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【事件名】商号“杏林”不正競争事件
【年月日】平成19年1月26日
 東京地裁 平成18年(ワ)第17405号 商号使用差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成18年11月28日)

判決
原告 杏林製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 中本光紀
被告 杏林ファルマ株式会社


主文
1 被告は、「杏林ファルマ株式会社」の商号を使用してはならない。
2 被告は、東京法務局平成14年5月16日付けでした被告の変更登記のうち、「杏林ファルマ株式会社」なる商号の抹消登記手続をせよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文と同旨
第2 事案の概要等
1 争いのない事実等
(1) 原告について
 原告は、医薬品、医薬部外品、動物用医薬品、診断試薬、工業薬品、農薬、医薬品を除く毒物・劇物、衛生材料、衛生用品の製造売買及び輸出、輸入等を目的とする会社である(甲1)。
 原告は、昭和15年12月4日に設立され、以来「杏林製薬株式会社」なる商号で営業を行ってきた。平成18年3月31日現在、資本金43億1700万円、従業員数1502名を有し、日本国内に、研究所、工場を4箇所、支店12箇所及び営業所74箇所を設け、米国、ドイツを含めた国内外に、8社の子会社等を有しており、原告の持株会社の株式は、「キョーリン」銘柄として東京証券取引所第一部に上場されている。
(2) 被告について
 被告は、化粧品・医薬品・医薬部外品・動物用医薬品・診断試薬・生化学薬品・工業薬品・農薬の研究開発・製造・輸出入・販売・卸業務等を目的とする会社である(甲3)。
 被告は、昭和60年4月15日に設立され、平成14年5月15日に当時の商号「株式会社オリーブ」から現在の商号「杏林ファルマ株式会社」に変更され、東京法務局同月16日付けをもってその旨の登記が経由された(甲3)。
 被告は、「杏林ファルマ株式会社」なる商号を使用して営業を行っており、平成17年10月8日の健康産業流通新聞(甲12)の記事において、他社と共同して「タヒボ」の商標登録を受け、平成18年春からタヒボ茶の製品の販売を予定している旨の記事が掲載された。
2 事案の概要
 本件は、原告が、被告が周知営業表示たる原告の商号と類似する商号を使用して、他人である原告の営業と混同を生じさせたことが不正競争防止法2条1項1号に該当し、これにより、原告の営業上の利益が侵害されたと主張して、被告に対し、同法3条に基づき、商号の使用差止め及び変更登記に係る商号の抹消登記手続を求める事案である。被告は、原告の商号の周知性は認めるものの、原告の商号と被告の商号との間に類似性がなく、営業の混同は生じないと主張した。
3 本件の争点
(1) 営業表示の類似性
(2) 営業の混同の有無
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(営業表示の類似性)について
〔原告の主張〕
(1) 原告の商号「杏林製薬株式会社」と被告の商号「杏林ファルマ株式会社」とを比較すると、いずれも「杏林」なる表示を含み、「ファルマ」は、英語の「pharmacy」(「薬学、製薬(業)」、「薬店、薬屋」を意味する名詞)あるいは、「pharmaceutical」(「(製)薬学の、薬剤の」を意味する形容詞)のカタカナ表示による通称的な略語であって、「製薬」とは、観念も同一であるといってよく、さらに、外観上も称呼上もほぼ同一である。
 商号の一部に「ファルマ」を含み、医薬品の製造販売等を行っている会社として、「味の素ファルマ株式会社」、「日清ファルマ株式会社」、「タケダ・ファルマ有限会社」などが知られている。
 また、被告は、平成14年5月15日、「医薬品・医薬部外品・動物用医薬品・診断試薬・生化学薬品・工業薬品・農薬の研究開発・製造・輸出入・販売・卸業務」等を目的に追加し、同時に商号を「株式会社オリーブ」から現在の商号に変更しており、自ら「ファルマ」を医薬品(業)などの意味で使用している。
 したがって、原告の商号と被告の商号とは、「杏林」の部分が同一であり、「製薬」と「ファルマ」とが類似していることから、これらを組み合わせた両者の営業表示は、類似している。
