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【事件名】「極真会館」の商標事件B
【年月日】平成18年7月27日
 東京地裁 平成16年(ワ)第23624号 商標権移転登録手続請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成18年6月20日)

判決
原告 財団法人極真奨学会
同訴訟代理人弁護士 鈴木宏
同訴訟復代理人弁護士 八藤後淳
同訴訟代理人弁護士 堀晴美
被告 A
同訴訟代理人弁護士 中村勝彦
同 奥山倫行
同 宮下央


主文
1 被告は、原告に対し、別紙登録商標目録(1)ないし(3)記載の各商標権について、移転登録手続をせよ。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、別紙登録商標目録記載の各商標権について、移転登録手続をせよ。
第2 事案の概要
 本件は、被告名義で登録されている別紙登録商標目録記載の各商標権(以下「本件各商標権」という。)について、(1)被告は、原告のために商標の新規登録・更新手続について積極的に協力をすべき善管注意義務を負担していたにもかかわらず、それを履行することなく、原告が過去において保有し、その後失効した商標権について、被告個人を出願人とする商標登録出願をしてその登録を得たとして、(2)原告が保有し、失効していなかった商標権について、原告に無断で被告個人を譲受人とする商標権移転登録手続をしてその登録を得たとして、(3)原告名義で登録すべき極真空手道関係の商標について、被告個人を出願人とする商標登録出願をしてその登録を得たとして、原告が、被告に対し、本件各商標権について原告への移転登録手続を求めた事案である。被告は、原告主張の義務の存在を否定し、また、原告が保有し、失効していなかった商標権については原告から譲り受けた旨主張して、原告の請求を争っている。
1 判断の前提となる事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠によって認められる。)
(1) 当事者(乙2、3)
 原告は、育英及び学術研究の助成を目的とする財団法人である。
 被告は、国際空手道連盟極真会館(以下「極真会館」という。)の館長を務める者である。
(2) 原告が過去において有していたものの、既に抹消された商標権(甲3の1・2、4の1・2、5の1・2)
 原告は、次の商標権を有していた(以下、総称して「本件旧商標権」という。)
ア 本件旧商標権(1)
 登録番号 第1421312号
 出願年月日 昭和51年3月4日
 登録年月日 昭和55年6月27日
 抹消年月日 平成3年10月11日(平成2年6月27日存続期間満了)
 登録商標 「極真会館」との文字を横書きして成るもの
 商品の区分 第24類
 指定商品 空手道衣、及びその帯を含む運動用特殊衣服、その他本類に属する商品(甲3の1、2)
イ 本件旧商標権(2)
 登録番号 第1443462号
 出願年月日 昭和51年3月4日
 登録年月日 昭和55年11月28日
 抹消年月日 平成4年3月26日(平成2年11月28日存続期間満了)
 登録商標 「極真会」との文字を縦書きして成るもの
 商品の区分 第24類
 指定商品 空手道衣、その他の運動用特殊衣服、その他本類に属する商品(甲4の1、2)
ウ 本件旧商標権(3)
 登録番号 第1491281号
 出願年月日 昭和51年5月14日
 登録年月日 昭和56年12月25日
 抹消年月日 平成5年4月22日(平成3年12月25日存続期間満了)
 登録商標別紙図形目録(4)記載のもの
 商品の区分第24類
 指定商品 空手道衣、空手道帯、その他の運動用特殊衣服、その他本類に属する商品(甲5の1、2)
(3) 原告が過去において有していたものの、その後被告に移転登録された商標権(甲6の1・2、7の1・2、8の1・2)
 原告は次の商標権を有していた(以下、総称して「本件商標権1」という。)。本件商標権1は、いずれも、平成6年6月1日譲渡を原因として、被告名義に移転登録され、その後存続期間の更新登録がされて現在に至っている。
ア 別紙登録商標目録(1)記載の商標権(以下「本件商標権1−1」という。)
 登録番号 第1706007号
 出願年月日 昭和51年5月14日
 登録年月日 昭和59年8月28日
 登録商標 別紙図形目録(1)記載のもの
 商品の区分 第24類
 指定商品 空手道衣、空手道帯、その他の運動用特殊衣服、その他本類に属する商品(スキーのストツクリングを除く)(甲6の1、2)
イ 別紙登録商標目録(2)記載の商標権(以下「本件商標権1−2」という。)
 登録番号 第1706008号
 出願年月日 昭和51年5月14日
 登録年月日 昭和59年8月28日
 登録商標 別紙図形目録(2)記載のもの
 商品の区分 第24類
 指定商品 空手道衣、空手道帯、その他の運動用特殊衣服、その他本類に属する商品(スキーのストツクリングを除く)(甲7の1、2)
ウ 別紙登録商標目録(3)記載の商標権(以下「本件商標権1−3」という。)
 登録番号 第1706009号
 出願年月日 昭和51年5月14日
 登録年月日 昭和59年8月28日
 登録商標 別紙図形目録(3)記載のもの
 商品の区分 第24類
 指定商品 空手道衣、空手道帯、その他の運動用特殊衣服、その他本類に属する商品(スキーのストツクリングを除く)(甲8の1、2)
(4) 被告を出願人として出願され、登録された商標権
 被告は、次の商標登録出願をし、その登録を得て、現在に至っている(別紙登録商標目録(4)ないし(29)記載の各商標権。下記アないしウ記載の各商標権を総称して「本件商標権2」、エないしカ記載の各商標権を総称して「本件商標権3」という。)。
ア 本件旧商標権(1)と同一ないし類似する商標権(以下、総称して「本件商標権2−1」という。)
a) 別紙登録商標目録(10)記載の商標権
 登録番号 第3371034号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成11年1月8日
 登録商標 「極真会館」との文字を横書きして成るもの
 商品の区分 第25類
 指定商品 被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴(甲15の1・2)
b) 別紙登録商標目録(16)記載の商標権
 登録番号 第4027346号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成9年7月11日
 登録商標 「極真会館」との文字を横書きして成るもの
 商品の区分 第41類
 指定商品 空手の教授を含む技芸・スポーツ又は知識の教授、図書及び記録の供覧、映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営、映画の上映・制作又は配給、放送番組の制作、空手の興行の企画・運営又は開催、運動施設の提供、興行場の座席の手配、映写機及びその附属品の貸与、映写フィルムの貸与(甲22の1・2)
イ 本件旧商標権(2)と同一ないし類似する商標権(以下、総称して「本件商標権2−2」という。)
a) 別紙登録商標目録(4)記載の商標権
 登録番号 第3370400号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成10年10月9日
 登録商標 「極真会」との文字を縦書きして成るもの
 商品の区分 第25類
 指定商品 被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴(甲9の1・2)
b) 別紙登録商標目録(14)記載の商標権
 登録番号 第4027344号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成9年7月11日
 登録商標 「極真会」との文字を縦書きして成るもの
 商品の区分 第41類
 指定商品 空手の教授を含む技芸・スポーツ又は知識の教授、図書及び記録の供覧、映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営、映画の上映・制作又は配給、放送番組の制作、空手の興行の企画・運営又は開催、運動施設の提供、興行場の座席の手配、映写機及びその附属品の貸与、映写フィルムの貸与(甲20の1・2)
c) 別紙登録商標目録(27)記載の商標権
 登録番号 第4603801号
 出願年月日 平成13年10月5日
 登録年月日 平成14年9月13日(なお、出願人は特定非営利活動法人国際空手道連盟極真会館であり、平成15年7月8日付けで被告に移転登録された。)
 登録商標 「極真会」との文字を縦書きして成るもの
 商品の区分 第9類、第14類、第18類、第24類、第26類、 第36類
 指定商品 (記載省略)(甲38の1・2)
ウ 本件旧商標権(3)と類似すると原告の主張する商標権(以下、総称して「本件商標権2−3」という。)
a) 別紙登録商標目録(7)記載の商標権
 登録番号 第3370403号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成10年10月9日
 登録商標 別紙図形目録(4)記載のもの
 商品の区分 第25類
 指定商品 被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴(甲12の1・2)
b) 別紙登録商標目録(13)記載の商標権
 登録番号 第4023886号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成9年7月4日
 登録商標 別紙図形目録(4)記載のもの
 商品の区分 第41類
 指定商品 空手の教授を含む技芸・スポーツ又は知識の教授、図書及び記録の供覧、映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営、映画の上映・制作又は配給、放送番組の制作、空手の興行の企画・運営又は開催、運動施設の提供、興行場の座席の手配、映写機及びその附属品の貸与、映写フィルムの貸与(甲19の1・2)
