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【事件名】“中小企業診断士”教材の侵害事件
【年月日】平成18年11月15日
 東京地裁 平成18年(ワ)第4824号 損害賠償請求事件(第1事件)、
 平成18年(ワ)第12689号 損害賠償請求事件(第2事件)
 (口頭弁論終結日 平成18年9月27日)

判決
第1事件及び第2事件原告 A
第1事件被告 B
第2事件被告 経営戦略研究所株式会社
上記2名訴訟代理人弁護士 岡邦俊
同 瀧谷耕二
第2事件被告 株式会社東京リーガルマインド
訴訟代理人弁護士 石岡忠治
(以下、第1事件及び第2事件原告を「原告」、第1事件被告Bを「被告B」、第2事件被告経営戦略研究所株式会社を「被告研究所」、第2事件被告株式会社東京リーガルマインドを「被告東京LM」という。)


主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して17万円を支払え。
2 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、各自に生じた費用を各自の負担とする。
4 この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 第1事件
 被告Bは、原告に対し、60万円を支払え。
2 第2事件
 被告研究所及び被告東京LMは、原告に対し、連帯して200万円を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、当時被告研究所からの依頼により、中小企業診断士試験用教材の原稿を著作したところ、被告研究所の代表者であった被告Bが原告に無断で、上記原稿に基づいて別の原稿を作成して被告東京LMに引き渡したため、被告東京LMが原告の複製権等を侵害する教材を作成したと主張して、被告らに対し、複製権侵害及び著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)侵害による損害賠償の支払(被告研究所に対しては、民法44条1項)を請求した事案である。
1 前提事実
(1) 原告著作物
ア 原告は、被告研究所から、平成13年4月6日、株式会社通産資料調査会(以下「通産資料調査会」という。)から発行予定であった「中小企業診断士合格ポイントマスター(下)」の「第9章助言理論Tコンサルティング理論2.問題の発見3.問題解決策の立案」の部分の執筆依頼を受け、同月20日、その著作を完了し、被告研究所に対しその原稿を引き渡した。
イ 通産資料調査会は、同年5月30日、「中小企業診断士合格ポイントマスター(下)」を発行した(以下、原告が著作し、上記文献の391頁から407頁までに掲載された部分を「原告著作物」という。)。
 その「編著者・執筆者一覧」の頁には、執筆者の1人として、原告の氏名、執筆箇所等が記載されている。
(以上、争いのない事実、甲2)
ウ 原告著作物のうち後記(3)イの本件侵害部分として使用された部分の大半は、他の参考文献に記載された文章や図表を引用し、又は要約したものである。
(甲2、3、丁1〜5、弁論の全趣旨)
(2) 本件業務委託契約
ア 被告東京LMは、資格取得講座を開講し、受講生用の教材等を発行することを業として行っている会社である。
(甲5、弁論の全趣旨)
イ 被告東京LMと被告研究所とは、平成13年1月1日、被告東京LMが被告研究所に対して、中小企業診断士試験用講座に関し、講義及びテキスト作成等を委託することを内容とする業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)を締結した。
 本件業務委託契約中には、著作権処理に関し、以下の条項がある。
「第5条(著作権等)
1 委託業務の過程で発生した著作権(著作権法第21条乃至第28条に定める全ての権利)等の一切の権利は、発生と同時に甲(注:被告東京LM)に移転する。また、乙(注:被告研究所)が委託業務遂行以前より権利を有している著作物を使用する場合には、乙は、条件を付さずして甲及び甲の指定する者に対してその使用(複製、翻案、改変等を含む。)を許諾する。
2 乙は、甲及び甲の指定する者に対して、前項所定の著作権に関する著作者人格権を行使しない。
3 乙は、委託業務の実施にあたり、第三者の権利を尊重するとともに、第三者の権利を侵害しないように細心の注意を払い、万一紛争となった場合には、自己の責任において、これを処理・解決しなければならない。」
(乙1の1)
(3) 本件テキスト
ア(ア) 被告Bは、被告研究所の代表取締役として、平成13年4月20日に原告から原稿を引き渡された後、その原稿に基づき、本件業務委託契約に基づく「中小企業診断士試験2次ストレート合格講座・基礎編」(以下「本件講座」という。)の教材として使用するため、原告著作物を一部省略して約2分の1の分量とし、順序を入れ替えた原稿を作成し、被告東京LMに対し、引き渡した。
