判例全文 line
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【事件名】類似薬剤の不正競争事件B(2)
【年月日】平成18年9月27日
 知財高裁 平成18年(ネ)第10011号 不正競争行為差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成17年(ワ)第5651号)
 (口頭弁論終結日 平成18年7月26日)

判決
控訴人エーザイ株式会社
訴訟代理人弁護士 田中克郎
同 中村勝彦
同 長坂省
同 藤井基
同 柏健吾
同 太田知成
同 伊勢智子
同 宮下央
訴訟復代理人弁護士 根本浩
被控訴人 東和薬品株式会社
訴訟代理人弁護士 新保克芳
同 三森仁
同 服部薫


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における新たな請求をいずれも棄却する。
3 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴人の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、原判決別紙被告標章目録1記載の表示を付したPTPシート及び同目録2記載の表示を付したカプセルを使用した胃潰瘍治療剤を製造し及び販売してはならない。
(3) 被控訴人は、その占有に係る前項記載の商品を廃棄せよ。
(4) 被控訴人は、控訴人に対し、124万9500円及びこれに対する平成17年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
(6) 仮執行宣言
2 当審における新たな請求(予備的請求)
 前記1(2)〜(4)と同旨
第2 事案の概要
【判決注、以下、略称は原判決の例による。】
1 控訴人(一審原告)は、医薬品の製造・販売等を業とする会社であるが、昭和59年12月から、いわゆる先発品である「セルベックスカプセル50mg」(販売名。テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤。原告商品)を製造販売している。一方、被控訴人(一審被告)も、医薬品の製造・販売等を業とする会社であるが、先発品の特許権の存続期間満了後に製造・販売が開始されるいわゆる後発品(ジェネリック医薬品)である「エクペックカプセル」(販売名。原告商品と同じくテプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤。被告商品)を、平成10年8月から製造販売している。
 そこで、控訴人は被控訴人に対し、原告商品のPTPシート及びカプセルの外観(配色を含む)が、原告商品の商品等表示として周知であり、上記外観と類似した外観を有する被告商品を販売することは不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当するとして、同法3条に基づき被告商品の製造販売の差止め及び廃棄と、同法4条に基づき損害賠償金等の支払を求めた。
2 原審の東京地裁は、平成18年1月18日、原告商品の配色(PTPシートが銀色地に青色の文字等が付されていること、及び、カプセルが緑色と白色の2色から成ること)は、客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有していたとはいえず、また特定の事業者の出所を表示するものとして周知性を備えていたということもできないとして、控訴人の請求を棄却したので、控訴人が控訴した。
3 当審に至り控訴人は、従前の請求(前記第1の1の(2)ないし(4))の予備的請求として、原告商品の外観と類似した外観を有する被告商品を被控訴人が製造販売する行為は不法行為にも該当するとして、民法709条に基づき被告商品の製造販売の差止め等及び損害賠償金等の支払を求めた。
第3 当事者の主張
 当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の第2「事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。
1 控訴人
(1) 争点(1)ア(原告商品の商品等表示性及び周知性)について原告カプセルの、緑色と白色の2色から成るという外観、及び、原告PTPシートの、銀色地に青色の文字等が付されたという外観は、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に該当する。
ア 原告商品の外観
(ア) 原告カプセルの外観は、緑色と白色の2色から成るものであるが、単純な緑色と白色の2色から構成されているのではなく、「灰青緑色」と「淡橙色」という特徴的な2色が組み合わされたものであり、かかる特徴的な2色の組み合わせは、原告商品の後発品以外には見当たらない極めて新規かつ特異な配色である。
(イ) カプセル形態の他の胃潰瘍治療剤を見れば明らかなように、カプセルに使用されている色は、「白色」、「金色」、「オレンジ色」、「青色」等と多数存在し、また、PTPシートについても、銀色地以外にも「金色「青色「オレンジ」、 」、 色」等と多数存在し、PTPシート上の文字色についても、青色以外にも「赤色」、「ピンク色」、「緑色」、「黒色」、「オレンジ色」等と多数存在するのであるから、仮に原告商品の色彩構成を控訴人が独占したとしても、その他の事業者に与える不利益は原告商品と同様の色彩構成をカプセル形態の胃潰瘍治療剤に限って使用できないという極めて限定されたものに過ぎない。
(ウ) 控訴人が、時間と労力をかけて、無数の色の組み合わせの中から様々な2色の組み合わせを何度も何度も比較検討し、試行錯誤の結果、原告商品の色彩構成を選択したのも、「おなかがすっきり、おなかが少し温かいイメージから連想するものは何か」というアンケート調査の結果等をもとにしつつ、原告商品が発売された当時に存在した競合品において使用されていない色彩構成を採用することによって、競合品との識別を容易にするためである(甲24)。
イ 商品等表示性の判断基準
 医療用医薬品の場合、少なくとも患者は、商品の名称やこれを製造販売している会社名等を基準に医療用医薬品を自ら選択するわけではなく、医師、薬剤師等に処方された医療用医薬品をその色彩等の外観で識別していることが多い。すなわち、医療用医薬品においては、商品の外観が持つ識別力は通常の商品とは全く異なるのであるから、医療用医薬品の形態の商品等表示性を検討する際には、その外観の特別顕著性は重視すべきポイントではない。
 したがって、大阪高裁平成9年3月27日判決・知的裁集29巻1号368頁と同様に、@当該配色をその商品に使用することの新規性又は特異性、A当該配色とそれが施された商品との結びつきの強さ及び当該配色の使用の継続性、B当該配色の使用に関する広告宣伝とその浸透度及び当該商品の売上げ、C取引者や需要者である消費者が商品を識別、選択する際に当該配色が果たす役割の大きさ等の要素を考慮するとしても、これらの要素を全て満たすことを必要不可欠とする理由はなく、医療用医薬品の取引の特殊性を十分に考慮した上で、種々の要素を総合的に検討して判断する必要がある(甲13)。
ウ 患者も「需要者」に該当すること
 医療用医薬品の取引において、患者の存在は重視されるべきであり、患者も、不正競争防止法2条1項1号の「需要者」に含まれる。
 すなわち、患者も、服用する医療用医薬品を自ら選択する権利(自己決定権)を有し、医療用医薬品に関心を持っているし、77.5%の医師が、患者の医療用医薬品の拒否権や変更権を認めている(甲19)。
