判例全文 line
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【事件名】不登校児矯正施設の軟禁・実名報道事件
【年月日】平成18年12月7日
 名古屋地裁 平成17年(ワ)第2864号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成18年9月27日)

判決


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し連帯して500万円及びこれに対する平成14年1月28日以降完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、いわゆる引きこもりの状態にあった原告が、そのような児童等に対する矯正教育・指導を標榜する被告会社の実質的主宰者である被告A(以下、被告会社と併せて「被告ら」という。)及びその補助者らによって、@意思に反して、被告会社の設置・運営する施設に拉致され、A同施設内において補助者から暴行を受け、Bその後、別のアパートに軟禁されるなどの人格権侵害を受け、さらに、C被告らがNHKによる取材、撮影等に協力することによって、プライバシーや肖像権を侵害する番組を放映されたなどと主張して、これら一連の行為が継続的な不法行為に当たることを理由に、被告らに対し、損害賠償及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実、証拠によって明らかな事実等。なお、以下においては、平成13年中の出来事については、原則として、月日のみで表記する。)
(1) 当事者等
ア 原告は、歯科医であった父(平成11年4月15日死亡)と内科小児科医であるBの間に出生した長男であり、平成13年当時、祖母、親権者のB、姉及び妹と肩書地の自宅で生活していた。
 原告は、中学校卒業後、県立高校に進学し、入学後数日間は登校したものの、すぐに不登校となり、6月には高校を退学して、自室に閉じこもって生活する状態となった。
イ 被告会社は、学習塾の経営、学習塾に入塾希望の児童に対して希望に沿った学習塾を選定し、紹介・斡旋する業務及び教育資材の販売等を目的とする有限会社であり、その実質的な主宰者(取締役)は被告Aである。
 被告会社は、「C」の名称で、いわゆる不登校・引きこもりの子どもの自立支援を標榜した矯正教育・指導を行っており、そのための施設として、名古屋市a区bc番地に所在する「D寮」を所有している。
(2) D寮入寮とその後の経過(本件で違法性の有無が争点となっている。)
ア B及び原告の祖母は、上記(1)アのような原告の状態を心配し、5月ころ、テレビ番組で知った被告Aに連絡を取った。
 これを契機に、Bと被告Aの交渉が始まり、6月20日、Bと被告会社との間で、原告「の問題行動の改善を目的として」、居所をD寮に指定し、「教育及び訓練(中略)を委託する」内容の「D寮入寮契約」(以下「本件委託契約」という。乙2)が締結された。
イ 被告A及びその依頼を受けたE某は、8月12日、原告をD寮に入寮させることを目的として、Bの自宅を訪れた。
 その際、引きこもり問題の特集を放映することを企図していたNHK名古屋放送センター報道部のFディレクター、カメラマン及び音声係らが同行し、原告の居室の様子などを撮影した。
 被告Aは、最終的に、原告を連れて名古屋に戻り、D寮に入寮させた。
ウ NHKは、11月23日、「ホリデーにっぽん・親が直れば、子も直る〜ひきこもり・非行を乗り越えて」とのタイトルで、被告Aらが原告の自室に入った場面及びD寮入寮後に撮影した原告の生活について放映した(甲4)。
エ 被告Aは、12月8日、原告に対し、D寮から愛知県春日井市d町所在のアパート「G荘」の1室に移るよう指示し、原告は、G荘にて独居生活を始めた。
オ Bの依頼を受けたH弁護士(本訴における原告代理人)は、平成14年1月25日、当時被告Aの代理人であったI弁護士らの立会を得て、G荘にいた原告と面会し、そのままH弁護士の事務所に同行した。そして、原告は、同月27日、迎えに来たBと自宅へ戻った。
 H弁護士は、同月28日、Bの代理人として、被告会社に対し、本件委託契約を解約する旨の意思表示をした。
(3) 原告による損害賠償の請求と訴えの提起
 原告は、平成17年1月26日到達の書面をもって、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償を請求する旨の催告を行った(甲1の1・2)上、同年7月22日、本訴を提起した。
2 本件の争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 被告らによる不法行為の成否
ア 引きこもり、不登校の児童等に対する指導の在り方について
(原告の主張)
(ア) 現代の我が国における学校教育制度は、大きな矛盾を抱えており、豊かな情操を養うことより、知育中心に偏り、管理主義や競争によって子どもに強いストレスを生じさせている。
 このような学校環境において、いじめ問題が解決されないまま拡大し、学級崩壊や校内暴力、これらを力で押さえ込もうとする教員による暴力などがまん延しており、子どもがそのような環境にある学校を息苦しく感じて離れるのが不登校という現象である。
 学歴信仰が根強い我が国では、子どもが不登校になると、周囲の無理解や偏見の視線の中で、親は不安を増大させ、孤立し勝ちになり、非常な焦りや無力感に陥る。そして、子どもは、学校へ引き戻そうとする学校関係者と親によって追いつめられ、自己否定に陥り、自分の殻に閉じこもるという現象が目立つようになった。
(イ) 被告Aは、上記のような子どもや親を対象に、「引きこもり児を2時間で直す体当たりカウンセリング」などとマスコミを利用した誇大宣伝を行い、親に対しては育児の失敗などを徹底的に非難・批判して、無力感に陥った親を心理的に支配した上、メンタル料金、寮費などの名目で対価を得ている。
 その子どもに対する支配方法は、子どもが悩んでいる状態を徹底的に否定し、あるいは補助者などをして殴る、脅すなどの暴力を用いて子どもの抵抗を抑圧することもある一方、子どもの心理的自由を拘束して、「不登校、引きこもりにしたのは、お前が悪いのじゃない。つらい気持は分かる。前向きに生きろ。」などといって、従順に行動するようコントロールするというものである。