c) 別紙登録商標目録(29)記載の商標権
 登録番号 第4691755号
 出願年月日 平成13年9月14日
 登録年月日 平成15年7月18日
 登録商標 別紙図形目録(4)記載のもの
 商品の区分 第29類
 指定商品 (記載省略)(甲41の1・2)
エ 本件商標権1−1と同一ないし類似する商標権
a) 別紙登録商標目録(6)記載の商標権
 登録番号 第3370402号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成10年10月9日
 登録商標 別紙図形目録(1)記載のもの
 商品の区分 第25類
 指定商品 被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴(甲11の1・2)
b) 別紙登録商標目録(19)記載の商標権
 登録番号 第4027349号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成9年7月11日
 登録商標 別紙図形目録(1)記載のもの
 商品の区分 第41類
 指定商品 空手の教授を含む技芸・スポーツ又は知識の教授、図書及び記録の供覧、映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営、映画の上映・制作又は配給、放送番組の制作、空手の興行の企画・運営又は開催、運動施設の提供、興行場の座席の手配、映写機及びその附属品の貸与、映写フィルムの貸与(甲25の1・2)
オ 本件商標権1−2と同一ないし類似する商標権
a) 別紙登録商標目録(8)記載の商標権
 登録番号 第3370404号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成10年10月9日
 登録商標 別紙図形目録(2)記載のもの
 商品の区分 第25類
 指定商品 被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴(甲13の1・2)
b) 別紙登録商標目録(20)記載の商標権
 登録番号 第4027350号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成9年7月11日
 登録商標 別紙図形目録(2)記載のもの
 商品の区分 第41類
 指定商品 空手の教授を含む技芸・スポーツ又は知識の教授、図書及び記録の供覧、映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営、映画の上映・制作又は配給、放送番組の制作、空手の興行の企画・運営又は開催、運動施設の提供、興行場の座席の手配、映写機及びその附属品の貸与、映写フィルムの貸与(甲26の1・2)
カ 本件商標権1−3と同一ないし類似する商標権
a) 別紙登録商標目録(5)記載の商標権
 登録番号 第3370401号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成10年10月9日
 登録商標 別紙図形目録(3)記載のもの
 商品の区分 第25類
 指定商品 被服、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベルト、履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴(甲10の1・2)
b) 別紙登録商標目録(18)記載の商標権
 登録番号 第4027348号
 出願年月日 平成6年5月18日
 登録年月日 平成9年7月11日
 登録商標 別紙図形目録(3)記載のもの
 商品の区分 第41類
 指定商品 空手の教授を含む技芸・スポーツ又は知識の教授、図書及び記録の供覧、映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営、映画の上映・制作又は配給、放送番組の制作、空手の興行の企画・運営又は開催、運動施設の提供、興行場の座席の手配、映写機及びその附属品の貸与、映写フィルムの貸与(甲24の1・2)
c) 別紙登録商標目録(24)記載の商標権
 登録番号 第4466904号
 出願年月日 平成11年12月21日
 登録年月日 平成13年4月13日
 登録商標 別紙図形目録(3)記載のもの
 商品の区分 第9類
 指定商品 (記載省略)(甲34の1・2)
d) 別紙登録商標目録(28)記載の商標権
 登録番号 第4618291号
 出願年月日 平成13年10月15日
 登録年月日 平成14年11月1日(なお、出願人は特定非営利活動法人国際空手道連盟極真会館であり、平成15年7月8日付けで被告に移転登録された。)
 登録商標 別紙図形目録(3)記載のもの
 商品の区分 第9類、第14類、第18類、第24類、第26類、第36類
 指定商品 (記載省略)(甲40の1・2)
(5) 商標権処分禁止仮処分と保全異議事件
ア 当庁は、原告の申立てにより、平成16年12月2日、本件商標権1−1(別紙登録商標目録(1)記載の商標権)についての処分禁止の仮処分決定(当庁平成16年(ヨ)第22139号)を、本件商標権2−1a)(別紙登録商標目録(10)記載の商標権)と本件商標権2−2a)(別紙登録商標目録(4)記載の商標権)についての処分禁止の仮処分決定(当庁平成16年(ヨ)第22141号)を、それぞれ行った。
イ 被告は、前記アの各仮処分決定につき、保全異議を申し立てた(22139号事件について当庁平成17年(モ)第4354号事件、22141号事件について当庁平成17年(モ)第4355事件)。各保全異議事件については、平成18年6月30日が審理終結日とされた。
2 争点
(1) 本件旧商標権と同一ないし類似の本件商標権2について、被告が原告に対し、原告名義で商標登録出願すべき契約上の義務を負っていたか。(争点1)
(2) 原告は、被告に対し、平成6年5月ないし7月ころ、本件商標権1を譲渡したか。(争点2)
(3) 本件各商標権について、原告が被告に対し移転登録請求権を有するか。(争点3)
(4) 本件各商標権について、原告が被告に対し、何らかの移転登録請求権を有するとして、
ア 被告名義による本件各商標権の登録について、原告が被告に対し黙示の承諾をしたか、あるいは、原告の移転登録請求権が失効したか。(争点4)
イ 原告の被告に対する本件各商標権の移転登録請求権の行使が、権利の濫用として許されないか。(争点5)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件旧商標権と同一ないし類似の本件商標権2について、被告が原告に対し、原告名義で商標登録出願すべき契約上の義務を負っていたか)について
(原告の主張)
ア 極真空手の創始者である亡Bは、極真会館を公益法人にして空手道の普及と発展を図るのが最善であると考え、昭和42、43年ころ、当時の極真会館の会長であり、衆議院議員であった亡Cに極真会館の財団化を相談した。
 亡Cは、C後援会事務局長であったDに財団設立を指示し、Dは、亡Cと相談の上、財団法人山ノ内奉公会の理事をしていた山卯証券株式会社E社長に事情を説明して、財団法人山ノ内奉公会の名称を財団法人極真奨学会に変更し、新たに極真会館の関係者を理事にすることを依頼し、Eはこれを了解した。
 そして、当時、亡Bを援助していたC後援会「東京松嵐会」の会長であった亡Fに原告の理事に就任してもらい、財団の名称と理事の変更手続を行って誕生したのが原告である。
 亡Bは、将来的には原告の寄付行為上の目的として空手道の普及発展を掲げることを考えていたものの、当面は原告と極真会館を併存させ、表裏一体の関係で両組織を運営することにした。そして、かねてから、極真空手道関係の商標権を法的に確立することを考えていた亡Bは、自身の死後も弟子達が広く衆知を結集して極真空手を発展させるには、亡Bやその遺族などの特定個人に商標権を帰属させるのではなく、財団法人である原告に帰属させることが将来の極真空手の発展にとって最良の道であり、また、商標権の利用により原告の財政を豊かにし、その活動を活性化することにもなると考えた。そこで、原告は、昭和51年、本件旧商標権及び本件商標権1の商標登録出願をした。
イ 亡Bは、平成6年4月19日、次のとおり危急時遺言を行った(以下「本件遺言」という。)。
a) 極真会館、国際空手道連盟を一体として財団化を図ること。この法人化には日時を要するので、その間原告を拡充化するとともに、可能であれば原告が極真会館、国際空手道連盟を吸収することも可。
b) 当時、原告の理事であったGは、原告の理事長と株式会社グレートマウンテンの社長を務めて欲しい。
c) 極真会館、国際空手道連盟における亡Bの後継者を被告と定める。世界各国、日本国内の本部直轄道場責任者、各支部長、各分支部長は、これに賛同し、協力すること。
d) 被告は、極真会館新会館建設の第二次建設委員長(第一次委員長はGが務めた。)として、極真会館の新会館を建設すること。
e) Gは、極真会館、国際空手道連盟、原告、株式会社グレートマウンテン、有限会社パワー空手等の極真空手関連事業を監督し、被告の後見役を務めること。
 以上から明らかなように、亡Bは、被告を自分の後継者と定めた。しかし、被告に極真空手に関する独裁的な権限を付与したものではなく、後見役であるG等の意見を尊重すること、また原告の拡充化を推進すること、そして極真メンバーの衆知を結集して極真会館等を運営すること等の責務を負担させたものである。
ウ Gは、亡B死亡の翌日である平成6年4月27日、池袋の極真会館総本部における密葬での出棺に際し、出棺に立ち会っていた極真関係者等に対して本件遺言の内容を開示し、同日の夜に開催された臨時全国支部長会議においても、本件遺言の内容を詳しく説明して亡Bの遺志を実現したい旨を諮り、被告は、その場で亡Bの後継者となることを受諾した。Gは、同年5月10日に開催された極真会館の全国支部長会議において、本件遺言を読み上げ、その結果、同会議において、被告を亡Bの後継者とすることが確認された。そして、被告は、その場において、亡Bの後継者となることを正式に受諾し、亡Bの本件遺言の趣旨を全うすることを支部長等に約束した。