 また、不正競争防止法2条1項1号も商標法も、ともに商品等の出所についての誤認混同を防止することをその趣旨とするものであるところ、医療用医薬品に係る商標登録の有効性を判断するに当たり、患者も需要者であるとした裁判例(東京高裁平成16年(行ケ)第129号平成16年11月25日判決、東京高裁平成11年(行ケ)第309号平成12年9月4日判決)も存在する。さらに、原告商品について患者が「需要者」に当たると明確に判示した裁判例(東京地裁平成18年2月24日判決(平成17年(ワ)第5649号、同第5655号)も存在する。
 また、被控訴人は、医療用医薬品に付された商標とPTPシート等の配色とでは、その識別力に明瞭な違いがあることを指摘するが、識別力の有無と需要者性の有無には論理的必然性はない。
エ 特別顕著性の判断対象
 本件においては、医師、薬剤師等の医療関係者についても、患者についても、原告商品の商品等表示性は、医療用医薬品全体の中で判断するのではなく、胃潰瘍及び胃炎治療剤の中において判断すべきである。
 すなわち、医師、薬剤師等の医療関係者は、日常的に多種の医療用医薬品に接するが、多種の医療用医薬品に接するという事実があることをもって、ただちに特別顕著性の判断対象を医療用医薬品全体にすべきであるとはいえない。医師、薬剤師等の医療関係者が、医療用医薬品の種別毎に特定の医療用医薬品を想起することは十分考えられるし、また、個々の医師や薬剤師等は、基本的にはそれぞれが日常的に接する限られた特定領域に係る医療用医薬品の「需要者」でしかあり得ない。また、患者についても、原告商品を継続的に処方されるのは胃潰瘍患者であることから、胃潰瘍治療剤である原告商品に関心を有する需要者は胃潰瘍患者というべきであるし、現実的にも、あらゆる領域の疾病に罹患したり、「医療用医薬品全体」の処方を受ける患者など存在しない。
 さらに、医療用医薬品市場においては、医療用医薬品全体の市場とは別に、医療用医薬品の種別毎の処方ランキングが存在し、医療用医薬品の種別毎の市場が明確に存在する。
オ 特別顕著性の獲得
 平成14年以前の原告商品の販売実績についても重要視すべきであり、これを考慮に入れると、遅くとも後発品が販売された平成9年までには原告商品の色彩構成は不正競争防止法2条1項1号の商品等表示として機能するに至ったと言うべきである。
 すなわち、原告商品は、昭和59年12月の販売開始以来、現在に至るまで20年以上にわたって同一の色彩構成を有するカプセル及びPTPシートを使用して販売され(甲3の1〜4、4の1〜3)、平成9年に後発品が販売されるまでの約15年間はかかる色彩構成を有した胃潰瘍治療剤は原告商品のほかには存在せず、控訴人がかかる色彩構成を独占して使用してきたものである。
カ 原告商品の外観の顕著性が後発品によって稀釈化されていないこと
 しかるに、原告商品の圧倒的な販売数や処方数(甲11、12、15、28)と比較して、後発品の販売数や処方数が非常に低いことは明らかであり、原告商品の外観の顕著性が稀釈化されることにはならない。
 すなわち、原告商品の外観の特別顕著性が後発品の販売により喪失されているかについては、原告商品及び後発品のそれぞれの販売シェア等の具体的な事実関係を前提に判断すべきであり、単に後発品が3年以上の期間、販売されていたという一事をもって原告商品の色彩構成の顕著性が稀釈化されることにはならない。
 また、緑色系の色と白色系の色の2色の組み合わせによる色彩構成のカプセルと、銀色地に青色系の色の文字等が付されているPTPシートの双方が用いられている後発品以外の医療用医薬品についても、後発品同様に需要者に全く周知されていないので、原告商品の色彩構成の顕著性には何らの影響も与えていない。
 被控訴人は、仮に平成9年以前において原告商品に特別顕著性が認められたとしても、その後、後発品が販売されていた期間や量に照らし、平成14年当時にはすでに特別顕著性を喪失していたと主張する。しかし、原告商品の外観の特別顕著性を判断する際に、他に近似した外観の商品があるとしても、単にそういった商品が複数種存在しているだけでは特別顕著性を喪失させることにはならず、相当数が市場に流通している場合に初めて特別顕著性等に影響を与えうると考えるべきであるにもかかわらず、被控訴人は、この点について何ら主張・立証をしていない。
キ 原告商品と他の商品の違い
(ア) 原告商品の外観、とりわけ、「灰青緑色」と「淡橙色」の組み合わせという原告商品のカプセルの配色と同様の外観を有する医療用医薬品は存在しない(甲39〜60)。
(イ) 被控訴人が指摘する以下の@〜Eの各医療用医薬品の外観を、原告商品の外観と比較すると、次のとおりとなる。
@ ゼリア新薬工業株式会社の「アシノンカプセル150」のカプセルに使用されている「緑色系」は、原告商品の「灰青緑色」(乙4)よりも明らかに淡い緑色(「淡青緑色」)であり、「白色系」も、原告商品の白色部分が「淡橙色」であるのに対して、「白色」である(甲29)。また、PTPシートの色も、原告商品のPTPシートが銀色であるのに対して、「アシノンカプセル150」のPTPシートはクリーム色である。
A 大日本住友製薬株式会社の「ゲファニールカプセル50」についても、そのカプセルに使用されている「緑色系」は、原告商品の「緑色系」よりも明らかに淡い緑色(「灰緑色」)であり、「白色系」も、原告商品の白色部分が「淡橙色」であるのに対して、「白色」である(甲30)。また、PTPシートの記載されている文字の色は緑色である。
B 科研製薬株式会社の「セブンイー・P」については、そのカプセルに使用されている「緑色系」は、原告商品の「緑色系」よりも明らかに濃い緑色(「緑色」)であり、「白色系」も、原告商品の白色部分が「淡橙色」であるのに対して、「白色」である(甲31)。また、PTPシートに記載された文字の色は緑色である。
C 被控訴人の「セファレキシン・C『トーワ』」については、そのカプセルに使用されている「緑色系」は、原告商品の「緑色系」よりも明らかに濃い緑色(「緑色」)であり、「白色系」も、原告商品の白色部分が「淡橙色」であるのに対して、「類白色」である(甲32)。
D 日医工株式会社の「セファレキシンカプセル『日医工』」については、そのカプセルに使用されている「緑色系」は、原告商品の「緑色系」よりも明らかに濃い緑色(「緑色」)であり、「白色系」も、原告商品の白色部分が「淡橙色」であるのに対して、「白色」である(甲33)。
E 塩野義製薬株式会社の「ケフレックスカプセル」については、そのカプセルに使用されている「緑色系」は、原告商品の「緑色系」よりも明らかに濃い緑色(「帯灰緑色」)であり、「白色系」も、原告商品の白色部分が「淡橙色」であるのに対して、「白色」である(甲34)。
(ウ) 以上の@〜Eの医療用医薬品の各添付文書の色彩の記載は、原告商品のそれと異なっているばかりか、カプセルの緑色系や白色系の色の濃淡、PTPシートの色の濃淡により原告商品の外観と明らかに異なる印象を受ける。これら各薬剤と原告商品の違いは、需要者が離隔的に観察したときであっても両者を明確に識別できるほどの違いである。
 このことは、甲29〜34(上記各医薬品の、製薬会社が作成した添付文書)によれば、同各添付文書におけるカプセルの頭部、胴部の色は、原告商品の場合の「灰青緑色」、「淡橙色」と同一の記載のものはないこと、甲61(株式会社JCLバイオアッセイ作成の、医薬品カプセルの色差及び吸光度測定に関する最終報告書)、甲62(コニカミノルタホールディングス株式会社作成の、L*a*b*表色系に関するウェブサイト)によれば、物体の色や光源の色を、数値や記号で表現する方法(表色系)により調べると、色調(明度と彩度)、標準白板からの色差の点において、上記各商品のカプセルの色と、原告商品のカプセルの色とには違いがあること、色彩の違いは、「カプセルサンプルブック1」、「カプセルサンプルブック2」(甲63)からも直接感得できること、からも裏付けられる。
