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【事件名】講習会資料の職務著作事件(2)
【年月日】平成18年10月19日
 知財高裁 平成18年(ネ)第10027号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成17年(ワ)第1720号)
 (平成18年8月24日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 X
被控訴人 高砂熱学工業株式会社
被控訴人 社団法人日本計装工業会
両名訴訟代理人弁護士 岡邦俊
同 小畑明彦
同 近藤夏
同 沼本吉晃
同 瀧谷耕二


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、600万円を支払え。
(3) 被控訴人らは、連帯して、原判決別紙2記載の新聞及び雑誌に、同記載の体裁で、同記載の内容の謝罪広告を各1回掲載せよ。
(4) 被控訴人社団法人日本計装工業会は、原判決別紙1の1及び2記載の各講習資料を廃棄せよ。
(5) 訴訟費用は、第1審、第2審とも、被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
 主文と同旨
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、被控訴人高砂熱学工業株式会社(以下「被控訴人会社」という。)の従業員であった控訴人が、被控訴人会社在職中に、被控訴人社団法人日本計装工業会(以下「被控訴人工業会」という。)主催の講習において講師を務めた際、講習資料として作成した資料(「平成12年度計装士技術維持講習」のうち、「空調技術の最新動向と計装技術」に係る資料、以下「12年度資料」という。)について著作権及び著作者人格権を有するとして、(1)被控訴人会社において、控訴人の後任として上記講習の講師を務めた被控訴人会社従業員に、12年度資料の複製等を行って原判決別紙1の1、2記載の各講習資料(以下、原判決別紙1の1記載の講習資料を「13年度資料」、同1の2記載の講習資料を「14年度資料」という。)を作成させ、被控訴人工業会において、各資料の写しを受講者に配布するなどして、共同して、控訴人の著作権(複製権、口述権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害したと主張して、@被控訴人らに対し、民法709条、710条及び719条に基づき、著作権の侵害による損害440万円及び著作者人格権の侵害による慰謝料160万円の合計600万円の連帯支払、著作権法115条に基づき、謝罪広告の掲載を、A被控訴人工業会に対し、著作権法112条2項に基づき、13年度資料及び14年度資料の廃棄を求め、(2)さらに、控訴人が自己作成の前記資料についての著作権を有することを前提に、被控訴人らが、同資料の複製等を行って収益を得ており、それが不当利得に当たると主張して、選択的に、民法703条に基づき、600万円の連帯支払を求めたのに対し、被控訴人らが、控訴人作成の前記資料は、職務著作として被控訴人会社が著作者となり、控訴人は著作者ではない、職務著作でないとしても、その複製について、控訴人の許諾を受けているなどと主張して争っている事案である。
 原判決は、控訴人が12年度資料の著作者であることは認めたものの、被控訴人らがその複製について控訴人の黙示の許諾を得ていたなどとして、12年度資料に係る著作権及び著作者人格権の侵害並びに不当利得返還請求権に基づく控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人は、これを不服として、その取消し及び上記損害賠償の支払等を求めて控訴したものである。
2 前提となる事実等及び争点
 原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1及び2に記載のとおりである(ただし、原判決5頁11行目の「12年度資料について、」の次に「控訴人が著作者であるか、又は」を付加する。)から、これを引用する。
第3 当事者の主張
 次のとおり当審における主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「3 争点についての当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 控訴人の主張
(1) 争点1(12年度資料について、控訴人が著作者であるか、又は職務著作として被控訴人会社が著作者となるか。)について
 原判決は、控訴人が12年度資料の著作者であると正当に認定したものの、被控訴人会社の発意があるなどとする点において誤った認定をしており、失当である。
 すなわち、被控訴人工業会は、平成10年度ないし平成12年度の計装士技術維持講習会の講師の派遣依頼について、控訴人を指名し、控訴人に依頼しているのであり、また、講習テキストの変更又は追加も認めており、講師の裁量でテーマ・内容のいずれも、いかようにでも変更できることになっていた。そして、控訴人は、自らの判断で、勤務時間外の150時間程度の私的な時間を費やして、平成10年8月初旬ころ、平成10年度の計装士技術維持講習の講習資料のうち、「空調技術の最新動向と計装技術」に係る資料(以下「10年度資料」という。)について、同名の原稿を作成し、その後、自らの判断で、10年度資料の原稿を元にして、勤務時間外の私的な時間を費やして、平成12年8月、同年度の計装士技術維持講習の講習資料のうち、「空調技術の最新動向と計装技術」に係る資料、すなわち、12年度資料の原稿を作成し、その原稿を被控訴人工業会に交付したのである。
 控訴人は、直筆で社外用務応嘱承認願を作成し、所属部長であるA(以下「A」という。)に提出したが、Aは、所属部長欄に「認印」を押印してから、これを管理部に回付し、数日後、管理部課長、東京本店長、本社関係部門の認印がされた同文書のコピーが控訴人のもとに回付されてきただけであったから、使用者である被控訴人会社は、同文書の著作にかかわる「企画」を一切していない。
 したがって、10年度資料及び12年度資料の著作権が控訴人に帰属することは当然であるのみならず、職務著作における被控訴人会社の発意の要件を満たしていない。
(2) 争点2(控訴人は、12年度資料の複製について許諾していたか。)について
ア 原判決は、控訴人が上司であるAからの指示を受けて同じ部に所属していたB(以下「B」という。)に対し何らの留保もなく12年度資料の電子データを交付したことその他の事実から、控訴人が12年度資料を複製することを黙示的に許諾していた旨判示し、被控訴人らも同様の主張をする。
 しかし、著作者である控訴人は、被控訴人らに対し、12年度資料の複製を許諾していない。控訴人は、Aの指示により、今後の計装工業界の健全な発展を考えて、Bに12年度資料の資料閲覧に供したにすぎないのであって、複製を許諾したものではない。このことは、控訴人において、Bが被控訴人工業会に提出した13年度資料及び14年度資料の確認を一切行っていないことからも理解できる。なお、原審では、控訴人がBから受領した後記金員を12年度資料の「貸与料」であると主張していたが、実態にそぐわないので、「閲覧料」と訂正する。
イ 原判決は、「他の文献や資料などと同様に12年度資料を参考にするためだけを目的として『貸与料』が支払われ、しかも、それが、平成13年度及び平成14年度の2回にわたり、合計20万円も授受されることも極めて不自然である」(26頁下から7行目〜4行目)と判示し、控訴人が12年度資料の複製を許諾していると一方的に判断しているが、事実誤認であって不当である。
