判例全文 line
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【事件名】虫歯予防ガムの比較広告事件(2)
【年月日】平成18年10月18日
 知財高裁 平成17年(ネ)第10059号 広告差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成15年(ワ)第15674号)
 (平成18年8月3日 口頭弁論終結)

判決
控訴人(原審原告) 株式会社ロッテ
訴訟代理人弁護士 久保利英明
同 上山浩
同 山田秀雄
同 菅谷貴子
同 河合弘之
同 望月賢司
同 赤司修一
同 白日光
同 洞敬
同 渡辺和也
同 飯田秀郷
同 鈴木英之
同 木下直樹
同 新保克芳
被控訴人(原審被告) 江崎グリコ株式会社
訴訟代理人弁護士 升永英俊
同訴訟復代理人弁護士 江口雄一郎


主文
1 原判決を、次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は、別紙第1目録記載の商品を販売するに当たり、別紙第2目録記載の広告又は表示をしてはならない。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用については、第1、第2審を通じ、訴えの提起及び控訴の提起に伴う手数料のうち差止請求に係る部分を被控訴人の負担とし、その余の部分を控訴人の負担とし、手数料を除くその余の訴訟費用はすべて各自の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 「原判決を取り消す。被控訴人は、別紙第1目録記載の商品を販売するに当たり、別紙第2目録記載の広告又は表示をしてはならない。被控訴人は控訴人に対し、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞の全国版社会面に、幅6センチメートル2段の大きさで、見出し14級ゴシック、本文11級明朝体、被控訴人名14級明朝体の写植植字を使用して、別紙第3目録記載の謝罪広告を各1回掲載せよ。被控訴人は控訴人に対し、10億円及びこれに対する平成15年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第1、第2審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。
2 被控訴人
 「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は、控訴人が被控訴人に対し、被控訴人が別紙第1目録記載の商品(以下「ポスカム」という。)を販売するに当たって行った広告の中の別紙第2目録記載の表示(以下、同目録記載の表示を「本件比較表示」といい、被控訴人が行った本件比較表示を含む広告を「本件比較広告」という。)が、不正競争防止法2条1項13号所定の品質等誤認表示及び同項14号所定の虚偽事実の陳述流布に当たるとして、不正競争防止法3条、4条及び7条に基づき、ポスカムを販売するに当たって行う広告における本件比較表示の使用差止め、謝罪広告及び損害賠償を求めた事案である。
 原判決は、 本件比較広告は「TRENDS IN GLYCOSCIENCE AND GLYCOTECHNOLOGY」誌平成15年3月号(甲17)に掲載されたC医科大学歯学部のC1助教授(以下「C1助教授」という。)に係る「馬鈴薯澱粉由来リン酸化オリゴ糖の生産と応用」と題する論文(以下「TIGG 論文」という。)のD-2-3 章に記載された実験(以下「D-2-3 実験」という。)を根拠とし、同実験で示されたデータのとおり表示されているところ、D-2-3 実験は、実験条件、方法等において不合理な点はなく、その実験結果は、被控訴人がその後実施した再実験により裏付けられているなどとして、被控訴人が本件比較広告をした行為は、不正競争防止法2条1項13号及び同項14号のいずれにも該当しないとし、控訴人の請求をすべて棄却した。
1 争いのない事実等
 原判決事実及び理由欄の「第2 事案の概要」の「1 争いのない事実等」(原判決2頁24行〜10頁6行)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決5頁18行の「継続的に行っている。」との部分を、「継続的に行った。本件比較表示は、その後、平成16年5月ころまで、製品を収納するボール箱などに記載されていた(甲134の4)。」と改める。
2 争点
(1) D-2-3 実験が不合理であるか否か
ア D-2-3 実験の実験条件及び方法は不適切又は不合理であるか否か(争点1のア)
(ア) 脱灰深度ld によって再石灰化効果を評価した点について
(イ) ヒト唾液浸漬法について
(ウ) CMR写真の撮影条件について
イ D-2-3 実験が再現性のないものであるか否か(争点1のイ)
(ア) 再現性を否定する実験について
(イ) 再現性を肯定する実験について
(ウ) D-2-3 実験に係るデジタル画像を用いた実験について
(エ) D-2-3 実験に係る再現実験の条件について
ウ 控訴人が行ったヒト歯を用いた実験の結果が、D-2-3 実験の不合理性を明らかにするものであるか否か(争点1のウ)
(2) 本件比較表示を含む広告宣伝を行うことが、不正競争防止法2条1項14号所定の虚偽事実の陳述流布に当たるか、また、当該広告宣伝が、同項13号所定の品質等誤認表示に当たるか(争点2)
(3) 控訴人の差止請求並びに損害賠償及び謝罪広告の請求の可否等(争点3)
ア 本件比較表示を含む広告宣伝の差止めの必要性があるか。
イ 控訴人は損害賠償を請求できるか、また、その損害額はいくらか。
ウ 控訴人は謝罪広告を請求できるか、また、その必要性があるか。
第3 争点に関する当事者双方の主張
1 争点1のア(D-2-3 実験の実験条件及び方法は不適切又は不合理であるか否か)について
(控訴人の主張)
(1) 脱灰深度ld によって再石灰化効果を評価した点について
 再石灰化現象とは、歯から溶出したミネラルが歯に回復される現象であり、再石灰化効果の大小は、歯のエナメル質中のミネラル濃度、すなわち、ミネラル喪失量ΔZによって評価されるべきである。これに対して、脱灰深度ld は、病変深部と最表層位置の距離、すなわち脱灰層の深さを表すパラメータであって、歯のミネラル量ないしミネラル濃度を表すものではない。したがって、脱灰深度ld は、ミネラルの回復量の多寡を示す「再石灰化率」を計測するパラメータとしては不適切である。
 脱灰は歯質のミネラルの溶失であり表層から深層に向かって進行するが、再石灰化は、脱灰層の深層だけでなく、表層や中層でも顕著に生じる。脱灰深度ld のみで評価を行った場合、表層や中層付近で再石灰化(ミネラルの回復)が生じたとしても、最表層位置と深層間の距離であるld は変化しないため、再石灰化の効果を評価できない。
 このため、国際学会合意(甲21の1)においても、ミネラル喪失量Δ Z が主要パラメータであり、脱灰深度ld は「optional parameter」であると明記されている。
 原判決は、脱灰深度ld で再石灰化効果を測定してもよいとの判断を示したが、その根拠として引用した「糖アルコール類の再石灰化作用に与える影響」と題する論文(乙6)の筆頭著者であるE大学E1教授(以下「E1教授」という。)は、同論文に係る試験では、脱灰深度ld による測定はしていないことを明言している(甲131、164)。また、F大学サンフランシスコ校のF1教授が、D-2-3 実験において脱灰深度ld のみによって再石灰化の評価をしたことは不適切であると述べている(甲154の1)ほか、E1教授(甲119の1)、G大学大学院医歯薬学総合研究科のG1助教授(以下「G1助教授」という。)(甲20の1)が、脱灰深度ldのみで、再石灰化を論ずることは不適切である旨述べている。
 以上のとおり、脱灰深度ld によって再石灰化効果を評価したD-2-3 実験は誤ったものである。
(2) ヒト唾液浸漬法について
 D-2-3 実験が用いているヒト唾液浸漬法は、1回採取した唾液に試料を1日4回浸漬するという独自の試験方法であるが、一度採取した唾液を繰り返し使用する唾液浸漬法は、常に新しい唾液が供給され古い唾液と置き換わっている実際の口腔内の環境とは全く異なる。
 実際に、控訴人従業員Hらが行った実験(甲118)によれば、ガム咀嚼中に採取した唾液を試験管内で160分間放置した後に、その状態を観察すると、試験管の底部にタンパク質等の成分が沈着した白濁が認められ、試験管の底部から上部にかけて唾液中の成分構成は大きく相違していると考えられる。また、37℃、160分間の放置後のpH値の変化をみると、総じて低下する傾向がみられたが、このような変化は、ヒト口腔内の環境では起き得ない現象である。
 したがって、唾液浸漬法は、ヒトの唾液を用いてはいるものの、ヒトの口腔内環境とはかけ離れた条件を用いるものであり、口腔内での再石灰化効果を、とりわけ定量的に評価するには適当な方法ではない。
(3) CMR写真の撮影条件について
 D-2-3 実験におけるCMR写真の撮影条件には、@切片の厚さが200μmであって、厚すぎること、AX線照射量が低石灰化領域で過剰であること、BX線フィルムの解像度が低いこと、という問題点がある。
 エナメル質研磨切片の厚みは80〜100μmであるのが通常であり、D-2-3 実験における200μmという厚みは、異常に厚いものである。再石灰化評価においては、一般に正常エナメル質の透過X線量を基準にX線強度を決定するので、200μmの厚みの歯片では、100μmの場合と比べ、X線強度をかなり強く設定することになるが、そのために、D-2-3 実験のCMR写真では、X線照射量が低石灰化領域で過剰となって、石灰化度の低い部分でX線が透過してしまい、表層付近で「黒つぶれ」を起こし、かつ、フィルム解像度が低いことから、歯の最表層位置を撮影することができていない。これらの点は、E大学E2助教授(以下「E2助教授」という。)によってなされた実験(甲77の1,90)のように、高解像度フィルムを用い、適正なX線照射量で撮影した場合であれば、表層が観察されることが確認されていることに照らして、D-2-3 実験におけるCMR写真の撮影条件が不適切であったことを示している。
 脱灰深度ld は歯の最表層位置からの深さを評価する指標にもかかわらず、D-2-3実験では、歯の最表層位置を撮影できないため、計測の起点となる最表層位置の正確な把握ができていないのである。
 なお、D-2-3 実験では、健全部エナメル質のミネラル濃度5%の位置の近傍に歯片の実際の外表面位置D0 があると擬制している。しかしながら、かかる擬制をなし得るためには、歯の表層付近に石灰化度の高い層が認められることが必要であるが、上記のとおり、表層付近で「黒つぶれ」を起こしているD-2-3 実験のCMRでは、正確なミネラル濃度プロファイルを得ることができない。それにもかかわらず、ミネラル濃度5%の位置を一律に外表面位置D0 と決定したD-2-3 実験においては、実際の外表面位置D0 との間にかなりの誤差が生じており、 D-2-3 実験が報告している脱灰深度ld や、ミネラル喪失量Δ Z は、実際と大きく異なった誤った値である。
(被控訴人の主張)
(1) 脱灰深度ld によって再石灰化効果を評価した点について
 D-2-3 実験において、再石灰化効果を脱灰深度ld によって評価したことは適切である。すなわち、脱灰深度ld は、国際学会合意において、「望ましい選択可能なパラメータ(A desirable optional parameter)」とされており、IのI1教授(乙147)、J大学のJ1教授(乙204の1)、K大学のK1教授(乙148)、同大学リサーチアシスタントのK2氏(乙121)及びL博士(乙122)は、「脱灰深度ld とミネラル喪失量Δ Z は、いずれも再石灰化の定量評価のパラメータで、一方が他方より価値や重要性が低いことはない。」と述べ、さらに、「実験の目的・結果を考慮して脱灰深度ld 又はミネラル喪失量Δ Z のいずれかにより再石灰化促進効果を検査することは妥当である。」とした上、具体的には、「再石灰化促進効果がミネラル喪失量ΔZで有意に検出できず、脱灰深度ld 値の有意な減少として定量できた場合には、再石灰化が主として病変深部に生じたと解釈することができ、脱灰深度ld 値で再石灰化効果を評価することは妥当である」としており、C医科大学歯学部のC2教授(以下「C2教授」という。)及びC1助教授の意見も同じである(乙77、125)。
 D-2-3 実験では、国際合意に準拠してミネラル喪失量Δ Z 及び脱灰深度ld の双方を測定したが、比較対象のキシリトール+2がミネラル喪失量では有意に再石灰化せず、脱灰深度で有意に再石灰化したという、脱灰深度での評価が妥当な場合である(乙125、204の1)。
