判例全文 line
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【事件名】商標“Anne of GreenGables”侵害事件(2)
【年月日】平成18年9月20日
 知財高裁 平成17年(行ケ)第10349号 審決取消請求事件
 (平成18年6月7日 口頭弁論終結)

判決
原告 サリヴアン・エンターテイメント・インターナショナル・インコーポレーテッド
訴訟代理人弁理士 山本秀策
被告 カナダ国プリンス・エドワード・アイランド州
訴訟代理人弁護士 角田昌彦
同 渡辺昇一
同復代理人弁護士 角田進二


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は、原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
 (本判決においては、審決や書証等の記載を引用する場合も含め、公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。なお、本判決では、事案の性質にかんがみ、特許庁における手続や判決日を除き、年月日は西暦で表記する。)
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が、無効2003−35094号事件について、平成16年7月13日にした審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件商標(後記)は、カナダ国の小説家ルーシー・モウド・モンゴメリ(以下「本件原作者」又は「モンゴメリ」という。)が著した著名な小説(邦題「赤毛のアン」。以下「本件著作物」という。)の原題である「Anne of Green Gables」との文字から構成されるものであり、その商標権者は原告である。本件は、被告であるカナダ国プリンス・エドワード・アイランド州が、同商標の指定商品のうち第9類について、商標法3条1項柱書き、4条1項5号、同項7号、同項8号、同項15号、同項19号に違反するとして無効審判請求をしたところ、特許庁が、同指定商品についての商標登録は、我が国と被告を含むカナダ国政府との間の国際信義に反してなされたものであり、商標法4条1項7号の規定に違反して無効であるとの審決をしたため、原告が同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件商標
 商標権者:原告
 本件商標:
 指定商品:第9類「眼鏡、レコード、メトロノーム、スロットマシン、ウエイトベルト、ウエットスーツ、浮袋、エアタンク、水泳用浮き板、レギュレーター、家庭用テレビゲームおもちゃ」及び第14類「時計、身飾品、宝玉及びその原石並びにその模造品、貴金属製のがま口及び財布、貴金属製コンパクト」
 出願日:平成12年6月20日
 設定登録日:平成13年4月27日
 登録番号:第4470684号
(2) 本件手続
 審判請求日:平成15年3月13日(無効2003−35094号。指定商品のうち第9類について登録の無効を請求したもの)
 審決日:平成16年7月13日
 審決の結論:「登録第4470684号の指定商品中、第9類「眼鏡、レコード、メトロノーム、スロットマシン、ウエイトベルト、ウエットスーツ、浮袋、エアタンク、水泳用浮き板、レギュレーター、家庭用テレビゲームおもちゃ」についての登録を無効とする。」
 審決謄本送達日:平成16年7月23日(原告に対し)
2 審決の理由の要旨(審決の引用部分の証拠は審判手続における証拠を指す。)
 審決の要旨は、以下のとおりであるが、要するに、審決は、原告が、本件原作者の遺産相続人、被告、後記アン・オブ・グリーン・ゲーブルス・ライセンシング・オーソリティ・インク(以下「AGGLA」という。)らの承諾を得ることなく本件商標登録を行ったことは、これらの者との信義誠実の原則に反し、穏当を欠くものであって、かつ本件商標を我が国の商標として登録することは、被告を含むカナダ国政府との間の国際信義に反するものであると判断して、本件商標登録は、商標法4条1項7号に違反し、無効であるとした。
 「(1) 「Anne of Green Gables」の文字について
 請求人から提出された甲各号証を総合すれば、本件商標を構成する「Anne of GreenGables」の文字は、カナダの小説家、ルーシー・モウド・モンゴメリが著した著作物の題号であり、該著作物は、1908年に出版され、主人公の孤児アンが、カナダ東部のプリンス・エドワード島で成長する過程を描いた小説(和名「赤毛のアン」)であり、この小説は、その題号とともに世界中の人々に親しまれているものと認められるところである。
 そして、本件著作物及びこれに関連したその他の著作物に係わる世界中における著作権・商標権その他の法律上の権利を管理し保護している者は、1942年に死亡した本件原作者の遺産相続人たるB1とB2(判決注:以下「本件遺産相続人」という。)並びにカナダ国政府ないし請求人らが構成員となっている第三セクターとして、1994年5月26日にカナダ国プリンス・エドワード・アイランド州法に基づき設立された「アン・オブ・グリーン・ゲーブルス・ライセンシング・オーソリティ・インク(AGGLA)」であることが認められる(甲36)。
 しかして、本件商標は、別掲に示すとおりデザイン化された文字ではあるが「Anne of GreenGables」の欧文字よりなるところ、この語は、上記したように、本件原作者が著した世界的に著名な著作物の題号であり、また、カナダ造幣局が発行した1オンス金貨に刻印として使用されたり(甲17の11、25)、さらに、カナダ郵政省より発行された切手等にも使用され(甲26、39)、AGGLAがその保護の一環として商品化事業を行うなど、上記請求人らを含めたカナダ国の文化資産的性格を有するものというべきである。
(2) そこで、被請求人が我が国で商標登録出願して商標権を取得した行為に基づく本件商標が、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標であるか否かについて、以下検討する。
ア 商標法4条1項7号に該当する商標とは、商標の表示自体が公の秩序又は善良な風俗を害するおそれがあるものや、商標を使用することが社会公共の利益に反する場合に限定されるものではなく、それを採択し権利化する行為が穏当でなく、国際信義に反すると認められる場合においても、当該行為に係る商標は公正な取引秩序を乱し公の秩序を害するものに該当すると解しても差し支えないというべきである(東京高判平成11年12月22日、平成10年(行ケ)185号、最高裁HP)。
イ 被請求人は、…被請求人(被請求人の前身の会社)と本件原作者の遺産相続人との間で締結された1984年2月17日付の乙1の1及び2に示される契約、並びに1986年7月31日付の乙2の1及び2に示される契約をもって、本件商標についての登録出願ないし商標権を取得した行為について、正当性を有する旨主張している。
 しかしながら、乙1の1に係る契約は、主として「赤毛のアン」の「映画制作及びテレビシリーズ化」に関する契約であり、乙2の2はその続編に関する契約と認められるところ、この各号証には、本件著作物の題号であり、かつ本件商標を構成する文字でもある「Anne of GreenGables」を被請求人が商標権化する旨の許諾を得たと認め得る記載は認められない。
 そして、これらの契約が被請求人主張の、著作物「Anne of Green Gables」に関するある種の著作権契約であるとしても、一般に、著作物の題号は著作物から独立した著作物性を持ち得ないと解するのが相当であって(大阪高判昭和60年9月26日昭和59年(ネ)第1803号、最高裁HP)、本件の場合、「Anne of Green Gables」の文字(語・題号)について我が国及びカナダ国において著作権が発生しているとすべき特別の事情は認められないから、上記乙1の1及び2の1の契約をもって、被請求人が本件商標の、著作権契約に基づく我が国における登録出願の正当な権利者であったとすることはできない。
ウ 被請求人は、同人が本件商標を我が国で登録出願し、これを権利化したことについて、…この行為に不正の目的はない旨主張している。
 しかしながら、被請求人のこの旨の主張は、本件商標の採択の経緯が国際信義に反するものか否かとは関わりのない主張であり、また、前記イで認定判断したように、被請求人は、本件商標の取得に関する正当な権利主体あるいは許諾を受けた者であるといえないところである。…
 また、被請求人は、本件遺産相続人、プリンス・エドワード・アイランド州政府及びAGGLA等から承諾を得ることなく、我が国において本件商標を出願し、登録を受けたことは明らかである。
 しかして、本件商標を構成する「Anne of Green Gables」の文字(題号)は、前記(1)で認定判断したように、請求人らを含めたカナダ国の文化資産的性格を有するものというべきである。
