判例全文 line
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【事件名】類似薬剤の不正競争事件C(2)
【年月日】平成18年9月28日
 知財高裁 平成18年(ネ)第10012号 不正競争行為差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成17年(ワ)第5654号)
 (平成18年7月18日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 エーザイ株式会社
同訴訟代理人弁護士 田中克郎
同 中村勝彦
同 長坂省
同 藤井基
同 柏健吾
同 太田知成
同 伊勢智子
同 宮下央
同訴訟復代理人弁護士 根本浩
被控訴人 小林薬学工業株式会社
被控訴人 日医工株式会社
被控訴人ら訴訟代理人弁護士 新保克芳
同 三森仁
同 服部薫


主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴人が当審において追加した予備的請求をいずれも棄却する。
3 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らは、原判決別紙被告標章目録1記載の表示を付したPTPシート及び同目録2記載の表示を付したカプセルを使用した胃潰瘍治療剤を製造し、又は販売してはならない。
(3) 被控訴人らは、その占有に係る前項記載の商品を廃棄せよ。
(4) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して3933万円及びこれに対する平成17年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人らの負担とする。
(6) 仮執行宣言
 (上記(2)ないし(4)の請求は、主位的に不正競争防止法3条、4条に基づき、予備的に民法709条に基づくものである。なお、予備的請求は、当審において追加されたものである。)
2 被控訴人ら
主文同旨
第2 事案の概要
 控訴人、被控訴人らは、いずれも医薬品、医薬部外品等の製造、販売等を業とする株式会社である。
 本件は、控訴人が被控訴人らに対し、被控訴人小林薬学工業株式会社(以下「被控訴人小林薬学工業」という。)が製造し、被控訴人日医工株式会社(以下「被控訴人日医工」という。)が販売する胃潰瘍治療剤「コバルノンカプセル」(以下「被告商品」という。)が控訴人の販売する胃炎・胃潰瘍治療剤「セルベックスカプセル50mg」(以下「原告商品」という。)とカプセル及びPTPシートの色彩構成において類似し、被控訴人らによる被告商品の販売が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為に該当すると主張して、被告商品の販売等の差止め及び廃棄(同法3条)並びに損害賠償(同法4条)を請求したが、原判決が、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人が、これを不服として控訴を提起し、当審において、被控訴人らの行為が民法709条所定の一般不法行為にも該当することを主張して、これに基づく上記と同一の請求を予備的請求として追加した事案である。
 なお、控訴人が主張する原告商品のカプセル及びPTPシートの色彩構成は、緑色と白色の2色の組合せからなるカプセル及び銀色地に青色の文字等を付したPTPシートという色彩構成(以下、原判決と同様に「原告配色」という。)であり、控訴人は、この原告配色が不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に当たると主張するものである。
1 当事者の主張は、次のとおり当審における主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、略語については、当裁判所も原判決と同一のものを用いる。
2 控訴人の当審における主張
(1) 患者も「需要者」に該当すること
 患者は、医療用医薬品を自ら選択する権利(自己決定権)を有し、医療用医薬品に関心を有しており、処方を受けている医薬品が患者の知らないうちに先発品から後発品に変更されていれば、元に戻してほしいと考える患者が少なからず存在するし、医師の多くも患者が医療用医薬品の拒否権や変更権を有することを認めている(甲第18号証)。したがって、患者も医療用医薬品の「需要者」に該当し、その存在は医療用医薬品の取引においても重視されるべきである。
(2) 原告配色の商品等表示該当性
ア 商品等表示該当性の判断基準
 原判決は、商品の形態は本来的に商品の出所を表示する目的を有するものではないことを理由に、原告配色の商品等表示該当性の判断基準として、その色彩が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有していることを要すると判断した。
 しかし、医療用医薬品の場合、少なくとも患者は、商品の名称や製造・販売している会社名等を基準に自ら選択するわけではなく、医師や薬剤師等に処方された医療用医薬品をそのカプセル及びPTPシートの色彩等の外観で識別していることが多く、従前服用していた医療用医薬品と同様のカプセル及びPTPシートの外観を有する他の医療用医薬品が処方されたとしても、従前のものと誤認混同してそのままにしておくということが生じ得る。医療用医薬品においては、カプセル及びPTPシートの外観が持つ識別力は通常の商品とは全く異なるから、医療用医薬品のカプセル及びPTPシートの色彩等の形態が商品等表示に該当するか否かを検討する際には、当該色彩等の形態が他の商品と異なる顕著な特徴を有しているかどうかを重視すべきではない。