 また、以上の@〜Eの各医療用医薬品とも、ごくわずかしか市場に出回っておらず、また、B〜Eの各医療用医薬品は、胃潰瘍治療剤ではない。かかる理由からも、@〜Eの各医療用医薬品の存在によって原告商品の特別顕著性を否定することはできない。
 したがって、以上の@〜Eの医療用医薬品が存在することを考慮して、原告商品の色彩構成の顕著性を判断することは不当である。
(エ) 被控訴人は、原告商品のカプセルの色彩について、控訴人自身が厳密には「灰青緑色」であるものを「緑色」と表現し、正確には「淡橙色」であるものを「白色」と表現しているように、特別顕著性を判断する際に、色相や濃淡を厳密に区別することは相当でないと主張する。しかし、控訴人が、原告商品を単に「緑色」及び「白色」と表現したのは、すべての緑色系及び白色系の色という趣旨ではなく、本件で問題としている各後発品の緑色部分及び白色部分とその濃淡等まで含めて同一の「緑色」及び「白色、す」なわち「灰青緑色」及び「淡橙色」という趣旨である。
ク 当該配色とそれが施された商品との結びつきの強さ及び当該配色の使用の継続性
 控訴人は、原告商品の色彩構成のカプセル並びにカプセル及びPTPシートの組み合わせを、原告商品販売開始以来、約15年間もの長きにわたって独占的継続的に使用してきたものである(甲3の1〜4、4の1〜3)。
 さらに、原告商品の販売数や処方数の多さ及び後発品の処方数の少なさからすれば、胃潰瘍治療剤においては、需要者からすれば、原告商品の色彩構成を控訴人が事実上独占しているということができる。
ケ 当該配色の使用に関する宣伝広告とその浸透度及び当該商品の売上げ
 医療用医薬品においては、広告宣伝が厳しく制限されていることから、広告宣伝の多寡については、一般の商品と同列に扱うことは不当であり、医療用医薬品の取引の特殊性を十分に考慮する必要がある。
 この点、控訴人が、原告商品の販売開始以来現在に至るまで20年以上にわたり、全国に多数のMR(医薬品情報伝達者)を雇用し(甲2)、そのMRを通じて、医師等の医療従事者に対し、原告商品の写真が掲載されたパンフレットやチラシの配布等を伴う熱心かつ地道な情報伝達活動を行ってきたこと(甲3の1〜4、4の1〜3、5、6)、また、控訴人は、自社のホームページ上でも、原告商品の製剤写真を掲載し、原告商品の外観を認識できる状態で原告商品に関する情報伝達活動を行い(甲14)、原告商品の外観は、「2005年版薬の事典第15版ピルブック」の表紙にも掲載されていること(甲5)などからすれば、控訴人が原告商品の外観を医療関係者及び患者に対して周知させるべく多大な努力を行ってきたことは明らかである。
 また、原告商品は、昭和59年12月の販売開始以来、圧倒的な処方数及び年間売上高を維持し、処方ランキングも、胃潰瘍治療剤に限れば平成12年〜平成16年の間第1位、全医療用医薬品においても平成12年から平成16年の間第2位から第7位を維持し続けており、原告商品のシェアは高い割合で安定している(甲11、12、15、28)。
 なお、医師に対するアンケートにおいて、回答した125名の医師のすべてが、「セルベックスは、医師、薬剤師などの医療関係者や患者において非常に有名であり、またセルベックスの白と緑のカプセルおよびPTPシートデザインを見れば、それだけでセルベックスまたはいつも服用している医薬であることを認識できる」と回答している(甲23の1〜125)ことからも、原告商品の色彩構成が、医師、薬剤師等の医療関係者及び胃潰瘍患者に広く浸透していることが明らかである。
コ 取引者や需要者である消費者が商品を識別、選択する際に当該配色が果たす役割の大きさ
(ア) 医師、薬剤師等の医療関係者の医療用医薬品の識別方法
 一般に医師や薬剤師等の医療関係者は、医薬品をその色やデザイン等の外観を最も重要な判断要素として識別しているのであり、医療関係者がカプセル及びPTPシートの色彩構成から医療用医薬品を識別しないとすることは、医療の実態から乖離している。このことは、医薬品添加剤メーカーである日本カラコン社が実施した調査において、医療ミスを防ぐために有効な錠剤識別方法として「色」を挙げた者が、医師の93%、薬剤師の78%であったこと(甲18)や、控訴人が医師に対して実施したアンケート調査の結果(甲23の1〜125)からも明らかである。
(イ) 胃潰瘍患者の医療用医薬品の識別方法
 患者は、一般に、自己が服用している医療用医薬品の販売名を覚えておらず、カプセル及びPTPシートの外観で自己が服用している医療用医薬品を識別していることが多いのが実情であり、原告商品と酷似している被告商品を処方された場合、「いつもの胃潰瘍治療剤である。」と誤認して受け取ることは十分考えられる。このことは、総合経営コンサルティング企業である株式会社日本エル・シー・エーが実施したインターネット調査の結果(甲19)や、市場調査の専門機関である統計調査センター株式会社が実施した面接アンケート調査の結果(甲20、21の1〜11、22の1〜4)、控訴人が行ったアンケート調査(処方を変更する際に、患者に対し、先発品と後発品の違いを説明しない医師も現実には少なからずいると多くの医師が回答していること、甲23の1〜125)からも明らかである。
(2) 争点(1)イ(原告配色と被告配色の類似性)について
 原告商品と被告商品のカプセル及びPTPシートが類似性を有することは一見して明らかである。このことは、両商品の添付文書の記載からもいえる(乙4、甲35)。しかも、被告商品の外観は、原告商品の外観と単に類似しているという程度のものではなく、酷似しており、いわゆるデッドコピーというべきものである。すなわち、原告カプセルの微妙な色合いをそのまま模倣しているばかりか、PTPシートも銀色地に青色の文字等のデザインという原告商品と全く同じ構成となっている。
(3) 争点(イ)ウ(混同のおそれ)について
 医療関係者においても、患者においても、実情としては、医療用医薬品を商品名ではなくカプセル及びPTPシートの外観で識別する者が存在すること、原告商品の外観と被告商品の外観が酷似していることからすれば、誤認混同のおそれがあることは明らかである。なお、患者にも医療用医薬品の選択権があり、患者が交付を受けるか否かによって、当該医療用医薬品の流通量に違いが生ずることからすれば、かかる患者の選択権と密接不可分の関係にある患者による医療用医薬品の取り違えも、取引行為と全く分離独立して捉えることはできないこと(医薬品の目的からすれば、服用されるまでが取引行為というべきである)か。ら、当然に不正競争防止法の適用範囲内の事象といえる。
(4) 当審における新たな請求について
ア 仮に、原告PTPシート及び原告カプセルの外観に不正競争防止法上の商品等表示性が認められないとしても、被告商品の製造販売行為は、以下の諸般の事情を総合考慮すると、公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものであることは明らかであり、民法709条の不法行為に該当するから、控訴人は、民法709条に基づき、被控訴人に対し、上記被告商品の製造販売の差止め等及び損害賠償金等の支払を請求できる。
イ 被控訴人による不法行為の成立を基礎付ける諸事情は、以下のとおりである。
(ア) 被控訴人の意図、行為態様