 すなわち、Bは、平成13年11月ころと平成15年7月9日、控訴人に対し、それぞれ10万円ずつ、合計20万円を持参したが、これは、Bが自発的好意で持参したものである。控訴人が10年度資料の創作に要した勤務時間外の150時間は、これを技術的価値にして330万円に相当するものであり、これに比べると、合計20万円はごくわずかな金額であり、控訴人が同金員を受領したからといって、複製を許諾した対価とみるべきではなく、資料閲覧料とみるのが相当である。
 控訴人が被控訴人らによる複製権侵害の事実に気が付いたのは、金員授受から相当期間経過後の平成15年10月ころであり、鮮明にその侵害の範囲を知り得たのは、同年11月14日であったことからも、原判決の認定が誤りであることが明らかである。
 なお、上記金員は、Bらが12年度資料を控訴人に無断で改ざんしたり、無断で使用した後ろめたさを隠すために持参した金員であったといえるのである。このことは、控訴人がBに資料閲覧に供してから、13年度資料及び14年度資料の作成に際して、ただの一度も著作者である控訴人に声が掛らなかった事実からも分かるものである。
(3) 争点3(被控訴人らによる口述権侵害の有無)について
 12年度資料は、控訴人において、要点部分を読み上げる程度で受講者がある程度理解でき、技術的維持講習の効果が得られるように工夫されているものであり、維持講習においては、上記資料の要点部分を読み上げることにより講習せざるを得ないものである。13年度資料及び14年度資料は、12年度資料のほとんど全文を転載し、一部は組織的に改ざんしたものであるところ、Bは、13年度資料及び14年度資料がなければ講習会において口述できないことは明らかである。仮に、朗読されなくても、上記資料の要点部分を読み上げることにより講習せざるを得ないことは容易に推定できるものである。
 したがって、被控訴人らは、控訴人の著作物である12年度資料につき口述権を侵害したものである。
(4) 争点4(被控訴人らによる氏名表示権侵害の有無)について
 被控訴人会社従業員であるA、Bは、13年度資料、14年度資料を作成するに当たって、控訴人の著作物である12年度資料のほとんど全文を転載し、一部は組織的に改ざんし、あたかもB自らからが著作したかのように表示し、その原稿を控訴人に無断で被控訴人工業会に提出した。このように控訴人著作に係る12年度資料のほとんど全文を転載する場合、控訴人に了解を求めた上でその氏名の表示をしなければならないものであり、したがって、被控訴人らは、控訴人の著作物である12年度資料につき氏名表示権を侵害したものである。
 この点について、原判決は、「12年度資料の表紙に講師名として記載されている原告の氏名の表示は、あくまでも当該維持講習の講師名を表示するものであって、12年度資料の著作名義を表示するものとはいえず、氏名表示権の、著作者名を表示するかしないかを選択する権利であるという側面からみた場合、原告は、12年度資料について、少なくとも、原告の氏名を著作者名として表示しないことを選択しているものと解される。」(原判決27頁下から4行目〜28頁2行目)と判示した。
 しかし、12年度資料に講師としての氏名表示がされているとしても、被控訴人工業会の講師依頼の内容によれば、講師自身が講習資料を作成することになっていることは明らかである。また、被控訴人工業会が12年度資料に講師として氏名表示をしていたことは、被控訴人工業会の従前の慣例に従ったまでであり、控訴人が講師として氏名表示がされているからといって、著作者であることには何ら変わりがない。
(5) 争点5(被控訴人らによる同一性保持権侵害の有無)について
 控訴人の著作に係る12年度資料を使用して13年度資料及び14年度資料を作成する以上、改変する内容について、被控訴人工業会に提出する前に、控訴人の了解を求めなければならないのに、これを欠くことが明らかであり、したがって、被控訴人らは、控訴人の著作物である12年度資料につき同一性保持権を侵害したものである。
(6) 争点8(不当利得返還請求権の有無)について
 控訴人作成の10年度資料及び12年度資料は、その創作のために、参考にすべき対象物の取材や資料を手元に取り寄せてから、勤務時間外の150時間を掛けて創作したのに対し、Bらは、勤務時間内でのごくわずかな時間で原稿を作成し、名誉及び講師料を手に入れたものであり、Bらは、330万円相当の不正な利得をしたものということができ、したがって、控訴人は、被控訴人らに対し、第1審の請求金額600万円に含まれるものとして、上記金額の不当利得の返還請求権を有する。
2 被控訴人らの主張
(1) 争点1(12年度資料について、控訴人が著作者であるか、又は職務著作として被控訴人会社が著作者となるか。)について
 控訴人は、原判決が被控訴人会社の発意があるなどと誤った認定をしている旨主張する。
 しかし、原判決は、職務著作の成立を否定した点の不当性はともかく、控訴人が維持講習の講師を務めることになった経緯、講習のテーマ、講習資料作成に関する被控訴人会社の指示などの事実を総合し、「被告会社が当該社外用務を承認し、それを原告に伝えることをもって、講習資料作成についての被告会社の判断がされたと解するのが相当であり、12年度資料の作成について、被告会社の発意を認めることができる。」(原判決20頁2行目〜5行目)と判断しているのであり、12年度資料が被控訴人会社の発意によるものであるとした原判決の認定は正当である。
(2) 争点2(控訴人は、12年度資料の複製について許諾していたか。)について
 原判決は、控訴人が上司であるAからの指示を受けてBに対し何らの留保もなく12年度資料の電子データを交付したことその他の事実から、「原告において、Bが、職務上、13年度資料及び14年資料を作成するために、12年度資料を複製することを許諾していたと解するのが相当である。」(原判決26頁5行目〜7行目)と判断しているのであり、この判断が正当であることもまた明らかである。
(3) 争点3(被控訴人らによる口述権侵害の有無)について
 控訴人は、Bは、13年度資料及び14年度資料がなければ講習会において口述できないことは明らかであり、また、内容の朗読でなくとも、上記資料の要所を読み上げることにより講習せざるを得ないことは容易に推定できるものであるとして、12年度資料につき口述権の侵害を主張する。
 しかし、原判決は、「維持講習の講習資料は、講演の内容を示し、解説しているものではあるが、その性質上、内容が朗読等によって口述されるものではない」(原判決27頁11行目〜12行目)ことを理由として、控訴人の口述権侵害の主張を斥けているのであり、控訴人は、口述権に関する独自の誤った見解によって原判決の正当な判断を非難しているにすぎず、失当である。
(4) 争点4(被控訴人らによる氏名表示権侵害の有無)について
 控訴人は、12年度資料に講師としての氏名表示がされているとしても、被控訴人工業会の講師依頼の内容によれば、講師自身が講習資料を作成することになっていることは明らかであるなどとし、控訴人が講師として氏名表示されているからといって、著作者であることには何ら変わりがないから、氏名表示権を侵害したものである旨主張する。
 しかし、原判決は、「原告は、12年度資料について、少なくとも、原告の氏名を著作者名として表示しないことを選択しているものと解される。」(原判決28頁1行目〜2行目)ことを理由として、氏名表示権侵害に関する控訴人の主張を斥けているのであり、12年度資料に表示された講師名が著作者名であるという誤った前提による控訴人の主張は、明らかに失当である。
(5) 争点5(被控訴人らによる同一性保持権侵害の有無)について