(2) 被告の主張について
ア 被告は、「杏林」の語が単なる普通名詞にすぎず、原告の独自の固有名詞でないから、「杏林」のみでは、特定の企業等を識別する機能がないとか、「杏林」及び「製薬」との成り立ちから、これらのいずれかの単語1つだけでは、原告の営業表示とはみなされないなどと主張する。
 そもそも、「杏林」は、取引界における商品又は営業の一般的な名称として使用されているものではないし、原告の商号は、「杏林」と「製薬」が一体として表示され、原告の製品の識別力を表示するものである。
イ 被告は、「ファルマ」がラテン系の外来語であって、語源が薬局「ファルマシァ」に由来し、薬品製造を意味する「製薬」とは異なる意味であると主張する。
 しかし、英語の「pharmacy」の語源がラテン語の「pharmacia」であるとしても、「pharmacy」は「薬局」だけでなく「製薬」をも意味する。
〔被告の主張〕
 原告の商号と被告の商号とは、同一でなく、また、類似性がない。
(1) 「杏林」の語は、単なる普通名詞にすぎず、誰でも自由に使用できる文字であり、原告の独自の固有名詞ではない。「杏林」のみでは、特定の企業又は特定の機関を識別する機能を有しておらず、国語辞典における「杏林」の意味からも明らかである。
 原告の商号と被告の商号の各表示は、それぞれ、「杏林」及び「製薬」(pharmaceutical)と「杏林」及び「ファルマ」(pharma)とで成り立っており、「杏林」若しくは「製薬」又は「ファルマ」のいずれかの単語1つだけでは、原告又は被告の営業表示とはみなされない。
(2) 「ファルマ」の語は、ラテン系の外来語であるが、その語源は、「薬局」(ファルマシァ)に由来し、薬品製造業を意味する「製薬」とは異なる意味である。
 現在、「ファルマ」は多くの企業等に採用されており、普通名詞にすぎない。
2 争点(2)(営業の混同の有無)について
〔原告の主張〕
(1) 原告は、医薬品の製造売買等を主たる事業の目的としているが、被告は、同様の目的を掲げ、実際に、ホームページ上でアガリクス製品の「仙薬露」を宣伝し、あたかも医薬品の営業に従事しているような外観を呈している。「仙薬露」や「タヒボ」が健康食品の範疇に属する商品であったとしても、医薬品と同様、人の健康に資するため、被告の営業は、原告の営業と類似する。
 したがって、被告の営業表示は、原告の営業表示を容易に連想させるから、 被告の商号の付された営業が周知性を有する原告の商号をもって営業している主体に係るものであると混同される蓋然性がある。
(2) 被告の主張について
ア 被告は、「仙薬露」ないし「仙養露」の販売企画を中止したと主張するが、平成17年4月25日の時点で、ホームページ上で「仙薬露」の販売を宣伝し、同年7月20日までは、ホームページ上で「Kyorin Pharma」、「杏林ファルマ」の表示の下に、アガリクス製品「仙養露」の販売も宣伝していた。
イ 被告は、「タヒボ」について、被告の商号若しくは「杏林」又は「KYORIN」のいずれの表示も用いていないと主張するが、食品衛生法により、健康茶には、製造者である被告の商号の表示が義務付けられているはずである。
ウ 一般に、医薬品と健康食品とは、商品の類似性があり、しかも、原告は、サプリメントも販売している。そして、健康食品は、薬店等で販売され、原告の一般用医薬品も薬店で販売されるから、被告の営業表示である被告の商号が原告の営業表示である原告の商号と混同されるおそれのあることは明らかである。
〔被告の主張〕
(1) 被告の営業では、原告の商品又は営業と混同を生じさせる行為は行っていない。
ア アガリクス「仙薬露」について、企画段階で中止しており、実際のアガリクス製品は「仙養露」であって、「薬」の文字は含まれていない。また、平成17年4月のアガリクス騒動で、販売が全く見込めなくなったため、販売を行っていないし、今後の販売予定も存在しない。
イ 「タヒボ」について、被告が製造元であるが、系列の別法人の有限会社タヒボインターナショナルから販売されており、被告の商号若しくは「杏林」又は「KYORIN」等のいずれの表示も用いていない。
ウ そして、被告の関連会社の健康食品、化粧品等は、すべて通信販売による消費者への直販であり、ドラッグストア等の店舗での販売を行うことはあり得ないから、原告の商品と混同されるおそれ若しくはその可能性は全く存在し得ない。
