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【事件名】「ローマの休日」他’53年作品の保護期間事件
【年月日】平成18年7月11日
 東京地裁 平成18年(ヨ)第22044号 著作権仮処分命令申立事件

決定
アメリカ合衆国カリフォルニア州(以下略)
債権者 パラマウントピクチャーズコーポレーション
同代理人弁護士 中元紘一郎
同 宮垣聡
同 佐々木慶
東京都板橋区(以下略)
債務者 株式会社ファーストトレーディング
同代理人弁護士 清水浩幸


主文
1 本件申立てを却下する。
2 立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由
第1 申立て
1 債務者は、別紙物件目録記載の商品の製造又は頒布をしてはならない。
2 債務者は、前項の商品の占有を解いて、これを執行官に引き渡さなければならない。
3 執行官は、1項の商品を保管しなければならない。
第2 事案の概要
1 前提となる事実及び法律関係
(1) 債権者は、映画の制作及び配給等を主たる事業とするアメリカ合衆国法人であり、債務者は、保護期間が満了した映画のDVD商品の製造販売を主たる事業とする株式会社である(争いがない)。
(2) 債権者は、昭和28年、「ローマの休日」と題する映画(以下「本件映画1」という。)及び「第十七捕虜収容所」と題する映画(以下「本件映画2」といい、本件映画1と併せて「本件映画」という。)を制作して、それぞれ、同年中にアメリカ合衆国において、最初に公表し、著作権登録を了した(甲1ないし4)。
(3) アメリカ合衆国は、昭和27年4月28日に発効した「日本国との平和条約」25条に規定する連合国であり、我が国との間で、同条約12条に基づいて、「平和条約第12条に基づく著作権に関する内国民待遇の相互許与に関する日米交換公文」及び「附属書簡」(以下「日米暫定協定」という。)を締結した。
 昭和31年4月28日、我が国についても、「万国著作権条約」が発効して、締約国であったアメリカ合衆国との間で、同条約が適用されることとなり、同日、万国著作権条約の実施に伴う著作権法の特例に関する法律(以下「万国特例法」という。)が施行された。
 旧著作権法(明治32年法律第39号)は、暫定的に4回にわたり保護期間を延長する旨の改正がされ、独創性のある映画の著作物については、最終的に公表から38年とされた。その後、同法は全面改正されて、昭和46年1月1日、現行の著作権法(昭和45年法律第48号)が施行された。(顕著な事実)
(4) 本件映画は、万国特例法施行前、日米暫定協定により、旧著作権法で保護され、万国特例法施行以後も、万国特例法11条により、引き続き同一の保護を受けてきた。その保護期間については、旧著作権法によって、独創性のある著作物として、最終的に公表から38年とされ、現行の著作権法の施行により、その保護期間が公表後50年を経過するまでの間(なお、終期の計算は、公表された日の属する年の翌年である昭和29年から起算する。)とされた(争いがない)。
(5) 映画の著作物の保護期間については、平成15年法律第85号(以下「本件改正法」という。)により、「映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後七十年〔中略〕を経過するまでの間、存続する。」(54条1項)と改正された。
 本件改正法は、平成16年1月1日から施行され(附則1条)、映画の著作物の保護期間についての経過措置として、附則2条に、「改正後の著作権法〔中略〕第五十四条第一項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による。」と規定されている。(顕著な事実)
(6) 債務者は、平成17年10月ころから、本件映画1を複製した別紙物件目録記載1のDVD商品及び本件映画2を複製した同目録記載2のDVD商品(以下、併せて「本件DVD」という。)を日本国内で製造頒布している。
 本件DVDは、債務者の卸した書店やレコード店等において、保護期間の満了したパブリックドメインに帰属する著作物の扱いで、格安の価格にて販売されている。(争いがない、審尋の全趣旨)
2 事案の概要
 本件は、債権者が、債務者に対し、本件映画の著作権に基づき、債務者の本件DVDの製造頒布行為につき著作権(複製権及び頒布権)侵害を理由として差止め等を求める仮処分事件である。債権者が、本件映画の著作権の存続期間は本件改正法により延長された旨主張するのに対し、債務者は、本件改正法の施行の際本件映画の著作権は消滅している旨を主張して、これを争う事案である。
3 争点
