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【事件名】振動制御プログラム侵害事件(2)
【年月日】平成18年8月31日
 知財高裁 平成17年(ネ)第10070号 著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成16年(ワ)第16747号)
 (平成18年5月11日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 株式会社アイセル
訴訟代理人弁護士 大西幸男
同 大胡誠
被控訴人 I M V 株式会社
訴訟代理人弁護士 松村信夫
同 坂本優
同 塩田千恵子


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、振動制御システムK2及びK2/Sprintを複製し、頒布し、又は頒布のために広告若しくは展示をしてはならない。
(3) 被控訴人は、控訴人に対し、5000万円及びこれに対する平成16年8月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、振動制御システムK2及びK2/Sprint(以下「被控訴人製品」という。)を販売する被控訴人の行為が、振動制御器F3に組み込まれているソフトウェアプログラム(本件プログラム)につき控訴人が有する翻案権を侵害しているとして、控訴人が、被控訴人に対し、著作権法112条1項に基づき被控訴人製品の頒布等の差止めを求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日からの年6分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
1 前提事実(証拠を挙げた箇所以外は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 控訴人は、通信機器、電子計測機器及びこれらの部分品の設計製造販売及び輸入販売並びに電子計算機及び電子計算機周辺端末機器(装置)のハードウェア及びソフトウェアの設計製造販売及び輸入販売等を目的とする株式会社である。
イ 被控訴人は、電子・電気・通信機械器具並びに部品・付属品の製造、販売、賃貸及び輸出入等を目的とする株式会社である。
(2) 振動制御器の開発に関する従前の経緯
ア 被控訴人は、昭和61年ころ、控訴人に対して振動制御器SX−2000の開発業務を委託したことがあり、その後、控訴人に対して、振動制御器のソフトウェアのプログラム開発を委託し、開発されたソフトウェアを複製して組み込んだ振動制御器を販売するようになった。
イ G1・G2契約
 控訴人と被控訴人は、平成2年1月5日、控訴人の従業員が被控訴人に出向して、被控訴人の企画する振動制御システムで開発コードネームを「G1」及び「G2」とするものを開発する旨の契約(以下「G1・G2契約」という。)を締結した。(甲4)
ウ 基本契約
(ア) 控訴人と被控訴人は、平成4年2月3日、被控訴人が控訴人にソフトウェアプログラム設計製作等の業務を委託する契約に共通に適用されるべき基本的な事項について定める契約(以下「92年基本契約」という。)を締結した。
 92年基本契約には、別紙1(92年基本契約書抜粋)記載の条項が含まれていた。(甲1)
(イ) 控訴人と被控訴人は、平成6年4月ころ、被控訴人が控訴人にソフトウェアプログラム設計製作等の業務を委託する契約に共通に適用されるべき基本的な事項について定める契約(以下「94年基本契約」という。)を締結した。
 94年基本契約には、別紙2(94年基本契約書抜粋)記載の条項が含まれていた。(甲2)
(ウ) 上記両基本契約により、控訴人と被控訴人間では、個別の製品の開発に当たって具体的な事項を定める個別契約が締結された場合、当該個別契約と上記両基本契約のいずれもが適用されることとされた。
エ G1・G2契約に基づく開発
 G1・G2契約に基づき、振動制御器RC−1110、RC−1120及びSC−1000(いずれも開発コードネーム「G1」に相当する。)が開発された。このうちRC−1120は、デジタル振動制御器であり、一体型かつ単軸の汎用振動制御器であって、RANDOM、SINE、SHOCK及びMEASUREがアプリケーションソフトウェアプログラムとして設定されていた。
 その後、MS−Windows3.1又はWindows95が走行可能なパソコンベースの単軸、多軸対応の多自由度振動制御解析システムを備えた汎用振動制御器F2(開発コードネーム「G2」に相当する。以下「F2」という。)が開発された。(甲8、33、34)
(3) F3契約
ア F3契約の締結
 控訴人と被控訴人は、平成9年8月ころ、控訴人が被控訴人の企画する振動制御・計測システムで開発コードネームを「F3」とする製品(以下「F3」という。)の開発作業に参加する旨の契約(以下「F3契約」という。)を締結した。
 F3契約の内容は、別紙3(F3契約条項)記載のとおりであった。(甲3)
イ F3の概要
 F3契約に基づき、平成12年12月ころまでの間、振動制御器F3の開発が行われた。
 F3は、工業製品が輸送中又は使用中に受ける振動は、ランダム、ショック及び正弦波によってシミュレートすることができるという考えに基づき、ランダム、ショック及び正弦波振動試験のすべてをサポートする低価格で高性能の振動制御器として、F2のパソコンベースを更に進化させたWindows2000対応機種として、ネットワーク対応可能で、小規模単軸システムから大規模多軸システムまで幅広く対応可能でありながら、大幅にハードウェアコストを低減させるものとして、開発された。(甲12)
(4) F3の開発(各項に掲げる証拠のほか、乙13〔各枝番を含む。〕)
ア 開発の開始
 F3の開発は、被控訴人と控訴人が協議した上で、手順等を決め、被控訴人が控訴人に対して必要な機材を貸与して、開始された。
 まず、平成10年3月ころまでの間、WIN32共通部(WIN32ソフトウェア開発のための共通部分となる各種ソフトウェア)、F3特有共通部(F3特有の共通部分となるソフトウェア、ソフトウェアプロテクトのためのソフトウェア)及びF3アプリケーションの単軸版SINEの各ソフトウェアのプログラム開発が行われた。
 この期間の開発費として、被控訴人から控訴人に対し、別紙6(支払一覧表)のNo.1ないしNo.10の金額欄記載の各金員合計2415万円が支払われた。(乙1)
イ 第2期工事
 控訴人と被控訴人は、平成10年6月30日、同日以後もF3の開発(以下「第2期工事」という。)を進める旨合意した。
 第2期工事の途中、ハードに不具合が生じ、F3インターフェースリピータ基板設計が更に必要とされたことがあった。
 第2期工事の開発は、平成11年10月に完了した。
 第2期工事の開発費として、被控訴人から控訴人に対し、別紙6(支払一覧表)No.13ないしNo.26の金額欄記載の各金員合計8796万円が支払われた。(乙1ないし6)
ウ F3/RANDOM、SORの開発
 控訴人は、平成11年11月4日、F3/RANDOMの開発について見積りを行い、控訴人と被控訴人は、同月19日、F3/RANDOM、SOR(SINE on RANDOM)の開発を行う旨合意した。
 その後、その開発が行われるとともに、バグの除去が行われ、平成12年9月末ころ、F3/RANDOMの検収が完了した。
 また、廉価版「F3Lite」のハード及びソフトの開発を内容とする「F3 小規模専用I/Oユニット」の開発及びF3入力チャンネル増設用のハードの開発を内容とする「F3 8 ch モジュール」の開発が行われた。
 控訴人は、同年11月30日、被控訴人に対し、F3/SORを納めたCD−Rを送付した。
 この期間の開発費として、被控訴人から控訴人に対し、別紙6(支払一覧表)No.27ないしNo.41の金額欄記載の各金員合計7756万6300円が支払われた。(甲25の1、乙7ないし9)
エ 本件プログラム
 被控訴人のF3は、同器操作のための別紙4(F3のソフトウェアプログラム)記載のソフトウェアプログラム(なお、これらのソフトウェアプログラムの構成概念図は別紙5〔F3構成図〕のとおりである。)を組み込んでいる。これらのソフトウェアプログラムのうち別紙4の(4)CSHOCK実行サーバー及び(5)BSHOCKクライアントは被控訴人が作成し、その余は控訴人が作成した(以下、別紙4記載のソフトウェアプログラムから(4)CSHOCK実行サーバー及び(5)BSHOCKクライアントを除いたものを「本件プログラム」という。)。
 上記アないしウのとおり、本件プログラムの開発に関し、被控訴人が控訴人に対して支払った開発費の合計は、1億8967万6300円である。
(5) 開発の中断
 平成12年7月26日、被控訴人は、「F3 SINE、RANDOM多点版の要求仕様書」を控訴人に送付し、同年8月18日、控訴人は、被控訴人に対し、開発費を合計6100万円とする「F3 多点並列加振ソフトウエア開発」の見積書を被控訴人に送付した。これに対し、被控訴人は、控訴人に対し、F3多点並列加振ソフトウェアの開発に直ちにはとりかからない旨を回答した。また、控訴人は、同年11月8日、被控訴人に対し、F3多点並列加振ソフトウェアの注文書を早期に発行するよう求めたが、被控訴人はこれに応じなかった。
 そこで、控訴人は、同月22日、被控訴人に対し、F3のソフトウェアの開発に携わってきた控訴人の九州支社を同月28日に閉鎖し、開発のために被控訴人から預かっていた機材一式を同年12月中旬までに返還する旨を伝えたが、被控訴人は、同年11月27日、控訴人に対し、九州支社の閉鎖を容認しない旨を連絡した。
 被控訴人は、同年12月以降も、控訴人に対し、F3の問題点を指摘して修正を依頼しており、控訴人は、同年12月18日にバグを修正したソフトウェアを送付するなど、被控訴人の依頼に応じていた。(甲21〔各枝番を含む。〕、甲25の2ないし11、乙10)
(6) 本件解除
 控訴人は、被控訴人に対し、平成14年3月22日付けの通知書をもって、被控訴人の債務不履行に基づき、控訴人と被控訴人間の92年基本契約、94年基本契約及びF3契約を含むすべての契約を解除する旨の意思表示をし、同書面は、同月25日、被控訴人に到達した(以下「本件解除」という。)。(甲27〔各枝番を含む。〕)