 そうであれば、被請求人が「Anne of Green Gables」の文字よりなる本件商標を我が国で独占排他的に使用する意思を持って、上記の関係者等の承諾(許諾)を得ず、無断で登録出願し登録を得た行為は、仮に被請求人に不正の目的がなかったとしても、これを客観的にみれば、上記関係者等との信義誠実の原則に反し、穏当を欠くものであって、かつ、本件商標を日本国の商標として登録することは、我が国と請求人を含むカナダ国政府との間の国際信義に反するものといわなければならない。
(3) してみれば、本件商標は、商標法4条1項7号に違反して登録されたというべきであるから、同法46条1項の規定により、請求の趣旨のとおり、その指定商品中、第9類「眼鏡、レコード、メトロノーム、スロットマシン、ウエイトベルト、ウエットスーツ、浮袋、エアタンク、水泳用浮き板、レギュレーター、家庭用テレビゲームおもちゃ」の登録を無効とすべきである。」
第3 原告の主張の要点
1 取消事由(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)
(1) 商標法4条1項7号は、公益上の理由による不登録事由の一つである。同号を解釈するに当たっては、その文言を広く解釈すべきではなく、同項1号ないし6号の規定を考慮すべきである。具体的には、同項7号違反が認められるのは、@商標の構成自体がきょう激、卑わい、差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合、商標の構成自体がそうでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合、A他の法律によって、その使用等が禁止されている商標、特定の国若しくはその国民を侮辱する商標又は一般に国際信義に反する場合、のいずれかに該当する場合であると解すべきである(「商標審査基準(改定第7版)」参照)。
(2) 本件商標は、「Anne of Green Gables」の欧文字よりなるものであるが、本件商標を構成する欧文字のうち「Anne」の「A」の文字と、「Green Gables」の二つの「G」の文字は、いずれもデザイン化された書体で書されており、その構成上顕著な特徴を有する。「Anne of Green Gables」の文字自体は、「緑の切妻屋根の家のアン」を意味し、本件著作物の原題を知る者にとっては「赤毛のアン」の観念を生じるものであるが、本件著作物を揶揄、嘲笑し、あるいは他人に不快な印象を与えるものではない。なお、本件商標は著作物の題号に係るものであり、著作物に係るキャラクターとは厳格に区別されるべきである。
(3) 審決は、原告が、本件遺産相続人、被告、AGGLAから、本件商標登録についての承諾を得なかったのは、これらの関係者等との信義誠実の原則に反し、穏当を欠くと認定判断したが、本件商標は、何人も自由に採択することができるものであって、その出願・登録に当たり、上記関係者等から承諾を得る必要はない。
 我が国において、著作物の題名や登場人物の名前は、著作物から独立した著作物性を持ち得ず、原著作物の複製とはいえないと解されているのであるから、著作権者の承諾を得ずに本件著作物の原題の文字から構成される本件商標を出願し、登録を得ても、その著作権と抵触するものではない。
 実際のところ、例えば「ハムレット」「ドンキホーテ」「老人と海」「若草物語」「風と共に去りぬ」「白雪姫」「アンデルセン物語」「はだかの王様」など、世界的に著名な著作物について、その原作又は邦訳の題号が商標として多数登録されており、「たけくらべ」「坊ちゃん」「伊豆の踊子」など、我が国で著名な著作物についても、その題号が商標として多数登録されている。また、「シャーロックホームズ」「ピノキオ」「水戸黄門」など、著作物の登場人物の名前に関する商標も多数登録されている。このことは、著作物の題号から構成される商標を登録する上で、当該著作物の原作者の承諾は不要であることを示している。
 なお、本件原作者は、1942年4月24日に亡くなっており、1985年カナダ国著作権法の規定によれば、著作権は著作者の死後50年目に満了するとされているため、カナダ国における本件著作物の著作権は、1992年4月24日付けでその存続期間が満了している。被告は、本件著作物の著作権は、いわゆる復帰権に基づき、1967年に原作者の遺産相続人に復帰したと主張しているが、現在、原告側企業はAGGLAらとの裁判において、この点を争っているところである。
(4) 本件著作物に関連する商標も多数登録されており、その権利者の中には、原告、AGGLAらが含まれる。
 このような商標には、本件商標と同態様のもの、「Anne of Green Gables」又は「ANNE OF GREEN GABLES」の文字(標準文字)からなるもの、「ANNE OF GREENGABLES」の欧文字と「アンオブグリーンゲーブルス」のカタカナ文字の二段書きからなるもの、「Anne of Green Gables」の文字と図形からなるもの、「赤毛のアン」の文字からなるものなどが含まれる。さらに、本件著作物の主人公である「Anne Shirley」(アン・シャーリー)やその他の関連商標も、特許庁において、多数登録されている。
(5) 本件著作物は、カナダ国プリンス・エドワード島を舞台とするものであるが、ある特定の地域にゆかりのある著作物の題号から構成される文字からなる商標であっても、商標法4条1項7号に該当するものではない。
 例えば、スイスの田舎町マイエンフェルトとアルプスを舞台とする「ハイジ」、米国のウイスコンシン、カンザス、ミネソタ各州を舞台とする「大草原の小さな家」、ニューヨーク近郊ハドソン・リヴァーヴァレーにゆかりのある「あしながおじさん」、英国のオックスフォードとテムズ川近郊にゆかりのある「不思議の国のアリス」、ベルギーのアントワープを舞台とする「フランダースの犬」の題号(その邦題も含む。)を構成する文字からなる商標は、特許庁において問題なく登録されている。
(6) 審決は、「Anne of Green Gables」との文字がカナダ国の1オンス金貨に刻印として使用され、切手にもなっていることなどを根拠に、本件商標を構成する文字がカナダ国の文化資産的性質を有すると判断しているが、この認定判断も誤りである。
ア 切手について
 本件商標を構成する文字と同一の文字(態様は異なる)が、1975年にカナダ国郵政省により発行された切手に使用されていることは認める。しかしながら、約30年前に同国でそのような切手が発行されたことをもって、本件著作物が文化資産であるということはできない。
 他国の切手に使用されている名所旧跡であっても、商標登録されているものは多数存在する。例えば、カナダ国とアメリカ合衆国の国境にある有名な滝であり、カナダの切手になっている「ナイアガラ滝」、セントローレンス海路及びセントローレンズ河として有名であり、カナダ国の切手となっている「セントローレンス」、イタリア共和国の世界遺産及び観光地として有名であり、フランス共和国発行の切手にもなっている「コロッセオ」、イタリア共和国ローマ市の観光地として有名であり、フランス共和国発行の切手がある「トレビの泉」などはその例である。
イ 金貨について
 審決は、本件商標を構成する文字が、王立カナダ造幣局が発行した1オンス金貨に刻印されていると認定したが、そのような事実はない。また、この金貨は、そもそも一般に流通させることを目的とする硬貨ではなく、1994年に約1万個鋳造された記念金貨にすぎない。
 他国の紙幣に使用されている人物や名所旧跡であっても、商標登録が認められているものは多数ある。例えば、エジプト・アラブ共和国の25ピアストル紙幣に描かれている「スフィンクス」、2001年9月11日に起きた同時多発テロに関するアメリカ合衆国の追悼記念紙幣に描かれている「自由の女神」、同国5ドル紙幣に描かれている「リンカーン大統領」、イタリア共和国の1000リラ紙幣に印刷されている「マルコポーロ」、子供の教育法で世界的に有名な人物であり、同国の1000リラ紙幣に印刷されている「モンテッソリ」、フランス共和国の100フラン紙幣に印刷されている著名な画家の「セザンヌ」、カルタゴの名将であり、チュニジア共和国の5ディナール紙幣に印刷されている「ハンニバル」などはその例である。
ウ したがって、上記金貨と切手の発行を根拠として、本件商標を構成する文字がカナダの文化資産的性質を有するとした審決の認定判断は誤りである。
(7) 仮に、本件著作物がカナダの文化資産であるとしても、その登録が許されないものではなく、ユネスコが世界遺産として指定した史跡に関する商標も多数商標登録されている。
 例えば、「カナディアンロッキー」「アクロポリス」「アルハンブラ」「バーミヤン」「カルタゴ」「グランドキャニオン」「キリマンジャロ」「ストーンヘンジ」「トロイ」「イエローストーン」などはその例である。このように、他国の文化遺産や自然遺産は、何人も商標として自由に採択できるのであり、その商標登録は商標法4条1項7号に違反しない。
(8) 審決は、本件著作物に関する著作権、商標権その他の法律上の権利を管理・保護している者は、本件原作者の遺産相続人とカナダ政府ないし被告らが構成員となっている第三セクターとして設立されたAGGLAであると認定判断したが、AGGLAは、プリンス・エドワード・アイランド州の会社法に基づき、1994年5月26日に営利目的で設立された法人である。カナダ国政府や州の一組織でもなければ、国や地方公共団体が民間企業との共同出資によって設立したいわゆる第三セクターでもない。そして、AGGLAの株主は、本件遺産相続人と被告であり、カナダ国はその構成員とはなっていない。