 本件映画の保護期間。すなわち、本件改正法の施行の際、本件映画について、現に改正前の著作権法による著作権が存していて本件改正法が適用されるか、それとも著作権が消滅していたか(本件改正法附則2条)。
第3 争点に関する当事者の主張
〔債権者の主張〕
1 本件改正法附則2条の適用関係
 本件映画の著作権は、平成15年12月31日午後12時の経過によって50年の存続期間が満了すべきところ、本件改正法の施行は、平成16年1月1日午前零時である。平成15年12月31日午後12時と平成16年1月1日午前零時とは同時と考えられることから、本件映画については、本件改正法附則2条に関し、本件改正法の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存していたものであり、これにより、保護期間が平成35年12月31日まで延長された。
2 根拠
(1) 著作権の満了日の12月31日午後12時と施行日の翌年1月1日午前零時とが同一時点であることから、翌年1月1日施行の保護期間延長規定が前年末に保護期間の満了するはずであった著作物にも適用されるという解釈は、現行の著作権法の立法過程でも採用されていたものである。
 すなわち、現行の著作権法の立法過程で、第62回及び第63回国会文教委員会において、国務大臣及び政府委員が、昭和45年12月31日までに保護期間の満了する著作物についても、昭和46年1月1日施行の現行の著作権法が適用されることを前提として、答弁している(甲32ないし35)。
 また、写真の著作物の保護期間の改正に関して、第112回、第120回及び第139回国会文教委員会において、政府委員が、写真の著作物が保護期間の関係で昭和32年以降に発行されたものが現行の著作権法下でも公表後50年間保護され、昭和31年までに公表された写真が保護期間を満了してフリーになっていることを説明している(甲36ないし39)。
 このように、遅くとも昭和46年から今日まで、著作権の満了日の12月31日午後12時と施行日の翌年1月1日午前零時とが同一時点であることから、翌年1月1日施行の保護期間延長規定が前年末に保護期間の満了するはずであった著作物にも適用されるという解釈を前提とする著作権実務が運用されてきている。
 よって、本件改正法附則2条についても、こうした解釈に立って立法されたものであることが明らかである。
(2) 現行の著作権法とその附則2条の解釈について、加戸守行「著作権法逐条講義三訂新版」(甲17)、田村善之「著作権法概説第2版」(甲18)、作花文雄「詳解著作権法第3版」(甲19)、佐野文一郎・鈴木敏夫「新著作権法問答」(甲20)、佐野文一郎「著作権制度改正の概要」ジュリスト452号(甲21)、吉田大輔「明解になる著作権201答」(甲22)、文化庁「最新版著作権法ハンドブック1987」(甲23)及び著作権法令研究会「著作権法ハンドブック」(甲24)の各文献では、いずれも、昭和7年1月1日以降死亡した者の著作権が現行の著作権法により保護されること、すなわち保護期間が昭和45年12月31日までであれば、昭和46年1月1日施行の現行の著作権法による50年の保護を受けられることが明記されている。そして、本件改正法附則2条の解釈について、文化庁長官官房著作権課「著作権テキスト〜初めて学ぶ人のために〜平成17年度」(甲15)及び文化庁「著作権法入門(平成16年版)」(甲16)の各文献では、昭和28年に公表された映画の著作物にも、保護期間を公表後70年とする本件改正法が適用されることが明記されている。
(3) また、最高裁昭和53年(オ)第647号同54年4月19日第一小法廷判決・判例タイムズ384号81頁及び大阪高裁昭和54年(行ケ)第2号同年11月22日判決・判例タイムズ407号118頁は、それぞれ期間に関する法解釈が問題となった事案であり、あたかも1日前倒しの形で効果の生ずる結果を是認したものである。これらの裁判例の考え方からして、日をもって一単位とする計算の場合、一単位の始点から終了点までを1日と数えることになり、ある日の終了時点と翌日の開始時点とが接続していることから、形式的には翌日に生じるように読める効果を前日に認めることや、形式的には前日に効力が消滅しているように読める効果を翌日まで認める解釈も可能になる。よって、「この法律の施行の際」である平成16年1月1日午前零時に本件映画の著作権が存していたと解することも、本件映画の著作権が存続していた最後の時点である平成15年12月31日午後12時が「この法律の施行の際」に当たると解することもできる。
3 まとめ
 現行の著作権法が施行された昭和46年から、債権者と同一の解釈を前提とする著作権実務が運用されて定着している。