 控訴人は、控訴人の著作に係る12年度資料を使用して13年度資料及び14年度資料を作成する以上、改変する内容について、被控訴人工業会に提出する前に、控訴人の了解を求めなければならないのに、これを欠くことが明らかであるから、12年度資料につき同一性保持権を侵害したものである旨主張する。
 しかし、原判決は、12年度資料の12か所につき、13年度資料及び14年度資料において何らかの変更が加えられていることを認定した上で、これらの変更と同一性保持権との関係について詳細な検討を行っている。そして、それぞれが「より一般的に用いられている用語への置き換え」、「単に表現を分かりやすくしたもの」、「やむを得ない改変」、「単に表現を平易にするもの」、「重複する表現を一部省略したもの」などであることを理由として、各変更は同一性保持権の侵害とはならないと判断している。
 控訴人は、原判決の詳細な個別の事実認定に対し、何らの具体的な反論を行っていないのであるから、控訴人の主張は、それ自体失当である。
(6) 争点8(不当利得返還請求権の有無)について
 原判決は、控訴人が自ら12年資料の複製を許諾していることなどを前提として、被控訴人らにおいて、12年度資料の利用により、法律上の原因なく利益を受けたとは到底認められないと判断している。この前提に関する事実認定などが正当であることは既に述べたとおりである。これに対し、控訴人は、なんら具体的理由を示すことなく、原判決の判断を非難しているにすぎない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(12年度資料について、控訴人が著作者であるか、又は職務著作として被控訴人会社が著作者となるか。)について
(1) 控訴人が12年度資料を作成したことは、当事者間に争いがないところ、12年度資料について、控訴人は、自己がその著作者であると主張するのに対し、被控訴人らは、控訴人が、被控訴人会社の発意に基づき、被控訴人会社の業務に従事する者として職務上作成したものであり、職務著作としてその著作者は被控訴人会社となる旨主張するので、12年度資料の作成経緯、内容等について検討する。
(2) 前記第2の2において引用する原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1の前提となる事実等と証拠(甲9〜11、17〜20、乙1、4の1、5の1、7の1〜5、8の1〜6、9の1〜6、10の1、乙12、13の1〜4、乙14、15)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
ア 被控訴人会社は、冷暖房、換気、衛生、水道、乾燥、蒸発、燃焼、冷凍、製氷、温湿度調整装置及び一般熱交換装置の設計、監督、工事並びに保守管理等を業とする会社である。
 控訴人は、昭和51年11月8日に被控訴人会社に入社し、以来、被控訴人会社東京本店技術部、同設計部、本社技術部、東京本店計装システム部等に所属し、平成17年7月31日、被控訴人会社を退職した者である。
イ 被控訴人工業会は、昭和49年3月に任意団体「計装工業会」として発足し、昭和55年12月13日に、「計装工事業に関する諸問題について調査研究、経営の合理化、技術の向上およびその交流に務め、計装工事業の健全な進歩発展を図り、もって公共の福祉の向上と産業界の発展に寄与すること」を目的とする社団法人に組織変更された。被控訴人工業会は、計装工事業の技術の総合的調査研究、計装士の試験・登録・証明等の事業を行っている。
 被控訴人工業会は、「本会の目的に賛同し、建設業法の規定に基づく電気工事業、管工事業、機械器具設置工事業及び電気通信工事業のいずれかの許可を受け、計装工事業を営む法人及び個人」を正会員とし、「本会の事業を賛助する者」を賛助会員としており、平成17年10月1日時点で、正会員が153法人、賛助会員が32法人となっている。
ウ 計装士の資格制度は、昭和59年3月、建設大臣認定資格として新設されたが、平成13年4月、同資格制度が建設業法施行規則17条の2に基づく制度に移行し、以後、被控訴人工業会が計装士の資格の認定(計装士技術審査)を行うこととされた。被控訴人工業会が実施する計装士技術審査(1級、2級)に合格し、1級計装士あるいは2級計装士として登録を受けた者が計装士とされ、その登録の有効期限は5年間であり、5年毎に計装士の知識及び技術の維持向上のための維持講習(以下「維持講習」という。)を受講すれば更新することができ、講習を受講しない者については、被控訴人工業会の会長が更新を拒絶することができるものとされていた。一方、被控訴人工業会は、その内部規程によって、毎年1回、全国数か所の会場において維持講習を実施するとともに、計装士は、5年毎に維持講習を受講しなければならないとされている。
 維持講習の内容及び範囲は、あらかじめ同規程により定められるとともに、被控訴人工業会の研修委員会が維持講習の実施を担当することとされ、同研修委員会では、毎年、具体的な講習のテーマ及び内容や被控訴人工業会の会員企業各社の分担などを決定している。維持講習の講師は、被控訴人工業会の依頼を受けて会員企業から派遣された者(おおむね4、5社から1名ずつ)が務め、それぞれの講師が、原則として、同じテーマで5年間継続して担当することとされており、講習資料についても、大幅な変更がされないことが前提とされている。
エ 被控訴人会社は、昭和58年4月に被控訴人工業会の会員となり、平成元年から被控訴人会社の代表者が被控訴人工業会の副会長を務めるほか、7委員会のうち5委員会の委員を応嘱しており、計装士資格を業務上重要な資格と評価して、資格試験の受験費用や維持講習の参加費用を負担し、維持講習の受講を業務として取り扱っている。そのため、被控訴人会社の総合職技術系従業員の2割前後の者が、1級計装士の資格を有しており、控訴人も1級計装士の資格を有している。
オ 被控訴人工業会は、平成10年度から5年間にわたる維持講習の講師派遣を被控訴人会社に依頼したところ、被控訴人会社は、これを受託するとともに、自社の従業員のうちから講師を派遣し、平成10年度から平成12年度までは、当時、被控訴人会社東京本店計装システム部に所属していた控訴人が、平成13年度及び平成14年度は、同部に所属していたBが、それぞれ講師を務めた。
 控訴人は、講師を務めた平成10年度から平成12年度の維持講習について、それぞれ講習資料を作成した。Bも、講師を務めた平成13年度及び平成14年度の維持講習の講習資料である13年度資料及び14年度資料をそれぞれ作成したが、これらを作成するに当たり、控訴人から交付を受けた12年度資料の電子データを利用した。そして、12年度資料の大部分の記述をそのまま用いて、13年度資料を作成し、それを基に14年度資料を作成した。
カ 被控訴人工業会の維持講習では、遅くとも平成6年度以降、各テーマ毎に講師等から提出される資料を合綴した講習資料集が用いられる。講習資料集の表紙の上段には長方形の大きな枠が設けられ、その枠囲いの中に、当該年度及び「計装士技術維持講習」の文字とが2段で表示され、その枠の下のほぼ中段に、当該年度に行われる維持講習のテーマが箇条書きで表示され、下段に被控訴人工業会の名称が表示されている。
 講習資料集として合綴されている各テーマ毎の講習資料にも表紙が付されており、それぞれの表紙の上段には長方形の大きな枠が設けられ、その枠囲いの中にテーマが表示され、下段に「講師」という表示に続いて、所属部署や役職とともに、講師の氏名が表示されている。表紙の次のページには目次が設けられているが、目次の体裁は、各テーマの講習資料によって異なっており、ページ数も、各テーマの講習資料毎に完結しており、講習資料集としての通しページは、付されていない。
