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【事件名】類似商号事件(スポーツ・マーケティング)
【年月日】平成18年11月29日
 東京地裁 平成18年(ワ)第9080号 商号使用禁止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成18年10月4日)

判決
原告 スポーツ・マーケティング・ジャパン株式会社
同訴訟代理人弁護士 小川恵司
同 野村裕
被告 ジャパン・スポーツ・マーケティング株式会社
同訴訟代理人弁護士 吉羽真一郎
同 三好豊
同 金丸和弘


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、「ジャパン・スポーツ・マーケティング株式会社」との商号を使用してはならない。
2 被告は、東京法務局渋谷出張所において平成17年10月3日に登記された「プロフェッショナル・マネージメント株式会社」から「ジャパン・スポーツ・マーケティング株式会社」への商号変更登記の抹消登記手続をせよ。
第2 事案の概要
本件は、スポーツマーケティングを主な業務とする原告が、同種業務を行う被告に対し、会社法8条に基づき、被告が不正の目的をもって原告と誤認されるおそれのある商号を使用していると主張して、当該商号の使用差止等を求めた事案である。
1 前提事実
(1) 原告
ア 原告は、平成12年7月12日に設立されたスポーツ市場の調査及びスポーツマーケティングに関する情報提供サービス等を目的とする株式会社であり、設立以来、「スポーツ・マーケティング・ジャパン株式会社」をその商号(以下「原告商号」という。)としている。
イ 原告は、平成15年4月1日以降、東京都渋谷区神宮前に本店を置いている。
 (以上、争いのない事実、甲1、4、5、15の1、16の1、17の1、18の1、19〜23、31〜39、40の1、41、弁論の全趣旨)
(2) 被告
ア 被告は、スポーツチーム・団体、スポーツ関連企業のマーケティング及びコンサルティング等を目的とする株式会社である。
イ 被告は、旧商号を「プロフェッショナル・マネージメント株式会社」(以下同社を「プロフェッショナル・マネージメント社」ということがあり、同社の商号を「被告旧商号」という。)とした株式会社であったが、平成17年10月1日、ジェイ坂崎マーケティング株式会社(以下「ジェイ坂崎マーケティング社」という。)及びトータル・ワークアウト株式会社(以下「トータル・ワークアウト社」という。)と合併し(以下「本件合併」という。)、併せて現在の商号「ジャパン・スポーツ・マーケティング株式会社」(以下「被告現商号」という。)へと商号変更した。
ウ 被告は、平成15年1月27日にいったん現在の本店所在地(東京都渋谷区円山町)に本店を移転し、平成16年7月1日、本件合併当時のトータル・ワークアウト社の本店所在地と同一地である東京都渋谷区道玄坂に本店を移転し、本件合併後も引き続き同所を本店所在地としていたが、平成18年3月20日、再び現在の本店所在地に本店を移転した。
 (以上、争いのない事実、甲2)
(3) 商号の類似
 原告商号と被告現商号とは、いずれも「スポーツ・マーケティング」という原告及び被告の業態を示す名称とともに、その属する国を示す「ジャパン」の語が加えられた商号であり、相違点は、「ジャパン」が「スポーツ・マーケティング」の前にあるか(被告現商号)、後にあるか(原告商号)という点にあるにすぎない。
 したがって、被告現商号は「他の会社であると誤認されるおそれのある…商号」(会社法8条1項)に当たると認められる。
(弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 不正の目的の有無
(2) 原告の営業上の利益の侵害又は侵害のおそれの有無
3 争点に関する当事者の主張
(1) 不正の目的の有無
(原告の主張)
ア 「不正の目的」の意義
 会社法8条の趣旨は、商号が会社の営業表示として営業主体を識別する重要な機能を果たしていることを前提として、他人の営業と誤認させる目的や他人と不正な競争をする目的がある場合だけでなく、いかなる目的であってもそれが不正のものである限り、他人の営業と誤認させる商号を使用することを禁止することにある。
 競業関係にある会社が同一又は類似商号を使用する場合、それによる不利益は、両会社が客観的に識別困難になることそのものから生じるのであって、同一又は類似商号の使用者に積極的な権利侵害の意図があるか否かによってその不利益が増減するものではない。このことからすれば、競業関係にある会社間における「不正の目的」とは、@同一又は類似商号の存在の認識及びA競業関係の認識が存することと解すべきである。又は、@及びAの認識があれば、「不正の目的」の存在を推定すべきである。
