判例全文 line
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【事件名】キャノン元社員の“発明の対価”請求事件
【年月日】平成19年1月30日
 東京地裁 平成15年(ワ)第23981号 補償金請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成18年12月19日)

判決
原告 A i
同訴訟代理人弁護士 黒田健二
同 吉村誠
同 野本健太郎
同 藤井なつみ
同補佐人弁理士 松本孝
被告 キヤノン株式会社
同訴訟代理人弁護士 竹田稔
同 川田篤
同 臼井義眞
同 菅奈穂
同 長谷川卓也
同 板橋喜彦
同補佐人弁理士 小栗久典


主文
1 被告は、原告に対し、3352万円及びこれに対する平成15年11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを30分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
 被告は、原告に対し、10億円及びこれに対する平成15年11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(以下、同条について「特許法」という場合、特に断らない限り、平成16年法律第79号による改正前の特許法をいう。)に基づき、原告が被告に承継させた職務発明に係る特許を受ける権利について、その相当対価10億円の支払を求めた事案である。被告は、相当対価を支払済みであると主張している。
1 前提となる事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠によって認められる。)
(1) 当事者
 原告は、昭和43年に名古屋大学理学部物理学科を卒業して被告に入社し、平成14年8月31日まで被告に在職した者である。原告は、現在、独立行政法人科学技術振興機構(旧科学技術振興事業団)に在籍している。
 被告は、昭和12年8月10日に設立された、コンピュータ周辺機器、複写機等オフィス用機器、カメラその他光学機械器具の製造及び販売等を目的とする株式会社である。
(2) 原告がした職務発明
 原告は、被告の従業者であった当時、次の特許発明をした。
 被告は、次の特許発明について、職務発明であるとして、社内規程により原告から特許を受ける権利を承継し、原告を発明者、被告を出願人として、次のとおり、特許出願をし、特許を得た。
ア 日本特許(以下「本件特許」又は「本件日本特許」といい、その発明を「本件特許発明」という。また、後記イの外国特許と総称して、「本件各特許」又は「本件各特許発明」という。)(甲1ないし3)
 日本国特許1774684号
 @ 出願年月日 昭和56年10月20日
 A 出願番号 特願昭56−167385
 B 出願公告年月日 平成3年1月25日(特公平3−5562)
 C 登録年月日 平成5年7月14日
 D 存続期間満了日 平成13年10月20日
 E 発明者 原告
 F 発明の名称 ゴースト像を除去する走査光学系
 G 特許権者 被告
 H 特許請求の範囲 光源と、該光源からの光束を線状に結像する第1結像光学系と、該第1結像光学系による線像の近傍に偏向反射面を有する偏向器と、該偏向器で偏向された光束を被走査媒体面に結像する第2結像光学系とを備え、光束の偏向面内に於いて、前記第2結像光学系はf・θ特性を有する光学系であり、前記第2結像光学系には平行光束が入射し、光束の偏向面と垂直でかつ前記第2結像光学系の光軸を含む面内に於いて、前記偏向反射面近傍の線像と前記被走査媒体面上の点とが前記第2結像光学系を介して共役関係にある走査光学系であって、前記偏向器はN個の偏向反射面を有する回転多面鏡であり、光束の偏向面と平行でかつ前記第2結像光学系の光軸を含む面内に於ける前記第2結像光学系の像側主点と前記被走査媒体面との距離をD、前記被走査媒体面上に於いて前記第2結像光学系の光軸から有効走査巾の端部までの距離をWとするとき、光束の偏向面と平行な面内に於いて前記偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度αを、(4π/N)―(W/D)よりも小さく選定したことを特徴とするゴースト像を除去する走査光学系。
イ 外国特許
 本件特許に対応する外国特許は、次のとおりである。
a) 米国特許第4993792号(以下「本件米国特許権1」といい、その発明を「本件米国特許発明1」という。)(甲4の1、乙213)
 @ 出願年月日 1986年1月30日(継続出願)
 A 出願番号 823981
 B 登録年月日 1991年2月19日
 C 存続期間満了予定日 2008年2月19日
 D 発明者 原告
 E 発明の名称 ゴースト像を除去する走査光学系
 F 特許権者 被告
 G 特許請求の範囲
【請求項1】面走査のための、および被走査有効走査領域内の該面上にゴースト像が現れないようにするための走査光学系であって、複数の反射面を有する偏向器、表面に向かって光束を偏向するように配置された前記偏向器の前記反射面の一つの近傍に線状光束を結像する光束入射光学系、および、直交方向において異なる出力を有し、かつ、該偏向器の該一つの反射面と被走査面が、該偏向器により偏向された光束像により形成された偏向平面に対して垂直な平面内で光学的に相互に共役関係にある結像手段を含み、この場合において、Nを前記偏向器の反射面の数、Wを有効走査領域巾の半分、Dを被走査面に隣接する該結像手段の主点と被走査面との距離とするとき、前記結像手段の光軸が該光束入射光学系の光軸となす角度αは、|α|<(4π/N)−(W/D)、かつ、|α|<π/2を満たす、走査光学系。
【請求項2】前記結像手段がf.θ特性を有する、請求項1の走査光学系。
【請求項3】レーザービーム記録装置であって、レーザー光源、複数の反射ミラーを有し、該レーザー光源から光束を偏向するポリゴンミラー、前記レーザー光源から光束を前記ポリゴンミラー反射面の一つの近傍に該ポリゴンミラーの回転軸方向に垂直な方向に伸びる線状結像として結像する第一の結像光学系、および前記ポリゴンミラーと感光性媒体間に配置され、かつ、感光性媒体上に該ポリゴンミラーにより偏向された光束を結像する第二の結像光学系であって、該第二のポリゴンミラーの該反射面の一つの近傍に形成された線状結像がビームスポットとして感光性媒体上に結像されるように直交方向において異なる出力を有する第二の結像光学系、を含み、この場合において、Nを前記ポリゴンミラーの反射面の数、Wを感光性媒体上の有効走査領域巾の半分、Dを感光性媒体に隣接する該第二の結像光学系の主点と感光性媒体との距離とするとき、前記第一の結像光学系の光軸が前記第二の結像光学系の光軸となす角度αは、|α|<(4π/N)−(W/D)、かつ、|α|<π/2を満たす、レーザービーム記録装置。
【請求項4】前記第二の結像光学系がf.θ特性を有する、請求項3のレーザービーム記録装置。
b) 米国特許第5191463号(以下「本件米国特許権2」といい、その発明を「本件米国特許発明2」といい、本件米国特許権1と併せて、「本件各米国特許権」又は「本件各米国特許発明」という。)(甲4の2、乙213)
 @ 出願年月日 1990年9月27日
 A 出願番号 588934
 B 登録年月日 1993年3月2日
 C 存続期間満了予定日 2008年2月19日
 D 発明者 原告
 E 発明の名称 ゴースト像を除去する走査光学系
 F 特許権者 被告
 G 特許請求の範囲
【請求項1】面走査のための、および被走査有効走査領域内の該面上にゴースト像の結像が現れないようにするための走査光学系であって、該走査光学系は、複数の反射面を有する偏向器、表面に向かって光束を偏向させるように配置された前記偏向器の前記反射面の一つの近傍に線状光束を結像する光束入射光学系、および直交方向において異なる出力を有し、かつ、該偏向器の該一つの反射面と被走査面が、該偏向器により偏向された光束像により形成された偏向平面に対して垂直な平面内で光学的に相互に共役関係にある結像手段、を含み、この場合において、Nを前記偏向器の反射面の数、Wを有効走査領域巾の半分、Dを被走査面に隣接する該結像手段の主点と被走査面との距離とするとき、前記結像手段の光軸が該光束入射光学系の光軸となす角度αは、|α|<(4π/N)−(W/D)を満たすことを特徴とする前記走査光学系。
【請求項2】前記結像手段がf.θ特性を有する請求項1の走査光学系。
【請求項3】更に、ゴースト像の光束を遮断する遮光手段から成る請求項1による走査光学系。
【請求項4】レーザービーム記録装置であって、レーザー光源、複数の反射ミラーを有し、該レーザー光源から光束を偏向するポリゴンミラー、該レーザー光源から光束をポリゴンミラー反射面の一つの近傍に、該ポリゴンミラーの回転軸方向に対して垂直な方向に伸びる線状結像として結像する第一の結像光学系、および前記ポリゴンミラーと感光性媒体間に配置され、かつ、感光性媒体上に該ポリゴンミラーにより偏向された光束を結像する第二の結像光学系であって、該ポリゴンミラーの該反射面の一つの近傍に形成された線状結像がビームスポットとして感光性媒体上に結像されるように直交方向において異なる出力を有する第二の結像光学系、を含み、この場合において、Nを前記ポリゴンミラーの反射面の数、Wを感光性媒体上の有効走査領域巾の半分、Dを感光媒体に隣接する該第二の結像光学系の主点と感光性媒体との距離とするとき、前記第一の結像光学系の光軸が前記第二の結像光学系の光軸となす角度αは、|α|<(4π/N)−(W/D)を満たす、レーザービーム記録装置。
【請求項5】前記第二の結像光学系がf.θ特性を有する、請求項4のレーザービーム記録装置。
【請求項6】更に、ゴースト像の光束を遮断する遮光手段を含む、請求項4のレーザービーム記録装置。
c) ドイツ国特許第DE3238665C2号(以下「本件ドイツ特許権」といい、その発明を「本件ドイツ特許発明」という。)(甲5、乙217)
 @ 出願年月日 1982年10月19日
 A 出願番号 P3238665.6−51
 B 公開日 1983年5月5日
 C 特許付与公告日 1988年6月30日
 D 登録年月日 1993年5月ころ(特許異議事件終局の後に登録)
 E 存続期間満了日 2002年10月19日
 F 発明者 原告
 G 発明の名称 ゴースト像を除去する走査光学系
 H 特許権者 被告
 I 特許請求の範囲
【請求項1】複数の反射面(3a、3b)を有する偏向器(3)、該偏向器の偏向反射面近傍に光束(L)を射出し線状に結像させる光学系(1、2)、および、互いに垂直の方向において異なる屈折力を示し偏向器(3)により偏向された光束(L)を点(Ps)として走査線に沿って被走査媒体(6)の表面に結像する結像装置(20)を備えた、走査線上の有効走査巾(2S)が結像装置(20)の光軸(C)により半分にされる形の走査光学系であって、結像装置(20)の光軸(C)と光束(L)を射出する光学系(1、2)の光軸の間に挟まれる角度(α)が鋭角、それも、偏向器(3)の偏向反射面(3a、3b)の数をN、走査巾の半分をW、被走査媒体(6)に面した結像装置(20)の主点(H)と被走査媒体(6)自体の間の距離をDとするとき、|α|<(4π/N)−(W/D)なる関係式を満足させるほど小さい鋭角であり、点(Ps)から出発する反射により形成されるゴースト像が走査線上の有効走査巾の外側に位置することを特徴とする走査光学系。
【請求項2】結像装置(20)が(f・θ)光学系であることを特徴とする、請求項1記載の走査光学系
(3) 本件特許発明に係る出願経過並びに特許異議及び無効審判の経緯
 本件特許発明は、昭和56年10月20日に出願され(乙36)、昭和58年4月22日に出願公開された。その後、平成2年8月14日付手続補正(乙39)を経て、同年10月2日、公告決定され、平成3年1月25日、出願公告された(本判決末尾添付の特公平3−5562号公報。以下「本件特許公告公報」という。)。
 本件特許発明に係る出願については、合計9件の特許異議が申し立てられ(以下「本件異議事件」という。)、平成5年2月25日、異議申立ては理由がないとの決定がされ(同年4月13日発送)、同年2月25日、登録査定された。
 本件特許について、平成6年11月8日、富士写真フィルム株式会社(以下「富士写真フィルム」という。)が無効審判を申し立て(乙41の1、以下「本件無効審判」という。)、平成7年8月17日、請求が成り立たない旨の審決がされた(乙41の4)。富士写真フィルムは、同審決に対し、審決取消訴訟を提起し(東京高等裁判所平成7年(行ケ)第243号・乙42の1。以下「本件審決取消訴訟」という。)、東京高等裁判所は、平成10年8月20日、請求を棄却する旨の判決をした(乙42の12)。
 本件特許は、平成13年10月20日、存続期間満了により消滅した。
(4) 構成要件の分説
 本件特許発明を構成要件に分説すると、次のとおりである(以下、それぞれを「構成要件A」のようにいう。)。
A 光源と、該光源からの光束を線状に結像する第1結像光学系と、該第1結像光学系による線像の近傍に偏向反射面を有する偏向器と、該偏向器で偏向された光束を被走査媒体面に結像する第2結像光学系とを備え、
B 光束の偏向面内に於いて、前記第2結像光学系はf・θ特性を有する光学系であり、
C 前記第2結像光学系には平行光束が入射し、光束の偏向面と垂直でかつ前記第2結像光学系の光軸を含む面内に於いて、前記偏向反射面近傍の線像と前記被走査媒体面上の点とが前記第2結像光学系を介して共役関係にある走査光学系であって、
D 前記偏向器はN個の偏向反射面を有する回転多面鏡であり、光束の偏向面と平行でかつ前記第2結像光学系の光軸を含む面内に於ける前記第2結像光学系の像側主点と前記被走査媒体面との距離をD、前記被走査媒体面上に於いて前記第2結像光学系の光軸から有効走査巾の端部までの距離をWとするとき、光束の偏向面と平行な面内に於いて前記偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度αを、(4π/N)―(W/D)よりも小さく選定したことを特徴とするゴースト像を除去する走査光学系
(5) 被告における職務発明規程
 被告における「発明・考案・創作に関する取扱規程」は、被告とキヤノン労働組合との労働協約に依拠し、かつ労使協議を経て制定されたものであり(乙1の1ないし3)、昭和35年(1960年)4月1日に制定され、その後、数回の改訂が行われている(乙2の1ないし8。以下、本件各特許権に適用される規程等を総称して、「被告取扱規程」という。)。
 被告取扱規程によれば、被告における職務発明の対価の支払は、出願時における対価、登録時における対価、実績に対する対価、表彰の際の副賞からなるものである。その内容は、概ね以下のとおりである。
ア 昭和60年1月1日改正前の規程(本件特許発明の出願補償時の規程・乙2の1)
a) 出願補償
 会社が承継した権利のうち、出願手続を終えたものについては、特許出願1件につき1000円以上を支払う。
b) 登録補償・実績補償
 会社は特許の登録手続を終えたものについて、特許審査委員会の審査の結果、特級(5万円以上)から9級(1000円)までの10区分に応じて対価を支払う。
c) 表彰
 会社は発明を実施した結果、特にその効果が顕著であると認めたとき、あるいは特許権を第三者に譲渡し、又は実施権を許諾して効果をあげたときは、特許審査委員会の査定に基づいて別に表彰することがある。
イ 平成2年1月1日改正後の規程(本件特許発明の登録補償時の規程・乙2の4)
a) 出願補償
 会社が承継した権利のうち、国内の出願手続を終えたものについてのみ、特許出願1件につき4000円を支払う。
b) 登録補償
 会社は特許の登録手続を終えたものについて、登録された国ごとに6000円を支払う。
c) 実績補償 会社は、登録対価の支払いの対象となったもののうち、実績により会社に貢献したと認められたものについて、特許審査委員会の審査の結果に基づき、特級(15万円以上)から5級(5000円)までの6区分に応じて、各等級所定の対価を支払う。
 前記支払額について、その後の実績により顕著な差異が生じたとして所属長からの再評価申請があった場合、特許審査委員会が審査のうえ、再評価の必要があると認めたときは再評価を行い差額を支給する。
 発明者は、支払われた対価額に対して異議のある場合は、対価額の受領後30日以内に限り、特許審査委員会に対して再度審査を求めることができる。
d) 表彰
 発明及び会社の工業所有権に関する活動に対して顕著な功績を認めたときは、特許審査委員会の決定に基づいて表彰(特別社長賞、優秀社長賞、社長賞、特許審査委員会賞及び知的財産法務本部長賞)を行う。
 優れた発明又は発明者と認めた場合は、外部の表彰機関にこれを推薦し、対外的な表彰を受賞できる機会を作る。
ウ 平成6年1月1日改正後の規程(本件特許発明の実績補償時の規程・乙2の5)
a) 出願補償
 会社が承継した権利のうち、第一国への出願手続を終えたものについてのみ、特許出願1件につき5000円を支払う。
b) 登録補償
 前記イと同じ。
c) 実績補償
 会社は登録番号が付与されたもののうち、実績により会社に貢献したと認められたものについて、特許審査委員会の審査の結果に基づき、次の対価を支払う。
 特級 15万円以上
 1級 10万円
 2級 5万円
 3級 3万円
 4級 1万円
 5級 5000円
 前項によって支払われた額について、その後の実績により顕著な差異が生じたとして所属長からの再評価申請があった場合、特許審査委員会が審査のうえ、再評価の必要があると認めたときは再評価を行い差額を支給する。
 発明者は、支払われた対価額に対して異議のある場合は、対価額の受領後30日以内に限り、特許審査委員会に対して再度審査を求めることができる。
d) 表彰
 会社は、実績補償の対価の他に、会社に対して顕著な実績をあげた発明について、特許審査委員会の決定に基づいて、表彰(特別社長賞、優秀社長賞、社長賞、特許審査委員会賞及び知的財産法務本部長賞)により賞金として別途対価の額を加算する。
 優れた発明又は発明者と認めた場合は、外部の表彰機関にこれを推薦し、対外的な表彰を受賞できる機会を作る。
エ 平成9年1月1日改正後の規程(本件特許発明の優秀社長賞授与時の規程・乙2の6)
a) 出願補償
 前記ウと同じ
b) 登録補償
 前記イと同じ
c) 実績補償
 前記ウと同じ
d) 表彰
 会社は実績補償の対価の他に、会社に対して顕著な実績をあげた発明について、特許審査委員会の決定に基づいて、以下の表彰により賞金として別途対価の額を加算する。また、優れた発明又は発明者と認めた場合は、外部の表彰機関にこれを推薦し、対外的な表彰を受賞できる機会を作る。
@ 特別社長賞(賞状、賞牌、副賞100万円(ただし、1名3万円を限度とする。)
 発明に基づき会社の業績に極めて顕著な功績を挙げた技術又は製品を完成させた発明者グループ、又は、工業所有権に関する活動(発明育成、権利化、第三者権利への対抗、権利の活用等に関する活動)により会社の業績に極めて顕著な功績を挙げたグループを対象とする。
A 優秀社長賞(賞状、賞牌、副賞50万円)
 会社の業績に極めて顕著な功績を挙げ、特に優れていると認められた発明をした発明者、又は、工業所有権に関する活動により会社に極めて顕著な貢献をした者を対象とする(課長相当職以上を除く。)。
B 社長賞(賞状、賞牌、副賞30万円)
 会社の業績に顕著な功績を挙げ、優れていると認められた発明をした発明者、又は、工業所有権に関する活動により会社に顕著な貢献をした者を対象とする(課長相当職以上を除く。)。
C 社長奨励賞(賞状、賞牌、副賞20万円)
 会社の業績に多大な貢献をし、優れていると認められた発明をした発明者、又は、工業所有権に関する活動により会社に多大な貢献をした者を対象とする(課長相当職以上を除く。)。
D 特許審査委員会賞(賞状、賞牌、副賞10万円)
 会社の業績に貢献をし、優れていると認められた発明をした発明者、又は、工業所有権に関する活動により会社に貢献をした者を対象とする(課長相当職以上を除く。)。
E 本部賞(賞状、副賞1万円ないし5万円)
 発明に関して貢献度の高い発明をした発明者、又は、工業所有権に関する活動により本部に貢献をした者を対象とする(課長相当職以上を除く。)。
オ 平成12年4月1日改正後の規程(本件特許発明の再評価申請時の規程・乙2の7)
a) 出願補償
 前記ウと同じ
b) 登録補償
 前記イと同じ
c) 実績補償
 会社は登録されたのち、社内実施又は第三者への実施許諾の実績により、会社に貢献したと認められたものについて、特許審査委員会の審査結果に基づき、超特級から5級までの7区分に応じて、次の対価を支払う。ただし、超特級及び特級に該当する対価の支払には、経営会議での承認を必要とする。
 超特級 300万円以上
 特級 150万円
 1級 50万円
 2級 15万円
 3級 5万円
 4級 1万5000円
 5級 6000円
 前項に規定した対価は、当該発明が貢献したと認められる地域ごとに支払う。ここでいう地域とは、亜州(日本、豪州を含む。)、米州、及び欧州(アフリカを含む。)の3地域を指す。ただし、超特級及び特級に該当する発明については、全世界を1地域とみなし、対価の支払を行うものとする。
 前項によって支払われた額について、その後の実績により顕著な差異が生じたとして再評価申請がなされた場合、特許審査委員会の審査結果に基づき、差額を支給する。
 発明者は、支払われた対価額に対して異議のある場合は、対価額の受領後30日以内に限り、特許審査委員会に対して再度審査を求めることができる。
d) 表彰
 特別社長賞の副賞を200万円に増額するなどの改訂がなされた。
カ 平成13年(2001年)には、従前の評価基準を文書化した「発明対価評価基準書」が制定された。同基準書の概要(平成13年10月4日改訂・乙5の2)は次のとおりである。
 特許発明の@自社/他社活用実績及びA発明自体の価値の両面に重きを置いた視点で評価する。
a) 対価評価基準
 以下の2ステップを経て、合計点数を算出し、その算出結果の点数に応じて、「実績対価評価基準リスト」の表(後記c))にしたがって等級を決める。
ステップ1:自社他社実績評価
 4つの視点、すなわち、自社実施度、製品貢献度(製品において、いかなる効果を発揮しているか)、技術基本度(必須度・代替不可度・独占度)、他社活用度(ライセンス実績の有無、差止め実績の有無)から評価し、加算法により点数化(20点満点)する。
ステップ2:配点見直し
 その後、標準化技術、課題の大小、実施上の他社関係度について見直しをする。
b) 前提条件
 発明実施の事実、関連特許との関係(利用関係)及び特許性の確認の上で評価する。再評価申請は、原則5年経過、又は実績上の極めて大きな変化(例えば、ライセンス実績発生等)が生じた場合に認められる。
c) 実績対価評価基準リスト
 超特級から5級までの区分は、上記a)の点数評価によって決定されるところ、各等級の目安は次のとおりである。
 超特級:会社への貢献が極めて大きい基本(原理)特許
 特級:点数の目安は20点以下。主な事業製品のほとんどで、製品貢献度及び技術基本度が高い。
 1級:点数の目安は12点前後。主な事業製品のほとんどで、製品貢献度又は技術基本度が高い。事業を超えた多機種の製品で、製品貢献度又は技術基本度が高い。
 2級:点数の目安は9点前後。ジャンル違いの複数種の製品で、製品貢献度又は技術基本度が高い。同ジャンルの複数種の製品で、製品貢献度と技術基本度が中以上かつ一方が高い。
 3級:点数の目安は7点前後。ジャンル違いの複数種の製品で、製品貢献度又は技術基本度が中以上。同ジャンルの複数種の製品で、製品貢献度又は技術基本度が高い。
 4級:点数の目安は5点前後。異なる種類の製品で、製品貢献度と技術基本度が中以上。1種の製品であっても、基本度が高いか、その製品での貢献度が高い。
 5級:点数の目安は3点以上。少なくとも1種の製品で実施。
(6) 本件各特許発明に係る特許を受ける権利の被告への譲渡
 原告は、昭和56年4月下旬ころ、被告に対し、被告取扱規程に基づき、本件各特許発明に係る特許を受ける権利を譲渡した(乙190の7。以下「本件譲渡契約」という。)。
(7) 被告取扱規程に基づく補償金の給付
 原告は、本件各特許発明に関して、被告取扱規程に基づいて、被告から次の補償金の支払(合計87万6000円)を受けた。なお、原告は、平成13年10月22日、本件各特許発明につき実績の再評価の申請をしたものの(甲9、乙7)、評価の変更はされなかった。
ア 出願補償 2000円
イ 登録補償
a) 本件特許発明 6000円
b) 本件米国特許発明1 6000円
c) 本件米国特許発明2 6000円
d) 本件ドイツ特許発明 6000円
ウ 実績補償
a) 本件特許発明 15万0000円(特級評価)
b) 本件各米国特許発明 10万0000円(1級評価)
c) 本件ドイツ特許発明 10万0000円(1級評価)
エ 表彰 50万0000円(平成11年6月7日授与の優秀社長賞・甲7)
オ 上記のほかに、平成12年8月末ころ、被告の推薦を受けて、発明協会東京支部長賞が授与されている(甲8)。
2 本件における争点
(1) 職務発明により生じた外国の特許を受ける権利の承継についての準拠法及び同承継についての特許法35条の適用の有無(争点1)
(2) 被告取扱規程に基づく職務発明の承継は、オリンパス事件最高裁判決(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決)の射程範囲外か(争点2)
(3) 本件各特許発明により被告が受けるべき利益の額(争点3)
ア 被告の包括クロスライセンス契約と利益の額の算定方式(争点3−1)
イ 本件各特許発明の技術的範囲と代替技術(争点3−2)
ウ 本件各特許発明の重要性と他社製品等における本件各特許発明の実施割合(争点3−3)
エ 被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許発明により得た利益の額(争点3−4)
オ 被告による本件各特許発明の実施による利益の額(争点3−5)
(4) 本件各特許発明について被告が貢献した程度(争点4)
(5) 本件各特許発明の承継の相当の対価(争点5)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(職務発明により生じた外国の特許を受ける権利の承継についての準拠法及び同承継についての特許法35条の適用の有無)について
(1) 原告の主張
 職務発明により生じた外国の特許を受ける権利等の譲渡について、日本国特許法35条が適用される。
ア 本件各特許発明に係る特許を受ける権利の承継の対価請求の準拠法について
 職務発明に係る特許を受ける権利の譲渡は、その対象となる権利が職務発明についての日本国及び外国の特許を受ける権利である点において、渉外的要素を含むものであるから、その準拠法を決定する必要がある。
 職務発明である本件各特許発明に係る特許を受ける権利の承継の対価請求の準拠法は日本法と解すべきである。すなわち、職務発明である本件各特許発明に係る特許を受ける権利の譲渡の前提となる労働契約が、日本に在住する日本人である原告と日本法人である被告との間で日本において締結されたものであることからすれば、本件各特許発明に係る特許を受ける権利の譲渡に関する本件譲渡契約の成立及び効力についての準拠法を日本法とする黙示の意思が当事者間に存在したことは明らかである。したがって、本件各特許発明に係る特許を受ける権利の承継についての準拠法は、法例7条1項により日本法となる。また、当事者の意思が明確ではないとしても、原告と被告が本件譲渡契約を締結したのは日本国であり、行為地法は日本法であるので、法例7条2項により、その準拠法は日本法になる。
イ 日本法を準拠法とした場合、職務発明に係る外国の特許を受ける権利等の譲渡についても、日本国特許法35条が適用されることについて
 特許法35条は、特許法中に規定されているとはいえ、我が国における従業者と使用者との間の雇用契約上の利害関係の調整を図る強行法規である点に注目すると、労働法規としての意味をも有する規定であるということができる。職務発明についての規定がこのようなものであるとすると、職務発明の譲渡についての相当の対価は、外国の特許を受ける権利等に関するものも含めて、使用者と従業者が属する国の産業政策に基づき決定された法律により一元的に決定されるべき事柄であり、当該特許が登録される各国の特許法を準拠法として決定されるべき事柄ではないことが明らかである。
 また、外国特許権と日本特許権とは、権利としては別個のものであったとしても、一つの技術的思想としての管理支配可能な発明に基づいて、特許を受ける権利が譲渡され、当該特許を受ける権利に基づいて、各種手続を通じて、外国において特許権が成立することに鑑みれば、一つの職務発明に係る特許を受ける権利の譲渡がなされている以上、特許法35条3項の「特許を受ける権利」には外国の特許を受ける権利も含まれていることは明らかである。
 したがって、職務発明に係る外国の特許を受ける権利等の譲渡についても、日本国特許法35条が適用されると解すべきである。
ウ 職務発明に係る外国の特許を受ける権利等の譲渡については、属地主義の原則は適用されないことについて
 世界の主要国においては、職務発明に係る外国特許を受ける権利等をめぐる使用者と従業員間の権利関係について、雇用関係地の法律を適用し、各登録国の特許法等を適用する属地主義の原則を採用しないとの考え方が一般的である。とすれば、本件のように、日本法人である被告の従業員として日本国で勤務し、職務発明をした原告について、属地主義を根拠として、特許法35条の適用を日本国の特許を受ける権利に限定し、外国の特許を受ける権利等について同条の適用を認めず、登録国の特許法等によるものとの立場を採用すると、ほとんどの従業員発明者は、外国の特許を受ける権利等の承継について、世界の主要国の特許法によっても、日本国特許法35条によっても、職務発明の規定に関する保護を受け得ないことにもなりかねず、極めて不都合な結果となる。したがって、職務発明にかかる外国の特許を受ける権利等の譲渡については、属地主義の原則は適用されないと解すべきである。
エ 最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決について
 最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決は、「従業者等が特許法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において、当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については、同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である。」との判断を示した。したがって、本件各米国特許権及び本件ドイツ特許権についても、特許法35条に沿った相当対価請求が認められることは明らかである。
 被告は、前記判決は、使用者等と従業者等との間の職務発明に係る特許を受ける権利の譲渡契約における通常の意思解釈を根拠として、外国の特許を受ける権利について特許法35条3項及び4項が類推適用されるとしているものであって、具体的事案において、当該譲渡契約における当事者の意思解釈がこれと異なるときは、特許法35条3項及び4項を類推適用する余地はない旨、本件においては、その譲渡価格は被告取扱規程に定めるところによるとするのが、原告と被告の契約締結に当たっての意思解釈に適合するので、特許法35条3項及び4項の類推適用はない旨を主張する。
 しかし、上記最高裁判決は、「通常の意思」のみを根拠として特許法35条3項及び4項の類推適用を認めているわけではない。したがって、たとえ当事者に「通常の意思」と異なる合意が形成されていたと認められた場合であっても、それによって、直ちに特許法35条3項4項の類推適用がないという結論になるとは限らず、上記最高裁判決はその点については言及していないというべきである。
 また、仮に、当事者に「通常の意思」と異なる合意が形成されていた場合に特許法35条3項4項の類推適用が否定されるという見解に立ったとしても、本件における当事者の意思は、「通常の意思」の範囲内であって、「通常の意思」と異なる合意が形成されていたとはいえない。上記最高裁判決における「通常の意思」の内容は、我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利が包括的に承継されることの合意があったと考えるのが当事者の「通常の意思」であるということであって、譲渡価格について被告取扱規程によることの合意があったか否かはここでの「通常の意思」とは無関係である。本件においては、譲渡があった昭和56年当時の被告取扱規程によれば、外国で特許を受ける権利も国内で特許を受ける権利と共に、一元的かつ包括的に被告に譲渡することが前提となっている。したがって、原告被告間に、我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利も包括的に譲渡することの意思があったことは明らかである。以上より、本件における当事者の意思は、「通常の意思」の範囲内であるといえる。また、たとえ被告取扱規程が労使間の協議により成立した労働協約に依拠して制定されたものであっても、被告取扱規程は、結局承継の時点において、承継者がどの程度の対価が得られるか分からないまま譲渡せざるを得ない内容になっており、また、承継後の対価の支払も結局使用者側の一方的な判断に委ねられた内容になっているのであって、被告取扱規程の内容から見て、労働者側が自己の権利を完全に守れるような労使対等の仕組みになっていないことは明らかである。
 したがって、本件について、特許法35条3項及び4項の類推適用がないとの被告主張は理由がない。
(2) 被告の主張
 外国特許を受ける権利の帰属に関する法律関係については、当該外国特許権の登録予定国法が準拠法として選択され、適用されるべきである。また、仮に、日本法が準拠法として選択され、適用される場合においても、日本国特許法35条は外国特許を受ける権利の帰属に関する法律関係について適用を予定した規定ではないことは、国際私法の観点においても、その立法趣旨においても、明らかである。したがって、本件各米国特許及び本件ドイツ特許に係る原告の請求は、この点において、既に失当である。
ア 外国特許を受ける権利の帰属に関する法律関係についての準拠法について
a) 属地主義の原則が国際私法上の条理として準拠法となることについて
 特許法35条1項から4項までが規律している特許を受ける権利の帰属の問題(職務発明に基づく権利が原始的に誰に帰属するか、使用者と従業者との間において権利の移転がなされたか、従業者に対して何らかの補償がなされるかなど)は、いわば生成中の特許権の移転に関する問題である。
 最高裁平成14年9月26日判決によれば、外国特許権に関する私人間の紛争においても法例で規定する準拠法を決定することが必要であるところ、特許権の成立、移転、効力等に関する法律関係については、法例に直接の定めはないから、国際私法上の条理によるべきであるとされる。そうすると、外国特許を受ける権利の譲渡については、それに付随する補償関係をも含めて、属地主義の原則(各国の特許権の成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められること)が条理として適用されるというべきであり、その生成中の特許権ともっとも密接な関係を有する登録予定国の法令が準拠法として適用されるべきである。
 実質的にみても、外国特許を受ける権利に日本法が適用され、かつ特許法35条も併せて適用されるとしたのでは、各国ごとに職務発明制度はもとより特許制度自体が異なる点をどのように調整するかという問題に直面する。例えば、特許を受ける権利を誰が原始的に取得するか(使用者に原始的に帰属するときは、「対価」の概念を入れる余地がない。)、従業者が取得するとしても承継が有効になされたか(外国法において承継の有効性が否定されても、なお、対価の支払義務が発生するのか)などについては、各国法により判断されざるを得ない。また、特許制度の基礎となる「発明」などの概念が各国において異なり得るし、特許権の技術的範囲の解釈についても、各国ごとの制度の相違を踏まえた各国固有の議論がなされているのであり(例えば、特許出願経過を考慮すべきか)、それらの特許権に係る発明が「実施」されているかどうかも、各国の特許法及び判例等に照らして判断せざるを得ない。このように、特許法35条が外国特許を受ける権利の承継に適用されることを前提として対価の金額を算定しようとすると、外国法における解釈を無視し得なくなる。そうであるならば、外国特許を受ける権利については、そもそも特許法35条の適用は想定されていないというべきであるし、準拠法を選択する場合においても、端的に、当該外国法が適用されると解すべきである。
b) 国際私法上の観点から検討しても上記結論が支持されることについて(乙201)
 各国の特許法は、各国の専属的立法管轄権に基づき、その管轄の範囲においてのみ効力を有する規定であり、抵触法による準拠法の選択の枠組みの外にある性質のものである。したがって、仮に抵触法の定めが特許法についておかれているとしても、その抵触法の性格は、一般の私法的法律関係に関するものとは性格が異なる。このような各国の特許法の性格からみて、日本国特許法35条の適用範囲も、日本国の専属的立法管轄権の範囲において、日本国特許法35条の解釈により定められる。
 まず、日本国の専属的立法管轄権は、日本国特許権及び日本国特許を受ける権利についてしか及ばない。したがって、日本国特許法35条は外国において特許を受ける権利について規定していない。他方、外国における発明に基づく日本国特許を受ける権利については、日本国の専属的立法管轄権が及ぶ。日本国特許法35条の具体的な適用範囲は、このような日本国の専属的立法管轄権が及び得る範囲において、解釈により定めることになる。
 次に、日本国特許法1条において「発明の奨励」が目的とされているところ、日本国が外国における発明を奨励しても無意味であることから、同条は「『日本国』における発明の奨励」を目的とするものである。
 そして、日本国特許法35条は、同条1項から4項に至るまでの規定の構造及びその立法の沿革からみて、日本国において発明の奨励又は投資をする者と、これらの奨励者又は投資者のもとにおいて発明をする者(国立大学法人の研究者などの「公務員」、ベンチャー企業の経営者など「会社の役員、メー」カーの研究者などの「従業者」)との利益を調整するための規定であることが明らかである。そして、同条1項(使用者等の無償の法定通常実施権)が日本国において特許を受ける権利又は日本国特許権にしか適用が考えられない規定であることから、同条2項から4項においても、日本国特許を受ける権利を前提としていることも明らかである。そうでないと、無償の法定通常実施権を発明の奨励者及び投資者に与えることにより、そのもとで研究開発をする発明者との間の適正な利益の調整を図るという特許法35条の趣旨を実現することが不可能になるからである。
 以上より、特許法35条の適用範囲は、日本国における発明を奨励し、かつ発明の奨励者及び投資者と発明者との間との利益の調整を図るという趣旨に照らして、日本国内においてなされた発明に基づく日本国特許を受ける権利又は日本国特許権に限られる。
イ 特許法35条の適用範囲について
 特許法35条の規定は、立法趣旨からみても、外国特許を受ける権利の帰属について適用することを予定していない。また、昭和34年の立法後に事情の変化があったとしても、公法的側面をも有する規定においては、使用者の経済的自由及び財産権(憲法22条、29条)との関係において明確な基準が示されるべきであり、法改正により明文の規定が新設されない限り、その適用範囲を拡張すべきではない。
a) 「特許を受ける権利」の文理解釈及び規定相互の関係について
 特許法においては、「特許を受ける権利」という文言は、すべて日本国特許を受ける権利に関する(特許法30条1項から3項まで、33条1項から3項まで、34条1項から6項まで、38条、39条6項、49条7号、109条2号、123条1項6号、132条3項、193条2項2号、195条5項及び6項、195条の2第2号など)。
 したがって、特許法35条についてのみ、外国特許を受ける権利が含まれると解すべきではない。
 なお、これに対し「特、 許法35条中の『特許を受ける権利』との用語を特許法の他の規定と同じ意味に解さなければならない合理的理由がない以上、同条における『特許を受ける権利』は、その規定の趣旨を合理的に解釈し、我が国の職務発明について、日本国のみならず外国の特許を受ける権利等も含む意味であると解すべきである。」とする見解がある。しかし、仮に、特許法35条が強行法規であるならば、私人の経済活動の自由を不当に制約することがないように、「特許法の他の規定と異なる意味に解さなければならない合理的理由がない以上」同じ意味に解さなければならないのが原則である。また、このような見解においては、同じ特許法35条において、同条1項と同条3項との意味も異なることになりかねない。
b) 特許法の体系的理解について
 昭和34年制定当時の特許法において渉外性のある規定(特許法2条3項1号及び3号、8条、25条、26条、29条1項3号、30条3項、43条、49条1号及び2号、69条2項1号、101条、123条1項1号及び2号、124条、192条など)は、すべて日本国内における特許出願及び特許権に関するものであり、日本国から外国への特許出願に関するものではない。日本国から外国への特許出願に関する規定が特許法におかれたのは、「国際出願」の制度を設けた昭和53年改正が初めてであり、それまで、日本国から外国への特許出願を想定した規定はおかれていない。
 したがって、特許法35条は外国特許を受ける権利の帰属のことをも想定した規定と解することは、その体系的な理解に反する。
c) 現行特許法の立法者の意思について
 特許法の立法当時、特許法35条については、外国特許を受ける権利に関する議論がない。それは、立法当時、相当の対価の補償は、日本国の特許を受ける権利についてのものであることを当然の前提としていたからにほかならない。
d) 立法時の外国出願の状況について
 昭和34年当時の日本国特許出願の数及び現在の外国特許出願の件数と比べ、昭和34年当時の外国特許出願はわずかである。
 このような外国出願の状況において、昭和34年の立法当時、外国特許を受ける権利のことまで考慮されてはいないと解すべきである。
e) ドイツ従業者発明法との比較について
 昭和34年の立法当時、特許法35条について参考にされた1957年(昭和32年)制定のドイツ従業者発明法には、外国特許を受ける権利の取扱いに関する詳細な規定がある。それにもかかわらず、特許法35条の規定には、外国出願を考慮した規定はないし、立法当時、外国出願を考慮した議論すらうかがわれない。このことからも、昭和34年の立法時、外国特許を受ける権利の取扱いについては、特に規定をおかず、使用者と従業者との間の私的自治(契約による規律)に委ねたというべきである。
f) 特許法35条の制度趣旨について
 特許法35条は、同条1項において、職務発明を発明者である従業者に帰属させるとともに、使用者の利益を保護するために使用者の通常実施権を認め、かつ同条3項においては、特許を受ける権利を使用者が譲り受けたときは、従業者に相当の対価の支払請求権を認め、使用者と従業者との間の利益の均衡を図っている。
 ところで、特許法35条1項は、特許を受ける権利が従業者に帰属することを前提として、使用者の「通常実施権」について定めている。ここで、同条1項の「特許権」に「外国特許権」が含まれると解したとしても、当該外国において「通常実施権」が認められるとは限らないので、使用者と従業者との利益の均衡を図るという特許法35条の制度趣旨の前提が存在しないことになる。この意味でも、特許法35条1項は、日本国特許権の通常実施権に関する規定というべきであり、同条1項と対価的な均衡という意味において密接に関連する同条2項から4項についても、日本国特許を受ける権利に関する規定であると解される。
g) 使用者の経済的自由の確保について
 使用者の経済的自由及び財産権(憲法22条、29条)は、法令の明文の規定によることなく制限されるべきでないことは、法治主義の当然の要請である。すなわち、使用者の経済的自由及び財産権をいたずらに制限しないよう、予測可能性を保障するための明確な基準が示されるべきである。したがって、特許法35条3項の「特許を受ける権利」に「外国において特許を受ける権利」までもが含まれているのであれば、その旨を明文の規定により明確にし、その詳細な取扱いを規定すべきである。
 また、仮に、特許法35条が私的自治への介入を許す強行法規性のある規定であるとすれば、経済的活動の自由が不当に侵害されないようにするために、その介入の範囲及び程度は明文の規定により明らかにされるべきである。そのような明文の規定がない限りは、私人の自由に委ねられていると解するのが一般的な解釈の原則である。したがって、強行法規性をいうのであれば、なおさら特許法35条3項の「特許を受ける権利」には、規定の文言どおり、日本国特許法上の「特許」を受ける権利に限定して解釈されるべきである。
h) 小括
 以上述べたとおり、立法趣旨及び使用者の経済的自由の確保という観点からみて、特許法35条3項の「特許を受ける権利」は、外国特許を受ける権利の帰属についてまで規定しているものではない。
 なお「特許法35条は、 、我が国における従業者と使用者との間の雇用契約上生じた職務発明の帰属及び利用に関する利害関係の調整を図る規定であることからすると、日本国においてなされた職務発明により従業者等に原始的に生じた特許を受ける権利(外国の特許を受ける権利も含む。)の帰属、利用及び承継については、使用者と従業者が属する我が国の産業政策に基づき決定された法律により一元的に決定されるべき事項である。」とする見解がある。しかし、一元的に決定されるべきであるとの理由から、特許法35条を外国特許を受ける権利についても適用すべきであることには当然にはならない。なぜなら、私人間の法律関係における利益の調整は原則として当事者間の契約により解決することとされており、各国の特許を受ける権利の帰属、利用及び承継について一元的に解決すべきであるとの要請についても、契約により各国の特許を受ける権利について統一的な取扱いを定めれば実現されうるからである。ここで、契約により実現され得る統一的な取扱いを越えて、特許法35条を、日本国特許を受ける権利のみならず、外国特許を受ける権利についても適用すべきかどうかは、一元的に取り扱うべきかどうかという問題(それは、契約により解決され得る。)ではなく、わが国における発明を奨励し、わが国の産業の発達に寄与するという産業政策上の要請を踏まえた特許法35条の解釈問題であるにすぎない。わが国における発明を奨励し、わが国の産業の発達に寄与するという産業政策上の要請は、日本国特許を受ける権利について特許法35条を適用すれば十分に実現されるというべきである。そのことは、昭和34年法の立法時においても、それ以上に外国特許を受ける権利のことまで考慮した事実はないことからも明らかである。
ウ 被告取扱規程に基づく職務発明の承継は、最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決の射程範囲外であることについて
 最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決は、「特許法35条1項及び2項にいう『特許を受ける権利』が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ないことなどに照らし、同条3項にいう『特許を受ける権利』についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは、文理上困難であって、外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価の請求について同項及び同条4項の規定を直接適用することはできないといわざるを得ない。」と判示し、このことを前提として、「外国の特許を受ける権利には、我が国の特許を受ける権利と必ずしも同一の概念とはいえないものもあり得るが、このようなものも含めて、当該発明については、使用者等にその権利があることを認めることによって当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが、当事者の通常の意思であると解される。」ことを理由として、「従業者等が特許法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において、当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については、同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である。」と判断したものである。
 すなわち、上記最高裁判決は、使用者等と従業者等との間の職務発明に係る特許を受ける権利の譲渡契約における通常の意思解釈を根拠として、外国の特許を受ける権利について特許法35条3項及び4項が類推適用されるとしているものであって、具体的事案において、当該譲渡契約における当事者の意思解釈がこれと異なるときは、特許法35条3項及び4項を類推適用する余地はないというべきである。
 後記のとおり、被告取扱規程は労使間の協議により成立した労働協約に依拠して制定され、法的拘束力のある就業規則として従業者に周知徹底されていたのであり、従業者である原告は、このことを十分に認識して本件各特許発明に係る特許を受ける権利を使用者である被告に譲渡したものである。上記最高裁判決は、特許法35条3項及び4項の類推適用を必要とする理由として、これらの規定は、「職務発明の独占的な実施に係る権利が処分される場合において、職務発明が雇用関係や使用関係に基づいてされたものであるために、当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場で取引をすることが困難であることにかんがみ、その処分時において、当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち、同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について、これを当該発明をした従業者等において確保できるようにし」たものと判示している。被告取扱規程は労使間の協議により成立した労働協約に依拠して制定され、法的拘束力のある就業規則として従業者に周知徹底されていたものである以上、労使対等の立場での特許を受ける権利の譲渡であり、使用者がその優位性を利用して一方的に定めた場合とは全く異なっているから、本件の外国特許を受ける権利の承継については、上記説示は当てはまらない。
 そうであれば、原告と被告との間に締結された本件の外国特許を受ける権利の譲渡契約においては、その譲渡価格は、被告取扱規程に定めるところによるとするのが、原告と被告の契約締結に当たっての意思解釈に適合することは明らかである。
エ 結論
 したがって、外国特許を受ける権利の帰属に関する法律関係については、当該外国特許権の登録予定国法が準拠法として適用されるべきである。
 仮に、日本法が準拠法とされる場合においても、日本国特許法35条は外国特許を受ける権利の帰属に関する法律関係について適用を予定した規定ではないことは、国際私法の観点においても、その立法趣旨においても、明らかである。
 したがって、本件各米国特許及び本件ドイツ特許については、特許法35条3項に基づく相当の対価支払請求権を考える余地はなく、これらの特許に係る原告の請求には理由がない。
2 争点2(被告取扱規程に基づく職務発明の承継は、オリンパス事件最高裁判決(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決)の射程範囲外か)について
(1) 被告の主張
ア 総説
 被告は、特許法35条2項の規定する「勤務規則」として、被告取扱規程(乙2の1ないし8)を制定しているが、同規程により、特許を受ける権利等の予約承継についてのみならず、同条3項の「相当の対価」についても規定し得ることは判例・学説の一致して認めるものである。被告取扱規程は、労働協約にその制定根拠を有し、かつその承継の対価に関する規定は、同条3項及び4項の制定趣旨に合致する合理的な規定であるから、同規程に基づいた原告に対する対価の支払により同条3項の「相当の対価」は支払済みである。また、本件は、原告の援用するオリンパス事件最高裁判決(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決)の射程範囲外である。
イ 被告取扱規程は、労働協約に制定根拠を有し、労使協議に基づいて制定されたものであることについて
 被告取扱規程は、承継の対価に関する規定部分を含め、労働協約にその制定根拠を有し、かつ労働基準法90条の要請する単なる意見聴取以上の労使協議に基づくものとして、就業規則としての効力が認められることはもちろん、使用者が一方的に作成する通常の就業規則以上の労働協約に近い法規範性が認められるものであり、かつ、当然に被告と各従業者・発明者との間の労働契約の内容となるものであって、原告を含め発明者たる従業者は同規程に法的に有効に拘束されるものである(被告取扱規程は、被告の就業規則中において、他の諸規程と同様に言及されているものの、規程自体は所轄行政官庁に届出されていない。しかし、労働基準法106条の規定する「周知」は就業規則の効力発生要件である一方で、通説・判例によれば同法89条の規定する「届出」は効力発生要件ではないので、被告取扱規程が届出されていないことは、同規程に就業規則の効力を認める妨げとなるものではない。)。
ウ 被告取扱規程の承継の対価に関する規定は特許法35条の趣旨に合致した合理的な内容であることについて
 被告取扱規程の承継の対価に関する規定の具体的内容は下記のとおりであり、これらの規定内容に鑑みれば、同規定が、従業者たる発明者と使用者との間の職務発明に関する利害の調整を図り、もって特許法1条所定の目的の実現を図るという特許法35条の趣旨に合致するものであることは明らかである。さらに、その規定内容は、平成16年改正後の特許法35条4項の趣旨にも合致するものである。
a) 対価の支払いについて、承継した発明の権利化と会社に対する貢献の程度に応じて出願対価、登録対価及び実績対価と区分し、段階的に支払っている(乙2の1ないし8)。
b) 実績対価については、等級(ただし、制定当初は特級から9級までの10区分、昭和60年(1985年)改正により特級から5級までの6区分、平成12年(2000年)改正により超特級から5級までの7区分)を設けて客観的基準に基づき評価し、対価額を決定している。平成13年(2001年)からは従前の評価基準を文書化し、評価の偏りを排するため各評価項目ごとに点数をつけて評価している(乙5の1ないし4)。
c) 実績対価等級の最高位の等級では金額に上限が設けられていない(原告に実績対価が支払われた平成6年(1994年)については、特級で15万円以上とされていた。乙2の5、21条)。
d) 決定された実績対価等級及び支払われた対価額について異議のあるときは、対価の受領後30日以内の期間、異議の申出が認められている(原告が実績対価を受領した平成6年(1994年)については、乙2の5、26条2項)。
e) 実績対価については、「その後の実績により顕著な差異が生じた」ときには、再評価申請が認められている(原告が再評価申請をした平成13年(2001年)10月については、乙2の7、20条4項)。
f) 実績対価について、会社に対して顕著な実績をあげた発明をした発明者については、表彰に伴い賞金が支払われ、対価の額が加算される(原告が優秀社長賞を受賞した平成11年(1999年)については、乙2の6、21条4項、23条)。
g) 実績対価等級、実績対価額、表彰、対価受領後30日以内の異議の申出、及び再評価申請については、評価の公平・公正性を確保するため少数の職制によって決定されるのではなく、各本部、事業部及び主要技術分野の長らで構成される特許審査委員会により決定される(乙2の1ないし8、3)。
エ 本件が、オリンパス事件最高裁判決の射程範囲外であることについて
a) オリンパス事件最高裁判決は、勤務規則等によって定めた対価の額の拘束力を否定する理由として、特許法35条3項が強行規定であることを理由としたものではなく、「いまだ職務発明がされておらず、承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に、あらかじめ対価の額を確定的に定めることができないこと」を理由とするものである。
 しかし、本件においては、@本件特許発明は特級と評価されたところ、特級については下限の金額のみが定められていて上限額は定められていなかったのであるから、「あらかじめ」対価の額が「確定的に」定められていたものではなく、A15万円という実績対価額は、「承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化される前に」決定されたものではなく、先述の評価基準に従って本件特許発明の自社実施状況等の実績が審査されて決定されたものであり、B前記のとおり、被告取扱規程においては、原告には、15万円の実績対価の額について、受領後30日以内の期間、異議を申し出る権利が付与されていたものであり、さらにC前記のとおり、「その後の実績により顕著な差異が生じた」ときには、いつでも、実績対価額の再評価を申請することが認められていたのであるから、本件においては、オリンパス事件の事案とは異なり、あらかじめ承継の対価の額が確定的に定められていたとは言えない事案である以上、本件はオリンパス事件最高裁判決の射程範囲外であることは明らかである。
b) 原告は、上記最高裁判決の「(勤務規則等によって支払われた)対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項、4項所定の相当の対価に当たると解することができる」との判示部分を援用して、被告取扱規程に従って既に原告に支払われた合計87万6000円の対価額では、同条3項、4項の趣旨・内容に合致しないと主張する。
 しかし、平成16年改正法及び付帯決議の趣旨に照らせば、対価額決定の基準とプロセス(制定手続の妥当性を含む。)の相当性が最も重要であるところ、被告取扱規程は、平成16年改正法の趣旨に、したがって平成16年改正前特許法35条3項及び4項の趣旨に合致した規程であるから、同規程に基づいて原告に支払われた対価は、特許法35条3項及び4項の規定する「相当の対価」として尊重されかつ承認されるべきである。
オ 結論
 以上により、被告取扱規程は、@労働協約に制定根拠を有し、労働協約により労使協議会の協議事項と規定され、従業者の利益保護の上で最も適切な労使協議に基づいて制定され、Aその内容は従業員に広く周知徹底され、B通常の就業規則以上の法規範性が認められ、原告と被告との労働契約の内容となっているものと認められ、C承継の対価額に上限を設けず、D個別の当該発明者に対し、実績対価等級及び対価額について異議申出の権利を認め、E同発明者に対し、実績に顕著な変化があったときは何時であっても、実績対価等級及び対価額について再評価を求める権利を認め、F公平かつ公正な特許評価のため、実績対価等級、対価額、表彰、異議申立理由の有無、再評価申請の理由の有無の決定について、多数の上級技術者を含む特許審査委員会を設けているものであるから、特許法35条3項及び4項の趣旨に完全に合致したものであり、同規程に従って原告に支払済みの対価額は同条3項及び4項の「相当の対価」として認められるべきものである。
(2) 原告の主張
ア オリンパス事件最高裁判決について
 勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は、当該勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができる(最高裁判所平成15年4月22日第三小法廷判決参照)。
 原告は、職務である本件各特許発明に係る特許を受ける権利を被告に譲渡したものの、被告が対価として原告に支払った金員は、わずか87万6000円である。
 本件各特許発明は重要な特許であり、被告が本件各特許発明を他社にライセンスする等により、莫大な利益をあげていることに鑑みれば、職務発明である本件各特許発明の対価として支払われた上記金額は、「相当の対価」(特許法35条3項)と認めるに足りるものとは到底いえない。
イ 被告の主張に対する反論
 被告は、本件は、最高裁判所平成15年4月22日第三小法廷判決の事例とは事案を異にし、職務発明の特許を受ける権利を承継したことにより支払うべき相当の対価は被告取扱規程によるべきであるから、被告は原告に対し、同規程に基づく対価額を支払済みであると主張する。
 しかし、被告は、原告に対して、本件特許発明の実績に対する対価として、何ら具体的な説明をせずに特級の最低限度額である15万円を一方的に支払っているのみであり、さらに、原告が被告になした再評価申請に対しても、対価額の根拠については一切具体的な説明をなさずに、原告の主張を排斥している。したがって、被告による対価の決定方法が、不合理かつ一方的なものであり、手続面を何ら重視していないことは明らかである。
 また、本件各特許発明の重要性に鑑みれば、その決定額は不当に低額であるから、被告によって支払われた対価額が、内容面においても特許法35条3項及び4項の趣旨・内容に合致しないことは明白である。平成16年法律第79号による改正後の特許法35条においても、職務発明に対する対価が不合理であるか否かについては、対価決定の手続面のみならず、対価の内容も含めて総合的に判断することを求めている。本件各特許発明の対価として被告が原告に支払った金員は、明らかに特許法35条4項にいう相当な対価に不足することから、不足額に相当する対価の請求は当然認められる。よって、相当の対価は、被告取扱規程に基づき支払済みであるとの被告の主張は誤りである。
3 争点3−1(被告の包括クロスライセンス契約と利益の額の算定方式)について
(1) 原告の主張
 特許法35条4項は、「・・・対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」と規定する。
 「使用者等が受けるべき利益」とは、特許権や専用実施権の価値から使用者が当然に有している法定通常実施権の価値を差し引いた額をいい、具体的には使用者が第三者に実施させた場合や譲渡した場合の受けるべき利益はもとより、使用者自らが独占的に実施した場合の受けるべき利益も含まれる。被告が他社との間で本件各特許発明にかかる包括クロスライセンス契約を締結することにより、莫大な利益を得たことは明白である。
(2) 被告の主張
ア 総説
 仮に、本件各特許発明の承継の「相当の対価」を、争点1及び2における被告の主張によらず、「使用者の受けるべき利益」に「貢献度」を乗じて求めるとするならば、「使用者の受けるべき利益」にいかなる利益が該当するかは、当該特許のライセンス状況その他の利用状況に基づき決定されるべきである。そこで、本件各特許発明を許諾対象とするライセンス契約の状況について明らかにし、これに基づく具体的な算定方法として、後述の算定方法A及びBを被告の予備的主張として主張する。
イ 本件各特許発明のライセンス状況について
 被告は、競業他社が求めた場合そのライセンスに応じる開放的ライセンスポリシーを採用しており、本件各特許を含むレーザービームプリンター(以下「LBP」という。)並びにデジタル複写機及びマルチファンクショナルプリンター(以下「MFP等」という。)の技術をライセンスするライセンス契約は、本件各特許発明が実施される可能性のある製品であるLBP及びMFP等の製造・販売を行う、ほとんどすべての他社を相手方として締結されている(以下「被告ライセンス契約」という。)。すなわち、LBP及びMFP等のそれぞれにおいて、平成13年における、被告を含めた全世界市場における製造台数又は販売台数のシェアが1%超である被告ライセンス契約の相手方(以下「主要相手方」という。)及び被告ライセンス契約の相手方から対象製品の供給を受けていると断定又は推定される企業等を含めたシェアは、被告以外の全他社を基準とすると、生産シェアにおいてLBPは少なくとも91.13%、MFP等は少なくとも78.16%、販売シェアにおいてLBPは少なくとも91.19%、MFP等は少なくとも82.44%にあたる。
 被告ライセンス契約における対象特許等は、原則として、LBP等に用いられる技術に関する特許等のすべてである。その件数は、本件特許発明の補償金請求権の発生時である特許公開時の昭和58年(1983年)4月22日から満了時である平成13年(2001年)10月20日までの期間(以下「基準期間」という。)内に公告・登録期間がかかる登録特許及び基準期間内に公開されて後に登録になった登録特許(以下「基準期間内登録特許」という。)で、LBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件であり、基準期間内の特許出願を含めるとおよそその4倍の件数となる。
 ほとんどすべての被告ライセンス契約においては、実施許諾から除外される特許等(以下「除外特許等」という。)が存在するものの、本件各特許発明は、すべての被告ライセンス契約において対象特許等に含まれている。
 本件各特許発明は、全基準期間に渡って実施許諾されている。被告ライセンス契約の相手方の中には、基準期間の途中で被告ライセンス契約を締結したものもあるが、これらの相手先についても被告ライセンス契約中で、契約締結以前についても対象特許等の実施について一時金の支払等による実施料収入相当額の清算が行われているので、全基準期間にわたり本件各特許発明は実施許諾され対価の授受が行われていることに変わりはない。
ウ 被告ライセンス契約について
 被告ライセンス契約の対価関係は、実施料の支払の有無及び相手方の有する特許等の被告に対する実施許諾の趣旨(クロスライセンス又はライセンスバック)に応じて、以下の3種類に分類される。これらの種別は、概ね被告と相手方の特許力の差(後述のとおり、保有特許等の件数を重要な要素とする)に応じて生じ。ている(以下、本判決においては、これら3種類の契約を含むものとして、「包括クロスライセンス契約」と総称する。)。
a) 無償包括クロスライセンス契約、すなわち、被告及び相手方の双方が相互に特許等を実施許諾し、かつ実施料の支払を行わないもの(以下「無償クロス契約」という。)。無償クロス契約を締結する相手方は、対象製品の分野等において極めて強い競争力を有するごく少数の相手方に限られている。全被告ライセンス契約の中で、無償クロス契約は、2件(乙60、乙62)のみである。
b) 有償包括クロスライセンス契約、すなわち、無償クロス契約と同様に、被告及び相手方の双方が相互に特許等を実施許諾するが、相手方の被告に対する実施料(又はバランス調整金)の支払のみが行われるもの(以下「有償クロス契約」という。)。なお、被告から相手方に対する実施料の支払が行われる契約は、被告ライセンス契約中には存在しない。全被告ライセンス契約の中で、有償クロス契約は、1件(乙53)のみである。
c) 有償包括ライセンス契約(無償ライセンスバック付)、すなわち、被告が相手方に対し一方的に特許等を実施許諾し、相手方の被告に対する実施料の支払のみが行われるのが本来の契約の目的であるが、被告が相手方の特許等(原則として被告において実施されることが想定されていない)を万が一侵。害することを避けるための保証として、相手方の特許等の実施許諾を無償で受ける(ライセンスバックを受ける。)もの(以下「ライセンスバック契約」という。)。上記a)及びb)記載の計3件以外の相手方との被告ライセンス契約は、すべてライセンスバック契約である。無償クロス契約の相手方とライセンスバック契約の相手方とでは、各々の保有特許件数に顕著な差異があり、ライセンスバック契約の相手方が保有する特許件数は、少ない相手方では被告の保有する特許件数の約1%、多い相手方でも約15%程度にすぎない。
エ 被告ライセンス契約における実施料について
 被告ライセンス契約における実施料は、原則として、対象製品が相手方又は相手方の関連会社から第三者に対して譲渡された際の譲渡価格(以下「譲渡価格」という。)の合計に実施料率を乗じて決定される。また、対象製品のリストプライス(標準小売価格)に相当する価額に実施料率を乗じて決定されるものがあるが、この場合には譲渡価格とリストプライスの価格差に応じ、実施料率は低く設定されている。
 実施料率は、相手方により様々である。実施料率の違いは、概ね被告の有する特許等と相手方の有する特許等の特許力の差の違いに応じて生じている。被告ライセンス契約中のライセンスバック契約の実施料率の平均は、およそLBPについて2.21%、MFP等について2.61%である(乙72の1と2。上記の数値は、主要相手方のうち、乙75記載のライセンスバック契約の相手方の平均である。)。
オ 被告におけるライセンス交渉について
 被告における実施許諾契約の締結交渉は、知的財産法務本部によって行われる。被告ライセンス契約のようなLBPやMFP等の包括ライセンス契約の締結交渉においては、対象特許等が提示されて交渉の材料に用いられることがある(以下「提示特許等」という。)。対象特許等が提示される理由は、自社の特許を相手方が実施していること又は将来実施せざるを得ないことを指摘して、相手方に実施許諾の取得の必要性を高めさせて自社に有利な条件を引き出すことにある。ただし、契約締結時の相手方の社内決裁手続上の便宜等のため対象特許等を例示するという半ば形式的な目的の場合もある。いずれにせよ、提示特許等は、対象特許中のうちごく一部の特許である。一方、提示特許等以外のほとんどの対象特許等(以下「非提示特許等」という。)は、契約交渉において提示されることはなく、さらに契約によっては対象特許等の提示がなされないまま合意に達し契約締結に至ることもある。本件各特許発明は、被告ライセンス契約の交渉に際して提示されたことがない。これは、本件各特許発明の外に、LBP等の製造において相手方が実施を希望すると推測される重要な特許等や、相手方製品において既に実施されていることが明らかな特許など、被告ライセンス契約の締結交渉において本件各特許より提示特許等として適当な特許等が、多数存在したこと、及び本件各特許発明は相手方製品における実施の検証が極めて困難であったこと等による。
カ 「受けるべき利益の額」(=「独占の利益」)としてのライセンス料収入について
 被告は、LBP等を含む電子写真技術の特許について開放的ライセンスポリシーを採用し、本件各特許発明を実施することが可能なLBP等を製造する全世界のメーカーの大多数と被告ライセンス契約を締結し、本件各特許発明を実施許諾している。したがって、本件各特許発明に関する独占の利益は、かかる実施許諾によって得られる実施料収入が該当し、上記実施料収入の外に、被告の自社製品の売上の中には、本件各特許発明に関する独占の利益は存在しない(東京地方裁判所平成14年11月29日判決・判時1807号33頁(日立製作所事件第一審)、東京高等裁判所平成16年1月29日判決・判時1848号25頁(日立製作所事件控訴審)、東京地方裁判所平成15年8月29日判決・判時1835号114頁(日立金属事件第一審、東京地) 方裁判所平成18年6月8日判決・最高裁判所ホームページ(三菱電機事件)等)。
 本件各特許発明が実施許諾されている契約は、すべてLBP及びMFP等を対象製品とする包括クロスライセンス契約である。そこで、LBP及びMFP等の包括クロスライセンス契約の実施料収入を基礎として、その実施料収入に本件各特許が寄与した分を抽出する方法で算定すべきである。
4 争点3−2(本件各特許発明の技術的範囲と代替技術)について
(1) 原告の主張
ア 総説
 被告は、感光体の材料を変えて感光体の散乱反射を減じ、有害像たるゴースト像を発生させないようにする技術等、その他後述するいくつかの技術は本件特許発明の技術的範囲に属さないと主張する(以下、被告が本訴訟において主張する本件特許発明の技術的範囲を便宜上「狭い技術的範囲」という。)。そして、被告は、本件特許発明の代替技術も多数存在することから、本件特許発明はそれほど重要なものではない旨主張する。
 しかし、かかる技術的範囲に関する被告の主張は、本件特許発明の技術論に入るまでもなく、その主張自体失当である上、禁反言の原則及び信義則に反している。
 また、技術的範囲及び代替技術に関する被告の主張は、以下に述べるようにすべて失当である。
イ 技術的範囲に関する被告の主張は、禁反言の原則及び信義則に反していることについて
 被告は、本件特許発明を特級と評価した平成6年(1994年)当時、及び本件特許発明を優秀社長賞に賞した平成11年(1999年)当時のいずれにおいても、本件特許発明の技術的範囲を「狭い技術的範囲」よりも広く認識し、本件特許発明を実施した被告の製品が多数存在すると認識していたのであり、このことは被告自身も認めている。また、平成14年(2002年)4月ころ、被告は、原告による再評価申請に対して回答するにあたっても、同様に本件特許発明の技術的範囲を「狭い技術的範囲」よりも広く認識し、甲12号証の対応表(以下「甲12対応表」という。)を原告に示して、レーザー走査光学系を有するすべての被告製品において本件特許発明が実施されていると説明した(以下、甲12対応表作成時に被告が認識していた技術的範囲を、便宜上「広い技術的範囲」という。)。このことから、被告は、本件特許発明に係る特許出願後、その存続期間満了日である平成13年(2001年)10月21日に至るまで、一貫して、本件特許発明の技術的範囲は「広い技術的範囲」であると認識していたことは明らかである。