キ 平成12年度講習資料集も上記と同様であり、その表紙の上段の枠囲いの中には、「平成12年度計装士技術維持講習」の文字が2段で表示され、その枠の下のほぼ中段に、「空調技術の最新動向と計装技術」、「アメニティセンサと新技術」、「新しい検査と調整の考え方」、「最新の計装システムのメンテナンス」、「LANの基礎知識」と当該年度に行われる維持講習のテーマが5段で箇条書きで記載され、下段に「社団法人日本計装工業会」と記載されている。控訴人の担当する講習に係る12年度資料の表紙の上段には長方形の大きな枠が設けられ、その枠囲いの中に「空調技術の最新動向と計装技術」とテーマが記載され、下段に「講師」という表示に続いて、「高砂熱学工業(株)東京支店計装システム部部長X」と記載されている。
(3) 上記認定の事実によれば、控訴人は、12年度資料の作成当時、被控訴人会社の東京支店計装システム部に所属しており、被控訴人会社から派遣されて、被控訴人工業会主催の同年度の維持講習において講師を務めた際、12年度資料を作成したものであり、上記講師としての業務は、計装士の資格認定を行う被控訴人工業会がその会員企業である被控訴人会社に講師派遣の依頼をし、被控訴人会社がこれを受託した結果、実施されたものである。
 そうすると、12年度資料の作成当時に、控訴人が被控訴人会社の業務従事者であったことは明らかであるが、12年度資料について被控訴人らが主張する職務著作(著作権法15条1項)が成立するためには、被控訴人会社の著作名義を付して公表したことを要するところ、控訴人の担当する講習に係る12年度資料が他のテーマの講習資料と合綴されている平成12年度の講習資料集の作成名義は、表紙の下段に表示されている被控訴人工業会であると認められ、被控訴人工業会が講習資料の内容について最終的に責任を負うことを表示したものということができる。
 そして、控訴人の作成した12年度資料の表紙の「高砂熱学工業(株)東京支店計装システム部部長X」との記載は、講師が控訴人であることを表示しているにすぎず、また、「高砂熱学工業(株)東京支店計装システム部部長」は、講師の肩書であって、そこに「高砂熱学工業(株)」との語があるとしても、控訴人の所属する会社名を表示するにすぎないものと理解するのが通常というべきである。
(4) 被控訴人らは、12年度資料の表紙に講師名として控訴人の氏名が表示されているが、被控訴人会社の名称も付されており、被控訴人会社が講習資料の内容について最終的な責任を負うことが表示されているから、被控訴人会社の著作名義と評価することができる旨主張する。
 しかし、上記のとおり、12年度資料の表紙の「高砂熱学工業(株)東京支店計装システム部部長X」との記載は、講師が控訴人であることを表示しているにすぎず、控訴人の肩書に「高砂熱学工業(株)」という記載があったとしても、控訴人が所属する会社名を表示するにすぎないものであって、直ちに被控訴人会社の著作名義に結び付くものとはいえない。
 被控訴人らは、仮に、講師としての表示が被控訴人会社の著作名義と評価できない場合には、その著作名義を表示しないことを選択したということができ、公表するとすれば被控訴人会社の著作名義が表示されることが予定されているものであるから、職務著作の公表要件を充足する旨主張する。
 しかし、12年度資料には被控訴人会社の著作名義が付されず、講師名を付するにとどまり、平成12年度の講習資料集として、被控訴人工業会の作成名義の下にまとめられて一つの冊子となり受講生に配付されているものであるから、公表するとすれば被控訴人会社の著作名義が表示されることが予定されているとする被控訴人らの主張は、その前提を欠くものである。
 したがって、被控訴人らの主張は、いずれも採用することができない。
(5) そうすると、12年度資料は、被控訴人会社の著作名義で公表されたと認めることができず、控訴人がその著作者というべきであるから、控訴人の主張する被控訴人会社の発意の有無の点を含め、その余の職務著作の要件について検討するまでもなく、被控訴人会社の職務著作をいう被控訴人らの主張は、採用の限りでない。
2 争点2(控訴人は、12年度資料の複製について許諾していたか。)について
(1) 13年度資料及び14年度資料が、別紙「変更箇所一覧表」(原判決別紙3の「変更箇所一覧表」に同じ。以下、単に「変更箇所一覧表」という。)の「13年度資料」、「14年度資料」の各欄下線部分記載のとおり(ただし、変更箇所一覧表の番号11については、「※」を付して示したとおり、記載内容は別添1及び2のとおりである。)、対応する「12年度資料」欄の記載に改変を加えているものであることは、当事者間に争いがない。
 前記1(2)オによれば、Bは、13年度資料及び14年度資料を作成するに当たり、12年度資料に依拠して、12年度資料の大部分の記述をそのまま用いたことが認められる。
 したがって、13年度資料及び14年度資料は、全体として12年度資料の複製物というべきである。
(2) 被控訴人らは、12年度資料の作成経緯、講習資料としての性質その他の事情を考慮すれば、控訴人は、12年度資料を、平成13年度以降の維持講習に用いる限度で複製することを許諾したものであると主張するので、検討すると、証拠(甲17、20、33、34、乙1、2、3の1〜12、4の1、5の1、10の1、11の1〜4、乙12)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 被控訴人工業会は、平成10年度から、被控訴人会社に維持講習の講師派遣を依頼するに当たり、事前に打診したところ、被控訴人会社から、被控訴人会社計装システム部の担当課長であった控訴人を講師として派遣することが可能である旨の回答を得た。そこで、被控訴人工業会は、あらためて控訴人に講師応嘱の打診をし、その内諾を得るとともに、具体的なテーマの設定を受けた上、被控訴人会社あてに、同年5月18日付けの「平成10年度計装士技術維持講習会講師の派遣依頼について」と題する文書(乙1)を送付した。同文書には、依頼テーマとして「空調技術の最新動向と計装技術」、依頼講師として控訴人と記載され、また、「講習テキスト」として、「平成10年度計装士技術維持講習テキストの原稿を8月31日までに当工業会事務局長まで送付方お願いいたします。」と記載されていた。
イ 被控訴人会社では、従業員が社外の用務に応嘱する場合、直属の上司が本社の人事部長に対し、「社外用務応嘱承認願」を提出して決裁を得ることとなっており、承認の可否は、依頼先の要求、依頼先と被控訴人会社との関係、応嘱者の業務量などを総合的に判断して決定され、承認された場合には、勤務時間内にその業務を行うこと、被控訴人会社の人員、機材を用いること、国内出張に関する規程を適用して出張費・日当が支給されるが、外部団体から支払われる場合には支給されないことなどが定められていた。
 被控訴人工業会からの前記講師派遣依頼を受けて、控訴人の上司であったAは、控訴人に対し、人事部長あての「社外用務応嘱承認願」の作成を指示し、平成10年7月13日付けの社外用務応嘱承認願(乙2)が作成された。同承認願には、応嘱業務として、「平成10年度計装士技術維持講習会講師『空調技術の最新動向と計装技術』」と、業務の頻度として、「講師:4日間(資料作成2H×1ヶ月間)」と、記載されていた。
 控訴人の上記承認願は、人事部長の決裁を受けて、被控訴人工業会で上記講習会の講師をすることが承認され、これを受けて、Aは、控訴人に対し、被控訴人工業会からの前記依頼文書(乙1)に記載された講習資料の作成の依頼に基づき、資料作成等の指示を行った。