イ 「不正の目的」の存在を窺わせる事情
(ア) 原告の営業内容
a 原告の著名性
 原告は、スポーツマーケティングの分野において、以下のとおり確固たる営業実績を有しており、スポーツマーケティングに特化した会社としては、被告と国内で1、2位を争う会社であり、原告の近年の営業実績は、被告のそれに比して同等以上である。
 原告商号は、このような原告の営業を表示するものとして広く認識され、高い知名度を有している。
b 原告設立の経緯等
 原告は、ヨーロッパ随一のスポーツマーケティング会社であるISL社のグループ会社として、同社が権利を獲得していた平成14年の日本・韓国共同開催に係るワールドカップサッカー大会(以下「2002年ワールドカップ」という。)を中心に、日本におけるスポーツマーケティング業務を行うために設立された。
 平成13年になってISL社は破産したが、原告は、国際サッカー連盟直轄の会社であるFIFAマーケティング社と協力して、2002年ワールドカップ開催に向けた活動を継続し、同大会を成功させた。これにより、原告は、スポーツマーケティング業界における知名度を確固たるものとした。
c その後の活動
(a) 各種活動の展開
 原告は、2002年ワールドカップ開催後も、世界中で培ったネットワークを生かして、以下のようなスポーツマーケティング業務を展開している。
(b) ブランディング
 原告は、スポーツチームや競技団体へのコンサルティング、マーケティング戦略の構築及び遂行を行っているところ、例えば、北海道日本ハムファイターズの北海道移転に伴い、同球団のロゴ、マスコット、ユニフォームの開発、ライセンシングプログラム、PR活動計画などに関するブランド戦略レポートを作成した。
(c) マーケティングコンサルティング
 原告は、スポーツやエンターテインメントを利用した企業へのマーケティング課題解決を行っているところ、一例として、「ミスコン」への社会的嫌悪感やブームの終えんという逆風の中、社会にとって意味のある大会にしたいというミス・ユニバース・ジャパン事務局から問題解決の依頼を受け、「オピニオンリーダーの創造」をテーマに、単発イベントではなく、年間プログラムとしてスポンサーがマーケティング課題解決に役立てるような包括的マーケティングプログラムを作成し、ミス・ユニバース・ジャパンを更なるプロパティへと成長させている。
(d) メディアコンテンツセールス
 原告は、海外ネットワークを駆使したメディアコンテンツの提供を行っているところ、イタリアプロサッカーリーグのセリエA、アメリカプロバスケットボールリーグのNBA、アメリカプロフットボールリーグのNFL等について、それぞれ日本における携帯電話端末への情報配信のライセンスを獲得し、NTT ドコモ(iモード)等の公式サイトとして情報配信を行っている。
(e) ライセンシング
 原告は、マーケティングプランの展開を含めた日本でのライセンシングビジネスを行っているところ、アメリカのプロレス・エンターテインメント団体である「ワールド・レスリング・エンターテインメント」(略称は「WWE」)の日本におけるビジネスパートナーとして、日本市場でのマーケティング戦略の構築とライセンシングビジネスなどを行っている。そのほか、オフィシャルショップの設立、マーケティング戦略の立案、Webビジネス戦略の構築、イベント運営のサポートなども行っている。
(f) アスリート・アーティストマーケティング
 原告は、アスリート及びアーティストのメディア露出や企業の商品・サービスに対するエンドースメントなどのマネージメントを行っている。原告の顧客には、ニューヨーク・ヤンキース監督のA、千葉ロッテマリーンズ監督のB等がいる。
(g) その他
@ 原告及び原告代表取締役であるC(以下「C」という。)は、現在、世界のスポーツイベント関連の権利取得について、強力な営業力を発揮しており、こうした営業力を背景に、国際野球連盟から、2008年北京オリンピックの野球種目予選の全世界における放映権及びマーケティング権を獲得するなどしている。
A また、原告は、平成18年5月にアメリカ合衆国ハワイ州所在のイースト−ウェスト・センター主催の「アジア太平洋スポーツワークショップ」開催を後援したが、その際、Cは、スポーツ業界での幅広いネットワークを生かし、同ワークショップに北京オリンピック組織委員会の幹部や、北京及び香港のスポーツマーケティング会社の重役らを招へいした。
d Cらの著名性