 被告は、本件特許発明の技術的範囲は広い技術的範囲であることを前提に、本件特許発明を自ら実施し、また、クロスライセンス契約によりライセンス収入を得たり他社の特許発明を自由に実施したりして、有形無形の莫大な利益を得てきた。また、特許異議事件、無効審決事件等において、被告は、本件特許発明の技術的範囲について、狭い技術的範囲を一切主張していない。よって、被告が本件特許発明の技術的範囲につき「狭い技術的範囲」であると主張することは、本件特許発明の技術的範囲は広い技術的範囲であるということを前提とした、本件特許に基づく莫大な収益行為、及び特許異議事件等における主張のいずれにも矛盾しており、禁反言の法理ないし信義則から許されない。
ウ 被告の技術的範囲及び代替技術に関する主張について
a) 感光体の材料を変えて感光体の散乱反射を減じ、有害像たるゴースト像を発生させないようにする技術(以下「技術A」という。)について
@ 技術Aを実施した製品は、本件特許発明の技術的範囲に属する。
 被告は、技術Aを実施した製品は本件特許発明の技術的範囲に属しないと主張する。しかし、本件特許発明の特許請求の範囲の記載はもちろん、本件特許公告公報のどこにも、感光体の材料・感度に関する記載が、一切存在しないことからも分かるように、本件特許発明と感光体特性、感度、反射特性等は一切関係がない。そして、感光体特性に関わらず、本件特許発明の条件式を充たす限り、ゴースト像は除去できるのであって、そのような走査光学系は本件特許発明の技術的範囲に属するのである。
 本件特許発明は、特許請求の範囲欄等の記載からも明らかなように、条件式α<4π/N−W/Dを充たすことによって、有効走査巾内にゴースト像が形成されないようにし、ゴースト像を有効走査巾外に完全に除去するというものである。とすれば、有効走査巾内にゴースト像が形成される場合は、仮にそのゴースト像の露光量が感光体の特性上微弱であったとしても、除去すべきゴースト像は存在するのであり、本件特許発明の条件式を充たすことで、ゴースト像を有効走査巾外に除去していれば、その走査光学系は、本件特許発明を実施していることになるのである。
 ゴースト像が有害像として一切発生し得ない感光体は存在しない。被告も認めるように、ゴースト像が有害像となるか否かは、レーザーの光路及び積算光量、感光体の反射特性、感度、現像特性など複数の要素の相関関係によって決せられるのであり、どのような感光体であれ、積算光量、現像特性等によって、ゴースト像が有害像となる場合があるのである。
 被告は「感光体特性の解析方法」と題する技術レポート(乙142)を根拠に、アモルファスシリコンを素材とした感光体を用いた場合には有害像は形成されないと主張する。しかし、同号証における解析方法には問題があるため、同号証は被告の主張する事実を証明する証拠とはならない。なぜなら、アモルファスシリコンを素材とした感光体を用いた場合に、有害像が形成されないか否かを検討するには、ゴースト像を形成する散乱反射光束の中に正反射光が含まれている場合を考慮し、その上で、ゴースト像が有害像となるか否かを判断しなければならないにもかかわらず、同レポートにおいて、被告は、解析の対象となった2種類の機種においては散乱反射光束の中に正反射光が含まれていないということを理由に、散乱反射光束の中に正反射光が含まれている場合を考慮していないからである。
 なお、これらのことは、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明についても同様である。
A 技術Aは本件特許発明の代替技術とはならない。
 被告は、技術Aは、本件特許発明の代替技術になる旨主張する。しかし、以下に述べるとおり、かかる被告の主張は誤っている。
 感光体の表面の材料を変えて感光体の散乱反射を減じ、有害像たるゴースト像の発生を防ぐ方法としては、感光体の感度を下げ、ゴースト像を形成する光束に対して感光体を反応させないようにすることによって、ゴースト像の発生を防ぐといった方法が考えられる。しかし、感光体の感度を下げると、本来再現されるべき文字の鮮明さや画像の精細性などを欠く商品価値の低いプリントしか提供できなくなる。とりわけ、近年においては、より精細な画像を記録できるようにする方向でプリンタの開発が進んでおり、感光体の感度をむやみに下げるわけにはいかない。そこで、感光体の散乱反射を減じる場合であっても、感光体の感度を最適化しつつ行う必要がある。しかし、感光体の散乱反射を減じるためには、感光体の素材や組成を変える必要があり、感光体の素材や組成を変えると、感度や現像特性等の散乱反射特性以外の要素も変化することになるから、感光体の素材の変更による感光体の感度の変化を無視して、散乱反射を減じることはできない。したがって、感光体の感度を最適化しつつ感光体の散乱反射特性を減じることは困難であり、また煩雑さが伴うことになる。また、前述のように、ゴースト像が有害像として一切発生し得ない感光体は存在しない以上、技術Aを採用しても、ゴースト像を完全に除去することはできない。
 一方、本件特許発明は、技術Aと異なり、積算光量等によってゴースト像が有害像となったりするということはなく、また、感光体の散乱反射特性と感度との間の困難な調整をも必要としない。そして、本件特許発明は、技術Aと異なり、ゴースト像を完全に除去することができる。よって、技術Aは、その技術の開発等における容易性について、本件特許発明の足元にも及ばない上、技術的にも劣っているのであるから、本件特許発明の代替技術とはならない。
b) ポリゴンミラーの面数、走査レンズの配置、長さ等を調整することによって、再反射光の光路をゴースト像がそもそも発生しないように設定する技術(以下「技術B」という。)について
@ 技術Bを実施した製品は、本件特許発明の技術的範囲に属する。
 被告は、技術Bのうち、再反射光が第2結像光学系に入射せず、又は入射しても第2結像光学系のすべてを通過しない走査光学系を採用する技術について、本件特許発明の技術的範囲に属さないと主張する。
 しかし、本件特許の特許請求の範囲の記載に、再反射光が第2結像光学系を透過すべきことは一切記載されていないことからも明らかなように、本件特許発明においては、再反射光が第2結像光学系を通過すべきことは必須の構成とされていない。そして、本件特許発明は、有効走査巾の内部にゴースト像が形成され得る光学系において、有効走査巾の内部にゴースト像を形成しないようにして、ゴースト像を有効走査巾の外へ除去することを目的としているものであるから、有効走査巾内からゴースト像を除去することができればよいのであって、再反射光が第2結像光学系を通過するように限定しなければならない必然性はない。よって、再反射光が第2結像光学系を通過し、有効走査巾外にゴースト像が形成される走査光学系も、再反射光が第2結像光学系を通過しない走査光学系も、ゴースト像を有効走査巾の外へ除去するという本件特許発明の一実施例にすぎないのである。なお、これらのことは本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明についても同様である。
 また、仮に、被告が主張するように、本件特許発明の技術的範囲の解釈として、再反射光が第2結像光学系のすべてを通過しなければならないとするのであれば、再反射光が第2結像光学系のすべてを通過することは、本件特許発明の構成に欠くことができない事項であったということになる。そして、本件特許発明が、再反射光が第2結像光学系のすべてを通過するという本件特許発明の構成に欠くことのできない事項を記載していないのであれば、本件特許発明は、不明確であることになり、本件特許出願(昭和56年10月20日出願)に適用される昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条4項に違反することとなってしまうはずである。さらに、特許出願人である被告が、再反射光が第2結像光学系のすべてを通過するということが、本件特許発明の必須構成要件であるとその当時認識していたのであれば、その本件異議事件において、再反射光が第2結像光学系のすべてを通過するということを特許請求の範囲に明記する補正を行っていたはずである。しかしながら、現実には、被告は、本件異議事件においてかかる補正を行っていないし、本件特許の登録後、権利満了に至るまで訂正審判を請求してもいない。このことは、被告自身が、本件異議事件において、再反射光が第2結像光学系のすべてを通過するということが、本件特許発明の構成に欠くことのできない事項であると認識していなかったことを示すものにほかならない。
 よって、再反射光が第2結像光学系に入射せず、又は入射しても第2結像光学系のすべてを通過しない走査光学系を採用すれば、本件特許発明の技術的範囲に属しないことになる旨の被告の主張は誤りである。
A 技術Bは、本件特許発明の代替技術とはならない。
 被告は、技術Bは本件特許発明の代替技術となる旨主張する。
 まず、技術Bのうち、再反射光が第2結像光学系に入射せず、又は入射しても第2結像光学系のすべてを通過しない走査光学系を採用する技術は、本件特許発明の技術的範囲に含まれるのであるから、本件特許発明の代替技術とはならない。
 また、技術Bのうち、再反射光が第2結像光学系に入射せず、又は入射しても第2結像光学系のすべてを通過しない走査光学系を採用する技術以外の技術については、その技術の具体的方法は未知である。よって、かかる技術の開発及び検討には費用がかかる上、多額の費用をかけたとしても実現し得るか否か全く不明である。これに対し、本件特許発明は、入射角αを4π/N−W/Dより小さくすることによって、ゴースト像が有効走査巾内に発生することを防ぐ技術であって、特定の長さのレンズ等特定の大きさを持った新たな部品を用意する必要はない。このように、技術Bのうち、再反射光が第2結像光学系に入射せず、又は入射しても第2結像光学系のすべてを通過しない走査光学系を採用する技術以外の技術については、(そもそも本件特許発明と比較すること自体無意味であるが)新たな開発投資や部品を用意する必要がないという本件特許発明に完全に劣っているため、本件特許発明の代替技術とはならない。
c) 光束の偏向面内において、第2結像光学系に平行光束が入射せず、発散光束又は収斂光束が入射するように構成する技術(以下「技術C」という。)について
@ 技術Cを実施した製品が本件特許発明を実施していない旨の被告の主張は、従来の主張と矛盾するものである。
 被告は、甲12対応表において、機種27等は、本件特許発明を実施していることを自認していた。また、被告は、被告準備書面(1)において、「第2結像光学系には平行光束が入射し…」という要件(要件C)を充たしていない機種は、機種1ないし5及び15であるとしており、それ以外の機種については、かかる要件を充足することを認めていた。にもかかわらず、被告は、被告準備書面(7)15頁12行ないし16頁13行において、甲12対応表の機種27等(以下「機種27等」という。)は技術Cのうちの第2結像光学系に収斂光束が入射する技術を採用しており本件特許発明を実施していないと初めて主張したのである。よって、被告準備書面(7)15頁12行ないし16頁13行における被告の主張は、従来の主張と矛盾する不当なものである。
A 機種27等は、本件特許発明の技術的範囲に属する技術を採用している。
(i) 本件特許発明は厳密な意味での平行光束を構成要件としていない。
 本件特許発明の特許請求の範囲には、「第2結像光学系には平行光束が入射し…」という文言がある。しかし、以下に述べるとおり、かかる「平行光束」とは、厳密な意味での平行光束を指すものではない。まず、第2結像光学系に収斂光束が入射する場合であっても、本件特許発明の条件式α<4π/N−W/Dを充たせば、ゴースト像を有効走査巾内から除去することができる。とすれば、本件特許発明における、「平行」光束を使用するという構成要件に、ゴースト像の除去との関係では特に技術的意義はないのであるから、「平行」という文言を厳密に解釈する必要はない。
 また、厳密な意味での平行光束が入射する場合、第2結像光学系の像側主点と被走査媒体面との距離Dは、必ず第2結像光学系の焦点距離fとなるため、本件特許発明の条件式の「α<4π/N−W/D」の「D」の箇所には、第2結像光学系の焦点距離を意味する「f」しか入り得ない。よって、本件特許発明において厳密な意味での平行光束が構成要件として要求されるのであれば、本件特許発明の条件式は、「α<4π/N−W/f」と記載されるはずである。しかし、本件特許発明の条件式は、「α<4π/N−W/f」という記載ではなく、「α<4π/N−W/D」という記載となっている。このことは、「D」という箇所に「f」以外の数値が入り得ることを示唆しているのである。
(ii) 機種27等で用いられるとされる光束は、平行光束とみなせる。
 本件特許発明は、厳密な意味での平行光束を構成要件としていないことに併せて、以下の理由から、機種27等で用いられるとされる光束は、いずれも平行光束とみなせるものであることから、機種27等が、本件特許発明の技術的範囲に属する技術を採用していることは明らかである。
(iii) 機種27等で用いられるとされる光束のなす角度は、一般に平行光束とみなされる地球上の1点に届く太陽光と同程度のものである。
 機種27等は、乙134ないし138の光学配置図に示される光学配置を有するとされている。乙134ないし138に示される光束のなす角度は、それぞれ、約0.24度ないし約0.61度程度である。これに対し、地球上の1点に届く太陽光は、厳密に言えば、約0.53度の角度を有する収斂光束である。かかる太陽光は、一般的には平行光束といわれている(甲99)。とすれば、太陽光と同程度のごく小さな角度しか有しない乙134ないし138に示される光束も、太陽光と同様、平行光束とみなすべきである。
(iv) 機種27等においては、コリメータレンズが使用されており、機種27等において使用されているとされる光束は、実質的に平行光束になっていると認識されるものといえる。
 機種27等の光学配置は、乙134ないし138の光学配置図に示されている。乙134及び乙136ないし138には「コリメーターF値」、乙135には「コリメータユニット」という文言が記載されていることから、乙134ないし138に示される光学配置においては、コリメータレンズが使用されていると推測することができる。ここで、コリメータレンズとは、一般的に、当該レンズに入射する光を平行光束にするレンズであると認識されている(甲121ないし124、乙44)。したがって、機種27等において使用されているとされる光束は、実質的に平行光束になっているといえる。
(v) 以上より、乙134ないし138に示される光束は本件特許発明における「平行光束」に該当し、そして、乙134ないし138に示される光学配置は、本件特許発明の条件式を充たすことでゴースト像を有効走査巾外に除去していることから、かかる光学配置を有するとされる機種27等は、本件特許発明を実施しているというべきである。
B 第2結像光学系に収斂光束が入射する走査光学系は、少なくとも本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明の技術的範囲に含まれる。
(i) 第2結像光学系に収斂光束が入射する走査光学系は、本件各米国特許発明の技術的範囲に含まれる。
 本件各米国特許の特許請求の範囲においては、第2結像光学系に平行光束が入射することは構成要件とされていないのであるから、第2結像光学系に収斂光束が入射する走査光学系は、本件各米国特許発明の技術的範囲に属することは明らかである。
 これに対し、被告は、本件各米国特許発明の明細書の請求項1の前提部等の記載から、本件各米国特許発明はゴースト像が被走査媒体面上で結像することを要件としており、平行光束のみが被走査媒体面上に形成されるゴースト像の問題を生じさせることから、第2結像光学系に収斂光束が入射する走査光学系は、本件各米国特許発明の技術的範囲に属しないと主張している。すなわち、被告は、平行光束を用いた場合は、ゴースト像の原因となる光束が被走査媒体面上に結像するのに対し、収斂光束を用いた場合は、ゴースト像の原因となる光束が被走査媒体の表面よりも深い箇所に結像することをもって、収斂光束を用いた場合にはゴースト像は被走査媒体面上では形成されないとし、平行光束のみが被走査媒体面上に形成されるゴースト像の問題を生じさせると主張している。
 しかし、ゴースト像が被走査媒体上に結像しなければならないなどといったことは、本件各米国特許発明の明細書には一切記載されていない。
 また、被走査媒体上でゴースト像の原因となる光束が結像するか否かに関わらず、被走査媒体面上においてゴースト像は生じ得るのであり、その結果、記録画像においても有害なゴースト像が形成され得るのであるから、収斂光束を用いた場合においてもゴースト像は形成され得るのである。被告が提出した、東京大学教授、生産技術研究所所属、工学博士B i の鑑定意見書(乙199。以下「B ii鑑定書」という。)には、収斂光束を用いた場合について、「たとえ有効走査巾内にゴースト光束が照射されたとしても、有害像が形成されない場合があると考えられる。」との記載がある。この記載は、裏を返せば、収斂光束を用いた場合であってもゴースト像が形成される場合があることを示唆しているのであるから、当該記載からも、収斂光束を用いた場合においてゴースト像が形成され得ることは明らかである。よって、平行光束のみが被走査媒体面上に形成されるゴースト像の問題を生じさせることを前提に、第2結像光学系に収斂光束が入射する走査光学系は、本件各米国特許発明の技術的範囲に含まれないとする被告の反論は誤りである。
(ii) 第2結像光学系に収斂光束が入射する走査光学系は、本件ドイツ特許発明の技術的範囲に含まれる。
 本件ドイツ特許の特許請求の範囲においては、第2結像光学系に平行光束が入射することは構成要件とされていないのであるから、第2結像光学系に収斂光束が入射する走査光学系も、本件ドイツ特許発明の技術的範囲に属することは明らかである。
 これに対し、被告は、第2結像光学系に収斂光束が入射する走査光学系は、本件ドイツ特許発明の技術的範囲に属しないと反論している。
 しかし、かかる被告の反論の論拠は、以下のとおり誤りである。
 まず、被告は、発散光束を用いた走査光学系では、ゴースト像は被走査媒体面の手前で結像し、│α│<4π/N−W/Dの不等式を充たしても走査領域内に現れると主張する。しかし、ここで問題となっているのは、第2結像光学系に収斂光束が入射する走査光学系が、本件ドイツ特許発明の技術的範囲に属するか否かということであり、発散光束を用いた走査光学系は問題となっていないのであるから、かかる被告の主張は当該論点とは無関係である。
 また、被告は、収斂光束を用いた走査光学系では、│α│<4π/N−W/Dの不等式が充足されていないにもかかわらず、ゴースト光束のいかなる部分も有効走査巾内に現れないことがあることから、収斂光束を用いた走査光学系では、│α│<4π/N−W/Dの不等式は意味をなさないと主張する。しかし、収斂光束を用いる場合、本件ドイツ特許の条件式│α│<4π/N−W/Dを充たせば、有効走査巾内からゴースト像を除去することができるのであるから、被告の主張における│α│<4π/N−W/Dの不等式の充足とゴースト像の除去との間の因果関係は認められるのであって、同不等式が意味をなさないとは到底いえない。
 よって、第2結像光学系に収斂光束が入射する走査光学系は、本件ドイツ特許発明の技術的範囲に含まれないとする被告の主張は失当である。
C 技術Cは本件特許発明の代替技術とはならない。
 被告は、第2結像光学系に収斂光束又は発散光束が入射する場合、再反射光束(ゴースト光束)は被走査媒体上に結像することなく、焦点のぼけた光束として被走査媒体に照射されるから、ゴースト光束の単位面積あたりの光量は非常に弱いものとなり、たとえ有効走査巾内にゴースト光束が照射されたとしても、有害像が形成されない場合があるとして、技術Cは本件特許発明の代替技術になる旨主張する。
 しかし、第2結像光学系に収斂光束又は発散光束が入射する場合に有害像が形成されない場合があるとのB ii 鑑定書に基づく被告の主張は、裏を返せば、発散光束や収斂光束を用いた場合においてゴースト像が形成され得ることを自認しているものにほかならない。本件特許発明は、条件式α<4π/N−W/Dを充たすことによって、有効走査巾内にゴースト像が形成されないようにし、ゴースト像を有効走査巾外に完全に除去するというものである。したがって、ゴースト像を完全に除去できない技術Cは、本件特許発明に比べて技術的に劣っているのであるから、本件特許発明の代替技術とはならない。なお、B ii鑑定書は、本件特許の要件を検討する上で、第2結像光学系から被走査媒体面までの距離を短縮するという目的を十分に果たすか否かによって、ある光束が平行であるか否かを判断しているが、第2結像光学系から被走査媒体面までの距離を短縮するということは、本件特許公告公報のどの箇所にも記載されていないので的外れであり、誤っている。
d) ポリゴンミラーの製作・駆動技術の向上によって、共役型倒れ補正光学系を採用せずにポリゴンミラー面倒れを防止した上で、従前のゴースト像除去技術(偏向面に対して垂直方向に移動させる技術)を採用する技術(以下「技術D」という。)について
 被告は、技術Dは本件特許発明の代替技術となる旨主張する。しかし、非倒れ系補正光学系を採用して、共役型倒れ補正光学系を採用した場合と同等のLBPの性能を得ようとするならば、ポリゴンミラーの回転軸の精度を高くすることによって回転軸が傾くのを避け、かつ、ポリゴンミラーの加工精度を高くすることによってポリゴンミラーのすべての反射面の角度を一定の範囲内におさえなくてはならないが、そのために高額の費用が必要である(このこと自体については、被告は争っていない。)。これに対し、本件特許発明は、このような高額の費用を必要とせず、ゴースト像を有効走査巾内から除去できる技術である。よって、コスト面において、技術Dは本件特許発明に著しく劣っているのであるから、技術Dは本件特許発明の代替技術とはならない。
 この点、被告は、共役型倒れ補正光学系で必須となるアナモフィックレンズ(縦横で焦点距離や倍率の異なるレンズ)は、非倒れ補正光学系で用いる回転対称レンズより一般に製造コストが高いことから、非倒れ補正光学系を用いると製造コストが高くなると一概に言い切ることはできないと主張する。しかし、かかる被告の主張は妥当でない。なぜなら、アナモフィックレンズは、成型による量産技術が確立されているため、アナモフィックレンズを用いた共役型倒れ補正光学系を使用する走査光学系は、LBP等の装置全体として見れば、共役型倒れ補正光学系を使用しない光学系よりも低コストに抑えることができるからである。このことは、技術Dを採用したLBP等が、過去には存在していたとしても、現在においては、ほとんど見られなくなったことからも裏付けられる。
e) 偏向器として、ポリゴンミラーを用いずに、ガルバノミラー(軸を中心に左右に振れる1面のミラーで、走査は往復運動になる。)を用いる技術(以下「技術E」という。)について
 被告は、技術Eは本件特許発明の代替技術となる旨主張する。しかし、技術Eのうち、ガルバノミラーの鋸歯状波形振動(偏向角度が時間変化に対して直線的な変化を繰り返す振動(乙195))を利用する技術は、被告常務取締役知的財産法務本部長であるC i も、「ガルバノ・ミラーは走査速度が低いので、次第に高速走査に適するポリゴン・ミラーが使われるようになった…。」(甲101)と述べていることからも分かるように、単位時間あたりの走査可能な走査線の本数が、ポリゴンミラーを使用した場合と比べ非常に少なく、その分、プリントスピードが遅くなる(この点につき、被告は争っていない。)。このような技術に対し、本件特許発明においては、プリントスピードが遅くなるというようなことはないのであるから、技術Eのうち、ガルバノミラーの鋸歯状波形振動を利用する技術は、性能面において本件特許発明に劣っている。
 次に、技術Eのうち、共振型のガルバノミラーを利用する技術は、単位時間あたりの走査可能な走査線の本数は比較的多いものの、走査角度が非常に狭くなる技術である。そして、走査角度が非常に狭い場合、一定の走査巾を走査させるためには、偏向器から被走査媒体の距離を余計に長くとらなければならず、それに伴い、LBP等の装置も余計に大きくならざるを得なくなる(この点についても、被告は争っていない。)。このような技術に対し、本件特許発明においては、LBP等の装置を余計に大きくする必要はないのであるから、技術Eのうち、共振型のガルバノミラーを利用する技術は、製品化の面で本件特許発明に劣っている。
 このように、ガルバノミラーはポリゴンミラーと比べて技術的に劣っていることから、現在では使用されておらず、被告製品に置いても技術Eを採用した製品は存在しない。
f) 第1結像光学系と第2結像光学系を備えない、いわゆるダブルパス方式(ポリゴンミラーへ向かう入射光とポリゴンミラーから感光体へ向かう反射光が同一レンズを透過する方式)を採用する技術(以下「技術F」という。)について
@ 技術Fを実施した製品(甲12対応表における機種47)は第1結像光学系と第2結像光学系を備えている。
 被告は、技術Fは本件特許発明の代替技術となる旨主張し、さらに、機種47(乙30の13A)は第1結像光学系と第2結像光学系を備えていないため、技術Fを採用している旨主張する。
 しかし、乙30の13Aの図面が示す光学配置は、第1結像光学系と第2結像光学系の両方を備えており、かかる被告の主張は誤りである。すなわち、本件特許の特許請求の範囲によれば、第1結像光学系は「光源からの光束を線状に結像する」ものであり、第2結像光学系は「偏向器で偏向された光束を被走査媒体面に結像する」ものであるのに対し、乙30の13Aの図面における、FN5−0155、FB5−2091、FN5−0156、FN5−0157及びFN5−0158が前者に当たり、少なくとも、FN5−0157及びFN5−0158が後者に当たる。
 よって、乙30の13Aの図面に示される光学配置は、第1結像光学系と第2結像光学系を備えており、機種47がダブルパス方式を採用しているとする被告の主張は誤りである。また、仮に機種47がダブルパス方式を採用しているとするのであれば、ダブルパス方式を採用することと、第1結像光学系及び第2結像光学系の両方を備えることは両立することになり、被告の主張するダブルパス方式は、本件特許発明の技術的範囲に属する技術といえることから、これが本件特許発明の代替技術になるという被告の主張は失当である。
A 機種47の構成は、本件審決取消訴訟における引用例3(乙42の12の別紙図面D)を示す図面と同じ構成ではないこと
 被告は、本件審決取消訴訟において、引用例3として引用されたダブルパス方式は、第1結像光学系と第2結像光学系を備えていないため本件特許発明の技術的範囲に属しないことが、判決において明らかにされたところ、機種47の構成は、この引用例3と同じ構成であるから、機種47は本件特許発明を実施していない旨主張する。
 しかし、引用例3を示す図面には、機種47の光学配置図とされる乙30の13Aにおいて示されている、第1結像光学系の部品であるFN5−0155、FB5−2091、FN5−0156、FN5−0157及びFN5−0158に相当する部品が存在しない。よって、乙30の13Aに示される光学配置を有するとされる機種47の構成は、引用例3と同じ構成ではなく、これらを同じ構成とする被告の主張は誤りである。
 また、そもそも被告の主張する技術Fも机上の空論であり、仮に存在するとしてもごく僅かの出荷量であり、実質的に代替技術として成立していないと考えられる。なぜなら、このような製品は、被告が製造・販売していないからである。すなわち、被告が甲12対応表に記載の開発コードの製品に対応すると主張する乙30ないし34の各枝番の各光学配置図を精査しても、第1結像光学系と第2結像光学系を備えない被告製品は存在しないからである。
g) 被走査媒体面と偏向器の隣接面との間に遮光部材を配置し、被走査媒体面からの散乱反射光が隣接面に入射しないようにする技術(以下「技術G」という。)について
 被告は、技術Gは本件特許発明の代替技術となる旨主張する。
 しかし、技術Gを採用する場合には、本来必要となる光が遮られたりすること等を防ぐべく、遮光板の位置や必要な光を入射させるために遮光板に設けられた切欠き部の位置を詳細に検討しなければならない。しかし、その検討にはコストがかかる。また、遮光板の位置や切欠き部の位置が少しでもずれると、感光体へ入射すべき光が遮られたり、感光体において反射した強度の強い正反射光を含んだ光が偏向器に戻ったりし、後者の場合、その光によってゴースト像が形成される場合がある。かかる問題点を解決するためには、遮光板を頑丈に固定するという方法も考えられる。しかし、遮光板は偏向器のそばに設置されるものであり、その偏向器は1分間あたり2万から3万回転というような高速の回転によって強力な風圧を生み出すものであるから、この風圧に耐えられるよう、遮光板を頑丈に固定することは著しく困難である。よって、技術Gを採用しても、ゴースト像を完全には除去できない。なお、「遮光板によってゴースト像の光量は、ごく僅かなものとなる」(B ii 鑑定書14頁5行)との記載や、「100%遮光できなくても、かなりの割合を遮光できれば、ゴースト像の光量が小さくなり、実質的にゴースト像の光量を害のないものにすることができる。」(東京工芸大学教授工学博士D i の鑑定書(乙192。以下「D ii 鑑定書」という。)22頁7行〜9行)との記載からも明らかなように、被告自身も、技術Gを採用した場合、(遮光板の位置や切欠き部の位置がずれなくても)ゴースト像が有効走査巾内に形成されるのを完全に防止することができないことを認めている。さらに、遮光板を設置することにより、レーザービームの走査巾も制限されてしまい、走査の効率が悪くなる場合がある。一方、本件特許発明は、このような技術Gの問題点を抱えずに、ゴースト像を有効走査巾内に形成されないようにすることを可能とするものである。このように、技術Gは、コストがかかるという点やゴースト像を完全には除去できないといった点で本件特許発明に劣っているのであるから、本件特許発明の代替技術とはならない。
 なお、技術Gを採用している実開平5−2117号(甲74の1)は、審査請求がなされず、取下げたものとみなされていること、及び技術Gを採用した被告製品が存在しないことからも、技術Gが本件特許発明の代替技術とならないことがわかる。
h) ポリゴンミラーの複数の反射面を一つおきに黒塗装あるいは面荒しによって非反射面とし、被走査媒体面からの散乱反射光が隣接面で反射されないように構成する技術(以下「技術H」という。)について
 被告は、技術Hは本件特許発明の代替技術となる旨主張する。
 しかし、技術Hを採用した場合、ポリゴンミラーの面数の半分しか走査に使用できないため、ポリゴンミラーの面数と回転速度が同じであれば、技術Hを採用しなかった場合と比べて、単位時間あたりにできる走査線の数も半分となり、プリント速度は2分の1となる。また、技術Hを採用しなかった場合と同じプリント速度を保とうとするのであれば、ポリゴンミラーの回転速度を2倍に上げる等の改良をする必要がある(これらの点については、被告も争っていない。)。一方、本件特許発明を用いてゴースト像を除去する場合には、プリント速度を低下させるおそれもなく、ポリゴンミラーの回転速度を2倍に上げる必要もない。このように、技術Hは、技術面で本件特許発明に劣っているのであるから、本件特許発明の代替技術とはならない。
 なお、技術Hが実際に用いられているか不明であるとの原告の主張に対して、被告は技術Hが実際に用いられていることを何ら具体的に立証しておらず、技術Hを採用した被告製品も存在しない。そして、技術Hが採用されている特開平7−43628号(甲75の1)は、審査請求がなされず、取下げたものとみなされている。これらのことからも、技術Hが本件特許発明の代替技術とならないことは明らかである。
i) 偏向器から被走査媒体面に向かう光路に、偏光フィルタ及び1/4波長板を配置し、1/4波長板を2回通過した被走査媒体面からの散乱反射光が、走査光束の偏向方向とは90度偏光されることによって偏光フィルタで遮光され、偏向器の隣接面に入射しないように構成する技術(以下「技術I」という。)について
 被告は、技術Iは本件特許発明の代替技術となる旨主張する。
 しかし、被告も、「光束が1/4波長板に垂直に入射するときは散乱反射光が完全に遮断される効果を有している。」とする一方で、「入射角30度の場合」には、「散乱反射光の光量」は「約1.8%」になると主張しているとおり、1/4波長板に光が斜めに入射した場合は、散乱反射光が完全には遮断されず、有効走査巾内にゴースト像が形成されることになるのである。そして、実際のLBP及びMFP等においては、偏向器によりさまざまな角度に偏向される光が走査することにより、1/4波長板には垂直のみならず、様々な角度から光が入射することになる。さらに、技術Iは、レーザービームが感光体において反射しても、レーザービームの偏光が変わらないことを前提とする技術であるが、実際は、感光体によって偏光特性は変換され、感光体に入射したレーザービームの偏光は保存されない。このように、技術Iを採用しても、有効走査巾内からゴースト像を除去することができない場合がある。また、1/4波長板は、小さいものでも数千円から数万円する高価な部品であり、そのような1/4波長板を搭載するLBP及びMFP等も当然その分高価なものとなる(この点についても、被告は争っていない。)。一方、本件特許発明は、技術Iとは異なり、高価な1/4波長板を用いずに、ゴースト像を有効走査巾内から完全に除去するものである。したがって、技術Iは、技術面及びコスト面において、本件特許発明に劣っているのであるから、本件特許発明の代替技術とはならない。
 なお、技術Iにかかる特開平7−113970号(甲76の1)は、審査請求がなされず、取下げたものとみなされていること、及び技術Iを採用した被告製品が存在しないことからも、技術Iが本件特許発明の代替技術とならないことがわかる。
j) LED方式、液晶シャッタ方式、CRT方式、及びインクジェット方式について
 被告は、本件特許発明の目的を、「電子写真技術の実現」という段階まで拡げて、LED方式を採用すること及び液晶シャッタ方式を採用すること並びにCRT方式を採用することが、代替・回避技術であると主張し、さらには、その目的を「プリンタ」、「デジタル複写機」まで拡げて、インクジェット方式までもが代替技術であると主張する。
 しかし、本件特許発明は、LBP方式を前提としており、光源、第1結像光学系、偏向器及び第2結像光学系等が必須の構成とされているが、LED方式及び液晶シャッタ方式並びにCRT方式では、これらの構成のうち光源以外は備わっておらず、インクジェット方式においては上記の構成のいずれも備わっていないものであるから、これらの方式のプリンタは、そもそも、LBP方式を前提とした本件特許発明の代替技術とはなりえない。なお、付言すると、「LED方式」や「液晶シャッタ方式」の国内シェアの合計は、被告の提出した「LBPブランド別販売台数」(乙91)によったとしても、LBP方式のわずか3%程度のものでしかない。このことは、「LED方式」や「液晶シャッタ方式」が、実質的にLBP方式の代替技術となっていないことを示している。
k) 代替技術であるか否かの判断基準について
 以上のとおり、被告が主張するところの本件特許発明の代替技術は、費用がかかり経費面において本件特許発明より劣っていることや、印刷速度が遅くなったり装置が大きくなったりする、又はゴースト像を完全に除去することができない等といった点で技術面において本件特許発明より劣っているのみならず、実際に用いられていない。
 被告は、代替技術であるか否かの判断で重要なのは、当該特許を回避して同一の目的を達成できるか否かであり、技術面での性能・機能及び費用の高低は、当該技術の代替性を論じる場合、相対的な問題で、重要な問題ではないと主張する。
 しかしながら、ある技術が当該発明の代替技術となるか否かについては、その技術の方が、当該発明よりも、技術的な側面や経費的な側面等において優れているか、少なくとも同等であるなどといった事情があるときにはじめて、かかる技術は当該発明の代替技術となるというべきである。なぜならば、ある技術が技術面、経費面等で当該発明に劣るものであれば、当該発明に係る技術を利用する意義は十分に存在するし、当該発明を実施した製品の方が高い競争力を有する蓋然性も高いからである(大阪地裁平成17年7月21日判決(平成16年(ワ)第10514号事件)及び大阪地裁平成18年3月23日判決(平成16年(ワ)第9373号事件)参照)。
 また、ゴースト像を完全に除去できない場合は、当該技術が本件特許発明よりも技術的に劣っていることは明らかである上、本件特許発明はゴースト像を完全に除去することを目的とするものであるから、被告のいう「当該特許を回避して同一の目的を達成できるか否か」という基準に照らし合わせてみても、当該技術が本件特許発明の代替技術とならないことは明らかである。よって、ゴースト像を完全に除去できないことは当該技術が代替技術とはならないことの理由とはならない旨の被告の主張は失当である。
 そして、ある技術が、LBP等の製品において実際に用いられていないことは、かかる技術を実施した製品よりも本件特許発明を実施した製品の方が競争力を有することの表れであるから、当該技術は代替技術とはならない。よって、実際に用いられていないことは当該技術が代替技術とはならないことを意味するものではないとの被告の主張は失当である。
(2) 被告の主張
ア 発明の詳細な説明の参酌について
 本件特許の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載によれば、本件特許発明は、偏向反射面近傍の線像と被走査媒体面上の点とが共役関係にある走査光学系において、特許請求の範囲に規定する「光束の偏向面と平行な面内に於いて前記偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度αを、(4π/N)−(W/D)よりも小さく選定」することを特徴としたゴースト像を除去する走査光学系である。
 ここで、「ゴースト像」は、種々の原因により発生する像を広く指す概念であり、またその除去方法も多様であることから、この条件式と「ゴースト像を除去する走査光学系」との技術的な関連は、特許請求の範囲の記載文言のみでは客観的、一義的に明確であるとはいえない。
 そこで、特許法70条2項の規定に従い、本件明細書の発明の詳細な説明及び図面を考慮して、本件特許発明における「ゴースト像」なる用語の技術的意義を解釈すると、本件特許発明における「ゴースト像」は、光束の偏向面と垂直でかつ前記第2結像光学系の光軸を含む面内において、偏向反射面近傍の線像と被走査媒体面上の点とが共役関係にある特許請求の範囲記載の走査光学系において、被走査媒体からの反射光束が偏向器の隣接する反射面に入射し、再度反射して第2結像光学系を透過し、被走査媒体面上に集中して形成され、かつ感光体に有害像として形成される像であるものと解すべきである。そして、「ゴースト像を除去する走査光学系」とは、かかるゴースト像を被走査媒体面の有効走査巾外に形成することにより、有効走査巾内に有害像として現れないようにすることを特徴とする走査光学系を意味し、かかるゴースト像が被走査媒体面の有効走査巾外に形成されない走査光学系及び感光体に有害像としてのゴースト像が形成されることのない走査光学系を含まないことは明らかである。
イ 出願経過の参酌について
 前記アの解釈は、本件異議事件における出願人の陳述や特許異議決定において特許庁が示した判断からも裏付けられるものである。
 すなわち、出願人であった被告は、異議手続において「本願発明は被走査媒体上からの反射光束が隣接する反射面に入射し、再度反射して走査レンズを透過し、被走査媒体上に再び達する静止ゴースト光束が発生する光学系を前提条件にした発明であり、」と陳述し、特許異議決定の理由中には、「この出願の発明の目的は、本件特許公告公報3欄6〜40行の記載から明らかなように、形成されたゴースト像を除去することにあるからゴースト像が形成されない4面以下の偏向器を使用することはこの発明の対象外である。」との記載がある。
ウ 原告の先行自白の援用について
 原告は、訴状において、「ゴースト像」について、以下のとおり主張している。
 「ここで、ゴースト像とは、感光体の上を走査するレーザービームが感光体の表面で拡散反射して偏向器の反射面に戻り、再び感光体上に結像するという有害なスポット像である。」(5頁本文末行から上4行ないし同2行)
 「しかし、ビームの一部は、被走査媒体(感光体)で一旦スポット像を形成すると同時に拡散反射してしまい、第2結像光学系を逆戻りして(下図2のA参照)偏向器(回転多面鏡)の鏡面において再び反射して第2結像光学系を通って再度被走査媒体(感光体)面に向かってしまう。そして被走査媒体(感光体)上の本来予定していない場所にスポット像を形成してしまう(下図2のB参照)。このスポット像がゴースト像であり、記録画像の画質を損なう致命的原因となるのである。」(6頁9行ないし14行)
 また、「ゴースト像を除去する走査光学系」について、以下のとおり主張している。
 「すなわち、下図5(「ゴースト像の除去」)でいえば、光源から偏向器(回転多面鏡)に入射するビームと光軸G との角度をαとした場合、αが一定値より小さくなると、光源から射出されたビームがスポット像を被走査媒体(感光)に形成した後(下図5の@’参照)、ビームの一部が被走査媒体(感光体)から逆戻りし(下図5のA’参照)、さらに偏向器(回転多面鏡)で再反射したビームがP(ビーム偏向面)の領域外を進むこととなり(下図5のB’参照)、その結果ゴースト像が記録の有効画面の外で形成されることとなるので、記録画像の劣化を防止できるのである。」(8頁1行ないし8行)
 これらの主張は、上記の本件特許発明の技術的範囲の画定の正確性を、原告が自認していることを示している。被告は、これらの主張を、原告の先行自白として援用する。
エ 小括
 以上のとおりであるから、特許法35条3項の規定に基づいて、職務発明の「相当の対価」を定めるに当たって、本件特許発明における「ゴースト像」は、偏向反射面近傍の線像と被走査媒体面上の点とが共役関係にある特許請求の範囲記載の走査光学系において、被走査媒体からの反射光束が偏向器の隣接する反射面に入射し、再度反射して第2結像光学系を透過し、被走査媒体面上に集中して形成され、かつ感光体に有害像として形成される像であって「ゴース、 ト像を除去する走査光学系」とは、かかるゴースト像を被走査媒体面の有効走査巾外に形成することにより、有効走査巾内に有害像として現れないようにすることを特徴とする走査光学系を意味するものである。したがって、かかるゴースト像が被走査媒体面の有効走査巾外に形成されない走査光学系及び感光体に有害像としてのゴースト像が形成されることのない走査光学系は、本件特許発明の技術的範囲に含まれないのである(弁護士E i 、弁理士F i 及び弁理士G i による平成16年6月11日付鑑定書(以下「E ii ら鑑定書」という。乙107)並びにB ii 鑑定書参照)。技術的観点からみても、静止ゴースト像を発生させる光束の光路を変更して静止ゴースト像を悪影響のない位置に静止させる本件特許発明の方法と、ゴースト像が被走査媒体面の有効走査巾外に形成されない走査光学系による静止ゴースト像除去の方法、又は感光体に有害像としてのゴースト像が形成されることのない走査光学系による静止ゴースト像除去の方法とは、技術的思想を根本的に異にする(D ii 鑑定書参照)。
オ 本件ドイツ特許及び本件各米国特許について
a) 本件ドイツ特許について
 本件ドイツ特許の明細書の「特許請求の範囲」をみると、再反射光が第2結像光学系をすべて透過し静止ゴースト像が有効走査巾外に「位置」することが文言上明確に構成要件とされている。
b) 本件各米国特許発明の明細書の「発明の要約」及び「実施例の記載」をみると、再反射光が第2結像光学系をすべて透過し静止ゴースト像が有効走査巾外に形成され静止することが発明の前提・内容とされている。
c) したがって、本件ドイツ特許発明及び本件各米国特許発明においても、静止ゴースト像が被走査媒体面上に形成される走査光学系を前提としていることは明らかである。
カ 本件特許発明の代替・回避技術について
 本件特許発明には、次の代替・回避技術がある。
a) 技術Aについて
 技術A(再反射光が有害像とならない感光体の使用)は、感光体の材料を変えて感光体の散乱反射を減じ、有害像たる静止ゴースト像を発生させないようにするものである。
 技術Aは、本件特許発明の少なくとも構成要件Dについて非該当となる。
b) 技術Bについて
 技術B(被走査媒体上に静止ゴースト像が形成されない光学設計)は、ポリゴンミラーの面数、走査レンズの配置、長さ等を、再反射光の光路を静止ゴースト像がそもそも発生しないように設定するものである。
 技術Bは、本件特許発明の少なくとも構成要件Dについて非該当となる。ポリゴンミラーの面数を4面以下とすることも、技術Bの代替技術に含まれる。
c) 技術Cについて
 技術C(非平行光束の構成)は、光束の偏向面内において、第2結像光学系に平行光束が入射せず、発散光束又は収斂光束が入射するように構成するものである。技術Cは、本件特許発明の少なくとも構成要件Cについて非該当となる(乙143)。また、第2結像光学系に発散光束又は収斂光束が入射する走査光学系では、以下のような結果となる。
@ 静止ゴースト像が被走査媒体面上に焦点を結ばない。発散光束の場合は静止ゴースト像の焦点は被走査媒体面より第2結像光学系のレンズに近い側に、収斂光束の場合は同じく遠い側に、焦点を結ぶ。被走査媒体面上では、静止ゴースト像はボケた画像となる。
A 再反射光が入射光となす角度(βとする。平行光束の場合、β=4π/Nとなる。)が4π/Nとならない。発散光束の場合はより小さくなり(β<4π/N)、収斂光束の場合はより大きくなる(β>4π/N)。
B 被走査媒体の有効走査巾の端部に到達する再反射光が第2結像光学系の光軸となす角度(γとする。平行光束の場合、γ=W/Dとなる。)が、W/Dとならない。発散光束の場合はより大きくなり(γ>W/D)、収斂光束の場合はより小さくなる(γ<W/D)。
C 上記A及びBより、本件特許発明の条件式α<4π/N−W/Dが、静止ゴースト像を除去する条件式とならない。
 なお、被告製品の収斂光束は平行光束とみなし得るかについて、被告製品の収斂光束がレンズの分解能と比較して十分に大きな角度であることからも(D ii 鑑定書〔乙192の鑑定事項3〕)、また第2結像光学系から被走査媒体面までの距離を短縮するという機能を装置において達成していることからも(B ii 鑑定書〔乙199の鑑定事項3〕)、平行光束とみなすことはできない。
d) 技術Dについて
 技術D(非倒れ補正光学系の構成)は、ポリゴンミラーの製作・駆動技術の向上によって、共役型倒れ補正光学系を採用せずにポリゴンミラーの面倒れを防止した上で、従前の静止ゴースト像除去技術(偏向面に対して垂直方向に移動させる技術)を用いるものである。技術Dは、本件特許発明の少なくとも構成要件Cについて非該当となる。
e) 技術Eについて
 技術E(ガルバノミラーの使用)は、偏向器として、回転多面鏡を用いずに、ガルバノミラー(軸を中心に左右に振れる1面のミラーで、走査は往復運動になる)を用いるものである。技術Eは、本件特許発明の少なくとも構成要件Aについて非該当となる。
f) 技術Fについて
 技術F(ダブルパス方式の構成)は、第1結像光学系と第2結像光学系を備えない、いわゆる「ダブルパス方式」(ポリゴンミラーへ向かう入射光とポリゴンミラーから感光体へ向かう反射光が同一レンズを透過する方式)を採用する構成である(乙42の12(本件審決取消訴訟の判決)の5頁1行〜3行「引用例3」、39頁末行から上4行以降及び別紙図面D)。技術Fは、本件特許発明の少なくとも構成要件Aについて非該当となる。
 被告製品の機種47がかかる技術を採用していることについては、被告製品は「第1結像光学系と第2結像光学系とが独立して存在するもの」であることからも(D ii 鑑定書〔乙192の鑑定事項6〕)、「光束の偏向面と平行な面内における第1結像光学系の光軸と第2結像光学系の光軸とがなす角度」が存在していないことからも(B ii 鑑定書〔乙199の鑑定事項6〕)、明らかである。
g) 技術Gについて
 技術G(再反射光の遮光)は、被走査媒体面と偏向器の隣接面との間に遮光部材を配置し、被走査媒体面からの散乱反射光が隣接面に入射しないようにするものである(実開平5-2117号公報、本件審決取消訴訟において第3回被告準備書面に乙2号証として添付され代替技術として指摘されている。)。
 技術Gは、本件特許発明の少なくとも構成要件Dについて非該当となる。
h) 技術Hについて
 技術H(隣接面の不使用)は、回転多面鏡の複数の反射面を一つおきに黒塗装あるいは面荒しによって非反射面とし、被走査媒体面からの散乱反射光が隣接面で反射されないように構成するものである(特開平7−43628号公報、本件審決取消訴訟において第3回被告準備書面に乙3号証として添付され代替技術として指摘されている。)。
 技術Hは、本件特許発明の少なくとも構成要件Dについて非該当となる。
i) 技術Iについて
 技術I(偏光フィルタ及び1/4波長板の使用)は、偏向器から被走査媒体面に向かう光路に、偏光フィルタ及び1/4波長板を配置し、1/4波長板を2回通過した被走査媒体面からの散乱反射光が、走査光束の偏光方向とは90度偏光されることによって偏光フィルタで遮光され、偏向器の隣接面に入射しないように構成するものである(特開平7−113970号公報、本件審決取消訴訟において第3回被告準備書面に乙4号証として添付され代替技術として指摘されている。)。
 技術Iは、本件特許発明の少なくとも構成要件Dについて非該当となる。
キ 本件特許発明の代替技術の実施状況等について
 前記の代替技術の、一般に公開された日、被告による文献が公開された日、被告における開発時期、被告製品における実施時期、被告製品における実施機種、他社製品における実施状況(推測を含む。)は、別表1及び別表2のとおりである(乙119ないし133、12の1、甲74の1、75の1、76の1)。
 これらの代替・回避技術9件のうち、
a) 本件特許発明が出願された昭和56年(1981年)10月20日以前に6件が、その後も含めると全件が、一般に公知になっている(別表1(@))。
b) 本件特許発明の出願以前に4件が、その後も含めると6件が、被告内で研究・開発されている(別表1(B))。
c) 5件が、被告製品において現に実施されている(別表1(D)、別表2)。
d) 少なくとも4件以上が、他社製品において現に実施されており、又は実施されているものと推定される(別表1(E))。
 以上から、本件特許発明は、上記代替技術の実施によって容易に回避できるので、LBP等にとって基本特許・必須特許ではないことが明らかである。
ク 原告の主張に対する反論について
a) 原告は、本件特許発明の「目的・趣旨」は静止ゴースト像を被走査媒体の有効走査巾内に発生させないことであり、α<4π/N−W/Dの条件式を充足してさえいれば静止ゴースト像は被走査媒体の有効走査巾内に発生しないのであるから、すべて本件特許発明の技術的範囲に属すると主張する。
 しかし、原告のいう本件特許発明の「目的・趣旨」は、本件特許公告公報の記載やこれと合致する本件特許の出願経緯を全く無視し、原告が創作したものである。本件特許発明の目的は、本件特許公告公報及び発明者・特許権者の理解のいずれからみても、「本発明の目的は、上述のような問題点を解消し、偏向器の回転に関係なく、ゴースト像を常に走査線外の同一位置に静止させる、ゴースト像を除去する走査光学系を提供することにあ」る(本件特許公告公報3欄37行〜40行)ことは明らかである。
b) 原告は、4面以下の偏向器を用いる走査光学系のみが、本件特許発明の技術的範囲に属しない、感光体特性等や、再反射光が第2結像光学系を通過するか否かは、本件特許発明に関係ないと主張する。
 しかし、これを認めるのであれば、再反射光が第2結像光学系を透過せず静止ゴースト像として形成されない走査光学系、及び感光体特性等により静止ゴースト像が現像によって感光体に有害像として形成されることがない走査光学系も本件特許発明の技術的範囲に属しないと解釈しないと、論理一貫しない。
 すなわち、4面以下の偏向器を用いる走査光学系が本件特許発明の対象とならないことの理由は、かかる走査光学系では静止ゴースト像が形成されないため静止ゴースト像を除去する必要がなく、本件特許発明が解決すべき課題が存在しないことにある。このことは、前述の特許異議決定において「この出願の発明の目的は、本件特許公告公報3欄6〜40行の記載から明らかなように、形成されたゴースト像を除去することにあるからゴースト像が形成されない4面以下の偏向器を使用することはこの出願の発明の対象外である。」(乙29、2頁11行〜15行)と判断されていることからも明らかである。一方、原告が本件特許発明に属すると主張する、再反射光が第2結像光学系を透過せず静止ゴースト像として形成されない走査光学系、及び感光体特性等により静止ゴースト像が現像によって感光体に有害像として形成されることがない走査光学系も、4面以下の偏向器を用いる走査光学系と同じく、静止ゴースト像が形成されない走査光学系である。したがって、これらも静止ゴースト像を除去する必要がなく、本件特許発明が解決すべき課題を有さないものであるから、本件特許発明の技術的範囲に属しないとされなければ論理一貫しない。
c) 相当の対価の額は、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を考慮して定められなければならないところ(特許法35条4項)、「その発明により使用者等が受けるべき利益」とは、使用者等が、従業者等から特許を受ける権利を承継して特許を受けた場合には、特許発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益をいう(東京地方裁判所平成16年2月24日味の素事件判決)。この特許の排他的効力は、発明を公開する代償として法律によって認められたものであるから、その及ぶ範囲は厳格かつ一義的に画定されなければならない。職務発明訴訟では、使用者がその発明を実施することにより、どれだけ利益をあげてきたかが問題となり、その利益の額は、当該特許の技術的範囲とは直接は関係しないのであるから、当該発明にかかる特許の技術的範囲を厳密に解釈する必要はないという考え方は、一件の特許について、技術的範囲が二様に存在することを認め、又は一義的に画定されるべき技術的範囲と離れて「独占の利益」を定め得るとするものであって、特許法35条の解釈上、到底首肯できるものではない。
 仮に、当該発明にかかる特許の技術的範囲が、特許侵害訴訟と職務発明訴訟とで異なることが認められるのであれば、企業の実務に対し看過し難い弊害をもたらす。すなわち、企業は、常に特許法70条を出発点とする技術的範囲の解釈論に基づき、特許発明の相当の対価の算定や、出願・補正等の権利化手続、特許侵害の有無の検討等を行っており、かかる技術的範囲の解釈手法は長年の判例や審決等の積み重ねにより、(個々具体的なクレームの解釈について若干の巾はあるものの、)相応の予測可能性のあるものとして確立されている。しかるに、相当の対価の算定の場合には技術的範囲を厳密に解釈する必要はないとすると、はたしてどこまで解釈を「緩和」してよいのか基準が無く、予測可能性が大きく失われる。しかも、その相当の対価の算定を巡って職務発明訴訟が起こされ、裁判所の算定額が企業の評価額を超える場合にはその差額を企業が支払わねばならないものとすると、法的安定性が甚だしく害されることも明らかである。
 以上のとおり、相当の対価の算定において、特許により使用者が受けるべき「独占の利益」は、当該特許の排他的効力により発生する利益であり、かかる当該特許の排他的効力の範囲は、当該特許に関して侵害訴訟が提起された場合に認定される排他的効力の範囲と同一であるから、「相当の対価」の算定における特許の技術的範囲は、侵害訴訟におけるのと同様に厳格・厳密に認定されねばならない。
d) 原告は、本件訴訟において代替技術を論じる目的は、本件特許発明によって被告が得た利益を定めるためであるので、ある技術が本件特許発明の代替技術となるのは、「その技術の方が、本件特許発明よりも、技術的な側面や経費的な側面等において優れているか、少なくとも同等であるなどといった事情があるとき」であると主張し、(a)ある技術が費用のかかるものである場合、(b)LBP等の印刷速度が遅くなったり、装置が大きくなったりする場合、(c)ある技術を採用しても、完全にゴースト像が除去できず、ゴースト像が有害像とならないようにするために、感光体の反射特性、感度、現像特性など複数の要素の相関関係を検討する必要がある場合、又は(d)ある技術がLBP等の製品において実際に用いられていない(不明である)場合は、いずれも当該技術は代替技術とはならないと主張する。
e) しかし、まず、代替技術として認められるのは、「その技術の方が、本件特許発明よりも、技術的な側面や経費的な側面等において優れているか、少なくとも同等であるなどといった事情があるとき」との原告の主張・前提自体失当である。仮に、当該代替技術が「技術的な側面や経費的な側面」等で優れていなくても、当該特許を回避できるのであれば、当該特許の排他的独占的効果の適用を免れて、特許権者がライセンスを供与しないときでも、はたまた特許権者からライセンスを受けることを欲しないときにも、当該特許発明を使用することなく、当該代替技術により当該特許と同一の目的を達成し、対象製品を製造・販売等できるのであるから、相当な代替技術である。したがって、代替技術であるか否かの判断で重要なのは、当該特許を回避して同一の目的を達成できるか否かである。当該代替技術がある程度の技術水準にあり、現実に利用可能であり、ある程度の経済性(事業における採算性の確保)が担保されているものであれば、代替技術として何ら問題はないのであり、技術面での性能・機能及び費用の高低は、当該技術の代替性を論じる場合、相対的な問題で、重要な問題ではない。この意味で、被告のあげた代替技術AないしIは、本件特許を回避し得る容易に利用可能な技術であり、特段上記の経済性に問題があるとも認められないから、すべて相当な代替技術と評価し得るものである。
f) また、本件特許発明の代替技術を論じる目的は、「本件特許発明の相当対価の算定の基礎となる、本件特許発明によって被告が得た利益がどの程度であったかを定めるためである。」との原告主張は、必ずしも誤ってはいないが、正確ではない。本件訴訟の「相当の対価」の算定においては、本件特許によって被告が受けた又は受けるべき「独占の利益」(すなわち、ライセンス収入)を決定することが前提となるが、「独占の利益(ライセン」ス収入)の大小は本件特許の排他的独占的効力(ライセンス力)の大小によるものであり、そして排他的独占的効力(ライセンス力)の大小は、本件特許の基本性、必須性又は重要性の程度によるものであるから、結局、本件特許の代替技術を論じる目的は、LBP等の技術全体を前提とした本件特許発明の重要度を判断することにある。したがって、ある技術が本件特許発明の代替技術となるか否かは、その技術によれば、本件特許発明を実施せずに静止ゴースト像の影響のない画像の形成という本件特許発明と同一の目的を達しうるか否か、によって決せられねばならない。
g) 前記e)及びf)の観点からすると、
@ ある技術を採用する場合にかかる費用は、製品全体の製造費用の中で、新規の設計や部品の必要性の有無、製造過程における既存の部品や製造ラインの転用の可否、製造量等の諸要素の複合の中で決まっていくのであって、単独の技術のみで費用の高低を考えることはできない。採用されたある技術自体に余分の費用が掛かっても、当該技術の採用により他の部品等の費用が削減でき、製品トータルとしては費用削減となる場合もあり得る。したがって、ある技術を採用する場合にかかる費用は、当該技術が代替技術とならないことの理由とならない。なお、原告は、代替技術を採用すると走査光学系の検討や部品の開発に費用がかかる旨主張しているが(技術B及び技術Gに関する主張)、どんな技術を使用しようとLBP等を設計する以上偏向器の面数やレンズその他の部品の寸法・配置等を設計することは共通であり、ある特定の構成を用いることによって付加的に費用が発生するわけではない。そして、余分の費用が掛かっても本件特許の実施を回避できるのであれば、代替技術となるものである。
A LBP等における印刷速度や装置の大きさは、製品全体において他の部分を含めていかなる構成を採用するかの複合の中で決まっていくものである。さらに、そもそもどのような印刷速度や装置の大きさが求められるかは、いかなる機能の製品をいかなる価格で発売するかという製品コンセプトにより決定されるものである。したがって、ある単独の技術のみを取り出してみた場合に当該技術が印刷速度を遅くしたり装置を大きくしたりする影響があるからといって、当該技術が採用できないということにはならない。原告の主張によれば、4面の偏向器を用いる構成も、12面等の偏向器を用いる構成と比べれば印刷速度が3分の1に遅くなるのであるから技術として採用できない、という結論となるが、4面の偏向器は光学ユニットの小型化に資するものであり(乙154)、印刷速度の遅れも高速なモーターを使うことで改善されるのであって、現に4面の偏向器は多くの製品で採用されている。したがって、ある単独の技術のみ取り出してみた場合に当該技術が印刷速度を遅くしたり装置を大きくしたりする影響があることは、当該技術が代替技術とならないことの理由とならない。
B ある技術が、静止ゴースト像を「完全に」除去できなくても、印刷物に有害像として現れなければ製品として何ら問題は無く、「光束Lbはゴースト像となり、被走査媒体6上に感光体を設置すれば有害像が形成されることになる。」(本件特許公告公報3欄16行〜18行)という本件特許発明の技術的課題を解決しており、当該技術を実施して本件特許発明の実施を回避することができるので、本件特許発明の代替技術となる。したがって、有害像が形成されないのであれば、当該技術は、本件特許の代替技術になり、除去が「完全」か否かは、当該技術が本件特許発明の代替技術にならないことの理由とならない。
C ある技術を製品に用いるか否かは、製品の開発者の任意であり、当該技術を用いない理由は様々であるから、実際に用いられていないこと(まして用いられているか否か不明であること)は、当該技術が代替技術とならない理由にはならない。
5 争点3−3(本件各特許発明の重要性と他社製品等における本件各特許発明の実施割合)について
(1) 原告の主張
ア 本件各特許発明の技術的重要性について
a) 本件各特許発明は、新たな部品等を用いることなく、特別に高度なあるいは複雑な技術を必要とすることもなく、また文字の鮮明さや画像の精細性を損なうことなしに、ゴースト像を除去することができるという極めてシンプルかつ画期的な技術である。また、本件各特許発明は走査光学系というLBP等の心臓部に関する発明である。走査光学系は、コンピューターから送られてきた文字や画像の情報を、実際に感光体の上に高速にかつ高精度に露光して再現する役割を担っているものであり、走査光学系の技術が劣ったり、または走査光学系に画質を劣化させるような問題が生じたりすれば、LBPとしての性能そのものが劣化し無価値となってしまうことから、走査光学系はLBP等において最も重要な技術である。そして、本件各特許発明は、画質の低下を招き致命的な欠陥となりかねないゴースト像という走査光学系に関する極めて重要な課題を解決したものであるから、走査光学系に関する発明の中でも特に重要な発明といえる。このように、本件各特許発明は、経済的効果が極めて大きい上に、LBP等の心臓部である走査光学系に関する極めて画期的かつ原理的な発明であるから、本件各特許発明の技術はLBP及びMFP等において必須の技術である。
b) 被告は、LBP等においては走査光学系のみが重要な技術であるわけではなく、LBP等に心臓部はいくつもある旨主張し、さらに、LBP等の技術を10項目に分けた上で、本件各特許発明はそのうちの一つに関する技術であると主張して、本件各特許発明の重要性を否定する。
 しかし、LBPは、既に確立されたアナログ複写機の原理の流用とレーザー技術すなわち走査光学系に関する技術の組合せにより開発されたものであり、アナログ複写機とLBP走査光学系の違いはほとんど走査光学系に関する技術部分にしかないのである。また、LBPの基本構成は、被告作成の「LBPの基礎技術」(乙44)においても記載されているように、@ビデオコントローラ、A制御部、B光学部、及び、C電子写真プロセス/紙送り系、に分類され、本件各特許発明は、B光学部に属するものであるところ、工程を10項目に分ける被告の分類は、上記基本構成のうち、C電子写真プロセス/紙送り系の機能面を過度に細分化したものにすぎない。したがって、走査光学系がLBP等の心臓部であり、最も重要な役割を担っていることは明らかである。
 なお、被告は、本件各特許発明は、レーザー露光技術として、レーザー光源、線結像光学系、偏向器、走査光学系、ビームディテクタ、光学箱がある中の走査光学系のみに関するものであるとも主張する。しかし、本件特許発明の特許請求の範囲の記載からも明らかなように、本件各特許発明における「走査光学系」は「レーザー光源、線結像光学系、偏向器」を含むものであるから、これらをあたかも「走査光学系」とは別個のものであるかの如く扱う被告の主張が不当であることは明らかである。
イ 被告や発明協会が本件特許発明を高く評価したことについて
a) 本件特許発明は、平成5年(1993年)、被告取扱規程に基づき、被告により当時の最高の階級である「特級」と評価された。なお、被告が保有する多数の走査光学系に関する特許発明のうちで、特級であると評価されたのは、本件特許発明のみであり、この点については被告も争っていない。また、走査光学系に限らず、LBP特有の技術に関する多数の特許発明を含めても、被告において特級と評価された特許発明は、本件特許発明以外にはわずか1件しか存在しない。
 また、本件特許発明は、平成10年(1998年)、被告により優秀社長賞に賞せられた。優秀社長賞は、被告内において発明者個人が受けうる賞としては最高のランクの賞であり、被告内における年間約1万件の発明のうち、優秀社長賞に賞せられる発明は、わずかに1、2件程度に止まる(この点について、被告は争っていない。)。
 さらに、本件特許発明は、LBPの普及に寄与したという社会的貢献の大きさを評価されて、被告の推薦を受けた上で、平成12年(2000年)、発明協会の東京支部長賞に賞せられた。
 このように、本件特許発明が被告や発明協会によって高く評価されていることからも、本件特許発明が重要な発明であることは明らかである。
b) 被告は、本件特許発明について特級や優秀社長賞という評価が与えられたことにつき、本件特許発明の重要度、実施状況等につき、誤って不当に高い評価を与えてしまった旨主張する。
 しかし、H i(以下「H ii」という。)ら知的財産法務本部の担当者が、開発部門との意思疎通がとれていなかったとしても、H ii らが、本件特許発明の技術的範囲が狭いものであると捉えていたのであれば、開発部門の調査結果について疑問を持つはずである。そして、H ii らは、その時点で、開発部門の担当者と話し合い、本件特許発明の技術的範囲について開発部門との間で共通認識を持てたはずである。にもかかわらず、本件特許発明は被告において特級と評価され、その後優秀社長賞に賞せられ、発明協会に推薦され発明協会東京支部長賞に賞せられ、後述するとおり、本件特許発明がほとんどの被告のLBP及びMFP等の製品に実施されていることを示す甲12対応表が作成されるに至っている。よって、上記の被告の主張が虚偽であることは明らかである。
 また、知的財産法務本部の担当者も、開発部門の担当者と同様、本件特許発明の技術的範囲を広く解釈していたことは甲12対応表からも明らかである。甲12対応表は、原告が行った再評価申請に関して開発部門のI i が作成したものである。I i は、H ii も同席する中、甲12対応表を用いて、原告に対して再評価の検討の途中経過を説明した。この甲12対応表において、本件特許発明は、レーザー走査光学系を用いた被告のLBP及びMFP等の全製品において実施されていると記されている。このとき、H ii は、甲12対応表において、本件特許発明が、レーザー走査光学系を用いた被告のLBP及びMFP等の全製品において実施されていると記されていることに対して、本件特許発明の技術的範囲について限定的に解釈するべきであるといった発言や示唆などは一切しなかった。また、開発部門のI i は、被告の全製品は、本件職務発明に関する分割出願に係る特許発明(甲116。以下「本件分割特許発明」という。)を実施していないと考え、本件分割特許発明に関する被告製品の実施状況について、甲12対応表の該当箇所にすべて「×」を記載していた(甲12の特公平6−52339の欄参照)。すなわち、本件分割特許発明は、本件特許発明の構成に加え、ゴースト光束を遮光する遮光手段を設置することをその構成とする発明であるところ(甲116)、I iは、被告製品には、ゴースト光束を遮光する遮光板が存在しないことを根拠として、被告製品は本件分割特許発明を実施していないと判断していたのである。これに対し、H ii は、I i の見解に異議を唱え、本件分割特許発明でいう遮光手段は遮光板という独立した部材でなくてもよく、再反射光が走査光学系の筐体によって遮光されるものも分割特許の技術的範囲に属する旨述べた。そして、被告製品においては、再反射光が走査光学系の筐体によって遮光されていることから、I i もH ii の見解に同意し、本件分割特許発明も、本件特許発明と同様に、被告のLBP及びMFP等の全製品において実施されていると判断した。こうして、甲12対応表の特公平6−52339の欄に不動文字で「×」が付されていたものが、当該欄の左欄にある本件特許発明と同様の実施状況であるということとなったので、かかるH ii とI i のやりとりを踏まえて、原告は、対応表に「左と同じ○印」と記入した(甲117)。このようなやりとりからも、H ii ら知的財産法務本部の担当者が、開発部門の担当者と同様、本件特許発明の技術的範囲を広く解釈していたことは明らかである。
ウ 本件特許発明の被告における実施状況について
 本件特許発明は、前述のように、甲12対応表において、レーザー走査光学系を用いた被告のLBP及びMFP等の全製品において実施されていると記されている。そして、甲12対応表は、被告が、本件訴訟にかかる紛争が生じる以前の平成14年4月11日ころに、原告に対して交付したものであり、その記載内容は極めて信用性が高い。したがって、本件特許発明が、被告のLBP等のほぼすべての製品で実施されていることは明らかである。
エ 本件特許発明に対する多数の異議事件の申立て等とそれに対する被告の防御について
 本件特許については、9件もの特許異議が申し立てられ、無効審判が1件請求され、審決取消訴訟が1件提起されている。このように、多数の異議事件の申立て等が行われた理由は、LBP及びMFP等に関する被告の競合他社が、本件特許発明を実施しなければLBP及びMFP等を開発することは不可能であり、本件特許が維持されることを最大限争う必要があると考えたからである。言い換えれば、被告の競合他社も、本件特許が必須・回避不能な重要な特許であると考えていたからである。よって、本件特許について、多数の特許異議の申立て等が行われたことは、本件特許がいかに重要な特許であるかを物語っているといえる。
 一方、本件異議事件、本件無効審判、本件審決取消訴訟において、被告は、本件特許発明は、倒れ補正光学系に格別の効果を有すると繰り返し、本件特許発明の有用性を強調して、本件特許の権利を維持するための防御に努めている。これは、被告が、本件特許が必須・回避不能な非常に重要な特許であり、もし、本件特許を維持することができれば、競合他社との関係で非常に有利な立場に立つことができると考えたからにほかならない。
オ 本件特許発明の他社における実施状況について
 本件特許発明は、LBP等において原理的な技術に関するものであって必須・回避不能な特許であること、競合他社が多数の特許異議の申立て等を行っていること、そして、本件特許発明に対して、レーザー走査光学系で唯一の特級及び優秀社長賞等といった高い評価を被告が与えているのは、被告が、本件特許発明の第三者による実施状況を詳細に調査し、その結果他社のLBP等のほぼすべての製品においても実施されていることが判明したからであると考えられることから、本件特許発明が、他社のLBP等のほぼすべての製品においても実施されていることは明らかである。
 被告は、本件特許発明の他社製品における実施状況は調査していないと主張することから、以下、この点について検討する。
