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【事件名】レゲエCDマスターテープ事件
【年月日】平成18年6月30日
 東京地裁 平成17年(ワ)第11680号 著作権損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成18年6月9日)

判決
原告 合名会社ファーストライズプロモーション
被告 日本クラウン株式会社
訴訟代理人弁護士 伊藤真


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙発売予定CD目録記載のCDを販売してはならない。
2 被告は、原告に対し、平成17年4月7日ころマスタリングした別紙発売予定CD目録1、2、3、5及び7記載の楽曲を保存した記録媒体を引き渡せ。
3 被告は、原告に対し、2475万円及びこれに対する平成17年6月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 前提事実
(1) 当事者等
ア 甲は、乙の名称で活動するレゲエ音楽家であるが、遅くとも平成10年以降、日本国内において、「ファーストライズプロダクション」の名称で、レゲエ音楽のレコードやCDの販売、コンサート主催などの活動も行ってきた。
(甲5〜9、証人甲(甲18の1を含む。以下同じ。))
イ 原告は、著作権及び出版権の取得、譲渡並びに管理許諾等を目的とし、平成17年2月23日に設立された合名会社である。
 設立当初は、甲と丙が社員であり、甲が代表社員に就任したが、同年6月6日、甲が代表社員を辞任し、丙が代表社員に就任した。
 原告は、後記本件配信サービス契約に基づく著作権使用料の支払を受領するに際し、被告の内規上会社組織でなければ支払えないと告げられたため設立されたものであり、以後、甲がそれまでに個人として行ってきた活動を事実上承継した。
(争いのない事実、乙33、35、弁論の全趣旨)
ウ 被告は、ディスクレコード等の録音、録画物の製作と販売等を目的とする日本において有数の大手レコード会社である。
 丁及び戊は、被告の従業員である。
(争いのない事実、弁論の全趣旨)
(2) 本件配信サービス契約
ア 甲と被告は、平成16年11月から平成17年2月にかけて、ジャマイカの演奏家又は権利者との間で、レゲエ音楽を携帯電話を通じて配信するための3者契約(以下「本件配信サービス契約」という。)を順次締結した。
(乙4、5、11〜19)
イ 甲は、本件配信サービス契約に基づき、平成17年2月ころまでに、被告に対し、別紙発売予定CD目録1、2、3、7、9、10記載のアルバム(以下「本件発売予定CD1」のようにいい、同目録記載のアルバムを併せて「本件発売
予定CD」という。)の収録曲が収録された原盤(一部、市販のCDを含む。以下「本件原盤」という。)を引き渡した。
(争いのない事実、弁論の全趣旨)
(3) 本件CD発売契約の交渉経緯
ア 甲又は原告と被告は、己を交えて、平成17年2月以降、レゲエ音楽を甲が演奏するものを含め10アルバム程度、CDとして発売するための契約交渉を行った(以下、この交渉の対象となった契約を「本件CD発売契約」という。)。
(争いのない事実)
イ 被告は、同年4月6日、7日の両日、被告の費用負担において、本件原盤のうち、少なくとも次のアルバム収録曲につき、マスタリング作業(音質を調整する作業)を行い、その音源を被告所有のCD−Rに記録し、現在まで占有している。
@「CONGOS SING AGAIN」(本件発売予定CD1)
A「FEEL THE FIRE」(本件発売予定CD2)
B「DIARY OF THE SILENT YEARS」(本件発売予定CD3)
C「EARL SIXTEEN DUB」(本件発売予定CD7)
(争いのない事実、乙28、36)
ウ 被告は、全国のレコード店に対し、同月20日ころ、本件発売予定CDを同年6月22日に発売する旨記載した「日本クラウン株式会社2005年7月新譜案内書」(甲1、乙1。以下「本件新譜案内書」という。)を配布した。
(争いのない事実)
