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【事件名】類似薬剤の不正競争事件H(2)
【年月日】平成18年11月8日
 知財高裁 平成18年(ネ)第10024号 不正競争行為差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成17年(ワ)第5653号)
 (平成18年7月24日 口頭弁論終結)

判決
控訴人(原審原告) エーザイ株式会社
訴訟代理人弁護士 田中克郎
同 中村勝彦
同 長坂省
同 藤井基
同 柏健吾
同 太田知成
同 伊勢智子
同 宮下央
訴訟復代理人弁護士 根本浩
被控訴人(原審被告) 鶴原製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 上田潤二郎
訴訟代理人弁理士 中野収二

主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 「原判決を取り消す。被控訴人は、原判決別紙被告標章目録1記載のカプセル並びに原判決別紙被告標章目録2及び3記載のPTPシートを使用した胃潰瘍治療剤を製造、販売してはならない。被控訴人は、その占有に係る上記胃潰瘍治療剤を廃棄せよ。被控訴人は控訴人に対し34万5000円及びこれに対する平成17年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。
2 被控訴人
 主文と同旨の判決。
第2 事案の概要
 本件は、控訴人が被控訴人に対し、被控訴人の製造販売する胃潰瘍治療剤のカプセル及びPTPシートの配色が、控訴人の製造販売する胃潰瘍治療剤のカプセル及びPTPシートの配色と類似することを理由として、被控訴人による当該製造販売行為が不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に該当すると主張し、同法3条に基づく製造販売の差止め及び商品の廃棄並びに同法4条に基づく損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
 原判決は、控訴人の製造販売する胃潰瘍治療剤のカプセル及びPTPシートの配色が商品等表示に該当しないとして、控訴人の請求を棄却した。
 控訴人は、当審において、製造販売差止請求及び損害賠償請求の根拠として、不法行為の主張を追加した。なお、当裁判所は、控訴人の不法行為の追加について、審理の途中では、念のためもあって、当審における新たな請求の追加として扱ったが、本判決では、これを改めて単なる主張の追加として扱うことにする。
1 前提となる事実(証拠等によって認定した事実は、認定に供した証拠等を末尾に掲記する。証拠等の掲記のない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 控訴人及び被控訴人とも、医薬品の製造、販売等を業とする株式会社である。
(2) 控訴人商品
 控訴人は、昭和59年12月6日、販売名を「セルベックスカプセル50mg」とし、テプレノンを有効成分として含有する胃炎、胃潰瘍治療剤(以下「控訴人商品」という。)の販売を開始し、以後、その販売を継続している。
 控訴人商品は、原判決別紙原告標章目録1記載のカプセルが、原判決別紙原告標章目録2及び3記載のPTPシートに装填された形態で販売されている。上記カプセルは、上半分が「灰青緑色不透明」、下半分が「淡橙色不透明」という配色から成り、上記PTPシートは、銀色地に青色の文字等を表示して成るものである。(控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色につき甲14、33、乙1)
(3) 被控訴人商品
 被控訴人は、平成10年7月から、販売名を「デムナロンカプセル」とし、テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤(以下「被控訴人商品」という。)の製造販売を開始し、以後、その製造、販売を継続している。
 被控訴人商品は、原判決別紙被告標章目録1記載のカプセルが、原判決別紙被告標章目録2及び3記載のPTPシートに装填された形態で製造販売されている。上記カプセルは、頭部が「灰青緑色不透明」、胴部が「橙色不透明」という配色から成り、また、上記PTPシートは、銀色地に青色の文字等を表示して成るものである。(被控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色につき乙2、27)
(4) 医療用医薬品であること
 控訴人商品及び被控訴人商品は、ともに医療用医薬品である。
 医療用医薬品は、製薬会社から直接、又は卸売業者を介して、病院、医院、薬局に販売され、患者は、医師の処方に基づいて、院内処方の場合は病院又は医院から、院外処方の場合は薬局から、これを購入する。調剤を行うのは、原則として薬剤師、場合により医師等である(薬剤師法19条)。薬剤師は、医師等が交付した処方せんにより調剤を行い、処方せんに記載された医薬品を変更することは、原則としてできない(同法23条)。処方せんに記載される医薬品は、現在、販売名によることが圧倒的に多いが、この場合には、当該販売名に係る医薬品が患者に提供される。例外的に、医薬品が一般名で処方せんに記載されたときには、当該一般名による医薬品に対応した具体的な商品の調剤は、薬剤師が行うことになる。
(5) 被控訴人商品がジェネリック医薬品であること
 被控訴人商品は、「先発医薬品」である控訴人商品に対し、「ジェネリック医薬品(後発医薬品)」に当たるものである。
2 争点
(1) 被控訴人による被控訴人商品の製造販売行為が不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に該当するか。