a) 被告が本件特許発明の他社製品における実施状況を詳細に調べているのは明らかであること
 被告が本件特許発明の他社製品における実施状況を詳細に調べていることは、被告がライセンス契約を締結するにあたり、本件特許発明を始めとする被告の有する特許発明(以下「被告特許発明」という。)の他社製品における実施状況を調査しなければ、被告にとって有利なライセンス契約を締結することができないことから明らかである。被告がライセンス契約を締結するにあたり、被告特許発明の他社製品における実施状況を調査していることは、被告が********************に宛てた**********付書簡(乙144)、J i(以下「J ii」という。)の著書「キヤノン特許部隊」(甲56、119)、被告作成にかかる「発明vol.87 1990 No.7」(甲55)及び「日立の知的所有権管理」(甲120)などから裏付けられる。
 また、発明対価評価基準書(乙5の1ないし4、6の1)や発明表彰審査基準書(乙5の5、6の2)において「他社への活用度」といった項目があることから、被告は、本件特許発明に特級や優秀社長賞といった高い評価を与えるにあたり、予め本件特許発明の他社製品における実施状況を詳細に調査していることは明らかである。
 さらに、被告は、本件特許発明を発明協会に推薦し、本件特許発明は、平成12年に東京支部長賞を受賞しているところ、その推薦の際に、本件特許発明の他社による実施状況を考慮したことを認めていることからすれば(甲36)、当時、被告が他社の実施状況について調査し、他社の実施状況についても他の発明を凌駕していると考えたからこそ推薦したものと考えられる。
b) 本件特許発明の他社製品における実施状況は調査していないとする被告の主張について
@ 被告が***に宛てた**********付書簡(乙144)及びJ ii の著書「キヤノン特許部隊」(甲56、119)等についての被告の主張が誤りであること
 上記各証拠から被告特許発明の他社製品における実施状況の調査がなされていることは明らかである。また、@本件特許発明は、LBP及びMFP等にとって致命的な欠陥であるゴースト像を有効走査巾から完全に除去する非常に重要な発明であること、A本件特許発明の条件式の一要素である「D」の測定はそもそも多くの場合において不要である上、測定が必要な場合であっても「D」の測定は容易であることからすると、少なくとも、被告特許発明のうち本件特許発明については、他社製品における実施状況は調査されたはずである。
A 本件特許発明の他社製品における実施状況は、被告製品における本件特許発明の実施状況から推測したにすぎないという被告の主張が誤りであること
(i) 平成15年7月11日付被告作成に係る回答書(甲11)から、被告があらかじめ他社製品における本件特許発明の実施状況を調査していたことは明らかであること
 原告が平成15年6月26日付で本件特許発明の相当の対価の支払を求める通知書を被告に対して送付したところ(甲10の1)、被告は、わずか約2週間後である平成15年7月11日付で回答書(甲11)を送付してきた。その回答書において、被告は、本件特許発明が実施されていない機種として、三星電子等計7社の11機種を挙げてきた。この被告の回答が、他社の製品について、本件特許発明の実施状況を調査していることを前提としていることは明らかである。また、そもそも、わずか2週間の期間で、本件特許発明が実施されていないとされる他社製品をこれだけ挙げることは不可能である。よって、被告があらかじめ他社製品における本件特許発明の実施状況を調査していたことは明らかである。
 これに対し、被告は、特許の実施状況の調査データではなく、既に社内に存在した他社製品の性能や構造の調査データに基づいて調査をして回答した旨反論する。しかし、被告のいう他社製品の性能や構造の調査データから、本件特許発明の実施状況を調査できるのであれば、その調査データは実質的には本件特許発明の実施状況の調査データの性質も兼ねているといえるから、やはり被告は、他社製品における本件特許発明の実施状況をあらかじめ調査していたことになるのであり、被告の上記反論は失当である。さらに、被告は、被告が三星電子とライセンス交渉を行う際、三星電子が、非常に強い競争力を有していたため、三星電子の一部の製品についてのみ本件特許発明の実施状況を調査している主張する。しかし、少なくともLBPの販売金額又は販売台数で三星電子を上回る会社は、レックスマークほか7社もあり(乙80、69)、三星電子のみを特殊事例とする被告の主張は極めて不自然である。また、LBP及びMFP等に実施可能な特許件数で三星電子を上回る会社は多数存在し(乙75、甲105の1ないし3)、三星電子よりも強い競争力を有していることからも、三星電子のみを特殊事例とする被告の主張が誤りであることは明らかである。
(ii) 被告の知的財産部の規模の大きさ及び本件特許発明が受けた評価の高さに鑑みれば、被告があらかじめ他社製品における本件特許発明の実施状況を調査していたことは明らかであること
 被告は日本の企業の中においても有数の規模の知的財産部を有する会社であり、被告の知的財産法務本部と呼ばれる部署においては、約400人もの従業員が研究開発段階から積極的に関与するなど、知的財産の管理が徹底して行われている。かかる被告の知的財産部の規模の大きさ及び前述の本件特許発明が受けた評価の高さに鑑みれば、被告ほどの優秀な知的財産部を有する企業において、本件特許発明が、他社製品における実施状況が調査されて判明している他の被告特許発明を差し置いて、他社製品における本件特許発明の実施状況を被告製品における実施状況から推測するという極めていい加減な方法によって、最高の評価・表彰を受けたなどということは到底考えられない。
B 本件特許発明の条件式である「α<4π/N−W/D」のうち、第2結像光学系の焦点距離である「D」の値を正確に測定することは困難であるとの被告の主張が誤りであること
 本件特許発明が他社製品において実施されているか否かは、ほとんどの場合は、そもそも「D」の値の測定すらしなくても容易に判明するのである。また、「D」の値の測定が必要な場合であっても、その測定は容易である。
(i) 「D」の値の測定が不要な場合について
 ゴースト像の原因となる再反射光が第2結像光学系を全く通過しない場合は、本件特許発明の技術的範囲に含まれる。そして、この場合には、「D」の値の測定をするまでもなく本件特許発明が他社製品において実施されていることを極めて容易に判断することができる。
 なぜなら、他社製品の光学ユニットを開き、分度器等で入射光から4π/Nの角度を計測して再反射光の位置を確認し、再反射光が第2結像光学系を全く通過しないことが判明しさえすれば、当該他社製品が、「D」に該当する数値に関わらず、本件特許発明の条件式である「α<4π/N−W/D」を充たしており、本件特許発明を実施しているということが明らかになるからである。
 そして、被告製品54機種のうち31機種が、再反射光が第2結像光学系を全く通過しない設計となっていることから、他社製品においても多くの製品が同様の設計を採っていると考えるのが合理的である。とすれば、他社製品における本件特許発明の実施状況の調査においては、多くの場合「D」の測定が不要であり、その場合、本件特許発明を実施しているか否かは分度器等を使用するだけで容易に知り得るのである。
(ii) 「D」の値の測定が必要な場合について
 焦点距離「D」は、一定の計算式で求められる。「D」の計算に必要なデータは、次のような方法で測定することが可能である。
 まず、半導体レーザー、偏向器等が組み込まれている走査光学系ユニットを、対象製品から取り出し、光学ベンチに水平に固定する。
 また、光学ベンチの上に、フォトディテクター(光を受けて電気信号を発生し、外部への出力を可能とする装置)とそれを乗せる台(リニアスケール)を設置し、フォトディテクターから出力される結果を解析するためのオシロスコープ(電圧の変化の様子を画面上で観測できるようにした装置)や波形モニタ(信号の波形を調べる装置)を設置する。
 そして、半導体レーザーを光らせたり、偏向器を回転させたりするために、電気の出力の調整を行う。
 その後、製品1台ずつ、半導体レーザーのスポットが最も適切に結像する位置を探し出したり、波形モニタ等を使用してレーザーのスポットの光軸からの距離等を測定したりすることにより、その製品の第2結像光学系の焦点距離「D」の計算に必要なデータを測定していく。かかる製品1台ごとの測定に必要な時間は、2ないし3時間程度にすぎない。
 このように、「D」の値の測定が必要な場合であっても、その測定は至って容易である。
(2) 被告の主張
ア 本件特許発明の基本度、必須度及び重要度について
 本件特許発明は、前記のとおり容易に実施可能な代替・回避技術が多数存在し、LBP等にとって基本特許・必須特許ではない。
 さらに、本件特許発明の重要度は、発明の基本度、必須度に加え、当該特許発明を利用し得る製品において、当該特許発明が解決しようとする課題が、技術的にいかなる重要度を有しているか、実施許諾契約における当該特許発明の重要度を論じる場合、当該特許発明が、実施許諾契約の中でいかなる役割を担っているかとの観点から論じられるべきものである。
 これを本件特許発明についてみると、下記事実が認められ、本件特許発明の重要度は低いものであることが明らかである。
a) 本件特許発明の課題である有害像たる静止ゴースト像の除去は、解決が容易なものである。
 共役型倒れ補正光学系における有害像たる静止ゴースト像の除去は、解決が容易な課題であり、その課題解決手段たる本件特許発明はLBP等にとって重要な技術ではない。有害像たる静止ゴースト像の除去は、容易になし得るものである。有害像たる静止ゴースト像は、光路上及び感光体特性上一定の条件が揃ったときに走査光学系において初めて形成されるものであり、かかる条件を有しない走査光学系のほうが多く、またかかる条件を有した走査光学系についても、その課題の解決は、感光体の材料の選択や、ポリゴンミラーの面数、走査レンズの配置、長さ等の設定によっては、再反射光の光路上静止ゴースト像をそもそも発生させないようにすることができるからである。現に、被告においては、LBP等にCdS系感光体が使用されていた時期には課題が存在したものの、感度を上げるため感光体への光の吸収を大きくし散乱反射を押さえたり、解像度を上げるために感光ドラムの表面を粗面にならないよう鏡面状にするために、アモルファスシリコン系感光体がLBP等に使用されるようになると、感光体の散乱反射が著しく減少し静止ゴースト像は有害像を形成しなくなっている。また、製品の小型化、ポリゴンミラーの回転数を上げることによる高速化の要請から、ポリゴンミラーに小径のものが多く用いられるようになるのと同時に、ポリゴンミラーの反射面の有効利用、走査の精度の向上の要請から、レーザー光源が第2結像光学系の光軸に近い位置に配置される製品が増えてきて、これらの結果再反射光の光路上静止ゴースト像が形成されない機種が大半を占めている。被告において、このような変化が、本件特許発明がなされた後短期間のうちに起こった結果、静止ゴースト像除去という課題は、本件特許発明の開発後早い時期にほとんど無意味なものとなったものである。現在、光学系の配置を決定するものは、上記のとおり製品の小型化、ポリゴンミラーの反射面の有効利用、走査精度の向上であり、静止ゴースト像の除去は全く考慮されていない。被告においては、このように課題が既に無意味となっていることから、本件特許発明は、存在意義を失っているものである。
b) 本件特許発明は、LBP等に関する膨大な技術の一つにすぎないため、それ自体では実施許諾契約を成立させる力を有しない。
 本件特許発明はLBP等の膨大な技術の一技術にすぎないため、これのみ実施許諾を受けても相手方はLBP等に関する事業を行い得ない。また、本件特許発明は必須特許でないため、その実施許諾を受けなくても相手方は事業を行うことが可能である。また、既に述べたとおり、本件特許発明は、実際に締結されたすべての被告ライセンス契約の交渉において非提示特許であり、その内容・実施状況やその見込みが問題とされず、網羅的で膨大な数の特許等により構成される対象特許の特許群の一構成物として抽象的に認識されていたにすぎないものであって、ライセンス契約の締結に対する寄与・貢献もない。
c) 原告は、甲12対応表を根拠に、本件特許発明が被告のレーザー走査光学系を使用する製品すべてに実施されており、被告自身それを認めていた、と主張する。しかし、甲12対応表は、本件特許発明の正確な技術的範囲に基づかない、誤った実施状況が記載された資料である。したがって、甲12対応表は、本件特許発明が被告のすべてのLBP等に実施されていることを示すものでも、被告がそのことを認めていたことを示すものでもない。
d) 原告は、本件特許発明は、LBP等の技術において心臓部である走査光学系について、被告が多数保有する特許のうちで、被告において、特級であると唯一評価された重要な特許である、と主張する。しかし、特許発明の重要度は、当該特許発明が製品開発において重要で解決困難な課題を解決したか、代替技術・回避技術のない必須技術であるか等によって決せられるものである。本件特許発明は、LBP等の製品開発において、解決の容易な課題に関する技術であり、前記のとおり代替技術・回避技術が多数存在し、ライセンス契約においてはLBP等に関する膨大な非提示特許の特許群の一つにすぎない以上、重要な発明とは到底いえない。また、後述のとおり、本件特許発明に対する特級評価は誤った評価であり、かかる誤った評価により本件特許発明の重要度が判断されてはならない。
イ 本件特許発明の自社実施状況について
 甲12対応表に記載されたすべての被告機種につき、本件特許発明の実施の有無は以下及び別表2のとおりである。
a) 構成要件Aの基本光学構成を有することにつき、これに該当しない機種が1機種存在する。LBPではなく、LEDプリンタ(発光ダイオードを用いたプリンタ)である。
b) 構成要件Bのfθレンズを有することについては、これに該当しない機種はない。
c) 構成要件Cに関し、共役型倒れ補正光学系であることとの要件を充たさない(代替技術Dを実施している。)機種が6機種存在する。また、第2結像光学系に平行光束が入射することとの要件を充たさない(代替技術Cを実施している。)機種が14機種存在する。
d) 構成要件Dの静止ゴースト像が形成され、これを除去する走査光学系であることにつき、
@ 再反射光が、その光路により、被走査媒体の有効走査巾外に結像しない走査光学系は、本件特許発明を実施していない(代替技術Bを実施している。)。
 この判定のため、上記a)の1機種及びc)の代替技術Dを実施している6機種を除くすべての機種の走査光学系について、CAD及び光学シミュレーションシステムに入力し再反射光の光路の解析を行ったところ、再反射光が第2結像光学系のすべてを通過する機種は9機種、再反射光が第2結像光学系に入射せず、又は入射しても第2結像光学系のすべてを通過しない、すなわち要件Dに該当しない機種が、38機種ある。上記38機種中、4面以下のポリゴンミラーを採用している機種は8機種である。
A 感光体の反射特性、感度、現像条件等(以下「感光体特性」という。)により、再反射光が感光体に有害像たる静止ゴースト像を形成しない走査光学系は、本件特許発明を実施していない(代替技術Aを実施している。)。
 この判定のため、上記@により本件特許発明を実施していないことが明らかな38機種以外の9機種について、感光体特性の解析を行った。被告製品に用いられている感光体には、大別してCdS(硫化カドミウム)系感光体、OPC(Organic Photo Conductor、有機感光材)系感光体、及びアモルファスシリコン系感光体があり、反射特性の点からは、CdS系感光体が他の2者に比し非常に散乱反射しやすい。CdS系感光体については、LBPの感光体として用いた場合、レーザーの光量によっては、感光体からの散乱反射により発生する再反射光が感光体上で有害像を形成する場合があるものと考えられる。1機種(別表2の製品名「LBP−10U」のLBP)については、感光体にCdSを用いており、静止ゴースト像が有害像として形成される場合があるものと考えられるので、本件特許発明を実施しているものと認める。6機種については、感光体にOPCを用いており、本来は精密な計算や実験を行わなければ本件特許発明を実施しているか否かの判断をなし得ないものであるが、静止ゴースト像が有害像として形成される場合がある可能性が必ずしも否定できないので、別表2においては一応「○」とした。他の2機種については、感光体にアモルファスシリコンを用いており、解析の結果、本件特許発明を実施していない(乙142)。
e) 代替技術Fのダブルパス方式を採用しており、第1結像光学系と第2結像光学系のなす角αが存在しないため、要件Dに非該当となる機種が、1機種ある。
 以上によれば、OPC系感光体を用いた機種については実施とすることを前提とすると、甲12対応表に記載された機種のうち、被告において本件特許発明を実施している機種は、LBP1機種(38機種中)、及びMFP等6機種(LEDプリンタ1機種を含む16機種中)の計7機種(54機種中)であり、本件特許発明を実施していない機種はLBP37機種(38機種中)、及びMFP等10機種(同16機種中)の計47機種(54機種中)である。
ウ 本件特許発明の他社実施状況について
 本件特許発明の他社製品における実施状況は、本件特許の包括ライセンス先である三星電子につき2001年ころ調査をした際、調査対象となった全機種で実施していないことが判明したことを除き、被告において調査等しておらず、不明である。しかし、他社の実施状況が、被告における実施状況を超えることはないと考えられる。
 そもそも、他社製品における本件特許の実施の有無については、本来原告が立証責任を負うべきものであるところ(東京地方裁判所平成18年6月8日三菱電機事件判決)、 原告は、本件訴訟提起後3年が経過した現時点においても、本件特許が実施された他社製品を、1機種たりとも立証できていない以上、本件特許発明は他社製品において実施されていないと認定されるべきものである。被告は、裁判所の釈明に従い、乙208及び乙209号証を提出したが、これらによる被告における本件特許の実施率から、他社の実施率を推認することを認めるものではない。
 仮に、本件特許の自社製品における実施割合から、他社製品における実施割合を推認するのであれば、自社製品の売上高に基づいてではなく、機種数に基づいて他社実施率を推定すべきである。すなわち、被告が裁判所の釈明に応じ開示した自社実施率は売上高に基づくものであるが、各機種の売上は、製品デザインや広告宣伝など、技術以外の要素に大きく左右される以上、相当の対価の算定にあたっての実施率を売上高に基づいて算出するのは、実態からかけ離れたものとなりかねず適切でない。相当の対価の算定にあたっては、本件特許発明の実施率は、当該技術がどの程度製品に採用されたかという「技術登載率」という観点から算定されるべきであるから、被告における実施率も、被告が従前から開示している機種数に基づいて算定されるべきである。
 また、本件特許の自社製品における実施割合から、他社製品における実施割合を推認するのであれば、以下の理由により、被告における実施割合より低い数字が認定されるべきである。
a) ライセンシーは、ライセンスを受けていても可能な限り他社の特許技術を使わずに、自社の技術を使って製品を開発することが多いこと。すなわち、自社において開発を行なう企業は、ライセンスを受けている場合であっても、自社の開発機能の維持・発展のために、はたまたライセンス契約更新時における交渉力維持のために、通常可能な限り、他社の特許技術を使わず、自社技術を使いながら製品開発を行なうものであるから、本件特許が回避の容易な特許である以上、他社における実施率は被告におけるそれより相当程度低いものと推定されるべきである。
b) 本件特許が実施された他社製品は、1機種たりとも立証されておらず、かえって被告がライセンス交渉の際、例外的に三星電子の製品につき、本件特許の実施の有無を調査したところ、調査したすべての製品において本件特許を実施していないことが判明している。
c) 被告においてさえ実施率は年々低下している。すなわち、乙208によれば、番号35及び38の非実施2機種の売上げが1997年から発生し、番号39乃至42の非実施4機種の売上げが1998年から発生し、他方、番号14、19及び21の実施3機種の売上げが1998年又は1999年から零となっていて、1998年から2000年では、全体として番号27、28、31、34ないし42の非実施12機種の売上げの占める割合が増大していることが明らかに見てとれるのであり、被告のLBPにおいて、比較的新しい製品には本件特許が実施されない傾向が示されているものである(乙208)。
d) 1993年以降2001年までに発売されたLBP18機種中、本件特許発明が実施されていた機種は、僅か3機種にすぎず、本件特許発明の実施率は16.7%であり、新しい製品には本件特許が実施されない傾向が顕著である(乙208)。
エ 本件特許発明の特級評価、優秀社長賞の授与、及び発明協会に対する推薦の誤りと本来の妥当な評価について
a) 「実績に対する対価」としての「特級」の評価について
@ 実績対価の評価手続の概要
 本件特許発明の評価がなされた平成6年(1994年)当時、実績対価の評価手続の概要は、特許審査委員会が、登録番号を付与された特許中、実績により会社に貢献したと認められるものについて、自社実施度、製品貢献度、技術基本度、及び他社活用度を基準に、実績対価の評価を決定していたものである(乙2の5の「被告取扱規程」21条1項)。その決定手続は、開発部門が、部門内の特許の中から申請すべき特許を選択し、当該特許の実績対価支払の基準となる実績対価等級を開発部門の意見として決定し、これを付して知的財産法務本部に実績対価の支払をなすべき特許を申請し、該申請を受けた知的財産法務本部の対価査定検討会が申請にかかる特許について検討し、最終的には、特許審査委員会が、上記検討結果に基づき、実績対価等級を決定するというものである。
 実績対価の評価では、通常、権利元である開発部門のほうが、知的財産法務本部以上に当該特許の自社実施度等についてよりよく知り得る立場にあることから、開発部門の意見に一見して明白な誤りがない限り、同部門の申請等級が尊重される。このような評価の運用のもとでは、結果として誤った実績対価評価がなされることがある。本件の特級評価はその一例である。
A 本件特許発明の実績対価の評価手続の概要
 本件特許発明は、平成5年(1993年)7月14日に特許登録されたことから、翌平成6年(1994年)の上期に実績対価の評価が行われた。
 この手続きとしては、まず映像事務器事業本部とともにLBPの開発・製造部門である周辺機器事業本部が、同年4月上旬から中旬に、本件特許発明の実績等の有無及び実績対価等級を検討し、同年5月上旬に、特級(対価15万円)として知的財産法務本部に申請した。知的財産法務本部は、上記申請を受けて、同年5月下旬、対価査定検討会を開催し、本件特許発明につき同事業本部の意見どおり、特級(対価15万円)と判断したが、対価査定検討会のプレゼンテーションにおいて、当時、知的財産法務本部特許第5部長であったH iiらは、本件特許発明がLBPのほとんどすべてにおいて実施されているとの事業本部の申請内容に従って、そのまま説明した。その後特許審査委員会は、対価査定検討会の検討結果に基づき、本件特許発明の実績対価を特級(対価15万円)と決定した。
B 特級の評価が誤ってなされたものであることについて
 本件特許発明の技術的範囲につき、先述のとおり、被走査媒体からの散乱光束が偏向器の隣接する反射面に入射し、再度反射して第2結像光学系を透過し、被走査媒体面上に集中して形成され、かつ感光体に有害像として形成される像たるゴースト像を被走査媒体面の有効走査巾外に形成することにより、有効走査巾内に有害像として現れないようにするものとの正しい解釈に従えば、本件特許発明は大多数の被告製品で実施されておらず、到底「特級」の評価が与えられるべきものでなかった。
 ところが、知的財産法務本部の対価査定検討会は、開発部門の実績評価担当者の本件特許の実施状況の報告に基づいて本件特許発明を特級と評価し、特許審査委員会は、対価査定検討会の検討結果をうけて、同様の評価及び15万円の対価支払いを決定したものである。
b) 優秀社長賞の表彰について
 平成10年(1998年)8月に本件審決取消訴訟が請求棄却となったのを踏まえて、平成11年(1999年)1月、周辺機器事業本部が、本件特許発明を社長賞候補として知的財産法務本部に対して推薦し、同年2月末、知的財産法務本部の審議会は、H ii らによるプレゼンテーションに基づいて、本件特許発明を社長賞候補として選択し、同年3月末、特許審査委員会は、審議会の検討結果を受けて、本件特許発明を審査し、優秀社長賞と決定した。
 本件特許発明が社長賞候補として推薦され、優秀社長賞として表彰されたのは、平成6年(1994年)の同発明の特級の誤評価をもたらした事情、及び特級の評価それ自体の影響から、同様の判断が繰り返されたためである。
c) 社団法人発明協会への推薦及び東京支部長賞の受賞の経緯について知的財産法務本部は、本件特許発明の平成6年(1994年)の特級評価、平成11年(1999年)の優秀社長賞の授与、及び平成13年(2001年)10月の本件特許の存続期間満了に鑑み、平成12年(2000年)3月に、本件特許発明を発明協会へ推薦する旨決定し、同年4月上旬、推薦を行ったところ、同年8月末に、本件特許を東京支部長賞に決定した旨の通知が、発明協会より被告に対して送付されたものである。
 知的財産法務本部は、上記特級評価及び優秀社長賞授与の事実を重視し、かつ、これらの前提となった本件特許発明の実施状況に関する開発部門の判断に依拠して、発明協会に対し推薦を行ったものであるが、前述した本件特許発明の技術的範囲に関する正しい解釈に従えば、本件特許発明は多くの被告製品において実施されておらず、その価値は大きいものではなく、本件特許発明の発明協会に対する推薦も誤ってなされたものであることは明らかである。
d) 再評価申請に対する被告の対応について
@ 再評価手続の概要
 再評価手続は、発明者の再評価申請に応じて、知的財産法務本部の審議会が、当該申請にかかる特許につき、その後の実績により顕著な差異が生じ、従前の実績対価等級を見直す必要があるか否か検討し、等級を上げるべきと判断した場合は、特許審査委員会の決定を経て、従前の実績対価の評価時に支払われた金額との差額が発明者に対して支払われるものである。
A 本件特許発明の再評価について
 知的財産法務本部は、平成13年(2001年)10月22日、原告から本件特許発明につき再評価申請を受け(乙7)、開発部門に対し本件特許発明の自社実施状況等の再検討を依頼したところ、同開発部門は、平成6年(1994年)に同発明の特級の評価をもたらした先述の事情、及び特級評価と優秀社長賞授与の事実の影響から、特級評価の際と同様の誤判断を繰り返し、甲12対応表を作成した。もっとも、本件特許は、既に実績対価等級において特級と評価されており、その上の等級である「超特級」と評価されるためには、基本特許又は原理特許と評価されねばならないところ、本件特許がLBPにおける基本特許でも原理特許でもないことは、甲12対応表で示されていた本件特許の被告における実施状況にもかかわらず、本件特許発明を実施していない第三者製品の存在していたことが判明していたので、「超特級」とは再評価されなかった。
 なお、甲12対応表においては、反射面が4面以下の偏向器を有する8機種等、本件特許を実施していない機種までもが本件特許を実施していると判断されており、特級評価時のみならず再評価時においても、開発部門が本件特許の技術的範囲の解釈を誤っていたことが認められる。
e) 原告の平成15年6月26日付け「通知書」受領後の被告の対応と誤評価の判明について
 被告は、平成15年(2003年)6月27日、原告より、本件特許発明を含む複数の特許につき、原告の受けるべき「相当の対価」の額が「少なくとも10億円以上に上」るので、「本件各発明の相当対価として1億円の支払い」を請求するとの、同月26日付「通知書」(甲10、以下「本件通知書」という。)を受領した。被告が、至急、本件通知書に記載された各特許について、再度実施の有無等を検討し、知的財産法務本部が、開発部門の行った本件特許の自社実施状況の判断を検討し直した結果、開発部門の担当者が本件特許発明の技術的範囲について正確な解釈をせずに、自社製品における本件特許の実施状況につき誤った判断をして特級等の申請・推薦を行い、また甲12対応表の実施状況の記載を行ったことが判明した。なお、被告のその後の調査・検証により、本件特許発明は、被告製品の多くに実施されていない、重要度の低い特許であることが判明し、確認された。
 被告は、平成15年7月11日付回答書において、本件特許が基本特許又は原理特許であるとの原告の主張に反論するため、上記角度αを上記条件式の値よりも小さく選定していないにもかかわらず、静止ゴースト像を発生させない技術があり、他社製品で実用化されていること(例えば、三星電子のCF5800、QL7000、QL6050、ブラザーHL−10DV、HL630、QMS社QMS Color Script Laser1000、合計6機種)、及び4面の偏向器を有し、ゴースト光束が第2結像光学系を再透過しないため、静止ゴースト像がそもそも発生しない倒れ補正光学系を用いた走査光学系があること(例えば、富士ゼロックスのLaserWind 1040W、MannessmanTally社T9104W、日本電気PC−PR1000E/4、セイコーエプソンLP1500及びLP1000、合計5機種)を回答した。
f) 本件特許発明に対し本来与えられるべきであった実績対価評価について
 被告において特級の実績対価評価が与えられた発明の典型例は、@NPプロセス原理特許、Aブレードクリーニング、Bバブルジェット原理特許などである(乙139ないし141)。特級の発明は、@及びBの特許のように被告の新規事業の立ち上げを可能とした根幹技術の原理特許で、同技術を実施するため必須となる特許や、Aの特許のように原理特許・基本特許ではないがその効果に優位性があり、実施率が極めて高い特許である。
 一方、本件特許発明は、当初の実績対価評価において、Aと同様に実施率が極めて高いと誤って認識され、特級の実績対価評価が与えられたものであるが、正確な技術的範囲や代替・回避技術の存在及び実施状況に照らして判断すれば、特級の実績対価評価を与えられるべき特許ではなかった。
 なお、特級の実績対価評価が与えられた発明について、原告はLBPに関わる多数の特許のうち、特級が与えられた特許は本件特許発明以外に1件であると主張しているが、特級評価を与えられた上記@及びAは、ともにLBPに関わる特許であり、これ以降も特級の実績対価評価が与えられたLBP関連発明は多数現れているので、原告の上記主張は客観的事実として誤りである。
 3級の実績対価等級が与えられた特許(乙148ないし150)及び4級の実績対価等級が与えられた特許(乙151ないし153)に鑑みると、本来、本件特許発明には、特級ではなく、4級程度の実績対価評価が与えられるべきであった。
6 争点3−4(被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許発明により得た利益の額)について
(1) 原告の主張
 被告が本件各特許発明により受けるべき利益の額については、次のとおり算定すべきである。なお、原告は、本件特許発明について、権利の存続期間の満了日である平成13年(2001年)10月20日までの、本件各米国特許発明について、平成17年(2005年)12月31日までの、本件ドイツ特許発明について、権利の存続期間の満了日である平成14年(2002年)10月19日までの、各期間について、相当の対価を請求する。
A) 算定方法1及び算定方法2(光学ユニットの単価を基準とする方法)について
ア 総説
 本件各特許発明は、LBPやMFP等のうちの走査光学系という部分の技術にのみ関するものであり、光学系ユニットに最も直接的に実施されていることから、LBPやMFP等の本体ではなく、光学系ユニット単体を基礎として実施料の計算を行うのが妥当である。
イ 包括クロスライセンス契約における「使用者等が受けるべき利益」について
 被告の主張によれば、本件各特許は、すべての被告の包括クロスライセンス契約の対象特許となっている。このように、職務発明が包括クロスライセンス契約の対象となっている場合における相当の対価の算定は、次のような、種々の困難な問題を伴う。すなわち、包括クロスライセンス契約では、相互に無償の場合には、クロスライセンスしている特許全体の価値(クロスライセンス契約がなければ、被告が支払うべきであった実施料又は被告に対し支払われるべきであった実施料)を算出することは容易ではない。同様に、包括クロスライセンス契約が有償であったとしても、クロスライセンスしている各当事者の対象特許の価値が等しく、お互いに支払うべき実施料を実質的に相殺した部分(無償部分)というものが観念でき、この無償部分も含めた全体の実施料を算定するということは極めて困難である。さらに、包括クロスライセンス契約の対象となった全特許中に占める本件特許の価値(寄与率)を把握することもやはり困難である。
 そこで、職務発明が包括クロスライセンス契約の対象となっている場合においても、相当の対価の算定は、当該職務発明が個別のライセンス契約の対象となった場合を想定して、独占の利益を算出するのが合理的である(甲127参照)。
 被告が提出した東京大学のK i 教授の意見書(乙211、以下「K ii 意見書」という。)は、ある特許が包括ライセンス契約の対象となっているときに、当該特許単独のライセンスに基づいて相当の対価を算定することは、エレクトロニクスの分野では実態にそぐわず、フィクションの域を超えるナンセンスであると述べている。
 しかし、エレクトロニクスの分野という概念が抽象的すぎ、同意見書のいう「エレクトロニクスの分野における実態」自体が必ずしも明らかではない。また、仮に、同意見書がいうところの実態が真実であったとしても、原告は、実態に即して、クロスライセンス契約がなければ被告が支払うべきであった実施料又は被告に対し支払われるべきであった実施料に基づいて相当の対価を算定した場合には、種々の困難な問題を伴うことから、当該職務発明が個別のライセンス契約の対象となった場合を想定して、独占の利益を算出するのが合理的であると主張しているのであるから、実態にそぐわないということは、原告の主張を否定する根拠とはならない。
 被告は、本件各特許は単独でライセンス契約を成立させる力がないので、単独でのライセンス収入は想定できない旨主張する。しかし、本件各特許は必須特許であって、単独でライセンス契約を成立させる力を持つものであることは明白であることから、被告の主張は失当である。
ウ 本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」の算定方法について
 本件各特許は、LBP及びMFP等に必須の技術に関する特許であり、その実施許諾を受けなければLBPの製造、販売は極めて困難であるので、本来は、LBP等の本体の出荷相当額を基準に算定すべきである。
 しかし、本件各特許発明は走査光学系に係る技術のみに関するものであり、光学系ユニットに最も直接的に実施されている。そして、光学系ユニット単体を基礎としてロイヤリティの計算を行えば、光学系ユニット以外のLBP技術について考慮する必要がなく、光学系ユニットに係る技術のみを計算の基礎としてロイヤリティを計算することができるのであるから、本件各特許発明に対するロイヤリティ相当額を計算するにあたっては、光学系ユニット単体をロイヤリティの計算の基礎とする方が、光学系ユニット以外のLBP技術も含まれるLBP全体をロイヤリティ計算の基礎とするよりも合理的である。
 よって、本件各特許発明をライセンスしたと仮定した場合の被告の得べかりし実施料は、少なくとも「本件各特許発明を実施した光学系ユニットの出荷相当額」に「通常であれば設定されたであろう実施料率」を乗じることにより算定できる。そして、LBP等の製品一台に、上記ユニットが少なくとも一台用いられるため、LBP等の製品の出荷台数は上記ユニットの出荷台数以上となる。したがって、上記「本件各特許発明を実施したレーザー走査光学系ユニットの出荷相当額」は、少なくとも「光学系ユニットの単価」に、「第三者製品の出荷台数及び被告製品の累積出荷台数」及び「製品における本件各特許発明の実施率」を乗じることにより求めることができる。
 以上より、算定式をまとめると、次のようになる。
 本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」=「光学系ユニットの単価」×「累積出荷台数」×「本件各特許発明の実施率」×「本件各特許の実施料率」
エ 算定式の各構成要素について
a) 光学系ユニットの単価
 本件各特許発明を実施したLBP及びMFP等の製品におけるレーザー走査光学系ユニットの単価は、1980年代前半における事業開始当初は1ユニットあたり約1万円程度であった。しかし、その後の事業規模の拡大と生産効率の向上に伴い、同ユニットの原価は低減したので、管理費などを考慮すると、本件各特許の存続期間内において生産された同ユニットの平均出荷単価は少なくとも4000円以上とするのが相当である。
 被告は、光学系ユニットを基準とする計算は、現実と乖離していると主張し、また、製品の販売額等について現実の第三者統計資料のデータがなく、かかる計算には信頼性がないと主張する。しかし、光学系ユニットのみを販売している企業は多数存在するのであり(甲88ないし90)、光学系ユニット単体が取引の対象となっているのであるから、光学系ユニット単体をロイヤリティ計算の基礎とすることは全く現実と乖離していない。また、走査光学系を製造するメーカーが作成した2003年6月26日付「参考御見積り」(甲118)と題する書面の表の下から2番目及び3番目の欄には、次に示すように、光学系ユニット単体の価格が記載されており、光学系ユニット単体の価格を示す客観的証拠は存在する。よって、被告の上記主張はいずれも失当である。
b) 被告及び他社によるLBP及びMFP等の累積出荷台数
 本件特許発明は、昭和56年(1981年)10月20日に出願されており、その存続期間は平成13年(2001年)10月20日までである。そして、被告及び他社による本件各特許発明の存続期間のLBP及びMFP等の累積出荷台数は、以下のとおりである。
@ 被告によるLBPの累積出荷台数
 「キヤノン史」(甲20)及び「キヤノン史年表」(甲21ないし23)によれば、被告におけるLBPの累積出荷台数は、少なくとも1987年9月12日に100万台、1990年6月末に500万台、1993年9月末に1000万台、1996年2月末に2000万台、1999年6月末に5000万台であったと認められる。とすれば、1996年3月初めからから1999年6月末までの間の出荷台数の合計は、5000万台−2000万台=3000万台であり、その間の月平均出荷台数は、75万台(3000万台/(3×12+4))である。そして、1999年7月以降も少なくとも月75万台の出荷があるといえるので、2000年末における累積出荷台数は、6350万台(=5000万台+75万台×(1×12+6))、2001年9月末における累積出荷台数は、7025万台(=6350万台+75万台×9)と算定できる。以上より、被告による本件特許の存続期間のLBPの累積出荷台数は、7025万台と算出できる。
A 他社によるLBPの累積出荷台数
 被告のグループ会社であるキヤノン電子株式会社のホームページによれば、キヤノンLBPエンジンは、世界シェアの65%以上を占める旨記載されている(甲25)。したがって、被告の世界市場におけるLBPのシェアを65%と仮定すると、第三者のLBPの出荷台数は、被告のLBP出荷台数に0.35/0.65を乗じることによって算出でき、他社による本件特許の存続期間のLBPの累積出荷台数は、約3783万台(7025万台×0.35/0.65)と算出できる。
B 被告によるMFP等の累積出荷台数
 被告によるMFP等の累積出荷台数は、以下のようにして求められる。
(i) MFP等の国内メーカーによる出荷台数の合計
 株式会社矢野経済研究所のPress Release「2002年版 複写機市場の展望と戦略」の「カテゴリー別出荷台数予測(国内及び海外)」(甲24の3枚目記載の表)における、カラーデジタル機及びモノクロデジタル機の製品(これらの製品は「MFP等」に含まれる)の国内メーカーによる出荷台数は、1999年が146万台(うち国内出荷台数56万台、海外出荷台数90万台)、2000年が177万台(うち国内出荷台数64万台、海外出荷台数113万台)、2001年が219万台(うち国内出荷台数67万台、海外出荷台数152万台)である。なお、上記資料のMFP等には、本請求に直接関連するLBP方式の製品のみならず、LED方式の製品も含まれている可能性があるが、LED方式の製品の出荷台数は極少数であるので、出荷台数の算出にあたり考慮しないものとする。
(ii) 被告の国内シェア
 上記「2002年版複写機市場の展望と戦略」(甲24)によると、2001年度における被告の国内での出荷台数は、20万6000台であり(甲24の3枚目8行)、被告の国内出荷台数デジタル化率は71.8%であるから(甲24の4枚目の表「国内出荷台数デジタル化比率の推移」)、アナログ機を除いた出荷台数は14万7908台(20万6000台×71.8%)である。そして2001年度の国内メーカーによる国内でのアナログ機を除いたMFP等の総出荷台数は66万7000台であるから(甲24の3枚目の表「カテゴリー別出荷台数予測(国内)」)、被告の国内でのシェアは、22.1%(14万7908台÷66万7000台)となる。
(iii) 被告の海外シェア
 2001年度における被告の海外での出荷台数は、45万5000台であり(甲24の3枚目11行)、被告の海外出荷台数デジタル化率は80.7%であるから(甲24の4枚目の表「海外出荷台数デジタル化比率の推移」)、アナログ機を除いた出荷台数は36万7185台(=45万5000台×80.7%)である。そして2001年度の国内メーカーによる海外でのアナログ機を除いたMFP等の総出荷台数は152万台であるから(甲第24の3枚目の表「カテゴリー別出荷台数予測(海外)」)、被告の海外でのシェアは、24.2%(36万7185台÷152万台)となる。
(iv) 1999年から2001年までの被告の国内及び海外における累積出荷台数
 上記の2001年度における被告の国内及び海外のシェアを、前記のアナログ機を除いたMFP等の出荷台数にそれぞれ乗じることにより、1999年から2001年までの被告の国内及び海外における出荷台数の概数を算出することができる。
 よって、本件特許の前記存続期間において被告が出荷したMFP等の製品の出荷累計台数は、2000年までの出荷累計台数約75万台(1999年の34万台+2000年の41万台)に、2001年単年の出荷台数約52万台の4分の3(1月から9月の9か月分)である39万台を加えた約114万台を下らない。
C 他社によるMFP等の累積出荷台数
(i) 「2002年版複写機市場の展望と戦略」(甲24)に基づく算定方法
 「2002年版複写機市場の展望と戦略」(甲24)によれば、2001年度における被告の国内シェアは22.1%であるから、他社の国内シェアは77.9%となる。また、被告の海外シェアは24.2%なので、他社の海外でのシェアは75.8%となる。これらの被告の国内及び海外のシェアを、前記のアナログ機を除いたMFP等の出荷台数にそれぞれ乗じることにより、1999年から2001年までの他社の国内及び海外における出荷台数の概数を算出することができる。
 よって、本件特許の前記存続期間において他社が出荷したMFP等の製品の出荷累計台数は、2000年までの出荷累計台数約248万台(1999年の112万台+2000年の136万台)に、2001年単年の出荷台数約167万台の4分の3(1月から9月の9か月分)である125万台を加えた約373万台を下らない。
(ii) 乙88に基づく算定方法
 乙88によれば、MFP等について、実施許諾先におけるユニットの販売台数は約836万台となっているところ(乙88の最も右下にある欄を参照。)、出荷台数は当然販売台数よりも多いことから、実施許諾先におけるユニットの出荷台数は少なくとも約836万台を下ることはないことになる。そこで、原告は、被告提出の乙88を基に他社によるMFP等の累積出荷数量を算定した算定方法2を予備的に主張する
D 小括
 被告及び他社によるLBP及びMFP等の累積出荷台数をまとめると、以下のとおりである。。
 被告のLBPの累積出荷台数:7025万台
 他社のLBPの累積出荷台数:3783万台
 被告のMFP等の累積出荷台数:114万台
 他社のMFP等の累積出荷台数:373万台、又は836万台
c) 本件各特許発明の実施率
 レーザー走査光学系を使用するLBP及びMFP等における本件特許発明の実施率は、甲12対応表によれば、100%である。また既に述べたように、本件各特許発明には代替技術というものが存在せず、本件各特許発明の技術的範囲は、すべてのLBP及びMFP等をカバーするものであるから、競合メーカーが本件各特許発明の技術的範囲に含まれない製品を製造することは不可能である。よって、本件各特許発明の実施率は100%である。
 被告は、本件特許発明の実施状況は、LBP38機種中1機種、MFP等16機種中6機種、計54機種中7機種である旨主張する。しかし、かかる被告の主張は、再反射光が第2結像光学系を通過しない走査光学系を用いる技術、及び、感光体特性上、ゴースト像が有害像とならないような走査光学系を用いる技術が、本件特許発明の技術的範囲に属しないことを前提とするものであって、かかる前提が誤りであることは、既に述べたとおりである。
d) 本件各特許の実施料率
 本件各特許が必須・回避不能な重要な特許であり、遅くとも1983年から現在に至るまで長期にわたり被告及び他社のLBP及びMFPのほとんどすべての製品において本件各特許発明が実施されていること、本件各特許発明の実施は容易であり、コストがかからないこと、本件特許発明が当時最高の特級と評価され、また優秀社長賞に賞せられる等、本件特許発明が高く評価されていることなどを考慮すると、本件各特許の実施料率は通常の特許の実施料率よりもはるかに高いと考えられる。そして、発明協会発行の「実施料率(第4版)」(甲19)によれば、プリンタ等の「その他の機械」の分野における実施料率について、10%以上の実施料率を設定した契約が10%弱あることからすると(甲19の93頁表16‐2の「昭和63年〜平成3年度別総件数累積」の部分)、本件各特許の実施料率は、少なくとも10%は下らない。よって、本件各特許の実施料率は少なくとも10%である。
 なお、被告は、LBP等を製造・販売しようとする者は、本件各特許のみならず、他の膨大な数の被告が保有する特許の実施許諾を受ける必要がある等の理由から、単独特許の実施料率として10%という数字はあり得ないと主張する。しかし、原告は、10%という数字を光学系ユニット単体を基準に計算する際の実施料率として主張しているのであって、LBPやMFP等の全体の価格に対する実施料率として主張しているわけではないのであるから、被告の主張は失当である。
オ 本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」について
 本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」は、以下の計算式のとおり、451億8000万円又は470億3200万円と算定できる。
 {「光学ユニット単価」×「被告のLBP及びMFP等の累積出荷台数」×「本件各特許発明の実施率」×「本件各特許の実施料率」}+{「光学ユニット単価」×「他社のLBP及びMFP等の累積出荷台数」×「本件各特許発明の実施率」×「本件各特許の実施料率」}
 ={4000円×(7025万台+114万台)×100%×10%}+{4000円×(3783万台+373万台(又は836万台))×100%×10%}
 =285億5600万円+166億2400万円(又は184億7600万円)
 = 451億8000万円(算定方法1)
 又は470億3200万円(算定方法2)
B) 算定方法3及び算定方法8ないし算定方法10(包括クロスライセンス契約に基づき相手方が被告に本来支払うべき実施料を基準とする方法)について
ア 総説
 被告の主張によれば、被告がLBP及びMFP等に関して締結したライセンス契約は、すべて実質的には包括クロスライセンス契約である。包括クロスライセンス契約がなされた場合における「使用者等が受けるべき利益の額」については、被告がライセンス契約を締結した相手方が当該発明の実施に対するものとして支払うべきであった実施料を求めることによって算定することも可能である。そこで、以下、相手方が当該発明の実施に対するものとして支払うべきであった実施料を求めるための算定方法を検討する。
イ 算定方法3について
 相手方が本件各特許発明の実施に対するものとして支払うべきであった実施料は、以下の算定式のように、「相手方のLBP及びMFP等の売上」に「実施料率」及び「寄与率」を乗じることで算定できる。
本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」=
「相手方のLBP及びMFP等の売上」×「実施料率」×「寄与率」
a) 相手方のLBP及びMFP等の全世界における売上
 各年度における為替レートの平均値をもとに相手方のLBPの売上を算定すると、6兆3532億4700万円となる(甲103)。また、被告の主張によれば、MFP等については5兆5784億8600万円である。したがって、相手方のLBPの売上(6兆3532億4700万円)と、被告が主張するところのMFP等の売上(5兆5784億8600万円)の合計額は、11兆9317億3300万円となる。
b) 実施料率
 発明協会発行の「実施料率(第4版)」によれば、プリンタ、複写機等の「その他の機械」の分野における実施料率の中央値又は最頻値は5%である(甲19、93頁表16‐2の「昭和63年〜平成3年度別総件数累積」の部分)。よって、相手方のLBP及びMFP等の全世界における売上を基準とする相当対価の算定の際に用いる実施料率は5%とすべきである。
c) 本件各特許の寄与率
 平成12年に改正された被告取扱規程によれば、特級の特許発明については150万円、1級の特許発明については50万円、2級の特許発明については15万円、3級の特許発明については5万円、4級の特許発明については1万5000円、5級の特許発明については6000円が、実績による対価として支払われる(乙2の7及び8)。このように、各特許発明に与えられた評価により、実績による対価に差が設けられている。その理由は、被告が、各級における特許について、寄与率の大きさの比が、「特級」:「1級」:「2級」:「3級」:「4級」:「5級」=150万(円):50万(円):15万(円):5万(円):1万5000(円):6000(円)と考えていたからにほかならない。
 被告のLBPの光学系に関する特許発明に関し、特級、1級、2級、3級と評価されたものは、それぞれ、1件(本件特許)、5件、11件、35件である(甲12の右側の欄外の記載参照)。また、被告の周辺機器事業部が管理する特許発明に関し、特級、1級、2級、3級、4級、5級と評価されたものは、それぞれ、1件、4件、34件、184件、185件、145件である(甲104)。
 被告も主張するように、本件特許以外の被告の特許には、本件特許の存続期間の途中で登録されたり、又は、存続期間で終了したりするものもあるため、ライセンス契約の対象となっていた特許群に含まれる登録特許の数を算出するにあたっては、本件特許の存続期間中に被告が有していた登録特許をそれぞれ1/2件として扱うべきである。
 したがって、被告ライセンス契約において特級と評価された本件特許の寄与率は次の通り算定できる。
 本件特許の実績対価/(特級の特許発明の実績対価×特級の特許発明の件数÷2+1級の特許発明の実績対価×1級の特許発明の件数÷2+2級の特許発明の実績対価×2級の特許発明の件数÷2+3級の特許発明の実績対価×3級の特許発明の件数÷2+4級の特許発明の実績対価×4級の特許発明の件数÷2+5級の特許発明の実績対価×5級の特許発明の件数÷2)
 =150/(150×2÷2+50×9÷2+15×45÷2+5×219÷2+1.5×185÷2+0.6×145÷2)≒10.4%
d) 本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」
 以上より、本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」は、以下の計算式のとおり、620億4500万円と算定できる。
 「他社のLBP及びMFP等の売上」×「実施料率」×「寄与率」
 =11兆9317億3300万円×5%×10.4%
 =620億4500万円(百万円未満切捨て)
ウ 算定方法8について
 相手方が本件各特許発明の実施に対するものとして支払うべきであった実施料は、「被告ライセンス契約により支払われるべき実施料」に「寄与率」を乗じることによっても算定が可能である(この場合、「全世界における他社のLBP及びMFP等の売上=11兆9317億3300万円」という要素や、「実施料率=5%」という要素は不要となる。)。そして、被告の主張によれば、「被告ライセンス契約により支払われるべき実施料」は、2246億1300万円である。よって、かかる算定方法を採った場合の本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」は、以下の計算式のとおり、233億5900万円と算定できる。
 「被告の主張による、被告ライセンス契約によって支払われるべき実施料」×「寄与率」
 =2246億1300万円×10.4%
 =233億5900万円(百万円未満切捨て)
エ 算定方法9及び算定方法10について
 相手方が本件各特許発明の実施に対するものとして支払うべきであった実施料は、「相手方の本件特許発明を実施しているLBP及びMFP等の全世界における売上」×「実施料率」×「寄与率」という算定式でも算定が可能である。
a) 相手方の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の全世界における売上
 被告の主張によれば、相手方の全世界における売上は、LBPについては6兆2969億1900万円、MFP等については5兆5784億8600万円である。そして、乙208及び209によると、被告製品中、本件特許発明が実施された被告製品の占める割合は、LBPについては56.54%、MFP等については90.59%である(なお、原告がここで乙208及び209を用いて、本件特許発明の相当の対価を算定しようとしているのは、乙208及び209のほかに、被告製品中に占める本件特許発明の実施品の割合を示した証拠が存在しないからであって、乙208及び209の信用性を認めるものではない。乙208及び209が、極めて不自然で信用できない証拠であることは、後述のとおりである。)。
 とすれば、相手方の本件各特許発明を実施しているLBPの全世界における売上は、3兆5921億2585万円(6兆3532億4700万円×56.54%)と算定でき、相手方の本件各特許発明を実施しているMFP等の全世界における売上は、5兆0535億5046万円(5兆5784億円8600万円×90.59%)と算定できる。よって、相手方の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の製品の全世界における売上は、8兆6456億7631万円(3兆5921億2585万円+5兆0535億5046万円)となる。
b) 実施料率
 算定方法3と同様、発明協会発行の「実施料率」(第4版)により、相手方のLBP及びMFP等の全世界における売上を基準とする相当対価の算定の際に用いる実施料率は5%とすべきである。
c) 本件各特許の寄与率
@ 本件各特許の寄与率は100%と算定すべきであること(算定方法9)
 相手方の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の製品の売上を基に、被告が受けるべき利益を算定する場合には、本件各特許発明を実施している相手方のLBP及びMFP等の製品において、本件各特許発明以外の被告の特許発明がどの程度実施されているか等を考慮した上で、本件各特許の寄与率を算定する必要がある。しかし、被告の一従業員にすぎなかった原告は、その証拠収集能力に限界があるため、かかる本件各特許発明以外の被告特許発明の実施状況について、具体的に立証することはほぼ不可能である。一方、既に述べたとおり、被告は、本件各特許発明以外の被告特許発明についても、他社のLBP及びMFP等の製品における実施状況を調査している。よって、相手方の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の製品における、本件各特許発明以外の被告特許発明の実施状況については、被告の方で具体的に立証すべきである。そして、被告は、現在に至るまで、何ら具体的な立証を行っていない以上、相手方の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の製品において、本件各特許発明以外の被告特許発明が実施されているものが存在していることは未だ立証されていないとみなすべきであるから、本件各特許の寄与率は100%と算定すべきである。
A 本件各特許の寄与率は10.4%を下らないこと(算定方法10)
 仮に本件各特許の寄与率が100%でなかったとしても、本件各特許の寄与率は前述の10.4%を下らない。
d) 本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」
 以上より、本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」は、以下の計算式のとおり、4322億8381万円(算定方法9)又は449億5751万円(算定方法10)と算定できる。
 「相手方の本件各特許発明を実施しているLBP及びMFP等の全世界における売上」×「実施料率」×「寄与率」
 =8兆6456億7631万円×5%×100%又は10.4%
 =4322億8381万円(算定方法9)
 又は449億5751万円(算定方法10)
e) 被告製品における本件特許発明の実施割合から、他社製品における本件特許発明の実施割合を推測することに関する被告の主張について
 被告は、以下のような理由から、乙208及び209において示されている被告のLBP及びMFP等の製品における本件特許発明の実施割合から、他社のLBP及びMFP等の製品における本件特許発明の実施割合を推測することに関し、本件特許発明の他社製品における実施割合は、本件特許発明の被告製品における実施割合より低い数字を用いるべきである旨主張する。
 しかし、以下に述べるとおり、これらの理由は、いずれも当を得ないものであるから被告の主張には理由がない。
@ ライセンシーは、ライセンスを受けても可能な限り他社の特許技術を使わずに、自社の技術を使って製品を開発することが多く見られるとの被告の主張について
(i) 被告は、ライセンシーがライセンサーの特許技術を可能な限り使わずに自社の技術を使って製品を開発する理由は、自社の開発意欲の低下を避けるためだとする。
 しかし、そもそも包括クロスライセンス契約は、他社の特許技術を研究する時間を省くと共に、他社の特許技術を自由に使用できる状況にすることで製品の開発スピードを上げるために締結されるものである。とすれば、被告と包括クロスライセンス契約を締結した他社が、自社の開発意欲の低下を避けるために、わざわざ他社の特許技術を研究しそれを回避するといったことをするとは考えられない。
(ii) 仮に、被告が主張するように、ライセンスを受けても、ライセンシーが可能な限り他社の特許技術を使わずに、自社の技術を使って製品を開発するということが多く見られるとしても、そのことから、本件特許についてライセンスを受けたライセンシーが、可能な限り本件特許の技術を使わずに、自社の技術を使って製品を開発するということにはならない。なぜなら、ライセンシーが、可能な限り他社の特許技術を使わず自社の技術を使って製品を開発しようと考えた場合において、それが可能か否かは、当該他社の特許技術を回避することが容易か否か、代替技術があるか否かによって左右されるところ、本件特許は、基本特許であって回避が困難であり、本件特許発明の代替技術も存在しないからである。
A 本件特許発明を実施していない他社製品の存在が明らかであるとの被告の主張について
 被告は、本件特許発明の他社製品における実施割合について、本件特許発明の被告製品における実施割合より低い数字を用いるべきであると主張するのであれば、本件特許発明の他社製品における実施状況と本件特許発明の被告製品における実施状況が異なり、前者が後者を下回るという事情を示さなければならない。しかし、乙208や乙209によれば、被告製品においても本件特許発明が実施されていないものが存在するのであるから、本件特許発明を実施していない他社製品が仮に存在するとしても、このことは本件特許発明の他社製品における実施状況と本件特許発明の被告製品における実施状況が異なることを示す事情には当たらない。よって、本件特許発明を実施していない他社製品が存在することは、本件特許発明の他社製品における実施割合を低くみるべきであるという主張の根拠にはならない。
B 本件特許発明を躊躇なく実施できるはずの被告においてさえ、本件特許発明の被告製品における実施割合が年々低下しているとの被告の主張について
 次に、被告は本件特許発明を躊躇なく実施できるはずの被告においてさえ、本件特許発明の被告製品における実施割合が年々低下していると主張する。
 被告は、乙208及び乙209に基づいてこのような主張をしていると考えられるが、乙208及び乙209は極めて不自然で信用できない証拠であり、本件特許発明の被告製品における実施割合が年々低下しているという事実を認める証拠にはならない。すなわち、乙208によれば、本件特許発明の実施割合が、ほとんどの年においておよそ************とされているのにも関わらず、1998年から2000年の3年間においては***********と、突然他の年の1/60ないし1/6程度に激減しており、乙208には明らかに不自然な点が存在する。また、乙208及び乙209は、各年度における被告のLBP及びMFP等の製品の売上額について黒塗りがなされているものであるところ、被告がこのような黒塗りを付する正当な理由は何ら存在しない。仮に、乙208及び乙209は信用するに足りる証拠であると被告が主張するのであれば、これを原告に開示することに不都合はないはずである。よって、本件特許発明の被告製品における実施割合が年々低下していることから、本件特許発明の他社製品における実施割合は本件特許発明の被告製品における実施割合よりも低くみるべきであるという被告の主張は、そもそもその前提となる事実が証明されていないのであり、到底認められるべきものではない。
C 本件各特許の効力が及ばない国で製造及び販売された製品が存在し得るとの被告の主張について
 被告は、本件各特許の効力が及ばない国で製造及び販売された製品が存在し得ると主張する。しかし、被告の当該主張は具体的な根拠に基づく事実を指摘したものではなく、単なる推測にすぎない。また、仮に本件各特許の効力が及ばない国で製造及び販売された製品が存在したとしても、本件各特許の効力の及ばない地域というのは、被告が当該地域において特許を取得してもメリットは少ないと考え、あえて特許を取得しなかった地域なのであるから、当該地域で製造及び販売がなされた本件各特許を実施した製品は極めて少ないと考えるのが合理的である。とすれば、当該地域で製造及び販売された本件各特許発明を実施した製品が仮に存在したとしても、そのことは、本件各特許発明が実施された他社製品の実施割合を検討する上で、特に考慮に値しないというべきである。よって、被告の当該主張も、本件各特許発明の他社製品における実施割合を低くみるべきであるという主張の根拠にはならない。
C) 算定方法4ないし算定方法7(包括クロスライセンス契約に基づき被告が相手方に本来支払うべき実施料を基準とする方法)について
ア 総説
 算定方法3及び8ないし10は、包括クロスライセンス契約がなされた場合における「使用者等が受けるべき利益の額」について、相手方が本件特許発明の実施に対するものとして支払うべきであった実施料を求めることによって算定した。しかし、包括クロスライセンス契約がなされた場合における「使用者等が受けるべき利益の額」は、使用者等が相手方の複数の特許発明を実施することにより本来支払うべき実施料の額に、相手方に実施を許諾した複数の特許発明等における当該発明の寄与率を乗じて算定することも可能である(東京高裁平成16年1月29日判決(日立製作所事件第2審)参照)。
 これに関連して、被告は、本件における被告ライセンス契約は、無償クロス契約及び有償クロス契約は極く少数であり、大多数は相手方のみが実施料の支払を行うライセンスバック契約であることを根拠として、原告が無償クロス契約及び有償クロス契約とライセンスバック契約を区別せずに本件各特許発明の相当対価を算定することが論外である旨を主張する。
 しかし、無償クロス契約及び有償クロス契約とライセンスバック契約の違いは、ライセンス契約を締結している当事者がお互いに許諾する特許の件数の差の大小に過ぎず、無償クロス契約及び有償クロス契約とライセンスバック契約の違いによって、効果等が異なってくるわけではないのであるから、相当対価の算定にあたって無償クロス契約及び有償クロス契約とライセンスバック契約を区別すべき必要はない。
 また、そもそも、被告がその主張の根拠として引用している乙191の9頁1行ないし6行においては「有償クロス契約及びライセンスバック契約において当社が実施料を支払う義務を負う契約は1件もありません。無償クロス契約を締結する相手方は、対象製品の分野等において極めて強い競争力を有するごく少数の相手方に限られています。」とあるように、そこでは被告が実施料を支払う義務を負う契約が1件もないと記載されているのみであり、被告が主張するような、有償クロス契約がごく少数であり大多数がライセンスバック契約であるなどという事実は一切述べられていないのである。このように、被告の主張は、自らが提出した証拠から著しく乖離しているのである。
 したがって、無償クロス契約及び有償クロス契約とライセンスバック契約を区別しない本件特許発明の相当対価の算定方法は論外である旨の被告の主張は失当である。
 そして、原告は、以下のとおり、算定方法4ないし7を主張する。なお、被告が相手方の複数の特許発明を実施することにより本来支払うべき実施料の額は、被告のLBP及びMFP等の全世界における売上に実施料率を乗じて求められるから、「使用者等が受けるべき利益の額」を求めるための算定式は、「被告のLBP及びMFP等の全世界における売上」×「実施料率」×「寄与率」となる。
イ 被告のLBP及びMFP等の全世界における売上について
a) 被告のLBPの全世界における売上
@ 被告のLBPの世界シェアに基づく算定方法
 被告のLBPの全世界における売上は、相手方のLBPの売上×(被告のLBPの世界シェア/相手方のLBPのシェア)で算定できる。相手方のLBPの売上は6兆3532億4700万円であり、また、被告のLBPの世界シェアは65%以上であるので(甲25)、被告のLBPの売上は、以下の計算式のとおり算定できる。
 計算式:6兆3532億4700万円×{65%/(100%−65%)}
 =11兆7988億8700万円
A 甲103に基づく算定方法
 被告のLBPの全世界における売上は、次に述べる方法によっても算定が可能である。
 すなわち、乙76において、被告のLBPの全世界における売上は、1983年から1994年までの分については(D)欄に、1995年から2001年までの分については(B)欄に記載されている。この(D)欄又は(B)欄に記載されている被告のLBPの全世界における売上に、甲103の(F′)欄に記載されている各年度における為替レートの平均値を乗じ(1985年から2001年について)、譲渡価格は実売価格の80%であるとの被告の主張が正しいと仮定して、80%を乗じる(1985年から2001年について)ことによって、甲103の(I)欄に記載されているように、各年度における被告のLBPの全世界における売上が算定できる。
 例えば、1987年における被告のLBPの全世界における売上は、33億6384万5800ドル((D)欄)×144.67円/1ドル((F′)欄)×80%=3893億1805万7509円((I)欄)となる(甲103)。
 これと同様な算定を1985年から2001年についても行うが、その算定結果は甲第103号証の(I)欄のとおりである。(I)欄に記載される各年度の被告のLBPの全世界における売上を合計すると、1985年から2001年における被告のLBPの全世界における売上は、8兆6937億5400万円(百万円以下四捨五入)と算定できる。
b) 被告のMFP等の全世界における売上
@ 被告のMFP等の国内シェアに基づいて算定した場合
 被告のMFP等の売上は、相手方のMFP等の売上×(被告のMFP等のシェア/相手方のMFP等のシェア)で算定できる。ここで、相手方のMFP等の全世界における売上は5兆5784億8600万円である。そして、被告のMFP等の国内シェアは、22.1%である。よって、被告のMFP等の全世界における売上は、以下の計算式のとおり算定できる。
 計算式:5兆5784億8600万円×{22.1%/(100%−22.1%)}=1兆5826億円
A 被告のMFP等の海外シェアに基づいて算定した場合
 被告のMFP等の海外シェアは24.2%であり、これを基に計算すると、被告のMFP等の全世界における売上は、以下の計算式のとおり算定できる。
 計算式:5兆5784億8600万円×{24.2%/(100%−24.2%)}
 =1兆7809億9400万円
c) 被告のLBP及びMFP等の全世界における売上
 被告のLBP及びMFP等の全世界における売上は、被告のLBPの全世界における売上に、被告のMFP等の全世界における売上を加えて求められるので、以下のように4通り考えられる。
 「被告のLBP及びMFP等の全世界における売上」
 =「被告のLBPの全世界における売上」+「被告のMFP等の全世界における売上」
 =「11兆7988億8700万円、又は、8兆6937億5400万円」+「1兆5826億円、又は、1兆7809億9400万円」
 =13兆3814億8700万(算定方法4)、
 13兆5798億8100万(算定方法5)、
 10兆2763億5400万(算定方法6)、又は
 10兆4747億4800万(算定方法7)
ウ 本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」について
 前述したとおり、A実施料率は5%で、B本件各特許の寄与率は10.4%とすべきであるから、本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」は以下のように算定される。
 「全世界における被告のLBP及びMFP等の売上」×「実施料率」×「寄与率」
 =「13兆3814億8700万円、13兆5798億8100万円、
 10兆2763億5400万円、又は、10兆4747億4800万円」×5%×10.4%
 =695億8300万円(算定方法4)、
 706億1500万円(算定方法5)、
 534億3700万円(算定方法6)、又は
 544億6800万円(算定方法7)
D) 原告算定方法における実施料率と寄与率に対する被告の反論に対する再反論について
ア 実施料率について
a) 発明協会の資料の「実施料率(第4版)」の数値は、現実にライセンス需要がありライセンスされた特許等についてのものであるが、本件各特許は、これを特定してライセンスを受けようとする事業者が存在するとは考えられない以上、上記資料の特許等と事情を異にするとの被告の主張は誤りであること
 被告の主張が原告の算定方法1及び2に対するものであれば、それは、これまでにも述べたとおり、本件各特許は必須特許であって、単独で実施許諾契約を成立させる力を持つものであることは明白であることから失当である。
 また、被告の主張が原告の算定方法3ないし10に対するものであったとしたら、被告の主張は、なおさら失当である。なぜなら、原告は、被告の有するLBP等に関する一連の特許を包括して有償でライセンスした場合の実施料率を算定するために同資料を用いているのであり、本件特許について現実にライセンス需要があるか否か、及び本件各特許を特定してライセンスを受けようとする事業者が存在するか否かということはそもそも無関係だからである。
b) 抽出の母体である「その他の機械」の分類に多種多様な機械が含まれているとのとの被告の主張、及び実施料率設定の前提となるライセンスの性質、許諾対象の内容、又は料率を乗じる基礎も明らかにされていないとの被告の主張は誤りであること
