判例全文 line
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【事件名】慰安婦法廷番組の改変事件(2)
【年月日】平成19年1月29日
 東京高裁 平成16年(ネ)第2039号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成13年(ワ)第15454号)

判決


主文
1 控訴人兼被控訴人(一審原告)「戦争と女性への暴力」日本ネットワ−ク(以下「一審原告バウネット」という。)の控訴に基づき、原判決の主文第1項及び第2項のうち一審原告バウネットにかかる部分を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人(一審被告)日本放送協会(以下「一審被告NHK」という。)は、一審原告バウネットに対し、200万円及びこれに対する平成13年8月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人(一審被告株式会社エヌエイチケイエンタ−プライズ(以下「一審被告NEP」という。)及び被控訴人兼控訴人(一審被告)株式会社ドキュメンタリ−・ジャパン(以下「一審被告DJ」という。)は、一審原告バウネットに対し、各自100万円及びこれに対する平成13年8月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 一審原告バウネットの一審被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
2 一審原告Aの控訴を棄却する。
3 一審被告DJの控訴を棄却する。
4 訴訟費用は、第一、第二審を通じて、一審原告バウネットに生じたものと一審被告らに生じたもののうち各4分の3は、これを6分し、その3を一審原告バウネットの、その2を一審被告NHKの各負担とし、その余を一審被告NEP及び一審被告DJの連帯負担とし、一審原告Aに生じたものと一審被告らに生じたもののうち各4分の1は、一審原告Aの負担とする。
5 この判決の第1項(1)及び(2)は仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 一審原告ら
(1) 原判決のうち一審原告らの敗訴部分を取り消す。
(2) 一審被告らは、一審原告ら各自に対し、連帯して、各1000万円及びこれに対する平成13年8月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(一審被告DJに対して原審で認容された額を含む。)。
(3)(当審で拡張した請求)
 一審被告NHKは、一審原告ら各自に対し、各1000万円及びこれに対する平成17年4月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 一審被告DJ
(1) 原判決のうち一審被告DJの敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告バウネットの一審被告DJに対する請求を棄却する。
第2 事案の概要
1 C1が代表を務めていた一審原告バウネットが中心となって、いわゆる従軍慰安婦問題を裁く国際的な民衆法廷を開催し、一審被告NHKが、この民衆法廷を取り上げた番組を、ETV2001シリーズ「戦争をどう裁くか」全4回のうち第2回目「問われる戦時性暴力」として放送したが、一審原告バウネット及びC1(以下「一審原告ら」ともいう。)は、一審被告らの取材の申込みやその後の経過により、上記民衆法廷の内容をつぶさに紹介する趣旨の放送がされるとの信頼(期待)を抱き、番組の制作に多大な協力をしたにもかかわらず、一審被告らが、当初説明した番組の趣旨とは異なる趣旨の番組を制作・編集・放送して、一審原告らの上記信頼を侵害したとして、これが法的に保護された利益を侵害する共同不法行為に当たるとし、また、一審原告らと一審被告らとの間には、取材等を通じて契約類似の関係が成立する等しており、当初説明した番組の趣旨が変更された場合には、一審被告らにおいてこれを一審原告らに説明する義務があるのに、一審被告らは、一審原告らに対し、放送の前後を通じてその説明をしなかったとし、これが説明義務に違反する不法行為又は債務不履行に当たるとして、一審被告らに対し、連帯して、損害賠償金各1000万円と遅延損害金を請求した。
 原審は、一審原告らの一審被告らに対する請求について、一審原告バウネットの一審被告DJに対する請求のうちの一部を認めたが、それ以外はすべて棄却したため、一審原告らがこれを不服とし、一審被告DJもこれを不服としてそれぞれ控訴した。
当審において、一審原告らは、一審被告NHKに対し、上記請求のほか当初説明した番組の趣旨とは異なる趣旨の番組を制作・編集・放送したことにつき、政治家又は右翼団体等外部からの干渉により、又は他律的になされたとして、不法行為又は債務不履行を根拠に、上記第1控訴の趣旨の1(3)のとおり損害賠償金1000万円と遅延損害金の支払を求め、当該部分につき請求を拡張した。
2 前提事実(当事者間に争いがないか各項で掲記する証拠により認められる事実)
(1) 当事者
ア 一審原告ら
 一審原告バウネットは、平成10年6月、戦時・武力紛争下の女性への暴力を無くすために、女性の人権の視点に立って、平和を創る役割を担い、世界の非軍事化をめざすことを目的として設立された権利能力なき社団である。
 C1は、一審原告バウネット設立当時から、一審原告バウネットの代表を務め、平成14年7月からは、C1訴訟承継人であるA及びC2とともに共同代表を務めていたが、原審係属中の同年12月27日に死亡し、Aが本件訴訟に関するC1の権利義務を承継した。
イ 一審被告ら
 一審被告NHKは、日本全国において放送事業を営む特殊法人である。
 当審における訴訟承継前の株式会社エヌエイチケイエンタ−プライズ二十一は、一審被告NHKの委託による放送番組等の制作等を目的とする株式会社であるが、当審係属中の平成17年4月1日に吸収合併により一審被告NHPが承継した(以下、承継前も「一審被告NEP」という。)。
 一審被告DJは、映画、テレビ等に関する映像の企画・制作等を目的とする株式会社である。
(2) 女性国際戦犯法廷の開催
 C1は、第二次世界大戦中に、旧日本軍がアジアの女性に対して行った性暴力の問題(いわゆる従軍慰安婦問題)について、日本政府が責任者の処罰を回避していると考え、平成10年4月に開催された国連人権委員会のNGO(非政府組織)フォーラムにおいて、女性たちの手でいわゆる民衆法廷を開催し責任者処罰を行うことを提案し、同年6月、この提案に賛同する者らとともに一審原告バウネットを設立し、上記民衆法廷の開催に取り組んだ。
 平成11年2月、一審原告バウネットを含むアジア諸国のNGOにより、上記民衆法廷の国際実行委員会が組織されて開催準備が進められ、平成12年12月、「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」と名付けられた民衆法廷が東京都内において開催された(この民衆法廷を、以下「女性法廷」という。)。女性法廷では、刑事裁判に近い形式、すなわち、元慰安婦が属する被害国の検察官団が加害国である日本の昭和天皇や元軍人を起訴して法廷を開き、裁判官団が被害者や専門家等の証言等を聴取するなどの審理を行い、判決を言い渡すという形式が採用され、同月8日から10日にかけて、東京都内の九段会館で審理が行われ、同月12日に、東京都内の日本青年館において、昭和天皇を有罪とするなどの判決の概要(天皇以外の元軍人については、時間的制約のため判断は最終判決によるとされた。)が言い渡された。
 女性法廷は、その後、約1年間の休廷を経て、平成13年12月4日、オランダのハーグで再び開廷され、全員を有罪とし日本政府に損害賠償責任を認める旨の最終判決の言渡しが行われた。
(3) 一審被告NHKは、平成13年1月30日、全4回にわたるETV2001「戦争をどう裁くか」というシリーズ(以下「本件シリーズ」という。)の第2回目として、「問われる戦時性暴力」という標題で、女性法廷を取り上げた番組(以下「本件番組」という。)を放送した。
(4) 本件番組の企画・制作の経緯
ア 一審被告NEP及び一審被告DJは、平成12年8月ころから、C3大学助教授のC4の講演「歴史と裁き」において女性法廷が紹介されたのを契機に、一審被告NHKにおいて放送する番組として、女性法廷を題材とし、戦時下で行われてきた女性に対する性暴力をテーマとする番組を企画した。一審被告NEP及び一審被告DJは、上記番組について、これを2回連続のシリーズ番組として一審被告NHKに提案することとし、一審被告NHKの担当者にも相談した上で、番組名を「ETV2000 二夜連続シリーズ「女性たちの国際法廷」〜戦時性暴力が裁かれる時〜」とし、第1夜目の標題を「何が裁かれたのか?」、第2夜目の標題を「戦時性暴力を問う」とした同年9月26日付けの番組提案票(以下「本件提案票」という。)(甲1はその写し)を作成し、一審被告NHKに提出した。
イ 一審被告NHKは、同じころ、同ヨーロッパ総局からヨーロッパの戦争責任と和解の問題をテーマとする番組が提案されていたことから、これと一審被告NEP及び一審被告DJから提案された番組を合わせて全4回のシリーズ番組にすることとし、同年11月21日、本件シリーズを制作することを決定し、その第2回目で女性法廷を取り上げることとした。なお、本件シリーズの第3回目では、女性法廷の合間に一審原告バウネットらが主催して開催される予定の「現代の紛争下の女性に対する犯罪」と題する国際公聴会を取り上げることとなった。
ウ 一審被告NHKは、一審被告NEPに対し、同月27日、本件シリーズの第2回目及び第3回目の番組の制作を委託し(乙1の3、丙1)、一審被告NEPは、一審被告DJに対し、同番組の制作を再委託した(丁1、弁論の全趣旨)。
エ 一審被告DJは、同年10月ころ、本件シリーズの第2回目及び第3回目の番組に関して取材を申込み、一審原告バウネットは、同月20日の運営委員会でこれを承認した。これを受けて、同月24日、一審被告DJからディレクターのC5及びC6が、一審原告バウネットからC2、メディア担当のC7及びC8がそれぞれ参加して取材に関する打ち合わせを行い、その席上で、C5らは、C2らに対し、本件提案票の写し(甲1)を交付した。
 一審原告バウネットは、それ以降、女性法廷の開催終了まで、約2か月間にわたって、一審被告DJの取材に応じて様々な協力をし、これらを基に本件番組が制作された。
第3 争点及び当事者の主張
1 期待権(信頼利益)の侵害による不法行為について
(一審原告らの主張)
(1) 一審原告らが本件番組の内容について抱いた信頼は法的に保護されるべき利益(期待権)である。
ア 取材申込みの経緯及びその内容
 女性法廷は、もともとメディアで取り上げられることを主眼として開催されたものではなく、国際的な潮流として形成された戦争、武力紛争下での性暴力を犯罪として裁くという概念の下に、いわゆる従軍慰安婦に対する戦時性暴力を人道に対する罪として裁き、被害者の尊厳を回復することに意義があるとし、一審原告らは、国内外の複数のメディアからの取材申込みに対しても慎重に対応していた。
 平成12年10月24日、C2、C7及びC8が、C5及びC6と面談したところ、C5らは、本件提案票の写し(甲1)を交付し、本件番組について、その写しに記載されているとおり、女性法廷をつぶさに追って撮影し放送すると説明したが、本件提案票の写しには、「一夜目は、女性法廷の過程をつぶさに追い、半世紀前の戦時性暴力が世界の専門家によってどのように裁かれるのかを見届ける」との記載、「何が裁かれたのか」の見出しの下、「一夜目は女性法廷をつぶさに追い、スタジオ対談をはさみながら、半世紀後に戦時性暴力を問うことの意味を考える。」との記載、「被害から半世紀以上たった今、世界中のブレーンを結集する国際法廷がどのように作られ、実際に進められていくのか、また、国際世論が戦時性暴力にどのような審判を下すのかを見届けるなかで、「何が問われているのか?」を見据えたい。」との記載がされていた。
 その後、C2は、同年11月6日の一審原告バウネットの運営委員会において、上記打ち合わせの報告をし、本件提案票の写しを回覧した。
イ 当初の番組の趣旨
 一審被告NHKは、一審被告NEP及び一審被告DJが提案した女性法廷を取り上げる番組を、ヨーロッパ総局が提案した人道に対する罪についての番組と合わせて全4回のシリーズ番組として構成することにし、チーフプロデューサーのC9及びデスクのC10は、一審被告NHK内部における番組提案用に、教養番組部定時提案(乙4、以下「一審被告NHK提案書」という。)を作成した。一審被告NHK提案書は、本件番組の企画の趣旨、テーマ、目的という観点からは、本件提案票と何ら変わっていない。一審被告NHKでは、平成12年11月16日に番組制作局教養番組部内で開催された定時提案部会において、本件シリーズの制作が決定され、同日夜、C9、C10や、一審被告DJの代表取締役でチーフプロデューサーのC11、C5、C6が出席して、本件シリーズについての打ち合わせが行われ、本件番組について、女性法廷の記録性を重視した番組とし、昭和天皇の責任については、女性法廷の判決・判断として放送するのであれば問題がないとの確認がされた。
ウ 一審原告らの信頼等
 一審原告バウネットの運営委員らは、本件提案票の写しの記述やC5らの説明内容から、本件番組は、女性法廷のドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような番組、具体的には、女性法廷を中心的に紹介し、しかも実際に行われる法廷の手続の冒頭から判決までの過程を被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できるような形で取り上げる内容の番組になると信頼して、取材に応じることを決定した。また、一審原告らは、女性法廷の主催団体の一つであり、取材に応じ、諸々の協力をすることが番組制作・放送に不可欠で女性法廷が1回限りであり代替性がないことから、単なる取材対象ではなく、その協力なくしては番組を制作し得ない制作協力者であった。
エ 一審原告らの取材協力
 一審被告らは、一審被告DJを通して、同年10月24日の打ち合わせの際、取材に関して特別の便宜の提供を申し入れたが、これに対し、一審原告らは、運営委員会に諮った上で承諾し、非公開の運営委員会や女性法廷のリハーサル等事前の内部の取材、C1の長時間に及ぶ取材、女性法廷の開催日当日における会場1階を自由に移動して行う近接取材・撮影等特別の便宜を提供した。
オ 以上の取材協力の経緯、方法、期間、形態等一連の経過を全体的に把握すると、取材対象者である一審原告らが一審被告らの言動等により、本件番組について一審原告らの信念に合致する番組が制作されるとの信頼を抱き、その信頼を抱くのもやむを得ない特段の事由があり、法的に保護されるべき利益(信頼利益)である。このことは、番組取材に応じるか否かについての自己決定権として憲法13条によって位置づけられ、契約的・財産的利益であるとともに、人格的利益の性格も有するというべきである。
(2) 一審被告らの番組制作の編集及び放送による侵害行為
 一審被告らは、本件番組制作の編集段階において、当初の番組の趣旨から大きく逸脱し、主催者の明示はなく、裁きの意義を語ったC1のインタビュー、加害兵士の証言や判決などの女性法廷を紹介する部分の重要な一部を削除したり、女性法廷の意義を矮小化する学者のインタビューを追加するなどして、視聴者が、女性法廷の主催者や審理対象、審理結果等を認識できない番組に改編し、放送した。
 一審被告らの編集行為・放送行為は、本件番組提案票に記載された本件番組の趣旨と放送された本件番組の趣旨が根本的に異なるもので、一審原告らの本件番組についての信頼を認識しつつ、その利益を侵害するものである。