 しかし、D寮を脱走した子どもに対して、頭髪を丸刈りにして殴ったり、塾生らが取り囲んでこもごも批判するなどの方法は、自分が受けている暴力的支配を、自分より弱い立場の者に対して再現するという「暴力の連鎖」を生じる危険をはらんでいる。
 かかる方法は、子どもの人格と人権を否定するものであり、子どもの状態をありのまま肯定的に認めた上、子どもの主体的、自発的な意思や人格を尊重しながら、対等な人間関係を形成しつつ、子どもをサポートするという非暴力主義的、民主的な方法を取る少数のフリースクールとは対極に位置する。
(ウ) 現代の不登校問題に造詣の深い識者(J大学医学部助教授K、社会評論家L)の意見書(甲19、20)によれば、子どもが不登校状態になったときに基本的に必要な親の対応は、子どもを受けとめ、見守ることであり、治すことではないこと、親がそのような子どもを受けとめる力を持つためには、不安な自分自身に耐えることが必要であり、そのために親をサポートすることも必要とされている。
 要するに、原告をD寮に連行し、そこでの集団生活の中に放り込んで「問題行動を改善」するような方法で「治す」ことは、原告にとって何ら合理性も必要性もなく、誤った方法であって、原告の自由と成長を侵害する違法な干渉、加害行為であることが明らかである。
(被告らの主張)
(ア) 被告Aは、約28年ほど前から、子どもの引きこもりに悩む親に対するカウンセリングや、引きこもりの子どもの立ち直りに助力し、近年は、親には意識改革をしてもらい、子どもたちには集団生活を体験して、コミュニケーションの取り方などを取得してもらう事業を営んでいる。この事業を行うに当たっては、もちろん親権者の承諾を得ている。
 被告Aは、個人として助力させていただいたころを含め、約1000件の家族の問題解決の指導に当たっているが、在宅のまま、指導を受けた方が多い。他方、入寮して指導する方法を受けた結果、引きこもりが解消され、社会で活溌に生活している卒業生も約100人に達している。
 このような実績によって、被告Aは、マスコミ等からの取材を受けることがあり、また、親を対象とする啓蒙出版物をいくつかの出版社から出版してもらっている。
(イ) 被告らの事業が、原告の主張するように、暴力的内容に満ち、子どもたちの自我を真に傷つけているのであれば、多数の卒業生が社会で元気に活躍していることはあり得ず、現在でも指導を求めてくる親子に評価してもらえることはない。
 原告の主張は、虚偽であるとともに、引きこもりの子どもの対処方法には一つの方法しかあり得ないという独りよがりな結論に持っていくことを企図した、ためにする主張というほかない。
イ 原告のD寮への入寮について
(原告の主張)
(ア) 被告Aは、8月12日、被告会社の補助者で屈強な若い男性であるE、NHKディレクターのFらを伴って、原告の了解を得ることもなく、突然、原告の居室に侵入した。また、被告Aは、原告の自宅出入口に大人を配置して、原告が逃げるのを防ぐようBらに指示した。
 被告Aは、原告の居室において、Bや祖母をして、原告にD寮へ入るよう説得させるとともに、自身も語気鋭く原告を非難し、突然未知の大人たちの侵入に驚き、動揺して恐怖に陥っている原告に対し、D寮に入所することを迫った。また、被告Aは、Bに対し、原告を殴れと指示した。
(イ) 被告Aから執拗に迫られた原告が、やむを得ず「働く」と言ったところ、被告Aは、原告の主体的な意思によって就職するのを待つのではなく、即時に付近の新聞配達店、ガソリンスタンドに就職の申込みをするように一方的に要求し、即時の就職が事実上不可能であることを承知の上で、Eをして原告の頭髪をつかんで外へ引っ張り出し、それらの店舗に連れ回し、原告を追いつめた。
 さらに、Eは、ガソリンスタンドで購入した缶コーヒーの金属製空き缶を原告の面前において手で握りつぶして腕力を誇示し、「寮に入ることは決まっている。列車の時間だ。早くしろ。力ずくで連れて行くか、自分で歩いて行くか。」と語気鋭く迫り、その命令に従わなければどのような危害を加えるかも知れない気勢を示して、原告を著しく畏怖させる脅迫を加えた。そして、被告Aらは、原告がD寮へ行くことを明確に拒否したにもかかわらず、原告を取り囲み、約6時間にわたってD寮へ行くことを強要し続けた。
 このような脅迫の結果、原告は、最終的に「自分で歩いて行く。」と答え、入寮に同意させられた。
(ウ) さらに、被告Aは、D寮へ行く途中の列車内において、原告に対し、「逃げたら連れ戻して坊主にする。」などと言って原告を脅迫し、被告A、E、NHK職員3人の合計5人で原告を監視しながら、原告をD寮へ拉致した。
(エ) 原告は、当時親権者であったBの意思に基づいたとしても、自己の意思に反して強制的にD寮に連行され、集団生活による指導を強制的に受けさせられる必要も合理的な根拠もなく、それが原告にとって最善の利益となり得るものではなかったことは明らかである。
 この点につき、被告らは、8月の時点において、原告をその希望や意思に反してもD寮に入寮させなければならないどのような必要性があったのかについて、何ら合理的な説明をしていない。そもそも、不登校問題や引きこもりの原因が親にあるという被告Aの主張自体が何ら根拠のないことであることは、前記各意見書に照らしても明らかである。
 なお、被告Aは、原告をD寮へ拉致した行為を正当化するために、当時、原告の家族に対する家庭内暴力があったかのごとく主張するが、これは虚偽の内容である。
(オ) また、Bが、D寮を原告の居所と定め、その監護を被告Aらに委ねた行為は、親権の濫用であり、被告Aらの行為を正当化するものではない。
(カ) さらに、被告Aが原告に対してD寮入寮を促した経緯には、インフォームド・コンセントを構成する要素がことごとく欠けている。
 すなわち、入寮を促すに当たっては、寮での生活がどのようなものであるのか、入寮後の生活がどのような変化をもたらすのかという見通しやその効果などについて、十分適切な情報を提供し、一緒にそのプラスマイナスを考えて、寮へ行くかどうかを選択、決定できるようにしていくという、共同の意思決定プロセスが必要であるところ、このような共同意思決定プロセスを全く経ることなく、大人が一方的に決定し、子どもがそれを拒否、抵抗できずに従うのは、強制以外の何物でもない。
(キ) 以上のとおり、被告Aは、原告に対し、その自由を拘束して連行する何らの法的権限もないのに、義務なきことを強要し、また、社会的相当性も認められないのに、原告の心理的自由を抑圧して、名古屋市のD寮まで連行したものであって、かかる行為は違法である。