ア 控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色は、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に当たるか。(争点1のア)
イ 被控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色が控訴人商品のそれと類似するか。また、需要者が被控訴人商品を控訴人商品と誤認混同するおそれがあるか。(争点1のイ)
(2) 被控訴人による被控訴人商品の製造販売行為が不法行為に該当するか。(争点2)
(3) 控訴人の損害額はいくらか。(争点3)
第3 争点に関する当事者双方の主張
1 争点1のア(控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色は、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に当たるか。)について
(控訴人の主張)
(1) ジェネリック医薬品の特殊性
 ジェネリック医薬品は、先発医薬品とその成分を同じくするが、たとえ、そうであっても、医薬品の生物学的同等性、有効性及び安全性(特に副作用に対するもの)に関する情報提供体制、安定供給体制が異なるのであって、ジェネリック医薬品と先発医薬品とが同一の医薬品であるというわけではない。そして、多くの患者は、これらの点について、先発医薬品メーカーに絶大な信頼を置いており、その故に、処方される医薬品がジェネリック医薬品に切り換わることを嫌うのであって、それは医療用医薬品のメーカー(出所)が変わることに対する不安に基づくものである。一般にジェネリック医薬品は、先発医薬品に比べ、はるかに安価で医療機関や薬局に納入されるから、ジェネリック医薬品を使用する方が、先発医薬品を使用する場合に比べ、薬価は低くとも、納入価格との差額である医療機関や薬局の利益は大きくなる。そこで、できるだけジェネリック医薬品を処方したい医師や、ジェネリック医薬品を調剤したい薬剤師が少なからず存在するが、これらの者は、患者がジェネリック医薬品を信頼していないという認識を有しているため、先発医薬品からジェネリック医薬品への切換えの際、そのことを患者に説明しなくなる傾向を有している。
 このような実態の下で、先発医薬品からジェネリック医薬品に切り換わったことをできるだけ患者に意識させないようにするための手段の一つが、ジェネリック医薬品のPTPシートやカプセルの配色、デザイン等の外観を、先発医薬品のそれと類似させることである。ジェネリック医薬品メーカーは、そのことを十分に認識した上、医師等が、ジェネリック医薬品の処方、調剤をしやすいように、ジェネリック医薬品のPTPシートやカプセルの外観を先発医薬品のそれと類似させているのである。
 そして、その結果、患者は、処方された医薬品がジェネリック医薬品に切り換わったことに気付かず、従来どおり、先発医薬品が処方されたものと誤認した状態にあることが多いが、このことは、処方される医薬品を自ら選択することができる患者の自己決定権を侵害するものであるとともに、先発医薬品メーカーに営業上の損害を生じさせることになるものである。
(2) 需要者
 医師及び薬剤師等の医療関係者は、医療用医薬品の需要者である。また、これに加え、患者も医療用医薬品の需要者であるものと解すべきである。すなわち、患者は、医療用医薬品に関しては、医師及び薬剤師を差し置いて、自ら積極的に医薬品を選択することはないが、自らの意思と支出において医薬品を購入するものであるから、処方される医薬品を自ら選択する権利(自己決定権)を有するものであり、医師に対し特定の医療用医薬品を処方してほしいとの要望を表明することが十分あり得るから、商品選択の主体であるというべきである。
(3) 判断の対象となる市場
 控訴人商品の配色が商品等表示性を有するかどうかは、胃潰瘍治療剤の市場を対象として判断すべきである。すなわち、医師や薬剤師は、基本的に、自己の専門に係る限られた領域の医療用医薬品と日常的に接しているのであり、当該領域に係る医療用医薬品の需要者でしかない。また、患者についても、同時系列的又は同時並列的に、あらゆる領域の疾病に罹患したり、医療用医薬品全体の処方を受けることはあり得ないから、やはり、特定領域に係る医療用医薬品の需要者というべきである。したがって、商品等表示性の有無の判断における「同種商品」は、カプセル剤である胃潰瘍及び胃炎治療剤とすべきである。
(4) 商品等表示性の獲得
 ア 医師、薬剤師等の医療関係者は、控訴人商品のような医療用医薬品をカートン(包装箱)から取り出した状態、すなわち医療用医薬品のカプセル及びPTPシートの配色を視認できる状態でこれを取り扱う。すなわち、医療用医薬品は、製薬会社から卸を通じて医療関係者に販売された後に、カートンが開封され、カプセル及びPTPシートが視認できる状態になったものを、医療関係者が多種の医療用医薬品の中から選別し、それを患者に交付するという過程を経て最終消費者である患者が取得する。
 しかるところ、特定の商品の外観の商品等表示性を判断するに当たって、当該商品の外観の特殊性、使用実績、宣伝広告の程度等、種々の要素を総合的に考慮する必要があるとしても、すべての商品につき、これらの要素を同じように考慮することは不適当であり、当該商品の流通形態、取引方法の特殊性、外観が需要者の選択に寄与する程度等の個別具体的な事情を考慮して、これを判断すべきものである。
 そして、この観点においては、少なくとも患者は、医療用医薬品を、商品の名称やメーカー等を基準として自ら選択するわけではなく、医師、薬剤師等が処方、調剤したものを、その色彩等の外観で識別していることが多く、医療用医薬品の外観が有する識別力は、通常の商品と全く異なるものである。したがって、医療用医薬品の商品等表示性を検討する際には、外観が特別顕著性を有するか否か(特徴のある外観であるかどうか)は重要ではない。