(a) Cは、平成6年にアメリカ随一のスポーツマーケティング会社であるIMG社に入社した後、平成12年に原告の代表取締役となり、現在まで日本及び世界のスポーツマーケティング業界に身を置いている。IMG社及びISL社という世界の2大スポーツマーケティング会社と関わりを持ち、また、ISL社が株式会社電通(以下「電通」という。)の出資する会社であったことから、電通とも強いきずなを有するなど、業界に幅広い人脈を有している。また、上記のとおり、ISL社の破産というトラブルを乗り越えて2002年ワールドカップを成功に導くことに貢献するという、特に大きな業績を残している。
(b) また、原告の実質ナンバー2であるD(以下「D」という。)は、株式会社博報堂(以下「博報堂」という。)出身であり、また、かつて原告に在籍した者が現在博報堂のスポーツ局に勤務している例もあるなど、原告は、博報堂とも強いきずなを有している。
(イ) 被告の業務内容
 被告は、原告と同種のメディアコンテンツやアスリートマネージメント等のスポーツマーケティングを業務の中心として行っている。
(ウ) 被告における原告の営業実績等の認識
a 被告は、以下のような事情から、原告商号及び原告の営業実績を認識していたことは明らかである。
b(a) スポーツマーケティング業界は、限られた人材・会社の人的な結びつきで成り立っているという実態があるところ、このような業界の中で、被告代表取締役であるE(以下「E」という。)及び役員らが誰も原告商号を認識していなかったということはあり得ない。実際には、以下のような事実がある。
(b) CとEとは面識がある。
(c) 本件合併時、被告は、少なくともC及びDに対し、本件合併及び新商号となる被告現商号を知らせる挨拶状(甲9、10)を送付した。このうち、D宛の挨拶状(甲10)の宛名は、「スポーツマーケティングジャパン株式会社/D」と明記されている。
(d) ジェイ坂崎マーケティング社のF氏は、平成15年5月27日ころ、Cに対し、同社の業務に関連して書状(甲15)を送付した。
c わが国においては、特にテレビ放映権を扱う場合などには、電通や博報堂のスポーツ局に対する営業活動は必須であるところ、原告及び被告の業務の共通性から、電通及び博報堂側の担当者はおおむね重なり合う。したがって、原告及び被告は、こうした共通の取引相手を通じてお互いの動向を察知できるし、そのような情報を獲得することが原告及び被告の業務にとって非常に重要なことである。
d Eは、ワールドカップサッカー大会については、「ワールドカップ巨大ビジネスの裏側」(平成14年5月20日初版発行。乙4)を出版するほど詳しい者であり、また、被告は、平成5年ワールドカップサッカー・アメリカ大会、平成9年同フランス大会及び平成13年日本・韓国共同開催大会の各アジア地区最終予選を主な実績として挙げていることから、日本で開催された2002年ワールドカップのマーケティング事情に無関心でいられたはずはなく、FIFAマーケティング社と協力して同大会を成功させた原告商号及び原告の活動について多くの情報を得ていたことは、明白である。
e 被告は、ワールドカップサッカー大会に限らず、平成14年当時、複数のサッカーイベントを手がけており、サッカーに関するスポーツマーケティング全般の観点からも原告と競合関係にあり、業界における営業活動の中で原告の動向を当然知る立場にあった。
f 北京オリンピックは、スポーツマーケティング業界における目前の大イベントであり、当然ながら、その人気種目のテレビ放映権はスポーツマーケティング業界にとっても重大な関心事であり、これは予選大会であっても同様である。被告は、オリンピックに関するスポーツマーケティングにおいて原告と競合関係にあり、営業活動の中で原告の動向を当然知る立場にあった。
(エ) 本店所在地
 原告及び被告の本店所在地は、いずれも東京都渋谷区内にあり、その間の距離は約1.5キロメートル程度と極めて近接している。
ウ まとめ
 以上の事情によれば、被告が「不正の目的」を有していたことは、明らかである。
エ 後記被告の主張エ(「不正の目的」の存在を否定する事情)について
(ア) 同(ア)(Eの著名性)は認める。
(イ) 同(イ)(JSM標章の著名性)は明らかに争わない。
(ウ) 同(ウ)(商号変更に至る経緯)a及びbは不知、cは否認する。
 JSM標章を利用したいという被告の都合は、原告が商号権の侵害を受忍すべき根拠とはなり得ない。
(エ) 同(エ)(業態の特殊性)は否認する。潜在的顧客である第三者が原告が取り扱った実績を被告の実績と誤解するケースが考えられ、この点は、著名な会社同士であっても生じ得る。
(被告の主張)
ア 原告の主張ア(「不正の目的」の意義)は争う。
 「不正の目的」とは、他人の営業を表示する名称を自己の営業に使用することにより、自己の営業を当該名称によって表示される他人の営業と誤認混同させようとする意思をいう。