(7) F3に関する訴訟の経過
ア 本件プログラムの複製、翻案の差止めを求める訴訟の提起
 控訴人は、平成14年10月25日、被控訴人に対し、本件解除により本件プログラム(ただし、別紙4の(6)@、Aを除く。以下、本項において同じ。)の著作権は控訴人に復帰したと主張して、同プログラムの複製、翻案の差止めを求める訴訟(大阪地方裁判所平成14年(ワ)第10871号、以下「大阪訴訟」という。)を提起した。同訴訟の口頭弁論は、平成15年11月11日に終結した。(甲16)
イ 損害賠償請求訴訟の提起
 控訴人は、平成14年10月28日、被控訴人に対し、F2等の製造ライセンス料の支払等につき債務不履行があったと主張して、損害賠償を求める訴訟(東京地方裁判所平成15年(ワ)第28884号。なお、この事件番号は、東京地方裁判所が同訴訟を大阪地方裁判所に移送する旨の決定をし、これに対する即時抗告により同決定が取り消されて、同訴訟が東京地方裁判所に係属することとなった後に付されたものである。)を提起した。
 同訴訟は、平成16年6月9日、被控訴人がF3の製造及び販売を行わないこと、被控訴人が控訴人に対して解決金2000万円を支払うこと、控訴人が、大阪訴訟につき、判決言渡し後に取り下げること等を内容とする訴訟上の和解が成立して、終了した。(甲17)
ウ 大阪訴訟の判決と取下げ
 平成16年6月15日、大阪訴訟について、控訴人の請求をいずれも棄却する旨の判決が言い渡された。なお、同判決の理由中には、控訴人と被控訴人の間のすべての契約が解除されたとしても、被控訴人に帰属している本件プログラムの著作権は控訴人に復帰せず、本件プログラムの翻案権も同様である旨が判示されている。
 控訴人は、同月16日付けで大阪訴訟を取り下げた。(甲16)
(8) 被控訴人製品の販売
 被控訴人は、平成16年1月ころから、被控訴人製品、すなわち、振動制御システムK2(以下「K2」という。)及びK2/Sprintを販売している。
2 争点
(1) 本件プログラムの著作物性の有無(争点1)
(2) 本件プログラムの翻案権の帰属(争点2)
(3) 本件プログラムの翻案権の留保の有無(争点3)
(4) 本件解除による本件プログラムの翻案権の復帰(争点4)
(5) 被控訴人製品と本件プログラムの翻案の有無(争点5)
(6) 控訴人の損害額(争点6)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件プログラムの著作物性の有無)について
(1) 控訴人の主張
 本件プログラムは、プログラムの著作物である。
(2) 被控訴人の主張
 本件プログラムのどの部分が創作性を有するのかは知らない。
2 争点2(本件プログラムの翻案権の帰属)について
(1) 控訴人の主張
ア ソフトウェアの開発は、通常、プロジェクト開発の総責任者であるプロジェクトマネージャーの指揮により進行し、プロジェクトマネージャーは、ソフトウェアの基本構想、基本設計・詳細設計の開発に責任を持ち、工程全体を管理する。基本ソフトウェアの開発は、プロジェクトマネージャーの存在なしに実現できず、ソフトウェアのプログラムの翻案権を含む著作権は、通常、プロジェクトマネージャーの所属によりその帰属が決まる。
 控訴人が被控訴人に対し開発したプログラムは、SX−2000からF2、そして、本件のF3に係るものまで、すべて、控訴人の従業員であるAがプロジェクトマネージャーであり、上記各プログラムの基本構想、基本設計・詳細設計の開発に責任を持ち、工程全体を管理して完成された控訴人の法人著作である。当時の被控訴人は、部品の販売を主たる業務としていた商社であり、被控訴人には、プロジェクトマネージャーとしての役割を果たす者はいなかったし、上記プログラムを開発できる優秀なシステムエンジニアも存在せず、被控訴人に本件プログラムを開発する能力はなかった。被控訴人は、控訴人に対し、上記の開発について、いわゆる「丸投げ」状態で委託し、ハード上に表現される画面についての要望を出す程度にしか関与していない。本件プログラムは、F3契約に従い、控訴人の発意に基づき、控訴人のオリジナルの技術面の基本構想、アイデア、技術力により開発されたオリジナルの成果物であり、控訴人の業務に従事する者が職務上作成したものである。
 したがって、本件プログラムの翻案権は、控訴人に帰属する。
イ 被控訴人は、自社ブランドの製品を企画したが、本件プログラム等の開発をする能力はなく、外部でその開発能力及びノウハウのある開発委託先会社は、事実上、控訴人に限られていた。しかし、被控訴人は、控訴人に対する約定の開発費すら支払いが継続的に遅滞する状態に陥るなど、高額の開発費を支払う能力がなかった。
 そこで、控訴人は、被控訴人に対し、SX−2000以降、開発費(実費+通常企業利益)に加え、ライセンス料(被控訴人の製品販売金額に応じてのライセンス料)の支払いを要請してきたが、被控訴人は、「製造ライセンス料」の支払を拒んできた。しかし、被控訴人は、遅くとも平成4年までに、「製作に関するライセンス料」を支払うことに同意した。これは、被控訴人が作成した契約書(甲1ないし4)に、著作権は被控訴人に帰属する旨の記載があるにもかかわらず、控訴人と被控訴人は、被控訴人の開発能力及び支払能力の欠如という実態に合わせて、著作権の帰属に関する上記契約内容の実質的な変更に合意し、被控訴人は、控訴人が開発するプログラムについて、控訴人が著作権を有することを認めて、控訴人に対しライセンス料を支払うことを承認したものであり、同合意に基づき、被控訴人は、平成4年以降、平成12年11月31日までの長期間にわたり、ライセンス料を支払い続けていた。
 したがって、遅くとも平成4年までに、契約書上の文言にかかわらず、控訴人と被控訴人間では、控訴人が開発したプログラムの翻案権を含む著作権は控訴人が有する旨の合意が成立しており、本件プログラムの翻案権は控訴人が有する。
(2) 被控訴人の主張
ア 本件訴訟においては、本件プログラムの翻案権が控訴人に留保されているかの点と、翻案権が控訴人に留保されているとして、被控訴人製品に係るプログラムが本件プログラムを翻案したものかという点が争点とされてきたのであり、本訴提起以来2年弱を経て、初めて、翻案権を含む著作権がそもそも控訴人に帰属するといった、従来の請求原因から大きくはずれた主張をすることは、時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきであり(民訴法157条1項)、仮にそうでないとしても、適時提出主義(同法156条)の観点から許されない。
イ 控訴人は、プロジェクトマネージャーの帰属により、プログラム著作権の帰属が実質的に決まるとするが、法的根拠はない。控訴人と被控訴人のいずれに開発能力があったのかと、契約による著作権の帰属ないし譲渡とは無関係であり、控訴人は、著作権の原始的帰属と著作権の譲渡を混同して主張している。
 また、本件プログラムの開発は「丸投げ」といわれるようなものでなく、技術的な要求を教示し、開発プロジェクトを運営推進したのは被控訴人である。また、被控訴人は、創業以来、一貫して、自社ブランドの振動試験装置の設計・開発・製造販売を行うメーカーであり、控訴人は、振動試験装置の制御器の一部の開発を受託した会社にすぎない。
ウ 控訴人と被控訴人は、控訴人が開発したプログラムの著作権は被控訴人に帰属するとしつつ、被控訴人がライセンス料(製造ライセンス料〔甲4〕、歩合開発費〔甲3〕)を支払うという契約を締結したものであって、本件プログラムの著作権は上記契約により、被控訴人が有する。上記契約において定められた、「製造ライセンス料」「歩合開発費」は、著作権者からの許諾の対価としての性質を有するものではなく、一種の成功利益の分配であり、「ライセンス料」を支払ったことにより、控訴人が翻案権を有するものではない。
3 争点3(本件プログラムの翻案権の留保の有無)について
(1) 被控訴人の主張
ア 著作権法61条2項の創設に当たり念頭に置かれていたのは、懸賞募集の場合のように、画一的フォームの一方的契約約款による著作権譲渡のケースである。プログラムの著作物のように恒常的に改変することを予定されている著作物は、翻案権等も譲渡の対象に含まれていると扱わない限り、契約の目的を達成しない場合があり、文化審議会著作権分科会においても指摘されているように、企業同士の著作権譲渡契約で、かつ、本件のようなプログラムの著作物の譲渡契約では、全く想定されていないものであり、上記条項による推定はほとんど意味をなさないか、推定の程度が著しく弱いものである。
イ 本件プログラムにおいては、被控訴人が改良を行うか否かを決定することが想定されていて、以下のとおりのF3契約締結の交渉経緯、F3契約の第2条の趣旨、F2及びF3等の改良に関する当事者の関係、控訴人が何らの留保を付けることなく本件プログラムのソースコードを被控訴人に交付したことなどから、本件プログラムの著作権は、F3契約、92年基本契約及び94年基本契約に基づき、翻案権を含めて控訴人から被控訴人に譲渡されたことが認められ、著作権法61条2項の推定が覆る。
(ア) プログラムは、バグの修正やバージョンアップ等、恒常的に改変することが予定されており、その改変の内容は、複製の範囲にとどまらず、翻案に及ぶこともあるのが通常である。
 しかも、被控訴人は、F3契約締結当時、F3を主力製品にする予定であり、F3の開発のために少なくとも1億8967万6300円を控訴人に支払うなど、相当の資金を投入した。このような被控訴人の意図は、控訴人も認識していた。
 自社の主力製品とする予定であったF3について、外注先である控訴人の了承を得なければ改良をすることができないというのは常識に反するから、F3契約締結当時、控訴人と被控訴人は、F3の著作権を翻案権も含めて被控訴人に帰属させる意思であった。
(イ) F3契約を締結するまでの過程において、被控訴人は、控訴人に対し、製品の改良等は被控訴人の製品所有者としての権限に基づいて計画され実施されるものである旨を伝えており、控訴人も、被控訴人がF3の改良の計画及び実施について決定することを前提として、F3契約を締結した。F3契約の第2条の文言も、F3の競争力を維持する主体が被控訴人であることを前提とし、F3契約において、F3の改良の計画及び実施の決定権限は被控訴人にあり、控訴人は、被控訴人の決定に従って改良の「作業」を行うこととされていた。