 したがって、D-2-3 実験において、脱灰深度ld によって再石灰化効果を評価したことは合理的である。
(2) ヒト唾液浸漬法について
 ヒト唾液浸漬試験は、ガムの再石灰化効果を定量評価するために適した方法である。I1教授(乙147)、K1教授(乙148)、M大学のM1名誉教授(以下「M1名誉教授」という。)(乙123)らの各鑑定書は、このことを明らかにしている。また、控訴人に対する、キシリトール+2に係る特定保健用食品表示の許可は、口腔清掃時と飲食時を除き、ほぼ24時間口腔装置を装着している1週間のヒト口腔内試験の結果を、再石灰化促進効果を認める根拠としたものであるが(乙19の2)、日本特定栄養食品協会特定保健用食品部の学術専門医を務めるN大学歯学部のN1教授(以下「N1教授」という。)の鑑定書(乙124)には、ヒト唾液浸漬試験は、被検食品の効能を評価する試験としては、このようなヒト口腔内試験と比べても妥当性を有するものであることが記載されている。
 なお、歯科学の分野で唾液を採取して用いる試験は何ら特殊ではなく(乙138〜142)、E大学のE3教授やE2助教授らも、採取した唾液に歯片を浸漬して再石灰化評価等の実験を行っている(甲23、乙133〜137、96)。
(3) CMR写真の撮影条件について
 控訴人は、D-2-3 実験におけるCMR写真につき、正確なミネラル濃度プロファイルを得ることができないとか、フィルム解像度が低いなどとして、正確な脱灰深度ld の測定ができていないと主張するが、誤りである。C1助教授のトランスバーサル・マイクロラジオグラフィー(TMR)システムは、そのシステム構築時に、K2氏が定量の最適条件を確認しており(乙121)、かつ、同氏及びK1教授が、C1助教授のシステムの照射設定値と使用フィルムがTMRに適していることを確認している(乙156)。使用フィルムの解像度に問題がないことについては、G1助教授も同意見である(乙75)。また、K1教授は、D-2-3 実験のデジタル画像がミネラル濃度の定量に適していることを証明している(乙148)。控訴人の主張は、何の実例も伴わない推測にすぎない。
2 争点1のイ(D-2-3 実験が再現性のないものであるか否か)について
(控訴人の主張)
(1) 再現性を否定する実験について
ア O1教授らによる実験(甲104、112)
 O大学のO1教授(以下「O1教授」という。)外1名は、D-2-3 実験及び後記被控訴人実験(乙111)の方法に従って、D-2-3 実験と同一の条件(X線の管電圧25kV、管電流25mA、照射時間24秒)でCMRを撮影し、そのCMRをG大学歯学部のG1助教授の装置で解析して、脱灰深度ld 及びミネラル喪失量Δ Z を求めた(甲104。以下「O1実験1」という。)。また、同教授らは、O1実験1が、D-2-3実験における最適化条件をG大学の装置に適用したとの被控訴人の主張を慮り、G大学の装置における最適化条件(X線の管電圧20kV、管電流15mA、照射時間20秒)で改めてCMRを撮影し、解析して、脱灰深度ld 及びミネラル喪失量Δ Z を求めた(甲112。以下「O1実験2」という。)。O1実験1、2の結果は、いずれもD-2-3 実験の結果とはかけ離れたものであった。
イ P1教授らによる実験(甲110)
 P学園短期大学のP1教授(以下「P1教授」という。)及び控訴人の従業員研究者は、D-2-3 実験と同一の条件(X線の管電圧25kV、管電流25mA、照射時間24秒)でCMRを撮影し、解析して、脱灰深度ld 及びミネラル喪失量Δ Z を求めた(甲110。以下「P1実験」という。)。その実験結果では、脱灰深度ld によって評価した再石灰効果はポスカムより、キシリトール+2の方が優れているというものであった。
(2) 再現性を肯定する実験について
 被控訴人がD-2-3 実験を再現したと主張する実験(乙111。以下「被控訴人実験」という。)は、被控訴人従業員が行ったものにすぎない。しかも、ウシ歯の脱灰方法は、D-2-3 実験では、0.1ML−乳酸ゲル(pH4.5)に37℃で2週間浸漬させたのに対し、被控訴人実験では、0.1ML−乳酸溶液(pH5.0)に37℃で2日間浸漬させたというように異なっている。被控訴人は、被控訴人実験により、脱灰深度ld 及びミネラル喪失量Δ Z の双方で、ポスカムがキシリトール+2の約5倍以上の再石灰効果があることが確認されたと主張するが、被控訴人実験の結果をC1助教授が解析したとする書面には、ポスカムがキシリトール+2の約5倍以上の再石灰効果が認められるとの記載はない。
(3) D-2-3 実験に係るデジタル画像を用いた実験について
ア D-2-3 実験に係るX線写真のデジタル画像として提出された乙62の各画像を旭化成エンジニアリング株式会社が解析した結果(甲162、163。以下「旭化成解析」という。)によっても、ポスカムとキシリトール+2の間には、脱灰深度ld の回復率及びミネラル喪失量Δ Z の回復率双方について、有意な差がないことが確認された。
イ また、上記乙62の各画像をQ大学大学院歯学研究科のQ1教授(以下「Q1教授」という。)が解析した結果(甲165の1。以下「Q1解析」という。)においても、旭化成エンジニアリング株式会社の解析結果と同様の結果を示した。
ウ これらの解析結果は、D-2-3 実験に係る再実験をするまでもなく、D-2-3 実験の残された資料自体から、TIGG 論文に記載されたような実験結果が導き得ないことを示すものである。
(4) D-2-3 実験に係る再現実験の条件について
 D-2-3 実験は、何ら、特殊な技術や機械に依拠するものではないから、本来、第三者による再現実験の実施が可能であるはずである。すなわち、D-2-3 実験の実験手順は、@ヒト唾液浸漬法による再石灰化処理の過程(エナメル質歯片の作製、脱灰処理、ヒト唾液浸漬法による再石灰化処理)、ATMRの撮影過程(研磨切片の作製、TMRの撮影)、BTMR画像のデジタル化、ミネラル濃度プロファイルの作成、ミネラル濃度プロファイル上の濃度5%位置及び濃度95%位置の決定、脱灰深度ld の計算、ミネラル喪失量Δ Z の計算というものであるが、このうち、@は、学者等の専門家によらなくても可能であり、現に、被控訴人が行った実験(乙111)においては、被控訴人研究所で行われている。AのTMRとは、歯片のCMRを得る方法を意味するものであるが、CMRの手法自体は古くから普及しているものであり、ヒト歯についても昭和62年ころから広く行われていて、この分野の研究者、研究機関等であれば誰でも実施可能なものである。Bの画像解析の過程も、再石灰化の評価手法として、確立されたものであり、特別の手法や特別な設備、技術を要するものではない。
 被控訴人は、TMRが世界中でわずか数人程度しか行い得ないような主張をするが、失当である。また、X線発生装置もD-2-3 実験に係る蘭フィリップス社製PW−1830でなければならないということはない。
(被控訴人の主張)
(1) 再現性を否定する実験について
ア O1教授らの実験(甲104、112)
O1実験1、2に用いられた、X線発生装置を蘭フィリップス社製PW−1729とするG大学のTMRシステムにおける最適化条件は、X線の管電圧20kV、管電流15mA、照射時間20秒であり、切片の厚みは100μmであるが、O1実験1では、同システムにD-2-3 実験における撮影条件(X線の管電圧25kV、管電流25mA、照射時間24秒)をそのまま適用した誤りがあり、O1実験2でも厚み200μmの不適切な切片を用いている。また、O1実験1、2で、実際にTMR撮影を行ったのは控訴人従業員であり、たとえG1助教授から取扱い方法の指導を受けたとしても、このような者が、初めて操作するTMRシステムで正確なミネラル定量を行うことは不可能である。加えて、O1実験1、2に関与したO1教授らは、再石灰化研究に関する専門家ではない。したがって、上記O1実験1、2は信頼できるものではない。
なお、現在の甲104は、いわゆる差替えがなされた書証である。O1実験1に係る報告書として当初提出された甲104(乙132)は、あたかもCMR撮影及びデータ解析がG1助教授の下で盲検法により行われたかのような記載があったが、これは虚偽の事実を記載したものであり、G1助教授自身の抗議によって上記差替えがなされたものである。このような内容虚偽の書証を提出した控訴人の行為は、民事訴訟法2条に違背するものといわざるを得ない。
イ P1教授らによる実験(甲110)
P1実験は、X線発生装置をリガク社製RINT2500VとするTMRシステムを用いたものであるが、その最適化条件を無視して、D-2-3 実験における撮影条件(X線の管電圧25kV、管電流25mA、照射時間24秒)をそのまま適用した誤りがある。また、P1実験においてCMR撮影をしたのはP1教授ではなく、控訴人従業員であり(甲147)、しかも、上記TMRシステムはE大学のものを借用したのであって、同教授は、自ら精度管理するTMRシステムすら有していない。
したがって、P1実験は信頼できるものではない。
(2) 再現性を肯定する実験について
 被控訴人は、公証人の関与の下に、D-2-3 実験の簡易な再現実験である被控訴人実験を行った(乙111〜113)。被控訴人実験においては、国際学会合意に基づき、脱灰深度ld とミネラル喪失量Δ Z の双方が測定されており、そのいずれでも、ポスカムがキシリトール+2の約5倍以上の再石灰化効果が確認されている。
 なお、被控訴人実験におけるウシ歯の脱灰方法がD-2-3 実験のそれと異なっていることは控訴人主張のとおりであるが、これは、被控訴人実験が、原審の審理において、被控訴人がD-2-3 実験の再実験をしていないことを控訴人が攻撃したために、急遽行われたものであり、審理の進行との関係で、2週間を要するD-2-3 実験の脱灰方法を実施する余裕がなかったことによるものである。もとより、被控訴人実験における脱灰方法も通常行われる方法である。
(3) D-2-3 実験に係るデジタル画像を用いた実験について
ア 旭化成解析について
 D-2-3 実験ではC1助教授のTMRシステムが使用されたのであり、このようなC1助教授のTMRシステムにより作成されたデジタル画像から、第三者が正確にミネラルパラメータを確認するためには、自らTMRプログラムを開発するだけの十分な知識と経験があるTMR技術の専門家が、C1助教授のTMRプログラムに関する詳細かつ固有のノウハウを入手した上で、C1助教授のTMRシステムにおけるデジタル画像を正確に定量できるオリジナルのTMRプログラムを開発できる能力を有することが必要である。しかしながら、旭化成エンジニアリング株式会社は、これらの条件を全く満たしておらず、旭化成解析の結果は、信頼できる内容のものではない。
イ Q1解析について
 Q1解析は、控訴人が指定した旭化成解析と同様の方法を単に繰り返したものにすぎない。また、Q1教授は、TMR撮影を含めた再石灰化研究の専門家ではない上、以前には、上記デジタル画像を用いて再石灰化の検討を行うことは困難であるとしていたものである(甲76の1)。したがって、Q1解析の結果は、信頼できる内容のものではない。
(4) D-2-3 実験に係る再現実験の条件について
 D-2-3 実験は、再石灰化効果の比較のため、μm単位で唾液,歯片等の生体試料を扱う実験であり、また、その1過程である脱灰処理の方法に関し、脱灰阻害剤の使用の要否についての見解が一致していないなど、専門家の間でも採用する方法が様々であるような過程を含むものであるから、D-2-3 実験を他の研究者が正確に再現するためには、その者に再石灰化研究に関する十分な知識、経験と技術とが求められる。また、D-2-3 実験は、TMRにより歯質ミネラルを定量評価する実験であり、TMRは、いわば再石灰化を図るための物差しであるが、各研究者は、TMRによるミネラル濃度の定量のため、各自のTMRシステムを最適化しており、その最適条件は、TMRシステムごとに異なるものである。精度管理されたTMRシステムを持たない者がD-2-3 実験に係る再現実験を行うことはできない。
 このような理由から、D-2-3 実験について再現実験を行い得るのは、齲蝕学実験の経験が豊富にあり、自ら精度管理するTMRシステムを使用した定量評価を伴う再石灰化研究を日常的に行い、他の研究者に引用されるような研究成果をCariesResearch レベルの一流の学術誌に継続的に発表している研究者であり、具体的に挙げれば、I1教授、K2氏、J1教授、G1助教授らに限られる。
3 争点1のウ(控訴人が行ったヒト歯を用いた実験の結果が、D-2-3 実験の不合理性を明らかにするものであるか否か)について