(甲2、3、弁論の全趣旨)
(イ) なお、本件業務委託契約書5条1項(上記(2)イ)の存在によっても、被告Bが原告著作物について著作権を有しない以上、被告Bが作成した原稿を被告東京LMに引き渡したことにより、原告が原告著作物について有する著作権が被告東京LMに譲渡されることはあり得ない。
イ(ア) 被告東京LMは、同年4月末ころ、本件講座の教材として、「基礎編23回・24回助言理論基礎@A」(以下「本件テキスト」という。)を350部印刷し、そのころ、池袋校及び横浜校の受講者合計70名に対し、各1部配布し、講師用に数部使用した。本件テキストが講義で使用されたのは、助言理論基礎の最初の講義日である平成13年5月1日以降である。
 本件テキストは、「基礎編」全24回中の2回分であり、本文は全部で50頁であり、13頁から22頁までの記載は、被告Bが作成した上記アの原稿のとおりである(以下、本件テキストの13頁から22頁までの部分を「本件侵害部分」という。)。
(甲3、17、乙3の1・2、7、9の2、弁論の全趣旨)
(イ) 原告は、印刷部数は450部であると主張するが、この主張は、被告東京LMが本件テキストの印刷費用を主張した部分において、300部印刷する場合、印刷ミス等に備える予備の紙として通常150部分の紙が必要になると主張したことに基づくものであって、他に裏付けもなく、採用できない。ただ、落丁等に備えて必要部数以上印刷し、納入することは考えられるから、被告東京LMとの交渉過程で示された350部(甲17)を採用すべきである。
(ウ) 被告東京LMは、平成13年8月に講座担当者が被告研究所から他に変更となったことに伴い、本件テキストの残りを廃棄した。
(乙10、11、弁論の全趣旨)
ウ よって、本件テキストを著作、出版する被告B及び被告東京LMの行為は、本件侵害部分について、原告の複製権を侵害する行為である。
エ 本件テキストが前記イ(ア)のとおり受講生らに公表された当時、原告著作物はいまだ公表されていなかった。
 また、本件テキストには、著作者名として原告の氏名が表示されていない。
 さらに、前記アのとおり、本件侵害部分は、原告著作物の一部が省略されたり、順序を入れ替えられている。
(争いのない事実)
オ よって、上記のような本件テキストを著作、出版する被告B及び被告東京LMの行為は、本件侵害部分について、原告の複製権及び著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)を侵害する行為である。
 原告は、これらの行為により、精神的苦痛を被った。
(弁論の全趣旨)
(4) 口述権侵害
 原告は、被告Bが本件テキストを使用して本件講座の講義を行ったから、原告が原告著作物について有する口述権を侵害した旨主張する。
 しかしながら、口述とは「朗読そ、 の他の方法により著作物を口頭で伝達すること(実演に該当するものを除く。)をいう。」(著作権法2条1項18号)と規定されているところ、本件講座において、本件侵害部分を含む本件テキストが口述されたと認めるに足りる証拠はないから、原告のこの点の主張は理由がない。
2 争点
(1) 被告らの故意・過失
(2) 損害額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 被告らの故意・過失
ア 原告の主張
(ア) 前提事実によれば、被告Bは、原告の著作権及び著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)を侵害することにつき、故意があり、少なくとも過失があった。
(イ) 被告東京LMは、本件テキストの作成に当たり、著作権処理が適法にされていることの調査を怠ったから、少なくとも過失があった。
イ 被告B及び被告研究所の主張
 原告の主張(ア)のうち、故意があったことは否認し、過失があったことは認める。
 被告Bは、多忙のため、原告の承諾を得ることを失念していた。
ウ 被告東京LMの主張
 原告の主張(イ)は否認する。
 被告東京LMは、被告Bから、他に著作権を有する第三者がいるとの申し出を受けておらず、しかも当時、原告著作物が掲載された「中小企業診断士合格ポイントマスター(下)」は公刊されていなかったから、著作権侵害の事実を知ることはできなかったものであり、過失はない。
(2) 損害額
ア 原告の主張
(ア) 著作権侵害による損害
a(a) 被告研究所は、被告東京LMから、本件業務委託契約に基づき、原稿料2085万円、業務委託料945万3820円、合計3030万3820円を受領し、少なくとも1000万円の利益を得た。
(b) よって、原告は、著作権法114条2項に基づき、被告Bに対しては40万円を、被告研究所及び被告東京LMに対しては100万円を、連帯して支払うよう求める。
(c) 被告らは、原告は中小企業診断士の受験講座を開講していないから、著作権法114条2項による算定を求めることはできない旨主張するが、そのような条文に記載されていない要件は不要である(東京地裁昭和59年8月31日判決無体集16巻2号547頁)。
