判例全文 line
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【事件名】元AV女優・黒木香さんへのプライバシー侵害事件
【年月日】平成18年5月23日
 東京地裁 平成16年(ワ)第27003号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成18年2月28日)

判決
原告 X
同訴訟代理人弁護士 秋山亘
同 大沼和子
同 飯田正剛
被告 株式会社芝ホールディングス
同代表者代表取締役 松下武義
同訴訟代理人弁護士 齋藤弘


主文
1 被告は、原告に対し、220万円及び平成11年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを8分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、1650万円及びこれに対する平成11年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、かつて有名なアダルトビデオ女優であり、著作活動及びテレビタレント等としての活動もしていた原告が、出版社である被告に対し、被告の発行している雑誌「甲」(以下「被告週刊誌」という。)において、被告が原告のプライバシーないし名誉感情を侵害する記事及び肖像権等を侵害する写真を掲載したことは原告に対する不法行為を構成するとして、各掲載行為によって原告が被った精神的損害及び弁護士費用相当額の損害の賠償並びに前記記事及び写真が掲載された雑誌の最後のものの発行日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実は末尾に証拠を掲記しない。)
(1) 原告は、昭和61年8月から「X」(「X’」を使ったこともある。)の芸名でアダルトビデオに出演し、タレント等として活動し、さらに著作活動などもしていたが、平成6年5月に東京都内のビジネスホテル2階テラスから誤って転落して全治6か月の傷害を負い、その治療のため入院生活をした後は、前記のような芸能人などの活動はしていない。
(2) 被告は、雑誌の出版等を業とする資本金1億円の株式会社であり、被告週刊誌を毎週発行している。被告の商号は、従来「株式会社徳間書店」であったが、平成17年4月1日に現在の商号に変更した。
(3) 被告は、被告週刊誌1999年6月17日号(以下「本件第2雑誌」という。)170頁以下に、別紙1記載のとおり、「直撃ノンフィクションアダルトビデオ猥褻AV三国志!」「Dが語り尽くす「ダイヤモンドの女優たち」A オッパイの大きな女は好きじゃないけどEの『赤ちゃんの頭』2つには驚いた」との見出しのもと、下記のような記事(以下、「本件第1記事」という。)及び別紙1、2頁目上段の写真(以下「本件第1写真」という。)を同雑誌172頁に掲載し、同雑誌は、平成11年6月ころ発行された。
 記
@ 「「愛とセックスは別腹」だと」との見出しの下
 「当時のXには彼氏がいたんですよ。それで、『SMぽいの−』の次の作品で、名古屋に行って8人くらいと乱交するって撮影があったんですけど、カラミの撮影が終わって一休みって折に、彼女が、『監督さんあの、お電話お借りしてもよろしいでしょうか?』って言うのね。もちろんいいよってなりますよ。そうすると電話口で、『もしもし、あの、もしもし、どちら様ですか‥‥』って大声で言い始めたの。どうも、彼氏に電話を入れたら、女が出たみたいなんだよね‥‥」
 せっぱ詰まったXの口調をまねながら言う。
 「それで『代わってください』となって、野郎が出た。『どういうことですか。信じられません。いいえ、わかりません、私はわかりませんわ』なんて、やってんだよ。で、すごいなあと思ってね。自分は今、7人か8人とやり終わったばかりなのに、彼氏のところに電話して、相手に女がいたからって、よくこんなことが言えるなって。その姿を見て、やっぱり女ってのは『愛とセックスは別腹』なんだ、と。(略)‥‥」
 (以下この記事を「本件第1記事@部分」という。)
A 「母親や親戚にも紹介した」との小見出しの下
 「Xは結局、ビデオのことが親にバレて、家から放逐されてしまいましたね。籍まで抜かれてしまって、パスポートを取りに行ったときには、籍が独立したものになってました。天涯孤独の身になってしまったんですよ。」
 (以下この記事を「本件第1記事A部分」という。)
B 「自分を失うことを怖がって…」との小見出しの下
 「Xとはセックスをそんなにしませんでした。彼女はセックスに熱中するあまり自分を失うことを極端に怖がっていましたから。いざ始めてしまうと、抑えがきかなくなるというのが常に頭にあるらしく、終わってから強い自己嫌悪に襲われてしまうみたいなんです。そのことは彼女の口から直接聞かされ続けたんですけど‥‥だから、私が強く求めたときしかしなかった」
 (以下この記事を「本件第1記事B部分」という。)
C 本件第1記事B部分に続けて
 D’だけが知るXの意外な姿は、ほかにもあった。
 「そんなふうにセックスが嫌いな彼女なんですが、やはりビデオでの印象があるじゃないですか。だから雑誌やテレビの仕事に行くと、彼女のことを誤解した人にセクハラを受けてしまうことが多かったんですよ。そのたびに自分の部屋に戻っては泣いていましたね。例えば某月刊誌の編集長にホテルで強姦されそうになったり、某タレントに新幹線の中でフェラチオを強制されたりした。そんなこと、挙げればきりがないほどありましたよ」
 (以下この記事を「本件第1記事C部分」という。)
D 1年半後、Xは中野区内のビジネスホテルから投身自殺未遂をしてしまう。
 「自殺未遂の直前に『FOCUS』で彼女の裸の写真が出たでしょ。あれを見たときは涙が出た。そして、自殺未遂のときは、彼女の両親に対して腹が立った。」
 (以下この記事を「本件第1記事D部分」という。)
(4) 被告は、被告週刊誌1999年6月10日号(以下「本件第1雑誌」という。)174頁以下に、「直撃ノンフィクションアダルトビデオ猥褻AV三国志!」「Dが語り尽くす「ダイヤモンドの女優たち」@ Xは『SMぽいの好き』の撮影初日、4枚のポルノ小説を書いて心の準備をしてきた」との見出しのもと、別紙2、174頁下段の写真(以下「本件第2写真A」という。)及び同175頁上段の写真(以下「本件第2写真B」という。)を掲載し、同雑誌は、平成11年6月ころ発行された。