(控訴人の主張)
(1) D-2-3実験は、ヒトの唾液を試験管にとり、これにウシの歯をつけるという実験であった。この実験は、既に主張した、ヒトの唾液を試験管内で放置しておくという問題のほか、ウシ歯を使用する点でも問題がある。すなわち、ウシ歯の表面はセメント質で覆われており、エナメル質はその下にあるのみならず、ウシ歯のエナメル質は、ヒト歯のエナメル質に比して、有機質の含有率が高いという違いがある。そのため、ウシ歯のエナメル質に対する実験結果を、ヒト歯における効果にそのまま当てはめることはできない。そもそも、ヒトに対する効果は、実際にヒトを対象とする試験(ヒトによるin vivo 試験又はin situ 試験)を行って、初めて実証できるものであり、D-2-3 実験のような試験管試験(in vitro 試験)は、今後の研究開発を進めるべきかどうか等を検証するなどの目的によって行われる、予備的試験段階(いわゆるスクリーニング)にすぎないのであり、実際にヒトが摂取した際の効能が実証的に確認、比較できるような性質の実験ではない。
 そこで、O1教授らは、ヒトの口腔内で実際にガム(ポスカム及びキシリトール+2)を噛み、ヒト歯に対する再石灰化効果を比較した実験(甲130。以下「O1ヒト歯実験」という。)を行い、ミネラル喪失量Δ Z による再石灰化率(平均値)は、ポスカムの7.89%に対し、キシリトール+2が14.58%であり、脱灰深度ld による再石灰化率(平均値)は、ポスカムの3.41%に対し、キシリトール+2が7.74%であるという結果を得た。
 ヒト試験は、実際の口腔内環境における評価が可能になるという長所を有する一方で、唾液の性状(成分の違い)や唾液の分泌量、試験期間の食生活などの変動要因が大きいため、実験条件をコントロールすることがin vitro 試験に比べて難しく、正確な結果を得るためには多数例の評価が必要とされるが、O1ヒト歯実験は、43名の被験者を対象としており、この点でも優れたものである。
 そして、F1教授、R大学のR1教授は、O1ヒト歯実験の実験条件、実験方法及び実験結果のいずれの点も、高く評価しており(甲160、139の1)、O1ヒト歯実験の結果に信頼性がないとする被控訴人の主張は理由がない。。
(2) ヒトによるin situ 試験であるO1ヒト歯実験によって、in vitro 試験にすぎないD-2-3 実験の結果が覆った以上、D-2-3 実験の実験結果によって予測されるヒト歯に対する保健効果は、客観的な事実とは異なることを示していたことになる。
(被控訴人の主張)
(1) ヒト歯に対する再石灰化効果を評価する実験を、ウシ歯を用いて実施することが科学的に相当であることは、I1教授(乙147),J1教授(乙204の1)ら多くの研究者の一致した意見であり、また、控訴人自身、キシリトール+2に係る特定保健用食品表示の許可申請に当たって、ウシ歯を用いた実験の結果を再石灰化効果の資料としたところである(乙19の2、3)。したがって、D-2-3 実験がウシ歯を用いたことは合理的である。
(2) O1ヒト歯実験は、ヒト歯エナメル質の100μmの厚みの切片を、X線発生装置をSOFTEX社製CSM−2とするCMR(TMR)システムにより、管電圧10kV、管電流4.6mA、照射時間10分、フィルムをコニカ社製High Resolution Plate とする撮影条件でCMR撮影したものである。しかしながら、このような撮影条件によっては、100μmの厚みの切片を定量評価することはできない。このことは、L博士(乙192、210)、S博士(乙168の1)、J1教授(乙204の1)が明言するのみならず、F1教授自身も、平成17年7月6〜9日に開催されたEuropean Organization for Caries Research の学会で、L博士が行った「10kVの管電圧はマイクロラジオグラフィーの測定には低すぎる。10kVの有効範囲は100μmではなく、たったの40μmである」との発言を支持する発言をした(乙206、207)。
 したがって、O1ヒト歯実験は、定量性が確保されておらず、その結果は信頼できるものではない。
4 争点2(本件比較表示を含む広告宣伝を行うことが、不正競争防止法2条1項14号所定の虚偽事実の陳述流布に当たるか、また、当該広告宣伝が、同項13号所定の品質等誤認表示に当たるか)について
(控訴人の主張)
(1) 本件比較広告の内容
 本件比較広告(甲8の1〜8の6)の表示は、@そのリード文と本文に、それぞれ「一般的なキシリトールガム」の「約5倍の再石灰化効果を実現」と本件比較表示が記載され、A広告中央には、ヒト歯の写真を背景に「ヒト唾液浸漬法での一般的なキシリトールガムとの比較試験」と題して、一般的なキシリトールガムの再石灰化率が5%程度であること、これに対し、ポスカムの再石灰化率が30%を超え、両者の差が5.35倍であることを示す棒グラフが記載され、B右下に「POs−Caのすぐれた再石灰化効果(7日後)」と題されて2枚の写真が示され、左側は脱灰された状態から変化がなく、右側は全面にわたって再石灰化が生じている写真となっている。そして、本件比較広告には脚注が付されているが、同脚注を見ても上記の本文の記載内容に対して何らの限定も制限もされていない、という特徴を有するものである。
 このことから、本件比較広告は、@ヒト歯において、控訴人製品キシリトール+2の再石灰化は、5%程度にすぎず、7日間たっても脱灰部分がほとんど改善しないこと、Aポスカムは、ヒト歯において、キシリトール+2の5倍、30%を超える再石灰化をして、7日間で脱灰部分がほぼ改善することをその主要な内容としている。
(2) D-2-3 実験の不合理性
 本件比較広告において、ポスカムがキシリトール+2の5倍の再石灰効果を実現したとすることの根拠となったD-2-3 実験に合理性がないことは、既に述べたとおりである。
(3) 本件比較広告とD-2-3 実験との乖離
 のみならず、本件比較広告は、以下のとおり、D-2-3 実験ないしそれが掲載されたTIGG 論文とも乖離するものである。
ア 本件比較広告では、「歯の主成分(リン酸とカルシウム)」を補うことを「歯の再石灰化」と定義しているが、D-2-3 実験における5倍という差は、脱灰深度ldに関するものであり、リン酸とカルシウム(ミネラル)喪失量の回復に関するミネラル喪失量Δ Z を基準にすると、5倍の差は認められない。本件比較広告は、脱灰深度ld を根拠としながら、「再石灰化効果」の差が5倍であると記載している点で、D-2-3 実験の内容から乖離している。
イ 本件比較広告では、ヒト歯の写真を背景に「ヒト唾液浸漬法での一般的なキシリトールガムとの比較試験」と題するなど、当該実験がヒト歯によるものと理解される内容となっているが、D-2-3 実験で使用されたのはウシ歯である。したがって、本件比較広告は、ウシ歯で得られた5倍という定量的な結果を、ヒト歯に対する効果として記載している点でD-2-3 実験の内容から乖離している。
ウ D-2-3 実験では、4日間処理と8日間処理の2種類の実験が行われたところ、4日間処理ではリカルデントの再石灰化効果がマイナスという不可解な結果となり、また、8日間処理では、キシリトール+2の脱灰深度ld 回復率とポスカムの脱灰深度ld 回復率との差が小さくなっているのに、本件比較広告は、キシリトール+2とポスカムに係る4日間処理の結果のみが棒グラフで示されているだけであり、4日間処理の結果であることや、特定保険用商品であるリカルデントの再石灰化効果がマイナスである点は記載されていない。このように、キシリトール+2とポスカムの4日間処理をした結果がすべてであるかのように記載している点で、本件比較広告は、D-2-3 実験の内容と乖離がある。
エ 本件比較広告は、上記(1)のBの2枚の写真のうち左側の写真がキシリトール+2に関するもので、キシリトール+2は7日間経過してもほとんど再石灰化が生じないが、ポスカムではほぼ脱灰部分が再石灰化して改善すると理解させる内容となっている。このように、D-2-3 実験と関係のない写真を掲載して、上記のように理解させる点において、本件比較広告は、D-2-3 実験の内容と乖離がある。
オ TIGG 論文には、「POs−Ca(+)ガム群は他のガム群に比べて再石灰化がより迅速に進む」、「POs−Ca含有のノンシュガーガムを摂取することは、エナメル質および象牙質の両方の再石灰化に効果的であると言える。」と記載されているにすぎず、ポスカムがキシリトール+2の5倍も再石灰化効果が高いというような記載はない。このように実験者の見解に全くないことを記載している点において、本件比較広告は、TIGG 論文の内容と乖離している。
(4) D-2-3 実験のTIGG 誌への掲載の目的
 本件比較広告がなされた当時、控訴人及び被控訴人が加盟する全国チューインガム業公正取引協議会(以下「ガム公取協」という。)において、比較広告を実施するための要件として、その根拠となるデータが審査のある学術誌に発表されていることが取り決められていた。そこで、被控訴人は、日本糖質学会の学術誌であり、歯の再石灰化についての論文をそれまで一度も掲載したことのないTIGG 誌を選び、その「MINI REVIEW」の一部としてTIGG 論文を掲載したものである。D-2-3実験に関しては、今なお独立の論文として発表されていない。
(5) 不正競争防止法2条1項14号、同項13号該当性
 以上のように、D-2-3 実験は合理性のないものであり、また、本件比較広告は、そのようなD-2-3 実験又はTIGG 論文とも乖離したものである。加えて、D-2-3 実験は、歯の再石灰化についての論文をそれまで一度も掲載したことのないTIGG 誌の「MINI REVIEW」の一部に紹介されたものにすぎず、今なお論文としても発表されていないところ、このような実験は、5倍もの定量的な差を訴求する比較広告の根拠には到底なり得ない。
 本件比較広告は、明らかに虚偽であり、また、品質を誤認させるものであって、不正競争防止法2条1項14号所定の虚偽事実の陳述流布に当たるとともに、当該広告宣伝は、同項13号所定の品質等誤認表示に当たるものである。
(被控訴人の主張)
(1) 「本件比較広告の内容」との主張に対し
 本件比較広告の表示に関する@は認める。同Aについて、控訴人主張の棒グラフ(甲8の1、8の2)やヒト歯の写真(甲8の1、8の2、8の6)は、それぞれ本件比較広告の一部にあるのみである。同Bについて、控訴人主張の写真は本件比較広告の一部(甲8の1、8の2)にあるのみである。脚注が本文の記載内容を限定していないとの主張は争う。
 控訴人の本件比較広告の内容についての主張は争う。同主張の「7日間」という部分は、広告右下の写真に基づくものであるが、同写真がキシリトール+2と無関係であることは、この脚注に係る記載から明らかに読み取れるものである。さらに、同写真があるのは本件比較広告の一部(甲8の1、8の2)のみであって、その余(甲8の3〜8の6)については、控訴人の主張は全く当てはまらない。
(2) 「D-2-3実験の不合理性」との主張に対し
 争う。D-2-3 実験は合理的である。
(3) 「本件比較広告とD-2-3 実験との乖離」との主張に対し
 アの主張は争う。「歯の主成分(リン酸とカルシウム)を補うこと」というのは「歯の再石灰化」の一般的な定義であり、再石灰化を測定するパラメータが脱灰深度ld やミネラル喪失量Δ Z である。D-2-3 実験において脱灰深度ld で再石灰化を評価したことは相当である。
 イの主張のうち、D-2-3 実験で使用されたのがウシ歯であること、本件比較広告がヒト歯に対する効果をうたったものであることは認め、その余は争う。上記のとおり、ヒト歯に対する再石灰化効果の評価にウシ歯を用いることは科学的に相当であるから、D-2-3 実験で使用されたのがウシ歯であることを注記する必要はない。
 ウの主張は争う。4日間処理で、リカルデントの再石灰化効果がマイナスとなったのは、リカルデントに係る切片には脱灰も再石灰化も生じていなかったことを示すものであり、4日間処理に係る合計咀嚼時間(10時間40分)がリカルデントの推奨咀嚼時間(18時間40分)の半分あまりにしか達していないことを考慮すると、何ら不合理ではない。また、キシリトール+2の推奨咀嚼時間(4時間5分)及びポスカムの推奨咀嚼時間(9時間20分)に照らせば、合計咀嚼時間が21時間20分である8日間処理ではなく、4日間処理の結果を使用することが合理的である。
 エの主張は争う。上記(1)のとおり、本件比較広告においては、控訴人主張の2枚の写真がキシリトール+2と無関係であることが明らかとなっている。のみならず、同写真があるのは本件比較広告の一部(甲8の1、8の2)のみであって、その余(甲8の3〜8の6)については、控訴人の主張は全く当てはまらない。