エ この支部長会議における被告を亡Bの後継者とすることの確認と、被告のこれを受諾する旨の意思表示の法的意味は次のとおりである。
a) 被告と極真会館との関係
 極真会館は、当時、いわゆる法人格なき社団であった。被告は、この法人格なき社団の代表者に就任して亡Bの本件遺言の内容を実現することを法人格なき社団の構成員である支部長等に約束し、支部長等はこれを受け入れた。これにより、被告と法人格なき社団である極真会館との間で、亡Bの本件遺言の内容を実現する委任契約ないしは委任契約類似の契約が成立したものである。
b) 原告と被告の関係
 亡Bは、前記イのとおり、本件遺言において、@極真会館、国際空手道連盟を一体化して財団法人化を図ること、その財団法人化までは原告を拡充すること、並びに可能であれば原告が極真会館、国際空手道連盟を吸収すること、A当時原告の理事であったGに原告の理事長を務めて欲しいことを遺言した。
 本件遺言の内容を実現するためには、原告(具体的には理事長となるG)と被告との間で、原告を拡充化すること等について合意が必要である。Gは、前記ウのとおり、出棺の場において被告を後継者とする旨の本件遺言の内容を開示し、同日の夜に開催された臨時全国支部長会議においても本件遺言の内容を詳しく説明して、亡Bの遺志を実現したい旨を諮った。これは、原告の理事長としての被告に対する亡Bの遺志を実現するための契約の申込でもあった。そして、被告はその場で、亡Bの後継者となることを受諾した。
 次いで、被告は、同年5月10日に開催された全国支部長会議において、正式に後継者として亡Bの本件遺言の内容を実現することを約束したのであるから、この時点で原告は被告に対し、原告の拡充化を要求する権利を有し、被告はその義務を負担する等の亡Bの本件遺言の実現についての委任契約ないし委任契約類似の契約が成立したものである。
オ 原告及び極真会館関係者は、前記エa)及びb)の委任契約ないし委任契約類似の契約(以下「本件契約」という。)の成立により、被告は亡Bの遺志の実現のために極真会館関係の業務を行っていると信じてきたため、本件各商標権を利用すること、また本件各商標権に関する訴訟に関与することに何の疑問も抱かなかった。
 また、本件各商標権の登録手続は、被告が他の支部長達や原告の理事に一切諮らず、秘密裡に行ったため、G及び原告の他の理事は、平成15年ころまで、本件各商標権が被告名義で登録されていることを知らなかった。
カ 被告は、後継者となった後、時間の経過とともに、次に述べるとおり、独裁的な権限を行使して亡Bの遺志に反する行動を取るようになった。
a) 亡Bは、「K−1」などのショー空手を嫌っていた。しかし、被告は、独断で極真会館の選手を「K−1」に参戦させるとともに、平成14年から自ら代表取締役を務める株式会社ケイ・ネットワークを主催者として「一撃」と称するショー空手の興行を開催し、そこへ極真空手の選手を参戦させた。
b) 極真会館は、全国すべての会員からの年会費によって運営されている。被告は極真会館の代表者として、支部長らに対し、極真会館の財務・経理内容を明らかにすべき義務を負担していた。しかし、被告はこれを全く履行せず、さらには、少年部の年会費を独断で値上げしようとした(この値上げは、支部長等の反対が多かったため、事実上廃案となった。)。
 Gらは、被告に対し、第2回目の「一撃」の興行をやるときは、事前に最高幹部会議の許可を得ることを申し入れた。しかし、被告は、これを無視し、最高幹部会議へ諮ることなく第2回目の「一撃」の興行を行った。
 被告は、極真会館主催の試合の出場選手に極真マーク(本件商標権1−3)を入れたマウスピースの使用を独断で義務づけた。このマウスピースは一般的に市販されているものに比して極めて高額である。被告は、この商標権使用による収支についても、支部長等に公開しない。
c) 被告は、平成12年、新会館建設用地として、極真会館総本部の敷地の隣地を取得した。この土地は、本来であれば株式会社グレートマウンテンの所有名義とすべきところ、有限会社極真(現在は、組織変更により、株式会社国際空手道連盟極真会館)名義で所有権移転登記がなされた。
 株式会社グレートマウンテンの代表取締役の一人であるG及び当初、新会館建設委員を務め、自らも株式会社グレートマウンテンに出資したHは、被告に対し、資本金2億5010万円の存否、使途を明らかにするよう要求したものの、被告は現在に至るも、これを拒んでいる(なお、株式会社グレートマウンテンは、平成18年3月17日、被告に対し、上記2億5010万円の内金1億3000万円の支払を求める訴えを、東京地方裁判所に提訴した。)。
d) 平成13年春、被告の独断専行による極真会館の運営問題を協議し、解決する場として、最高幹部会議が設けられた。この最高幹部会議において、被告の独断専行を是正して、組織の民主化を図るため組織のルールの明文化、経理の公開について協議した。しかし、被告は、常にこれらについて反対し、ついに平成14年10月16日、Gは、会議の場から退席し、最高顧問のIは被告に辞任を求められた。ここに、最高幹部会議は事実上消滅した。
キ 亡Bは、前記アのとおり、自ら所有していた標章を原告に提供し、原告名義で商標登録出願をした。しかし、亡Bは、これら商標権の維持管理を専門家である弁理士や弁護士に依頼せず、また自らは商標権の存続期間についての知識を有していなかったため、その更新登録の申請手続を怠り、これらを存続期間満了によって失効させてしまった。とはいうものの、原告及び極真会館関係者にとって、本件旧商標権等極真空手道関係商標が依然として原告が保有するものであることは自明のことであった。原告名義で登録された商標権が存続期間満了により失効していたことを知っていた被告は、本件契約に基づき、これらの商標を新たに原告名義で出願申請を行う義務を負担した。また、被告は、亡Bの遺言により原告の理事長としての立場に立ったGに対し、これらの商標権の出願申請について協議し、同人の監督を受けるべき義務を負担した。
 しかるに、被告は、これらの受任者としてなすべき義務を怠り、秘密裡に自己を登録名義人とする本件商標権2の出願申請を行った。
ク よって、原告は、被告の委任事務処理違反により生じた現状を回復するため、本件商標権2の返還を求めるものである。
(被告の主張)
ア 本件契約の不存在
a) 亡Bの本件遺言の1項1号に記載されている内容は、「極真会館、国際空手道連盟を一体として財団法人化を図ること。この法人化には日時を要するので、その間財団法人極真奨学会を拡充化すること。財団法人極真奨学会において極真会館、国際空手道連盟を吸収することが可能ならばそれでも可。」というものであり、原告は被告に対し原告の拡充化を要求することができるとか、被告は原告の拡充化をしなければならないとは何ら記載されていない。したがって、原告の主張は、単に本件遺言を自己に都合良く解釈したものにすぎず、本件遺言の記載から、被告の原告に対する何らかの義務を導き出せるものではない。
b) 法人の理事の行為が法人の行為として認められるためには、代理の場合と同様、「本人のためにすることを示して」意思表示を行わなければならないとされている(民法99条参照)。被告に対して原告の代表者として契約の申込を行ったというGは、支部長に対して本件遺言の内容を伝えたにすぎず、契約の申込みに当たり得る行為は一切していない。
 また、Gは、本件遺言の確認申立事件(東京家裁平成6年(家)第5615号)において、平成7年3月20日、家事審判官から原告の活動状況等に関する質問を受け、「私は、財団法人極真奨学会の理事の役職に就いていますが、寄付行為は見たことはありません。総会の記憶もなく、活動については分かりません。」と述べている。このようなGが、平成6年4月26日の時点で、原告の代表者として被告に対し何らかの契約の申込を行う意思を有しているはずはなく、ましてや、それが被告に示されたことなどあり得ない。
 さらに、Gは、「契約の申込」の意味すら認識していないのであるから、そのようなGが、被告に対し、亡Bの意思を実現することを内容とする委任契約若しくは委任類似の契約などという複雑な内容の契約を申し込むなどということはおよそあり得ない。
c) 前記b)のとおり、そもそも、原告による本件契約の申込み自体がなかったのであるから、被告による契約の承諾もあり得ない。
 被告は、臨時支部長会議において、支部長の一人から亡Bによる後継指名を受けるのかどうかという問いがあったのに対し、亡Bの本件遺言を受ける旨答えただけであって、原告の代表者としてGが行った契約の申込を承諾したなどということはあり得ない。そして、被告が、亡Bの遺言を受ける旨を答えた趣旨も、被告の意識としては、亡Bの生前より亡Bに対し、「いいえ」の答えを持たなかった一人の弟子として、亡Bの最後の命令を理解したことを明らかにしただけである。
d) 以上より、原告と被告との間に何らの契約関係も認められず、原告は、本件各商標権2につき被告に返還を請求することができる何らの請求権も有しない。
イ 「原告の拡充化を要求する権利及び義務」について
 仮に、原告が主張するとおり、原告と被告との間に、本件契約が存在するとしても、本件契約と本件商標権2の帰属の問題は何ら関係がないことは、次に述べるとおり明らかである。
a) 亡Bが、本件旧商標権の更新登録の申請手続を行わないことを決定したのは、亡Bが死亡する3ないし4年前である平成2年又は同3年のことである。仮に、亡Bが「原告の拡充化」の内容として、本件旧商標権の更新登録を意図していたのであれば、亡B自らが、自己の存命中に、本件旧商標権の更新登録の申請手続、又は、本件旧商標権の失効後に改めて商標登録出願手続を行ったはずである。しかし、亡Bは何らこれらの手続を行っていない。したがって、本件旧商標権の更新登録の申請手続や商標登録出願手続等と本件遺言に記載のある「原告の拡充化」とは、何ら関係がないことが明らかである。
b) 亡Bの本件遺言は、亡Bが逝去した当時の極真会館及び極真会館と表裏一体の関係であった原告の全構成員等を名宛人とするものであるから、当然、原告自身も自ら「原告を拡充化」する義務を負担していた。