(ウ) 控訴人と被控訴人に翻案権を控訴人に留保する意思がなかったことは、本件プログラムのソースコードが被控訴人に交付されたことにも表れている。
 また、控訴人代表者自身も、被控訴人に対し、平成13年3月13日に「バグについてはソースを渡したのだからIMVで勝手に修正しろ。」と、同年4月4日に「アイセルはもう故障は直さない。IMVには優秀な人がいるようだからこれからは自分で直してくれ。」とそれぞれ述べており、被控訴人が本件プログラムを翻案することを承諾していた。また、控訴人が開発した従前のF2等のソフトウェアプログラムについても、被控訴人が随意に改良することは認められていた。
ウ 控訴人は、本件プログラムについて、開発費として支払われた金額は、開発の原価に満たないものであり、歩合開発費も本件プログラム開発の対価である旨主張し、開発費の支払により、その翻案権が被控訴人に譲渡されたことはない旨主張するが、失当である。
 F3契約の第9条により被控訴人が控訴人に対して支払うこととされている歩合開発費は、控訴人が、F3の市場競争力を維持するために、必要な貢献を積極的・献身的に行うことの対価であり、成功利益の分配であって、本件プログラムの開発の対価ではない。控訴人自ら、競争力維持のための貢献をすることを条件として、その貢献の対価として、歩合開発費の支払いを要求している。被控訴人が控訴人に対して、開発の対価のみならず上記の歩合開発費を支払う旨合意したことは、契約当事者が翻案権も含めて著作権を譲渡する意思であったことを示す。控訴人が、本件プログラムの開発のために当初の想定より多くの費用を要したとすれば、それは、控訴人の見積能力不足や経営努力不足によるものである。
 また、控訴人は、本件プログラムの価値の大きさを主張するが、仮に、本件プログラムの価値が大きなものであったとしても、そのことから、その翻案権が控訴人に留保されていると推定できるものではない。
エ 控訴人は、F3契約書に「参画」、「積極的・献身的に行う」という文言があることから、控訴人が決定過程それ自体にかかわる意味があるとか、単なる協力義務を超えて積極的な参画を行うものであると断定するが、一方的な断定であり、このことを根拠に、翻案権が控訴人に留保されているとするのは、論理の飛躍である。
(2) 控訴人の主張
ア 本件プログラムは、前記2(1)のとおり、控訴人の発意に基づき、控訴人従業員が職務上開発したもので、その原著作者は控訴人である。
 そして、著作権については、仮に、前記各契約書の「本契約に基づき開発されたソフトウェアの著作権は被控訴人に帰属する」との契約書の条項が有効であるとしても、控訴人と被控訴人間の本件各ソフト開発に関する取引関係の実態が、ライセンス料支払契約に実質的に変更している以上、当該条項の解釈も、その権利の範囲は不明確かつ不確定であるというべきであるから制限的に解釈される。
 また、本件の著作権の帰属に関する契約条項は、著作権譲渡に関する著作権法61条2項にいう「第27条・・・に規定する権利が譲渡の目的として特掲」されているとはいえず、本件プログラムの翻案権は控訴人に留保されたものと推定される。
 したがって、少なくとも、本件プログラムの翻案権は控訴人が有する。
イ ソフトウェア開発における開発費用については、工数、人月単価といったコストベース型価格決定方式も用いられるが、その他に、製品の価値をベースとする算定方式や両方式の混合形態もある。製品の価値をベースとする算定方式や混合形態において、受託会社は、開発後、実際に販売が開始されて委託会社に利益が現実に生じたところで、利益の一部をライセンス料として受け取ることにより、開発費用の不足分を補充し、本来得るべき利益を得ようとするものであり、本件の歩合開発費はこの例であった。そして、委託者にとっても、固定開発費及び歩合開発費は、売上から差し引かれる開発の対価といえるものである。
 本件において、被控訴人が支払った固定の開発費は、控訴人の開発原価に満たないものであり、控訴人は、開発後に受領する歩合開発費の受領により、開発それ自体の利益を確保をしようとしたものであって、本件プログラムの開発関係の実費だけで約2億3500万円を要しているのに対し、被控訴人が支払った開発費は1億8967万6300円にすぎない。本件の歩合開発費が、F3の開発費を含まず、市場競争力維持の貢献の対価であるとする被控訴人の主張は誤りである。
 さらに、本件プログラムの価値は非常に大きく、その画期的な内容により、被控訴人の担当者から事前に示されていた予想額でも、5年間の売上高は27億5200万円に上るなど、被控訴人が開発費の全額を支払っただけで、翻案権も含めて被控訴人に譲渡したとされるようなものではない。被控訴人は、歩合開発費をほとんど支払わずにばくだいな利益を得た。
 したがって、被控訴人による固定の開発費の支払だけで、本件プログラムについて、翻案権を含めて著作権が被控訴人に移転することはあり得ない。
ウ ソフトウェア開発会社は、基本部分のプログラムを開発することで、その後の保守や状況の進化に応じた改良やオプションの開発等における作業を独占的に請け負うことができる優位性を確保し、会社として利益を確保するものである。開発会社が有しているプログラムの著作物の翻案権を委託会社に譲渡することは、開発会社として独占的に請け負うことができる優位性を譲り渡してしまうことに等しいもので、社会通念上、あり得ない。
 本件の振動制御器の開発は、控訴人独自の高い開発力を駆使して行われたもので、SX−2000、RC−1110、RC−1120、SC−1000、F2及びF3は、控訴人が過去の機種に市場の要望を反映させて改良を加え、発展させてきた歴史があり、仮に、被控訴人に翻案権が移転したとすると、被控訴人が控訴人に新機種の発注を継続して行わない場合には、控訴人は自ら開発し続けてきた技術を使用できなくなるのであり、翻案権を安易に移転すると、企業としての存続ができなくなるものである。
 また、92年基本契約及び94年基本契約には、基本契約が解除された場合でも、著作権条項が存続することが規定されているが、発注者が開発費用の支払を滞らせていた場合などを考えても明らかなように、同規定を形式的に適用すると不合理な結論となる。契約交渉において、受託者側は一般に弱い立場にあり、あらゆる可能性を想定した交渉は行われないのであって、当事者が想定していない状況が発生した場合には、限定解釈をして、合理的な結論を導く必要がある。
 さらに、本件においては、被控訴人が改良を一部行っているが、控訴人と被控訴人のビジネス上の関係が継続する限り、開発済みの製品についての改良や変更については、いずれの当事者が費用を負担するかの点が重要であり、被控訴人がプログラムの改良を行ったとしても、翻案権の所在という観点から承諾の有無を問題とする必要はなく、被控訴人による改良は翻案権の帰属とは関連がない。被控訴人に改良を一部行わせたことは、翻案権を手放すという重大な効果に比べ、次元が異なるものである。
エ F3契約の締結に当たり、被控訴人は、控訴人が「利益共同体としての責任と義務に基づき、これに積極的に参画する。」ことを求めたところ、「参画」には、決定過程それ自体に関わる意味がある。そしてF2契約の第2条には、控訴人が主語となって、本件プログラム開発後のソフトウェアプログラムの改良作業を控訴人において「積極的・献身的」に行うことが規定されているとおり、F3の開発後におけるプログラムの翻案を含む改良は控訴人が行うことになっていて、被控訴人が改良を行うことは予定されていなかった。このように控訴人が積極的な参画を行うという、貢献の内容からも、控訴人が積極的に改良を行うことが確認されており、翻案権は控訴人に留保されることが読み取れる。
4 争点4(本件解除による本件プログラムの翻案権の復帰)について
(1) 控訴人の主張
ア 控訴人は、前記第2の1(6)のとおり、被控訴人に対し、平成14年3月25日到達の書面をもって、被控訴人の債務不履行に基づき、控訴人と被控訴人間の92年基本契約、94年基本契約及びF3契約を含むすべての契約を解除する旨の意思表示(本件解除)をしたが、解除の効果は一般的には遡及効がある。また、継続的契約関係においては、契約の性質、内容、当事者の意思を考慮してある程度の修正がされるが、本件解除の効果を判断する際の基礎とすべき事情として、@ 本件において、歩合開発費の支払を通じて長期的に開発費が回収され、その間は、控訴人と被控訴人が共同体として互いに同一の目的に向かって、収益の拡大にまい進する関係が存在するところ、このような関係が継続している間に委託者である被控訴人にすべての権利を完全に移転するのは、実態に反するものであること、A 控訴人と被控訴人は、いずれも、固定開発費と歩合開発費の合計でプロジェクト全体の収支計算をしているのであり、それが中途で終了するときに、収益を生み出す目的物である製品(F3)を被控訴人に帰属させておくと、極めて不公平な結果となること、B 契約で合意された市場競争力維持のための控訴人による貢献は、実際は大きな工数・費用を必要としない小規模のものしか想定されておらず、それが免除される利益と、歩合開発費を失う不利益とでは全く均衡がとれないこと、C 利益共同体が崩壊するのであれば、控訴人は新たな取引相手を探し出してでも、企業の存続を図る必要があり、その際に、過去の開発成果を全く利用できなくなるような状態では、企業存続の可能性を実質的に奪われてしまうことなどの事情が存在する。
 そして、これらの事情を前提とするとき、F3契約等が解除された効果として、遡及効を否定して現状を維持させるべき要請はほとんどないから、被控訴人に著作権を帰属させておくことは、控訴人の大きな損害のもと、著しく被控訴人のみに利益を与えるものである。したがって、本件解除により、原則どおり、本件プログラムの翻案権を含む著作権は、控訴人に復帰したというべきである。
イ 仮に、本件解除の効果として、本件プログラムの著作権が控訴人に復帰しなかったとしても、その翻案権は控訴人に復帰した。
 控訴人による本件解除によって、控訴人と被控訴人との継続的関係、利益共同体的な関係は解消される。そうだとすれば、関係の解消に応じて権利関係も復帰させるなどして清算されるべきである。開発成果のすべてを被控訴人に残して、被控訴人にF3の改良品の売上による利益までも享受させることは必要ではなく、合理的でもない。