ウ 控訴人は、平成10年8月31日までに、被控訴人会社の社内資料、過去に雑誌等に掲載した自らの論文、その他の文献等を参考にして、10年度資料の原稿を作成した。控訴人は、同原稿を、被控訴人会社の当時の技術開発部長であったC(以下「C」という。)及び当時の副社長であったDに提出して、内容の吟味及びチェックを受けた。同人らからの特段のコメント等はなく、控訴人は、同原稿を被控訴人工業会に交付した。被控訴人工業会は、控訴人から送付された10年度資料の原稿を受け取り、平成10年度の講習資料の一つとして、他のテーマの講習資料と合綴して平成10年度の講習資料集(甲20)を作成した。
エ 平成10年度の維持講習では、4回の講習が予定されていたが、控訴人は、講習前に怪我をして入院したために、関西地区及び関東地区の合計3回の講習に講師を務めることができなくなったことから、被控訴人会社は、急きょ、業務命令により、関西地区での講習については大阪支店の従業員に、関東地区での講習(2回)についてはBに、控訴人に代わって講師を務めるするように指示し、大阪支店の従業員及びBがそれぞれ関西地区及び関東地区の合計3回の講習につき講師を務めた。
オ 平成11年度の維持講習についても、平成10年度と同様の手続を経て、被控訴人会社計装システム部の参事となっていた控訴人が講師として派遣された。控訴人は、平成10年度資料の内容はそのままで表紙のみを替え、これを平成11年度資料(乙8の3)とし、その原稿を被控訴人工業会に交付した。被控訴人工業会は、控訴人から送付された11年度資料の原稿を受け取り、平成11年度の講習資料の一つとして、他のテーマの講習資料と合綴して平成11年度の講習資料集を作成した(乙8の1)。
カ 平成12年度も、平成10年度及び平成11年度と同様、被控訴人工業会は、被控訴人会社に対し、平成12年6月29日付けの「平成12年度計装士技術維持講習会講師の派遣依頼について」と題する文書(乙10の1)を送付し、被控訴人会社計装システム部の担当部長となっていた控訴人を講師として派遣することを求める旨の依頼をした。同文書には、「昨年に引続き下記のとおり講師をお願いいたしたく存じます。」と記載され、「講習テキスト」として、「平成12年度計装士技術維持講習テキストの内容の変更又は追加を要する場合は、変更又は追加原稿を8月10日までに当工業会事務局長まで提出して下さい。」と記載されていた。
キ 控訴人は、社外用務応嘱承認願(乙10の2)を作成して、人事部長あてに提出し、その決裁を受けて承認され、これを受けて、控訴人は、平成10年度と同様に、被控訴人工業会からの上記依頼文書(乙10の1)に記載された講習資料の作成の依頼に基づき、資料作成を行った。講習テーマとして、空調技術の最新動向が含まれているために、最新の論文等の内容を取り込むなどして、10年度資料及び11年度資料の改訂を行って原稿を作成し、被控訴人工業会に提出した。控訴人の原稿は、12年度資料とされ、従前の年度と同様、他のテーマの講習資料と合綴されて講習資料集(甲17)としてまとめられた。控訴人は、平成12年度の維持講習の講師として、12年度資料に基づいて同年中に3回の講習を行ったが、平成13年4月に被控訴人会社東京本店品質・環境部に異動となり、それに伴い、その後の維持講習の講師について、控訴人の同僚であった計装システム部員のBが引く継ぐこととなった。
ク 被控訴人工業会は、平成13年5月、被控訴人会社に対し、同年度の維持講習の講師として控訴人を派遣することの依頼と確認の連絡をしたところ、被控訴人会社は、控訴人の後任の講師として予定していたBが多忙であったために、講師の派遣を辞退したい旨の打診したが、被控訴人工業会から、講師を被控訴人会社に依頼しており、5年間はテーマを変えることができないとして、従前どおり講師派遣を要請されたので、予定どおり、Bを講師として派遣することとした。その後、被控訴人工業会から講師派遣依頼の文書が送付され、被控訴人会社内において、Bを講師として派遣することが承認されたので、Aは、同年6月ころ、控訴人に対し、後任の講師と決定されたBに講習資料を引き継ぐように指示し、Bには、控訴人から講習資料を引き継ぐように命じた。その後、Bは、控訴人から、MOディスクに保存された12年度資料の電子データの交付を受けた。
ケ Bは、平成13年7月ころ、最新技術の情報を取り入れて同年度の維持講習の講習資料を作成するため、Aや当時技術開発部長であったCとともに、12年度資料の変更部分について打合せを行い、それを踏まえて、Bのほか、他の部門の従業員も一部担当して、控訴人から提供を受けた12年度資料を用いて、13年度資料の原稿を作成し、CとAのチェックを受けた上で、同年8月ころに被控訴人工業会に提出された。なお、講習資料の変更については、被控訴人工業会から、大幅な変更がないようにしてほしい旨の要望がされていた。
 Bは、平成13年度の維持講習の日程が終了した同年11月ころ、偶然居合わせた控訴人との間で12年度資料のことが話題となり、控訴人から、「原稿書くのは苦労したんだ」、「計装工業会から謝金があっただろう、いいアルバイトになっただろう」と言われたため、金銭の要求を受けたものと考え、維持講習の講師謝金として被控訴人工業会から支払われた21万6000円のほぼ半額に相当する現金10万円を、控訴人に手渡した。
コ 平成14年度の維持講習においても、Bが講師を務めることとなり、講習資料の原稿は、13年度資料の原稿作成と同様、Aから指示を受けて、Bが13年度資料の一部を変更して作成し、Aのチェックを経た後に被控訴人工業会に提出された。
サ Bは、平成15年7月8日、控訴人から、平成13年度は維持講習の講習資料貸与料の支払を受けたこと、平成14年度も講習資料の更新がされるはずであるがBからの連絡がないこと、13年度資料及び14年度資料のコピーを希望することが記載されたメールを受信した。そこで、Bは、13年度資料及び14年度資料の電子データをMOディスクに保存して、控訴人の席に持参したが、控訴人が不在であったため同ディスクを同人の席に残置した。そして、翌9日、控訴人と面会し、13年度資料及び14年度資料の印刷物が手元にないため各資料の原稿を保存したMOディスクを持参したことを伝えるとともに、平成13年のときと同様、現金10万円を手渡した。
(3) 上記認定の事実によれば、被控訴人会社は、被控訴人工業会からの依頼を受けて、平成10年から平成14年までの5年間、同一のテーマ及び内容で、被控訴人工業会主催の維持講習の講義を担当することになっており、毎年、被控訴人工業会と被控訴人会社との間で講師派遣の合意をし、その合意に従って、従業員の中から担当者を決め、その担当者に不都合があれば、代わりの者を指名して、講義をさせていたこと、平成10年ないし平成12年には、その講義の担当者として控訴人が指名され、その結果、控訴人は、業務命令により、社外用務応嘱として人事部長の承認を受けて講義を行っていたことが認められる。
 そして、当該講義を行うに当たって、被控訴人工業会から、事前に講習資料を準備し、講習資料に基づいて講義をするように要請されていたため、講習資料の作成は、維持講習の講義を担当すべき業務に付随する業務であったものということができる。
 また、維持講習は、5年間同一のテーマで行われるのが原則であり、その間の講習資料の大幅な変更は予定されていない上、テーマが「空調技術の最新動向と計装技術」であって、自己の担当業務に関することであり、また、空調技術の最新動向を内容としているために、最新の資料、論文等の内容を取り込むなどして内容を充実させなければならず、控訴人自身の担当業務を離れて作成し得るものではなかったものであり、控訴人は、当該担当業務の延長上で、被控訴人会社の社内資料、過去に雑誌等に掲載した自らの論文等を適宜参照しつつ、10年度資料及び12年度資料の原稿を作成したものというべきである。