エ 甲又は原告は、本件CD発売契約の条件としてアドバンス(著作権使用料の前払金、以下単に「アドバンス」という。)の支払を要求したが、被告がこれに応じなかったため、同年5月13日、本件CD発売契約の交渉は決裂し、終了した。
(争いのない事実)
2 当事者の主張
(1) 本件発売予定CDの発売差止請求
ア 原告の主張
(ア) 原告は、本件発売予定CDの収録曲につき、レコード製作者の権利(著作権法96条〜97条の3、以下「原盤権」という。)を有しているか、又は原盤権の権利者から委任を受けた代理人である。
(イ) 被告は、前提事実(3)ウのとおり、本件新譜案内書を全国のレコード店に配布しており、本件発売予定CDを販売するおそれがある。
(ウ) よって、原告は、被告に対し、原盤権に基づき、本件発売予定CDの販売差止めを求める。
イ 被告の主張
(ア) 原告の主張(ア)(原盤権者又は代理人)は知らない。
(イ) 原告の主張(イ)(販売のおそれ)は否認する。
 被告は、本件発売予定CDを販売する意思を有していない。すなわち、本件新譜案内書は、本件CD発売契約の交渉決裂前に配布されたものにすぎず、同契約の交渉決裂後は、被告は発売中止を決定し、同月16日ころにレコード店に発売中止の告知をファックス送信し(乙2)、同年6月20日ころ発行の9月分新譜案内書(乙3)でも発売中止の告知を行った。
(2) マスタリング後の音源の引渡請求
ア 原告の主張
(ア) 被告は、平成17年4月6日、7日の両日、アルバム「REGGAE MILLENIUM2001 LIVE AT TOKYO」(本件発売予定CD5)の収録曲についてもマスタリング作業を行った。
(イ) 被告は、上記(ア)記載のマスタリング後の楽曲を記録したCD−R(以下、前提事実(3)イのマスタリング後の楽曲を記録したCD−Rと併せ、「本件CDR」という。)を保管し占有している。
(ウ) 前提事実(3)イ及び上記(ア)のマスタリング前の楽曲は、原告が原盤権を有しているか、又は原告が委任を受けた権利者が著作権又は原盤権を有しているから、マスタリング後の音源についても同様である。
(エ) 本件CD−Rは、前提事実(3)イ及び上記(ア)の音源が記録されることにより、記録前のCD−Rよりはるかに高い付加価値を付されているところ、民法243条又はその類推適用により、本件CD−Rは、主要な価値の権利者である原告の所有に帰属する。
(オ) よって、原告は、本件CD−Rの所有権に基づき、上記マスタリング後の楽曲を記録した本件CD−Rを引き渡すよう求める。
イ 被告の主張
(ア) 原告の主張(ア)は否認する。
(イ) 同(イ)は否認する。
(ウ) 同(ウ)は明らかに争わない。
(エ) 同(エ)は否認する。
 本件CD−Rは、もともと被告が所有するCD−Rに、被告が費用を負担し、被告の作業により楽曲を記録したものであるから、被告の所有物である。
(3) 損害賠償請求
ア 原告の主張
(ア) アドバンス支払についての詐欺
a アドバンスの支払要求
 ジャマイカでは、音楽CDを発売する契約をする場合、アドバンスの支払は常識となっており、甲は、被告に対し、平成16年12月以前から、アドバンスの支払を契約条項に含めるよう繰り返し要求していた。
b 丁らの行為
 丁及び戊は、己と共謀して、本件CD発売契約の重要な前提であるアドバンスを支払うつもりがないのに、平成17年4月14日ころまで、日本語の不自由な甲をアドバンスの支払を受けられるものと誤信させて交渉を進め、アドバンスの支払条項のない本件CD発売契約を締結させようとした。
c 己の地位
 己は、原告と関係のない第三者として、本件CD発売契約の交渉に関与していたものであり、このことは、本件CD発売契約が成立し、売上げがあれば、己は被告からプロモート料等をもらえることになっていたこと(乙20)から明らかである。
(イ) アルバムタイトル変更についての詐欺
 丁、戊及び己は、甲を騙してアドバンス条項のない本件CD発売契約を締結させるため、@庚が原盤権を有するアルバム「Reggae Golden Classics the D.J.s」のタイトルを「ルーツマン・スカンキング(ROOTMAN SKANKING)」に勝手に変更し(本件発売予定CD9)、また、A甲の有名な「ワンラブ(原題:What a man "a" dealwith?)」というタイトルを別のアルバムである「ダイアリー・オブ・ザ・サイレント・イヤーズ(DIARY OF THE SILENT YEARS)」に変更した(本件発売予定CD3)。