 特に、一審被告NHKは、平成13年1月26日及び29日以降、政治家等の外部の圧力により干渉を受けて女性法廷の主催者、加害者証言及び判決等を削除し改編しており、政治家と直接接触していた一審被告NHKの違法性は高い。その具体的な経緯は次のとおりである。
 なお、一審被告らは編集の自由を主張するが、本件番組の改編は、番組制作者の編集の自由において行われたものではなく、政治家等の外部の圧力によるものであるから、主張の前提を欠いている。
ア 平成13年1月17日まで
 一審被告NHKのC9、C10、一審被告NEPのチーフプロデューサ
ーであるC12、一審被告DJのC11、C5、C6は、本件番組の当初の趣旨、すなわち、女性法廷の記録性を大切にするという趣旨に沿って編集・制作を行い、平成12年12月13日以降に行われた女性法廷を撮影したVTR部分の編集作業や同月27日のスタジオでの対談部分撮影の段階で、本件番組は、@女性法廷を提唱した主催者が一審原告らであること、A女性法廷の性格は著名な法律家による国際民衆法廷であること、B女性法廷の趣旨は、第二次世界大戦中の旧日本軍によるいわゆる従軍慰安婦問題を裁くことであること、CC1のインタビュー、D女性法廷の審理対象は昭和天皇と日本国家の責任であること、E女性法廷の審理経過において被害者や加害兵士の具体的な証言や専門家証言が行われたこと、F女性法廷の審理経過の公正性に寄与するアミカス・キュリエ(法廷助言者)の発言場面、G女性法廷の審理結果として、昭和天皇の有罪判決と日本国家の責任を認める判決が下されたことなどが盛り込まれており、女性法廷の意義を十分に伝える内容となっていた。
 平成13年1月13日及び同月17日には、C9、C10、C11、C5、C6らが参加して、本件番組の試写が行われた。C9及びC10らは、女性法廷の主催団体のスケールの大きさが分かる情報を盛り込む、本件番組のねらいが女性法廷の歴史的意義を考えることにあることをナレーションで明確にするなど、数点について意見を述べたが、本件番組の内容については概ね満足しており、一審被告らの間では、本件番組が女性法廷の記録性を大切にするという趣旨に沿った番組であるとの認識で一致していた。
イ 同月24日まで
 同月19日、本件番組を、一審被告NHKの教養番組部部長のC13に見せるための試写(以下「部長試写」という。)が行われた。C13は、参加したC9、C10、C12、C11、C6らに対し、「法廷との距離が近すぎる。」「企画意図と違う。」「修正不能」「お前らにはめられた。」などと発言した。
 また、このころから、一審被告NHKに対して、右翼団体などから、本件番組の放送中止を求める電話やファックスが届くなど、圧力がかけられるようになった。
 そこで、C9、C10、C12、C11、C6らは、女性法廷だけで本件番組を構成するという方針を変更し、女性法廷についての海外の報道内容を加え、C13の指示により、C1のインタビューや、昭和天皇有罪の審理結果発表のシーンを削除してナレーションに変更するなどして、同月24日、再び、部長試写が行われた。C13は、「ボタンを掛け違えた。このまま出せば、みなさんとはお別れだ。二度と仕事はしない。」と発言して、さらに番組の内容を変えることを指示し、C14アナウンサーとC4のスタジオ撮影部分を撮り直すこととなった。
 C13の発言は、本件番組の内容を大幅に変更することを意味するものであり、これにより、一審被告DJは、本件番組の編集作業から離脱することになった。
ウ 本件番組の放送まで
 一審被告DJは、同月25日及び26日、本件番組のビデオテープ及び編集前の素材のビデオテープを一審被告NHKに納入した。
 同月26日、一審被告NHKにおいて、放送総局長のC15、番組制作局長のC16、総合企画室担当局長のC17、C13、C9らが立ち会って、本件番組の試写が行われ、試写直後には、「法廷との距離をちゃんと保ってほしい」という指摘以外の具体的指摘はなかったが、その後、C16は、C13に、女性法廷に批判的な意見も入れることを指示し、C9らは、C18大学教授のC19へ出演依頼した。同月28日、修正された台本に基づき、C4及びC14アナウンサーの発言追加とC19のインタビューのそれぞれの撮影分を入れた粗編集ができあがり、C13による試写が行われ、さらに修正が加えられた上で、同日午後11時ころ、再度修正されたものがC13に試写され、オフライン編集(仮編集)の44分版ができた。
 さらに、一審被告NHKは、本件番組が同月30日に放送されるまでに、加害兵士の証言や、元慰安婦の証言の一部、女性法廷の判決を削除するなどして、平成12年12月27日の段階で盛り込まれていた上記アの@ないしGのほとんどを削除し、他方で、スタジオでの対談について追加撮影を行い、さらに、C19の、女性法廷の意義を矮小化する発言のインタビューを加えるなどの編集を行った。
エ 一審被告NHKに対する外部からの働きかけ等
 平成13年1月25日、C20が、「一審被告NHKはETV2001の放送を中止せよ」とのメッセージをネット上の掲示板に掲載し、同月27日及び28日、数十人の右翼団体が一審被告NHKの放送センターに押し掛け、本件番組の放送中止を求める抗議行動を行った。
 同月25日から26日ころ、一審被告NHK総合企画室の担当者らは、C21、C22、C23らC24党の複数の国会議員と面談して、本件番組について説明し、同月29日にはC17も、C25国会議員に呼び出されて、本件番組内容を批判された。
 同月29日午後、C15及びC17は、事前に面会を約束したC26官房副長官と首相官邸内にある官房副長官室で面会し、本件番組について言及した。C26官房副長官は、本件番組に関連していわゆる従軍慰安婦問題の難しさや外交について持論を展開した上で、一審被告NHKに対して公正中立を求めた。C26官房副長官が公平公正な番組にすべきであるとの意見をして干渉したことにより、一審被告NHKは、その面談直後から、その意向に沿うように、C15及びC17の主導により本件番組の改編を繰り返した。
(3) 共同不法行為
 本件番組の取材・制作については、一審被告らが共同して立てた企画に基づいて一審被告DJが一審原告らに取材を行い、その上で一審被告らは共同して編集行為を繰り返し行い、最終的に完成された本件番組を一審被告らの共同制作として、一審被告NHKが番組を放送するという一連の行為によって完結した。したがって、一審原告らに対する取材活動及び本件番組の編集、改編行為は、いずれも一審被告らが共同で行ったというべきである。
 そして、一審原告らは、一審被告らの説明や取材経過により、本件番組の内容について前述の信頼を抱いたところ、一審被告NHKの本件番組の放送行為により、その信頼利益を侵害されたものであり、一審被告らの本件番組についての取材の申入行為、取材行為及び編集行為と本件番組の放送行為は、一審原告らの信頼利益の破壊に向けられた手段目的の関係を有する互いに有機的に関連する一連一体の行為であるから、一審被告らは、共同不法行為に基づき損害賠償義務を負う。
(一審被告NHKの主張)
(1) 一審原告らの法的保護に値する信頼利益はない。
 放送法3条は、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と規定し、放送番組編集の自由を保障しているところ、一審被告NHKは、同法の適用を受ける放送事業者であり、また、公共放送機関として、編集上、公平・公正かつ独立した番組を制作する義務を負っている。放送事業者は、放送番組の制作に当たって、様々な立場の人や団体に取材を行うが、取材対象者が、自らの希望する番組が出来上がるであろうと期待して、いかに長時間、懇切に取材に応じ協力してくれたとしても、それを理由として、放送事業者に取材対象者の期待どおりの番組を作る義務はなく、また、放送事業者にそのような義務を課すことは、表現の自由や放送法上の編集の自由に反し許されないというべきである。
 取材対象者の信頼が法的保護に値するためには、取材対象者が当該取材過程で取材結果の編集やこれを使用して制作される番組の内容について何らかの期待を抱いた場合、その期待が相当程度具体的なものであり、かつ取材者が取材対象者に対し、取材結果をどのように編集するか、あるいは取材結果をどのような趣旨の番組に使用するかなどについて約束するなど、取材者の言動によりそのような期待を抱くのもやむを得ない特段の事情がある場合に限定されるべきである。本件においては、次のとおりの事情から、いずれの要件も満たさず法的な保護に値しない。
ア 相当程度の具体性について
 本件番組は、女性法廷の中継番組ではなく教養番組であるから、本件番組の取材過程において、一審原告らが、法廷の冒頭から判決までの過程をドキュメンタリー番組として取り上げる番組になるとの期待を持つことは合理的とはいえない。また、女性法廷を客観的に概観できるような形で取り上げるというためには、女性法廷のどのような要素が取り上げられればよいのかが基準として不明確である。
イ 一審被告DJの説明等
 一審被告DJのC5及びC6は、平成12年10月24日、C2らに直接会って打ち合わせをした際、本件番組については、放送予定日、対談予定者及び取材担当者を説明したにとどまり、費やした時間も極めて短時間であった。また、この時、C5らが交付した本件提案票の写し(甲1)は、番組の企画立案段階の提案者の企画意図を示し、当該企画案が採用されるよう番組制作者内部を説得するための内部文書であって、実際に制作される番組内容を確定的に記載したものではない。同日の時点では、女性法廷の取材撮影も始まっておらず、どのような映像が撮影できるかさえ不明であり、制作される番組の内容について具体的なイメージを持てる段階ではなかった。C5及びC6は、何年も番組制作に携わってきた者として、本件提案票の記載が流動的であることを熟知しており、また、同年9月26日の、一審被告NHKのC9らとの打ち合わせにおいて、本件番組をETV2000の性格に合わせた教養番組にすることが確認されたことなどからすれば、C5らが、一審原告バウネットに対し、本件番組は女性法廷を記録し、それをそのまま視聴者に伝える番組であるとか、本件提案票に記載された内容がそのまま本件番組の内容になるなどと説明するはずがない。
ウ 一審原告らの信頼利益
 一審被告DJのC5及びC6は、一審原告バウネットに対し、本件番組が女性法廷を記録する番組であるとか、本件提案票記載のとおりの番組であると説明したことはない。また、C5らは、一審被告DJが真摯な態度で取材することを示すために本件提案票の写し(甲1)を一審原告バウネットに交付したものであるが、本件提案票は、実際の取材が行われる前に作成されたもので、取材を進める中で具体的な番組構成や内容が変化することを当然に予定したものであり、一審原告らは、メディアからの取材を多数経験しているから、このような本件提案票の性格を当然察していた。
 一審原告らは、一審被告DJのC5が著名なフェミニストであり、ドキュメンタリー番組制作ディレクターとして一流であることや、一審被告NHKの過去のETV番組で戦争責任を扱った番組の完成度が高かったことなどから、本件番組が女性法廷を記録するような番組になるであろうと一方的に願望したにすぎないから、法的な保護に値する合理的な信頼ということはできない。やむを得ないとする特段の事情もない。
(2) 本件番組の編集行為及び放送行為は侵害行為ではない。
ア 本件番組の趣旨は、本件提案票が一審被告NHP及び一審被告DJにより作成された当時から一貫して「半世紀後に戦時性暴力を問うことの意味を考える」ということであり、一審被告NHK内部の正式な番組提案票として作成されたNHK提案書においてもその趣旨が承継されている。実際に放送された本件番組は、日本とアジアのNGOと世界の女性人権活動家たちが女性法廷を開催したこと、女性法廷では、いわゆる従軍慰安婦問題が人道に対する罪の観点から問われたこと、検事の役割を担う者の陳述や証言者が体験を語ったことなどの法廷の内容のほか、首席裁判官を務めたC27のコメントや、女性法廷主催団体とは見解を異にするC19のコメント等を入れ、さらに、スタジオ対談により歴史的考察を行いながら人道に対する罪という視点で問題を掘り下げた内容となっており、視聴者に対し、戦時性暴力を裁くことの難しさを示し、戦時性暴力を問うことの意味を考える素材を与えることができた。本件番組は、本件提案票及び一審被告NHK提案書に記載された番組の趣旨を忠実に実現したものである。したがって、本件番組は、一審原告らの信頼を裏切るものではない。
 なお、本件番組では、C1のインタビューのVTRが放送されなかったが、一審被告らは、C1から受けた説明内容を理解して番組制作の随所に活かしたので、そのメッセージは十分伝わる内容となっている。この点でも一審原告らの信頼を裏切ることはない。
イ 一審被告NHKへの政治的圧力はなかった。
 平成13年1月29日に、C15とC17がC26官房副長官に面会をしているが、同月25日に総務大臣へ一審被告NHKの予算が提出されて、国会議員等への予算に関する説明が予定されており、C17の各訪問の際にC15が同行したものである。当時、「四夜連続で女性法廷をドキュメンタリーとして番組にする。」との噂が国会議員の間に広く流布しているという状況があり、一審被告NHKとしては到底放置できるものではなかったことから、C15は、いわゆる従軍慰安婦問題に特に関心のある国会議員に対して一定の影響力を持つ立場にあったC26官房副長官に対して、虚偽の噂を払拭するための説明を簡単に行い、これに対し、C26官房副長官はいわゆる従軍慰安婦問題のような論争のある問題を扱う際には、公共放送として公平・公正を基本にすべきだといった趣旨の見解を述べたものである。
 しかし、一審被告NHKは、公共放送として公平・公正を基本にすべきであることは当然のことであり、すべての番組作りにおいて実践し、本件番組についても企画の段階から公平中立性を保てるかどうかを十分に検討していたのであるから、C26官房副長官の見解に影響を受けて、一審被告NHKが本件番組について急に編集方針を変更したという事実はない。
 なお、訪問当時、本件番組として一本のテープにもまとまっていないような段階であり、C15が本件番組の詳細を具体的に説明することは不可能であったので、具体的な説明がされていないことは明白である。
 また、一審原告らは、政治家の圧力を受けて改編された根拠として、本件番組の放送前に、一審被告NHK関係者が、C25を訪れて本件番組に関して説明をしたことを挙げるが、一審被告NHK関係者がC25を訪れたのは、本件番組放送後の同年2月2日である。
(3) 共同不法行為について
 一審被告NHKは、作成した本件番組の企画書に基づいて一審被告NEPに対して本件番組の制作を委託したものであり、両者間の契約の実質は請負契約であること、さらに、一審被告NEPと一審被告DJとの間の委託契約も請負契約であること、したがって、一審被告NEP及び一審被告DJは、請負人として取材、撮影、編集等を行い本件番組を一応完成させて納品する義務を負うが、これらの仕事は、一審被告NEP及び一審被告DJがそれぞれ自己の裁量と責任で行うものであり、また、本件番組の企画及び一審被告DJによる納品後の一審被告NHKの編集及び放送行為は一審被告NHKの裁量で行う独自の行為である。
(一審被告NEPの主張)
(1) 一審原告らの主張する信頼は主観的な期待にすぎない。
 一審原告らが抱いたと主張する信頼利益は、一審被告らの言動に基づいて客観的に生じた合理的なものであるとともに法律上・社会通念上保護に値することが必要であるが、次のとおり、一審被告らの言動に基づいて客観的に生じたものではない。
ア 放送法・日本放送協会国内番組基準と本件番組の関係
 放送法においては、編集の自由が定められる一方(3条)、番組編集について、政治的に公平であることや、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること(3条の2)が定められており、一審被告NHKの番組編集・放送の基本原則である日本放送協会国内番組基準にも同様の趣旨の定めがある。