イ(ア) 同イ(「不正の目的」の存在を窺わせる事情)のうち、(ア)(原告の営業内容)a(原告の著名性)は否認する。
 同b(原告設立の経緯等)のうち、原告が2002年ワールドカップを成功させ、スポーツマーケティング業界における知名度を確固たるものとしたとする点は否認し、その余は不知ないし否認する。
 原告は、ISL社の出先機関であるスイスのスポーツ・マーケティング・ジャパンAG社の、更に単なる日本における支社として、同社に「日本におけるスポーツ市場の調査」や「情報提供サービス」を提供するために設立された会社にすぎない。
 また、原告は、2002年ワールドカップという単発のイベントのためだけに設立された会社にすぎないところ、同大会の放映権を取得していたISL社は、大会開催以前に破産してしまったのであり、原告は、その設立直後にその存在意義を既に失っていた。
 同c(その後の活動)及びd(Cらの著名性)はいずれも不知ないし否認する。
(イ) 同(イ)(被告の業務内容)は認める。
(ウ) 同(ウ)(被告における原告の営業実績等の認識)aは否認する。
 Eは、原告が「SMJ」と呼ばれていること及び原告の商号が「スポーツ・マーケティング・ジャパン」であるらしいことを聞いたことはあったが、被告及びEの実績とは比較にならない程度の実績しか有していなかったため、原告に全く関心を持っていなかった。そのため、被告がその商号を選定する際、Eは、原告商号を全く意識しなかった。
 同b( )のうち、スポーツマーケテa ィング業界は、限られた人材・会社の人的な結びつきで成り立っているという実態があることは認め、その余は否認する。
 同(b)は認める。
 同(c)は認め、(d)は明らかに争わない。
 同cは否認する。
 同dのうち、Eによる著書の出版及び被告が原告指摘に係るワールドカップサッカー各大会のアジア地区最終予選を主な実績として挙げていることは認め、その余は否認する。
 同eのうち、被告が平成14年当時、複数のサッカーイベントを手がけていたことは認め、その余は否認する。
 同fは否認する。
(エ) 同(エ)(本店所在地)のうち、原告及び被告の本店所在地がいずれも東京都渋谷区内であることは認め、その余は否認する。
ウ 同ウ(まとめ)は否認する。
エ 「不正の目的」の存在を否定する事情
(ア) Eの著名性
 Eは、日本におけるスポーツマーケティングの草分け的存在である。
(イ) JSM標章の著名性
 Eのスポーツマーケティング事業の中心となっていた会社が、ジェイ坂崎マーケティング社であるが、同社は、その英文名の頭文字を取って「JSM」という標章(以下「JSM標章」という。)でスポーツマーケティング事業を展開していた。そのため、JSM標章は、Eの名称とともに、Eが経営するスポーツマーケティング事業を行う会社を示す標章として、同業界に広く知れ渡っていた。
(ウ) 商号変更に至る経緯
a 本件合併においては、赤字会社であるプロフェッショナル・マネージメント社を存続会社とせざるを得なかったが、合併後の会社においても著名ブランドであるJSM標章を使用することが大前提とされていた。
 そこで、合併後の存続会社であるプロフェッショナル・マネージメント社の商号を、「JSM」が略称となる商号に変更することで対処することとし、本件合併と同時に、被告旧商号から被告現商号に商号変更したものである。
b また、被告現商号を選択した理由は、このほか、Eがわが国におけるスポーツマーケティングの先駆者であり、「スポーツマーケティング」という言葉の発案者であるEが代表者を務める会社に「スポーツマーケティング」の名称をつけるのは当然であると考えたことにもよる。
c このように、被告が被告現商号に商号変更したのには正当かつ合理的な理由があり、あえて原告商号に似せる目的で商号変更したのではない。
(エ) 業態の特殊性
 スポーツマーケティング業務は、クライアントとの最終的な契約締結に至るまでに相当な時間を要する点や、特定のクライアントのみを相手にする点に大きな特徴があるとともに、最終的な契約自体は会社単位で行うものの、実際に契約に至るまでには「人脈」、「実績」、「信頼関係」といった個人の能力や属性に負うところが極めて大きいといった特徴があり、汎用的な商品・サービスの提供とは全く異なる特殊な業務である。このため、クライアントがスポーツマーケティング会社に対し、その商号だけを見て信用して仕事を依頼するということはあり得ない。
 このような業態の特殊性に照らせば、他の会社と類似の商号を使用することで他の会社の営業であるかのようにクライアントを誤認させたとしても、それによって経済的利益を得ることができるわけではなく、むしろ、それまでに積み上げてきた信用を失うリスクすらある。
(2) 原告の営業上の利益の侵害又は侵害のおそれの有無