 また、原告配色を控訴人が独占したとしても、その他の事業者に与える不利益は原告商品と同様の色彩構成をカプセル形態の胃潰瘍治療剤に限って使用することができなくなるという極めて限定されたものにすぎない。被控訴人らは、周知な商品等表示である原告配色を用いて患者の自己決定権を奪っているのであり、カプセル及びPTPシートの色彩構成についての保護(独占の防止)を慎重にすべきであるとの理由から、このような被控訴人らを保護し、長年営々と努力して築き上げてきた原告商品への信用力に不当にフリーライドをされ、原告商品の売上げを不当に奪われている控訴人を保護しないのは、不正競争防止法2条1項1号の趣旨に反する。
イ 原告配色の顕著性
(ア) 顕著性の判断対象範囲
 医療用医薬品の市場においては、医療用医薬品の種別ごとの処方ランキングが存在し、医療用医薬品全体の市場が存在するとともに、その種別ごとの市場が存在するから、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成の商品等表示該当性は、医療用医薬品全体の中で判断するのではなく、胃潰瘍治療剤の中において判断すべきである。科研製薬株式会社の消化酵素製剤「セブンイー・P」(検乙第5号証)、東和薬品株式会社の抗生物質「セファレキシン・C『トーワ』」(検乙第6号証)、被控訴人らの抗生物質「セファレキシンカプセル『日医工』」(検乙第7号証)及び塩野義製薬株式会社の抗生物質「ケフレックスカプセル」(検乙第8号証)は、胃潰瘍治療剤でないから、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成の商品等表示該当性を判断する上で考慮する必要はない。
(イ) 顕著性の判断時期
 原告配色の顕著性の有無を判断するに当たっては、原告配色が商品等表示性を獲得した後、それが希釈化されたか否かを判断すべきである。原告カプセル及び原告PTPシートは、昭和59年12月の販売開始以来、現在まで同一の色彩構成を使用して販売され、平成9年に後発品が販売されるまでは、控訴人がこの色彩構成を独占してきたから、遅くとも平成9年には商品等表示として機能するようになっており、その後も高いシェアを維持している。販売数や処方数において、原告商品は後発品を大きく上回っており、後発品が発売されたことによって、原告配色の自他商品識別力は希釈されていない。また、原告商品の後発品以外の胃潰瘍治療剤も需要者に周知されていないので、原告配色の商品等表示該当性に影響を与えていない。
(ウ) 色彩の相違
 緑色系の色と白色系の色の組合せによるカプセル及び銀色地に青色系の文字等が書かれたPTPシートの双方が用いられている医療用医薬品のうち、ゼリア新薬工業株式会社の胃潰瘍治療剤「アシノンカプセル150」(検乙第3号証)、住友製薬株式会社の胃潰瘍治療剤「ゲファニールカプセル50」(検乙第4号証)、科研製薬株式会社の消化酵素製剤「セブンイー・P」(検乙第5号証)、東和薬品株式会社の抗生物質「セファレキシン・C『トーワ』」(検乙第6号証)、被控訴人らの抗生物質「セファレキシンカプセル『日医工』」(検乙第7号証)及び塩野義製薬株式会社の抗生物質「ケフレックスカプセル」(検乙第8号証)に使用されている「緑色系」の色彩と原告商品及びその後発品に使用されている「緑色系」の色彩とが異なることは一見して明らかであるから、これらの薬剤があることから、原告配色の顕著性を否定することはできない。
 原告商品における「緑色系」の色は、正確には「灰青緑色」であり、上記の薬剤の「緑色系」の色彩とは、着色の濃淡の違いにとどまらず、離隔的に観察しても明確に識別することができる。色差及び吸光度を測定すると、原告商品と被告商品を含む後発品の色は非常に類似しているのに対し、後発品以外で緑色系の色と白色系の色の組合せによるカプセルの色とは類似していない(甲第61号証)
 また、原告配色においては、@カプセルが緑色系の色と白色系の色の組合せによること、APTPシートが銀色地に青色系の文字等が書かれていることの双方に着目すべきであり、胃潰瘍治療剤として@及びAのいずれも満たすものは、原告商品及び被告商品以外にほとんど存在しない。さらに、医療用医薬品全体からみても、@及びAのいずれも満たすもので原告商品ほど出回っているものは存在しない。
(エ) 原告配色の商品識別等に果たす役割
 医師や薬剤師等の医療関係者も、商品名だけでなく、カプセル及びPTPシートの色彩構成から医療用医薬品を識別することがあり(甲第18号証)、医療関係者や患者の多くは、原告商品のデザインを見れば、セルベックス又はいつも服用している胃薬であるとの認識を持つ(甲第20号証の1ないし125)。また、患者は、一般に、自分が服用している医療用医薬品の販売名を覚えておらず、カプセル及びPTPシートの外観で識別しているのが実情である(甲第18号証)。
(3) 一般不法行為に基づく請求(当審で追加した予備的請求)
 仮に被控訴人らによる被告商品の販売が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為に該当しないとしても、以下の事情を考慮すれば、被控訴人らの被告商品の製造販売行為は、公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものであるから、民法709条所定の一般不法行為を構成する。これにより、控訴人は、原告商品の売上高の減少という経済的損失を被っており、その額は、3933万円を下らない。