(2) 原告の主張について
 「杏林」を含めた営業表示が医薬品等の分野で使用された場合であっても、医薬品業界で有名な「株式会社杏林堂薬局」、京都府に所在するよく知られた「杏林堂予防医学研究所」、業界で有名な「根本杏林堂」あるいは「杏林大学」などの例をみてみれば、原告との間で、日常的に混同の生じていないことが明らかである。
第4 当裁判所の判断
1 証拠によって認められる事実
 前記第2の1の争いのない事実等に、証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 原告について
 原告は、昭和15年12月4日、医療用医薬品製造売買及び輸出入を主たる目的として設立され、以来60年以上にわたり、本店を原告肩書所在地に置き、「杏林製薬株式会社」の商号で、営業を行ってきた(甲1)。
 原告は、平成18年3月31日現在、資本金43億1700万円、従業員数1502名を有し、日本国内に、研究所、工場を4箇所、支店12箇所及び営業所74箇所を設け、米国、ドイツを含めた国内外に、8社の子会社等を有して「キョーリングループ」を形成している。
 なお、原告は、平成11年に東京証券取引所第二部に上場し、翌平成12年に第一部に指定されたが、キョーリングループの事業再編により、平成18年3月10日に株式会社キョーリンとの間で株式交換がされて同社がキョーリングループの持株会社となった。この結果、同社が「キョーリン」銘柄として東京証券取引所第一部に上場するとともに、原告の上場が廃止され、さらに、同年10月2日、同社を承継会社として、その完全子会社である原告を分割会社とした会社分割(吸収分割)などが行われた(甲8〔枝番を含む。以下同じ。〕、9、54、55、弁論の全趣旨)。
(2) 原告の営業表示の周知性
ア 原告の近年の売上高(ただし、連結子会社を含む。)の推移は、次のとおりである(甲4、5)。
 平成14年3月期 623億9500万円
 平成15年3月期 686億1800万円
 平成16年3月期 650億6100万円
 平成17年3月期 662億9600万円
 平成18年3月期 673億5700万円
イ 原告は、「杏林製薬株式会社」の商号の外、「キョーリン製薬」あるいは「キョーリン」などとして、新聞広告やテレビコマーシャルなどを通じて広告宣伝活動を行っているところ、原告における近年の広告費用の実績は、以下のとおりである(甲6、7、9、14、15、66)。
 平成11年度 3億3000万円
 平成12年度 5億2000万円
 平成13年度 4億円
 平成14年度 5億5000万円
 平成15年度 5億3000万円
 平成16年度 6000万円
 平成17年度 3億円
 原告は、一般消費者に対しては、@「ミルトン」テレビコマーシャル、A雑誌掲載「ミルトン」広告、B新聞広告、C一般用医薬品パッケージ、D協賛イベントなど、医師等の医療従事者に対しては、@一般用医薬品パンフレット、A雑誌掲載広告、B雑誌投稿論文、C学会発表要旨、D医療用医薬品添付文書、E医療用医薬品パンフレット、F医療用医薬品パッケージ、Gラジオ番組「ドクターサロン」などをそれぞれ通じて、「杏林製薬株式会社」「キョーリン製薬」「キョーリン」の認識機会を提供してきた(甲66)。
ウ 日本経済新聞社広告局が上場企業に対して行っている「日経企業イメージ調査」として原告に提供されたデータによれば、平成13年版では、平成12年における「杏林製薬」の企業認知度は、都内のビジネスマンが83.3%、首都圏の一般個人が64.6%とされ、平成18年版では、平成17年における原告の企業認知度は、都内のビジネスマンが77.7%、首都圏の一般個人が72.0%とされている(甲56、57)。
 原告が平成17年に株式会社博報堂に依頼して、「キョーリン製薬」の社名について行った調査の結果は、以下のとおりである(甲11)。
 医師 知名98.8% 理解77.7% 熟知26.0%
 薬剤師 知名100.0% 理解88.9% 熟知33.3%
 一般生活者 知名81.0% 理解12.0% 熟知0.5%
(3) 被告の商号及び営業について
ア 被告は、昭和60年4月15日、「1.コンピュータ・ソフトウェアの開発・輸入・販売・卸業務2.書籍・雑誌・新聞の編集企画・出版および雑誌・新聞・書籍の輸入・販売・卸業務3.印刷・製版・編集制作業務4.上記に附帯関連する一切の業務」を目的として、資本金1000万円で設立された。