 ところが、原告は、昭和62年以降、理事の選任登記すら懈怠するありさまであり、原告自身が自らの拡充化を図っていた形跡はない。それにもかかわらず、原告はかかる自己の行為を棚に上げて、被告には亡Bの本件遺言に反する行為があるから、被告は本件各商標権の商標権者としてふさわしくないと縷々主張する。しかし、仮に被告が亡Bの本件遺言をすべて履行していないことが本件各商標権の商標権者としての適正を疑わせるというのであれば、むしろ、原告は亡Bの死後も10年以上も実質的な活動を行ってこなかったのであるから(被告は、亡Bの逝去後、亡Bの遺志を継いでこれまで極真会館の館長として組織の拡充に努めてきた。)、実質的にみても原告が本件各商標権の商標権者になり得る資格はない。
 以上のとおり、亡Bの本件遺言1項1号の「原告を拡充化」と本件各商標権の帰属は、何らの関係もないことであるから、仮に原告の主張を前提としても、原告が被告に対して本件商標権2の返還を求める根拠がないことは明らかである。
ウ 被告の「委任事務処理違反」は観念し得ないこと
 既に述べたとおり、原告と被告の間には、何らの契約も存在せず、被告の委任事務処理違反という事実は観念し得ない以上、委任事務処理違反として原告の主張する点は、原告の被告に対する本件商標権2の返還請求権の根拠にはなり得ない。
 原告は、亡Bの遺志に基づく極真空手の普及発展は全く期待できないため本訴提起に至った等と主張し、極真空手の普及発展の問題と本件各商標権の帰属の問題を強引に関連づけようとする。しかし、極真空手の普及発展と本件各商標権の帰属の問題とは本来全く関係がないものである。
 例えば、K−1への選手派遣については、最終的に、会議体の意思決定として極真会館の選手をK−1に参戦させることを決定した後は、Iらもこれを肯定していたものである。原告の主張する各点は、IやGの思いどおりに事が運ばなかったことを捉え、被告が独断専行的であると述べているにすぎない。
(2) 争点2(原告は、被告に対し、平成6年5月ないし7月ころ、本件商標権1を譲渡したか)について
(被告の主張)
 原告は、被告に対し、平成6年5月から7月までの間に、本件商標権1を譲渡した。本件商標権1についての譲渡証書(以下「本件各譲渡証書」という。)は、当時の原告代表者であった亡Fの了解のもとに作成されたものである。
ア 本件商標権1を被告名義に移転した理由
 原告は、昭和17年に設立された育英及び学術研究の助成を目的とする財団法人であって、空手の教授等は一切行っておらず、空手の教授等の活動を行っていたのは、専ら被告が亡Bの遺志に基づき館長を務めていた極真会館であったから、将来的にも原告がそれらの活動を行うとは考えられない状況にあった。一方、極真空手道関係商標は、亡Bが死亡した平成6年当時には、極真会館という空手の教授等を行う団体、あるいは、極真空手という空手の流派そのものを標章するものとして広く認識されていた。したがって、極真空手道関係商標の帰属権者としては、空手の教授等の活動を行っていない原告よりは、空手の教授等に関する組織及び活動の実態を有している極真会館あるいは亡Bの遺志を継いでかかる極真会館の館長に就いている被告の方が、適切であることが明白であった。そこで、このような価値判断に基づき、平成6年当時の原告の理事は、被告に対して、本件商標権1を譲渡することにして、しかるべき手続をとったのである。
 また、被告が、亡Bが死亡した後1か月程度で極真空手道関係商標の出願を行っていることは、当時の極真会館における極真空手道関係商標の取扱いに関する状況からすれば、何ら不自然なことではない。すなわち、極真会館では、従来、極真空手道関係商標の管理に十分な配慮を行っていなかったために、昭和55年にイギリスなど海外の支部長が本部に無断で極真空手道関係商標の一部について商標登録をしてしまったという事件があり、そのことから、被告が極真会館の館長に就任する以前から、極真空手道関係商標の管理については、極真会館における重大な懸案事項とされていた。さらに、極真会館は、亡Bが死亡した平成6年当時既に、世界130か国、累計1200万人の会員数を有する巨大組織となっていたのであり、総裁である亡Bの死亡によって、求心力を失い、組織の統一性が失われていく可能性があった。かかる状況の中で、亡Bの正当な後継者として極真会館館長に就任した被告には、極真空手道関係商標に関する権利関係の整備を早急に行い、団体としての統一性を維持していくことが要求されていた。
イ 本件各譲渡証書の作成について
a) 被告は、亡Bの後継者として極真会館の館長に就任した当時、弱冠31歳にすぎず、極真会館のような巨大な組織の運営を単独で決定できるほどの知識や経験を有しているわけではなかった。したがって、被告は、当時、亡Bから被告の後見人として指名されたGに対し、例えば、個々の選手の状態といった非常に日常的な事柄についても相談するなど、自らの周りの年長者に対し、様々な事柄を相談しつつ組織運営を進めるほかなかった。そうした中で、本件商標権1の譲渡についても、遺言の立会人であった者等に相談し、実務的には米津法律事務所のJ弁護士や特許事務所の専門家の指導の下に行われたものである。
 すなわち、被告は、上記の専門家らによって作成された譲渡証書に、亡Fから押印を受け(あるいは亡Fから押印の承諾を得て押印し)たものである。そして、かかる譲渡に際し、直接亡Fの自宅を訪問し、亡Fから譲渡についての了解を得たものである。
b) 被告が亡Fの自宅を訪問した時期については必ずしも明らかではないものの、平成6年の被告の手帳には、7月14日の欄に「11:00F」との記載がある。したがって、かかる手帳の記載を前提とすれば、被告が亡Fの自宅を訪問したのは、平成6年7月14日のことであると考えられる。
 この点、7月14日の欄には「1200 G」との記載もある。この記載はGとのアポイントメントについての記載であると考えられるところ、「平成6年7月14日に被告とGの病院にて面会した。」とするGの供述内容とも一致するものであるから、手帳の記載の信憑性は高いものといえる。なお、Gの病院は横浜市内にあると思われるところ、Gとのアポイントメントが正午となっていることは、横浜と鎌倉の移動距離を考慮すると、亡Fの自宅でおよそ30分程度面談したとする被告の供述内容とも合致しており、この点からも手帳の記載の信用性は高いといえるとともに、被告の供述内容の信用性も高いということができる。
c) 亡Fの未亡人であるKは、被告が亡Fの自宅を訪問したことはないなどと証言する。しかし、Kの証言は、被告が亡Fの自宅を訪問したことがないという部分以外に関しては不明確な点が多いにもかかわらず、本件にかかる部分だけは不自然に明確である。また、亡Fは、予約なしに来客があった場合、玄関を開けないとか、当時の亡Fの健康状態について、証言と異なった陳述書が提出されるなど、不自然な点が多々ある。これらの不自然な点は、自らが経験した事実に関わらず、被告が亡Fの自宅を訪問していないという結論を堅持しなくてはならないという姿勢を如実に表すものであって、Kの証言は信用できない。
d) 亡Fは、亡Bの死後、極真会館内部に混乱が生じて極真会館から離脱する者が多数現れた中においても、亡Bの後継者である被告を一貫して支持し続けてきた。亡Fは、平成11年6月6日に死亡するまでの間、被告の極真会館館長としての活動を、いわば後見人的な立場で見守り続けていたのであり、かかる亡Fと被告との間柄からすれば、被告が本件商標権1の譲渡を受けるに際し、亡Fから本件各譲渡証書に押印を受けたことは極めて自然なことである。実際、被告は、本件商標権1の移転登録を行った後、亡Fから、かかる移転登録手続等に関して何らかの異議を受けたことは一度もない。
(原告の主張)
 原告が被告に対し、本件商標権1を譲渡したことは否認する。本件各譲渡証書は、被告の偽造によるものである。
ア 本件各譲渡証書の記載は、日付の記載を除きワープロにより作成されたもので、原告の代表者であった亡Fが自ら記載した部分は皆無である。しかも、押印されている原告の理事長印は、正式な印鑑登録された理事長印ではない。また、被告は、極真会館の後継者の地位を引き継ぐ際に亡Bの保管していた印鑑類も承継したというのであるから、亡Fに無断で本件各譲渡証書を作成することが客観的に可能であった。
イ Kは、平成6年5月ころ、被告が鎌倉の自宅を訪問したことはないと明言している。また、亡Fの秘書をしていたLも、平成6年5月ころ、被告から亡Fに面会したい旨の連絡を受けたことはないと明言している。
 一方、亡F宅訪問に関する被告の主張及び陳述書の記載は、次のとおり二転三転している。
a) 被告は、平成6年5月ころ、亡Fの自宅を訪問した。被告は、本件各譲渡証書及び被告が保管していた原告の代表理事の印を持参して、その場で、亡Fから本件各譲渡証書に捺印してもらった(平成17年7月20日付け被告準備書面(2)の9頁)。
b) 「当時の私の手帳を見て、あらためて考え直してみると、F氏のお宅を訪問したのは7月のことだったかもしれないと今では考えています。」(被告の陳述書2・乙70)
c) その日に本件各譲渡証書に捺印されたか、捺印した書面を持参して亡Fに確認してもらったか、記憶にない(被告本人尋問における供述)。
(3) 争点3(本件各商標権について、原告が被告に対し移転登録請求権を有するか)について
(原告の主張)
ア 亡Bが創設し原告に帰属させた極真空手道関係商標は、昭和50年ころには、既に需要者の間で広く世界的にも認識された周知商標ないし著名商標になっていた。実際、原告は、本件旧商標権を、連合商標として登録していた。
イ 被告は、極真空手道関係の周知商標ないし著名商標について、原告を商標権者とする商標登録に協力すべき義務を負担していたにもかかわらず、本件各商標権(本件旧商標権と同一ないし類似する本件商標権2、原告名義で有効に登録されていた本件商標権1、本件商標権1と類似する本件商標権3及び別紙登録商標目録に記載されたその他の極真空手道関係の周知商標ないし著名商標)のすべてについて被告名義としている。原告は、本件各商標権を被告名義によって登録することを承諾していない。
ウ 亡Bが原告に帰属させた周知商標ないし著名商標である極真空手道に関する商標権は、すべて原告に帰属させるべきものであり、被告個人に保有させる理由はない。
