術、A量産性とシート性能のための成分組成、Bゴムシートのホットプレス用ポリエステルとの接着性、Cゴムシートの製造規格であると特定しているものの(平成17年6月9日付準備書面(1))、その具体的な内容が立証されていなかったことから、受命裁判官は、第1回弁論準備手続期日(平成17年9月12日)において、原告に対し、本件ノウハウの具体的な内容を明らかにするよう求めた。
(イ) 原告は、第3回弁論準備手続期日(平成17年11月18日)において、本件ノウハウは、本件覚書で合意をしたノウハウのことであり、これを裏付ける証拠は、甲第2号証のみであると述べた。また、受命裁判官は、同期日において、被告において本件ノウハウを使用することが不法行為に該当する法的根拠を明らかにするよう求めた。
(ウ) 原告は、第6回弁論準備手続期日(平成18年3月28日)において、本件ノウハウを使用することは、不正競争防止法2条1項4号の不正競争行為に該当すると答えたものの、これ以上、主張立証するつもりはないと述べた。
 これに対し、被告は、不正競争行為が明らかでないから、これを特定するよう求め(平成18年4月17日付準備書面(4))、受命裁判官も、同期日及び第7回弁論準備手続期日(平成18年5月16日)において、不正競争行為を具体的に特定するよう求めた。
(エ) なお、原告は、第8回弁論準備手続期日(平成18年7月6日)において、本件ノウハウは、甲第1号証、甲第2号証、甲第28号証、甲第29号証、甲第32号証の1、2及び甲第34号証の各証拠で十分立証されていると主張した上で、その外の証拠は提出しないと述べた。
イ 上記ア(エ)記載の各証拠の内容について
(ア) 甲第1号証について
 本件覚書である。本件覚書第2条では、第三者が本件ノウハウを使用する場合には、原告の承認を得ることを必要とすると記載されているが、本件ノウハウの内容は、「平成7年から平成8年の間に研究開発された電磁波吸収材用ゴムシートの製造技術」に関する原告のノウハウ部分という以上には、明らかにされていない。
(イ) 甲第2号証について
 原告作成に係る「薄膜多重電波吸収体の技術開発の経緯」と題する書面である。この書面には、技術権利の帰属の欄に「ノウハウA」との記載が認められるものの、本件ノウハウの内容は明らかにされていない。
(ウ) 甲第28号証について
 シンコー技研が、株式会社ウェイベックス(以下「ウェイベックス」という。)に対し、平成18年1月25日にファクシミリで送信した売上帳簿の一部である。この帳簿には、枚数、単価、売上金額等の記載はあるものの、本件ノウハウに関する記載は認められない。
(エ) 甲第29号証について
 原告作成に係る「電波吸収体事業共同組織体の遷移」と題する書面である。この書面には、原告の名前が記載されているものの、本件ノウハウに関する記載は認められない。
(オ) 甲第32号証の1及び2について
 被告が、ウェイベックスに対し、被告の電波吸収体に関する特許権の実施を許諾することなどを内容とする平成13年12月1日付の実施許諾契約書(甲32の1)及び平成14年11月30日付の実施許諾契約の期間延長に関する合意書(甲32の2)である。これらの書面には、被告の特許権に関する特許番号及び発明の名称等の記載はあるものの、本件ノウハウに関する記載は認められない。
(カ) 甲第34号証について
 シンコー技研とマグエックスとの間で締結された平成13年1月5日付の秘密保持契約の契約書である。この契約書には、本件ノウハウに関する記載は認められない。
ウ 本件ノウハウの内容について
 上記イのとおり、原告の主張に係る各証拠を精査しても、なお本件ノウハウの具体的な内容は明らかではない。
 なお、原告が作成した「株式会社マグエックスとAにより開発された電磁波吸収体製造用ゴムシートの製造技術一覧(平成7年〜平成8年)」と題する書面(甲12)には、@ゴムシートの連続製造技術、A量産性とシート性能のための成分組成、Bゴムシートのホットプレス用ポリエステルとの接着性、Cゴムシートの製造規格等の記載がある。しかし、それらの具体的内容は明らかではなく、本件ノウハウの内容を認定することはできない。
 そして、本件覚書において、「平成7年から平成8年の間に研究開発された電磁波吸収材用ゴムシートの製造技術」に関する原告のノウハウ部分が原告の承認を必要とするとされたとしても、本件覚書はマグエックスと原告間の契約であり、被告に対しその効力が及ぶわけではない。
(3) 被告の侵害行為について
 原告は、被告の侵害行為については、甲第28号証によって立証する旨主張する(平成18年2月28日付準備書面(5)参照)。