(原告の主張)
 被告が、原告と同種の業務分野において、原告の営業と誤認混同を生じさせていることにより、原告の営業上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれが生じている。
(被告の主張)
 原告の主張は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 「不正の目的」の有無について
(1) 「不正の目的」の意義
ア 会社法8条は、名声・信用が化体された商号を使用することについての会社の利益を保護する観点から、営業主体を誤認させる目的での商号の使用を禁止する趣旨の規定である。このような趣旨から、同条にいう「不正の目的」とは、他人の営業を表示する商号等を自己の営業に使用することにより、自己の営業を当該商号等によって表示される他人の営業と誤認混同させようとする意思をいうものと解するのが相当である。
イ これに対し、原告は、競業関係にある会社間において「不正の目的」があるというためには、同一又は類似商号の存在の認識及び競業関係の認識が存すれば足りる旨主張する。
 しかし、会社法8条の規定は、その文言から明らかなように、他の会社であると誤認されるおそれのある商号等であっても、使用者に不正の目的がない限り、その使用を許容するものであるから、原告の上記主張は、採用することができない。
(2) 被告の「不正の目的」の有無
 次に、被告に「不正の目的」があったかについて検討する。
ア 前提事実、争いのない事実、証拠(各項に示したもの)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 原告設立の経緯等及びその活動
a 原告は、国際的に著名なスポーツマーケティング会社の一つであったISL社のグループ会社として、同社が権利を獲得していた2002年ワールドカップの日本におけるスポーツマーケティング業務を行うために、平成12年に設立され、Cはその代表取締役に選任された。
 ISL社は平成13年に破産したが、原告は、FIFAマーケティング社と協力して、その後も2002年ワールドカップ開催に向けた活動を継続し、同大会は予定通り開催された。
 (甲8、16の1、19、22、34、35、37〜39、41、乙4)
b 原告は、スポーツブランドコンサルティングとして、スポーツチームや競技団体へのコンサルティング、マーケティング戦略の構築及び遂行を行っているところ、北海道日本ハムファイターズの北海道移転に伴い、同球団のロゴ、ユニフォームデザインの開発等を行うなどのブランディング・コンサルティング業務を行った。
 (甲4、5、19、22、31、34、35、37〜39、41)
c 原告は、マーケティングコンサルティングとして、スポーツやエンターテインメントを利用した企業へのマーケティング課題解決を行っているところ、ミス・ユニバース・ジャパンのマーケティングを担当した。
 (甲4、41)
d 原告は、メディアコンテンツセールスとして、海外ネットワークを駆使したメディアコンテンツの提供を行っているところ、イタリアプロサッカーリーグのセリエA、アメリカプロバスケットボールリーグのNBA、アメリカプロフットボールリーグのNFLについて、それぞれ日本における携帯電話端末への情報配信のライセンスを獲得し、NTTドコモ(iモード)等の公式サイトとして情報配信を行っている。
 (甲4、5、19〜21、33〜39)
e 原告は、マーケティングプランの展開を含めた日本でのライセンシングビジネスを行っているところ、アメリカのプロレス・エンターテインメント団体であるWWEの日本におけるライセンシングビジネスを担当した。
 (甲4、5、19、22、23、34、35、37〜39、41)
f 原告は、アスリート・アーティストマーケティングとして、アスリート及びアーティストのメディア露出や企業の商品・サービスに対するエンドースメントなどのマネージメントを行っているところ、原告の顧客には、ニューヨーク・ヤンキース監督のA、千葉ロッテマリーンズ監督のB等がいる。
 (甲4、22、37、41、42の2)
g 原告は、国際野球連盟から、2008年北京オリンピックの野球種目予選の全世界における放映権及びマーケティング権を獲得した。
 なお、さらに、原告は、国際野球連盟による平成21年開催予定の野球ワールドカップの独占的マーケティング・メディアパートナーとしての指名を受けた。
 (甲19、34、35、38、39、41)
(イ) 被告の業務内容等