 被告は、本件各商標権が被告名義であることから、亡Bの弟子たちの多くに対して、本件各商標権に係る商標の使用の差止めを求めて訴訟を提起したものの、敗訴している。被告が不正の目的ないし不正競争の目的をもって商標登録したことは明らかである。
エ 以上のとおり、極真空手道関係商標である本件各商標権について被告を商標権者とする商標は無効である。
 そこで、原告は、被告に対し、周知商標・著名商標を実体に符合させるために、原告へ移転登録手続をするよう求める。
(被告の主張)
ア 被告が原告に対し、原告を商標権者とする商標登録に協力すべき義務を負担していたとの原告主張は否認する。
イ 周知商標ないし著名商標である極真空手道に関する商標権は、すべて原告に帰属させるべきものであり、類似商標登録をするには原告の承諾が必要不可欠との原告主張は争う。原告がいかなる法的な根拠に基づいて、かかる主張をするのか不明である。
ウ 極真空手道関係商標は、極真会館又は極真空手を表すものとして広く認識されているものである。被告が館長を務める極真会館は、全世界に会員数1200万人を有し、極真空手の教授を行う団体として、亡B存命時からの継続性を保って今日まで活動を続けてきたものであるから、実質的にみても、被告が極真空手道関係標章についての商標権を有することには理由がある。これに対して、原告は、亡Bの存命中から、空手の教授等の活動は行っていなかったものである。
エ 被告が館長を務める極真会館を脱退した者に対して、商標の使用差止めを求めたことと、被告の不正・不正競争の目的とは何らの関係性も有しない。
(4) 争点4(被告名義による本件各商標権の登録について、原告が被告に対し黙示の承諾をしたか、あるいは、原告の移転登録請求権が失効したか)について
(被告の主張)
 仮に、原告が被告に対して、本件各商標権の返還を求める何らかの請求権を有するとしても、原告は、被告に対し、黙示の承諾をしているか、その権利が失効している。
 被告は、平成6年に亡Bの遺志に基づいて極真会館の館長に就任して以降、本件各商標権の商標登録出願をし、その登録を得ている。被告は、原告から平成16年になって本件各商標権の登録移転請求を受けるまで、一度も原告からは本件各商標権の出願とその登録に対する異議を受けてはいない。登録商標に対しては様々な理由に基づく異議申立て制度が存在するのであるから、仮に、原告が主張するとおり本件各商標権の権利者が原告であるとすれば、原告は被告による本件各商標権の出願及び登録に対して異議を申し立てることは可能であったはずである。それにもかかわらず、原告は、約10年もの長きにわたって、被告による本件各商標権の出願及び登録を黙認し、これに対して何ら異議を申し立ててはいない。
 本件において、原告が被告の義務違反であるとして主張する事実は、平成6年当時の事情が多いから、本当に、原告が被告の義務違反を根拠として本件各商標権の返還を求めるのであれば、平成6年以降、何時でも権利行使が可能であった。それにもかかわらず、平成15年に至るまで、原告は被告に対し、一切そのような請求は行ってこなかった。しかも、その間、G、Iといった原告ないし極真館の主要な人物は、いずれも被告と行動を共にし、被告を一貫して支持し続けてきたのである。そして、G、Iらの態度から、被告自身も当然彼らを信頼し、それ故、約10年間もの長期にわたって、行動を共にしてきたのである。
 したがって、仮に、被告の名義で登録されている本件各商標権の登録手続自体に何らかの手続的瑕疵があったとしても、原告の被告に対する請求権はもはや失効していることが明らかである。
(原告の主張)
 被告の主張は否認し、争う。
(5) 争点5(原告の被告に対する本件各商標権の移転登録請求権の行使が、権利の濫用として許されないか)について
(被告の主張)
仮に、原告が被告に対して、本件各商標権の返還を求める何らかの請求権を有するとしても、その行使は権利濫用として許されない。
ア 原告は空手の教授等の活動を一切行っていないこと
そもそも、原告は、あくまで育英及び学術研究の助成を目的とする団体にすぎず、昭和62年以降一度も理事の改選の登記すら行われていないばかりか、昭和17年の設立以来、実質的に休眠状態の有名無実の団体であり、実態として何ら空手の教授等の活動を行ってきていない。かかる活動の実態しか有さない原告が、空手の教授等を行う団体又は「極真空手」という空手の流派そのものを標章する本件各商標権の帰属主体として適切であることはあり得ない。
イ 原告の関係者の不正な意図
 原告が本件訴訟を提起した背後には、極真館の存在がある。極真館の関係者が、原告の名称を使用して本件訴訟を提起したのは、まさに、極真館において、亡Bが創設し、その後、被告のもとで、現在では全世界的にみても他の団体の追随を許さないくらい巨大な組織に発展している極真会館に帰属する本件各商標権の有する品質保証機能や顧客誘引力を不当に利用して、自らが活動を行うための障害を取り除きたいとの不正な意図に基づくものである。実際、極真館の館長であるIや副館長であるMは、過去に極真会館を除名等により離脱し、又は脱退した者は、極真会館の名称を使用することができないと述べているところ、IやM自身が、平成14年に極真会館を除名され、又は脱退したのであるから、本来、自由に本件各商標権を使用することができる立場にはない。そのため、IやMは、自らの息がかかった極真館の関係者で構成した原告を利用して、本件訴訟を提起することで、本件各商標権を被告から移転させ、自らの支配下に置こうとしているにすぎない。このように、本件訴訟の背後には、原告の関係者の不正の意図があることは明白である。
ウ 亡Bは本件各商標権を原告に帰属させる意思を有していなかったこと
 亡B存命中の極真会館の活動は、すべて創設者である亡Bの意思のもとで行われていた。しかるに、亡Bは、生前に記した著書「極真カラテ21世紀への道」の中で、極真会館の将来のあり方に関する亡Bの意思を取りまとめた「国際空手道連盟規約(草案)」の28項において、「商標」の項目を設け、本件各商標権を含む極真に関連する標章の取扱いに関し、「当連盟、極真会館、極真空手など、極真に付帯する商標及びマークの権利は、すべて本部に帰属する。商標及びマークの使用はその形態のいかんを問わず、本部の許可なく使用することはできない。さらに、現在、商標及びマークの使用権を個人名でその国の統轄機関に登録している代表者がなんらかの理由で交代した場合、その使用権は本部の許可を得て、次期の責任者が承継する。その場合、前権利者は代償を一切請求できない。」と記載している。
 かかる規定の内容からも明らかなとおり、亡Bは、生前から、本件各商標権を含む極真関係商標は、すべて極真会館の本部に帰属させた上で、極真会館の本部の管理のもとで使用していくことを想定していたものであり、少なくとも極真関係商標を原告に帰属させることなど、将来的にも、全く考えてもいなかったのである。
エ 本件各商標権の返還請求権は長期間行使されていないこと
 原告は、平成6年以降、何時でも権利行使可能であったにもかかわらず、平成15年に至るまで、一切そのような請求は行ってこなかったのである。しかも、その間、G、Iといった原告ないし極真館の主要な人物は、いずれも被告と行動を共にし、被告を一貫して支持し続けてきたのである。そして、かかるG、Iらの態度から、被告自身も当然彼らを信頼し、それ故、約10年間もの長期にわたって、行動を共にしてきたのである。
 それにも関わらず、G、Iらは、極真会館を離脱又は除名されたとたんに、亡B存命中から極真会館の権威付けのために存在していた原告が過去に形式的に本件各商標権の一部の商標権者であったという一事を利用して、被告に対して本件請求を行っているのである。
オ 被告が本件各商標権を保有することは正当であること
a) そもそも、本件各商標権は、いずれも極真会館という空手の教授等を行う団体又は「極真空手」という空手の流派そのものを標章するものとして周知なものであり、本件各商標権が標章し、需要者に対して出所表示機能や品質保証機能を果たす帰属権者は、亡Bが創設し、被告が亡Bの後継者として館長を務める極真会館以外にはあり得ない。なお、本件各商標権が被告名義になっているのは、極真会館に法人格がなく商標権者とはなり得ないためにすぎない。このことは、極真会館の創設者である亡Bも、自らの著書「極真カラテ21世紀への道」に掲載されている「国際空手道連盟規約(草案)」の28項において、「現在、商標及びマークの使用権を個人名でその国の統轄機関に登録している代表者がなんらかの理由で交代した場合、その使用権は本部の許可を得て、次期の責任者が承継する。」と記載し、極真関係商標については、極真会館の代表者の個人名で登録することを当然の前提としていたことからも、原告らによって、何ら非難されるいわれはない。
b) この点、極真会館関係者を含む本件各商標権の需要者が、「極真会館」という文字、いわゆる「観空マーク」という図形、「極真空手」という文字等によって構成される本件各商標権に接した場合、亡Bが創始し、現在、被告が館長を務める極真会館を想起することは何人も疑いの余地を挟むことができない公知の事実である。実際、亡Bの存命中から現在に至るまで、極真会館のみが本件各商標権を使用して活動してきているのであり、本件各商標権のもと、長年にわたって行われた極真会館による活動の結果、本件各商標権の有する品質保証機能、出所表示機能等は、すべて、被告が館長を務める極真会館のもとに蓄積されてきたのである。
 したがって、本件各商標権の需要者である空手・武道・スポーツ等に関する活動に関与する者にとっては、本件各商標権が標章するのは、被告が館長を務める極真会館以外に存在しないことは自明であり、少なくとも、本件各商標権によって、何ら実態を有しない原告や、ましてや極真館を想起することはあり得ないことである。
 しかも、被告が館長を務める極真会館の組織は、世界130か国、累計1200万人の世界的な規模であり、仮に本件各商標権が、原告によって取得された場合には、全世界的にも回復不可能な混乱が生じることが予想される。また、被告が館長を務める極真会館を離脱したごく一部の者が指揮するにすぎない原告が、本件のような訴訟を提起することで、亡Bが創設した昭和39年以降現在に至るまで半世紀にわたって、地道に空手の教授等の活動を行うという極真会館の先人達の努力の集積を通じて獲得された本件各商標権に対する信頼や信用(品質保証機能等)を不当にその手中にすることができるような事態は、絶対に避けられなければならない。