(被告らの主張)
 原告の主張は争う。
(ア) 原告の部屋への入室の経緯は、以下のとおりである。
 最初に、Bと原告の祖母が入室した。このとき、部屋と階段を隔てる扉又はふすまは、Bによって開けられたままの状態であった。その状態で、Bが、被告Aらについて説明したが、原告は、入室につき特段の拒否行為や発言をしなかった。そして、当時原告の親権者であり、建物管理者であるBが入室を勧めたため、被告Aらは入室した。
 被告Aは、Bから、原告に対して現状が今後どのような事態となるか説明するよう求められたため、原告に対し、社会との接触を嫌って部屋に閉じこもることで、社会や他人と関わる能力が低下すること、この能力の低下は、接触を拒む時間が長ければ長いほど急速に失われていくことなどを今までの経験談を交えながら説明した。その上で、被告Aは、引きこもり状態を解消することがBの要望であり、被告A自身の経験からしても、引きこもり状態からの解消を図るべきであり、そのためには、他人と接触することが不可避となる同年齢の子どもらとの共同生活がよいと考えると説明した。
 これに対し、原告は、現状がすべて正しいとは言わなかったが、「今日から閉じこもることはやめる。」、「自分でやめられる。」などとその場限りの言い逃れをするのに終始し、原告の姉妹などは、全く信用していなかった。
(イ) そのうち、原告から、仕事をする、自分で探すという話が出たので、探しに行くこととし、入室者から祖母を除いた者たちが室外に出た。
 その際、原告は、Eに頭髪を引っ張られて野外に連れ出されたと主張する。しかし、原告自身、屈強な身体を有しており、現にこの時点まで、その肉体から放たれる暴力とも相まって、家族を威圧していたのである。このような原告に対し、普通の成年にすぎないEが、抵抗を排除しつつ頭髪をつかんで引きずり出すのが物理的に不可能であることは明らかである。また、被告Aは、話合いに基づく指導を行っているのであり、頭髪を引っ張るような行為をEに命じたことはない。
(ウ) 外に出た原告は、まず、「新聞配達をする。」と言い出した。これに対し、地元の事情に明るいBが、自宅の裏手に新聞販売店があると指摘したため、そこに行くことにした。販売店では、原告及びBが就業の依頼を行ったが、断られてしまった。
 原告は、断られた後、次にどこに行くかを言わなくなってしまった。そこで、被告Aが、比較的アルバイトの募集が多いガソリンスタンドを当たってみてはどうかと原告及びBに提案し、聞いてみることになったが、これも断られた。
 かくして、被告Aら及び原告は、屋外で4時間ほど過ごした。その際、原告の祖母もいた。その時間の多くは、原告のその場限りの言い逃れに費やされた。これに対し、原告の姉妹が、そのいい加減さに対して反論した。被告Aは、原告に対し、具体的方法を聞いたり、今までやろうともしなかったことがどうして急にできるといえるのかなどと話した。
 なお、原告は、このときにEが缶コーヒーの空き缶を両手でつぶして威力を誇示したと主張するが、Eは、原告の言動にいらだって無意識に缶コーヒーの空き缶をつぶしたにすぎず、原告に殊更威力を誇示したわけではない。また、Eが、原告に対して、寮に入ることは決まっているなどと発言したことはない。
(エ) その後、原告自ら、D寮に行くと言ったが、原告がD寮に行く気になったのは、Bから、とにかく1か月行ってきたらいいと言われたためである。
 また、原告が、被告Aらと自宅からJRの駅まで向かった際に使用された自動車は、原告の親戚の所有車両であり、その態様も、原告は親戚に挟まれて座っていただけで、羽交い締めにされたことなどない。さらに、原告は、公共の場であるJRの駅や列車の中も含め、第三者に救助を求めるなどの行為を何も行っていない。
 以上のように、屈強な体格の原告を、その意思に反し、公共交通機関を用いて、いわき市から名古屋まで連れてくることは不可能である。したがって、原告は、自らの意思で被告Aらと同行したというほかない。
ウ D寮における自由侵害の有無について
(原告の主張)
(ア) D寮に連行された後の原告の生活は、午前5時55分に起床し、午前中は学習、午後は作業、夜は午前中にした学習のうち間違った箇所を直す学習などをして過ごし、やり直しが済むまで寝かせてもらえないというものであった。そして、それらを怠る塾生は、指導員に殴られるという状態であった。
(イ) 原告は、D寮からの逃走を試みた制裁として強制的に頭髪を丸刈りにされた。この点につき、被告らは、丸刈りが盗みに対する指導であると主張する。しかし、仮に被告らがそう考えたとしても、頭髪を丸刈りにすること自体は暴力(傷害)であり、そのような暴力が原告に対して正当な教育効果をもたらすことはなく、教育効果を実証できるわけではないから、違法性を阻却する理由にはならない。
(ウ) さらに、原告は、9月25日朝、D寮を脱出したが、所持金もなかったので、歩いて福島県いわき市の自宅まで帰ろうと考え、水を飲むだけで何も食べることなく約24時間歩き続け、翌26日朝、豊田市内の公園で疲れてうずくまっているところを通りがかりの人に保護され、同月29日、自宅へ送ってもらった。
 その際、被告Aは、Bに対し、原告を自宅に入れないよう施錠することをファックスで指示しているが、これは、被告Aが、原告の行き先が自宅しかないことを見越して、Bを自分の手足のごとく使って原告を支配していることを明らかに示す事実である。
(エ) Bは、同月29日、D寮へ原告を連れ戻した。その際、被告Aの指導の下、原告とBを塾生が取り囲む形でミーティングが行われ、塾生は、原告を厳しく批判し、被告Aは、Bに対して、原告を殴るよう指示した。しかし、Bは、原告を殴ることができなかったため、被告Aは、Bを無能呼ばわりして非難した。
(オ) 原告は、同月30日早朝、再びD寮から脱走したが、名古屋駅でBと待ち合わせをしたところ、被告Aの指示を受けたNHKのFが来て、原告を捕まえてその場で原告の頭を殴り、さらにタクシーに引きずり込んだ上、D寮へ連行した。Fは、D寮においても、原告を殴り、正座を命じた。
 また、被告Aの指示により、その長男であってCの指導員であるMが、正座させられている原告に対し、顔面を約30分間殴るなどの暴行を加えた。
 被告Aは、原告の自宅から原告の祖母、姉、妹を呼び出し、自宅に帰ると主張する原告に対し、姉及び妹をしてD寮に残るよう説得させ、結局、原告をD寮に置き去りにさせ、帰宅を許さなかった。