b(a) 本件テキストの発行部数、侵害態様等を考慮すると、著作権法114条3項により著作権の行使により受けるべき金銭の額に相当する額は、少なくとも100万円である。
(b) よって、原告は、著作権法114条3項に基づき、被告Bに対しては40万円を、被告研究所及び被告東京LMに対しては100万円を、連帯して支払うよう求める。
(c) 被告B及び被告研究所は、本件業務委託契約における原稿料に基づき原稿料相当額を主張するが、原告の関知しない本件業務委託契約の定めに原告が拘束されるいわれはない。
(d) 被告らは、原告著作物は創作性の程度が低い旨主張するが、原告著作物は、参考文献の内容を別な表現で要約し、一定の表現形式とした著作物であって、創作性が低いと非難されるいわれはない。
(イ) 著作者人格権侵害の慰藉料
a(a) 前提事実(3)エの著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)侵害に対する慰藉料としては、侵害の程度、態様等を考慮すると、100万円が相当である。
(b) よって、原告は、被告Bに対してはその一部である20万円を、被告研究所及び被告東京LMに対しては100万円を、連帯して支払うよう求める。
b 被告B及び被告研究所の権利の濫用との主張は否認する。
イ 被告B及び被告研究所の主張
(ア)a 原告の主張(ア)(著作権侵害による損害)aは否認する。原稿料は208万5000円にすぎない。
 原告は、中小企業診断士の受験講座を開講していないから、著作権法114条2項に基づいて被告らの得た利益を原告の損害と推定することはできない。
b 同(ア)b(a)は否認する。
 本件業務委託契約に基づく原稿料は1頁当たり5000円であり、本件侵害部分は10頁であるから、これに基づき算定すると、5万円である。さらに、原告著作物の大半は、参考文献をそのまま又はわずかに改変して転載したもので、創作性の程度が低いことを考慮すると、上記の2分の1である2万5000円が相当である。
(イ)a 同(イ)(著作者人格権侵害の慰藉料)は否認する。
b 原告著作物は、他の文献をそのまま又はわずかに改変して転載し、多くの者の同一性保持権及び氏名表示権を侵害しているのであり、そのような原告が同一性保持権及び氏名表示権を侵害されたと主張することは、権利の濫用である。
c 仮に権利の濫用に当たらないとしても、上記事実からすれば、改変及び氏名表示がないことにより侵害された人格的利益はわずかであり、金銭に見積もってもせいぜい1万円程度である。
d 公表権侵害については、上記のとおり創作性が低いことに、@原告著作物は、公表することを前提に執筆されたものであり、公表されないことについて人格的利益を有していないこと、A助言理論基礎の最初の講義日から原告著作物の公表まで1か月程度であること、B本件テキストを配布された受講生は70名にすぎないことなどを考慮すると、その損害はせいぜい1万円程度である。
ウ 被告東京LMの主張
(ア)a 原告の主張(ア)(著作権侵害による損害)aは否認する。
 原告は、中小企業診断士の受験講座を開講していないから、著作権法114条2項に基づいて被告らの得た利益を原告の損害と推定することはできない。
b 同(ア)b(a)は否認する。
 本件テキストを販売した場合の価格は、500円程度と推定される。
 本件侵害部分は、50頁中10頁であるが、被告Bらの主張のとおり、引用部分が多く、これを考慮すると実質5頁である。
 利用料率も、一般的には10%程度であるが、高くても15%程度である。
(イ)a 同(イ)(著作者人格権侵害の慰藉料)は否認する。
b 被告Bら主張のとおり、著作者人格権侵害侵害の程度は軽微であり、せいぜい2万円程度である。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告らの故意・過失)
(1) 被告B及び被告研究所
ア 弁論の全趣旨によれば、被告Bは、原告の承諾を得る必要があることを認識しながら、原告から承諾を得ることなく、原告著作物に基づき本件侵害部分の原稿を作成したものであるから、原告の複製権及び著作人格権の侵害につき、故意があったものと認めるべきである。
 よって、被告Bは、本件における複製権及び著作人格権の侵害行為により原告に生じた損害を賠償する義務がある。
イ そして、前提事実(3)のとおり、被告Bは、被告研究所の代表取締役として、本件侵害部分の原稿を作成し、被告東京LMに引き渡したものであるから、被告研究所は、民法44条1項に基づき、被告Bの著作権及び著作人格権の侵害行為により原告に生じた損害を賠償する義務がある。
(2) 被告東京LM
ア 前提事実(2)アのとおり、被告東京LMは、資格取得講座を開講し、受講生用の教材等を発行することを業として行っている会社であり、教材等の作成及び発行に当たり、第三者の著作権等を侵害することがないよう十分確認すべき義務を負っていると認められるところ、その注意義務を尽くしたことを認めるに足りる証拠はない。