ア 被告商品を含む後発品は、先発品と成分が同一であり、先発品よりも薬価が低いにもかかわらず、後発品メーカーのMRが少なく、安全性に関する情報提供が不足し、医師等及び患者が後発品に対して漠然とした不安感を抱くため、一向に普及しない。そこで、被控訴人らを含む後発品メーカーは、後発品の外観を先発品と酷似させ、医師等及び患者に誤認混同を起こさせる方法で後発品の売上げ拡大を狙っている。また、患者に処方する薬剤を先発品から後発品に変更する際に、両者の違いを説明しない医師がいるところ、被控訴人らは、このような実態を認識しつつ、カプセル及びPTPシートの色彩構成を先発品である原告商品の色彩構成と酷似させ、患者に誤認混同を起こさせ、患者の自己決定権を侵害している。
イ 被控訴人らの模倣の程度は、単なる類似に止まらず、いわゆるデッドコピーというべきもので、酷似している。
ウ 被告商品は、先発品である原告商品と成分が同一である後発品に該当するから、原告商品と直接的競合関係にあり、被告商品が患者の混同等を利用して売上げを伸ばせば、原告商品の売上げを不当に奪う結果となる。
エ 控訴人は、原告商品の外観を決定するために、アンケートを行ったり、検討を繰り返した上で、医師、薬剤師のみならず、患者にも受け入れられやすいものとした。また、控訴人は、適切な情報提供活動を展開し、安全供給体制の確立・維持に努力してきた。このようにして得られた原告商品の外観に対する絶大な信頼に基づく控訴人の経済的利益は、十分法的保護に値する。
オ 後発品が販売されるのは、先発品についての特許権の存続期間が満了した後であるところ、控訴人が求めているのは、特許権が消滅した後における当該発明を実施した商品の販売の差止めではなく、原告商品の外観を模倣して後発品を販売する行為の差止めである。したがって、被控訴人らが原告商品の外観とは異なる外観の後発品を販売することは妨げられないのであって、控訴人の請求が認められても、不当な独占にはならない。
3 被控訴人らの当審における主張の要点
(1) 原告配色の商品等表示該当性
ア 商品等表示該当性の判断基準
 原告商品の「外観」とは、カプセルが緑色と白色の2色からなること及びPTPシートが銀色地に青色文字が付されているという単純な色彩の単純な組合せにすぎず、それ自体で商品の出所を表示し得るものではない。
イ 顕著性の判断対象となる「同種商品」
 本件における「需要者」は、医師や薬剤師等、日常的に数多くの患者に接し、多種多様な薬剤を処方・使用している者であるから、原告商品の商品等表示性は、医療用医薬品全体の中で顕著な特徴が認められるか否かによって判断すべきである。
 仮に、患者も「需要者」に含まれるとしても、ある患者が同時に複数の疾病に罹患したり、一つの疾病について多種多様な薬剤が処方されることがあるから、商品等表示性の判断対象となる「同種商品」は医療用医薬品全体とすべきである。
ウ 色彩の相違
 原告商品の配色の顕著性を判断する上では、同種商品の配色が完全に同一か否かは問題ではなく、色相や濃淡を厳密に区別するのは相当でない。この見地からみれば、原告配色は、同種商品と比べて特徴的といえるほどのものではない。
エ 原告配色の顕著性
 原告商品の後発品が発売された平成9年以前において、カプセルの緑と白の組合せはありふれた色彩構成であった(検乙第3ないし5号証、乙第5号証の1及び3)。
 先発品と後発品との不正競争の問題が生ずるのは、先発品と後発品の双方を購入する医療機関に限られ、このような医療機関において、後発品は相当高いシェアを有するから(乙第6号証及び第7号証)、控訴人が損害賠償請求の対象とする行為の始点である平成14年3月の時点において、原告配色の顕著性は失われていた。
オ 医療用医薬品における商品識別
 医療用医薬品は、通常、製薬会社から直接又は卸を介して医療機関等に納入され、その取引においては、製薬会社、製品名、効能、価格等が基準となって取引されるのであり、商品の配色で取引されることはあり得ない。また、医師が処方する際、商品の配色に依拠して医薬品を選択することは考えられない。患者が処方について希望を述べる場合においても、薬効や副作用についてであり、専門家である医師の助言を受けて選択するのであって、外観によって選択することはない。さらに、医師が処方箋に有効成分の一般名称を記載し、患者が調剤薬局等において薬剤を選択するときでも、薬剤師が商品名を用いた説明等をしないで、患者に選択させることは考え難い。したがって、医療用医薬品においては、その外観に依拠して選択が行われることは考え難いから、カプセル及びPTPシートの外観が誤って使用又は服用しないために一定の役割を果たすことはあっても、自他商品識別機能を発揮することはない。
(2) 患者の「需要者」該当性
 ある商品について最終的選択ができない者については、商品等表示によって「顧客を獲得する行為」が想定されないから、そのような者は「需要者」に該当しない。医療機関においては、患者が医薬品の選択について希望を述べることはあっても、患者に最終的に選択する選択権はないから、不正競争防止法2条1項1号の「需要者」には含まれない。
(3) 一般不法行為に基づく請求(当審で追加した予備的請求)について
 特別法である不正競争防止法による保護が受けられない場合においても、一般不法行為が成立し得るのは、「公正な競争として社会的に許容される限度を超える」場合に限られる。先発品と効能効果が同じ後発品を販売すること自体は適法な行為であることを考慮すると、不正競争防止法上の「商品等表示」に該当せず、不公正な取引とは認められなかった場合に、特段の事情がない限り、後発品の販売が「社会的に許容される限度を超える」と判断される余地はない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、原告配色は出所表示機能ないし自他商品識別機能を備えたものとは認められないから、不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」に該当するものではなく、被控訴人らによる被告商品の販売が不正競争行為に該当することを理由とする控訴人の主位的請求はいずれも理由がないと判断する。また、控訴人が当審において追加した、被控訴人らの行為が民法709条所定の一般不法行為に該当することを理由とする予備的請求もまた理由がないと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」について