(被告らの主張)
 原告の主張は争う。
(ア) 原告の頭髪を丸刈りにした行為について
 原告は、自転車窃盗行為をしたことを否認したが、警察官に対して、自ら他人の自転車を盗んだと明言し、一緒にいた寮生もこれに沿う発言をしていた。とすれば、原告は、現実に他人の財物を窃取したというほかない。このように、高校生にもなって、他人の物を盗んではいけないということが理解できない原告に対し、教育的効果を求めて、頭髪を刈ることは、何ら不法行為にはならない。
 また、かかる指導行為は、当時原告の親権者であったBの承諾を得ていた。
(イ) 9月25日の行為について
 引きこもっていた子どもにとっては、自宅に引きこもり続けることが最も快楽である。そこで、子どもが引きこもるために自由に帰宅できるとすれば、指導の効果が上がらない。また、親権者の毅然とした態度を子どもに示すことも、指導の実を上げるために必要である。そこで、被告Aは、Bに対し、原告を自宅に受け入れないように指導したものである。
 また、現実的に子どもを効果的に捜索できるのは警察であるところ、単なる家出のレベルでは、十分な捜索が行われないことは被告らの経験上判明した事実である。そこで、被告Aは、原告の安全を確保すべく警察による十分な捜索が行われるよう、Bに対し、警察への通報の仕方を指導したものである。
(ウ) 9月29日の行為について
 被告らは、暴力団と分かっても同行を希望し帰宅するという社会性のかけらもない原告の行動に驚愕し、指導の中止をBに提案した。
 しかし、日頃から原告の行動に強い恐怖を覚えていた原告の姉妹が、原告の帰宅に特に反対し、原告も指導の継続に同意し、Bも指導の継続を希望したことから、被告Aらは、やむなく指導を継続したものである。この事情は、B及び原告の姉妹が、後日被告らに寄せた書簡から明らかである。
 原告は、被告らが個人の事情で原告を強く引き留めたと主張したいようであるが、被告らは、原告を含め当時指導していた子どもについて、定額で指導していたにすぎない。また、被告Aらの指導を受けることを希望してD寮の空きができるのを待っていた親子は当時多数存したのであり、被告Aらに、親権者の反対を押し切ってまで、原告をとどめおく何らの理由も存しないことは明らかである。現に、原告も、被告らが原告をとどめおく理由を特に指摘していない。
 また、上記の話合いの際、被告AがBに、原告を殴るよう指示した事実はない。
(エ) 9月30日の行為について
a 原告は、NHKの職員であるFが、駅という公共の場で原告を殴打したという荒唐無稽な事実を主張している。
 これが事実であれば、NHK及びFを共同被告とするのが理の当然と思われるが、原告は、どちらにも訴訟を起こしておらず、裁判所の質問に対しても、その理由を全く説明していない。加えて、公共の場やタクシーの中で、原告主張のような暴行が行われたのであれば、タクシーの運転手を含めた第三者が警察に通報するのは必須と考えられるが、かかる通報の事実はない。
 D寮においても、Fが原告を殴打していないことは明らかである。
 また、原告は、行為者に対して提訴していないのに、行為者と雇用関係のない被告らに対して責任を追及する法律構成を何ら提示していない。
b 原告は、その後、D寮の指導員からも殴打を受けたとか、Bが原告を連れて帰ると言ったにもかかわらず、被告らが納得せず、原告を置き去りにしたなどと主張する。
 しかし、Bが原告を連れて帰ると固く決意していたのであればなおさら、そうでなくても、既に30分以上顔や頭を殴打され、見るに耐えない状況になってきた我が子が、更に目の前で殴打されているのにこれを放置して帰宅することなど、絶対にあり得ない。いわんや、被告Aらの指導に感謝する書簡を作成するはずなどない。
エ G荘における不当な支配の有無について
(原告の主張)
(ア) 原告は、9月29日にD寮に連れ戻されてからは、半ば逃亡をあきらめるようになった。被告Aは、12月8日、豊田市内の公園で原告を保護しようとした人物が暴力団組員であり、暴力団から原告を守るとの理由で、原告をG荘に軟禁した。
 その方法は、原告に所持金を一切持たせず、一人で外出することを一切禁止し、部屋には学習机、教材、クーラーボックス及び洗濯機のみを置き、毎日、被告会社の従業員であるNが同室を訪問して監視するというもので、当時原告の親権者であったBには原告の所在を知らせなかった。
 食材については、Nが購入したり、たまにNと原告が一緒に買物に行って購入し、原告が自炊するよう命じられた。原告は、G荘には電話がなく、かつ、所持金もなかったため、非常の場合に公衆電話で誰かに連絡して救助を求めることも不可能な状態に置かれていた。
(イ) 上記のような方法は、原告の自由を抑圧し、意思を強制する違法状態を継続させるものといえる。また、Bと被告会社間の本件委託契約にも反するものであり、親権を侵害する行為である。
 しかし、原告は、所持金もなく、逃げ出しても行くあてもなく、連れ戻されたときの制裁に対する恐怖から脱出することをあきらめ、ただ一人で、被告Aから指示された学習をしていた。被告Aは、原告に対して、O高校の定時制へ入学することを指示したが、原告は、表面上、それに対して反抗しなかった。
(ウ) なお、被告Aは、G荘の入居費用として、Bに60万円を要求した。Bはこれを支払ったが、賃貸借契約書を見せられず、原告の所在地も教えることを拒否された。そこで、Bは、被告Aに対する不信感を深め、平成14年1月になって、H弁護士に相談するに至った。
 原告と面会したH弁護士は、同月25日、原告が二度と被告Aの下へ戻りたくないと明確に意思表示したので、とりあえずは原告をH弁護士の自宅に宿泊させた。原告は、同月27日、H弁護士の事務所において、迎えに来たBと面接した。その際、H弁護士は、自宅へ戻るという原告の意思を再確認したので、原告は、同日、Bと共に自宅へ戻った。
 H弁護士は、同月28日、Bの代理人として、Nに対し、原告に関する被告会社との本件委託契約を解約して、原告を被告Aの下には戻さず、かつ、G荘の賃貸借契約も解約する旨口頭で通知し、被告会社の同意の下で、G荘から原告の所有動産類を搬出した。
(被告らの主張)
 原告の主張は争う。
(ア) 被告らが、原告の所在をBに知らせなかったのは、原告が暴力団を利用した際、Bが暴力団に多額の金員を交付したため、暴力団が、再度の金員欲しさに、原告を捜すおそれが存したこと、及びBが暴力団にD寮の所在を開示するなどした前例が存したため、原告の安全を確保するには、Bに住所を開示することが適切でないと判断したからである。