(ウ) 本件新譜案内書配布の違法
 本件新譜案内書は、甲の了解を得ずに配布された。
(エ) 損害
a 著作権使用料相当損害金2250万円
(a) 丁らがアドバンスを払うかのように甲を騙していなければ、原告は、平成17年の夏前に、他のレコード会社と本件発売予定CDの発売契約を締結し、発売を開始することができた。
(b) CD発売に当たっての著作権使用料は、CD1枚当たり、(定価−消費税−容器代)×12%で計算するのが一般的であるから、CDの定価(消費税込み)を2200円、容器代をその10%とすると、CD1枚当たりの使用料は、225円となる。(2,200−105−220)×0.12=2251アルバムの販売枚数を1万枚とすると、1アルバム分の使用料は225万円となり、10アルバム分の使用料は、2250万円となる。
b 信用毀損による損害225万円
(a) 被告が原告の了解を得ずに本件新譜案内書を配布し、しかも、アルバムのタイトルを勝手に変更したため、原告は、ジャマイカのレゲエ音楽界における信用を完全に喪失し、現在ではレゲエ音楽の原盤権者と契約交渉をすることができなくなった。
(b) これによる原告の信用毀損の損害は、225万円を下らない。
(オ) まとめ
 よって、原告は、被告に対し、不法行為(民法709条、715条、719条)に基づく損害賠償請求として、2475万円及びこれに対する不法行為後である平成17年6月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 被告の主張
(ア) アドバンス支払についての詐欺
a 原告の主張(ア)のうち、a(アドバンスの支払要求)は否認する。
 戊は、平成17年2月には、甲と己に対し、アドバンスは支払えない旨の話をしている。また、丁は、甲と己に対し、同年3月初旬、四半期ごとで、直近は8月末締め、50日後支払という被告の支払サイトと10アルバム合計で支払総額が660万円程度になることを説明し、同月下旬にも、同様の説明を行った。甲は、同年4月12日、初めてアドバンスの支払を要求した。
 したがって、甲がアドバンスの点について誤解があったとは到底考えられない。
b 同b(丁らの行為)のうち、丁及び戊がアドバンスを支払うつもりがなかったこと及び甲が日本語に不自由であったことは認め、その余は否認する。
c 同c(己の地位)のうち、本件CD発売契約が成立し、売上げがあれば、己は被告からプロモート料等をもらえることになっていたことは認め、その余は否認する。
 己は、原告側の窓口、マネージャー的立場で行動していた。すなわち、己は、レゲエ専門のレコード店を長年経営し、甲と10年以上の友人関係にあった。本件は、己が被告を訪問して甲のCD発売を打診したことから始まり、その後、被告担当者らと甲が話合いをする場合、己は、ほとんど全部甲に同行し、通訳を行った。
(イ) アルバムタイトル変更についての詐欺
 同(イ)のうち、@アルバム「Reggae Golden Classics the D.J.s」のタイトルが「ルーツマン・スカンキング(ROOTMAN SKANKING)」に変更されたことは認め、Aアルバム「ワンラブ(原題:What a man "a" deal with?)」のタイトルを別のアルバムである「ダイアリー・オブ・ザ・サイレント・イヤーズ(DIARY OF THE SILENT YEARS)」に変更したことは明らかに争わず、その余は否認する。
 収録曲の選定やタイトルの決定は、己が甲と相談して進めていたものであり、被告はそれらを原告の側に委ねていたから、被告が勝手にタイトル等を変更したことはない。
(ウ) 本件新譜案内書配布の違法
 同(ウ)は否認する。
 甲は、平成17年4月時点において、アーティスト個人として及び原告代表社員として、同年6月22日に本件発売予定CDの販売を開始するために、本件CD発売契約の締結前であっても、音源の選定、マスタリング、甲本人のレコーディング、新譜案内書の作成・配布等の準備作業を進めることを了承していた。