 発明協会の「実施料率(第4版)」は様々な技術・機械等及び契約の内容・形態を総合分析してその結果を集計したものであるところ、職務発明に基づく相当対価請求事件について判断した大阪地裁平成6年4月28日判決(平成3年(ワ)第5984号)や、東京地裁平成17年5月31日判決(平成15年(ワ)11238号)といったこれまでの裁判例は、「実施料率(第4版)」の性質を十分踏まえた上で、これに基づいて実施料率を算定するのが合理的であるとしてきたのである。したがって、被告の主張は、「実施料率(第4版)」を用いることが不適切であるとの根拠にはならない。
c) 「実施料率(第4版)」のデータは、外国技術の導入に伴うライセンス契約における実施料率のデータであるところ、経験則上、日本企業は外国企業からの技術導入により初めて事業を開始し得たものが多かったから、かかる実施料率は割高であるが、被告ライセンス契約は、外国技術導入のためのものではないとの被告の主張は誤りであること
 「実施料率(第4版)」は、昭和63年度から平成3年度、昭和49年から52年、昭和43年から48年と、3つに年代を区分した上で(甲134)、実施料率が割高に設定されたのは外国技術導入が自由化された昭和43年から48年の年代としている(甲134)が、本件各特許がライセンス契約の対象となったとされる期間は、「実施料率(第4版)」の年代区分に従えば、昭和63年度から平成3年度の年代である(乙53ないし62)。そして、「実施料率(第4版)」に、昭和63年度から平成3年度の年代においても昭和43年から48年と同様に実施料率が割高に設定されたとの記載は存在しないことから、「実施料率(第4版)」の昭和63年度から平成3年度の年代における実施料率のデータが、割高な数値であると認めることはできない。さらに、「実施料率(第4版)」は、次に示すように、国内の技術取引に関してライセンス契約を締結するときにも参考となる資料であるとされている。よって、被告の主張は失当である。
d) 「実施料率(第4版)」のデータは21件に過ぎず、統計的認定に用いるには極めて少数過ぎるとの被告の主張は誤りであること
 実施料率を認定する際、「実施料率(第4版)」中のデータ数が10件、又は18件であるものを使用している裁判例(東京地裁平成13年10月31日判決、平成12年(ワ)第3585号事件)が存在することからも明らかなように、21件というデータ数は決して少数過ぎるとはいえず、必要十分なデータ数である。
イ 寄与率について
a) 寄与率の算定の際、比重付けに用いる対価に、出願対価・登録対価を加えなければならない旨の被告の主張が失当であること
 原告は、算定方法3ないし10において、被告のLBPの光学系に関する特許発明に関し及び周辺機器事業部が管理する特許発明の実績対価の評価結果及び支給額を用いて、各特許発明の寄与率を比重付けすることで、本件特許の寄与率を10.4%と算定した。これに対し、被告は、仮に実績対価の評価結果等に基づいて寄与率を算定するとしても、出願・登録されているだけで包括ライセンスの対象となる網羅的で膨大な数の特許等により構成される対象特許等の特許群(以下「対象特許群」ともいう。)の構成要素として寄与があるから、比重付けに用いる対価は、実績対価のみならず、出願対価・登録対価まで加えなければならず、被告ライセンス契約の対象となったLBP等に関する8009件の特許発明及びMFP等に関する1万2349件の特許発明のすべてに比重をつけて寄与率を計算しなくてはならない旨主張する。
 しかし、ある発明について、それが出願・登録されていても、包括クロスライセンス契約の相手方において、その特許発明が実施されていなければ、相手方が本来支払うべきであった実施料の中に、その特許に対して支払うべき部分は存在しないというべきであるから、その特許は当該ライセンス契約において何ら寄与していないというべきである。よって、寄与率を算定する際、実績対価は重要な要素ではあるものの、出願・登録対価は全く関係のない要素である。したがって、寄与率の算定の際、比重付けに用いる対価に、出願対価・登録対価を加えなければならない旨の被告の主張は失当である。
 なお、被告は、ライセンス契約交渉にあたり、どの特許を提示特許とするかということと、実績対価評価は異なるものであるから、実績対価評価を寄与率認定の資料とすることは不適切である旨主張する。しかし、提示特許と非提示特許とで寄与率の算定における取扱をまったく別にする被告の算定方法が不適切であり、これを前提とした被告の上記主張が失当であることは明らかである。
 また、被告は、原告が605件の特許に依拠して寄与率を算定している点につき、寄与率算定のベースとする特許件数が全く不足している旨主張するが、寄与率の算定に必要な資料を提出しない被告は、そのような反論をすべき立場にない。
b) 寄与率の算定に必要な資料を被告は提出していないこと
 そもそも被告は、原告主張の寄与率の算定方法について、反論すべき立場にない。なぜなら、本件各特許の寄与率を算定するのに必要な資料は被告が有しているにもかかわらず、被告がそれを全く提出しないからである。すなわち、被告がライセンス契約を締結するにあたり、本件各特許発明を始めとする被告特許発明の他社製品における実施状況を調査していることは明らかであり、また、被告がその調査結果に基づき、本件各特許のライセンス実績等を考慮して本件特許発明に特級や優秀社長賞といった高い評価を与えていることも明らかであるから、被告ライセンス契約により得られた実施料収入の全体に占める本件各特許の寄与率を算定する上で、被告は、かかる実施状況の調査結果を示した資料を提出すべきである。また、他社製品における実施状況の調査結果以外の被告ライセンス契約に関する資料(ライセンス契約書等)、被告が本件特許発明を特級及び優秀社長賞と評価するにあたって検討した本件特許のライセンス実績等に関する資料、そして実績対価の各等級に該当する被告特許がどれだけあるかということを示した資料も、被告ライセンス契約により得られた実施料収入の全体に占める本件特許の寄与率を算定する上では、有力な資料となるものであるから、被告はこれらを提出すべきである。
 しかし、原告が、本訴訟に先立ち、被告に通知書を送付して本件各特許発明に関する情報の開示等を求めたところ、被告はこれを拒絶した(甲10、11)。
 そして、本訴訟においても、原告が再三、上記関係書類の提出を要求しているにもかかわらず、被告はこれらの書類を一切提出しない。
 被告がこれらの原告の要求に応じず、本件各特許の寄与率に関する必要資料を一切提出しないのは、関係書類に、本件各特許の寄与率を算定する上で被告にとって不利な情報が記載されているからであることは明らかである。したがって、裁判所におかれては、かかる事情を十分に考慮した上で、本件各特許の寄与率を算定されたい。
E) 被告による相当対価の算定方法が誤っていることについて
ア 被告算定方法1について
a) 全他社譲渡価格並びに本件各特許及び日本特許の実施割合について
 全他社譲渡価格合計には、本件日本特許のみならず、本件各米国特許及び本件ドイツ特許の実施分の割合を乗じなければならず、さらに、被告の回答するLBP及びMFP等の全他社譲渡価格合計に対する本件各特許及び日本特許の実施割合はいずれも不当に低いものである。
@ 全他社譲渡価格合計には、本件日本特許のみならず、本件各米国特許及び本件ドイツ特許の実施分の割合を乗じなければならないこと
 被告は、全他社譲渡価格合計に本件日本特許の実施分の割合を乗じている。しかし、前述のように、特許法35条3項及び4項は、外国における特許を受ける権利等にも適用があることから、本件特許発明によって被告が受けるべき利益の算定根拠は、全他社譲渡価格合計のうち本件日本特許の実施分に限られない。したがって、全他社譲渡価格合計には、本件日本特許のみならず、本件各米国特許及び本件ドイツ特許(以下、総称して「本件日米独特許」ということもある。)の実施分の割合を乗じなければならない。
A 被告の回答するLBP及びMFP等の全他社譲渡価格合計に対する本件日米独特許及び本件日本特許の実施割合はいずれも不当に低いものであること
 原告は、これまで本件日米独特許の実施割合は100%であるという前提で本件各特許発明の相当の対価について主張してきたところ、被告は、被告準備書面(23)において、裁判所の釈明に対して、LBPの全他社譲渡価格合計に対する本件日米独特許の実施割合はLBP79.95%、MFP等88.16%であると回答し、本件日本特許の実施割合についてはLBP67.73%、MFP等43.68%であると回答した。しかし、以下のように、被告の回答する実施割合はいずれも不当に低いものである。
(i) LBPの全他社譲渡価格合計に対する本件日米独特許の実施割合について
 被告は、LBPの全他社譲渡価格合計に対する本件日米独特許の実施割合について79.95%と回答している。しかし、被告の算定方法には、以下のように不適切な点が多数存在し、79.95%という数値は不当に低いものとなっている。
 まず、被告の算定方法では、第三国で生産された後、日米独へ輸入され、さらにそこから第三国へ輸出された製品の割合が考慮されていない。よって、LBPに関する本件日米独特許の実施割合を算定するには、被告の主張する算定方法で導き出した実施割合に、第三国で生産された後、日米独へ輸入され、そこから第三国へ輸出された製品の割合を加える必要がある。
 さらに、被告の提出する資料では、2001年におけるLBPの米国生産割合が0%となっている。しかし、米国のレックスマークは、米国においてLBPを生産しており、被告及びヒューレット・パッカードを除くLBPメーカーの中で最大の生産シェア及び販売シェアを有する海外の最大手メーカーであるから、上記割合が0%とは考えられない。被告の提出する資料の基になっている乙67は、何らかのミスによりレックスマークの生産台数が脱落したものと推定される。したがって、同年の米国生産台数及び全世界生産台数は不正確な数値であり、かかる数値を前提とする被告の算定は極めて不正確なものとなっている。
 その上、被告は、2001年(基準期間最終年)の本件日米独特許の実施割合を67.35%と算定し、1983年(基準期間初年)の本件日米独特許の実施割合を100%とした上で、1983年と2001年の間の各年の本件日米独特許の実施割合を均等割で逓減させることによって設定している。しかし、被告以外の日本メーカーが日本国外で年間合計10万台以上のLBPを生産するようになったのは1995年であり、1994年まではほぼすべての製品を日本国内で生産していた。また、1994年において、海外メーカーの生産シェアの多くは、米国メーカーが占めており、それらの米国メーカーは、ほとんどすべてのLBPを米国国内で生産していたと考えられる。したがって、1994年までは、本件日米独特許の実施割合はほぼ100%に近い数値であったと認められる。よって、1983年における本件日米独特許の実施割合を100%とした上で、その後の各年の本件日米独特許の実施割合を均等割で逓減させることで設定し、1994年における本件日米独特許の実施割合を81.19%とする被告の算定方法及び算定結果は誤りである。LBPの本件日米独特許実施割合を正しく算定すると少なくとも87.53%となる。
 以上の指摘を踏まえれば、仮に被告算定の方法を採用するとしても、次のとおり算定すべきである。
 第2期:2001年のレックスマークの生産台数を考慮すれば、2001年におけるLBPの日独生産・販売比率は、51.95%である(被告主張は、57.37%)。また、1994年ころまでは、LBPのほとんどが日本及び米国国内で生産されていたのであるから、1984年から2000年まで均等に逓減させるのは明らかに誤っている。1994年の日独生産・販売比率は81.39%と算定されるので、1983年の100%、1994年の81.39%、2001年の51.95%を基準として、その間の各年を均等に逓減させると、第2期の日独特許実施分の割合は、少なくとも74.93%になる(被告主張は、72.33%)。
 第3期:2001年のレックスマークの生産台数を考慮すれば、2001年におけるLBPの日米独生産・販売比率は、71.29%である(被告主張は、67.35%)。また、1994年ころまでは、LBPのほとんどが日本及び米国国内で生産されていたのであるから、1984年から2000年まで均等に逓減させるのは明らかに誤っている。1994年の日米独生産・販売比率は95.48%と算定されるので、1983年の100%、1994年の95.48%、2001年の71.29%を基準として、その間の各年を均等に逓減させると、第3期の日米独特許実施分の割合は、少なくとも88.66%になる(被告主張は、78.79%)。
 第4期:2001年のレックスマークの生産台数を考慮すれば、2001年におけるLBPの米独生産・販売比率は、少なくとも39.17%である(被告主張は、28.89%)。
 第5期:2001年のレックスマークの生産台数を考慮すれば、2001年におけるLBPの米国生産・販売比率は、少なくとも29.10%である(被告主張は、17.12%)。また、2005年の米国生産・販売比率は、少なくとも31.41%と算定される(被告主張は、19.83%)。したがって、上記各数値を平均すれば、本件各米国特許実施分割合は、少なくとも30.26%になる(被告主張は、18.48%)。
(ii) LBPの全他社譲渡価格合計に対する本件日本特許の実施割合について
 被告はLBPの全他社譲渡価格合計に対する日本特許の実施割合について、67.73%と回答している。しかし、被告の算定方法では、海外で生産された後、日本へ輸入され、さらにそこから海外へ輸出された製品の割合が考慮されていない。よって、LBPの本件日本特許の実施割合を算定するには、被告の主張する算定方法で導き出した実施割合に、海外で生産された後、日本へ輸入され、そこから海外へ輸出された製品の割合を加える必要がある。LBPの本件日本特許の実施割合は、正しく算定すると少なくとも69.19%であると認められることから、被告の主張する67.73%は誤りである。
(iii) MFP等の全他社譲渡価格合計に対する本件日米独特許及び本件日本特許の実施割合について
 MFP等の全他社譲渡価格合計に対する本件日米独特許及び本件日本特許の実施割合についても、LBPの本件日米独特許及び本件日本特許の実施割合について述べたのと同様に、被告の主張する算定方法で導き出した実施割合には、第三国で生産された後、日米独へ輸入され、さらにそこから第三国へ輸出された製品(本件日米独特許の実施割合の場合)及び海外で生産された後、日本へ輸入され、さらにそこから海外へ輸出された製品(本件日本特許の実施割合の場合)の割合が含まれていない。裁判所におかれては、この点に十分留意した上でMFP等の全他社譲渡価格合計に対する日米独特許の実施割合もしくは日本特許の実施割合を認定されたい。
(iv) 自社実施率の数値について
 被告は、第4期及び第5期の被告自社実施率の数値を売上額比率ではなく、機種数ベースの率で計算しており、その根拠として、売上額が極めて高度の機密性を有すること、及びその集計に多大な作業を要することから開示できないと主張する。しかし、なぜ売上額のような客観的な数値が極めて高度の機密性を有するのか全く明らかでない。また、自社製品の集計に多大な作業を要するとはおよそ考えられない。
 乙268号証には、以下のとおり、極めて不自然な点があり、かかる数値は信用できない。すなわち、乙268号証では、「乙208記載の機種のうち、2002年に販売実績のあるもの」と「2002年以降に販売開始された機種」とに分けられ、それぞれについて本件特許発明が実施されているか否かが表にされている。ところが、「乙208記載の機種のうち、2002年に販売実績のあるもの」において4面ポリゴンミラーが占める割合は9機種のうち1機種にすぎなかったところ、「2002年以降に販売開始された機種」の中では19機種のうち12機種と、急激に増えているのである。2002年以降の4年間にそれほど急激に4面ポリゴンミラーの機種が増えたとは通常考え難い。また、2002年以降に販売開始された機種についてはどのような機種を取り上げたかを明らかにしていない。このように乙268号証は一見して極めて不審な点があり、そのデータの根拠となっている機種の種類も明らかにされていない以上、このような証拠によって算出された数値である28.9%という数値も信用できない。
 乙269号証は、LEDプリンタを含めて算定されている。本件で問題となるLBP方式のMFPはLEDプリンタを含むものではない。にもかかわらず、これを含めることによって、実施割合の計算における分母である販売機種数が過剰に大きくなっているのであって、乙269号証によって算出された57.5%という数値は信用できない。
b) 標準包括ライセンス料率を、本件各特許発明の相当の対価の算定に用いることは誤りであることについて
 被告は、包括クロスライセンス契約においては、当事者間の特許力(当該契約の対象となる一方当事者が有する特許全体の価値)が対等とみなされた部分が無償となり、特許力の差があると認められる部分は有償となるところ、特許力の差を被告の保有する特許件数とライセンス契約の相手方の保有する平均特許件数の差であるとみなし、無償部分も有償であったと仮定した場合の平均的な実施料率(以下「標準包括ライセンス料率」という。)を算出し、これを本件各特許発明の相当の対価の算定の基礎として用いるべきである旨主張する。
 しかし、特許力の差を被告の保有する特許件数とライセンス契約の相手方の保有する平均特許件数の差であるとみなす被告の主張は不適切である。なぜなら、包括クロスライセンス契約の対象となっている特許の中でも、重要な特許とそうでない特許が存在することは明らかであり、これらの個々の特許の価値を無視して特許力の差を導き出すことはできないからである。また、被告と無償包括クロスライセンス契約を締結している***********が保有しているLBP及びMFP等の特許発明の件数と、被告の保有しているLBP及びMFP等の特許発明の件数が著しく異なることからも、特許力の差を特許件数の差で表すとの被告の主張が不合理であることは明らかである(LBPに関して、被告、***********が保有する特許件数は、それぞれ、11642件、***********である。また、MFP等に関して、被告、***********が保有する特許件数は、それぞれ、16432件、************である)。
 そして、包括クロスライセンス契約を締結する際、実務上各当事者は、互いに当該契約の対象とする特許の価値(特許の有効性、特許の侵害立証の容易性、技術的範囲、当該特許を実施した製品の販売額等)を評価することによって実施料率等を定めており、特許件数のみを考慮しているわけではない(甲125)。例えば、1件でも回避不能な重要な特許があれば、相手方がより多くの件数の特許を有していたとしても、実施料を支払わなくても済む無償包括クロスライセンス契約を締結できることもあるのである。
 したがって、特許件数の差のみに基づいて算定した標準包括ライセンス料率を、本件特許発明の相当の対価の算定に用いるのは妥当でない。
c) 費用割合なる概念を用いることが誤りであることについて
 被告は、実施料収入のうち、技術開発をして実施料収入を上げるため必要な開発費や一般管理費を控除した金額が、実施料収入による利益にあたり、実施料収入を上げるために必要な費用の控除は、費用割合を用いて、これを割合的に控除することによって行うことが合理的であると主張する。なお、被告は、費用割合につき、被告算定方法Aにおいては「1−[税引前当期純利益率]」であるとし、被告算定方法Bにおいては「控除する費用割合の内容を被告の主張するとおり、開発費用及び開発機能に配賦される一般管理費の合計を、ライセンス収入に対応する部分と製造販売等収入に対応する部分に配賦した場合のライセンス収入に対応する部分」としている。
 しかし、この費用割合なる概念は、第三者からの実施料収入とは直接関係のない要素を多く含むものであり、実施料収入にこの費用割合を乗じたとしても、問題となっている特許について支出された費用のみを実施料収入本体から控除することはできない。そして、それは、控除する費用割合の内容を被告算定方法Bのように限定したとしても回避できるものではない。また、大阪地裁平成17年9月26日判決(平成16年(ワ)第10584号事件)は経費等については、発明がされるについて使用者等が貢献した程度と共に考慮するとしており、特許権により使用者等が受けるべき利益の額の算定に含めて考慮していない。そして、これまでに、費用割合なる概念を用いた裁判例は存在しない。よって、相当の対価の算定の際、費用割合なる概念を用いることが誤りであることは明らかである。
d) 本件特許の寄与率は、1/[対象特許群に含まれる特許の件数]であるとするのは誤りであることについて
@ 寄与率の算定につき、当該特許がライセンス契約交渉段階で提示されたか否かは重要でないこと
 被告は、対象特許等が提示される理由は、自社の特許を相手方が実施していること又は将来実施せざるを得ないことを指摘して相手方に実施許諾の取得の必要性を高めさせて自社に有利な条件を引き出すという実質的な目的から、契約締結時の相手方の社内決裁手続上の便宜等のため対象特許等の例示をするという半ば形式的な目的まで、場合により様々である、とか、また、契約によっては全く対象特許等の提示がなされないまま合意に達し契約締結に至ることもある、とか主張している。このように、ライセンス契約締結時において提示された特許が、必ずしも競合他社の多数の製品において実施されている重要な特許であるとは限らず、ほとんどあるいは全く実施されていない価値の低い特許が提示される場合もあれば、反対に重要な特許が提示されない場合もあるということを被告自身が認めているのである。とすれば、包括ライセンス契約によって被告が得た利益のうち各特許が寄与した割合というのは、少なくとも被告ライセンス契約に関しては契約締結時に提示されたか否かで判断することができないのである。よって、包括ライセンス契約に含まれる特許の、包括ライセンス契約による収入に対する寄与率については、契約締結時に当該特許が交渉の材料として提示されたか否かで根本的に異なる、との被告の主張は失当である。また、同様の理由から、包括クロスライセンス契約の対象となる特許を、代表特許、単純提示特許、及び非提示特許の3種類に分けるK ii 意見書の算定方法も不適切であるから、被告の主張の正当性を根拠づけるものとはならない。
 なお、被告は、日立製作所事件第2審判決においても、寄与率の算出の際、契約締結時の特許の提示の状況が重視されていると主張する。
 しかし、同裁判例は、単に、問題となっている特許のライセンス契約締結時の提示状況を重視しているわけではなく、その特許が有力なものとして提示されたか否かという点を考慮しているのである。しかも、同裁判例が、ライセンス契約締結時に当該特許を有力な特許として提示したか否かを考慮しているのは、日立製作所が自社の特許について実績補償を行う際に、どのようなことを考慮して各特許を評価したかという点を判断するためであり、ライセンス契約締結時の提示状況はあくまでその判断要素の一つにすぎないとされているのである。よって、同裁判例が被告の主張を支えるものでないことは明らかである。
A 非提示特許の寄与率を、包括ライセンス契約の対象特許群に含まれる特許の件数で頭割りをして求めることは、個々の特許の価値を無視することになり不適切であること
 前述のように、ライセンス契約締結時において提示された特許が、必ずしも価値のある重要な特許であるとは限らず、ほとんど実施されておらず価値のない特許が提示される場合もあれば、広く実施されている重要な特許が提示されない場合もあるにもかかわらず、被告及びK ii 意見書の算定方法は、提示されていないことの一事をもって価値のある重要な特許とそうでない特許を同一に扱うものであり、不当であることは明らかである。
 また、K ii 意見書は、個々の特許の価値がそれぞれ異なっていることは自明であるが、どのように異なっているのか不明であるとする。しかし、およそ、知的財産権を重視している企業であれば、自社が有する特許について、特許の出願時、審査請求時、拒絶理由通知時、登録時、権利行使時、実績対価の評価時、ライセンス契約の交渉時などといった様々な場面において、個々の特許の価値を評価しているはずである。なぜなら、個々の特許の価値を把握することなく、知的財産権の活用についての積極的な戦略を立てることはできないからである。なお、株式会社東芝において長年ライセンス契約の交渉を担当していた嵯峨明雄の著書「特許ネゴシエーターの技法3」(甲125)においても、包括クロスライセンス契約の交渉を行う企業は、自社特許の価値の高低を、特許の有効性、侵害立証の容易性、技術的範囲の広さ、当該特許発明を実施している製品の販売額等によって評価した上で交渉に臨むとされている(甲125)。
 そして、既に述べたとおり、被告は日本の企業の中においても有数の規模の知的財産部を有する会社であり、被告の知的財産法務本部と呼ばれる部署においては、約400人もの従業員が研究開発段階から積極的に関与するなど、知的財産の管理が徹底して行われている。このような被告において、多数の自社特許について、個々の価値を詳細に把握していることは明らかである。
 したがって、個々の特許の価値が不明であることを理由に、非提示特許の寄与率を、安易に包括ライセンス契約の対象特許群に含まれる特許の件数で頭割りをして求めることは、個々の特許の価値を無視することになり不適切である。
B 被告の提出する各証拠は、本件各特許が非提示特許であったことを示す証拠とはならないこと
 以下のとおり、被告が提出したこれらの書証は、いずれも本件各特許が非提示特許であったことを示す証拠とならない上、本件各特許の実施状況の調査の容易性及び重要性に鑑みれば、本件各特許は提示されたと考えるのが自然である。
(i) 乙53号証ないし62号証について
 乙53号証ないし62号証の陳述書は、9社から提出されたものであるが、その他の企業については一切証拠がない。本件各特許は、被告自身が認めるように、被告の競合他社のほとんどすべてにライセンスされているのであるから、被告の提出した陳述書を作成した企業は、被告とライセンス契約を締結している企業のごく一部にすぎない。しかも、これらの陳述書は、現実に職務発明訴訟の被告となっている企業*******************************の従業員や、職務発明訴訟に対して脅威を感じている企業の従業員が、なんら刑事制裁のない環境において、作成したものであり、証拠力は極めて低いものである。よって、乙53号証ないし62号証の陳述書は、本件各特許が非提示特許であったことを示す証拠とならない。
(ii) 被告作成の書簡(乙144ないし147、160ないし162)について
 本件特許の出願公告日は、平成3年(1991年)1月25日(甲1、2)である。平成3年当時の特許制度においては、出願公告がなされた後に当該特許についていわゆる仮保護の権利(旧特許法第52条)が発生し、第三者による権利侵害が問題となる。被告作成の***宛の書簡(乙144)の日付は**********であり、本件特許の出願公告前である。よって、同書簡(乙144)が作成された時点においては、本件特許の権利侵害が問題とならない以上、同書簡(乙144)に本件特許が掲げられるはずはない。したがって、同書簡(乙144)に本件特許が列挙されていないとしても、同書簡(乙144)は、本件特許が非提示特許であったことを示す証拠であるとはいえない。
 本件特許はIPC分類によりG02(光学系)と分類されているが、被告作成の***宛、****宛、****宛及び********************宛各書簡(乙145ないし147、160、162)に列挙されている特許及び実用新案の中で、IPC分類によりG02(光学系)と分類されている特許及び実用新案は一つもない。このことからも分かるように、光学系に関する本件特許が上記各書簡において挙げられていないのは、そこで問題とされている特許が光学系に関するものではないからである。よって、本件特許が列挙されていないとしても、上記各書簡(乙145ないし147、160、162)が、本件特許が実施許諾された被告ライセンス契約において、本件特許が非提示特許であったことを示す証拠であるとはいえない。
 被告作成の****宛の書簡(乙161)に添付されている被告の特許リスト一覧を見ると、その冒頭に、*********************************************************************************************************************
 *************************************************************************したがって、同書簡(乙161)に本件各米国特許が列挙されていないとしても、同書簡(乙161)は、本件各米国特許が非提示特許であったことを示す証拠であるとはいえない。
C 本件各特許は提示されたと考えるのが自然であること
 ライセンス契約の交渉において提示する特許を選別するにあたっては、他社製品において実施されている可能性が高い特許発明、及び実施しているか否かの判断が比較的容易な特許発明は、その他の特許発明よりも優先して他社製品における実施の有無が調査されるのが自然である。この点、本件各特許発明は、他社における実施状況の調査が容易である。また、本件各特許発明は、新たな部品等を用いることなく、特別に高度なあるいは複雑な技術を必要とすることもなく、また文字の鮮明さや画像の精細性を損なうことなしに、ゴースト像を除去できるという極めてシンプルかつ画期的な技術に係る発明であり、本件各特許は実質的に回避することが不可能な必須特許である。よって、実施状況の調査が容易で、極めて重要である本件各特許は、他社製品において詳細な調査が行われ、かつ、多数の競合他社とのライセンス契約交渉において提示されたと考えるのが自然である。
D 仮に本件各特許が非提示特許であったとしても、本件各特許は重要な特許であるから、本件各特許の寄与率を、LBPについては1/4005、MFP等については1/6175であるとする被告の主張は不適切であること
 被告は本件各特許の寄与率は1/[対象特許群に含まれる特許の件数]であり、具体的にはLBPについては1/4005、MFP等については1/6175であると主張する。
 しかし、既に述べたとおり、本件各特許は、技術的範囲が広く代替技術が存在しない必須特許であって、被告及び競合他社のほぼすべてのLBP等の製品において実施されている。一方、「知的財産法の理論と現代的課題」(甲126の112頁)によれば、本件各特許とは対照的に、現に存続している特許の大多数は、ほとんど実施されておらず、経済的価値がないか、もしくは僅少な価値しか有しないとされている。よって、仮に本件各特許が非提示特許であったとしても、本件各特許の重要性に鑑みれば、被告及び競合他社のほぼすべてのLBP等の製品において実施されている本件各特許の寄与率を、ほとんど実施されていない他の特許の寄与率と同一に評価する被告の算定方法が不適切であることは明らかである。
イ 被告算定方法Cについて
 被告は、被告算定方法Cとして、ディスカウントキャッシュフロー法により、本件各特許発明の相当の対価を算定している。
 しかし、ディスカウントキャッシュフロー法は、将来の不確定要素を勘案しながら、ある資産の価値を算定する方法であって、本件のように、被告と第三者との間で締結されたライセンス契約に基づく被告の実施料収入が既に発生し、これに基づき相当の対価を算定することが可能であるときにも、この算定をせずに、これらの実施料収入を将来発生するかどうか不確定な収入とみなすという点において、不合理なものである。よって、本件各特許発明の相当の対価の算定に、ディスカウントキャッシュフロー法を用いるのは不適切である。
 これに対し、被告は、本件各特許発明の相当の対価の性質について、相当の対価とは本件各特許発明の譲渡対価であると考える以上は、当該譲渡時点において明らかな事情及び当該譲渡時点における将来予測を前提に決定される価格がこれに該当すると考えられるので、ディスカウントキャッシュフロー法による本件各特許発明の相当の対価の算定方式は正当である旨主張する。
 しかし、被告においては、職務発明の評価方法として、被告取扱規程において、自社実施度、製品貢献度、技術基本度及び他社活用度等に基づいて特許発明の実績を評価するといういわゆる実績補償方式が採られているのであるから、特許発明の評価基準時を発明の譲渡時点と捉えることは、かかる被告取扱規程の存在を合理的な理由もなく無視することになる。とすれば、実績補償方式が採用されている場合、相当の対価を算定する際の権利の価値の評価基準時は、発明の譲渡時点ではなく、譲渡後発明の価値がある程度具体化した時点と捉えるべきである(東京高裁平成16年4月27日判決(平成15年(ネ)第4867号事件)及び「知的財産法の理論と現代的課題」(甲128の84頁)参照。)。よって、被告が主張するディスカウントキャッシュフロー法による相当の対価の算定方法は誤りである。
F) 結論
 したがって、被告が他社から得た独占の利益は次のとおりである。
 算定方法1:451億8000万円
 算定方法2:470億3200万円
 算定方法3:620億4500万円
 算定方法4:695億8300万円
 算定方法5:706億1500万円
 算定方法6:534億3700万円
 算定方法7:544億6800万円
 算定方法8:233億5900万円
 算定方法9:4322億8381万円
 算定方法10:449億5751万円
(2) 被告の主張
ア 予備的主張(その1)
a) 「受けるべき利益の額」(=「独占の利益」)としてのライセンス料収入について
 被告は、LBP等を含む電子写真技術の特許について開放的ライセンスポリシーを採用し、本件各特許発明を実施することが可能なLBP等を製造する全世界のメーカーの大多数と被告ライセンス契約を締結し、本件各特許発明を実施許諾していることは前述のとおりである。したがって、本件各特許発明に関する独占の利益は、かかる実施許諾によって得られる実施料収入が該当し、上記実施料収入の外に、被告の自社製品の売上の中には、本件各特許発明に関する独占の利益は存在しない。
 本件各特許発明が実施許諾されている契約は、すべてLBP及びMFP等を対象製品とする包括クロスライセンス契約である。そこで、LBP及びMFP等の包括クロスライセンス契約の実施料収入を基礎として、その実施料収入に本件各特許が寄与した分を抽出する方法で算定すべきである。
 かかる算定方法によるからこそ、LBP等に関する現実のデータに基づいて、実施料収入の算定根拠となる製品の販売額、実施料率、ライセンス契約における特許の寄与度等を的確に推定することができ、本件各特許発明に基づき被告が受けるべき利益を的確に算定することが初めて可能になる。本件各特許の単独ライセンスを想定するのでは、的確な算定結果を得ることはできない。
b) 被告算定方法A及びBの実施料(ライセンス料)収入の算定について
 実施料収入の算定は、以下のとおり、他社製品の譲渡価格(本件日本特許実施分)に、実施料率として、相互に特許等を実施許諾することにより実施料の支払が無償となっている部分(以下「無償部分」という。)も有償であったと仮定した場合の標準的な包括ライセンス料率(以下「標準包括ライセンス料率」という。)を乗じて行う。
@ 総説
 被告ライセンス契約は、前記のとおり、無償クロス契約、有償クロス契約、ライセンスバック契約に分類されるが、これらのすべてを通じて、無償部分が存在する。被告は、無償クロス契約以外の被告ライセンス契約については金銭による「実施料」の支払を受けているが、この金銭による「実施料」には上記の無償部分の経済的価値が計上されておらず、また無償クロス契約については金銭による「実施料」が全くない。そのため、被告ライセンス契約に基づき支払われるべき実施料相当額の算定のために、金銭による「実施料」のみを検討するのでは不十分である。被告ライセンス契約の、金銭による「実施料」が支払われている部分(以下「有償部分」という。)と無償部分の双方の評価を包含した実施料相当額を算定するには、無償部分も有償であったと仮定した場合の実施料率を想定して、これを相手方の対象製品譲渡価格に乗じて算定するのが合理的である。
 かかる実施料相当額を算定する期間については、本件特許発明により使用者の受けるべき利益がどの時点で存在しているかが問題になるが、被告の主張においては、理論上上記利益の発生し得る最も早い時点である、本件特許発明の補償金請求権の発生時である特許公開時の昭和58年(1983年)4月22日から、上記利益の存在し得る最も遅い時点である、本件特許の満了時である平成13年(2001年)10月20日までの期間(「基準期間」)を採用した。
A 実施料率(標準包括ライセンス料率)の算出
 無償部分の実施料率の推定は、有償部分の実施料率と、被告と相手方との特許力の差から計算して行う。被告ライセンス契約のいずれにおいても、契約の対価性という原則、及び相手方による実施料率の違いが被告と相手方との特許力の差の違いに応じて生じているという事実に鑑みれば、基本的に、相互の対象特許等の特許力が対等な部分が無償部分に該当し、特許力に差のある部分が有償部分と評価されているといえる。したがって、有償部分の実施料率と相手方との特許力の差を対比することにより、無償部分も有償であったと仮定した場合の実施料率を想定することができる。
 もっとも、実際の実施料率の決定には特許力以外の諸要素が多々関与しており、またそもそも様々な特許を含む相手方の対象特許等と被告の対象特許等の特許力の差を評価することは不可能である。そこで、有償部分の実施料率と特許力の差の対比から無償部分も有償であったと仮定した場合の標準包括ライセンス料率を想定するには、被告と相手方との特許力の差を、被告の保有特許件数と相手方の保有特許の平均件数の差をもって表し、これと数社の相手方の実施料率の平均値を用いて、以下のように算出することが妥当である。
 標準包括ライセンス料率
 =有償部分の平均的な実施料率
 ÷(被告の対象特許等の件数−相手方の対象特許等の数の平均件数)
 ×被告の対象特許等の件数
 被告と相手方との特許力の差を、被告の保有特許件数と、相手方の保有特許の平均件数をもって表すのは、特許件数がすべての相手方を通じ特許力の差をもたらす重要な要素の一つだからである(特にLBP等のような精密機械分野における包括ライセンス契約において、特許件数が特許力の重要な要素であることにつき、乙243参照。そして、複数の) ライセンスバック契約の相手方について特許件数を平均化することによって、各相手方の特許力の差の評価における各特許の個性の影響を希薄化することができる。また、特許件数の平均値とともに、多数の相手方の有償部分の実施料率の平均値を用いることによって、実施料率における特許力以外の個別的・偶発的要素の影響を希薄化することができる。かかる平均化によって、標準の数値としての信頼性が確保されるものである。このように、平均をとることによって基準となる数値(ベンチマーク)の信頼性を上げる処理は、経済的に合理性のある手法として幅広く採用されている。
 被告ライセンス契約中の実施料率の平均は、およそLBPについて2.21%、MFP等について2.61%である(乙72の1)。上記の数値は、主要相手方のうち、実施料率の定めのあるライセンスバック契約の相手方で、乙第72号証の1の作成に関し被告に協力した相手方の平均である。これに対応する相手方から被告が実施許諾された基準期間内の登録特許の平均件数は、LBPにつき905件、MFP等につき1685件である。一方、被告保有の基準期間内の特許の件数はLBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件である。以上から計算すると、標準包括ライセンス料率は、LBP2.40%、MFP等2.91%となる(乙75)。
B 他社製品譲渡価格合計(全世界)の算出
 ライセンス収入を得られるのはライセンス契約の相手方のみであるから、実施料率を乗じる譲渡価格合計は、本来、被告ライセンス契約の相手方のみのものをとれば足りる。加えて、前述のとおり、被告は開放的ライセンスポリシーを採用しているのであるから、それにも拘らず被告に対してライセンスを求めない相手方との関係で被告の「独占の利益」は存在しないので、被告ライセンス契約の相手方以外の譲渡価格合計は本来含まれるべきではないといえる。
 しかし、算定技術上、すべての相手方(特に実施料を支払わない無償クロス契約の相手方)について譲渡価格合計を個別に把握することは容易でない。他方、被告及び被告からのOEM先の売上を除く他社の譲渡価格合計(以下「全他社譲渡価格合計」という。)をとると、すべての相手方の譲渡価格合計をすべて含む数値となるところ、この数値は客観的統計資料から合理的に推定できる。
 この全他社譲渡価格合計に、例えば被告ライセンス契約の相手方の販売シェアを乗じることによって、被告ライセンス契約の相手方のみの譲渡価格合計(以下「ライセンシー譲渡価格合計」という。)も推定できる。この数値に標準包括ライセンス料率を乗じる算定方法を採用すれば、被告ライセンス契約の相手方からの無償部分も評価したライセンス料相当額を算出することができる。これは裁判所にとっても簡便な算定方法である。
 他方、全他社譲渡価格合計に標準包括ライセンス料率を乗じる算定方法を採用すると、現実に被告から実施許諾を受けていない競業他社の譲渡価格まで含むこととなる分原告に有利である。全他社通算の譲渡価格合計に実施料率を乗じてライセンス料収入を採用する以上は、本件各特許発明に関する独占の利益はすべてこのライセンス料収入の中に評価し尽くされ、この外に被告の自社製品の売上の中に独占の利益を計上する余地はなくなる。
 上記いずれの数値を用いた算定方法が適切であるかは、裁判所の判断する事項であるので、被告としては以下に、全他社譲渡価格合計の数値と、ライセンシー譲渡価格合計の数値を併記する。
 全世界における全他社譲渡価格合計は、LBPについて6兆2969億1937万0824円(乙76)、MFP等について5兆5784億8600万4606円である(乙84)。全他社譲渡価格合計についての直接の資料は入手できないが、LBPについては、全他社の実売価格の第三者統計データ(乙77ないし81。なお円換算の資料として乙82)を用い、これに80%(譲渡価格は実売価格の80%。乙83)を乗じて譲渡価格に換算し、MFP等については、全他社の標準小売価格の合計(乙85、70の2、71)を、公開されている他社製品のセグメント別の標準小売価格の平均(乙86、87、70の2)にセグメント別の出荷台数の第三者統計データ(乙88、70の2)を乗じて求め、これに50%(譲渡価格は標準小売価格の約50%。乙89)を乗じて譲渡価格に換算している。
 また、ライセンシー譲渡価格合計は、LBPについて5兆7421億6077万4254円、MFP等について4兆5989億0386万2197円である。この数値は、上記全他社譲渡価格合計に、前述の被告ライセンス契約の相手方の販売シェアである、LBPにつき91.19%(乙65)、MFP等につき82.44%(乙66)を乗じることによって推定した金額である。
C 本件各特許発明の有効期間に応じた全他社譲渡価格
 原告が相当対価を請求する期間を、本件各特許発明の有効期間に応じて分割すると、次のとおりである。
本件日本特許が有効である期間(以下「第1期」という。)
 昭和58年(1983年)4月22日(本件日本特許の出願公開日)から同年5月4日(本件ドイツ特許の公開日前日)まで
本件日本特許及び本件ドイツ特許が有効である期間(以下「第2期」)という。)
 昭和58年(1983年)5月5日(本件ドイツ特許の公開日)から平成3年(1991年)2月18日(本件米国特許1の登録日前日)まで
本件各特許発明が有効である期間(以下「第3期」という。)
 平成3年(1991年)2月19日(本件米国特許1の登録日)から平成13年(2001年)10月20日(本件日本特許権利消滅日)まで
本件ドイツ特許及び本件各米国特許が有効である期間(以下「第4期」という。)
 平成13年(2001年)10月21日(本件日本特許権利消滅日の翌日)から平成14年(2002年)10月19日(本件ドイツ特許権利消滅日)まで
本件各米国特許が有効である期間(以下「第5期」という。)
 平成14年(2002年)10月20日(本件ドイツ特許権利消滅日の翌日)から平成17年(2005年)12月31日(原告の請求する期間の末日)まで
 LBPについて、第三者統計資料(矢野経済研究所、InfoCorp、IDC等)から、全世界実売価格、被告実売価格、被告シェア、ドル/円換算レート(毎年度の期中平均レート)、実売価格と第三者譲渡価格の割合等を抽出し、これらを用いて各基準期間内のLBPの全他社譲渡価格を算出すると、次のとおりである。
 第1期 2億7645万4795円
 第2期 1兆3191億6686万3857円
 第3期 4兆9360億6946万4774円
 第4期 4584億7652万2368円
 第5期 1兆4504億5301万2283円
 MFP等について、MFP等の製品を、セグメント別(性能別)に分類し、カタログから各セグメントの平均単価を求め、第三者統計資料(IDC)から各社の「地域/セグメント」別の販売台数を抽出し、この「地域/セグメント」別販売台数とセグメント別平均単価とを乗じたものを合計して、各基準期間内のMFP等の全他社譲渡価格を算出すると、次のとおりである。
 第1期 0円
 第2期 57億2112万2100円
 第3期 5兆2990億8854万2929円
 第4期 1兆4665億2869万7664円
 第5期 6兆3841億9595万5539円
D 各期間において有効な特許(日本・米国・ドイツ特許)の実施分の割合
 特許法35条3項及び4項は我が国の特許のみに適用されるから、本件各特許により「使用者の受けるべき利益」であるライセンス料は、本件日本特許を実施して製造・販売されたことに基づくもの(仮に特許法35条が外国特許に適用されるとしても、本件日米独特許しかないので、これらを実施して製造・販売されたことに基づくもの)に限られるので、ライセンス料計算の対象とする譲渡価格は、本件日本特許(又は本件日米独特許)の実施された製品の譲渡価格に限定されなければならない。
 ライセンシー譲渡価格合計又は全他社譲渡価格合計のうち、基準期間における本件日本特許の実施分の割合は、LBP67.73%、MFP等43.68%である。この数値は、以下の順序で求めた(乙223、224)。
(i) 基準期間の最終年である2001年の日本における対象製品の製造割合・販売割合を第三者統計データ(乙67、79、91、70の1、92)によりLBP50.5%、MFP等36.61%とする。
(ii) 基準期間の初年である1983年の製造割合・販売割合の第三者統計データはないので原告に不利にならないようこれを100%に設定する。
(iii) 各年の本件日本特許実施割合は、第三者データが不存在又は入手困難なため個別に数値が得られないので、上記(@)及び(A)の間を均等割で逓減させることにより設定する。
(iv) 各年の全他社譲渡価格合計が全基準期間の全他社譲渡価格合計総額に占める比率を求め、これと(B)の各年の割合を乗じたものを基準期間全体について合計することによって、各年の全他社譲渡価格合計が全基準期間の全他社譲渡価格合計総額に占める比率をウエイトとして各年の日本特許実施割合を加重平均した値を求める。
 仮に、外国特許も算定の対象になるのであれば、全他社譲渡価格に占める、各期間において有効な特許の実施分の割合は、次のとおりである。
(i) 第1期(本件日本特許実施分の割合)
 昭和58年(1983年)のデータは存在しないため、原告の有利に日本生産比率を100%と仮定する。したがって、LBP、MFP等のいずれについても、100%である。
(ii) 第2期(本件日本特許及び本件ドイツ特許実施分の割合)
 昭和58年(1983年)のデータは存在しないため、日独生産・販売比率を、LBP、MFP等のいずれについても、100%とする。
 次に、平成13年(2001年)の日独生産比率と、日独以外で生産されたものに日独販売比率を乗じたものの合計を、第三者統計資料から算出し、これを平成13年(2001年)の日独生産・販売比率とすると、LBPについては57.37%(乙252)、MFP等については48.37%となる(乙253)。
 最後に、昭和59年(1984年)から平成12年(2000年)までの期間について、日独生産・販売比率が均等に逓減しているものとして、各年の日独生産・販売比率を設定した上で、各年全他社譲渡価格が全基準期間のそれに占める割合を比重として加重平均する。
 以上の算定の結果、LBPについて72.33%(乙254)、MFP等について54.19%(乙255)となる。
(iii) 第3期(本件日米独特許実施分の割合)
 平成13年(2001年)について、日米独生産比率と、日米独以外で生産されたものに日米独販売比率を乗じたものの合計を、第三者統計資料から算出し、これを平成13年(2001年)の日米独生産・販売比率とする(乙90、225、228)。
 次に、昭和59年(1984年)から平成12年(2000年)までの期間について、日米独生産・販売比率が均等に逓減しているものとして、各年の日米独生産・販売比率を設定する(乙223、224、230、231)。
 最後に、昭和58年(1983年)から平成13年(2001年)まで各年の日米独生産・販売比率を、各年の全他社譲渡価格が全基準期間のそれに占める割合を比重として加重平均する(乙223、224、230、231)。
 以上の算定の結果、LBPについて78.79%(乙256)、MFP等について88.12%(乙257)となる。
(iv) 第4期(本件各米国特許及び本件ドイツ特許実施分の割合)
 第4期は、平成13年(2001年)10月21日から平成14年(2002年)10月19日までの1年弱の期間なので、平成13年(2001年)単年の数値をそのまま用いる。
 米独生産比率と、米独以外で生産されたものに米独販売比率を乗じたものの合計を、第三者統計資料から算出すると、LBPについて28.89%(乙258)、MFP等について63.64%(乙259)となる。
(v) 第5期(本件各米国特許実施分の割合)
 平成13年(2001年)の米国生産・販売比率を、第三者統計資料から算出すると、LBPについて17.12%(乙260)、MFP等について52.46%(乙261)となる。また、平成17年(2005年)の米国生産・販売比率を、第三者統計資料から算出すると、LBPについて19.83%(乙266)、MFP等について45.32%(乙267)となる。第5期は短期間であることから、平成13年(2001年)と平成17年(2005年)の各数値を単純平均して差し支えない。
 以上の算定の結果、LBPについて18.48%、MFPについて48.89%となる。
E 自社実施率
 自社実施率から推認して得られる他社実施率を考慮に入れて実施料相当額を算定するのであれば、その基礎となる自社実施率は次のとおりである。
(i) 第1期から第3期まで
 各機種の日本、ドイツ、米国それぞれにおける生産・販売比率を正確に把握することが不可能なので、各期に対応する国別の売上額の比率を提出することができない。したがって、第1期から第3期の日本における売上額比率を基にするのが相当である。すなわち、LBPにつき56.54%(乙208)、MFP等につき90.59%(乙209)である。
(ii) 第4期及び第5期
 第4期及び第5期において販売されている機種を算定対象として、再反射光が第2結像光学系を通過することが構成要件となっていないことを前提として、本件特許発明の実施率を機種数ベースで明らかにする(なお、既に述べたとおり、被告は、再反射光が第2結像光学系を通過することが構成要件となっていると主張するものである。)。算定対象とする機種は、乙208号証及び乙209号証記載の機種のうち平成14年(2002年)に販売実績のあるものに、平成14年(2002年)以降平成17年(2005年)までに販売が開始された機種を加えたものとする。近年の販売機種については、売上額が極めて高度の機密性を有すること、及び、その集計に多大な作業を要することから開示できないので、売上額の比率の数値は開示することができない。そこで、代替的に上記機種数ベースの率を開示するものである。
 第4期及び第5期において販売されている機種における本件特許発明の実施率は、LBPにつき28.9%(乙268)、MFP等につき57.5%(乙269)である。ちなみに、第1期から第3期までについて、乙208号証及び乙209号証をもとに乙268号証及び乙269号証と同様の手法で機種数ベースの実施率を算出すると、LBPにつき59.4%、MFP等につき91.3%となる。この数値は、売上額ベースで算出した実施率(LBPにつき56.54%、MFP等につき90.59%)と極めて近似しており、上記機種数ベースによる実施率は、売上額ベースによる実施率の代替的な数値として極めて合理性の高いものである。
F 算定結果
 以上より、特許法35条3項及び4項が日本特許にのみ適用されるとする被告の主張からすれば、ライセンシー譲渡価格合計又は全他社譲渡価格合計のうち日本特許実施分に、標準包括ライセンス料率を乗じれば、すべての被告ライセンス契約に基づき支払われるべき実施料相当額を下回らない額が得られる。かかる算定方法が、被告ライセンス契約の内容及び締結交渉の実態に最も合致した算定方法である。
 この計算により、被告ライセンス契約に基づき支払われるべき実施料相当額は、LBP及びMFP等の合計でライセンシー譲渡価格合計を用いた場合1517億9608万6942円、全他社譲渡価格合計を用いた場合1732億6514万9943円となる(別表3「ライセンス収入」欄)。
G 上記算定結果の正当性
 基準期間において被告が実際に受領したすべての特許実施料の合計額(この中には、カメラ(特にデジタルカメラ)、インクジェットプリンタ関連製品、アナログ複写機(特に基準期間の初期)等本件特許と全く関係ない技術の実施許諾に関する実施料も含まれている。)は2085億4200万円である(乙93、233の1ないし19)。
 また、本件特許が許諾対象特許に含まれる契約にかかる実施料報告を集計して、当該契約に基づき支払われた実施料の総合計金額を算出すると、基準期間について約800億円(日本特許実施分のみならず外国特許実施分の実施料を含む)である。
 さらに、被告の保有する特許の件数の中で、LBP及びMFP等に関連する被告内の事業部3部門(映像事務機、化成品、周辺機器)が管理する新規登録特許件数の割合を、基準期間(1983年から2001年)の初年(1983年)、中間年(1992年)及び最終年(2001年)をサンプリングしてみると、****%となる(乙234)。これを上記の2085億4200万円に乗じると、*****円との金額が得られる。
 これらの数字と比較しても、上記の算定による被告ライセンス契約に基づき支払われるべきLBP及びMFP等の実施料相当額合計1517億9608万6942円又は1732億6514万9943円という数字がいかに大きく、無償部分の評価まで完全に含んだ正当な(むしろ過大であり原告に有利な)算定結果であるかが理解できるものである。
c) 費用控除について
@ 総説
 特許法35条3項及び4項に基づく「相当の対価」の算定において考慮されるのは、法文上、「使用者が受けるべき利益」である。「利益」とは、収入から、その収入を上げるために必要になった費用を控除したものであって、収入そのものではない。利益に該当する部分を抽出するには、収入から費用を控除しなければならない。なぜなら、被告が費用をすべて負担し原告がこれを全く負担していないことを無視して、利益の分配がなされるとしたら、不当かつ不公平だからである。
 前記b)の計算により被告ライセンス契約に基づき支払われるべき実施料相当額は算定されるが、これは収入そのものである。被告が多数の相手方と被告ライセンス契約を締結し、これらの変更・更改や相手方の履行を管理し、実施料相当額の支払を受けるまでには、被告がライセンス契約の対象となる技術を開発するための研究・開発費や一般管理費をはじめとして被告が負担した「費用」が存在する。実施料収入による利益とはかかる費用を控除した後の金額であることは自明である。
A 費用割合を「1−税引前当期純利益率」とする考え方(被告算定方法A)
 被告においては、開発、製造、販売及びライセンスの各機能が独立した形では、企業活動が現在の状況で存在することはできないことから、収入と費用を対応させるについてこれらの機能を別のセグメントと考えることはできない。また、カメラ、事務機、光学機器等の各事業分野も独立した形では、企業活動が現在の状況で存在することができないことから、収入と費用を対応させるについて事業分野単位で別のセグメントと考えることもできない。すなわち、被告においては、各機能及び各事業が不可分のものとして、企業全体が有機的一体として統合されて企業活動を行っていると考えるべきである。
 かかる被告の活動の中で発生する費用は、様々な収入に寄与していくのであって、特定の収入のみと直結させることはできない。また、被告ライセンス契約の下で継続的に実施料収入を上げるには、許諾対象とされる契約締結後に登録された特許等を含め特許群の維持が求められるため、契約締結後も継続的な開発や企業活動が必要である。したがって、実施料収入を上げるために必要な費用の控除も、被告の企業全体における収入に対応する費用の割合である「1−[税引前当期純利益率」を] 用い、これを割合的に控除することによって行うのが合理的である。
 具体的には、基準期間中の被告の費用割合の平均は92.91%である(乙95、96の1ないし6)。
 これに基づき算定すると、費用相当分を控除した被告ライセンス契約によって得られる実施料収入は、LBP及びMFP等の合計でライセンシー譲渡価格合計を用いた場合107億6234万2564円、全他社譲渡価格合計を用いた場合122億8449万9131円となる(別表3「費用控除後利益」「被告算定方法A」欄)。
B 費用割合を研究開発費及び研究・開発機能に配賦される一般管理費の合計のライセンス収入対応部分とする考え方(被告算定方法B)
 仮に、算定方法Aを用いない場合であっても、最低限、ライセンス収入を生みだす直接の源泉となる研究・開発に関連する費用は控除されねばならない。この場合、ライセンス収入に対応する研究・開発費及び研究・開発機能に配賦される一般管理費の合計(以下「研究・開発機能関連費用」という。)と、ライセンス収入以外の製造販売等による収入(以下「製造販売等収入」という。)に対応する同費用を区別して考え、少なくとも前者の費用部分(以下「研究・開発機能関連費用のライセンス収入対応部分」という。)は、費用割合とすべきである。
 被告の費用は、研究・開発機能において発生する「研究・開発費」、製造機能において発生する「製造原価」、販売機能において発生する「販売費」、及び前記各機能のすべてに関連して発生する「一般管理費」に大別される。「一般管理費」は、前記各機能に対し、各機能の人員比をもって配賦することができる。これらの費用のうち、ライセンス収入に直接関係する費用は、研究・開発費及び研究・開発機能に配賦される一般管理費の合計(研究・開発機能関連費用)であるが、これはライセンス収入のみならず製造販売等収入にも共通して関係する費用であるから、これをライセンス収入に対応する部分と製造販売等収入に対応する部分に配賦することによって、ライセンス収入に対応する研究・開発関連費用を抽出する必要がある。
 具体的には、被告の有価証券報告書の財務データ(全基準期間すなわち本件特許発明の公開時から満了時までの期間に対応するデータ。)及び研究・開発機能、製造機能、及び販売機能に携わる人員数のデータ(基準期間の中間年である1992年)に基づき、以下の処理を行う。
(i) ライセンス収入と製造販売等収入を峻別する。
(ii) ライセンス収入と製造販売等収入に共通する費用である「研究・開発機能関連費用」を計算する。
(iii) 上記(A)で計算された「研究・開発機能関連費用」を、ライセンス収入に対応する部分と製造販売等収入に対応する部分に配賦し、「研究・開発機能関連費用のライセンス収入対応部分」を求める。この配賦は、ライセンス収入の額と、製造販売等について研究・開発機能の段階で発生している価値の額の比率によって行う。
(iv) さらに、上記(A)の「研究・開発機能関連費用のライセンス収入対応部分」のうち研究・開発費について、研究・開発と収入発生の時間差を考慮するため、研究・開発費(「試験研究費」)を、減価償却期間3年で減価償却処理する。
(v) 以上の結果、60.7%との費用割合が得られる。
(vi) 上記に基づき算定すると、費用相当分を控除した被告ライセンス契約によって得られる実施料収入は、LBP及びMFP等の合計でライセンシー譲渡価格合計を用いた場合596億5586万2168円、全他社譲渡価格合計を用いた場合680億9320万3928円となる(別表3「費用控除後利益」「被告算定方法A」欄)。
C 費用割合と貢献度との関係について
 仮に、上記の費用についても被告の貢献の程度の問題として論じるのであれば、後述の貢献度の数値とは独立にさらに費用割合が被告の貢献の程度として考慮されなければならないことを、念のため付言する。既に述べたとおり、被告が費用をすべて負担し原告がこれを全く負担していないことを無視して、収益の分配がなされるのは不当かつ不公平だからである。
d) 寄与率について
 本件各特許発明の被告ライセンス契約に対する寄与率としては、1/[対象特許群に含まれる登録特許の数]を用いるのが妥当かつ合理的である。
@ 考え方
 本件各特許発明によって得られる実施料収入は、被告ライセンス契約によって得られる実施料収入のうち、本件各特許発明の寄与率相当分を抽出することにより算定される。本件各特許発明の被告ライセンス契約及びその実施料収入に対する寄与率は、本件各特許発明がライセンス契約の交渉・締結において果たした役割に基づいて算出すべきである(同旨、前掲三菱電機事件判決、日立製作所事件控訴審判決。そこで、。) 被告ライセンス契約の契約締結交渉における許諾対象特許の果たす役割を検討する。
 被告ライセンス契約では、契約時に交渉の材料として提示される登録特許又は特許出願たる「提示特許等」と、提示されない登録特許又は特許出願たる「非提示特許等」とで、ライセンス契約の締結に対する寄与の仕方が大きく異なる。
 提示特許等が被告ライセンス契約において果たす役割は、契約締結時について、具体的には、当該提示特許等が実施の事実又はその可能性を相手方に指摘して実質的に契約締結への相手方の動機を形成しているか、形式的な例示として用いられるにすぎないか等の実態に即して判断することになるが、一般的には、契約交渉時に、当該提示特許等の内容、実施状況やその見込みが認識されることにより、現実的な当該提示特許等の実施許諾取得の必要性及び有益性並びに実施許諾を取得せず特許侵害の危険を冒すことの不利益性を相手方に対し意識させて、契約交渉において被告を有利に導き、被告ライセンス契約の成立、対価条件等の有利化に寄与するものといえる。
 他方、非提示特許等は、個別の特許等の内容、実施状況やその見込みが問題とされず、網羅的で膨大な数の特許等により構成される対象特許群の一構成物として抽象的に認識されているにすぎない。そして、この対象特許群が、それを構成する特許等の実施許諾取得の必要性及び有益性並びに実施許諾を取得せず特許侵害の危険を冒すことの不利益性を相手方に対し抽象的に意識させて、被告ライセンス契約の成立、対価条件等の有利化に寄与するものである(特許群に含まれる特許の件数がライセンス契約交渉において重要であることにつき、乙243。L i 教授は「大量の特許権が契約の際の交渉力となる。」と指摘する。)。したがって、非提示特許等は、契約に対する個別の寄与を想定することができず、対象特許群の一構成要素としての寄与のみが存在し、その寄与率は、対象特許群のすべての構成要素たる特許等につき同等であるから、各非提示特許等について、1/[対象特許群に含まれる非提示特許等の数]となる(参考として、乙197、75頁。M i 助教授は、包括ライセンスにおける特許の寄与度の認定について、「理屈の上では、包括ライセンスの対象になっている全特許権の寄与度の総計が100%を超えてはならないはずである。したがって、目安となるべきは特許権の件数での頭割り(平均値)であり、その平均値を大きく超える(たとえば10倍以上)場合は、よほど特別な事情、たとえば、当該職務発明ほか数件を主眼としてなされた包括ライセンスであり、他の特許権については予防的にライセンスしただけであるなどの場合である。そして、その特別な事情は従業者が証明すべき事項である」と指摘する。)。
 本件各特許発明は、前述のとおり、非提示特許等である。また、本件各特許発明は、代替・回避技術が多数存在し必須ではない特許であり、しかもその課題も有害像たる静止ゴースト像の除去という解決が容易な課題であって、LBP等の技術全体の中での重要度は低い。したがって、本件各特許発明の寄与率は1/[対象特許群に含まれる非提示特許等の数]であり、本件各特許発明によって得られる実施料収入は、被告ライセンス契約によって得られる実施料収入に上記寄与率を乗じた額を超えないものとして算定できる。
 本来は、提示特許等の固有の寄与分について、まず被告ライセンス契約によって得られる実施料収入から控除するべきであるが、@提示特許等は各被告ライセンス契約によって異なり、またそれらの固有の寄与分を算定することは容易でないこと、A提示特許等の固有の寄与分を控除しなくても、本件各特許を含む非提示特許等の寄与分が反射的に大きく評価されて原告に有利な計算結果となるだけであることから、本件では提示特許等の寄与分は考慮しないこととした。
 また、上記の非提示特許等の寄与の仕方から見れば、対象特許等の中で登録特許と特許出願を区別すべき理由はなく、寄与率の分母は上記のとおり[対象特許群に含まれる非提示特許等(登録特許及び特許出願)の数]となるべきである。しかし、特許出願にはその後特許権が成立しないものも多く、登録特許より寄与度が低いとも言い得る。本件では、特許出願の寄与分を計上しなくても、本件各特許を含む登録特許の寄与分が反射的に大きく評価されて原告に有利な計算結果となるだけであることから、特許出願の寄与分は考慮しないこととし、寄与率の分母は上記のとおり[対象特許群に含まれる登録特許の数]とした。
A 具体的算定
 被告ライセンス契約に対する本件各特許発明の寄与度は、前述のとおり、@本件特許が非提示特許でありかつLBP等の技術全体の中での重要度は低い特許であることから、本件各特許発明の寄与率は本来1/[対象特許群に含まれる非提示特許等の数]となる、A計算の便宜及び原告の利益への配慮から提示特許等の寄与分は考慮しない、B同様に特許出願の寄与分は考慮しないこととし、寄与率の分母は上記のとおり[対象特許群に含まれる登録特許の数]とする、との方法で算定した。
 基準期間内特許のうち除外されていない対象特許(登録特許)の件数の平均は、先に述べたとおり、LBPについて8009件、MFP等について1万2349件である。ただし、これらの登録特許は、基準期間内において消滅したり新たに加わったりしており、被告ライセンス契約への寄与は基準期間内にどの程度存続したかで変動するものと考えられるが、すべての基準期間内特許について基準期間内にどの程度存続したか厳密に計算することは計算技術上ほぼ不可能である。そこで、乙第97号証のとおり、基準期間内特許の抽出方法からみて、いずれの基準期間内特許も平均してほぼ0.5件分程度の寄与をしているものと想定し、[対象特許群に含まれる登録特許の数×1/2]を、本件特許の寄与率の分母とした。
 以上から、本件特許発明の被告ライセンス契約及びその実施料収入に対する寄与率は、LBPについて1/4005、MFP等について1/6175となる。
B 本件日米独特許実施割合を用いた場合の寄与率
 仮に、職務発明の相当の対価には外国特許に対するそれも含まれるとして、全他社譲渡価格合計に対して本件日米独特許実施割合を用いて相当の対価を計算するのであれば、その結果算出される実施料収入に対して乗じるべき本件各特許発明の包括ライセンス契約における寄与率についても、対応する本件各米国特許及び本件ドイツ特許の存在を考慮しなければならない。上記主張における本件日本特許の数を本件日米独特許の数に置き換えて同一の処理を行なうと、本件各特許発明(本件日米独特許)の被告ライセンス契約及びその実施料収入に対する寄与率は、LBPについて1/5548、MFP等について1/8751となる。
e) 結論
 以上により、本件各特許発明によって得られるライセンス料収入は、
@ 被告算定方法Aにおいては、[他社製品譲渡価格合計]×[日本特許実施分の割合]×[標準包括ライセンス料率]×(1−[費用割合])×[本件各特許の寄与率]となり、
 他社製品譲渡価格合計につき、ランセンシーのみの譲渡価格を用いた場合は、合計232万3566万円であり、全他社の譲渡価格を用いた場合は合計262万6169万円となる。
A 被告計算方法B(「被告算定方法A」の予備的主張であり、「被告算定方法A」の「費用割合」「92.91%」を、研究・開発費及び研究・開発機能に配賦される一般管理費のうちライセンス収入に直接関係する部分の割合である60.7%に置き換えた算定方法である。)においては、他社製品譲渡価格合計につき、ランセンシーのみの譲渡価格を用いた場合は、合計1287万9568円であり、全他社の譲渡価格を用いた場合は、合計1455万6903円となる。
 なお、上記結論は、
@ 実施料相当額を算定する期間について、理論上使用者の受けるべき利益の存在しうる最も早い時点から最も遅い時点までの基準期間を採用していること
A 本件日本特許実施分の割合の計算において、不明な時点の割合について100%と設定していること
B 包括ライセンス契約における本件特許の寄与率の計算において、提示特許の寄与をゼロとしていること
C 包括ライセンス契約における本件特許の寄与率の計算において、特許出願の寄与をゼロとしていること
D 包括ライセンス契約における本件特許の寄与率の計算において、各登録特許の寄与を0.5件とみて、分母に用いる登録特許の数を1/2に減じていること
 の各処理で、すべて原告に有利な計算を行なった結論であることを付言する。
イ 予備的主張(その2)
a) 総説
 被告は、相当の対価の算定方法の第3の予備的主張として、被告算定方法Cを主張する。被告算定方法Cは、本件特許発明の譲渡時点における対価を求めるため、被告ライセンス契約により被告が受けるべき利益の同時点での予測値を、被告が負担するLBP等の事業(ライセンス)の失敗リスクを反映した割引率を用いて割り引いて譲渡時点の価値に引き直す、ディスカウントキャッシュフロー方式で計算する方法である(予測値を計算する手法により、2つの結論が出る。)。
b) 職務発明の相当の対価をディスカウントキャッシュフロー方式で計算する正当性について
 職務発明の「相当の対価」とは、発明を受ける権利の譲渡対価であるが、資産の譲渡対価額は、本来、譲渡時点で、譲渡時点以前の既に確定した事実と、譲渡時点における将来の予測事情を考慮して決定されるものである。そして譲渡時点で予測し得ない将来の事情すなわちリスクは、そもそも考慮すること自体不可能であり、かかるリスクは当該資産を譲り受けて事業に用いて運用する譲受人が負担する。
 職務発明の発明者は、職務発明についての特許を受ける権利を会社に譲渡する譲渡人に過ぎず、譲渡後に生じるであろう譲渡資産を用いた事業のリスクを一切負担していない。譲受人である会社のみが、かかるリスクを負担する。したがって、職務発明の譲渡対価である「相当の対価」を算定するにあたっては、譲渡時点では予想されなかったが譲渡時点以降に実現した事実の影響は、リスク負担者である会社に帰属させる必要がある。そのため、「相当の対価」は、譲渡時点に戻って譲渡時点以降に実現した事実の影響を排除して算定するべきである。具体的には、譲渡時点における予測キャッシュフローを、会社が負担した事業リスクを加味した割引率を用いて、譲渡時点まで割り引く、ディスカウントキャッシュフロー方式を用いて計算するべきである。
 かかる考え方に基づく算定方法が、被告算定方法Cである。
c) 具体的な算定方法の概要
@ 算定手順1:LBP等特許群の譲渡時点の資産価値の算定
 LBP等特許群について、譲渡時点において予測されるライセンス料収入(予測キャッシュフロー。被告のLBP等の予想成長率を用いて譲渡時点における被告の売上予想値を求め、これと被告の市場におけるシェアから全他社の譲渡時点における売上予想値を求め、ここに被告主張の標準包括ライセンス料率を乗じたもの。)を、譲渡時点において被告が負担するLBP等の事業(ライセンス)の失敗リスク(全他社のLBP事業のリスク≒被告のLBP事業のリスク≒被告のLBP事業に対して市場が期待する利回り)を反映した割引率を用いて割り引いて譲渡時点の価値に引き直し、LBP等特許群の譲渡時点における現在価値を算定する(ディスカウントキャッシュフロー方式)。本件においては、本件各特許を含むLBP及びMFP等に関連する対象特許群が貢献したライセンス収入の譲渡時点での現在価値は、株価算定にFCFE方式を用いた場合は1126億9700万円、P/B方式を用いた場合は1090億2500万円となる(乙174)。なお、本来はライセンス料収入を上げるために必要な費用を控除すべきであるが、本算定方法では保守的に計算するために費用控除を行なわず、その分原告に有利に計算されている。
A 算定手順2:研究・開発関連費用控除