 そして、本件番組が取り扱うテーマであるいわゆる従軍慰安婦問題は、戦争責任やフェミニズムの問題をも含む、微妙で議論を呼ぶものであり、公平性・中立性や、多角的立場からの番組編集が必要とされるものであるところ、一審原告らは、これら放送法の規定や一審被告日本放送協会国内番組基準の存在を十分に承知していたものである。
イ 一審被告DJの一審原告らに対する取材
 取材にあたった一審被告DJのC5及びC6は、一審原告らに対し、本件番組の具体的内容については説明しておらず、女性法廷の判決結果を報道するなどの約束もしていない。一審原告らは、本件番組の取材に協力するにあたり、本件番組のビデオテープを女性法廷の関係者に配布しようとの思惑から、本件番組が、女性法廷が一体何であるのか、誰が、何を、どのようにして、どのような罪について裁くのか、どのような判決を下すのかを放送するものであると期待していたというが、一審原告らは、一審被告DJに対し、そのような期待の内容を表明したことはなかったから、一審被告らが一審原告らの期待を理解する余地はなかった。
ウ 本件提案票の性格
 本件提案票は、制作番組そのものの構成内容が記載されているものではなく、番組の趣旨・目的などが記載されているにすぎない。また、本件提案票の記載自体から、本件提案票が女性法廷が開催されてもいない初期の企画立案段階のもので、その内容が不確定であること、本件提案票は、本件番組を放送する一審被告NHKが作成したものではなく、一審被告DJ及び一審被告NEPが作成したものであること、本件番組が単なる女性法廷の記録番組ではなく、一審被告NHK教育テレビの教養番組のシリーズの一つであることは明らかである。
エ 編集行為の介在
 本件番組は、スタジオ対談を含む教養番組であるから、取材後の編集行為が不可欠である。編集段階では、取材で得た膨大な素材が取捨選択されるから、番組内容は当然変更される可能性があるところ、一審原告らは、取材協力後、一審被告らにより本件番組が編集され、一審原告らが編集作業に加わることはできないことを当然に知っていたものである。
 そして、本件番組は、議論のあるテーマを取り扱うものであり、公平かつバランスのとれた内容であることが必要であるところ、一審被告DJが主として編集した段階の内容は、女性法廷との適切な距離がとられておらず、一審被告NEP、一審被告NHKの立場での編集作業が必要となった。
(2) 本件番組の編集行為及び放送行為はいずれも侵害行為ではない。
ア 本件番組は、本件提案票及び教養番組部定時提案で示された趣旨に合致して制作され、一審被告DJが編集過程の途中で離脱する際も、両者は同一のものと認識している。一審被告NHKは、編集権に基づき、取材に基づく資料を本件番組の目的・趣旨に応じてより良き番組に完成させたのであり、一審被告らに侵害行為はない。
イ 一審被告NHKの編集権については、C15及びC17の国会議員等との面談により何らの影響を受けていない。
(3) 共同不法行為について
 一審被告DJの制作(取材、撮影、編集)行為は、一審被告NEPとの間の番組制作委託契約に基づく受託者として、NHK提案書に基づいて自己の責任と裁量で行う独自の行為であり、一審被告NEPは何ら指揮・命令・指示等をしていないから、共同不法行為責任を負うことはない。
(一審被告DJの主張)
(1) 一審原告ら主張の信頼利益の不存在
 放送番組の取材活動を通じて、番組内容について取材対象者に信頼ないし期待が生じたとしても、すべてが法的な保護の対象となるわけではなく、表現の自由に優越して法的に保護されるためには、@取材者の約束等確定的な説明等の行為により生じたものであること、A上記説明等から当該期待が発生することが合理的であること、B当該説明等による取材対象者の期待の内容が取材者に明示され、取材者がこれを認識しあるいは認識しうべきことが最低要件であり、その信頼の程度や、生じた信頼ないし期待が取材者の行為・言動との関係で合理的な程度・範囲内かの点から総合的に判断されるべきものである。一審原告らは、次のとおり、一審被告DJの通常の取材活動に対する一方的な評価により、不相当で過大な信頼・期待を抱いたものであって、このような信頼・期待は上記各要件を欠き法的保護に値しない。
ア 一審被告NHK及び取材担当者C5の属性
 一審原告らは、本件番組を一審被告NHKが放送することや、一審被告DJのC5がフェミニスト活動家であると思っていたことから、番組内容について一方的に信頼感ないし期待感を抱いたものである。
イ 本件提案票の写し
 本件提案票は、企画立案段階のものであり、記載自体からも大筋かつ抽象的な内容のもので単なる企画案にすぎず、その後の取材・編集過程で加除修正や変更が当然に予定されたものである。そのことは、社会的一般人から見ても明らかであり、まして、一審原告らは、女性法廷を企画運営し、これまでも様々な取材を受けた経験を有しており、そのような提案票の性格を当然理解していた。C5は、平成12年10月24日の打ち合わせにおいて、本件番組の内容について、本件提案票の記載以上の説明をしていない。
 万一、C5が、女性法廷をつぶさに追う番組を作ることを目的としていることを口頭で説明したとしても、あくまで、企画案段階の抽象的な予定もしくは個人的な希望にすぎない。
ウ 一審被告DJの取材活動
 番組制作者は、番組を制作する際、当該番組企画に必要な範囲で可能な限り多くの素材を集めるべく、取材対象者に対し、取材・撮影を行うものであり、それにより、編集過程における素材の取捨選択の範囲・可能性が広がり、番組の内容が充実したものになるのであるから、広範囲かつ一定の深度をもった取材活動は同種の番組制作において必要不可欠ともいえる。本件の一審被告DJの取材活動は、同種の番組制作過程におけるものと変わらないごく当たり前のものであり、一審原告らの取材協力も一般的かつ当然の協力であり、特別な便宜の供与ではない。
(2) 違法な侵害行為がないこと
 放送された本件番組の趣旨は、本件提案票に記載されたものと何ら変わりがなく、女性法廷を中心的に取り上げ、その意義について考える視点を提示する教養番組となっており、女性法廷を消極的に評価するものとはなっていない。本件番組が一審原告らの期待に必ずしも沿うものになっていなかったとしても、一審原告らの主張する信頼利益は侵害されていない。
(3) 共同不法行為について
 一審被告DJは、取材行為に違法性はなく、本件番組の編集から放送までの一連の過程について違法性が判断されることがあったとしても、放送主体でなく、編集についても、一審被告DJと一審被告NEPとの間の制作委託契約における番組内容の改編権、変更権を一審被告NHK及び一審被告NEPが専有しており、番組編集作業の実際上も、同一審被告らの指示のもとでその方針に従って、編集を行わなければならない立場である。実際にも、平成13年1月24日以降本件番組の編集過程の途中で離脱し、その後は編集作業自体に関与していない。一審被告DJに共同不法行為は成立しない。
2 説明義務違反について
(一審原告らの主張)
(1) 説明義務
 報道機関の報道・取材の自由の重要性に鑑みると、報道機関と取材対象者との間に、権利義務関係が発生することは、原則的にはない。しかし、報道機関が、取材対象者との関係で許されない取材・報道を行っても一切責任が問われないということではなく、例外的に契約類似の権利義務関係が生じる場合がある。
 本件においては、本件番組が他に代替性のない女性法廷の過程をつぶさに追う番組であることから、主催団体である一審原告バウネットの協力がなければ本件番組制作は成り立たないことや、一審原告らは、約2か月もの長期間にわたり、一審被告らに対し、格段の便宜を与えて取材に協力してきたことからすれば、一審原告らと一審被告らとの間には、契約類似の権利義務関係が生じ、当該関係によって発生した信頼に基づき、本件番組の内容に根本的変更が加えられたときは、取材者である一審被告らにおいて、取材対象者である一審原告らに対し、変更内容を告知・説明する義務が発生すると解すべきである。また、もともと、取材対象者は、取材に応じるかどうかを決定する自己決定権を有するところ、この自己決定権は、取材の申込みを受けた時点だけではなく、番組が放送されるまで保護されるべきであるし、一審被告NHKの「NHK放送ガイドライン」(以下「本件ガイドライン」という。)には、制作過程であらかじめ取材相手に伝えていた目的や内容に変更が生じた場合は、改めて、取材相手に十分説明しなければならないと規定されているなど、一審被告らは、一審原告らに対し法的拘束力ある説明義務を負っていたというべきである。
(2) 義務違反行為
 しかし、前記のとおり、本件番組は、企画当初の趣旨から改編され、C1のインタビューも削除されたところ、一審被告らは、一審原告らに対し、平成13年1月13日又は同月24日若しくは同月29日において説明すべきであったのを何らの説明もせずに、改編された本件番組を放送したものであるから、説明義務に違反し、債務不履行責任を負う。
(3) 一審被告らの関係
 一審被告らは、前記1(一審原告らの主張)(3)の共同不法行為で述べたとおり、本件番組の企画、取材、編集、放送の過程において、協議に基づいて役割を分担し、それぞれ他者の行為を利用補完しながら番組制作を行ったものであり、他方、一審原告らは、一審被告NHKで放送される本件番組が一審被告らによって共同制作されるとの理解に基づいて、一審被告らとの信頼関係を築いたものである。
 したがって、一審被告らは、いずれも一審原告らに対して番組改編についての説明義務を負い、同義務違反について損害賠償義務を負う。
(一審被告NHKの主張)
(1) 一審原告らと一審被告NHKとの間で契約を締結したことも、契約類似の関係に入ったこともない。
 一般的に、編集過程の中で、取材対象者の協力のもとで収録した場面を削除することは日常的に行われているところ、このような削除について、礼儀上、取材対象者に説明して理解を求めることは望ましいとはいえるものの、このような事前説明を法的に義務付けることは、放送事業者に多大な負担を強いることになり、取材・表現の自由を萎縮させることとなるから、法的な説明義務は生じないというべきである。
(2) 本件においては、C1のインタビューの内容については、番組の随所で表現しており、C1の努力を無にしたわけではないから、礼儀上も、法律上も、何ら説明義務に違反していない。
(一審被告NEPの主張)
(1) 一審原告らの主張する債務不履行は成立しない。
ア 本件番組に関し説明義務違反の債務不履行が成立するためには、@本件提案票での本件番組の趣旨が、実際に放送された本件番組により変更されたか、A変更されたとした場合、その程度・内容が番組制作者の編集という裁量権の範囲を著しく超えるものであるか、B変更により、一審原告らの利益を具体的に侵害したかどうかが問題となるが、本件提案票での番組の趣旨は、実際に放送された本件番組によって何ら変更されていないから、債務不履行は成立しない。
 本件ガイドラインは、取材・制作現場で直面する問題に対処する上でよりどころとなる考え方や注意点を示しジャーナリストとしての倫理向上を目指すものであり、定められている説明の必要性は倫理的な義務をいう。
イ C1のインタビューについて
 C1は、インタビューにおいて、女性法廷の開催意図や、主催団体の組織などについて説明しているが、本件番組は、女性法廷のVTRやスタジオ対談を含むものであって、構成や放送時間の制約があるから、編集段階において、C1の説明内容を、別の映像・コメントで代用することは当然許されるものである。また、一審被告らは、C1との間で、インタビューを放送するとの約束をしていないから、一審被告らがそれを削除したとしても、何ら説明義務を負うものではない。よって、この点についての債務不履行も成立しない。
(2) 一審被告NEPの責任
 前記1(一審被告NEPの主張)(3)の共同不法行為についてで主張したとおり、一審被告NEPの行為と一審被告DJの取材活動は結びつかないから、一審被告NEPが債務不履行責任を負うことはない。
(一審被告DJの主張)
(1) 説明義務の不存在
 一審被告DJと一審原告らとの間には、契約関係はもとより、契約類似の関係も一切ない。また、自己決定権(人格的利益)の前提となる説明義務もない。
(2) 本件番組に趣旨の変更はない。
 本件番組について、本件提案票作成時から、本件番組放送時に至るまで、番組の趣旨が変更されたことはない。
(3) 万一、一審被告DJに編集過程のいずれかの時点における説明義務があるとされても、一審被告DJは一審被告NEPとの間の放送番組委託契約において「委託業務の内容、成果、委託業務に関連して知り得た一審被告NEPや一審被告NHKの秘密並びに業務上の情報を第三者に漏らしてはならない。」(20条)との守秘義務を負担しているから、一審原告らに説明をしなくても違法性がなく、少なくとも期待可能性がない。
3 損害
(一審原告らの主張)
(1) 一審原告バウネットの損害
 一審原告バウネットは、一審被告らから受けた説明により、本件番組が、女性法廷を取り上げるドキュメンタリー番組として、女性法廷を十分に紹介し、その意義を伝える番組になると信頼したからこそ、約2か月間もの間、番組制作のために多大な時間をかけて格段の協力をしてきたものである。ところが、実際に放送された本件番組は、それを見た視聴者が、主題であるはずの女性法廷の主催者、趣旨、審理対象、審理経過、審理結果のいずれも認識できないものに改編され、かえって、C19の女性法廷の意義を矮小化する内容のインタビューが加えられていた。
 その結果、一審原告バウネットは、元慰安婦の尊厳の回復と正義の実現を願って女性法廷を主催した構成団体の一つとして、大きな衝撃を受けるとともに、本件番組の視聴者に女性法廷に関する正確な情報を与えることができず、女性法廷の意義について誤解させ、ひいては元慰安婦である被害者の尊厳の回復を損なう可能性をも生じさせた結果となり、そのことに強い怒りと悲しみを感じたものである。一審被告らにより被った損害を金銭的に評価すれば、1000万円を下ることはない。また、政治家等の外部の圧力によって、本件番組を改編した一審被告NHKの違法性は高く、一審被告NHKにより被った損害は上記とは別に1000万円を下ることはない。
(2) C1の損害
 C1は、一審原告バウネットの代表であると同時に、女性法廷の国際実行委員会の共同代表であって、元慰安婦の尊厳回復を願い、女性法廷の開催に人生の全てを捧げて奔走してきた。また、女性法廷の意義を広く認識して欲しいとの心情から、多忙を極める中、一審被告らによる長時間のインタビューにも応じた。
 しかし、本件番組が女性法廷の主催者や趣旨等を視聴者が認識できない内容のものに改編され、元慰安婦や女性法廷の協力者に対し事前に説明していた内容と異なる内容で放送されたため、C1は、これらの関係者を傷つけ迷惑をかけるとともに、自らの人生の全てを捧げた活動の成果が否定されたと感じ、精神的苦痛を被った。一審被告らにより被った損害を金銭的に評価すれば、1000万円を下ることはない。また、一審原告バウネットと同様に一審被告NHKにより被った損害は上記とは別に1000万円を下ることはない。
(一審被告らの主張)
(1) 一審原告バウネットの損害については争う。
 本件番組が一審原告バウネットの期待どおりの内容とならなかったとしても、一審被告らが賠償すべき損害ということはできない。また、一審被告NHKは政治家等外部の関与を受けて本件番組を改編したことも全くない。
(2) C1の損害については争う。
 C1が主張する精神的苦痛が、具体的に何を指すかが明らかではない。本件番組が期待どおりの内容でなかったことに対する失望と解するとしても、そのような期待は一方的な願望にすぎず、法的保護に値しない。
第4 争点に対する判断
1 事実の経過