 本件解除により、控訴人は、それまでに蓄積した技術を駆使して製品を開発し、自ら新たな顧客を求めて奔走することとなるのであり、そのため、控訴人に本件プログラムの翻案権が復帰することが不可欠である。他方、翻案権を被控訴人に残しておかないことの不都合はない。また、歩合開発費の支払を免れる被控訴人との対比において、控訴人が市場競争力維持の貢献の義務を免除されることは、全く均衡を失している。
(2) 被控訴人の主張
ア 控訴人による本件解除は、解除の請求原因事実が主張されておらず、また解除原因が存在しないので、控訴人に、翻案権が復帰することはない。
イ 控訴人の主張は、歩合開発費が開発自体の対価(開発費)であることを前提としているが、失当である。
 開発の対価である開発費(合計1億8967万6300円)の支払いにより、被控訴人に翻案権を含むすべての著作権が移転することは極めて当然である。
 また、解除の効果として遡及効が完全に認められないとしても、少なくとも翻案権の復帰が認められなければならないとする理論構成は、控訴人独自のものであり、失当というほかはない。
5 争点5(被控訴人製品と本件プログラムの翻案の有無)について
(1) 控訴人の主張
ア F3とK2の取扱説明書を比較すると、F3とK2の機能はほぼ完全に同一といえるものであり、その構成、操作ステップ、手順、ロジックも同一であり、実際に振動試験を行うプロセスの条件設定項目、条件範囲、項目が意味するもの等も同じである。K2において、F3と比較して差異が認められる部分は、振動試験システムの中枢部とはかかわりのない名称、画面構成、アイコンのみである。
 プログラム全体の機能は、取扱説明書の体系により表現され、操作手順も取扱説明書に記載されるので、取扱説明書の記載内容の比較により、K2がF3に若干の変更を加えたものにすぎないことは、明らかである。被控訴人は、F3の皮相的マン・マシンインターフェイスのみに手を入れてK2を仕立て上げたにすぎないのであり、このことは、F3とK2で、エラーメッセージとその意味・対処方法が全く同じであり、取扱説明書の誤りがそのまま転記、流用されていることからも裏付けられる。
イ 控訴人は、少なくとも3社の主要なユーザーから、K2がF3と全く同一であるとの印象を受けた旨の証言を得ている。
ウ 被控訴人は、F3の内容を把握し、控訴人からソースコードの提供を受けているので、これをベースに、若干の変更を加えることは可能かつ容易である。
 F3は開発期間だけで3年以上を要しており、その開発工数(実績)は、F3基本部分につき約210人月、F3/SINEにつき約73人月、F3/RANDOMにつき約54人月であるから、F3と同様の機能を有するK2を新たに開発するには膨大な時間と労力を要する。
 そして、このレベルの機種に対するプログラム開発には技術面に精通したプロジェクトマネージャーが絶対に必要であるが、被控訴人には、K2を開発できるプロジェクトマネージャーがいたとは考えられず、被控訴人には、K2のレベルのプログラムを開発する能力はなく、開発するための人員体制もない。
 さらに、K2の開発には少なくとも1年間は要すると考えられるから、仮に、K2が新たに開発されたものであるとすると、大阪訴訟提起前からK2の開発が始まっていたことになるが、利益を追求する企業として被控訴人がこの時点で新たなプログラムの開発を始めることはあり得ない。
エ 被控訴人は、K2につき、オリジナルなコンセプトに基づく基本設計書も詳細設計書も明らかにできないし、開発の資金、技術開発能力、長期に及ぶ研究開発期間について、具体的に説明できない。
 したがって、被控訴人製品に組み込まれたプログラムは、本件プログラムを翻案したものである。
(2) 被控訴人の主張
ア 被控訴人製品は、被控訴人が独自に開発したものである。控訴人は、F3について納期遅れを引き起こし、平成12年末ころには、F3のバグの修補を放棄したことから、被控訴人は、F3に組み込まれたものと異なるプログラム開発の必要性に迫られ、平成13年後半ころから、K2の開発に着手し、被控訴人製品を完成させたものである。
イ 控訴人は、取扱説明書の記載内容の比較を行っているが、無意味である。
 取扱説明書は、文字どおり、ソフトウェアの機能ないし使用方法を説明したものであって、プログラムの著作物である表現部分(コーディング)とは無関係である。著作権法上、「プログラム」とは、「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう」(著作権法2条1項10号の2)のであって、プログラムが達成しようとする機能そのものではない。
 控訴人は、F3とK2の機能がほぼ完全に同一であるとするが、単に取扱説明書の章立てや記載の同一性を主張しているにすぎず、それらは、両プログラムの構造(例えば、ルーチンモジュールの構成)とは、本来全く関係ない。
 被控訴人が作成したK2に係るプログラムは、被控訴人の振動試験装置製品のユーザに対して不便が及ぶことを極力避ける必要性等から、F3の仕様、操作方法等のユーザーインターフェイスを可能な限り引き継ぎながら、プログラムそのものは、一から開発し直したものである。また、F3とK2は、ほぼ同じ機能を発揮する振動制御システムなのであるから、操作手順や取扱説明書の記載内容がほぼ同一になることは当然である。
 また、控訴人は、F3とK2において、エラーメッセージが同一であることを翻案の根拠とするが、失当である。プログラムの著作権の翻案において問題とすべきは、プログラムとしての具体的表現なのであって、「どのような場合に、どのようなテキストでエラーメッセージを出すか、これにどのように対処するように設定するのか」ということは、プログラムとしての具体的表現には全く関係がない。プログラムを一から開発したからといって、このようなエラーメッセージや対処法まで変更しなければならないことにはならない。
 さらに、控訴人は、取扱説明書の誤りの転用を指摘しているが、これは取扱説明書の記載の問題であり、K2に係るプログラムの表現とは全く次元の異なる問題である。なお、そもそもF3の取扱説明書を作成したのは、控訴人ではなく被控訴人であり、F3の取扱説明書の著作権も、K2のそれも、被控訴人に帰属するものである。
ウ 控訴人は、ソースコードの提供を被控訴人が受けていることを翻案の根拠とするが、被控訴人が、翻案権を含めた本件プログラムの著作権の譲渡を受けている以上、ソースコードの提供を受けることは当然であって、それを翻案の根拠とすることはできない。
6 争点6(控訴人の損害額)について
(1) 控訴人の主張
 被控訴人がF3の販売によって得た粗利益額は、平成13年度が9263万6180円、平成14年度が1億1304万0260円、平成15年度が596万1186円であった。
 被控訴人が被控訴人製品の販売によって得た粗利益額は上記粗利益額を下らず、被控訴人の翻案権侵害により控訴人の被った損害もこれを下らないから、その一部である5000万円を損害として主張する。
(2) 被控訴人の主張
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 本件プログラムに係るF3契約をめぐる事実関係について(前記第2の1の前提事実及び各項掲記の証拠)
(1) F3契約締結以前のライセンス料の約定
ア 控訴人と被控訴人間で平成2年1月5日に締結されたG1・G2契約においては、「第2条〔製品仕様〕1.製品仕様は、甲乙間(注、甲は被控訴人、乙は控訴人)で協議し、甲の決定した企画仕様に基づくものとする。
2.製品仕様の変更は、直ちに甲は乙に指示し、速やかに乙はこれに対応する。」、「第8条〔著作権〕当該製品開発過程で生じる著作権の対象となりうるのは、甲に帰属するものとする。」、「第12条〔完成品に対する製造ライセンス料〕当該製品開発に関する背景事情に依り、当該製品の開発完了後の甲の製造に対し、乙は、下記の製造ライセンス料を甲に請求し、甲はこれを乙に支払うものとする。1.製造ライセンス料D価格の6%相当額とする。ここにD価格とは、甲社内の公式文書によって定められる価格であり、G1初年度のそれは、D=0.7S(Sは定価)とする。・・・」等と定められた。(甲4)
イ 被控訴人の従業員は、平成4年3月11日付けで、被控訴人の社長、常務等に対し「製造ライセンス料問題の経緯」と題する文書を提出した。同文書には、控訴人に対して製造ライセンス料が支払われるに至った経緯などが記載されている。それによれば、昭和63年11月、被控訴人内部において、控訴人に開発を委託した製品を被控訴人が自ら製造すること、控訴人が製造権を放棄する代償として控訴人に対し製造ライセンス料を支払うことを提案した文書(「SX−1000(仮称)開発計画書」)が作成されたとする。さらに、上記「製造ライセンス料問題の経緯」には、当時、製造ライセンス料として控訴人から「1台当たり20万円」との提案がされたこと、その後、平成元年6月には、被控訴人による製造ではなく、第三者に製造を委託することを社内的に提案したものの、同年9月にG1計画が急浮上し、控訴人に対し製造ライセンス料として12万5000円を支払うという文書が被控訴人の社内において決済されたが、次いで、控訴人は、100台目までは定価の5%とするなどの提案を行い、同年11月には、控訴人と被控訴人との間で、ライセンス料を定価の70%であるD値の6%とすることが合意されたこと、同合意に基づき、平成2年1月5日付けで、上記G1・G2契約が締結されたことが記載されている。(甲49)
(2) F3契約締結に至る交渉経過
ア 控訴人と被控訴人は、平成9年7月ころまでには、F3契約の条件について協議していた。
 控訴人は、新たに開発する製品の製造に携わりたいとの希望を有していたが、同年7月には、被控訴人の内部の会議において、F3の開発は控訴人に委託するが、製品企画者・メーカとしての被控訴人の立場を確保するために、控訴人から製品を納入するという案は採用されなかった。また、同会議において、「製造ライセンス料」との語句に問題があるとされ、「『製造ライセンス料』というコトバは、製品の所有権を有する側が、他方に製造を許諾するという意味であって、現実を反映していない。」として、「開発奨励金」のような語感の金なら理解できるなどと指摘されたり、また、控訴人に対し支払を無期限に続けることはできないし、はじめに決めた額を支払うことができないかとの意見が出された。