 オの主張は争う。
(4) 「D-2-3実験のTIGG誌への掲載の目的」との主張に対し
 ガム公取協の取決めは認めるが、その余は争う。TIGG 誌は、日本糖質学会とFCCAの共同発行誌であり、世界中の研究者が引用してしかるべきレベルの一流ジャーナルのみが登録されるWeb of Science に登録されているものである。そして、歯の再石灰化に関する研究であっても、その再石灰化をもたらす物質が糖質であれば、研究論文がTIGG 誌に投稿されることは何ら不適切ではない。被控訴人は、TIGG誌に審査を経てD-2-3 実験を発表したのである。
(5) 「不正競争防止法2条1項14号、同項13号該当性」との主張に対し
 争う。
5 争点3(控訴人の差止請求並びに損害賠償及び謝罪広告の請求の可否等)について
(控訴人の主張)
(1) 控訴人の損害額
 本件比較広告は、キシリトール+2を主力商品とする控訴人に対して、営業上の損害を生じさせるものである。
 しかるところ、本件比較広告前と比較して、被控訴人のキシリトール系の機能ガの年間売上高は、平成15年度において約26億3700万円につき、平成16年度において約50億9600万円につき、それぞれ増加したものと見積もることができるから、これに一般的なガム業界の利益率35%を乗じ、なお、平成16年度においては、本件比較広告からの時間経過を考慮してその影響力を50%として算出した合計約18億1500万円が、本件比較広告により被控訴人が受けた利益である。
 控訴人は、不正競争防止法5条2項により、上記被控訴人の利益額を控訴人の有形損害額と主張する。
 本件比較広告による控訴人の信用低下等の無形損害額は1億円を下らない。
 また、本件訴訟を遂行するのに必要な弁護士費用の額は7107万円とするのが相当である。
 控訴人は、上記損害額合計の一部請求として、10億円を請求する。
(2) 謝罪広告の必要性
 上記の営業上の損害及び社会的信頼に対する被害の回復には、被控訴人による謝罪広告が必要である。
(3) 本件比較表示を含む広告宣伝の差止めの必要性
 本件比較広告は、不正競争防止法2条1項14号、同項13号に該当するものであり、これがため、控訴人は損害を被っているのであるから、差止めの必要があることは明らかである。被控訴人は、本件比較広告は既に止めており、再開するつもりはないと主張するが、被控訴人が、本件において、本件比較広告が不正競争に該当することを正面から争っていることにかんがみると、いつ再開するかは分からず、差止めの必要性が消滅したとはいえない。
(被控訴人の主張)
 控訴人の主張はすべて争う。なお、被控訴人は、既に本件比較広告の実施を止めており、今後これを再開することはないから、その差止めの必要性はない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1のア(D-2-3 実験の実験条件及び方法は不適切又は不合理であるか否か)について
(1) 脱灰深度ld によって再石灰化効果を評価した点について
 控訴人は、脱灰深度ld によって再石灰化効果を評価したD-2-3 実験は誤ったものであると主張するところ、この点についての国際学会合意及び歯の脱灰・再石灰化に関する専門家の意見は下記のとおりである。
ア 国際学会合意は、「口腔内モデルに関するコンセンサス会議」において合意された評価法であり、1992年(平成4年)4月にF1教授によって紹介され(甲21の1、2)、「脱灰−再石灰化現象の国際基準」であると考えられているものであるが(甲22)、それ(甲21の1、2)には、「The primary parameter」は「Δ Z」、すなわちミネラル喪失量であるとされているものの、「A desirable optional parameter」として、脱灰深度が挙げられている。
イ E1教授の鑑定書(甲119の1)及びG1助教授の意見書(甲20の1)は、脱灰深度ld のみで再石灰化を論ずることは不適切であり、ミネラル喪失量Δ Z を用いることが必要であるとするものであるが、脱灰深度ld のみを用いることが不適切であるとする主たる理由は、再石灰化が生ずる部位は脱灰層の深層のみではなく、脱灰深度ld による評価ができない表層部分にも生ずるという点にある。F1教授の控訴人宛て書簡(甲154の1)にも、概ね同旨の理由により、D-2-3 実験において脱灰深度ld によって再石灰化を評価したことが不適切である旨記載されている。
ウ 他方、I1教授の鑑定書(乙147)、J1教授の鑑定書(乙204の1)には、ミネラル喪失量ΔZと脱灰深度ld とは、再石灰化の定量評価のパラメータとして優劣はなく、実験の目的・結果を考慮して、いずれかにより再石灰化促進効果を検討することは妥当であり、例えば、再石灰化促進効果がミネラル喪失量Δ Zでは有意に検出できず、脱灰深度ld では有意な結果が得られたとすれば、再石灰化が病変深部に生じたと解釈でき、この場合、脱灰深度ld により再石灰化促進効果を評価することは妥当である旨の記載がある。脱灰深度ld が深部における再石灰化の評価のパラメータとして適切であるという点は、K1教授の鑑定書(乙148)、L博士の鑑定書(乙122)等でも同旨である。
エ ところで、乙103は、唾液浸漬法でポスカムと他社ガム(キシリトール+2、リカルデント)との比較試験の結果を報告する被控訴人の内部文書であり、4日間処理の場合と、8日間処理の場合とに分けて、脱灰深度ld による評価の値とミネラル喪失量ΔZによる評価との値が記載されているところ、その脱灰深度ldによる評価の値は、4日間処理の場合及び8日間処理の場合とも、TIGG 論文(甲17)に掲載されたD-2-3 実験の評価の値と全く同一であるから、乙103に記載された比較試験はD-2-3 実験のことであること、及びD-2-3 実験の際、脱灰深度ldだけでなく、ミネラル喪失量Δ Z による評価も併せなされたことが推認される。
 しかるところ、甲17及び乙103によれば、上記比較試験(D-2-3 実験)における脱灰深度ld とミネラル喪失量Δ Z の値(各平均値)は、以下のとおりであるとされている(以下の記載中の「DEM」とは、再石灰化率を算出する基準としての唾液浸漬処理を行わない切片をいう。)。

 脱灰深度ld(μm)
  4日間処理 8日間処理
DEM 125.2 125.2
ポスカム 85.7 82.6
キシリトール+2 117.8 107.7
リカルデント 129.6 110.2

 ミネラル喪失量ΔZ(μm・vol %)
  4日間処理 8日間処理
DEM 4522.1 4522.1
ポスカム 3797.6 3568.5
キシリトール+2 4701.0 4941.6
リカルデント 4342.1 3903.1

オ そして、上記脱灰深度ld とミネラル喪失量Δ Z の値に基づいて算出した再石灰化率は以下のとおりである。

 脱灰深度ld(%)
  4日間処理 8日間処理
ポスカム 31.6 34.0
キシリトール+2 5.9 14.0
リカルデント −3.5 12.0

 ミネラル喪失量Δ Z(%)
  4日間処理 8日間処理
ポスカム 16.0 21.1
キシリトール+2 −4.0 −9.3
リカルデント 4.0 13.7

カ 上記実験結果を前提とすれば、キシリトール+2については、再石灰率が、脱灰深度ld による場合には、プラスであり、かつ、4日間処理に比べ8日間処理では相当程度に上昇しているが、ミネラル喪失量Δ Z による場合には、4日間処理においても8日間処理においてもマイナスであったのであるから、再石灰化促進効果がミネラル喪失量ΔZでは有意に検出できず、脱灰深度ld では有意な結果が得られた場合に該当すると認められる(なお、訴外会社製のリカルデントの4日間処理における脱灰深度ld(%)がマイナスであったことについては後述する(4(3)ウ)。)。そうであれば、再石灰化が病変深部に生じたものと推認することができ、上記ウ掲記の各専門家意見によれば、脱灰深度ld を再石灰化の定量評価のパラメータとして用いることが適切である場合に当たるものということができる。また、再石灰化が病変深部に生じたものであるとする以上、必ずしも上記イ掲記の各専門家意見に背馳するものでもなく、上記アの国際学会合意に抵触するということもできない。
 したがって、ミネラル喪失量Δ Z による評価も含めた、実験結果とされた値にかんがみると、D-2-3 実験において、脱灰深度ld によって再石灰化効果を評価したこと自体は、実験の方法として不合理的であるということはできない。
(2) ヒト唾液浸漬法について
ア TIGG 論文(甲17)によれば、D-2-3 実験におけるヒト唾液浸漬法は、以下のとおりのものである。
 「8人の健常な被験者・・・を無作為に4群に分け、二重盲検のクロスオーバーによる効果確認試験を行った。8名の被験者には、それぞれの2粒のガム咀嚼時の唾液を全て採取した。採取時に、ガム咀嚼開始後10分の唾液(FS)と後半10分の唾液(LS)を分けて採取した。
 脱灰したウシエナメル質歯(2本/組)をFS唾液に20分間、LSに20分間37℃で浸漬した。浸漬処理後エナメル質歯を直ぐに脱イオン水で洗浄した。この操作は1日4回実施し、8日間繰り返した。」
イ 控訴人からの求意見に対するT大学歯学部のT1教授の返答書(甲108)には、ヒトの口腔内では、1日を通じて新鮮な唾液が産生され分泌され続けているから、数時間にわたって徐々に古くなり劣化しているであろう唾液にサンプルを数時間も浸漬することは、徐々に非現実的な環境を創りあげ、生体環境からますますかけ離れたものとなっているとして、D-2-3 実験におけるヒト唾液浸漬法に対する否定的な意見が記載されており、また、E大学のE4教授(以下「E4教授」という。)の意見書(甲109)には、再石灰化に最も大きく影響すると考えられるプロリンリッチプロテインは、唾液が試験管内に保持されている間、分解され続けること、唾液を室温に保持するとpHが低下することを挙げて、ヒト唾液浸漬法がヒトの口腔内における全唾液の再石灰化に対する正確な作用を反映したものではないとする意見が記載されている。なお、控訴人従業員であるHらが行った実験の結果報告書(甲118)には、ガム咀嚼唾液のpH変化に関する具体的なデータが添付されている。
ウ 他方、上記I1教授の鑑定書(乙147)及びK1教授の鑑定書(乙148)には、唾液全体の組成が、咀嚼その他の生理学的パラメータ等の条件により大きく変化することを理由として、再石灰化効果を検証するために、口腔内でガムを咀嚼して得られる唾液を用いることは適切である旨の記載があり、また、M1名誉教授の鑑定書(乙123)には、科学の発達の現段階では、ヒト唾液浸漬法は、人の口腔での再石灰化の実験を定量的に行う実験として、十分妥当なものと考えられる旨の記載がある。さらに、N1教授の鑑定書(乙124)には、プロリンリッチプロテインが再石灰化に最も重要な変化を及ぼすとは考えられず(同教授は、再石灰化に最も重要な影響を及ぼすのは、カルシウムとリン酸のイオン濃度(比)であるとするところ、これは、上記I1教授及びK1教授の鑑定書の記載とも符合する。)、採取した唾液が160分の間に再石灰化に影響を及ぼす程のpHの変化があるとも考えられないとの記載があり、ガム咀嚼唾液のpH変化に関する具体的なデータが添付されている。
エ 上記ウに掲記したI1教授及びK1教授の各鑑定意見は、ヒトのガム咀嚼唾液そのものを用いれば、人工唾液(再石灰液)を用いるよりも、口腔内の環境により近い実験環境が得られるとするものと解され、それ自体として、自然な考え方であるということができる。これに対する上記イに掲記した各意見は、採取したガム咀嚼唾液が時間の経過とともに変化することを理由として、ヒト唾液浸漬法を否定するものであり、このうち、E4教授の意見書が、問題となる変化の要素(プロリンリッチプロテインの分解、pHの低下)を具体的に挙げている。しかしながら、プロリンリッチプロテインが再石灰化に最も大きく影響するとの点はN1教授らによる異論があり、さらに、pHの低下に関しても、同教授による、採取した唾液が160分の間に再石灰化に影響を及ぼす程変化はしないという指摘があるほか、乙124及び甲118にそれぞれ添付されたデータによれば、唾液のpH値は、個人差が極めて大きいことが認められ、特に、乙124に添付されたデータ中には、スタート(採取直後の趣旨と考えられる。)時のpH値と160分経過後のpH値とが同じであったり、却って上昇している例が少なからずあり(「平成17年3月7日」分だけを取ってみても全20例のうち被験者番号「へ−A」、「み−A」、「ひ−B」、「ま−B」、「む−B」、「も−B」の6例がこれに当たる。)、また、被験者のうちのある者の160分経過後のpH値が、他の被験者のスタート時のpH値と同じか、それよりも高いという組合せも数多くあって(ガム種による区別を考慮し、また「平成17年3月7日」分だけを取ってみても、被験者番号「へ−A」と「は−A」、「ひ−A」、「ふ−A」の各組合せ、「ほ−A」と「は−A」、「ひ−A」の各組合せ、「み−A」と「ま−A」、「む−A」、「め−A」、「も−A」の各組合せ、「ひ−B」と「は−B」、「ほ−B」の各組合せ、「ふ−B」、「へ−B」と「は−B」、「ひ−B」、「ほ−B」の各組合せ、「み−B」と「ま−B」、「む−B」、「も−B」の各組合せ、「む−B」と「ま−B」、「む−B」、「も−B」の各組合せ「ま−B」、「め−B」、「も−B」と「む−B」の各組合せがこれに該当する。)、このような状況の下では、pHの変化をあえて取り上げることにどれ程の意味があるかということについて、疑問を抱かざるを得ない。
