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【事件名】CADプログラムの無断改変事件
【年月日】平成19年3月16日
 東京地裁 平成17年(ワ)第23419号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年3月9日)

判決
原告 ダッソーシステムズ
訴訟代理人弁護士 藤井康広
同 中陳道夫
被告 株式会社アペックス
訴訟代理人弁護士 木村雅一
同 小野仁司
同 小山裕美


主文
1 被告は、別紙コンピュータ目録1及び2のコンピュータ内にインストールされた別紙ソフトウェア目録3のソフトウェアを使用してはならない。
2 被告は、上記1のソフトウェア及び別紙ソフトウェア目録2のソフトウェアを廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、金15億8911万2875円及びこれに対する平成17年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は、これを20分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
6 この判決は、第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項同旨
2 主文第2項同旨
3 被告は、原告に対し、金16億9800万円及びこれに対する平成17年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、ソフトウェアメーカーである原告が、原告ソフトウェアのユーザである被告に対し、被告の改変行為が原告ソフトウェアの翻案権侵害、複製権侵害又は権利管理情報の改変行為(著作権法113条3項2号)に当たると主張して、著作権法112条1項及び2項に基づく上記改変されたプログラム等の使用差止め及び廃棄、並びに不法行為(民法715条)による損害金及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実
(1) 当事者
ア 原告は、1981年に設立されたフランスのソフトウェアメーカーであり、設立以来、製品設計や開発を最適化するための三次元な作図に関するソフトウェアである「CATIA」、「ENOVIA」、「DELMIA」を開発、販売してきており、最近では、デジタルモックアップ、すなわちコンピュータ画面上で三次元的に模型を作成する技術を用い、製品の設計から製造までをサポートすることができるソフトウェアを開発、販売している。
イ 被告は、デザインモデル等の製作会社であり、自動車産業、電気産業、情報産業等の様々な業種の企業にデザインモックアップ試作品を提供しており、取引先から3D設計データを入手し、本件ソフトウェアを用いてデータを加工し、切削加工機、光造形機、射出成形機、3D計測器などに入力して、様々なデザインモックアップ試作品を製作している。
(以上、争いのない事実)
(2) 原告の著作権
ア 別紙ソフトウェア目録1記載のソフトウェア(以下「本件ソフトウェア」という。)は、前記(1)アのデジタルモックアップのソフトウェアの1つである。
(争いのない事実)
イ 日本は、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約に加盟している。同条約3条1項(a)は、同盟国の国民を著作者とする著作物は、保護される旨規定し、同条約5条1項は、同条約上の保護を受ける著作物に対し自国民と同様の保護を与えることを義務付けている。
 原告は、フランスの法人であり、フランスは、同条約に加盟している。
 よって、原告の著作物は、日本の著作権法上、保護を受ける(著作権法6条3号)。
ウ 原告は、1980年代に、本件ソフトウェアの基となる「CATIA V1(バージョン1)」を創作、発表し、その後、バージョンアップを重ね、本件ソフトウェアを創作し、平成15年3月9日、フランスにおいて、プロダクト・ライフサイクル・マネージメントのVersion5 Release13(V5R13)を構成するソフトウェアの1つとして、本件ソフトウェアを発表したものであり、本件ソフトウェアの著作者であり、著作権者である。
(甲1、5、弁論の全趣旨)
(3) 本件使用許諾契約等
ア 本件ソフトウェアは、三次元な作図等に関する数多くのモジュールと、使用許諾されたモジュールを管理する別紙「改変方法」にAとして記載の本件Dllファイルとから成る。
(甲2、7、弁論の全趣旨)
イ 本件ソフトウェアは、日本においては、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下「IBM」という。)を通じて、そのライセンスの販売が行われている。
(争いのない事実)
ウ (ア) IBMの作成に係る価格表(甲7添付)は、別紙「CATIA V5 製品価格表」(以下「IBM価格表」という。)のとおりである。
(イ) 本件ソフトウェアは、いくつかのモジュールをパッケージとした標準構成パッケージ製品の形で、又は個別に購入可能な各モジュールの形で販売されている。すべてのモジュールが使用可能な標準構成パッケージ製品はない。
(ウ) IBM価格表による価格は、初回ライセンス契約時に請求する基本ライセンス料(同価格表では「PLC」と表示、 されている。)と、基本ライセンス料の約14%である年間ライセンス料(同価格表では、「ALC」と表示されている。)とから成る。年間ライセンス料は、初年度も支払を要する。
(エ) 年間ライセンス料については、購入本数に応じて割引がある。IBM価格表中の「ALC TIER1(1−9)」との表示は、1〜9本購入した場合の価格であり、「ALC TIER2(10−25)」との表示は、10〜25本購入した場合の価格である。
(甲7、11)
エ 被告は、平成17年4月までに、IBMとの間で、被告のStudio2内の「CADセンター」における本件ソフトウェアの使用に関し、次の内容の契約をした(以下「本件使用許諾契約」という。)。
 ただし、H45は、「Helix統合環境」と題するモジュールであり、本件ソフトウェアに含まれるものではない。
(ア) 使用可能台数
 同時に使用可能なコンピュータは12台とする(フローティング型契約)。