イ よって、被告東京LMは、本件における複製権及び著作人格権の侵害につき、過失があったものと認めるべきであり、複製権及び著作人格権の侵害行為により原告に生じた損害を賠償する義務がある。
2 争点(2)(損害額)
(1) 著作権侵害による損害
ア 著作権法114条2項に基づく算定について
 原告が自ら中小企業診断士の受験講座を開講したり、中小企業診断士の受験用の教本を出版販売していることの主張立証はないから、著作権法114条2項に基づく算定をいう原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
イ 著作権法114条3項に基づく算定について
(ア)a 証拠(乙1の1)及び弁論の全趣旨によれば、本件業務委託契約において、テキスト1頁当たりの原稿料は5000円、池袋校及び横浜校の受講者が50名以上であれば、1頁当たり5500円、70名以上であれば1頁当たり6000円とと定められていることが認められる。本件テキストに類似する教材の原稿料が上記1頁当たり6000円を超えることを認めるに足りる証拠はない。
b 前提事実(3)イのとおり、本件侵害部分は本件テキストの本文50頁中10頁であるから、原稿料の相場からの試算額は6万円となる。
 6000円×10頁=6万円
(イ)a また、証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば、本件テキストを本件講座の受講者以外にも販売する場合の価格は500円程度であることが認められる。
b 弁論の全趣旨によれば、本件テキストと同種の文献の原稿料は通常10%程度であると認められるところ、高めに15%として試算しても、その原稿料は5250円である。
 500円×350部×10頁/50頁×15%=5250円
(ウ) 以上の試算によれば、著作権法114条3項により原告が著作権の行使につき受けるべき金銭の額を6万円と認めるのが相当である。
(エ) 被告らは、原告著作物の大半は参考文献をそのまま又はわずかに改変して転載したもので、創作性の程度が低いから、原稿料はより低額で足りる旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、そのような内容になることは中小企業診断士の試験用講座の教材であること以上、やむを得ないものと認められ、被告ら主張の上記の点から、上記認定の額を左右することはできない。
(オ) また、被告B及び被告研究所は、原告著作物は、他の文献をそのまま又はわずかに改変して転載し、多くの者の同一性保持権及び氏名表示権を侵害しているのであり、そのような原告が同一性保持権及び氏名表示権を侵害されたと主張することは権利の濫用である旨主張するが、原告著作物が他の著作者(丁1〜5)の同一性保持権及び氏名表示権を侵害していると認めることはできないから、この点の上記被告らの主張は、理由がない。
(2) 著作者人格権侵害の慰藉料
ア 前提事実によれば、原告は、当初から、「中小企業診断士合格ポイントマスター(下)」に掲載され、公刊されることを前提に、原告著作物を著作したものであり、本件テキストの発行により予定よりも1か月程度早く公表されたものである。
 また、本件テキストは、350部印刷されたが、受講生等に配布された数は70冊余であり、残りは、比較的早期に廃棄されている。そして、本件テキストの内容は、中小企業診断士の試験用講座の教材であるという性格上、他の参考文献に記載された文章や図表を引用し又は要約した部分が多いものである。
イ これらの事情その他本件に現れたその他の事情を総合考慮すれば、本件における著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)侵害による損害額を11万円と認めるのが相当である。これに反する原告及び被告らの主張は、いずれも採用することができない。
3 結論
 以上のとおり、原告の請求は、被告らに対し、複製権侵害に基づき6万円、著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)侵害に基づき11万円、合計17万円の損害金の(不真正)連帯支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。
 弁論の全趣旨によれば、被告Bは原告に対し、第1事件の提訴前に、本件の著作権侵害等の解決金として17万円を送金したが、原告がこれを返金したことが認められるから、訴訟費用の負担については、民事訴訟法62条を適用し、主文第3項のように負担させるのが相当である。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 大竹優子
 裁判官 頼晋一
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