 以上のほか、実験条件の詳細は異なるにせよ、ヒト唾液を採取して再石灰化効果を測定する実験が他にも存在する(甲23、乙96、133〜138、142)ことを併せ考えると、D-2-3 実験におけるヒト唾液浸漬法自体が、試験方法として不適切であったと認めることはできない。
(3) CMR写真の撮影条件について
ア D-2-3 実験における撮影条件は、厚さ200μmに削った切片を用い、これを富士フイルム社製高感度ポジティブフィルム(Fuji Fine Grain Positive Film)に密着させ、蘭フィリップス社製のX線発生装置PW−1830を使用して、X線を管電圧25kV、管電流25mAの条件で24秒間照射し、マイクロラジオグラムを得るというものであり、また、マイクロラジオグラムの画像の解析に当たっては、ミネラル量プロファイルにより、健全部のミネラル濃度の5%の位置を外表面とし、95%に達した部位までを脱灰深度ld として測定するというものであった(乙4、5、60、弁論の全趣旨)。なお、CMR(コンタクト・マイクロラジオグラフィ)とは、被写体(試料)をX線フィルム上に密着させ、X線を照射して、微細構造が写されたX線写真を撮影する手法の総称であり、TMR(トランスバーサル・マイクロラジオグラフィ)とは、CMRの1方法で、歯のミネラル濃度の定量に特化したものをいう(上記第2の1の「争いのない事実等」(原判決9頁21〜25行)、弁論の全趣旨)。
 しかるところ、控訴人は、200μmという切片の厚みが厚過ぎ、またX線照射量が低石灰化領域で過剰であり、X線フィルムの解像度が低いなどと主張し、この主張に沿うE2助教授の報告書(甲107)もあるが、K1教授の鑑定書(乙148)によれば、実験条件が注意深く決定されている限り、TMRによって約400μmまでの厚さのエナメル歯片のミネラル濃度の定量が可能であり、実際にK大学の同教授らの研究グループは、400μmの厚みの切片に基づく研究結果の発表をした実績があることが認められるから、TMRにより200μmという厚みの切片に係るミネラル濃度の定量が不可能であるということはできない。また、G1助教授の鑑定書(乙75)に照らすと、D-2-3 実験に用いたX線フィルムの解像度が低過ぎるとの意見も採用することはできない。
 ところで、本件における直接の問題は、切片の厚みそのものやフィルムの解像度自体ではなく、D-2-3 実験における実際の撮影画像に、控訴人の主張するような不都合(健全部エナメル質のミネラル濃度5%の位置を外表面位置D0 とした場合に実際の外表面位置D0 との間にかなりの誤差が生ずること)があるかどうかということに帰着するのであるから、端的にこの点について判断する。
イ 上記K1教授の鑑定書(乙148)には、D-2-3 実験におけるデジタル画像(乙62)がミネラル濃度プロファイル作成に適していること、これが同教授の研究室でのTMR撮影に係るデジタル画像とよく似ていることが記載されている。
ウ 他方、O1教授外1名による報告書(甲105)は、D-2-3 実験の条件(X線の管電圧25kV、管電流25mA、照射時間24秒、富士フイルム社製Fuji FineGrain Positive Film 使用)によって撮影したとされる画像と、これとは異なる条件(X線の管電圧25kV、管電流25mA、照射時間10分、コニカ社製HighPrecision Photo Plate HRP-SN-2 使用)で撮影した画像(X線発生装置はいずれも島津社製)とを視覚的に対比し、前者において外表面位置として観察される位置が、後者におけるそれよりも歯の深層方向に10〜20μm程度移動していることを述べるものである(外表面位置が歯の深層方向に移動すれば、脱灰深度ld の値は小さくなる。)。E2助教授の報告書(甲106)もこれと概ね同趣旨であるが、D-2-3実験の条件(X線の管電圧25kV、管電流25mA、照射時間24秒、富士フイルム社製Fuji Fine Grain Positive Film 使用)に従ったとされるX線照射(X線発生装置はリガク社製RINT2500V)の際、試料の半側をアルミニウム薄板で覆って照射量を減衰し、D-2-3 実験の条件に従ったとされる画像と、これと対比する画像とを同一画面上に表示させたものである。そして、それぞれの報告書に掲記された画像写真からは、両者の画像の外表面位置と思しき位置が多少ずれていることが見て取れる。また、P1教授らによる報告書(甲110、111)は、厚み200μmの切片をD-2-3 実験の条件(X線の管電圧25kV、管電流25mA、照射時間24秒、富士フイルム社製Fuji Fine Grain Positive Film 使用)によって撮影したとされる画像(X線発生装置はリガク社製RINT2500V)につき、健全部のミネラル濃度の5%の位置から95%に達した位置までを脱灰深度ld として測定した結果(甲110)と、厚み100μmの切片を異なる条件(X線の管電圧10kV、管電流3mA、照射時間10分、コニカ・ミノルタ社製High Precision PhotoPlate HRP-SN-2 使用)で撮影した画像(X線発生装置はCMR−3(SOFTEX))につき、表層から健全部のミネラル濃度の95%に達した位置までを脱灰深度ldとして測定した結果(甲111)とを報告するもので、双方の結果を対比すると、前者で測定された脱灰深度ld の値が後者のそれよりも10〜20μm程度短くなっている。
 しかしながら、まず、甲105と甲106に関して、D-2-3 実験の条件に従ったとされる画像とこれと対比する画像とに係る撮影条件の相違を挙げると、甲105の場合には、X線照射量は対比する画像の方が多く(管電圧及び管電流は両者とも同じで、照射時間は、対比する画像が、D-2-3 実験の条件によって撮影したとされる画像の25倍となっている。)、使用フィルムが異なっており、また、甲106の場合には、X線照射量は対比する画像の方が少なく、使用フィルムは同じである。
 そして、甲105と甲106の各実験結果に基づいて、D-2-3 実験の実験条件が不適切であるというためには、それぞれの対比する画像の実験条件が適切であることが前提となることはいうまでもないが、上記のとおり、D-2-3 実験の条件に従ったとされる場合との相対的関係において、甲105の対比する画像の実験条件と甲106の対比する画像の実験条件とは、正反対といってよい程に異なっており、そうであれば、偶々、実験の結果が概ね同一(D-2-3 実験の条件に従ったとされる画像において外表面位置として観察される位置が、対比する画像におけるそれよりも歯の深層方向に10〜20μm程度移動している)であったとしても、それぞれの対比する画像の実験条件自体の適切さに疑いを抱かざるを得ない。このことのほか、C2教授及びC1助教授の鑑定書(乙125)に指摘されている、異なるシステム(X線発生装置)にD-2-3 実験の撮影条件をそのまま適用している点や視覚的な比較と画像処理に関する問題点等を併せ考えると、甲105及び甲106により、D-2-3実験の撮影条件が不適切であったと直ちに認めることはできない。
 また、甲110と甲111の各実験条件を比較すると、両者は、使用した切片の厚み、使用フィルム、使用したX線発生装置の点で異なるものである。X線照射量については、管電圧及び管電流は甲110の方が大きく、照射時間は甲111の方が多いが、甲110及び甲111の双方に「X線照射量が適切であることを・・・確認した」との記載がある(甲110の3頁7〜8行、甲111の2頁の下から6〜5行)から、少なくとも、双方とも適切といえる範囲内であったことが推認される。また、X線発生装置については、甲110及び甲111の各実験で使用されたものは相互に異なるが、いずれもD-2-3 実験において用いられたものとも異なるものであり、少なくとも甲110及び甲111から、D-2-3 実験が、使用されたX線発生装置の点において不適切であったと認め得ないことは明らかである(甲110及び甲111の各実験でX線発生装置を異なるものとしたことにどのような意味があるのかは理解し難い。)。そうすると、甲110と甲111の各実験の設定条件の違いで問題となるのは、切片の厚みと使用フィルムの点であるが、そもそも甲110の実験の結果自体に信頼が置けないことは後記のとおりであるから、甲110と甲111の各実験結果において、上記のような相違が生じたとしても、そのことが、甲111の実験条件が適切であり、甲110の実験条件が不適切であった(換言すれば、D-2-3 実験の実験条件が不適切であった)という結論を直ちに導き得るものということはできない。
エ 以上によれば、D-2-3 実験の撮影条件自体は、これが不適切であったと認めることはできない。
2 点1のイ(D-2-3 実験が再現性を有するか)について
(1) D-2-3 実験の手順等について
 D-2-3 実験の試験内容ないし手順は概ね以下のとおりである(上記1の(2)のア、(3)のア、第2の1の「争いのない事実等」(原判決9頁2〜24行)、甲17、25、弁論の全趣旨)
(ア) 試料(エナメル質歯サンプル)はウシエナメル歯片である。脱灰は定法に従って調整した。
(イ) 再石灰化は、ヒト唾液浸漬法により行った。その内容は上記1の(2)のアのとおりである。
(ウ) 研磨切片は200μmの厚みとし、これを富士フイルム社製高感度ポジティブフィルムに密着させ、蘭フィリップス社製のX線発生装置PW−1830を使用して、X線を管電圧25kV、管電流25mAの条件で24秒間照射して、TMR撮影を行った。上記X線発生装置は、C医科大学において、C1助教授が管理するものである。
(エ) 得られたTMR画像(マイクロラジオグラム)により、ミネラル量プロファイルを作成し、ミネラル量プロファイル上の、健全部のミネラル濃度の5%の位置を外表面とし、そこから同95%の部位までを脱灰深度ld としてその値を算出測定した。この過程で、TMR画像(マイクロラジオグラム)を、定量的なミネラル濃度画像としてモニタ上で観察し得るとともに、脱灰深度ld やミネラル喪失量Δ Zを算出するために、解析ソフトウェアに入力する対象ともするため、2度の変換を行ってミネラルvol %等価のグレイ値で構成された画像とすることが必要である。
(2) 再現性を否定する実験について
ア O1教授らの実験について
(ア) 甲104及び乙120によれば、O1実験1は、以下のとおりのものであることが認められる。
a 試料としてウシエナメル歯片を用い、脱灰後、ポスカム及びキシリトール+2に係る唾液浸漬(4日間処理)を経た歯片を厚さ205μmの切片とし、G大学歯学部の装置によってCMR撮影した後、これを解析して、脱灰深度ld 及びミネラル喪失量Δ Z の測定を行った。
b CMR撮影及び解析処理は控訴人従業員が行った。その際、G大学のG1助教授は、X線発生装置の基本的取扱い方の指導をしたのみで、CMR撮影及び解析処理には立ち会っていない。
c 撮影条件は、蘭フィリップス社製のX線発生装置PW−1729を使用して、X線を管電圧25kV、管電流25mAの条件で24秒間照射したというものであり、フィルムは、富士フイルム社製Fuji Fine Grain Positive Film を使用した。
d 解析の結果である再石灰率は、脱灰深度ld については、ポスカムが−14.8%、キシリトール+2が11.5%、ミネラル喪失量Δ Z については、ポスカムが−13.1%、キシリトール+2が6.7%であったが、実験の結論としては、フィルムの質が悪く、再石灰化の評価に使用できるものではないとされた。
(イ) 甲112によれば、O1実験2は、以下のとおりのものである。
a 試料としてウシエナメル歯片を用い、脱灰後、ポスカム及びキシリトール+2に係る唾液浸漬(4日間処理)を経た歯片を厚さ205μmの切片とし、G大学歯学部の装置によってCMR撮影した後、これを解析して、脱灰深度ld 及びミネラル喪失量Δ Z の測定を行った。