(5) 被告は、被告週刊誌1999年7月1日号(以下「本件第3雑誌」といい、本件第1雑誌及び本件第2雑誌とまとめて「本件各雑誌」という。)において、同雑誌表紙に「『裏ビデオ女王』33人が全身濡れイキ!」「問題作X1『SM麗奴』で女性器初見せ」と題し、同雑誌66ないし67頁において「衝撃作続々初流出『裏ビデオ女優』モロ見せワイド33人が全身濡れイキ!」との見出しの下、流出したいわゆる裏ビデオの紹介という形式で、原告の性器の形状や同人の性行為の状況を記載した、別紙3の囲み部分の記事(以下「本件第2記事」という。)を掲載するとともに同66頁上段の写真(「破廉恥な女」と紹介されている写真、以下「本件第3写真A」という。)及び同頁下段一番左の写真(「X」と紹介されている写真、以下「本件第3写真B」という。)を掲載し、同雑誌は、平成11年6月ころ発行された。
2 主要な争点
 本件における主要な争点は、被告による前記1、(3)ないし(5)の各記事(以下これらをまとめて称するときは「本件各記事」という。)及び写真(同じくまとめて称するときは「本件各写真」という。)の掲載行為が原告に対する不法行為を構成するか否か並びに原告の損害の有無及び内容であり、これらの争点についての当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 本件第1記事@部分
ア 同記事による原告のプライバシー等の侵害の有無
(原告の主張)
 原告がアダルトビデオに出演した直後における原告の恋人との間のプライベートな会話を公表するものであり原告のプライバシーを侵害する。
 また、同記事は、原告の恋人との間の上記のプライベートな会話内容を評して「愛とセックスは別腹」等と原告を侮辱するものであり、原告の名誉感情を害する。
(被告の主張)
 本件第1記事@部分は、小野一光という気鋭のライターが、D(以下「D’」という。)から直接聞いたことをとりまとめ執筆したものを、執筆者の署名入りで掲載したものである。D’は、原告と夫婦同然の関係(原告はその著書で血族的関係と述べる。)にあった人物である。よって、記事を評価判断するにあたっては、この特殊事情を考慮するべきである。本件第1記事@部分は、ビデオ撮影現場の出来事として、D’が体験した事実を述べたものであり、そこには多数のスタッフもいて原告の電話のやりとりを聞いていた。また、内容的にも私的な秘め事とはいえないから、原告のプライバシーとはいえない。
 「愛とセックスは別腹」との部分は、D’が女性一般について感想として述べたもので、原告を特定したものではないから、殊更原告を侮辱したものにはならない。
イ 原告による性的プライバシーの放棄ないし記事掲載についての承諾による違法性阻却
(被告の主張)
 原告の著書「フルーツ白書」、「自堕落にもほどがある」、「女と男の間には」から、原告のセックスについての考えがわかるが、原告は、セックスプレイは、レストランで食事をしたり、ホールで社交ダンスをするのと同様に、秘したり、恥じらうことではなく、女も男も共に、自然の振る舞いとしてその楽しみを享受すべきものと主張している。そして、原告は、男とのセックスプレイやファックは、人間にとって必然的なもので、秘め事ではないとの考えの下に、これを自ら実践し、啓蒙、奨励していたのである。よって、原告には、セックスについてのプライバシーはない。仮にあったとしても、原告はそれを全面的に放棄し、ないしその公表を包括的に承諾している。したがって、本件第1記事@部分の掲載行為は違法性が阻却される。
 「愛とセックスは別腹」との部分についても、原告自身がその著書の中で、「愛なきセックス」は可能であり、それが十分快楽をもたらすことを告白、公表している。同部分は、同じ内容をD’流の言葉にしただけである。したがって、原告は、同部分の内容を容認していた。
 また、原告は、アダルトビデオ女優を引退したと主張しているが、アダルトビデオ女優からの引退宣言を一度もしていないし、同人の著書において、アダルトビデオの仕事を天職と考え、一生続けたいと言っていた。したがって、業界関係者及びマスコミ関係者は、原告は引退したのではなく、芸能活動を一時休止しているにすぎないとみていた。仮に、原告主張のとおり、引退が認められるとしても、原告のアダルトビデオ業界に及ぼした足跡は大きく、決して今後も消えることはないから、ことある毎に原告及び原告出演のアダルトビデオがマスメディアに取り上げられるのであって、このことは避けられないことである。
(原告の主張)
 かつて現役のアダルトビデオ女優であった時代に書いた出版物においてたまたま原告のプライバシーに関する記述があったからといって、そのことから「原告には、セックスについてのプライバシーはない」とか「プライバシーを全面的に放棄している」、「包括的に承諾している」などとはいえない。
 原告は、平成6年5月の転落事故により同年6月にはアダルトビデオ女優も引退しており、本件各雑誌が発行された平成11年6月当時においては、一般市民として生活していた。原告の著書「自堕落にもほどがある」は、原告がアダルトビデオ女優を引退する4年以上も前の平成元年9月には既に絶版になっている。「フルーツ白書」も同年4月には既に絶版となっている。かつて書いた書籍の内容により、未来永劫にわたり原告のプライバシーが放棄されたことにはならない。
(2) 本件第1記事A部分
ア 同記事による原告のプライバシー侵害の有無
(原告の主張)
 原告のプライベートな親子関係に関し、原告は家から放逐された、親から戸籍まで抜かれた等の事実を公表するものであり、原告のプライバシーを侵害する。
(被告の主張)
 戸籍の問題は、地方公共団体が管理する書類の扱いに関することであり、仕事の関係で、パスポート申請に必要な書類を用意する際にわかったことを、D’が述べた部分であって、仕事仲間の間ではよく知られていたことであるから、原告のプライバシーには当たらない。
 原告のアダルトビデオ出演が親に知れ、その逆鱗に触れて籍を抜かれたのであるから、原告のしたことから当然予想されることで、原告自身覚悟の上のことであるからプライバシーとはいえない。
イ 原告の承諾による違法性阻却
(被告の主張)