 また、Nが、Bと面談し、賃貸借契約書の内容を説明し、これに署名押印してもらった際、1日に1度はNに連絡するよう要請したにもかかわらず、連絡してこなかったのはB自身である。
(イ) さらに、G荘は、普通の民家であって、外部のみから施錠することは不可能であり、Nも四六時中監視していたわけではなかったから、原告が野外に出ることは十分可能であった。
 加えて、Bの要請で、H弁護士が本件委託契約の解除を告げた際にも、被告らは直ちに応じており、これを妨害することは一切なかった。
(ウ) 上記各事情は、平成14年2月21日には、当時被告会社代理人であったI弁護士から書面でH弁護士に説明されていたところ、この説明で原告が納得したからこそ、同時点では、これ以上の紛争にならなかったのである。
オ 被告Aらによる原告のプライバシー権、肖像権の侵害の有無について
(原告の主張)
(ア) 被告Aは、あらかじめ、Bに対し、原告をその自宅から拉致する際にFらNHK職員を同行すること、及びその取材・撮影に協力するよう指示した。その際、被告Aは、取材及び撮影に協力しないのであれば、原告を連れ出しに行かないと述べた。
(イ) そして、被告Aは、「メンタルケア」と称する業務を原告に行うに際して、対象者である原告のプライバシー権の保護を何ら顧慮することなく、Fらを伴って、原告の承諾なくしてその居室内に侵入し、原告やBらの修羅場のような居室内の様子を至近距離から撮影することを許容した。
 報道機関が、原告の承諾を得ずにテレビカメラを持ち込み、被告Aらの突然の侵入によって恐怖と精神的混乱に陥っている原告の様子を撮影、取材することは、原告のプライバシー及び肖像権を侵害し、原告の自尊心を著しく傷つける違法行為であることは明らかである。
(ウ) NHKは、11月23日、「ホリデーにっぽん・親が直れば、子も直る〜ひきこもり・非行を乗り越えて」との番組名で、被告Aが原告の自室に侵入した際の上記場面をそのまま放映し、原告の実名と顔の映像を公表した。
 原告は、そのような映像が放映されることは、あらかじめ知らされていなかったので、後にその放映の内容を知ってショックを受け、H弁護士の援助によって、被告Aの支配下から脱出して自宅へ戻ってからも、周囲の目が気になり、外出も一層困難になって苦しむことになった。
(エ) 被告Aは、上記番組の放映当時、Bの委託により原告を監護していたものであるから、プライバシーや肖像権を含む原告の権利・利益を適切に保護する注意義務を負担していた。
 そして、NHKによる上記のような撮影、取材及び放映は、被告Aの指示によりBが同意していたとしても、実質的には被告らの宣伝のために被告Aが指示し、許諾したものであるから、被告Aは、その取材対象とされた原告の法的保護に値する権利・利益を故意又は重大な過失により侵害したものであり、かつ、上記の原告に対する監護上の注意義務にも故意又は重大な過失により違反したものであって、被告らの原告に対する不法行為の一部を構成する。
(オ) 仮に、Bが、被告Aの指示を受けて、NHKによる上記撮影、取材並びに実名及び顔写真の放映に同意したとしても、それは親権の濫用であって、原告に対するプライバシーの権利や肖像権侵害の違法性を阻却するものではない。
 被告Aは、被告らの利益を図るために、Bに対して上記のような親権濫用を指示したのであって、本件のように、プライバシー及び肖像権を侵害し、原告の自尊心を著しく傷つける報道機関の撮影、取材及び放映を許諾する権限は、親権者も有していない。
 それは、国連子どもの権利条約第16条が、子どものプライバシーは子ども自身の権利であると定めていることに照らしても明らかである。
 なお、被告らは、原告がNHKに対してプライバシー権及び肖像権侵害による訴えを提起していないことを批判するが、これは、撮影等について、Bが同意し、原告も外見的には承諾していたからにすぎない。
(被告らの主張)
 原告の主張は争う。
 NHKは、撮影、取材及び放映を行うについて、Bの承諾を得ていた。また、放映前には、その可否を原告にも確認している。
 なお、原告は、行為者であるNHKをプライバシー権及び肖像権侵害で訴えなかったのは、Bが同意し、自分も外見的には承諾していたからであると主張するが、そうであれば、なぜ行為者でない被告らが不法行為責任を負うのか全く理解できない。
(2) 消滅時効の成否
(被告らの主張)
ア 原告は、平成14年1月にG荘を退去しているところ、本訴提起は平成17年7月22日であるから、その時点で3年以上が経過している。
 もっとも、原告は、被告らに対し、平成17年1月24日付け内容証明郵便を送付しているが、損害金額を特定しておらず、時効中断事由である催告の書面とはとてもいえない。
イ また、原告は、被告らによる前記行為を一連の継続的な不法行為と主張するが、NHKによる取材、放映に対する同意を含め、被告らの行為については、これを一連の継続的な不法行為と見るべきではなく、すべて個々の行為と見るのが適切である。
 したがって、原告が、被告らに対し、平成17年1月26日に損害賠償の支払催告をしたとしても、平成14年1月25日以前の行為については、もはや消滅時効が成立している。
ウ とすれば、仮に同日以前の被告らの行為が原告に対する不法行為を構成するとしても、消滅時効により損害賠償請求は認められないから、被告らは、本訴において、消滅時効援用の意思表示を行う。
(原告の主張)
 被告らの主張は争う。
ア 被告らの行為は、拉致が行われた8月12日からH弁護士によって被告会社との本件委託契約が解消された平成14年1月28日までの間、原告を暴力的・心理的支配下に置いていたものであるから、被告会社の事業の一環としてなされた被告Aによる原告に対する一連の継続的な不法行為というべきである。
イ 原告は、平成17年1月26日に被告らに到達した内容証明郵便により、本件の不法行為による損害賠償の請求をした。その上で、原告は、同年7月22日、名古屋地方裁判所に対し本件訴えを提起した。
 したがって、NHKによる放送行為も含め、被告らの不法行為に基づく損害賠償請求権について、消滅時効は成立していない。
(3) 被告らの責任と損害
(原告の主張)
ア 被告Aの原告に対する不法行為は、被告会社の営利事業の一環として行われたものであり、及び被告Aは、被告会社の役員の職務に関して不法行為を行ったものであることは明らかである。