 このような事情の下で、控訴人は、上司であるAからの引継ぎの指示を受けて、平成13年度から維持講習の講師をBと交替するとともに、Bに対し、上記指示に基づいて、何らの留保をすることもなく12年度資料の原稿の電子データを交付したのであるから、13年度資料及び14年度資料を作成するために利用させる意思であったものと解すべきであり、ここに利用させるとは、控訴人の後任者が13年度資料及び14年度資料を作成するために、必要に応じて、12年度資料に変更、追加、切除等の改変を加えることをも含むものであって、控訴人は、そのような意味で12年度資料の複製を黙示的に許諾したものと解するのが相当である。
(4) 控訴人は、12年度資料の電子データは参考に渡したのみであり、Bからの金員も資料閲覧料として受領したとして、複製の許諾はしていない旨主張する。
 しかし、上記のとおり、被控訴人会社の著作名義で公表されたものと認めることができないため、被控訴人会社の職務著作とならないとはいうものの、12年度資料は、控訴人の業務の一環として作成されたものであって、控訴人の私的な著作物ではなく、しかも、業務の引継ぎとして自己の後任者に12年度資料の電子データを渡しているのであるから、これを単なる閲覧とか参照のために交付したと解するのは困難である。
 なお、控訴人は、争点1に係る主張において、自らの判断で、勤務時間外の150時間程度の私的な時間を費やして10年度資料を作成し、また、10年度資料を元にして12年度資料を作成した旨主張しているが、仮に、控訴人が勤務時間外の私的な時間を費やしたとしても、被控訴人会社の業務の一環として行ったことには変わりがない。
 したがって、控訴人の主張は、採用の限りでない。
3 争点3(被控訴人らによる口述権侵害の有無)について
 控訴人は、被控訴人らにおいて、平成13年度及び平成14年度の維持講習の際に、12年度資料を複製した13年度資料及び14年度資料を、控訴人の許諾なく使用し、不特定多数又は特定多数の公衆に対して口頭で伝達したものであり、控訴人の有する12年度資料を公に口述する権利を侵害した旨主張する。
 しかし、上記のとおり、被控訴人らは、控訴人の黙示的な許諾の下に12年度資料を複製して13年度資料及び14年度資料を作成し、これを講義に使用したのであるから、控訴人の主張は、前提を欠くものであって、理由がない。
4 争点4(被控訴人らによる氏名表示権侵害の有無)について
 控訴人は、被控訴人らにおいて、12年度資料を複製した13年度資料及び14年度資料を使用した際、Bの氏名を表示して控訴人の氏名を表示しなかったものであり、控訴人の氏名表示権を侵害した旨主張する。
 しかし、前記1に判示したとおり、12年度資料の表紙に講師名として記載されている控訴人の氏名の表示は、あくまでも当該維持講習の講師名を表示するものであって、12年度資料の著作名義を表示するものとはいえない。氏名表示権の、著作者名を表示するかしないかを選択する権利であるという側面からみた場合、控訴人は、12年度資料について、少なくとも、控訴人の氏名を著作者名として表示しないことを選択しているものと解される。
 そうすると、13年度資料及び14年度資料に講師名としてBの氏名を付するとともに、その他は、12年度資料及び同資料を含む講習資料集と同様の表示をして、平成13年度及び平成14年度の維持講習の講習資料集を作成し、使用することは、著作者名を表示しないこととした控訴人の措置と同様の措置をとっていることになるから、著作者名の表示に関する控訴人の当時の意思に反するものではなく、控訴人の氏名表示権を侵害するものとはいえないと解するのが相当である。
 したがって、氏名表示権の侵害をいう控訴人の主張は、理由がない。
5 争点5(被控訴人らによる同一性保持権侵害の有無)について
(1) 控訴人は、控訴人の著作に係る12年度資料を使用して13年度資料及び14年度資料を作成する以上、改変する内容について、被控訴人工業会に提出する前に、控訴人の了解を求めなければならないのに、これを欠くことが明らかであるから、12年度資料につき同一性保持権を侵害したものである旨主張するのに対し、被控訴人らは、変更箇所一覧表の「13年度資料」、「14年度資料」の各欄下線部分記載の変更箇所のうち、その一部については、控訴人の創作に係るものではなく同一性保持権侵害を主張することができない部分であるか、又は、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしてやむを得ないと認められるものであって、他の部分についても、同一性保持権の侵害となる改変ではない旨主張するので、この点について検討する。
(2) 著作権法20条1項は、著作者の有する同一性保持権について、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」と規定している。この趣旨は、著作物が、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものであり、その人格が具現化されていることから、著作物の完全性を保持することによって、著作者の人格的な利益を保護する必要があるため、著作者の意に反してその著作物を改変することを禁じているものであるが、一方、著作者自身が自らの意思によりその著作物の改変について同意することは許容されるところであって、著作者が、第三者に対し、必要に応じて、変更、追加、切除等の改変を加えることをも含めて複製を黙示的に許諾しているような場合には、第三者が当該著作物の複製をするに当たって、必要に応じて行う変更、追加、切除等の改変は、著作者の同意に基づく改変として、同一性保持権の侵害にはならないものと解すべきである。
 そこで、本件についてみると、前記1(5)に判示したとおり、12年度資料は、被控訴人会社の著作名義で公表されたと認めることができないため、被控訴人会社の職務著作とならず、控訴人がその著作者ということになるものの、控訴人が自己の業務とは別に私的に作成したというものではない。
 そして、控訴人は、前記2(3)に判示したとおり、後任者が13年度資料及び14年度資料を作成するために、必要に応じて、12年度資料に変更、追加、切除等を加えることをも含めて複製を黙示的に許諾していたものである。
 また、前記1(2)認定の事実によれば、被控訴人工業会は、その内部規程に従って、計装士の知識及び技術の維持向上のために、毎年1回、全国数か所の会場において維持講習を実施するとともに、計装士は、5年毎に維持講習を受講しなければならず、この維持講習を受講しない者については、被控訴人工業会の会長が更新を拒絶することができるものとされているのであり、維持講習は、計装士に定期的な教育を施すことにより、その知識及び技術の維持向上を図ることを目的とするものであること、10年度資料ないし14年度資料は、いずれも、「空調技術の最新動向と計装技術」をテーマとする維持講習の資料であり、5年間(計装士の登録の有効期間)、計装士の資格を有する者に対して、上記テーマの下で、計装士として有すべき知識及び技術を正しく伝え、また、関連する最新の情報を伝えるとともに、講習者の個性ではなく当該分野での経験に基づく正確な専門知識を伝達することが期待され、かつ、予定されている性質のものであったことが認められる。
 このような事情を総合すると、控訴人の後任者が作成すべき13年度資料及び14年度資料は、大幅な変更をしないという制約の下で、12年度資料を基礎としつつ、表現をより適切なものにし、内容もより適切なものにし、その資料全体を充実させることが求められていたのであり、控訴人自身も、このような事情を十分認識して、10年度資料を基礎として12年度資料を作成したものであるから、控訴人は、上司であるAからの指示を受けて、平成13年度から維持講習の講師をBと交替するとともに、Bに対し、原稿の引継ぎの指示に基づいて、何らの留保をすることもなく12年度資料の原稿の電子データを交付し、複製を黙示的に許諾したと認められる時点で、上記目的に沿って充実した内容の講習資料が作成されることに異存はなかったものといわざるを得ない。