 イ 控訴人は、控訴人商品の販売開始時である昭和59年12月から現在まで、上記第2の1の(2)の配色を有するカプセル及びPTPシートを使用して、控訴人商品の販売を継続し、かつ、全国で1000人に達する医薬情報担当者(いわゆるMR。以下「MR」という。)を通じて、全国の医師及び薬剤師に対し、控訴人商品に関する情報の提供、宣伝広告などの活動を行ってきた。そして、平成9年にジェネリック医薬品が出現するまでの間は、控訴人商品の配色と同様の配色のカプセル及びPTPシートを使用した胃潰瘍治療剤は他に存在しなかった。したがって、遅くとも平成9年までに、控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色は、控訴人商品に係る顕著な外観として、商品等表示性を獲得したというべきであるから、本件においては、その後に販売された同様の配色を有するジェネリック医薬品によって、控訴人商品の外観の顕著性が希釈化されたか否かという点を、控訴人商品及びジェネリック医薬品薬品の販売数量、シェア等に基づき判断すべきである。
 しかるところ、控訴人商品は、全医療用医薬品を対象とする処方ランキングにおいて、平成12年から平成16年までの間、病院について2〜4位を、開業医について3〜7位を維持し、胃潰瘍治療剤のみを対象とするランキングでは、平成12年から平成16年までの間、病院と開業医のいずれについても1位を占めていた。
 このように、控訴人は、営業努力により、控訴人商品につき、依然として圧倒的な販売数と処方数を維持している。
 他方、控訴人商品と同様の配色を有する胃潰瘍治療剤又はその他の医療用医薬品については、その販売数量は僅かであって、控訴人商品の外観の顕著性が希釈化される程度にまで需要者に知られていたと認めることはできないから、その存在のみにより、控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色に係る商品等表示性が否定される理由はない。
(被控訴人の主張)
(1) 医薬品の取引行為
 医薬品は、これを収めた容器又は被包に封を施して販売され、医療機関や薬局に到達するまで開封されることはない(薬事法58条、45条)。そして、医薬品についての取引は、これを収めて封を施した容器又は被包(カートン)が医療機関や薬局に到達した時点で終了し、その後、医療関係者がカートンを開封して医薬品を取り出し、選別、保管して、最終的に患者に交付する行為は、医療行為の一部であって、商品の取引行為ではない。したがって、医薬品に関しては、カートンに収納され、PTPシートやカプセルが外部から視認できない状態において商品の譲渡、引渡し等の取引行為がなされるのであるから、PTPシートやカプセルの配色等の外観が、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に当たる余地はない。
 この見地からすると、薬剤師が患者に対して医療用医薬品を販売又は授与する行為は、医師の厳格な管理(薬剤師法23条、24条)の下で行われる、医療機関内部の投薬行為の一部であるから、薬剤師は不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者」に含まれない。また、医師や薬剤師等の医療関係者から患者に対する医療用医薬品の交付行為は、医療行為の一部であって、医薬品の取引行為ではないから、患者も不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者」に含まれない。
(2) カプセル及びPTPシートの配色の商品等表示性
 ア 特別顕著性及び周知性の必要
 仮に、控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色に商品等表示性が認められることがあるとしても、色彩の使用は、原則として自由であるから、その配色が控訴人商品と密接に結合し、出所表示の機能を果たしている特別な場合に限られる。
 そして、そのためには、その配色が、同種商品とは異なる特別顕著性を有し、かつ、控訴人商品について周知性を有する場合であることが必要である。
 イ 需要者
 患者は、医師の処方に基づいて医療用医薬品を服用するにすぎない立場にある。仮に、医師の処方が一般名をもってなされれば、その範囲内で、薬剤師が具体的な医薬品を選択することになるが、その場合でも、薬剤師が、何らの説明もせず、カプセルやPTPシートの外観だけを示して、患者に選択させるようなことはあり得ない。患者には、医療用医薬品の購入に対して経済的対価を支払うことがあるとしても、商品の選択及び決定をする権限がないから、患者は不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者」に含まれない。
 ウ 判断の対象となる市場
 控訴人商品の配色が商品等表示性を有するかどうかは、カプセル剤である医療用医薬品全体の市場を対象として判断すべきである。医師及び薬剤師等の医療関係者は、日常的に数多くの様々な症状を有する患者に接し、多種多様な医療用医薬品を処方、調剤しているのであるから、控訴人主張のように、胃潰瘍及び胃炎治療剤の市場に限定して商品等表示性を判断する理由はない。また、患者は、一つの医薬品のみを服用することはむしろ稀であって、症状に応じ、あるいは副作用に対処するため、他の医薬品を併用するのが一般的であるから、胃潰瘍治療剤に限定された中だけで商品等表示性を判断することは、不合理である。
 エ 特別顕著性
 控訴人商品のカプセルの配色及びPTPシートの配色は、いずれもありふれたものであって、これと同様の配色のカプセルやPTPシートを使用した医療用医薬品は、控訴人商品の販売が開始された昭和59年12月以前から現在に至るまで多数存在している。