 そして、被告会社代表取締役Pは、実質的経営者である被告Aが上記不法行為を実行することを当然承認していたものであるから、被告Aの不法行為は、被告会社代表者の行為、あるいはその許諾の下に行われた行為と評価すべきである。
 よって、被告会社は、民法709条、715条1項、有限会社法32条、改正前の商法78条2項、民法44条1項に基づき、上記不法行為によって原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
 また、被告Aは、民法709条、有限会社法30条ノ3第1項により、被告会社と連帯して上記不法行為により原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
イ 被告らの不法行為により原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには、500万円を下らない金員が必要である。
(被告らの主張)
 原告の主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 前記前提事実に証拠(甲1の1・2、4、6の1・2、7、8の1、9及び10の各1ないし3、14ないし16、18、21、乙1ないし3、4の1ないし130、5ないし8、原告本人、被告A本人。ただし、認定に反する部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 当事者等
ア 原告は、歯科医であった父と内科小児科医であるBの間の子であるところ、平成11年4月15日に父が死亡したため、平成13年当時、Bが原告の単独親権者であった。原告には、当時、Bのほかに祖母、姉及び妹がおり、5名で自宅にて生活していた。
 原告は、父親が死亡した中学2年生のころから学校を欠席することがあった。原告は、中学校を卒業後、県立高校に進学したところ、入学後数日間は登校したものの、すぐに不登校となり、平成13年5月ころからは、1日当たり1、2回の食事のためや新聞を取るために部屋を出ることはあるものの、それ以外は専ら自室に閉じこもって生活するようになった。そして、原告は、6月ころ、担任から単位が不足することを指摘されたことから、上記高校を退学した。
イ 被告会社は、学習塾の経営、学習塾に入塾希望の児童を希望に沿った学習塾を選定し、紹介、斡旋する業務及び教育資材の販売等を目的とする有限会社である。
 被告会社は、いわゆる不登校・引きこもりの子どもの自立支援を標榜して、「メンタルケア」と称する子ども及びその親に対する指導を行っている。その指導方法は、「C」の名称で、親などの家族に対するセミナーを毎月2回実施したり、また、名古屋市a区所在のD寮において、不登校・引きこもりの子どもを親から預かり、集団生活をさせながら指導することで自立を支援するというものである。
 被告Aは、被告会社の実質的な経営者(取締役)であるとともに、Cの主宰者であり、D寮における事業を含め、被告会社のメンタルケア事業についても、中心的立場で活動している。
(2) 原告によるD寮入寮の経緯等
ア B及び原告の祖母は、上記(1)アのような原告の状態を心配していたところ、テレビ番組で被告A及び被告会社の存在を知り、Bは、5月中旬ころ、被告Aに相談の手紙を送った。
 Bの手紙を読んだ被告Aは、6月13日、Bと面接し、原告の状況を聴いた上で、Bに対して、原告をD寮に入寮させるとともに、月2回日曜日に行うCに家族で参加するよう求めた。このような交渉を経て、Bは、原告を被告Aに預けることを決め、6月20日、被告会社との間で、「問題行動の改善を目的として」、原告をD寮に入寮させ、被告会社にそのための教育及び訓練を委託する内容の本件委託契約を締結し、それとともに、B、原告の祖母、妹は、Cに参加するなどした。
 そこで、被告Aは、Bに対し、8月12日に迎えに行くが、その際、NHKの取材があるので同意すべきこと、被告A及びE(Mの知人であって、被告Aから同行を依頼された人物)及びNHKの職員3人の合計5人が原告を迎えに行くので、5人分の列車の往復切符を購入して送ってもらいたいことを連絡した。Bは、この申出を了解し、5枚の切符を購入して被告Aに送った。
イ 被告Aは、8月12日、E、NHK名古屋放送センター報道部のF、カメラマン及び音声係の4人を伴って原告宅を訪れた。また、事前に連絡を受けていた近所の住人及び原告の父の友人も来ていた。
 そして、被告Aら、B、原告の祖母、姉及び妹は、原告の居室に入り、B及び祖母は、原告にD寮へ行くよう説得したが、原告はこれに応じようとはしなかった。その際、被告Aは、Bに対し、「原告を殴れ。」と発言したが、Bは原告を殴らなかった。そのようなやりとりをしている間、Bは、診療所の看護師夫妻に自宅の出口を見張ってもらっていた。
 やがて、被告Aから、これからどうするつもりかと問われた原告が、働くつもりであると言ったため、一同は、原告宅の近所にある新聞配達店及びガソリンスタンドを訪れ、就職の申込みをしたが、いずれも断られた。その後、自宅近くの公園に移動し、D寮への入寮を求める被告Aらとこれに応じない原告との間で話合いが続けられたが、原告の部屋に入ってから数時間が経過したころ、業を煮やしたEが、「もう新幹線の時間だ。早くしろ。」などと促し、Bも、1か月だけでも入寮してもらいたいと述べたことから、原告は抵抗することをあきらめ、「自分で歩いて行く。」と発言した。そして、原告は、同日、被告Aらと共に新幹線を利用して名古屋へ行き、D寮に入寮した。列車内では、原告の隣にEが、通路を挟んだ右側に被告Aが座った。
 なお、D寮へ行くことが決まるまでの間、NHKのスタッフが、上記の状況を撮影及び取材していた。
 Bは、原告がD寮に入寮したすぐ後に、被告Aに対して、原告の面倒をよく見てもらいたいと考えて100万円を渡したが、被告Aから返金された。
(3) D寮及びG荘での生活等
ア 原告は、8月12日からD寮において他の寮生らと集団生活を始めたところ、その日課は、午前5時55分ころに起床し、午前中は学習、午後は様々な作業、夜間は午前中の学習の間違い直しなどで、就寝は午後12時ころになることもあった。
 原告は、隙を見て逃走しようと考えていたところ、9月7日、他の寮生と共にD寮を抜け出したが、同日、D寮に連れ戻された。その際、原告らは、寮を抜け出した後に自転車を盗んだ旨述べたため、盗みとD寮を抜け出した罰として、被告Aの指示で、頭髪を丸刈りにされた。