 本件改正法附則2条について、このような解釈を否定すると、法解釈の安定性を害し、著作権実務に無用の混乱を与えるのみならず、知的財産権の保護を重視する時代の要請にも反することになる。よって、従前からの解釈を踏襲すべきであり、これを変更するような解釈をすべきではない。
〔債務者の主張〕
1 本件改正法附則2条の適用関係
 本件映画の著作権は、平成15年12月31日をもって50年の存続期間が満了しており、本件改正法の施行は、あくまでもその翌日の平成16年1月1日である。前日で消滅するとされていた権利が翌日においても存在すると扱うことは法律の自然な解釈に反し、あり得ないことであるから、本件映画については、本件改正法附則2条に関し、本件改正法の施行の際、現に改正前の著作権法による著作権が消滅していたものであり、なお従前の例によることから、いったん平成15年12月31日で消滅した著作権が復活することもない。
 本件改正法の附則も法律であるから、その解釈は、まず文言の検討によるべきである。本件映画の著作権について、一方で平成15年12月31日まで権利が存続する旨の規定(改正前の著作権法54条)と他方で平成16年1月1日に現に存する権利に対して新法を適用する旨の規定(本件改正法附則2条)とがあって、時間を区切る単位として「日」を使い、二つの異なる日を表現した上で、附則2条が成り立っているから、一般的な国語の読解法に従って自然に解釈すれば、存続期間が平成15年12月31日までとされていた権利は、本件改正法の適用を受けられずに、保護期間を終了したものである。
2 根拠
(1) 旧著作権法においても、保護期間の計算方法として、公表等のあった日の属する年の翌年から起算されており、4度の保護期間暫定延長については、各改正法の附則で、「この法律は、公布の日から施行する。ただし、この法律の施行前に著作権の消滅した著作物については、適用しない。」と定められ、いずれも公布日が1月1日でなかった結果、当該年の12月31日まで存続するとされていた著作物に改正法が及ぶことは明らかであった。
 そして、ある年の12月31日午後12時と翌年の1月1日午前零時とを同じ時刻として扱うとしても、債権者の解釈は、法律の適用場面では、同一の時点において、いわば「Aを為すべし」とする旧法と「Aを為すベからず」とする新法とが衝突しているものであって、このような移行を一国の法体系として採用しているとは考え難い。具体的には、著作権法改正に係る平成11年法律第77号附則1項、5項、6項の関係、同じく平成17年法律第75号附則4条の関係等において、当該法律の施行の日の前日午後12時と施行の日午前零時の時点で規範の衝突が生じてしまい、二通りの読み方が併存するような奇妙な解釈を行うことになる。
(2) 法制一般についてみれば、いわゆる失効期限の例として、「この条例は、平成○年3月31日限り、その効力を失う。」とする規定は、「理論的には、3月31日の午後12時まで効力を有し、4月1日午前零時に効力を失う。」とされており(乙2、3)、効力の消滅に関する規定で二つの日が上がっているときは、法律上の概念として、この二つの日を別々の日として認識することが理論的であり、12月31日の一部が1月1日に入り込んでいるとは捉えられない。
(3) なお、債権者の提出した著作権法の改正に係る国会文教委員会の会議録(甲25ないし39)は、いずれも、本件改正法につき、昭和28年に公表された映画の保護期間が延長されるか否かに関して立法者意思を探知する証拠としては、関連性が薄く不適切である。
 また、債権者の提出した参考文献(甲15ないし24)は、田村善之教授の教科書(甲18)を除いて、債権者の解釈と同様の見解である文化庁あるいは同庁関係者によるものであり、田村教授の上記教科書にしても、関係記述箇所に同庁関係者の文献を引用しているにすぎない。
3 まとめ
 法律を改正する場合の経過措置規定は、元来、技術的性格が強く、一般性のあるものであり、個別の規定ごとに法文解釈が異なることは不都合である。まして、著作権法を所管する文化庁の見解によって、解釈が決まるものでもない。
 本件改正法附則2条の問題は、純粋な法律解釈であり、外国企業を含めた現在及び将来にわたる多数の関係者にとって、理解のできる論理的な解釈が示されるべきである。
第4 当裁判所の判断
1 適用される法
(1) 本件の債権者はアメリカ合衆国法人であり、本件映画は同国において最初に公表されたものである。我が国とアメリカ合衆国は、「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」(以下「ベルヌ条約」という。)に加盟している(顕著な事実)。
