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【事件名】「スナップ写真」無断使用事件
【年月日】平成18年12月21日
 東京地裁 平成18年(ワ)第5007号 出版差止等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成18年11月9日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 藤井義継
被告 株式会社角川書店
被告 B
上記両名訴訟代理人弁護士 前田哲男
同 中川達也


主文
1 被告株式会社角川書店は、別紙写真目録記載の写真の複製物を掲載した別紙書籍目録記載の各書籍を印刷し、又は頒布をしてはならない。
2 被告株式会社角川書店は、別紙書籍目録記載の各書籍における別紙写真目録記載の写真を掲載した部分(別紙書籍目録1記載の書籍について口絵1頁の左上部、同目録2記載の書籍について口絵3頁の左中部)を廃棄せよ。
3 被告らは、原告に対し、連帯して金45万円及び内金43万円に対する平成14年4月27日から、内金2万円に対する平成16年1月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
6 この判決は、第1項及び第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告株式会社角川書店は、別紙書籍目録1及び2記載の各書籍の印刷又は頒布をしてはならない。
2 被告株式会社角川書店は、別紙書籍目録1及び2記載の各書籍の在庫を廃棄せよ。
3 被告らは、原告に対し、連帯して金110万円及びこれに対する平成14年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告らに対し、被告Bが執筆し、被告株式会社角川書店が出版する別紙書籍目録1及び2記載の各書籍について、原告が著作権を有する別紙写真目録記載の写真が無断使用されているとして、被告株式会社角川書店に対し、別紙書籍目録1及び2記載の各書籍の出版等差止め及び在庫の廃棄を、被告らに対し著作権(著作財産権及び著作者人格権)侵害を原因とする不法行為に基づく損害賠償として金110万円の損害賠償を求めたという事案である。被告らは、原告が別紙写真目録記載の写真について著作権を有しないこと、著作権侵害について被告らに過失がないこと等を主張して責任原因を争うとともに、差止めの範囲及び損害の額についてもこれを争っている。
1 前提となる事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠によって認められる。)
(1) 当事者
 原告は、日本国籍を有し、アメリカ合衆国に居住する者である。
 被告株式会社角川書店(以下「被告会社」という。)は、別紙書籍目録1及び2記載の各書籍(以下、「本件書籍1」のようにいい、総称する場合は、単に「本件書籍」という。)を発行する株式会社である。
 被告Bは本件書籍を執筆した者である。
(2) 別紙写真目録記載の写真(以下「本件写真」という。)の本件書籍への掲載
 本件写真(甲1、6)は、Cが屋外で乳児を抱きかかえている姿を撮影したものである。
 本件写真のうちCの上半身部分のみが、本件書籍1の口絵1頁の左上部に(乙4 、本件書籍2の口絵) 3頁の左中部に(乙5)、それぞれ掲載されている。
2 本件における争点
(1) 原告が本件写真を撮影したことによって、その著作権を取得したか(争点1)。
(2) 原告が本件写真の著作権を譲渡したか(争点2)。
(3) 本件写真の本件書籍への掲載が写真の著作物としての利用に当たらないといえるか(争点3)。
(4) 本件書籍全体の差止め及び廃棄が認められるか(争点4)。
(5) 本件写真の本件書籍への掲載について、被告らに過失があるか(争点5)。
(6) 損害の額(争点6)。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告が本件写真を撮影したことによって、その著作権を取得したか)について
(1) 原告の主張
ア 原告は、1970年(昭和45年)8月ころ、当時暮らしていたマレーシア国ジョホールバルの自宅で、当時の夫であるCが長男を抱いている姿(本件写真)を写真撮影した。
イ 被写体の構図の決め方やシャッターチャンスの捉え方に撮影者の工夫があれば、著作物性は認められる。本件写真においても、被写体の選択や構図の捉え方に原告独自の創意と工夫が認められる。
 したがって、原告は、本件写真を撮影したことによって、その著作権を取得した。
(2) 被告らの主張
ア 原告が本件写真を撮影したことは知らない。