 D’は、原告が親から籍を抜かれたことに責任を感じ、以後二人の関係は、夫婦のようになった。よって、この問題は、D’自身の問題でもあった。そこで、この点についてのD’の発言については原告も了解をしていたはずであるから、仮にプライバシーに当たるとしても、その公表については原告の承諾があった。
(原告の主張)
 被告の主張は争う。
(3) 本件第1記事B部分
ア 同記事による原告のプライバシー侵害の有無
(原告の主張)
 原告のセックスに関する私的な内心の悩みや感情の吐露に関し、公表するものであり、原告のプライバシーを侵害する。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。
イ原告のプライバシーの放棄ないし記事掲載についての承諾
(被告の主張)
 原告は、D’とのセックスについては、自著の中で自ら認めている。
 また、同人との性交時に自制がきかなくなり、大声を上げることも自著で告白している。この部分は、夫婦のような関係にあったD’の体験に基づく感想を、D’の言葉どおりに記述したものである。よって、仮に原告のプライバシーに当たるとしても原告はそれを放棄し、又は侵害に対し承諾している。
(原告の主張)
 被告の主張は争う。
(4) 本件第1記事C部分
ア 同記事による原告のプライバシー侵害の有無
(原告の主張)
 原告が過去に複数回にわたり、性的被害にあった事実を摘示するものである。これらの摘示事実は、いずれも全くの事実無根であるが、女性が性的被害にあったことがあるという過去の事実は高度にプライベートでデリケートな事項であり、これを公開することは原告のプライバシーを侵害する(虚偽プライバシーの摘示としてのプライバシー侵害)。
 また、上記のような摘示事実は、原告のふしだらな性生活を連想させるものであって、原告が性的にだらしない人物であるとの人格評価を与えるものである。よって、原告の名誉を毀損するものでもある。
(被告の主張)
 D’は虚偽の事実を一切述べていない。セクハラの被害を受けたというだけでふしだらな性生活を連想させるものではなく、また、性的にだらしのない人物であるとの人物評価を与えるものではないから、この記述部分が原告の名誉を毀損することはない。セクハラは犯罪であるが、日常頻発している。頻発の原因の1つは、被害を隠すことにある。セクハラ行為を犯罪とする以上、被害を隠すことをプライバシーなどとして容認してはならない。
イ 原告による性的プライバシーの放棄ないし記事掲載についての承諾による違法性阻却
(被告の主張)
 原告は、セクハラ被害を「高度にプライベートでデリケートな事項」と認識していない。そのことは、原告の著書を読めば直ちにわかる。原告は、少女時代痴漢行為の被害にあったことを詳細に告白している。よって、仮にセクハラ被害の事実が原告のプライバシーに当たるとしても、原告はこれを放棄しているか、その公表を全面的に承諾しているというべきである。
(原告の主張)
 被告の主張は争う。
(5) 本件第1記事D部分
 同記事による原告のプライバシー侵害の有無
(原告の主張)
 原告が自殺未遂をしたという虚偽の事実を摘示するものである。この点、過去に自殺未遂を遂げた経歴があることは、一般に個人の過去の病歴にも匹敵する高度にプライベートな事項であり、だれにも公開されることを欲しない事項である。よって、本件第1記事D部分は、原告のプライバシー(虚偽プライバシー)を侵害する。
 また、一般に自殺は正常な精神状況では行われないことから、自殺を図る人物は、精神に異常を来した人物だとみられ、当該自殺者の人物評価にとって大きなマイナスとなる。よって、同記事は原告の名誉をも毀損する。
(被告の主張)
 原告の落下事故については、新聞各紙はもとより他のメディアにより大きく報じられ、公開され広く知られていることであるから、原告のプライバシーには当たらない。
 本件記事の掲載は落下事故後5年を経ているが、この事故については、その後も引き続き報じられており、忘れられたことではない。
 自殺を図った人物が原告主張のような評価を受けることはないから、この記述部分で原告の名誉を毀損することはない。
 同記事の趣旨は、原告の両親が原告を連れ戻しておきながら、原告をきちんと庇護せず、原告を事故時のすさんだ生活環境に置いていたことに対するD’の怒りの感情を表現するところにあり、それは、D’の原告に対するいたわりの心情の現れの表現である。よって、自殺未遂事件の暴露とは判読できず、原告に対する名誉毀損にはならない。
(6) 本件第1記事全体についてプライバシー侵害に対する正当な社会的関心事についての記事であることに基づく違法性阻却の抗弁あるいは名誉毀損に対する公共の利害に関する事実についての真実性、相当性の抗弁が認められるか。
(被告の主張)
ア 本件第1記事は、日本人の性意識に多大な影響を与えたアダルトビデオについて歴史的に再考察する意図で連載された記事の一部であり、個人のゴシップ記事ではない。原告及びD’の手による「SMぽいの好き」は、衝撃的かつ画期的な内容で社会的なニュースにもなったこともあり、アダルトビデオの20年にも及ぶ歴史をふり返る際、原告及びD2のことを取り上げるのは不可避にして必須のことであった。したがって、同記事は、公共性があり、かつ公益目的によって掲載されたものである。
 また、原告に関する記述は、アダルトビデオ界で一時代を画した有名女優の真の人物像を理解する上で必要な事項であるから、正当な社会的関心事である。
イ 同記事の内容は、原告と内縁関係にあったD’のインタビュー記事である。D’は、同記事で記述されている原告についての事実はすべて真実であると述べている。したがって、同記事の内容は真実であり、仮に真実でない部分があるとしても、被告において真実と信ずるにつき相当の理由があった。
ウ 以上のとおり、プライバシー侵害についても、名誉毀損についても本件第1記事については違法性が阻却される。
(原告の主張)
 被告の主張は争う。
(7) 本件第2記事
ア 同記事による原告のプライバシー侵害の有無
(原告の主張)
 本件記事は、違法なアダルトビデオ(裏ビデオ)として発売された「破廉恥な女」における原告の性行為及び性器の状況を、被告において事細かに文字化した上、これを公開しているものである。
