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【事件名】機械の設計図の著作物性事件
【年月日】平成18年10月24日
 東京地裁 平成18年(ワ)第17644号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成18年9月22日)

判決
原告 株式会社イー・ピー・ルーム
被告 住友石炭鉱業株式会社
同訴訟代理人弁護士 鈴木修
同 横井康真


主文
1  主位的請求及び予備的請求に係る訴えをいずれも却下する。
2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求(特許異議の申立てが権利の濫用に当たることを理由とする損害賠償請求)
 被告は、原告に対し、金10万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成18年8月19日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求(著作権侵害を理由とする損害賠償請求)
 上記1と同旨
第2 事案の概要等
1 争いのない事実等
(1) 当事者
 原告は、機械設計を業とする株式会社であり、被告は、放電焼結機等の製造等を業とする株式会社である。
(2) 原告の特許権
 原告は、次の特許権(以下「本件特許」といい、その特許請求の範囲請求項1ないし3に係る発明を「本件特許発明」という。)を有していた。
 特許番号 特許第2640694号
 発明の名称 放電焼結装置
 出願日 平成2年9月18日
 公開番号 特開平4−9405
 公開日 平成4年1月14日
 優先日 平成2年2月2日
 登録日 平成9年5月2日
(3) 被告の特許異議の申立て
ア 被告は、平成10年2月13日、本件特許発明に対し、特許庁に特許異議の申立てをした(平成10年異議第70682号。以下「本件特許異議申立て」という。)。特許庁は、平成13年7月4日、本件特許を取り消す旨の決定をした(以下「本件取消決定」という。)。
イ 原告は、平成13年8月21日、本件取消決定の取消しを求めて、東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起した。同裁判所は、平成15年4月9日、その請求を棄却するとの判決を言い渡した。
ウ 本件取消決定は、平成15年10月9日、上告不受理決定等により確定した。
(4) 関連訴訟について
ア 原告は、被告に対し、本件特許異議申立てが不法行為に当たると主張して、損害賠償の一部請求として10万円の支払等を求めるとともに、本件取消決定の取消理由は無効であることの確認を求める訴えを東京地方裁判所に提起した(同裁判所平成18年(ワ)第4428号・同年(ワ)第6631号)。同裁判所は、平成18年6月30日、前者の請求を棄却し、後者の請求に係る訴えを却下した(乙1)。
イ 原告は、被告に対し、アと同様に、本件特許異議申立てが不法行為に当たると主張して、15億円の損害の一部請求として10万円を求める訴えを東京地方裁判所に提起した(同裁判所平成18年(ワ)第11210号。上記アの訴訟と併せて、以下「前訴」という。)。同裁判所は、平成18年8月31日、その請求を棄却した(乙2)。
ウ なお、上記ア及びイの各判決は、いずれも確定している。
2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、(1) 主位的に、本件特許異議申立ては権利の濫用であって不法行為に当たると主張して、15億円の損害の一部請求として10万円を請求するとともに、(2) 予備的に、被告が原告の著作権を侵害したと主張して、1億円の損害の一部請求として10万円を請求する事案である。
 被告は、主位的請求に係る訴えを却下し又は主位的請求を棄却する旨の裁判及び予備的請求を棄却する旨の裁判を求めた。
3 当事者の主張の要旨
(1) 主位的請求について
〔原告の主張の要旨〕
ア 本件取消決定の取消理由は、次のとおりである。すなわち、平成7年3月14日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)は、明細書又は図面の要旨を変更するものであり、本件特許の出願日は、平成7年3月14日とみなされるから、本件特許発明は、その出願前に頒布された刊行物(特開平4−9405号公報。甲8)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。よって、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたというものである。
イ しかしながら、本件補正後の電極に嵌合したチャンバーフランジにチャンバーの一端部を支持する構造は、当業者が容易に想到し得るものであり、また、実用新案公報(昭和46−5289号。甲2)により公知であったから、本件補正は、要旨変更に該当しない。