 したがって、控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色に特別顕著性を認めることはできない。
 オ 周知性
 控訴人商品のカプセルの配色及びPTPシートの配色は、特別顕著性がなく、ありふれたものである。加えて、上記のとおり、控訴人商品は、医療機関に到達するまでの取引過程ではカートンに封入され、カプセル及びPTPシートが露出することはないのであるから、その配色が自他商品識別において果たす役割は相当に小さいものである。したがって、控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色が、控訴人商品に係るものとして周知であることはあり得ない。
 カ したがって、控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色は、不正競争防止法2条1項1号の商品等表示ということはできない。
2 争点1のイ(被控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色が控訴人商品のそれと類似するか。また、需要者が被控訴人商品を控訴人商品と誤認混同するおそれがあるか。)について
(控訴人の主張)
(1) 類似性について
 控訴人商品及び被控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色は、上記第2の1の(2)、(3)のとおりであり、被控訴人商品は、控訴人商品の外観的特徴と同様の特徴を有しているだけでなく、それ以外に控訴人商品と区別し得るような特徴を有していない。被控訴人商品の外観は控訴人商品の外観と単に類似しているという程度のものではなく、酷似しており、いわゆるデッドコピーというべきものである。
(2) 誤認混同のおそれ
 医師及び薬剤師等の医療関係者であっても、医療用医薬品をカプセル及びPTPシートの外観によって識別している者も存在するのが実情である。したがって、上記のとおり、控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色が被控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色と酷似しているとすれば、医療関係者においても誤認混同のおそれがある。
 また、患者においては、医療用医薬品を、商品名ではなく、カプセル及びPTPシートの外観によって識別している者が多数存在する。したがって、上記のとおり、被控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色が控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色と酷似しているとすれば、患者おいて誤認混同のおそれがあることは明らかである。
(被控訴人の主張)
 控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色は、それ自体がありふれたものであるから、控訴人商品に何らかの商品等表示があるとすれば、販売名である「セルベックス」又は「Selbex」の表示と一体不可分のものである。
 しかるところ、控訴人商品のPTPシートは、表裏面に、それぞれ「セルベックス」及び「Selbex」との販売名を表示するとともに、裏面に「セルベックス」の販売名を点在するように顕著に表示してあり、同様に、被控訴人商品のPTPシートは、表裏面に、それぞれ「デムナロン」及び「DEMUNARON」との販売名を表示するとともに、裏面に「デムナロン」の販売名を点在するように顕著に表示してあるから、その外観は相互に非類似である。
 また、カプセルは、PTPシートから取り出された状態で取引されることはなく、PTPシートに装填された状態でのみ、視認、観察可能な商品であるから、上記のようにPTPシートの外観が相互に非類似である以上、カプセルについても非類似である。
 そして、このようにカプセル及びPTPシートが非類似であれば、混同のおそれが生ずることもあり得ない。
3 争点2(被控訴人による被控訴人商品の製造販売行為が不法行為に該当するか。)について
(控訴人の主張)
 控訴人は、昭和59年に控訴人商品の販売を開始して以来、全国で1000人にも及ぶMRを通じた情報の提供、宣伝広告などの活動により、多大の労力と多額の費用を費やして、控訴人商品の外観に対する絶大な信頼を得たものであり、このような信頼に基づく控訴人の営業上の利益は十分法的保護に値するものである。他方、被控訴人が、被控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色を控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色と酷似させているのは、先発医薬品メーカーに対する絶大な信頼と、ジェネリック医薬品に対する不安感から、ジェネリック医薬品が一向に普及しない現状の下で、ジェネリック医薬品の外観を先発医薬品の外観に似せて、医師及び薬剤師等の医療関係者並びに患者に先発医薬品との誤認混同を起こさせるという方法で市場の拡大を図ろうとする不正な意図に基づくものである。かかる被控訴人の行為は、控訴人が培ってきた控訴人商品の外観に対する信頼に不当にフリーライドし、これがため、控訴人商品の売上げを減少させて、上記信頼に基づく控訴人の営業上の利益を侵害しているものであるから、公正かつ自由な競争として許容される限度を著しく逸脱することは明らかであって、控訴人に対する不法行為に該当する。
(被控訴人の主張)