(1) 色彩(色彩構成)の商品等表示性
 不正競争防止法2条1項1号が、他人の周知な商品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用することをもって不正競争行為と定めた趣旨は、周知な商品等表示に類似する商品等表示を使用することにより、需要者ないし取引者に当該商品等の出所を誤認させ、他人の営業上の信用にただ乗りをして顧客を獲得する行為を防止することにより、周知な商品等表示に化体された営業上の信用を保護するとともに、事業者間の公正な競争を確保することにあると解される。
 そして、不正競争防止法2条1項1号において、「商品等表示」とは「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう」と規定されているところ、商品やその容器等の外観に表れた色彩(色彩構成)も、一応、同号にいう「商品等表示」に当たり得るものといえる。
 もっとも、不正競争防止法2条1項1号の趣旨や、同号において「商品等表示」が「人の業務に係る・・・商品又は営業を表示するものをいう」と定められていることからすれば、同号にいう「商品等表示」は、商品等表示それ自体が客観的に自他識別機能ないし出所表示機能を備えていることが必要であることはいうまでもないところ、商品あるいはその包装の色彩や色彩構成(複数の色彩の組合せ)は、商標等と異なり、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではなく、その色彩や色彩構成自体が商品と結合して特定の出所を表示する二次的意味を有するに至る場合があるにすぎないものである。
 また、色彩は、文字、図形、記号等と結合した場合には、商標法上の商標となり得るし(同法2条1項)、物品の形状、模様等と結合した場合には、意匠法上の意匠(同法2条1項)となり得るものであるが、本来、色彩(色)それ自体の使用は、何人も自由に行うことができるものであり、色彩あるいは色彩構成を商品等表示として不正競争防止法によって保護することは、工業所有権制度によることなく、本来自由に使用できる色彩について特定の事業者の独占を認める結果になることにも留意する必要がある。
 したがって、色彩あるいは色彩構成自体が商品と結合して出所表示機能を有し、不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」に当たるといえるためには、その色彩をその商品に使用することの特異性など、少なくとも当該色彩あるいは色彩構成が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有していることが必要であるというべきであり、また、その商品等表示該当性を判断するに当たっては、上記顕著な特徴を有することに加えて、さらに当該商品について当該色彩あるいは色彩構成の使用継続性の程度、需要者が識別要素として当該色彩あるいは色彩構成に着目する度合いなどをも考慮して検討されなければならないというべきである。
(2) 原告カプセル及び原告PTPシートの商品等表示性
 原告カプセルは商品の一部であり、原告PTPシートは商品の包装であるから、それらの外観に現れた色彩構成も不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に一応当たり得るものといえる。
(3) 原告配色の商品等表示性
ア 前記のとおり、原告配色が出所表示機能を有し、不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」に当たるといえるためには、その色彩をその商品に使用することの特異性など、少なくとも当該配色が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有していることが必要である。
 この点について、控訴人は、医療用医薬品の場合、そのカプセル及びPTPシートの色彩等の形態が商品等表示に該当するか否かを検討する際には、当該色彩等の形態が他の商品と異なる顕著な特徴を有しているかどうかを重視すべきではない旨主張する。しかし、前記のとおり、色彩自体は本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではなく、一定の場合に特定の出所を表示する二次的意味を有するに至る場合があるにすぎないものであり、しかも、色彩は本来何人も自由に使用することのできるものであるから、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成について、商品を他から識別して特定の出所を表示する機能を備えているものとして、その独占を認めるためには、少なくともそれがありふれたものではない顕著な特徴を有していることが必要であると解すべきであり、このことは医療用医薬品についても何ら異なるところはないというべきである。