 AGGLAの事業は、本件著作物に係る商標等をライセンスしてロイヤリティを得ることであり、文化資産の保護とは対極に位置する営利事業を精力的に展開している。AGGLAのトロント・オフィスが1994年1月1日から2002年6月15日までに受領したロイヤリティについて被告が主張する金額は、逆にAGGLAが営利目的の企業であることを端的に物語っている。
 AGGLA内部でのロイヤリティの分配に関しては、AGGLA設立にあたって、被告、本件遺産相続人等の関係者で取り交わされた1994年5月5日付けの合意書が詳細に規定している。これによれば、AGGLA内部には、「P.E.I.ライセンス委員会」(メンバーの過半数は被告によって任命される。)と「ファミリー・ライセンス委員会」(メンバーの過半数は遺産相続人によって任命される。)があり、「P.E.I.ライセンス委員会」は、基本的に被告州内で製造等された商品に関するライセンスの申込みの事前審査を行っており、「ファミリー・ライセンス委員会」は、同州外で製造等された商品に関するライセンスの申込みの事前審査を行っており、これらの委員会の事前承認がない限り、ライセンスが認められない仕組みになっている。そして、AGGLA内部におけるロイヤリティーの分配は、「P.E.I.ライセンス委員会」による事前承認が必要とされているものについては、原則として被告の資産となるが、「ファミリー・ライセンス委員会」による事前承認が必要とされているものについては、原則として遺産相続人の資産となると規定されている。つまり、AGGLAのライセンスに係る商品が被告州外で製造された場合には、遺産相続人のみの利益になる。このことからもAGGLAが営利を追求する一営利法人であることは明らかである。
(9) 被告が本件審判請求をしたのは、公益上の理由に基づくものではなく、被告が株主であるAGGLAのライセンス事業を援助するためであり、本件商標を無効にして利益を得るのはAGGLAである。
 本件商標は、平成13年4月27日に登録されたところ、AGGLAは、我が国においてライセンス事業を展開する上で本件商標が妨げとなることから、同年8月2日付けで異議申立てを行った。しかしながら、特許庁は、平成14年8月6日、本件商標登録を維持する旨の決定をした。
 他方、AGGLAは、「Anne of Green Gables」との文字からなる商標を、平成13年7月3日に出願したところ(商願2001−060338)、特許庁より、商標法4条1項7号及び11号を理由として拒絶理由通知を受けた。同11号に係る拒絶理由については、本件商標等が引用商標として引用されていたため、AGGLAは、被告名義で本件登録商標の無効審判請求を行い、AGGLA出願に係る商標の審査については、本件審判請求を理由として、最終的な決定の猶予を上申した。
 以上の経緯によれば、被告が本件審判請求を行ったのは、AGGLAを出願人とする上記出願商標を登録する目的からであり、本件商標登録が無効にされた場合に利益を受けるのはAGGLAである。
 本件商標は、指定商品を第9類及び第14類として登録されたものであるが、本件審判は第9類の指定商品のみについて請求されている。本件審判がカナダ国及び被告の文化資産の保護という公益目的で請求されたものであれば、第9類の商品のみを対象とする必然性には乏しい。本件審判請求に係る被告の真の目的は、我が国におけるAGGLAのライセンス事業の展開にとって支障となる本件登録商標の除去にあることは明らかである。
 なお、被告は、被告州内の企業を優遇することが、同州の産業発展に繋がると主張するが、被告州の観光事業を保護するために我が国における本件商標登録を無効にする必要性はない。被告州の観光産業の保護により恩恵を蒙るのは、州の観光産業に従事する事業体である。審決のいう国際信義とは、例えば、我が国の企業と比較して、外国の企業が不当に扱われないことを意味するものであるとしても、外国の特定の地域の企業の利益保護を合理的理由もなく優先することを意味するものでない。
(10) カナダ国商標法9条(1)(n)(iii)は、商品又は役務に係る公的標章として、同国において公的機関によって採択及び使用されている記章、紋章又は標章であって、登録官がその採択及び使用を公告したものについては、これと同一及び近似した標章を採択することはできないと定めているが、AGGLAは同条項にいう「公的機関」に該当しない。
 「Anne of Green Gables」との文字からなる商標は、カナダ国商標法に基づき被告州の公的標章とされているが、その標章権者は被告であり、AGGLAへの名義移転はなされていない。これは、カナダ国知的財産庁が、AGGLAが「公的機関」に該当しないと判断しているからであると考えられる。
 被告は、カナダ国オンタリオ州の上級裁判所における2000年3月10日の判決を引用し、AGGLAは「公的機関」であると認められたと主張する。しかし、「公的機関」については定義規定がなく、その範囲については、上記判決後の連邦控訴裁判所判決(2002年5月28日)を契機に厳しく解されるようになってきている。したがって、裁判所が今後もAGGLAを「公的機関」と認めるかどうかは疑問であり、原告は、現在係争中の事案において、この点を争っている。
 また、そもそも、カナダ国における公的標章の登録に当たり、その文化資産性が要件になっているものではなく、カナダ国の公的標章制度は文化資産保護のための規定ではない。カナダ国の公的標章は、「公的機関」と認められる団体から申請された標章について、何ら審査することなく公告することにより成立する。カナダ国において公的標章として保護されている標章の中には、本件著作物の邦題をローマ字表記した「AKAGE NO ANNE」という標章も含まれており、カナダ国の「公的標章」に関する審査基準の曖昧さが窺える。
 被告が「Anne of Green Gables」に係る「公的標章」を、一営利法人にすぎないAGGLAに譲渡しようとし、私益目的で使用していることは、前記のとおりである。我が国商標法4条2項は、営利を目的としない事業を表示する同条1項6号規定の標章について、国、地方公共団体、公益団体等が商標登録することを認めているが、その商標を使用許諾することは認めていない(商標法30条ただし書き、31条ただし書き)。カナダ国における公的標章もその登録人適格に制限が加えられている点において、上記商標と共通している点があり、被告がカナダ国の公的標章である「ANNE OF GREEN GABLES」標章をライセンス事業に利用することは、商標法の上記趣旨に照らしても、公的標章制度の趣旨を損なうものである。
(11) 本件商標登録は、原告の関連企業と本件遺産相続人間の契約に反するものではない。
 被告が言及する契約のうち、1984年2月16日付け書簡による合意は、1984年2月17日付け書簡による合意によって取って代わられるべきものであるが、前者の合意に基づいたとしても、その内容は映画制作やテレビシリーズ化などについての著作権法の権利に関するものであり、原告が我が国において本件商標を登録出願することを禁ずる規定は一切存在しない。また、我が国においては著作物の題号には著作権は及ばないことは、前記のとおりであり、原告が本件商標出願をしたことは上記合意書の内容に反するものではない。
 1987年7月28日付け書簡による合意は、同年10月19日付け書簡による合意で修正されており、修正版において被告指摘の部分は削除されている。上記10月19日付け合意は、原告の関連会社とシービーシー・エンタープライジーズ(以下「CBC」という。)間で交わされたカナダにおける商品化権契約であり、当該商品化権契約に関連のない事項にまで拘束力が及ぶものではない。本件商標出願は、同商品化権契約に関連してなされたものではなく、上記10月19日付け合意に違反するものではない。
 いずれにしても、被告指摘の上記各契約は、原告が本件商標を登録出願することを禁じる性質のものではない。
(12) 以上のとおり、本件商標は、その構成自体が他人に不快な印象を与え、あるいは本件商標を指定商品について使用することが社会公共の利益や一般的な道徳観念に反するものではなく、他の法律によってその使用が禁止されているものでもなければ、これを出願し、登録を得ることが国際信義に反するものでもない。
2 結論
 本件商標登録は、商標4条1項7号に違反してなされたものではないから、同号に違反するとしてその登録を無効とした審決は取り消されるべきである。
第4 被告の主張の要点
1 取消事由(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)に対して
(1) 公序良俗という概念は一般的であるが、外国の著名商標、著名な外国人の名称を冒認出願するなどの我が国国民による国際信義に反する行為は、我が国の公序良俗を害する行為となり、商標法4条1項7号に該当する。