 控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色は、いずれも控訴人商品の販売の開始前から使用されているありふれたものであって、その故に、商品等表示性が認められないものであるが、そのようなありふれた配色は、何人も自由に使用することが許されているものである。したがって、被控訴人が、自由に使用することが許容された範囲で、被控訴人商品の製造販売をする行為が違法となるものではなく、不法行為が成立する余地はない。
4 争点3(控訴人の損害額はいくらか。)について
 原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に関する当事者の主張」の「4 争点(4)(損害の有無及び額)について」の「原告の主張」及び「被告の主張」(18頁15〜25行)のとおりであるから、これを引用する。
第4 当裁判所の判断
1 争点1のア(控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色は、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に当たるか。)について
(1) 控訴人は、ジェネリック医薬品メーカーは、医師や薬剤師が、先発医薬品からジェネリック医薬品への切換えの際、そのことを患者に説明しなくてすむように、先発医薬品からジェネリック医薬品に切り換わったことを患者に意識させないようにするための手段として、ジェネリック医薬品のPTPシートやカプセルの外観を先発医薬品のそれと類似させている旨主張する。そして、甲26の1〜125は、医師125名によるアンケートの回答用紙であるところ、この中の「先発品から後発品に処方を変更する際、患者に対し、先発品と後発品の違いを説明しない医師も、現実には少なからずいると思いますか。」との質問には1名を除く全回答が「はい」と答えており、また、「セルベックス後発品のPTPシートおよびカプセルの外観がセルベックスのそれに類似している理由は何だと思いますか。」との質問には、110を超える回答が「セルベックスからセルベックス後発品に切り替えたことについて、患者への説明を省略できる。」との選択肢を選んでいることが認められる。しかしながら、これらのアンケート用紙に回答を記入したのが、各名義人である医師であるとしても、このアンケートは、全国の医師の中からアンケート対象者をどのような基準に従って選択したのか(明確な基準があったのかという点の外、当該基準に該当する者は全員を対象としたのかという点を含む。)、回答率はどの程度であったのか、上記125枚が回答のあったものの全部であるのか(何らかの理由で除外したものはないのか)、アンケートの趣旨の説明は、単に訴訟の証拠とするということに止まったのか、アンケート用紙の交付や回収はどのようにして行ったのか等、アンケートとしての信頼性を担保・確認するための主要な事項が、甲66(控訴人の法務部長作成の陳述書)によっても具体的に明らかであるとはいえず、そうすると、その結果に信頼をおくことは到底できない。そして、他に、上記のような、医師とジェネリック医薬品メーカーとが、ジェネリック医薬品を先発医薬品であるかのように、患者に誤認させているといわんばかりの控訴人の主張を認めるに足りる証拠はない。
 したがって、控訴人の上記主張を採用することはできない。
(2) 他方、被控訴人は、薬事法の規定により、医薬品は、これを収めた容器又は被包(カートン)に封を施して販売され、医療機関や薬局に到達するまで開封されることはないことを理由として、医薬品の取引は、PTPシートやカプセルが外部から視認できない状態においてなされるから、PTPシートやカプセルの配色等の外観が、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に当たる余地はないと主張する。
 しかしながら、医薬品を購入する医療機関や薬局において、カートンに収納された個別の商品(医薬品)その物の外観(PTPシート及びカプセル)を外部から直接視認できないことはそのとおりであるとしても、当該医薬品に係る製品便覧(控訴人商品につき甲3の1〜4)やチラシ(同甲4の1〜3)、各種書籍(甲5〜7)、ホームページ(控訴人商品につき甲14)などによる事前の情報として、あるいは、当該医薬品を以前に購入したことに伴う経験として、カートンに収納されている医薬品に係るPTPシートやカプセルの配色等の外観を認識し、その外観によって、当該医薬品の商品としての識別をするということが全くあり得ないとまでいうことはできないから、PTPシートやカプセルの配色等の外観が、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に当たる余地はないということはできない。
(3) そこで、改めて、商品としての医療用医薬品のカプセル及びPTPシートの配色が、どのような場合に不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に当たり得るかどうかにつき検討する。
 控訴人商品のようなカプセル剤においては、カプセルは商品そのものに当たるところ、商品の配色は、通常、商品の出所表示機能を持たせることを目的とするものではないが、それが、それ自体として極めて特異なものであったり、あるいはそうでなかったとしても、特定の者による長期間の独占的な使用、極めて強力な宣伝広告活動、圧倒的な販売実績等があって、需要者において、当該配色のカプセルが、特定の事業者の出所を表示するものとして周知となっている場合には、その商品等表示性を否定する理由はない。また、PTPシートは、不正競争防止法2条1項1号の「商品の・・・包装」に当たるものの、その配色自体は、通常、商品の出所表示機能を持たせることを目的とするものではない点で、カプセルと同様であり、したがって、これに商品等表示性を認めるためには、前同様、それ自体として極めて特異なものであったり、あるいはそうでなかったとしても、特定の者による長期間の独占的な使用、極めて強力な宣伝広告活動、圧倒的な販売実績等があって、需要者において、当該配色のPTPシートが、特定の事業者の出所を表示するものとして周知となっていることを要するものと解するのが相当である。