 なお、控訴人は、原告配色を控訴人が独占したとしても、その他の事業者に与える不利益は原告商品と同様の色彩構成をカプセル形態の胃潰瘍治療剤に限って使用することができなくなるという極めて限定されたものにすぎないなどとも主張しているが、本来何人も自由に使用することのできる色彩について、特定の事業者の独占を認めることは、それがカプセル形態の胃潰瘍治療剤の範囲に限られるとしても、他の事業者に与える不利益は大きいものがあるといわざるを得ないのであり、色彩あるいは色彩構成が商品等表示に当たるといえるためには、少なくともそれがありふれたものではない顕著な特徴を有していることが必要であるというべきである。
イ ところで、原告配色が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているかどうかを検討するに当たって、同種商品の範囲をどのようにとらえるかについて、控訴人は、医療用医薬品の種別ごとの処方ランキングが存在し、医療用医薬品の種別ごとの市場が存在するから、原告配色の商品等表示該当性は医療用医薬品全体の中で判断するのではなく、胃潰瘍治療剤の中において判断すべきであると主張する。
 原告商品及び被告商品が医療用医薬品であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、医療用医薬品は、製薬会社等から医療機関等に販売され、そこで具体的処方があるまで保管され、医師の処方により患者に対して使用され、患者はその薬剤の対価を負担するものであることが認められる。医師等は、日常的に数多くの患者に接し、様々な薬剤を処方・使用しているところ、医師等が日常的に接する患者は、胃潰瘍に限らず多種多様な疾病に罹患しているのであり、一人の患者が同時に複数の疾病に罹患していることも少なくない。また、処方箋により医療用医薬品の調剤を行う調剤薬局においては、複数の医師からの処方箋に対応するため、非常に多くの種類の医薬品を取り扱うものであり、調剤薬局が日常的に取り扱う医療用医薬品も胃潰瘍治療剤に限らず、多種多様である上、複数の種類の医療用医薬品が処方された患者に対し、処方に係る複数種類の医療用医薬品を調剤する場合も多い。このように、医師等が日常的に胃潰瘍治療剤に限らず、多種多様な医療用医薬品を取り扱っている実態からすれば、医療機関等において医療用医薬品がその種類や薬効によって分類・保管されているとしても、原告商品についての「同種商品」は、医療用医薬品全体をいうものと解すべきである。
 控訴人は、医療用医薬品の種別ごとの処方ランキングが存在することを根拠の一つとして挙げるが、同種商品の範囲は、上記のように同種商品が通常の取引においてどのように取り扱われているかの観点から判断されるべきであって、処方ランキングの存在は、これと何の関係もない。
 以上のとおり、「同種商品」は胃潰瘍治療剤に限定されるとの控訴人の主張は採用することができず、原告配色が顕著な特徴を有しているどうかは、医療用医薬品全体を同種商品として検討されるべきであり、原告配色が出所表示機能を備えているかどうかも、医療用医薬品全体の中で判断すべきである。
2 原告配色についての具体的な検討
(1) 原告商品及び被告商品の形状等
原告商品及び被告商品の形状等に関する以下の事実は、当事者間に争いがない。
ア 原告商品
 控訴人は、昭和59年10月23日、原告商品の製造承認を受け、同年12月6日、原告商品の販売を開始した。原告商品は、原判決別紙原告標章目録2記載の剤型のカプセル(原告カプセル)が、同目録1記載のPTPシート(原告PTPシート)に装填された形態で販売されている。原告カプセルは、緑色及び白色の2色からなるカプセルであり、原告PTPシートは、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートである。
イ 被告商品
 被控訴人小林薬学工業は、被告商品の製造を行い、被控訴人日医工は、平成9年10月から、被告商品の販売を行っている。
 被告商品は、原判決別紙被告標章目録2記載の剤型のカプセル(被告カプセル)が、同目録1記載のPTPシート(被告PTPシート)に装填された形態で製造され、販売されている。
 被告PTPシートの表面の最上部には、被告商品の販売名である「コバルノンカプセル」の文字及び被控訴人小林薬学工業の社名の入ったマークが、他の表示と比較して注意を惹き付ける程度に大きく表示されている。その下部は、各段被告カプセル2錠ずつ5段から構成されており、表面には、「KK321」という商品コードが表示されるとともに、有効成分の含有量を示す「50mg」の文字が表示されている。被告カプセルには、「KK321」という記号が表示されている。
(2) 原告配色の顕著性
ア 乙第3号証、第5号証の1ないし3、第8号証及び検乙第2ないし第8号証、弁論の全趣旨並びに前提となる事実によれば、次の事実が認められる。
(ア) ゼリア新薬工業株式会社の胃潰瘍治療剤「アシノンカプセル150」(検乙第3号証)は、灰白色地に青色の文字等が記載されたPTPシートと、淡い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「アシノンカプセル150」は、平成2年9月に販売が開始された。
(イ) 住友製薬株式会社の胃潰瘍治療剤「ゲファニールカプセル50」(検乙第4号証)は、銀色地に緑色の文字等が記載されたPTPシートと、淡い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「ゲファニールカプセル50」は、昭和45年8月に販売が開始された。
(ウ) 科研製薬株式会社の消化酵素製剤「セブンイー・P」(検乙第5号証)は、銀色地に緑色の文字が記載されたPTPシートと、濃い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「セブンイー・P」は、昭和59年6月に販売が開始された。