 原告は、同月25日にもD寮を抜け出し、歩いて自宅まで帰ろうとしたところ、原告がD寮を抜け出したことを知った被告Aは、Bに対し、ファックスで、自宅をすべて施錠し、自宅内へ原告を入れてはならないことや、原告が何をするか分からない危険な子どもだという情報を警察に提供して警察官の出動を促すことなどを指示した。
 原告は、同月26日朝、愛知県豊田市内で疲れのために通りすがりの人物に助けを求め、その人物の家で過ごした後、同月29日に、この人物に自宅へ送ってもらった。なお、原告は、その間に、上記人物が暴力団関係者であることを知った。
イ 原告は、自宅に着いたものの、Bから、被告Aらが連れ戻しにくると聞かされたことと、本件委託契約を解約して自宅に戻れるようにすると言われたことから、D寮に戻ることとし、同日夜、Bと共にD寮へ戻った。
 帰寮した原告は、同日午後10時ないし11時ころから翌30日午前2時ころまで、被告A、M及びD寮の寮生らに囲まれたミーティングと称する会合で、批判・非難を受けた。その際、Bは、被告Aから原告を殴るよう指示されたが、Bは、これに従うことができず、被告Aに対する不信感が芽生えた。
 原告は、同日早朝、三度、D寮から逃げ出し、名古屋市内のホテルに宿泊していたBと連絡を取って、一緒に自宅へ戻るべく、名古屋駅で待ち合わせる約束をした。
 原告が逃げ出したことを知った被告Aは、Bと連絡を取って、名古屋駅内の喫茶店で会い、自分は当日福井での講演があるから、Fを呼んで、原告を連れ戻してもらうと話した。そして、被告Aから連絡を受けたFは、その要請を容れて協力することとし、JR名古屋駅に来て原告を見つけ、タクシーに乗せてD寮まで連れ戻した。帰寮した原告は、Mからこづかれたり、顔面付近を叩かれたりした。
 連絡を受けた原告の祖母、姉及び妹も、同日、D寮を訪れ、原告を自宅へ帰宅させるかD寮に残して指導を続けるかについて話し合った。話合いの中で、原告の姉及び妹は、原告には自宅に戻ってきてほしくないと述べたため、結局、原告の家族は、原告を自宅へ連れて行くことはせず、その後も原告がD寮において集団生活を送ることを委ねた。
ウ NHKは、11月23日、「ホリデーにっぽん・親が直れば、子も直る〜ひきこもり・非行を乗り越えて」とのタイトルで、被告Aらが原告の居室に入った場面及びD寮入寮後に撮影した原告の生活について放映した。その際、原告の実名を出し、顔を隠すことなく放映した。
 事前に上記番組の放映について了承を求められた原告は、反対の意思を示すことはしなかったが、複雑な気持を抱いた。その後、原告は、Fから物品(腕時計)を提供されている。
エ Bは、12月初旬、被告Aから、原告が暴力団に連れ去られたとの連絡を受け、D寮へ向かった。実際、原告は、暴力団関係者に自宅へ送ってもらい、自宅で過ごした後、姉と共にD寮へ戻った。
 そこで、被告Aは、Bに指示して、G荘の一室を賃借させ、同月8日、そこに原告を移して独居させた。被告Aは、同室に鍵は掛けなかったものの、単独での外出禁止を原告に命じ、また、Bが暴力団組員にG荘の住所を教える可能性があると考え、G荘の住所は教えなかった。
 原告は、G荘で一人で生活し、学習等をするよう指導されており、被告会社のインストラクターと称するNが、原告の指導係として、その監督や食料の調達等を行っていた。G荘には電話及びテレビはなく、原告は所持金も有していなかったため、そこから抜け出すことは事実上の困難を伴った。
オ H弁護士は、原告の居場所も知らせてくれない被告Aに不信感を抱いたBからの依頼を受け、平成14年1月24日、Nと連絡を取り、親権者に子どもの居場所を知らせないことは違法である旨伝えた。
 これを受けた被告Aは、I弁護士に処理を依頼した結果、H弁護士は、同月25日、I弁護士及びNの立会の下、G荘で原告と面会することができ、そのまま原告をH弁護士の事務所へ同行させた。そこで、H弁護士は、原告の意向を確認したところ、D寮に帰りたくないとの回答を得たので、同日の夜はとりあえず原告を自宅に宿泊させ、翌26日、原告が関心を示した金沢市内のオープンハウスに連れて行き、同夜はそこに宿泊させた上、同月27日、名古屋に戻って、原告を迎えに来たBと事務所で面接した。そして、原告は、同日、Bとともに自宅へ戻った。
 H弁護士は、同月28日、Bの代理人として、Nに対し、原告に関する被告会社との本件委託契約を解約し、原告を被告Aの下には戻さず、かつ、G荘の賃貸借契約も解約する旨口頭で通知した上、G荘から原告の所有動産類を搬出した。
カ H弁護士は、平成17年1月24日付け内容証明郵便により、被告らに対し、原告に対する不法行為を理由に、損害賠償を請求すること、金額はあえて特定せず、被告らが謝罪の意思を誠実に表す金額を提示すべきことを通知し、同書面は、同月26日、被告らに到達した。
 その後、原告は、同月27日付け内容証明郵便をもって、上記請求には応じられない旨の被告らの回答を得たので、同年7月22日、本訴を提起した。
2 上記認定事実を基に、原告の被告らに対する損害賠償請求の当否について判断する。
(1) 一般に、子どもに対する教育は、その人格、才能並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させることを指向すべきものであり(児童の権利に関する条約29条1項(a)参照)、保護者、監護者であっても、身体的若しくは精神的な暴力、傷害若しくは虐待、放置若しくは怠慢な取扱い、不当な取扱い又は搾取を行うことは許されないと解される(同19条1項参照)。
 もっとも、子どもは、その未熟さゆえに、社会的な規範を逸脱する行動を取ることがあるから、そのような場合、保護者・監護者は、社会的に相当と認められる範囲内の手段、方法をもって、懲戒権を行使することができることはいうまでもない。このことは、親権者や学校教育に携わる者にとどまらず、これらの者から監護、教育を委託された者であっても、基本的に妥当すると考えられる。ただし、この場合であっても、体罰は、原則として上記範囲を超えるものとして、違法性を帯びるというべきである(学校教育法11条ただし書参照)。
 また、暴力や体罰に至らない程度の自由の制約や、学習や作業の押し付けについては、その目的・趣旨、形態、程度等を総合し、社会通念上、許容される範囲内の行為か否かによって、違法性の有無を判断すべきものである。