 同記事は、性行為及び性器の状況という私事性の極めて高いプライバシーを、銀行や病院などの公共機関などに置かれ、また、一般の書店、コンビニエンスストア等でだれもが容易に購入できる被告週刊誌において違法な裏ビデオの内容を紹介する記事として、掲載・公表するものであるから、かかる記事は原告のプライバシーを侵害する。
 アダルトビデオ収録のための、仕事上の性行為であっても、その内容が私事性・秘匿性が最も高いと認めるべき「性行為の状況」そのものであり、たとえアダルトビデオ女優であっても、人格をもった尊厳ある個人として、「その意に反した性行為の状況の無断公開」に対してはプライバシー侵害に対する保護を認めるべきである以上、私事性を否定すべきではない。また、原告が94年6月には、アダルトビデオ女優を引退しており、86年の当該アダルトビデオの公開から10年以上も経過していることからすれば、作品中の行為が仕事上の行為であるからといって、当該性行為の「私事性」を否定することは相当ではない。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。アダルトビデオ出演者にとって作品中の性行為は、仕事上の行為であり、プライバシーの要件である「私生活上の事実・情報」に当たらない。
 性器そのものについても、例えば奇形であるとか、他人に知られたくない身体的特徴でもない限り、そのものだけでプライバシーになることはない。既に表ビデオにおいて裸体をさらけ出して性行為の状況を公開しているのであるから、性器そのものもその一部として公開されていると解される。
イ 原告による性的プライバシーの放棄ないし記事掲載についての承諾による違法性阻却
(被告の主張)
(ア) アダルトビデオ出演者による性的プライバシーの放棄
 アダルトビデオ出演者は、制作者との間で出演契約を締結するにあたり、撮影されたビデオフィルムが作品として作成・頒布されることを了承し、その対価として高額な出演料を取得する。一方、制作者は、そのマスターテープの編集権、著作権及び頒布権を専有する。したがって、アダルトビデオ出演者は、契約締結時において自らの性行為が収録されているアダルトビデオが発売され、公開されることを了承しているので、同出演者にとって、アダルトビデオにおける性行為は、プライバシーに当たらないか、その公開について出演者から異議を述べることはできないと解すべきである。
(イ) いわゆる「表ビデオ」と「裏ビデオ」の関係
 表ビデオにおいて、映像にぼかしを入れるのは出演者のプライバシー保護のためではなく、制作者の自己規制である。ぼかしを入れないことで、出演者の仕事上の性行為や裸体の映像が、「性生活上の事実・情報」になるわけではない。表ビデオが数年のうちに多数裏ビデオとして流通販売されているのは業界の実情であり、出演者も裏ビデオとして流通することを当初から予測して出演契約を締結している。したがって、裏ビデオにおける性行為も表ビデオにおけるものと同様に、出演者にとってプライバシーに当たらないか、その公開について異議を述べることができないものである。
(ウ) 原告について特にいえること
 上記事情のほかに、原告はその著書において裏ビデオを肯定する表現をしたり、性行為・性器を見せることを容認している。また、同著書において、原告はセックスの私事性を否定している。また、原告は、本件第2記事の内容をなす行為について既に自ら著書で文字による公開をしているから同記事によるプライバシー侵害はない。
(エ) アダルトビデオ紹介記事について
 公開された映像や演劇、演奏を文章で紹介したり、意見を述べる(批評する)ことは、原則自由であり、アダルトビデオについても同様のことがいえる。前記のとおり、アダルトビデオ出演者のプライバシーは、もともとないか放棄されているのであり、かつ、ビデオは、表、裏を問わず、既に市場に流出し、販売、公開されているのであるから、それを紹介する週刊誌の記事によって改めてプライバシーが侵害されることはない。また、原告が裏ビデオの紹介記事であるが故に違法であると主張するのであれば、どの部分が裏ビデオに特有のものであるのか特定すべきであるのに、原告はこれをしていない。
(原告の主張)
ア 原告の承諾の範囲
 アダルトビデオ作品中の性行為の公開がアダルトビデオ女優のプライバシーを侵害しないのは、同女優があらかじめその公開に対して同意しており、当該公開がアダルトビデオ女優の同意の範囲内にあるからにほかならない。確かに、原告は、86年当時、表ビデオ「SM麗奴」に出演し、当該ビデオの公開に一定の範囲内で同意している。しかし、少なくとも原告は、当該ビデオ出演に際して、その公開の時期、態様、目的について、無限定、無制約に包括的に同意しているのではない。原告が同意していたのは、「表ビデオ」である「SM麗奴」において自己の性行為に関する肖像や性行為の状況がそのビデオ購入者に視聴されることに対する承諾にすぎず、大人の健全な娯楽として認められたものではない「裏ビデオ」の販売、流通を承諾したことはない。また、被告週刊誌上における同「裏ビデオ」の内容の公開は、その時期、目的、態様において、表ビデオ「SM麗奴」における公開とは全く異なるものであるから、原告の承諾は及んでいない。特に、同記事については、その公開の目的、態様において原告がこれまで販売を許可したこともなく、かつ刑法にも反する違法な「裏ビデオ」の紹介記事としての公開であり、また第2記事には性器そのものの描写も含まれていることからすれば、原告の承諾が及んでいないことは明らかである。
イ 時の経過による原告のプライバシーの回復
 本件各雑誌は、平成11年6月ころ発行されているが、これは、原告出演のアダルトビデオ「SM麗奴」が発売されてから、約13年、原告が女優を引退してから約5年が経過した後である。どのような人でも、一市民として、平穏に生活する法的利益を有しているところ、かつて芸能生活を送った者であっても、相当な期間の経過後、一市民として平穏に生活している実態を有するときには、かつての芸能生活に関する事実を公表されない法的利益を有するというべきである。よって、原告がかつて自己の性行為に関して、プライバシーを放棄していたとしても、このように長期の年月が経過した後においては、原告は同権利を有するようになるというべきである。特に、その芸能生活に関する事実が性行為そのものである場合には、同行為は、通常、人の最も秘匿すべき事項であり、その個人の最も私的な事柄であるから、その公開についての同意の範囲及び効力の及ぶ期間についても厳格に解されるべきである。