(エ) 東和薬品株式会社の抗生物質「セファレキシン・C『トーワ』」(検乙第6号証)は、銀色地に青色の文字等が記載されたPTPシートと、濃い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「セファレキシン・C『トーワ』」は、昭和51年9月に販売が開始された。
(オ) 被控訴人日医工の抗生物質「セファレキシンカプセル『日医工』」(検乙第7号証)は、銀色地に緑色の文字等が記載されたPTPシートと、緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「セファレキシンカプセル『日医工』」は、昭和53年4月に販売が開始された。
(カ) 塩野義製薬株式会社の抗生物質「ケフレックスカプセル」(検乙第8号証)は、灰白色地に緑色の文字等が記載されたPTPシートと、緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「ケフレックスカプセル」は、昭和45年5月に販売が開始された。
(キ) 被告商品(検乙第2号証)は、銀色地に水色の文字等が記載されたPTPシートと、緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。被告商品は、平成9年10月に販売が開始された。
(ク) なお、上記のほかに、緑色系の色と白色系の色の組合せによるカプセル及び銀色地に青色系の文字等が書かれたPTPシートの双方が用いられている医療用医薬品として5種類のもの(スパネートカプセル40mg(日本新薬)、ニザチジンカプセル(大原)、ニザチンカプセル(沢井)、チザノンカプセル(大正)、アテミノンカプセル(大洋))がある。
(ケ) 被告商品以外にも、多数の後発品製造販売業者が、平成10年ころから、銀色地に青色の文字等を記載したPTPシートと、緑色と白色の2色からなるカプセルとで構成する医療用医薬品を販売している。
イ 上記認定の事実によれば、損害賠償請求の対象とされている行為の時点である平成14年3月から平成17年3月24日までの間において、PTPシートの素地の色を銀色とすること、PTPシートに記載する文字の色を青色とすること、カプセルを緑色と白色の2色からなるものとすることは、いずれも、医療用医薬品における特徴的な配色であるとはいえず、これらを単純に組み合わせた原告配色も、客観的に他の同種商品の配色とは異なる顕著な特徴を有しているとは認められない。そして、この判断は、差止等請求の判断基準時である本件口頭弁論終結時においても同様であり、また、被告商品をはじめとする後発品を除外して検討したとしても、その結論が左右されるものではない。
ウ 以上によれば、原告配色は、ありふれたもので、特異性はなく、他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているということはできないから、出所表示機能を有するものではなく、不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」であるということはできない。
エ 控訴人の主張について
(ア) 控訴人は、上記「セブンイー・P」、「セファレキシン・C『トーワ』」、「セファレキシンカプセル『日医工』」及び「ケフレックスカプセル」は胃潰瘍治療剤ではないから、原告配色の顕著性を判断する上で考慮する必要はないと主張するが、前記のとおり、原告配色が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているかどうかを検討するに当たっての基準となる「同種商品」は、医療用医薬品全体であるから、控訴人の主張は、採用することができない。
(イ) 控訴人は、胃潰瘍治療剤においては、原告商品の販売開始時(昭和59年12月)以前及び販売開始後、後発品の販売が開始された平成9年ころまでの約13年間、原告配色に類似した配色は用いられておらず、胃潰瘍治療剤において、原告配色は独自性を有し、遅くとも平成9年には商品等表示として機能するようになっていた旨主張する。
 しかし、前記のとおり、原告配色が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているかどうかを検討するに当たっての基準となる「同種商品」は、医療用医薬品全体であり、控訴人の上記主張は、これと異なる前提に立って原告配色の自他商品識別機能を主張するもので、失当である。
 そもそも、原告配色が周知商品等表示に当たるか否かは、差止請求については事実審の口頭弁論終結時、損害賠償請求については損害の発生期間として主張する平成14年3月から平成17年3月までを検討すべきであるから(最高裁昭和61年(オ)第30、31号同63年7月19日第三小法廷判決・民集42巻6号489頁)、原告配色が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているかどうかも、上記の時点で判断すべきものであるところ、仮に同種商品を胃潰瘍治療剤に限定するとしても、前記(2)ア認定の事実によれば、上記の時点において、原告配色が他の胃潰瘍治療剤の配色と異なる顕著な特徴を有しているとは認められない。
 また、控訴人は、後発医薬品の販売後も、原告商品は高いシェアを維持しており、後発医薬品が発売されたことによって、原告配色の自他商品識別力は希釈されていない旨主張する。