 被告の商号は、設立当初は「株式会社エジソンオーディオ」であったが、その後、平成10年6月8日に商号が「株式会社サイエンスソフト」に変更された(甲2、3)。
イ 被告は、平成13年11月25日、商号を「株式会社オリーブ」に変更すると同時に、目的を「1.化粧品の研究開発・製造・輸出入・販売・卸業務2.アガリクス茸、プロポリス、ローヤルゼリー等を使用した健康食品の開発・製造・輸出入・食用油脂加工業務3.化粧品・健康食品の通信販売業務4.書籍・雑誌・新聞・情報誌の編集企画・制作5.パッケージ、パンフレット等のデザイン・編集制作・広告代理店業務6.英会話教室の運営および語学通信教育7.語学教材用ソフトウェアの開発・輸入・販売業務8.上記に付帯する一切の業務」と変更した(甲2)。
ウ さらに、被告は、平成14年5月15日、商号を現在の「杏林ファルマ株式会社」に変更すると同時に、目的を「1.化粧品・医薬品・医薬部外品・動物用医薬品・診断試薬・生化学薬品・工業薬品・農薬の研究開発・製造・輸出入・販売・卸業務2.医薬品・医療用機械器具・化粧品および食品の試験・検査3.アガリクス茸、蜜蜂プロポリス、ローヤルゼリー等を使用した健康食品の開発・製造・輸出入・販売業務4.化粧品・健康食品・医薬品・化学食品・栄養食品の通信販売業務5.食用油脂加工業務6.ソフトウェアの開発・輸入・販売業務7.介護サービスおよび介護用器具の輸入・販売8.不動産管理・販売および賃貸業務9.倉庫業10.出版・編集・デザイン企画制作・印刷業務11.上記に附帯関連する一切の業務」と変更し、現在に至っている(甲3)。
エ 被告について、平成17年10月8日付けの健康産業流通新聞の第3面において、「『タヒボ』で商標を登録杏林ファルマ」との見出しの記事が掲載された。同記事において、被告とタヒボインターナショナルが共同して「タヒボ」の商標登録を受け、平成18年春からタヒボ茶(南米のアマゾン川流域に自生する自然木の内部樹皮を原料とした健康茶)の製品の販売を予定しているとして、「A社長は、「『タヒボ』で商標が取れた意義は大きい。かなり認知度が高まっている商材なので、幅広いチャンネルで販売していきたい」と今後の展開を述べた。」旨記載された(甲12)。
 なお、上記有限会社タヒボインターナショナルは、被告の事務所と同一の住所に所在する(乙12)。
 また、平成17年4月25日の時点で、被告のホームページにおいて、「KYORIN 杏林ファルマ」の名称の下に、「アガリクス茸菌糸体の細胞壁を酵素分解し、吸収性をよくした「細胞壁破砕」水溶性アガリクス」なる「仙薬露」の宣伝がされていた。同ホームページには、「www.●●●●●●(原文のまま。以下同じ).net」、「www.●●●●●●●●●.com」、「www.●●●●.jp」等のURLのほか、受注専用のフリーダイヤルや「お客さま相談電話」等の電話番号が記載され、末尾に「KYORIN 杏林ファルマ株式会社」として、事務所所在地、電話番号とともに、「●●●●@●●●●●●.net」とするメールアドレスが記載されていた(甲13)。その後、上記「仙薬露」の名称が「仙養露」に変更され、少なくとも、平成17年7月20日までは、被告のホームページ上に「仙養露」の宣伝が記載されていた(甲75、乙11)。
オ 原告は、平成18年4月13日、被告に対し、被告の商号が原告の商号と類似しており、被告の商号を使用して健康食品「仙薬露」や「タヒボ」のお茶などの商品を紹介する行為は、原告の営業と混同を生じさせ、不正競争防止法2条1項1号に該当する行為であるとして、商号の変更の登記を行うことと、「杏林」及び「KYORIN」の表示を営業上使用しないことを求め、これらの措置が講じられない場合に法的手続に移行する旨の警告書を送付し、翌14日、被告に到達した(甲16、17)。
2 原告の商号の周知性
 原告の商号の営業表示としての周知性については、被告もこれを争わないところであるが、前記1(1)(2)認定の事実によれば、「杏林製薬株式会社」は、「キョーリングループ」の中核をなし、平成18年3月まで東京証券取引所第一部に上場されていた大手製薬会社であり、「杏林製薬株式会社」なる商号は、原告の営業表示として、医療機関、薬局など医薬品業界のほか、一般消費者にも広く認識されており、遅くとも平成14年5月より前には、周知性を獲得したということができる。
3 争点(1)(営業表示の類似性)について