 被控訴人をはじめとする後発品メーカーは、後発品の普及度が低いこと、MRの数が少ないこと(甲36の1〜13)により安全性に関する情報提供が不足していること、それにより医師等及び患者において後発品に対する漠然とした不安感が存在すること(甲17の1〜123、26)、先発品から後発品に処方を変更する際に、患者に対し、先発品と後発品の違いを説明しない医師も、現実には少なからず存在していること(甲23の1〜125)という現状を十分認識した上で、PTPシート及びカプセルの色彩の組み合わせは、色の濃淡も考慮すれば無数に考えられるにもかかわらず、あえて、原告商品のそれと酷似させたものである。かかる被控訴人の行為は、誤認混同を生じさせ、原告商品の売上げをその分減少させるだけでなく、患者の自己決定権をも阻害し、控訴人が多大な費用と労力を費やして培ってきた原告商品の外観に対する信頼に不当にただ乗りするものである。特に、カプセルの色については単なる緑色と白色の2色の組み合わせというにとどまらず、灰青緑色不透明及び淡橙色不透明という微妙な色合いの2色を組み合わせている点まで同じである(添付文書における色彩の記載も同一である。乙4、甲35。)。これらからすれば、被控訴人による被告商品の製造販売行為は、患者の漠然とした不安感を除去するのみならず、患者らに被告商品を正に原告商品であると誤認させる不正な意図を有して行われているといっても過言ではなく、公正かつ自由な競争として許される範囲を著しく逸脱している。
(イ) 被控訴人の模倣の程度
 被告商品の外観は、上記のとおり、原告商品の外観と単に類似しているという程度のものではなく、酷似しており、いわゆるデッドコピーというべきものである。
(ウ) 原告商品との直接的競合関係
 被告商品は、原告商品と成分を同じくするいわゆる後発品であり、まさに直接的な競合関係にある商品である。
(エ) 患者の自己決定権の侵害(患者による誤認混同)
 製薬企業が後発品を製造販売するに際しては、医師や薬剤師による説明だけに頼るのではなく、自らも、当該医薬品が後発品であることを患者が認識できるよう可能な限りの努力を行うべきである。にもかかわらず、被控訴人は、かかる努力を怠るばかりか、むしろ原告商品の外観をデッドコピーすることにより、患者の自己決定権を奪っている。
(オ) 控訴人による開発及び普及活動
 控訴人は、原告商品の外観を決定するまでに、他の医薬品と容易に区別できるような特徴的なものであると同時に、胃潰瘍治療剤として医師、薬剤師のみならず患者に受け入れられやすいものとなるようアンケートを実施したり、検討を繰り返し、漸く灰青緑色不透明と淡橙色不透明という色の組み合わせからなるカプセルの外観とすることとした(甲24)。
 また、控訴人は、前記のとおり、原告商品を普及させるべく、多大な労力と費用をかけて努力し(甲2、3の1〜4、4の1〜3、5、6、14)、医師等の医療関係者のみならず患者を含む一般市民に対しても、熱心な情報提供活動を行い、医師等及び患者の原告商品に対する信頼の向上に努め、また、原告商品の安定供給体制の確立、維持にも努めてきた。
 このような努力の結果、控訴人は、その処方数や販売数において圧倒的なシェアを有するに至り、医師等及び患者が、原告商品に寄せる絶大な信頼は、原告商品の外観に直結するに至っている。したがって、かかる原告商品の外観から得られる控訴人の営業上の利益は、十分に法的保護に値するものである。
(カ) 控訴人による不当な独占とはならないこと
 そもそも本件で控訴人が差止め請求等の対象としているのは、原告商品の外観を模倣して後発品を販売する行為であり、成分を同じくする後発品の販売そのものを差し止めようとするものではない。カプセル形態の胃潰瘍治療剤の色彩構成については、無限の組み合わせが考えられるのであって、被控訴人に何らの不利益も与えないことは明らかである。
ウ 被控訴人が、被告商品の外観を原告商品のそれと酷似させることで、現に医師等及び患者は、原告商品と被告商品とを誤認混同しており(甲20、21の1〜11、22の1〜4 )、被告商品は、原告商品と効能効果を同じくする原告商品の後発品であることから、かかる被控訴人の行為によって、控訴人が、原告商品の売上高の減少という経済的損失を被っていることは明らかである。そして、これによって控訴人が被った損害の額は、124万9500円を下らない。
エ よって、控訴人は被控訴人に対し、従前からの請求である不正競争防止法に基づく被告商品の製造販売の差止め(控訴の趣旨(2))・廃棄(同(3))及び損害賠償金と遅延損害金の支払(同(4))請求の予備的請求として、民法709条に基づき、控訴の趣旨(2)と同内容の製造販売の差止め、控訴の趣旨(3)と同内容の廃棄及び控訴の趣旨(4)と同内容の損害賠償金と遅延損害金の支払をすることを求める。
2 被控訴人
(1) 争点(1)ア(原告商品の商品等表示性及び周知性)に対し原告カプセルの、緑色と白色の2色から成るという外観、及び、原告PTPシートの、銀色地に青色の文字等が付されたという外観は、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に該当しない。
ア 原告商品の外観・商品等表示性の判断基準
 控訴人が本件において商品等表示であると主張する原告商品の「外観」とは、カプセルが緑色と白色の2色からなること及びPTPシートが銀色地に青色文字が付されていることという、単純な色彩の単純な組み合わせに過ぎず、それ自体、商品の出所を表示し得るものではない。
 色彩は、古来何人も自由に選択して使用できるものであって、ある色彩と別の色彩とを単純に組み合わせて同時に使用したという程度の単純な配色であれば、そのこと自体には特別の識別力は認められないから、出所表示機能が生じうる場合が限定されるのはむしろ当然であり、商品の形態の一要素である商品の配色が商品等表示に該当する要件として、@特別顕著性及びA周知性を求めることは正当である。
 控訴人は、医師等も患者も医療用医薬品を外観で識別していることが多いから特別顕著性を厳格に要求する必要はないなどと主張するが、かかる前提自体が誤っているし、特別顕著性を要件としているのは、上記のとおり単純な配色が本来商品等表示とはならないことや、万人の色彩使用の自由を保護する必要性によるのであるから、商品等表示について特別顕著性が必要であることは何ら否定できない。
イ 患者は需要者に該当しないこと
 医療用医薬品は、一般市販薬とは異なり、医師の処方箋がなければ購入できないのであって、患者が希望、要望、意見を述べて医師又は薬剤師の選択に影響を与えるとしても、究極的には、医師又は薬剤師がその専門的な知識及び経験に基づき、効能効果などあらゆる観点から患者にとって最適の医療用医薬品を選択、処方するものである。それゆえ、患者には選択権がないのであるから、不正競争防止法2条1項1号の「需要者」に含まれない。
 このように解しても、患者が自己の希望、要望、意見を述べ、医師等の選択権に影響を及ぼし得ることまでを否定することにはならない。また、商標に関して「需要者」である者が当然に不正競争防止法の商品等表示によって取引を誘引される「需要者」であることにはならない。
ウ 特別顕著性の判断対象
特別顕著性の判断対象となる「同種商品」は、医療用医薬品全体である。このことは、医師や薬剤師が「胃潰瘍及び胃炎治療剤」だけでなく、様々な領域の医療用医薬品を取り扱っていることからも明らかである。また、仮に「需要者」に患者が含まれるとしても、ある特定の患者が、時系列的にも同時並行的にも複数の疾患に罹患したり、あるいは一つの疾病でも多種多様な薬剤が処方されることがあるから、医療用医薬品全体の中での特別顕著性が必要であることは、医師や薬剤師の場合と変わるところがない。
エ 特別顕著性がないこと
 平成9年以前において、原告商品の配色に特別顕著性は認められない。すなわち、原告商品の後発品が発売された平成9年以前に発売されていた医薬品としては「アシ、 ノンカプセル150」(ゼリア新薬工業株式会社)、「ゲファニールカプセル50」(大日本住友製薬株式会社)、「セブンイー・P」(科研製薬株式会社)、「セファレキシン・C『トーワ』」(被控訴人)、「セファレキシンカプセル『日医工』」(日医工株式会社)、「ケフレックスカプセル」(塩野義製薬株式会社)の他にも、「ゲファルナートC」(鶴原)、「ヨウファナート」(陽進堂)、「シンクルカプセル」(旭化成)、「ラリキシンカプセル」(大正富山)、「インスミン15」(杏林製薬)、「アタラックスP50mg」(ファイザー)、「サマセフカプセル250」(ブリストル製薬)、「スパネートカプセル40mg」(日本新薬)、「ゲファニールカプセル100」(大日本住友)があり、原告商品の配色に類似する医療用医薬品は多数存在していた。