 さらに、被控訴人の内部において、控訴人に対し開発を丸投げしているのではないかという指摘が被控訴人の代表者等からされ、それに対し、被控訴人の担当者は、丸投げではないとし、メーカの仕事は、「(1)市場・顧客の要求を知る。(2)適切なシステムを提案、受注する。(3)当該システムを設計する。(4)当該システムを製作する。(5)当該システムを納品し、保守する。」という工程があり、F2等の開発においては、(3)(4)を控訴人に委託しているが、メーカにとって最重要な(1)(2)は被控訴人の従業員が行い、(3)の仕様決定を含め、被控訴人の社員がメーカの開発部として不可欠な部分の仕事をしていると述べた。それに対しても、被控訴人の代表者から、設計と製造を同一業者に発注すると「丸投げ」となってしまうとして、同一業者に発注することの危険性が指摘された。(甲20の1、20の4、39、52)。
イ 被控訴人は、上記内部の会議等の結果を受けて、控訴人に対し、F3の製造は被控訴人が行う方式でないと受け入れ難いこと、「成功報酬」という考え方は受け入れられることなどを伝えた。
 これに対し、同年8月8日、控訴人は、被控訴人に、F3開発についての提案を書面で行った。同書面において、控訴人は、「開発工数をベースとして算出した額を『固定開発費』として、通常の請負開発と同様に申し受けます。」とし、さらに、「F3の売上げ額に対して一定比率を乗じた額を、別途『歩合開発費』として、申し受けます。」とし、F3売上額に対する希望の歩合開発費比率は6%であるとしている。
 控訴人は、上記書面において、「歩合開発費」を請求する根拠等として、「F3はメーカであるIMV殿の所有する製品であり、その製品開発は、メーカにとって最大の利益が得られるように、最適化して実施しなければならないと考えます。しかし、その製品開発に当たって市場が要求する製品の機能/性能、製造コスト、保守性、部品の供給安定性等を総合的に勘案し、最適なハードウエア/ソフトウエアの構成を考案し開発を推進する作業は、単に1人月いくらで作業をこなすだけのいわゆる外注根性では達成困難であろうということをぜひご理解頂きたいのです。(但し、IMV殿開発部からのご指導が製品開発の為に必要不可欠であることは言うまでもありません) そこで、F3の売上げに比例する『歩合開発費』が存在することで、弊社がIMV殿の(利益に貢献する製品を作るという)立場で製品開発に全力を尽くす為の強力な動機付けができあがる事になります。また、弊社としましてはF3の製造をIMV殿が完全に掌握する為の環境作りに関しましても、その任を果たすことができるようになります。さらに、製品の発売開始の後であってもF3という製品が存在する限り、市場および競合製品の変化、さらなるコストダウンの要求等々様々な問題に対応し、F3の持つ製品としての競争力を維持/拡大してくことに関しましても貢献していきたいと考え、弊社案では『歩合開発費』に有限の期限を設定しておりません。」、「『歩合開発費』があくまで成功報酬で(あ)り、『成功』とは貴社がF3によって利益を上げることであると考えます。そのように考えた場合F3の粗利に対する比率で、『歩合開発費』(を)算定しても良いのではないかと考えます。」、「最後に私共の率直な気持ちとして、貴社がF3で大成功を収め、その一部を『歩合開発費』として快く分配して下さり、私共はその『歩合開発費』の額の大きさによって貴社の成功の大きさを実感し、共に喜びを分かちあうことができるようになることを切に願っております。」と記載した。(甲20の3、20の4)。
ウ 控訴人からの上記提案を受け、被控訴人は、同月18日、控訴人に対し、粗利益に対する歩合開発費の方式を受け入れ、その支払の期限は設けないこと、F3の関連商品あるいは派生商品が将来発生しても、それらの商品に対してこの考え方を自動適用するものではないこと、双方のパートナーシップと利益共同体としての立場を尊重して、拡販とコストダウンについては被控訴人が、改良とバージョンアップについては控訴人がそれぞれの責任と費用で行うことという方針を連絡した。(甲20の5)
エ 控訴人は、同日、上記方針に対し、「1)『改良等をアイセルの責任と費用で行なう』ことの根拠となるものは、歩合開発費を頂戴しているという事実に他なりませんから、『責任と費用』の負担範囲も歩合開発費の料率に依存する性格を帯びており、1.項(注、歩合開発費の条項)と独立に本項を決めることは出来ません。もし『いかなる場合も』という条件を要求されるのであれば、それに見合う歩合開発費の料率は、おそらくIMV殿には『法外な』と受け取られる率になってしまうでしょうから、現実的でない、と考えるわけです。」、「2)『拡販とコストダウンはIMVが、改良・バージョンアップはアイセルの責任で行なう』というご要求は、裏返せば、『F3の改良の実施・非実施の決定権はアイセルにある』とも取れることになってしまい、これでは製品所有者たるIMV殿の主権が不明確になりかねないご要求ではないでしょうか?基本的に、『製品改良はIMVの責任において実施する』でなくてはならないのであって、その実務実施者たるアイセルが、利益共同体としての立場から、その実施において可能な最大限の努力をすることについては、間違いなくお約束できます。しかし、その『最大限』の限度は、1)で述べた事情によって決まるべきことであって、結局、ケースバイケースの協議事項となると思います。」、「3)上述は、新規改良等についての言辞であって、アイセルの責任に帰されるべき瑕疵(バグ)の類については、むろん言うまでもなく、責任をもって無償で対処させていただきます。」旨を返答するとともに、粗利益の6%相当額を歩合開発費とすることを提案した。(甲20の6)
オ 被控訴人は、同月19日、控訴人に対して、社内を調整した結果を書面で伝えた。被控訴人は、同文書において、「1.IMVは、双方のパートナーシップと利益共同体としての立場を尊重して、アイセル提案の『歩合開発費』の方式に同意する。ついては、『製品の改良作業等にあたっても、アイセルは利益共同体としての責任と義務に基づき、これに積極的に参画する』ことを、基本合意事項として確認したい。ただし、製品の改良等は、IMVの製品所有者としての主権に基づいて計画され実施されるものであることは、論を待たない。ここでは、利益共同体としてのアイセルがその実施作業に積極的・献身的に参加すべきことを確認しているのである。」、「2.『歩合開発費の支払い対象は、F3専用ハードウェアを使用する製品とする』のアイセル提案に合意する。」とし、粗利益の5%相当額を歩合開発費とすることを提案した。そして、同文書には、「料率については、ご不満もあるかとは思いますが、上述は当社の最終合意可能ラインである、とお受け取り下さい。」と記載されている。(甲20の7)
カ 同月21日には、被控訴人は、控訴人に契約書の原案として、F3契約条項の第2条及び第9条と同旨の条項を提案し、同月22日には、すべての条項が記載された契約書の原案を提案した。
 それに対し、同年9月8日、控訴人は、上記提案中の「粗利益の算定式」について、被控訴人の提案に受け入れられない部分があるとして、自己の算定式を提案し、被控訴人との間で調整が図られた。(甲20の8、20の9、20の10)
(3) F3契約
 その結果、控訴人と被控訴人間で、別紙3記載のとおりのF3契約が締結された。同契約における主な条項は次のとおりである。(甲3)
ア 「第1条〔開発製品〕甲(注、被控訴人)の企画する振動制御・計測システムであって、開発コードネーム『F3』と称するもの。」
イ 「第2条〔基本合意事項〕甲は、甲の所有物たる第1条記述の製品の開発作業に、乙(注、控訴人)が下述する点において甲に協調して積極的に参画することを要望し、乙はこれに賛同した。乙は、本開発作業に単なる外注先として参画するのみならず、当該新製品が真に競争力を持ちうるものとして実現されるための要件、すなわち機能/性能・製造コスト・保守性等における優秀さを実現することに、全力を尽くす。また、製品完成後においても市場および部品供給上や製品製造上の事情の変化に追随して、当該製品の市場競争力を維持するために必要な貢献を、甲に協力して積極的・献身的に行う。すなわち、乙は、当該製品における甲のビジネスに、パートナーシップをもって参画し、これの成功のために甲と一体となって活動する。甲は、乙のこの協力に対し、初期に発生する開発費に加えて、製品の市場投入後に得られる甲の利益の一部を第9条〔歩合開発費〕に定める方式に従って、利益配分する。すなわち、両者は、甲が当該製品によって展開するビジネスにおける成功利益を共に享受するところの、名実ともに利益共同体として活動することに、互いに合意した。」
ウ 「第3条〔製品仕様〕1.製品仕様は、甲乙間で協議し、甲の決定した企画仕様に基づくものとする。2.製品仕様の変更のある場合は、直ちに甲は乙に指示し、速やかに乙はこれに対応する。」
エ 「第6条〔発明等の帰属〕当該製品開発過程で生じる発明・考案等の技術的成果は、甲に帰属する。」
オ 「第7条〔著作権〕当該製品開発過程で生じる著作権の対象となりうるものは、甲に帰属するものとする。」
カ 「第9条〔歩合開発費〕第2条の基本合意に基づき、当該製品の開発完了後の製品製造・販売の実績に対し、甲は下記に定める方式で算定される歩合開発費を支払うものとする。1.歩合開発費当該製品の販売各件毎の粗利益額の5%とする。なお、本料率は、当該製品の販売が行なわれる全期間において適用される。2.歩合開発費の適用製品当該製品固有のハードウェア(F3専用ハードウェア)が用いられる製品とする。3.粗利益の算定F3粗利益=(販売価格合計−商品定価×90%−運・据定価(注1))/(F3を除く製品部分の定価合計+F3標準品部分の定価合計+F3特注品部分の定価合計)×F3の標準品部分の定価合計−F3の標準品部分の仕入高(注1)運送費・据付費・据付調整費の定価合計、および修理を伴う受注の修理費用4.支払方法甲は、月末締めの本件支払い対象物件の粗利益額を翌々月15日までに乙に連絡し、乙は、その報告に基づき、請求を起こす(翌々月末締め)。支払方法は、上記請求に基づく規定払いとする。」
(4) F3契約締結後の開発
ア 平成9年9月10日付けで、被控訴人内部において、F3の開発についての社内文書が作成されたが、そこには、F3に関する基本概念、製品の概念や、課題等、製品のイメージ、利益計画、開発工程などが記載されている。(甲20の11)