(8) 本件第1写真、同第2写真A及びBについて
(原告の主張)
 これらは、原告がアダルトビデオ女優であったときに原告の裸体等を撮影した肖像写真であるが、これを原告の承諾なく被告週刊誌上に掲載することは、原告の肖像権やプライバシーを侵害する。
(被告の主張)
ア 同第1写真
 同写真は、甲の記事の中に掲載するために、被告のカメラマンに原告及びDが撮らせた数枚の写真の中の1枚であるから、原告は本件記事中に掲載されることを承諾していた。よって、許可なく掲載したものではない。
イ 同第2写真A
 同写真は、原告が所属しているアダルトビデオ製作プロダクション、クリスタル映像から、無制限使用を許され提供された複数の写真の中の1枚である。業界では、パブリシティーといわれている女優及び作品売り込み用の写真であるから、原告も当然、所属タレントとして被告週刊誌に掲載されることを了解しているものである。
ウ 同第2写真B
 同写真は、原告が出演しているアダルトビデオの映像の1コマである。これは、ビデオのメーカーであるクリスタル映像から、映っている映像を使ってもよいということで、被告が提供を受けたアダルトビデオのワンカットであるから、掲載するにつき個別に原告の許可を受けなければならないものではない。
(9) 本件第3写真A及びBについて
(原告の主張)
 これらは、原告の性行為の状況に関する肖像写真であるが、これらを原告の承諾なく被告週刊誌上に掲載する行為は、原告に対する肖像権侵害・プライバシー侵害となる。各写真は、裏ビデオにおける映像及び同裏ビデオの内容を一般読者に紹介するという形態でそのまま公表するものであり違法性が強い。
(被告の主張)
 上記各写真は、ビデオ映像の中の1コマであり、原告は自ら進んで既にそれらの肖像をビデオ映像として撮らせているのであるから、公開を承諾しているといえる。また、ビデオ作品の紹介記事の中で当該ビデオの画撮を使用することは多く、上記各写真もこの通常の手法に従い掲載されたものである。同各写真は、原告が出演を承諾したビデオの中で映し出されて公開されているものであり、本件第3雑誌において、アダルトビデオ作品の紹介記事の説明の一助として掲載したものであるから、目的外使用に当たらない。よって、原告の承諾は不要であるから、これらの掲載は原告の肖像権もプライバシーも侵害しない。
(10) 損害の有無及び内容
(原告の主張)
ア 原告は、普通の市民としての日常生活を送っているにもかかわらず、かつての「芸能活動」に関連して、原告のプライバシーに属する事柄を暴露されるというショッキングな内容の公表を受けた。しかもその内容は、事実に反するものであって、原告の人格的評価を低下させ、また、その名誉感情を害されるものであり、原告にとっては二重の意味でショックであった。
イ 本件各記事によって、原告は、恋人とのプライベートな会話、親子関係、性に関するプライベートな事柄、性的被害の状況、自殺未遂の経歴、性行為や性器の描写といった事柄について、プライバシー、名誉、名誉感情、肖像権などを侵害されたのであり、人格権侵害の種類、量が多岐、多様に及んでいる。
ウ 被告による人格権侵害は、1回の紙面上の公開にとどまらず、3回にもわたっている。
エ 以上の事情と近年の名誉毀損事件等の人格権侵害に対する慰謝料認容額の高額化の傾向を考え合わせると、本件第1記事及び第2記事についての慰謝料は各500万円、本件各写真についての慰謝料は500万円を下回らない。これに弁護士費用150万円を加えた損害額の合計は、1650万円となる。
(被告の主張)
ア 本件各記事は、のぞき見的記事ではない。
イ 被告は、原告がアダルトビデオ業界から引退しているとは考えていなかった。原告が引退していたとしても、上記のように被告が考えたことにつき、原告にも落ち度がある。なおかつ、原告は、引退後も「X」として報じられることを覚悟していたはずである。
ウ 原告による性的プライバシーの放棄ないし記事掲載についての承諾若しくは社会の正当な関心事についての記事であることなど、被告が違法性阻却事由として主張した内容は、たとえそれが違法性阻却事由としては認められなかったとしても、損害の算定に当たっては考慮されるべきである。
エ 本件各写真については、いずれも私生活を隠し撮りしたものではなく、使用について権利者から許諾を得ているか、通常の用法に従った掲載であると被告は認識していた。
オ 仮に被告の行為が不法行為に当たるとしても、以上の事情は、損害の算定にあたり十分に考慮されるべきである。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲4ないし甲7、甲11ないし甲18、乙1ないし乙3、乙5ないし乙8、乙9の1及び2、乙10ないし乙18、乙21、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告の女優としての活動及び著作等
ア 原告は、前記第2、1(1)のとおり、昭和61年8月からアダルトビデオ女優として活動し、『SM麗奴』、『SMぽいの好き』、『愛虐の宴』等の作品に出演した。前記『SMぽいの好き』は、D’の監督によるもので、当時業界の注目を集め、原告及びD’は、雑誌等で多く取り上げられ、原告は、いわゆるタレントとしてテレビに出演したり、大学祭等での講演に招かれることもあった。
イ 原告は、『自堕落にもほどがある』(発売元株式会社文芸春秋)、『フルーツ白書』(発行所株式会社ワニブックス)、『性の構造』等を執筆し、これらはいずれも、昭和62年ころ出版された。また、同63年に原告の執筆による『パブロフの犬のよだれ』が出版され、そのほか対談集等も出版された。なお、『自堕落にもほどがある』は、平成元年9月末に、『フルーツ白書』は、同年4月ころ絶版となっている。
ウ 原告は、前記のタレントとしての活動や、『自堕落にもほどがある』『フルーツ白書』において、自己を性の表現者と称し、自らのセックス観や性行為の際の状況、アダルトビデオ女優となった経緯等を積極的に表現していた。
(2) 原告とD’との関係