(4) 需要者について
 医師が医療用医薬品の需要者であることは、当事者間に争いがない。また、薬剤師についても、上記第2の1の(4)のとおり、自ら具体的な医薬品を選択して調剤することがあり、医薬品の取引に当たって、自ら商品選択の主体となることがないとはいえないから、需要者に当たるものと解すべきである。
 患者が医療用医薬品の需要者であるか否かの点につき、控訴人は、患者は自らの意思と支出において医薬品を購入するものであるから、処方される医薬品を自ら選択する権利(自己決定権)を有するものであり、医師に対し特定の医療用医薬品を処方してほしいとの要望を表明することが十分あり得るから、商品選択の主体であって、需要者であると主張する。
 しかしながら、患者が購入する具体的な医療用医薬品は、医師の処方によって(医師が、医薬品の一般名をもって処方した場合には、薬剤師の調剤によって)決定されるものであり、これらの処方や調剤は、ともに極めて専門的な知識、経験に基づき、かつ、業務上の責任を伴って行われる選択行為である。確かに、患者が医師や薬剤師に対し、特定の医療用医薬品を処方、調剤することを要望することもあり得るところではあるが、そのような要望が容れられるのは、上記のような医師や薬剤師の専門的知識、経験に基づく選択の範囲内であって、相当と認められた場合に限られ、もとより、患者の要望に従ったからといって、処方、調剤をした医師や薬剤師の業務上の責任が解除されるわけではないから、たとえ、結果的に患者の要望のとおりとなったとしても、医療用医薬品の選択の主体が医師や薬剤師であることにいささかの変わりもない。いわゆる患者の自己決定権が尊重されるべきことは、そのとおりであるとしても、医療用医薬品の選択が、医療行為の一環をなすものである以上、それは、医師や薬剤師の判断と責任とにおいて行われるものであり、このことは、医療観の新旧によって左右される性質のものではない。
 そうすると、患者の要望は医師や薬剤師の選択の参考と位置付けられるにすぎず、患者について、医療用医薬品の需要者という程度にまで、その選択に係る主体性を認めることはできない。
(5) 判断の対象となる市場について
 控訴人は、医師や薬剤師が、自己の専門に係る限られた領域の医療用医薬品と日常的に接し、当該領域に係る医療用医薬品の需要者でしかないとして、控訴人商品の配色が商品等表示性を有するかどうかは、胃潰瘍治療剤の市場を対象として判断すべきであると主張する。
 しかしながら、医師や薬剤師が、それぞれの専門領域を有していることはそのとおりであるとしても、医師等が現実にその領域の疾患に対処するという意味での専門領域は、大都市の基幹病院の勤務医等を想定した場合であっても、例えば、胃潰瘍治療のみというまでに細分化されているのが一般的であるとは到底考えられず、内科あるいは消化器内科という程度の広さを有するのが通常であり、さらに、いわゆる医療過疎地帯などにおいて医療に従事する医師等であれば、専門領域などないに等しいほど、幅広い領域の疾患に対処せざるを得ないことは、公知の事実である。
 そうであれば、医師や薬剤師は、日常、胃潰瘍治療剤だけでなく、広範囲の医療用医薬品を取り扱っていることが通常であるというべきであるから、控訴人商品の配色が商品等表示性を有するかどうかは、カプセル剤である医療用医薬品全体の市場を対象として判断すべきものであり、控訴人の上記主張を採用することはできない。
(6) 控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色の商品等表示性の有無について
 ア 上記第2の1の(2)のとおり、控訴人商品のカプセルは、上半分が「灰青緑色不透明」、下半分が「淡橙色不透明」という配色から成るものであり(なお、検甲1によれば、控訴人商品のカプセルは、これを仔細に見た場合には、長さ方向の中央付近の配色の境界部において、上半分(灰青緑色不透明の部分)の末端が、下半分(淡橙色不透明の部分)の末端部の上側(外側)に覆い被さっていることが見て取れるが、一見した限りでは、単に長さ方向の中央付近で色彩が変わっているとしか見えないことが認められ、そうであれば、上記「上半分」と「下半分」の別は、ほとんど意味をもたない。)、また、控訴人商品のPTPシートは、銀色地に青色の文字等を表示して成るものである。そして、これらのカプセル及びPTPシートの配色は、それ自体として極めて特異ということはできないから、以下、控訴人によるこれらの配色の長期間にわたる独占的な使用、極めて強力な宣伝広告活動、圧倒的な販売実績等があったことにより、需要者において、カプセル及びPTPシートの上記配色が、これに係る商品の出所が控訴人を表示するものとして周知となっている場合に当たるかどうかを検討する。
 イ 上記第2の1の(2)の事実に、甲1、2、3の1〜4、4の1〜3及び弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人商品は昭和59年12月6日に販売が開始されたところ、控訴人は、遅くとも平成4年ころから現在まで、1000人前後のMRを通じ、全国の医師及び薬剤師に対し、製品便覧やチラシ等を配布して、控訴人の販売に係る他の医薬品とともに、控訴人商品に関する情報提供及び宣伝活動を行ってきたこと、上記製品便覧には、控訴人商品及びその他のカプセル剤が、カプセルだけの形態及びPTPシートに装填された形態(PTPシートの表面及び裏面の双方)で撮影されたカラー写真が掲載されていることが認められる。また、甲14によれば、控訴人は、そのホームページにおいて、控訴人商品をカプセルだけの形態及びPTPシートに装填された形態(PTPシートの表面及び裏面の双方)で撮影されたカラー写真を付して紹介したことがあったことも認められる。