 算定手順1の結果から、LBP等特許群を生み出すために譲渡時点以前に被告が負担した費用(被告算定方法Bにおける費用と同様、研究開発費と一般管理費の研究開発段階対応部分との合計をライセンス料収入に配賦したもの)を、算定手順1で用いた割引率を用いて割り増して譲渡時点の価値に引き直し、算定手順1で求められた予測キャッシュフローの現在価値と時点を一致させた上で控除し、LBP等特許群の譲渡時点における正味現在価値を算出する。本件においては、同費用は17億2800万円となる(乙174)。
B 算定手順3:寄与率
 算定手順2の結果に、被告算定方法A及びBと同様の本件特許のLBP等特許群における寄与率(但し、算定手順2の結果がLBP及びMFP等の合算となっているため、ここでの寄与率は、被告算定方法A及びBにおけるLBP及びMFP等の各寄与率の加重平均を用いている。)を乗じる。
d) 結論
 以上によれば、本件特許発明によって得られる実施料収入は、次のとおりである。
 =([ディスカウントキャッシュフロー方式によるライセンス料収入]−[対象特許研究・開発費用])×[本件特許発明の寄与率]
 LBP及びMFP等合計:
 (1126億9700万円−17億2800万円)×1/4333=2561万0200円
 又は
 (1090億2500万円−17億2800万円)×1/4333=2476万2750円
ウ 原告の算定方法に対する反論について
a) 原告算定方法1及び2について
 原告算定方法1及び2には、以下の問題点がある。
@ 本件各特許の単独ライセンス料収入を想定すること
 原告は、本件各特許の単独ライセンス料収入を想定している。しかし、本件各特許について、単独でのライセンス料収入は想定し得ない。なぜなら、本件各特許は単独ではライセンス契約を成立させる力を有しないからである。本件各特許発明は、LBP等に必要な膨大な技術の内の一技術、しかも技術的に周辺に位置する技術にすぎないため、これのみ実施許諾を受けても相手方はLBP等に関する事業を行い得ない。また本件各特許発明は必須特許でないため、実施許諾を受けなくても相手方は他の静止ゴースト像除去技術を使って事業を行うことが可能である。したがって、本件各特許の単独ライセンスを受ける競業他社は存在し得ない。よって、かかる算定方法は、現実から乖離している。
A 光学ユニットベースを基礎として算定を行うこと
 原告は、売上の算定及びライセンス料率の設定を、光学ユニットを基礎として行っている。しかし、本件各特許の実施許諾は光学ユニット単独を対象製品とするライセンス契約によってなされていないため、これを基礎として行う計算は現実から乖離している。しかも、光学ユニットを基礎とする計算では、製品の販売額、実施料率等について現実の第三者統計資料のデータがなく、その推測及び計算は信頼性が全くないものとなる。
B 本件日本特許(又は本件日米独特許)への限定を行っていないこと
 原告は、本件日本特許(又は本件日米独特許)への限定を行っていない。本件特許により「使用者の受けるべき利益」であるライセンス料は、本件日本特許を実施して製造・販売されたことに基づくもの(仮に特許法35条が外国特許に適用されるとしても、本件各特許発明には日本・米国・ドイツ特許しかないので、これらを実施して製造・販売されたことに基づくもの)に限られるので、ライセンス料計算の対象とする譲渡価格は、本件日本特許(又は本件日米独特許)の実施された製品の譲渡価格に限定されなければならない。しかし、原告はかかる限定を行なっていない。
C 本件特許発明の実施率を100%と主張すること
 本件特許発明の実施率が100%であるというのは、事実に反し全く根拠がない。本件特許の正当な技術的範囲に基づいて判定した本件特許発明の被告製品における実施率は、先述のとおり、LBPにつき1機種(38機種中)、及びMFP等につき6機種(LEDプリンタ1機種を含む16機種中)の合計7機種(54機種中)であり、裁判所の中間見解に基づく釈明に応じて被告が提出した自社製品実施率から他社製品実施率を推認する場合も、控え目になされねばならない。
D 光学ユニットにおける実施料率を10%と主張すること
 光学ユニットにおける単独特許について10%という実施料率が設定されることはあり得ない。そもそもLBPなり光学ユニットを製造販売するためには、本件各特許のみならず他の膨大な数の被告保有特許の実施許諾を受ける必要があり、そのLBP等について見れば、被告の、LBP等の登録特許及び特許出願(基準期間内でおよそ6万5000件。MFP等に関する技術を含めた期間内登録特許1万6324件の4倍として計算した。)の全部を包括する包括ライセンス契約の、無償部分まで包含した標準包括ライセンス料率は、先述のとおり、LBP2.40%、MFP等2.91%と算定される。10%などという実施料率を有するライセンス契約は、LBP等に関する被告ライセンス契約のみならず、事務機のトップメーカーである被告のすべてのライセンス契約を通じても存在しない。
 また、本件各特許発明は、前述のとおり、基本特許・必須特許でなく、その技術的重要度は低く、更に、本件各特許発明には代替技術が多数存在し、本件各特許発明が使用できなくてもLBP等は製造可能なのであるから、実施料率10%のコストを支払ってまで本件各特許発明を実施し光学ユニットを製造販売しようとするメーカーは存在せず、本件各特許のみを対象とする実施料を徴収する実施許諾契約はそもそも成立しない。
 被告ライセンス契約における本件各特許発明の寄与率は、LBPについて1/4005、MFP等について1/6175である。したがって、仮にLBP等について本件特許単独の仮想実施料率を計算するならば、LBPについては2.40%×(1/4005)、MFP等については2.91%×(1/6175)とされるべきであり、かかる数値と比較すると、光学ユニットをベースとした数値であることを加味しても、原告の主張が不当であることは明らかである。
 さらに、原告が根拠とする発明協会の資料の実施料率の数値は、現実にライセンス需要がありライセンスされた特許等についてのものであるが、本件各特許発明は、これを特定してライセンスを受けようとする事業者が存在するとは考えられない以上、上記資料の特許等と事情を異にするものであり、上記資料の数値を用いるのは非現実的であり妥当でない。また、上記資料の数値は、抽出の母体である「その他の機械」の分類に多種多様な機械が含まれており、更に、実施料率設定の前提となるライセンスの性質(独占的・非独占的のいずれか、許諾対象の) 内容(特許・ノウハウのいずれか、単独・複数・包括のいずれか)、又は料率を乗じる基礎(売上・利益のいずれか)も明らかにされていない。これらの点を無視して、実施料率の数値のみを、光学ユニットにおける単独特許についての売上ベースの実施料率に適用するのも妥当でない。
E 費用控除を行っていないこと
 原告は、本件特許発明により被告が受けるべき利益の計算に際して、費用控除を全く行っていない。利益の計算において売上から費用を控除すべきことは、会計学的に論じるまでもなく一般常識からして当然である。原告が本件特許発明を単独で行ったとするならば、失敗コスト等を負担しての製品の研究開発、本件特許の権利化手続、9件の本件異議事件、1件の本件無効審判と本件審決取消訴訟、多数の競合他社とのライセンス契約の締結等を、原告単独で行わなければならなかったのであり、仮に可能であったとしてもその費用は到底個人では負担しきれない膨大なものとなる。かかる理を全く無視し、被告の売上のみを基準とし費用を全く無視する原告の主張は理論的に不当である。
b) 原告算定方法3について
 原告算定方法3には、前記a)のB、Eのほか、以下の問題点がある。
@ LBP等における実施料率を5%と設定していること
 (i)発明協会の資料が膨大な数の特許を包括的にライセンスした場合の実施料率の統計である跡は認められないこと、(ii)発明協会の資料は、外国からの技術導入契約についての、実施料率が「衝撃的」に高率だった時期を含む割高な実施料率の統計である(乙218)のに対し、被告のライセンス契約は外国からの技術導入のためではないこと、(iii)発明協会の資料/データが統計的認定に用いるには極めて少な過ぎることから、発明協会の資料の実施料率の数値は、LBP等の包括ライセンスにおける実施料率に適用することができる数値であることの根拠はない。また、被告の主張するとおり、ライセンスバック契約の現実の数値に基づき標準包括ライセンス料率の算定が可能である本件において、あえて発明協会の資料を用いることに正当性は全くなく、上記標準包括ライセンス料率に代わる合理的な数値などあり得ないものである。
A 寄与率について誤った比重付けを用いていること
(i) 本件特許は非提示特許であり、その寄与率は前述のライセンス契約交渉において果たした機能・役割に基づいて算定すべきであり、被告の主張するとおりライセンス対象特許件数の頭割りとするほかない。ライセンス契約において各特許が果たす機能・役割については、例えば、特定の物質特許や製法特許が大きな役割を果たす製薬業界や食品業界のライセンス契約の場合と、被告の属するOA機器業界のそれとでは、大きな違いが見られるのであり、K ii 意見書(乙211)も指摘するようにエレクトロニクス分野(OA機器業界も含まれる。同意見書「はじめに」参照。)においては「包括ライセンス契約の中に特許権がいわば埋没するという著しい特徴」が見られる。すなわち、特許の「重要性」や「価値」といっても、OA機器分野では広汎な製品に適用可能な特許であっても技術的には製品の一部を対象としたものがほとんどであり、一件の特許で独占状態を確保し、超過売上げ、超過利益を得ることは極めて稀である。さらに、昨今の技術の多様化から、個々の特許力ではなく、多数の特許が相互に補完しあう特許群(特許ポートフォリオ)全体の特許力を評価して包括(クロス)ライセンス契約に入るのが一般的である。それゆえ、被告の属するOA製品業界においては、何らかの特許が提示された場合には、当該特許が契約交渉において果たした機能・役割に応じて、その寄与度を個別に認定する余地もあるが、それ以外の非提示特許については、契約交渉における個別の寄与を観念し得ない以上、件数による頭割りにすべきなのである。したがって、特許の実績対価の評価結果及び支給額によって寄与率に比重を付けることは適当でない。
(ii) 実績対価評価は、以下に述べるように、ライセンス契約の交渉・締結における寄与度を認定する資料として、非常に不適切なものである。ライセンス契約交渉にあたり、どの特許を提示特許とするかは、通常交渉材料として有効か否かという観点等から検討されるものであって、その意味で実績対価評価と異なるものである。それゆえ、社内の実績対価評価で高く評価されたことと、対外的なライセンス契約の交渉・締結において寄与度が高いこととは別問題なのであって、最終的に締結に至ったライセンス契約における特許の「寄与度」は、実績対価評価とは異なるものというべきである。したがって、寄与率の算定にあたり実績対価評価を用いることは、公正妥当な「相当の対価」の認定から大きく逸脱するおそれが高く、到底許されるものではない。
(iii) 仮に、実績対価評価等と結びつけて寄与率を計算するとしても、原告の算定は以下の3点で誤っている。
 原告は、甲12対応表に記載されている光学系の特許及び周辺機器事業本部に属する特許のうち、実績対価評価5級以上の特許のみの合計605件に依拠して本件特許の寄与率を算定しているが、以下のとおり妥当でない。
 まず、5級以上の特許の件数が605件であることを証する証拠は一切提出されていない(甲104は周辺機器事業本部所管の3級以上の特許件数を記載しているだけである。)。
 また、仮に605件という件数が誤りでないとしても、この件数は寄与率算定のベースとして全く不足している。なぜなら、周辺機器事業本部所管の特許は、LBP及びMFP等に関連する被告内の事業部3部門(映像事務機、化成品、周辺機器)が管理する特許の中で、****%を占めるにすぎないからである(乙234)。
 さらに、先述のとおり、そもそも寄与率はライセンス契約交渉において演じた役割に応じて決定されるべきなのであり、被告ライセンス契約の対象特許のうち提示特許は個別に、非提示特許は包括ライセンスの対象特許群の構成要素として、すべての特許がそれぞれ実施料収入に寄与している(もっとも、他社において全く実施されていないなど、特段の事情がある特許については、その寄与率が零となることもあり得る。乙211(K ii 意見書)、16頁、「*6」)。したがって、これらの特許すべてについて比重を付けて計算しなければ、誤った算定となる。
 比重付けに用いる対価は、実績対価のみならず、出願対価・登録対価まで加えて行わなければならない。出願・登録されているだけでも、包括ライセンスの対象特許群の構成要素として寄与があるからである。
 上述のように実績対価評価は寄与率の算定に用いるべきではないが、本件特許の正しい実績対価評価を行うとすれば4級相当であることからも、これを特級として扱って比重付けを行う原告の主張は誤りである。
c) 原告算定方法4ないし7について
 原告算定方法4ないし7には、前記a)のB、E、前記b)のAのほか、独占の利益として被告が支払を免れた実施料を算定するという問題点がある。
 すなわち、無償クロス契約、又は有償クロス契約の無償部分については、これらのライセンス契約により被告が支払を免れた実施料を独占の利益とする算定方法も考え得る。前掲日立製作所事件控訴審判決では、無償クロス契約、及び有償クロス契約の無償部分(「バランス調整金」の交付された以外の部分)について、かかる算定方法が検討されている。
 しかし、本件における被告ライセンス契約は、無償クロス契約及び有償クロス契約は極く少数であり、大多数は相手方のみが実施料の支払を行うライセンスバック契約である。これらのライセンスバック契約は、被告が相手方に対し一方的に特許等を包括的に実施許諾するのが契約の目的であり、米国ゼロックス社の複写機に関する特許網を完全に打破し、かつ世界で初めてLBPを完成しその市場を創設し、その後も業界のリーディングカンパニーとして研究開発を進め技術的に優位に立ち続けてきた被告は、ライセンスバック契約の相手方の保有する特許の実施許諾を本来必要としておらず、ライセンスバックは、万が一侵害することを避けるための保証でしかない。したがって、これらの相手方に対し、被告が支払わなければならない実施料は、本来的に存在しない。すなわち、被告において、上記算定方法が適用できるのは、極く少数の無償クロス契約及び有償クロス契約の無償部分についてでしかない。
 ところが、原告は、「被告の主張によれば、被告ライセンス契約はすべて、実質的には包括クロスライセンス契約である」と誤解し、それを前提に算定方法4ないし7の主張を行っている。しかし、前述のとおり、被告ライセンス契約は大多数がライセンスバック契約であって包括クロスライセンスではない。原告の算定方法4ないし7は、かかる被告ライセンス契約の実態を無視し、理論的に必ず前提として行う必要のあるライセンス契約の形態による区別を行わず、ただむやみに被告の全売上に対し実施料率を乗じているだけのものである。これは、上記算定方法の理論的枠組みから全くかけ離れており、正当な根拠の全くない論外の主張である。
d) 原告算定方法8について
 原告算定方法8には、前記a)のB、E、前記b)のAの問題点がある。
e) 原告算定方法9について
 原告算定方法9には、前記a)のB、E、前記b)の@のほか、以下の問題点がある。
@ 包括ライセンスの計算で実施率を問題とすること
 被告の包括ライセンス契約では、特段の事情のない限り、各特許の実施状況に直接影響されることなく、ライセンシーから被告に対しライセンス料が支払われるものである。したがって、包括ライセンス契約に関する計算による場合、本件特許の実施率は、相当の対価の算出と関係がない。
 また、職務発明の相当対価請求訴訟において、請求原因事実の立証責任は原告に帰するものであり(前掲三菱電機判決)、本件特許の実施率も原告が立証すべき事実であるが、原告はかかる立証を全く行なっていない。これについて被告が立証していないことは、原告有利に事実認定を行うことの理由にならない。先に主張したとおり、被告のすべての特許について他社製品における実施状況を調査することは事実上不可能である。仮に、被告製品における実施率から他社製品における実施率を推定するとしても、実施率は売上げベースではなく、機種ベースで行うべきであり、かつその推定は控えめになされるべきことも、前述のとおりである。
A 本件特許の寄与率を100%と主張すること
 原告は、本件特許の寄与率について、本件特許以外の被告特許で他社製品で実施されているものを被告が立証していないことを理由に、寄与率を100%と主張する。
 しかし、前述のとおり、本訴訟において請求原因事実の立証責任は原告に帰するものであり、被告が立証していないことは原告有利に事実認定を行うことの理由にならない。
 さらに、包括ライセンス契約でその許諾対象特許1件の寄与率が100%ということはあり得ないことであり、本件特許は提示特許でない以上、再三述べてきたとおり、その寄与率はライセンス対象特許件数の頭割りとなるものである。
f) 原告算定方法10について
 原告算定方法10には、前記a)のB、E、前記b)の@、A、前記e)の@の問題点がある。
7 争点3−5(被告による本件各特許発明の実施による利益の額)について
(1) 原告の主張
 被告は、開放的ライセンスポリシーを採用し、ほとんどすべての同業他社と被告ライセンス契約を締結しているのであるから、被告による本件特許発明の実施について、本件特許の独占の利益は存在しないと主張する。しかし、この主張は誤りである。被告は、本件特許を独占することによって、法定の通常実施権(特許法第35条1項)であれば得ることのできないロイヤルティー相当額を競業他社から得られるという点で、価格競争上極めて有利な条件の下で自社製品を製造販売することができた。例えばロイヤルティーが製品全体の3%であるとすれば、被告自らが製造販売する場合には、ロイヤルティーを支払わずに、かつ競業他社からはロイヤルティーを受け取ることができるのであるから、競業他社に比べて、一台の製品につき製品価格の約6%(支払うべきロイヤリティの約2倍)に相当する価格分有利な条件の下で製造販売できる立場にある。このように、被告は、その価格戦略上極めて有利な条件の下で、自社製品の開発販売をなしえたのであり、そのことが被告の開発力、販売力の強化に繋がっていることは容易に推測できるのであって、被告の売上の中に、本件特許を独占した利益が存することは明らかである。この点、被告顧問のJ i も「実施料を一%もらえば、プラスマイナスで二%の事業差が出ます。これでコスト競争上優位に立てます。」(甲18、「キヤノン特許部隊」139頁右から8行〜9行)と述べ、特許権を独占することによって、名目上の実施料の倍の事業上の利益があることを認めている。さらにクロスライセンス契約の場合には、実施料は、お互い有する特許の優劣の差額にすぎないため、得られる実際上の経済的利益はさらに大きくなる。これらの利益は、本件特許を非独占実施していたのでは得ることができない利益である。
(2) 被告の主張
 被告は、開放的ライセンスポリシーを採用し、ほとんどすべての競合他社に実施許諾しているのであるから、本件各特許発明の実施により得た超過利益は認められない。
8 争点4(本件各特許発明について被告が貢献した程度)について
(1) 原告の主張
A) 特許法35条4項が規定する「使用者等の貢献度」の意義について
 「使用者の貢献度」とは、特許法35条1項規定の無償による通常実施権の付与により用尽されている以上のものでなければならない。すなわち、特許法は、職務発明の場合は、通常、使用者が実験設備、実験資材、実験費用の負担、研究補助者の提供、文献の購入費用の負担など、発明の完成に至るまでの資金提供をしていることを考慮して、公平の観点から、発明者に特許権を与える一方で、使用者に職務発明についての特許につき、通常実施権を与えることとしているのである。
 してみると、職務発明についての「使用者の貢献度」として通常考えられる「実験設備、実験資材、実験費用の負担、研究補助者の提供、文献の購入費用の負担など、発明に至るまでの資金提供をしていること」等の使用者が職務発明のために提供する便益は、特許法35条1項による通常実施権の無償による取得と対価関係に立っているといえるので、これらと全く同じ内容の使用者の貢献度を職務発明の譲渡対価の算定上再び考慮することは、対価関係を欠き衡平を失する結果となるから許されない。したがって、被告が、特許法35条1項による通常実施権の無償による取得と対価関係に立つ以上に、原告に便益を提供したということを立証しない限り、「使用者の貢献度」を本件特許発明の承継の対価の算定上考慮することは許されないというべきである。
B) 本件各特許発明に関する被告の貢献度は認められないことについて
ア 総説
 原告がレーザー走査光学系の開発に携わったのは、1970年代中ごろの普及型LBPの基礎開発当初から、昭和59年(1984年)のLBP−CXに始まった卓上型普及タイプのLBP事業の開始に至るまで、およそ10年間であった。その間において、原告は主任研究員以前の職位にありながら自主的に開発責任意識を持って、その革新性と創造性に取り組む意欲と先見性等により積極的に提案を行い、本件各特許発明を生みだした。この本件各特許発明に係る技術は、被告の主要な事業展開における技術基盤を確立したという点において大きな意義を持つものであり、その後、被告の多くの製品の技術基盤となり、長期間にわたって多くの商品に実施されるに至った。そして、被告は、本件各特許発明について、通常実施権を無償で取得したことに加え、本件各特許をライセンスの対象とするなどして多大な利益を獲得した。
 他方、原告は、本件各特許発明を発明する過程において、コーナーリフレクターの原理やペンタプリズムの原理と関連づけて独自の着想に基づき、ゴースト像発生の原因を、業務命令等ではなく自主的に解析、解決したのである。
 そして、本件各特許発明は、半導体レーザーと偏向器と走査レンズの配置関係の条件設定によりゴースト像を除去するものであるから、その条件の解析は卓上計算機によっても可能なものであった。したがって、原告は、被告のリソースである汎用コンピューターはほとんど使わず、個人的に所有していた卓上計算機によってその問題を解決したのである。原告が被告の汎用コンピューターを使用したのは、ゴースト像発生の原因が判明し、ゴースト像を除去することができる条件を発見した後において、確認のための光線追跡を行った際で、その計算に要した時間は多くても10分程度にすぎなかったのである。以上の経緯からすると、本件特許発明に至る過程において、被告の特別な貢献度が認められるものではない。なお、原告が本件各特許発明の光線追跡に用いたのは、製品の開発のために既に設計されていたFSP−DRYの「DCV10340図面」又は「DDV10340図面」のデータであったとの被告の主張は誤りである。
 また、本件各特許発明が当時としては最高の特級の評価を与えられるとともに個人としては最高の評価である優秀社長賞の対象となっていることなどから明らかなように、被告自身が本件各特許発明の重要性のみならず原告の貢献度を極めて高く評価している。
 以上のように、原告は、業務命令等に基づかず自主的に問題を解決し本件各特許発明に至っていること、及び、被告の物的設備をほぼ使用せずに本件各特許発明を行っていること、並びに被告自身も原告の貢献度を極めて高く評価していることから、本件各特許発明の承継に対する相当対価の算定にあたり考慮すべき被告の貢献度は認められないというべきである。
イ 本件各特許発明の完成につき、原告は被告の指示及び要請等を受けなかったことについて
 被告は、本件各特許発明は、業務上の指示及び要請等を受けて完成に至ったものであると主張する。しかし、原告は、本件各特許発明の完成につき、被告から指示及び要請等を受けたことはない。
a) 本件各特許発明完成当時の原告の業務は、いずれもゴースト像の問題を知り得ないものばかりであったことについて
 原告は、本件特許発明を完成させた当時である昭和56年(1981年)ころ、被告の製品技術研究所光学部に所属していた。光学部における原告の基本的な業務は、レーザー走査光学系について、自ら研究テーマを発見し、研究することであり、具体的には、BJ泡光(あわひかり)変調の開発、LBP走査効率アップ、走査線ピッチ可変といったいずれもゴースト像の発生とは関わりのない研究を行っていた。
 また、原告は、そのころ、光学部の仕事と平行して、LBP開発に関する二つのタスクフォース(目的を設定し、具体的な業務内容等を定め、業務に関係する開発部署から、そこに所属する様々な必要な専門家をリーダーであるチーフ及び各業務の担当者として組織横断的に集めて、メンバーとして編成し、所定の目的を遂行するもの。以下同じ。)、すなわち、タスクフォースTR−048「Sコンポの開発」(乙22)とタスクフォースTR−050「FSP−DRY」(乙23)にも参加していた。
 昭和55年(1980年)7月21日に開始された、タスクフォースTR−048「Sコンポの開発」(乙22)の目的は、「FSP−DRY」(乙23)においてLBPに搭載する走査光学系ユニットの開発であり、具体的な業務内容は、共役型倒れ補正光学系の主要部品であるトーリックレンズ(ガラス及びアクリル)及び金属ポリゴン(多面鏡偏向器)を使用する走査光学系の開発であった(乙22、「期待すべき効果」欄)。ここで、開発の対象となる走査光学系ユニットとは、ユニット筐体部分を指し、被走査媒体(感光体)は含まれない。
 そして、このタスクフォースTR−048「Sコンポの開発」において、原告が被告から具体的に業務命令として受けたのは、@ガラスを材料とするトーリックレンズの量産性の向上研究、Aアクリルを材料とするトーリックレンズの成型加工技術における光学性能検討、B金属ポリゴンの加工技術における光学性能検討、CFSP−DRY用の低価格走査光学系の設計の4テーマであり、そこからはゴースト像の問題を知ることはできないものばかりであった。
 タスクフォースTR−048「Sコンポの開発」とほぼ同時である、昭和55年(1980年)7月22日に開始された、タスクフォースTR−050「FSP−DRY」(乙23)の目的は、「LBP−10の高位機種(中速)として」半導体レーザー・乾式現像方式を採用するなどの特徴を持ったLBPの開発であった(乙23、「目的・計画の概要」欄)。そして、タスクフォースTR−050「FSP−DRY」において、原告に与えられた職責は、プリンタで高画質の画像を得るべく、解像度(画像上で物体の見える細かさ)及び中間調(白黒の場合の白と黒の中間的な濃さ又はカラーの場合の各色の中間的な明度をいう。)に関する検討であった。解像度の検討は、シミュレーションにより、感光体面上に理論上できるはずの結像スポット像によって形成される線と線の間隔等について行う。中間調に関する検討も、同様にシミュレーションにより、理論上できるはずの結像スポット像について行う。このように、これらの検討は、シミュレーションであって、紙等に画像を印刷してチェックするといったものではなく、感光体面上に理論上できるはずの結像スポット像について行うものである。したがって、原告のFSP−DRYにおける具体的な業務は、そこからはゴースト像の問題を知ることができないものであった。
 以上のように、光学部及びタスクフォースTR−048「Sコンポの開発」、並びにタスクフォースTR−050「FSP−DRY」における原告の業務は、いずれも、そこからはゴースト像の問題を知りえないものばかりであった。
b) 原告は、本件各特許発明を被告からの指示及び要請等に基づかず、自主的に完成させたことについて
 原告は、以下に述べるように、本件各特許発明を被告からの指示及び要請等に基づかず、自主的に完成させた。
 原告が本件各特許発明を完成させようと考えたきっかけは、昭和56年(1981年)当時、原告が、製品技術研究所において休憩していたところ、その場に居合わせた者から、LBPについて、走査線と直交する方向に有害な直線状の画像が記録されているようである、そしてその原因は感光体にあるらしいとの情報を得たことにある。その情報を聞いた原告は、有害像の問題は、感光体技術あるいはプロセス技術に携わる者が解決すべき問題であると考えたが、好奇心から原告なりにその問題について時間のあるときに考えてみようと思うに至った。
 有害な線像の発生原因としては、帯電・除電の不具合、トナーの不具合、印刷に際する不具合、感光体の不具合、光源に基づく原因、第2結像光学系の不具合、乱反射など、様々な原因や未知の原因が考えられた。しかし、光を反射する偏向器は高速度で回転しているので、有害像もそれに伴って移動するのが自然であるが、それにもかかわらずその有害像は静止しているという特殊性から、原告は、入射ビームの反射面に対する入射角が変化しても、入射ビームと出射ビームの偏角が常に90度となるというペンタプリズムの原理と、入射ビームと出射ビームの偏角が常に180度となるというコーナーリフレクターの原理を思い起こした。これらの原理は、光学系の技術者にとっては周知の技術的事項である。そして、原告は、偏向器は隣り合う反射面のなす外側の角度が180度を超えるが、隣り合う反射面が角度を持っている点では、コーナーリフレクター等と同じであるという共通点に注目し、その共通点から、LBPの走査光学系において入射した光(入射光)は、偏向器の回転にかかわらず、偏向器で反射した後、第2結像光学系のレンズ面あるいはその他の面で反射し、偏向器の隣の面に戻り、さらに再反射した光(再反射光)と入射光のなす角度が一定の角度を持つのではないか、と考えるに至った。そして、さらに検討を加えた結果、原告は、偏向器で偏向された入射光と入射光が被走査媒体で反射した反射光は、同一のレンズを通過してくるため常に平行であり、その結果、入射光と再反射光のなす角度は、偏向器への入射角度にかかわらず、常に4π/N(Nは偏向器の反射面数)という一定の角度になるということを突き止めた。
 さらに、原告は、入射角αをコントロールすることによって問題を解決できないかということに加え、αとN、W、Dの相関関係を理論的に明らかにできるのではないかと考え、それらの相関関係を解明する研究に取り組んだ。第2結像光学系は、f・θレンズである。f・θレンズは、Y=f・θという特性を有する。すなわち、f・θレンズは、Yがf及びθ(光軸への入射角度)に比例するという特性を持つレンズである。したがって、f・θレンズに同じ角度を持って入射した光線すなわち平行の光線は、被走査媒体上の一点に結像することになる。
 この点、Y=f・θであるから、θ=Y/fとなる。ここで、Dは、「光束の偏向面と平行でかつ前記第2結像光学系の光軸を含む面内における前記第2結像光学系の像側主点と前記被走査媒体面との距離」を表しているので、fに代入できる。また、Wは、「前記被走査媒体面上に於いて前記第2結像光学系の光軸から有効走査巾の端部までの距離」を表しているので、Yに代入できる。したがって、W/Dは、有効走査巾の端部に結像する光線が、第2結像光学系に入射する際に、光軸となす角度(θg)を表している。
 とすれば、θ>θg=W/D(@式)という関係が認められれば、静止ゴースト像は、有効走査巾の内側に結像することがなくなり、静止ゴースト像除去の目的を達成することができる。この点、α+θ=4π/Nという関係式が得られるので、θ=4π/N−α(A式)である。
 したがって、@式とA式より、4π/N−α>W/Dを満たせば、静止ゴースト像は有効走査巾内に形成されることはない。
 4π/N−α>W/D
 −α>(W/D)−(4π/N)
 α<(4π/N)−(W/D)
 以上の式から、αを(4π/N)−(W/D)よりも小さくすることによって、静止ゴースト像を除去することができることが判明し、原告は、本件各特許発明を完成させたのである。
c) LBP全般の開発に至る経緯と本件特許発明の経緯に関する被告の主張に対する反論について
 LBPを開発するにあたっては、既に確立されたアナログ複写機用の電子写真技術を流用しつつも、LBP等に特有の技術問題に対応する必要があった。このLBP等に特有の重要技術とは、まさに、本件特許発明に関する走査光学系である、レーザー、偏向器、各種レンズ等に関わる技術である。そして、このLBP等に特有の重要な技術を多数発明したのが原告である。LBP等の開発、中でも、光学系の開発にあたっては、被告には、従前から技術の蓄積がなされておらず、すべて開発者が一から独力で開発しなければならなかった。 
 原告以外のタスクフォースに関わっているプロセス技術者(例えばN i(以下「N ii」という。)やO i(以下「O ii」という。))や他の光学技術者にとっても、発明の機会が十分にあったにもかかわらず、原告以外の誰も本件特許発明をなし得なかった。静止ゴースト像の問題を被告内で一番初めに認識し得るのはプロセス技術者である。このことは、乙10号証の「LBPにおける散乱光の結像によるノイズ光について」と題するレポート(以下「P ii レポート」という。)の作成者のP i(以下「P ii」という。)がプロセス技術者であること、ゴースト像の除去方法に関する二つの特許(特開昭51−87062(乙12の1)を以下「Q ii 特許1」といい、特開昭52−43314(乙13)を以下「Q ii 特許2」という。Q ii 特許1とQ ii 特許2を総称して「Q ii 特許」ということもある。)の発明者がプロセス技術者のP ii 及びO ii であることからも理解できる。このO ii はQ ii 特許の発明者の一人である(乙12の1、322頁右下欄「6.前記以外の発明者」欄、及び乙12の2、77頁左上欄「7.前記以外の発明者」欄参照)。そればかりか、プロセス技術者であったO ii らは、物理設計図である乙104号証の3(以下、乙104号証の物理設計図を「本件物理設計図」という。)において、「静止ゴースト像が発生することが無い様に配慮のこと」と記載されていることを知りながら、本件各特許発明を発明することに至らなかったのである。してみると、被告がいうように、被告内の技術者にとって本件各特許発明をなすことが容易であるとすれば、TR−050のサブチーフであり、プロセス技術者であり、しかもQ ii 特許の発明者であったO ii が、本件各特許発明をなしたはずであるのに、それをしていない。
 被告が主張するように、光学系技術者やタスクフォースのチーフらに指示がなされる文書であれば、通常は、配布先が記載される。例えば、原告のレポート(乙103)にも配布先が記載されているし、また、P iiレポート(乙10)や「NP−LBP Mirror Scannerにおけるゴースト及びフレア」と題するQ i(以下「Q ii」という。)作成のレポート(乙11・以下「Q ii レポート」という。)にも配布先が記載されている。本件物理設計図に配布先の記載がないことは、当該書類の作成者であるN ii が所属するプロセス部門以外には、配布されなかった可能性が極めて高い。事実、原告は、静止ゴースト像に関する配慮をするようにという連絡あるいは指示をされてもないし、かかる要請を受けてもない。
 しかし、N ii らが、実際に光学系技術者やタスクフォースのチーフらに対し、静止ゴースト像が発生しないように指示をしたのであれば、静止ゴースト像が発生するような試作機が製作されるはずはないのである。
 しかも、被告の主張によれば、「被告内の技術者であれば、だれでも極めて容易に本件特許発明をなすことができた」ということであるのだから、原告が、本件特許発明をするまでもなく、例えば、本件物理設計図をみたO ii(乙104号証の1ないし3の「承認印」はO ii のものである。)は、Q ii 特許の発明者の一人として、直ちに、本件特許発明の構成を提案しているはずである。特に、本件物理設計図において引用されている図面DCV10340は、ゴースト像の発生原理を知悉している者にとっては、その構成上、静止ゴースト像が発生することが明らかである。にもかかわらず、O ii は、本件物理設計図を承認した際に、静止ゴースト像が発生することを指摘もせず、また、さらに本件特許発明の構成も提案しなかったのである。その結果、試作機において静止ゴースト像が発生したということは、Q ii 特許の発明者の一人であるO ii をもってしても、本件特許発明をなすことが困難であったことを示すものである。
 被告は、被告が原告に対して静止ゴースト像を除去するよう指示を出したという被告の主張を裏付ける証拠を提出していないにもかかわらず、被告は、「本件各特許発明は、如何なる点においても、被告の業務上の指示・命令によって為されたものと認められるものである」として、被告の推測だけを根拠として主張しているにすぎない。
d) 小括
 このように、原告は被告から指示及び要請等を受けずに本件各特許発明を完成させたのである。
 なお、一般的に、原告が、被告から業務命令を受けた場合には、その業務命令に対して進捗状況報告書を作成し又は会議で報告することになっていたが、原告が被告に対し提出したゴースト像除去に関する研究の進捗状況報告書などといったものは存在しておらず、このことからも、本件各特許発明の完成が被告の指示及び要請等に基づくものでないことは明らかである。
 また、本件特許発明に係る提案書を見れば直ちに判明することであるが、原告は、本件特許発明はタスクフォースの業務とは全く無関係になされたので、本件特許発明の提案書のタスクフォース名等の記載欄に「Sコンポの開発」及び「FSP−DRY」というタスクフォース名を記載したことがないことを明確に記憶している。これに対して、被告は本件特許発明の提案書は既に廃棄されているなどと主張する。しかし、本件特許のように先発明主義を採用する米国においても出願されている特許については、米国において特許侵害訴訟等の紛争が起き当該特許の新規性や発明の先後が争いになった場合に当該特許に係る発明時期が重要な争点となるのであるから、多数の特許を米国に出願している被告が、発明を行った時期に関する重要な証拠である提案書を廃棄するなどということは到底考えられず、被告の主張が虚偽であることは明らかである。
ウ 被告の主張とそれに対する原告の反論について
 被告の主張はいずれも事実に反する不当なものである。以下、順に検討する。
a) 本件特許発明の完成につき、原告は、本件物理設計図(乙104)を通じて、N ii からの指示及び要請等を受けていないことについて
 被告は、本件物理設計図に「静止ゴーストが発生することのない様配慮のこと」と記載されていること(乙104の3)を根拠として、本件物理設計図の作成者であるN ii は、本件物理設計図を通じて、原告ら光学系技術者及びタスクフォースのチーフらに設計上の配慮をなすことを指示したと主張する。
 しかし、以下に述べるとおり、本件物理設計図は原告ら光学設計者に対して指示及び要請をする文書ではない上、原告には配布されていないことから被告の主張は失当である。
@ 本件物理設計図は原告ら光学設計者に対して指示及び要請をする文書ではないこと
 本件物理設計図中の「スポット径」に関する記載(乙104の1)は、原告ら光学設計者に向けられたものではない。なぜなら、光学設計者は、スポット径の形状及び大きさが具体的に特定されていることを前提に、当該形状及び大きさのスポット径を形成するレンズ等を設計するが、物理設計図の「スポット径」の項目は「ドラム面スポット形状は__±__μ×__±__μである。」というように、スポット径の具体的な大きさが記載されておらず、このような記載では、光学設計者は何らレンズを設計することはできないからである。この点、被告は、本件物理設計図の「スポット径」の記載が空欄となっていても、それは、当該空欄部分を埋めるために最適となる具体的数値を光学設計者がプロセス設計者と共に検討すべきことを指示・要請したものであると主張するが、本件物理設計図中にそのような明示の記載はなく、被告の主張に根拠がないことは明らかである。
 また、本件物理設計図中の「光量損失」に関する記載(乙104の2)も、原告ら光学設計者に向けられたものではない。なぜなら、「光量損失」の項目には、「パワーチェッカーによる光量測定部からドラム面までの光量低下量はバラツキ量をできる限り小さくする事。」「パワーチェッカー部からドラム面までの光量低下量=80.6%(=75〜86%)」などという指示・要請が記載されているところ、光学設計業務においてパワーチェッカーなる器具は使用しないのであって、原告は「パワーチェッカーによる光量測定部」及び「パワーチェッカー部」がどの箇所を指すかが分からず、かかる指示・要請に応えることはできないからである。なお、プロセス担当者は光量の検討のためにパワーチェッカーを使用することがあるので、パワーチェッカーを前提にした「光量損失」の項目は、むしろ、プロセス担当者に向けられたものであるといえる。
 以上より、本件物理設計図は原告ら光学設計者に対して指示・要請をする文書ではないことは明らかである。
A 原告に対して、本件物理設計図は配布されていないこと
 P ii レポート、Q ii レポート、「走査線のすれとゆがみ(FSP:DDV30100:TR029)」と題する原告作成のレポート(乙103・以下「A ii レポート」という。)等には配布先が記載されているのに対し、本件物理設計図には配布先が記載されていない。また、本件物理設計図には承認印が押されておらず、しかも、空欄となっている箇所や(乙104の1)、「未検討」となっている箇所(乙104の2及び3)があることから、本件物理設計図は、被告社内のプロセス技術者のグループ以外に配布することが予定されていない未完成の図面であると推察される。以上のことから、本件物理設計図が原告に対して配布されていないことは明らかである。
b) 本件特許発明の完成につき、原告はR i(以下「R ii」という。)らからの指示・要請を受けていないことについて
@ ゴースト像の問題は、プロセス担当者が解決すべき問題であり、原告は、ゴースト像の除去についてR ii らからの指示・要請を受けていないこと
 被告は、原告が、タスクフォースTR−050「FSP−DRY」のチーフであるR ii らから、指示・要請を受けて、タスクフォースの業務として、ゴースト像の除去方法を検討し、本件特許発明を完成させた旨主張する。しかし、ゴースト像の問題は、プロセス担当者が解決すべき問題であり、原告は光学設計者であるから、R ii らから原告に対して、ゴースト像の除去について指示・要請がなされるはずはないし、実際、原告はR ii らからそのような指示・要請を受けていない。
 ゴースト像の問題が、プロセス担当者の解決すべき問題であるということは次のことから明らかである。すなわち、まず、ゴースト像について検討したP ii レポートは、そこに「TR006M」と記されていることからもわかるように、タスクフォースTR−006において作成されたものである。P ii レポートの作成者であるP ii は、タスクフォースTR−006において、プロセス担当者であった(乙173)。また、Q ii レポートは、そこに「TR006M−32」と記されていることからもわかるように、タスクフォースTR−006において作成されたものであるところ、Q ii レポートの作成者であるQ ii は、タスクフォースTR−006において、プロセス担当者であった(乙173)。さらには、P ii 及びQ ii と同じく、Q ii 特許の発明者の一人であるO ii も、プロセス担当者であった(乙173)。
 このように被告内においては、ゴースト像の問題全般について、プロセス担当者が中心となって取り組んでいたのである。したがって、ゴースト像の除去についてのR ii らからの指示・要請が、光学設計者である原告に対してはなされたことはない。
A 被告の主張とそれに対する原告の反論
 被告は、Q ii 特許1の発明は、光学設計者であるS i(以下「S ii」という。)が加わり、偏向器(ポリゴンミラー)に入射する光束を傾けるという光学的な(光学配置による)解決方法を採用することで完成されたものであり、遅くともFSP―DRYの開発が行われた昭和55年(1980年)から昭和56年(1981年)ころには、ゴースト像除去の問題は光学設計者の担当とされていた旨主張する。
 しかし、入射する光束を傾けることによって、ゴースト像を除去するという方法は、Q ii 特許よりも前に作成されたQ ii レポートにも記載されている(乙11の3枚目の「対策」欄中の「6.入射ビームを傾ける」との記載参照)ことから明らかなように、Q ii レポートを作成したプロセス担当者(P ii 及びQ ii)によって既に検討されていたのである。よって、Q ii 特許が、光学設計者によって完成されたものであるとは到底いえず、Q ii 特許が光学設計者であるS ii が加わることによって完成した旨の被告の主張は誤りである。
 また、被告は、Q ii は、電気設計を専門とする技術者であり、プロセス担当者ではないと主張する。しかし、Q ii は、TR−006のタスクフォースにおいてプロセス担当者であったことは、被告自らが作成したタスクフォースのメンバー一覧表(乙173)から明らかである。
 さらに、被告は、プロセス担当者の主たる任務は、技術的な問題点を解決するよう、機械設計者、電気設計者、光学設計者らに指示・要請を行うことであり、技術的な問題点を最終的に解決するのは、機械設計者、電気設計者、光学設計者らであるから、ゴースト像の問題も、プロセス担当者から報告を受けたR ii が光学的な方法で解決を図るべきと判断した場合、光学設計者である原告に指示・要請を出すことは当然である旨主張する。
 しかし、タスクフォースTR−006においてプロセス担当者であったP ii(乙163の23頁12行)は、自らの陳述書(乙165)において、TR−006在籍時、P ii の上司のO ii にゴースト像の出現を報告したところ、O ii がP ii に対し、ゴースト像の形成原理等について検討するようとの指示があったため、ゴースト像の形成原理を突き止めてP ii レポートを作成したとしている。そして、P ii レポートによれば、その5/5頁の「3.考察」において、「現装置では最適露光を行なう限り、散乱光結像による問題はほとんどない。」と結論付けられている。よって、このことから、P ii がその時点においては、ゴースト像の問題を最終的に解決したことが伺える。また、P ii の陳述書によれば、P ii は404件の発明をなしているところ(乙165の3頁13行)、もし仮にプロセス担当者は最終的に問題を解決する職責を負っていないのであれば、プロセス担当者であるP ii が単独で発明したものは存在しないということになろうが、そのような不自然なことは考えられない。これらのことから、プロセス担当者も問題点を最終的に解決することは明らかであり、これに反する被告の主張は虚偽である。
c) 光学配置図(乙105。以下「本件光学配置図」という。)及び「FSP−DRY用光学系の性能検討(第一報)(DDV−10340)」と題するレポート(乙198、以下「T i」レポート」という。)は、原告が、被告の指示・要請等に基づいて本件特許発明を完成したことを示す証拠とはならないことについて
 被告は、本件光学配置図及びT i レポートを根拠に、原告は、遅くとも昭和56年(1981年)5月初めころまでに、本件特許発明をタスクフォースTR−050「FSP−DRY」の製品試作機の走査光学系の設計に採用したと主張する。
 しかし、仮に、被告の主張を前提にしたとしても、このことから、業務上の指示・要請等が原告に対してなされたことにはならない。もっとも、本件光学配置図及びT i レポートは、被告の主張を裏付ける証拠とはならないので、以下、この点につき、念のために主張する。
@ 本件光学配置図に基づく光学配置は本件特許発明の要件を充たしていないこと
 被告は、本件光学配置図は、被告の指示・要請等に基づいて原告が作成したものであり、同配置図に基づく光学配置は、本件特許発明の要件を充たしており、それに従って設計変更した実機による試験で、ゴースト像が除去できたのであるから、本件光学配置図は、本件特許発明が被告の指示・要請等に基づいて完成されたものであることを示す証拠である旨主張する。なお、本件光学配置図には、明確に「有効走査巾310」と記載されているにもかかわらず、被告は、本件特許発明及び本件光学配置図にいう「有効走査巾」は画像巾を意味するとし、本件光学配置図の「有効走査巾」をA3用紙の紙巾である297mmとして計算した上で、本件光学配置図に基づく光学配置が本件特許発明の要件を充たすと主張している。
 しかし、本件特許発明にいう「有効走査巾」が画像巾を意味するなどとは、本件特許の明細書のどこにも述べられていない。また、本件光学配置図においても、「有効走査巾310」と明記され、画像巾については全く言及されていない。よって、本件特許発明及び本件光学配置図の「有効走査巾」を画像巾の意味に限定する根拠は何もない。よって、本件光学配置図に基づく光学配置が本件特許発明の要件を充たすか否かは、有効走査巾が310(mm)であることを前提に検討すべきであるが、それを基に計算すれば、本件光学配置図に基づく光学配置は本件特許発明の要件を充たしていないことになる。
 このように本件光学配置図に基づく光学配置ではゴースト像を除去することができないのであるから、本件光学配置図をもって本件特許発明が業務上の指示・要請によってなされたとする被告の主張は誤りである。
A T i レポート(乙198)において言及されている製品試作機の光学配置は、本件光学配置図に示される光学配置と同一のものではないこと
 被告は、T i レポートは、原告作成に係る本件光学配置図に基づくFSP−DRYの製品試作機の光学系の性能を検討した結果を報告した技術レポートであり、その中に、「ゴースト像発生位置はほぼ計算値通りで、有効画面外に除去することができた。」等の記載があることから、T i レポートのかかる記載からも、本件光学配置図に示される光学配置により、ゴースト像の除去に成功したことが認められる旨主張する。
 しかし、T i レポートによって、製品試作機においてゴースト像を除去することができたとされていても、本件光学配置図によって、ゴースト像を除去することができたとはいえない。なぜなら、T i レポートにおいて言及されている製品試作機の光学配置は、本件光学配置図に示される光学配置とは次のような相違点があり、同一のものではないからである。
 すなわち、まず、T i レポート(乙198)によれば、入射角は60度となっているところ、光学配置図(乙105)によれば、入射角は58度±30分となっており、角度が異なっている。
 次に、T i レポートによれば、計算によって求められるゴースト像の位置は、光軸から153.59mmのところとされている。これに対し、本件光学配置図に記載された各数値を基に、ゴースト像の位置を求めると、ゴースト像は、光軸から153.41mmのところに形成される。
 このように、本件光学配置図に示されている光学配置とT i レポートにおいて言及されている光学配置は異なっているのであるから、これらを同一であることを前提とする被告の主張は誤りである。
 なお、被告はかかる原告の主張に対し、T i レポート(乙198)の「60°」という記載は、本件光学配置図に示される光学配置における入射角58度±30分を含み得る概括的な数字として、約60度という趣旨で記載されたものにすぎないと主張する。しかし、58度±30分という角度は、ゴースト像が除去されるか否かという重要な意味を有する角度であり、そのような重要な意味を有する角度を、T iレポートにおいて概括的に表記するなどということは考えられないことから、被告のかかる主張は誤りである。
d) 小括
 本件物理設計図は、原告ら光学設計者に対して指示及び要請をする文書ではない上、原告に対しては配布されていないのであり、原告は、本件特許発明の完成につき、本件物理設計図を通じて、N ii から指示及び要請等を受けていない。
 また、ゴースト像の問題は、プロセス担当者が解決すべき問題であり、光学設計者である原告は、ゴースト像の除去についてR ii らからの指示・要請を受けていない。
 そして、本件光学配置図に基づく光学配置は本件特許発明の要件を充たしておらず、T i レポートにおいて言及されている製品試作機の光学配置は、同配置図に示される光学配置と同一のものではないことから、これらは、原告が、遅くとも昭和56年(1981年)5月初めころまでに、本件特許発明をタスクフォースTR−050「FSP−DRY」の製品試作機の走査光学系の設計に採用したことを示す証拠とはならない。
 よって、原告が被告の指示及び要請等に基づいて本件特許発明を完成させたとする被告の主張は、事実に反する不当なものである。
エ P ii レポート等の被告の技術文書は本件特許発明の完成に何ら貢献していないことについて
 被告は、P ii レポート、Q ii レポート、Q ii 特許、特開昭51−150346に係る特許(乙14・以下「U ii 特許」という。)、及び被告作成の「レーザービーム電子写真記録法に関するノウハウブック」(乙102・以下「ノウハウブック」という。)等の被告の技術文書(以下、これら文書を総称して「被告技術文書」ということがある。)について、本件特許発明は、P ii レポート等に記載された『入射光と4π/Nの角度に出る再反射光』というゴースト像の形成原理からほぼ必然的に帰結されるものである旨主張し、さらに、Q ii 特許1、Q ii 特許2、U ii 特許、ノウハウブック等の技術文書に、入射光の角度をコントロールしてゴースト像を偏向面と水平方向にずらして有効走査巾外に結像させて除去するという本件特許発明の方法と同様の方法が開示されていること等から、本件特許発明は被告のLBPの光学系の技術者であれば、原告以外の誰であってもなし得た旨主張して、被告の貢献の程度は極めて大きいと主張する。
 また、被告は、P ii レポート等の被告技術文書は、被告内において、関連技術の担当者が開発のために参照すべきものとされていたものであって、原告も容易に参照しうる立場にあり、かつ参照しなければならなかった等と主張する。
 しかし、被告技術文書において、本件特許発明の構成、すなわち、本件特許発明の示すゴースト像の除去手段は何ら示唆されておらず、被告の技術者を含め当業者が、被告技術文書に基づいて本件特許発明を容易になし得たということはできない。また、原告は被告の技術文書の存在を見なかったし、見るべき状況にもなかった。よって、被告技術文書の存在は本件特許発明の完成に何ら貢献するものではなく、被告技術文書の存在を理由に被告の貢献の程度が極めて大きいとする被告の主張は失当である。以下、順に詳述する。
a) 被告技術文書において、本件特許発明の構成は何ら示唆されておらず、被告の技術者を含め当業者が、被告技術文書に基づいて本件特許発明を容易になし得たということはできないことについて
@ P ii レポート及びQ ii レポートに記載されていることは、本件特許発明の構成を何ら示唆するものではないこと
 P ii レポートに記載されていることは、「1面だけ隣り合う面で散乱光が入射・反射する場合に、入射ビームと反射散乱光のなす角は4π/nであって一定であること」のみであり、ゴースト像については、「最適露光を行う限り実用上ほとんど問題はない」と記載されていることからも分かるように、それを除去するための記載は一切存在しない。また、Q ii レポート2枚目12行目には「5(原告注:ゴースト像のこと。)については、22研P ii により考察済である(TR006M029)。」と記載されており、P ii レポートを引用しているにすぎない。よって、P ii レポート及びQ ii レポートに記載されていることは、本件特許発明の構成を何ら示唆するものではない。
 なお、被告は、「Q ii レポートには、「入射ビームを傾ける」対策が記載されているものの、これは・・・「レンズの内面反射」に関する対策ではない。」と主張する。しかし、レンズやミラーを原因としたゴーストの発生を防ぐべく、入射ビームを傾けるという対策が採れる旨がQ ii レポートには記載されているから、Q ii レポートに記載されている入射ビームを傾けるという対策は、レンズの内面反射に関するものではない旨の被告の主張は誤りである。
A Q ii 特許に記載されていることは、本件特許発明の構成を何ら示唆するものではなく、被告の技術者を含め当業者がQ ii 特許に基づいて本件特許発明を容易になし得たということはできないこと
 Q ii 特許1に記載されていることは、P ii レポートと同様、入射光と再反射光の成す角度は4π/Nであって一定であるということのみであり、そこには本件特許発明の構成は何ら示唆されていない。また、被告は、Q ii 特許1に「仮にゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避けると、必然的に記録媒体の使用巾が制限されることになる」との記載があるが、これは、ゴースト像を、偏向面に対して平行方向に被走査媒体の有効走査巾外に位置させることを示唆したものである旨主張する。
 しかし、かかる記載の後に、「すなわち記録媒体の大きさが制限されるため、得る画像の大きさにも当然制限を生じる。本件特許発明はこの問題を解決して、記録媒体の巾に制限を受けることなく画像を形成する方法を提供することにある」と記載されていることからも明らかなように、Q ii 特許1の「ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避ける」という記載は、発明の解決すべき技術的課題として記載されているにすぎず、本件特許発明の構造を示唆するものではない。これは、むしろ本件特許発明の完成を妨げる有害な記載である。したがって、被告の主張は失当である。
 Q ii 特許1に記載されていることが、本件特許発明の構成を何ら示唆するものでないことは、被告が、本件審決取消訴訟において、Q ii特許1の「ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避ける」という記載は、発明の解決すべき問題点として記載されているにすぎず、かかる記載からでは本件特許発明の条件式で規定された構成を導き出すことは、到底不可能なことであると主張し、さらに、Q ii特許1では、本件特許発明のように倒れ補正光学系を採用していないことから、本件特許発明の構成は何ら示唆もされていないと主張していることからも明らかである。また、被告は、本件異議事件及び本件無効審判においても、本件特許発明がQ ii 特許1に係る発明から容易になしうるものでないこと及び単に幾何学的な計算によって算出できるものでないこと等を、繰り返し主張している(甲39ないし44)。
 本件審決取消訴訟において提出された[特許願50−11532号出願における「ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避ける」という記載について]と題する「報告書」(甲45。以下「甲45報告書」という。)において、Q ii 特許1の発明者であるQ ii 及びP ii(P ii はP ii レポートの作成者でもある。)らは、Q ii 特許1の記載について、ゴースト像自体をビームの走査方向に対する平行方向の走査領域外まで移動させ、ゴースト像を除去することなど、全く考えてもいなかった旨述べている。
 この点、被告は、Q ii やP ii がこのように述べたのは、当時は光源にガスレーザー等の大型のレーザー発振器が用いられており、それを装置に組み込む際に、入射角αを90度近傍に固定しなければならないという光学配置上の制約があったからにすぎず、ゴースト像を走査方向と平行方向に除去する方法を理論上利用可能な技術として認識していた旨主張する。
 しかし、大型のガスレーザーを用いる場合であっても、「90°近傍に固定」する必要がないことは、本件特許出願前に頒布されている公知資料から明らかである(甲85ないし87)。特に、甲85号証及び86号証に記載の製品は、現実にIBMが製造・販売していた製品であって、約34度から約45度の角度をなしている。よって、上記の被告の主張は失当である。
 本件審決取消訴訟における被告の主張に対し、東京高等裁判所は、上記の被告の主張を支持し、Q ii 特許1の「仮にゴースト像をビームの走査方向に限り避けると、必然的に記録媒体の使用巾が制限されることになる」との記載は、解決すべき技術的課題を説明するためのものであって、Q ii 特許1に係る発明の構成を説明するためのものではないと認定し、Q ii 特許1の公開特許公報の開示に基づいて、本件特許発明の構成を導き出せるとはいえないと判断した(甲46)。
 また、特許庁は、本件異議事件の決定及び本件無効審判の審決において、本件特許発明はQ ii 特許1記載の発明から容易に発明することができなかったと判断した(甲47ないし52)。
 以上のことから明らかなように、Q ii 特許1に記載されていることは、本件特許発明の構成を何ら示唆するものではなく、被告の技術者を含め当業者がQ ii 特許1に基づいて本件特許発明を容易になし得たということはできない。
 Q ii 特許2の記載事項については、その記載事項がQ ii 特許1と同様である以上、Q ii 特許1と同様の理由により、本件特許発明の構成を示唆するものではないことは明らかである。
B U ii 特許に記載されていることは、本件特許発明の構成を何ら示唆するものではなく、被告の技術者を含め当業者がU ii 特許に基づいて本件特許発明を容易になし得たということはできないこと
 被告は、U ii 特許(乙14)の対象である読み取り装置において用いられる走査光学系は本件特許の対象であるLBP等の走査光学系と同一であるという前提のもと、U ii 特許の公開特許公報3頁9欄1行〜8行には、「ゴースト光束」が、「通常の走査に於ては」、「走査平面内の走査領域に生じるので」、「このゴースト光束を走査平面に対して垂直方向にずらせるか、走査平面内に於て、走査面の領域外にずらせるかしなければならない。」との記載があるところ、U ii 特許の公開特許公報に開示されている静止ゴースト像をずらす方法と、本件特許発明のゴースト像除去方法は同一である旨主張する。
 しかし、本件特許発明は、倒れ補正光学系及びf・θレンズを用いることを要件としているところ、U ii 特許は、その両者とも構成要件としていないものであるから(乙14)、U ii 特許に示される光学系は、本件特許発明と同一の走査光学系ではない。よって、U ii 特許に記載されていることは、本件特許発明の構成を何ら示唆するものではなく、被告の主張はその前提において誤っている。
 被告は、本件審決取消訴訟において、U ii 特許について、「面倒れ補正光学系を構成しないばかりか、f・θレンズをも構成要件としていない第2引用例(原告注:U ii 特許のこと)に、本件発明と同一の構成が開示又は示唆されていることなどあり得ない」と主張し(甲37)、さらには、「第2引用例における『静止ゴースト光を走査される領域外に移動させる』という事項が、本件発明の条件式で規定された構成と同義であるはずがなく・・・それがゴースト像を除去するための解決手段となり得るためには、本件発明のようにDとWの寸法及び角度α等の諸条件関係が解明されることが不可欠であり、第2引用例の上記事項から直ちに本件発明の条件式で規定された構成を導き出すことが、到底不可能」であると主張し(甲38)、U ii 特許が本件特許発明の構成を開示も示唆もしていないこと、及び、U ii 特許記載の発明に基づいて本件特許発明が容易に発明することができるものではなかったことを自認している。また、被告は、本件異議事件及び本件無効審判においても、本件特許発明がU ii 特許に係る発明から容易になしうるものでないこと及び単に幾何学的な計算によって算出できるものでないこと等を、繰り返し主張している(甲39、40、43、53)。
 本件審決取消訴訟における被告の主張に対し、東京高等裁判所は、本件審決取消訴訟の判決において、U ii 特許の記載から、本件特許発明の条件式が一義的に導き出されるとはいえないと判示し、U ii 特許には、本件特許発明の構成が示唆されていないと認めている(甲46)。
 また、特許庁は、本件異議事件の決定及び本件無効審判の審決において、本件特許発明の構成が示唆されておらず、本件特許発明はU ii特許から容易に推考しえないと判断した(甲47、48、51、52、54)。
 以上のことから明らかなように、U ii 特許に記載されていることは、本件特許発明の構成を何ら示唆するものではなく、当業者がU ii 特許に基づいて本件特許発明を容易になし得たということはできない。
C ノウハウブックに記載されていることは、本件特許発明の構成を何ら示唆するものではなく、被告の技術者を含め当業者がノウハウブックに基づいて本件特許発明を容易になし得たということはできないこと
 ノウハウブックに記載されている事項は、入射光と再反射光とがなす角度である4π/Nが一定であるという事実等、Q ii 特許やU ii 特許などで公開されている事項の範囲内のものにすぎない。
 被告は、ノウハウブックの「(a)ミラースキャナー(原告注:偏向器のこと)への入射ビームの入射方向を、ゴースト像が感光ドラムに現れない様に選ぶ。」という記載は、入射光の角度をコントロールしてゴースト像を偏向面と水平方向にずらして有効走査巾外に結像させて除去するという本件特許発明の方法と同様の方法を開示している旨主張する。しかし、ノウハウブックのかかる記載は、Q ii 特許の「ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避ける」という記載及びU ii 特許の「ゴースト光束を・・走査平面内に於いて、走査面の領域外にずら(す)」という記載に対応するものであるところ、本件特許発明がかかる記載に基づいて容易に想到できないものであることは既に述べたとおりである。むしろ、ノウハウブックには、「(3) 対策…(a)ミラースキャナー(原告注:偏向器のこと)への入射ビームの入射方向を、静止ゴーストが感光ドラムに現れない様に選ぶ。(b)入射ビームBiと反射ビームBoを含む面がミラースキャナーの回転軸と垂直な面に対して、ある角度を有する様にする。…LBPの光学系に於ては、(a)の対策はとれないので、(b)の対策によっている」(乙102の351頁下5行〜352頁4行)とあるように、(a)の対策は、「LBPの光学系においてはとれない」旨記載されているのであるから、ノウハウブックには本件特許発明の完成を阻害するような記載がなされているといえる。
 よって、本件特許発明の完成を阻害するような記載がなされているノウハウブックは、本件特許発明の構成を何ら示唆するものではなく、被告の技術者を含め当業者がノウハウブックに基づいて本件特許発明を容易になし得たということはできない。
 なお、被告は、(a)の対策がとれないと記載されていたのは、当時のガスレーザーを使用した被告の大型のLBPにおいては、大型のレーザー発振器を装置に組み込む際の制約から、入射光と第2結像光学系の光軸とのなす角度を90度近傍に構成されるという実情があったためであると主張する。
 しかし、(a)の対策がとれないというのは、上記のように入射光と第2結像光学系の光軸とのなす角度を90度近傍に構成しなければならないからではなく、(a)の対策をとると、Q ii 特許にあるように「必然的に記録媒体の使用巾が制限されることになる」からである。また、「当時のガスレーザーを使用した被告の大型のLBPにおいては、大型のレーザー発振器を装置に組み込む際の制約から、入射光と第2結像光学系の光軸とのなす角度を90度近傍に構成されるという実情」を示唆する事項がノウハウブックに書かれていたわけではないから、ノウハウブックを見た場合、LBPには(a)の対策がとれないと考えるのが自然である。よって、被告の主張は失当である。
D 被告の技術者以外の当業者と被告の技術者を区別する理由はなく、被告の技術者が被告技術文献に基づいて本件特許発明を容易になし得たということはできないこと
 以上のような原告の主張に対し、被告は、原告の主張は、当業者一般を基準に本件特許発明を容易にすることができたか否かを問題にしているが、被告は、LBP開発に従事した被告技術者が、被告技術文書等に基づいて本件特許発明をなすことがどの程度容易又は困難であったかを問題にしているのであり、原告の主張は失当である旨主張する。
 しかし、Q ii 特許及びU ii 特許は、公開されているものであり、そこに記載されている事項は被告独自のノウハウではなく公知の事実であるから、被告の技術者以外の当業者と被告の技術者を区別する理由はない。そして、P ii レポート及びQ ii レポート並びにノウハウブックに記載されていることは、Q ii 特許及びU ii 特許に記載されている技術的事項の範囲内のものである。したがって、被告の技術者が、被告技術文書に基づいて本件特許発明を容易になし得たということは当然できない。
E 被告技術文書に本件特許発明の構成が何ら示唆されていないことは、被告技術文書の作成者や被告技術文書を見たとされる被告従業員が誰一人として本件特許発明を完成し得なかったことからも明らかであること
 本件特許発明において問題となったゴースト像は、P ii レポートが作成された昭和49年(1974年)から被告内において認識され始めていたが、本件特許発明が完成されたとされる昭和56年(1981年)まで、P ii レポートを作成しQ ii 特許の発明者の一人であるP ii、Q ii 特許の発明者であるQ ii、そして、本件特許発明が完成された当時に稼動していたタスクフォース「FSP−DRY」におけるプロセス担当者であり、かつ、被告技術文書を見たとされるN ii など、被告内の従業員は誰一人として本件特許発明を完成させることはできなかったのである。
 このことから、被告技術文書の記載に基づき本件特許発明をなすことは非常に困難であったことが分かるのであるから、被告技術文書には、本件特許発明の構成が何ら示唆されておらず、被告の技術者を含め当業者が被告技術文書に基づいて本件特許発明を容易に推考できなかったことは明らかである。
b) 原告は被告の技術文書を見なかったし、見るべき状況にもなかったことについて
@ 原告はP ii レポートを見なかったし、見るべき状況にもなかったこと 
 原告は、P ii レポートが作成された昭和49年(1974年)当時、光学部に在籍していたが、LBP等の開発に携わっていなかったため、P ii レポートを見る機会はなかった。また、P ii レポートの配布先として、原告の名が記載されていないことからも明らかないように、P iiレポートは原告に配布されていない。したがって、原告はP ii レポートを見なかったし、見るべき状況にもなかったのである。
 被告は、P ii レポートが作成された昭和49年(1974年)当時、原告が他社の特注のfθレンズの開発に携わっていたところ、fθレンズはLBPの走査光学系に必須であること、訴状3頁において、原告が、昭和49年(1974年)ころからLBP等に使用されるレーザー走査光学系の開発に従事していたことを自認しているのであるから、昭和49年(1974年)当時、原告はLBPの開発に携わっていたはずであり、その際、P ii レポートも見たはずであると主張し、P ii レポートのことを知らなかったとの原告の主張は信用できない旨主張する。
 しかし、fθレンズはLBPにおいてのみならず、他の製品でも用いられる。そして、昭和50年(1975年)に被告が世界で初めてLBPを公表したのであるから、昭和49年(1974年)当時、被告が他社からLBP用のfθレンズの開発を依頼されることはなく、その当時、原告がLBP用のfθレンズの設計に従事していたということは客観的にあり得ない(甲133)。
 確かに、原告は、訴状において昭和49年(1974年)ころからLBPに使用されるレーザー走査光学系の開発に従事していた旨主張した。しかし、このような主張をした理由は、本件訴訟の提起時において、原告がLBPの開発に携わり始めた当時に所属していた部署、当時の業務等を示す資料がなく、また、原告がLBPの開発に携わり始めたのが、本件訴訟提起時からおよそ30年前であることから、原告は、いつごろから被告のLBP開発に携わり始めたのかを、正確に覚えていなかったからである。そのため、原告は、訴状において、原告がLBP開発に携わったのは昭和49年「ころ」と、時間に幅を持たせた主張をしたのである。そして、本件訴訟において提出された証拠等によって、次第に原告は、昭和49年当時は他社からの委託によるLBP以外の走査光学系の開発に従事しており、被告のLBP開発には携わっていなかったとの記憶が蘇るようになったため、昭和49年当時は被告のLBP開発に携わっていなかった旨主張するようになったにすぎない。
 よって、P ii レポートのことを知らなかったとの原告の主張を信用できないとする被告の主張は失当である。
A 原告はQ ii レポートを見なかったし、見るべき状況にもなかったこと
 Q ii レポートが作成された昭和49年(1974年)当時、原告は、光学部に在籍していたが、その光学部においてLBPの光学設計を担当していたのは、U i(以下「U ii」という。)又はS ii である。一方、原告は、他社の特注のfθレンズの設計に携わっていたのであって、LBPに関する光学設計には一切関与していなかった。よって、原告は、LBPの光学設計に関するQ ii レポートを見る必要がなく、また、それを見るよう指示されたこともないため、Q ii レポートを見てはいないのである(甲94)。
 被告は、原告が当時S ii と同じ光学第2設計室に所属し、昭和50年(1975年)2月から昭和51年(1976年)1月末まではS iiを直属の上司としていたこと、またQ ii レポートのテーマはLBPの光学系に関するものであることに鑑みれば、原告は、S ii を通じて、Q ii レポートを目にしたものと認められる旨主張している。