(1) 原告の商号と被告の商号とが営業表示として不正競争防止法2条1項1号にいう類似のものに当たるか否かについては、取引の実情の下において、取引者又は需要者が両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断すべきである(最高裁昭和57年(オ)第658号同58年10月7日第二小法廷判決・民集37巻8号1082頁参照)。
 原告の商号である「杏林製薬株式会社」は、会社の種類を表す「株式会社」の部分を除くと、「杏林」と「製薬」とで構成されている。このうち、「製薬」の部分は、製薬業者を表す普通名詞である。また、「杏林」については、岩波書店『国語辞典』第3版(乙9)によれば、「医者のこと。▽昔、中国の名医董奉(とうほう)が治療代を取るかわりに杏(あんず)を植えさせた結果、数年で林になったという故事から。」、岩波書店『広辞苑』第5版によれば、「@あんずの林。A[神仙伝](三国の呉の名医の董奉(とうほう)が病人をなおしても報酬を受けず、なおった者に杏を記念として植えさせた結果、数年後に立派な林をなしたという故事から)医者の美称。」を意味するものであることが認められる。したがって、「杏林」の部分も、元来は医者を意味する普通名詞であり、それ自体としては、医療、医薬関係を指す名称として特別顕著なものとはいえない。しかし、前記2のとおり、原告は、東京証券取引所第一部に上場されていた大手製薬会社であり、「キョーリングループ」の中核をなすものである。したがって、「杏林製薬株式会社」は、多額の宣伝広告費用を投じた結果、大手製薬会社の名称として周知となり、原告の商号は、製薬会社の商号の一部としての「杏林製薬」の部分ないし「杏林」の部分に、自他識別力があるというべきである。よって、原告の商号からは、「キョーリンセイヤクカブシキガイシャ」「キョーリンセイヤク」「キョーリン」等の称呼が生じる。
 他方、被告の商号である「杏林ファルマ株式会社」は、会社の種類を表す「株式会社」の部分を除くと、「杏林」と「ファルマ」とで構成されている。このうち、「杏林」の部分は、原告の商号の「杏林」の部分と同一である。また、「ファルマ」の部分は、「pharmaceutical」、「pharmacist」又は「pharmacy」などの語彙と共通する語源に由来するものである。研究社『新英和大辞典』第6版によれば、「pharmaceutical」は、「1調剤上の、製薬の;薬剤師の.2薬物の、薬物を用いる、薬物販売の.」を意味する形容詞及び「薬、調合薬.」を意味する名詞であり、「pharmacist」は、「薬剤師;製薬者.」を意味する名詞であり、「pharmacy」は、「1薬学;調剤(術).2薬局;薬屋、薬店.3薬種、薬物類.」を意味する名詞であることが認められる。したがって、「ファルマ」の部分は、広く薬に関連する意味を連想させる言葉として通用しているものということができ、実際に被告の外にも、医薬品の販売を事業内容とする「味の素ファルマ株式会社」、健康食品、医薬品原薬、医薬品等の製造、販売を事業内容とする「日清ファルマ株式会社」など、「ファルマ」を付した会社が存在する(甲70、71、乙15)。よって、被告の商号からは、「キョーリンファルマカブシキガイシャ」「キョーリンファルマ」「キョーリン」等の称呼が生じる。
 そうすると、被告の商号は、「杏林」の部分が原告の商号と同一であり、「キョーリン」という同一の称呼が生じ得る。また、「杏林ファルマ」は、製薬であるか薬局であるかにかかわらず、製薬を含む薬関係の事業を連想させるから、「杏林製薬」と観念において類似し、被告の商号は、原告の商号と観念において類似するものと認められる。
 よって、原告の商号と被告の商号は、取引者又は需要者が上記のような称呼の同一性、観念の類似性に基づく印象、記憶、連想等から、両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるというべきである。
(2) 被告は、「杏林」の語は普通名詞であって、特定のための識別力がなく、原告の商号と被告の商号のそれぞれが「杏林」及び「製薬」又は「ファルマ」から成り立っていて、いずれか1つの単語では営業表示とはみなされないとか、「ファルマ」の語が「薬局」を意味するものであって、「製薬」とは異なるなどと主張する。