 そうすると、本件取消決定における取消理由は理由がないものであるから、本件特許異議申立ては、権利の濫用として許されない。
ウ 被告は、本件特許発明の技術的範囲に属する放電焼結機を製造販売し、約15億円の利益を得、原告は同額の損害を被ったものと推定される。
エ よって、本件特許異議申立てが不法行為に当たるから、原告は、被告に対し、上記ウの損害金の一部請求として10万円及びこれに対する平成18年8月19日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
〔被告の主張の要旨〕
ア 原告が提起した前訴の内容は、要するに、本件特許異議申立てが違法であることを主張するものであり、本件訴えと異なるところはない。
 そうすると、原告は、同じ内容の訴えについて二度まで敗訴しているにもかかわらず、本件訴えを提起していることになるから、このような訴えは、被告の地位を不当に長く不安定な状態におき、ことさらに応訴の負担を強いるものであって、もはや正当な訴権の行使ということはできない。
 したがって、本件訴えは、訴権の濫用又は信義則に反するものであり、不適法な訴えとして却下されるべきである。
イ 被告は、特許法の規定に基づき、本件特許異議申立てをしたのであって、その行為には何ら違法性はない。したがって、本件特許異議申立ては、権利の濫用ではない。
(2) 予備的請求について
〔原告の主張の要旨〕
ア 被告は、原告の放電プラズマ焼結機の設計図(以下「本件設計図」という。甲3の1)のうち、原告の署名を被告の署名に貼り替えて、これを複製した(以下「被告設計図」という。甲3の2)。
イ 被告は、本件設計図に基づき、放電焼結機を株式会社Aに製造販売させ、約1億円の利益を得、原告は同額の損害を被ったものと推定される。
ウ よって、原告は、被告に対し、本件設計図の著作権侵害による上記イの損害金の一部請求として10万円及びこれに対する平成18年8月19日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
〔被告の主張の要旨〕
ア 本件設計図の作成名義人は原告以外の者であるから、本件設計図は、原告の作成に係るものではない。
イ 仮に、本件設計図が原告の作成に係るものであるとしても、創作的に表現されたものではないから、著作物とはいえない。
ウ なお、本件設計図が著作物であると認められる場合であっても、被告設計図は、本件設計図とは異なるものであるから、被告は、本件設計図を複製していない。
第3 当裁判所の判断
1 主位的請求について
(1)ア 一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して上記額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。数量的一部請求を全部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、上記判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されない(最高裁平成9年(オ)第849号同10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1147頁参照)。
イ これを本件についてみるに、本訴における主位的請求は、前訴における損害賠償請求と同一の理由に基づく損害賠償請求権の残部を請求するものであり、前訴における損害賠償請求と同一の事実を審判の対象とし、同一の理由に基づいて再度裁判所の判断を求めようとするものであって、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものと評価せざるを得ない。また、本訴における主位的請求は、前訴の確定判決により当該損害賠償請求権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。前訴においても、本件特許異議の申立てが権利の濫用に当たるか否かが主な争点となり、原告は同争点について前訴で主張、立証を尽くしたものであって、原告が前訴において訴訟活動を充分になし得なかった事由は存しないから、原告の本訴における主位的請求を認めないと当事者間の公平を害するような特段の事情もない。
 そうすると、前訴で敗訴した原告が、本訴において本件特許異議の申立てが不法行為に当たることを理由とする損害賠償請求をすることは、信義則に反し、許されないというべきである。
ウ 以上のとおり、主位的請求に係る訴えは、信義則に反し許されないから、却下を免れない。