イ 仮に、原告が本件写真を撮影したとしても、本件写真に著作物性は認められない。写真は、絵画とは異なり、カメラの操作により機械的に撮影されるものであるから、それが思想又は感情の創作的表現としての著作物と認められるためには、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等に工夫を凝らしたことによる創作性が認められなければならない。職業カメラマンなどではない一般人が、ごく日常的な場面で無造作に撮影した家族のスナップ写真が当然に「写真の著作物」に該当するわけではなく、むしろ、そのようなスナップ写真には、上記のような創作性を欠くことも多いと考えられる。
2 争点2(原告が本件写真の著作権を譲渡したか)について
(1) 被告らの主張
 被告Bが本件写真の入手時に受けた説明からすれば、原告は、本件写真の著作権を、Cに譲渡している。
 すなわち、被告Bは、Cの親友であった亡Dから、本件書籍の出版のためにCの肖像が撮影されている写真を正当に入手した。一般の著作物と異なり、職業的カメラマンではない者が家族を日常生活のなかで無造作に撮影したスナップ写真のように、仮に著作物性が認められるとしても「薄い著作権(thincopyright)」しか認められない写真については、撮影者から、撮影されている肖像本人であり、かつ現像された写真現物を所持していた者と推認されるCに著作権が承継されていたと考えるのが自然である。
(2) 原告の主張
 原告が本件写真の著作権を、被写体のCに譲渡したとの主張は否認する。
 写真の著作物の所有者は、その著作物を原作品により公に展示する権利を有するのみで(著作権法45条1項)、大量に複製出版する権利は有しない。
 被告らの主張は、肖像権と原作品での公表権と著作権(複製権)を混同している。
3 争点3(本件写真の本件書籍への掲載が写真の著作物としての利用に当たらないといえるか)について
(1) 被告らの主張
 本件書籍は、ジャーナリストである被告Bが、Cを含む外国人の日本における活動を評伝風に描いたノンフィクションである。このようなノンフィクションでは、描かれた人物の肖像を読者に紹介するために写真を掲載することが必要であり、被告Bは、その必要に基づき、Cの写真をその友人から入手した。
 本件書籍において本件写真を掲載した目的は、Cの風貌を読者に伝えることにあり、仮に本件写真に著作物性があるとしても、その著作物性を基礎付ける露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等に工夫を凝らしたことによる著作物としての要素を鑑賞させる目的は一切ない。現実の掲載態様も、Cの風貌を読者に伝えるという目的に合致したものであり、鑑賞目的に資するような掲載態様ではない。さらに掲載の効果についても同様であり、本件写真の掲載によって読者はCの風貌を知ることにはなるものの、写真の著作物性を鑑賞することにはならない。
 上記のような本件書籍における写真掲載の目的、態様及び効果に照らせば、本件写真の掲載は、仮に創作性があるとしても、その創作性ある部分の利用に当たらず、したがって、「写真の著作物」としての利用に当たらない。
(2) 原告の主張
 写真の著作物の所有者は、その著作物を原作品により公に展示する権利を有し、公に著作物を展示するためにこれらの著作物の解説又は紹介をする目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載できるにすぎない。被告らによる本件書籍への掲載が違法であることは明らかである(著作権法18条2項、45条1項参照)。
4 争点4(本件書籍全体の差止め及び廃棄が認められるか)について
(1) 原告の主張
 本件書籍は、一体として存在しており、現存する在庫について本件写真のみを取り除くことは現実的ではないし、被告らにはその意思もない。本件写真が無断使用されたままの在庫が残っていれば、在庫が販売される可能性が極めて高い。
 仮に、被告らが在庫から本件写真を取り除いた場合は、取り除いた後の本件書籍の出版及び在庫の所有は、原告の著作権を侵害しないのであるから、執行文付与の際に、違反行為は存在しないと異議を述べればよい。したがって、本件書籍の出版の全部差止め及び在庫の廃棄を認めても、被告会社の権利保護に欠けるところはない。
(2) 被告らの主張
 仮に、被告らによる著作権侵害が認められるとしても、本件書籍全部の出版差止め及び廃棄は過剰である。本件写真が掲載されているのは、本件書籍1の口絵1頁の左上部、本件書籍2の口絵3頁の左中部にすぎない。
5 争点5(本件写真の本件書籍への掲載について、被告らに過失があるか)について
(1) 原告の主張
 被告らは、本件写真の入手にあたり、ネガの有無を確認していない。したがって、過失があることは明らかである。