 原告は、昭和61年9月に、D’がアダルトビデオの監督として所属していたクリスタル映像と専属契約を締結した。そのころ、原告とD’とは内縁関係となった。D’は、昭和63年9月、クリスタル映像から独立してダイヤモンド映像を設立したが、平成4年から5年にかけて、同社は資金繰りに行き詰まり、倒産した。そのころ、原告とD’は、内縁関係を解消し、原告は、平成5年1月に原告の実家にいったん帰った。しかし、原告は、同年5月ころまでには、実家を出て、都内のホテルなどを転々とする生活をするようになった。原告は、平成6年2月になって、雑誌「フォーカス」の取材を受け、その際に撮影されたヌード写真とともにインタビュー記事が同誌の同年3月16日号に掲載された。
 上記記事掲載の後、原告は、「フォーカス」誌の取材を受ける際にD’と会ったが、それ以来、同人と会っておらず、連絡もとっていない。
(3) 原告が芸能活動を停止するに至る経緯
 前記第2、1(1)のとおり、原告は、平成6年5月ころ、転落事故によって入院生活を余儀なくされた。その直後の新聞報道や週刊誌の記事の中には、自殺未遂、あるいは自殺未遂騒動などと報じて、原告が自殺を図ったのではないかと憶測するものが多く見られた。また、原告は、上記事故の前である同年4月4日、被告週刊誌の編集部デスクであった橋口信行(以下「橋口」という。)及び同誌編集長秋元一と面会し、前記「フォーカス」誌の内容を受けて「D’監督との出会いから別離までの愛憎のすべて」という仮題の下、手記を執筆、発表することを承諾していた。しかし、原告は、上記の入院生活中にこれまでの芸能人としての生活とは違う一般的な普通の生活の価値を再確認し、また、原告が芸能人として活動することに反対し、疎遠となっていた両親が見舞いに来てくれたことなどから、芸能界から引退することを決意するに至った。原告は、入院先に原告を訪問した橋口に対し、上記の手記連載がストップしてしまったことをわびたいとの気持ちから面談したが、被告は、その面談の内容などを被告週刊誌同年6月16日号に「Xが病床で初激白!「自殺の全真相をお話しします」」とのタイトルの記事にして掲載した。上記記事には、原告が直撃インタビューに応じて自殺未遂説をきっぱりと否定したこと(しかし、上記記事の結びには、おそらくは原告の無意識の自殺願望が事故を招いたのであるが、原告はあくまでも偶発事故と思いこみたいのであろうかとの感想が記載されている。)、アダルトビデオ女優時代の原告の収入はすべてD’に使われてしまったこと、原告の親子関係が入院後、復活したことなどが書かれていた。また、その後の他誌の記事の中には入院先の病院の「あのかたについては、芸能界から引退している一個人として、本人と家族の意思により、当病院では一切コメントできません。」との応対を掲載したもの(女性セブン同年10月6日・13日合併号)、原告の母親の「もう関係ない暮らしをしていますので、失礼させていただきます。」との応対を掲載したもの(週刊現代同年11月26日号)、原告の父親の「娘は、もうあなたがたマスコミとは縁を切った人間ですから、もう関係ありません。ええ、家にいますよ。今は何もしていません。」との応対を掲載したもの(女性自身平成7年12月26日・平成8年1月1日合併号)などがあった。退院後、原告は一般人としての生活を望み、アダルトビデオやテレビ番組等に出演しておらず、雑誌等の取材に応じていないし、従前のような執筆活動もしていない。
(4) 原告のその後の生活
 原告は、平成6年12月に退院した後、骨折した足のリハビリ等に励んでいたが、平成10年には父が病気になったので、その看病をするようになった。原告の父は、平成11年5月に死亡し、その約1年半後、原告は、専門学校に通うようになった。退院後、原告には、これといった収入はなく、両親からの援助などで生活していた。
2 本件第1記事について
(1) 同@部分について
ア 同記事による原告のプライバシー等の侵害の有無
(ア) 同記事は、アダルトビデオ(前記『愛虐の宴』)撮影終了直後の原告とその当時の交際相手との電話での会話をそれを聞いていたD’の談話という形式で紹介するものである。具体的には、原告が当時の交際相手の男性に電話をかけたが予期せずその電話に女性が出たときの原告の狼狽した状況及び同交際相手を責める原告の言動等が紹介されている。
(イ) 他人に知られたくない私的な事柄をみだりに公表されないという利益については、プライバシーとして法的保護が与えられるべきである。前記のような過去の交際相手との会話の具体的な内容及び予期せぬ人物が交際相手の電話に出たことによって自らが動揺している状況等は、私生活上の事実であり、また、一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であるから、同記事の掲載は、原告のプライバシーを侵害するといえる。
(ウ) また、同記事は、「『愛とセックスは別腹だ』と」という小見出しを設け、前記原告とその交際相手との電話でのやりとりの描写に続けて「その姿を見て、やっぱり女ってのは『愛とセックスは別腹』なんだと。」というD’の意見の表明とみられる部分を掲載することにより、複数の男性と性行為を行うアダルトビデオの撮影直後に、自らの行為は顧みず、交際相手の電話に他の女性が出たことにつき同交際相手を責める原告の態度の二面性を、当時の原告自身のセリフを用いて揶揄する内容となっている。したがって、同記事は、原告の名誉感情をも侵害するといえる。
(エ) 被告は、実際に電話で会話のやりとりが行われた際には、前記アダルトビデオの撮影スタッフが多数その会話を聞いていたから、会話の内容は私事性を否定される、また、「愛とセックスは別腹」という部分については、D’の女性一般についての意見表明にすぎないなどと主張する。
 しかし、前記会話を直接聞いたスタッフが存在したとしてもそれらのスタッフは限られているのであり、被告週刊誌の大多数の読者にとって既に知られた事実とはいえないから、それだけで同記事掲載の事実の私事性が失われるものではない。
 また、「やっぱり女ってのは『愛とセックスは別腹』なんだと。」という表現は、原告の姿を示す「その姿を見て」という表現に続くものであり、女性一般ではなく、原告個人に対してD’が抱いた印象を表現したものであることは明らかといえるから、これを被告主張のように女性一般についての意見表明であるとみることはできない。
イ 原告による性的プライバシーの放棄ないし承諾による違法性阻却との主張について