 甲第28号証は、シンコー技研がウェイベックスにファクシミリで送信した平成18年1月25日付の売上帳簿の一部であり、この売上帳簿には、商品の枚数、単価及び売上金額等の記載が認められるものの、そもそも対象となる商品の内容が明らかではない。被告は、原告に対し、当該売上帳簿の商品と本件ノウハウとの関係を立証する証拠の提出を求めたものの(平成18年4月17日付準備書面(4))、結局、原告は、これに関する証拠を提出しなかった。
 また、仮に、当該商品が、電磁波吸収材用ゴムシートに関する商品であったとしても、被告がウェイベックスから当該商品を購入したことその他の関係を認める記載はないから、上記売上帳簿によって被告が本件ノウハウを使用したと認めることはできない。
 そして、電磁波吸収材用ゴムシートを製造すれば常に本件ノウハウを使用することになることを認めるに足りる証拠もない。
 このように、原告の主張に係る証拠の内容を精査しても、なお被告の侵害行為の具体的な内容は明らかではない。
(4) まとめ
 原告が、本件ノウハウが不正競争防止法2条6項所定の営業秘密に該当することを主張立証せず、また、被告の不正競争行為を具体的に主張立証していない以上、被告が不正競争行為による損害賠償責任を負うということはできない。
 また、原告が本件ノウハウの具体的な内容を明らかにした上で、被告による使用行為を具体的に主張立証しない以上、被告が本件ノウハウを使用したことを理由とする不法行為による損害賠償責任を肯定することはできない。
2 争点(2)(本件面談行為の不法行為該当性)について
(1) 前記争いのない事実並びに証拠(甲3、7ないし9、13の3及び4、20、30、35、乙1ないし3)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
ア 原告によるVECの債務の連帯保証(甲8)
(ア) 日本エネシスは、VECが貸付金額の80パーセントを債務保証することを条件として、平成9年7月15日、三井住友銀行丸の内支店から8000万円を借り入れた(甲20)。
(イ) VECは、同銀行に対し、上記(ア)の日本エネシスの債務の80パーセントを保証し、原告は、同日、上記VECの債務を連帯して保証した(甲8、弁論の全趣旨)。
(ウ) 原告は、VECに対して、平成11年3月13日、次の内容等が記載された書面を送付して、(イ)の連帯保証の解除を求めた(甲30)。
 「昨年より私には納得のいかないことが幾つか生じ、このプロジェクトの将来に対し疑問を感じつつ、その間、万一にもVECにご迷惑のかかることのないよう願ってきましたが、早期に処置すべきことと判断しまして、ここに内情をご報告させて戴きます。VECの融資金はいうまでもなく公的資金であり、これの使途はその目的に正確に合致せねばなりません。しかるに、これが計画とは離れたところへの流出があるという疑念が生じてきました。私は、1997年9月8日に日本エネシスの役員を退任しており、その内情は知る術もありませんが、連帯保証人になっている以上、この件に無関心ではいられません。現状の資金繰りの状況など、間接的に聞いておりますが、このような短期間に貴重な公的資金が底をつくことは到底考えられません。いろいろな情報を集める中に、その疑惑はますます強くなりました。技術的ノウハウや連帯保証人という重要な責務を将来の保証もなく負わせる一方、代表者がこのような行動で、それがために経営の行き詰まりを私の責任に被せる行為は社会道義上赦されるべきではありません。これは、貴財団に対しても大きな影響を与えることは必定であります。私もこのような反社会的、非人道的な人間に最早力を貸すつもりはありません。新しく開発した技術・ノウハウは別なプロジェクトで実施することを予告しておきます。最近私が開発した技術を発表すれば、日本エネシスの製品に興味を示さなくなるでしょう。研究開発型のプロジェクトで技術開発の重要性が分からないことは致命的であることが、そのときになって身に沁みてわかるでしょう。私はVECのご恩に報いるためにも日本エネシスを立派な企業に育てる決心をして、連体〔ママ〕保証人を引き受けたのです。D氏はそのとき涙を流して私にすがってきたからです。しかし、いまはこのような反社会的行為は人間社会の罪悪として、容認することは私の良心が赦しません。そのため現在連帯保証人の解除を申し入れておりますが、未だ誠意ある回答を戴いていない状態です。ここに、貴財団に対しても正式に連帯保証人の解除を申し入れます。」
(エ) 上記(イ)の連帯保証は、平成13年9月14日、解除された。
(オ) 上記の連帯保証の件については、被告は一切関与していない。