 このように、本件各商標権の帰属主体は、被告が館長を務める極真会館以外には存在し得ないし、存在するような事態が生じてよいはずはない。
c) 原告は、本件訴訟において、あたかも被告が本件各商標権を濫用的に行使しているかのような主張を繰り返している。しかし、そのような事実は存在しない。そもそも、被告が本件各商標権を行使し得る範囲は、過去の裁判例の集積によっても制限的に解されている。すなわち、現在、極真会館を離脱した者であっても、亡Bから支部長としての認可を受けた者が、亡Bから認可された支部の範囲で本件各商標権にかかる標章を使用することに対し、被告が本件各商標権を行使することは権利の濫用に該当すると判断されているのである。したがって、被告が本件各商標権を行使し得る範囲は制限的なものであり、しかも、被告が本件各商標権を行使するのは、あくまで極真会館に関する秩序を乱す明確な侵害者や無権利者に対してのみなのである。
カ 本件訴訟の実態
 原告の請求は、商標権の返還請求の形式を採ってはいるものの、その実態は、亡Bが創設し、被告が館長を務める極真会館を除名された者達(極真館)が、かつて本件各商標権の一部の登録名義を有していた原告の名を借りて、本件各商標権を不正に取得しようとするものにほかならない。
 本件紛争の実質的な当事者であるGとIは、もともとは被告が館長を務める極真会館に属していたものの、平成14年11月ころ、被告との意見の相違から極真会館を離脱することになった。もっとも、この際、G及びIに賛同して被告が館長を務める極真会館を離脱した者はごく少数であった。
 極真会館を離脱したG及びIは、Gを会長とし、Iを館長とする形で極真館として独立して活動していくにあたって、かつて10年近く前に、本件商標権1の登録名義を有していた原告という休眠中の団体を利用することを思い付いた。G及びIは、原告が休眠中の団体であることを奇貨として、平成15年3月及び同年8月ころ、生存している理事に理事会開催の招集通知を送付することなく、自分たちにつながりがある者のみを集めて理事会を開催したこととし、自ら、あるいは極真館の構成員をして、原告の新たな理事として登記をし、休眠中だった原告を自らの意のまま操ることができるようにした。
 一方、極真館においては、その活動のために必要であると考え出願した「極真館」、「極真空手道連盟」、「極真空手道連盟極真館」、「極真館極真カラテ」といった各商標について、平成15年10月ころから平成16年1月ころ、特許庁から相次いで拒絶査定を受けるという事態が生じた。
 そこで、極真館は、平成16年5月ころ、原告が、かつて10年近く前に本件商標権1の登録名義人であったという事実を利用して、被告に対して、被告の有する商標権を原告に引き渡すように迫った。かかる請求を被告が当然のことながら拒んだことにより、本件訴訟に至ったものである。
 このように、本件訴訟は、極真会館全体の抗争において、ごく少数の者たちの集まりが、たまたま過去に本件各商標権の一部がその名義で登録されていた原告の名を借りて、登録商標を不当に取得しようとするものである。
(原告の主張)
 被告の主張は否認し、争う。
第3 争点に対する判断
1 争点1(本件旧商標権と同一ないし類似の本件商標権2について、被告が原告に対し、原告名義で商標登録出願すべき契約上の義務を負っていたか)について
(1) 証拠(甲1、3ないし13(各枝番を含む。)、15の1・2、16の1・2、19ないし27(各枝番を含む。)、44の1ないし4、45の1ないし3、54、69、70、72、73、79、88、乙1ないし4、51、52、56ないし63、70、79、証人Iの証言、原告代表者及び被告本人の各尋問結果)によれば、次の事実が認められる。
ア 亡Bは、昭和22年ころ、極真空手道を創設した。亡Bは、総裁として極真空手の普及発展に努め、亡Bが死亡した平成6年ころには、日本のみならず世界各国において多数の支部、道場を擁し、きわめて多数の会員から構成される組織となっていた。その組織は、当初、法人格なき社団である極真会館のみから成っていたものの、亡Bは、昭和40年代前半、新たな財団設立を計画し、財団法人山ノ内奉公会を極真会館の財団化のために取得し、その名称を「財団法人極真奨学会」に変更した。この名称変更後の財団が原告である。原告は、極真会館の総裁であった亡Bの意思により、昭和51年以降、法人格なき社団である極真会館が使用する商標(本件旧商標権を含む。)を登録出願し、その登録名義人となり、本件旧商標権を始めとする極真会館の登録商標を管理してきた(甲3ないし8(各枝番を含む。))。本件旧商標権は、「極真会館」(本件旧商標権(1))、「極真会」(本件旧商標権(2))及びいわゆる「観空マーク」(本件旧商標権(3))との構成から成るものであり、いずれも極真会館の商標として重要な商標であったにもかかわらず、亡B及び原告は、本件旧商標権を始めとする登録商標が平成2年から同3年にかけて存続期間満了を迎えるため、その更新登録の手続きをすべきであることを過失により失念し、本件旧商標権は、そのころその登録を抹消された。
イ 原告については、昭和62年に理事の就任登記がされて以降、何ら登記がされておらず、本件旧商標権が抹消されたころには、いわゆる休眠状態に陥っており、このような状態下で、所轄官庁から存続を疑問視する指摘があった。そこで、亡Bは、原告の存続が図れるような方策を取るよう指示し、その結果、解散という事態は回避された。
 原告の当時の寄付行為(甲73)には、以下のとおり定められていた。「(役員の権利)第14条この法人には、次の役員をおく。(1)理事15名(うち理事長1名常務理事3名)(2)監事3名」「(役員の選任および職務)第15条理事および監事は評議員会でこれを選任し、理事は互選で理事長1名、常務理事3名を定める。」「第16条理事長は、この法人を代表し会務を統括する。2.理事長に事故があるときは、年長常務理事がその職務を代行する。3.常務理事は、理事長を補佐し、理事会の決議に基づき、日常の事務に従事する。4.理事は、理事会を組織し、この法人の業務を議決し執行する。5.監事は民法第59条の職務を行う。」
ウ 亡Bは、平成6年4月26日に死亡したが、入院中であった同年4月19日付けで、本件遺言(危急時遺言)が作成された。本件遺言には、次の事項が記載されていた。
a) 極真会館、国際空手道連盟を一体として財団法人化を図ること。この法人化には日時を要するので、その間原告を拡充化すること。原告において極真会館、国際空手道連盟を吸収することが可能ならばそれでも可とする。
b) Gは、原告理事長、株式会社グレートマウンテン社長を勤めて欲しいこと。
c) 極真会館、国際空手道連盟の亡Bの後継者を被告と定める。世界各国、日本国内の本部直轄道場責任者、各支部長、各分支部長は、これに賛同し、協力すること。
d) 被告は、極真会館新会館建設の第二次建設委員長(第一次委員長はGが務めた。)として、新会館を建設すること。
e) Gは、極真会館、国際空手道連盟、原告、株式会社グレートマウンテン、有限会社パワー空手等、極真空手道関連事業を監督し、被告の後見役として勤めて欲しいこと。
f) 極真会館は、亡Bの妻、長女、二女、三女に対し、それぞれ毎月所定の金額を支払うべきこと。(甲44の1、2)
エ Gは、本件遺言により、極真会館及び原告の業務を監督し、被告の後見役となることを依頼されたものと理解した。そこで、Gは、亡Bの密葬の出棺時に、被告を後継者として指名する本件遺言がある旨を列席者に報告し、同日夜に行われた全国の支部長の集まりにおいて、本件遺言の内容を開陳した。被告は、その場で亡Bの後継者に就任することを受諾した。さらに、Gは、平成6年5月10日に開催された極真会館全国支部長会議において、全国の支部長に対し、本件遺言の内容を説明した上で、被告が亡Bの後継者として極真会館の館長に就任することを諮った。その結果、同会議において、全国の支部長が本件遺言の内容に従って被告が亡Bの後継者となることを全員一致で承認し、被告も、これを受諾した。
オ 本件遺言の証人の一人は、平成6年5月9日、東京家庭裁判所に対し、本件遺言の確認を求める審判を申し立てた。しかし、東京家庭裁判所は、平成7年3月31日、同確認審判申立てを却下した。そして、東京高等裁判所は、平成8年10月16日、前記却下決定に対する抗告を棄却し、最高裁判所は、平成9年3月17日、前記抗告棄却決定に対する特別抗告を棄却した。
カ 被告は、平成6年5月18日、極真会館が使用していた商標と同一ないし類似の商標について、被告を出願人とする商標登録出願をした。(甲9ないし13の各1・2、15の1・2、16の1・2、19ないし27の各1・2)。
キ 被告は、原告名義の本件商標権1について、平成6年6月1日譲渡を原因として、平成6年8月29日受付で、被告への移転登録申請を行い、その移転登録手続を了した。
ク 被告が亡Bの後継者となってから、亡Bの後継者としての被告の活動に反対するグループが多くなり、その結果、極真会館の組織がいくつかのグループに分裂していったにもかかわらず、Gは、被告の後見役としてその役割を果たしてきた。しかし、Gも、平成14年10月に至り、被告が亡Bの後継者となった後の一連の活動が亡Bの遺志に反し、被告をその後継者としてふさわしくないと判断したため、同年10月の最高幹部会議において、被告と決別した。
 また、Iも、被告と行動を共にしていたが、同じころ、被告と決別し、Mとともに、平成14年12月ころ、「極真館」を設立した(乙79)。
ケ 原告は、平成16年5月11日及び同月18日、本件商標権1を譲渡したことはないとして、原告に返還するよう求めた(乙51、52)。さらに、原告は、同年7月22日、被告に対し、被告名義で登録されている本件各商標権について原告に移転登録することを求めた(甲45の1ないし3)。