(2) 本件著作物は、独立国としてカナダ国が誕生した時代をリアルに描いた小説で、英語圏のみならず17か国語に翻訳され、初版が発行された1908年から今日までの間に、世界中で約5000万部売れており、テレビ化、映画化、舞台化されて、世界中において比類のないほど大きな顧客吸引力を獲得している。我が国においても、本件著作物がカナダ国の女性作家であるモンゴメリの小説の題名であることを知らない人はいないといってよいほど著名であり、その主人公である赤毛のアンは、カナダ国の象徴とみなされている。
 本件著作物は、カナダ国の中でも、プリンス・エドワード島と不即不離の関係にある。本件著作物は、美しい自然にめぐまれたプリンス・エドワード島が舞台であり、同島に3世代以上住み続けたいわゆる「アイランダー」であるモンゴメリが、孤児という境涯に置かれた主人公を登場させ、同島に住む人々の暖かい人情を絡ませて、その成長過程を活写したところに成功の秘訣がある。その結果、プリンス・エドワード島は、「The Home of Anne」(アンの故郷)という愛称を持つに至り、我が国も含め世界中のあらゆる国から、本件著作物の愛好者がプリンス・エドワード島を絶えず訪れるようになった。
 このように、本件著作物の主人公である赤毛のアンは、カナダ人の有する美徳を備えていることから、カナダの誇る作品の女性ヒロインとして世界中の憧れ、敬慕の的となっている。本件著作物及びそのキャラクターは、その世界的著名性から、カナダ国の象徴かつカナダ人の精神的なよりどころとなり、カナダ国の文化資産的性格を有するに至っている。
(3) そのため、カナダ政府は、@赤毛のアンの家を中心としてプリンス・エドワード国立公園を形成し、A「Anne of Green Gables」との文字から構成される商標を公的標章に指定し、その名義人である第三セクターであるAGGLA以外の使用を禁止し、Bカナダのイメージを描いた5枚組のコインの一つに赤毛のアンの肖像を配し、かつ「Anne of Green Gables」のイメージを刻印して、カナダ国内でコインを流通させ、C1975年5月に発行した8セント切手の図柄に赤毛のアンを採用して「Lucy Maud Montgomery Anne of Green Gables」との文字を配し、Dカナダ国の公的機関を通じ、本件原作者を1943年に国家の歴史上の人物に指定するなど、本件著作物の保護に関する数々の重要な施策を講じてきた。
 このうち、上記金貨について、原告は、「Anne of Green Gables」との文字の刻印がないと主張するが、この金貨には赤毛のアンの肖像が配置されているのであるから、「Anne of Green Gables」との文字を刻印したのと同視できる。この金貨は、王立カナダ造幣局が1990年から1994年にかけて、「カナダの文化遺産カナダ青年を祝福するために」と銘打って発行したシリーズとしての硬貨の最終版であり、「Anne of Green Gables」金貨と呼称され、本件著作物に栄誉を付与するために発行されたものである。上記金貨は、もとより200ドル通貨として通用するものである。
 「Anne of Green Gables」は、カナダ商標法9項(1)(n)(iii)に基づき、標章権者を被告とする公的標章として定められ、カナダ国において特別に保護されている。被告又はAGGLAを標章権者とする公的標章としては、他に「GREEN GABLESHOUSE」「ANNE OF THE ISLAND」(以上、標章権者は被告。)、「AKAGE NO ANNE」「ANNE SHIRLEY」「LAND OF ANNE」「ANN OF GREEN GABLES-THE MUSICAL」(以上の標章権者はAGGLAである。)などがあるが、その後、被告を権利者とする公的標章はAGGLAに譲渡された(標章権者の名義変更はなされていないものの譲渡自体は有効である。)。これらの標章が公的標章として登録されているのは、カナダ国が本件著作物に係るキャラクターを重要な文化資産であると認め、公的機関以外の登録を禁止することが相当であると判断したからであり、これを侵害することは国際信義上許されない。原告は、カナダ国内で本件著作物に関する商標登録を得ておらず、アメリカ合衆国でも同様である。
(4) 被告州は、カナダ国10州(準州を除く。)のうちの一つの州であり、観光事業を主な産業としている。被告は、本件著作物を観光産業の中核に据え、プリンス・エドワード島をアンの故郷として世界中に宣伝し、本件著作物の保存及び普及、本件原作者の名声及び評価を推進するための活動を積極的に推進している。たとえば、被告は、本件著作物の舞台を構成する施設(住居、教会、学校等)や環境の保全に細心の配慮を払い、同州の自動車のナンバープレートに「Home of “Anneof Green Gables”」との記載を付し、プリンス・エドワード島国立公園内にアンの家の絵及びアンの肖像を設置するなどの施策を講じている。このような観光客誘致活動の結果、プリンス・エドワード島には、その全域にわたって本件著作物に関連する施設や場所が存在するようになり、いまや、島全体が赤毛のアンのテーマパーク化している。
(5) 被告は、1984年12月以降、本件著作物に関する商品化事業を行い、ライセンス事業を展開してきた。被告がライセンス事業を行っているのは、費用のかかるライセンス事業から地場の手工業者を解放し、アンのイメージを維持し、ひいては地域の企業の活性化を図り、被告州の雇用を創出するとの公益に基づくものである。州内の不特定多数の企業に対して保護を与えて州内の経済の振興を図り、「Anne of Green Gables」ブランドに関するライセンス業務を州内外で行い、その経済を発展させることは公益そのものである。
 被告は、1994年、本件遺産相続人をパートナーとして選び、第三セクターであるAGGLAを設立して被告の有する公的標章を譲渡し、AGGLAを通じてライセンス事業を行うようになった。
 原告は、AGGLAは私企業にすぎないというが、AGGLAは公的機関である。AGGLAの目的は、モンゴメリの著作物の普及を図り、同人の名声ないし評判を維持するとともに、本件著作物及びモンゴメリのその他の著作物に関する世界中の著作権、商標権その他の一切の権利を保護するという公益の促進にある。また、AGGLAの役員には被告の職員も含まれており、役員の同意がないと重要な事項は決定できない仕組みとなっている。カナダ国オンタリオ州の上級裁判所における2000年3月10日付け判決(2000年5月24日確定)でも、AGGLAは、州政府により十分な程度の支配下に置かれ、社会のために存する公的機関であると認定されている。
 AGGLAの組織形態が営利法人であることは確かであるが、その理由は、ロイヤリティを徴収することにより文化資産を守るために必要な商標登録費用、法的紛争解決費用などを捻出するためである。AGGLAは、州内の企業に対しては、同州の産業振興のために無料でライセンス事業を行い、州外の企業に対しては、ロイヤリティの支払いを受けており、我が国だけでなく他国においても、商標を登録している。AGGLAのトロント・オフィスが1994年1月1日より2002年6月15日までに受領したロイヤリティは約14億3820万円である。AGGLAは日本国内においても大規模なライセンス事業を展開する予定であり、AGGLAと関係のない者の商品に本件商標が付されて販売された場合には、その出所について混同を生ずるおそれが高い。
(6) 原告は、著作物の題号には著作権が認められていないなどと主張するが、並はずれた顧客吸引力を有する題号からなる著名標章は、当該著作物を創造した著作者の権利継承者に帰属させるべきであり、これを剽窃しようとする一私企業に独占権を付与すべきではない。特許庁は、並はずれた顧客吸引力を有する著作物の著名な題号につき、法律上の権原を有さない一私企業が商標出願してきた場合、著作権者等から許諾を得ないで登録設定を意図することは公正な取引秩序を阻害するおそれがあり、公序良俗に反すると判断しているのであって、題号が著作権を構成していることを前提としているわけではない。本件著作物が、カナダ国ないしはプリンス・エドワード島の文化資産を構成しているとの特許庁の判断は確立している。
 なお、カナダ国著作権法によれば、著作者及びその相続人が著作権を譲渡したとしても、その死後25年経過すれば、著作権譲受人から復帰を拒否する旨の通知がない限り、法律上当然に相続人に著作権が復帰することになる。
(7) 原告による本件商標の出願は、不正な目的に基づくものであり、クリーンハンズの原則に照らし、許されるべきではない。
 原告は、本件著作物とその続編の映画化とテレビ番組化に係る著作権に関し、モンゴメリの権利継承者からライセンスを受けていたランセンシーであり、CBCの商品化事業に関し、例外的かつ極めて限定的ではあるものの、商標使用を含む商品化権に関するライセンスを受けていた。
 原告と本件遺産相続人との間の1984年2月16日付け書簡による合意において、当該会社は「B家(判決注:本件遺産相続人)は、出版権又は商品化権を含むがこれに限定されない個別具体的に供与された権利以外のすべての権利を保持しています。」と確約している。
 また、原告と本件遺産相続人は、1987年7月28日付け書簡による合意により、商標権等につき「書面により特段の合意をしない限り、上記B等のみがこれらの権利に関する全ての登録をなしうる権限を有します。」との確認をしており、原告は、本件原作者の遺産相続人から事前の許可を受けないで商標出願すれば合意違反になることは十分に認識していた。