(2) この点について、原告は、被告らによる引きこもり・不登校児童に対する教育・指導方法は、子どもが悩んでいる状態を否定し、あるいは暴力を用いて子どもの抵抗を抑圧するなどして、従順に行動するようコントロールするものであり、何らの合理性、必要性も認められない誤った方法である旨主張する。
 暴力を用いることが原則として不法行為法上の違法をもたらすことは上記のとおりであるが、被告らが実践している指導方法が、果たして不登校・引きこもりの子どもを立ち直らせる実際上の効果を有するものか否かについては、様々な議論があり得るところ(乙8には、被告らによる実績を誇示する記述があるのに対し、甲19、20は、その指導方法に疑問、批判を投げかけている。)、本件においては、これを実証する証拠がない上、そもそも、このような教育学的な方法論の当否については、裁判所による認定・判断になじまないと考えられる(少なくとも、専門家等によって、いろいろな議論や実践が試みられている割りには、現代社会における引きこもり・不登校問題の深刻さが解消するきざしが見えていないことは公知の事実である。)。
 そして、教育上の効果がないことから、直ちに被告らの行為が不法行為と評価されるものではない一方、効果があるからといって、どのような手段・方法を採っても違法でないといえるものでもない。結局、被告らの行為が不法行為と評価されるか否かは、上記のとおり、諸事情を総合し、社会通念上、許容される範囲内の行為か否かによって、個別的に判断していくほかないというべきである。
(3) かかる観点から判断すると、被告らの行為のうち、少なくとも、@原告の事前承諾を得ることなく、NHK関係者が原告の居室内や容ぼう等を撮影するのに便宜を与えた行為、A原告の頭髪を丸刈りにした行為、BMが原告をこづいたり、顔面付近を叩いたりした行為は、違法と評価する余地が十分に認められるというべきである。
 この点について、被告らは、@については、事前にBの同意を得ていたと主張するが、この事実があるからといって、本人の承諾を得ることなく、思春期である15歳の少年のプライバシーに関する内容を撮影するについて便宜を与えた行為を適法化するものとは考え難く、特に、被告AがFらを同行したのは、引きこもり・不登校問題についての社会的関心を集めることよりも、これが放映されることによる自己の社会的評価を高めようとする意図に出たと推測されることを考慮すると、原告に対する配慮を欠く行為と評価されてもやむを得ないというべきである。また、Aについては、盗みがいけないことを理解できない原告に対する教育的効果を求めた行為であって(もっとも、甲15及び原告本人の供述では、自転車の盗みの話は所持金の存在を隠すための方便にすぎないとされている。)、親権者であったBから承諾を得ていたと主張するが、これが体罰の一種であることは否定できない上に、頭髪を丸刈りにされることによって、男子であっても一定の屈辱感がもたらされることを考慮すると、これが社会通念上相当な行為とはいえない。さらに、Bについては、かかる暴力的行為の存在を否定するが、甲4によれば、同日ころの原告の首や唇に傷跡のようなものが見えること、甲14、15には、やや誇張されているとの印象は拭えないものの、暴行を受けたときの状況が具体的に記載されていること(甲21にも同旨の記載がある。)、被告Aも、本人尋問において、Mが原告を突いたことはあるかもしれないと供述していることなどを総合すれば、Mは、度重なる抜け出しに対する懲罰として、上記の暴行を行ったと推認するのが相当である。
(4) すすんで、消滅時効の主張について判断するに、上記認定事実のとおり、Bから依頼を受けたH弁護士は、平成14年1月25日、G荘で原告に面会した後、そのまま同弁護士の事務所に同行し、原告の意向を確認した上、同夜は同弁護士の自宅に宿泊させたこと、H弁護士は、翌26日、原告を金沢市内のオープンハウスの催しに連れて行き、同夜はそこで宿泊して、同月27日、名古屋に戻って迎えに来たBに面接したこと、その結果、原告は、一度も被告らの監督・支配下にあるD寮やG荘に戻ることなく、同日、Bと共に自宅に戻ったこと、以上の事実が明らかである。
 ところで、消滅時効は、権利を行使することができる時から進行すると規定されている(民法166条1項)ところ、ここにいう権利を行使することができるとは、一般に、権利を行使することについて法律上の障害がなくなったというだけでなく、権利の性質上その行使が現実に期待することができることを要すると解される(最高裁昭和45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁ほか参照)。これを本件についてみるに、原告は、平成14年1月25日にH弁護士に面会し、同弁護士に同行してG荘を離れて以来、一度も被告らの管理、支配下に戻ることがなかったというのであるから、同日以降は、原告が被告らに対して損害賠償を請求することが現実にも期待できたといわざるを得ない(H弁護士が本件委託契約を解約する旨の意思表示をしたのは同月28日であるが、Bが締結した同契約が終了しなければ、原告による不法行為法上の権利行使が法律上あるいは事実上困難であるとは考えられない。)。
 そうすると、同請求権の消滅時効は、同月26日から進行を開始する(初日不算入)から、平成17年1月25日の満了をもって完成することが明らかである。しかるところ、原告が被告らに対して損害賠償を求める前記内容証明郵便が到達したのは同月26日であるから、仮に同書面の内容が民法153条所定の催告としての適格性を満たすとしても、なお、消滅時効の中断事由にはなり得ないといわざるを得ない。
 しかして、被告らが、本訴において消滅時効援用の意思表示をしたことは、本件記録上明らかである(NHKの放送行為については答弁書、被告らの行為については第3回口頭弁論調書)から、結局、被告らの行為が一連の継続的不法行為と評価できるか否かにかかわらず、不法行為に基づく損害賠償請求権は消滅していると判断せざるを得ない。
3 結論
 以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、その余について検討するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

名古屋地方裁判所民事第4部
 裁判長裁判官 加藤幸雄
 裁判官 倉澤守春
 裁判官 奥田大助
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