 しかし、例えば、原告は、昭和56年(1981年)からV i(以下「V ii」という。)の直属の部下となったが、そのころ、V ii の業務は、テレビやカメラのレンズ設計であったのに対し、原告の業務はLBP開発に関するFSP−DRYのタスクフォースでの業務が中心であった(乙168)。このように、被告においては、直属の上司及び部下が同様の業務に従事するとは限らない。また、原告がS ii を直属の上司としていたころは、原告は、リモートセンシング関係のシミュレーションや監視カメラの光学系の開発といった、LBPの開発とは全く関係のない業務に携わっていた(甲94、95)。よって、Q ii レポートの内容は、原告の当時の業務と関係がなかったのであるから、原告はS ii を通じてQ ii レポートを目にしたはずであるとの被告の主張は失当である。
B 原告はQ ii 特許を見なかったし、見るべき状況にもなかったこと
 原告は以下に挙げることから明らかなように、Q ii 特許についても見ていないし、見るべき状況にもなかった。
 Q ii 特許の発明の名称は、「ゴースト像除去方法」であるところ(乙12の1、乙13)、P ii レポートによれば、ゴースト像は最適露光を行なえば問題とならなかったのであるから、被告内において、Q ii 特許が回覧されたとされる当時、最適露光を行うことによりゴースト像が問題となっていなかったと考えられる。
 仮に、被告内において、ゴースト像が問題となっていたとしても、前記のとおり、ゴースト像の問題はプロセス担当者が検討すべき問題であって、その当時、fθレンズ、偏向器、半導体レーザー等を使用する走査光学系、倒れ補正光学系に関する業務等、光学系の設計業務に携わっていた原告が検討すべき問題ではなかった。
 本件特許公告公報(甲2)には、先行技術を記載した公知文献としてQ ii 特許を特定するような事項が明記されていない。
 原告がQ ii 特許について知っているのであれば、原告が作成したとされる乙104号証の1に示される光学配置図には、Q ii 特許に記載されている方法によるゴースト像の除去方法、つまり、入射光を垂直方向に傾けてゴースト像を除去する方法を用いた図が描かれているはずであるが、乙104号証の1に示される光学配置図にそのような図は描かれていない。なお、被告は、入射光を垂直方向に傾けてゴースト像を除去する方法を用いた図が第104号証の1に示される光学配置図に描かれなかったのは、傾きが僅かであったからと主張するが、その角度は僅かな角度であっても、ゴースト像を除去出来るか否かという意味を持つ重要な角度であり、原告がQ ii 特許を知っていれば当然その角度を記載するはずであるから、被告の主張は失当である。
 光学部においては、一週間に一度、1冊あたり数十件程度の特許公報が綴られた冊子が数冊(4、5冊程度)回覧に付されていたのであるから、(甲94の10頁下7行〜11頁1行)、各公報について、発明の名称のみならず、逐一その内容まで検討することはできない。また、どのように特許公報を読むかは、その読む者の置かれた状況にもよるのであり、公報が回覧された時に、その者が多忙を極めていれば、その公報に目をとおす時間はほとんどないのであるから、常に膨大な公報を詳細に読むことはできない。なお、被告は、特許公報はP ii が陳述するように、1回あたり百件、月2回のペースで回覧されて来たにすぎない旨主張する。しかし、仮にP ii の陳述が真実に基づくものであるとしても、P ii は中央研究所の22研究室、製品技術研究所の第3研究室、及び新規事業推進室LBP開発課に在籍していたのに対し(乙165)、原告は光学部に所属していたのであり、異なる部署であれば、回覧される特許公報も異なることは当然であるから、前記P iiの陳述は、原告の主張の信用性に影響を与えるものではない。
 被告は、A ii レポートに「ゴースト像除去の為に入射ビームをポリゴン回転軸と直交する方向に対し傾ける場合」(乙103)と、Q ii 特許に記載されている方法と同様の方法によるゴースト像除去に関する記載がなされていることを根拠に、原告はQ ii 特許の内容を知っていたはずである旨主張する。
 しかし、A ii レポートに記載されている「ゴースト」とは、レンズの内面反射によって生じるものであり、Q ii 特許において問題となっているゴーストのことではない。A ii レポートは、タスクフォースTR−029「FSP」に関するものであり、同タスクフォースにおいては、当時普及していなかった半導体レーザーを使用したLBPの開発が進められていたところ、その当時は、半導体レーザーに対するコーティング技術が確立されていなかったため(甲95の28頁2行〜3行)、レンズの内面反射によるゴースト像の発生を別の方法で防がなければならなかった。A ii レポートは、まさに、そのレンズの内面反射によるゴースト像の発生を、偏向器の反射面に対し入射ビームを傾けて入射させることにより、防止することについて触れたレポートなのである。
C 原告は、U ii 特許を見なかったし、見るべき状況にもなかったこと
 U ii 特許の発明の名称は「散乱放射束読み取り方法」である。U ii特許は、その名称からして、それが回覧されたとされる当時の原告の業務(fθレンズ、偏向器、半導体レーザー等を使用する走査光学系、倒れ補正光学系に関する業務)と関係がない。このことからも明らかなように、原告は、U ii 特許を見なかったし、見るべき状況にもなかったのである。
 被告は、読取走査光学系に関する原告の発明(特開昭54−133824号公報・乙175。以下「乙175発明」という。)が昭和53年(1978年)4月に出願されていることから、原告は昭和52年(1977年)1月ころに、同発明に係る読取走査光学系に関する研究・開発に関わっていたと推測し、原告は同年1月ころにU ii 特許を見たはずであると主張する。
 しかし、特許に係る発明がなされた経過・期間は、その発明によって様々であることからわかるように、被告の主張は単なる憶測にすぎない。原告が乙175発明について行った作業は、同発明の光学系に関わる実施例の検討につきaiに対して若干の指導をすることにあったにすぎず、その期間は多くとも1〜2週間程度であるから、原告が、昭和52年(1977年)1月ころに、乙175発明に係る読取走査光学系に関する研究開発に関わっていたという事実はない。
D 原告は、ノウハウブックを見なかったし、見るべき状況にもなかったこと
 ノウハウブックは、被告用に作られたものではなく、被告自身が認めるように被告のライセンス先の企業(沖電気、日立製作所等)のために作成されたものである。しかも、被告自身が、ノウハウブックについて閲覧制限を申し立てているように、ノウハウブックは、秘密文書として管理されているものであって、被告内でも容易にはアクセスできなかったものと推察される。このことからも明らかなように、原告は、ノウハウブックを見ていないし、見るべき状況にもなかったのである。
c) 被告の主張に対する原告の反論について
@ 被告は、TR−016のタスクフォースにおいてノウハウブックが作成されたとされるところ、同タスクフォースの光学系の責任者はS iiであり、原告は、同タスクフォースが活動していたほぼ全期間にわたり、S ii の直属の部下として業務に従事していたものであること、及び「LBP打合せ報告」と題する報告書(以下「乙171報告書」ともいう。)はTR−016に関するものであるところ、その報告書に原告の名が記載されていることからすると、原告もTR−016のタスクフォースの業務に携わっていたものと合理的に推認できるから、原告はノウハウブックを見ている旨主張する。
 しかし、TR−016のタスクフォースの編成計画書(乙101)には原告の名が記載されていないことからも明らかなように、原告は、TR−016のタスクフォースの業務に携わっていない。TR−016のタスクフォースが編成されていた昭和50年(1975年)4月から昭和51年(1976年)3月のうちのほとんどの期間において、原告は、被告のLBPの開発とは関係のない他社からの特注のfθレンズの開発、及びリモートセンシング関係のシミュレーションや監視カメラの光学系の開発の業務に携わっていたのである。
 なお、被告は、原告がS ii の直属の部下であったことを強調するものの、上司の業務とその直属の部下との業務が異なることがあるのであるから、原告がS ii の直属の部下であったことから、原告がTR−016のタスクフォースの業務に携わっていたということはできない。
 また、被告は、TR−016に関する乙171報告書に原告の名が記載されていることを強調するが、乙171報告書には、「LBPの今後の発展…小型・低価格…半導体レーザー」などといった、半導体レーザーを用いたLBPに関するタスクフォースであるTR−018(乙16)には関係するものの、タスクフォースTR−016には関係のない記載がなされている。このように、乙171報告書にはTR−018に関係する記載が存在するのは、TR−016とTR−018の業務内容に関連性があり、乙171報告書が、TR−016のメンバーのみならず、原告のようなTR−018に参加するメンバーにも配布されていたからである。よって、乙171報告書に原告の名が記載されていたとしても、そのことから、原告がTR−016に参加していたということにはならない。
 また、被告は、「原告が光学系の担当者と明記されているTR−018のタスクフォースは、TR−016のタスクフォースで製作した試作機とノウハウブックの供与先の「フォローアップ」を目標としていたことからも(乙16)、原告の「ノウハウブックを知らなかった」との主張が措信できない」と主張する。
 しかし、TR−018のタスクフォースの目的欄には、確かに「フォローアップ」とは記載されているものの、試作機とノウハウブックの供与先の「フォローアップ」を目標としていることまでは記載されていない(乙16)。よって、かかる被告の主張は、乙18号証の記載を誤って捉えていることを前提になされたものであり、失当である。
A 原告はノウハウブックの内容を把握していた旨のW i(以下「W ii」という。)の陳述が誤っていること
 W ii は、W ii と原告が、昭和50年(1975年)12月9日、技術援助先である沖電気を訪問し、その際、原告は、技術援助先に提供したノウハウブックのうち「光学系」の箇所を当然把握していたはずである旨陳述している(乙167)。しかし、かかる陳述が誤っていることは、次に述べることから明らかである。
 すなわち、W ii は、この日に原告と沖電気に赴いたことを記憶している根拠として、沖電気からの帰途、W ii が原告に対して、2枚構成となっていたfθレンズについて、「fθレンズを1枚構成にならないか。」と話をし、これに対し原告が「光学の専門家集団が試行錯誤の末、fθレンズを2枚構成で設計しているのに、機械設計を専門とする者が安易に「fθレンズが1枚構成にならないか。」とは何事か」と反発したことが鮮明だったことを挙げている(乙167)。
 しかし、昭和50年(1975年)12月9日当時は、未だfθレンズは3枚構成であり、2枚構成のfθレンズですら開発されていなかった(甲95、96)。被告において、従来2枚構成であったfθレンズを1枚構成にすることを内容とする特許出願がなされたのは、およそ2年後の昭和52年(1977年)12月23日のことである(甲95、97)。
 すなわち、昭和50年(1975年)12月9日当時は、被告のLBPにおいては、3枚構成のfθレンズが採用されており、2枚構成のfθレンズすら採用されていなかったのであるから、W ii がいうように、既に2枚構成のfθレンズが開発されていることを前提として、2枚構成のfθレンズを1枚にするというような話をすること自体がありえないのである。このことからもわかるように、W ii が、原告と共に昭和50年(1975年)12月9日に沖電気へ赴いたことに関する記憶が明白に誤っているので、かかる誤った記憶を前提とした、原告がノウハウブックの光学系の箇所を当然把握していた旨のW ii の陳述も誤っているといえるのである。
 この点、被告は、原告が、W ii と共に沖電気に技術指導に赴いたことを否定できずにいることから、原告がノウハウブックを知っていたことも何ら否定されるものではないと、主張する。
 しかし、原告が記憶しているのは、原告が沖電気に赴いたこと自体のみである。よって、W ii と沖電気に赴いたことを否定できないからといって、このことから、原告が沖電気へとLBPの技術指導に赴いたことにはならない。原告がW ii と共に沖電気に赴いたことから、原告がノウハウブックを知っていたという被告の推論は、論理の飛躍が甚だしく、議論に値しないものである。したがって、原告が沖電気に赴く前にノウハウブックの「光学系」の箇所を読んでおく必要があるとはいえない。
 以上より、原告がW ii と沖電気に赴いたことを否定できないことを理由に、原告はノウハウブックを知っていたとする被告の主張は誤りである。
d) 小括
 これまで述べてきたように、被告技術文書においては、本件特許発明の構成は何ら示唆されておらず、被告の技術者を含め当業者が、被告技術文書に基づいて本件特許発明を容易になし得たということはできない。また、原告は被告技術文書を見なかったし、見るべき状況にもなかった。したがって、被告技術文書の存在は本件特許発明の完成に何ら貢献するものではない。
オ 本件特許発明の権利化及びLBP等の事業化の過程における被告の貢献度は認められないことについて
a) 「使用者等が貢献した程度」(特許法35条4項)の判断にあたっては、発明後の権利化及びLBP等の事業化の過程における貢献は考慮されるべきでないこと
 被告は、本件特許発明の権利化・権利維持の経緯、及び研究開発活動、生産活動、販売活動等といったLBP等の事業化の経緯に多大な貢献をしたと主張する。
 しかし、特許法35条4項の「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮」という文言に鑑みれば、相当の対価の算定にあたって考慮されるべき使用者の貢献度は、発明が完成するまでの使用者の貢献度であると解釈されるので、発明がなされた後の使用者の貢献度は対価額の算定にあたって考慮されるべきではない。東京地裁平成16年1月30日判決(平成13年(ワ)第17772号事件)においても、同様の判断がなされている。
b) 権利化の過程における被告の対応は、いずれも出願人及び特許権者として通常の範囲のものであること
 仮に発明後の事情である権利化の事情を被告の貢献度の算定にあたって考慮するとしても、本件特許に対する本件異議事件を含む本件特許の出願経過並びに本件無効審判及び本件審決取消訴訟等における被告の対応は、以下のとおり、いずれも出願人及び特許権者として通常の範囲のものである。
 まず、本件特許の出願に際し、出願明細書の基礎となる提案書は原告がすべて記載し、その提案書に記載されているとおりの内容で明細書が書かれたのであり、被告は特段の行為を行っていない。この点、被告は、本件特許発明は、被告担当者であったH ii による補正がなければ、出願が公告されず、ひいては特許査定されない可能性があったと主張する。しかし、本件特許発明は、Q ii 特許やU ii 特許と対比して、進歩性があることは明らかであり、H ii の補正は、むしろ特許の権利範囲を限定したものであって、望ましいものではなかったのである。しかも、その特許請求の範囲の限定は、被告も認めるように、原告が提案書に記載した、請求項1と請求項3を組み合わせたにすぎないのであって、H ii のアイデアがあるわけではない。よって、被告の上記主張は誤りである。
 また、被告は、審査官との面接に発明者である原告が同行しなかったことも指摘するが、多くの発明については、発明者たる技術者ではなく、知的財産部の担当者が審査官との面接に行くのが通常であり、このような業務こそが知的財産部の仕事であるのであるから、被告の行為は特段のものではない。
 さらに、本件の異議申立は9件なされているが、その異議の理由は概ね共通するものであり、異議の答弁書はほぼ同内容のものを記載して答弁しているにすぎないから、被告の行為はやはり特段のものではない。
 そして、本件無効審判及び本件審決取消訴訟について、被告は、本件特許につき異議が申し立てられてから審決取消訴訟につき請求棄却判決が下されるまで8年の歳月がかかり、多大な労力を要したと主張する。しかし、本件特許発明が他の発明と異なり、LBP事業の根幹に関する極めて重要な発明であることに鑑みれば、本件異議事件及び本件無効審判並びに本件審決取消訴訟における被告の対応は、当然に必要とされるものであり、被告が特段の貢献を行っているとはいえないことから、被告の主張は失当である。
c) 被告が、事業化に関し、研究開発活動、生産活動、宣伝・販売活動等を行ってきたという事情は、被告の貢献度として考慮されるべきではないこと
 仮に、相当の対価を算定する際に、本件特許発明完成後の事業化にあたっての被告の貢献度、すなわち、被告の負担を考慮するとしても、公平の観点から、本件特許発明を事業化することによって被告が得た利益も考慮されなければならない。
 また、仮に、発明完成後の事業化に関する事情も使用者の貢献度として考慮されるという立場をとったとしても、特許法35条4項の「発明により使用者等が受けるべき利益の額」が発明を実施して得られる利益ではなく、特許権の取得により当該発明を実施する権利を独占することによって得られる利益、すなわち、独占の利益である以上、考慮すべき事業化に関する事情は、かかる独占の利益と因果関係のある事情に限られるというべきである。よって、実施料収入を基に相当対価の算定を行う場合には、実施料収入との間に因果関係のある事情のみが考慮されるべきである。
 この点、被告は、本件特許発明完成後のLBP等の事業における被告の研究開発活動、生産活動、宣伝・販売活動等、並びにこれらの活動を支える企画、人事、総務、経理等の活動を含む事業活動及び展開を、相当の対価の算定上被告の貢献として考慮すべきである旨主張する。
 しかし、被告が研究開発活動、生産活動、宣伝・販売活動等を行ってきたという事情は、被告の貢献度として考慮されるべきではない。なぜなら、被告製品の開発や営業等の事情と因果関係があるのは被告製品の売上であって、実施料収入との間には因果関係が無いからである。
カ 本件特許発明の完成についての被告の貢献度は全く認められず、原告の貢献度は100%であることについて
 以上のように、原告は業務上の指示及び要請等を受けて本件特許発明に至ったとする被告の主張は、事実に反する不当な主張である。また、本件特許発明は、被告のLBPの光学系の技術者であれば、原告以外の誰であっても被告技術文献に基づき容易になしえたとはいえず、さらに、原告は被告技術文献を見ていないことから、これに反する被告の主張は失当である。そして、被告は、本件特許発明の権利化・権利維持の経緯、及びLBP等の事業化の経緯に多大な貢献をしたとの被告の主張は、発明後の権利化及び事業化の過程における貢献は考慮されるべきでないことから、失当である。よって、本件特許発明の完成について、被告の貢献度は全く認められず、原告の貢献度は100%である。
(2) 被告の主張
ア 本件特許発明の過程・完成における被告の貢献について
 被告の貢献として、以下の事情を考慮すべきである。
a) 被告は、1960年代に米国ゼロックス社の複写機に関する特許網を打破して、被告独自のNP方式普通紙複写機の開発と複写機市場の参入に成功し、1970年代初頭、複写機事業の展開のなかで培った被告独自の電子写真技術と新たなレーザ露光技術を用いてLBPの開発に着手し、1975年世界で初めてLBPの製品化に成功するとともに、その後もLBPの小型化、低価格化、高精細化の研究開発に多大な資源を投入して新たな製品市場を創造してきた。しかし、本件特許発明は、その過程で昭和56年(1981年)初頭に原告により完成されたものである。すなわち、被告の複写機事業参入の経営決断と人的物的資源の投入、NP方式複写機を開発し被告独自の電子写真技術を確立した被告の不屈の努力、LBP事業と市場を創設するという経営決断、昭和50年(1975年)に世界で初めてLBPを開発し製品化した被告の創造的努力、そして昭和54年(1979年)に世界で初めて半導体レーザーを使用した小型LBPを開発し製品化した被告の革新的な努力があって、初めて、昭和56年(1981年)当時LBPの光学系の開発責任者だった原告によって本件特許発明は完成されたものであり、被告の命運を掛けた経営決断と弛みなき努力の歴史がまずもって被告の貢献として考慮されねばならない。
b) 本件特許発明は、昭和48年(1973年)以降連続的に設けられたLBP開発を目的とするタスクフォースにおける研究開発の展開のなかで、その成果の継承と利用に基づいて完成されたものである。すなわち、本件特許発明は、被告において蓄積されてきた、P ii レポート、Q ii レポート、Q ii 特許、U ii 特許、ノウハウブック等の成果物により開示された静止ゴースト像に関する研究開発の成果(以下、これらをまとめて「本件先行技術」ということもある。)に基づいて、容易になされたものである。
c) 原告は、遅くとも昭和49年(1974年)からLBPのレーザー走査光学系、特にfθレンズの開発に従事し、昭和50年(1975年)4月21日に発足したTR−016のタスクフォースに光学担当の技術者として参加し、以降、本件特許発明がなされた昭和55年(1980年)9月発足のTR−050のFSP−DRYのタスクフォースまで連続して、光学設計の担当又は責任者としてタスクフォースに参加して、LBPの光学系の開発に従事した。
 本件特許発明は、原告が昭和55年(1980年)9月発足のTR-050(FSP−DRY)のタスクフォースの光学系開発の責任者として、被告で初めて共役型倒れ補正光学系を採用したFSP−DRY用の走査光学系の開発に従事中になされたものである。すなわち、原告は、同年10月ころには機能試作機の走査光学系の設計図面を作成し、同年11月ころにはプロセス設計者から静止ゴースト像が出現しないよう設計上配慮することを要請されたものの、昭和56年(1981年)1月ころ、機能試作機の評価試験の際静止ゴースト像が現われ、静止ゴースト像が出現しないようにするという課題が発生したため、タスクフォースのチーフのR ii からその解決を指示されて、同年1月から4月中旬までの間のある日に本件特許発明を完成したものである。このことは原告の作成した「DCV図面」(乙104)、原告の本件特許発明の提案書の提出時期に関する乙183号証ないし190号証、原告が本件特許発明を実施し設計変更の上作成した「DDV図面」(乙105)、「DDV図面」による走査光学系の評価試験のレポートであり原告が検印した「T i レポート」(乙198)、R ii 陳述書(乙163)、N ii 陳述書(乙164、乙180)、P ii 陳述書(乙165)、H ii 陳述書(乙182)、T i 陳述書(乙222)等の陳述書によって認められる。
 原告は、「好奇心」から考察し始めたなどと主張して、本件特許発明をその職責上なしたことも、上記指示・要請によりなしたことも否認しているが、かかる主張は到底信用できるものではない。
d) 本件特許発明は、α<4π/N−W/Dという条件式の創作故に、その特許性が認められたものである。しかし、この条件式はP ii レポート(乙10)、Q ii レポート(乙11)、Q ii 特許(乙12、13)、U ii特許(乙14)、ノウハウブック(乙102)等の被告の静止ゴースト像に関する研究開発の成果に基づき極めて容易に導出できるものである。また、原告は、タスクフォースのメンバーとしてこれらの成果物をいつでも知ることができたし、知るべき職務上の義務を負っていたものであるから、被告における静止ゴースト像に関する上記成果物の蓄積は被告の貢献として大きく考慮されねばならない。
 原告は、当時被告のLBP開発の技術者らの間では周知となっていた静止ゴースト像の存在すら知らなかったと主張する。しかし、原告が1977年(昭和52年)に作成した「A ii レポート」は原告が静止ゴースト像及び本件先行技術を熟知していたことを示すものであり、X i 作成の1976年1月30日付け研究進行状況報告書(乙170・以下「X i レポート」という。)は静止ゴースト像が昭和51年(1976年)当時LBP開発に従事した技術者にとって周知だったことを示すものである。そして、上記成果物が生まれた経緯、原告のタスクフォースの参加状況、原告の業務と職責、被告社内の特許公報の回覧のシステムを含む、タスクフォースにおける研究開発成果の共有と継承のシステム、R ii 氏らの陳述書等に鑑みれば、原告が、上記成果物、並びに、そこに記載された静止ゴースト像の存在、形成原理及び除去方法を知っていたものであり、これらに基づいて本件特許発明をなしたことが認められるものである。
e) 本件特許発明は、被告の静止ゴースト像に関する研究開発の成果である入射光と再反射光とのなす角度が常に4π/Nであることを知っていれば極めて容易に創作され得るものである。すなわち、本件特許の出願手続で唯一新規性及び進歩性が認められた構成要素である「α<4π/N−W/D」の条件式は、上記成果物により、有効走査巾の端部に静止ゴースト像が形成されるときの入射光と再反射光とのなす角度が4π/Nと一定であることを知っていた被告のLBP開発に従事していた技術者には、簡単な幾何学計算により容易に導くことができたものであり(有効走査巾の端部に静止ゴースト像が形成されるときの再反射光と第2結像光学系の光軸とのなす角度をθとすると、W=D・θとなり、これを変形するとθ=W/Dとなる。入射光と同光軸とのなす角度をαとすると、静止ゴースト像が有効走査巾外に形成される条件は、α+W/D<4π/Nであるから、この式でW/Dを移項すると、α<4π/N−W/Dという本件特許発明の条件式が極めて容易に得られる。)、しかも、「Q ii 特許」、「U ii 特許」及び「ノウハウブック」には、静止ゴースト像を偏向面と垂直方向に除去する方法に加え、偏向面と水平方向に除去するという本件特許発明と同一の方法が開示されており、共役型倒れ補正光学系では、前者の方法を採ることができなくなる以上、後者の方法を採用することは、極めて容易に想到し得ることである。したがって、被告のLBP技術者は、上記課題解決の職責を負っていれば、又は上記課題解決の指示・要請があれば、原告でなくても、本件特許発明当時被告でLBPの研究開発に従事していた技術者によって容易に創作され得たものである。本件特許発明が他の技術者によっても容易に発明され得た以上、本件特許発明の完成に最も寄与・貢献したのは、被告が原告を光学設計の責任者に任じ光学系に関する上記課題解決の職責を与えていたこと、及び被告が上記課題解決の指示を原告に与えたことであり、原告自身の貢献は極めて小さく、ほぼ零と評価し得るものである。
 審決取消訴訟等では、本件特許の有効・無効性に関し、公知の技術のみを知り得た当業者一般を基準として、「容易に発明をすることができた」(特許法29条2項)か否かが主たる争点であったのに対して、本件訴訟では、原告を含むLBP開発に従事した被告の技術者が、先述の成果物を含む被告における静止ゴースト像に関する研究・開発の成果に基づいて、本件特許発明をなすことがいかに容易かが争点であり、両者は争点を全く異にするものである以上、被告の審決取消訴訟等における主張は、本件訴訟の上記争点の審判の上では無関係であり、かつ特段の意味を有するものではない。
イ 本件特許発明の権利化及び権利維持における被告の貢献について
 本件特許発明の権利化及び権利維持は、昭和56年(1981年)から平成10年(1998年)までの18年間にわたり、被告の知的財産法務本部のH ら延べ5名、開ii 発部門の担当者延べ4名及び弁理士2名が担当して、被告の特許重視の事業方針の下、個人では到底負担できない被告の膨大な費用と時間の負担により行われたものであり、他方、原告の関与は、職務上提案書を作成・提出したこと以外一切なかった。また、本件特許発明は、出願当初の特許請求の構成では特許性がないと判断される可能性が大きかったものの、H ii の検討に基づく特許性の補強により、出願審査における補正手続で特許性が認められ、以後、本件異議事件、本件無効審判、及び本件審決取消訴訟においても、その特許性が維持されたものである。
 さらに、外国特許の権利化、権利維持のための出願及び裁判手続等の遂行は、被告の知的財産法務本部のH ii と特許事務所の岡部国際特許事務所が担当したほか、現地の担当事務所が対応にあたり、本件各米国特許権はその登録までに約9年強、本件ドイツ特許権は約10年半という歳月を要し、被告は、多額の費用を支出した。一方、日本特許同様、上記外国特許の権利化、権利維持においても、原告は一切関与していない。
 したがって、本件特許発明の権利化及び権利維持における被告の貢献は、単に原告の関与が零であったということに留まらず、上記被告の質量ともにわたる多大な貢献がなければ上記争訟手続で敗北し本件特許発明は特許権として成立しなかった可能性が大きかったという意味で、本件特許発明に対する被告の貢献として、極めて大きいものと評価され、考慮されねばならない。
ウ 本件特許発明のライセンス契約交渉及びLBP等の事業化における被告の貢献について
a) ライセンス契約交渉等における被告の貢献
 被告は、1960年代に米国ゼロックス社の特許による複写機事業の独占を打破した経験から、積極的に特許出願をし、膨大な特許群を開発・製造事業で利用するのみならず、1970年代中頃から開放的ライセンスポリシーを採用し、ライセンシングによるライセンス料収入の獲得を図る特許戦略を展開してきた。この特許戦略は、「トップマネジメントから全社員に至るまで工業所有権に対して非常に高い意識を有」したことと、「当社の研究開発は特許に始まり、特許で終わる」という開発部門と知財部門との共同による研究開発体制の確立によって支えられていた。本戦略は見事に功を奏し、被告事業の優越性に貢献するとともに、ライセンシング活動も1970年代中頃以降多額のライセンス収入を被告にもたらすこととなった。
 被告のライセンス契約の締結交渉は、知的財産法務本部が行っており、原告は一切関与していない。したがって、本件特許発明を対象とするライセンス契約締結交渉における原告の貢献は零である。
 被告ライセンス契約の大多数は包括ライセンス契約であり、一部は包 括クロスライセンス契約があるが、このようなライセンス契約において、本件特許は膨大な特許群の中の一特許としてライセンスされているにすぎない。また被告は、これらの契約においてライセンス料を支払う義務を負う契約は1件もない反面、上記のとおり、過去毎年、多額のライセンス料を稼得してきた(基準期間に限っても合計2085億円であり、LBP等にかかわるものは合計約800億円である。乙93)。これは、直接的には、ライセンス契約における被告の許諾対象特許等の件数が、基準期間内登録特許に限ってもLBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件と膨大であり、ライセンス契約相手先の登録特許件数と比較すると、約5倍ないし88倍(LBP 、又は約5倍ないし) 54倍(MFP等)であること(乙75)、及び許諾対象特許等の網羅性が大きな要因であるが、基本的には、上記の被告の特許戦略の成功によるものである。
 したがって、競合他社には見られない被告の特許戦略に基づく上記ライセンス料収入における被告の貢献も、極めて大きいものとして考慮されねばならない。
b) 本件特許発明後のLBP事業・市場の拡大における被告の貢献
 本件特許のライセンスによる独占の利益としてのライセンス料の獲得は、以下に述べるように、前述の特許戦略に加え、被告の様々な努力によるLBP事業の成功とLBP市場の急速な拡大によるものである。
 LBP等の市場が如何に急速に拡大したかは、LBPの全世界における実売価格合計額ベースで、昭和58年(1983年)の時点では約388億円にすぎなかったのが、平成13年(2001年)には約1兆4667億円と、37倍以上に拡大していることから明らかである(乙76の(A)欄参照。これを全他社譲渡価格の合計でみると、1983年の時点では約77億円にすぎなかった市場が、2001年には約5191億円と66倍強に拡大している。乙76の(H)欄参照。)。なお、同様のことはMFP等についても当てはまり、全他社譲渡価格合計ベースで、統計のある最初の年である平成2年(1990年)のそれは約45億円にすぎなかったのが、平成13年(2001年)のそれは1兆3873億円となっており、308倍以上に拡大しているものである(乙84の(B)欄参照)。
 上記のLBP市場の拡大は、被告が、先述のとおり、昭和50年(1975年)に世界で初めてLBPを発表し製品化し、昭和54年(1979年)に世界で初めて半導体レーザを実用化した小型LBP(LBP−10)を発売し、更に昭和58年(1983年)にオールインワンのレーザースキャナーユニットや使い捨てのカートリッジを採用するなどして、従来に例を見ない小型化・軽量化・低価格化に成功したLBP−CXを発売し、その後においてもLBP市場で革新的な新製品を発売し続けるなど、絶え間なく巨額の研究開発費を投入して、LBPの研究、開発、改良に取り組み続けてきたことによるものである(乙50)。
 被告が、LBP等の製品を含めその様々な製品で消費者から被告の技術に対する信用を勝ち得て、キヤノンブランドの優位性を確立したことも、被告のLBP等の事業の成功の要因である。
 したがって、被告の上記様々な努力によりLBP市場が拡大したことも、被告の貢献として考慮されねばならない。
c) 巨額の研究・開発費用の継続的出捐(「受けるべき利益の額」の算定で費用割合が認められなかった場合の予備的主張)
 「相当の対価」の被告の算定式において、仮に、裁判所が上記計算式の構成要素である「費用割合」を採用しないときは、被告がライセンス収入の源泉である巨額の研究・開発費用を継続して出捐し続けていることが、被告の貢献として考慮されねばならない。
 被告は、研究開発費として、@LBPの開発当初の昭和48年(1973年)から本件特許発明の完成時の昭和56年(1981年)までに合計約569億1600万円、Aその後昭和57年(1982年)から本件特許の満了年である平成13年(2001年)までに合計約2兆3355億3500万円を支出している(乙235、236)。このうち、事務機部門に配賦される割合は、決算短信によれば45.8%である(乙237、238。2000年から2005年までの連結決算における平均値。。) したがって、被告は、事務機部門の研究開発費として、@の期間に合計約260億6753万円、Aの期間に合計約1兆0696億7503万円を支出している。
 したがって、被告は、LBP、MFP等の研究開発に、上記の巨額の研究開発費用を継続的に支出することにより、前述した多額の実施料収入を支えてきたのであるから、上記支出は、被告の貢献として考慮されねばならない。
エ 本件特許発明に関するその他の被告の貢献について
a) 被告における研究・開発環境、及び被告の物的・人的資源の利用
 原告は、本件特許発明をなすにあたり、原告の所属していた被告光学部の研究開発環境を利用し、また被告の人的・物的資源を活用したものである。
 被告は、昭和12年(1937年)、精機光学工業株式会社として創業して以来、カメラの開発を専門として出発した会社だったこともあり、光学部には、当時の日本で光学設計理論の権威といわれたY i(以下「Y ii」という。)をはじめ、優秀な人材が集まっていたほか、光学に関する技術レポートや特許公報等の光学系に関する技術資料が我国で最も豊富に蓄積されていた企業だった。また、物的設備の面においても非常に整備されており、レンズの開発設計に必要となる電子計算機は常に最新鋭のものが導入されていたほか、評価設備、試作品の製作設備などの研究開発のための設備は極めて充実したものだった。
 原告は、昭和43年(1968年)に被告に入社し、Y ii から光学系に関する教えを受けて、レンズ設計の研究開発に従事するなど、上記の恵まれた研究開発環境の恩恵を存分に享受していたものである。このことは、原告自身その執筆した甲80号証の論文で、「その成果は、筆者の当時の開発環境と先輩や後輩の協力によるところが大きい。筆者は現在勤務する会社に入社して幸運なことに当時の光学系開発部門の中枢部といえる研究室に配属になり、最高の環境の中で研究、設計に取り組むことができた。」と記述していることからも明らかである。
 原告は、本件特許発明の完成に至るまでに、被告の物的設備、知的資源(技術及び情報を含む。)及び人的資源を活用したものである。すなわち、原告は、長期間にわたる様々なLBP開発のタスクフォースのメンバーとして、被告の設備と資金を使用して、LBPの走査光学系の研究開発に従事し、その結果として本件特許発明をなしたものである。原告が行ったことを認めている「光線追跡」については、レンズの位置、形状、屈折率、ポリゴンミラーの位置等のデータは不可欠であり、原告が、「光線追跡」のために、FSP−DRYの試作機の設計データを用いたこと、及び当時最新鋭の被告のコンピュータを使用したことは明らかである。
 したがって、原告が、本件特許発明をなすにあたり、被告の人的・物的両面で最高の研究開発環境にあって、被告の設備及び資料を使用したことも、被告の貢献として考慮されねばならない。
b) 原告に支払った給与、賞与、退職金等(乙98)
 被告は、原告が被告の従業員として在籍していた昭和43年(1968年)4月から平成14年(2002年)8月までの間に、原告に対して、多額の給与、賞与、退職金等の金員を支払ったほか(乙98)、今後退職年金を支払い続けるものであって、これらの合計額は3億円を超す金額となる。さらに被告は、労働保険料、社会保険料の事業主負担分として1937万円を下らない額を負担した。
 上記被告の支払い及び負担は、本件特許発明の完成を含め原告の被告における業務遂行の対価として支払われたものであり、かつ十分な金額と評価できるものであるから、「相当の対価」の算定にあたり、被告の貢献として考慮されねばならない。
c) その他
 被告は、原告に対して、@原則終身雇用体制による安定した職の提供、A各種会社設備、専門スタッフ等の整備による労働環境の提供により、原告が事業リスク、生活上のリスク等のリスクを負うことなく安定して研究開発に打ち込むことができる業務基盤を提供した。かかる業務基盤の提供は、現に原告が研究開発を行うにあたっての具体的な支援であると同時に、仮に原告の研究開発が成功しなかった場合のリスクの負担であり、原告が被告に雇用されることなく、個人で研究を行っていたとしたら、決して得ることのできなかったものである。
オ 結論
 したがって、本件特許発明の相当の対価の算定において、原告の貢献はほぼ零であると認められる。
9 争点5(本件各特許発明の承継の相当の対価)について
(1) 原告の主張
 本件特許発明の相当の対価は、以下のように算定されるべきである。
 本件特許発明の相当の対価
 =「本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」」×「原告の貢献度」
 =「本件各特許発明により被告が「受けるべき利益」」×100%
ア 昭和58年(1983年)4月22日から平成13年(2001年)10月20日までの分(本件各特許発明)
 451億8000万円(原告算定方法1)
 470億3200万円(原告算定方法2)
 620億4500万円(原告算定方法3)
 695億8300万円(原告算定方法4)
 706億1500万円(原告算定方法5)
 534億3700万円(原告算定方法6)
 544億6800万円(原告算定方法7)
 233億5900万円(原告算定方法8)
 4322億8381万円(原告算定方法9)
 449億5751万円(原告算定方法10)
イ さらに、次の期間に対応する相当の対価を加算すべきである。
a) 平成13年(2001年)10月21日から平成14年(2002年)10月22日までの分(本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明)
b) 平成14年(2002年)10月23日から平成17年(2005年)12月末日までの分(本件各米国特許発明)
(2) 被告の主張
ア 被告算定方法Aについて
a) 本件特許発明によって得られる実施料収入
 =[他社製品譲渡価格合計]×[日本特許実施分の割合]×[標準包括ライセンス料率]×(1−[費用割合])×[本件特許の寄与率]となり、
 他社製品譲渡価格合計につき、ランセンシーのみの譲渡価格を用いた場合は、合計232万3566円であり、
 全他社の譲渡価格を用いた場合は合計262万6169円となる。
b) 原告貢献度:ほとんど零であり、最大でも1%
c) 本件特許発明の相当の対価
 他社製品譲渡価格合計につき、ランセンシーのみの譲渡価格を用いた場合:2万3236円以下
 全他社の譲渡価格を用いた場合:2万6262円以下
イ 被告算定方法Bについて
 「被告算定方法B」は、「被告算定方法A」の予備的主張であり、「被告算定方法A」の「費用割合」「92.91%」を、研究・開発費及び研究・開発機能に配賦される一般管理費のうちライセンス収入に直接関係する部分の割合である60.7%に置き換えた算定方法である。
a) 本件特許発明によって得られる実施料収入
 他社製品譲渡価格合計につき、ランセンシーのみの譲渡価格を用いた場合は、合計1287万9568円であり、全他社の譲渡価格を用いた場合は、合計1455万6903円となる。
b) 原告貢献度:ほとんど零であり、最大でも1%
c) 本件特許発明の相当の対価
 他社製品譲渡価格合計につき、ランセンシーのみの譲渡価格を用いた場合:12万8796円以下
 全他社の譲渡価格を用いた場合:14万5569円以下
ウ 被告算定方法C(ディスカウントキャッシュフロー方式)について
a) 本件特許発明によって得られる実施料収入
 =([ディスカウントキャッシュフロー方式によるライセンス料収入]−[対象特許研究・開発費用])×[本件特許発明の寄与率]
 LBP及びMFP等合計:
 (1126億9700万円−17億2800万円)×1/4333=2561万0200円
 又は
 (1090億2500万円−17億2800万円)×1/4333=2476万2750円
b) 原告貢献度:1%以下
c) 本件特許発明の相当の対価:
 25万6102円以下
 又は
 24万7627円以下
第4 当裁判所の判断
1 争点1(職務発明により生じた外国の特許を受ける権利の承継についての準拠法及び特許法35条の適用の有無)について
(1) 職務発明により生じた外国の特許を受ける権利等の承継の準拠法について
 原告が、被告取扱規程により、その職務発明である本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明に係る特許を受ける権利を被告に承継し、被告がこれらについて特許出願をし、特許を得たことは前提となる事実に認定したとおりであり、この承継については、その対象となる権利が職務発明についての外国の特許を受ける権利である点において、渉外的要素を含むものであるから、その準拠法を決定する必要がある。
 上記承継は、日本法人である被告と、我が国に在住して被告の従業員として勤務していた日本人である原告とが、原告がした職務発明について被告取扱規程に基づき我が国で行ったものであり、原告と被告との間には、上記承継の成立及び効力の準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在すると認められる。そして、外国の特許を受ける権利の譲渡に伴って譲渡人が譲受人に対しその対価を請求できるかどうか、その対価の額はいくらであるかなどの特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題は、譲渡の当事者がどのような債権債務を有するのかという問題にほかならず、譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから、その準拠法は、法例7条1項の規定により、第1次的には当事者の意思に従って定められると解するのが相当である(最高裁平成16年(受)第781号平成18年10月17日第三小法廷判決)。
 本件においては、原告と被告との間には、承継の成立及び効力につきその準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在しているのであるから、特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については、我が国の法律が準拠法となるというべきである。
 なお、譲渡の対象となる特許を受ける権利が諸外国においてどのように取り扱われ、どのような効力を有するのかという問題については、譲渡当事者間における譲渡の原因関係の問題と区別して考えるべきであり、その準拠法は、特許権についての属地主義の原則に照らし、当該特許を受ける権利に基づいて特許権が登録される国の法律であると解するのが相当である。
(2) 外国の特許を受ける権利の承継に対する特許法35条の適用について
 我が国の特許法が外国の特許又は特許を受ける権利について直接規律するものではないことは明らかであり(1900年12月14日にブラッセルで、1911年6月2日にワシントンで、1925年11月6日にヘーグで、1934年6月2日にロンドンで、1958年10月31日にリスボンで及び1967年7月14日にストックホルムで改正された工業所有権の保護に関する1883年3月20日のパリ条約4条の2参照)、特許法35条1項及び2項にいう「特許を受ける権利」が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ないことなどに照らし、同条3項にいう「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは、文理上困難であって、外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価の請求について同項及び同条4項の規定を直接適用することはできないといわざるを得ない。
 しかしながら、同条3項及び4項の規定は、職務発明の独占的な実施に係る権利が処分される場合において、職務発明が雇用関係や使用関係に基づいてされたものであるために、当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場で取引をすることが困難であることにかんがみ、その処分時において、当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち、同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について、これを当該発明をした従業者等において確保できるようにして当該発明をした従業者等を保護し、もって発明を奨励し、産業の発展に寄与するという特許法の目的を実現することを趣旨とするものであると解するのが相当である。そして、当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であるという点は、その対象が我が国の特許を受ける権利である場合と外国の特許を受ける権利である場合とで何ら異なるものではない。また、特許を受ける権利は、各国ごとに別個の権利として観念し得るものであるものの、その基となる発明は、共通する一つの技術的創作活動の成果であり、さらに、職務発明とされる発明については、その基となる雇用関係等も同一であって、これに係る各国の特許を受ける権利は、社会的事実としては、実質的に1個と評価される同一の発明から生じるものであるということができる。さらに、当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継については、実際上、その承継の時点において、どの国に特許出願をするのか、あるいは、そもそも特許出願をすることなく、いわゆるノウハウとして秘匿するのか、特許出願をした場合に特許が付与されるかどうかなどの点がいまだ確定していないことが多く、我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利が包括的に承継されるということも少なくない。ここでいう外国の特許を受ける権利には、我が国の特許を受ける権利と必ずしも同一の概念とはいえないものもあり得るが、このようなものも含めて、当該発明については、使用者等にその権利があることを認めることによって当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが、当事者の通常の意思であると解される。そうすると、同条3項及び4項の規定については、その趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在するというべきである。
 したがって、従業者等が特許法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において、当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については、同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である(最高裁平成16年(受)第781号平成18年10月17日第三小法廷判決)。
 本件においては、原告は、特許法35条1項所定の職務発明に該当する本件各特許発明をし、それによって生じたアメリカ合衆国、ドイツ等の各外国の特許を受ける権利を、我が国の特許を受ける権利と共に被告に譲渡している。したがって、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明に係る特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については、同条3項及び4項の規定が類推適用され、原告は、被告に対し、上記各外国の特許を受ける権利の譲渡についても、同条3項に基づく同条4項所定の基準に従って定められる相当の対価の支払を請求することができるというべきである。
 被告は、特許法35条は外国特許を受ける権利の帰属に関する法律関係について適用を予定した規定ではないとして、本件各米国特許及び本件ドイツ特許について、特許法35条3項及び4項に基づいて対価請求することはできないと主張する。しかし、被告の主張は、上記最高裁判決に照らし、採用することができない。
 また、被告は、上記最高裁判決は、使用者等と従業者等との間の職務発明に係る特許を受ける権利の譲渡契約における通常の意思解釈を根拠として、特許法35条3項及び4項の類推適用を認めるものであって、労使間の協議により成立した労働協約に依拠して制定され、法的拘束力のある就業規則として就業者に周知徹底されていた被告取扱規程に基づきなされた本件の外国特許を受ける権利の承継は、労使対等の立場での特許を受ける権利の譲渡であるから、同条項を類推適用する余地はないと主張する。しかし、外国の特許を受ける権利も含めて法律関係を一元的に処理しようというのが、当事者の通常の意思であると解されるところ、被告取扱規程においても、我が国の特許を受ける権利と、外国の特許を受ける権利の取扱いを異にすることを予定しておらず、これを一元的に処理しようとするものであることは、第2・1「前提となる事実」において認定した被告取扱規程の内容から明らかであり、また、被告取扱規程が労使協約に依拠して制定されているとしても、同規程が定める対価の額と対価決定の手続が、同条4項の基準に従って定められる一定の範囲の金額について、従業員等において、これを十分に確保し得るものとみることができないものであることは、争点2において説示するとおりである。したがって、本件についても、特許法35条3項及び4項の類推適用を肯定すべきであって、これを否定すべき事情を認めるに足りる証拠はなく、被告の主張は採用することができない。
2 争点2(被告の取扱規程に基づく職務発明の承継は、オリンパス事件最高裁判決(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決)の射程範囲外か)について
 被告は、被告取扱規程は、@労働協約に制定根拠を有し、労働協約により労使協議会の協議事項と規定され、従業者の利益保護の上で最も適切な労使協議に基づいて制定され、Aその内容は従業員に広く周知徹底され、B通常の就業規則以上の法規範性が認められ、原告と被告との労働契約の内容となっているものと認められ、C承継の対価額に上限を設けず、D個別の当該発明者に対し、実績対価等級及び対価額について異議申出の権利を認め、E同発明者に対し、実績に顕著な変化があったときは何時であっても、実績対価等級及び対価額について再評価を求める権利を認め、F公平かつ公正な特許評価のため、実績対価等級、対価額、表彰、異議申立理由の有無、再評価申請の理由の有無の決定について、多数の上級技術者を含む特許審査委員会を設けているものであるから、特許法35条3項及び4項の趣旨に完全に合致したものであり、同規程に従って原告に支払済みの対価額は同条3項及び4項の「相当の対価」として認められるべきものであると主張する。
 しかし、特許法35条3項及び4項所定の勤務規則等で定める相当の対価の額は、同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項及び4項所定の相当の対価に当たると解することができるのであって、対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
 本件でこれをみると、被告取扱規程は労働協約及びそれに基づく労使協議の上で制定されているものの、前記第2・1で認定したとおり、職務発明の承継に対する平成6年当時の実績補償は、特許審査委員会の審査の結果に基づき、特級(15万円以上)から5級(5000円)までの6区分に応じて、各等級所定の対価を支払うものと、表彰(特別社長賞等)により賞金として対価の額を加算するというものであり、本件各特許発明の承継についてこれまでに支払われた額が、合計で87万6000円にすぎず、本判決で後記のとおり認定判断する本件各特許発明の承継の相当の対価と比較すると、その額が低額であることからすれば、被告取扱規程が定める相当対価の算定方法は、特許法35条4項の趣旨・内容に到底合致するものということはできない。したがって、原告は、特許法35条4項に基づき、前記相当の対価と支払済みの額との差額を請求し得るというべきであって、このことは、被告取扱規程が労使協約及びそれに基づく労使協議に依拠して定められているからといって異なるものではない。
 よって、被告の主張は採用し得ない。
3 争点3(本件各特許発明により被告が受けるべき利益の額)について
 当裁判所は、本件における特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」については、次のとおり算定すべきものと判断する。
(1) 特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」については、特許を受ける権利が、将来特許を受けることができるか否かも不確実な権利であり、その発明により使用者等が将来得ることができる独占的実施による利益あるいは第三者からの実施料収入による利益の額をその承継時に算定することが極めて困難である(特許権の承継の場合においても、将来の利益の算定の困難さについて、程度の差こそあれ、同様の問題が生じ得る)ことからすると、当該。発明の独占的実施による利益を得た後、あるいは、第三者に当該発明の実施許諾をし、実施料収入を得た後の時点において、相当の対価を判断する場合に、これらの独占的実施による利益あるいは実施料収入額(いずれも経済情勢、市場の動向、競業者の存在等により、大きく変動する額である。)をみて、その法的独占権に由来する利益の額を認定することは、同条項の文言解釈としても許容し得る合理的な解釈である。すなわち、上記「利益」を「その発明又は特許発明の法的独占権により使用者等が実際に受けた利益」から算定することは、これまでの多くの裁判例が採用している方法であって、合理的な算定方法の一つであるということができる。
(2) 使用者等は、職務発明について特許を受ける権利又は特許権を承継することがなくとも、当該発明について同条1項が規定する通常実施権を有することに鑑みれば、同条4項にいう「その発明により……受けるべき利益の額」は、単なる通常実施権を超えたものの承継により得た利益、すなわち、特許権による法的独占権又は特許を受ける権利については補償金請求権ないしはその登録後に生じる法的独占権に由来する独占的実施の利益あるいは第三者に対する実施許諾による実施料収入等の利益であると解すべきである。
(3) ここでいう独占の利益とは、@特許権者が自らは実施せず、当該特許発明の実施を他社に許諾し、これにより実施料収入を得ている場合における当該実施料収入がこれに該当し(なお、実施許諾契約のうち、包括クロスライセンス契約については、後に詳しく論じるとおりである。)、また、A特許権者が他社に実施許諾をせずに、当該特許発明を独占的に実施している場合における、他社に当該特許発明の実施を禁止したことに基づいて使用者があげた利益、すなわち、他社に対する禁止権の効果として、他社に実施許諾していた場合に予想される売上高と比較して、これを上回る売上高(以下、売上げの差額を「超過売上げ」という。)を得たことに基づく利益(以下「超過利益」という。)が、これに該当するものであることは明らかである。
 もっとも、特許権者が、当該特許発明を実施しつつ、他社に実施許諾もしている場合については、当該特許発明の実施について、実施許諾を得ていない他社に対する特許権による禁止権を行使したことによる超過利益が生じているとみるべきかどうかについては、事案により異なるものということができる。すなわち、@特許権者が当該特許について有償実施許諾を求める者にはすべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針(開放的ライセンスポリシー)を採用しているか、あるいは、特定の企業にのみ実施許諾をする方針(限定的ライセンスポリシー)を採用しているか、A当該特許の実施許諾を得ていない競業会社が一定割合で存在する場合でも、当該競業会社が当該特許に代替する技術を使用して同種の製品を製造販売しているか、代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的・経済的に顕著な差異がないか、また、B包括ライセンス契約あるいは包括クロスライセンス契約等を締結している相手方が当該特許発明を実施しているか、あるいはこれを実施せず代替技術を実施しているか、さらに、C特許権者自身が当該特許発明を実施しているのみならず、同時に又は別な時期に、他の代替技術も実施しているか等の事情を総合的に考慮して、特許権者が当該特許権の禁止権による超過利益を得ているかどうかを判断すべきである。
4 争点3−1(被告の包括クロスライセンス契約と利益の額の算定方式)について
(1) 総説
ア 包括ライセンス契約により得た利益の額について
 特許権者が単数の特許について競業他社とライセンス契約を締結した場合、当該契約により得られる実施料収入は、当該特許に基づいて使用者が得る独占の利益であるというべきであるから、これを特許法35条4項の「その発明により使用者が得ることができる利益の額」とみることができる。
 また、複数の特許発明がライセンス(実施許諾)の対象となっている場合には、当該発明により「使用者が受けるべき利益の額」を算定するに当たっては、当該発明が当該ライセンス契約締結に寄与した程度を考慮すべきである。
イ 包括クロスライセンス契約により得た利益の額について
 包括クロスライセンス契約は、当事者双方が多数の特許発明等の実施を相互に許諾し合う契約であるから、当該契約において、一方当事者が自己の保有する特許発明等の実施を相手方に許諾することによって得るべき利益とは、相手方が保有する複数の特許発明等を無償で実施することができること、すなわち、相手方に本来支払うべきであった実施料の支払義務を免れることであると解することができる。もっとも、包括クロスライセンス契約は、相互に実施を許諾し合う合意のほかに、相手方に本来支払うべき実施料債務と、相手方から本来受け取るべき実施料債権とを、事前の包括的な相殺の合意により相殺する契約であると解することもできるものである(したがって、両者が有している特許等の間でバランスが取れないことが、契約締結時に明らかである場合には、一方から他方にいわゆるバランス調整金が支払われることになる。)。そして、合理的な取引を行うことが期待されている営利企業同士の契約である以上、特段の事情が認められない限り、相互に実施料の支払を生じさせない無償包括クロスライセンス契約においては、相互に支払うべき実施料の総額が均衡すると考えて契約を締結したと考えるのが合理的であるから、無償包括クロスライセンス契約においては「その発明、 により使用者等が受けるべき利益の額」については、相手方が自己の特許発明を実施することにより、本来、相手方から支払を受けるべきであった実施料を基準として算定することも、合理的である。もっとも、両者が有している特許間で均衡が成立していない場合には、一方から他方にバランス調整金が支払われることがあるため、その場合には、当該調整金額を相当対価の算定においても考慮することになる。被告ライセンス契約においては、後記認定のとおり、被告と相手方との特許間の不均衡が大きいことが多いため、このバランス調整金に相当する実施料の金額が大きな比重を占めることになる。
 以上によれば、包括クロスライセンス契約における無償のクロスライセンスの部分については、当該発明の実施料を、相手方に実施許諾をした複数の特許発明の実施料の額に当該特許発明の寄与率を乗じて算定することも、使用者等が相手方の複数の特許を実施することにより本来支払うべき実施料の額に、相手方に実施を許諾した複数の特許発明等における当該発明の寄与率を乗じて算定することも、いずれも「使用者が受けるべき利益の額」を算定する方法として採用することが可能である。そして、多数の特許発明等の実施が包括的に相互に許諾されている契約における「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」の主張立証の困難性を考えると、当該事案において、実際に行うことが可能な主張立証方法を選択することが認められるべきである。
 ただし、その場合でも、包括クロスライセンス契約においては、契約期間内に相手方がどの特許発明等をどの程度実施するかは、互いに不確定であり、契約締結時においては、あくまでもお互いの将来の実施予測に基づいて、互いの特許等を評価し合うことにより、契約を締結するものである、ということからすれば、相手方に実施許諾をした複数の特許発明の実施料の額に当該特許発明の寄与率を乗じて算定した金額と、被告が相手方の複数の特許を実施することにより本来支払うべき実施料の額に、被告が相手方に実施許諾した複数の特許発明等全体における本件各特許発明の寄与率を乗じて算定した金額とが同じになるとは限らない、との不確実性が常に生じ得るのである。包括クロスライセンス契約における「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は、厳密には、後者の方法により算定した金額であり、前者の方法により算定した金額ではないこと(合理的な営利企業同士は、相互に支払うべき実施料の総額の均衡を考えるはずであるものの、結果として、相互に支払うべき実施料の総額が同じになるとは限らないこと)からすれば、前者の方法により算定する場合には、上記の不確実性を考慮して、前者の方法により算定される金額を事案に応じて減額調整して「その発明により、 使用者等が受けるべき利益の額」を算定すべきである(民訴法248条参照)。(東京高判平成16年1月29日参照)
ウ エレクトロニクス業界における包括クロスライセンス契約においてa) エレクトロニクスの分野においては、一つの製品に数千にも及ぶ技術が使用されていることもまれではなく、個々の特許権を個別に行使することはその侵害の有無の調査においても、多大なコストを要する。また、個々の特許権を個別に行使することとなれば、関係各社が自社の特許をそれぞれ行使し合う結果となり、製品化が事実上不可能となる。したがって、お互いの特許権をまとめて許諾し合い、製品化を実現し、一社での限定された生産能力を超えて大量に製品を販売できるようにするというのが合理的な選択行動であるというべきであり、エレクトロニクス業界においては、ある一定期間中にお互いに自己の保有する関連特許すべてを許諾し合う包括クロスライセンス契約を締結することが多い(乙211)。
 現に、被告が保有していたLBP及びMFP等関係の特許権は、本件特許発明の特許公開時である昭和58年4月22日から満了時である平成13年10月20日までの基準期間内において、公告・登録期間がかかる登録特許及び基準期間内に公開されて後に登録になった登録特許の件数が、LBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件となり、基準期間内の特許出願を含めると、上記件数の約4倍となるのであって、極めて多数の関連特許が存する(乙46ないし48)。
b) このような包括クロスライセンス契約を締結する場合、その交渉において、多数の特許のすべてについて、逐一、その技術的価値、実施の有無などを相互に評価し合うことは不可能であるから、相互に一定件数の相手方が実施している可能性が高い特許や技術的意義が高い基本特許を相手方に提示し、それら特許に相手方の製品が抵触するかどうか、当該特許の有効性及び実施品の売上高等について協議することにより、相手方製品との抵触性及び有効性が確認された代表特許と対象製品の売上高を比較考慮すること、及び、互いに保有する特許の件数、出願中の特許の件数も比較考慮することにより、包括クロスライセンス契約におけるバランス調整金の有無などの条件が決定されるものである(以下、単に提示された特許を「提示特許」といい、提示特許のうち、相手方製品との抵触性及び有効性が確認された特許を「代表特許」という。)。したがって、包括クロスライセンス契約は、同業他社の特許権を侵害する危険性を回避し、安定的に製品を製造販売する目的のみならず、相手方が保有する多数の特許に関する調査や評価を経ることなく、継続的なライセンス契約を実現するという目的をも有するものである。
 そうすると、エレクトロニクスの業界のように、数千件ないし1万件を超える特許が対象となる包括クロスライセンス契約においては、相手方に提示され代表特許として認められた特許以外の特許については、数千件ないし1万件を超える特許のうちの一つとして、その他の多数の特許と共に厳密な検討を経ることなく実施許諾に至ったものも相当数含まれるというべきであるから、このような特許については、当該包括クロスライセンス契約に含まれている特許の一つであるというだけでは、相手方が当該特許発明を実施していたと推定することはできないことは明らかである。
 ただし、代表特許でも提示特許でもなくとも、ライセンス契約締結当時において相手方が実施していたことが立証された特許については、ライセンス契約締結時にその存在が相手方に認識されていた可能性があること、及び、現に相手方において使用されていた特許については、特許権者が包括クロスライセンス契約の締結を通じて禁止権を行使しているものということができること、並びに、何らかの理由により提示特許ないし代表特許とされなかったとしても、相手方が実施していたとすれば、職務発明の相当の対価の算定において、この点を考慮して「使用者等が受けるべき利益の額」の算定をしなければ、代表特許と比べて公平性に欠け、特許法35条の立法趣旨にも反する結果となると考えられることからすれば、このような相手方実施特許については、その特許発明の重要性、相手方の実施の割合を考慮して、ライセンス契約交渉やライセンス契約の内容において明示された代表特許に準じるものとして、上記「利益の額」を算定すべきである。
 なお、代表特許でも相手方実施特許でもない特許については、包括クロスライセンス契約の対象特許である以上、同契約締結における何らかの貢献度を認める余地があるとしても、それは、代表特許による貢献度あるいは相手方実施特許による貢献度を除いた残余の貢献度にすぎないものであり、そして、この残余の貢献度については、代表特許及び相手方実施特許の貢献度が契約対象特許の貢献度の相当部分を占めるものと評価すべきことが多いと考えられること、及び、代表特許及び相手方実施特許を除いたライセンス対象特許の数が上記のとおり極めて多いことからすれば、個々の代表特許でも相手方実施特許でもないライセンス対象特許の寄与度は、エレクトロニクス関連特許の包括クロスライセンス契約においては、限りなく小さいものであるということができる。
(2) 被告の包括クロスライセンス契約について
ア 被告のライセンスポリシー及び個々のライセンス契約の内容について
 証拠(乙46ないし48、53ないし75(各枝番を含む。)、191、239ないし242)によれば、被告のライセンスポリシー及び個々のライセンス契約の内容について、次のとおりであると認められる。
a) 被告は、1970年代中ころから、LBP等を含む電子写真技術の登録特許及び特許出願について他社へのライセンス供与を開始し、平成元年(1989年)には重要技術であるカートリッジ及びジャンピング現像の技術についても公開することを報道発表する(乙239ないし242)など、競業他社が求めた場合そのライセンスに応じる開放的ライセンスポリシーを採用してきた。
b) 本件各特許発明を含むLBP等の技術をライセンスする被告ライセンス契約は、本件各特許発明が実施される可能性のある製品であるLBP及びMFP等の製造・販売を行う、ほとんどすべての他社を相手方として締結されている(乙53ないし62、191)。すなわち、LBP及びMFP等のそれぞれにおいて、被告を含めた全世界市場における製造台数又は販売台数のシェアが、基準期間の最終年である2001年において1%超である被告ライセンス契約の主要相手方及び被告ライセンス契約の相手方から対象製品の供給を受けていると断定又は推定される企業等を含めたシェアは、被告以外の全他社を基準とすると、生産シェアにおいてLBPは少なくとも91.13%(乙63、67)、MFP等は少なくとも78.16%(乙64、67)、販売シェアにおいてLBPは少なくとも91.19%(ただし、被告及びヒューレット・パッカード以外の全他社基準。乙65、68、69)、MFP等は少なくとも82.44%(乙66、70の1・2、71)である。
c) すべての被告ライセンス契約は、対象製品において実施可能な登録特許及び特許出願を包括的に実施許諾する包括クロスライセンス契約であり、契約締結以前の特許の実施についても相互に免責している(乙53ないし62、191)。
 被告ライセンス契約における対象特許群は、原則として、LBP及びMFP等に用いられる技術に関する特許等のほとんどすべてを含むものである(ただし、除外特許等がライセンスの対象から除外されることは、後記のとおりである。)。その件数は、本件特許発明の補償金請求権の発生時である特許公開時の昭和58年(1983年)4月22日から満了時である平成13年(2001年)10月20日までの基準期間内に公告・登録期間がかかる登録特許及び基準期間内に公開されて後に登録になった登録特許で、LBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件であり(乙46ないし48)、基準期間内の特許出願を含めるとおよそその4倍の件数となる。
d) 本件各特許発明は、すべての被告ライセンス契約において対象特許群に含まれている。ただし、本件各特許発明がライセンス契約締結時において、代表特許又は提示特許として相手方に提示されたことはないとの陳述書が複数のライセンス契約の相手方から提出されており(乙53ないし62、191)、本件全証拠によるも、本件各特許発明が代表特許又は提示特許として相手方に提示されたことを認めるに足りる証拠はない。
e) ほとんどすべての被告ライセンス契約においては、対象特許群のうち、実施許諾から除外される特許等(除外特許等)が存在する。除外特許等の趣旨は、対象製品における被告製品の差別化に有意義な技術に関する特許等を相手方への実施許諾対象から除外したものや、逆に相手方が同様の意義を有する特許等を被告への許諾対象から除外する際に均衡上被告側も除外したものである。除外特許等の内容は、相手方によって異なる。また、実施許諾対象から除外されてはいないものの、ある技術を実施すると実施料率が高くなる旨の契約が締結されている場合もある(以下、実施料率において別の扱いを受ける特許等も除外特許等の一種として扱うこととする。)。
 除外特許等は、ある技術分野を特定して定められる。除外特許等とされることが多いのは、@帯電工程における接触帯電方式、A現像工程におけるジャンピング現像方式、B定着工程におけるサーフ定着方式、C感光体におけるアモルファスシリコン系感光体などの技術に関する特許等であり(乙73、74、191)、本件各特許発明が除外特許等に含まれている被告ライセンス契約は存在しない。
 除外特許等の件数は、相手方によって異なる。主要相手方について、基準期間内登録特許のうち除外される技術ごとの除外特許(登録特許)の件数(乙74)に、除外されている相手方の数の割合(除外相手方数/全相手方数)を乗じて平均化すると、登録特許についてLBPにつき3633件、MFP等につき3975件が除外特許等とされている(乙73、74)。したがって、被告が基準期間内に保有する登録特許のうち除外されていない対象特許(登録特許)の件数の平均は、LBPにつき8009件、MFP等につき1万2349件となる(乙191)。