 とりわけ、「ケフレックスカプセル」(昭和45年5月頃から販売)と、「セブンイー・P」(昭和59年6月頃から販売)は、いずれもいわゆる先発品であって、医師等が接する機会も少なくないものである。
 また、仮に、原告商品が属する消化性胃潰瘍剤等に限定してみても、平成9年以前において、次のとおりカプセルの緑と白の組み合わせはありふれた色彩構成であり、これにPTPシートの色彩構成(これすら銀色地に青色文字が付されているというありふれたものである。)が組み合わさったからといって、特別顕著性を認めることはできない。

一般名 商品名 販売開始時期 備考
ニザチジン アシノンカプセル150 1990.7 先発品(検乙3)
ゲファルナート ゲファニールカプセル50mg 1970.8 先発品(検乙4)
  ゲファニールカプセル100mg 1984.6 先発品(乙5の3)
  ゲファルナートC50mg 1978.4 乙5の1
  ヨウファナート「カプセル」50mg 1981.9 乙5の1
ジアスターゼ配合剤 セブンイー・P 1984.6 先発品(検乙5)

 なお、控訴人は、原告商品の配色が特徴的であるとして、他の医薬品のカプセルの色調を比較した調査結果を提出する。しかし、ここで商品等表示とは、端的に言えば、他の商品と識別し得る顕著な外観であるから、かかる数値や記号の細かい差異を比較したところで外観上の差異が顕著であることが明らかとなるものではなく、全く無意味である。
オ 特別顕著性が喪失していること
 上記のとおり、平成9年以前において原告商品の配色に特別顕著性は認められないものであるが、仮に平成9年以前のいずれかの時点で原告商品の配色が顕著な特徴を有していたと認められたとしても、被告商品をはじめとして原告商品の後発品は、平成10年以降順次販売が開始され、損害賠償請求の対象とされている行為の始点である平成14年3月までに既に3〜4年(現在までに7年以上)が経過している。
 また、後発品採用の医療機関等か否かを区別せずに、単純に後発品全体の全国シェアが低いから特別顕著性が喪失しないということはできない。
 なぜなら、後発品を導入していない医療機関においては不正競争の問題は生じ得ないし、後発品を導入している医療機関においては、むしろ、先発品と後発品の双方を仕入れることとなることから、後発品のシェアは相当高いからである。加えて、原告商品の後発品は、平成14年9月には既に、「写真でわかる処方薬事典」(乙7、395頁〜396頁)に有効成分の一般名称「テプレノン」を使用する医薬品群として紹介されるに至っている。
 したがって、本件では、仮に平成9年以前において原告商品に特別顕著性が認められたとしても、その後、後発品が販売されていた期間や量に照らし、平成14年当時には既に特別顕著性を喪失していたことは明らかである。
カ 原告商品と他の商品の違いの程度
 原告商品の配色の顕著性を判断する上では、同種商品の配色が完全に同一か否かは問題ではない。重要なのは、原告商品の配色が同種商品の配色と比較して特別に顕著であるか、特徴的であるかという点である。本件についてみれば、同種商品の配色と原告商品の配色との間に僅かな違いがあったとしても、基本的には類似しており、同種商品と比べて原告商品の配色が特徴的であるといえるほどの差異は認められない。
 なお、控訴人自身、原告商品のカプセルの色彩について、厳密には「灰青緑色」であるものを「緑色」と表現し、正確には「淡橙色」であるものを「白色」と表現しているように、特別顕著性を判断する際に、色相や濃淡を厳密に区別することは相当でない。
キ 自他商品識別機能を備え得ないこと
(ア) 医療用医薬品における商品識別
 そもそも、現在の医療現場において、医療用医薬品の配色自体が商品の選別という場面において自他商品識別機能を備えることは考えがたい。
 すなわち、医療用医薬品は、通常、メーカーから直接又は卸を経由して医師等の医療関係者に納入される。かかる場面での取引においては、製薬会社、製品名、効能、価格等が基準となって取引されるのであり、商品の配色で取引されることはあり得ない。
 次いで、医療用医薬品は、医師の処方に従って調剤薬局等において調剤され、最終的に患者に供給される。かかる場面においても、医師等が商品の配色に依拠して医療用医薬品を選択することは考えられない(乙1 。患者が処方薬につい) て希望等を述べる場合もあり得るが、その場合は、何より薬効あるいは副作用に関する希望を伝え、医師等の専門的なアドバイスに基づいて選択しているのであって、当該医療用医薬品の外観によって選択することはない。また、医師等が医療用医薬品の効能・効果や価格等について患者に対して何らの説明もなく後発品を処方することもあり得ない。
 次に、医師等が服用すべき医療用医薬品を指定するに当たり、処方箋に有効成分の一般名称を記載した場合には、患者には薬剤師の最終判断を介するとはいえ医療用医薬品の選択が可能となる。この場合も、原告商品の色彩構成と同一ないし類似の色彩構成を有する医療用医薬品は多数存在するから、調剤薬局等において商品名を用いた説明等はせずに医療用医薬品を患者に選択させたり、これを交付しているものとは考えがたいし(乙9)、患者においても、自己の健康に直結する内服薬の選択に際してPTP包装の色彩構成に依拠することは通常あり得ない。
(イ) 平成18年4月1日以降の処方箋様式の変更
 後発品の普及促進という国の施策に基づき、平成18年4月1日以降、処方箋の様式が変更された(乙10〜12)。したがって、患者が全く知らずして後発医薬品を処方されるというような事態は、医療報酬制度上、もはや起こり得ない。
(ウ) 医療用医薬品において外観が果たす機能
 PTPシートやカプセルの色・デザイン等の外観が、例えば使用あるいは服用すべき医薬品が既に選択された後に、医薬品としての有効成分や効能の違う他の医薬品を誤って使用あるいは服用しないという場面で、一定の役割を果たすことは否定できないが、そのことは、処方あるいは服用する医療用医薬品の選択において、先発品にするか後発品にするかという点で、外観に商品の自他識別能力があるということを意味するものではない。
(2) 争点(1)イ(原告配色と被告配色の類似性)に対し
 被告商品の商品名は「エクペック」であり、原告商品「セルベックス」とは全く異なっており、それがPTPシートにも明記されているから、それ自体で区別が可能であるなど、両者には様々な相違があり、類似性はない。
(3) 争点(イ)ウ(混同のおそれ)に対し
 医療用医薬品の選択にかかわる医師等は、高度な専門的知識に基づき、効能・効果と商品名とから処方薬を決めるのであって、店頭に陳列されている一般消費財のように、商品の外観で選択するということはなく、商品名が明らかに異なり、しかも現実のPTP包装にも様々違いがある本件において、誤認混同が生じる余地は全くない。
 また、患者が医療用医薬品の選択にかかわる場面があるとしても、自己の健康に直結する内服薬の選択の場面において色彩構成のみによって医療用医薬品を識別することは通常あり得ない。
 したがって、本件において誤認混同のおそれはない。
(4) 当審における新たな請求の理由に対し