コ 原告の商業登記簿をみると、昭和62年に理事の就任登記がされて以降、何ら登記がされていなかった。亡Fは、平成11年に死亡するころまで、極真会館の主宰する大会のパンフレット等(乙4、56ないし63)で大会名誉会長として記載されていたものの、病身であったので、原告の会務の運営等に実際に携わっているわけではなかった。一方、Gは、大会審議委員長とされ、大会への立会や判定協議等に関与していたものの、原告の会務の運営に携わっていなかったという点では、亡Fと同様である。
 原告においては、平成15年になされた理事の退任及び選任各登記によって、昭和62年当時の理事の大半が交替したものの、Gは、昭和62年及び平成15年のいずれにおいても理事として登記されている。Gは、亡Fを除けば、原告の筆頭理事というべき立場にあったものの、亡F在任中は、原告の代表者ではなく、また、本業は医師であり(現在は横浜東邦病院長である。)、原告の休眠状態を解消するための具体的な作業に取りかかるということはなかったし、本件各商標権の被告による出願あるいは被告名義への移転登録について、その当時においては、具体的な認識もなく、何らかの関心をもってはいなかった(甲72、原告代表者尋問調書9ないし16、21、22、31頁)。また、I及びMは、平成15年3月10日就任を原因として同年4月17日、原告の理事として登記されたものの、同年8月26日に他の理事とともに抹消登記され、以後は、原告の理事に就任していない。
(2) 上記事実を前提として、原告と被告間に本件契約が締結されたか否かを判断する。
ア Gは、平成6年5月10日に開催された全国支部長会議において、本件遺言の内容を説明し、被告を亡Bの後継者として極真会館の館長に就任することを諮り、同会議において被告が亡Bの後継者となることが承認され、被告も、亡Bの後継者として、極真会館の館長に就任することを承諾した。被告が極真会館の後継者となったこのような経緯、及び、極真会館の創設者である亡Bの意向は極めて重いものとして強い影響力を有していたことからすれば、被告は、本件遺言の内容を実現することを承諾した上で、極真会館の代表者に就任したものであり、法人格なき社団である極真会館に対し、本件遺言の内容を実現すべく善良な管理者の注意をもってその事務を処理すべき義務を負うに至ったものと解するのが相当である(民法644条)。
イ 一方、原告は、亡Bの意思により、法人格を有しない極真会館が商標権者となり得ないことから、その商標権を管理するためにその登録名義人となっていたものの、亡Bの死亡当時は、数年来にわたって法人登記が全くされておらず、極真会館と別個独立した活動を何ら行っていない休眠状態の団体であった。
 そこで、このような状況下でなされたGの行為の意味を考えると、Gは原告の理事であったものの、原告の代表者ではなく、また、原告はその当時休眠状態であり、その内部においては本件契約の申込をするか否かなどを承認する手続は何らなされていなかったこと、G自身も原告を法律上正当に代表する者として行動したという意図はなく、むしろ極真会館のために、本件遺言によって指名された被告の後見人的立場において行動したものと解するのが相当である。このように、亡B死亡当時、原告が休眠状態にあったこと、及び、G自身に原告を法律上正当に代表して行動するような意思がなかったことに照らせば、原告が、Gの行為を介して、被告に対し、本件契約の締結の申込をしたものと認めることはできず、原被告間に直接の契約上の権利義務関係が発生したものと認めることはできない。
ウ ところで、被告の行った本件各商標権の申請は、個人としての被告の立場ではなく、極真会館が法人格なき社団であり、商標権者となり得ないことを考慮して、極真会館のために行われたものであることは、被告も認めるところである(乙3の15頁、乙70の1頁、被告本人調書の5頁)。かかる場合における商標登録に際しては、法人格なき社団の代表者名義を用いて商標登録するという方法は一般的な方法である。また、本件においては、亡Bの本件遺言の遺志を尊重すれば、財団である原告名義を用いて商標登録出願するという方法がより望ましい方法であったと考えられるものの、原告が休眠化してから数年来経過していたこと、原告が現に本件旧商標権を失効させていたこと等に照らせば、失効ないし未登録商標を被告の個人名で申請することも、被告が極真会館に対し、その代表者として負担する善管注意義務の範囲内にとどまるものというべきである。以上からすれば、極真会館と被告との委任契約の履行という観点からみても、被告が極真会館のために自己の名義で登録した本件商標権2について、当然に、これを原告の登録名義とすべき義務を負うとまで解することはできない(ただし、本件商標権2は、法人格なき社団である極真会館の登録商標であることからすれば、仮に、極真会館がその代表者の地位を被告から他の者に変更したときは、その登録名義人の地位が被告からその者に承継されるべきであることは当然である。)。
エ 以上のとおりであるから、原告と被告間においては、原告主張の本件契約の成立を認めることはできず、原告の本件商標権2についての本件契約に基づく移転登録請求は理由がない。
2 争点2(原告は、被告に対し、平成6年5月ないし7月ころ、本件商標権1を譲渡したか)について
 被告は、原告から、平成6年5月ないし7月ころ、本件商標権1を譲り受けた旨主張し、本件各譲渡証書を証拠として提出する。一方、原告は、この譲渡の事実を否認し、本件各譲渡証書の作成を否認する。以下、本件商標権1の原告被告間の譲渡契約の有無を判断する。
(1) 証拠(甲74、乙46ないし48、調査嘱託の結果)によれば、本件各譲渡証書は、日付欄(平成6年6月1日)に記入された「6、6、1」を除き、すべて印字されたものであって、手書き部分はなく、譲渡人欄には原告代表者亡Fの氏名が印字されている。そして、本件各譲渡証書に押捺された原告代表者の印影は、原告の登録印とは異なっている。
 本件各譲渡証書の体裁が上記のようなものであり、また、同証書における原告名下の印影が原告の登録印とは異なる印章により顕出されたものであることに照らせば、本件各譲渡証書が原告の意思によって作成されたものであるかは、慎重に決すべきであるところ、その作成にはさらに以下のような疑念がある。
ア 本件商標権1の譲渡は、亡Bの死後間もないうちに行われている。この時点において、本件遺言は多くの関係者の間で有効視され、尊重されていたものであり(とりわけ、本件遺言によって館長に就任した被告及びその支持者の間では、本件遺言が亡Bの遺志を示すものであることは当然のこととして受け止められていたと考えられる。)、このような時期に、原告名義で有効に登録されていた商標権をあえて被告名義に移転する理由を見出すことができないし、本件遺言に示された「原告の拡充化」とも相反する行為である。
 一方、被告は、外国において、支部長個人が商標を申請・取得するなどの行為があり、また、原告が解散を命じられかねない状況にあったと主張する。しかし、失効していた本件旧商標権と異なり、本件商標権1は現に有効に存続していたのであるから、現状のままでも極真会館の使用する商標を第三者が勝手に取得することは防止できたのであるし、原告の登録名義を維持することが「原告の拡充化」をいう本件遺言の趣旨にも沿うものというべきである。また、原告の存続問題は、亡Bの生前に既に持ち上がったものであるものの、一応の解決がなされ、当面の存続は許される状況にあった(現に、原告は、その後長期間、休眠状態にあったにもかかわらず、解散を命じられることはなかった。)。したがって、極真会館として、この時期に本件商標権1を被告個人名義に移転する合理的理由があった旨の被告の主張は採用することができない。
イ 本件各譲渡証書の作成経緯について、被告の主張及び供述が、変遷している。被告は、当初、平成6年6月ころ、亡F宅を訪問して面前で作成してもらった旨明確に主張していた(平成17年7月20日付け被告準備書面(2)8、9頁参照)。これに対し、原告が、平成6年6月ころに被告が亡F宅を訪問したことはない旨のKの陳述書(甲57)を提出すると、被告は亡F宅を訪問したのは同年7月だったかもしれないとの陳述書(乙70)を提出した。そして、被告は、本人尋問(平成18年4月27日実施)において、亡F宅を訪問したのは平成6年7月であった旨供述するとともに、本件各譲渡証書は面前での作成ではなかったかもしれず、亡F宅の訪問は作成のお礼ないし事後的意思確認であったという趣旨の供述をし、さらに、尋問終了後の弁論期日(平成18年6月14日)において、Gを訪問した日(平成6年7月14日)と同日に亡F宅を訪問したとして、被告の手帳(乙99)を提出した。
 このように、被告の主張及び供述は、当初は、予め用意した本件各譲渡証書と自ら保管していた原告代表者の印鑑を持参して、原告の代表者である亡Fを自宅に訪問して押印してもらったという明確な内容であったのが、訪問時期や面前で押印してもらったか否かという重要な事項について曖昧化し、一方、尋問終了後において、亡F宅を訪問した旨の記載のある手帳を初めて提出するなどしていて、不自然さを拭えない。かかる供述の変遷は、被告が亡Fの了解を得なくても本件各譲渡証書を作成できる状況にあったことをも併せ考えると、原告代表者である亡Fの了解のもとに、本件各譲渡証書を作成した旨の被告の主張及び供述の信用性を大きく失わせるものである。
ウ 一方、甲57、80及び証人Kの証言によれば、亡Fの未亡人であるKは、被告の訪問を明瞭に否定するものであり、同証人の証言は明確であり、同証人がことさら虚偽の証言を行っているとの事情も窺えず、その証言内容に何らの不自然さもない。
エ Gは、原告代表者尋問において、亡Fから商標権の移転について報告を受けたことはないし、被告から商標権の移転について相談を受けたこともないと供述する。亡Fは、平成6年当時、原告の代表者であったものの、当時は病身で会務の運営の一線から退いていたのであるから、Gらのあずかり知らないところで、亡Fが独断で本件各譲渡証書を作成したとは到底考え難いところである。