(イ) 使用可能プログラム
 制限バージョン「YM2」 4本
 制限バージョン「MD2」 5本
 制限バージョン「HD2」 3本
 オプションの「H45」 2本
(ウ) 基本ライセンス料
 HD2 1181万4000円(393万8000円×3本)
 YM2 1288万8000円(322万2000円×4本)
 MD2 1253万円(250万6000円×5本)
 H45 88万9200円( 44万4600円×2本)
 RTR 235万円(235万円×1本)
 GSD 179万円(179万円×1本)
 DMN 89万5000円( 89万5000円×1本)
 FIT 161万1000円(161万1000円×1本)
 KIN 134万3000円(134万3000円×1本)
 合計 4611万0200円
(エ) 年間ライセンス料
 HD2 165万4200円(55万1400円×3本)
 YM2 180万4400円(45万1100円×4本)
 MD2 175万4500円(35万0900円×5本)
 H45 12万4800円( 6万2400円×2本)
 RTR 35万0900円(35万0900円×1本)
 GSD 25万0600円(25万0600円×1本)
 DMN 12万5300円(12万5300円×1本)
 FIT 22万5600円(22万5600円×1本)
 KIN 18万8000円(18万8000円×1本)
 合計 647万8300円
(争いのない事実、弁論の全趣旨)
(4) 使用許諾の管理方法
ア 本件ソフトウェアは、その全体が各コンピュータのハードディスクにインストールされるが、本件ソフトウェアを使用するためには、複数のアルファベット又は数字から成るライセンスキーが必要である。フローティング型の契約の場合には、使用する複数のコンピュータを管理するサーバに、当該ライセンスキーを入力することにより、使用許諾されたモジュール及び使用環境等が設定される。
イ 具体的には、本件Dllファイルは、本件ソフトウェアが使用される前に、毎回、License Use Managementと呼ばれるプログラム(以下「LUMプログラム」という。)で設定されている使用許諾に関する情報を確認し、それを基に、許諾された範囲内でモジュールを使用可能にし、その使用環境を設定する機能を有している。
ウ コンピュータの一次記憶装置上の容量は限られていることから、使用許諾されていないモジュールが当該一次記憶装置上に読み出されることはない。
エ LUMプログラムは、IBMにより提供されているが、本件Dllファイルは、本件ソフトウェアの一部である。
(以上、争いのない事実、甲2、弁論の全趣旨)
(5) 本件改変行為
ア 被告従業員は、遅くとも平成17年6月16日に行われた証拠保全期日までに、別紙コンピュータ目録1の7台のコンピュータにインストールされている本件ソフトウェアにつき、別紙改変方法に記載した方法により、本件Dllファイルを改変した(以下、後記イの改変と併せて、「本件改変行為」という。)。
イ さらに、別紙コンピュータ目録2の4台のコンピュータにインストールされている本件ソフトウェアについても、被告従業員は、遅くとも平成17年6月16日に行われた証拠保全期日までに、本件改変行為を行った。
ウ (ア) その結果、11台の各コンピュータでは、すべてのモジュールを使用できるようになった。
(イ) さらに、11台の各コンピュータで、本件ソフトウェアを同時に使用できる状態となった。
(争いのない事実)
(6) 改変の故意
 被告従業員は、原告の著作権を侵害することとなることを知りながら、本件改変行為を行った。
(争いのない事実)
(7) 使用者責任
 被告従業員による本件改変行為は、被告の事業の執行についてされたものであるから、被告は、民法715条1項により、本件改変行為により原告に生じた損害を賠償する義務がある。
(争いのない事実)
2 争点
(1) 翻案権侵害の有無
(2) 複製権侵害の有無
(3) 権利管理情報の改変行為の有無
(4) 過失相殺類似の抗弁の成否
(5) 損害額
3 争点(1)(翻案権侵害の有無)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 翻案の意義
 翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうとされている(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁)。
イ 本質的特徴の維持
 本件改変行為によっても、本件ソフトウェアの製品設計や開発という1つの目的に利用可能な多くのモジュールを有するというその本質的特徴は維持されている。
ウ 創作性
(ア) 本件ソフトウェアには、製品設計や開発という1つの目的に利用可能な多くのモジュールを1つのソフトウェアに収載し、かつ、これらのモジュールを顧客のニーズに応じて制限して販売するという全体的なソフトウェアの構成において、原告の個性が発揮されているというべきところ、本件改変行為は、この個性の根幹である本件Dllファイルの有する制限設定機能を排除し、単に、製品設計や開発という1つの目的に利用可能な多くのモジュールを収載した1つのソフトウェアに変形し、すべてのモジュールが利用可能となる環境を作り出したものであるから、新たに被告の個性が発揮された翻案に該当する。
(イ) 被告は、本件改変行為は本件ソフトウェアのプログラムに新たな創作性を加えるものではないことから、著作権法27条の翻案に該当しない旨主張する。
 しかしながら、翻案に要する創作性とは、作成者の何らかの個性が発揮されたもので足りるから(プログラムの著作権に関する東京地裁平成15年1月31判決・判時1820号127頁)、本件改変行為も創作性を有する。
(ウ) 仮に、本件改変行為に創作性が認められないとしても、既存の著作物について、その表現上の本質的特徴を直接感得することができる改変が加えられている場合には、創作性のいかんにかかわらず、同法27条の翻案に該当する。
 本件改変行為では、そのすべてのモジュールが使用可能となっていることから、改変後もその表現部分において本質的な特徴を直接感得することができるから、本件改変行為は、本件ソフトウェアの翻案に該当する。
エ まとめ
 よって、本件改変行為は、本件ソフトウェア全体の翻案権を侵害する。
(2) 被告の主張