イ その後、平成10年3月ころまでにWIN32共通部、F3特有共通部等の開発が行われ、控訴人は、別紙6(支払い一覧表)のNo.1ないしの10記載の請求を行い、それに従い、被控訴人から控訴人に対し、合計2415万円が支払われた。
ウ 平成10年6月30日、「F3開発第2期工事」について、支払時期、金額、検収方法及び納期が遅延した場合の損害金の額等が合意された。同合意では、第2期工事に係る開発費について、控訴人の見積りにより、既に仮払されたものも含めて、平成11年6月までの各月ごとの支払額が定められ、合計8700万円が支払われることとなった。
 そして、第2期工事の途中で、F3インターフェースリピータ基板設計(開発費96万円)が必要となり、同年10月に第2期工事が完了した。その間、F3インターフェースリピータ基板設計費用が、控訴人の請求により支払われ(別紙6(支払一覧表)No.23)、上記合意に基づく8700万円(別紙6(支払一覧表)No.11ないしNo22、24ないし26)と併せ、被控訴人から控訴人に対し、合計合計8796万円が支払われた。(乙2ないし4)
エ 平成11年11月4日には、F3における次の開発案件として、控訴人からF3/RANDOM等の見積もりが提出され、控訴人と被控訴人は、同月19日、F3/RANDOM、SOR(SINE on RANDOM)の開発を行う旨合意した。納期は、F3/RANDOMにつき平成12年9月末日、SORにつき同年11月末日とされ、この期間の開発費として、平成11年11月末締め分から平成12年8月末締め分まで毎月600万円ずつ、F3/RANDOM検収完了後月末締め分600万円及びF3/SOR検収完了後月末締め分674万6300円の合計7274万6300円が支払われることとなった。平成11年11月19日付けの覚書においては、納期遅延の場合の条項が定められほか、開発作業の進め方として「SINE開発時の諸トラブル発生を反省し、今回開発作業においては、双方次の手順・手続きに従いながら作業を進め、事後におけるトラブルの発生を未然に防ぐべく努力する:(1) 発注側は、開発システムの要求仕様を、その主要な画面展開等のイメージや動作規定をも含めて、提出する。受注側はこれを受けて検討を行い、双方協議の上、最終実現仕様を決める。最終実現仕様については、受注側が受注仕様書を作成し、これに基づく説明を行なって双方の意志確認を確実に行なうものとする。(2)上記を実施しても事前に覆い尽くせない細部仕様等については、問題発生時に受注側は速やかに発注側に問題提起を行ない、都度双方協議の上、仕様を決める。」などとされた。
 その後、上記合意に基づく開発が行われるとともに、バグの除去(開発費190万円)、廉価版「F3Lite」のハード及びソフトの開発を内容とする「F3 小規模専用I/Oユニット」の開発(開発費42万円)及びF3入力チャンネル増設用のハードの開発を内容とする「F3 8ch モジュール」の開発(開発費250万円)が行われた。
 F3/RANDOMの検収は、平成12年9月末ころ完了し、控訴人は、同年11月30日、被控訴人に対し、F3/SORを納めたCD−Rを送付した。
 この期間の開発費として、平成11年11月19日の合意に基づく7274万6300円が支払われた(別紙6(支払一覧表)No.28ないし38、41)ほか、上記バグの除去(同No.27)、「F3 小規模専用I/Oユニット」の開発(同No.39)、F3 8 ch モジュール」の開発(同No.40)についても開発費が支払われ、被控訴人から控訴人に対し、合計7756万6300円が支払われた。(甲25の1、乙7ないし9)
オ 本件プログラムについて、被控訴人が、控訴人に対して支払った上記開発費の合計は、1億8967万6300円となる。
2 争点1(本件プログラムの著作物性の有無)について
 前記第2の1の前提事実(4)及び上記1(4)に認定した事実によれば、本件プログラムは、プログラムの著作物として保護するに値する創作性を有するものと認められる。
3 争点2(本件プログラムの翻案権の帰属)について
(1) 控訴人は、控訴人従業員のAがプロジェクトマネージャーとなり、本件プログラムが作成されたこと、控訴人と被控訴人は、遅くとも、平成4年のライセンス料支払開始時までに、著作権の帰属に関する契約内容の実質的な変更に合意し、控訴人が、開発されたプログラムの著作権を有し、被控訴人はライセンス料を支払うという合意が成立したこと等を挙げて、控訴人が本件プログラムの翻案権を有する旨主張する。
 被控訴人は、同主張に対し、時機に後れた攻撃防御方法(民訴法157条1項)であり、また、適時提出主義(同法156条)に反する旨主張する。しかし、控訴人主張の基礎となる、F3契約の開発をめぐる控訴人と被控訴人の各役割及びF3契約におけ「歩合開発費」の性質は、第一審から中心的な争点として主張、立証がされてきたものであり、控訴人の上記主張も、そのような従前の主張、立証をそのまま利用するものであって、新たな立証を要するものでもないから、本件訴訟の経過に照らせば、同主張が直ちに訴訟の完結を遅延させるものとまでは認められず、これを却下すべきであるとする被控訴人の主張は採用することができない。
(2) そこで、控訴人の上記主張について検討すると、本件プログラムは、F3契約に従い、被控訴人からの委託を受けて、控訴人の発意に基づき、控訴人従業員のAら(以下「控訴人従業員ら」ということがある。)が職務上作成に当たってこれを完成させたものであり、作成されたプログラムについては、著作権法15条2項に該当することが明らかであるから、別段の定めがない限り、それを開発した控訴人従業員らの使用者である控訴人にプログラムの著作権が認められる。
 しかしながら、92年基本契約及び94年基本契約には、控訴人と被控訴人間の契約に基づき開発されたソフトウェアの著作権は被控訴人に帰属するという条項(第16条)があるほか、上記1(3)オのとおり、本件プログラムに係る個別契約であるF3契約にも、「第7条〔著作権〕当該製品開発過程で生じる著作権の対象となりうるものは、甲(注、被控訴人)に帰属するものとする。」との条項がある。これは、上記1(2)のF3契約締結に至る交渉経過にかんがみると、被控訴人の委託により控訴人が開発したプログラムであっても、その著作権を当然に控訴人が被控訴人に譲渡する趣旨のものであると認められる。
 したがって、本件プログラムについて、控訴人従業員らが果たした役割や被控訴人の開発能力の有無にかかわらず、上記契約によれば、本件プログラムの著作権は、被控訴人が有することは明らかである。控訴人従業員らが果たした役割等を根拠として、著作権が控訴人にあることをいう控訴人の主張は、控訴人従業員らが果たした役割を検討するまでもなく、失当である。
 なお、控訴人は、F3が、控訴人のオリジナルによる技術面の基本構想、アイデア、技術力により開発されたオリジナルの成果物である旨主張する。その法的意味は必ずしも明らかではないが、控訴人従業員らによって開発されたプログラムであっても、契約によりその著作権を被控訴人が有することは前記のとおりであり、また、仮に、控訴人が、本件プログラムは被控訴人から独立して開発されたものである旨主張するものとすると、F3契約において、製品の仕様を決定するのは被控訴人であり(3条)、平成11年11月19日付け覚書に照らしても、開発する製品の仕様を控訴人が独自に決定するような関係になかったことは明らかであり(前記1(4)エ)、具体的仕様の決定において、控訴人が、技術的観点やよりよい製品とするため積極的に協力していたことが認められるとしても、本件プログラムは、飽くまでF3契約に基づき被控訴人の委託により開発されたものであり、被控訴人と独立して開発されたものではない。
(3) 控訴人は、F3契約以前から、被控訴人は、控訴人に対して控訴人開発のプログラムの開発費が支払えず、控訴人が開発したプログラムについて、控訴人が著作権等を有することを前提として、「製造ライセンス料」が被控訴人から控訴人に対して支払われるようになっていたことを根拠として、控訴人と被控訴人間の契約書の文言にかかわらず、控訴人から被控訴人に対し、開発されるプログラムの著作権の譲渡がされないとの合意が、当事者間において、遅くとも平成4年までにされていたとし、本件プログラムの翻案権を含む著作権が控訴人にある旨主張する。
 しかし、F3契約について、上記1(2)のとおり、控訴人と被控訴人の間で、内容についての交渉が行われ、双方が意見を述べるなどして条項が定まったものであるが、その交渉経過に照らしても、著作権の帰属に係る条項につき、当事者間で契約文言と異なる合意がされた事情は全く見当たらず、契約文言と異なる解釈をすべき理由は見いだすことができない。かえって、控訴人自身が、交渉において、「F3はメーカであるIMV殿の所有する製品であり、・・・」(前記1(2)イ)、「製品所有者たるIMV殿の主権」(同エ)と述べているように、控訴人は、交渉過程において、その開発したプログラムについて、被控訴人の支配権を認め、その旨を被控訴人にも明らかにしていたのであり、同プログラムの著作権は当然に被控訴人が有することを前提として交渉し、その旨を被控訴人に表明していたことが認められる。
 なお、確かに、F2に関して、製造ライセンス料という名目で被控訴人から控訴人に対し金員が支払われていることは認められるが(甲4、61〔各枝番を含む。〕)、「製造ライセンス料」という文言のみで、直ちに著作権の帰属が決定されるものではない。「製造ライセンス料」の支払が定められた平成2年のG1・G2契約においても、プログラムの著作権については、被控訴人が有することが明確に定められ(甲4の第8条)、その後に締結された92年基本契約、94年基本契約においても、被控訴人の委託により開発したプログラムの著作権が被控訴人に帰属することが明確に記載されていることは、上記(2)のとおりである。したがって、従前、控訴人が開発したプログラムの著作権を被控訴人が取得する旨の契約条項があったところ、その後に、ライセンス料の支払がされるようになり、著作権の帰属について新たな合意がされたことをいうと解される控訴人の主張は、時間的な関係が事実と齟齬するものであり、主張の前提を欠く。そして、一般的には、「ライセンス料」は、その製造に係る権利を有しているライセンサーが受け取る金員であるが、本件においては、前記1(1)イのとおり、被控訴人内部では、控訴人が製造することを放棄する対価として与えられる金員との認識を有していたこと、控訴人もこれを暗黙のうちに了承していたことをうかがうことができるのであって、「ライセンス料」という語句を使用したことにより控訴人の権利を推認させるものではないし、特に、F3契約交渉の過程において、「ライセンス料」の支払が実態に反するとして問題となり、F3契約においては、「ライセンス料」の支払がされることがなくなったことからも、従前、被控訴人が「ライセンス料」を支払っていたことは、本件プログラムについて被控訴人が著作権を有するとの上記判断を左右するものではない。