 にもかかわらず、原告は、1987年10月13日、本件商標出願の前身ともいうべき商標登録第2224831号及び第2227776号を、正当権限者の許諾なく出願した。
 原告は、上記商標出願後に遺産相続人との間で締結した前記1987年10月19日付け書簡による合意において、上記商標を出願したことを秘匿したまま「貴社はCBCエンタープライズとの契約に基づきCBCに対して与えるべきすべての指示につき当職と協議し、かつ両当事者間において合意しなければなりません。当該指示には、CBC、貴社及び当職の依頼人が商標権、著作権、意匠権を保護するために、取るべき措置が含まれます。」との約束をした。原告が、我が国における商標出願について本件遺産相続人に通知したのは、1988年5月9日に至ってからである。つまり、原告は、本件遺産相続人の許可なく商標出願した数日後に、その事実を秘匿して新たな契約をした上、何か月も自らの商標出願の事実を報告しなかったものであり、その対応は不誠実というほかない。
 さらに、原告は、ロイヤリティ計算に必要な会計報告を本件遺産相続人に行わず、十分な証拠もなく名誉毀損に基づく損害賠償訴訟を提起しており、本件商標についても、使用する意思は認められず、本訴における攻撃防御方法も誠実さを欠いている。
 以上のとおり、原告による本件商標出願は、不正な目的に基づくものであり、信義誠実の原則に反する行為である。
(8) 本件著作物は、カナダ国の文化資産であることから、我が国とカナダ国との間の外交関係においても重要な地位を占めている。
 例えば、日加外交関係記念式典等の公式催事には赤毛のアンに関連して、シンポジウム、賞状、感謝状、学位授与などの各種公式行事が組まれており、1999年9月16日には、カナダ国首相が、本件著作物の訳者の孫であるCに対し、日加外交関係樹立70周年記念・文化交流促進功労賞を自ら授与した。また、Dは、2004年6月20日、日加外交関係樹立75年記念事業の一環として被告州を訪問し、赤毛のアンに関するスピーチをされ、二十一世紀万国博覧会「愛・地球博」のカナダ館は2005年5月5日を「赤毛のアンの日」と定めた。さらに、2008年には、赤毛のアン出版100年記念事業が公式行事として今から予定されている。このような事実は、赤毛のアンがカナダの文化遺産であり、我が国もそれを尊重していることを示している。
(9) 被告は、1994年6月9日、特許庁に対し、本件著作物がカナダ国及びプリンス・エドワード・アイランド州の重要な文化資産であるにかかわらず、我が国において濫用的商標出願が横行しているので、「Anne of Green Gables」との標章の我が国における無許諾及び不適切な使用をなくすよう陳情した。被告の発展・技術大臣も、本件著作物はカナダ国民の歴史と文化の重要な部分を構成するものであり、その標章の使用許諾が、関係者の許諾を得て適正に使用される場合にのみ与えられるよう懇請している。この合理的な懇請を無視することは、国際信義に反する行為である。
(10) 以上によれば、「Anne of Green Gables」との欧文字からなる商標が、カナダ国ないし被告州の文化資産を形成し、かつ、同国ないし同州の象徴ともいうべき標章とみなされていることは明白である。原告が、本件商標を指定商品について登録することは、世界的に著名な文化資産に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことになり、その小説に関して育まれてきた文化資産的価値を傷つけるおそれがある。したがって、原告が、被告、本件遺産相続人、AGGLAらの許諾を得ないで、本件商標を我が国の商標として登録することは、我が国と被告を含むカナダ政府との国際信義に反する行為である。
2 結論
 本件商標が商標法4条1項7号に該当するとした審決の判断には何ら誤りはなく、原告の主張は理由がない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)について
(1) 商標法4条1項7号の意義
 商標法4条1項7号は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は、商標登録を受けることができないと規定する。ここでいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」には、@その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形である場合、A当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する場合、B他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合、C特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合、D当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合、などが含まれるというべきである。
 審決は、本件商標登録は、被告を含むカナダ国政府との国際信義に反するとしてこれを無効としているところ、商標登録が特定の国との国際信義に反するかどうかは、当該商標の文字・図形等の構成、指定商品又は役務の内容、当該商標の対象とされたものがその国において有する意義や重要性、我が国とその国の関係、当該商標の登録を認めた場合にその国に及ぶ影響、当該商標登録を認めることについての我が国の公益、国際的に認められた一般原則や商慣習等を考慮して判断すべきである。
 その上で、当該商標が商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に当たるかどうかは、当該事案に現れた上記@〜Dの具体的な事情を総合的に考慮して決することになる。
(2) 本件の事実関係
 まず、事実関係をみると、証拠(枝番の記載は原則として省略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 当事者
 原告は、カナダ国オンタリオ州の法律に基づいて設立され、主として制作映画、テレビ作品の配給などを業とする法人であり、その商号変更前の名称は、サリヴァン・フィルムズ・ディストリビューション社(以下「サリヴァン・フィルムズ」という。)である。また、サリヴァン・エンターテインメント社は、原告の関連会社であり、その商号変更前の名称はハンティングウッド・フィルムズ・リミティッド社(以下「ハンティングウッド」という。)である。
 他方、被告は、カナダ国を構成する州の一つであるプリンス・エドワード・アイランド州の州政府である。
 (甲996、997、乙101)
イ 本件著作物
 本件著作物である「Anne of Green Gables」は、プリンス・エドワード島の美しい自然を舞台として、同島の老兄妹に引き取られた孤児の少女アンが、緑の切妻屋根(Green Gables)の家に住み、同島の人々の暖かい人情や友情に支えられながら、少女から大人へと成長する過程を描いた小説である。本件著作物は、1874年に同島に生まれ、1942年4月24日に死去したモンゴメリによって書かれたものであり、1908年に出版されて以来、カナダ国内で広く読まれていることはもとより、多くの言語に翻訳され、世界的なベストセラーとなった。また、本件著作物は、テレビ化、映画化、舞台化され、多くの観衆を魅了してきた。
 著作権は、カナダ国著作権法によれば、著作者の死亡後50年目で満了するため、1992年4月24日で著作権の保護期間を経過している(原被告を含む関係者間にその後本件遺産相続人に著作権が復帰したか否かをめぐって争いになっている。)。
 本件著作物は、我が国においても、「赤毛のアン」という邦題のもと、世代を超えて広く親しまれており、本件著作物の舞台となったプリンス・エドワード島には、毎年、多くの日本人が観光に訪れている。また、1999年に開催された日加外交関係樹立70周年記念祭の際には、カナダ国首相から、本件著作物の日本語訳者の孫であるCに対し、日加外交関係樹立70周年記念・文化交流促進功労賞が手渡され、二十一世紀万国博覧会「愛・地球博」のカナダ館は、2005年5月5日を「赤毛のアンの日」と定め、アンに関する様々な行事を開催した。
 (乙2〜8、10〜16、18、33、45、46、55〜59、61〜65、67〜72、88、91〜101、116、118、127、141)
ウ 本件著作物についての記念金貨、記念切手の発行等
 王立カナダ造幣局は、1990年から1994年にかけて、「カナダの青年と遺産」をテーマにした200ドルの記念金貨を5回シリーズで発行・販売した。1990年の国旗、1991年のホッケー、1992年のナイアガラの滝、1993年の王立カナダ騎馬警官隊に引き続き、1994年に発行された最後の金貨は、本件著作物の登場人物であるアンを記念して発行されたものであり、その中央にアンの肖像が配されている。この金貨は、我が国においても発売された。