(2) 被告らの主張
ア 被告Bは、Cの親友であった訴外亡Dから、本件書籍の出版のためにCの肖像が撮影されている写真を正当に入手し、かつ、その入手に当たって訴外亡Dから使用許可を得ていた。
イ 本件書籍において写真を掲載した目的は、Cの風貌を読者に伝えることにあり、かつ掲載態様及び効果もその目的に合致したものであって、本件写真の著作物性があるとしても、その部分の利用を目的としていない。
ウ 一般の著作物とは異なり、職業的カメラマンではない者が日常生活の中で無造作に撮影したと思われるスナップ写真については、その著作権者が誰であるかを厳密に調査する慣行がない。仮に、そのような調査を行うとしても、そのような調査は一般的に困難である。
エ 以上の点に照らせば、被告らに過失はない。
6 争点6(損害の額)について
(1) 原告の主張
ア 被告らによる本件写真の無断掲載によって、原告が被った財産的損害及び精神的損害は100万円を下らない。
a) 被告らは、本件写真を掲載した本件書籍を出版することによって、原告の複製権を侵害している。また、著作者人格権として、公表権、氏名表示権及び同一性保持権(原告に無断で本件写真の一部をカットして公表している。)を侵害している。
 本件写真は、Cを被写体とする点で、非代替的なものである。写真エージェンシー事業者における汎用性のある写真と同列に扱うことはできない。
 原告は、被告Bから、5回ほど、電話インタビューを受けている。その際、写真のことは全く話題に上がっていない。被告Bは、原告が本件写真を撮影した可能性が極めて高いことを知りながら、原告の承諾を得なかったのであり、故意に原告の著作権を侵害した可能性が高い。
 被告らの主張は、許諾に基づく使用料を、無断使用者に対する損害賠償額と同列あるいはそれ以下にしようとするものであって、不当である。
イ 本件において、被告らの行為と相当因果関があると認めるべき弁護士費用は10万円を下らない。
(2) 被告らの主張
ア 財産的損害について
a) 写真エージェンシー事業者における使用料金
 写真は、様々な分野で利用される著作物であることから、多くの職業写真家は、自らの作品を写真エージェンシー事業者に預けておき、写真エージェンシー事業者が、出版社、広告代理店、放送局等からの申込みを受けて写真を貸し出し、書籍等への複製許諾を行っている。
 写真エージェンシー事業者のうち代表的な3社の使用料金(写真ポジなどの素材貸出料のほか著作物使用料を含んだもの)をみると、職業写真家の写真を書籍の1頁以内にモノクロにて掲載して使用することの使用料金は、公表されている料金規定によっても、1点あたり1万5000円から2万円程度であり、同一写真を複数回使用する場合には割引がある。また、公表されている料金規定から、さらに規定外の割引がされるのが実情である。
b) 本件写真の使用料相当額について
@ 本件写真は、本件書籍1(B6版単行本)の中の1頁のうち、48×35oにモノクロで、本件書籍2(文庫版)の中の1頁のうち、54×39oにモノクロで、それぞれ使用されたにすぎない。また、本件書籍2は、本件書籍1を文庫化したものであって、実質的には同一書籍である。
 したがって、仮に、本件写真が職業写真家によって撮影されたものであるとしても、本件書籍1への掲載についての使用料相当額は高くても2万円程度であり、本件書籍1の文庫化である本件書籍2への掲載については、別途の使用料が発生しないか、仮に発生するとしても、2万円の70%程度(1万4000円程度)である。
A 上記額は、著作物使用料のほか、素材の貸出料金を含むものであるところ、本件において、被告らは、訴外亡Dから本件写真を適法に取得しているから、素材貸出料金相当額を控除すべきである。
B さらに、( )本件写真i は、職業写真家によるものではなく、素人が日常生活の中で無造作に撮影したと思われるスナップ写真であって、その著作物性は、仮に認められるとしても希薄である。(ii)本件書籍に本件写真を掲載した目的は、Cの風貌を読者に伝えることにあり、かつ掲載態様及び効果もその目的に合致したものであって、本件写真の著作物性があるとしても、その部分の利用を目的としていないことからすると、職業写真家の写真と比べて、本件写真の使用料相当額は安くなるはずである。(iii)一般の著作物とは異なり、職業写真家ではない者が日常生活の中で無造作に撮影したと思われるスナップ写真については、その著作権者が誰であるかを厳密に調査する慣行がなく、仮に、そのような調査を行うとしても、そのような調査は一般的に困難であることに照らすと、仮に過失が認められるとしても、きわめて軽微なものにとどまる。
 以上の諸点からすると、本件写真の本件書籍への掲載に関する実施料相当額は、合計2万1760円を超えることはない。