 しかし、上記前記(2)ア認定のとおり、多数の後発品製造販売業者が、平成10年ころから、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートと、緑色と白色の2色からなるカプセルとを有する医療用医薬品を販売しているのであるから、損害賠償請求の対象とされている行為の開始の時である平成14年3月には、既に3年以上の期間、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートと、緑色と白色の2色からなるカプセルとを有する多数の医療用医薬品が販売されていたものと認められる。そうすると、仮に、原告配色が、平成10年以前において、他の同種商品の配色とは異なる顕著な特徴を有しており、控訴人が主張するように、原告商品の胃潰瘍治療剤におけるシェアが圧倒的であるとしても、原告商品と同様の、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートと、緑色と白色の2色からなるカプセルとを有する医療用医薬品の種類及びそれらが販売された期間を考慮すれば、平成14年3月ころにおいて、原告配色は、その顕著性を有しなくなっていたというべきである。類似の色彩構成の同種商品が氾濫することにより、原告配色がありふれたものとなれば、需要者一般にとって原告配色と原告商品との結びつきが減弱することは否定できないのであるから、類似する色彩構成を採用した後発医薬品の販売を早期に阻止できなかった以上、原告配色が顕著な特徴を有しないと判断される結果となることはやむを得ないところである。
 以上のとおりであり、控訴人の上記主張はいずれも採用することができない。
(ウ) 控訴人は、原告カプセルにおける「緑色系」の色は、正確には「灰青緑色」であり(甲第32号証(乙第4号証100頁))、緑色系の色と白色系の色の組合せによるカプセル及び銀色地に青色系の文字等が書かれたPTPシートの双方が用いられている医療用医薬品のうち「アシノンカプセル150」、「ゲファニールカプセル50」、「セブンイー・P」、「セファレキシン・C『トーワ』」、「セファレキシンカプセル『日医工』」、「ケフレックスカプセル」に使用されている「緑色系」の色彩とは、着色の濃淡の違いに止まらず、隔離的に観察しても明確に識別することができるなどと主張する。
 しかし、原告商品、被告商品を含む医療用医薬品の通常の取引においては、色を識別するとしても、肉眼での観察によると考えられるから、控訴人の主張する色彩の相違は、需要者が肉眼で離隔的に観察した場合に、識別することができるものでなければならない。また、原告配色はカプセルの色とPTPシートの地の色及び文字の色との組合せであるから、PTPシートに入った状態でカプセルを観察する方法が最も原告配色に適合する。しかし、乙第3号証、第5号証の1ないし3及び第8号証の写真を肉眼で観察しても、「緑色系」とされる複数のカプセルから、原告カプセルを色で識別することは困難であり、検甲第1号証において、カプセル自体を直接肉眼で観察しても、識別は困難である。上記各薬剤と原告商品の色彩の差異を明確に識別できるとする控訴人の主張は採用できない。また、控訴人の提出する甲第61号証は、薬剤のカプセルの色差及び吸光度を機械で測定した結果であり、肉眼で観察した場合にもあてはまるとはいえない。
 なお、「灰青緑色」という色の名称は、一般的なものではなく、たとえ、肉眼で色調の違いを認識することができたとしても、需要者の記憶に残りにくい。当審で提出された甲第32号証は原告商品の添付文書であり、控訴人は原告商品の販売開始以来、色彩構成を変更していないと主張しているから、カプセルの色彩を「灰青緑色」と「淡橙色」の組合せと記載した文書が原告商品の販売開始時から存在したと考えられるにもかかわらず、控訴人は、原審の当初から、原告配色のうち、カプセルの色については、緑色系の色と白色系の色の組合せと主張してきたのであって、「灰青緑色」と「淡橙色」の組合せとは主張していない。したがって、控訴人自身においても、原告商品のカプセルの色彩を、「緑色系」という以上に「灰青緑色」とまで識別していなかったものと推認される。
(エ) 控訴人は、医師や薬剤師等の医療関係者も、商品名だけでなく、カプセル及びPTPシートの色彩構成から医療用医薬品を識別することがあり、医療関係者にとって医薬品の外観が医薬品の識別の際の重要な指標となっている旨主張する。
 しかし、医師は、患者の診療において高度の注意義務を負っている者であり、医師及び薬剤師等の医療関係者は、誤って処方と異なる薬剤を患者に交付することを防ぐ必要があるから、細心の注意力をもって医薬品を選別すべきことが要求されている医療関係者が貯蔵されている多数の医薬品の中から処方された薬剤を取り分けるときに、薬剤名よりもカプセル及びPTPシートの色彩構成に着目しているとは考えられない。乙第1号証によれば、誤投与を防ぐために、PTPシートに薬剤の販売名(薬剤名)を記載するよう指導が行われていることが認められ、原告商品、被告商品を含む医薬品のPTPシートには販売名が記載されているから、医療関係者が貯蔵されている多数の医薬品の中から処方された薬剤を取り分けるときには、販売名によって確認していると推認される。なお、甲第25号証には、錠剤の識別方法として「色」が有効だと答えた医師、薬剤師が多かったとの結果が記載されているが、同号証における識別は「医療ミスを防ぐため」のものであり(医療ミスを防ぐためであれば、成分が同一である先発品と後発品とは、同じ色にすべきことになる。)、薬剤の出所との関係での識別ではない。また、甲第20号証の1ないし125は、印刷された数行にわたる各質問事項に対して「はい」「いいえ」「わからない」との回答が用意された書面に、回答のいずれかを丸で囲み、署名又は記名押印するだけの方式のものであり、その実質的な質問事項(TないしW)もすべて誘導的な内容のもので、いわば回答を暗示して行われたアンケートともいうことができるから、その結果をそのまま信用することはできない。