 また、1975年5月には、その中央にアンの図柄を配し、左側には「LucyMaud Montgomery Anne of Green Gables」などの文字が記載された8セント切手が発行された。
 さらに、カナダ国の公的諮問機関である史蹟及び歴史的モニュメント委員会は、1943年、モンゴメリをカナダ国の歴史上の重要な人物に指定し、本件著作物のアンの家のモデルとなった家やその周囲は、プリンス・エドワード島国立公園内で保全されている。
 (乙25、39、57、83〜85、105、107)
エ 本件著作物と被告との関係
 本件著作物の舞台となったプリンス・エドワード島は、カナダ東部に位置する自然豊かな島であり、本件著作物にちなんで「アンの故郷」(The Home of Anne) という愛称を有する。同島にとって、観光は主要な産業の一つであり、被告であるプリンス・エドワード州政府は、本件著作物を観光産業の中核に据え、同島を赤毛のアンの故郷として世界中に宣伝し、観光客を積極的に誘致してきた。被告は、また、同島にある本件著作物と関係のある施設や場所(アンが住む家を再現した家、恋人の小径、モンゴメリの生家、郵便局、教会、博物館等)を整備、保全するなどの施策を講じ、1993年には、同州の自動車のナンバープレートに「Home of “Anneof Green Gables”」と付記した。このような観光客誘致のための活動の結果、プリンス・エドワード島には、その全域にわたって、赤毛のアンに関連する施設や場所が存在するに至っている。
 (乙17、57、60、64、65、117、118、128)
オ 本件著作物と公的標章の登録
 カナダ国商標法9条(1)は、「何人も、事業に関連して、以下のものから構成されている標章又は以下のものと誤認されるほどに類似している標章で、登録官が公的機関の要請によりその採択及び使用を公告したものは、これを商標その他のものとして採択してはならない。」と定めた上で、同項(n)(iii)として、「商品又は役務に用いる公的標章(official mark)として、カナダ国において、公的機関(publicauthority)により採択及び使用される記章、紋章又は標章」を掲げている。
 この規定に基づき、被告は、「ANNE OF GREEN GABLES」との文字からなる標章を1992年8月27日に出願し(出願番号0905533号)、同標章は公的標章として登録された(以下「本件公的標章」という。)。本件著作物に関する他の公的標章として、被告を登録名義人とする「GREEN GABLES HOUSE」「ANNE OF THEISLAND」などの標章、AGGLAを名義人とする「AKAGE NO ANNE」「ANNESHIRLEY」「RED-HAIRED ANNE」「ANN OF GREEN GABLES-THE MUSICAL」などが登録されている。
 被告は、1995年3月28日、「ANNE OF GREEN GABLES」を含む公的標章をAGGLAに譲渡する旨合意したが、標章権者の名義変更は行われていない。
 (乙35、81、104、132)
カ AGGLAの経営形態と業務内容
 AGGLAは、プリンス・エドワード・アイランド州の会社法に基づき、1994年5月26日に設立された営利法人であり、遺産相続人と被告が同数の株式を保有している。AGGLAは、上記のとおり、1995年3月、被告から「ANNE OFGREEN GABLES」を含む公的標章を譲り受け、本件著作物に関するライセンス業務を行っている。
 AGGLA設立のための出願書類には、その主たる目的として、@カナダで最も有名な小説家であるモンゴメリの記憶と認知を図ること、Aモンゴメリやその作品の名声を維持・向上すること、Bアンのイメージを保護すること、Cアンのイメージ及びアンに関する商標の使用を管理・監督すること、Dアンに関する商標やアンのイメージを利用して質の高い商品化を行う者に対し、ライセンスを付与し、ロイヤリティを遺産相続人や州政府等のために収受し、望ましい商標権保護や権利行使のために必要な措置をとること、E会社にとって望ましい他の事業を行うことなどが掲げられている。
 被告、本件遺産相続人等の関係者の間で交わされた1994年5月5日付け合意書(甲976)によれば、AGGLAの取締役は、被告が推薦する3名、遺産相続人が推薦する3名、被告と遺産相続人が推薦する2名の合計8名からなり、商業上のライセンスも含め重要な事項は、取締役の過半数の賛成により決せられ、取締役会の承認を得なければならない、その際、取締役の過半数の中に、被告の推薦者と遺産相続人の推薦者が少なくとも1名ずつは含まれなければならないとされている。
 また、同合意書によれば、AGGLAには、構成員の過半数が被告によって任命される「P.E.I.ライセンス委員会」と構成員の過半数が遺産相続人によって任命される「ファミリー・ライセンス委員会」が存在し(同合意書20項〜22項)、「P.E.I.ライセンス委員会」は、基本的に被告州内で製造等された商品に関するライセンスの申込みの事前審査を行い、「ファミリー・ライセンス委員会」は、同州外で製造等された商品に関するライセンスの申込みの事前審査を行い、これらの委員会の事前承認がない限り、ライセンスは認められないとされている(同23項〜25項)。そして、ロイヤリティの分配は、「P.E.I.ライセンス委員会」による事前承認が必要とされているものについては、原則として被告州のみの資産となるが、「ファミリー・ライセンス委員会」による事前承認が必要とされているものについては、原則として遺産相続人のみの資産になると規定されている(同33項)。
 本件遺産相続人の資産となるロイヤリティは、同遺産相続人が所有するL.M.モンゴメリ遺産相続人会社に支払われる。
 AGGLAは、被告州内の事業者に対して、無償でライセンスを付与し、州外の事業者に対しては、ロイヤリティの支払いを求めている。AGGLAのトロント・オフィスが収受したロイヤリティに基づいて見積もったところでは、1994年1月1日から2002年6月15日までの間に、AGGLA等にライセンスされた商標に関連して販売された商品の売上合計額は、約1770万カナダドル(約14億3820万円)である。
 (甲975、976、乙17、35、103、113、120、123)
キ 原告ないしその関連会社と本件遺産相続人との取引等の経緯
(ア) 原告の関連会社であるハンティングウッドと本件遺産相続人は、前記1984年2月16日付け書簡(甲971、乙49)をもって、本件遺産相続人が有する本件著作物に関する映画化権及びテレビ番組化権に関し、ハンティングが持つオプション権の行使に関する条件や対価等についての合意をしたが、同書簡中には、「B家(判決注:本件遺産相続人)は、出版権又は商品化権を含むが、これに限定されない、個別具体的に供与された権利以外のすべての権利を保持しています。」との文言がある。
(イ) 原告の商号変更前の会社であるサリヴァン・フィルムズと本件遺産相続人は、本件著作物に係るサリヴァン・フィルムズとCBCとの商品化事業に関し、1987年7月28日付け書簡(乙31)をもって、サリヴァン・フィルムズがCBCと商品化事業契約を締結するに当たって上記遺産相続人に支払うべき金額等について合意したが、同書簡には「CBCに対する一切の指示…には、商標権、著作権、意匠権を保護すべく、CBC、貴社(判決注:サリヴァン・フィルムズ)、当方の依頼人(判決注:本件遺産相続人)がとるべき措置に関する指示も含まれています。
 書面により特段の合意をしない限り、上記B等のみがこれらの権利に関する全ての登録をなしうる権限を有します。」との文言がある。
(ウ) CBCとの上記商品化事業に関し、サリヴァン・フィルムズと本件遺産相続人は、1987年10月19日付け書簡(乙137の2)をもって追加的な合意をし、CBCが商品化する商品やそれに付すべき商標等について取り決めたが、同書簡中には、「貴社はCBCエンタープライズとの契約に基づきCBCに対して与えるべきすべての指示につき当職と協議し、かつ両当事者間において合意しなければなりません。当該指示には、CBC、貴社及び当職の依頼人が商標権、著作権、意匠権を保護するために、取るべき措置が含まれます。」との文言がある。
(エ) 原告及びその関連会社は、我が国において、上記追加的な合意に先だつ1987年(昭和62年)10月13日付けで、本件商標と同様の構成の商標登録出願を行い、その旨を翌1988年5月9日になって、遺産相続人に通知した(乙142)。なお、上記商標登録は、その後、いずれも不使用を理由として審判で取り消された(乙41、42)。
ク 本件商標の出願と本件と同様の構成商標の登録状況
 本件商標出願の日は、平成12年6月20日であるところ、本件著作物に関し、それ以前に商標出願・登録されたものは、原告を権利者とする本件と同様の構成の商標(甲405〜424)、AGGLAを権利者とする「Anne of Green Gables」との文字(標準文字)から構成される商標(甲425、426)、AGGLAやその関係者を権利者とする「Anne of Green Gables」との英文字を上段に書し、「アンオブグリーンゲイブルス」とのカタカナを下段に書した商標(甲431〜436)、AGGLAやその関係者を権利者とする「赤毛のアン」との文字からなる商標(甲443〜446、449〜472)、株式会社トヨサキ製菓等を商標権者とする「アンシャーリー」との文字からなる商標(甲495〜498)、AGGLAを権利者とする「RED HAIR ANNE」との英文字を上段に書し、「レッドヘアーアン」とのカタカナを下段に書した商標(甲513〜536)など多数ある。