 前提事実に加えて証拠(甲1、2、4、5、7、10、15ないし17、22、30ないし33、49、53、70ないし73、75、76、82、85、98、107、109、110、119、120、123の1、2、甲131の1ないし3、甲137、139、140の1ないし3、甲141、166の1、2、甲173ないし175、177、180、188ないし190、193、乙1の1ないし3、乙3、4、8ないし11、16、18、19、22、24、26、38、丙1、3、丁1ないし3、5ないし8、証人C5、証人C7、証人C6、証人C11、証人C12、証人C9(当審)、証人C13、証人C10、証人C15、証人C17、一審原告代表者C2、一審原告代表者兼A本人及び各項末尾に掲げる証拠並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 女性法廷開催に向けた一審原告らの活動
ア C1は、C28新聞社の社会部記者として、公害問題、薬害問題等の取材に携わってきたが、平成2年ころから、いわゆる従軍慰安婦問題の取材に力を注ぐようになり、平成6年に同社を定年退職後、フリージャーナリストとして、女性運動に傾注するようになった。平成9年10月から11月にかけて「戦争・武力紛争下の女性に対する暴力」をテーマに東京都内で開催された国際セミナー・国際シンポジウムにおいて、世界各地で生起する武力紛争下における女性に対する性暴力について議論がされ、戦時下で行われる性暴力について、過去に責任者が処罰されてこなかったことが、現在も性暴力が再発する原因となっているとの問題提起がなされた。
 C1は、上記国際セミナー・国際シンポジウムの実行委員会委員を務めたが、その議論を受けて、平成10年2月、Aらと共に、戦争と女性への暴力の問題に組織的に取り組む活動を始め、女性に対する戦時性暴力を根絶するためには責任者の処罰が不可欠であるが、第二次世界大戦中の旧日本軍によるいわゆる従軍慰安婦問題に対する日本政府の対応が不十分で公的な司法機関による責任者個人の追及は困難であると考え、アメリカ合衆国のベトナム戦争における戦争犯罪を裁くために哲学者C29らが提唱して開催された民間人の手によるいわゆる民衆法廷であるC29法廷にならい、民衆法廷として、女性や民間人の手でいわゆる従軍慰安婦問題を裁く法廷の開催を構想し、同年4月、ジュネーブで開催された武力紛争下の女性への暴力・NGOフォーラムや、同月、ソウルで開催された第5回アジア連帯会議において、女性法廷の開催を提案し、会議参加者の支持を得た。同年6月、一審原告バウネットはC1を代表者として設立され、いわゆる従軍慰安婦問題、米軍基地の性暴力問題、世界各地で起こっている武力紛争の問題というテーマとともに女性法廷開催に向けた取り組みを始めた。
イ 平成11年2月、7つの構成団体(いわゆる従軍慰安婦問題の加害国としての日本のNGOである一審原告バウネットと、被害国としての韓国、北朝鮮、中国、台湾、フィリピン、インドネシアの各NGO)及び国際法の専門家や人権活動家らからなる国際諮問委員会によって構成される国際実行委員会が女性法廷を主催するために組織され、同委員会において、女性法廷を戦時性暴力等に関し国際法に違反する個人や国家の責任を追及するものとして刑事裁判に近い形式を採用し、裁判官、検察官及び書記局による構成とすること、平成12年12月8日から10日にかけて法廷を開いて審理を行い、同月12日に判決の概要を言い渡すこと、休廷日の同月11日に女性法廷に関連して、現代の世界の紛争について被害者や専門家が語る国際公聴会を開催すること等を予定した。
ウ C1は国際実行委員会の共同代表として、女性法廷の構成や人選、国際実行委員会の開催などを担当し、女性法廷開催に向けて準備を進め、一審原告バウネットは、日本国内外における女性法廷への関心を深めるために、平成11年から平成12年にかけて、東京、ニューヨーク、上海などで、講演会や国際シンポジウムを開催し、また、女性法廷の開催資金を集めるため、1万人キャンペーンと称する募金活動を行った。
エ 平成12年12月8日から同月10日にかけて、女性法廷が東京都内の九段会館で開催され、女性法廷においては、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷の前所長であったC27、ロンドン大学の国際法教授のC30ら4人が裁判官を務め、旧ユーゴスラビア及びルワンダの国際刑事法廷のジェンダー犯罪法律顧問であったアメリカ合衆国のC31とオーストラリアの国際法学者であるC32が検察官として首席検事を務めるなど、著名な国際法や戦争犯罪の専門家が参加した。首席検事と被害各国の検事団により、昭和天皇及び旧日本軍の中将以上の地位にあった軍人合計30人が、個人として、いわゆる従軍慰安婦問題について人道に対する罪により起訴され、また、国家としての日本の賠償責任等が追及された。民衆法廷のための憲章(甲32)上、弁護人の選任手続は定められておらず、現に弁護人は選任されなかったが、アミカス・キュリエ(法廷助言者)が被告人の立場のものとして意見を述べた。そして、法廷における審理として、首席検事による冒頭陳述、アミカス・キュリエによる意見陳述の後、被害各国ごとに、起訴状の朗読、被害者の証言や証拠の提示が行われ、また、旧日本軍の構造や昭和天皇の責任、従軍慰安婦制度などについての専門家の証言、加害者としての元兵士の証言なども行われ、最後に、アミカス・キュリエによる意見陳述、首席検事による論告が行われた。
 同月11日には、「現代の紛争下の女性に対する犯罪」をテーマとした国際公聴会が開催され、現在の世界の各地域の紛争で被害を受けている女性の証言や専門家による解説などがされた。
 同月12日、女性法廷が、東京都内の日本青年館において再び開廷され、昭和天皇を有罪とし、日本国の責任を認めるなどの判決の概要(昭和天皇以外の元軍人については、時間的制約のため判断に至らず、判断は最終判決によることとされた。)が言い渡された。
 女性法廷は、その後1年の休廷を経て、平成13年12月4日、オランダのハーグで再び開廷され、最終判決が言い渡された。
 (以上(1)につき、甲7、22、30、32、33、49、70、82、107、一審原告代表者C2、A本人)
(2) 本件番組の企画及び取材
ア 一審被告NEP及び一審被告DJによる企画
(ア) 一審被告NEPチーフプロデューサーのC12は、平成12年8月4日に聴いたC4の「歴史と裁き」という講演に感銘し、その中で紹介された女性法廷と国際公聴会を素材として「人道に対する罪」というテーマで番組を制作することを企画し、一審被告DJディレクターのC5とともに、同月18日、C4と会って、女性法廷を素材とした番組の企画について打ち合わせを行い、C5に対し、一審被告NHKに番組の制作を提案する番組提案票の作成を依頼した。
(イ) C12及び一審被告DJチーフプロデューサーのC11は、同年9月11日、一審被告NHKを訪れ、同番組制作局教養部に所属し、教育放送の番組であるETV2000のチーフプロデューサーC9に対し、C5が作成した番組提案票(乙3、以下「初期提案票」という。)を提出して、女性法廷を取り上げる番組の制作について打診した。
 初期提案票においては、番組は2回連続であり、番組名は「ETV2000 二夜連続シリーズ「女性たちの国際法廷」〜戦時性暴力が裁かれるとき〜」とされ、女性法廷を扱う番組である第1夜目の標題は「ドキュメント「2000年女性国際戦犯法廷」」、国際公聴会を扱う番組である第2夜目の標題は「被害者の記憶にどう応答(レスポンス)するか?」とされていた。また、初期提案票には、第1夜目の番組の内容の説明として、女性法廷の概要とともに、「東京で開かれる「女性国際戦犯法廷」を5日間通してドキュメントする。」などと記載されていたが、スタジオ対談等についての記載はなかった。
(ウ) C9及び一審被告NHKのETV2000デスクのC10は、C12及びC5と、同年9月26日、女性法廷を取材した番組について、初期提案票を基に打ち合わせを行い、C9は、C12やC5に対し、女性法廷について、何を裁くのか、既に死亡している被告人を裁くことが可能なのかなどと尋ね、本件番組の構成について、番組すべてを女性法廷のドキュメントにするのではなく、スタジオ対談を取り入れた深みのある教養番組にするよう要請した。
(エ) C5は、上記結果を受けて、初期提案票を修正して本件提案票を作成してC11に提出し、C12及びC9にも交付された。
 本件提案票においては、第1夜目の標題が「何が裁かれたのか?」、第2夜目の標題が「戦時性暴力を問う」とされ、第1夜目の番組の内容の説明として、「東京で開かれる「女性国際戦犯法廷」をつぶさに追い、スタジオでの対談をはさみながら、半世紀後に戦時性暴力を問うことの意味を考える」などと修正した記載がされた。また、スタジオ対談の対談候補者として、C4とC33大学のC34が予定されていた。
イ 一審被告NHKにおける検討
(ア) 一審被告NHKは、同年10月、同ヨーロッパ総局から、ナチス・ドイツに協力したフランスのビシー政権の問題や、アルジェリア独立運動への弾圧など、「人道に対する罪」を問う世界の動きをテーマとしたETV2000の番組を制作したいとの提案がされており、C9は、この提案に係る番組と、一審被告NEP及び一審被告DJの提案に係る番組とは「人道に対する罪」という点で共通すると考え、これらを合わせて4回のシリーズ番組に構成することにし、第2回目を女性法廷を扱う本件番組とし、第3回目を国際公聴会を扱う番組(以下、本件番組と第3回目の番組を合わせて「本件番組等」という。)とすることにした。
 そして、C9は、同月5日、C12及びC11に対し、人道に対する罪を考えるシリーズ番組の一環として、一審被告NEP及び一審被告DJが提案した本件番組等の企画を進める予定であると伝えた。
(イ) 同年11月16日、一審被告NHKの教養番組部において、同部長のC13が出席し、制作番組を採択するための定時提案部会が開かれた。C9は、本件提案票を基にして作成した一審被告NHK提案書(乙4)を提出して概略を説明し、5分程度の審議によりC13の了承を得た。
 NHK提案書(乙4)においては、番組のシリーズ名は「戦争をどう裁くか」とされ、第2回目の標題は「問われる戦時性暴力」とされ、番組の内容の説明として、女性法廷の概要を記載した上、「この国際法廷を東京裁判以来の歴史の中に位置づけ、戦時性暴力を裁くことの難しさを明らかにするとともに、日本とアジア諸国の被害者が、どのようなプロセスで和解を目指すべきなのかを考える」と記載されていた。
 同日、一審被告NHK内において、一審被告NHKからC9、C10らが、一審被告NEPからC12が、一審被告DJからC11、C5、C6、C35が出席し、C4を交えて打ち合わせが行われ、出席者全員にNHK提案書が配布され、本件番組等の編集方針などについて話し合いが行われた。
(ウ) 同月21日、一審被告NHKの番組制作局において、局長のC16が主催し、C13ら各部の部長11名が参加する提案部長会が開かれ、教養番組部から、NHK提案書に基づいて本件シリーズの制作が提案され、承認された。
ウ 一審被告DJの取材活動と一審原告らの対応・協力
(ア) 一審被告NEP及び一審被告DJは、平成12年10月5日、C9から前記イ(ア)の連絡を受け、一審被告NHKが一審被告NEPに対し、本件番組等の制作業務を委託し、さらに一審被告NEPが一審被告DJに対しこれを再委託することを前提として、本件番組等の制作を進めることとし、一審被告DJは、一審原告バウネットに対する取材を開始することとした。一審被告DJにおいては、C6が女性法廷を扱う第2回目(本件番組)を担当し、C5が国際公聴会を扱う第3回目を担当することになった。
(イ) 一審原告バウネットは、前記国際実行委員会の開催国の団体として、国内外の多数のメディアからの取材の申込みに対応していたが、C5は、平成12年10月初めころ、一審原告バウネット事務局でメディア対応を担当していたC8に対し、一審被告NHKが放送するETV2000の番組において女性法廷を取り上げたい旨の取材を申し込んだ。
 同月20日、一審原告バウネットは、運営委員会において上記申込みを審議したところ、同運営委員らは、日頃から一審被告NHKが放送するETV2000の番組を高く評価しており、また、本件番組等のうち第3回目を担当するC5が優れたドキュメンタリー番組の制作者であると評価していたため、ETV2000において女性法廷を取り上げるのであれば、被害者の立場に立ったよい番組ができるだろうと考え、一審被告DJの申込みを承諾する旨決定した。
(ウ) 同月24日、一審被告DJからC5、C6及びC35が、一審原告バウネットからはC2、C7及びC8が出席して、一審被告DJと一審原告バウネットとの間で、本件番組等についての打ち合わせが行われ(以下「10月24日の打ち合わせ」という。)、C5は、取材対象である一審原告バウネットの理解と信頼を得るために本件提案票の写し(甲1)をC2に渡し、本件番組等の企画について、本件提案票で記載された2夜連続シリーズが、全4回のシリーズに変更されたこと、本件番組等は、ドキュメンタリーと対談で構成され、女性法廷が何を裁くのかということや女性法廷の様子をありのままに視聴者に伝える番組になると説明した。なお、番組提案票は、番組制作担当者において一審被告NHKなどの番組の制作を決定する機関や部署に対し、いかなる番組を制作するかを提案するために作成される文書であって、取材対象者に提示したり、交付したりすることが予定された文書ではないが、C5はその点の説明をしなかったし、その交付につき予めC11から承諾を得ていなかった。また、C2から、C5に対し、天皇が訴追された場合に、天皇についての判決が放送されるかとの質問があり、C5は、どのような表現方法になるかは分からないが、判決に含まれるのであれば、判決の内容として放映すべきだと答えた。
 この打ち合わせは、1時間ないし1時間半にわたって行われたが、そのほとんどが、C5及びC6から一審原告バウネット側に対する女性法廷の取材者や参加国、内容、取材方法などについての質問と一審原告バウネット側からの説明に充てられ、C5による本件番組等の内容についての説明時間は数分程度であった。
 さらに、C5及びC6は、C2らに対し、女性法廷の取材について、女性法廷をすべて撮影するのみならず、その準備活動や一審原告バウネットの運営委員会、記者会見など、女性法廷開催に向けた一連の活動について取材し、撮影したいと申し入れたが、C2らは、運営委員会については運営委員会に諮る必要があると回答し、女性法廷に関わる部分については即答を避けた。
(エ) C1は、C2から本件提案票の写し(甲1)を見せられて上記打ち合わせ結果の報告を受け、一審原告バウネットの運営委員会は、同年11月6日の同運営委員会にはC6及びC35の傍聴を許可し、同月21日には傍聴だけでなく撮影も許可した。なお、C2は、同月6日の同運営委員会において、公にしないようにと注意した上で、本件提案票の写し(甲1)を回覧に供した。一審原告バウネットとしては、女性法廷の開催までの過程を広く市民に知ってもらうことを望み、一審被告DJの取材を許可すれば、これも本件番組等の中で触れられることになるものと考えていた。
(オ) C1は、同月21日、C6のインタビューに応じ、1時間ないし1時間半にわたり、一審原告バウネットの代表として、女性法廷を開催するに至った経緯や女性法廷の目的について語った。
(カ) 一審原告バウネットのC7らは、同日、九段会館において、女性法廷会場の下見をしたが、その際、C6及びC35の同行を許可し、C6らは、撮影に使用するテレビカメラ等の電源の位置を確認し、同年12月5日及び6日、女性法廷のリハーサルがメディア等に対して時間・場所等を知らせず非公開で行われたが、一審原告バウネットは、一審被告DJに対してのみ、C6が取材・撮影することを許可した。
(キ) 一審原告バウネットは、女性法廷の公式記録ビデオを作成するため、C36と称する団体に記録ビデオの制作を委託していた。その他、女性法廷に対して、多数のメディアが取材を申し込んでいたが、これに対し、国際実行委員会においてテレビカメラによる取材を認めることを主張する韓国やフィリピンのNGOと、法廷の雰囲気を厳粛に保つため取材を認めるべきでないと主張する一審原告バウネットとの間で意見が対立し、結局、一審原告バウネットが、会場の2階をメディア席とし、1階における撮影は一審被告DJとC36にのみ許可し、本件番組等を収録したビデオ及びC36が制作するビデオを、女性法廷の記録番組として各国に配布するとの提案をし、同委員会の了解を得て、一審被告DJに対してその旨の許可をした。