(4) したがって、本件プログラムの著作権は、92年基本契約、94年基本契約及びF3契約に基づき、当然に、控訴人から被控訴人に譲渡されたことにより、被控訴人に帰属するというべきであり、本件プログラムの翻案権を含む著作権を控訴人が有する旨の控訴人主張は採用することはできない。
4 争点3(本件プログラムの翻案権の留保の有無)について
(1) 上記のとおり、本件プログラムの著作権は、92年基本契約、94年基本契約及びF3契約により、当然に、控訴人から被控訴人に譲渡されたところ、92年基本契約及び94年基本契約において、著作権に係る条項は、「本契約に基づき開発されたソフトウェアの著作権は甲(注、被控訴人)に帰属する。」(甲1、2)とされ、F3契約においても著作権に係る条項は、「当該製品開発過程で生じる著作権の対象となりうるものは、甲(注、被控訴人)に帰属するものとする。」(甲3)とされているのみで、本件プログラムの翻案権は、譲渡の目的として特掲されていない。そうすると、著作権法61条2項により、上記翻案権は、本件プログラムの著作権を譲渡した控訴人に留保されたものと推定されることとなる。
(2) 被控訴人は、本件においては、上記推定を覆す事実が認められるとして、本件プログラムの翻案権は、控訴人に留保されずに著作権とともに被控訴人に譲渡された旨主張し、控訴人はこれを争うので、以下検討する。
ア F3契約の解釈に当たり、まず、控訴人と被控訴人間の上記1(2)の契約締結に至る交渉経緯についてみると、上記交渉に際し、被控訴人においては、当初から、開発委託先と製品の納入先を同一とすることは、被控訴人の製品企画者・メーカとしての立場を確保できないおそれがあることから、被控訴人自身が、開発されるべき製品に主体的に関与できるようにするという方針があったところ(上記1(2)ア)、例えば、F3の関連商品、派生商品が製造されることを念頭において、それらには、当然には、現在交渉している契約が適用されるものでないという方針が控訴人に対し示された(同ウ)。
 他方、控訴人は、「歩合開発費」の提案において、控訴人は、「製品の販売開始の後であってもF3という製品が存在する限り、市場および競合製品の変化、さらなるコストダウンの要求等々様々な問題に対応し、F3の持つ製品としての競争力を維持/拡大していくことに関しましても貢献していきたいと考え」(同イ)ているとして、競合製品との関係で、F3の改良があることを前提とするほか、F3については、「製品所有者たるIMV殿の主権」を問題として、「基本的に、『製品改良はIMVの責任において実施する』でなくてはならない」(同エ)として、F3が改良されることがあることを前提に、改良は、F3の所有者である被控訴人の責任において行うべきことであるとした。
 そして、そのような控訴人からの提案を受けて、被控訴人も、控訴人の提案を基本的に受け入れ、「『製品の改良作業等にあたっても、アイセルは利益共同体としての責任と義務に基づき、これに積極的に参画する』ことを基本合意事項として確認したい。ただし、製品の改良等は、IMVの製品所有者としての主権に基づいて計画され実施されるものであることは、論を待たない」(同オ)とし、被控訴人による改良があることを前提に、それに控訴人が協力するものとして、F3契約の骨子が固まり、その後、歩合開発費の計算式など細部を詰めて、F3契約が締結されたものと認めることができる。
 これら交渉の過程に照らせば、F3契約においては、控訴人と被控訴人間においては、F3に係る本件プログラムについても、将来、改良がされることがあること、控訴人はその改良に積極的に協力するが、改良につき、主体として責任をもって行うのは、被控訴人であることが当然の前提となっていたことが認められる。すなわち、当事者間では、被控訴人が本件プログラムの翻案をすることが当然の前提となっていたと認められるのであって、これは、被控訴人による本件プログラムの翻案権を前提としていたものと解するほかない。
 したがって、上記に照らせば、控訴人と被控訴人間では、翻案権の所在について明文の条項は定められなかったものの、本件プログラムを改良するなど、被控訴人が本件プログラムの翻案権を有することが当然の前提として合意されていたものと認めるのが相当である。
イ また、F3契約の条項に照らすと、第2条は、〔基本合意事項〕として、上記1(3)イに記載するところを定めるものであるが、これは、上記アで述べた趣旨を条項としたものというべきであり、控訴人が、「製品完成後においても市場および部品供給上や製品製造上の事情の変化に追随して、当該製品の市場競争力を維持するために必要な貢献」を行うことを規定する。同規定は、本件プログラムの改良等、本件プログラムが翻案される可能性を前提とするものであり、かつ、その翻案について、控訴人は「貢献」を行うとして、飽くまで翻案の主体は、被控訴人とするものであり、被控訴人が翻案権を有することを前提としているものと解することができる。
 したがって、F3契約の条項上も、被控訴人が本件プログラムの翻案権を有していることを前提としているものと認められる。
ウ 以上によれば、F3契約において、本件プログラムの翻案権の帰属は、明文で定められているものではないが、控訴人と被控訴人間には、上記翻案権が被控訴人に帰属するものであるという合意が存在し、控訴人が開発する本件プログラムの著作権は、翻案権を含め、被控訴人に譲渡されたものと認めるのが相当である。
エ 控訴人は、控訴人と被控訴人間の本件各ソフト開発に関する取引関係の実態が、ライセンス料支払契約に実質的に変更している以上、各契約書の「本契約に基づき開発されたソフトウェアの著作権は被控訴人に帰属する」との条項の解釈も、その権利の範囲は不明確かつ不確定であるというべきであるから制限的に解釈されるべきであり、本件プログラムの翻案権は控訴人に留保されている旨主張する。
 しかし、F3契約は、前記3(3)のとおり、控訴人が主張するような、控訴人が製造に係る権利を有することを前提とするライセンス契約ではないのであり、控訴人の主張は前提を欠くものである。
オ 控訴人は、本件プログラムについて、開発費として支払われた金額は、開発の原価に満たない一方、被控訴人は歩合開発費をほとんど支払わずにばくだいな利益を得ており、歩合開発費も本件プログラム開発の対価であるなどとして、開発費の支払だけで翻案権を含めて著作権が被控訴人に移転することはあり得ない旨主張する。
 しかし、仮に、控訴人が、内部的に歩合開発費も含めて開発の収支を考えていたとしても、控訴人自身、F3契約の交渉に当たり、被控訴人から「成功報酬」の支払なら応じられると告げられたことに応じて、被控訴人に対して、「『歩合開発費』が存在することで、弊社がIMV殿の(利益に貢献する製品を作るという)立場で製品開発に全力を尽くすための強力な動機付けができあがる事になります。」とし、「歩合開発費」について、「『歩合開発費』があくまで成功報酬で(あ)り、『成功』とは貴社がF3によって利益を上げることであると考えます。そのように考えた場合F3の粗利に対する比率で、『歩合開発費』(を)算定しても良いのではないかと考えます。」として、被控訴人の利益に応じた成功報酬としての「歩合開発費」を提案し、その提案を受けるように説得していて、そこでは、歩合開発費と開発費との関係は何も述べていない(前記1(2)イ)。そして、同提案を受けて、控訴人と被控訴人間で合意が成立したのであり、その後の交渉の過程を見ても、「歩合開発費」の性質について、上記控訴人の提案と異なる解釈がされたことはない。現に、F3契約は、「甲(注、被控訴人)は、乙(注、控訴人)のこの協力に対し、初期に発生する開発費に加えて、製品の市場投入後に得られる甲の利益の一部を第9条〔歩合開発費〕に定める方式に従って、利益分配する。」(第2条)と規定する。また、本件の「歩合開発費」の支払額は、F3の販売量や販売価格に依存するものであり(F3契約の第9条、前記1(3)カ)、その性質上、額は、定額ではなくて、多額にもなれば少額にもなり、すでに発生している開発費用の額と直接的な関連性を有するものではなく、正に利益の分配としての性質を有するものにほかならない。
 さらに、前記1(4)によれば、F3の開発手順や開発に要する費用等は、その開発期間中、控訴人と被控訴人が協議した上、合意に基づいて決定され、被控訴人による開発費の支払は、開発期間中に控訴人が概ね各月ごとに行う請求を受けてされ、予定外の開発作業のために要した費用についても、控訴人は、それが全体から見ても少額であっても請求し、被控訴人は控訴人の請求に応じて支払っている。このような開発費の定め方及び支払方法は、控訴人において、F3の開発の進展に伴い、順次開発作業の対価を取得することができる方式であったということができる。
 これらに照らせば、被控訴人から控訴人に対し、本件プログラムの開発期間中、開発のために要した費用として、開発費が支払われ、それに加えて、控訴人の特別の協力に対して、利益の分配としての歩合開発費が支払われるとされたものと解するほかない。このことは、仮に、控訴人が、内部的に歩合開発費も含めて開発の収支を考えていたことにより左右されるものではないし、また、被控訴人が、内部的に歩合開発費をコストと考えて、収支を計算していたとしても、同様である。
 したがって、開発費が控訴人による本件プログラム開発の原価に満たないものであり、歩合開発費も開発の対価であるとして、それが支払われていないことを根拠として、翻案権が控訴人に帰属することをいう控訴人の主張は、開発費及び歩合開発費の位置付けにおいて、当事者間の合意に反するものといわざるを得ないのであって、控訴人のもとで開発のために現実に要した費用を検討するまでもなく、主張の前提を欠くものとして、採用できない。