ケ AGGLAは、「Anne of Green Gables」との文字からなる商標を、指定商品を第28類「おもちゃ、人形」として、平成13年7月3日に出願し(商願2001−060338)、平成14年7月2日、特許庁より、商標法4条1項7号及び11号を理由として拒絶理由通知を受けた。同11号に係る拒絶理由については、本件商標等が引用されていたところ、AGGLAは、平成15年3月13日付け上申書をもって、特許庁に対し、本件商標登録について被告が無効審判請求をしたことを理由に、上記商標出願についての最終決定を猶予するように上申した。
 (甲1004〜1006、1010)
(3) 商標法4条1項7号の該当性
 そこで、以上認定の事実関係(必要に応じて、これに弁論の全趣旨によって認められる若干の事実を付加している。)に基づいて、本件商標の登録が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するかどうかについて判断する。
ア 本件著作物の文化的価値と日加両国間の関係
 本件著作物は、カナダ国を代表する作家によって書かれた世界的に著名な文学作品であり、その主人公であるアンは、物語の舞台となっているプリンス・エドワード島の美しい自然とあいまって、同国を象徴する存在とみなされているものと認められる。そして、アンの肖像が同国の金貨や切手で採用されるなど、同国の公的機関がモンゴメリを歴史上の重要な人物に選んでいることは、同国政府が本件著作物の文化的な価値をことのほか高く評価し、これをカナダ国及びその国民の誇るべき重要な文化的な資産と認識していることを端的に示しているということができる。
 加えて、本件著作物は、我が国においても、世代を超えて広く親しまれ、我が国とカナダ国の友好関係の架け橋ともいうべき役割を担ってきた作品ということができるのであって、我が国も、カナダ国及びその国民が本件著作物に対して有していたそうした高い評価に理解を示すべき立場にあるものといわなければならない。そうすると、我が国が本件著作物、原作者又は主人公の価値、名声、評判を損なうおそれがあるような商標の登録を認めることは、我が国とカナダ国の国際信義に反し、両国の公益を損なうおそれが高いものというべきである。
イ 本件商標の外観、呼称、観念
 本件商標は、「Anne of Green Gables」との欧文字からなり、「Anne」の「A」の文字と、「Green Gables」の二つの「G」の文字がいずれもデザイン化されたものであって、「Anne of Green Gables」の文字自体は、「緑の切妻屋根の家のアン」を意味し、本件著作物の原題を知る者にとっては本件著作物の観念を生じるものであるから、確かに、本件商標の構成自体は、「Anne of Green Gables」との文字を一部デザイン化したものにすぎないものとして、特段の事情がない限り、本件著作物、原作者又は主人公の価値、名声、評判を損なうおそれがあるとは認められない。
 しかしながら、本件著作物の主人公について醸成された前記のアンのイメージを考えるならば、本件商標を本件指定商品の一部のもの(例えば、スロットマシーンなど)について使用する場合には、商品の品質等に問題がなくとも、本件著作物の主人公の価値、名声、イメージ等を損なうおそれが生じることを否定することはできない。
ウ カナダ国における公的標章としての地位
 前記認定のとおり、「ANNE OF GREEN GABLES」との文字からなる標章は、カナダ国商標法9条(1)(n)(iii)に規定された「商品又は役務に用いる公的標章として、カナダ国において、公的機関により採択及び使用される記章、紋章又は標章」として被告により出願され、登録されているとの事実が認められる。カナダ国商標法9条(1)柱書きによれば、何人も、このような公的標章又はこれと類似している標章をその事業で使用することはできないとされており、原告がカナダ国内において本件商標と同様の商標を登録し、使用することができないことは、当事者間に争いがない。
 カナダ国商標法(1)(n)(iii)に規定された公的標章は、原告も指摘するとおり、同国の文化的資産と認定されることを要件とするものではなく、我が国商標法4条1項2、5、6号等に該当する印章、記章等に該当するものでもない。しかしながら、前記のとおり、本件著作物はカナダ国の誇る文化的な資産であり、我が国においても世代を超えて広く親しまれている作品であるところ、カナダ国において本件著作物の原題である「ANNE OF GREEN GABLES」との文字からなる標章が公的標章として登録され、標章権者以外の私的機関がこれを使用することが禁じられていることは、我が国が同一の文字からなる本件商標の登録を認めるかどうかを判断する上でも十分に斟酌すべきであり、本件著作物の主人公の価値、名声、イメージ等を保護、維持し、我が国とカナダ国との国際信義に配慮するという公益的な観点から、私的利益を追求する機関・団体に本件商標の商標登録を制限することには十分な理由があるというべきである。(なお、前記認定のとおり、被告は「ANNE OF GREENGABLES」を含む公的標章をAGGLAに譲渡する旨合意したが、標章権者の名義変更が行われていない。当事者間には、AGGLAが「公的機関」に該当するかどうか争いがあるが、この点は上記認定判断を左右しない。)
エ 著名な著作物の題号についての商標登録の許容性
 本件商標は著名な小説の題号であるところ、我が国の商標法には、他人の筆名やその著名な略称を含む商標について、当該他人の承諾がない限り登録をすることができない旨の規定はあるが(商標法4条1項8号)、著名な著作物の題号を含む商標の登録を明示的に禁止し、あるいはその登録に当該著作物の著作権者等の承諾を要する旨の規定は存在しない。実際のところ、「ハムレット」(甲12、13)、「ドンキホーテ」(甲18、19)、「風と共に去りぬ」(甲1001、100 2 ) 、 「白雪姫」( 甲1 5 7 、 1 5 8 ) 、 「アンデルセン物語」(甲213、214)など、世界的に著名な著作物について、その原作又は邦訳の題号が商標として多数登録され、「坊ちゃん」(甲88、89)、「伊豆の踊子」(甲153、154)、「たけくらべ」(46、47)など、我が国で著名な著作物についても、その題号が商標として多数登録されているとの事実が認められる。
 しかしながら、題号は、当該著作物の標識というべきものであるから、その著作物を他の著作物から識別する機能を有するとともに、当該著作物の評価や名声がその題号に化体し、著名な著作物についてはその題号自体が大きな経済的価値を有する場合があり、本件著作物のような世界的に著名な題号が有する経済的な価値は、計り知れないものがある。本来万人の共有財産であるべき著作物の題号について、当該著作物と何ら関係のない者が出願した場合、単に先願者であるということだけによって、当該指定商品等について唯一の権利者として独占的に商標を使用することを認めることは相当とはいい難く、商標登録の更新が容易に認められており、その権利行使は半永久的に継続されることになることなども考慮すると、なおさら、かかる商標登録を是認すべき必要性は低いというべきである。
 そうすると、本件著作物のように世界的に著名で、大きな経済的な価値を有し、かつ、著作物としての評価や名声等を保護、維持することが国際信義上特に要請される場合には、当該著作物と何ら関係のない者が行った当該著作物の題号からなる商標の登録は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当すると解することが相当である。
 他方、当該著作物の著作者が死亡して著作権が消滅した後も、その相続人ないし再相続人がその題号について、強い権利を行使することを認めることは、著作権を一定の期間に限って保護し、期間経過後は万人がこれを自由に享受することができる状態になるものと想定した著作権法の趣旨に反する。審決は、原告が、本件遺産相続人、被告州政府及びAGGLA等から承諾を得ていないことを、本件商標登録を無効とする理由として挙げているが、著作者の相続人やその関係団体などの承諾が必要であると解すべき法的根拠は、必ずしも明確ではない。著作者の相続人やその運営・管理する団体による著作物の題号の商標登録が、当該著作物、原作者又は主人公の価値、名声、評判を維持・管理するなどの公益に資する場合は格別、単に私的な利益を追求するものであれば、上記第三者の場合と同様、そのような商標登録が我が国の公序良俗に反するものとして制限されることも当然あり得るというべきである。
オ 本件商標の出願経過
(ァ) 原告の関連会社であるハンティングウッドと本件遺産相続人との間の1984年2月16日付け書簡による合意には、上記認定の文言があり、この文言は、必ずしも我が国における商標出願について明示的に言及したものではないが、本件遺産相続人が本件著作物に関するすべての権利を有していることを強調し、当該合意された具体的な権利のほかに、本件著作物について一切の権利行使を認めない明確な意向を示すものであり、原告は、こうした本件遺産相続人の明確な意向を認識していたことは明らかである。