 特別法である不正競争防止法による保護が受けられない場合でもなお一般不法行為が成立し得るのは、公正な競争として社会的に許容される限度を超える場合に限られる。そして、そもそも先発品と効能効果が同一である後発品を販売すること自体は適法な行為であることを考慮すると、不正競争防止法上の「商品等表示」に何ら該当せず不公正な取引とは認められなかったような場合に、その他特段の事情がない限り、後発品の販売が社会的に許容される限度を超えると判断される余地はないから、不法行為が成立することはあり得ない。そして、本件において、かかる特段の事情は存在しない。
第4 当裁判所の判断
1 不正競争防止法に基づく請求(従前からの請求)について
(1) 原判決は、次のア・イの事実(争いがない)を認定した上、不正競争防止法に基づく請求(従前からの請求)につき、ウのような判示をした。
ア 控訴人は、医薬品の製造・販売等を業とする株式会社であり、昭和59年12月から、テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤(原告商品)を「セルベックスカ、 プセル50mg」(販売名)として販売しているが、その販売形態は、同剤を緑色及び白色の2色から成るカプセル(原告カプセル)に詰め、更にこれを銀色地の上に青色で「セルベックス50mg」「Eisai」等と表示したPTPシート(原告PTPシート)に10錠単位に包装して販売している(原判決別紙原告標章目録1・2参照。以下、このカプセル及びPTPシートの配色を「原告配色」という。)。
イ 一方、被控訴人は、控訴人と同じく医薬品の製造・販売等を業とする株式会社であるが、平成10年8月から、先発品の特許権の存続期間満了後に製造販売が開始される後発品として、原告商品と同じくテプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤(被告商品)を、「エクペックカプセル」(販売名)として販売しているが、その販売形態は、同剤を緑色及び白色の2色から成るカプセル(被告カプセル)に詰め、更にこれを銀色地の上に青色で「エクペック」「Tw403」「50mg」と表示したPTPシート(被告PTPシート)に10錠単位に包装して販売している(原判決別紙被告標章目録1・2参照。以下、このカプセル及びPTPシートの配色を「被告配色」という。)。
ウ そこで控訴人は、原告商品のカプセル及びPTPシートの配色(原告配色)が控訴人の商品等表示として周知であり、この配色と類似した配色(被告配色)を有する被告商品を製造販売することは不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当するとして、同法3条・4条に基づき、被告商品の製造販売の差止めと廃棄、及び損害賠償金の支払等を求めたが、原判決は、原告配色は不正競争防止法2条1項1号所定の商品等表示には該当しないとして、その余の争点について判断をすることなく、控訴人の請求を棄却した。
(2) 当裁判所は、控訴人が原告商品のカプセルとPTPシートにつきなした表示(配色を含む)は不正競争防止法2条1項1号所定の商品等表示には該当せず、結論において原判決は相当と判断するが、その理由は、概ね原判決と同一であり、その詳細は、控訴人の当審における主張に対する判断の中で示すこととする。
(3) 控訴人の主張に対する判断
ア 原告商品の外観につき
 控訴人は、原告カプセルの外観は、「灰青緑色」と「淡橙色」という特徴的な2色が組み合わされたものであり、かかる特徴的な2色の組み合わせは、原告商品の後発品以外には見当たらない極めて新規かつ特異な配色であり、仮に原告商品の色彩構成を控訴人が独占したとしても、その他の事業者に与える不利益は極めて限定されたものに過ぎないし、原告商品が発売された当時に存在した競合品においてもかかる色彩構成は使用されておらず、控訴人は、試行錯誤の結果かかる色彩構成を採用した(甲24)、と主張する。
 しかし、原告カプセルの外観の色彩を、「緑色」と「白色」から、より正確に「灰青緑色」と「淡橙色」と言い換えたとしても、原告カプセルの外観の色彩が単純な2色の組み合わせであることが変わるものではなく、また、発売当時の胃潰瘍治療剤にかかる色彩構成が使用されたものはなく、控訴人が、試行錯誤の結果かかる色彩構成を採用したものとしても、かかる2色を組み合わせた色彩構成自体が特徴的なものとも認めがたい。また、色彩構成自体は無限にあるとしても、医療用医薬品において需要者に好ましく受け入れられる色彩は自ずから限られてくると考えられるから、これを1事業者が独占することにより他の事業者に与える不利益が極めて限定されていると言い切ることは困難である。
イ 商品等表示性の判断基準につき
 控訴人は、医療用医薬品の取引の特殊性を十分に考慮した上で、種々の要素を総合的に検討して判断する必要があると主張する。しかし、特別顕著性、周知性についてみる際には、医療用医薬品の取引の特殊性を考慮しつつ、控訴人が主張するような各要素を総合的に検討して判断することになるのであるから、控訴人の主張が、原判決(25頁13行〜26頁下13行)の判断基準と異なるということはできない。
ウ 患者が「需要者」に該当するかにつき
 控訴人は、医療用医薬品の取引において、患者の存在は重視されるべきであり、患者も、不正競争防止法2条1項1号の「需要者」に含まれる、患者も、服用する医療用医薬品を自ら選択する権利(自己決定権)を有し、医療用医薬品に関心を持っているし、77.5%の医師が、患者の医療用医薬品の拒否権や変更権を認めている(甲19)と主張する。
 患者は、医師が処方した医療用医薬品について、その処方を受けるか拒否するかの最終決定をなしうるのであるから、患者も医療用医薬品について不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者」に含まれるというべきである(原判決は、その27頁6行以下で、患者は「需要者」に含まれないとするが、失当である。。) しかし、医師の処方により患者が服用する医療用医薬品は、通常は、患者からの委任を受けて、医師が、患者を診察して病名を診断し、かかる診断に基づいて治療方針を決定し、患者の現在の病態と薬の効能や副作用等を総合的に勘案してその種類、量等を決定し、その後医師からの処方を受けた薬剤師が、医師の指示どおり又は指示の範囲内での選択により、具体的な医薬品を調剤し、訪れた患者に交付するのが、一般的実情であるから、同号にいう主たる「需要者」は医師又は薬剤師であり、患者は従たる「需要者」の立場にあると解すべきである。
 なお、以上のように解したとしても、前記のとおり、原告商品のカプセルとPTPシートにつきなした表示(配色を含む)が不正競争防止法2条1項1号所定の商品等表示には該当しないのであるから、本件訴訟の結論に影響を及ぼさない。
エ 特別顕著性の判断対象につき
 控訴人は、本件においては、医師、薬剤師等の医療関係者についても、患者についても、原告商品の商品等表示性は、医療用医薬品全体の中で判断するのではなく、胃潰瘍及び胃炎治療剤の中において判断すべきである、と主張する。
 しかし、個々の医師、薬剤師等の医療事業者が、医療用医薬品の種別毎に医療用医薬品を想起したり、日常的には限られた特定領域に係る医療用医薬品に接することが多いとしても、臨床の現場において、医師や薬剤師が、自己の専門分野に限らない多種多様な薬剤に接し、医療行為を行っている実情があることは否定できない。そして、個々の具体的な医師や薬剤師等について経験分野の専門化が進行しても、胃潰瘍治療に当たる平均的な医師、薬剤師についてみれば、胃潰瘍治療剤以外の医薬品を処方する蓋然性は相当程度あるのであるから、医師、薬剤師が「医療用医薬品全体」の「需要者」といえることは明らかである。