イ オタリの申入れ
(ア) 被告と日本エネシス及びオタリとの関係について(乙1、2)
 被告は、日本エネシス及びオタリとの間で、平成10年7月ころ、次の内容で、被告の薄膜電波吸収体に関する特許権の実施許諾契約を締結した。
@ オタリは、被告の特許権を実施して、薄膜電波吸収体製品を製造する。
A 日本エネシスは、@の薄膜電波吸収体製品を販売する。
B 日本エネシスは、被告に対し、@の特許権の実施料を支払う。
(イ) 原告の顧問としての担当業務
 被告は、原告に対し、平成9年3月21日、超薄膜積層型電波吸収材の開発推進及び複層粉体塗料設計等に係る技術指導並びに学会業務及び技術情報収集業務に関する業務を委嘱する旨の顧問契約を締結した(甲3)。
 原告は、被告の顧問として、上記日本エネシスとオタリの交渉窓口を担当していた。
(ウ) オタリの書面
 オタリは、被告に対し、平成11年5月13日ころ、次の内容等を記載した書面を送付した(甲7)。
 「この度日本エネシス株式会社と御社顧問のA氏との間において係争が発生しております。当社としてはその具体的な内容、経緯等については関知する立場ではありませんが、A氏は係争の経緯において第三者に発信した複数の書面の中で、オタリと日本エネシスが開発した技術は、関西ペイントとA氏が最近開発した技術をもってすれば陳腐化されるので技術の価値のわかる実力のあるパートナーを選んで対抗する、等の表明をされております。
 弊社は平成10年7月1日に貴社との間において締結済みの実施権契約に基づき、瑕疵なく開発・製造を行っておりますが、これらの表明がオタリ及び日本エネシス、ひいては関西ペイントに対する反利益行為として、御社顧問の職責にあるA氏よりなされた事に驚きと懸念を禁じ得ません。ましてや、A氏がオタリと日本エネシスに対する御社側の窓口と成るには不適切な現状と考えます。(中略)
 更に、重要な事項として御社とのビジネス・パートナーシップをより密接にさせて頂くこと、とりもなおさず、今後とも御社との関係を大切にして、ご協力を頂きつつ信頼関係を強化していくことを強く願っております。その実現の為にも御社担当窓口をA氏から新たな担当者への変更を希望いたします。
 これらの件につき御社に適切な処置をお願い致したく書面にしたためました。」
ウ 被告の事情聴取
(ア) 被告のBらは、平成11年5月27日、原告から上記イ(ウ)のオタリからの書面に関する事情を聴いたところ、原告は、次のとおり述べた(乙1)。
@ 日本エネシスの代表取締役のDは、VECからの融資金を不正使用している。
A 上記イ(ウ)の書面の内容は、事実無根である。
B 日本エネシスとオタリは技術の価値が分からないため、今後の技術支援は最低限にすることとし、新たなパートナーを見つけて新技術を実施したい。
(イ) これに対し、Bは、次のとおり述べた。なお、被告は、この時初めて、原告がVECの債務を連帯保証している事実を知った(乙1)。
@ 被告は日本エネシス及びオタリと契約を締結しているため、両社の商売が発展し、結果として被告に利益がもたらされることを希望している。
A VECの連帯保証に関する問題は、原告と日本エネシスとの問題であって、被告の関与するところではないが、早急に円満に解決されることを望む。
B 原告が日本エネシス及びオタリの両社との関係を修復できない場合には、両社への被告の窓口担当者は、原告から他の者に代えざるを得ない。しかし、窓口変更の決定は、原告の希望を踏まえて1か月間保留する。
(ウ) 被告のCらが、平成11年6月4日、原告から上記イ(ウ)の書面に関する事情を聴いた際、原告は、次のとおり述べた上で、Cに対し、原告の連帯保証の問題が解決するまでは日本エネシスと会わないで欲しいと要望した(乙1、3)。
@ Dの裏切りは許せない。
A Dは、VECからの融資金を不正使用している。
B Dが、これまでのことを謝罪し、原告に対し、「絶対に金銭的迷惑をかけない。」との誓約書を書けば、一緒にビジネスを続けることも考えられなくはない。
 これに対し、Cは、原告に対し、連帯保証に関する問題がいつ解決するか分からないから無理であると答えたところ、原告は、Cに対して、6月末まで待って欲しいと伝えた。
 しかし、Cは、原告に対し、事業の停滞は許されないし、先方の言い分を聴くだけであり、窓口変更の件については触れないと断り、Dからも事情を聴くと伝えた(乙1)。
エ 本件面談行為及びその内容について(乙1)
(ア) 被告のBらは、平成11年6月10日、日本エネシスの代表者であるDと面談した。その際に、Bらは、Dに対し、原告の言い分(上記ウ(ア)参照)を伝えたところ、Dは、次のとおり答えた。