 著作権に基づく差止請求は、著作権の排他的効力に基づくものであり、その法律関係の性質は、著作権を保全するための救済方法と決定すべきである。著作権を保全するための救済方法の準拠法に関しては、ベルヌ条約5条(2)により、保護が要求される国の法令の定めるところによる。よって、我が国における本件DVDの製造頒布行為の差止請求の準拠法は、ベルヌ条約5条(2)にいう「保護が要求される同盟国」である我が国の法律である。そして、本件映画は、著作権法6条3号により、我が国の著作権法による保護を受ける。
 また、本件映画の保護期間については、ベルヌ条約7条(8)本文により、「保護が要求される同盟国」である我が国の法律が適用される。
(2) 映画の著作物の保護期間について、平成15年法律第85号(本件改正法)による改正前の著作権法(以下「改正前の著作権法」という。)54条1項は、「映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後五十年〔中略〕を経過するまでの間、存続する。」と定めていたところ、本件改正法により、「映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後七十年〔中略〕を経過するまでの間、存続する。」と改正された。本件改正法附則1条は、「この法律は、平成十六年一月一日から施行する。」と定め、映画の著作物の保護期間についての経過措置として、附則2条は、「改正後の著作権法〔中略〕第五十四条第一項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による。」旨定めている。
 保護期間の計算方法については、「〔前略〕第五十四条第一項の場合において、〔中略〕著作物の公表後五十年〔中略〕の期間の終期を計算するときは、〔中略〕著作物が公表され〔中略〕た日のそれぞれ属する年の翌年から起算する。」とされている(改正前の著作権法57条)ほか、民法の通則的な規定によることになる。
 なお、著作権法58条には、ベルヌ条約により創設された国際同盟の加盟国である外国を本国とする著作物で、その本国において定められる著作権の存続期間が51条から54条までに定める著作権の存続期間より短いものについては、その本国において定められる著作権の存続期間による旨規定されているが、本件映画については、アメリカ合衆国において定められる著作権の存続期間が未だ経過していない(甲1ないし4、9)。
2 本件映画の保護期間について
(1) 本件改正法附則2条の適用関係
 本件映画の保護期間の終期の計算については、本件映画が公表された日の属する年の翌年である昭和29年から起算する(著作権法57条)。そして、改正前の著作権法54条1項によれば、映画の著作物の著作権は、公表後50年を経過するまでの間存続するから、年による暦法的計算をして(民法143条1項)、50年目に当たる平成15年が経過するまでの間存続することになる。期間は、その末日の終了をもって満了する(同法141条)から、改正前の著作権法の下では、本件映画の著作権は、平成15年の末日である同年12月31日の終了をもって、存続期間の満了により消滅する。
 本件改正法は、平成16年1月1日から施行され(附則1条)、本件改正法附則2条は、「この法律の施行の際」と規定しているところ、「施行の際」とは、附則1条の施行期日を受けた平成16年1月1日を指すものである。そして、附則2条の規定は、この法律の施行期日である平成16年1月1日において、現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物か、又は、現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物かによって適用を分ける趣旨のものと解される。
 本件映画の著作権は、改正前の著作権法によれば、上記のとおり、平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了するから、本件改正法が施行された平成16年1月1日においては、改正前の著作権法による著作権は既に消滅している。よって、本件改正法附則2条により、本件改正法の適用はなく、なお従前の例によることになり、本件映画の著作権は、既に存続期間の満了により消滅したものといわざるを得ない。
(2) 債権者の主張1について
 債権者は、本件映画の本来の保護期間が平成15年12月31日午後12時までであって、平成16年1月1日午前零時と同時であるから、本件改正法の施行の際、現に改正前の著作権法による著作権が存していた旨主張し、文化庁長官官房著作権課も、同様の見解を表明している(甲5、6)。