 また、控訴人は、医療用医薬品市場については、医療用医薬品の種別毎のランキングが存在し、医療用医薬品の種別毎の市場が明確に存在する、と主張する。しかし、医療用医薬品の種別毎のランキングが存在したとしても、上記のとおり、臨床の現場において、医師や薬剤師が、自己の専門分野に限らない多種多様な薬剤に接し、医療行為を行っている実情があることが否定できない以上、上記ランキングの存在があるからといって、原告商品の特別顕著性を胃潰瘍及び胃炎治療剤の中のみにおいて判断すべきであるということにはならない。
オ 原告商品の特別顕著性、周知性につき
(ア) 特別顕著性獲得の有無
 控訴人は、本件においては、遅くとも平成9年までには原告商品の色彩構成は特別顕著なものとなっていた、と主張する。しかし、後記(ウ)に掲げた医療用医薬品は、平成9年以前において販売が開始されたと認められる(原判決29頁3行〜30頁4行)。また、原告商品のカプセルの色彩が「灰青緑色」と「淡橙色」であるとしても、それ自体、いずれも特に目立つ色ではなく(検乙1)、これらを単純に組み合わせて同時にカプセルに使用したという程度の単純な配色が、需要者に特に強い印象を与える特徴的な形態とは言い難いし、銀色地に青色の文字等が付されたというPTPシートの外観(検乙1)も、単純でありふれたものというべきである。さらに、原告商品が、その薬剤としての効能効果という点を離れ、カプセルの色彩やPTPシートの外観そのものについて需要者に広く浸透したと認めるに足りる証拠もない。
(イ) 稀釈化の成否
 控訴人は、後発品の販売数や処方数が非常に低いことは明らかであり、原告商品の外観の顕著性が稀釈化されることにはならない、原告商品の特別顕著性を判断する際に、他に近似した外観の商品があるとしても、単にそういった商品が複数種存在しているだけでは特別顕著性を喪失させることにはならず、相当数が市場に流通している場合に初めて特別顕著性等に影響を与えうると考えるべきであるにもかかわらず、被控訴人は、この点について何ら主張・立証をしていない、と主張する。
 しかし、上記(ア)、下記(ウ)〜(オ)のように、先発品としての特許権の有効期間が満了した後の、需要者に特に強い印象を与える特徴的な形態とも言い難い商品の外観について、これと同様の外観を有する後発品を含めた多種類のカプセル剤型の薬剤が、本件損害賠償請求の対象とされている行為の対象時である平成14年3月の時点では、既に3年以上の期間にわたり業として販売されていたというのである。そうであるとすれば、後発品等の流通量のいかんにかかわらず、少なくとも平成14年3月以降の時点における原告商品の特別顕著性はこれを認めることができないことは明らかというべきである。
(ウ) 原告商品と他の商品の比較
 控訴人は「アシノ、 ンカプセル150」(甲29)、「ゲファニールカプセル50」(甲30)、「セブンイー・P」(甲31)、「セファレキシン・C『トーワ』」(甲32)、「セファレキシンカプセル『日医工』」(甲33)、「ケフレックスカプセル」(甲34)のカプセルの配色が、いずれも、原告商品のカプセルの配色である「灰青緑色」と「淡橙色」の組み合わせと異なっている、と主張するところ、甲29〜34(上記各医薬品の、製薬会社が作成した添付文書)によれば、同各添付文書におけるカプセルの頭部、胴部の色は、原告商品の場合の「灰青緑色」、「淡橙色」と同一の記載のものはないこと、甲61(株式会社JCLバイオアッセイ作成の、医薬品カプセルの色差及び吸光度測定に関する最終報告書)、甲62(コニカミノルタホールディングス株式会社作成の、L*a*b*表色系に関するウェブサイト)によれば、物体の色や光源の色を、数値や記号で表現する方法(表色系)により調べると、色調(明度と彩度)、標準白板からの色差の点において、上記各商品のカプセルの色と、原告商品のカプセルの色とに違いがあること、がそれぞれ認められる。
 しかし、原告商品と比較したとき、上記各カプセルの色彩は、厳密に言えば、緑色の濃淡や色調、白色が真っ白に近いかなどの点に違いがあり、甲63(カプセルサンプルブック1及び2が添付されている報告書)に照らし、原告商品と後発品との間よりはより違いがあるとはいえるものの、上記各カプセルの頭部、胴部の色は、いずれも緑色、白色の範疇に含まれる色彩であることに変わりはなく、しかも、離隔的観察をした場合、需要者において原告カプセルと識別できる色彩とも認めがたいものであるから、上記カプセルの色彩につき、原告商品がなお特別顕著性を失わないほどの色彩の差異があるということはできない。
 そうであれば、製薬会社が作成した薬の添付文書(甲29〜34)におけるカプセルの色が、厳密に記載されるため、原告商品の色の記載と同一になっていないとしても、その色の類似性から言って、上記各薬が存在すれば、取引の場において、それ自体特徴的ともいえない原告商品の特別顕著性が稀釈されてしまうことは否定しがたい。さらに、医療用医薬品の購入の際の識別は、取引者、需要者という人の目によって行われることにも鑑みれば、L*a*b*表色系により精密に定量的に表された色調(明度と彩度、標) 準白板からの色差において違いが認められるとしても、それをもって直ちに、取引の場において、取引者、需要者に識別されるということはできない。
 この点、控訴人自身も、原告商品のカプセルの色彩について、「灰青緑色」であるものを「緑色」と表現し、「淡橙色」であるものを「白色」と表現していたものである。控訴人は、原告商品を単に「緑色」及び「白色」と表現したのは、本件で問題としている各後発品の緑色部分及び白色部分とその濃淡等まで含めて同一の「緑色」及び「白色」という趣旨であると述べるが、控訴人自身が、カプセルの色彩について「緑色」、「白色」と表現していたことに変わりはない。
(エ) 商品選別の差異に当該配色が果たす役割
 控訴人は、一般に医師や薬剤師等の医療関係者は、医薬品をその色やデザイン等の外観を最も重要な判断要素として識別しているのであり、医療関係者がカプセル及びPTPシートの色彩構成から医療用医薬品を識別しないとすることは医療の実態から乖離している、と主張し、甲18(日本カラコン調査薬剤師の78%「錠剤識別は色彩で」)、甲19(医師等に対するアンケート)、甲20、21の1〜11、22の1〜4(意識調査)、甲23の1〜125(医師に対するアンケート)を提出する。
 しかし、医療用医薬品は、控訴人自身が控訴理由書(4頁)において主張するように、製薬会社によって製造された後、卸と呼ばれる代理店に販売され、さらに卸は医療機関及び薬局に販売し、医療機関及び薬局は、医師が作成する処方箋に基づいて、医療用医薬品を患者に処方・交付する、というものである。しかるに、医師や薬剤師等は、専門家として、副作用等の安全管理情報とも照らし合わせる見地から、第一次的な商品表示である商品名や会社名をまずもって確認しないとは考えられないし、患者への説明の必要の有無や薬価の差という見地からも、先発品か後発品かを確認すると考えられ、その際に、外観が同じだからという理由で後発品を先発品と取り違えて購入する医師や薬剤師等が存在するとは想定しがたい。医者や薬剤師等が、医療用医薬品を色彩やデザイン等の外観で把握することが全くないということはできないが、医療用医薬品の性質上、それはあくまで補助的なものであると解さなければならない。前記甲18〜20、21の1〜11、22の1〜4、23の1〜125は、かかる理解と矛盾するものではない。
カ 小括
 以上によれば、原告商品の表示(配色を含む)は、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に当たるということはできず、これとほぼ同旨の原判決は結論において正当である。したがって、その余について判断するまでもなく、控訴人の不正競争防止法に基づく請求には理由がない。
2 不法行為に基づく請求(当審における新たな請求)について