 そして、一審被告DJのスタッフは、女性法廷の開催中、会場の2階メディア席のほか、1階においても女性法廷の様子を取材・撮影した。
 (以上(2)につき、甲1、4、5、22、31、53、67、71、72、85、98、107、120、193、乙1の1ないし3、乙3、4、8、9、16、17、19、38、丙3、丁2、3、5、6、8、証人C5、証人C7、証人C6、証人C11、証人C12、証人C9(当審)、証人C13、証人C10、一審原告代表者C2)
(3) 本件番組の制作・編集及び放送
ア 平成13年1月17日まで
(ア) 平成12年11月22日、C9は、一審被告NEP及び一審被告DJに対し、対談予定者のC34について、女性法廷の運営委員で女性法廷との距離が近すぎる理由から、人選をやり直すよう要請した。そこで、一審被告DJは、C34に代えて、C37大学準教授のC38を対談者に決定した。
(イ) 一審被告DJのC6は、女性法廷の取材・撮影を終了すると、同年12月15日ころから、取材で得た素材・資料の編集にとりかかり、同月20日には、一審被告NHKからC9、C10ら、一審被告DJからC11、C5、C6らが参加し、C4との間で、本件番組等についての打ち合わせが行われた。本件番組については、編集方針について議論がされたところ、C9は、女性法廷そのものの素材は十分であるが、女性法廷を人道に対する罪についての歴史的観点から考察する教養番組としての視点が不足していると指摘した。
(ウ) C6は、上記打ち合わせに基づき、本件番組の構成案(甲15)及
びスタジオ台本(甲16)を作成した。本来、ETV2000は44分
の番組であるが、上記構成案では、女性法廷のVTR部分及びスタジオ
対談部分が番組の時間よりも長めになっており、以後の編集による絞り
込みが予定されていた。同月27日、一審被告NHKからC9、C10、一審被告NEPからC12、一審被告DJからC11、C5、C6らが立ち会って、上記スタジオ台本に基づき、司会者のC14アナウンサー、対談者のC4及びC38が出演するスタジオ対談の撮影が行われ、C6は、翌年1月初旬にかけてこのスタジオ対談映像部分と女性法廷のVTR映像部分とを編集して本件番組の第一次版とした。それには、@女性法廷を提唱した主催者が一審原告らであること、A女性法廷の性格は著名な法律家による国際民衆法廷であること、B女性法廷の趣旨は、第二次世界大戦中の旧日本軍によるいわゆる従軍慰安婦問題を裁くことにあること、CC1のインタビュー、D女性法廷の審理対象は昭和天皇と日本国家の責任であること、E女性法廷の審理経過において被害者や加害兵士の具体的な証言や専門家証言が行われたこと、Fアミカス・キュリエによる公正な裁判を求める等の発言場面、G女性法廷の審理結果として、昭和天皇の有罪判決と日本国の責任を認める判決が下されたことなどが盛り込まれていた。
(エ) 平成13年1月13日、C9、C10、C12、C11、C5、C6らが立ち会って、第一次版の試写が行われたところ、C9及びC10は、一審被告DJに対し、女性法廷の主催団体のスケールの大きさが分かる情報を盛り込む、本件番組のねらいが女性法廷の歴史的意義を考えることにあることをナレーションで明確にする、昭和天皇を有罪とした判決言渡しのシーンについて、会場の拍手を薄めるよう指示し、また、C12は、加害者としての元兵士の証言について、加害兵士の家族のプライバシーを保護するため、証言の一部を削除するように指示した。
(オ) そこで、一審被告DJは、上記各指摘を踏まえてさらに本件番組の編集を行い、同月17日、C9、C10、C11、C6ら立会いの下で、再度試写が行われ、一審被告らの上記出席者は、方向付けはこれで良いとの共通の認識を持った。
イ 同月19日から同月24日まで
(ア) 同月19日、上記第一次版の再編集版(50分ないし55分程度の版)について、部長試写が行われた。C13は、本件シリーズを審議したころから、本件番組について、単に女性法廷を記録する番組ではなく、女性法廷を東京裁判以来の世界的な潮流の中に位置づけ、歴史的意義を考察する教養番組にしたいと考えていたところ、試写された上記第一次版の再編集版が、女性法廷を紹介するだけの内容で、その歴史的意義を客観的・批判的に考察する教養番組としての視点が欠けていると感じた。
 そこで、C13は、本件番組の編集方針を変更する必要があると考え、部長試写に参加したC9、C10、C12、C11、C6らに対し、「法廷との距離が近すぎる。」「企画意図と違う。」「修正不能」などと発言した。
(イ) このため、C9、C10、C12、C11、C6らは、女性法廷だけで本件番組を構成するという方針を変更し、冒頭に資料映像を用いて戦後補償裁判などの歴史的経緯の説明を行うこと、海外の報道機関の反響の紹介を追加すること、死者を裁くことや弁護人がいないこと等の問題点をスタジオのアナウンサーのコメントで補うことなどを確認した。さらに、C1のインタビューを削除し、天皇有罪の審理結果発表のシーンについてナレーションに変更するなどの編集を行った。
(ウ) 同月24日、2度目の部長試写が行われ、C13は、想定していた歴史的潮流の中で女性法廷の意義を考察するという趣旨から外れていると考え、さらに番組の内容を変えることを求めた。
 これに対し、一審被告DJのC11は、本件番組について、これまでの編集方針を大幅に変更するものであると受け止め、一審被告DJが放送当日までに、上記求めに応じて制作することは困難であると考えて、編集作業から離脱することになった。
ウ 同月25日から同月28日まで
(ア) 一審被告DJは、同月25日及び26日、本件番組のビデオテープ(45分から46分程度のもの)及び編集前の素材のビデオテープを一審被告NHKに納入した。
 C9及びC10は、同月25日と26日に、C13からの変更指示に従って本件番組の台本を修正し、C38の発言と元兵士の発言を大幅に短縮し、C14アナウンサーとC4のスタジオ撮影部分を撮り直すこととなった。
(イ) 同月26日、一審被告NHKにおいて、放送総局長のC15、番組制作局長のC16、国会担当の総合企画室担当局長のC17、C13、C9らが立ち会って、本件番組の試写が行われた。C15及びC17が番組の試写に立ち会うことは例外的なことであったが、C9らに対して、予算説明の際に国会議員から話題とされることに備えて見ておきたいとの説明がされた。試写の直後には、「法廷との距離をちゃんと保ってほしい。」及び「C38の話が難解である。」という指摘以外の具体的指摘はなく、この点を改善することで参加者の合意が得られた。しかしながら、その後、C16は、C13に、女性法廷に批判的な意見も入れることを指示し、C9らは、C19へ出演依頼した。
(ウ) 同月28日、修正された台本に基づきC19のインタビューを撮影した分が加わり、C4のコメントの追加がされ、これに呼応してC38のコメントが削除され、アミカス・キュリエの意見陳述が削除され、C14アナウンサーの女性法廷の紹介発言中にその正当性に疑問を呈する指摘も追加されるなどした粗編集ができあがった。そして、上記粗編集についてC13による試写が行われ、再修正が加えられた上で、同日午後11時ころ、C13による試写を経てオフライン編集(仮編集)の44分版が制作された。
エ 同月29日から同月30日の本件番組の放送まで
(ア) 同月29日夕方、一審被告NHKの番組制作局長室において、C15、C16、C17、C13、C9、C10が立ち会って、本件番組の試写が行われた。当日、C16は、試写の始まる前に、C13やC9らに対し、今は時期が悪いとの趣旨の発言をした。また、試写直後に、C17が「これではぜんぜんだめだ。」と発言した後、C9及びC10は、それ以外の一審被告NHKの幹部で話し合うとの理由で退室を求められて部屋の外で待機した。C17は4人による話し合いの結果を台本に記載していたところ、話し合い終了後にC9を同室に呼んで、@女性法廷において旧日本軍による強姦や従軍慰安婦制度が人道に対する罪を構成することを認定して日本国と昭和天皇に責任があるとした部分を全部カットすること、Aスタジオ発言で女性法廷をC29法廷に匹敵するかのように積極的に評価している部分を削除すること、B海外メディアの反応から日本政府の責任に言及した部分を削除すること、C日本政府の責任に言及した部分を削除すること等の変更内容を細部にわたり具体的に語句の変更点を摘示し、そのとおり修正するように指示した。C9が削除箇所が多すぎる旨の意見を述べると、C17はその場でC9から得た情報に基づき、女性法廷に反対する立場のC19のインタビューをさらに増すことを指示した。C9が難色を示したところ、C17は「毒を食らわば皿までだ。」と述べて、上記指示を維持した。また、C17は、C9に対し、旧日本軍が関与したとする資料に関するコメントの修正を指示し、C9は、その後、直接、C17に対して修正したコメントを報告した。
(イ) これに基づき修正がされ、翌30日午前2時ころ、一審被告NHKの番組制作局長室において、C15、C16、C13、C9が立ち会って、約43分となった本件番組の試写が行われ、その結果、早朝にかけて放送用のテープのオンライン編集(本編集)及び再度の修正を踏まえた台本の完成作業が行われた。
(ウ) 同日午前9時頃、スタジオでダビング編集(本編集の音入れ)が行われ、声優による吹き替えやアナウンサーによるナレーションが収録され、午後3時過ぎころからは、ミックスダウン作業(本編集における音声の仕上げ)が行われ、午後6時30分ころ、43分版の本編集した番組が完成した。
 同日午後、C16は、一審被告NHK会長室において、C40会長と本件番組について話し合った後、放送総局長室を訪れ、C15とともに再度修正された台本を読み合わせて検討した上、同室に呼んだC13に対し、C16において「C24党は甘くなかったわよ。」と発言した後、元兵士と元慰安婦女性2人の証言シーン等3分の削除を指示した。C13から電話を受けたC9は、放送総局長室を訪れ、放送の番組尺が40分となり、一審被告NHKが深手を負いかねない等と述べて、3分の削除を思い止まるように要請したが、C15は「責任は私がとる。自分が納得する形で放送をさせてほしい。」と述べて、指示を変えなかった。
 C15の上記指示に基づき、午後7時過ぎから、制作現場は、VTR等の手直し作業を行って40分版の本件番組を完成させ、午後10時、一審被告NHKが放送した。
 (以上(3)につき、甲6、7、10、15ないし17、73、75、76、85、123の1、2、甲131の1ないし3、甲141、173ないし175、177、乙4、8、9、16ないし20、24、38、丙3、丁2、3、5ないし8、証人C6、証人C11、証人C12、証人C9(当審)、証人C13、証人C10、証人C15、証人C17)
(4) その間における一審被告NHKと外部団体等とのかかわり等
ア 外部団体の動き等
(ア) 平成12年12月18日、右翼団体が一審被告NHKを取り囲み、女性法廷を報じた日のニュースに関して抗議行動を行った。
(イ) 平成13年1月20日、C39から、本件シリーズに対する抗議文がファックスで一審被告NHKへ送付された。
(ウ) 同月25日、C20(代表・C41)が、「NHKはETV2001の放送を中止せよ」とのメッセージをネット上の掲示板に掲載した。
(エ) 同月26日、C42のC43副会長以下の役員は、C44総務大臣を訪ね、本件番組に関し、一審被告NHKが公共放送としてふさわしい公正な報道を行うように申し入れた。
(オ) 同月27日及び28日、数十人の右翼団体が一審被告NHKの放送センターに押し掛け、本件番組の放送中止を求める抗議行動を行った。また、本件番組放送前、C45は一審被告NHKに対して抗議し、本件番組の放送中止を要求した。
イ 国会議員等との接触等
(ア) 平成13年1月25日、一審被告NHKの平成13年度予算案が総務大臣に提出された。一審被告NHKは、この少し前から、総合企画室の担当者らにおいて、与党(C24党、C46党、C47党)所属の衆参両議院議員のうち250名程度の執行部等の有力議員等に対する個別の予算説明を開始した。
(イ) 同月25日から26日ころ、上記担当者らは、C21、C22、C23らC24党総務部会所属の複数の国会議員を訪れた際、本件番組に関し、同議員らからC48所属の議員らが一審被告NHKにおいて女性法廷を特集した番組を作るという話をしているのを聞いたけれどもどうなっているのかという質問を受け、その説明をするようにとの示唆を与えられたが、そのころ本件番組につき4夜連続で女性法廷をドキュメントで放送する番組である旨の噂が流れていたことも判明した。
(ウ) 同月26日ころ、一審被告NHKの政治部出身のC49総合企画室担当部長が一審被告NHKとC26官房副長官との面談の約束を取り付け、同月29日午後、首相官邸内にある官房副長官室において、C15とC17及びC49が、C26官房副長官と面会した。その際、C17が一審被告NHKの新年度予算について一般的な説明をした後、C15が本件番組について女性法廷が素材の一つであり、4夜連続のドキュメンタリー番組ではないとの説明をした。C26官房副長官は、C15らに対し、いわゆる従軍慰安婦問題について持論を展開した後、一審被告NHKがとりわけ求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘した。なお、C26官房副長官は自身のホームページ(甲119)で、「この模擬裁判は、傍聴希望者は「法廷の趣旨に賛同する」という誓約書に署名しなければならないなど主催者側の意図通り報道をしようとしているとの心ある関係者からの情報が寄せられたため、事実関係を聴いた。その結果、裁判官役と検事役はいても弁護士証人はいないなど、明確に偏って内容であることが分かり私は、一審被告NHKがとりわけ求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘した。これは拉致問題に対する鎮静化を図り北朝鮮が被害者としての立場をアピールする工作宣伝活動の一翼も担っていると睨んでいた。」と記載している。
 (以上(4)につき、甲11、14、119、137ないし139、171の1ないし3、甲178、乙18、22、証人C15、証人C17)
(5) 放送された本件番組の内容
ア 本件番組の映像構成の概要
 ETV2001は、通常44分間の番組であるが、本件番組は約40分間である。本件番組は、冒頭に約3分半ほど、人道に対する罪に関連する資料映像があるほか、約15分間のC14アナウンサーの司会によるC4とC38のスタジオ対談の映像及び約20分間のVTR映像によって構成されていた。VTR映像には、女性法廷の映像のほか、女性法廷で裁判官を務めた専門家2人の記者会見、首席検事を務めた専門家のインタビュー、女性法廷に関するC19のインタビュー(2箇所)、C34のインタビュー(1箇所)があり、その他に、人道に対する罪やいわゆる従軍慰安婦問題についての資料映像などがあった。
 そして、女性法廷の映像には、法廷全体の様子、被害者の証言、専門家の証言や女性法廷の首席裁判官のコメントなどが含まれていたが、アミカス・キュリエの意見陳述、元兵士の証言、判決の言渡しなどの映像はなく、ナレーションによる説明もされなかった(甲2、7、177)。
イ 本件番組の具体的構成
 本件番組においては、次の順序で映像等が放送された(甲2、7)。
(ア) オープニング・資料映像(約3分56秒)
 最初にタイトルバックが流れた後、冒頭に、約3分29秒間、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害の映像や、アルジェリア紛争の映像など人道に対する罪に関連する資料映像とナレーションが流れる。