ア 翻案の意義
 前記最高裁平成13年6月28日判決が、翻案とは「既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう」と判示しているとおり、翻案とは、原著作物に対し新たな創作性を加える行為である。
イ 本質的特徴の維持
 モジュールの管理・制限態様は、有か無かという二者択一であり、このような態様を変更する本件改変行為は、本件ソフトウェアの本質的特徴を根幹から変更するものとなる。したがって、本件改変行為前後で、本件ソフトウェアの同一性は維持されておらず、原著作物との同一性維持を要件とする翻案権の保護は及ばない。
ウ 創作性
(ア) 本件クラックソフトにより本件Dllファイルを改変した本件改変行為は、無個性な行為であり、だれが行っても同じ結果、すなわち作成者の何らの個性も発揮されていない事実を作出するにすぎない行為である。
(イ) また、本件改変行為は、本件D11ファイルのみに限定して改変を加えることによって、本件ソフトウェア自体の創作性に何ら変更を加えずそのまま使用することに意味が認められるものであり、単に新たな部分を追加しただけのものであり、翻案には当たらない。
(ウ) 原告は、本件ソフトウェアの創作性として、製品設計や開発という1つの目的に利用可能な多くのモジュールを1つのソフトウェアに収載し、かつ、これらのモジュールを顧客のニーズに応じて制限して販売するという全体的なソフトウェアの構造を主張する。
 しかしながら、これは、単にプログラムの構成方法の一類型にすぎず、具体的表現ではない。また、このようなプログラムの構成方法及び製品の使用につき顧客が受ける許諾の内容に応じ制限して販売する手法も、広く一般的に行われている独自性のないもので、表現上の創作性があるとはいえない。さらに、モジュールを原告の意図に従って制限的に利用可能な環境についても、プログラムが表象する環境のうちの一類型を指摘するものにすぎないから、事実ないしアイデアにすぎない。
(エ) 原告は、翻案に創作性は不要である旨主張するが、著作権法27条は、原著作物の著作者と翻案により創作された二次的著作物の著作者との間の権利調整を図る規定であるところ(同法2条1項11号、28条参照)、二次的著作物も著作物である以上、翻案につき創作性を不要と解することはできないし(同法2条1項1号)、そのような解釈は、前記最高裁平成13年6月28日判決にも反する。
エ まとめ
 原告の主張エは否認する。
4 争点(2)(複製権侵害の有無)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 本件読み出し行為
 被告は、本件改変行為により本件Dllファイルの機能に変更を加えた後の本件ソフトウェアをコンピュータにおいて立ち上げている。この場合、本件ソフトウェアのすべてのモジュールが、自動的に当該コンピュータに読み出され、RAM(Random Access Memory)やスワップファイルなどの一時記憶装置に複製され、使用できる状態に置かれる(以下、この読み出しを「本件読み出し行為」という。)。
イ 複製権侵害
(ア) まとめ
 一時記憶装置への一時的蓄積も複製行為に当たるから、本件読み出し行為は、本件ソフトウェア中の本件使用許諾契約により使用許諾を受けていないモジュールにつき、複製権を侵害する。
(イ) 立法経緯等
 著作権法113条2項は、一時的蓄積の中でも正に瞬間的な一時記憶装置への一時的蓄積を複製とは観念しないということを当然の前提として立法されたにすぎず、立法経緯において、一時記憶装置への一時的蓄積が著作権法21条の複製に該当しないとの判断が示されたわけでもない(作花文雄・詳解著作権法(第3版)260頁、296頁)。
 また、一時記憶装置への瞬間的な蓄積しか観念し得なかった著作権法113条2項が制定された昭和60年当時と、ある程度安定的に有意な一時的蓄積が可能な現在とでは、全く状況が異なる。著作権法21条の複製の解釈は、現在のコンピュータ事情の下において著作権をいかに保護すべきかという視点から解釈されるべきである。
(ウ) 有形的な再製
 さらに、著作権法21条の複製とは、「有形的に再製すること」であり、有形的な再製には、「将来反復して使用される可能性のある形態の再製物を作成するものであることが必要である」とされる(東京地裁平成12年5月16日判決・判時1751号128頁、147頁)。本件ソフトウェアの場合、本件Dllファイルを利用して、本件ソフトウェアの許諾されたモジュールを一時記憶装置に読み出すことにより初めて、本件ソフトウェアの反復使用の可能性のある状態になり、その時点をもって有形的な再製があったものと認められるのであるから、本件使用許諾契約により使用許諾されていないモジュールについては、本件読み出し行為が複製行為である。
 また、本件ソフトウェアの場合、製品設計や開発という本件ソフトウェアが使用される目的からコンピュータでの長時間に及ぶ使用が予定され、また、一時記憶装置へ蓄積された各モジュールにより、その使用の有無及び頻度は多様であることから、本件ソフトウェアの一時記憶装置への蓄積行為と使用行為とは必ずしも一体不可分とは認められない。比較的安定的で有意な一時的蓄積は、社会通念に照らし、その後の現実の使用と区別して、複製を認めるべきでものである。
(エ) 立証の困難
 仮に、一時記憶装置への蓄積行為が複製に該当せず、その後の使用行為のみを著作権法113条2項により著作権侵害行為であると解するならば、原告は、被告の現実の使用行為を主張立証しなければならなくなる(なお、被告は、本件ソフトウェアをインストールした後に本件改変行為に及んでいるため、インストール行為を複製と捉える余地はないため、被告の主張に従えば、複製と捉える余地がある行為は、現実の使用行為のみということになる。)。しかし、本件の場合、現実の使用行為の有無はあくまでも被告の内部事情であり、原告が被告の著作権侵害行為を主張立証することは極めて困難であり、結果として、原告の著作権が全く保護されないこととなってしまう。
(オ) 国際的な動向