 さらに、甲12、15及び弁論の全趣旨によれば、販売名を「セルベックス」とする医療用医薬品の年間売上高は、発売開始の翌年である昭和60年には30億円であったものの、その後増え続けて平成7年にはピークとなる482億円に達したが、その後は概ね下降傾向をたどり、平成8年は456億円、平成9年は437億円、平成15年は244億円であったこと(控訴人商品についてのジェネリック医薬品が最初に販売されたのは、後記のとおり、平成9年である。)、「セルベックス」は、医師によって処方された数量のランキングにおいて、全医薬品を対象とした場合、病院での処方については、平成12、13年が2位、平成15、16年は4位であり、開業医による処方については、平成12年が3位、平成16年が7位であり、A2B抗潰瘍剤を対象とした場合には、病院での処方及び開業医による処方とも、平成12年から平成16年まで1位であったことが認められる。もっとも、甲1、4の1〜3によれば、テプレノンを有効成分とする胃潰瘍治療剤であって、控訴人が「セルベックス」との販売名で販売する医療用医薬品には、控訴人商品(カプセル剤)のほか、剤型を細粒とするものもあることが認められるところ、甲11に示された年間総カプセル販売数と甲12に示された年間売上高は必ずしも正比例しておらず、その間の乖離は、薬価の変動の可能性等を考慮したとしても、甲12に示された年間売上高が控訴人商品のみによるものとするには不自然であるから、甲12の売上高は、控訴人商品だけによるものとは認め難く、そうであれば、甲15に示された処方ランキングの結果も控訴人商品だけを対象としたものとは断定し難い。そして、控訴人商品と細粒剤である「セルベックス」の各割合を明らかにする証拠はないから、上記販売実績やランキング結果は、控訴人商品に係るものとしては、さほど正確なものということはできない。さらに、控訴人商品が、カプセル剤である胃潰瘍治療剤全体の中でどの程度のシェアを占めるのかを明らかにする証拠もない。
 ウ 別表1に掲記の各証拠によれば、控訴人商品の販売開始時である昭和59年12月当時、既に販売が開始されていた医療用医薬品のうち、別表1の「カプセルの配色」欄に網掛けをしたものに係るカプセルが、控訴人商品と同様、緑色系統と白色ないし淡橙色系統の配色であり、同表の「PTPシート配色」欄に網掛けをしたものに係るPTPシートが、控訴人商品と同様、銀色地に青色の文字等を表示して成るものであったことが認められる。なお、このうち、「ゲファニールカプセル50」、「ゲファニールカプセル100」、「ヨウファナート『カプセル』」は、胃潰瘍等の治療剤である。
 また、別表2に掲記の各証拠によれば、昭和59年12月以降に販売が開始され、現在に至っている医療用医薬品(控訴人商品に係るジェネリック医薬品を除く。)のうち、別表2の「カプセルの配色」欄に網掛けをしたものに係るカプセルが、控訴人商品と同様、緑色系統と白色ないし淡橙色系統の配色であり、同表記載の「PTPシート配色」欄に網掛けをしたものに係るPTPシートが、控訴人商品と同様、銀色地に青色の文字等を表示して成るものであったことが認められる。なお、このうち、「アシノンカプセル150」等8点は、胃潰瘍等の治療剤である。
 さらに、乙3、5〜7、10〜14、46、48〜50、52〜56、検甲2及び弁論の全趣旨によれば、平成9年から平成11年にかけて被控訴人商品以外に9種類の控訴人商品に係るジェネリック医薬品の販売が開始され、現在に至っているが、これらの医薬品も、控訴人商品と同様、カプセルが緑色及び淡橙色の配色であり、PTPシートが、銀色地に青色の文字等を表示して成るものであったことが認められる。
 なお、上記各医薬品のカプセルのうちには、控訴人商品と同時に観察した場合には、その配色に係る緑色及び白色ないし淡橙色の色彩が、控訴人商品のカプセルの配色と多少異なることが見て取れるものもあるが、隔離的に観察した場合に、一見してその相違を認識し得る程度にまで異なるものではない。控訴人が、原審の審理期間中は、控訴人商品並びに被控訴人商品及びその他のジェネリック医薬品のカプセルの配色を、単に「緑色及び白色」と特定していたことは記録上明らかであるが、このことも、隔離的な観察によっては、緑色系統又は白色系統の相当程度に広い範囲の色彩がそれぞれ識別困難となることを考慮して、上記のような幅を持たせた表現により特定したものと解するのが相当である。
 また、上記各医薬品について、その販売量や売上高を明らかにする証拠はないが、甲5及び弁論の全趣旨によれば、医療用医薬品は、需要者が店舗の販売棚で手に取って初めてその存在を知るような性質の商品ではなく、例えばピルブック等により、事前の情報として存在が知らしめられるものであることが認められるから、販売量等が重要な要素となるものとはいえない。
 エ 次に、実際の医療用医薬品の患者への投与に係る選択が行われる状況を考えると、医師は、通常は、処方せんに医薬品の販売名を記入することにより、その選択を行うものであって(例外的に、一般名が処方せんに記載された場合には、医師は、具体的な商品の選択を行わなかったことになる。)、医薬品の現物を患者に交付することが通例であるとは考えることはできないから、カプセルやPTPシートの配色が類似する別の医薬品が存在したからといって、それがために識別を(すなわち、処方せんに記入すべき医薬品の販売名を)誤るという事態は容易に想定することができない(考えられるとすれば、医師が、特定の医薬品名をカプセルやPTPシートの配色とともに想起し、かつ、同時にカプセルやPTPシートの配色が類似した別の医薬品の販売名を連想したことにより、誤って、その別の医薬品の販売名を処方せんに記入してしまった場合とか、医師が、処方すべき医薬品の販売名をその現物やピルブック等で確認しようとした際、カプセルやPTPシートの配色が類似した別の医薬品が目に入り、その販売名を、処方しようとした医薬品の販売名と誤信して処方せんに記入したなどの場合であるが、いずれにせよ、ありそうもない事態である。)。