 そうすると、控訴人の後任者が、13年度資料及び14年度資料を作成するために、12年度資料の表現についての基本的な構成、内容を前提として、上記目的に沿って12年度資料の表現をより適切なものにし、内容もより適切なものにし、その資料全体を充実させることは、上記講習資料作成の目的に沿い、必要に応じて行う変更、追加、切除等の改変であって、控訴人が黙示的に許諾していた複製に含まれ、著作者の同意に基づく改変として、控訴人の同一性保持権を侵害するものとはいえない。
(3) そこで、以下、個別的な改変について、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内での改変といえるかどうかについて検討する。
ア 変更箇所一覧表の番号1
 目次の「2.2 国連気候変動枠組条約締約国会議」及び「2.3 地球温暖化と省エネルギー」の記載について、変更箇所一覧表の番号3、4、8の本文の内容を反映させるよう、それぞれ「2.2 『京都議定書』」及び「2.3 『COP6再開会合』の合意内容」と変更したものである。
 目次は、その性質上、本文の内容を反映させるものであるところ、対応する変更箇所一覧表の番号3、4、8についてみると、後記ウ、エ及びクのとおり、いずれも、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であるから、目次の変更も、同様に、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変というべきである。
イ 変更箇所一覧表の番号2
(ア) 「ハセップ」から「ハサップ」への変更
 「HACCP」についての読み方をより一般的な用語に置き換えたものである。
(イ) 「国際化・デジタル化」から「IT化」への変更
 表現内容は変わらず、より一般的に用いられている用語に置き換えたものである。
(ウ) 13年度資料及び14年度資料の「空調計装分野では」から始まる段落部分の変更
 表現内容は変わらず、より平易な表現に置き換えたものである。
(エ) 14年度資料の「深化を更に」の追加変更
 求められる技術者像について、「技術の専門性の追求」を「技術の専門性の深化を更に追求」に変えるなどし、基本的に表現内容に変わりはないが、より積極的な表現に置き換えたものである。
(オ) 上記(ア)〜(エ)の改変は、読み方をより一般的な用語に置き換えたり、より一般的に用いられている用語に置き換えたり、より平易な表現に置き換えたり、より積極的な表現に置き換えたりしているものであるところ、この表現の改変は、計装士に定期的な教育を施すことにより、その知識及び技術の維持向上を図ることを目的とする維持講習の資料の内容を充実させるものであって、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変というべきである。
ウ 変更箇所一覧表の番号3
 「2.2 国連気候変動枠組条約締約国会議」の項を、「2.2 京都議定書」の項に変更し、該当箇所の前半部分で平易な表現に変更するとともに、後半部分では、13年度資料において「COP3再開会合」の合意内容を、14年度資料において「改正省エネ法」をそれぞれ追加して、環境対策に関する最新情報を盛り込んだものである。
 前半部分の平易な表現に変更するという表現の改変は、上記イ(オ)のとおり、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変というべきである。
 後半部分の最新情報の追加は、新たな表現が加えられたものであるところ、計装士の資格を有する者に対して、計装士として有すべき知識及び技術を正しく伝え、また、関連する最新の情報を伝えるとともに、講習者の個性ではなく当該分野での経験に基づく正確な専門知識を伝達することが期待され、かつ、予定されている性質のものであることからすれば、計装士に定期的な教育を施すことにより、その知識及び技術の維持向上を図ることを目的とする維持講習の資料の内容を充実させることであって、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変というべきである。
エ 変更箇所一覧表の番号4
 IPCC第3次報告、官公署の公表データを基に、地球温暖化に関する最新情報を盛り込んだものである。
 上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記ウのとおりである。
オ 変更箇所一覧表の番号5
 「氷蓄熱システム製氷時と昼間追い掛け運転時では・・・氷蓄熱では蓄熱率40%(蓄熱40+昼間追い掛け60=100)となる。」の部分及び「それぞれの方式の一般的な特徴としては、・・・最適なシステムを選定することが肝要である。」の部分を追加し、当該分野における最新情報を加え、説明事項を追加するとともに、表現を平易にしたものである。
 上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記ウのとおりであり、表現を平易にすることが、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。
カ 変更箇所一覧表の番号6
 「(1)CGSとは」の部分の記載、「CGSの種類」についての「現在、CGSに使われている原動機には@ガスタービン、Aガスエンジン、Bディーゼルエンジン、C燃料電池などがある。一般的には、発電主体の小・中規模施設にはエンジンを」の部分、「他方最近では、・・・表3.1にマイクロガスタービンのラインナップを示す。」の部分を追加し、図3.6を「ガスタービンによるCGS(a:蒸気取り出し)」、「エンジンによるCGS(b:温水取り出し)」、「エンジンによるCGS(c:蒸気、温水取り出し)」から「エネルギー利用効率の比較」に変更し、いずれも当該分野における最新情報を盛り込んだほか、表現を平易にしたものである。
 上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記ウのとおりであり、表現を平易にすることが、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。
キ 変更箇所一覧表の番号7
 本文の後に枠内に記載していた「日本のGMPの改定:平成6年1月27日厚生省/省令(医薬品の製造管理および品質管理規則)」を本文中に盛り込むとともに、表現を平易にしたものである。
 上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記ウのとおりであり、表現を平易にすることが、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。
ク 変更箇所一覧表の番号8
 「HACCP」についての読み方をより一般的な用語に置き換えたものである。
 一般的に用いられている用語に置き換えることが、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。
ケ 変更箇所一覧表の番号9
 14年度資料において、当該分野において新しい用語が提案されているという最新情報を追加したものである。
 上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記ウのとおりである。
コ 変更箇所一覧表の番号10
 空調設備と計装技術の整合性の確保に関して紹介する具体例を三つから二つに減少させたものであるが、資料の一部に最新情報を追加したことなどに伴い、資料全体のページ数を増やさないために行われたものである。