 一時記憶装置への一時的蓄積も状況次第で著作権法21条の複製に該当するとする原告の主張は、国際的な動向とも一致する。コンピュータの普及する欧米諸国では、コンピュータやサーバにおける著作物の一時的蓄積が複製に該当するとされている。これは、現在のコンピュータ事情においてはそのように解釈することがプログラムの著作権の保護という観点から適切であるということを顕著に示すものである。我が国でも、前記(イ)のとおり、著作権法が一時記憶装置への一時的蓄積を複製から排斥するものでない以上、実情に応じて適切に解釈し、もって、現在のコンピュータ社会において著作権を適切に保護していくことが要請されている。
(2) 被告の主張
ア 本件読み出し行為
 原告の主張アは認める。
イ 複製権侵害
(ア) まとめ
 原告の主張イ(ア)は否認する。
(イ) 立法経緯等
 著作権法113条2項の趣旨、著作権法全体の規定からして、著作権法は、使用行為及びこれと不可分一体の関係にあるRAM等への蓄積行為については、同法113条2項の場合を除いては、違法ではないとの前提に立っており、その立法趣旨からして現行著作権法上、RAM等への蓄積行為が複製に当たるとの解釈を採ることはできない。
 使用行為と蓄積行為とが一体不可分であるのは、プログラムをコンピュータ上で使用するには、これをいったんコンピュータ内のRAMに蓄積することが不可欠の前提であるからであって、この点は本件ソフトウェアでも他のソフトウェアでも同様であるから、使用自体が著作権侵害にならない現行法の下においては、一時記憶装置への蓄積が複製に当たると解釈することは、到底できない。
(ウ) 有形的な再製
 本件においては、フローティング型の契約の下で、本件ソフトウェアをハードディスクにインストールした時点で、反復使用の可能性のある形態の再製物を作成され、ただ、本件使用許諾契約上その使用が制限されていたと解するのが自然である。
 また、コンピュータの電源を切る場合のみならず、プログラムの使用を終えて他のプログラムを読み込むことによっても一時記憶装置への記憶が失われることを考慮するならば、結局のところ、RAM等への蓄積の一時的・過渡的性質を否定することはできない。
(エ) 立証の困難
 主張立証の困難性は、著作権侵害のみならず医療過誤訴訟や公害訴訟においても同様であり、原告の主張は立法論にすぎない。
(オ) 国際的な動向
 原告の主張するように、一時記憶装置への一時的蓄積も状況次第で著作権法21条の複製に該当するとの考え方が国際的な動向と一致するとしても、各国の著作権法の規定、著作権保護のあり方はそれぞれ異なるのであるから、立法論としてはともかく、直ちに我が国の著作権法の解釈に影響を与えるものではない。仮に一時的蓄積を複製に当たると解釈するならば、米国のフェア・ユースのような一般的な権利制限規定を持たない我が国の著作権法にあっては、許容されるべき一時的蓄積行為を明示した権利制限規定が設けられなければならないはずである。このような権利制限規定がない現行著作権法において、一時的蓄積を複製に当たると解することは、法解釈の限界を明らかに逸脱することになる。
5 争点(3)(権利管理情報の改変行為の有無)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 利用を許諾する場合の利用方法及び条件に関する情報
 前提事実(4)のとおり、本件Dllファイルは、本件ソフトウェアの使用前に、LUMプログラムで設定されている使用許諾に関する情報を確認し、これらの使用許諾に関する情報を基に、許諾されたモジュールに限定して、許諾されたコンピュータにおいて使用することを可能にし、その使用環境を設定する機能を有しているから、本件Dllファイルに含まれる情報は、本件ソフトウェアの利用を許諾する場合の利用方法及び条件に関する情報である(著作権法2条1項21号ロ)。
イ 記録媒体への記録
 そして、本件Dllファイルに含まれる情報は、電磁的方法により本件ソフトウェアとともに記録媒体に記録されている(同法2条1項21号柱書)。
ウ まとめ
 よって、本件改変行為は、権利管理情報を改変するものである(著作権法113条3項2号)。
(2) 被告の主張
ア 利用を許諾する場合の利用方法及び条件に関する情報
(ア) 原告の主張アは否認する。
(イ) 著作権法113条3項の権利管理情報とは、電子透かし等の技術を用いて著作物等に付された著作権者名、利用許諾条件等の情報で、著作権等の管理に用いられているものをいう。電子透かし技術は、デジタルデータに細工して情報を埋め込む技術であり、一度埋め込まれた情報はデジタルデータを複製したり加工してもそのまま付いていくという特徴があり、かかる技術を用いることにより、既に行われてしまった著作物等の違法利用の発見や、適法な利用のために必要な権利処理の遂行を容易化・的確化するという機能を持つ。このような機能を有する権利管理情報の除去・改変がされると著作権等の実効性が損なわれるおそれがあるため、立法過程において、このような権利管理情報の機能に着目し、規制立法がされたのである。
 しかしながら、本件Dllファイルに含まれる情報は、本件ソフトウェアが使用される際にその使用環境を設定するという制限設定機能を有するのみであって、立法者が想定した権利管理情報とは全く機能を異にする。
(ウ) また、権利管理情報の改変等は、本来、著作物そのものを侵害するものではなく、著作物とともに記録媒体に記録されるものを侵害する行為である。例えば、デジタル画像のCD-ROM等に電子透かし情報が埋め込まれた場合に、その埋め込まれた情報を侵害する行為が権利管理情報の改変である。
 これに対し、本件Dllファイルはプログラム著作物そのものであって、本件改変行為は、プログラムの機能を変更したにすぎない。
イ 記録媒体への記録
 同イは否認する。
ウ まとめ
 同ウは否認する。
6 争点(4)(過失相殺類似の抗弁の成否)に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
ア 本件ソフトウェアの管理方法
(ア) 本件ソフトウェアは、多数のモジュールを各コンピュータにインストールした上で、プログラムによりその使用を制限しようとするものであり、かつ、極めて高額な商品であるという特徴を持つ。
(イ) したがって、ひとたび本件改変行為のような行為が行われた場合に原告の主張に沿った損害賠償額の算定がされれば、その損害賠償額は、巨額なものとなる。
イ 被告の管理態勢
(ア) 被告は、知的財産権を扱う企業として、著作権法等を遵守するためのコンプライアンス体制を整えるべく努力していた。