(イ) スタジオ映像(約3分14秒)
 対談者C4及びC38の紹介を含む導入的なスタジオ対談の映像である。
(ウ) 女性法廷のVTR映像及び学者のコメント(約10分20秒)
 女性法廷の映像として、会場の全景、首席裁判官の発言、検察官ら、被害女性ら及び傍聴人らの映像が流れ、韓国及びオランダの被害者各1人の証言、旧日本軍の従軍慰安婦制度についての専門家の証言の映像が続く。その後に、一事不再理の原則、被害者の申立て以外に事実について調べる方法がなく、時効の問題があること、弁護人がないことなど女性法廷の問題点を述べるC19のインタビュー映像、いわゆる東京裁判との関係において女性法廷の意義を述べるC34のインタビュー映像、再び、女性法廷の首席裁判官と首席検事がいずれもアメリカ人であるのが不可解である、慰安婦には親に売られて慰安所に連れて行かれた者も多く、それは商行為であるなどと述べるC19のインタビュー映像が順に流れる。
(エ) スタジオ映像(約2分22秒)
 スタジオの映像に切り替わり、C29法廷について言及するC4の発言、女性法廷をフェミニズム思想の流れの中に位置付けるのが重要であるなどのC38の発言などが流れる。
(オ) 資料映像等(約7分40秒)
 その後、資料映像となり、極東国際軍事裁判(東京裁判)、ベトナム戦争、国連、韓国の民衆運動、元慰安婦の韓国人女性による東京地方裁判所に対する提訴、フィリピンの元慰安婦のデモ、旧ユーゴスラビアの市街戦などの資料映像をバックに、主としてナレーションにより人道に対する罪に関する考え方の推移等の説明が続く。
(カ) スタジオ映像(約3分15秒)
 戦時性暴力についてのC4の発言、C14アナウンサーによるパターンを用いてのいわゆる従軍慰安婦問題に対する日本政府の対応の経緯の説明などが流れる。
(キ) VTR映像(約2分27秒)
 女性法廷の裁判官を務めた2人の記者会見での発言、海外メディアによる女性法廷の取り上げ方に続き、女性法廷の首席検事のインタビュー映像が流れる。
(ク) スタジオ映像(約6分22秒)
 スタジオ映像に戻り、女性法廷を海外メディアが大きく取り上げたこととの関連で、人道に対する罪に対する関心が世界的に高まってきていることについてのC4の発言、和解の難しさについてのC38の発言、日本が戦時性暴力についての責任を追及されることの意味等についてのC4の発言などが流れる。
(ケ) エンディング(約34秒)
ウ 部長試写以後の改編部分
 平成13年1月19日の部長試写の段階においては、旧日本軍の加害兵士の証言、C1のインタビュー、アミカス・キュリエの意見陳述の各場面や女性法廷において昭和天皇を有罪とし、日本政府の国家責任を認める判決を伝える場面が存在し、修正された同月24日の部長試写の段階では、女性法廷についての海外の報道内容を加え、上記の各場面のうち、C1のインタビューを削除し、天皇有罪の審理結果発表のシーンについてナレーションとするなどの変更があったもののその余の場面は存在していた。
 しかし、最終的に上記各ナレーションの部分及び上記各場面の残りの場面についても、すべて削除された。
 また、上記同月24日の部長試写の段階までは、女性法廷の主催団体が一審原告バウネットであることが示されていたが、実際に放送された本件番組では、女性法廷の主催団体は「日本とアジアの女性のNGO」とされ、同日の部長試写の段階ではなかったC19のインタビューや、C14アナウンサーによる女性法廷の紹介中に、あくまで民間のもので法的拘束力がないこと、被告人が一切出廷していないこと、裁けない死者を裁こうとしていること、被害者の証言について全て確認することは不可能であることなどの様々な争点や問題点を抱えているなどの部分が付加されるなどの改編がされ、放送直前には、本件番組のうち、女性法廷が人道に対する罪を構成することを認定して日本国と昭和天皇に責任があるとした部分、スタジオ発言で女性法廷をC29法廷に匹敵するかのような評価をしている部分、海外メディアの反応から日本政府の責任に言及した部分がそれぞれ削除された。その結果、通常の44分に比し40分の番組となった。
 (甲2、7、16、141、173、174、177、証人C9(当審))
(6) 一審被告らの関係
ア 一審被告NHKと一審被告NEPとの間の制作業務委託
 一審被告NHKと一審被告NEPは、平成11年4月1日、一審被告NHKが、一審被告NEPに対して放送番組等の制作とこれに関連する業務を委託することなどを内容とする基本契約を締結し、同契約に基づき、平成12年4月1日、放送番組制作業務の委託についての具体的内容等を定める契約(個別契約)を締結した(乙1の1、2)。
 上記個別契約においては、一審被告NHKは、一審被告NEPに対し、委託業務の実施について、基本プラン及び納入期限を指示するほか、必要に応じて実施細目を指示すること(契約書2条3項)、一審被告NEPは、業務委託により制作した番組を、一審被告NHKが内容を改変、切除等改編することに同意すること(同7条3項)、一審被告NEPが委託業務の実施に際し、自己の責めに帰すべき事由により第三者に損害を与えたときは、その損害を賠償しなければならないこと(同12条)などが定められている。
 一審被告NHKは、一審被告NEPに対し、同年11月27日、上記基本契約及び個別契約に基づき、本件番組等の制作業務を委託した(乙1の3)。
イ 一審被告NEPと一審被告DJとの間の制作業務委託
 一審被告NEPと一審被告DJは、平成13年1月23日、本件番組等の制作を再委託する放送番組制作委託契約を締結した(丙1、丁1)。
 上記委託契約に係る契約書においては、一審被告DJは、一審被告NHKの公正中立の立場を尊重し、日本放送協会国内番組基準を遵守し、番組の制作進行状況その他番組の制作に関する事項について一審被告NEPと密接に連絡をとり、その指示に従って制作を実施すること(契約書3条1号)、番組各話の構成台本等または番組各話の内容等について、一審被告NHKの性格上一審被告NEPが、その変更、削除等を要望したときは、一審被告DJはこれに従い誠意をもって措置すること(同条4号)、一審被告NEP又は一審被告NHKは、必要により、番組の制作意図・内容を著しく損なわない範囲で、番組の改変、切除等の改編をすることができること(同9条)、委託業務の実施過程において、一審被告NEP又は一審被告NHKが番組の内容を変更する必要を認めた場合には、一審被告DJはこれに従い、その方法、態様及び委託経費等については一審被告NEPと一審被告DJで協議して定めること(同13条)、委託業務の履行に関して、第三者に及ぼした損害は、一審被告NEPの責めに帰すべき理由のある場合を除き、一審被告DJの責任と負担において処理解決すること(同17条)などが定められている(丙1、丁1)。
2  一審原告バウネット及びC1の本件番組についての期待と信頼
(1) 本件番組制作行為の特質としては、前認定のとおり、本件番組の企画については、当初、一審被告NEPのC12がC4の講演内容に強く感銘を受けて一審被告DJのC5とともに立案し、一審被告NHKのC9がその趣旨に賛意を示して、一審被告NHKのETVで放送されることを前提に、一審被告らが共同して練り上げたものであり、本件提案票の記載と一審被告NHK提案書の記載は趣旨が同じであるとの共通の認識のもとで、一審被告DJが取材を行い、その得られた素材を基にして、一審被告らが合同して編集行為を繰り返し行い、最終的に完成された本件番組を一審被告らの共同制作として一審被告NHKが放送したことを指摘することができる。そこで、本件において法的保護に値する期待と信頼の有無、侵害行為の有無を検討するに当たっては、本件番組の企画、取材、編集及び放送の一連の行為を念頭に置くべきである。
(2) 一般に、放送事業者が放送番組を制作して放送する場合、番組制作を担当する部局での担当者による取材活動がされた後、又はこれと並行して、取材活動によって得られた素材等を実際に放送する内容に編集する作業が行われる。この編集作業には、直接取材活動に携わった者だけでなく、番組制作に関係する多くの者らの意見・視点が反映され、また、取材当時からの時間の経過とともに社会情勢等が変化するにつれ、編集にあたり考慮すべき要素も変化することから、放送番組の内容は、企画・取材活動が行われたときから実際に放送されるまでの間に、常に変化する可能性を持っているというべきである。そして、取材対象者も、取材に応じたときに、取材者から、その取材結果を編集して制作される番組の内容について何らかの説明を受けたとしても、放送される番組の内容等が取材時の説明とは異なるものとなる可能性があることを承知しているのが通常である。
 また、放送事業者に対しては、取材によって得られた素材を自由に編集して番組を制作する編集の自由は、取材の自由、報道の自由の帰結として憲法上も尊重されるべき権利であり保障されなければならず、これが放送法3条の趣旨にも沿うところであるから、取材過程を通じて取材対象者が何らかの期待を抱いたとしても、それによって、番組の編集、制作が不当に制限されることがあってはならないというべきである。
 しかしながら、他方、取材対象者が取材に応ずるか否かは、その自由な意思に委ねられており、取材結果がどのように編集され、あるいはどのように番組に使用されるかは、取材に応ずるか否かの意思決定の要因となり得るものであり、特にニュース番組とは異なり、本件のようなドキュメンタリー番組又は教養番組においては、取材対象となった事実がどの範囲でどのように取り上げられるか、取材対象者の意見や活動がどのように反映されるかは取材される者の重大関心事であることから、このような両面を考え合わせると、番組制作者の編集の自由と、取材対象者の自己決定権の関係については、取材の経過等を検討し、取材者と取材対象者の関係を全体的に考慮して、取材者の言動等により取材対象者がそのような期待を抱くのもやむを得ない特段の事情が認められるときは、番組制作者の編集の自由もそれに応じて一定の制約を受け、取材対象者の番組内容に対する期待と信頼が法的に保護されるべきものと評価すべきである。
 そうすると、このような期待と信頼を故意又は過失により侵害する行為は、法的利益の違法な侵害として不法行為となると解するのが相当である。
(3) そこで、上記のような観点から、本件において、一審原告ら(一審原告バウネット及びC1)に法的保護に値する期待と信頼が生じたかどうかについて検討する。
 前認定のとおり、一審被告DJディレクターのC5は、10月24日の打ち合わせで、一審原告バウネットのC2らと初めて対面した際に、一審原告バウネットの信頼と協力を得るために、本件提案票の写し(甲1)を交付した上、本件番組が、女性法廷のドキュメンタリーとスタジオ対談で構成され、女性法廷が何を裁くのかということと、女性法廷の模様をありのままに視聴者に伝える番組であるなどと説明し、さらに、C2の質問に対して、天皇の訴追及び判決があればその内容を放映すべきであると回答した。また、本件提案票の写し(甲1)には、2夜連続シリーズの番組の企画のねらいとして、「一夜目は、「女性国際戦犯法廷」の過程をつぶさに追い、半世紀前の戦時性暴力が世界の専門家によってどのように裁かれるのかを見届ける」と記載され、番組の内容として、「何が裁かれたのか?」との見出しの下に、「一夜目は、12/8〜12/12まで東京で開かれる「女性国際戦犯法廷」をつぶさに追い、スタジオでの対談をはさみながら、半世紀後に戦時性暴力を問うことの意味を考える。」と記載され、さらに「被害から半世紀以上たった今、世界中のブレーンを結集する国際法廷がどのように作られ、実際に進められていくのか、また、国際世論が戦時性暴力にどのような審判を下すのかを見届けるなかで、「何が問われてきたのか?」を見据えたい。」などと記載されている。
 これらを合わせれば、上記C5の説明は、本件番組は、女性法廷を中心的に紹介し、しかも、実際に行われる法廷の手続の冒頭から判決までの過程を、被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できる形で取り上げるいわゆるドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような内容の番組となるとの趣旨のものであったものというべきである。
 そして、C2及びC7は、第1夜目の番組がドキュメンタリー番組として制作されると思った旨供述し、あるいは、法廷における被害者の証言、加害者である元兵士の証言、その他様々な証拠の提示により、被害の実態が少しでも明らかにされ、判決が出される模様が明らかにされるというイメージを持ったとの趣旨の供述をしており(一審原告代表者C2、証人C7)、この供述を、上記のC5の説明の趣旨に照らしてみれば、C2及びC7は、まさに、前記のC5の説明の趣旨どおりの認識、すなわち、第1夜目の番組(本件番組)は、女性法廷を中心的に紹介し、しかも、実際に行われる法廷の手続の冒頭から判決までの過程を、被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できる形で取り上げるいわゆるドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような内容の番組となるとの認識に達し、その旨の期待と信頼を抱いたと認めることができる。
 さらに、前認定のとおり、当時の代表者のC1も、C2から10月24日の打ち合わせについて報告を受け、本件提案票の写し(甲1)を見せられ、平成12年11月6日の一審原告バウネットの運営委員会において、本件提案票の写し(甲1)が回覧されるとともに、C6は、一審被告DJの本件番組担当のディレクターとして、積極的な姿勢で取材に臨み、実際にも、本来非公開の運営委員会の傍聴や撮影を行い、C1に1時間から1時間半にわたるインタビューを行い、女性法廷の会場である九段会館の下見へC35と共に同行し、非公開の女性法廷のリハーサルを取材・撮影し、女性法廷の開催当日も、特別の便宜を受け、他のメディアには許されなかった1階での取材・撮影を行うなど、女性法廷の準備から開催、終了までを網羅的に取材・撮影し、一審原告らは、これらの取材活動に全面的に協力したことなどに照らせば、本件番組の内容についての一審原告らの上記期待と信頼は、女性法廷の準備が進展し、開催に至る中で、一審被告DJによる取材活動を通じて、より具体的で明確なものとなるとともに、期待の度合いも高められていったと認められる。また、一審原告らのこれらの期待と信頼は、一審被告DJに対してのみならず、ETV2000で放映することを前提とするものであるから、一審被告NHK等、この放送に関わる関係者すべてに対しても抱くこととなったことは明らかである。
 以上によれば、本件番組内容についての一審原告らの上記期待と信頼は、10月24日の打ち合わせの段階で既に具体的なものであり、一審被告DJによる取材活動を通じて、より一層具体的で明確なものになったということができ、かつ、以上のような一審被告DJのC5やC6のC2らに対する説明、女性法廷の準備から開催、終了までを網羅する周到な取材活動とこれに対する一審原告らの協力等に鑑みれば、一審原告らが上記のような期待と信頼を抱くのもやむを得ない特段の事情が認められるというべきである。
 確かに、放送番組の制作過程においては、番組の内容は流動的であって、常に変化する可能性があることは、取材対象者も承知しているのが通常であり、番組提案票は、番組制作者において、一審被告NHKなどの番組の制作を決定する機関や部署に対し、番組を提案するために作成される文書であって、取材対象者に提示したり交付したりすることが予定されないものであり、あくまでも番組の企画段階のものであって、その記載内容がそのまま番組の内容となるものではなく、また、一審原告らは、国際的に活動し、メディアに対する対応も数多く経験しているものである。しかしながら、本来は取材対象者に示すことが予定されていない本件提案票の写し(甲1)を取材対象者である一審原告バウネットに交付することは、それ自体で、取材対象者をして、大筋においてはこれに記載されたとおりの番組となる見通しの下に番組が企画されているとの認識を持たせるものであるということができ、C5及びC6による説明や取材活動が、女性法廷の準備から開催、終了に至るまでを網羅する周到なものであったことなどに照らせば、上記の番組提案票の性質や一審原告らの経験をもってしても、前記判断を左右するに足りないというべきである。