b CMR撮影及び解析処理は控訴人従業員が行った。その際、前同様、G1助教授から指導を受けた。
c 撮影条件は、蘭フィリップス社製のX線発生装置PW−1729を使用して、X線を管電圧20kV、管電流15mAの条件で20秒間照射したというものであり、これは、上記装置で通常用いられている条件であった。フィルムは、富士フイルム社製Fuji Fine Grain Positive Film を使用した。
d 解析の結果である再石灰化率は、脱灰深度ld については、ポスカムが−10.4%、キシリトール+2が−3.2%、ミネラル喪失量Δ Z については、ポスカムが−16.1%、キシリトール+2が−1.2%であり、いずれも統計上有意な再石灰化促進効果は見られないと判定された。
(ウ) O1実験1、2は、専門家であるG1助教授から装置の基本的取扱い方の指導を受けなければならないような控訴人従業員がCMR撮影を行ったものである。後記のとおり、CMR(TMR)撮影自体はさほど特殊な技術であるとは認められないとしても、再石灰化研究に専門的に携わり、CMR(TMR)撮影に関するものを含めた知識、経験、技術を有する研究者が行ったのでなければ、その実験結果についての信頼性は乏しいものというべきであり、そのような研究者とはいえない控訴人従業員が行ったCMR撮影に基づくO1実験1、2の結果は、たとえ、上記指導があったにせよ、到底信頼を置けるものということはできない。また、O1実験1、2の解析の結果は、上記(ア)、(イ)の各dのとおりであって、O1実験1については、少なくとも正確な再石灰化の評価ができなかったことを実験者が自認したものということができるし、また、O1実験2については、ポスカム及びキシリトール+2とも、脱灰深度ld 及びミネラル喪失量Δ Z 双方の再石灰化率がマイナスであって、再石灰化促進効果をほとんど確認できなかったのであるから、ともに、D-2-3実験の結果を再現し得なかったという以前に、実験自体が失敗に終わったため、これらから何らの結論をも導き得ないものとするのが相当である。
 そうすると、実験条件の設定、O1教授の専門家性その他の問題について検討するまでもなく、O1実験1、2により、D-2-3 実験の再現性が否定されるものとすることはできない。
イ P1教授らによる実験について
(ア) 甲110、147によれば、P1実験は、以下のとおりのものであることが認められる。
a 試料としてウシエナメル歯片を用い、脱灰後、ポスカム及びキシリトール+2に係る唾液浸漬(4日間処理)を経た歯片を厚さ200μmの切片とし、E大学の装置によってCMR撮影した後、これを解析して、脱灰深度ld 及びミネラル喪失量Δ Z の測定を行った。
b CMR撮影は控訴人従業員が行った。
c 撮影条件は、リガク社製のX線発生装置RINT2500Vを使用して、X線を管電圧25kV、管電流25mAの条件で24秒間照射したというものであり、フィルムは、富士フイルム社製Fuji Fine Grain Positive Film を使用した。
d 解析の結果である再石灰化率は、脱灰深度ld については、ポスカムが4.5%、キシリトール+2が23.6%、ミネラル喪失量Δ Z については、ポスカムが−1.1%、キシリトール+2が26.4%であった。
(イ) P1実験も、控訴人従業員がCMR撮影を行ったものであるところ、当該撮影を行った従業員とO1実験1、2のCMR撮影を行った従業員の異同は明らかにし得ないが、O1実験のCMR撮影をした従業員が、G1助教授からX線発生装置の基本的取扱い方の指導を受けた事実にかんがみれば、P1実験のCMR撮影を行った従業員も、再石灰化研究に専門的に携わり、CMR(TMR)撮影に関するものを含めた知識、経験、技術を有する研究者ではないことが疑われるのであって、少なくとも、P1実験のCMR撮影がこれを行うについて必要な知識、経験、技術を有する技術者によって行われたとは証拠上認めることはできない。そして、このようなCMR撮影に基づく実験の結果に信頼性を認めることができないことは、前同様であるから、実験条件の設定やP1教授の専門家性等の問題について検討するまでもなく、P1実験により、D-2-3 実験の再現性が否定されたものということはできない。
(3) 再現性を肯定する実験について
ア 乙111〜113によれば、被控訴人実験は、以下のとおりのものであることが認められる。
(ア) 試料であるウシエナメル歯片(0.1ML−乳酸溶液(pH5.0)に37℃で2日間浸漬させるという方法で脱灰したもの)をC医科大学から受け取り、被控訴人研究所において、ポスカム及びキシリトール+2に係る唾液浸漬(4日間処理)を経た。唾液浸漬処理は被控訴人従業員が行い、大阪法務局所属公証人が立ち会った。
(イ) 唾液浸漬後の歯片は、C医科大学に送付され、事後の解析までの処理は、同大学において行われた。
(ウ) C2 教授及びC1助教授連名で報告された解析結果(乙112)は、脱灰深度ldの平均値(μm)が、DEM67.8、ポスカム48.8、キシリトール+2が64.5であり、ミネラル喪失量ΔZの平均値(μm・vol %)が、DEM2856.4、ポスカム1969.1、キシリトール+2が2821.9であった。この結果に基づいて再石灰化率を算出すると、脱灰深度ld については、ポスカムが28.0%、キシリトール+2が4.9%となり、ミネラル喪失量Δ Z については、ポスカムが31.1%、キシリトール+2が1.2%となる。
イ 被控訴人実験における、脱灰処理、TMR撮影、解析は、それがC医科大学において行われ、解析結果の報告の名義人にC1助教授が含まれていることによれば、C1助教授が関与して行われたものと認められ、また、同様に、TMR撮影の撮影条件や解析方法もD-2-3 実験と同一であったものと認められる。そうすると、被控訴人実験は、脱灰の方法に控訴人主張の相違がある点(この点は当事者間に争いがない。)を除き、実験方法の面だけを見れば、D-2-3 実験の再現実験ということができる。しかしながら、再現実験ないし追試とは、元の実験(本件ではD-2-3実験)の正確性や信頼性を確認するために行われるものであるから、それを客観的に担保するため、元の実験の実施者(その者と密接な関係のある者を含む。)以外の者によって行われるか、仮に元の実験者が関与して行わざるを得ないのであれば、公正な第三者による厳重な監視下において行うなどの条件が必要である。すなわち、元の実験者が第三者の何らの監視等がなく自ら関与して再現実験等をするのであれば、元の実験結果と同じ結果を意図的に作出する可能性があり、この可能性を排除する必要性があるのであり、そのような意図的な作為がないときであっても、元の実験の場合と同じ過誤を繰り返す可能性を排除する必要があるからである。
 そうだとすれば、C1助教授が関与して、かつ、公正な第三者による監視等がないまま行われた被控訴人実験は、その実施方法や内容のいかんを問わず、再現実験としての適格性を欠くものといわざるを得ない。したがって、被控訴人実験により、D-2-3 実験の再現性が確認されたものということはできない。
(4) D-2-3 実験に係るデジタル画像を用いた実験について
ア 甲17、25、162、163、165の1、乙62、64〜72(枝番を含む。)、103及び弁論の全趣旨によれば、旭化成解析及びQ1解析に関し、以下の事実を認めることができる。
(ア) 乙62(CD−R)は、D-2-3 実験に係る各切片のデジタル画像を格納したものとして提出されたものであり、ファイル名x1〜x8がキシリトール+2(4日間処理)に係るもの、同xx 1〜 xx 8がキシリトール+2(8日間処理)に係るもの、同r1〜r8がリカルデント(4日間処理)に係るもの、同rr 1〜 rr 8がリカルデント(8日間処理)に係るもの、同p1〜p8がポスカム(4日間処理)に係るもの、同pp 1〜 pp 8がポスカム(8日間処理)に係るもの、同D1〜D4がDEMに係るものである。これらのデジタル画像は、TMR撮影した画像について2度の変換を行った後のミネラルvol %等価のグレイ値で構成された画像であり、定量的なミネラル濃度画像としてモニタ上で観察し得るとともに、脱灰深度ldやミネラル喪失量Δ Z を算出するために、解析ソフトウェアに入力する対象となるものである。乙64〜72(枝番を含む。)は、これらのデジタル画像をプリントアウトしたものである。なお、D-2-3 実験に係る資料は、これ以外に残されておらず、また、DEMに係る画像の一部は失われている。
(イ) 旭化成エンジニアリング株式会社新事業開発センター画像センシング部は、これらのデジタル画像のうち、ファイル名x1〜x8(キシリトール+2(4日間処理))、同p1〜p8(ポスカム(4日間処理))及び同D1〜D4(DEM)につき、画像解析ソフト(NIH Image)を使用して、プロファイルした上、脱灰深度ld 及びミネラル喪失量Δ Z の平均値及び標準偏差を算出した。なお、旭化成エンジニアリング株式会社は、旭化成解析を行う前に、上記各画像につき同様の手順で解析を行ったところ(甲152)、その解析処理に対し、被控訴人から、プロファイルの凹凸の中心を通るように健全エナメル質のミネラル量を89 vol %位置に指定して、プロファイルの縦軸の89 vol %の位置を補正する必要があるのに、これを行っていないとの主張がなされたため、その手順を加えて再度行った解析処理が旭化成解析である。
(ウ) 旭化成解析の結果は、脱灰深度ld の平均値(μm)が、DEM130.975、ポスカム112.938、キシリトール+2が124.150であり、ミネラル喪失量ΔZの平均値(μm・vol %)が、DEM4718.127、ポスカム4805.046、キシリトール+2が4973.177であった。この結果に基づいて再石灰化率を算出すると、脱灰深度ld については、ポスカム13.8%、キシリトール+2が5.2%となり、ミネラル喪失量Δ Z についてはポスカム−1.8%、キシリトール+2が−5.4%となる。もっとも、控訴人従業員は、旭化成解析の結果につきポスカムとキシリトール+2との間に有意差は認められないと結論付けている(甲163)。
(エ) また、Q1解析は、旭化成解析に用いられたと同一のデジタル画像につき、Q1教授が、控訴人が指定した手順と解析ソフトによって行ったものであり、当該指定に係る手順等は、旭化成解析におけるものと同じであった。
(オ) Q1解析の結果は、脱灰深度ld の平均値(μm)が、DEM131.0、ポスカム112.9、キシリトール+2が124.2であり、ミネラル喪失量Δ Zの平均値(μm・vol %)が、DEM4718.1、ポスカム4805.0、キシリトール+2が4973.2であった。この結果は、有効桁数の違いを考慮すれば、旭化成解析の結果と全く同一ということができる。
イ 旭化成解析及びQ1解析は、D-2-3 実験の再実験ではなく、D-2-3 実験で得られた資料に基づいて、ポスカムとキシリトール+2に係る唾液浸漬(4日間処理)後の切片の脱灰深度ld 及びミネラル喪失量Δ Z の各平均値を再解析しただけのものであるから、上記旭化成解析及びQ1解析の結果と、D-2-3 実験の結果(上記1の(1)のエ)とは、誤差を別とすれば、一致するはずのものである。しかるに、実際には、下記のとおりであり(上記のとおり、旭化成解析とQ1解析の結果は同一であるから、有効桁数がD-2-3 実験と同じであるQ1解析のみ示す。)、ポスカムに関して、大きな相違がある。

 脱灰深度ld(μm)
  D-2-3 実験 Q1解析 Q1解析/ D-2-3 実験
DEM 125.2 131.0 104.6%
ポスカム 85.7 112.9 131.7%
キシリトール+2 117.8 124.2 105.4%

 ミネラル喪失量ΔZ(μm・vol %)
  D-2-3 実験 Q1解析 Q1解析/ D-2-3 実験
DEM 4522.1 4718.1 104.3%
ポスカム 3797.6 4805.0 126.5%
キシリトール+2 4701.0 4973.2 105.8%