(2) 以上のとおり、本件各譲渡証書は、原告の登録印によって作成されたものではないこと、原告が平成6年当時休眠状態であったのみならず、そのころに被告に対し本件商標権1を移転するだけの合理的な理由が認められないこと、被告は亡Fの了解のもとに本件各譲渡証書を作成した旨主張するものの、亡Fの意思確認についての被告の主張及び供述が重要な点で変遷しているのみならず、K証人の証言に照らしても、その供述を採用し難いことに照らせば、本件各譲渡証書の作成の真正を認めることは到底できない。そして、原告が被告に対し本件商標権1を譲渡したことを認めるに足りる証拠は他にない以上、原告は被告に対し、その商標権に基づき、本件商標権1について移転登録請求権を有するものである(なお、原告の被告に対する本件商標権1の移転登録請求は、原告から被告に対する移転登録の抹消請求とすることも考えられるものの、本件商標権1については、既に更新登録がされていることも考慮すると、原告への移転登録を認めることが、実務上の処理としては、適切な処理であると考えられる。)。
3 争点3(本件各商標権について、原告が被告に対し移転登録請求権を有するか)について
 原告は、極真空手道関係の周知商標ないし著名商標について、被告個人名義で出願し、商標登録を得たものについて、その保有者たるべき原告に移転登録をするように求めている。
 しかし、原告が被告に対し、被告が出願し、その商標登録を得た極真空手道関係の周知商標ないし著名商標について、その移転登録を求め得るとする法的な根拠が不明である。また、被告は、極真会館の館長として善良な管理者として行動すべき注意義務を有するものであり、極真会館が使用している周知ないし著名商標のうち、未登録の商標あるいは登録後に失効したものについて、極真会館の館長たる立場に基づいて、被告個人名で出願し、登録を得ることが、法人格なき社団である極真会館に対し、その代表者として負担する善良な管理者としての注意義務の範囲内のものであることは既に述べたとおりである。したがって、被告による出願、登録を経て有効に存続している商標権(本件各商標権から本件商標権1を除いたもの)について、原告の被告に対する移転登録請求を認める理由はない。なお、仮に、被告において、原告が主張するような極真会館に対する義務違反があったとしても、被告に対し上記商標権の移転を求め得るのは極真会館であり、極真会館において、被告名義の商標権を原告名義に変更すべきとの意思決定があったなどの事由が生じない限り、上記商標権について、原告への移転登録請求を認めることは困難である。
 したがって、本件商標権1を除く本件各商標権については、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告に対する移転登録請求は理由がない。
4 争点4(被告名義による本件各商標権の登録について、原告が被告に対し黙示の承諾をしたか、あるいは、原告の移転登録請求権が失効したか)について
 被告は、原告が平成6年から平成15年まで、被告による本件各商標権の出願及び登録について異議を述べたり、返還請求をしてこなかったこと、その間、G及びIといった原告ないし極真館の主要な人物が、いずれも被告と行動を共にし、被告を一貫して支持してきたことから、本件各商標権の登録について、原告が被告に対し、黙示の承諾をしたか、あるいは、原告の移転登録請求権が失効したと主張する。そこで、原告の被告に対する本件商標権1についての移転登録請求について、この点を判断する。
 亡Bの生前から原告の代表者であった亡Fは、平成4年ころから、病気のため、対外的な活動は控えるようになっており、平成11年6月6日に死去した(甲57、証人K)。また、Gは、亡Bの生前から、原告の理事を務め、その代表者であった亡Fの死後は、その筆頭理事というべき立場にあったものの、本業は医師であり、平成15年に理事として再任されるまで、原告における会務はしておらず、原告はそのころまで休眠状態にあった。Gは、亡B死後は、極真会館が相次いで分裂する中で、平成14年秋までは、被告の後見人的立場から、極真会館の活動方針などについて、被告に意見を述べ、忠告をするなどして、被告と一定の距離を置きながら、被告を擁護する立場で行動していた。GとIらは、被告が代表となってから、極真会館が内部分裂を繰り返していったため、平成13年3月には、最高幹部会議を設けたものの、平成14年10月16日には、極真会館の活動方針を巡る被告との対立が深刻なものとなり、最高幹部会議は事実上消滅し、GとIらは、被告が率いる極真会館と袂を分かつことになった。GとIらは、亡Bの遺志に忠実な活動方針のもとに極真空手の復興を目指すために、休眠状態にあった原告を復活させて、その活動を再開することにし、平成16年には、原告の理事等が再選された。また、調査の結果、本件商標権1が平成6年に原告から被告に移転登録されていること及びその余の本件各商標権が被告により出願され、登録されていたことが判明し、本訴に至ったものである。(甲72、原告代表者尋問)
 このような状況の中で、原告が被告に対し、平成15年まで、本件各商標権の登録について異議を述べることはなかったとしても、原告は、亡Bの生前から平成15年に至るまで、長らく休眠状態にあり、団体としての意思も行動も示すことができない状況にあったのであるから、被告への本件商標権1の移転について、黙示の承諾を行ったものということはできない。また、被告への本件商標権1の移転は、原告名義の財産の休眠状態下における流出であって、休眠状態が解消された原告が、その取戻しを図ることは当然の行為であるから、その権利が失効したものということもできない。
 また、Gが本件商標権1の移転登録について知らなかったことは前記のとおりであるし、また、仮にIがかかる状況を認識していたとしても、Iは平成15年の数ヶ月間のみ、原告の理事であっただけである。いずれにしても、GやIが本件商標権1の移転登録を知っていたか否かは、財団法人である原告の意思決定とは別の問題であり、前記のとおり、財団法人である原告の意思決定機関は、平成15年までは機能し得ない状況にあったのであるから、原告による黙示の承諾あるいは移転登録請求権の失効を述べる被告の主張は理由がない。
5 争点5(原告の被告に対する本件各商標権の移転登録請求権の行使が、権利の濫用として許されないか)について
 本件商標権1について、亡Bの意思により、原告がその名義人として登録されていたにもかかわらず、被告により被告名義に移転登録され、かかる移転について被告が主張する原因行為が認められないことは既に認定したとおりである。したがって、原告は、被告に対し、本件商標権1に基づき、その移転登録の抹消ないしそれに代わる手段として、原告への移転登録を請求する権利を有する。被告は、原告のかかる権利の行使が権利の濫用に該当すると主張するので、以下に判断する。
(1) 本件商標権1の登録名義の移転は、原告が休眠状態にあったときに原告に無断で行われたものであり、休眠状態を解消した原告が、その流出した財産の回復を求めることが正当な権利行使にほかならないことは明らかである。
(2) 本件商標権1の登録名義の移転は、亡Bの死後数か月後に行われたものであり、本件遺言には原告の拡充化も記載されていたことからすれば、この時期における被告名義への移転は、既に述べたとおり、亡Bの本件遺言の遺志に反することであって、不自然なものであり、かかる行為を行った被告に保護すべき正当な利益があるとは言い難い。
(3) 被告は、本件各商標権の帰属主体は、被告が館長を務める極真会館以外には存在しない旨主張する。しかし、極真会館は、亡Bの死後、その活動方針を巡って対立し、数度にわたる分裂を経た上で、現在においては、極真会館のほかに新極真会、極真館などの様々な団体が競合して存在する状況にあるのであって(乙16、証人Iの証言)、少なくとも現段階においては、被告が館長を務める極真会館が、亡Bの創設した極真空手道を具現する唯一の団体であるとは到底言い難い状況にある。
(4) 被告は、被告と袂を分けたIらが設立した極真館が、原告を利用して、被告が代表する極真会館との紛争を有利に進めるために本件訴訟を提起しているという趣旨の主張をする。
 証拠(乙2、79、87ないし97、証人Iの証言)によれば、Iらが平成14年12月に設立した極真館と活動を再開した原告との双方に関わりのある者が多数いること、原告と極真館とが選手権大会を共催していること、原告は平成15年3月及び同年8月に理事の選任等登記を行っているところ、その手続には極真館を主宰するIが協力していることが認められ、極真館と原告が密接な関係を有していることが窺える。
 しかし、財団法人である原告の立場からすれば、休眠状態中に逸失した財産の取戻しを図る行為が、正当な権利行使にほかならないことは前記のとおりである。また、本訴の提起が、被告と決別して極真館を設立したIの意向を反映したものであるとしても、原告代表者の供述及び証人Iの証言によれば、G及びIらは、亡Bの遺志を忠実に実現することを重視して活動しているものであることが窺え、休眠状態にあった原告を当事者とする訴訟提起が専ら被告を困惑させる目的に出た訴訟とまでいうことはできない。また、亡B死亡時の極真会館が、既に被告が率いる極真会館とその余のいくつかの団体に分かれている以上は、被告が率いる極真会館のみに、本件各商標権を集中的に帰属させるべき理由は見出せない。さらに、亡Bの創設した極真空手道は数個の団体・グループに分裂して競合している状態にあるとしても、商標権の帰属と団体相互間で当該商標権を行使できるか否かは別の問題であり、原告に本件商標権1が返還されるに至ったとしても、被告が率いる極真会館が本件商標権1と同一ないし類似の商標を直ちに使用し得なくなるものではないし、原告の背後にいると主張される極真館に、不当な利益を与えるものでもない。
 したがって、原告が、かつて有していたにもかかわらず、被告に移転された本件商標権1について、被告に対しその返還を求めることは、権利の濫用には該当しないことは明らかである。被告の上記主張は採用し得ない。
6 結論
 よって、原告の請求は、本件商標権1(別紙登録商標目録(1)ないし(3)記載の各商標権)について移転登録手続を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂隆一
 裁判官 古河謙一
 裁判官 吉川泉
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