 薬剤師については、処方せんに医薬品の販売名が記載されていたときはそれに従って、一般名が記載されていたときは、自らの選択により、特定の医薬品を調剤して、患者に交付するものであるから、カプセルやPTPシートの配色が類似した別の医薬品があった場合に、その配色に頼って、識別を(すなわち、患者に交付する医薬品を)誤るという事態が想定できないわけではない。しかしながら、上記第2の1の(4)のとおり、現在は、処方せんに販売名が記載される場合が圧倒的に多いところ、そのような場合に、上記のような識別の誤りをすれば、たとえ、故意によるものではないにせよ、薬剤師法23条2項に違反することとなるのであるから、そう度々起こる事態とは考え難い。
 平成12年9月19日付け医薬発第935号各都道府県知事宛て厚生省(現厚生労働省)医薬安全局長通知(乙26)は、調剤時、投薬時及び患者の服用時に本来投与すべき医薬品が確認できるようにして、誤投与による事故を未然に防止すべく、PTPシートに販売名、規格等を記載すべきこと等を内容とするものである。また、上記ウの事実によれば、カプセルやPTPシートの配色が控訴人商品と類似しながら、控訴人商品とは異なる効果、効能を有する医療用医薬品も少なからず存在することが窺われる。そうであれば、薬剤師が調剤をする際には(仮に、医師が現物をもって処方することがあるとすれば、その際にも)、カプセルやPTPシートの配色に頼らず、少なくとも最終的には、PTPシートに記載された販売名等を確認し、その識別を行っているものと推認される。
 そうとすれば、医師及び薬剤師の処方、調剤に係る医療用医薬品の選択、識別に当たって、カプセルやPTPシートの配色が果たす役割はかなり小さいものと認められる。甲21には、医薬品添加剤メーカーの調査において、医師の93%、薬剤師の78%が有効な錠剤識別方法として「色」を挙げた旨の記事があるが、この調査の信頼性を確認する資料は全くないのみならず、そこでいう「有効な錠剤識別」が、上記のような医師及び薬剤師の処方、調剤に係る医療用医薬品の選択に当たっての識別をいうものであるかどうかも明らかではないから、上記認定を左右するものではない。
 オ 以上によれば、控訴人は、控訴人商品の販売を開始した昭和59年12月以降、現在に至るまで、控訴人商品につき、需要者である医師等に対し、大規模な宣伝活動をしてきたことが認められるが、その販売実績では、胃潰瘍治療剤のうちではトップクラスのシェアを確保してきたとはいえ、他を圧倒するといえる程度であったことを認めるに足りる証拠はなく、また、カプセルやPTPシートの配色については、最初に控訴人商品についてのジェネリック医薬品の販売が開始された平成9年当時においても、その後現在に至るまでの間においても、控訴人が独占的な使用をしてきたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、いずれの時期においても、カプセル剤である医療用医薬品であって、控訴人商品と類似したカプセルの配色や、PTPシートの配色を使用しているものが相当数存在していたことが認められる。
 そうすると、本件口頭弁論終結の日(平成18年7月24日)においても、損害賠償請求に係る期間の始期(平成14年3月)においても、控訴人商品のカプセルの配色及びPTPシートの配色が、これに係る商品の出所が控訴人を表示するものとして、需要者の間で周知となっているものと認めることはできない。
 なお、上記甲26の1〜125のアンケートでは、控訴人商品のカプセルの配色及びPTPシートのデザインが控訴人商品を想起するものであるか等の質問に対し、全回答がこれを肯定していることが認められるが、上記アンケートに信頼をおき難いことは既に述べたとおりである。
 したがって、控訴人商品のカプセルの配色及びPTPシートの配色に、不正競争防止法2条1項1号の商品等表示性を認めることはできない。
2 争点2(被控訴人による被控訴人商品の製造販売行為が不法行為に該当するか。)について
 控訴人は、被控訴人が、被控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色を控訴人商品のカプセル及びPTPシートの配色と酷似させているのは、ジェネリック医薬品(被控訴人商品)の外観を先発医薬品(控訴人商品)の外観に似せて、医師及び薬剤師等の医療関係者並びに患者に先発医薬品との誤認混同を起こさせるという方法で市場の拡大を図ろうとする不正な意図に基づくものであるとし、これを前提として、かかる被控訴人の行為が、公正かつ自由な競争として許容される限度を著しく逸脱して控訴人に対する不法行為に該当すると主張する。
 しかしながら、被控訴人が、控訴人の主張に係るような不正な意図を有していることを認めるに足りる的確な証拠はなく、そもそも、医師及び薬剤師の処方、調剤に係る医療用医薬品の選択、識別に当たって、カプセルやPTPシートの配色が果たす役割はかなり小さいことは上記のとおりであるから、被控訴人商品のカプセルやPTPシートの配色を控訴人商品のそれに類似させたところで、需要者である医師や薬剤師に誤認混同を生じせしめることが期待し得るとも認められない。
 したがって、控訴人の上記主張は、前提を誤ったものというべく、これを採用することはできない。
3 以上によれば、控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 塚原朋一
 裁判官 石原直樹
 裁判官 高野輝久
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