 また、一審原告バウネットが、10月24日の打ち合わせに先立つ同月20日の運営委員会において、一審被告DJの取材の申込みを一応承諾する決定をしており、10月24日の打ち合わせにおいても、本件番組の内容自体に費やされた時間は数分とわずかであったことなどからすると、一審原告バウネットは、本件番組が一審被告NHKのETV2000であるというだけで、既に、本件番組が女性法廷を十分に取り上げる番組になるのではないかと期待していたことは否定できないが、この段階での期待は漠然としたものにすぎず、一審原告バウネットのC2及びC7は、10月24日の打ち合わせにおいて、本件提案票の写し(甲1)を交付され、C5から説明を受けたことによって、初めて、本件番組の内容について、前記のような具体的な見通しや認識を持ち、期待と信頼を抱くに至ったのであって、C2らが一方的な先入観から期待を抱いたのではないと認められるから、上記の事情は、前記判断を左右するものではなく、他にこれを左右するに足りる事情は認められない。
(4) 以上によれば、一審原告らには、本件番組の内容について法的保護に値する期待と信頼が生じたと認めることができる。
3 一審原告らの期待と信頼に対する侵害行為
(1) 実際に放送された本件番組の内容は、前記第4の1(5)ア及びイのとおりであり、女性法廷自体の映像は、被害者2人の証言、旧日本軍の従軍慰安婦制度についての専門家の証言等を含んではいるが、時間的分量としては、約10分20秒間の一部であり、この約10分20秒間の映像中に、女性法廷自体の映像のほか、女性法廷の意義について肯定的な評価を述べるC34のインタビュー映像と、C34の映像の前後に女性法廷の問題点を指摘するC19のインタビュー映像がそれぞれあり、他に、女性法廷の裁判官を務めた専門家2人の記者会見の映像等が約2分27秒ある程度であって、その他は、C4とC38のスタジオ対談や資料映像とナレーションにより構成されている。このような全体的構成やスタジオ対談の内容等に鑑みれば、実際に放送された本件番組は、スタジオ対談や資料映像を用いて、女性に対する戦時性暴力が、人道に対する罪として問われるようになった歴史的潮流を追い、その中での女性法廷の位置付けを考えることに主眼があったものであり、女性法廷が番組の中で中心的に取り上げられ、上記の程度の映像が織り込まれてはいるものの、起訴事実、加害兵士の証言、判決の説明等が削除されたため、女性法廷の主催者、趣旨、審理対象、審理経過等を認識できず、むしろ、女性法廷自体の様々な争点や問題点を抱えているなどのコメント部分が付加されるなどの改編がされ、上記主題のもとで、その位置付けや意義を考察するという観点から、素材として扱われているにすぎないと認められる。
 そうすると、本件番組は、実際に行われた女性法廷の手続の冒頭から判決までの過程を、被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できる形で取り上げるいわゆるドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような内容の番組とは、相当程度乖離したものとなっていると認められ、一審原告らの期待と信頼に反するものとなったといわざるを得ない。
 したがって、実際に放送された本件番組の内容は、一審原告らの期待と信頼を侵害するものであったというべきである。
(2) これに対し、一審被告らは、実際に放送された本件番組の趣旨は、本件提案票の記載に沿ったものであると主張するので、本件番組の放送に至るまでの編集行為について検討する。
ア 平成13年1月24日の部長試写の段階の番組内容は、前認定のとおり、VTR部分では、中国人被害者の証言、旧日本軍の加害兵士の証言、アミカス・キュリエの意見陳述の各場面や女性法廷において人道に対する罪を構成することを認定して日本政府の国家責任を認める判決を伝える場面が存在するとともに、C1のインタビューや、天皇有罪の審理結果発表のシーンはナレーションがあり、女性法廷の主催団体が一審原告バウネットであることが示されていたこと、スタジオ発言では女性法廷をC29法廷に匹敵する評価をしている部分、海外メディアの反応から日本政府の責任に言及した部分がそれぞれ存在しているなど、少なくとも、その時点では、本件番組は、女性法廷を中心的に取り上げ、人道に対する罪として問われるようになった歴史的潮流を追い、その中での女性法廷の位置付けを考えるという考察が加えられているのであって、女性法廷を被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できる形のドキュメンタリー番組に準ずるような内容の番組であると認められ、一審原告らの期待と信頼を維持するものとなっていたといえる。
 そして、前記第4の1(3)イの認定事実、証拠(甲15、16、174、証人C13)及び弁論の全趣旨によれば、その時点までは、一審被告NHKのC9、C10、一審被告NEPのC12、一審被告DJのC11、C6らの間では、多少の意見の相違はあっても、番組の編集方針はおおよそは一致しており、その編集方針とは、本件番組を女性法廷の映像を軸として構成し、女性法廷の全貌が概観できるようなドキュメンタリー的な内容を含むものであったことが推認される。
イ ところが、上記の部長試写後に、一審被告DJが、編集方針の違いを理由に番組制作から離脱しているのであり、本件番組の編集方針には、番組制作を請け負い、取材活動を行った一審被告DJにおいて、制作過程で編集を続けることが困難となるほどの大きな転換があったものというべきである。実際に放送された本件番組がこのような編集方針の転換を経て完成したものであったことは、本件番組が、前記の10月24日の打ち合わせにおけるC5の説明の趣旨と食い違う内容のものであったことを裏付けるものであるということができる。
 もっとも、C13は、本件シリーズとして本件番組を決定した時点から女性法廷を記録する番組ではなく、東京裁判以来の世界的な潮流の中に位置づけ、歴史的意義を考察する教養番組にしたいとの考えを有していたところ、部長試写の段階で、本件番組が女性法廷を紹介するだけの内容で、その歴史的意義を客観的・批判的に考察する教養番組としての視点が欠けていると感じて、その視点を盛り込むとの方針に沿って本件番組の編集を行うとしたことが認められ、その編集行為は、本件番組の番組制作の責任者として、よりよい番組を作ろうとした純粋な姿勢に基づくものと評価され、この段階における編集の自由は尊重されるべきである。また、その段階では、少なくとも、一審原告らの期待と信頼は維持されていたと認められる。
ウ しかし、一審被告NHKのその後の編集行為を見るに、前記認定したところからすると、平成13年1月26日に普段番組制作に立ち会うことが予定されていない放送総局長のC15、国会担当である総合企画室担当局長のC17が立ち会って本件番組の試写が行われ、それらの者の意見が反映された形で1回目の修正がされたこと、さらに、修正されたオフライン編集(仮編集)の44分版について、再び、同月29日にC15及びC17が立ち会って試写が行われ、現場の者をはずしてC15、C17、C16及びC13のみによる協議がなされ、その結果に基づく指示がC17からC9らに伝えられて修正された結果、43分版で本編集したほぼ完成した番組になったこと、本件番組の放送当日になって、C15から元兵士と元慰安婦女性2人の証言シーン等3分に相当する部分の削除が指示され、最終的にその指示に基づき、VTR等の手直し作業を行って40分版の本件番組を完成させており、これらの経緯に前認定の各段階における番組の改編内容、放送された本件番組内容を合わせて考慮すると、同月26日以降、本件番組は制作に携わる者の制作方針を離れた形で編集がなされていったことが認められる。
エ 上記のような経緯を辿った理由を検討するに、前認定のとおり、本件番組に対して、番組放送前であるにもかかわらず、右翼団体等からの抗議等多方面からの関心が寄せられて一審被告NHKとしては敏感になっていたこと、折しも一審被告NHKの予算につき国会での承認を得るために各方面への説明を必要とする時期と重なり、一審被告NHKの予算担当者及び幹部は神経を尖らしていたところ、本件番組が予算編成等に影響を与えることがないようにしたいとの思惑から、説明のためにC15とC17が国会議員等との接触を図り、その際、相手方から番組作りは公正・中立であるようにとの発言がなされたというものであり、この時期や発言内容に照らすと、C15とC17が相手方の発言を必要以上に重く受け止め、その意図を忖度してできるだけ当たり障りのないような番組にすることを考えて試写に臨み、その結果、そのような形へすべく本件番組について直接指示、修正を繰り返して改編が行なわれたものと認められる。このことは、前認定のとおり、@国会担当のC17が29日の試写の際、相当実質的に踏み込んでC9に指示していること(この点、C17は、証人尋問で、4人による話し合いの内容をC9に対して伝言したに過ぎないと供述するが、直接の責任者であり、かつ、4人による話し合いに参加したC13がC9に指示をしていないこと、C9の情報に基づき、C15等に相談することなく、C19のインタビューの増加を指示していること等から、同供述は到底採用することができない。)、及び、AC16において、時期が悪いとの趣旨の発言や「C24党は甘くなかった」と発言していることに加え(この点、一審被告NHKは、前者の発言は、予算時期でC17らの帰りが遅いことを述べたものであると主張し、また、後者の発言を否認するが、前者の発言については、まさに予算時期で本件番組を放映するには時期が悪いと理解するのが素直であり、また、C16は、乙19及び38の各陳述書において、後者の発言を否定する陳述をしていないから、一審被告NHKの同主張に理由がない。)、B甲144、証人C15の証言によれば、C15は、C28新聞の記者に対して、「先生はなかなか頭がいい。抽象的な言い方で人を攻めてきて、・・・「勘ぐれ、お前」みたいな言い方をした部分がある」、「力によるサジェスチョン。それを一方的に与える」等と発言し、また、C17はC24党の言うことを聞かないと予算もゴチャゴチャ言ってこられると心配したのではないかとの質問に対し、「それは、ないと言えばウソになる。」と答えたことが認められること、C甲59、125、126、135の1、甲137によれば、政治家と関係する関係団体が、通常では知り得ないC38の削除された発言部分等の番組改編の詳しい状況を素早く把握していたことが認められ、一審被告NHKから何らかの方法でこれらの団体に番組改編の情報がいち早く提供されていたことからも裏付けられる。
 なお、一審原告らは、政治家等が本件番組に対して直接指示をし介入したと主張するが、上記面談の際、政治家が一般論として述べた以上に本件番組に関して具体的な話や示唆をしたことまでは、証人C15及び証人C17の各証言によってもこれを認めるに足りず、他に認めるに足りる証拠はない。また、一審原告らは、C25が事前に一審被告NHKに対し放送中止を求めたと主張し、甲179の1、2によれば、C25は、C50テレビ番組におけるアナウンサーの質問に対し、放送法に基づき公正に行うべきことを一審被告NHKに申し入れたと発言する等、事前の一審被告NHK担当者との接触を窺わせる発言をしていることが認められる。しかしながら、C25は、同インタビューでは平成13年2月2日に会ったことを明言しており、また、C17の供述やC16の陳述書(乙19)もこれに沿うのであり、上記発言に依拠してC25が番組放送前に一審被告NHK担当者に番組について意見を述べたことを認めることは困難である。甲144は、上記判断を左右するものではない。
オ そうすると、一審被告NHKにおける同年1月26日以降の編集(改編行為)は、当初の本件番組の趣旨とはそぐわない意図からなされた編集行為であるということになる。そして、本件番組の取材、編集行為は放送という目的に向けられた手段であるから、一審被告NHKの放送行為とともに一審被告らが共同して行った本件番組の改編行為が、一審原告らの期待と信頼に対する侵害行為ともなる。
 一審被告らは、放送事業者は放送番組の編集に当たって、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにしなければならないとされている(同法3条の2)と主張し、確かに、一審被告NHKは、前記認定のとおり、本件番組について、単に女性法廷を記録する番組ではなく、女性に対する戦時性暴力を人道に対する罪として裁くという世界的な潮流において、女性法廷を東京裁判以来の歴史の中に位置づけ、その歴史的意義を考察する教養番組を制作することを企図したものであるが、本件番組が取り上げる女性法廷は、いわゆる従軍慰安婦問題という人道に対する罪の戦争責任を問うもので、フェミニズムの問題を含む微妙で議論を呼ぶテーマであり、公平性・中立性や多角的立場からの番組編集が必要とされるものではある。
 しかしながら、一審被告NHKの本件番組の制作・放送については、前記認定のような編集過程を経て本件番組を完成させ放送した行為であることに照らすと、前記のとおり憲法で尊重され保障された編集の権限を濫用し、又は逸脱したものといわざるを得ず、取材対象者である一審原告らに対する関係においては、放送事業者に保障された放送番組編集の自由の範囲内のものであると主張することは到底できないというべきである。
カ なお、一審被告NHKは、実際に放送された本件番組の趣旨は、本件提案票の記載に沿ったものであり、26日以降の変更部分も合理的なものであると主張する。しかしながら、C38の発言の削除部分はC27裁判長のコメントにより代置したとの主張については、当事者であったC27裁判長の発言をもって第三者としてのC38の発言に代えることは公正さの点から問題であり、被害女性の発言は証言者が泣き崩れたり失神して非常に強い印象を与えるから削除したとの主張については、失神部分のみ削除すれば足りたことから理由がなく、天皇に責任があるとするのは意見が分かれるから判決の説明部分を削除したとの主張は、日本国や天皇に法的に責任があるとすることには意見が分かれることを再度説明したり、一審被告NHKの意見ではないことを明示する等して放送することや、仮に天皇に対する名誉毀損の虞があると思料すれば、日本国の責任等としたり、匿名の個人とする等して判決の内容を説明することも考えられるから理由がない。このように、一審原告らが指摘する削除部分については、その削除に合理的な理由があるとは直ちにいうことができない。
(3) なお、Aの請求のうち、C1が同人のインタビューを全面削除されたこと自体による同人の個人的な期待権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求については、番組制作者が編集の自由を有することと取材対象者の期待権との調整も必要であり、取材対象者は、番組制作者に対し、インタビューを受けたからには何らかの形で報道すべきことを請求することまではできないものと解すべきであるから、この点において、同請求は理由がない。
4 説明義務違反
(1) 一審原告らは、本件番組は女性法廷の主催団体である一審原告バウネットの協力がなければ成り立たないことや、一審原告らは約2か月もの間、一審被告らに対し女性法廷に関する取材について格段の便宜を与えて取材に協力してきたことから、一審原告らと一審被告らとの間には契約類似の関係が生じ、番組内容に変更があった場合にはそれを説明する義務を負うと主張する。