(エ) 損害
a 原告の主張(エ)a(著作権使用料相当損害金)は否認する。
 交渉が最終的に決裂した平成17年5月13日以降、原告は、他社と契約してCDを発売することが可能であったから、著作権使用料相当額の全額が損害となることはない。
 また、原告が原盤権者ではないものについては、手数料相当分だけが損害となる。
b 同b(信用毀損による損害)は否認する。
 被告は、前記のとおり、交渉決裂後直ちに、2回にわたり、レコード店に対し、発売中止の告知を行った。
 また、原告の信用が毀損されたことには、原告が本件CD発売契約の交渉決裂後も直ちにその旨をジャマイカの関係者に連絡せず、音楽配信に関するアドバンスの送金を行わなかったというずさんな対応が寄与している。
第3 当裁判所の判断
1 裁判所の認定した事実
 前提事実、争いのない事実及び各項に掲記した証拠によれば、以下の事実が認められる。
(1) 己の立場
ア 己は、平成16年7月、甲のCD発売を打診するため、被告を訪れ、丁と面会した。
(証人己(甲11、15の2を含む。以下同じ。)、証人丁(乙32を含む。以下同じ。))
イ (ア) 後記(イ)ないし(エ)の事実によると、己は、本件CD発売契約交渉につき
 仲介業者の立場に立つが、実際上は甲の(原告設立後は原告の)マネージャー的立場で行動していたことが認められる。
(イ) 上記アの面会時、己は、丁に対し、「JAMCATS・LIBERTYMUSIC co.、ltd.」の下に「First rise Promotion」と記載された名刺(乙10の1)を交付した。同名刺には、連絡先として「有限会社ジャムキャツ・リバティミュージック」との記載及びその電話番号等だけでなく、「ファーストライズプロモーション」との記載及び甲の携帯電話番号等が記載されていた。
(乙10の1、証人丁)
(ウ) 己は、その後の本件CD発売契約の交渉の席に大部分同席し、日本語に堪能でない甲の側に立って、通訳や甲の要望を被告側に伝える行動を行っていた。
 さらに、己は、丁に対して、己の立場について、甲のプロモーションをしている旨説明し、自ら又は甲を指すときに「ファーストライズ」という呼び方をしていた。
(証人己、証人丁)
(エ) 本件CD発売契約が締結され、売上げがあれば、己は、被告からプロモート料やプロデュース料を得られることになっていた。
(争いのない事実)
(2) 本件配信サービス契約の交渉経緯
ア (ア) 丁は、己に対し、平成16年8月ころ、CD発売を直ちに実現することは難しいが、甲が保有し又は取得可能なレゲエ音楽を携帯電話を通じて配信する企画は、在庫を抱えるリスクがないため可能である旨話し、以後、両者の間で音楽配信サービスの企画が具体化していった。
(イ) 丁は、己に対し、同年9月27日、配信サービスの実績が多い楽曲はCD発売が実現する可能性があることを話した。
(ウ) 己は、同年9月30日、甲を丁に引き合わせ、音楽配信サービスについて協議した。その後の協議も、概ね己が甲に同行して行われた。
(以上、証人己、証人甲、証人丁)
イ 丁は、同年10月中旬ころ、音楽配信サービスの契約書案を作成した。この契約書案には、被告がアドバンスを支払うとの条項は含まれていなかった。
(乙11〜19、証人己、証人丁)
ウ (ア) 甲は、同月下旬ころ、上記契約書を携えてジャマイカに行き、同国の演奏家や権利者と交渉した。そして、同年11月中に、少なくとも9人の演奏家又は権利者が、アドバンスの支払条項のない契約書にサインした。
(イ) この9通の契約書には、同年12月10日付けで被告代表者の署名押印が、同月16日付けで甲の署名押印が、それぞれされた。
(以上、乙11〜19、証人己、証人甲、証人丁)
エ (ア) 甲は、庚及び辛との交渉においては、アドバンスなしでの契約ができず、アドバンスの支払を定めた契約が必要である旨己に連絡した。
(イ) 丁は、多くの作品につき原盤権を有する庚らについてはアドバンスを支払っての契約もやむを得ないと考え、甲の要請に応じることとし、同年11月8日、甲に対し、被告は甲を通じてジャマイカの原盤権者と交渉し、アドバンスを支払う旨を記載したファックスを送信した。