(イ) 被告の従業員の一部がこのようなクラックソフトを入手し、極めて簡単な操作で一瞬にして本件改変行為を行ったため、被告が巨額な賠償責任を負うとされるのであれば、酷に過ぎる面がある。
ウ 原告の防止策
(ア) 本件クラックソフトと同種の違法ソフトがインターネット上で容易に入手可能であったことが、本件改変行為が行われた遠因である。
(イ) 原告においても、@容易に改変できないシステムにする、A違法なクラックソフトの販売については、インターネット上のサイトの運営者に警告や削除要請を行う、B電子メール等を用いて使用状況を遠隔管理する等の防止策を採ることも、十分可能であった。
エ まとめ
 したがって、損害の公平な分担の観点から、民法722条2項の過失相殺を類推し、算出された損害額のうちの3割を被告の負担する損害額とすべきである。
(2) 原告の主張
ア 本件ソフトウェアの管理方法
 被告の主張アは認める。
イ 被告の管理態勢
 同イは否認する。
ウ 原告の防止策
 同ウは否認する。
エ まとめ
 同エは否認する。
7 争点(5)(損害額)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 著作権法114条2項
(ア) 2項の利益の考え方
a 被告は、本件改変行為又はその後の本件読み出し行為によって、本件ソフトウェアに含まれる使用許諾を受けていないモジュールが使用可能な状態を得たものであり、使用可能となった本件ソフトウェアのすべてのモジュールのライセンス料相当額につき利益を受けた。
 したがって、著作権法114条2項に基づき、原告は、当該ライセンス料相当額の損害を受けたものと推定される。
b 被告は、原告に生じた損害は、IBMが原告に対し支払うべきライセンス料(卸売価格)に限られる旨主張する。
 しかしながら、被告は、IBMが原告に支払うべきライセンス料の金額とは無関係に、被告がIBMに支払うべきライセンス料(小売価格)相当額につき、その利益を得ているのであるから、著作権法114条2項又は3項に基づく限り、当該ライセンス料(小売価格)相当額をもって、その損害額とすべきである。
(イ) 現実の使用
 仮に、後記被告の主張ア(ア)のとおり、現実に使用していたモジュールの範囲にその損害が限られるとしても、被告の業務の内容、従業員数等に鑑みるならば、被告はほぼすべてのモジュールを使用していたものである。
(ウ) 具体的算定
a 本件改変行為が加えられた本件ソフトウェアのライセンス料は、少なく見積もっても1本当たり1億4194万4500円を下回ることはない。
b すなわち、本件改変行為を加えることによって、別紙「モジュールの一覧表」の「シェアラブルプロダクト”“ タブページ」の欄に「○」のあるモジュールすべてが使用可能となっていることから、これらのモジュールの基本ライセンス料(PLC)及び年間ライセンス料(ALC)の総計をもって、そのライセンス料とすべきである。
c (a) 原告の日本子会社の従業員であるA(以下「A」という。)は、これらのモジュールの中には重複する機能を有するモジュール及び被告が現実的に使用することが不可能なモジュール等があることから、これらについては試算価格から除き、また、「CCD」との名称のモジュールは、本件改変行為によっては使用可能となっていないが、通常日本においては多くのパッケージとともに販売することから、その価格を試算価格に含め、さらに、「SO2」とのパッケージによる割引を適用し、その1本当たりの基本ライセンス料と年間ライセンス料(10〜25本購入した場合の価格)との合計額を1億4244万5700円と試算した(甲11)。
(b) このAによる試算価格に基づき、「CCD」との名称のモジュールの価格を当該試算価格から除いたとしても、本件改変行為がされた本件ソフトウェアの基本ライセンス料と年間ライセンス料との合計額は、1本当たり1億4194万4500円となる。
d したがって、被告は、少なくとも11本の本件ソフトウェアにつき本件改変行為を行っていることから、これらのライセンス料は15億6138万9500円を下らない。
 1億4194万4500円×11本=15億6138万9500円
(エ) 正規ライセンス料の控除
 後記被告の主張ア(エ)は否認する。
 本件改変行為後の本件ソフトウェアは、本件改変行為前の本件ソフトウェアと一部において同一性を有しつつも、別個のソフトウェアであるから、被告が本件改変行為後の本件ソフトウェアを使用した行為は、もはや正規のライセンスに基づく当該モジュールの使用とは解されない。よって、本件改変行為によって使用可能となったモジュールすべての合計金額をもって損害額とすべきである。
イ 著作権法114条3項
(ア) 3項の受けるべき金銭の額に相当する額についての考え方
 著作権法114条3項は、著作権の侵害があった場合に、著作権侵害者の利益の有無にかかわらず、著作権者に通常の使用料相当額を最低限の損害額として保証する旨の規定であるから、使用可能となった本件ソフトウェアのすべてのモジュールのライセンス料相当額が受けるべき金銭の額に相当する額となる。
(イ) 現実の使用
 前記原告の主張ア(イ)のとおり
(ウ) 具体的算定
 前記原告の主張ア(ウ)のとおり
(エ) 正規ライセンス料の控除
 前記原告の主張ア(エ)のとおり
ウ 弁護士費用
 原告には、弁護士費用として1億円の損害が発生しているが、これは、本件改変行為と相当因果関係を有する損害である。
エ 合計
 よって、被告は、原告に対し、16億6138万9500円の損害賠償義務がある。
(2) 被告の主張
ア 著作権法114条2項
(ア) 2項の利益の考え方
 原告の主張ア(ア)は争う。
 損害は、民法の不法行為制度や著作権法の規定に基づいて合理的に算定されなければならないから、著作権法114条2項の侵害者の受けた利益とは、当該著作権侵害行為により侵害者が現実に得た利益を意味すると解すべきである。そして、被告が本件で現実に得た利益は、本件改変行為によって使用可能となり、かつ、現実に使用したモジュールのみについて、原告が受けるべき金額(卸売価格)であり、被告がエンドユーザとして支払うべき金額(小売り価格)ではない。
(イ) 現実の使用
 同ア(イ)は否認する。
(ウ) 具体的算定
 同ア(ウ)は否認する。
(エ) 正規ライセンス料の控除