(1) 被控訴人は、仮に、原告PTPシート及び原告カプセルの外観に不正競争防止法上の商品等表示性が認められないとしても、被告商品の製造販売行為は、公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものであることは明らかであり、民法709条に規定する不法行為に該当するから、控訴人は、民法709条に基づき、被控訴人に対し、上記製造販売の差止め等及び損害賠償を請求できる、と主張する。そして、控訴人は、被告商品の製造販売行為が、公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものであることをいうための諸般の事情として、被控訴人の意図、行為態様、模倣の程度、原告商品との直接的競合関係、患者の自己決定権の侵害(患者による誤認混同、控訴人による開発及び普) 及活動、控訴人による不当な独占とはならないこと、を取り上げ、とりわけ、医師等及び患者において後発品に対する漠然とした不安感が存在するなどの状況において、被控訴人が、PTPシート及びカプセルの色彩の組み合わせは色の濃淡も考慮すれば無数に考えられるにもかかわらず、あえて、原告商品のそれと酷似させた点を強調する。
 確かに、前記のとおり、原告商品の外観と、被告商品の外観は、カプセルの、緑色(灰青緑色)と白色(淡橙色)の2色から成るという外観、及び、PTPシートの、銀色地に青色の文字等が付されたという外観の点において極めて類似するものである。
(2) しかしながら、以下に述べる理由により、商道徳としての当否はともかく、被控訴人の上記行為をもって民法709条のいう不法行為に当たるとまで評価することはできないというべきである。
ア 後発品である被告商品を先発品である原告商品と比較してみた場合、上記のとおり、カプセルが緑色と白色の2色から成るという外観及びPTPシートが銀色地に青色の文字等が付されているという外観が類似しているということができるものの、PTPシートに表示された文字(医薬品名)が原告商品は「セルベックス」であり被告商品は「エクペック」等と明確に異なっている。
イ 控訴人は、被控訴人が原告商品を模倣したのは、後発品の普及度が低く、MRの数も少ない(甲36の1〜13)ため安全性に関する情報提供が不足していること、それにより医師等及び患者において後発品に対する漠然とした不安感が存在すること(甲17の1〜123、26)、先発品から後発品に処方を変更する際に、患者に対し、先発品と後発品の違いを説明しない医師も現実には少なからず存在していること(甲23の1〜125)という現状を十分認識した上でなされたことである点を主張する。
 しかし、後発品は、もともと、先発品と成分が同一であり、それゆえに効果や安全性を確かめるための新たな試験が不要とされているものであり、国も、処方箋の様式の変更や診療報酬の算定方法の改正等を通じて後発品使用の促進を進めている(乙6、10〜12)。しかも原告商品は、平成10年以降に厚生省により導入された品質再評価制度により、薬剤の溶出性に係る品質が適当であることの確認も受けており(乙13の2)、これらからすれば、むしろ被告商品に対する積極的な受け止め方があっても不思議ではない。しかるに、甲17の1〜123、甲23の1〜125の医師に対するアンケートも、甲17の1〜123は、予め不動文字で印刷された同一内容の書面に署名押印したものに過ぎず、また、甲23の1〜125も、「…説明をしない医師も、現実には少なからずいると思いますか。」という質問文に対し、はい、いいえ、わからないの中から選ぶという単純な形式のものであり、しかも、これらに回答した医師がどのような基準により選択されたかも不明である。また、甲25も、あくまである1医学者の感想であるに過ぎない。これらを総合考慮すれば、上記各証拠によって、一般に、医師等及び患者において後発品に対する漠然とした不安感が存在することや、先発品から後発品に処方を変更する際に、患者に対し、先発品と後発品の違いを説明しない医師も、現実には少なからず存在していることが立証されたとすることは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
ウ また、控訴人は、控訴人による開発及び普及活動について、原告商品の外観を決定するまでに、検討を繰り返し(甲24)、また、原告商品を普及させるべく、多大な労力と費用をかけて努力した(甲2、3の1〜4、4の1〜3、5、6、14)と主張する。
 この点、甲24によれば、控訴人の臨床開発部が、カプセルの色を選定する判断材料とするため、現場の医師、薬局、患者に対する聞き取り調査をしたり、控訴人の女子社員約50名に対し、「おなかがすっきり、おなかが少し温かいイメージから連想するものは何か」という質問を提示してアンケート調査を行い、その結果、菜の花の緑と淡い黄色を基調としてカプセル製剤の色を選定するに至ったこと、甲2、3の1〜4、4の1〜3、5、6、14によれば、控訴人が、原告商品を普及させるべく、多大な労力と費用をかけたことがそれぞれ認められる。
 しかし、医療用医薬品については、ある症状に効果効能が認められる有効成分を見いだして、その効能効果の程度や副作用等の安全性を確認するため、その開発過程において多大の資金、労力の投下が必要であるとはいえるが、こうした点に比べると、医療用医薬品の外観を決定するために行う資金、労力が、特に多大なものになることは、特段の事情がない限り、通常は考えがたい。そして、本件においても、上記のようにカプセル製剤の色の選定に苦労があったこと自体は認められるとしても、前記のとおり、「灰青緑色」と「淡橙色」という2色の組み合わせ自体が特別に顕著なものとまではいえないことも併せ考慮すれば、上記の特段の事情があるということは困難であり、いまだ一般不法行為法によって保護しなければならない程度には至っていないと言わざるを得ない。また、甲2、3の1〜4、4の1〜3、5、6、14によって認められる控訴人の情報提供活動等も、原告商品の普及や安定供給体制の確立を目的とするものではあるが、原告商品の外観を需要者に浸透させるように焦点を絞ったものではないから、それらをもって、一般不法行為法によって保護する程度に至っているとみるのは困難である。
エ また、控訴人は、被控訴人は原告商品の外観をデッドコピーすることにより患者の自己決定権を奪っていると主張する。
 しかし、先発品を希望する患者が外観の誤認によりその旨の意思表示ができずに後発品を服用する場面が理論的には考えられないではないとしても、かかる場面は、先発品から後発品に代わった旨の医師等の説明が受けられなかったなどの例外的な要素が寄与した結果というべきである。しかも、前記のとおり、医療用医薬品の選択は、主として、患者の病態を診断した結果、その効能効果や副作用等を考慮して決定される医師等の専門家としての裁量行為というべきであり、また、先発品と後発品の成分が同一であり効能効果も同一と考えられることにも鑑みると、先発品を希望する患者がその旨の意思表示をする機会ができずに後発品を服用する結果になったとしても、これのみで当然に患者の自己決定権が侵害されたと評価できるとは言い難い。
(3) 以上によれば、被控訴人による被告商品の製造販売行為は、民法709条に規定する不法行為に該当するとはいえないから、控訴人の民法709条に基づく予備的請求は、理由がない。
3 以上のとおりであるから、不正競争防止法に基づく本訴請求(従前からの請求)は理由はなく、これと結論を同じくする原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。また控訴人の当審における新たな請求である不法行為に基づく各請求も理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 森義之
 裁判官 田中孝一
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