 旭化成解析及びQ1解析に関連して、L博士の鑑定書(乙194)には、「TIGG 論文のマイクロラジオグラフまたはデジタル画像からミネラルパラメータ値(ld やΔ Z)を再確認することは、以下の3つの方法によって可能である。」とした上、「TMRプログラムを自身で開発する十分な知識と経験を有するTMR技術の専門家は、用いられたTMRプログラムに関する詳細な技術的かつ固有のノウハウが与えられ、かつ、当人が当該Vol %画像からミネラルパラメータ値を測定できるオリジナルのTMRプログラムを開発できる場合には、・・・いわゆる齲蝕病変の「Vol%画像」からミネラルパラメータ値を再確認することができる。」との記載があり、これによるとすれば、「Vol %画像」(乙62のデジタル画像はこれに当たる。)から脱灰深度ld やミネラル喪失量Δ Z を算出し得る者は、「TMRプログラムを自身で開発する十分な知識と経験を有するTMR技術の専門家」であって、かつ、「用いられたTMRプログラムに関する詳細な技術的かつ固有のノウハウが与えられ」、しかも、「当人が当該Vol %画像からミネラルパラメータ値を測定できるオリジナルのTMRプログラムを開発できる場合」に限られることになる(他の2方法は、「Vol %画像」を用いる方法ではない。)。そして、K1教授及びK2氏は、このL博士の意見を支持する旨の鑑定書を作成している(乙202)。
 しかしながら、これらの鑑定書は、いずれも上記デジタル画像から脱灰深度ldやミネラル喪失量Δ Z を算出するために、何故に、そのような極めて限られた者が極めて限られた条件を満たすことが必要であるかというその理由を明らかにしていない。上記のとおり、乙62のデジタル画像は、NIH Image等の画像解析ソフトによってプロファイルする対象であって(現に、旭化成解析やQ1解析がそうしているほか、被控訴人の従業員も同様のことをしている(乙177)。)、そのような段階以降、脱灰深度ld やミネラル喪失量Δ Z の算出までは、特段、再石灰化研究やTMR撮影の専門家でなくとも、一般的な解析処理に関する通常程度の知識、経験を有する者が一般的に使用されている用具(一般に頒布されているソフトウェアを含む。)を用いて行えば、多少の誤差が生ずることはあるとしても、原則的には同一の結果が得られるはずであるところ、旭化成解析については、その実施事業体にかんがみ、また、Q1解析については、Q1教授の略歴・業績(甲165の2)に照らして、解析処理に関し上記の程度以上の知識、経験を有するものと推認されるから、D-2-3 実験の結果と旭化成解析やQ1解析の結果との間に、ポスカムに関して上記のような大きな差異が生ずるのは、異常であるというほかはない。
 そうであってみれば、旭化成解析やQ1解析と上記L博士らの鑑定意見のいずれが正当性を有するのかについては、にわかにこれを断ずることはできないものの、少なくとも、その一方の意見である、上記L博士らの鑑定意見を直ちに正当として採用することができないことは明らかである。
ウ 上記イのとおり、D-2-3 実験の結果と旭化成解析やQ1解析の結果との間に差異が生じており、その差異の割合が、DEM及びキシリトール+2については、概ね同割合(104〜106%の範囲内)で、かつ、さほど大きくもないのに対し、ポスカムについては、差異の割合が著しく大きく、特に、D-2-3 実験の結果と旭化成解析やQ1解析の結果との相対的な関係において、旭化成解析やQ1解析ではポスカムに不利に(逆にいえば、D-2-3 実験ではポスカムに有利に)生じていることにかんがみると、この差異は、D-2-3 実験の結果の最も重要な部分で生じたものということができ、このままではD-2-3 実験の結果に全幅の信頼をおくことはできないといわざるを得ない。そして、この点は、直接には、D-2-3 実験の資料(デジタル画像)の解析に関する問題であって、厳密にいえば、D-2-3 実験全体の再現性に関する問題ではないから、D-2-3 実験の合理性を改めて立証するために、当然にはD-2-3 実験の再現実験を要するとはいえないが(この問題点のみを解決するためだけであれば、乙62のデジタル画像の公正な再解析をすることで足りるともいえる。)、既に述べたとおり、D-2-3 実験の方法や条件自体には、特段不合理な点はなく、D-2-3 実験の合理性を失わせる事情は、D-2-3 実験の結果の最も重要な部分での実験結果そのものに関して生じ、そのゆえに結果の信頼性に問題が生じたことにかんがみれば、D-2-3 実験の合理性立証のためには、第三者により客観的かつ公正な再現実験を行い、D-2-3 実験の結果の正確性を裏付けることを要するものとするのが相当である。
(5) D-2-3 実験に係る再現実験の条件について
 被控訴人は、D-2-3 実験の再現実験を行い得るのは、齲蝕学実験の経験が豊富にあり、自ら精度管理するTMRシステムを使用した定量評価を伴う再石灰化研究を日常的に行い、他の研究者に引用されるような研究成果をCaries Research レベルの一流の学術誌に継続的に発表している研究者に限られると主張する。そして、その主張の根拠として、まず、D-2-3 実験がμm単位で唾液,歯片等の生体試料を扱う実験であり、脱灰処理の方法に関し、脱灰阻害剤の使用の要否についての見解が一致していないなど、専門家の間でも採用する方法が様々であるような過程を含むから、D-2-3 実験を他の研究者が正確に再現するためには、その者に再石灰化研究に関する十分な知識、経験と技術とが求められると主張するが、μm単位で生体試料を扱う研究分野は、歯学のみならず、医学、薬学、生物学等において、他にも数多くあり、再石灰化の研究分野に特有のものではないことは、多数の知的財産権に関する事件を審理判断している当裁判所に顕著な事柄であり、また、脱灰処理の方法に関し、脱灰阻害剤の使用の要否についての見解が一致していていなくとも、D-2-3 実験の採用した方法に従えば(すなわち、使用しないことにすれば)いいのであるから、この点も、被控訴人が掲げる条件を必要とする理由とはならない。さらに、被控訴人は、各研究者は、TMRによるミネラル濃度の定量のため、各自のTMRシステムを最適化しており、その最適条件は、TMRシステムごとに異なるものであって、精度管理されたTMRシステムを持たない者がD-2-3 実験に係る再現実験を行うことはできないとも主張するが、これも要するに、実験の手段ないし方法又は実験設備の精密性に関する問題であり、程度の問題に帰着するものである。
 もとより、D-2-3 実験の再現実験を行うためには、再石灰化に関する研究分野に精通した専門家であり、かつ、TMRないしCMR実験にも習熟している者であることを要するといえるが、TMR法は、上記国際学会合意(甲21の1、2)でも中心的な評価法として取り上げられており、C1助教授も、「再石灰化評価にともなう歯質ミネラル濃度を定量評価する標準法となっており、歯質ミネラル濃度分布評価のGold Standard として現在広く適用されている。」(甲25)と述べていることに照らせば、現時点において、多くの研究者に採用されているものと認められ、その意味で、さほど特殊な技術であるというわけではない。そうだとすれば、D-2-3実験の再現実験を行い得る者として、被控訴人が掲げる上記条件を必要とする理由は全くなく、仮に、被控訴人が主張するように、厳密な条件を満たした、極めて限定された者でなければ、D-2-3 実験の再現実験をすることができないとすれば、かえって、D-2-3 実験の客観性に疑問が生ずることになる。また、被控訴人が具体的に列挙するI1教授、K2氏、J1教授、G1助教授らは、いずれも、本件につき複数の鑑定書、意見書等を寄せている者であって、再現実験の適任者であるとも、中立公正を要する民訴法上の鑑定人であるともいえないことは明らかである。
 当裁判所は、本件において、D-2-3 実験の再現実験の実施に関して、これを必要であると考え、本件比較広告の虚偽性について立証責任を負う控訴人の申出に基づいて、鑑定として採用実施したいとして、当事者双方に対しその具体的な実施方法について検討を求めた際、控訴人が鑑定実施に関する諸条件を提案したのに対し、被控訴人は、鑑定人について上記条件に固執し、そうでない限り、鑑定として実施する意義はないと主張して譲らなかったため、裁判所としては、やむなく鑑定の採用実施を断念するに至ったものである。この問題は、当審の審理の中で最も重大なものであり、口頭弁論期日等において、当事者双方が最も力を注いで弁論した点であり、裁判所も最も重視し、慎重に審理決断した点であった。
 そうすると、被控訴人は、D-2-3 実験の合理性について、必要な立証を自ら放棄したものと同視すべきものであり、D-2-3 実験の合理性はないものといわざるを得ない。
3 争点1のウ(控訴人が行ったヒト歯を用いた実験の結果が、D-2-3 実験の不合理性を明らかにするものであるか否か)について
(1) 甲130によれば、O1ヒト歯実験は、以下のとおりのものであることが認められる。
ア ヒト第3大臼歯健全抜去歯から歯冠エナメル質を切り出して作製したエナメル質ペレットを脱灰した後、義歯に取り付け、この義歯を装着した被験者(当初50名、回収数47名、脱灰不良等により除外4名で最終的なデータとしたのは43例)が1日4回(各20分間)検査試料のガム(キシリトール+2又はポスカム)を噛み、1週間継続した後、2回目の試験として、もう一方の検査試料でこれを繰り返した。
イ 上記アの咀嚼の終了後、義歯から取り外したエナメル質ペレットを用いて、100μmの切片を作製し、CMR撮影をした。撮影条件は、X線発生装置として、SOFTEX社製CSM−2を用い、管電圧10kV、管電流4.6mA、照射時間10分、フィルムをコニカ社製High Resolution Plate とした。このCMR画像を解析して、脱灰深度ld 及びミネラル喪失量Δ Z を測定した。
ウ 測定の結果は、ミネラル喪失量Δ Z による再石灰化率(平均値)は、ポスカムの7.89%に対し、キシリトール+2が14.58%であり、脱灰深度ldによる再石灰化率(平均値)は、ポスカムの3.41%に対し、キシリトール+2が7.74%であった。
(2) ところで、控訴人は、ヒトに対する効果は、実際にヒトを対象とする試験を行って、初めて実証できるものであり、D-2-3 実験は、ウシ歯を使用した点でも問題があると主張する。しかしながら、ヒトに対する効果の実証という面では、一般論として、控訴人主張のようにいうことができるとしても、実際にヒトを対象とする試験については、倫理上の問題が生ずることがあるなど、考慮しなければならない他の側面も有しており(甲130によれば、O1ヒト歯実験は、O大学歯学部倫理審査委員会の審議を経て実施されたことが認められる。)、ウシ歯を使用した試験がヒト歯を使用した試験に劣るものと一概にいうことはできない。加えて、ヒト歯の再石灰化促進効果の評価に当たり、ウシエナメル質がヒトエナメル質に代わる標準的な物質として受け入れられていることは、内外の多くの研究者の一致するところであり(乙1の1、2の1、3の1、76、122、147、204の1等)、J1教授らは、ウシエナメル質による結果とヒトエナメル質による結果との間に有意の差異はないとの学会報告をしたこともある(乙204の1)こと、控訴人による、キシリトール+2に係る特定保健用食品表示の許可申請に添付された再石灰化効果の資料は、ウシ歯を用いた実験を内容とするものである(乙19の2、3)ことを総合すれば、ヒト歯の再石灰化促進効果の評価に当たり、ウシエナメル質を試料として用いることは、科学的合理性を有し、かつ、本件比較広告が実施された当時、通常の方法であったことが認められる。そうすると、D-2-3 実験は、それがウシ歯を使用したという理由によっては、不合理であるとするということはできない。
(3) O1ヒト歯実験につき、R1教授は報告書(甲139の1)により、F1教授は控訴人宛て書簡(甲160)により、正しく客観的な方法で(あるいは適切な方法で)実施されたと評価している。他方、L博士及びS博士連名の鑑定書(乙168の1)、L博士の鑑定書(乙192、210)、J1教授の鑑定書(乙204の1)は、O1ヒト歯実験のCMR撮影における管電圧10kVが切片の厚さ100μmに対して低過ぎること等を理由として、同実験の結果に信頼性がないとするものである。そして、この点に関しては、上記F1教授の書簡でも「X線の条件は電圧と電流が低い」ことが指摘されており(甲160の3頁本文下から6〜5行、訳文4頁末行)、同書簡は、それにもかかわらず、「結果は優良である(the end result wasgood)」とするものであるが、この「結果」が何を意味しており、また、管電圧と管電流が低過ぎるのに、何故に結果が優良であるといえるのかは、同書簡上、明らかではない。そうすると、O1ヒト歯実験の結果の信頼性を直ちに肯定することはできず、これを根拠として、D-2-3 実験の不合理性を明らかにするものということはできない。
4 争点2(本件比較表示を含む広告宣伝を行うことが、不正競争防止法2条1項14号所定の虚偽事実の陳述流布に当たるか、また、当該広告宣伝が、同項13号所定の品質等誤認表示に当たるか)について