 確かに、本件映画の保護期間の満了を「時間」をもって表現すれば、平成15年12月31日午後12時となる。しかしながら、著作権法54条1項及び57条の規定は、「年によって期間を定めた」(民法140条)ものであって、「時間によって期間を定めた」(同法139条)ものではない。年によって期間を定めた場合は、「期間は、その末日の終了をもって満了する。」(同法141条)とされるから、あくまでも、保護期間の満了を把握する基本的な単位は「日」となるというべきである。
 そして、本件改正法附則2条の規定は、この法律の施行期日である平成16年1月1日において、映画の著作物の著作権の存否を問題とするものである。本件改正法が同日午前零時から施行されて効力を有するとしても、著作権の存否を「年によって期間を定め」、「末日」の終了をもって満了することを前提とする限り、本件映画について、平成16年1月1日まで著作権が存続していたということはできない。
 そもそも、本件改正法の附則中に、映画の著作物の著作権の存否を問題とするに当たって、一瞬を指す意味の「時間」の単位でとらえるべきであるとする文理上の手がかりはない。また、本件改正法が平成16年1月1日午前零時の瞬間から施行されるとしても、「施行の際」との文言によって、その施行の一瞬を切り取るべきものでもない。
 なお、時間の概念として、前日の午後12時と翌日の午前零時の指す時刻は同時であって、同一時刻をそれぞれ両日のうちの一方の日からみた表現であるとしても、その時刻を平成15年12月31日午後12時ととらえれば本件映画の著作権は存しているということができても、この時刻を平成16年1月1日午前零時ととらえる以上、本件映画の著作権は消滅したものといわざるを得ない。
 このことは、法制一般について、「この法律は、平成11年3月31日限り、その効力を失う。」と規定されている場合に、平成11年3月31日午後12時まで効力を有し、同年4月1日午前零時に効力を失うと解釈されていることからも明らかである(乙2、3)。
 以上のとおり、本件改正法附則2条の適用関係に関する債権者の解釈及び文化庁の見解は、文理解釈上、採用することができない。
(3) 債権者の主張2(1)について
ア 債権者は、現行の著作権法の立法過程において、政府委員が債権者の解釈を前提とした答弁をしているなど、このような解釈に立脚して、遅くとも昭和46年から今日まで、このような解釈を前提とする著作権実務が運用されてきている旨主張する。
イ 前記第2の1の事実に疎明資料(甲25ないし39、乙1)を総合すれば、次の事実が認められる。
(ア) 旧著作権法(明治32年法律第39号)は、昭和37年法律第74号(同年4月5日公布、同日施行)、昭和40年法律第67号(同年5月18日公布、同日施行)、昭和42年法律第87号(同年7月27日公布、同日施行)及び昭和44年法律第82号(同年12月8日公布、同日施行)により、暫定的に4回にわたり保護期間の延長が実施された。これらの暫定的な延長は、昭和37年に著作権法の改正に着手し、その全面改正の実施までの間に著作物の保護期間が満了する著作権者の救済のためなされたものであり、衆議院文教委員会及び参議院文教委員会において、国務大臣等から、その旨の説明が繰り返し行われている(甲25ないし33、乙1)。
(イ) 第63回国会衆議院文教委員会(昭和45年3月11日開催)及び同国会参議院文教委員会(同年4月14日開催)において、A国務大臣は、昭和37年以降の改正作業中に保護期間の経過によって権利の消滅する著作権者を救済するため、4回にわたり暫定延長の措置が講ぜられたことを説明した。また、B政府委員(文化庁次長)は、従来の保護期間の暫定延長の措置をも考慮して、現行の著作権法が昭和46年1月1日から施行され、旧著作権法による著作権の消滅しているもの以外のすべての著作物に適用されるものであることを説明した。なお、現行の著作権法の立法に際し、上記説明のほかは、旧著作権法による著作権が消滅している著作物あるいは存続している著作物の公表時期等に関する言及はなく、昭和45年12月31日に保護期間が満了する著作物につき昭和46年1月1日に施行された現行の著作権法が適用されるか否かに関する説明や質疑はされていない(甲34、35)。
(ウ) 上記(イ)のような審議を経て、昭和45年、旧著作権法は全面改正されて、著作物の保護期間が原則50年とされ、昭和46年1月1日、現行の著作権法(昭和45年法律第48号)が施行された。そして、附則2条1項に、「改正後の著作権法〔中略〕中著作権に関する規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法〔中略〕による著作権の全部が消滅している著作物については、適用しない。」との規定が設けられた(顕著な事実)。