 被告は、前提事実(3)エのとおり、本件使用許諾契約により、本件ソフトウェアの一部につき使用許諾を受けているから、少なくとも被告が支払った正規ライセンス料5258万8500円は、原告が請求する損害額から差し引かれるべきである。
イ 著作権法114条3項
(ア) 3項の受けるべき金銭の額に相当する額についての考え方
 同イ(ア)は争う。
 著作権法114条3項による損害額は、本件改変行為によって使用可能となり、かつ、現実に使用したモジュールのみについて、原告が受けるべき金額(卸売価格)であり、被告がエンドユーザーとして支払うべき金額(小売り価格)ではない。
(イ) 現実の使用
 前記被告の主張ア(イ)のとおり
(ウ) 具体的算定
 前記被告の主張ア(ウ)のとおり
(エ) 正規ライセンス料の控除
 前記被告の主張ア(エ)のとおり
ウ 弁護士費用
 原告の主張ウは否認する。
エ 合計
 同エは否認する。
第3 当裁判所の判断
1 翻案権侵害について
(1) 翻案権侵害該当性
 前提事実(3)〜(5)のとおり、本件ソフトウェアは、三次元な作図等に関する数多くのモジュールと、使用許諾されたモジュールを管理する本件Dllファイルとから成り、本件ソフトウェア中の本件Dllファイルが毎回LUMプログラムで設定されている使用許諾に関する情報を確認し、それを基に、許諾された範囲内でモジュールを使用可能にし、その使用環境を設定する機能を有していたところ、本件ソフトウェア中の本件Dllファイルにつき別紙改変方法に記載した方法により改変をした本件改変行為により、本件改変行為がされた11台の各コンピュータですべてのモジュールを使用でき、かつ、本件ソフトウェアを同時に使用できるようになったものであるから、本件改変行為は、本件ソフトウェア全体に対する翻案権侵害に当たると認められる。
(2) 被告の主張に対する判断
ア 被告は、モジュールの管理・制限態様は、有か無かという二者択一であり、このような態様を変更する本件改変行為は、本件ソフトウェアの本質的特徴を根幹から変更するものとなるから、原著作物との同一性維持を要件とする翻案権の保護は及ばない旨主張する。
 しかしながら、本件ソフトウェアは、本件改変行為の前後で、本件Dllファイルを除く数多くのモジュールの部分で共通であり、本件改変行為後も本件ソフトウェアの表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が本件ソフトウェアの表現上の本質的な特徴を直接感得することができると認められるから、被告の上記主張は理由がない。
イ 被告は、本件クラックソフトにより本件Dllファイルを改変した本件改変行為は無個性な行為であり、作成者の何らの個性も発揮されていない事実を作出するにすぎない行為である旨主張する。
 しかしながら、モジュールの管理・制限態様は、管理・制限を行うか否かの選択だけではなく、行うとしてどのような程度、方法による管理・制限を行うかという選択の余地があるところ、被告従業員は、本件クラックソフトにより本件Dllファイルを改変するという選択を行ったものであり、何らかの個性が発揮されたものというべきであるから、被告の上記主張は、採用することができない。
ウ 被告は、本件改変行為は、本件D11ファイルのみに限定して改変を加えることによって、本件ソフトウェア自体の創作性に何ら変更を加えずそのまま使用することに意味が認められるものであり、単に新たな部分を追加しただけのものであるから、翻案には当たらない旨主張する。
 しかしながら、著作物の一部に変更を加えることによって、当該変更部分だけの複製権侵害となるだけでなく、著作物全体の翻案権侵害となることがある。しかも、そのまま使用することに意味が認められるといっても、本件ソフトウェアは、前記(1)のとおり、使用が制限された状態から使用が制限されない状態になったものであるから、実質的に見れば、その創作性に変更がないものとはいえない。したがって、本件改変行為は翻案権侵害に当たるものといわざるを得ず、被告の上記主張は理由がない。
エ 被告は、多くのモジュールを1つのソフトウェアに収載し、かつ、これらのモジュールを顧客のニーズに応じて制限して販売するという全体的なソフトウェアの構造は、単にプログラムの構成方法の一類型にすぎず、表現に当たらないとか、このようなプログラムの構成方法及び製品の使用につき顧客が受ける許諾の内容に応じ制限して販売する手法は、広く一般的に行われている独自性のないもので、表現上の創作性があるとはいえないとか、モジュールを原告の意図に従って制限的に利用可能な環境についても、プログラムが表象する環境のうちの一類型を指摘するものにすぎないから、事実ないしアイデアにすぎない旨主張する。
 確かに、製品設計や開発という1つの目的に利用可能な非常に多くのモジュールを1つのソフトウェアに収載し、かつ、これらのモジュールを顧客のニーズに応じて制限して販売するレベルで捉えれば、そのこと自体はアイデアにすぎないが、原告は、そのアイデアを具体化し、本件ソフトウェアを構成したものであるから、そのように具体化されたものを保護しても、著作権法では保護されないアイデア等を保護することにはならないから、被告の上記主張も、採用することができない。
(3) まとめ
 よって、本件改変行為は、本件ソフトウェア全体の翻案権侵害に該当するから、著作権法112条1項及び2項に基づく請求第1項及び第2項の差止請求及び廃棄請求は理由があり、さらに、被告は、民法715条1項により、本件改変行為により原告に生じた損害を賠償する義務がある。
(4) 他の法律構成の可能性について
 なお、以上のとおり、本件ソフトウェア全体についての翻案権侵害が成立するが、本件ソフトウェアを構成する各モジュールを基準に考えれば、本件改変行為により、本件ソフトウェア中の使用許諾を受けていないモジュールにつき、ハードディスクへの複製行為があったと考えることも可能である。
 すなわち、前提事実(4)のとおり、本件ソフトウェアは、その全体が各コンピュータのハードディスクにインストールされるが、それは、飽くまで本件Dllファイル及びLUMプログラムにより使用が制限された状態でインストールされていたにずぎなかったところ、前提事実(5)のとおり、本件改変行為により、使用許諾されていないモジュールは、使用が制限されない状態で各コンピュータのハードディスク内に存在することになったものである。