 最新情報をいろいろと盛り込んだ結果、資料全体のページ数を増やさないため、具体例を三つから二つに減少させたものであって、合綴されて講習資料集としてまとめられるという性質上、ある程度、他の年度の講習資料と分量的な差異がそれほど生じないようにすることには合理的な理由があり、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変というべきである。
サ 変更箇所一覧表の番号11
 図8.2の「代表的な中央系のプロトコル構造」を、「プロトコルの階層構成(電気設備学会誌平成13年3月号より)」に変更し、当該分野における最新情報を盛り込んだものである。
 図表を変更した点は、12年度資料の一部を削除するとともに、新たな表現が加えられたものであるところ、最新の情報を盛り込んだ結果、古い情報を削除することは、維持講習の資料の内容を充実させることであって、13年度資料及び14年度資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変というべきである。また、上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記ウのとおりである。
シ 変更箇所一覧表の番号12
 情報化の普及の例として、12年度資料の「インターネット」に「ブロードバンド」を追加して、「インターネット、ブロードバンド」との記載にしたほか、表現を平易にしたものである。
 用語の追加は、当該分野における新たな情報を盛り込んだものであるところ、これが上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記ウのとおりであり、表現を平易にすることが、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。
ス 変更箇所一覧表の番号13
 12年度資料の記載を簡潔に要約するとともに、当該分野の最新情報を盛り込んだものである。
 記載を簡潔に要約することは、一つの表現の改変であって、計装士に定期的な教育を施すことにより、その知識及び技術の維持向上を図ることを目的とする維持講習に期待されることであって、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変というべきである。上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記ウのとおりである。
セ 変更箇所一覧表の番号14
 13年度資料の「2)BACnet 」における「しかし、現時点におTMいては・・・期待されている。」の部分、14年度資料の「2)BACnet 」における「しかし、現時点においては・・・実際の現場でも多数TMの施工事例が進行中である。」の部分及び「3)その他」における「また、FA分野で使用されているINTOUCH、FIX等のSCADA・・・ソフト+OPC・・・技術によるオープンシステムをBA分野に利用する試みも行われている。」の部分は、いずれも、当該分野の最新情報を盛り込んだものであり、その他の変更部分は、表現を平易にしたものである。上記の程度の最新情報の追加が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記ウのとおりであり、表現を平易にすることが、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。
ソ 変更箇所一覧表の番号15
 「2)SIの課題」「C国内にオープン化対応品の品揃えが少ない」の項に関し、13年度資料における「対応製品は日々増加しているが、今後国産品はもちろん海外製品の輸入が増えたり、国内ベンダと海外ベンダの技術提携・業務提携などが増えたりして価格競争が進むことが予想される。」、「LONMARK対応製品は、インバータや自動弁などで開発が進みつつある。」,「また、LONMARK会員企業数は、2001年7月現在、全世界で310社以上となっている。(http://www.lonmark.org英語のウェブサイト)」及び「BACnetまたはBAS標準インターフェース対応品は、メーカ各社で実際の製品が出荷されつつあり今後一層製品ラインナップが増加するものと思われる。」との変更、14年度資料における「前述のエシェロン社のWebページなどに情報がある。対応製品は日々増加しているが、今後国産品はもちろん海外製品の輸入が増えたり、国内ベンダと海外ベンダの技術提携・業務提携などが増えたりして価格競争が進むことが予想される。」、「対応製品は、インバータや自動弁などで開発が進みつつある。」、「また、LONMARK会員企業数は、2002年6月現在、日本企業が23社、外国企業は270社以上となっている。(http://www.lonmark.gr.jp/)」及び「BACnetまたはBAS標準インターフェース対応品は、多くの現場で施工中であり、今後一層製品ラインナップが増加するものと思われる。」との変更は、「LONMARK対応製品」に関する最新情報を盛り込み、一方、同製品の旧情報については簡単に触れるにとどめたものであり、その他の変更部分は、表現を平易にしたものである。
 上記のような最新情報の追加と旧情報の簡略化が、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記サのとおりであり、表現を平易にすることが、上記講習資料作成の目的に沿った必要な範囲内の改変であることは、上記イのとおりである。
(4) そうすると、変更箇所一覧表記載の各変更部分は、いずれも、控訴人が黙示的に許諾していた複製に含まれる必要な範囲内の改変であると認められるから、著作者の同意に基づく改変として、控訴人の同一性保持権を侵害するものとはいえない。
6 争点8(不当利得返還請求権の有無)について
 控訴人は、12年度資料の著作権を有するものであるから、被控訴人らが、12年度資料を不法に利用したことによって得た収益及び講師報酬は、不当利得となり、控訴人は、被控訴人らに対し、連帯して、600万円(当審において主張する名誉及び講師料に係る330万円相当の利得を含む。)の不当利得返還請求権を有する旨主張する。
 控訴人は、前記1で検討したとおり、12年度資料の著作者ではあるが、前記2ないし5で検討したとおり、維持講習の講師の交替に伴い、自己の後任者が13年度資料及び14年度資料を作成するために、必要に応じて、12年度資料に変更、追加、切除等を加えることをも含めて複製を黙示的に許諾しており、被控訴人らによる、12年度資料について控訴人が有する著作権(複製権、口述権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)の侵害は認められないから、被控訴人らにおいて、12年度資料の利用により、法律上の原因なく利益を受けたということはできず、その利益の内容等を検討するまでもなく、控訴人の被控訴人らに対する前記不当利得返還請求権の成立は認めることができない。
 したがって、控訴人の主張を採用する余地はない。
7 結論
 以上のとおり、控訴人の、12年度資料に係る著作権及び著作者人格権の侵害に基づく請求並びに同資料の利用による被控訴人らの利益についての不当利得返還請求権に基づく請求は、いずれも理由がない。
 よって、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第1部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 宍戸充
 裁判官 柴田義明
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