(エ) 第112回国会衆議院文教委員会(昭和63年5月18日開催)において、C政府委員(文化庁次長)は、昭和46年から現行の著作権法が施行され、かつて写真の著作物の保護期間が13年であった関係で、昭和32年以降に公表されたものの著作権が存することを説明した(甲36)。
 第120回国会衆議院文教委員会(平成3年3月15日開催)において、D政府委員(文化庁次長)は、昭和32年以降に公表された写真の著作物が現行の著作権法下でも公表後50年間保護されて、保護期間が平成19年までであることを説明した(甲37)。
 第139回国会衆議院文教委員会(平成8年12月12日開催)及び同国会参議院文教委員会(同月17日開催)において、E政府委員(文化庁次長)は、昭和31年までに公表された写真の保護期間が満了していることを説明した(甲38、39)。
(オ) 本件改正法の国会における審議の会議録には、本件改正法附則2条の適用関係に関する記載及び保護期間を延長した場合に対象となる映画又はその公表時期に関する記載はない(審尋調書(第2))。
ウ 上記イ(ア)認定のとおり、旧著作権法下における4回にわたる暫定的延長に関する改正法の施行期日は、いずれも1月1日ではなかったため、昭和37年12月31日をもって満了する予定であった著作物の保護期間が、4回にわたり延長されたことになる。それによれば、現行の著作権法は、昭和37年以来4回にわたる暫定的延長を受けて引き続き著作権を保護することを前提としていたことが推認されなくはない。しかし、上記イ(イ)認定のとおり、現行の著作権法それ自体についてみれば、立法に際し、国会の審議において、昭和45年12月31日に保護期間が満了する著作物につき現行の著作権法が適用されるか否かに関し、具体的な説明も質疑もされておらず、上記イ(ウ)認定の経過措置の規定の文言をもって、昭和45年12月31日に保護期間が満了する著作物につき昭和46年1月1日に施行された現行の著作権法が適用されるということは、少なくとも文理解釈上は、困難である。なお、上記イ(エ)認定の政府委員の各説明は、現行の著作権法が成立した後の時点において、現行の著作権法の適用につき文化庁の見解を述べたものにすぎない。
 仮に、現行の著作権法施行の際の適用関係について、当初昭和37年12月31日に保護期間が満了する予定であった著作物を現行の著作権法によって引き続き保護したいという立法者意思を認め、合目的的に、昭和45年12月31日に保護期間が満了する著作物につき昭和46年1月1日に施行された現行の著作権法が適用されると解するとしても、本件改正法附則2条につきこれと同様に解すべき立法者の意思を汲み取ることは困難である。すなわち、上記イ(オ)のとおり、本件改正法の国会における審議の会議録には、本件改正法附則2条の適用関係に関する記載や、保護期間を延長した場合に対象となる映画やその公表時期に関する記載はなく、本件改正法の適用関係について、国会における立法段階での具体的な審議はされていないものと推認される。よって、本件改正法附則2条については、平成15年12月31日に保護期間が満了する著作物を保護するためのものであったという立法者意思を認めることはできない。
(4) 債権者の主張2(2)について
 債権者が提出した文献のうち、文化庁長官官房著作権課「著作権テキスト〜初めて学ぶ人のために〜平成17年度」(甲15)及び文化庁「著作権法入門(平成16年版)」(甲16)には、文化庁長官官房著作権課「解説著作権法の一部を改正する法律について」コピライト2003.8号(甲5)と同様、昭和28年に公表された映画の著作物にも、保護期間を公表後70年とする本件改正法が適用されることが明記されている。しかしながら、上記各文献の見解は、文化庁の見解を示したものにすぎず、法案を提出した文化庁が主観的にそのような意図を有していたとしても、本件改正法附則1条及び2条の文言上同見解が採用できないことは、前記(2)に判示したとおりである。
 また、加戸守行(元文化庁次長)「著作権法逐条講義三訂新版」(甲17)、作花文雄(元文化庁著作権課課長補佐)「詳解著作権法第3版」(甲19)、佐野文一郎(元文化庁著作権課長)・鈴木敏夫「新著作権法問答」(甲20)、佐野文一郎「著作権制度改正の概要」ジュリスト452号(甲21)、吉田大輔(元文化庁著作権課長)「明解になる著作権201答」(甲22)、文化庁「最新版著作権法ハンドブック1987」(甲23)及び著作権法令研究会「著作権法ハンドブック」(甲24)の各文献では、いずれも、昭和7年1月1日以降死亡した者の著作権が現行の著作権法により保護されること、すなわち保護期間が昭和45年12月31日までのものについては、昭和46年1月1日施行の現行の著作権法により、さらに保護を受けられることが明記されている。しかしながら、上記各文献は、いずれも、現行の著作権法の適用関係についての文化庁又はその関係者の見解を示したものにすぎず、本件改正法附則2条の解釈を示すものではない。また、田村善之「著作権法概説第2版」(甲18)も、上記文献(甲17)の記述を引用したものにすぎない。