a 被告は、スポーツマーケティング事業を行っていたジェイ坂崎マーケティング社等と平成17年10月1日に合併し、以後、イベントマーケティング、スポーツコンテンツ関連ビジネス、アスリートマネージメント等のスポーツマーケティング事業を行っているところ、ジェイ坂崎マーケティング社は、昭和62年に設立され、当初からスポーツマーケティング事業を行っていた。
 (争いのない事実、甲2、乙1、2の1〜3、3の10、3の12〜24、3の26〜30、3の32〜39、3の44〜48、3の50〜53、3の55〜58、3の60及び61)
b Eは、日本におけるスポーツマーケティングの草分け的存在である。
(争いのない事実)
c ジェイ坂崎マーケティング社ないしEは、本件合併までに、新聞・雑誌等においてしばしば紹介されるなどして、スポーツマーケティング業界を中心に高い著名性を有していた。
 (乙1、2の1〜3、3の1〜61、4)。
d JSM標章は、Eの名称とともに、Eが経営するスポーツマーケティング事業を行う会社を示す標章として、同業界に広く知れ渡っていた。
 (明らかに争わない事実)
(ウ) 被告における原告の営業実績等の認識
 以下の事実については、いずれも当事者間に争いがない(明らかに争わない事実を含む。)。
a スポーツマーケティング業界は、限られた人材・会社の人的な結びつきで成り立っているという実態があること。
b CとEとは面識があること。
c 本件合併時、被告から、少なくともC及びDに対し、本件合併及び新商号である被告現商号を知らせる挨拶状が送付されたこと、このうち、D宛の挨拶状の宛名は「スポーツマーケティングジャパン株式会社/D」と明記されていたこと。
d ジェイ坂崎マーケティング社のF氏は、平成15年5月27日ころ、Cに対し、同社の業務に関連して書状(甲15)を送付したこと。
e Eは「ワールドカップ巨、 大ビジネスの裏側」(平成14年5月20日初版発行。乙4)を出版したこと。
f 被告は、平成5年ワールドカップサッカー・アメリカ大会、平成9年同フランス大会及び平成13年日本・韓国共同開催大会の各アジア地区最終予選を主な実績として挙げていること。
g 被告は、平成14年当時、複数のサッカーイベントを手がけていたこと。
(エ) 本店所在地
 原告及び被告の本店所在地は、いずれも東京都渋谷区内である。両社間の距離は、直線距離で約1.5キロメートルである。
 (争いのない事実、甲7、弁論の全趣旨)。
(オ) 誤認させる営業活動の有無
 被告が顧客をして自己を原告と誤認させるような営業活動をしたこと、又は顧客にそのような誤認があることを営業上有利に利用するような行動を取ったことを認めるに足りる証拠はない。
イ 検討
(ア) 以上の事実によれば、原告は、国内外のスポーツマーケティング業界において、原告商号を使用して活動を続け、信用を蓄積して、その知名度を高めていたことが認められる。さらに、Eは、本件合併当時、競業関係にある原告に関する上記の事実を認識していたことが認められる。
 これに反する被告の主張は、到底採用することができない。
(イ) 他方、Eは、日本におけるスポーツマーケティングの草分け的存在であり、Eが代表取締役を務めるジェイ坂崎マーケティング社は、昭和62年に設立され、当初からスポーツマーケティング事業を行い、被告は、それを引き継いだものであり、我が国におけるスポーツマーケティング業界において、原告に勝るとも劣らない活動歴、信用及び知名度を有していることが認められる。
(ウ) また、原告商号中に使用された「スポーツマーケティング」は、「製鉄」や「自動車工業」と同様に、業務の内容を示す単語であり、1社の独占が認められるべきものではない。原告商号中に使用された「ジャパン」も、日本を示す語として、多くの会社が使用を望むものである。
(エ) 被告の本店所在地の移転の経過からは、原告側に有利な事情は認められない。
(オ) これらの事情を総合考慮すれば、被告につき、原告商号に類似する被告現商号を自己の営業に使用することにより、自己の営業を原告の営業と誤認混同させようとする意思、すなわち「不正の目的」があったものと認めることはできない。
 確かに、原告が先に原告商号の使用を開始したものであり、それを知っていた被告としては、原告に対する何らかの配慮をすべきではなかったかと考えられないではないが、それは、道義的責任なり、日本的な謙譲の美徳の問題といわざるを得ないものであり、これを法的義務にまで高めようとする原告の主張は採用することができない。
(3) まとめ
 したがって、その余の点について検討するまでもなく、原告の被告現商号の使用差止等の請求権は認められない。
2 結論
 よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 杉浦正樹
 裁判官 頼晋一
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