 (2万円+1万4000円)(@)×0.8(A)×0.8(B)=2万1760円
イ 精神的損害について
 著作権は財産権であるから、それが侵害されたとしても当然に精神的損害の賠償を請求できるものではない。
ウ 弁護士費用について
 弁護士費用の額は争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(原告が本件写真を撮影したことによって、その著作権を取得したか)について
(1) 証拠(甲1、5、6)によれば、本件写真は、原告が、1970年(昭和45年)8月ころ、当時暮らしていたマレーシア国ジョホールバルの自宅で、当時の夫のCが長男を抱いている姿を撮影したものであることが認められる。なお、この撮影が、Cの嘱託に基づくものであることを認めるに足りる証拠はない。
(2) 前記認定のとおり、原告は、本件写真を撮影した者である。写真を撮影する場合には、家族の写真であっても、被写体の構図やシャッターチャンスの捉え方において撮影者の創作性を認めることができ、著作物性を有するものというべきである。
 本件写真は、父子の姿を捉えたその構図やシャッターチャンスにおいて、創作性が認められ、その著作物性を肯定することができ、撮影者である原告がその著作権を取得する。
 被告らは、写真については、 露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等に工夫を凝らしたことによる創作性が必要であると主張する。しかし、写真については、上記のとおり、被写体の構図やシャッターチャンスの捉え方からもその著作物性を肯定することができるというべきであり、被告らの主張は採用し得ない。
(3) なお、本件写真は、日本国籍を有する原告により、現行著作権法施行以前に日本国外で撮影されたものであるから、旧著作権法の解釈上、日本国の著作権法による保護を受けるものである。そして、本件写真の撮影がC(米国国籍)の嘱託に基づくものと認めるに足りる証拠はないから(旧著作権法25条参照)、撮影者である原告が撮影により著作権を取得したことは明らかである。
2 争点2(原告が本件写真の著作権を譲渡したか)について
 被告らは「原告は、本件写、 真の著作権を、Cに譲渡した。」旨主張する。
 しかし、被告らが主張するように、被告Bが、Cの親友であった訴外亡Dから、本件書籍の出版のためにCの肖像が撮影されている写真を正当に入手したとしても、このことは、本件写真の複製物を訴外亡Dが所有していたことを示すだけであり、原告が本件写真の著作権をCに譲渡したことを意味することにはならない。また、被告らは、スナップ写真のように「薄い著作権(thin copyright)」しか認められない写真については、被写体であり、かつ、現像された写真現物を所持していたCに著作権が承継されていたと考えるのが自然であると主張する。しかし、原告が本件写真のネガを所持していること(甲1、6、弁論の全趣旨)からすれば、原告は、本件写真の複製を行い得る立場にあったのであるから、写真の複製物の所有権をCないしは訴外亡Dに譲渡したとはいえても、写真の著作権自体を譲渡したことを認めることはできないというべきである。
 よって、原告が本件写真の著作権を譲渡した事実を認めるに足りる証拠はない。
3 争点3(本件写真の本件書籍への掲載が写真の著作物としての利用に当たらないといえるか)について
 本件写真は、原告が夫であったCと同人に抱きかかえられた子どもを、その庭を背景として撮影した家族の写真であり、Cの顔と上半身が撮影されている。そして、本件書籍においては、その口絵において、本件写真のうちのCの顔と上半身とその背景の一部が、Cの風貌を紹介する目的で、掲載されている。
 本件書籍における上記のような利用は、本件写真のうち、Cの顔と上半身が撮影されている部分を、その背景の一部も含めて、その風貌を示すために書籍に複製利用しているのであって、写真の著作物として利用していることにほかならない。被告らは、本件書籍においては、本件写真の著作物性を基礎付ける露光その他の撮影上の創意工夫といった著作物としての要素を鑑賞させる目的が一切ないことから、写真の著作物として利用するものではないと主張する。
 しかし、本件書籍の口絵に掲載されている写真が本件写真であることは、被写体の構図やその背景から明らかであるから、本件写真の撮影に際してなされた被写体の構図等の創意工夫は、一部とはいえそのまま本件書籍に再現されているのである。したがって被告らが、創作的表現である本件写真をその一部において複製使用しているのは明らかであり、被告らの主張は採用することができない。
4 争点4(本件書籍全体の差止め及び廃棄が認められるか)について