(2)ア 仮に、原告の主位的請求を判断するとしても、特許異議の申立ては、平成15年法律第47号による改正前の特許法113条柱書前段において「何人も、特許掲載公報の発行の日から六月以内に限り、特許庁長官に、特許が次の各号の一に該当することを理由として特許異議の申立てをすることができる。」と規定されており、利害関係の有無を問わず、申立期間内であれば、何人も申し立てることができるものとされており、本件特許異議申立ては、特許掲載公報の発行の日である平成9年8月13日から6月以内である平成10年2月13日になされたものであるから、上記規定の要件を満たして申し立てられたものである。したがって、本件特許異議申立ては、適法なものであって、これを権利の濫用であると認めることはできない。
イ もっとも、原告は、本件特許異議申立てが、取消理由がないのになされたものであることを理由として、これを権利の濫用であると主張するものであるが、特許異議の申立ては、特許庁自ら特許処分の適否を再審査して特許に対する信頼性を高めることを目的とするものであって、仮にその申立てに係る特許に取消理由がないなど瑕疵がなかった場合であっても、翻ってその申立て自体が違法となるものではない。
 なお、原告の主張に係る取消理由の存否は、結局のところ、本件取消決定に対する不服を述べるものであるが、本件取消決定に対する不服は、行政訴訟において争うべきであって、上記第2の1(3)イ及びウのとおり、これらの訴訟において原告の主張が認められなかったからといって、再度、民事訴訟において、これと同旨の不服を主張することを認めることはできない。
(3) よって、主位的請求は、却下を免れず、又は理由がない。
2 予備的請求について
(1)ア 予備的併合とは、主位的請求が認容されることを解除条件として、あらかじめ予備的請求の申立てをする併合形態をいうものである。そして、本来申立ては、確定的になされるべきものであって、条件又は期限を付し得ないのを原則とするものであるから、このような併合形態が認められるのは、合理的な理由がある場合に限られるというべきである。
 そうすると、予備的併合が認められるのは、原則的には、申立てに係る複数個の請求が論理的に両立し得ない場合であり、仮に、これらが論理的に両立し得るときは、少なくとも同一の給付又は形成的効果を求める請求権競合の場合に限られるというべきである。
イ これを本件についてみるに、主位的請求及び予備的請求ともに、不法行為に基づく損害賠償請求であるが、主位的請求は、特許異議の申立てを理由とするものであるのに対し、予備的請求は、著作権侵害を理由とするものである。そして、これらの請求は、論理的に両立し得る複数個の請求であるものの、同一の給付を求める請求権競合の場合ではなく、実体法上の関連性を欠くものであるから、むしろ、併合形態としては単純併合に適するものである。
 原告は、当裁判所の釈明にもかかわらず、2つの請求を主位的請求及び予備的請求とする本訴における併合態様を変更するつもりはない旨述べた(第1回口頭弁論調書)。
 したがって、本件における予備的請求に係る訴えは、併合の要件を欠くものであって、許されないというべきである。
(2) なお、念のため、予備的請求について判断するに、これに関する原告の主張は、@ 被告が本件設計図を複製した、A 被告が本件設計図に基づき放電焼結装置を製造させたとするものである。
ア@について
 本件設計図は、放電プラズマ焼結機の設計図であるところ、機械の設計図ということから、その性質上主として線を用い、これに当業者間で共通に使用されている記号や数値を付加して二次元的に表現するものであって、その表現形式の選択の余地は多くない。したがって、同一の機械を設計図に表現するときは、おのずから類似の表現にならざるを得ないから、これが創作的に表現されたものであること(著作権法2条1項1号)を認めるに足りない。したがって、本件設計図が著作権法上保護される著作物であるということはできない(なお、設計図に表された機械については、著作権ではなく、工業所有権によって保護されることがあるにとどまる。)。
 なお、仮に、本件設計図に係る著作権が原告に属すると認められる場合であっても、甲3の1及び2によれば、被告設計図は、本件設計図とは異なるものであって、被告が本件設計図を複製したということはできない。
 よって、原告の上記主張はいずれにしても理由がない。
イAについて
 原告は、本件設計図に基づいて機械を製造する行為を複製権侵害として主張するものである。
 しかしながら、著作権法において、複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいい(同法2条1項15号)、同号に明示されている建築に関する図面に従って建築物を完成する行為(同法2条1項15号ロ)とは異なり、機械に関する図面に従って機械を完成する行為は、複製権を侵害する行為として規定されていない。
 そうすると、原告の上記主張も理由がない。
(3) よって、予備的請求も、却下を免れず、又は理由がない。
3 結論
 以上の次第で、本件各訴えをいずれも却下することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 高部眞規子
 裁判官 平田直人
 裁判官 中島基至
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