(5) 債権者の主張2(3)について
 債権者の引用する最高裁昭和53年(オ)第647号同54年4月19日第一小法廷判決・判例タイムズ384号81頁は、静岡県教育委員会の定めた「教職員の優遇退職実施要綱」において、満60歳に達したか否かが問題となり、年齢計算ニ関スル法律に基づき、当該年齢に達する日について、出生応当日の前日であると判断した原審である東京高裁昭和52年(ネ)第2291号同53年1月30日判決・判例タイムズ369号193頁の判断を是認し、いわゆる例文で上告を棄却したものである。また、大阪高裁昭和54年(行ケ)第2号同年11月22日判決・判例タイムズ407号118頁は、公職選挙法9条の「年齢満二十年以上の者」について、年齢計算ニ関スル法律に基づき、当該年齢に達する日が出生応当日の前日であると判断したものであり、上告審の判断は示されていない。
 これらの裁判例で、出生応当日の前日に当該年齢に達するとした判断は、一般に年齢計算につき理解されたところに従った結論にすぎず、債権者が主張するように、1日の時間的な始点と終了点を持ち出して、形式的には翌日に生じるように読める効果を前日に認めたり、形式的には前日に効力が消滅しているように読める効果を翌日まで認める解釈をしたものとはいえない。
(6) 債権者の主張3について
 債権者は、債権者の解釈を前提とする著作権実務が運用されて定着しているとして、法解釈の安定性の観点を指摘する。
 なるほど、前記認定のとおり、著作権法を所管する文化庁が債権者の解釈と同一の見解を表明してきたものであり、これに対する債権者の期待は、十分に理解することができる。そして、著作権法に限らず、あらゆる法分野において、一国の法制度として、事前に権利の範囲や法的に擁護される利益が明確であって、これらの侵害に対して確実に事後の救済がされるような法的安定性と具体的妥当性の確保されていることが望ましいことはいうまでもない。しかしながら、本件改正法附則2条の適用関係に関する文化庁の上記見解は、従前司法判断を受けたものではなく、これが法的に誤ったものである以上、誤った解釈を前提とする運用を将来においても維持することが、法的安定性に資することにはならない。
 また、債権者は、知的財産権の保護を重視する時代の要請を指摘する。
 しかしながら、著作権法は、著作者の権利を定め、その文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作権者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とした法律である(著作権法1条)。上記著作権法の目的を実現し、知的な創造活動を促進して、より高度な創造に向けた意欲を与え、他方で、その成果を活用して社会を発展させるために、権利の保護と公正な利用のバランスを失してはならないことはいうまでもない。本件改正法は、映画の著作物の保護期間を公表後50年から70年に延長するものであり、その適用があるか否かによって、著作物を自由に利用できる期間が20年も相違することになる。しかも、著作権侵害が差止め及び損害賠償の対象となるのみならず、刑事罰の対象となること(著作権法119条以下)をも併せ考えれば、改正法の適用の有無は、文理上明確でなければならず、利用者にも理解できる立法をすべきであり、著作権者の保護のみを強調することは妥当でない。
(7) 小括
 以上のとおり、本件映画については、本件改正法が適用されずに、平成15年の経過、すなわち、同年12月31日の終了をもって保護期間が満了したものである。
 したがって、本件映画については、我が国においては、既に著作物の保護期間が満了したパブリックドメインに帰属する著作物というべきであるから、債権者の被保全権利が認められないことになる。
3 結論
 以上の次第であるから、保全の必要性について判断するまでもなく、債権者の申立ては、理由がないことに帰する。
 よって、主文のとおり決定する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 高部眞規子
 裁判官 平田直人
 裁判官 田邉実


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