 証拠(甲4、乙4、5)によれば、本件書籍は、Cを含む外国人の日本における活動を評伝風に描いたノンフィクションであること、本件書籍における本件写真の使用部分は、口絵の写真中の一部にすぎないことが認められる。
 以上のとおり、本件写真の著作権を侵害している箇所は、本件書籍のごく一部分である。しかし、本件書籍が本件写真を口絵に掲載して、全体として一冊の本として出版発行されている限りは、本件書籍の出版により、原告の意思に反して本件写真の無断複製物を頒布することになるのであるから、本件写真を掲載した本件書籍の印刷・出版発行の差止めを認めざるを得ない(換言すれば、本件写真が掲載されている部分を削除すれば、本件書籍を頒布することは可能である。)。ただし、本件書籍はノンフィクションの書物であって、写真部分と文章部分は可分であり、本件書籍の大半を占める文書部分とその余の写真部分は、本件写真の著作権侵害とは無関係な部分であることからすれば、本件写真の著作権を侵害している箇所に限って、その廃棄が認められるというべきである。
5 争点5(本件写真の本件書籍への掲載について、被告らに過失があるか)について
(1) 証拠(甲5)によれば、原告は、訴外亡Dに本件写真を渡していないことが認められる。
(2) 被告らは、被告Bは、Cの親友であった訴外亡Dから、本件書籍の出版のためにCの肖像が撮影されている写真を正当に入手し、かつ、その入手に当たって訴外亡Dから使用許可を得ていた旨主張する。しかし、かかる入手経緯について、具体的にこれを裏付ける証拠はないだけでなく、仮にこのような入手経緯であったとしても、訴外亡Dが本件写真の複製物を所持していることが、訴外亡Dが本件写真の著作権を有していることの証拠となるものではないことは明らかである。現に、本件写真のネガは原告が所持しているのである。
 出版活動に携わる被告らとしては、取材に応じた者から写真の提供があったとしても、その者がその写真のネガなどを管理しており、その写真を撮影したことを窺わせる事情がない限り、写真の撮影者が別にいて、著作権を有しているという事態を容易に想定し得るところである。被告らは、単に、訴外亡Dから本件写真の使用許可を得ている旨の主張をしているだけであり、かかる主張を前提としても著作権者に対する確認作業は何ら行われていないのであるから、写真使用時に問題となり得る著作権処理について十分な措置を講じたとは言い難く、著作権侵害につき過失があるものといわざるを得ない。
 被告らは、本件写真の著作物性があるとしても、その部分の利用を目的としていないことを主張する。しかし、かかる主張自体、採用できないことは既に述べたとおりである。
 被告らは、また、スナップ写真については、その著作権者が誰であるかを厳密に調査する慣行がなく、仮に、そのような調査を行うとしても、そのような調査は一般的に困難であると主張する。しかし、上記慣行についてこれを認めるに足りる証拠はないし、被告Bが本件写真を入手した際に、著作権者への問い合わせをする必要がなかったといえる状況があったことを認めるに足りる証拠はない。さらに、被告らは、原告に電話取材した際に、原告から名前を出さないよう頼まれたと主張する。しかし、かかる主張を認めるに足りる証拠はない上、取材源として名前を出して欲しくないということと、本件写真の使用許諾をしたこととは別の問題である。
 したがって、被告らの各主張は採用できず、被告らは著作権侵害につき過失を免れないというべきである。
6 争点6(損害の額)について
(1) 複製権侵害に基づく損害賠償について
ア 証拠(乙1)によれば、株式会社オリオン(オリオンプレス)では、書籍における中1頁(表紙、裏表紙、見開き部分でない頁)の1頁以内に1色で(カラーでなく)使用する場合の使用料金は、1点あたり1万5000円であること、同一利用者が同一写真を複数回使用する場合には、70%の料金となることが認められる。
 証拠(乙2)によれば、株式会社セブンフォト(世界文化フォト)では、書籍の中面(表紙、裏表紙でない頁)でモノクロにて使用する場合の使用料金は、1点あたり2万円であること、同一利用者が同一写真を1年以内に複数回使用する場合には、70%の料金となることが認められる。
 証拠(乙3)によれば、株式会社アフロでは、書籍でのワンカットとしての使用料金は1点あたり2万5000円を基準とすること、モノクロにて使用する場合にはその80%(すなわち、2万円)であること、同一利用者が同一写真を1年以内に複数回使用する場合には、70%の料金となることが認められる。