 これを実質的に観察すれば、使用が制限された状態でインストールされていたモジュールをアンインストールし、使用が制限されない状態のモジュールを新たにコンピュータのハードディスクにインストールしたことと同視することができるから、本件改変行為により、本件ソフトウェア中の使用許諾を受けていないモジュールにつき、ハードディスクへの複製行為があったと考えることができる。
2 過失相殺類似の抗弁について
(1) 被告は、ひとたび改変が行われた場合に損害額は巨額なものとなる本件ソフトウェアについては、原告においても容易に改変できないシステムにする等の防止策を採ることも十分可能であったものであり、民法722条2項の過失相殺を類推し、算出された損害額のうちの3割のみを被告の負担する損害額とすべきである旨主張する。
(2) しかしながら、被告従業員による本件改変行為が故意によるものであることは、前提事実(6)のとおりであるところ、被告主張の容易に改変できないシステムにしなかったこと等の事情をもって、犯罪の挑発行為と同視することはできないから、被告の過失相殺類似の抗弁は理由がない。
3 損害額
(1) 著作権法114条3項
ア 基本的考え方
 被告は、本件改変行為により、本件使用許諾契約で使用許諾された範囲を超えて、11台の各コンピュータで、すべてのモジュールを使用でき、かつ、本件ソフトウェアを同時に使用できるようにしたものであるから、著作権法114条3項の適用による損害額は、11台につき使用可能となった本件ソフトウェア全体の使用許諾料相当額を算定し、それから本件使用許諾契約に基づく支払額を控除して算定すべきである。
イ 基本ライセンス料相当分
(ア) 証拠(甲7、11)によれば、原告担当者が行った計算過程は、次のとおりであることが認められる。
a 前提事実(3)ウのとおり、本件ソフトウェアについて、すべてのモジュールが使用可能なライセンスは行われていないため、「IBM価格表」の標準構成パッケージ製品(パッケージ)と個別に購入可能な各モジュールの価格を組み合わせて、算出することとする。
b 被告が本件使用許諾契約の対象としたHD2のパッケージから出発すると、その組合せは、別紙「モジュールの一覧表」の「HD2を用いた場合」に○印を付したパッケージ及びモジュールから成り、その総額は1億2744万9500円となる。
c 末尾に「PLUG −IN Product」と表示されるものについては、本件ソフトウェア以外の他製品と連動する機能を付加するためのプログラムであるが、他の製品の使用状況が不明なので、積算の中に含めないこととする。
d プラットフォーム3に属するモジュール(以下「P3モジュール」という。)とは、特定の製品の設計及び製造のために特化した高度な機能を有するものである。
 モジュールの中には、同様の機能を有するグレードの高いモジュール(P2モジュール)、グレードの低いモジュール(P1モジュール)が存在する。使用グレードの高いモジュールで、グレードの低いモジュールを網羅していると判断される場合には、当該グレードの低いモジュールは、試算価格に含めないこととする。
 ただし、P1モジュールでありながら、P2モジュールと類似しないP1特有な機能を有するものがある。例えば、「DL1」というモジュールは、「デベロップ・シェイプ1」と呼ばれるモジュールで、ルールド・サーフェスを迅速かつ容易に展開する機能と、回転サーフェス上に曲線を作成する機能を有し、これに対応するモジュールは、P2にはない。このようなP1に属する特殊な機能を有するモジュールとしては、次のものがある。
 CC1、CCD、DL1、FM1、FR1、GP1、HA1、ID1、IG1、KE1、PLO、PX1、RT1、SH1、TL1、WD1
e また、高度に専門的な機能を有するモジュールについても、その使用の難しさを考えて、試算価格に含めないこととする。
 P2モジュールには、P3に属するモジュールと同様に、その使用に際して高度な知識が必要であり、使用目的が特化されたものが含まれる。これらのP2モジュールの一部及びP3モジュールは、現実的には、被告において使用することが困難である。このような高度に専門的かつ、特化したモジュールを除くと、次のようなモジュールが残る。
 AMG、ANR、ASD、BK2、CBD、CCV、DMN、DMO、DSE、DSS、ECR、EFD、EHF、EHI、ELB、ELD、ESS、EST、EWE、EWR、FIT、FMD、FMS、FSO、FSP、FSS、FTA、GAS、GDR、GDY、GPS、GSD、GSO、HAA、HBR、HME、HPA、HVA、HVD、KIN、KWA、KWE、LMG、MPA、MTD、NCG、NVG、PDG、PEO、PFD、PFO、PHS、PID、PKT、PSO、QSR、RCD、RTR、SDI、SMD、SPA、SPE、SSR、STC、STL、TUB、TUD、WAV、WGD
f CCD
 また、CATIA−CADAMドラフティング(以下「CCD」という。)というモジュールについては「シェアラブルプロダク、 ト」の画面の中に表示されていないが、日本での本件ソフトウェアのライセンス販売の際には、通常、パッケージと共に販売されることから、その価格44万7500円を試算価格に含めた。
g アドオンとシェアラブル
 IBM価格表の中には、シェアラブルとアドオンがある。シェアラブルとは、フローティング型のライセンスと同様のものである。他方、アドオンとは、ノードロック型のライセンスと同様のものである。シェアラブルの方がライセンス料が高くなっているが、本件の場合、個々のコンピュータにおいて同時に使用できるような改変が加えられたので、アドオンの価格を採用した。
h SO2
 パッケージを用いて最も安い組合せとするのであれば、もっとも高価なモジュールが含まれている「SO2」というパッケージを用いることになる。この方式でそのライセンス料を試算すると、別紙「モジュールの一覧表」の「SO2を用いた場合」のとおり、1億2718万1000円となる。
i 年間ライセンス料
 上記(1)で計算された基本ライセンス料に基づき、前提事実(3)エの年14%及び購入本数(10〜25本)による割引の計算方式で計算すると、HD2を用いた場合の年間ライセンス料は1555万4900円となり、SO2を用いた場合の年間ライセンス料は1526万4700円となる。
j 合計
 以上の基本ライセンス料と年間ライセンス料とを合計すると、HD2を用いた場合は1億4300万4400円となり、SO2を用いた場合は1億4244万5700円となる。