(1) 新聞広告として掲載された本件比較広告(甲8の1〜8の6)のうち、平成15年5月22日付け朝日新聞夕刊に掲載されたもの(甲8の1)及び同日付け読売新聞夕刊に掲載されたもの(甲8の2)は、@「一般的なキシリトールガムに比べ、約5倍の再石灰化効果を実現。」との本件比較表示の記載があり、A広告中央に、ヒト歯の写真を背景に「ヒト唾液浸漬法での一般的なキシリトールガムとの比較試験」と題して、一般的なキシリトールガムの再石灰化率が5%程度であること、これに対し、ポスカムの再石灰化率が30%を超え、両者の差が5.35倍であることを示す棒グラフが掲記されており、B広告右下に、「POs−Caのすぐれた再石灰化効果(7日後)」と題して、左側に、脱灰された状態からほとんど変化がない写真が、右側には、歯の表面までほぼ再石灰化が生じている写真が表示されている。なお、@の部分の脚注(*2)には、TIGG 論文の表示とともに、D-2-3 実験の4日間処理の内容が、4日間浸漬したことを含めて、記載されており、また、Bの部分の脚注(*5)には、「POs−Caを含まない溶液(左の写真)、あるいは0.07%POs−Caを含んだ溶液(右の写真)に、脱灰したエナメル歯片を37℃7日間浸漬した後、歯片断面を走査型電子顕微鏡で撮影した(詳細は*2の文献に掲載)」と記載されている。
 他方、同年6月4日付け産経新聞に掲載されたもの(甲8の3)、同日付毎日新聞に掲載されたもの(甲8の4)、同日付日本経済新聞に掲載されたもの(甲8の5)は、「ポスカムは、一般的なキシリトールガムに比べ、約5倍の再石灰化効果を実現しました。」との、上記@と同旨の本件比較表示の記載はあるが、Aのヒト歯の写真や棒グラフはなく、Bの2枚の写真もない。また、同年6月24日付朝日新聞に掲載されたもの(甲8の6)は、上記@と同旨の記載と、Aのうちヒト歯の写真はあるが、Aの棒グラフやBの2枚の写真はない。
 なお、上記@と同旨の本件比較表示は、その後、平成16年5月ころまで、製品を収納するボール箱などで使用された(上記第2の1)。
(2) 上記@の本件比較表示の記載及びAの記載中の「一般的なキシリトールガム」がキシリトール+2を指すことは、上記第2の1(原判決5頁24〜25行)のとおりであるから、本件比較広告の本件比較表示やAの棒グラフは、被控訴人の製品であるポスカムが、控訴人の製品であるキシリトール+2の約5倍の再石灰化効果を有することを表示するものである。しかしながら、その根拠であるD-2-3 実験が合理性を欠くものといわざるを得ないことは、上記2の(5)のとおりであり、他にポスカムの再石灰化効果がキシリトール+2の約5倍であるということの根拠は何ら主張されていないから、ポスカムが、キシリトール+2の約5倍の再石灰化効果を有するというのは、客観的事実に沿わない虚偽の事実というべきであり、被控訴人が、上記@の本件比較表示やAの棒グラフを含む本件比較広告を実施した行為は、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布する行為として、不正競争防止法2条1項14号に該当するものである。
 また、本件比較広告がポスカムに関するものであることは明らかであるところ、上記のとおり、@の本件比較表示やAの棒グラフは、ポスカムがキシリトール+2の約5倍の再石灰化効果を有することを表示するものであり、かつ、それが客観的事実に沿わないのであるから、本件比較広告のこれらの部分は、ポスカムの品質を誤認させるものというべく、したがって、被控訴人が、これらの部分を含む本件比較広告を実施した行為は、同項13号に該当するものである。
(3) ところで、控訴人は、本件比較広告が不正競争防止法2条1項14号、同項13号に該当する事由として、D-2-3 実験が合理性を欠くということのほか、本件比較広告がD-2-3 実験と乖離しているとも主張するので、以下、この点につき検討する。
ア まず、控訴人は、本件比較広告が、D-2-3 実験の脱灰深度ld を根拠としながら、「再石灰化効果」(ミネラルを補うこと)の差が5倍であると記載している点で、D-2-3 実験の内容から乖離していると主張するが、脱灰深度ld の回復も喪失ミネラルの回復ということができるものであり、本件比較広告が、この点でD-2-3 実験の内容から乖離しているということはできない。なお、上記1の(1)のオ、カのとおり、D-2-3 実験において、ミネラル喪失量Δ Z を基準としたキシリトール+2の再石灰化率は、4日間処理、8日間処理ともマイナスとされ、このことによれば、再石灰化が病変深部に生じたものと推認されるのであるから、本件比較広告において、ミネラル喪失量Δ Z の結果を採用しなかったことを不合理とすることはできない。
イ 控訴人は、本件比較広告が、ウシ歯で得られた5倍という定量的な結果を、ヒト歯に対する効果として記載している点でD-2-3 実験の内容から乖離していると主張するが、上記3の(2)のとおり、ヒト歯の再石灰化促進効果の評価に当たり、ウシエナメル質を試料として用いることは、科学的合理性を有し、かつ、本件比較広告が実施された当時、通常の方法であったものと認められることにかんがみれば、本件比較広告に、D-2-3 実験においてウシ歯が使用されたことの表示がなかったとしても、直ちに、本件比較広告が不正競争防止法2条1項14号、同項13号に該当するということはできない。
ウ 控訴人は、D-2-3 実験において、4日間処理ではリカルデントの再石灰化効果がマイナスという不可解な結果となり、また、8日間処理では、キシリトール+2の脱灰深度ld 回復率とポスカムの脱灰深度ld 回復率との差が小さくなっているのに、本件比較広告には、これらの点が記載されていない点で、本件比較広告は、D-2-3 実験の内容と乖離があると主張する。しかるところ、4日間処理で、リカルデントの再石灰化効果が−3.5%を示したものとされたことは、上記1の(1)のオのとおりであるが、この程度のマイナスの値は誤差の範囲に含まれないとはいえず、8日間処理ではリカルデントの再石灰効果が12.0%を示しているとされていることを併せ考えると、格別不可解ということはできない。また、本件比較広告に、ポスカムとキシリトール+2との間の「約5倍」の差が4日間処理の結果生じたことが、記載されていることは、上記(1)のとおりであり、加えて、8日間処理においても、5倍にまでは至らないとしても、脱灰深度ld を基準とするポスカムの再石灰化率は、キシリトール+2の2.4倍以上を示したとされていることを併せ考えれば、本件比較広告は、8日間処理の結果が記載されていなくとも、不正競争防止法2条1項14号、同項13号に該当するということはできない。
エ 控訴人は、本件比較広告の上記(1)のBの2枚の写真のうち左側の写真がキシリトール+2に関するもので、キシリトール+2は7日間経過してもほとんど再石灰化が生じないが、ポスカムではほぼ脱灰部分が再石灰化して改善すると理解させる内容となっているとして、本件比較広告が、D-2-3 実験の内容と乖離があると主張するが、上記(1)で認定したBの表示内容に照らしても、また、本件比較広告(甲8の1、8の2)全体の構成から見ても、Bの左側の写真がキシリトール+2に関するものと理解されるとは認められず、かえって、Bの2枚の写真に表示された再石灰化率の相違は、5倍をはるかに超えるものと認識されることや、上記(1)のとおり、「約5倍」の根拠として記載されている実験に係る「4日間浸漬した」旨の記載と、Bの写真に係る「7日間浸漬した」との記載の間に齟齬があること、Bの脚注(*5)の内容等に照らせば、Bの部分は、「一般的なキシリトールガム」と関係を有するものでないことが、たやすく見て取れるものである。したがって、控訴人の上記主張は、その前提を欠くものである。
オ 控訴人は、TIGG 論文に、ポスカムがキシリトール+2の5倍も再石灰化効果が高いというような記載はないから、本件比較広告はTIGG 論文の内容からも乖離したものであると主張する。しかしながら、TIGG 論文には、脱灰深度ld に係る4日間処理の再石灰化率において、ポスカムの値がキシリトール+2の値の5倍以上であるとするD-2-3 実験の結果が記載されており、本件比較広告は、この実験結果を根拠とするものであって、同論文の本文中にその結果が改めて摘示されているかどうかと、直接関係を有するものではないから、上記主張は失当である。
カ 以上のとおり、本件比較広告が不正競争防止法2条1項14号、同項13号に該当する事由として、本件比較広告がD-2-3 実験と乖離しているとする控訴人の主張はすべて失当である。
 なお、控訴人は、D-2-3 実験が、TIGG 誌の「MINI REVIEW」として掲載されたことについても、本件比較広告が上記不正競争該当事由であるかのように主張するが、本件比較広告が不正競争防止法2条1項14号、同項13号に該当するかどうかは、D-2-3 実験自体の合理性の有無の問題であって、その掲載媒体や掲載形式の問題ではないから、控訴人の上記主張は、それ自体失当である。
 したがって、本件比較広告が不正競争防止法2条1項14号、同項13号に該当する事由は、その唯一の根拠であるD-2-3 実験の合理性の欠如という点に尽きるものである。
5 争点3(控訴人の差止請求並びに損害賠償及び謝罪広告の請求の可否等)について
(1) 以上のとおりであるから、控訴人は、不正競争防止法3条1項により、被控訴人に対し、本件比較広告の差止めを請求することができる。被控訴人は、既に本件比較広告の実施を止めており、今後これを再開することはないと主張するが、上記4の(1)のとおり、本件比較広告の実施が平成16年5月ころまでなされていたこと、被控訴人は、本訴において、D-2-3 実験の合理性を主張して本件比較広告が不正競争防止法2条1項14号、同項13号に該当することを争っていることにかんがみれば、本件比較広告の差止めの必要性がないということはできない。
(2) 上記4の(3)のとおり、本件比較広告が不正競争防止法2条1項14号、同項13号に該当する事由は、その唯一の根拠であるD-2-3 実験が合理性を欠くという点にあるが、上記2の(4)のウのとおり、D-2-3 実験の方法や実験条件自体には、特段不合理な点はなく、D-2-3 実験の合理性を失わせる事情は、D-2-3 実験の結果の最も重要な部分での実験結果そのものに関して生じ、そのゆえに結果の信頼性に問題を生じたという態様で発現したものである。そして、このような不合理な実験結果は、C1助教授によって実施されたD-2-3 実験のTMR撮影とその撮影画像の解析処理を経て導かれるものであるところ、この部分に被控訴人が関与したことを認めるに足りる証拠はなく、また、C1助教授による処理が適正に行われたことを被控訴人が疑うべき事情があったと認めるに足りる証拠もない。
 そうすると、本件比較広告が不正競争防止法2条1項14号、同項13号に該当するとしても、その点につき、被控訴人に、故意又は過失があったことを直ちに認めることはできない。
 したがって、控訴人による損害賠償及び謝罪広告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
6 結論
 以上によれば、控訴人の請求は、本件比較広告の差止めを請求する限度で理由があり、その余は理由がないから、原判決をそのように変更することにし、訴訟費用の負担につき民訴法67条、64条を適用して、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 塚原朋一
 裁判官 石原直樹
 裁判官 高野輝久


(別紙)
第1 目録
 商品種類 粒タイプガム
 商品名 ポスカム<クリアドライ>

(別紙)
第2 目録
 ポスカム<クリアドライ>は、一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現。

第3 目録
 謝罪広告
 当社は、平成15年5月20日以降、各新聞紙上において、当社商品であるポスカム<クリアドライ>に関し、「一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰(別紙)化効果を実現」するとの広告を掲載しました。しかし、当社商品であるポスカム<クリアドライ>に関し、「一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現」するとの記載は虚偽のものでした。消費者の皆様には、虚偽の表示により商品内容の誤認を生ぜしめ多大な御迷惑をお掛け致しました。また、キシリトールガムを販売されております株式会社ロッテ殿に対し、当社の虚偽記載により、多大なる御迷惑をお掛け致しましたことを謹んでお詫び申し上げます。
 平成年月日
 大阪市○○区△△○丁目○番○号
 江崎グリコ株式会社
 代表取締役社長 Y
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/