(ウ) なお、丁は、当初、配信会社との配信契約によって被告が得る契約金でアドバンスの支払をまかなうことを考えていたが、配信会社との契約がうまくいかなかったため、被告が負担することになった。
(エ) 被告及び甲は、平成17年2月14日までに、庚との間で、4000米ドルのアドバンスを支払うことを内容とする3者間の配信サービス契約書を締結した。
(オ) また、被告及び甲は、同日までに、辛との間で、2000米ドルのアドバンスを支払うことを内容とする3者間の配信サービス契約書を締結した。
(カ) そして、被告は、同年3月7日、上記(エ)及び(オ)のアドバンスとして、原告名義の預金口座に合計79万7850円を送金した。
 原告は、同月22日、辛に1650米ドルを、同年5月19日、庚に3000米ドルを送金した。
(以上、争いのない事実、甲2の1〜3、4、乙4〜7、証人己、証人甲、証人丁)
(3) 本件CD発売契約の交渉経緯
ア 被告のプロデューサーである戊は、己に対し、平成17年2月22日、CD発売用の10アルバムを選考するように依頼し、これ以降、CD発売の計画が具体的に進行していった。
(証人己)
イ 己は、同月28日ころ、「ファーストライズプロモーションレゲェ10アルバム(BACK TO THE ROOTS)企画書」(乙20)と題する文書を作成し、戊に交付した。同企画書は、次の点などで本件新譜案内書と異なるが、多くの点で本件新譜案内書と同内容のアルバムを記載している。
@ 本件発売予定CD3の甲のアルバムのタイトルが「What a man "a" deal with?」となっている点(曲目は本件新譜案内書に記載されたものと同一)
A 本件発売予定CD5のアルバム「REGGAE MILLENIUM 2001 LIVE AT TOKYO」の曲目が多い点
B 本件発売予定CD8の乙(甲)のアルバム「BACK TO THE ROOTS」の曲目が一部異なる点
(甲1、乙20、証人己)
ウ 戊が所属する第二制作本部において、同年3月10日ころに部内会議が、同月17日ころに新譜編成会議がそれぞれ開かれ、本件発売予定CDの同年6月22日発売開始に向けた社内手続が進められた。
(乙25、26、弁論の全趣旨)
エ 戊は、同年3月末ころ、病気のため入院した。この時点で、原告と被告との間で、CD発売についての契約は締結されていなかった。
 しかし、己と甲は、丁から、戊の退院まで契約締結をすることはできないが、音源の選定、マスタリング、甲本人のレコーディング等の準備作業を進めるよう要請を受けたため、戊の退院まで契約締結を待つこととし、それまでの間、同年6月22日の本件発売予定CDの発売開始に向けた作業を進めることとした。
(争いのない事実、証人己、証人甲、証人丁)
オ (ア) 己は、被告から、本件新譜案内書の原稿の校正依頼(乙23)を受けて、甲と相談した上、同年4月4日、次の点を文書(乙24)で指摘した。
@ 甲の曲目がすべて違う
A ルーツマン・スカンキングの曲目がすべて違う
B 乙のスペルが間違っている
C 乙(甲)の「BACK TO THE ROOTS」の曲目が違う
(イ) 己及び甲は、本件CD発売契約の締結前に、上記原稿に基づき新譜案内書が作成され、レコード店に配布されることを容認していた。
(以上、乙23、24、証人己、証人甲、弁論の全趣旨)
(ウ) これに反する証人甲の証言の一部は、次の理由により採用することができない。
a 本件新譜案内書の原稿の校正に甲が関与したことについては、証人己が具体的に供述しているところであり、これに反する証人甲の証言の一部は、到底採用することができない。
b そして、新譜案内書はレコード店から注文を取るために作成・配布されるものであり、新曲の発売の2か月程度前に配布することが通常の業務の流れであること(乙31、証人丁、弁論の全趣旨)からすると、甲らが了解した準備作業には新譜案内の作成・配布が含まれていたと認めるべきであり、これに反する証人甲の証言の一部は、採用することができない。
カ 同月20日ころ、本件発売予定CDを同年6月22日に発売する旨記載した本件新譜案内書が全国のレコード店に配布された。
(前提事実)