f) 被告ライセンス契約の種類
@ 無償包括クロスライセンス契約(無償クロス契約)
 被告及び相手方の双方が相互に特許等を実施許諾し、かつ実施料の支払を行わないものである。無償クロス契約を締結する相手方は、対象製品の分野等において極めて強い競争力を有するごく少数の相手方に限られている。全被告ライセンス契約の中で、無償クロス契約は、*******〔1985年締結・レーザービームプリンタ、デジタル複写機/複合機、他〕及び**************〔1988年締結・レーザービームプリンタ、デジタル複写機/複合機、他〕を契約相手方とする2件(乙60、62)のみである。
A 有償包括クロスライセンス契約(有償クロス契約)
 無償クロス契約と同様に、被告及び相手方の双方が相互に特許等を実施許諾し、そして、相手方の被告に対する実施料(バランス調整金)の支払のみが行われるものである。被告から相手方に対する実施料(バランス調整金)の支払が行われる契約は、LBP及びMFP等を対象製品とする被告ライセンス契約中には存在しない。すべての被告ライセンス契約の中で、有償クロス契約は、******を契約相手方とするもの(乙53。1984年締結)のみである。
B ライセンスバック付き有償包括ライセンス契約(ライセンスバック契約)
 被告が相手方に対し一方的に特許等を実施許諾し、相手方の被告に対する実施料の支払のみが行われるのが本来の契約の目的であるが、被告が相手方の特許等(原則として被告において実施されることが想定されていない。)を万が一侵害することを避けるための保証として、相手方の特許等の実施許諾を無償で受ける(ライセンスバックを受ける。)ものである。上記@及びA記載の計3件以外の相手方(********〔1989年締結・LBP他〕、****〔1985年締結・LBP、MFP等〕、****〔1996年締結・LBP〕、**********〔1991年締結・LBP〕、*********〔1992年締結・LBP、MFP等〕、***〔1988年締結・LBP他〕、***〔1994年締結・LBP、MFP等〕、********〔1993年締結・LBP、MFP等〕など)との被告ライセンス契約は、すべてこのライセンスバック契約である(乙54ないし59、61)。無償クロス契約の相手方とライセンスバック契約の相手方とでは、各々の保有特許件数に顕著な差異があり、ライセンスバック契約の相手方が保有する特許件数は、少ない相手方では被告の保有する特許件数の約1%、多い相手方でも約15%程度にすぎない(乙75参照)。
g) 被告ライセンス契約における実施料
 被告ライセンス契約における実施料は、原則として、対象製品が相手方又は相手方の関連会社から第三者に対して譲渡された際の譲渡価格の合計に実施料率を乗じて決定される。また、対象製品のリストプライス(標準小売価格)に相当する価額に実施料率を乗じて決定されるものがあるが、この場合には譲渡価格とリストプライスの価格差に応じ、実施料率は低く設定されている。
 実施料率は、概ね被告の有する特許等と相手方の有する特許等の特許力の差の違いに応じて生じるものの、被告ライセンス契約中のライセンスバック契約の実施料率の平均は、およそLBPについて2.21%、MFP等について2.61%である(乙72の1・2。上記の数値は、主要相手方のうち、乙75記載のライセンスバック契約の相手方の平均である。)。
イ 実施料率の具体的算定について
a) 包括クロスライセンス契約の無償部分を考慮した修正実施料率について
 前記ア認定のとおり、被告は、本件各特許発明を、ほとんどすべての競合他社との間で、被告ライセンス契約の対象としている。そして、被告ライセンス契約の多くは、ライセンスバック契約であって、被告が実施料を支払うことはなく、名目的に相手方の特許の実施許諾を受けて包括クロスライセンス契約としているものである。
 ライセンスバック契約は、有償部分(相手方から被告に対し実施料を支払う部分)と無償部分とに分けて考えることができる。有償部分(具体的には実施料率の定め)は、契約の相手方ごとに異なる数字となっている。これは、被告と各相手方との特許力(対象特許の単純な総和や有力特許の数・価値、交渉能力の高低などの様々な要因を総合考慮して決定されるものである)の。差異によるものと考えられる。契約の対価性の原則に照らせば、前記のとおり、無償部分においては、被告が相手方に許諾した特許等と被告が相手方から許諾を受けた特許等が均衡しているものと考えることができる。ただし、各相手方とのライセンス契約における、各相手方の個別の特許力を具体的に考慮検討することは、その審理に著しい負担を要するものであることから、いくつかの相手方との間における実施料率の平均値をもって有償部分の標準的実施料率とし、無償部分については、個々の特許力を考慮せずに、保有特許数の総和が特許力を示すものとして、算定することとする。
 上記考え方からすれば、ほとんどすべての競合他社との間でライセンスバック契約が締結され、各契約内容を個別に検討することが困難な本件のもとにおいては、@いくつかの相手方との間における実施料率の平均値と、A前記実施料率の平均値÷(被告の対象特許数−前記相手方の対象特許数の平均値)×前記相手方の対象特許数の平均値、との和によって、無償部分を反映した「修正実施料率」を算定するのが相当である。
b) 本件における修正実施料率の算定について
 被告ライセンス契約中の実施料率の平均(******************************************の各社の実施料の平均値)は、およそLBPについて2.21%、MFP等について2.61%である(乙72の1・2)。上記の数値は、主要相手方のうち、実施料率の定めのあるライセンスバック契約の相手方で、乙72号証の1の作成に関し被告に協力した相手方の平均である。これに対応する相手方から被告が実施許諾された基準期間内の登録特許の平均件数は、LBPにつき905件、MFP等につき1685件である。
 一方、被告保有の基準期間内の特許の件数はLBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件である。以上から計算すると、被告が基準期間内において保有していた、LBP及びMFP等に関するすべての特許の標準包括ライセンス料率は、LBP2.40%、MFP等2.91%であると認められる(乙75)。
ウ 原告の主張について
a) 原告は、実施料率を明らかにするため、各相手方との間におけるライセンス契約書の文書提出命令を求める。しかし、各契約における実施料率は被告及び第三者である相手方の重要な営業秘密であることから、代替的な方法が存在するのであれば、当該代替的な立証方法を採用するのが相当である。本件でこれをみると、被告は協力の得られた相手方との間の実施料率の平均値を公証人の面前で計算し(乙72の1・2)、これを基に修正実施料率を主張立証しているのであって、ライセンス契約の内容について陳述書を提出した会社のシェアは、生産シェアにおいてLBPは64.94%(乙63、67)、MFP等は74.33%(乙64、67)、販売シェアにおいてLBPは52.68%(乙65、68、69)、MFP等は80.05%(乙66、70の1・2、71)というように主要相手方を含んでいるといえること、実施料率が各会社によって厳重に秘密管理され、開示を求めるのが著しく困難であるという実情に照らせば、かかる代替方法は営業秘密の保護に配慮しつつ真実発見を目指す方法として是認することができる。したがって、かかる代替方法による立証がなされている本件においては、文書提出命令によってライセンス契約書を取り調べる必要性はないものというべきである。
b) 原告は、被告と相手方との特許力の差異を検討するに際し、その保有する特許件数の差のみに基づく算定は妥当でないと主張する。しかし、個々の特許の価値を考慮することは、多数の包括クロスライセンス契約における極めて多数の特許の中からそれぞれ重要とされる特許を抽出してその貢献度を考慮したり、交渉能力の高低等の数値化の困難な事情を判断したりすることが必要となり、その審理に多大な時間と費用を要することになることに照らせば相当ではなく、上記算定方法は、複数のライセンス先を対象として平均値を採用しているので平準化が期待できることからすれば、是認できる合理的な算定方法であるというべきである。
5 争点3−2(本件各特許発明の技術的範囲と代替技術)について
 被告ライセンス契約の相手方における本件各特許発明の実施率及び前記標準包括ライセンス料率における本件各特許発明の寄与率を算定するために、まず、本件各特許発明の技術的範囲及び代替技術について判断する。
(1) 本件特許発明の技術的範囲について
ア 本件特許発明の概要
a) 本件特許発明は、次のとおり構成要件AないしDに分説することができる。
A 光源と、該光源からの光束を線状に結像する第1結像光学系と、該第1結像光学系による線像の近傍に偏向反射面を有する偏向器と、該偏向器で偏向された光束を被走査媒体面に結像する第2結像光学系とを備え、
B 光束の偏向面内に於いて、前記第2結像光学系はf・θ特性を有する光学系であり、
C 前記第2結像光学系には平行光束が入射し、光束の偏向面と垂直でかつ前記第2結像光学系の光軸を含む面内に於いて、前記偏向反射面近傍の線像と前記被走査媒体面上の点とが前記第2結像光学系を介して共役関係にある走査光学系であって、
D 前記偏向器はN個の偏向反射面を有する回転多面鏡であり、光束の偏向面と平行でかつ前記第2結像光学系の光軸を含む面内に於ける前記第2結像光学系の像側主点と前記被走査媒体面との距離をD、前記被走査媒体面上に於いて前記第2結像光学系の光軸から有効走査巾の端部までの距離をWとするとき、光束の偏向面と平行な面内に於いて前記偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度αを、(4π/N)―(W/D)よりも小さく選定したことを特徴とするゴースト像を除去する走査光学系
b) 構成要件AないしCの技術内容は次のとおりである(当事者間に争いはない。)。
@ 構成要件Aは、レーザー走査光学系の基本光学構成を示すものである。すなわち、レーザー走査光学系(被走査媒体上を、レーザースポットで線状に走査するための光学系)において、半導体レーザーの光源装置から、回転する偏向器(ポリゴンミラー、回転多面鏡)へ向けて発散光であるレーザーが射出され、射出された発散光は、光源装置と偏向器の間に置かれた第1結像光学系へ入射し、第1結像光学系は、入射した発散光を一旦平行光束としたあと、さらにかかる光束を偏向面(偏向器が回転し光束を偏向する平面)と垂直な面において、偏向器近傍で偏向面上に線状に収束させ、収束されて偏向器に入射する光束(入射光)は、偏向器の一つの鏡面で反射され、偏向器と被走査媒体との間に置かれた第2結像光学系へ入射する光束となり、第2結像光学系は、入射した反射光を偏向面内において偏向しながら収束させ、被走査媒体面上にレーザースポットとして結像させ、こうして得られた結像スポットは、偏向器の回転に伴って、被走査媒体上を走査するというものである。
A 構成要件Bは、fθレンズの技術を示すものである。fθレンズとは、像面におけるレンズの光軸から結像スポットまでの距離yが、レンズへの光線の入射角θに比例する歪曲特性、すなわちレンズの焦点距離(レンズの主点と焦点の距離)をfとするとき、y=f×θとなる歪曲特性を有するレンズである。fθレンズは、走査光学系の偏向面において、結像スポットの位置yが、反射光の第2結像光学系への入射角θに比例するようにするために用いられる。
B 構成要件Cは、共役型倒れ補正光学系を示すものである。倒れ補正光学系とは、偏向器(ポリゴンミラー)が、製造時の反射面の加工誤差や、回転によるブレにより、偏向面に対して垂直な方向に倒れ誤差を生じた場合、反射光が第2結像光学系を経由して被走査媒体上に達した場合に偏向面と垂直方向に位置ずれを起こすのを補正する機能を有する光学系である。そして、共役型とは、偏向器の反射面の位置と被走査媒体の位置が、第2結像光学系に関して、偏向面に垂直な面内で共役関係(結像関係)を満たすことにより倒れ補正を行うものである。共役関係とは、レンズの主軸上の二つの点について、どちらか一つの点から発した光が他の一つの点に結像するような関係をいう。
c) 構成要件Dにおける「ゴースト像」とは、被走査媒体に走査されたビームが拡散反射してしまい、拡散反射した光が偏向器の鏡面において再び反射して被走査媒体面の予定しない場所にスポット像を形成するというものである。このような静止ゴースト像は、LBPやMFP等でプリントされる画像の画質に影響し得る現象である。構成要件Dは、後記のとおり、「ゴースト像」を除去する走査光学系の構成を示すものであり、本件特許発明の本質は、構成要件Dにあることが明らかである(当事者間に争いはない。)。
イ 本件特許発明の技術的範囲
a)  構成要件Dは「ゴースト像を除去する走査光学系」の構成を示すものである。「ゴースト像」は、「1.ネガに記録されてしまうような一つ、もしくはそれ以上のレンズ表面からの像の反射。フレアスポットとも言う。2.光学器械を通して観察したときによく見掛ける光学系の表面反射に起因した物体の偽りの、また多重の像。… 3.フラッシュを使った時にネガ上に時々現れる二次的な像。… 4.テレビで、エコーによって生じる二次的な像。5.分光で、回折格子の刻線の不規則性から生じるスペクトル線の偽りの像」(乙9・「光技術用語辞典」平成6年1月発行)というように、その発生原因や事象について複数の意味を有するので、特許請求の範囲の記載のみではその意義は必ずしも明確ではない。したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して「ゴースト像」の意義を確定する必要がある。
b) 本件明細書には、以下の記載がある。
@ 「本発明は、ゴースト像を除去する走査光学系に関するものである。」(甲2・本件特許公告公報1欄25行、26行)
A 「このような走査光学系に於いては、第4図に示すように被走査媒体6上の点Ps に入射した光束Lは、その被走査媒体6の面上で拡散反射をし、その反射光La は点線で示すように単レンズ5及び4を通過して再び偏向器3に入射する。このとき反射面3aに入射した被走査媒体6からの反射光La は光源装置1側に反射するが、被走査媒体6からの反射光La の一部は、反射面3aに隣接する反射面2b(判決注・「3b」の誤記と解する。)に入射し、再度反射して単レンズ4、5を透過し、その光束Lb は被走査媒体6上の点Pg の近傍に集中する。この光束Lb はゴースト像となり、被走査媒体6上に感光体を設置すれば有害像が形成されることになる。」(同3欄6行ないし18行)
B 「然し本発明が対象とする走査光学系は、第3図に示すように偏向反射面3a近傍の線像と被走査媒体6の面上の点とが共役関係にあるので、第5図に示すように入射光束Lを傾けても、ゴースト像は同一走査線上に形成されてしまう問題点がある。」(同3欄31行ないし36行)
C 「本発明の目的は、上述のような問題点を解消し、偏向器の回転に関係なく、ゴースト像を常に走査線外の同一位置に静止させる、ゴースト像を除去する走査光学系を提供することにあり、」(同3欄37行ないし40行)
D 「αを(4π/N)−(W/D)より小さく選定している。この場合には、ゴースト像Pgは光軸Cから有効走査巾の端部までの距離Wの外側に形成され、被走査媒体6上の有効走査巾内に現れることはない。又、ゴースト像Pgの光束Leを遮断する適宜の遮光板を設置すれば、ゴースト像を完全に除去することができる。」(同4欄36行ないし42行)
E 「このように本発明に係るゴースト像を除去する走査光学系は、偏向器に入射する光束の光軸と、被走査媒体への結像光学系の光軸とがなす角度に一定の制約を課し、ゴースト像が常に静止して有効走査巾外に位置するようにしたものであり、ゴースト像が被走査媒体の面上に有害像として現れることを防止することができる。」(同5欄4行ないし10行)
c) 前記b)の本件明細書の各記載に照らせば、構成要件Dにおいて除去されるべき「ゴースト像」は、被走査媒体からの拡散反射光が再びレンズを透過して偏向器に入射し、その反射光の一部が再度レンズを透過して被走査媒体上の有効走査巾内の同一位置に結像して発生する静止ゴースト像を指すものと解釈することができる。
 構成要件Dは、偏向器の偏向反射面をN個、光束の偏向面と平行でかつ第2結像光学系の光軸を含む面内における第2結像光学系の像側主点と被走査媒体面との距離をD、被走査媒体面上において第2結像光学系の光軸から有効走査巾の端部までの距離をWとするとき、光束の偏向面と平行な面内において前記偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度αを、(4π/N)―(W/D)よりも小さく選定することによって、被走査媒体からの再反射光が偏向器において有効走査巾外の方向に向けて反射されるように、偏向器に入射する光の角度を規定することを示している。すなわち、構成要件Dは、α<(4π/N)―(W/D)の条件式を満たすことによって、ゴースト像を有効走査巾内に発生させないというものである。
 かかる構成は、被走査媒体からの再反射光に起因する静止ゴースト像が、被走査媒体面上における4π/Nという一定の位置に発生することから、角度αを上記のとおり規定することによって、静止ゴースト像を有効走査巾内に発生しないようにするものである。したがって、上記条件式を満たす場合には、静止ゴースト像が有効走査巾内に発生することはあり得ないのである。
ウ 被告主張の各代替技術についての検討
a) 技術A(再反射光が有害像とならない感光体の使用)
 被告は、技術A(再反射光が有害像とならない感光体の使用)、すなわち、感光体の材料を変えて感光体の散乱反射を減じ、有害像たる静止ゴースト像を発生させないようにした場合、少なくとも本件特許発明の構成要件Dを充足せず、その代替技術に該当すると主張する。
@ 証拠(乙119、120)によれば、昭和54年には、感光体ドラムにアモルファスシリコン系感光体を採用する技術が公開されていたことが認められる。
A 静止ゴースト像の発生は感光体における反射に起因するものであるから、これを減じる技術は静止ゴースト像を発生させない技術ということもできる(乙192・D ii 鑑定書の鑑定事項1−2)。
 しかし、既に述べたとおり、本件特許発明の構成要件Dは、静止ゴースト像を除去するために、所定の条件式を満たすことを規定するだけで、感光体の感度等については何ら規定していないものであるから、感光体の効果によって静止ゴースト像の発生を相当程度防止する効果があるとしても、拡散反射が一切ない感光体は存在し得ないはずであるから、入射光の角度αが構成要件Dの所定の条件式を満たす以上、本件特許発明の作用効果も働いているというべきである。証拠(乙142、192)によれば、アモルファスシリコンを感光体として用いた場合、ゴースト像が完全に除去されるかはさておき、相当程度、ゴースト像が除去されることが認められることからすれば、実際、感光体の散乱反射の減少は有害像である静止ゴースト像の発生防止に貢献する要因であるとはいえても、そのためには、感光体の反射率、感光体の材料の選定、感光体の構成、レーザー光を吸収させるための含有物の選定、耐久性等の様々な要因を考慮する必要があるのである(甲99・2005年5月25日付けZ i鑑定書の鑑定事項2−1参照)。これに対し、本件特許発明が実施されていれば有効走査巾内における静止ゴースト像の形成が絶対的に除去されるのである。したがって、技術Aを実施した製品は、構成要件Dの条件式を充たす限り、本件特許発明の技術的範囲にも属するものであり、本件特許発明の有用性を完全に喪失させるものではないというべきである。
b) 技術B(被走査媒体上に静止ゴースト像が形成されない光学設計)
 被告は、技術B(被走査媒体上に静止ゴースト像が形成されない光学設計)、すなわち、ポリゴンミラーの面数を4面以下とした場合や、走査レンズの配置、長さ等を、再反射光の光路を静止ゴースト像がそもそも発生しないように設定した場合、少なくとも本件特許発明の構成要件Dを充足せず、その代替技術に該当すると主張する。
@ 証拠(乙121)によれば、昭和50年には、再反射光の光路が静止ゴースト像を発生させることのないように、走査レンズの配置、長さ等を設定する技術が公開されていたことが認められる。
A 静止ゴースト像は再反射光に起因して発生するものであるから、その光路を調整することによって静止ゴースト像の発生を防止することは、静止ゴースト像を発生させない技術の一つであるということができる。
 しかし、再反射光が第2結像光学系をすべて通過することを阻止して感光体上にゴースト像が形成されないようにしたとしても、本件特許発明の構成要件D記載の条件式の入射光の角度αが上記条件式を満たしていなければ静止ゴースト像は発生するし、また、本件特許発明の構成要件Dは、上記条件式により入射光の角度αを所定の値より小さいものと規定するのみであるから、入射光の角度αがこの条件式を満たしていれば、本件特許発明の技術的範囲に属するものというべきである。すなわち、構成要件Dの条件式を充足する場合でも、偏向器に入射する角度αと上記条件式の値との関係によっては、偏向器からの再反射光が第2結像光学系のレンズをそもそも通過しない場合も生じ得ることは、本件明細書に開示されたところから容易に理解し得るところであり、そのような場合でも、本件特許発明の構成要件Dを充足するものであることは明らかである。したがって、このような技術Bは、本件特許発明の代替技術にも該当しないというべきである。
 一方、ポリゴンミラーの面数が4面以下の場合は、どのような角度で光束を入射させても、すなわち、αをどのように設定しても、静止ゴースト像は形成されないのであり、構成要件Dの条件式は全く意味をなさないものである。したがって、ポリゴンミラーの面数が4面以下の場合は、構成要件Dを充足しないのであって、かかる技術は、本件特許発明の代替技術に該当するというべきである。
B ポリゴンミラーの面数が4面以下の場合は、本件特許発明の構成要件Dを充足しないものであることは、その出願経過から明らかである。
(i) 本件特許の出願人である被告は、平成4年3月16日付け特許異議答弁書において、「確かに、異議申立人が主張しているように、N=4の偏向器の場合には、何ら角度が規定されない。しかし、4面の偏向器の場合には、被走査媒体からの反射光束が隣接する反射面に入射し、再度反射して走査レンズを透過し、被走査媒体上に再び達する静止ゴースト光束は発生しない。同様に、3面の偏向器の場合、2面の偏向器の場合にもゴースト光束は発生しない。本願発明は被走査媒体上からの反射光束が隣接する反射面に入射し、再度反射して走査レンズを透過し、被走査媒体上に再び達する静止ゴースト光束が発生する光学系を前提条件にした発明であり、上述したような4面以下の偏向器を用いたゴースト光束が発生しない光学系を対象としていない。したがって、本願発明の請求の範囲には、記載不備はないものと考える。」(乙26・3頁8行ないし4頁4行)と述べている(なお、biによる本件特許に対する特許異議の申立てにおける類似の主張(平成3年5月24日付特許異議理由補充書、乙27)に対しても、被告は、内容的に同一の答弁をしている(平成4年3月16日付特許異議答弁書、乙28の10頁8行ないし末行)。
(ii) また、平成5年2月25日付の特許異議決定は、「この出願の発明の目的は、本件公報3欄6〜40行の記載から明らかなように、形成されたゴースト像を除去することにあるからゴースト像が形成されない4面以下の偏向器を使用することはこの出願の発明の対象外である。」(乙29・2頁11行〜14行)と判断し、これを前提として、本願発明の請求の範囲には記載不備はないと結論づけている(同頁16行ないし18頁)。
(iii) 上記出願経過からすれば、4面以下の偏向器が本件特許発明の技術的範囲に属しないものであることは明らかである。
C 被告は、4面以下の偏向器の場合が技術的範囲から除外されるのであれば、4面以下の場合と同様に、第2結像光学系に再反射光がすべて入射しない場合も技術的範囲から除外しないと矛盾する旨主張する。しかし、本件特許発明は、構成要件Dの上記条件式にその発明の本質があるのであるから、上記条件式が成立し得なくなる4面以下の偏向器の場合をその技術的範囲の対象外とし、上記条件式が働き得る5面以上の偏向器の場合を、上記条件式を満たす限り、本件特許発明の技術的範囲内とすることは、合理的な解釈というべきであり、上記の被告の主張は理由がない。
c) 技術C(非平行光束の構成)
 被告は、技術C(非平行光束の構成)、すなわち、光束の偏向面内において、第2結像光学系に平行光束が入射せず、発散光束又は収斂光束が入射するように構成した場合、この技術は少なくとも構成要件Cを充足しないと主張する。
@ 証拠(乙122ないし124)によれば、遅くとも1993年(平成5年)には第2結像光学系に平行光束を入射させずに、発散光束又は収斂光束が入射するように構成する技術が公開されていたことが認められる。
A 本件特許発明の構成要件C「前記第2結像光学系には平行光束が入射し」は、特許請求の範囲の文言どおり、「平行な」光束と解するのが相当であって、これを別異に解する理由はない。
 原告は、平行光束である場合は、条件式の「α<(4π/N)−(W/D)」の「D」には、第2結像光学系の焦点距離を意味する「f」しか入り得ないのであって、本件特許発明において条件式を定立する場合に「f」ではなく「D」を採用したことは、平行光束以外の光束が技術的範囲に含まれ得ることを示唆するものと主張する。しかし、「f」であろうと、「D」であろうと正しく機能する条件式において「D」を採用したからといって、構成要件Cの文言に反してまで、平行光束以外の光束が技術的範囲に含まれ得ると解釈することはできず、原告の主張は採用できない。
 証拠(甲99、乙134ないし138)によれば、被告製品の機種27、28、34ないし42、45、51、54においては、収斂光の収斂角が、それぞれ、約0.24度ないし約0.61度であることが認められる。原告は、かかる角度は、太陽光が約0.53度の角度を有する収斂光束であること(甲99)に照らし、平行ということもできる旨主張する。しかし、太陽光が常に平行光束とみなされているわけではなく(乙192・D ii 鑑定書15頁以下)、被告製品のレンズの分解能と比較しても被告製品の収斂光束は十分に大きな角度を有しており、平行とは言い難いこと(乙192・D ii 鑑定書の鑑定事項3)、平行光束ではなく、収斂光を用いることによって、第2結像光学系から被走査媒体面までの距離を短縮するという目的を十分に果たしていること(乙199・B ii 鑑定書の鑑定事項3)からすれば、かかる収斂光を収斂角の角度がわずかであるからといって平行光束とみなすことはできない。このことは、コリメータレンズ(乙134ないし138)が一般に平行光束を形成すると考えられていることを考慮しても同様である。さらに、静止ゴースト像の発生の有無を考察すると、収斂光束の場合は、静止ゴースト像が被走査媒体面の後方に焦点を結ぶこととなり、静止ゴースト像は被走査媒体面上を揺動するので、静止ゴースト像が有効走査巾内に発生するとしても、目立たなくなるものと考えられ(乙199・B ii 鑑定書の鑑定事項3参照)、これによっても静止ゴースト像の防止の効果が働くのであるから、収斂角がわずかであるからといって、これを平行光束とみなすことはできないというべきである。
 したがって、技術Cを実施した製品は、本件特許発明の構成要件Cの「前記第2結像光学系には平行光束が入射し」を充足しないこととなり、本件特許発明の技術的範囲に属さず、その代替技術に該当する。
d) 技術D(非倒れ補正光学系の構成)
 被告は、技術D(非倒れ補正光学系の構成)、すなわち、ポリゴンミラーの製作・駆動技術の向上によって、共役型倒れ補正光学系を採用せずにポリゴンミラーの面倒れを防止した上で、従前の静止ゴースト像除去技術(偏向面に対して垂直方向に移動させる技術)を用いることが可能であり、この場合、構成要件Cを充足しないと主張する。
@ 証拠(乙12の1)によれば、昭和51年には、静止ゴースト像を偏向面に対して垂直方向に移動させる技術が公開されていたことが認められる。この技術は共役型倒れ補正光学系では有効に作用しない技術であるものの、静止ゴースト像の除去をなし得る技術であることは明らかである。
A 倒れ補正光学系を採用しなかった場合、構成要件Cを充足しないことは明らかであるから、技術Dを実施した製品が本件特許発明の技術的範囲に属しないことは明らかであり、その代替技術に該当する。
 ただし、非倒れ補正光学系を採用しつつ、ピッチむらを最小限に抑え、共役型倒れ補正光学系を採用したのと同等の性能を得ようとすれば、ポリゴンミラーの回転軸が傾くのを避けるために回転軸の精度を高くし、かつ、ポリゴンミラーのすべての反射面の角度を一定の範囲内におさえるために、ポリゴンミラーの加工精度を高くしなければならないのであって、高額の費用が必要となる(甲99・2005年5月25日付けZ i 鑑定書の鑑定事項2−4参照)。技術Dは倒れ補正光学系が導入される以前、すなわち、本件特許発明がなされる以前の技術というべきであり、代替技術としての価値は低いものと言わざるを得ない。
e) 技術E(ガルバノミラーの使用)
 被告は、技術E(ガルバノミラーの使用)、すなわち、偏向器として、回転多面鏡を用いずに、ガルバノミラー(軸を中心に左右に振れる1面のミラーで、走査は往復運動になる。)を用いた場合、構成要件Aを充足しないと主張する。
@ 証拠(乙125、126)によれば、遅くとも昭和53年には、ガルバノミラーを用いた走査光学系が公開されていたことが認められる。
A 偏向器(ポリゴンミラー)の代わりにガルバノミラーを採用した場合、構成要件Aを充足しないことは明らかであるから、技術Eを実施した製品は、本件特許発明の技術的範囲に属せず、その代替技術に該当する。
 ただし、技術Eは、ガルバノミラーを採用することによって印字スピードが極端に遅くなるなどの欠点が発生し(甲99・2005年5月25日付けZ i 鑑定書の鑑定事項2−5及び甲101参照)、被告においてもほとんど採用されなかった技術であることから(甲101)、代替技術としての価値は低いものといわざるを得ない。
f) 技術F(ダブルパス方式の構成)
 被告は、技術F(ダブルパス方式の構成)、すなわち、第1結像光学系と第2結像光学系を備えない、いわゆる「ダブルパス方式」(ポリゴンミラーへ向かう入射光とポリゴンミラーから感光体へ向かう反射光が同一レンズを透過する方式)を採用した場合、構成要件Aを充足しないと主張する。
@ 証拠(乙127)によれば、昭和52年には、入射する光ビームを光学素子によって回転多面鏡の反射面上にその回転軸と垂直な線像を形成せしめ、反射鏡面からの反射光ビームを再び前記光学素子を通してから結像光学系によって走査面上に光点を結像せしめるようにそれぞれを配置したことを特徴とする光ビーム装置が公開されていたことが認められる。
A 富士写真フィルムが提起した無効審決取消訴訟において、公知文献である特開昭52−48331(乙127)が本件特許発明の技術内であるか否かが争われたところ、東京高等裁判所は、「本件発明の要件である角度αは、第1結像光学系と第2結像光学系とからなる走査光学系における『光束の偏向面と平行な面内に於いて、偏向器に入射する光束に対し第2結像光学系の光軸がなす角度』、すなわち、光束の偏向面と平行な面内における第1結像光学系の光軸と第2結像光学系の光軸とがなす角度である。しかるに、前記認定事実によれば、引用例3(判決注・本訴の乙127)記載の走査装置は円柱レンズ(あるいは、アナモルフィック・レンズ)と結像レンズとからなるひと組の結像光学系を使用するものであって、同走査装置には『光束の偏向面と平行な面内における第1結像光学系の光軸と第2結像光学系の光軸とがなす角度』は存在しないから、本件発明と引用例3記載の発明が同一であると解する余地は全くない。」と判断した(乙42の12)。
 この判決によれば、光束の偏向面と平行な面内における第1結像光学系の光軸と第2結像光学系の光軸とがなす角度が存在しないダブルパス方式(乙127を一例とする方式)は上記構成を具備しないので、本件特許発明の技術的範囲に属しないことになる。
 また、被告製品の別表2の番号47(乙30の13)は、「光束の偏向面と平行な面内における第1結像光学系の光軸と第2結像光学系の光軸とがなす角度」が存在しない点において、特開昭52−48331(乙127)と差異はないのであるから、仮に第1結像光学系と第2結像光学系とが独立して存在することを要しないとしても、上記角度が存在しない点において本件特許発明の技術的範囲に属しないものというべきであり、その代替技術に該当するというべきである(乙199・B ii 鑑定書の鑑定事項6参照)。
g) 技術G(再反射光の遮光)
 被告は、技術G(再反射光の遮光)、すなわち、被走査媒体面と偏向器の隣接面との間に遮光部材を配置し、被走査媒体面からの散乱反射光が隣接面に入射しないようにするようにした場合、構成要件Dを充足しないと主張する。
@ 甲74の1によれば、平成5年には上記技術が公開されたことが認められる。ただし、技術Gは被告においても実施されていない。
A 証拠(乙192・D ii 鑑定書の鑑定事項7、乙199・B ii 鑑定書の鑑定事項7)によれば、技術Gは、静止ゴースト像が完全に除去されるものではなく、ゴースト像の光量をわずかなものとすることで有害像の形成が防止されることもあるという程度のものであることが認められる。したがって、本件特許発明の条件式を満たさない構成とした場合、技術Gによって静止ゴースト像が完全に除去されるものではなく、技術Gを使用している場合には、依然として構成要件Dの条件式を満たす設計がされるものと考えられる。したがって、技術Gを実施した製品は、構成要件Dの条件式を充たす限り、本件特許発明の技術的範囲に属するものである。技術Gは、その内容や効果に照らし、代替技術として用いられるに足りる技術ではないというべきである。また、遮光板の位置や切欠き部の位置が少しでもずれると、感光体へ入射すべき光が遮られたり、感光体において反射した強度の強い正反射光を含んだ光が偏向器に戻り、それがゴースト像として形成されたりという問題点が存在すること、かかる問題点を解決するために遮光板を頑丈に固定することは偏向器からの風圧を考えれば容易でないことといった技術上の問題点を有しており(甲99・2005年5月25日付けZ i 鑑定書の鑑定事項2−7参照)、代替技術としての価値も高いものとはいえない。
h) 技術H(隣接面の不使用)
 被告は、技術H(隣接面の不使用)、すなわち、回転多面鏡(ポリゴンミラー)の複数の反射面を一つおきに黒塗装あるいは面荒しによって非反射面とし、被走査媒体面からの散乱反射光が隣接面で反射されないように構成した場合、構成要件Dを充足しないと主張する。
@ 甲75の1によれば、平成7年には上記技術が公開されたことが認められる。ただし、技術Hは被告においても実施されていない。
A 技術Hは、静止ゴースト像を原理的にゼロにできるものと考えられるものの、ポリゴンミラーの複数の反射面を一つおきに黒塗装等により非反射面とするものであるから、回転数を増やさなければ印刷スピードが半分になるという欠点があり、その欠点を回避するには、回転数を高速にし、併せて感光体の感度を向上させなければならないものである(甲99・2005年5月25日付けZ i 鑑定書の鑑定事項2−8参照)。したがって、技術Hを実施した製品は、本件特許発明の前提条件を充たしておらず、その技術的範囲に属さない可能性があるものの、あえてそのような製品を製作販売することは現実的でなく、代替技術としての価値も低いものといわざるを得ない。
i) 技術I(偏光フィルタ及び1/4波長板の使用)
 被告は、技術I(偏光フィルタ及び1/4波長板の使用)、すなわち、偏向器から被走査媒体面に向かう光路に、偏光フィルタ及び1/4波長板を配置し、1/4波長板を2回通過した被走査媒体面からの散乱反射光が、走査光束の偏光方向とは90度偏光されることによって偏光フィルタで遮光され、偏向器の隣接面に入射しないように構成した場合、構成要件Dを充足しないと主張する。
@ 証拠(甲76の1)によれば、平成7年には上記技術が公開されたことが認められる。ただし、技術Iは被告においても実施されていない。
A 技術Iは、偏光フィルタ及び1/4波長板を使用するものであって、構成要件Dの条件式を充たす限り、本件特許発明の技術的範囲に属するというべきである。また、技術Iは、静止ゴースト像の除去に一定の効果を有すると考えられるものの、理論上、全く静止ゴースト像がなくなるものでもなく(甲99・2005年5月25日付けZ 鑑定書の鑑定事i 項2−9参照)、他に設置すべき機材もあることから、代替技術として用いられるに足りる技術ではないというべきである。
j) LED方式、液晶シャッタ方式、CRT方式及びインクジェット方式
 LED方式(乙129、130)、液晶シャッタ方式(乙131、132)、CRT方式(乙133)、及びインクジェット方式は、本件特許発明が前提とするLBP方式とは異なった構成を有する別の種類の製品というべきであるから、本件特許発明の技術的範囲に属しないことは明らかである。また、LED方式や液晶シャッタ方式の国内シェアの合計は、LBP方式の3%程度にとどまる(乙91)。
 したがって、上記各方式は、LBP方式において本件特許発明の実施をせずに、静止ゴースト像を除去できるかという観点からすれば、その代替技術には該当しない。
エ 小括
 以上に認定したとおり、本件特許発明の技術的範囲に属さず、かつ、その代替技術に該当するものは、@技術Bのうち、ポリゴンミラーが4面以下の場合、A技術C(非平行光束の構成)、B技術D(非倒れ補正光学系の構成)、C技術F(ダブルパス方式)である。なお、技術E(ガルバノミラーの使用)、技術H(隣接面の不使用)及び技術I(偏光フィルタ及び1/4波長板の使用)は、本件特許発明の実施を回避することができるものとはいえ、製品において現実に実施された例が確認されていないので、代替技術に該当しないものとするのが相当である。
(2) 被告のその余の主張について
 当裁判所の本件特許発明の技術的範囲の解釈は以上のとおりである。これに反する被告のその余の主張は、次の理由により採用し得ない。
ア 先行自白の成否について
 被告は、原告が、本件特許発明の被告主張にかかる技術的範囲を認める陳述を行ったとして、これを援用して先行自白の成立を主張する。しかし、特許発明の技術的範囲に関する技術事項の細部にわたる主張とその認否は、主要事実の自白となり得るものではないことは明らかであるから、これについて裁判所も当事者も拘束されることはない。よって、被告の上記主張は失当である。
イ 各鑑定書について
a) E ii ら鑑定書(乙107)について
 E ii ら鑑定書は、静止ゴースト像の発生メカニズムを分析的に検討して、反射面2bで再度反射した光束が、単レンズ4、5を透過し、光束Lbとなって被走査媒体6上の点Pgの近傍(有効走査巾内)に集中する場合に、結像光学系の光軸から端部までの長さ、及び、偏向器に入射する光束の光軸と、被走査媒体への結像光学系の光軸とがなす角度を規定することによってこれを除去することに、本件特許発明の技術的範囲を限定するものである(同鑑定書13、14頁)。
 しかし、既に述べたところからすれば、このような限定解釈を採用することはできない。
b) D ii 鑑定書(乙192)、B ii 鑑定書(乙199)について
 D ii 鑑定書(鑑定事項1−1、2−1)は、ゴーストによる悪影響を防止するために通常行われる手法として、反射率の低減と不必要な光路を遮ることが行われ、その中には次の四つの方法((i)レンズ表面での反射の低減、(ii)像面での反射の低減、(iii)レンズ面形状変更によるゴースト像の結像位置の変更、(iv)ゴーストの発生を防止し又は低減できるように、レンズ口径を必要最小限としたり、多くの絞り(遮光部材)を光学系中に設ける方法)があること、上記四つの方法のうち、静止ゴースト像が有効走査巾内に形成されても有害像とならない走査光学系は( )の方法にii 、静止ゴースト像を形成する再反射光束が第2結像光学系を通過しないものが(iv)の方法のうち、必要最小限のレンズ口径とするものに相当すること、一方、本件特許発明はこの四つの方法とは技術的に別の視点からの手法の一つと考えられることを述べる。
 このような除去方法の分析自体は技術的に正当な意見ということができる。しかし、本件特許発明の本質は、構成要件Dの条件式を満たす設計をすることによって必然的に静止ゴースト像の発生を防止するという点にある。すなわち、本件特許発明は、入射光束の光路を、有効走査巾内に静止ゴースト像が発生することのないように規定するという発明なのであって、上記四つの除去方法と重畳的に作用することも可能な技術というべきである。したがって、他の除去方法が働いているからといって、これと重畳的に作用し得る本件特許発明の技術を排する理由はない(甲108・2005年11月9日付けZ i 鑑定書の鑑定事項1−1、2−1参照)。また、当業者は、その発生原因を具体的に考察することなく、条件式を満たすかどうかに注目して技術的範囲を解釈すると考えられ(甲99・2005年5月25日付けZ i 鑑定書の鑑定事項1参照。また、被告自身が、本件特許発明の存続期間中及び原告による再評価申請時においても、このような解釈を行っていた。)、当業者を基準としても、条件式を充足すれば、本件特許発明の技術的範囲内であると解釈するというべきである。したがって、限定解釈を主張するD ii 鑑定書は、採用することができない。
 なお、B ii 鑑定書(鑑定事項1−1・2、2−1)は、明細書の記載や出願経過における陳述等に照らし、限定解釈をすべきであると述べるものである。既に述べたとおり、かかる限定解釈は採用できない。
(3) 本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明について
 本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明についても、以下のとおり、日本国の本件特許発明と同様の技術的範囲であると解釈するのが相当である。
ア 本件各米国特許発明(甲4の1、乙213)
a) 「発明の要約」における記載
 「本発明の目的は、倒れ補正がなされた走査光学系における上記の問題を解消し、偏向器の回転に関係なくゴースト像が常に走査線の外側の同一の位置に形成されゴースト像が除去される走査光学系を提供することにある。」(甲4の1、2欄50行〜57行)
 「結像光学系(判決注:日本特許の「第2結像光学系」)は、該結像光学系の光軸が偏向器に入射する光束の光軸と光束の偏向面に平行な面内においてなす角度が、ゴースト像が被走査媒体の走査線の方向でかつ有効走査巾の外側に形成されるように選択された結像光学系である。」(甲4の1、2欄66行〜3欄5行)
b) 「実施例の記載」における記載
 「この場合(判決注:上記条件式を充足する場合)、ゴースト像Pgは光軸Cから有効走査巾の端部までの距離Wの外に形成され、被走査媒体6 上の有効走査巾内に現れない。」(甲4の1、3欄56行〜60行)
 「以上のとおり、本発明にかかるゴースト像を除去する走査光学系は、偏向器に入射する光束の光軸と被走査媒体に対する結像光学系の光軸とがなす角度に一定の制約を課し、これによりゴースト像が常に静止して有効走査巾の外側に存在するようにするものである。以上より、本発明はゴースト像が被走査媒体の面上に有害像として現れることを防止することができる。」(甲4の1、4欄3行〜12行)
c) 「特許請求の範囲」における記載
 「面走査のための、および被走査有効走査領域内の該面上にゴースト像が現れないようにするための走査光学系であって、……、この場合において、Nを前記偏向器の反射面の数、Wを有効走査領域巾の半分、Dを被走査面に隣接する該結像手段の主点と被走査面との距離とするとき、前記結像手段の光軸が該光束入射光学系の光軸となす角度αは、|α|<(4π/N)−(W/D)、かつ、|α|<π/2を満たす、走査光学系。」(本件米国特許権1の請求項1)
 「面走査のための、および被走査有効走査領域内の該面上にゴースト像の結像が現れないようにするための走査光学系であって、……、この場合において、Nを前記偏向器の反射面の数、Wを有効走査領域巾の半分、Dを被走査面に隣接する該結像手段の主点と被走査面との距離とするとき、前記結像手段の光軸が該光束入射光学系の光軸となす角度αは、|α|<(4π/N)−(W/D)を満たすことを特徴とする前記走査光学系。」(本件米国特許権2の請求項1)
d) 以上のとおり、本件各米国特許発明の請求項の記載は、本件特許発明の特許請求の範囲の記載とほぼ同じものである上に、「被走査有効走査領域内の該面上にゴースト像が現れないようにするための走査光学系であって」と発明の課題が有効走査領域内の面上にゴースト像が現れないようにすることであると明確に記載されている。したがって、本件各米国特許発明の技術的範囲は、本件特許発明の技術的範囲と同様であると解するのが相当である。
イ 本件ドイツ特許発明
 本件ドイツ特許発明では、「特許請求の範囲」において、「・・・結像装置(20)の光軸(C)と光束(L)を射出する光学系(1、2)の光軸の間に挟まれる角度(α)が鋭角、それも、偏向器(3)の偏向反射面(3a、3b)の数をN、走査巾の半分をW、被走査媒体(6)に面した結像装置(20)の主点(H)と被走査媒体(6)自体の間の距離をDとするとき、|α|<(4π/N)−(W/D)なる関係式を満足させるほど小さい鋭角であり、点(Ps)から出発する反射により形成されるゴースト像が走査線上の有効走査巾の外側に位置することを特徴とする走査光学系」と記載されている。
 上記記載は、角度を規定する上で、静止ゴースト像が走査線上の有効走査巾の外側に位置する程度にまで小さく設定することを述べるものである。そして、本件ドイツ特許発明の課題解決原理からすれば、「有効走査巾の外側に位置する」とは、静止ゴースト像が有効走査巾の外側に現に形成される場合のみを指すのではなく、有効走査巾内に静止ゴースト像を発生させないとの意味に解するのが相当である。したがって、本件ドイツ特許発明の技術的範囲は、本件特許発明の技術的範囲と同様であると解するのが相当である。
ウ 原告の主張について
 原告は、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明では、その特許請求の範囲(請求項)において、第2の結像光学系に平行光束が入射することが記載されておらず、したがって、技術C(非平行光束の構成)を実施した製品は、構成要件Dの条件式を充たす限り、少なくとも本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明の技術的範囲に属するものであり、これらの発明との関係では代替技術に該当しないと主張する。
 しかし、入射光が収斂光束である場合、ゴースト像の合焦位置は感光体表面の後方の位置となり、ゴースト像は偏向器の回転に伴って感光体上を揺動するのであって、条件式を満たさなくてもゴースト像が有効領域の外となり得る(乙143)。そして、入射光が発散光束である場合、ゴースト像の合焦位置は感光体表面の前方の位置となり、ゴースト像は偏向器の回転に伴って感光体上を揺動するのであって、条件式を満たしていてもゴースト像が有効領域の範囲内となり得る(乙143)。このように、入射光が平行光束でない場合、条件式を満たすか否かによって必然的に静止ゴースト像が除去されることにはならないのである。そして、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明が常に一定位置に現れる静止ゴースト像を除去することを目的・課題とすること、すなわち、再反射光が入射光となす角度が一定の値(4π/N)となることに着目した解決手段を提供するものであることからすれば、ゴースト像の位置がこのように変化するような場合(乙143によれば、かかる位置変化は、再反射光が入射光となす角度が、発散光束の場合は4π/Nより小さくなり、一方、収斂光束の場合は大きくなることに起因する。)は、その特許発明の対象外というべきである。したがって、本件各特許発明(上記米国及びドイツ特許発明を含む。)は、静止ゴースト像が一定の位置に現れるという課題を入射光の角度を所定の条件式に従って規定することによって有効走査巾内における静止ゴースト像の発生を防止して解決するというものであることからすれば(かかる解決方法は、再反射光が入射光となす角度は4π/Nという一定値となり、被走査媒体の有効走査巾の端部に到達する再反射光が第2結像光学系の光軸となす角度はW/Dとなることを利用したものである。)、入射光が平行光束でない場合、一定の位置に現れる静止ゴースト像の除去という本件各特許発明の課題とは異なるものとなるのである。また、本件各特許発明における課題の解決手段である条件式、すなわち、所定の条件式を満たす場合には絶対的に静止ゴースト像の発生が防止されるということが意味をなさなくなる(上記のとおり、再反射光が入射光となす角度が4π/Nとならない上、乙143によれば、被走査媒体の有効走査巾の端部に到達する再反射光が第2結像光学系の光軸となす角度が発散光束の場合はW/Dより大きくなり、収斂光束の場合は小さくなる。乙192・D ii鑑定書の鑑定事項3参照)のであるから、発散光束及び収斂光束の場合は、本件各特許発明の技術的範囲に含まれないものと解するのが相当である。
 したがって、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明においても、技術Cを実施した製品は、その技術的範囲に属しないものであり、その代替技術に該当するものというべきである。かかる解釈は、本件各米国特許に関する鑑定書等(乙213、214 )、本件ドイツ特許に関する鑑定書等(乙215ないし217)に照らしても、正当なものということができる。
(4) 被告製品において、本件各特許発明が実施されている製品の割合について
ア 被告製品において、本件特許発明が実施されている製品は、以下のとおりである(別表1、2。乙12の1、119ないし133、甲74の1、75の1、76の1)
a) 被告が本件特許発明の実施品であることを認める製品
 別表2の番号6、10、16、17、24、25、43
b) 被告主張の技術が用いられているものの、本件特許発明の実施品であると認められる製品
@ 技術A(アモルファスシリコン系感光体の採用)を用いた製品(乙142、192)
 別表2の番号8、44、47
A 技術Bを用いた製品(乙30ないし34〔枝番を含む。〕)
 別表2の番号7、9、11ないし15、18ないし23、26ないし42、45ないし51、53、54(ただし、技術Bのうち、ポリゴンミラー数が4面以下である製品、すなわち、別表2の番号15、27、28、31、34、36、37、50を除く。)
c) 代替技術が使用されていて、本件特許発明の実施品とは認められない製品
@ 技術C(平成5年5月ころから収斂光束を使用)(乙134ないし138、194)
 別表2の番号27、28、34ないし42、45、51、54
A 技術D(昭和54年4月ころから使用)
 別表2の番号1ないし5、15
B 技術F(平成12年7月ころから使用)
 別表2の番号47
d) したがって、被告製品において本件特許発明が実施されている製品は、a)+b)−c)によって求められ、次のとおりである。
 別表2の番号6ないし14、16ないし26、29、30、32、33、43、44、46、48、49、53(このうち、LBPは6、7、9、11ないし14、18ないし23、26、30、48、49であり、MFP等は8、10、16、17、24、25、29、32、33、43、44、46、53である。)
イ 上記実施品の被告製品に占める割合(本件特許発明の出願公開時である昭和58年から存続期間満了時である平成13年までの総売上高に占める割合)は、LBPにつき56.54%(乙208)、MFP等につき90.59%(乙209)である。
 なお、乙208号証、209号証は各年ごとの実施割合と、対象期間全体の売上高と実施割合を示し、各年ごとの販売額は示さず、対象製品のうち販売のあった年に対応する欄が黒塗りされているというものである。しかし、本件において自社実施割合を算定するのは、後記のとおり、他社実施割合を推認するための資料とするためであり、ある年にどの製品が販売されていたかを把握できれば、さらに進んで具体的な売上額までも把握する必要はないというべきであり、乙208号証、209号証は採用できるものである。
ウ 原告は、被告において、本件特許発明の存続期間満了日まで、さらには、平成14年4月ころの再評価申請手続においても、本件特許発明がすべての被告製品において実施されていたと認識されていたのであって、職務発明の相当対価請求訴訟において、狭い技術的範囲を主張することは、広い技術的範囲を行使して得た利益を不当に被告に残すことにより、許されないと主張する。
 しかし、被告が「広い技術的範囲」に基づいて侵害訴訟を提起して実施料収入を得たとか、ライセンス交渉時に、かかる権利範囲を具体的に示したなどといった事情を認めるに足りる証拠はないこと、客観的に確定した技術的範囲を前提としても、本件特許発明は被告において依然として高い確率で実施されていたことに照らせば、客観的な技術的範囲を前提として、上記の実施割合を認めることが禁反言の法理ないし信義則に反するということはできない。
6 争点3−3(本件各特許発明の重要性と他社製品等における本件各特許発明の実施割合)について
(1) 被告ライセンス契約における本件各特許発明の寄与度について
ア LBP及びMFP等の技術における本件各特許発明の位置づけ
a) 証拠(乙43ないし48、50、244)によれば、次の事実が認められる。
 LBP等を製品化するには、帯電(感光ドラム表面に静電気を帯びさせること)、露光(レーザ発振器から出るレーザ光が感光ドラム上を走査して画像データを描き、レーザ光が照射された部分のマイナスの静電気を消滅させること)、現像(マイナスの静電気を帯びたトナーを感光ドラムに近づけて、静電気を失った部分にだけトナーを付着させること)、転写(感光ドラムに紙を密着させ、用紙の裏側からプラスの電荷を与えて、トナーを用紙に付着させること)、定着(用紙に熱と圧力を加えてトナーを定着させること)、クリーニング(転写されずに感光ドラム上に残ったトナーを回収すること)、消耗材(プロセスカートリッジ、現像材、感光ドラム)、搬送(給紙して、転写、定着のプロセスを経て排紙すること)、制御系(データ処理部、エンジンコントローラ)その他の諸技術が必要であり、被告ライセンス契約はこれら各分野全般を対象とするものであるのに対し、本件各特許発明は、レーザー露光に関する技術である。そして、レーザー露光に関する技術の中には、レーザー光源、第1結像光学系、偏向器、第2結像光学系、ビームディテクタ、光学箱、光学系全体構成があるところ、本件各特許発明は光学系全体構成のうちの光学配置に関するものである。
 被告ライセンス契約の対象である、LBP等に関する全技術について、本件特許発明の特許公開時である昭和58年(1983年)4月22日から満了時である平成13年(2001年)10月20日までの基準期間内に、公告・登録期間がかかる登録特許及び基準期間内に公開されて後に登録になった登録特許の件数の合計は、LBPにつき1万1642件、MFP等につき1万6324件となる。基準期間内の特許出願を含めると、上記件数の約4倍となる(乙46ないし48)。
b) 本件各特許発明は、LBP等において有効走査巾内に静止ゴースト像が発生することを防止するものである。有害な静止ゴースト像が発生した場合、印字された画像の画質が低下することは避けられず、静止ゴースト像が発生しないようにすることはLBP等の商品化にあたって重要な課題の一つである。本件各特許発明は、かかる課題を、入射角の角度を所定の条件式を満たすように規制するという簡便な方法によって解決したものであり、有用性の高い技術ということができる。
 一方、静止ゴースト像の発生を防止する方法は、本件各特許発明に限られるものではなく、本件各特許発明の実施を伴わない代替技術や本件特許発明の実施と重畳的に作用する競合技術が複数認められることは前記認定のとおりである。
 これら各技術をみると、反射光の光路を静止ゴースト像がそもそも発生しないように設定すること(技術B)は、製品の小型化、ポリゴンミラーの回転数を上げることによる高速化の要請から、ポリゴンミラーに小径のものが多く用いられるようになるのと同時に、ポリゴンミラーの反射面の有効利用、走査の精度の向上の要請から、レーザー光源が第2結像光学系の光軸に近い位置に配置される製品が増えてきたことによる技術ではあるものの、ポリゴンミラーが4面のものを除き、本件各特許発明の技術的範囲に含まれるものである。また、アモルファスシリコン系感光体の使用(技術A)は、感光体の散乱反射を著しく減少させるものであり、本件特許発明と重畳的に作用し得る競合技術に該当するものの、本件各特許発明の技術的範囲に属するものである。これに対し、収斂光束の使用(技術C)は、1990年代半ば以降に多く採用された技術であり、かかる技術は第2結像光学系から被走査媒体面までの距離を短縮するという目的を果たすものであり、その結果、静止ゴースト像の発生も防止することになったというものであり、本件各特許発明の技術的範囲に属しないことは前記認定のとおりである。なお、非倒れ補正光学系(技術D)は、本件各特許発明の前提とする共役型倒れ補正光学系以前の技術であって、商業的な有用性には乏しいものである。
 このように、本件各特許発明の課題とする静止ゴースト像の発生防止については、本件各特許発明の実施を要しない代替技術が導入され、また、製品の小型化、印字の高速化の要請といった他の要因を満たす設計をした結果、そもそも本件各特許発明を必要としない技術も生み出されており、本件各特許発明をゴースト像の発生防止に不可欠な基本特許とまでいうことはできない。一方、静止ゴースト像の発生は商品の品質に影響する事柄であり、感光体の材料の変更等ではこれを完全に防止するのは困難であり、依然として商品化にあたって防止すべき現象であるということができるものであり、本件各特許発明は静止ゴースト像の発生を防止する簡便にして確実な手段を提供するものであることから、現時点においても一定の割合の製品で実施されているのであって、その有用性は依然として認められるべきである。
c) 原告は、LBP等においては走査光学系が極めて重要な技術であり、従来のアナログ複写機用の電子写真技術を踏まえれば、走査光学系がLBP等に特有の技術問題であったと主張する。しかし、LBP等を製品化するにあたっては、上記のとおり、各技術分野の様々な技術を複合的に使用する必要があり、また、アナログ複写機の露光を走査光学系に置き換えさえすればLBP等の製品化が可能というものではなく、走査光学系のみが重要であるとか、他の分野に比して特に重要であるものということはできない(乙15ないし23、43ないし48、50、99ないし101、163、244)。
イ 本件各特許発明の被告社内における評価について
a) 証拠(乙182)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
 被告は、本件特許発明が平成5年7月14日に特許登録されたことから、被告取扱規程に基づき、平成6年の上期に実績対価の評価を行った。実績対価の評価は、本件特許発明がLBPのほとんどすべてにおいて実施されているとの周辺機器事業本部(LBPの開発・製造部門)の申請に従い、特許審査委員会が申請どおり特級と評価した。被告においては、平成6年当時、開発部門の意見に一見して明白な誤りがない限り、同部門の申請等級が尊重されていた。なお、走査光学系に関する特許発明のうちで特級と評価されたのは、本件特許発明のみである。
 本件特許を無効としなかった審決の取消訴訟が平成10年8月に請求棄却となったのを踏まえて、平成11年1月、周辺機器事業本部が、本件特許発明を社長賞候補として知的財産法務本部に対して推薦し、同年3月末、特許審査委員会は、優秀社長賞と決定した。
 知的財産法務本部は、本件特許発明が特級と優秀社長賞を授与していたことから、平成13年10月の存続期間満了に鑑み、平成12年3月、本件特許発明を発明協会へ推薦し、同年8月末、東京支部長賞に決定された。
 原告は、平成12年4月1日改訂の被告取扱規程における「会社は、その後の実績により顕著な差異が生じたとして再評価申請がなされた場合、特許審査委員会の審査結果に基づき、差額を支給する。」旨の規定に基づき、平成13年10月22日、本件特許発明につき実績の再評価の申請をした(甲9、乙7)。特許審査委員会は、被告の開発部門に対し本件特許発明の自社実施状況等の再検討を依頼したのに対し、同開発部門は、甲12対応表を作成した。甲12対応表には、ほとんどすべての被告製品に本件特許発明が実施されている旨が記載されている(甲12)。もっとも、本件特許発明については、既になされていた特級評価の上の等級である「超特級」に評価替えされることはなかった。
 被告において、特級の実績対価評価がされた発明の例として、ほかにNPプロセス原理特許(乙139)、ブレードクリーニング(乙140)、バブルジェット原理特許(乙141)などがある。
b) 以上のとおり、被告は、本件各特許発明が広く実施されているものと考えており、かかる態度は、平成14年初めの再評価時においても基本的に維持されていた。かかる被告の技術的範囲の理解がそのまま採用できるものではないことは、既に認定したとおりであるものの、本件特許発明が広く実施されているものと理解され得る内容を有するものであることは、非提示特許である本件特許発明の被告ライセンス契約における寄与度を決定する際に考慮するのが相当である。
ウ 本件各特許発明の寄与度について
a) 被告ライセンス契約の対象となっている対象特許群について
 前記認定のとおり、日本国特許に限ってみても、被告が基準期間内において保有する特許は、除外特許を除いても、LBPが8009件、MFP等が1万2349件である。そして、基準期間内において、新たに特許登録されたり、又は、存続期間満了や無効等によって権利消滅が生じることを考慮すれば、被告が主張するとおり、上記件数の2分の1を基準となる対象特許数と捉えることが相当である。
 したがって、基準期間内の日本国特許に限ってみれば、LBPにつき4005件、MFP等につき6175件が対象となる被告保有特許数である。
b) 包括クロスライセンス契約における個々の特許の貢献度について既に述べたとおり、包括クロスライセンス契約においては、具体的に示されて検討された代表特許が契約に対し多大な貢献をなし、提示されることもなく相手方において使用されていない特許については、多数の特許群を構成するものとしてのみ価値が認められるのであり、このような個々の特許については包括クロスライセンス契約の締結に対しごくわずかな貢献しかなかったものといわざるを得ない。
 一方、代表特許でなくても相手方が実施していることが立証された特許については、当該特許による禁止効が具体的に働いているということができ、契約条件を交渉する際にこのような特許の存在が考慮されている可能性があるため、契約交渉や契約内容において明示された代表特許に準じるものとして、ライセンス契約における一定の寄与を認めるのが相当であることは前記説示のとおりである。かかる非提示・実施特許の寄与度は、当該特許の技術内容や相手方の実施割合、代替技術ないし競合技術の存在とその実施割合、社内評価の状況などを総合的に考慮して決するのが相当である。
c) 本件各特許発明の寄与度について
 本件特許発明は、静止ゴースト像という商品の品質に影響する現象を防止するための簡便な手段を提供するものであるから、被告製品において相当程度の高率で実施されているものであり、被告内において、実績補償基準において当時の最高の等級である特級と評価され、優秀社長賞も付与されるなど高く評価されていたものであることからすれば、被告ライセンス契約の相手方においても相当程度の高率で実施されているものと推認するのが相当である。一方、LBP及びMFP等は、様々な種類の多数の技術(特許)が複合されて初めて商品化が可能となる製品であり、これら技術が複合的に使用されることによって莫大な独占の利益を生み出すことができるものであって、個々の特許を抽出した場合、代表特許ではない単なる実施特許について、ライセンス契約全体に対し多大な貢献をしているものとみることは相当ではない。そして、本件特許発明は、前記認定のとおり、他に代替の余地のない必要不可欠な技術ということはできず、代替技術や重畳的に作用する競合技術が複数存在し、静止ゴースト像自体は、他の課題を解決する手段によって防止されることもあり、LBP及びMFP等の製品化において解決のために必ず本件特許発明を実施する必要があるというものでもない。
 これらの諸事情を総合的に考慮すれば、本件特許発明は、被告ライセンス契約における基準期間内の前記被告保有特許(LBPにつき4005件、MFP等につき6175件)のうちの1件に対し、30件分の価値を有するものと評価するのが相当である。
 よって、本件各特許発明の実施料率は、LBPについては、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.40%を4005で除して30を乗じた0.018%(2.40%÷4005×30=0.018% 、MFP) 等については、被告ライセンス契約における標準包括ライセンス料率である2.91%を6175で除して30を乗じた0.014%(2.91%÷6175×30=0.014%)と認められる。
 また、本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明についても、本件特許発明と実質的に同一の特許発明であるから、その割合は同率と認める。
(2) 被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の実施割合について
ア 被告の譲渡製品中に占める本件特許発明の実施割合
 前記認定のとおり、LBPにつき56.54%(乙208)、MFP等につき90.59%(乙209)である。
イ 全ライセンシーにおける本件特許発明の実施割合について
a) 全ライセンシーにおける本件特許発明の実施割合については、本件特許発明が出願公開された昭和58年から存続期間が満了した平成13年10月に至るまでに十数年の期間があり、ライセンシー先が十数社にも及ぶことに照らし、その実施状況を逐一検討することは著しい時間的、経済的コストを要すること、対象分野で相当程度のシェアを有する被告(乙63、64、67によれば、被告は、2001年の全世界の生産台数のうち、LBPは59.08%を、MFPは29.01%のシェアを占めること、いずれも被告がシェア1位であることが認められる。)における実施状況は業界内での実施状況を相当程度反映しているものと考えられることに照らし、被告の譲渡製品中に占める本件特許発明の実施割合を基礎として、全ライセンシーにおける本件各特許発明の実施割合を推認するのが相当である。そして、本件各特許発明の技術内容や代替技術の有無、有力な競合技術の有無等の前記認定の事実に照らせば、本件特許発明の実施割合は、他社においても被告の割合と大きくかけ離れたものではないと推認するのが相当である。
 ただし、被告が三星電子につき2001年(平成13年)ころ調査をした機種について本件各特許発明の実施が確認されなかったことが認められること(乙191 、) そのほかの被告のライセンシーによる本件各特許発明の実施状況は不明であること(原告の立証は全くないし、被告も、すべてのライセンシーについて、積極的な反証を行っているわけではない。)、及び、ライセンシーにおいては、自社で開発した技術や公知の代替技術ないし競合技術があれば、自社の開発能力の維持発展やライセンス契約更新時における交渉力維持を図るため、それらの技術を使用する傾向があるものといえることから、被告ライセンス契約の相手方他社は、被告よりも本件各特許発明の実施割合が低くなる傾向があるものと推認するのが相当であり、本件に現れたすべての事情を総合すれば、その実施割合は、被告の実施割合の90%であると認めるのが相当である。
b) 原告は、ライセンシー先の実施状況を立証するために、被告が実施状況を調査した文書があるとして、その文書提出命令を申し立てている。しかし、被告が他社製品における実施状況を調査していることを裏付けるものとして原告の提出する、被告が***に宛てた**********付け書簡(乙144)、J ii の著書「キャノン特許部隊」(甲56、119)、被告作成にかかる「発明vol. 87 1990 No.7」(甲55)、及び「日立の知的所有権管理」(甲120)、原告が平成15年6月26日付で本件特許発明にかかる相当の対価の支払を求める通知書(甲10の1)を被告に対して送付したところ、被告が約2週間後の同年7月11日付で回答書(甲11)を送付し、同回答書において、被告は、本件特許発明が実施されていない機種として、三星電子等7社の11機種を挙げたこと(甲11)などでは、具体的にどの範囲でどのような調査がなされているのか不明といわざるを得ない。また、被告ライセンス契約の相手方他社の基準期間内における全製品について本件各特許発明が実施されているかどうかを判断する必要がある以上、仮にこれら文書を取り調べる方法を用いることとしても、実施状況をどの範囲でどの程度把握することができるか不明である。これに加えて、各ライセンシー先における各機種の販売台数・額を把握して、各ライセンシーにおける実施状況を具体的に算定することは、著しい時間的、経済的コストを要することになることからすれば、本件においては上記の推認方式を採用するのが相当であって、上記文書を文書提出命令によって取り調べる必要性は認められないというべきである。
7 争点3−4(被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許発明により得た利益の額)について
(1) 被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額について
ア 総説
 被告の全ライセンシーによる本件各特許発明の実施品の譲渡金額は、被告の全ライセンシーによる譲渡価格合計額(=被告以外の全他社の譲渡価格合計額×全ライセンシーのシェア)×本件各特許発明の実施品の割合(=本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合×全ライセンシーの譲渡製品中に占める本件各特許発明の実施割合)によって得られる。
 原告が相当対価を請求する期間について、本件各特許発明の有効期間に応じて分割すると、次のとおりである。なお、被告は、第4期及び第5期に関する請求原因の追加は時機に後れた攻撃防御方法であると主張する。しかし、本件審理経過並びに第4期及び第5期に関する請求原因の審理に要する期間に照らせば、この追加は「訴訟の完結を遅延させることとなる」(民事訴訟法157条1項)ということはできず、これを時機に後れた攻撃防御方法として却下することは相当ではない。
a) 第1期(本件日本特許が有効である期間)
 昭和58年(1983年)4月22日(本件日本特許の出願公開日)から同年5月4日(本件ドイツ特許の公開日の前日)まで
b) 第2期(本件日本特許及び本件ドイツ特許が有効である期間)
 昭和58年(1983年)5月5日(本件ドイツ特許の公開日)から平成3年(1991年)2月18日(本件米国特許1の登録日前日)まで
c) 第3期(本件各特許が有効である期間)
 平成3年(1991年)2月19日(本件米国特許1の登録日)から平成13年(2001年)10月20日(本件日本特許権利消滅日)まで
d) 第4期(本件ドイツ特許及び本件各米国特許が有効である期間)
 平成13年(2001年)10月21日(本件日本特許権利消滅日の翌日)から平成14年(2002年)10月19日(本件ドイツ特許権利消滅日)まで
e) 第5期(本件各米国特許が有効である期間)
 平成14年(2002年)10月20日(本件ドイツ特許権利消滅日の翌日)から平成17年(2005年)12月31日(原告の請求する期間の末日)まで
イ LBPについて
a) 全他社譲渡価格
 LBPの全他社譲渡価格は、矢野経済研究所、InfoCorp、IDC の各統計データ等(乙77ないし80、245)によって求められる全世界実売価格の合計額から、被告(1996年以降は、OEM供給先であるヒューレット・パッカードも含めた額である。以下、特に断らない限りは、本争点における「被告」には、ヒューレット・パッカードの生産分も含めることとする。)の実売価格の合計額(乙77ないし81、245)を控除して求められる。この数値を各年における為替レートの平均値により円換算し(甲103、乙82の1ないし17、246)、これに80%(乙83によれば、譲渡価格は実売価格の80%であるものと認められる。)を乗じることにより、全他社譲渡価格を算定することができる。
 上記方法により算定すれば、LBPの全他社譲渡価格は、次のとおりである(乙247)。
 第1期 2億7645万4795円
 第2期 1兆3191億6686万3857円
 第3期 4兆9360億6946万4774円
 第4期 4584億7652万2368円