(オ) 控訴人は、患者は、一般に、自分が服用している医療用医薬品の販売名を覚えておらず、カプセル及びPTPシートの外観で識別しているのが実情であり、患者の多くは、原告商品のデザインを見れば、セルベックス又はいつも服用している胃薬であるとの認識を持つに至っている旨主張する。
 前記認定のとおり、医療用医薬品は、製薬会社等から医療機関に販売され、医師の処方により患者に対して使用され、患者は使用された薬剤の対価を負担するものであり、患者が薬局等で処方箋なしに自らの選択で購入することはできない(患者が自ら医療用医薬品を積極的に選別するものでないことについては争いがない。)。しかし、通常の診療過程において、目的とする治療に適合した効能を有する薬剤が複数存在する場合に、医師が患者に対して各薬剤の内容や薬価について説明をした上で、患者に選択をさせることは想定されるし、医師が成分名を記載した処方箋を患者に交付して、患者が薬剤師から説明を受けた上で、同一成分の複数の薬剤の中から選択することも想定される。このように、患者が複数の薬剤の中から自己に使用される薬剤を選択することに関与することがあり得るし、最終的には、患者が対価を負担することを考えると、上記のような限度において、患者も医療用医薬品の「需要者」に該当するということができる。
 もっとも、患者が「需要者」に該当するとしても、本件において、胃潰瘍患者が、原告商品を原告配色によって他の胃潰瘍治療剤ないし医療用医薬品一般から識別していることを認めるに足りる証拠はない。
 甲第18号証によれば、医師、薬剤師ともに、医薬品処方時の患者への説明において、「効果・効能」、「服用方法」、「副作用」を説明する者が77パーセント以上であるのに対し、「外観(色・デザイン等)」を説明する者は、医師で8.0パーセント、薬剤師で16.5パーセントにすぎないとのアンケート結果が出ていることが認められる。これによると、患者が医師又は薬剤師から受ける説明においては、薬剤の効能、副作用が重要な事項として説明され、薬剤の外観は重視されていないことが認められる。また、説明時にカプセル及びPTPシートその他の薬剤の外観を患者に示すことが行われているとしても、それは患者が処方された複数の薬剤を誤って服用することを防ぐ目的でされているものであって、薬剤の出所との関係で示されているものではないとみるのが相当である。甲第18号証には、処方された医薬品が複数あるときに、患者が服用の際確認するのは、外観(色・デザイン等)が最も多いとのアンケート結果も記載されているが、処方された医薬品が複数あるときに、患者が服用の際、カプセル及びPTPシートの色彩等を確認するのは、上記と同様に、誤って服用することを防止するためであり、薬剤の出所との関係で識別しているものではないと考えられる(このことは、患者が高齢者の場合も同じである。)。なお、甲第23号証の1ないし4及び第24号証の1ないし11は、原告商品と他の同種商品との誤認混同についての調査結果であるが、その結果は、需要者が薬剤の出所を認識する場合において原告配色に着目していることを示すものではない。
 したがって、患者が薬剤の出所との関係で原告商品を原告配色によって識別している旨の控訴人の上記主張は採用することができない。
3 以上のとおり、原告配色は、不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に当たらず、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人らの被告商品の販売行為は、同号所定の不正競争行為に該当しないから、控訴人の主位的請求は理由がない。
4 不法行為に基づく請求(当審で追加した予備的請求)について
 控訴人は、被控訴人らの行為が仮に不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為に該当しないとしても、社会的に許容される限度を逸脱するものであるから、民法709条所定の一般不法行為を構成すると主張する。
 しかしながら、一般に、経済活動ないし取引行為は法令等による規制に抵触しない限り、原則としてこれを自由に行うことができるものというべきである。本件において、被控訴人らによる被告商品の販売が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為に該当しないことは既に判示したとおりであるから、被控訴人らにおいて専ら控訴人に損害を与えることを目的として被告商品を販売しているなどといった特段の事情のない限り、被控訴人らによる被告商品の製造販売行為が民法709条所定の一般不法行為を構成することはないというべきであるところ、本件に現れた事実関係及び全証拠を検討しても、そのような特段の事情の存在は認められない。したがって、被控訴人らの上記行為が民法709条所定の一般不法行為に該当することはないから、一般不法行為に基づく差止等請求が認められるか否かを判断するまでもなく、控訴人の予備的請求も理由がない。
5 以上によれば、控訴人の主位的請求は理由がなく、控訴人が当審において追加した予備的請求にも理由がない。よって、控訴人の主位的請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴をいずれも棄却し、当審において追加された予備的請求をいずれも棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条1項、61条を適用して、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官佐藤久夫
 裁判官三村量一
 裁判官古閑裕二
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