 この点、一審被告NHKが定めた本件ガイドライン(甲95)には、「制作過程で、あらかじめ取材相手に伝えていた目的や内容に変更が生じた場合は、改めて、取材相手に十分説明しなければならない」(第2の2(1)取材態度)「編集の段階で(インタビューを)どうしても放送できない状態となった場合は、放送前に、その旨と理由をインタビュー相手またはその代表者に伝えなければならない」「取材後の状況の変化によって、番組のねらいが変更されることがある。その場合、放送前にインタビュー相手に対し、番組の新たな狙いなどを説明し同意を得ることが必要となる。」(第2の2(3)インタビュー)と定められており、番組のねらいが変更された場合には、取材対象者に対し、一定の説明をする必要があることは明らかである。
 これを取材対象者の側から検討すると、取材対象者が、当初、取材に応ずるか否か、どの程度、範囲で応ずるかは、その自由な意思に委ねられており、取材結果がどのように編集され、あるいはどのような番組に使用されるかは、取材に応ずるか否かやその程度、範囲の意思決定の要因となり得るものである。そこで、取材に協力した後に番組内容に想定外の変更があった場合には、取材対象者は、取材に応じた意思決定についてはいわば錯誤や条件違反があったものとして、当初に立ち返るのに代え、その自己決定権に基づき番組から離脱する自由も有するということができる。他方、番組制作者は、編集の自由を有し、その調整も必要であることから、取材対象者による自己決定権の具体的な行使としては、当初の意思決定の時の説明どおり番組を編集するよう請求することまで認めることはできないと解すべきである。そこで、取材対象者は、番組制作者に対しては、原則として、番組から離脱することや善処方を申し入れることができるに止まり、番組改編の結果、取材対象者の名誉が著しく毀損され、放映されると回復しがたい損害が生ずることとなる等の場合には、差止請求をすることができるものというべきである。このことは、取材対象者が、他の報道機関等に実情を説明し、対抗的な報道を求めることを排除するものでないことはいうまでもない。
 ところで、制作中の番組について、どの程度のねらいの変更が生じた場合に説明を要するかは必ずしも判然としないことも多く、また、放送番組の編集作業は、放送直前まで行われることもあり、事前の説明を行う時間的余裕がない場合がある。そこで、これらの点を考慮すると、放送事業者に対し、方針の変更があった場合につき取材対象者に対する法的な説明義務をすべての場合に課すことは、放送事業者の番組の編集に過度の制約を課すことにつながるおそれがある。この意味で、本件ガイドラインは、取材・制作現場で直面する問題に対処する上でのよりどころとなる考え方や注意点を示したものであって、ジャーナリストとしての倫理向上を目指すものであり、これに定める説明の必要性は、取材の際の倫理的な義務をいうものであると解すべきである。他方、上記説示のとおり、取材対象者の自己決定権も保護すべきであることから、放送番組の制作者や取材者は、番組の内容やその変更等について、これを説明する旨の約束がある等、特段の事情があるときに限り、これを説明する法的な義務を負うと解するのが相当である。
 なお、一審被告らは、このような説明義務を認めると、報道の自由を維持することができないと主張するが、取材対象者が番組から離脱すること等を申し入れた場合においても、裁判所による差止命令のない限り、なお報道機関の責任において報道すべきものと判断すれば報道を行うことまで禁じられないのであり(報道の結果、信頼の侵害を理由として損害を賠償すべきかどうかは別問題である。)、特に、本件においては、上記説示のとおり、番組改編の経緯からすれば、一審被告NHKは憲法で尊重され保障された編集の権限を濫用し、又は逸脱して変更を行ったものであって、自主性、独立性を内容とする編集権を自ら放棄したものに等しく、一審原告らに対する説明義務を認めても、一審被告らの報道の自由を侵害したことにはならない。
(2) そこで、本件において一審被告らが一審原告らに対して法的に説明義務を負うべき特段の事情があるかどうかを検討すると、前説示のとおり、一審被告DJのC5やC6のC2らに対する説明、女性法廷の準備から開催を経て終了までを網羅する周到な取材活動とこれに対する一審原告らの協力等により、一審原告バウネットが実際に行われる法廷の手続の冒頭から判決までの過程を、被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できる形で取り上げるいわゆるドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような内容の番組となるとの期待と信頼を抱くのもやむを得ない事情があったのである。したがって、一審原告バウネットには本件番組の内容について法的保護に値する期待と信頼が生じたものであるところ、一審被告らはそのことを認識していたのであるから、本件においては、上記特段の事情があるものというべきである。女性法廷については、主義・主張の対立や法的見解の対立等に著しいものがあり、一審原告らがスタジオの対談では賛否両論が闘わされることを予想すべきであるとしても、女性法廷の概要すら十分に放映されない番組になるというのでは一審原告らが取材に応じなかったか、仮に応じたとしても前記のような便宜を図る協力まで行わなかったことは一審被告らにも十分予測されたことであり、一審被告らに法的な説明義務を認めても不意打ちとならないことは明らかである。
 本件においては、番組改編の結果、C5やC6による説明とは相当かけ離れた内容となることとなったのであるから、一審原告バウネットは、この点の説明を受けていれば、自己決定権の一態様として、一審被告らに対して、番組から離脱することや善処方を申し入れたり、他の報道機関等に実情を説明して対抗的な報道を求めたりすること等ができたものであるところ、一審被告らが説明義務を果たさなかった結果、これらの手段を採ることができなくなったのであり、その法的利益を侵害されたものというべきである。
 他方、上記説示のとおり、取材対象者は、番組制作者に対して、取材されたからには必ず報道することを求める権利まで有するものではないから、結果的に報道されないこととなった場合には、番組制作者に対して説明を求める法的権利があるとはいえないこととなる(放送番組の制作者や取材者の倫理として、事前又は事後的に説明するのが望ましいこととは、別問題である。)。その場合、取材対象者は、既に番組から離脱した形となっているので、予め説明を受けたとしても、行動すべき手段を有しないし、その必要もないからである。本件では、C1については、結果として取材されたインタビューが一切報道されなかったのであり、一審被告らは、C1に対しては、説明義務を負わなかったこととなる。
5 一審被告らの不法行為の成否
(1) 上記のとおり一審被告DJは、そのディレクターであるC5の一審原告バウネットのC2らに対する説明やその後の一審被告DJによる取材行為等により、一審原告らに対して、本件番組は、女性法廷を中心的に紹介し、実際に行われる法廷の手続の冒頭から判決までの過程を、被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できる形で取り上げるいわゆるドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような内容の番組になるとの期待と信頼を生じさせたものであるところ、C5及びC6は、番組制作に携わる者として、番組の制作過程において、取材対象者から得られた素材が様々に編集され得ることや、それを使用して制作される番組の趣旨や内容が流動的で変化し得るものであることを承知しており、本件番組についても、取材段階で想定された番組の内容が変化していく可能性が十分にあることを認識していたのであるから、一審原告らに対し、そのような説明をすることにより誤解を生ぜしめないようにすべきであったのに、そのような説明をしないため上記期待と信頼を抱かせることとなったものであって、一審被告DJとして過失があり、これによって、実際に放送された本件番組により一審原告らの期待と信頼を侵害する結果となったものである。
 また、一審被告DJが編集作業から離脱することとなった1月24日には、C13の言動等により、一審被告NHKのその後の編集の結果、番組がさらに変更されることが十分に予測することができたのであるから、一審被告NHKの担当者に対し、一審被告DJにおいて一審原告バウネットに番組改編の説明をすることの許可を求めたり、一審被告NHKの責任において説明義務を果たすように諌言すべきであったのに、これらを行っていない。
 よって、一審被告DJは、一審原告らに対しては不適切な説明により生じた期待と信頼を侵害したことによる、また、一審原告バウネットに対しては番組内容の改編の説明義務を怠ったことによる、各不法行為責任を負うというべきである。
(2) 次に、一審被告NHKについて検討すると、本件番組の制作においては、その企画段階から、一審被告らの担当者が折りに触れて打ち合わせの機会を持ち、本件番組の企画内容及び趣旨について共通の理解を確認した上で、取材活動が行われ、さらに、平成12年12月以降に行われた本件番組の編集行為においても、一審被告らの各担当者が参集して意見を述べ合い、相互に共通の理解を有した上で、編集行為が進められていったものであり実質的にとらえれば共同作業であるということができる。一審被告NHKも一審原告らの期待と信頼を認識していたことは明らかであるところ、一審被告NHKは、本件番組の番組改編を実際に決定して行い、さらに放送したものであるから、一審原告らに対して、期待と信頼を侵害したことによる不法行為責任を負うというべきである。
 また、一審被告NHKは、前認定のとおり、1月24日以降、次々と本件番組を改編し、26日のC17、C15、C16による改編以降、一審原告バウネットの期待とは相当かけ離れた内容の番組となったのであるから、同日以降、一審原告バウネットに対し改編の内容を説明すべきであったことは明らかである。しかるに、一審被告NHKは、これを行わなかったのであるから、一審原告バウネットに対して、説明義務を怠ったことによる不法行為責任も負う。
(3) 一審被告NEPも、C5の上記取材活動をいわば自己の活動として利用し、一審原告らの期待と信頼を認識しながら、行動してきたことは明らかであり、C11を通じる等してC5の動静に注意をするなり、一審被告NHKに善処を求めるなりすべきであったのに、これをしなかったし、24日の離脱の時も、一審被告DJと同様に説明義務を果たしていないのである。そこで、一審被告NEPは、一審原告らに対しては期待と信頼を侵害したことによる、また、一審原告バウネットに対しては番組内容の改編の説明義務を怠ったことによる、各不法行為責任を負うというべきである。
(4) なお、一審被告DJは、番組制作委託契約に基づいて本件番組を制作・納入したが、一審被告NHK又は一審被告NEPが番組内容を変更する必要があると認めた後はこれに従わなければならず、番組の決定権も有しておらず、実際にも、本件番組の編集過程の途中で離脱したものであるとし、一審被告DJには放送自体による不法行為は成立しない旨主張する。しかしながら、一審被告らは、本件番組の放送に向けて互いに協力しあい、他者の行為を利用して取材、編集行為を行い、その結果完成した本件番組を一審被告らの共同制作として一審被告NHKが放送したのであって、一審被告らの行為は、一審原告らの信頼破壊に向けられた有機的に関連を有する一連の行為であるから、共同不法行為が成立する。
(5) 一審被告らのうち、一審被告NHKは、一審被告DJ及び一審被告NEPを排除し、かつ、番組制作担当者の制作方針を離れてまで、国会議員等の意図を忖度してできるだけ当たり障りのないように番組を改編したのであるから、その責任が重大であることは明らかである。これに対し、一審被告NEP及び一審被告DJは、番組制作の下請けとして参加し、その契約上、一審被告NHKによる番組改編については原則として従うべき立場にあったことを参酌すると、一審被告NHKの責任よりも軽いというべきである。
6 一審原告らの損害に対する判断
(1) 一審原告バウネットの損害
 本件に顕れた諸般の事情、すなわち、一審原告バウネットが、女性法廷に対して全力を傾注して取り組んでいたこと、一審被告らに対し、本件番組の内容について期待と信頼を抱いてそれに基づき、C1のインタビューを初めとする様々な協力をしたこと、しかるに、本件番組が編集を繰り返されしかも一審被告NHKにより外部の思惑を考慮して編集行為がされたこと、さらに放送された本件番組により上記期待と信頼が侵害されて無形の損害を被ったこと、前認定のとおり、関係団体にはいち早く番組改編に関する情報が提供されているのに、一審被告NHKは、一審原告バウネットに対して、その要求にもかかわらず、事態の説明をしなかったこと(甲37ないし40により認める。)、のみならず、本件訴訟においては、頑なに上記情報の開示を拒否し、C10による内部告発(甲121の1、2、甲122、123の1、2、乙11)に至ってようやく一部これを開示するに至る等、民事訴訟法2条に定める誠実性を欠いたこと、他方、本件番組は、一審原告らの期待と信頼に背いたものの、その内容は、戦時性暴力を人道に対する罪として捉える歴史的潮流において女性法廷の意義、位置付けを考えさせるものであったこと、番組全体としてみれば、女性法廷の意義について考える視点を提示する教養番組であり、女性法廷を一律に消極的に評価するものとはなっていないものであること等を総合して考慮すれば、一審原告バウネットが受けた無形の損害に対する賠償としては、前説示の行為のかかわりの重大性・主導性を考慮して一審被告NHKが200万円(一審被告NEP及び一審被告DJとは100万円の限度で不真正に連帯して)、一審被告NEP及び一審被告DJは各自100万円(一審被告NHKと不真正に連帯して)が相当であると認められる。
(2) C1の損害
 争いのない事実等、前記第4の1の認定事実に証拠(甲22、30、31、107ないし109)及び弁論の全趣旨によれば、C1は、女性法廷の開催に、力を注ぎ、元慰安婦の尊厳の回復を願って精力的に活動していたものであって、実際に放送された本件番組が、C1の期待と信頼を裏切る内容であると感じて、自分自身の活動を否定されたとの思いを抱き、また、女性法廷の関係者に迷惑をかけたとの自責の念にかられたことが認められる。しかし、C1は、インタビューに応じた行為を含め、終始一審原告バウネットの代表という立場に立っており、本件については、一審原告バウネットの代表という立場を離れての個人としてのC1の行動は考えられず、一審原告バウネットの無形の損害が回復されれば、C1の損害も回復される関係にあるということもできるのであって、一審原告バウネットの損害を離れての個人としてのC1の固有の損害は観念できないというべきである。
 よって、この点についてのAの主張は理由がない。
第5 結論
 以上によれば、一審原告バウネットの一審被告NHKに対する請求は、損害賠償金200万円及びこれに対する遅延損害金の支払(一審被告NEP及び一審被告DJと100万円の限度で不真正に連帯して)を求める限度で理由があり、一審原告バウネットの一審被告NEP及び一審被告DJに対する請求は、各自損害賠償金100万円及び遅延損害金の支払(一審被告NHKと不真正に連帯して)を求める限度において理由があり、一審被告らに対する一審原告バウネットのその余の請求及びAの請求はいずれも理由がない。
 したがって、一審原告バウネットの控訴に基づき、原判決の主文第1項及び第2項のうち、一審原告バウネットにかかる部分を主文第1項(1)ないし(3)のとおり変更して、同限度で認容し、Aの控訴、一審被告DJの控訴をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第17民事部
 裁判長裁判官 南敏文
 裁判官 安藤裕子
 裁判官 生野考司
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