(ィ) 原告の商号変更前の会社であるサリヴァン・フィルムズと本件遺産相続人との間の1987年7月28日付け書簡による合意の中にも、上記認定の文言があり、同書簡には、そのほかにも、その趣旨・理由等が詳述されており、全体として、本件遺産相続人が本件著作物に関するすべての権利を有していることが強調されている。
(ゥ) さらに、CBCとの上記商品化事業に関し、サリヴァン・フィルムズと本件遺産相続人は、1987年10月19日付け書簡による追加的な合意の中にも、上記認定の文言がある。
(ェ) 原告は、1987年(昭和62年)10月13日付けで本件商標と同様の構成の商標出願を行い、その旨を1988年5月9日まで遺産相続人に通知しなかったのであるが、上記(ウ)の合意の際、本件遺産相続人ないしAGGLAに対しこの事実を何ら説明しなかったものであり、本件商標出願について、具体的にいかなる不正の目的があったかは認められないものの、少なくとも、その出願経緯には、相当期間にわたって取引をしてきた本件遺産相続人との信義に反するものがあったということができる(なお、その後、1992年に、本件著作物の著作権が期間満了を迎えている。)。
(ォ) これらの諸事情、とりわけ原告ないしその関連会社と本件遺産相続人との間の書簡による合意内容などに照らすと、原告による本件商標の出願の経緯には社会的相当性を欠く面があったことは否定できない。
カ 小括
 以上のとおり、@本件商標は、世界的に著名で高い文化的価値を有する作品の原題からなるものであり、我が国における商標出願の指定商品に照らすと、本件著作物、原作者又は主人公の価値、名声、評判を損うおそれがないとはいえないこと、A本件著作物は、カナダ国の誇る重要な文化的な遺産であり、我が国においても世代を超えて広く親しまれ、我が国とカナダ国の友好関係に重要な役割を担ってきた作品であること、Bしたがって、我が国が本件著作物、原作者又は主人公の価値、名声、評判を損なうおそれがあるような商標の登録を認めることは、我が国とカナダ国の国際信義に反し、両国の公益を損なうおそれが高いこと、C本件著作物の原題である「ANNE OF GREEN GABLES」との文字からなる標章は、カナダ国において、公的標章として保護され、私的機関がこれを使用することが禁じられており、この点は十分に斟酌されるべきであること、D本件著作物は大きな顧客吸引力を持つものであり、本件著作物の題号からなる商標の登録を原告のように本件著作物と何ら関係のない一民間企業に認め、その使用を独占させることは相当ではないこと、E原告ないしその関連会社と本件遺産相続人との間の書簡による合意内容などに照らすと、原告による本件商標の出願の経緯には社会的相当性を欠く面があったことは否定できないことなどを総合考慮すると、本件商標は、商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当し、商標登録を受けることができないものであるというべきである。
(4) 原告の主張に対する判断
 以上判断したとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がないものということができ、審決取消事由に関する原告の主張は、いずれも失当であるか、又はことさら判断する必要がないものであるが、原告の主張のうち以下の主張については、事案に鑑み、念のため、個別的に判断を加えることとする。
ア 著名な著作物の題号等の商標登録の許容性について
 原告は、@本件著作物と同様な構成の商標も被告、AGGLA、その他の企業によっていくつか登録されていること、A世界的に著名な著作物の題号、主人公名、そのゆかりの地名等から構成される商標がこれまでに多数登録されてきていること、B他国の著名な文化遺産や自然資産についても、同様に多数登録されてきていることなどを挙げて、本件商標は、何人でも自由に登録商標として採択することができると主張する。
 確かに、原告の指摘するとおり、「Anne of Green Gables」又は「ANNE OF GREENGABLES」の文字(標準文字)からなるものの中には、従来商標として登録されているものもあり、世界的に著名な著作物の題号、主人公名等や、他国の著名な文化遺産や自然資産の名称を含む商標にも登録されているものもある。
 しかしながら、当裁判所は、我が国の商標法がこれを禁ずる明文を欠いていることを前提に検討しているのであって、本件商標を構成する「Anne of GreenGables」がカナダ国の文化資産的性格を有する作品の原題であることから、ただちに、本件商標登録がカナダ国政府との間の国際信義に反すると解しているわけではない。上記判示から明らかなように、当裁判所は、本件著作物の著名の程度、当該国と我が国の関係、本件商標と同一の文字からなる商標のカナダ国における法的保護の状況、著作物の文化的な価値等を管理する団体の有無、著作者ないしその承継人との交渉の経緯、当該著作物と指定商品の種類との関係、その他一切の事情を総合して、事案ごとに判断すべきものであると解した上で、本件について商標法4条1項7号に該当するかどうかを判断しているものである。
 また、従前、他国の著名な著作物の題号について商標登録がされているとはいっても、交通通信手段が飛躍的な発展を遂げ、国際化、ボーダーレス化が急速に進歩している今日、国民の意識、取引の実情等も大きく変化を続けているのであるから、そうした急激な事情の変動は商標登録の許容性の判断にも当然に少なからず影響を及ぼすものであって、過去に商標登録された例が相当数あるからといって、必ずしも決定的な参考例になるものということはできない。
イ 被告と密接な関係にあるAGGLAの団体としての性格等について
 原告は、本件訴訟の提起及びその前提になる無効審判の請求はAGGLAの企業利益を擁護するためであって、AGGLAは利益を追求する純粋な民間企業であり、被告の本件無効審判請求には公的な利益はない、と主張する。
 上記認定事実によれば、AGGLAは、本件著作物に関する権利の管理等を目的として官民平等の持分によって設置された民間企業であるが、被告が参画した側面では公共目的を追求する団体であるということができるものの、本件遺産相続人が参画した側面では、その限りにおいて相続人の私的な利益を追求する企業である可能性を否定し得ず、万人の共有財産に化した本件著作物の管理団体として自ら商標登録の権利主体となるのに適切といえるだけの公益的な活動に従事しているかどうかは本件証拠上明らかであるとはいえない。
 この点について、当裁判所は、重要な事実であると認識して、弁論を再開し、当事者双方による補充立証を求めるなどして、慎重に検討したが、仮にAGGLAが原告の主張するとおり、営利を追求する法人としての一面を有しているとしても、本件商標登録が商標法4条1項7号に該当するとの判断を左右するものではないとの結論に至ったものである(AGGLAが本件著作物に関する商標の登録主体になり得るか否かについては、AGGLAの目的、組織、活動の実態、ロイヤリティの分配や使途などに照らし、慎重に検討すべきであると考えられるが、将来の問題にすぎないから、これ以上、この問題には立ち入らないこととする。)。
ウ 観光産業の育成と公益性について
 なお、被告は観光産業の保護育成のために本件著作物及びその題号を維持・管理することは公益性の高い公共業務であると主張しているのに対し、原告は、観光産業は収益事業の一つにすぎないと主張して、被告の主張を争っている。
 この点、地方の観光産業が特定の著作物やその主人公の知名度や人気に依存している場合に、当該地方とは関係のない第三者が当該著作物の題号や主人公の名前を商標登録して独占した結果、当該地方の観光産業全体が深刻な打撃を受けるようなことがあれば、当該商標登録が公序良俗に反するとされることも考えられなくはないが、本件においては、原告が本件商標を我が国で登録することにより、被告州の観光産業が深刻な影響を受けると認めるに足る証拠はない。
 当裁判所は、前記判示のとおり、原告による本件著作物に関する本件商標登録の出願・登録は、本件著作物、原作者又は主人公の価値、名声、評判を損うおそれがあることについて、公益的な観点から推断したものであり、被告州による観光産業の保護育成の必要性の点は、その理由に用いていない。
2 結論
 本件商標登録が商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当して無効とされるべきであるとした審決の判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
 よって、審決の取消しを求める原告の請求は棄却を免れない。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 塚原朋一
 裁判官 佐藤達文
 裁判官 清水知恵子は、差し支えにつき、署名押印することができない。
裁判長裁判官 塚原朋一
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