(ア) 被告は、原告がその著書において、セックスプレイはレストランで食事をすることや社交ダンスをするのと同様に、秘したり恥じらうものではなく自然の振る舞いとして楽しみを享受すべきものであり、また、人間にとって必然的なもので秘め事ではないといった考えを表明していることから、原告には、セックスについてのプライバシーは存在しないか全面的に放棄され、あるいはその侵害に対する包括的承諾があるなどと主張している。
(イ) 確かに、前記第3、1(1)ウのとおり、原告は、その著作の中で、自己を性の表現者と称して、自らのセックス観や性行為の際の状況等を積極的に表現しており、その限度で、自ら性的プライバシーを処分ないし放棄しているともいえる。
 しかしながら、原告がかつてそのようなことをしていたからといって、原告のすべての私的事柄について包括的にプライバシーを放棄したとは認められないし、いつ、いかなる状況の下においても性生活や性行為についての私的事柄を公開されていいとまで同意していたとは認められない。その上、原告は、一般市民として生活しているXは、性表現者Xとは全く違う哲学をもっており、引退を契機に原告はXというものからは離れた旨供述しており、同人は、本件各雑誌が発行されたころには、前記著書を執筆した当時とは異なる価値観を有していたものと認められるのであるから、前記著書の存在をもって原告が本件第1記事の掲載を承諾していたと認めることはできない。
(ウ) また、被告は、原告自身がその著書の中で、「愛なきセックス」は可能であり、それが十分快楽をもたらすことを告白、公表しているのであるから同様の内容が被告週刊誌上で記事にされたからといって原告の名誉感情を侵害するとはいえないと主張している。確かに原告の著書の中には、自らのセックスに対する欲望あるいはアダルトビデオ女優として性にまつわる仕事をしていることについて、過激と取られるような表現であからさまに肯定している部分が多くみられる。しかし、少なくとも、本件第1記事が掲載された当時の上記のような原告の心境、価値観からみると、「やっぱり女ってのは『愛とセックスは別腹』なんだと。」という表現について、原告が同記事掲載時にこれを容認していたと認めることはできない。
(エ) そして、前記のとおり、原告が被告に対して手記の掲載を約束しながら入院後、これを果たしていないこと、その後の他社週刊誌報道も原告両親をはじめ周囲の者からの原告が芸能活動や執筆活動からは離れて、マスコミとは縁を切った旨のコメントを掲載していたこと、本件各雑誌が発行された当時は、原告の執筆活動及びタレント活動の停止から約5年が経過し、原告は、再びマスコミの前に姿を現す気配が全く見られなかったことからすれば、その時点において、原告のこのような価値観の変化は、被告においても認識し、あるいは容易に認識し得るものであったといえる。
(オ) 以上によれば、前記各著作の執筆の事実をもって、原告の性的プライバシーの包括的放棄があったと認めることはできない。また、前記第3、1(2)のとおり、原告は、平成6年ころにはすべての執筆活動及びタレントとしての活動も停止し、本件第1記事の掲載当時には、一般人としての生活をしていたことからすると、前記のような私的事柄の公表を望む理由は見当たらないから、被告週刊誌に被告が原告のプライバシーにかかわる記事を掲載することを承諾していたと認めることもできない。さらに、同著作の内容から原告が本件第1記事を容認し、名誉感情を侵害されていないとも認めることはできない。
(2) 同A部分について
ア 同記事による原告のプライバシー等の侵害の有無
(ア) 同記事は、原告がアダルトビデオに出演した事実が原告の家族の知るところとなり、その結果原告は家族から放逐され、戸籍も独立のものとされた事実及び同事実をD’が原告とともにパスポートの申請に行った際に認識した経緯を示すものである。
 一般的にこのような私人の家族関係、特に家族から同一の戸籍にあることを拒否され独立の戸籍を設けることになった事実等は私生活上の事実であることは明らかであり、一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であるから、同事実を公表する記事の掲載は、原告のプライバシーを侵害するといえる。
(イ) 被告は、当時の原告の家族関係及び戸籍が独立のものとされていた事実は、D’及び仕事仲間の間ではよく知られていたものであるから、同事実は原告のプライバシーに当たらないと主張する。しかし、仕事仲間等に知られていたからといって、雑誌への掲載が許されるほどに同事実の私事性が失われるものではないことは明らかであり、被告の主張には理由がない。
イ 原告の承諾による違法性阻却との主張について
(ア) 被告は、原告が独立の戸籍に属するようになったころ、原告とD’は内縁関係にあり、原告の家族関係及び戸籍の問題は、原告のみならずD’の問題でもあったことから、D’が同事実について雑誌の取材に応え、それが記事となることについて原告は黙示の承諾をしていた等と主張する。
(イ) しかし、前記ア(ア)のとおり、家族関係にかかわる事実、とりわけ戸籍の内容にかかる事実は私事性の強い事柄であるから、内縁関係の相手であるからといって当然にその公表を許諾するとまではいえないし、前記第3、1(2)のとおり、原告は、平成5年1月ころまでにはD’との内縁関係を解消し、本件各記事が掲載された平成11年6月ころにおいては、D’と連絡をとることもなくなっていたというのであるから、原告がD’に対し、前記原告の家族関係ないし戸籍にかかる事実について雑誌の取材に応えること及び同事実を雑誌に掲載することについて承諾を与えていたと認めることはできない。
(3) 同B部分について
ア 同記事による原告のプライバシー侵害の有無
 同記事は、原告とD’との性的関係、原告のセックスに対する個人的な悩みの内容及び同原告の悩みをD’が原告から聞かされた事実を掲載するものである。
 一般的に私人の異性との性的関係、性的な悩みの内容及びその悩みを交際相手に打ち明けた事実が私生活上の事実であることは明らかであり、一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であるから、同事実を公表する記事の掲載は、原告のプライバシーを侵害するといえる。
イ 原告のプライバシーの放棄ないし承諾による違法性阻却との主張について