 控訴人は、また、本件プログラムの価値の大きさを根拠として、翻案権が留保されている旨主張もするが、仮に、その価値が大きいものであったとしても、そのことが直ちに翻案権の所在に影響するものではなく、翻案権の留保の有無は、F3契約締結に至る交渉経過及びF3契約の条項に照らし、上記のように当事者の意思を合理的に解釈することにより認定されるべきものであり、控訴人の主張は採用の限りではない。
カ また、控訴人は、翻案権を開発を委託する会社に譲渡することは、開発会社として独占的に請け負うことができる優位性を譲り渡してしまうことに等しいもので、社会通念上、あり得ない旨主張する。
 しかし、一般的に、プログラム開発会社にとって翻案権が重要であるとしても、プログラム開発会社が開発したプログラムの著作権ないしその一部である翻案権をだれに帰属させるのかは、その対価等とも関連し、当事者の合意によって定まるものであって、本件プログラムの翻案権について、それを譲渡する旨の当事者間の合意があったことは、上記認定のとおりであるから、およそプログラムの著作物の翻案権の譲渡が社会通念上あり得ないとする控訴人の主張は採用することはできない。
キ 控訴人は、さらに、F3契約締結交渉の経緯やF3契約の文言を理由に、翻案権が控訴人に留保されている旨を主張するが、それら交渉の経緯及びF3契約の文言に照らせば、むしろ、控訴人は、上記ア及びイのとおり、本件プログラムの翻案権を被控訴人に譲渡していると認めることができる。
(3) 以上によれば、著作権法61条2項の推定にかかわらず、本件においては、関係各証拠によって、上記推定とは異なる、本件プログラムの翻案権を控訴人から被控訴人に譲渡する旨の控訴人と被控訴人間の合意を認めることができるであり、この合意に基づき、本件プログラムの翻案権は、被控訴人が有するものというべきである。
5 争点4(本件解除による本件プログラムの翻案権の復帰)について
(1) 控訴人は、本件解除により、本件プログラムの翻案権は控訴人に復帰した旨主張するとともに、継続的契約関係においては、契約の性質、内容、当事者の意思を考慮してある程度の修正がされるが、本件における事情を考慮すると、F3契約等が解除された効果として、遡及効を否定して現状を維持させるべき要請はほとんどないなどとして、本件解除には遡及効がある旨主張する。
(2) そこで、本件解除の解除原因が存在し、解除の意思表示が有効であるかはさておき、仮に、これらが肯定されるとしても、控訴人主張のように本件解除に遡及効があるか否かについて、まず、検討する。
 前記1(4)に照らせば、本件プログラムは、一度に開発されるものではなく、一定期間にわたって開発されるもので、開発期間中にあっても、開発の委託者である被控訴人と受託者である控訴人とで協議の上、開発対象となる具体的なプログラムを順次定め、それに基づいて、控訴人が開発作業を行い、そこで開発されたプログラムが被控訴人に納入され、被控訴人がその著作権等を取得し、開発費についても、その都度、控訴人と被控訴人間において支払額、支払時期等が合意された上で、開発期間中に、月ごと、あるいは検収後に控訴人に対して支払われるといったものである。
 他方、被控訴人は歩合開発費の支払義務を負担するが、F3契約による「歩合開発費」は、前記4(2)オのとおり、控訴人と被控訴人間において、利益の分配という性質を有するものとして扱われていたのであり、「初期に発生する開発費に加えて」、控訴人の「協力」(いずれもF3契約の第9条)に対して支払われるものであって、控訴人は、被控訴人に対して特別な協力を行い、その協力を理由として、控訴人に対し、利益の分配としての「歩合開発費」が支払われるものとされていた。
 そうすると、本件プログラムをめぐる契約関係において、基本的には、控訴人による本件プログラムの開発期間中は、控訴人は、合意されたところに基づき、順次、プログラムを開発して、これを被控訴人に納入する義務を負うのに対し、被控訴人は、開発に応じて、合意された開発費の支払義務を負い、順次、納入されるプログラムの著作権等の権利を取得するという継続的な関係が存在し、プログラムの納入後は、控訴人には、製品の競争力維持のために特別な協力を行う義務が存在し、被控訴人には、「歩合開発費」の支払義務が存在するという継続的な関係があることが認められる。
 上記継続的な関係においては、被控訴人が、順次、納入されたプログラムの権利を取得するものであるところ、その権利を基礎として、新たな法律関係が発生するものであるし、開発の受託者である控訴人も、委託者である被控訴人から指示されて被控訴人のために開発を行い、被控訴人に納入したプログラムについて、控訴人と被控訴人間の契約関係解消の場合、その開発作業の対価として受け取った金員の返還を想定しているとは考えられず、契約の性質及び当事者の合理的意思からも、本件における継続的な関係の解消は将来に向かってのみ効力を有すると解するのが相当である。92年基本契約、94年基本契約においても、契約解除の場合、開発されたソフトウェアの著作権が被控訴人に帰属する条項が有効である旨が定められている(甲1、2の第22条3項)。また、本件においては、歩合開発費についての条項が定められているが、歩合開発費は、控訴人の特別の協力に対して、利益の分配として支払われるものであり、控訴人が、歩合開発費の支払がないことを理由に、開発費が支払われていないということはできず、本件プログラムについて、開発段階で合意された開発費合計1億8967万6300円が被控訴人から控訴人に支払われたことにより、本件プログラムの開発費は支払われて、被控訴人は納入されたそれらの著作権等を取得し、本件解除当時は、F3契約について、F3の競争力維持のための控訴人の義務と被控訴人の歩合開発費支払の義務が残っていたと認められる。
 そうすると、控訴人による本件解除は、仮に、解除原因が存在し、解除の意思表示が有効であるとしても、遡及効はなく、将来に向かって効力を生じるものであると解されるのであって、そうとすれば、控訴人は、将来の競争力維持のための協力義務を免れるものの、本件解除によって、従前の法律関係を解消されるものではなく、被控訴人に帰属した権利が、控訴人に復帰するものではないと解するのが相当である。
(3) 控訴人は、本件解除に遡及効が認められることの理由として、歩合開発費の支払により控訴人の開発費が回収されること、控訴人と被控訴人は、いずれも、固定開発費と歩合開発費の合計でプロジェクト全体の収支計算をしているものであること、契約で合意された市場競争力維持のための控訴人による貢献は、実際は大きな工数・費用を必要としない小規模のものしか想定されていないのであり、それが免除される利益と、歩合開発費を失う不利益は全く均衡がとれないことを挙げる。
 しかし、仮に、控訴人が、歩合開発費も含めて開発費の回収を考えていたとしても、前記のとおり、控訴人自身、歩合開発費を「成功報酬」と述べて、開発費との関係をいわずに、利益の分配を求めるとして、被控訴人と交渉を行っているのであり、本件の「歩合開発費」は、上記性質のものとして当事者間で合意されたものであり、歩合開発費の支払がないと開発費が回収されないことを前提とする控訴人の主張は失当である。そして、このことは、控訴人と被控訴人が内部的に収支計算をどのようにしていたかに左右されないし、被控訴人が、仮に、支払義務を負う歩合開発費をコストとして考えていたとしても、そのことが被控訴人が歩合開発費をプログラムの開発費と考えていたことと直ちに結びつくものではないし、被控訴人が、歩合開発費が、控訴人の開発費を後から支払うという性質のものであると表明あるいは示唆していたことを認めるに足りる証拠もない。また、控訴人は、市場競争力維持のための控訴人による貢献が免除される利益と、歩合開発費を失う不利益とが均衡がとれない旨をいうが、歩合開発費の額は、売上高、利益に依存するもので、確実に一定額が支払われるものではないから、控訴人主張の関係は、そもそも認める余地がない。
 その他、控訴人は、利益共同体が崩壊するのであれば、控訴人は新たな取引相手を探し出してでも、企業の存続を図る必要があり、その際に、過去の開発成果を全く利用できなくなるような状態では、存続の可能性を実質的に奪われてしまうことなどの事情が存在することを、遡及効が認められない根拠とするが、上記のような控訴人の事実上の不都合が、直ちに、解除の遡及効の有無に関係すると認めることはできない。
(4) 控訴人は、著作権について遡及効が認められなくとも、翻案権については遡及効が認められるとし、本件解除により、控訴人は、それまでに蓄積した技術を駆使して製品を開発し、自ら新たな顧客を求めて奔走することとなるのであり、そのため、控訴人に翻案権が復帰することが不可欠であるのに対し、翻案権を被控訴人に残しておかないことの不都合はなく、また、歩合開発費の支払を免れる被控訴人との対比において、控訴人が市場競争力維持の貢献の義務を免除されることは、全く均衡を失している旨主張する。
 しかし、控訴人のそれまでに蓄積した技術を駆使すれば、本件プログラムの翻案に当たらない、振動制御器のためのプログラムを開発することは格別困難なものではないはずである。一方、被控訴人が翻案権を有するか否かは、被控訴人にとって重要であるから、翻案権を控訴人に残しておかなければならない合理的な理由があるとは到底いえないし、歩合開発費と市場競争力維持の貢献の義務との関係が控訴人主張のように認められるものでないことも上記のとおりであり、控訴人主張は、失当である。
(5) 以上によれば、本件解除によって、本件プログラムの翻案権が控訴人に復帰したとする控訴人の主張は採用することができない。
6 結論
 以上のとおり、控訴人は、本件プログラムについて翻案権を有しないのであるから、控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当である。
 よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第1部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 宍戸充
 裁判官 柴田義明
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日本ユニ著作権センター
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