キ 同年4月27日、戊が退院し、それ以降、原告側と被告側で、CD発売の契約条件の交渉がされた。丁と戊は、アドバンスなしの契約条件を要求し、己と丙もそれに応じるよう甲を説得したが、甲はアドバンス支払の条件を譲らなかった。
(証人己、証人甲、証人丁、弁論の全趣旨)
ク 原告と被告の本件CD発売契約の交渉は、同年5月13日、アドバンス支払の点の折り合いがつかなかったため決裂し、終了した。
(前提事実)
(4) 交渉決裂後のレコード店への告知
 被告は、全国のレコード店に対し、交渉決裂の3日後である同月16日、ファックスで、本件発売予定CDの発売中止を告知し、さらに、同年6月20日ころ配布の9月分新譜案内書で、同発売中止を告知した。
(乙2、3、証人丁)
(5) アドバンスについての交渉経緯
ア 原告は、甲が被告に対し、本件CD発売契約の重要な前提条件として、アドバンスの支払を繰り返し要求していたのに対し、被告は、アドバンスを支払うつもりがないのにそれを隠して交渉を進めていたと主張する。
イ しかしながら、証人甲が証言で具体的に述べていることは、@本件配信サービス契約の交渉過程で、アドバンスが必要であることを伝えていたこと、A丁は、甲がジャマイカで原盤を集めてきたことの見返りに、甲のCDを日本で発売することにつき、国際契約ベースで契約することを約束してくれたこと、B丁が、甲がジャマイカから帰ってきてからの平成16年12月ころ、660万円のアドバンスを支払うことを説明してくれたことにまとめられる。
 @については、本件配信サービス契約と本件CD発売契約とは異なるし、しかも、前記(2)のとおり、本件配信サービス契約の交渉においても、当初は全員にアドバンスを支払わない条件となっており、その後必要となった庚らに対してのみアドバンスが支払われているものであるから、@から被告のアドバンスの支払約束を認めることはできない。
 A及びBについては、甲は、簡単な日常会話はともかく、多少込み入った内容については日本語の理解力がないこと(争いのない事実、証人甲)、証人甲も認めるとおり同証人の供述を裏付ける契約書等の書面がないこと、並びに反対趣旨の証人丁の証言に照らすと、甲のCD発売約束については、前向きに検討する程度の話ではなかったか、660万円の話も、時期が異なり、しかも単なる印税の支払方法についての話ではなかったかとの疑問が生じ、直ちに採用することができない。
ウ 証人己の証言を検討しても、丁又は戊が本件CD発売契約につきアドバンスを支払うことを口頭で述べたことを証言するものではない。
 さらに、原告側からのアドバンスの支払要求についても、証人己の証言からは、ジャマイカの契約慣行としてアドバンスの支払が一般的であることを何度か説明したとの限度で認定できないではないが、それ以上に、アドバンスの支払が契約締結の重要条件であり、これがなければ契約締結に応じないことを明確に告げたとまで認定することはできない。
エ むしろ、前記(3)キのとおり、己も、丙(当時は原告の社員)も、平成17年5月の交渉の最終段階では、甲に対し、アドバンスの支払なしの契約に応ずるよう説得しているものである。
オ 以上によれば、結局、アドバンスの支払に関しては、交渉がされたものの条件が折り合わず、契約成立に至らなかったという以上に、丁らがアドバンスを支払うつもりがないのに、甲を誤信させて交渉を進めたことを認めるに足りる証拠はないといわなければならない。
(6) アルバムタイトルの変更について
ア 原告は、丁らは甲を騙してアドバンスなしで本件CD発売契約を締結させるため、@「Reggae Golden Classics the D.J.s」及びA「ワンラブ」のタイトルを勝手に変更した旨主張する。しかしながら、それを裏付けるに足りる証拠はない。
イ かえって、@「Reggae Golden Classics the D.J.s」のタイトルを「ルーツマン・スカンキング(ROOTMAN SKANKING)」に変更することは、己が甲と相談した上で行ったこと(乙20、23〜26、証人己)、並びにA「ワンラブ」については、己と戊の協議により、発売するアルバムが別のアルバムである「ダイアリー・オブ・ザ・サイレント・イヤーズ(DIARY OF THE SILENT YEARS)」に変更され、己が曲目として「ワンラブ」のものが記載されている間違いがあることを指摘したにもかかわらず(乙24)、事務的手違いにより、曲目の変更がされないまま本件新譜案内書が配布されてしまったこと(甲10の2・3、乙23〜26、弁論の全趣旨)が認められる。