 第5期 1兆4504億5301万2283円
b) 全ライセンシーの販売シェア
 乙65によれば、被告の全ライセンシーの全他社に占めるLBPの販売シェアは91.19%である。
c) 以上によれば、被告の全ライセンシーにおけるLBPの譲渡価格は、次のとおりである(乙247)。
 第1期 2億5209万9128円
 第2期 1兆2029億4826万3151円
 第3期 4兆5012億0174万4927円
 第4期 4180億8474万0747円
 第5期 1兆3226億6810万1901円
 なお、原告は、被告の社史に掲載された被告の出荷台数とそのシェアを基に、全他社による累積出荷台数は約3783万台であると主張する(甲20ないし23、25 )。しかし、より直接的に全他社譲渡価格を把握する方法として、上記のとおり、被告の提出する実売価格に関する統計データを用いて算定するのが相当である。
ウ MFP等について
a) 全他社譲渡価格
 MFP等の全他社譲渡価格は、全他社の標準小売価格の合計(乙85、70の2、71、248の1ないし6、249)を、公開されている他社製品のセグメント別の標準小売価格の平均(乙86、87、70の2)にセグメント別の出荷台数の第三者統計データ(乙88、70の2、250)を乗じて求め、これに50%(乙89によれば、譲渡価格は標準小売価格の約50%であるものと認められる。)を乗じることにより、全他社譲渡価格を算定することができる(乙251)。
 上記方法により算定すれば、MFP等の全他社譲渡価格は、次のとおりである(乙251)。
 第1期0円
 第2期57億2112万2100円
 第3期5兆2990億8854万2929円
 第4期1兆4665億2869万7664円
 第5期6兆3841億9595万5539円
b) 全ライセンシーの販売シェア
 乙66によれば、全ライセンシーの全他社に占めるMFP等の販売シェアは82.44%である。
c) 以上によれば、被告の全ライセンシーにおけるMFP等の譲渡価格は、次のとおりである(乙251)。
 第1期 0円
 第2期 47億1649万3059円
 第3期 4兆3685億6859万4791円
 第4期 1兆2090億0625万8354円
 第5期 5兆2631億3114万5746円
 なお、原告は、MFP等の国内メーカーによる出荷台数と被告の国内・海外でのシェアを基に、MFP等の出荷台数を算定すれば、全他社による累積出荷台数は約373万台であると(甲24)、また、実施許諾先におけるユニットの販売台数を基にすれば、約836万台であると主張する(乙88)。しかし、より直接的に全他社譲渡価格を把握する方法として、上記のとおり、被告の提出する標準小売価格に関する統計データを用いて算定するのが相当である。
エ 本件各特許権の効力が及ぶ地理的範囲内に含まれる製品の割合について被告の得た独占の利益は、特許権の禁止効に由来するものである。かかる禁止効は、本件日本特許については出願公開日である昭和58年(1983年)4月22日から権利消滅日である平成13年(2001年)10月20日まで、本件ドイツ特許については公開日である昭和58年(1983年)5月5日から権利消滅日である平成14年(2002年)10月19日まで、本件各米国特許については本件米国特許1の登録日である平成3年(1991年)2月19日から権利消滅日まで働くものと認められる。したがって、第1期は本件日本特許、第2期は本件日本特許及び本件ドイツ特許、第3期は本件日独米特許、第4期は本件各米国特許及び本件ドイツ特許、第5期は本件各米国特許が、相当対価請求の基礎となる特許である。
a) 第1期
 被告を除く第三者による日本国内における生産割合は、第1期については客観的資料がないので、被告の主張するとおり、LBP、MFP等ともに、原告に有利な数値である100%をもって、相当と認める。
b) 第2期
@ 本件特許発明及び本件ドイツ特許発明の効力が及ぶ範囲(前記各特許発明の適用がない地域において製造及び販売がなされた製品の割合を除いたもの)は、(i)日独の国内において生産されたもの、及び(ii)日独以外において生産されたもののうち、日独へ輸入され、日独で販売されたものである。(i)は、全世界で生産されたLBP、MFP等における日独生産の割合によって求められる。(ii)は、全世界で生産されたLBP、MFP等における第三国生産の割合に、第三国で生産されたLBP、MFP等のうち、日独に輸出され、日独内で販売された割合を乗じることにより得られる。もっとも、第三国で生産されたLBP、MFP等のうち、日独に輸出され、日独内で販売された割合は不明であるので、全世界で生産されたLBP、MFP等における第三国生産の割合に、全世界で販売されたLBP、MFP等における日独販売の割合を乗じることによって代替するのが相当である(以下、第3期ないし第5期においても、同様である。)。
A 被告を除く第三者による日独国内における生産割合は、昭和58年(1983年)の資料がないので、被告の主張するとおり、LBP、MFP等ともに、原告に有利な数値である100%をもって相当と認める。
B LBPについて
 昭和59年(1984年)から平成3年(1991年)までの各年の資料はないので、平成13年(2001年)の資料をもとに、次のとおり推計するのが相当である。まず、被告を除く第三者による平成13年における日独の生産・販売比率を求め、昭和58年と平成13年の間は各年ごとに日独の生産・販売比率を逓減させる。そして、証拠(甲143ないし145)によれば、被告以外の日本企業は、平成6年(1994年)ころまでは、ほとんどすべてのプリンタを日本国内で生産し、被告以外の日本企業の日本国内における生産割合は96.91%であったこと、及び、証拠(甲141ないし143、乙67、69)によれば、平成6年(1994年)において海外企業の生産シェアの多くは米国企業の米国国内生産で占められ、米国企業の米国国内における生産割合は日本国内における生産割合と同程度であったと推認されることから、被告を除く第三者による平成6年(1994年)における日独の生産・販売比率を算出した上で、これらの数値に基づき昭和58年(1983年)と平成6年(1994年)、平成6年(1994年)と平成13年(2001年)との間で逓減を行うのが相当である(その際、1994年における比率の算出は、2001年における比率の算出資料とは出典の異なる資料を用いることとなるが、2001年と1983年との間で逓減を行う手法よりは実態を適切に反映するものであるし、他に適切な証拠もないので、やむを得ない。)。このようにして求められた各年の実施割合について、第2期(昭和58年から平成3年)の期間について譲渡価格との加重平均を求めることとする。
 証拠(乙67、252)によれば、被告を除く第三者による2001年の日独の生産比率は41.65%であるものと認められる。そして、証拠(乙226、227、252)によれば、2001年の、第三国生産・日独販売の比率は15.72%(=58.35%×26.94%)であるものと認められる。したがって、被告を除く第三者による2001年の日独の生産・販売比率は57.37%(=41.65%+15.72%)と認められる。
 証拠(甲143、乙69)によれば、被告を除く第三者による1994年の日独の生産比率は74.53%であると認められる。そして、1994年の日独販売割合は、2001年における日独販売の割合である26.94%(乙252)と同率の販売割合と推認するのが相当であるから、第三国生産・日独販売の割合は、6.86%(=25.47%×26.94%)であると認められる。したがって、被告を除く第三者によるLBPの1994年の日独の生産・販売比率は81.39%(日独生産割合74.53%+日独販売割合6.86%)であると認められる。
 昭和58年(1983年)の100%、平成6年(1994年)の上記認定の81.39%、平成13年(2001年)の上記認定の57.37%を基に、各年毎に均等に逓減させると(昭和58年から平成6年の間は、1.69%ずつ。平成6年から平成13年の間は3.43%ずつ)、別表4の(C)欄記載のとおりとなる。そして、第2期の期間について加重平均を求めると(別表4の(E)欄ないし(G)欄)、88.89%と認められる。
C MFP等について
 昭和59年(1984年)から平成3年(1991年)までの各年の資料はないので、平成13年(2001年)の資料をもとに、次のとおり推計するのが相当である。まず、平成13年(2001年)における被告を除く第三者による日独の生産・販売比率を求め、昭和58年(1983年)と平成13年(2001年)の間は各年ごとに日独の生産・販売比率を逓減させる。このようにして求められた各年の実施割合について、第2期(昭和58年から平成3年)の期間について譲渡価格との加重平均を求めることとする。
 証拠(乙67、253)によれば、被告を除く第三者による2001年の日独の生産比率は21.68%であると認められる。そして、証拠(乙70の1、71、92、229、253)によれば、2001年の、第三国生産・日独販売の比率は26.69%(=78.32%×34.08%)であると認められる。したがって、被告を除く第三者によるMFP等の2001年の日独の生産・販売比率は48.37%(=21.68%+26.69%)と認められる。
 昭和58年(1983年)の100%、平成13年(2001年)の上記認定の48.37%を基に、各年毎に均等に逓減させると(2.86%ずつ)、別表5の(C)欄記載のとおりとなる。そして、第2期の期間について加重平均を求めると(別表5の(E)欄ないし(G)欄)、78.12%と認められる。
c) 第3期
@ 被告を除く第三者による日米独国内における生産割合は、昭和58年(1983年)の資料がないので、被告の主張するとおり、LBP、MFP等ともに、原告に有利な数値である100%をもって相当と認める。
A LBPについて
(i) 昭和59年(1984年)から平成12年(2000年)までの各年の資料はないので、平成13年(2001年)の資料をもとに、次のとおり推計するのが相当である。まず、被告を除く第三者による平成13年(2001年)における日米独の生産・販売比率を求め、昭和58年(1983年)と平成13年(2001年)の間は各年ごとに日米独の生産・販売比率を逓減させる。そして、証拠(甲143ないし145)によれば、被告以外の日本企業は、平成6年(1994年)ころまでは、ほとんどすべてのプリンタを日本国内で生産し、被告以外の日本企業の日本国内における生産割合は96.91%であったこと、及び、証拠(甲141ないし143、乙67、69)によれば、平成6年(1994年)において海外企業の生産シェアの多くは米国企業の米国国内生産で占められ、米国企業の米国国内における生産割合は日本国内における生産割合と同程度であったと推認されることから、被告を除く第三者による平成6年(1994年)における日米独の生産・販売比率を算出した上で、これらの数値に基づき昭和58年と平成6年、平成6年と平成13年との間で逓減を行うのが相当である(その際、1994年における比率の算出は、2001年における比率の算出資料とは出典の異なる資料を用い、また、算定手法も一部異なることとなるが、2001年と1983年との間で逓減を行う手法よりは実態を適切に反映するものであるし、他に適切な証拠もないので、やむを得ない。)。このようにして求められた各年の実施割合について、第3期(平成3年から平成13年)の期間について譲渡価格との加重平均を求めることとする。
 証拠(乙67、225)によれば、被告を除く第三者による2001年の日米独生産の割合は41.65%であると認められる。そして、証拠(乙226、227、225)によれば、2001年の、第三国生産・日米独販売の比率は25.7%(=58.35%×44.06%)であると認められる。したがって、被告を除く第三者による2001年の日米独の生産・販売比率は67.35%(=41.65%+25.7%)と認められる。
 証拠(甲143、乙69)によれば、被告を除く第三者による1994年の日米独の生産比率は91.92%であるものと認められる。そして、1994年の日米独販売割合は、2001年における日独販売の割合である44.06%(乙225)と同率の販売割合と推認するのが相当であるから、第三国生産・日米独販売の割合は、3.56%(=8.08%×44.06%)であると認められる。したがって、被告を除く第三者によるLBPの1994年の日米独の生産・販売比率は95.48%(日米独生産割合91.92%+日米独販売割合3.56%)であると認められる。
 昭和58年(1983年)の100%、平成6年(1994年)の前記認定の95.48%、平成13年(2001年)の前記認定の67.35%を基に、各年毎に均等に逓減させると(昭和58年から平成6年の間は、0.41%ずつ。平成6年から平成13年の間は4.01%ずつ)、別表6の(C)欄記載のとおりとなる。そして、第3期の期間について加重平均を求めると(別表6の(E)欄ないし(G)欄)、84.79%と認められる。
(ii) 原告は、第三国で生産された後、日米独へ輸入され、さらに第三国へ輸出された製品を考慮して算定すべきであると主張する。しかし、かかる製品は、ライセンス料算定に際しては、日米独特許の効力の及ぶ範囲での製造・販売が実質的になされていないものと考えられるのみならず、原告は上記主張の第三国への輸出品の数量が実質的な数量であることを証する証拠を提出していないのであるから、原告の上記主張は採用することができない。
(iii) 原告は、被告の提出する株式会社富士キメラ総研作成の「2002ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査〈世界編〉」(乙67。以下「2002年版」という。)では、「ページプリンタ」の北米の生産台数が0台とされているものの、前記資料からは米国のレックスマークの生産台数が欠落していると考えられるので、各期のLBPの日・米・独の生産販売比率を算定する際に、これを加算すべきであると主張する。
 株式会社富士キメラ総研作成の「2000ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査〈世界編〉」(甲142。以下「2000年版」という。)のC−6(プリンタ。ただし、その定義として、インクジェットプリンタとページプリンタを対象とすると記載されている。)において、「プリンタ」の1999年の総生産台数は6363万台、同「2001ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査〈世界編〉」(甲141。以下「2001年版」という。)のC−6(ページプリンタ)において、「ページプリンタ」の1999年の総生産台数は7007万台とされ、「プリンタ」と「ページプリンタ」が概ね同じ基準によって台数が把握されていると考えられる。ところが、2001年版のC−6(ページプリンタ)において、「ページプリンタ」の2000年の生産台数が7445万台であるのに対し、2002年版のC−6(ページプリンタ。ただし、その定義として、LDやLEDなどの光源でスキャンし、感光体ドラム上に形成したトナーの像を紙に転写する方式のプリンタを対象とすると記載されている。)においては、「ページプリンタ」の2000年生産実績が1170万台とされ、2001年の生産台数は1140万台とされている。さらに、同「2006ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査〈世界編〉」(乙262。以下「2006年版」という。)のC−8(ページプリンタ。ただし、その定義として、LDやLEDなどの光源でスキャンし、感光体ドラム上に形成したトナーの像を紙に転写する方式のプリンタで、レーザープリンタ、LEDプリンタなどが含まれると記載されている。)においては、「ページプリンタ」の2005年の生産台数が2030万台とされている。
 以上のとおり、2006年版(乙262)と2002年版(乙67)とを対比すると、両者は「ページプリンタ」を同一の定義によって把握し、その生産台数を作成していることが窺える。したがって、上記「ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査〈世界編〉」の2000年版及び2001年版と比べ、2002年版(乙67)以降は、「ページプリンタ」の生産台数を計上する基準が変更になったものと推認され、その「ページプリンタ」の定義の記載からしても、2002年版以降がLBPの生産台数をより正確に反映しているものと考えられる。また、レックスマークについては、2000年版にはその生産台数の記載がなく(甲142)、2001年版には、北米で600万台、中南米で100万台、中国/香港で40万台、合計740万台とその生産台数が記載されているものの(甲141)、2002年版にはその生産台数の記載がなく(乙67)、2006年版には、中国/香港で25万台の生産台数と記載されている(乙262)。そして、2001年版においては、「ページプリンタ」の定義が正確ではなく、総生産台数が大幅に異なっていたことからすると、レックスマークの北米での上記生産台数をLBPの生産台数と認めることは困難であり、かえって、2006年版(2005年)においては、レックスマークは、中国/香港生産のみで米国生産が0台であったことからしても、2001年版(2000年)においてレックスマークがLBPを米国で生産していたことを前提として、原告主張のように、LBPの各年度の日米独の生産比率を修正して認定することはできない。
(iv) 原告は、1999年の日米独の生産・販売比率について、株式会社中日社作成の資料(甲140)を用いて、より正確な算定をすべき旨主張する。しかし、株式会社富士キメラ総研作成の各年度の「ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査〈世界編〉」に基づく算定について、1999年のシェアについてのみ、異なる基準に基づいて作成された統計資料を合わせて用いることは、推計手法として適切でないというべきである。前記のとおり、1994年については、そのころまで日本国内及び米国国内の生産が大半であったと認められることから、被告の算定方法においては推計値にとどまる1994年の台数について代替的に他の統計資料(甲143)を用いて具体的な数値を算定すべきではあるものの、1999年については、あえて他の統計資料を用いて具体的な数値を算定すべきではない(なお、株式会社富士キメラ総研作成の2000年版(甲142)と2001年版(甲141)の「C−6(プリンタないしページプリンタ)」の総生産台数については、前記のとおり、LBPの正確な生産台数としては採用し得ないものの、米国企業の米国国内における生産割合が高率であったことを推認する限りでは採用できるものである。)。
B MFP等について
(i) 昭和59年(1984年)から平成12年(2000年)までの各年の資料はないので、平成13年(2001年)の資料をもとに、次のとおり推計するのが相当である。まず、平成13年(2001年)における被告を除く第三者による日米独の生産・販売比率を求め、昭和58年(1983年)と平成13年(2001年)の間は各年ごとに日米独の生産・販売比率を逓減させる。このようにして求められた各年の実施割合について、第3期(平成3年から平成13年)の期間について譲渡価格との加重平均を求めることとする。
 証拠(乙67、228)によれば、被告を除く第三者による2001年の日米独の生産比率は34.95%であると認められる。そして、証拠(乙70の1、71、92、229、228)によれば、2001年の、第三国生産・日米独販売の比率は51.57%(=65.05%×79.27%)であると認められる。したがって、被告を除く第三者によるMFP等の2001年の日米独の生産・販売比率は86.52%(=34.95%+51.57%)と認められる。
 昭和58年(1983年)の100%、平成13年(2001年)の上記認定の86.52%を基に、各年毎に均等に逓減させると(0.74%ずつ)、別表7の(C)欄記載のとおりとなる。そして、第3期の期間について加重平均を求めると(別表7の(E)欄ないし(G)欄)、88.10%と認められる。
(ii) 原告は、第三国で生産された後、日米独へ輸入され、さらに第 三国へ輸出された製品を考慮して算定すべきであると主張する。しかし、既に述べたとおり、上記主張は採用することができない。
d) 第4期
@ 第4期は1年弱の期間なので、平成13年(2001年)単年の数値によって算定することとする。
A LBPについて
(i) 証拠(乙67、258)によれば、被告を除く第三者による2001年の米独生産の割合は0%であると認められる。そして、証拠(乙226、227、258)によれば、被告を除く第三者による2001年の第三国生産・米独販売の比率は28.89%(=100%×28.89%)であると認められる。したがって、被告を除く第三者によるLBPの2001年の米独の生産・販売比率は28.89%(=0%+28.89%)と認められる。
(ii) 原告は、第三国で生産された後、米独へ輸入され、さらに第三国へ輸出された製品を考慮して算定すべきであると主張する。しかし、既に述べたとおり、上記主張は採用することができない。
(iii) 米国レックスマーク生産分を加算すべきであるとの原告主張を採用することができないことも既に述べたとおりである。
B MFP等について
(i) 証拠(乙67、259)によれば、被告を除く第三者による2001年の米独の生産比率は17.84%であると認められる。そして、証拠(乙70の1、71、92、229、259)によれば、被告を除く第三者による2001年の第三国生産・米独販売の比率は45.80%(=82.16%×55.74%)であると認められる。したがって、被告を除く第三者によるMFP等の2001年の米独の生産・販売比率は63.64%(=17.84%+45.80%)と認められる。
(ii) 原告は、第三国で生産された後、米独へ輸入され、さらに第三国へ輸出された製品を考慮して算定すべきであると主張する。しかし、既に述べたとおり、上記主張は採用することができない。
(iii) 米国レックスマーク生産分を加算すべきであるとの原告主張を採用することができないことも既に述べたとおりである。
e) 第5期
@ 第5期は短期間なので、第4期の米国生産・販売比率の数値(平成13年(2001年)単年の数値)と平成17年(2005年)の同数値を単純平均して、同比率を求めることとする。
A LBPについて
(i) 証拠(乙67、260)によれば、被告を除く第三者による2001年の米国生産の割合は0%であると認められる。そして、証拠(乙226、227、260)によれば、被告を除く第三者による2001年の第三国生産・米国販売の比率は17.12%(=100%×17.12%)であると認められる。したがって、被告を除く第三者による2001年の米国の生産・販売比率は17.12%(=0%+17.12%)と認められる。
(ii) 証拠(乙262、266) によれば、被告を除く第三者による2005年の米国生産の割合は0%であると認められる。そして、証拠(乙263、264、266)によれば、被告を除く第三者による2005年の第三国生産・米国販売の比率は19.83%(=100%×19.83%)であると認められる。したがって、被告を除く第三者によるLBPの2005年の米国の生産・販売比率は19.83%(=0%+19.83%)であると認められる。
(iii) 前記各数値を単純平均すると、第5期のLBPの米国生産・販売比率は、18.48%と認められる。
(iv) 原告は、第三国で生産された後、米国へ輸入され、さらに第三国へ輸出された製品を考慮して算定すべきであると主張する。しかし、既に述べたとおり、上記主張は採用することができない。
(v) 米国レックスマーク生産分を加算すべきであるとの原告主張を採用することができないことも既に述べたとおりである。
B MFP等について
(i) 証拠(乙67、261)によれば、被告を除く第三者による2001年の米国の生産比率は13.27%であると認められる。そして、証拠(乙70の1、71、92、229、261)によれば、被告を除く第三者による2001年の第三国生産・米国販売の比率は39.19%(=86.73%×45.19%)であると認められる。したがって、被告を除く第三者によるMFP等の2001年の米国の生産・販売比率は52.46%(=13.27%+39.19%)と認められる。
(ii) 証拠(乙262、267)によれば、被告を除く第三者による2005年の米国の生産比率は9.03%であると認められる。そして、証拠(乙248、265、267)によれば、被告を除く第三者による2005年の第三国生産・米国販売の比率は36.29%(=90.97%×39.89%)であると認められる。したがって、被告を除く第三者によるMFP等の2005年の米国の生産・販売比率は45.32%(=9.03%+36.29%)であると認められる。
(iii) 前記各数値を単純平均すると、第5期のMFP等の米国生産・販売比率は、48.89%と認められる。
(iv) 原告は、第三国で生産された後、米国へ輸入され、さらに第三国へ輸出された製品を考慮して算定すべきであると主張する。しかし、既に述べたとおり、上記主張は採用することができない。
(v) 米国レックスマーク生産分を加算すべきであるとの原告主張を採用することができないことも既に述べたとおりである。
(2) 全ライセンシーにおける本件各特許発明の実施割合について
ア 第1期ないし第3期
 被告の譲渡製品中に占める本件特許発明の実施割合(LBPにつき56.54%、MFP等につき90.59%)の90%をもって、全ライセンシーの本件各特許発明の実施割合と推認するのが相当であることは、前記認定のとおりである。
イ 第4期及び第5期
 被告は、第4期及び第5期については前記ア認定の実施割合を明らかにしておらず、これに代わり、実施製品の機種数を基にした割合を採用すべきであると主張する(乙268、269)。
 証拠(乙268)によれば、平成14年から同17年について、LBPにおける実施製品の機種数をLBPの販売機種数で除した数値が、平均28.9%であること、証拠(乙269)によれば、平成14年から同17年について、MFP等における実施製品の機種数をMFP等の販売機種数で除した数値が、平均57.5%であることが認められる。上記各証拠は、第1期ないし第3期とは異なった基準を用いて算定するものである。しかし、第1期ないし第3期を通じて本件特許発明の実施割合が低下する傾向にあること自体は、既に述べた代替技術や競合技術の存在、及び、証拠(乙208、209)に記載されている第1期ないし第3期における実施品の割合の変遷状況から明らかである。また、本件特許発明の実施品の割合が第3期の10年8月の期間内において大きく変動していることからすれば(乙208、209)、第4期及び第5期における本件特許発明の実施品の割合を、直近の第3期における実施品の割合から推認することは困難であり、第4期及び第5期については、他に適切な証拠がない以上、被告が提出した証拠(乙268、269)をもって、実施品の割合を認定するほかない。
 原告は、乙268号証及び乙269号証の信用性について種々の主張をする。しかし、第4期及び第5期における本件特許発明の実施品の割合については、他に適切な証拠がないこと、及び、第1期から第3期について、証拠(乙208、209)の記載事項を基にして、乙268号証及び乙269号証と同様にして、機種数による手法で計算すると、LBP及びMFP等の実施品の割合について、実施品の被告出荷金額の割合で計算した場合とほぼ類似の実施割合の数字が得られることからしても、本件においては上記のとおり認定するのが相当である。
 そして、第4期及び第5期における被告を除く第三者による本件特許発明の実施割合は、第1期ないし第3期の場合と同様に、被告の本件特許発明の実施割合(LBPにつき28.9%、MFP等につき57.5%)の90%と推認するのが相当であることは、前同様である。
(3) 小計
ア 総説
 以上によれば、全ライセンシーの本件各特許発明を実施した製品の譲渡価格は以下のとおりと推認される。
(計算式)被告の全ライセンシーにおける譲渡価格×本件各特許発明の場所的効力の及ぶ割合×本件各特許発明の全ライセンシーにおける実施割合
イ LBP
a) 第1期
 2億5209万9128円×100%×(56.54%×90%)=1億2828万3162円
b) 第2期
 1兆2029億4826万3151円×88.89%×(56.54%×90%)=5441億2435万9857円
c) 第3期
 4兆5012億0174万4927円×84.79%×(56.54%×90%)=1兆9420億9928万0743円
d) 第4期
 4180億8474万0747円×28.89%×(28.9%×90%)=314億1609万5684円
e) 第5期
 1兆3226億6810万1901円×18.48%×(28.9%×90%)=635億7599万9866円
f) 小計
 1億2828万3162円+5441億2435万9857円+1兆9420億9928万0743円+314億1609万5684円+635億7599万9866円=2兆5813億4401万9312円
ウ MFP等
a) 第1期
 0円×100%=0円
b) 第2期
 47億1649万3059円×78.12%×(90.59%×90%)=30億0402万9570円
c) 第3期
 4兆3685億6859万4791円×88.10%×(90.59%×90%)=3兆1378億9087万9357円
d) 第4期
 1兆2090億0625万8354円×63.64%×(57.5%×90%)=3981億7049万4107円
e) 第5期
 5兆2631億3114万5746円×48.89%×(57.5%×90%)=1兆3316億0244万2877円
f) 小計
 0円+30億0402万9570円+3兆1378億9087万9357円+3981億7049万4107円+1兆3316億0244万2877円=4兆8706億6784万5911円
(4) 実施料率について
 被告ライセンス契約中の実施料率の平均(LBPについて2.21%、MFP等について2.61%)から算定された標準包括ライセンス料率は、LBPについて2.40%、MFP等について2.91%であること、及び、基準期間内における被告保有日本国特許が、LBPについて8009件、MFP等について1万2349件であり、その2分の1(LBPにつき4005件、MFP等につき6175件)を対象となる被告保有特許数として、本件各特許発明をその30件分と評価し、本件各特許発明の実施料率は、LBPについては2.40%÷4005×30=0.018%、MFP等については2.91%÷6175×30=0.014%と評価することが相当であることは前記のとおりである。なお、第4期及び第5期については、被告保有特許数が変動するはずであるが、本件各特許発明の実施料率は、全期間を通じ、上記認定の実施料率によるのが相当である。
(5) 費用控除の可否について
 被告は、実施料収入全額が「使用者が受けるべき利益」に該当するものではなく、多数の相手方と被告ライセンス契約を締結し、これらの変更・更改や相手方の履行を管理し、実施料相当額の支払を受けるまでには、被告がライセンス契約の対象となる技術を開発するための研究・開発費や一般管理費をはじめとして被告が負担した「費用」が存在するのであるから、これを控除する必要があると主張する。
 確かに、被告が主張するものは、被告ライセンス契約における費用と解することも可能なものである。しかし、これらの要因は、特許法35条4項の「相当の対価」の算定の際には、「発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を判断する際の重要な要素として考慮するのが相当であり、同条項の解釈として実施料収入から「費用」を控除しなければならないとの被告の主張は採用することができない。
(6) 小括
 以上によれば、被告が本件各特許発明により得た「利益の額」は、次のとおりである。
ア LBP
 2兆5813億4401万9312円×0.018%=4億6464万1923円
イ MFP等
 4兆8706億6784万5911円×0.014%=6億8189万3498円
(7) 原告及び被告が主張する算定方法について
 以上の算定方法につき、原告及び被告はこれと異なった算定方法を主張する。しかしながら、これらの算定方法はいずれも採用することができない。その理由は次のとおりである。
ア 原告算定方法1及び2について
 原告は、原告算定方法1及び2として、本件各特許が単独でライセンスされた場合を想定し、光学ユニット単体を基礎とした売上額と実施料率10%を用いて、相当の対価を算定すべきであると主張する。
 しかし、本件各特許発明は現実に単独でライセンスされておらず、LBP等に用いられる技術に関する被告の保有特許等のすべてを対象とした包括クロスライセンス契約の対象特許の一つとされていたにすぎないのであるから、原告算定方法1及び2は、エレクトロニクス分野において包括クロスライセンス契約が締結される背景や被告ライセンス契約締結の実態に照らし採用することができない。また、原告が原告算定方法1及び2において主張する本件各特許発明の実施料率10%は、被告ライセンス契約におけるすべての被告保有特許の標準包括ライセンス料率が、前記認定のとおり、LBPが2.40%、MFP等が2.91%であることと比較すれば、光学ユニット単体の売上げを前提としたもであるとしても、単独の特許のライセンス料率としては高率にすぎることが明らかであり、到底採用し得ない実施料率である。
イ 原告算定方法3、8ないし10について
 原告は、原告算定方法3、8及び10において、本件各特許発明の寄与度を算定するに際し、5級以上と評価された被告の特許に支払われる実績対価の額による比重付けを使用して、その寄与率を10.4%とすることを主張する。
 しかし、被告取扱規程における各等級区分の認定は、被告ライセンス契約における個々の特許発明の実際の寄与度を調査し、これを正確に反映したものであるとは到底いえないことからすれば(乙2の5ないし7、5の2)、各等級の該当件数と実績対価の額をもとに比重付けを行って寄与度を決定する方法は、採用することができず、また、原告算定方法3、8及び10における本件各特許発明の寄与率が被告保有特許の10.4%であるとの原告の主張は、被告の周辺機器事業部が保有する特許数が、LBP及びMFP等に関連する被告内の各事業部(映像事務機、化成品、周辺機器の各事業部)が管理するすべての特許のうち、****%を占めるにすぎないことからも(乙234)採用し得ない。また、原告算定方法9における本件各特許発明の寄与率100%との主張も、当然ながら採用し得ない。さらに、原告算定方法3、9及び10における原告主張の実施料率5%は、被告保有特許全体の標準包括ライセンス料率が、前記のとおり、LBPについて2.4%、MFP等について2.91%であること比較すれば、高率にすぎることは明らかであり、到底採用することはできない。また、さらに、原告算定方法3における売上高は、他社製品における本件各特許発明の実施率を考慮していないものであり、同算定方法はこの点からも採用し得ない。
 なお、原告は、被告が、他社製品における実施状況の調査結果、ライセンス契約書等、被告が本件特許発明を特級及び優秀社長賞と評価するにあたって検討した本件特許発明のライセンス実績等に関する資料、実績対価の各等級に該当する被告特許がどれだけあるかということを示した資料が、寄与度を算定する上で有力な資料であるから、これらを提出すべきと主張する。しかし、本件各特許発明が非提示特許であることを示す陳述書(乙53ないし62)や交渉経緯で提示された文書(乙144ないし147、160ないし162)によれば、本件各特許発明は少なくとも相当数の相手方とのライセンス契約においては非提示特許であったものと認められること、及び、前記のとおり、本件においては、本件各特許発明が相手方により広く実施されている特許発明であることを前提として、被告が本件各特許発明により得た利益の額を推認しているのであるから、被告及び契約相手方の営業秘密を含むライセンス契約書等を文書提出命令によって取り調べる必要性までは認められない。相手方実施特許のライセンス契約における寄与度を決めるにあたっては、当該技術の内容や実施状況、代替技術の有無、社内評価の状況などを考慮して決するのが相当であるところ、これらについては既に取り調べた各証拠によって判断を行うことが可能であるから、上記各文書を文書提出命令によって取り調べる必要性までは認められない。
ウ 原告算定方法4ないし7について
 原告は、原告算定方法4ないし7として、包括クロスライセンス契約において被告が支払を免れたライセンス料を想定して、被告が本件各特許発明により得た利益の額を算定することを主張する。
 確かに、無償包括クロスライセンス契約がなされた場合における被告が得た利益の額は、被告が相手方の複数の特許発明を実施することにより本来支払うべき実施料の額に、相手方に実施許諾した複数の特許発明における当該発明の寄与率を乗じて算定することも可能である。
 しかし、この算定方法によれば、原告は、相手方が保有している複数の特許を特定し、被告がこれを実施していることをまず主張すべきであるのに、原告は、原告算定方法4ないし7において、被告のLBP及びMFP等の全世界における売上げに対し、本件各特許発明の実施料率を5%、寄与率を10.4%を乗じる旨主張しているものであり、相手方保有特許を前提とした主張を何らしていないのであるから、このような原告算定方法4ないし7は、何らかの誤解に基づくものであり、その主張自体失当である。
エ 被告算定方法A及びBについて
 被告は、被告算定方法A及びBとして、他社製品譲渡価格に本件特許発明ないし本件各特許発明の実施割合、標準包括ライセンス料率を乗じ、費用割合を控除し、これに本件特許の寄与率を乗じる方法を主張している。
 しかし、被告が主張する費用割合(被告算定方法Aにおいては92.91%、被告算定方法Bにおいては60.7%)は、これを本件各特許発明に対する被告の貢献度において考慮すべきことは前記説示のとおりである。また、被告は、本件特許の寄与率を1/対象特許群に含まれる登録特許の数と主張しており、この点は、前記に認定したところの本件各特許発明の重要性、その社内評価、その有用性を過小に評価しているものであり、また、対象特許群の中には、相手方が実施していない特許も相当数含まれていることが多いと推認されることからしても、採用し得ない。
オ 被告算定方法Cについて
 被告は、被告算定方法Cとして、本件特許発明の譲渡時点における対価を求めるため、被告ライセンス契約により被告が受けるべき利益の同時点での予測値を、被告が負担するLBP等の事業(ライセンス)の失敗リスクを反映した割引率を用いて割り引いて譲渡時点の価値に引き直す、ディスカウントキャッシュフロー方式で計算する方法を主張し、ナショナル・エコノミック・リサーチ・アソシエイツ株式会社作成の鑑定書を提出する(乙174)。
 上記方式は、譲渡時点における本件各特許の予測実施料収入を予測キャッシュフローに基づいて算出し、これを会社が負担した事業リスクを加味した割引率を用いて、譲渡時点まで割り引くというものである。かかる方式は、特許等の資産価値評価の一手法であるということはできる。しかし、このような算定方法は、特許発明の独占的実施による利益を実際に得た後、あるいは、第三者に特許発明の実施許諾をし、実施料収入を実際に得た後に、相当の対価を判断する場合においては、適当な方法とはいえない。すなわち、上記鑑定書によれば、評価期間の本件各特許に関連する予測ライセンス収入を、LBP及びMFP等事業のキャッシュフローを元に推測するものであり、各年度のLBP及びMFP等事業のキャッシュフローは、評価期間初年度のキャッシュフローが一定の成長率で伸びると仮定し、その成長率を、株主持分キャッシュフロー(FCFE)モデルを用いて、被告の当時の事務機部門の仮想株価、株主資本コスト、初年度の株主持分キャッシュフロー(FCFE)を代入して求めるものである(乙174)。このような算定方式は、職務発明の実施料収入が実際に生じているのにこれを考慮しないで、予測実施料収入を算定するものであり、職務発明の譲渡の対価をその実績を考慮して支払うとの被告取扱規程の考え方にも反するものであり、採用することはできない。実際に得た独占的実施による利益あるいは実施料収入額が判明している場合において、わざわざ上記のような仮想の数値を用いて、予測ライセンス収入を算定し、事業リスクを加味した割引率を用いる必要性に乏しいことは明らかである。さらに、上記鑑定書は、本件各特許の寄与率について、被告が被告算定方式A及びBにおいて用いた数値を使用するものであり、この数値もまた採用し得ないものであることは前述のとおりである。
 本件においては、被告取扱規程が特許発明等の使用実績を考慮して「相当の対価」を算定する方法を採用していることからすれば、実際の実施料収入を基に「相当の対価」を算定する方法が、使用者と従業者との利害調整を図る上で、より適切な方法であるというべきであり、将来の利益の状況が不明な状況の中において、特許発明の譲渡の「対価」を算定するディスカウントキャッシュフロー方式を本件において採用することは相当ではない。
8 争点3−5(被告による本件各特許発明の実施による利益の額)について
 特許権者が、当該特許発明を実施しつつ、他社に実施許諾もしている場合において、当該特許発明の実施について、実施許諾を得ていない他社に対する特許権による禁止権を行使したことによる超過利益が生じているとみるべきかどうかについては、前記説示のとおり、@特許権者が当該特許について開放的ライセンスポリシーを採用しているか、あるいは、限定的ライセンスポリシーを採用しているか、A当該特許の実施許諾を得ていない競業会社が一定割合で存在する場合でも、当該競業会社が当該特許に代替する技術を使用して同種の製品を製造販売しているか、代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的・経済的に顕著な差異がないか、また、B包括ライセンス契約あるいは包括クロスライセンス契約等を締結している相手方が当該特許発明を実施しているか、あるいはこれを実施せず代替技術を実施しているか、さらに、C特許権者自身が当該特許発明を実施しているのみならず、同時に又は別な時期に、他の代替技術も実施しているか等の事情を総合的に考慮して、特許権者が当該特許権の禁止権による超過利益を得ているかどうかを判断すべきである。
 前記4(2)認定事実によれば、被告は、自らLBP及びMFP等を製造販売しながらも、希望する企業があれば、本件各特許発明を有償で実施許諾するとの開放的ライセンスポリシーを採用し、LBP等を製造販売する業者の大多数(被告以外の全他社を基準とすると、生産シェアにおいてLBPは少なくとも91.13%、MFP等は少なくとも78.16%。販売シェアにおいてLBPは少なくとも91.19%、MFP等は少なくとも82.44%)と包括クロスライセンス契約を締結し、本件各特許発明の実施を許諾している。また、本件各特許発明には、前記認定のとおり、代替技術ないし競合技術が存在し、現に一部の被告製品では当該代替技術ないし競合技術が使用されている。
 これらの諸事情を総合的に考慮すれば、特許権者である被告は、本件各特許発明を実施しているとしても、その実施について、本件各特許権の独占権に由来する超過利益を得ているということはできない。
 原告は、被告が相手方から実施料収入を得た場合、被告製品と相手方製品を対比すれば、被告は、自社製品については実施料を支払う必要がない点で相手方との競争上有利となっており、自己実施分についても独占の利益を認めることができる旨主張する。しかし、かかる利益は、職務発明について認められる法定通常実施権で評価し尽くされているのであって、これを超える超過利益に該当するものということはできない。原告の主張は採用し得ない。
9 争点4(本件各特許発明について被告が貢献した程度)について
(1) 総説
 職務発明の特許を受ける権利の譲渡の相当の対価は、「発明を奨励し」、「産業の発達に寄与する」との特許法1条の目的に沿ったものであるべきであり、従業者への発明へのインセンティブになるのに十分なものであるべきであると同時に、企業等が厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で、これに打ち勝ち発展していくことを可能とすべきものであって、さまざまなリスクを負担する企業の共同事業者が好況時に受ける利益の額とは自ずから性質の異なるものと考えるのが相当である(このことは、職務発明の実施により事業損失が生じた場合においても、職務発明をなした従業者が損失を負担することがないことからも明らかである。)。「相当の対価」がこのようなものであるとすれば、特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」が極めて高額になる場合と、それほど高額にはならない場合とで、同項の「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」の考慮の仕方が自ずから異なるものとなると考えるべきである。すなわち、「相当の対価」についての上記考え方からすれば、「利益の額」が極めて高額になる場合は、特段の事情がない限り、「使用者が貢献した程度」は通常よりも高いものとなり得るのであり、「利益の額」が低額になる場合には、特段の事情がない限り、「使用者が貢献した程度」は、通常よりもやや低くなり得るものである。また、特許法35条4項がこのように使用者等と従業者等との利害関係を調整する規定であることからすれば、この「使用者等が貢献した程度」には、使用者等が「その発明がされるについて」貢献した事情のほか、特許の取得・維持、ライセンス契約の締結に要した努力、費用、あるいは、特許発明の独占的な実施については、その実施品に係る事業が成功するに至った一切の要因・事情を、使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した一切の事情として考慮し得るものと解するのが相当である。
(2) 被告が貢献した程度について
ア 原告が本件特許発明に至った経緯について
a) FSP−DRYのタスクフォースにおける本件課題の発生、本件課題解決の指示・要請、本件特許発明の完成及びその具体化
@ 被告は、昭和50年(1975年)、世界で初めてLBPの製品化に成功し、その後も、LBPの小型化、低価格化、高精細化の研究開発に多大な資源を投入し、その開発を進めてきた。原告は、昭和50年(1975年)4月発足のTR−016のタスクフォースの中途から光学担当の技術者として参加した(同タスクフォースにおいて「ノウハウブック」(乙102)が作成されている。)。原告は、その後、昭和51年(1976年)2月発足のTR−018、同年10月発足のTR−026、同年11月発足のTR−027、昭和52年(1977年)8月発足のTR−029、昭和55年(1980年)7月発足のTR−048等のタスクフォースに参加し、本件特許発明がなされた昭和55年(1980年)9月発足のTR-050のFSP−DRYのタスクフォースまで連続して、光学設計の担当者又は責任者としてタスクフォースに参加して、大型及び小型のLBPの光学系、特にレーザー走査光学系の研究開発の業務に従事してきた。
(乙15ないし23、99ないし101、163ないし166、171ないし173)
 原告は、TR−016のタスクフォースには参加していない旨主張する。確かに、TR−016のタスクフォース編成計画書には、原告の氏名は記載されていない(乙101、173)。しかし、原告は、訴状3頁において、昭和49年(1974年)ころからLBPの開発に従事したと主張していること、及び、同タスクフォースのレポートである昭和50年(1975年)12月3日付けの「LBP打ち合せ報告」(乙171)が同報告会に出席していた原告にも配布されていることからすれば、原告は遅くともこのころから同タスクフォースに参加していたものと認められる。
A P ii レポートを作成したP ii、Q ii レポートを作成し、Q ii 特許の発明者でもあるQ ii、ノウハウブックを記載したO ii らは、原告が参加する前から、LBP開発のためのタスクフォースに参加し、原告と同時期にも各タスクフォースに参加している。また、U ii 特許の発明者であるU ii は、原告が参加する前のタスクフォースに参加していた。被告の職場においては、P ii レポートやノウハウブックのような報告書はいつでも閲覧可能な状態に置かれ、また、職務に関連する特許公開公報や特許公告公報が定期的に回覧に供され、LBPのタスクフォースに参加する社員は、これらの技術文献を読み、LBPに関連する技術を学習し、蓄積することが期待されていた(乙15ないし23、99ないし101、106、163ないし166、171ないし173)。
B 昭和55年(1980年)9月発足のTR−050のFSP−DRYのタスクフォースでは、乾式現像方式の小型LBPの開発を目標として、R ii がチーフに任じられ、それまでのタスクフォースと同様に、各技術分野の専門家が集められた。原告は、同タスクフォースにおいて光学系の開発責任者に任じられた(乙23)。
 FSP−DRYの大きさ、用紙サイズ、プリント速度、解像度等の基本仕様は、昭和55年(1980年)9月頃までに決定され(乙181の1ないし3)、翌昭和56年(1981年)1月末頃までが機能試作の段階とされた(乙23の期間欄参照)。FSP−DRYの機能試作とは、機能試作機を試作して各評価を行い、製品化の判断を行う段階であり、次いで製品試作の段階が予定されている(乙22及び乙23の期間欄参照)。FSP−DRYの開発は、製品試作まで進んだものの、乾式現像方式の開発で問題が生じ、その次の生産試作に進めず製品化には至らなかった。しかし、同タスクフォースで開発された共役型倒れ補正光学系などの技術を「LBP−10」に転用することとなり、本件特許発明が初めて実施された製品機種である「LBP−10U」が昭和58年(1983年)2月に発売されることとなった(乙163)。
C 原告は、FSP−DRYの機能試作機の走査光学系を設計し、その設計図面を作成した(本件物理設計図(乙104の1)に転記されている光学系構成図(1980年10月6日付「DCV10340−A202」)、以下「DCV図面」という。)。プロセス設計者であるN ii は、同年11月1日付けで、FSP−DRYの物理設計図(乙104の1)を作成し、DCV図面をこの図面中に縮小してコピーするとともに、その3枚目に「FSP−DRY」では従来の非倒れ補正光学系ではなく初めて共役型倒れ補正光学系が採用されたので、静止ゴースト像が機能試作機に出現する可能性があると考え、「静止ゴーストが発生する事のない様配慮のこと。」との指示事項を記載した(乙104の3、164)。
 この記載が、原告ら光学設計者に対し設計上の配慮を行うようにとの直接的な指示と解し得るかどうかはともかくとして(この点は争いがある。)、本件物理設計図にこのような記載があることは、従来の非倒れ補正光学系ではなく初めて共役型倒れ補正光学系が採用されたため、静止ゴースト像が機能試作機に出現する可能性があることも考慮すれば、このような静止ゴースト像の発生防止が、TR−050のタスクフォースのプロセス担当者及び光学設計者に対する課題として与えられていたものということができる。原告は、ゴースト像の発生防止はプロセス担当者の任務であり、光学設計の責任者であった原告に対し、直接的な指示はなかった旨主張する。しかし、タスクフォースとは、もともと様々な専門分野の技術者を集めた技術開発グループであり、原告がTR−050のタスクフォースの光学設計の開発責任者である以上、静止ゴースト像の発生防止が、もっぱらプロセス担当者の任務であり、光学設計者の任務とはなり得ないとの原告の主張は採用し得ない。
D FSP−DRYの機能試作機は昭和56年(1981年)1月ころ完成し(乙164)、直ちに評価試験が行なわれたが、絵出しのときに静止ゴースト像が現われた(乙164)。出現の理由は、これまでのLBPに採用されてきた本件先行技術では、入射光を偏向面と垂直方向に傾けて入射して静止ゴースト像を除去するものであったのに対し、FSP−DRYで採用された共役型倒れ補正光学系では、垂直方向に傾けて入射しても同光学系の倒れ補正機能のため再反射光(ゴースト光)が被走査媒体の有効走査巾内に結像してしまうことによるものであった。
 上記静止ゴースト像の出現はチーフのR ii に報告された。R ii が、その後、タスクフォースの担当者にその静止ゴースト像の除去を指示したことは当然のことである。
E 原告は、昭和56年(1981年)1月以降遅くとも4月中旬までの間に、TR−050のタスクフォースの光学系の開発責任者として、静止ゴースト像を除去するための構成を検討し、本件特許発明を想到するに至った。原告は、昭和56年(1981年)5月15日付の「DDV10340図面」(乙105・本件光学配置図。以下「DDV図面」ともいう。)を作成し、上記製品試作機の走査光学系の設計図を完成させた。原告は、「DCV図面」では入射角を約90度としていたのを「DDV図面」では「58°±30’」と小さくする設計変更(本件特許発明の構成要件Dの構成に相当する。)を行った(乙105、乙163)。
 原告は、R ii の指示に基づかずに本件特許発明を想到するに至った旨主張する。しかし、上記のような状況下では、光学設計の責任者である原告が、R ii の指示を直接あるいは間接的に受けて、静止ゴースト像の除去のための光学設計の変更をなしたものとみるのが自然であり(乙163)、原告の主張は採用し得ない。
b) 静止ゴースト除去効果の確認試験
 被告は、昭和56年(1981年)9月、原告によって上記のとおり設計変更されたFSP−DRYの製品試作機の走査光学系について、その光学性能(結像スポットの大きさ、形状等の性能)及び「ゴースト除去効果」の確認のための評価試験を行った(乙198、「T i レポート」)。T i レポートの目的欄には「今回の試作は実装時のゴースト回避のための設計変更(レーザー入射角90°→60°)にもとづくものである。光学性能のチェックとゴースト除去効果の確認を目的とする」と記載されている。。そして、結論欄には、「ゴースト像発生位置はほぼ計算値通りで、有効画面外に除去することができた」と記載されている。T i レポートは、原告の検印とコメントの書き込みを得て、チーフのR ii らに提出された(乙163、222)。
 なお、原告は、DDV図面では「58°±30’」と設計されていたのであるから、「レーザー入射角90°→60°」との記載のあるT iレポートは、原告作成のDDV図面に基づく評価試験ではないと主張する。しかし、最初に試作された試作機(入射角90°のもの)において静止ゴースト像が発生したことからすれば、T i レポートは、入射角約90°の試作機を入射角約60°に変更した試作機について行われた性能試験であると解するのが相当であり、そして、T i レポートでは、ゴースト像がほぼ計算値(153.59o)どおりに現れたと記載されているのであり(乙198)、この計算値から入射角を逆算すれば57.96°であって、この入射角はDDV図面の設計(「58°±30’」)の範囲内のものであるから、T i レポートがDDV図面の評価試験であることは明らかである。原告の主張は採用することができない。
c) 本件特許発明の出願
 H ii は、昭和56年(1981年)4月24日、原告の本件特許発明に関する提案書を受け取り(乙190の7)、その出願業務を開始し、同年5月ころ、発明者である原告から、発明の内容、経緯、背景事情等の聞取調査をした。その後、本件特許発明の出願願書が弁理士によって作成され、同年10月20日、出願された。
イ 本件特許発明に先行する技術について
 本件特許発明の本質的部分は、前記認定のとおり、構成要件Dの「偏向器に入射する光束に対し前記第2結像光学系の光軸がなす角度αを、(4π/N)―(W/D)よりも小さく選定した」条件式にある。原告が本件特許発明に至る前に、被告においては、次のような研究の成果が蓄積されており、この本件先行技術からすると、原告が本件特許発明に至るのは比較的容易なことであったというべきである(なお、本件先行技術には、公知文献ではない技術報告書等も含まれているため、このことは、本件特許発明が公知文献等に照らして容易に想到し得たものであることを当然に意味するものではない。)。
a) P ii レポート(乙10)
 被告従業員のP iiは、レーザー走査光学系の試作機において、被走査媒体上に静止している静止ゴースト像を発見し、さらに、静止ゴースト像を形成する光束の進行経路を解析して、静止ゴースト像は入射光から常に必ず4π/Nの角度に向かう再反射光の結像位置に形成されるという静止ゴースト像の形成原理を解明した。
 P ii は、上記静止ゴースト像の発見及びその形成原理等を昭和49年(1974年)7月2日付の「P ii レポート」(乙10)で報告した。
 P ii レポートは、「LBPにおける散乱光の結像によるノイズ光について」を題目とするもので、「ノイズ光は正規走査ビームがドラム表面で散乱され、その散乱光が再び回転ミラーで反射され感光ドラムに結像することによって生ずる」、「幾何学計算によると、n面鏡ミラーでα面だけ隣り合うミラー(一面だけ隣り合う場合はα=1)による反射散乱光と入射ビームとのなす角は、4απ/nと一定になり、ミラーが回転しても一定点に結像することが分った。」、「ビーム光量が強いと散乱光量も増えるが、測定例では(反射散乱光/反射ビーム)=1/7000以下であり、最適露光を行なう限り、実用上ほとんど問題はない。」などと結論づけている。
b) Q ii レポート(乙11)
 TR−006のタスクフォースにおいて電気設計を担当していたQ iiは、P ii とともに、レーザー走査光学系における静止ゴースト像を含む5種のゴースト像と4種のフレアについて検討し、昭和49年(1974年)11月25日付「Q ii レポート」(乙11)を作成した。
 Q ii レポートでは、ドラム面上に肉眼で観察されるレーザー光のゴースト及びフレアについて検討し、光学系間の多重反射によって生じているゴーストがあり、影響は極めて小さいものの、光学系に傾きをもたせることにより根本的に解決できるとの結論に至っており、静止ゴースト像については、P ii レポートで「考察ズミ」と記載されている(乙11の3/5頁の「対策」欄の5.参照)。
c) Q ii 特許(乙12の1・2、13)
 被告は、昭和50年1月28日、ゴースト像除去方法の名称で、Q iiを発明者とする特許を出願した(乙12の1・Q ii 特許1)。さらに、同年10月、遮光部材の設置をクレームに付加したQ ii 特許2(乙13)を出願した。
 Q ii 特許の公開特許公報には、静止ゴースト像の形成原理及び入射光と再反射光の成す角度が常に「4π/n」となり一定であることが開示された(乙12の1、4頁(公報318頁)右下欄末行から上8行〜5頁(公報319頁)左下欄末行から上12行)。Q ii 特許の採用する除去方法は、入射光と偏向器の回転軸とが成す角度θをθ≠90°として、静止ゴースト像を偏向面に垂直方向に除去する方法であった。その公開特許公報の発明の詳細な説明欄には、「仮に上記ゴースト像をビームの走査方向に対し平行方向に限り避けると、必然的に記録媒体の使用巾が制限されることになる。すなわち記録媒体の大きさが制限されるため、得る画像の大きさにも当然制限を生じる。本発明はこの問題を解決して、記録媒体の巾に制御を受けることなく画像を形成する方法を提供することにある。」との記載(乙12の1、2頁(公報316頁)左上欄2行〜5行、同旨として乙13、同2頁(公報66頁)右上欄5行〜8行)がある。
d) U ii 特許(乙14)
 被告は、昭和50年6月18日、散乱放射束読み取り方法を名称とし、U ii を発明者とする特許出願をした。その公開特許公報によれば、U ii特許は、読み取り装置に静止ゴースト像の形成原理を応用したものであり、発明の詳細な説明には、「第1図に示す如く、ゴースト光束は通常の走査に於ては往々にして走査平面内の走査領域に生じるのでゴースト光束を検出する為の検出素子を走査平面内に設けることが必要となり、このことは走査の障害となるのである。従ってこのゴースト光束を走査平面に対して垂直方向にずらせるか、走査平面内に於て、走査面の領域外にずらせるかしなければならない。」との記載がある(乙14、9欄、1〜8行)。さらに、同明細書には、引き続き、「第4図は静止ゴースト光を走査平面内に於て、走査される領域外に移動させる様子を示す図で、走査光学系を平面から見た図である。今一例として回転鏡1に8面体を使用した場合について述べる。第1図示の走査光学系で示した様に通常の走査光学系に於ては反射面S0に対して入射光束4が45°の角度で入射した場合には、反射光束は集光光学系3の中心を通過し、走査面2の中央部で散乱される。この場合、回転鏡が8面体であるので散乱光束の内集光光学系を通過し反射面S1に入射する光束は反射面S1に垂直に入射するので反射面S1で反射される光束は集光光学系3を介し、前記走査面2の中央部に戻り静止ゴースト光となる。第4図で示す様に入射光束4を第1図示の光学系に比較しδだけずらして入射した場合すなわち入射面S0の法線L0に対して45°よりδだけずらした場合に、S0面で反射される光束が集光光学系3の中心部を通過し、走査面2の中央部に入射する様に光学系を構成する。この構成に於ては散乱光はS1面に垂直に入射しない為に静止ゴースト光の位置10を走査領域外に移動させることが可能である。上述したことはδの適宜な選択により8面体以外の回転鏡に対しても効果を持つことは明白である。」との記載があり(乙14、269頁、10欄3行〜270頁、11欄9行)、入射光束(入射光)の入射角を走査平面に対して平行方向に「δ」ずらすことにより、静止ゴースト光を走査領域外に移動させることが可能である旨記載されている。
e) ノウハウブック(乙102)
 「ノウハウブック」(乙102)は、LBPの設計・製造技術に関する被告の昭和50年(1975年)ころ当時のノウハウを沖電気、日立製作所などのコンピュータメーカーにライセンスするために作成されたものであり、LBPの試作機と共に引き渡された。内容的には、当時複写機に採用されていたNP電子写真技術によるLBPの帯電、現像、転写、定着等に関連する技術、及びレーザービームによる露光に関連する光学技術のノウハウが開示・説明されたものである(乙102、167)。
 「ノウハウブック」の310頁から352頁は、P ii 及びO ii によって執筆され、「8.5 ゴースト」では、走査光学系において種々のゴースト光が発生することの説明があり、「8.5.1 静止ゴースト」では、P ii レポートの報告内容とほぼ同一内容の静止ゴースト像の現象と形成原理が詳細に説明され、入射光と再反射光とのなす角度が4π/Nと一定であること及びその幾何学的計算根拠が説明されている。さらに、351頁の「(3)対策」では、静止ゴースト像の除去対策として、偏向面と水平方向又は垂直方向に静止ゴースト象を避ける方法がある旨、すなわち「a)( ミラースキャナーへの入射ビームの入射方向を、静止ゴーストが感光ドラムに現れない様に選ぶ。」、「(b)入射ビームBiと反射ビームBoを含む面がミラースキャナーの回転軸と垂直な面に対して、ある角度を有する様にする。」旨記載されている。前者の(a)の対策は、入射光を偏向面と水平方向に動かすことにより、静止ゴースト像を被走査媒体の有効走査巾外に移動させて除去する方法を説明したものであり、これは本件特許発明と同一の方法であり、(b)の技術は本件先行技術である。なお、「ノウハウブック」の352頁には、「LBPの光学系に於ては、(a)の対策はとれないので(b)の対策によっている。」との記載がある。これは、上記試作機を含め昭和50年(1975年)当時のLBPの走査光学系では、光源に大型のガスレーザーが使用され、光学系の機械設計(光学配置)上、入射光が第2結像光学系の光軸となす角度を90°近傍に固定せねばならなかったため、入射光の入射角を偏向面と水平方向にコントロールして静止ゴースト像を除去するという(a)の方法はとり得なかったことによるものであり、上記記載はこのことを説明したものである(甲45、3頁の7〜14行参照)。
f) X i レポート(乙170)
 上記TR−016のタスクフォース(乙101)に専任メンバーとして参加したX i 作成の昭和51年(1976年)1月30日付けX i レポート(乙170)には、「静止ゴーストについての解析を行った。」との記載がある。
ウ 本件特許発明に至る被告の貢献について
 前記イ認定のとおり、被告は、本件特許発明の課題となる静止ゴースト像の発生原理については、本件特許発明がなされる相当前から既にこれを解明していた。そして、被告技術文書においては、その解決方法も既に示唆されていたものである。ただし、静止ゴースト像を水平方向にずらすとの方法は、既に被告先行文献において検討されていたものであるものの、LBPにおいて共役型倒れ補正光学系が採用される前は、垂直方向にずらす方式の方が優れていたため、その方法が採用されなかったにすぎないものである。
 したがって、被告において蓄積されていた本件先行技術には、本件特許発明の課題の解決原理は既に示されていたのであって、そこから本件特許発明の課題解決方法に至ることは困難なものではなく、従前の垂直方向にずらす方法が、共役型倒れ補正光学系の採用に伴い、採用することができなくなったという状況下で、このような静止ゴースト像除去との課題の付与があれば、容易になし得るものであるということができる。本件特許発明は、本件異議事件、本件無効審判、本件審決取消訴訟においては、被告先行文献において、静止ゴースト像を水平方向にずらすことにより生じ得る欠点が記載されていたこともあって、進歩性を有すると判断されたものとはいえ、被告に蓄積された本件先行技術との関係でいえば、共役型倒れ補正光学系の採用に伴い生じた課題を解決するために、容易に想到し得たものである。
 以上によれば、本件特許発明は、被告において1973年以降連続的に設けられたLBP開発を目的とするタスクフォースにおける研究開発の成果に基づいて完成されたものであり、その発明の完成について被告による貢献度は大きいということができる。
 原告は、被告先行文献を参考としないで本件特許発明に至った旨主張している。しかし、前記認定のとおり、原告は、昭和50年(1975年)以降、LBP開発のためのタスクフォースのメンバーに光学設計の担当者ないしは責任者として加わっていたものであり、その職務上、本件先行技術を当然に学習し熟知すべき立場にいたものである。したがって、原告が実際に本件先行技術を知りながら本件各特許発明をするに至ったのか、本件先行技術を知らずに本件各特許発明をするに至ったのかは争いがあるものの、本件のような場合については、そのどちらであっても、被告の貢献度について変わりはないと考えるべきである。すなわち、本件各特許発明における被告の貢献度を考える場合に、原告が、その職務上、本来、当然に知るべき先行技術を知りながら発明をするに至った場合と、その職務上、本来、当然に知るべき先行技術を知らないで当該発明に至った場合とで、その内部に本件先行技術を蓄積し、これをその技術者らに自由に利用させてきた被告の貢献度について、差を付けて考えるべき理由はないというべきである。仮に、原告が、本件先行技術を知るべき職務上の義務を怠り、本件先行技術を知らないで本件特許発明に至った場合が、本件先行技術を利用して本件特許発明に至った場合に比べ、発明者貢献度において高く評価すべきであるとすると、社内に蓄積された技術について学習を怠っていた者について、より高額の職務発明の相当の対価を支払う結果となるのであり、このような結果が相当ではないことは明らかである。
 また、原告は、本件先行技術は、プロセス担当者が開発したものであり、静止ゴースト像の発生の防止は、プロセス担当者の職務範囲のものであるから、光学設計者は本件先行技術を知る必要がなかった旨主張する。しかし、原告は、光学設計を担当する者であるから、静止ゴースト像の発生防止のための光学設計をなすことは優にその職務の範囲内のものと認められ(乙163)、様々な技術分野の技術者を集め製品開発を進めていくタスクフォースの趣旨からみても、それぞれの担当職務を原告主張のように限定的に硬直的に解釈するのは相当でなく、原告の主張は採用し得ない。
エ 本件各特許発明の権利化及び権利維持における被告の貢献について
a) 本件特許発明の権利化及び権利維持は、昭和56年(1981年)から平成10年(1998年)までの18年間にわたり、被告の知的財産法務本部のH iiら延べ5名、開発部門の担当者延べ4名及び弁理士2名が担当して行われた。原告は、かかる業務について、当初提案書を作成・提出したことのほか、特段の関与はしていない。
 被告は、本件特許発明については、H ii の発案で、第3請求項に記載されていた条件式を第1請求項に移記するという、出願審査における補正手続(平成2年)を行った。その後、平成3年1月25日の出願公告に対する9件もの本件異議事件に答弁し、平成5年2月25日に異議理由なしとの決定を得た。また、富士写真フィルムからの本件無効審判(平成6年11月8日)にも答弁し、平成7年8月17日、同無効審判についての請求不成立との審決を取得し、これに対する本件審決取消訴訟にも適切な防御活動を行い、平成10年8月20日、同訴訟において請求棄却の判決を得て、本件特許が維持されたものである。被告は、このようにして本件特許の出願から本件特許の取得、維持のために、多大な努力を払って、訴訟活動等を行い、その費用を負担してきた。
(乙26、28、29、36ないし39、40の2・3、41の1ないし4、42の1、182)
b) 被告は、本件各米国特許及び本件ドイツ特許の特許出願についても、日本国内の特許事務所及び現地の特許事務所に依頼して、本件米国特許1については出願から約8年4月、同2については出願から約2年半、本件ドイツ特許については約10年7月かけて、それぞれ相当額の費用を支払った上で、同特許権を取得し、維持してきた(甲4の1・2、5、乙213、217)。これらの外国特許の取得、維持については、原告は関与しておらず、専ら、被告の知的財産部の担当者の努力と被告の費用負担によるものである。
オ 本件特許発明のライセンス契約交渉及びLBP等の事業化における被告の貢献について
 被告は、1960年代にNP方式普通紙複写機による独自の技術を開発して、米国ゼロックス社の特許による複写機事業の独占を打破し、その後積極的に特許出願をして、膨大な数の特許を取得し、これらについて1970年代中ころから開放的ライセンスポリシーを採用し、ライセンシングによるライセンス料収入の獲得を図る特許戦略を展開してきた。被告は、競合他社の多数とライセンスバック付き有償包括ライセンス契約(ライセンスバック契約)及び有償包括クロスライセンス契約(有償クロス契約)を締結し、多額のライセンス収入を確保してきた(乙50、75、93、233の1ないし19、239ないし242)。
 また、被告の様々な努力によるLBP事業が成功し、LBP及びMFP等の市場の急速な拡大に貢献している(乙50、76、84)。さらに、被告は、LBP開発当初の1973年(昭和48年)から本件特許発明の完成時の昭和56年(1981年)に至るまでに合計約569億1600万円、その後昭和57年(1982年)から本件特許の期間満了日である2001年(平成13年)までの間に合計約2兆3355億3500万円もの巨額の研究・開発費用を出捐し、これにより多数の職務発明について多数の特許を継続的に取得し続けており、これらがライセンス収入の源泉となっている(乙235ないし238)。
(3) 結論
 本件における上記認定の諸事情及びその他一切の事情を考慮すると、本件各特許発明に関する被告の貢献度は97%と認めるのが相当である。
10 争点5(本件各特許発明の承継の相当の対価)について
(1) 以上によれば、本件各特許発明の特許を受ける権利の承継の相当対価の額は次のとおり、3453万0880円と認められる。
 (4億6464万1923円+6億8189万3498円)×3%=3439万6062円
 なお、原告は、平成15年6月27日到達の内容証明郵便によって、本件各特許発明の特許番号を付した上で、特に期間を限定することなく、1億円の相当対価の支払を請求している(甲10の1・2)。この支払請求は、各特許発明に対応する請求権について履行の催促をしたものと解することができるので、本訴状送達の日の翌日には、第4期及び第5期に相当する期間の対価請求権についても、履行期を徒過していたことが明らかである。
(2) 既払額の控除
 原告は、被告取扱規程に基づき、既に被告から87万6000円の支払を受けている。そこで、この既払額を控除すると、3352万0000円となる(1万円未満切捨て)。
 3439万6062円−87万6000円≒3352万0000円(1万円未満切捨て)
11 結語
 以上のとおりであるから、原告の請求は、3352万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成15年11月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂隆一
 裁判官 古河謙一
 裁判官 荒井章光


(別表1〜7及び特許公報(平3−5562)省略)
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