@ 日本エネシスは、VECからの融資金を不正使用していない。
A 原告の言い分は、事実無根である。
B 原告の誹謗中傷行為は業務妨害に当たるから、法的手段を検討している。
(イ) Bらは、原告とDの言い分が真っ向から対立していることから、この係争は、被告により解決することができない状態にあると認識した。
 しかし、Bは、Dに対し、原告の連帯保証の解除の件については、原告個人の問題であって被告とは無関係であるものの、できれば円満に原告の希望を実現して欲しいと伝えた。
(2) 不法行為の成否について
ア 原告は、本件面談行為が不法行為に該当すると主張する。
 しかしながら、上記(1)イ及びウの本件面談行為に至る経緯によれば、被告は、オタリから、平成11年5月13日に、日本エネシスに対する被告の窓口担当者を原告から別の者に変更してほしい等の要望が記載された書面を受け取ったことから、本件係争の存在を初めて知るに至り、これを解決するために、同年5月27日及び同年6月4日の2回にわたり原告から事情を聴取した上で、同月10日に日本エネシスのDと面談したことが認められる。
 そうすると、当時の日本エネシスに対する窓口担当者が原告であったとしても、被告は、オタリから、日本エネシスとの係争の当事者となっているといわれている原告に日本エネシスとの対応を委ねることはできないから、被告自ら日本エネシスと直接面談したことは、当然のことであって、このような行為が不法行為に該当するとはいえない。
イ 原告は、被告の面談により、原告が連帯保証を解除するのが困難になったと主張する。しかし、結果的には原告の連帯保証は解除されている上(上記(1)ア(エ)参照)、被告は、Dに対し、面談において、原告の連帯保証の件については無関係であるとの立場を維持しつつも、この件については円満に原告の希望を実現して欲しいと述べていることが認められる(上記(1)エ(イ)参照)。
 このような面談の内容からすれば、本件面談行為により、原告が連帯保証を解除するのが困難になったと認めることはできない。
ウ なお、原告は、本件訴訟の目的は、公益的な観点から、司法権の発動により、日本エネシスの不正行為を明らかにし、ひいては、これに関与した被告に対して、反社会的行為を認めさせて、このような不条理を再び起こさないよう法によりに誡めることにあると主張している(第7回弁論準備手続調書、平成18年2月28日付準備書面(5)参照)。
 仮に、被告が日本エネシスによる公的資金の不正使用に加担し、その事業を破綻させたことが真実であるならば、被告の社会的責任が重いことは原告の主張するとおりである。しかしながら、本件訴訟はあくまで民事訴訟であるから、原告が社会全体の正義のために本件訴訟を提起しているといっても、原告と被告との間の私人間の権利義務関係とは何ら関連のない事実をも、本件訴訟の審理の対象とすることはできない。
 したがって、原告の主張は、理由がない。
3 争点(3)(消滅時効の成否)について
(1) 証拠(甲9)によれば、原告は、Eから、平成11年6月14日、本件面談行為及びその内容を聴いてこれを知ったことが認められる。
 仮に、不法行為による損害賠償の請求権が認められる場合であっても、原告は、当該不法行為の事実を平成11年6月14日に知ったから、当該請求権は、民法724条の規定により、時効によって消滅したものである。
(2) もっとも、原告は、当該不法行為の事実を知ったことは認めるものの(第2回弁論準備手続調書)、加害者が被告であることを知ったのは、平成14年6月17日であるから、当該請求権は、時効によって消滅していないと主張する。
 しかしながら、本件面談行為が、オタリから被告の窓口担当者を変更するよう求められたことに端を発することについては、原告も認識していたから(上記(1)ウ(ア)参照)、Bが、本件面談行為について、個人の立場ではなく、被告の常務の立場として行動していたことは、原告にとっても明らかである。
 したがって、原告は、本件面談行為の加害者がB個人ではなく被告であると認識していたことが認められるから、原告の主張は理由がない。
4 結論
 以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 高部眞規子
 裁判官 平田直人
 裁判官 中島基至
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日本ユニ著作権センター
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