イ 既に述べたとおり、被告らは、著作権者である原告に無断で本件写真を複製使用しているので、原告は、使用料相当額を損害賠償として請求することができる。使用料相当額を認めるに当たっては、前記ア認定のとおり、書籍における写真の使用料は、書籍の発行部数に比例して決定されるものではないことからすると、本件においても、同様の方法で算定することが相当である。そして、前記ア認定の使用料の額を参考にしつつ、本件写真は、被告らの発行する書籍において取り上げられているCの風貌を示すために使用されているのであって、他の写真で容易に代替できるものではないこと、前記ア認定の使用料は、写真エージェンシー事業者が代替性のある写真(宣伝広告等に使用される写真)について定めたものであることを考慮すれば、本件写真の複製権侵害に基づく使用料相当額は、本件書籍1への掲載につき3万円、本件書籍2への掲載につき2万円であると認めるのが相当である(なお、本件書籍2による複製権侵害は、同書籍発行日に生じるものであるから、遅延損害金の起算点は本件書籍2の発行日であると解するのが相当である。)。
(2) 著作者人格権侵害に基づく損害賠償(慰謝料)について
 被告らによる本件写真の本件書籍への掲載により、著作者である原告は、本件写真について有する公表権及び氏名表示権を侵害されている。また、本件写真は、Cが乳児を抱えている姿を撮影した写真であるのに対し、Cの上半身部分のみを取り出して本件書籍に掲載されているのであるから、原告が有する同一性保持権を侵害することは明らかである。
 なお、被告らは、「原告は本件書籍への氏名の表示を拒んでいた。」と主張する。しかし、これを認めるに足りる証拠がないし、そもそも、原告が本件写真の掲載を承諾したことが認められないのであるから、被告らの主張は失当である。
 本件写真は、原告がその夫と子供をプライベートに撮影したものであり、本来、公表を予定しないものであったにもかかわらず、本件書籍(単行本及び文庫本)に掲載されて広く頒布されたこと、本件書籍は、「東京アウトサイダーズ」と題する書籍であり、その文庫本の裏表紙に「一攫千金を夢見るアウトサイダーたちが世界中から集まる街・東京。天才詐欺師、…政治家を手玉にとるロビイスト、世界各国の諜報部員…夜の東京に暗躍するアウトローたちに、日本のヤミ社会はビッグ・チャンスと失望を与えてきた。」(甲4)と記載され、口絵に掲載された本件写真には、「元CIA のCは…」と紹介されていることなどから(甲4、乙4、5)、原告が本件書籍に本件写真の掲載を承諾しないことには合理的な理由があること、さらに、本件書籍においては、父子の姿を撮影した本件写真について、父の部分の顔と上半身とその背景の一部のみを切除して使用するという同一性保持権を侵害する態様で複製使用されたこと、他方、本件写真は日常生活の中で撮影された写真であり、被告らにとって、その著作者を見つけ出すことが必ずしも容易ではなかったことからすれば、原告が著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)の侵害により被った精神的損害の慰謝料としては、30万円と認めるのが相当である。
(3) 弁護士費用について
 本件事案の内容、外国在住の原告が訴訟追行のため訴訟代理人弁護士の選任を余儀なくされたことその他本件訴訟に表れた一切の事情に鑑みれば、被告らの行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、10万円であると認めるのが相当である。
(4) 以上によれば、被告らは、原告に対し、連帯して45万円の損害賠償義務を負うものである。
7 結論
 よって、原告の請求は、被告会社に対し、本件写真の複製物を掲載した本件書籍を印刷、頒布することの差止め及び本件写真を掲載した部分の廃棄を、被告らに対し、連帯して金45万円の損害賠償及び内金43万円については本件書籍1の発行日(不法行為日)の後の日である平成14年4月27日から、内金2万円については本件書籍2の発行日(不法行為日)である平成16年1月25日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないので、棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂 一
 裁判官 古河謙一
 裁判官 吉川泉


別紙 写真目録 略

別紙 書籍目録
1 題名 東京アウトサイダーズ東京アンダーワールドU
 著者 B
 訳者 E
 版型 四六版
 発行年月日 平成14年4月20日
 ISBN 4−04−791410−X−C0398
 定価 1890円(税込)
2 題名 東京アウトサイダーズ東京アンダーワールドU
 著者 B
 訳者 E、F
 版型 文庫版
 発行年月日 平成16年1月25日
 ISBN 4−04−247105−6−C0198
 定価 740円(税込)
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/