(イ) 修正
a 上記試算額のうち、被告に最も有利になるように、SO2を用いた場合のものを採用すべきである。
b また、CCDが「シェアラブルプロダクト」の画面の中に表示されていない以上、通常、パッケージと共に販売されることだけでは、CCDの価格相当分を損害に含めることはできないから、同価格44万7500円を上記試算額から差し引くべきである。
c そうすると、基本ライセンス料は1億2673万3500円となり、年間ライセンス料は1521万1000円となり、その合計額は1億4194万4500円となる。
 1億2718万1000円−44万7500円=1億2673万3500円
 1526万4700円−5万3700円=1521万1000円
 1億2673万3500円+1521万1000円=1億4194万4500円
d その11台分は、15億6138万9500円となる。
 1億4194万4500円×11本=15億6138万9500円
イ 本件使用許諾契約に基づく支払額の控除
 前提事実(3)エのとおり、被告がIBMに対し、本件使用許諾契約に基づき支払ったH45を除く基本ライセンス料及び年間ライセンス料の合計額は、5157万4500円である。この額の12分の11を差し引くと、15億1411万2875円となる。
 (4611万0200円−88万9200円)+(647万8300円−12万4800円)=5157万4500円
 5157万4500円×11÷12=4727万6625円
 15億6138万9500円−4727万6625円=15億1411万2875円
ウ 被告の主張に対する判断
(ア) 被告は、著作権法114条3項による損害額は、本件改変行為によって使用可能となり、かつ、現実に使用したモジュールのみについて算定すべきである旨主張する。
 しかしながら、著作権法は、その後の使用の有無を問わず、複製権侵害行為や翻案権侵害が行われた時点で著作権侵害行為が成立するとの立場を採っている。さらに、弁論の全趣旨によれば、実際のソフトウェアのライセンス契約も、その後の使用の有無を問わず、ソフトウェアの入った媒体の売買契約やオンラインでのダウンロードの行われた時点で代金額が確定するものであり、使用の都度、時間等に応じて課金されるものはごく少数であると認められる。よって、被告の上記主張は、採用することができない。
(イ) 被告は、3項の損害額は、被告がエンドユーザとして支払うべき金額(小売り価格)ではなく、原告が受けるべき金額(卸売価格)で算定されるべきである旨主張する。
 しかしながら、原告が現実に行っているライセンスが第三者を介在させたサブライセンスの形態であるとしても、著作権法114条3項の損害の算定は、原告が直接被告とライセンス契約を行う場合を想定して行うことができると解されるから、被告の上記主張は、採用することができない。
エ 原告の主張に対する判断
 原告は、本件改変行為後の本件ソフトウェアは、本件改変行為前のものとは別個のソフトウェアであり、被告が本件改変行為後の本件ソフトウェアを使用した行為は、もはや正規のライセンスに基づく当該モジュールの使用とは解されないから、本件改変行為によって使用可能となったモジュールすべての合計金額をもって損害額とすべきである旨主張する。
 確かに、写真の著作物の複製を許諾されたにすぎない者が翻案を行ったような場合であれば、原告の主張のとおり、複製についての許諾料を差し引かないことが考えられる。しかし、本件ソフトウェアは、デジタルモックアップという実用目的に供されるもので、一部のモジュールの使用が可能であり、現実にも一部のモジュールごとの使用許諾がされているから、全体につき翻案権侵害が成立する場合であっても、原告が受けた被害の実質は、許諾を受けた範囲を超えてすべてのモジュールを使用可能にされたことにある。よって、損害額の算定は、その実質に即して上記ア及びイのとおり行うべきであるから、原告の上記主張は、採用することができない。
(2) 著作権法114条2項
 著作権法114条2項による計算額が同条3項による計算額を超えることを認めるに足りる証拠はない。
(3) 弁護士費用
 弁論の全趣旨によれば、原告は、本訴原告代理人である藤井弁護士らに対し、本訴の提起及び追行を委任し、その着手金及び成功報酬として1億円を支払うことを約したことが認められる。本件改変行為と相当因果関係を有する弁護士費用としては、本件事案の内容、性質、訴訟経緯等一切の事情を総合すると、前記(1)の損害額の5%程度である7500万円をもって相当と認める。
(4) まとめ
 よって、損害額は、15億8911万2875円となる。
 15億1411万2875円+7500万円=15億8911万2875円
4 結論
 よって、原告の差止請求及び廃棄請求(請求第1項及び第2項)は理由があり、損害賠償請求(請求第3項)は主文第3項に掲記の限度で理由があるから、これらを認容し、その余の損害賠償請求は理由がないから棄却することとし、損害賠償請求についての仮執行宣言を相当と認め、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 大竹優子
 裁判官 頼晋一


(別紙)コンピュータ目録
1 東京都八王子市宇津木町523-1所在の被告の作業所であるStudio2内の「CADセンター」に設置されているCAD103、CAD104、CAD105、CAD107、CAD110、CAD111、CAD01の7台のコンピュータ
2 同CADセンターに設置されているCAD101、CAD102、CAD106、CAD108の4台のコンピュータ

(別紙)ソフトウェア目録
1 「CATIA V5R13」との名称のソフトウェア(本件ソフトウェア)
2 1のソフトウェアを、サーバーによってコントロールされることなく、そのすべての機能を使用することができるよう改変するために用いられるソフトウェア(ファイル名は、別紙「改変方法」に@として記載のとおり。)(本件クラックソフト)
3 2のソフトウェアを用いて改変が加えられ、サーバーによってコントロールされることなく、そのすべての機能を使用することができるようになった1のソフトウェア

(別紙)改変方法
<略>
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/