2 本件発売予定CDの発売差止請求について
(1) 前記1(3)及び(4)に説示した事実のとおり、本件新譜案内書が配布されたのは、原告と被告との間で、本件発売予定CDを発売する前提で交渉がされていた期間中のことであるが、平成17年5月13日に交渉決裂後、被告は、全国のレコード店に対し、2回にわたって、本件発売予定CDの発売中止を告知しているものである。
(2) したがって、被告が本件発売予定CDを販売するおそれがあると認めることはできず、本件発売予定CDの販売差止めを求める原告の請求は、理由がない。
3 マスタリング後の音源の引渡請求について
(1) 被告が@「CONGOS SING AGAIN」(本件発売予定CD1)、A「FEEL THE FIRE」(本件発売予定CD2)、B「DIARY OF THE SILENT YEARS」(本件発売予定CD3)、C「EARL SIXTEEN DUB」(本件発売予定CD7)の収録曲のマスタリング作業を被告の費用負担において行い、これを被告所有のCD−Rに記録し、占有していることは、当事者間に争いがない。
(2) 原告は、被告がアルバム「REGGAE MILLENIUM 2001 LIVE AT TOKYO」(本件発売予定CD5)の収録曲についてもマスタリング作業を行ったと主張し、己の陳述書(甲32)にも同内容の記載があるが、具体的にこれを裏付けるに足りる証拠はないから、採用することができず、他にこの事実を認める証拠はない。
(3) 原告は、本件CD−Rはマスタリングされた音源が記録されることにより、記録前のCD−Rよりはるかに高い付加価値を有するに至ったから、その所有権は民法243条又はその類推適用により、主要な価値の権利者である原告に帰属する旨主張する。
 しかし、所有権は、有体物を目的とする権利であるのに対し、著作権は無体物たる著作物を目的とするものである。その結果、有体物の所有権者と有体物上に表現された著作物の著作権者が異なることがあり得ることは、制度上予定されたことである。したがって、民法243条の適用又は類推適用により本件CD−Rの所有権が原告に帰属するに至った旨の原告の主張は、理由がない。
(4) なお、原告が著作権法112条2項の規定に基づき、本件CD−Rの引渡しを求めるものだとしても、同項は、権利侵害の停止又は予防に必要な限度で著作物が記録された有体物の廃棄等を請求することができるに止まり、著作権者にその引渡請求権を認めたものではないから、同項に基づく請求も理由がない。
(5) したがって、本件CD−Rの所有権に基づく原告の本件CD−Rの引渡請求は、理由がない。
4 損害賠償請求について
(1) アドバンス支払についての詐欺について
 前記1(5)に説示した事実のとおり、丁らがアドバンスを支払うつもりがないのに、甲を誤信させて交渉を進めたことを認めるに足りる証拠はないから、この行為に基づく原告の損害賠償請求は理由がない。
(2) アルバムタイトル変更についての詐欺について
 前記1(6)に説示した事実のとおり、丁らが、甲を騙してアドバンスなしで本件CD発売契約を締結させるため、@「Reggae Golden Classics the D.J.s」及びA「ワンラブ」のタイトルを勝手に変更したことを認めるに足りる証拠はないから、この行為に基づく原告の損害賠償請求は理由がない。
(3) 本件新譜案内書配布の違法について
 上記1(3)に説示した事実によれば、甲は、本件CD発売契約の締結前に、本件新譜案内書(甲1)がレコード店に配布されることを容認していたものであるから、この行為に基づく原告の損害賠償請求は理由がない。
5 結論
 よって、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 大竹優子
 裁判官 頼晋一
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