 しかしながら、原告の商号のうち「杏林」の部分は、もとは普通名詞であるが、製薬会社としての原告の高い周知性に照らし、「杏林製薬」として識別力を獲得するに至ったものであり、また、「キョーリン」として強力な宣伝広告が行われた結果、その部分にも識別力が生じたものである。そして、「製薬」も「ファルマ」も、ともに医薬品に関するものであって、関連性が強い名詞であるために「杏林製薬」と「杏林ファルマ」の観念が類似することに照らし、被告の主張はいずれも失当というほかない。
(3) 以上のとおり、被告の商号は、営業表示として原告の商号と類似する。
4 争点(2)(営業の混同の有無)について
(1) 不正競争防止法2条1項1号に規定する「混同を生じさせる行為」とは、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が自己と上記他人とを同一営業主体として誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させる行為(広義の混同惹起行為)をも包含すると解すべきである(前掲最高裁昭和57年(オ)第658号同58年10月7日第二小法廷判決、最高裁平成7年(オ)第637号同10年9月10日第一小法廷判決・裁判集民事189号857頁参照)。
(2) 前記第2の1の争いのない事実等及び前記1(3)の認定事実によれば、被告は、平成14年5月に商号を「杏林ファルマ株式会社」に変更して、目的に医薬品、医薬部外品などの製造、販売等を加えたものであり、原告の営業と同一の営業を行うおそれがある。
 よって、被告が、上記のような営業を行うについて、「杏林ファルマ株式会社」を使用することにより、原告の取引者又は需要者は、被告をもって、キョーリングループの一員、あるいは、原告との間に資本的な繋がりがあるなど、緊密な営業上の関係があると誤信するおそれがあるものと認められる。
(3) 被告は、「仙薬露」ないし「仙養露」の販売予定がなく、「タヒボ」茶の販売には系列の別法人が行っていて、被告の商号を用いていないとか、被告の扱う健康食品は、通信販売による消費者への直販であって、原告と混同されることはないなどと主張する。
 しかしながら、被告が、「タヒボ」茶あるいは「仙薬露」ないし「仙養露」を扱って、業界新聞紙の記事に取り上げられ、自らのホームページ上にて宣伝していたことは前記1(3)認定のとおりである。これらの健康食品は、健康に資するという意味においては医薬品と同じ範疇に属する商品又は隣接する商品ともいうことができる。このように、被告の商号への変更と同時に医薬品、医薬部外品などの製造、販売等が目的に加えられ、被告において、医薬品等といわば隣接する健康食品を取り扱い、また、今後も取り扱う可能性が十分にあることからすれば、被告の主張はいずれも失当である。
 また、被告は、「杏林」を含めた営業表示が医薬品等の分野で使用された場合であっても、「株式会社杏林堂薬局」、「杏林予防医学研究所」、「根本杏林堂」あるいは「杏林大学」などの例のように、原告との間での混同が生じないなどと主張する。
 確かに、商号中に「杏林」を用いた医薬に関連する企業として、「株式会社杏林堂薬局」(乙18)、「株式会社根本杏林堂」(乙20)等が存在し、医科系の大学として、「杏林大学」が存在する(なお、「杏林予防医学研究所」については、正式な商号が不詳である。)。しかしながら、これらの商号等の使用と原告の営業表示の周知性の獲得時期との先後関係は不明である。また、被告以外に、これらの企業等が実在するとしても、被告による混同惹起行為が何ら減殺されるものではないから、被告の主張は失当というほかない。
(4) 以上のとおりであって、被告による被告の商号の使用は、不正競争防止法2条1項1号にいう「混同を生じさせる行為」に該当し、かつ、原告の営業上の利益を侵害し、また、今後も侵害するおそれがあるものというべきである。
5 結論
 以上のとおり、被告の行為は、不正競争防止法2条1項1号に該当し、原告の請求は、いずれも理由がある。したがって、原告は、被告に対し、同法3条1項に基づき、被告の商号の使用の差止めを求めるとともに、同条2項に基づき、変更登記に係る商号の抹消登記手続を求めることができる。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 高部眞規子
 裁判官 平田直人
 裁判官 田邉実
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