(ア) 被告は、原告がその著書の中でD’との性的関係及び性交時に自制が効かなくなり、大声を上げることを告白していること及び同記事が原告と内縁関係にあったD’の体験をそのまま掲載したものであることを根拠として、原告によるプライバシーの放棄ないしプライバシー侵害に対する承諾があったと主張している。
(イ) しかし、原告がその著書の中でD’との私的な性生活の詳細まで公表していたとは認め難いし、原告が仕事上のセックスとは別に、私的にセックスに対してどのような感情を抱いていたかまで同著書で示していたとも認め難い。これと前記第3、2(1)イ(イ)のとおり、被告が前記各著書を執筆したことがあるという事実から被告主張のようなプライバシーの包括的放棄ないしプライバシーの公表に対する承諾があったと認めることはできないことを考え合わせると、被告の前記主張は採用できない。
(4) 同記事C部分について
ア 同記事による原告のプライバシー侵害の有無
 同記事は、原告が出演していたアダルトビデオの印象が強かったため、原告が雑誌やテレビの仕事をしていた際に、雑誌の編集長や他のタレントからセクハラ被害を受けた事実を摘示するものである。
 一般的に過去にセクハラ被害を受けたという事実が雑誌に公表されれば、同人が羞恥心を感じたり、同記事の読者がいかなる印象を抱いたかについて不安を抱いたりするものといえる。そのような事実は、職業としてビデオに出演するのとは異なる私生活上の事実であり、一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であるから、同記事の掲載は、原告のプライバシーを侵害するといえる。
 原告は、さらに、同記事は、原告のふしだらな性生活を連想させるものであって、原告が性的にだらしない人物であるとの人格評価を与えるものであるから原告の名誉をも侵害すると主張する。しかし、同記事が摘示する、「出演したアダルトビデオの影響で原告がセクハラ被害を受けた」という事実から、読者が直ちに原告はふしだらな性生活を送っている、あるいは性的にだらしがないという印象を持つとまではいえないので、この点についての原告の主張には理由がない。
イ 原告によるプライバシーの放棄による違法性阻却との主張について
 被告は、原告がその著書において、少女時代に痴漢行為の被害にあったことを詳細に告白しており、そのことからすれば、原告は、セクハラ被害を高度にプライベートでデリケートな事項と認識していないなどと主張し、原告の前記著作の執筆によるプライバシーの放棄を主張するようである。しかし、前記記事の内容は、少女時代に痴漢をされたという事実とは異なる未公開の事実であること、前記第3、2(1)イ(イ)及び同(エ)のとおり、本件第1記事掲載当時、原告は、原告著書執筆時とは異なる価値観を有していたと認められ、そのことは被告においても認識し、あるいは容易に認識し得たこと、前記同(イ)及び同(3)イ(イ)と同様に、前記著書の執筆が当然に原告のプライバシーの包括的放棄とみることはできないことなどを考え合わせると、被告の主張には理由がない。
(5) 同記事D部分について
 同記事による原告のプライバシー侵害、名誉毀損の有無
 同記事は、その前後の文脈も合わせると、原告がD’との同棲生活を解消した約1年半後に、中野区内のビジネスホテルから投身自殺未遂をし、その事実を知ったD’が、原告を保護しなかったことにつき原告の両親に対して腹を立てたという事実を摘示するものである。
 私人の自殺未遂歴及びそれについての家族の関わり等は、同人が通常の一般人である限り、私生活上の事実であり、また、それを知った人に通常否定的な印象を与えるものであるから、一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であり、自殺を図った経歴があるという事実は、通常人の一般的な読み方に従えば社会的評価の低下を招くものということができる。
 前記第3、1(3)のとおり、原告の落下事故については、新聞各紙はもとよりその他のメディアにより報じられ、その中の多くのものが、自殺未遂あるいは自殺未遂騒動などと報じて、原告が自殺を図ったのではないかとの憶測を流していた。したがって、原告が自殺を図ったのではないかとの憶測は、原告が一時、マスコミにおいてもてはやされていたことと相まって、当時、社会の広範囲な人々の間で共有されたものと認められるが、本件第1記事が掲載された当時は、既に上記事故から5年を経過し、原告が芸能活動や執筆活動をやめていたこともあって、人々の関心も薄らぎ、上記憶測についても記憶の中から消えようとしていたと認めるのが相当である。一方、原告は、入院中から自殺を図ったことを一貫して否定しており、前記第3、1(3)のとおり、被告週刊誌編集部デスクの橋口が入院中に原告に面会した内容に基づいて作成された記事においても、原告が自殺未遂説を否定していたことが掲載されていた。したがって、被告は、このような原告の主張内容を知っていたと認められるところ、本件第1記事D部分において、D’の発言を引用しつつ、原告が投身自殺未遂をしたと断定的に事実を適示したと認めるのが相当である。
 以上の事実に照らすと、上記記事は、前記のとおり、社会の関心が沈静化した時期に改めて断定的に原告の自殺未遂という事実を適示し、公開したという点において原告の名誉を毀損し、プライバシーを侵害するものと解するのが相当である。
(6) 本件第1記事全体についてプライバシー侵害に対する正当な社会的関心事であることに基づく違法性阻却の抗弁あるいは名誉毀損に対する公共の利害に関する事実についての真実性、相当性の抗弁が認められるか。
 被告は、本件第1記事は、アダルトビデオについて歴史的に再考察する意図で連載された記事の一部であり、原告及びD’は、前記「SMぽいの好き」の衝撃的かつ画期的な内容で社会的なニュースにもなったこともあり、アダルトビデオの歴史をふり返る際、取り上げるのは不可避にして必須であったこと、原告は、アダルトビデオ界で一時代を画した有名女優であり、その人物像を理解する上で、本件第1記事の内容を掲載することが必要であったことを根拠に、同記事には、公共性があり、かつ同記事掲載には公益目的があると主張する。
 公共の利害に関する事実とは、専らそのことが不特定多数人の利害に関するものであることから、不特定多数人が関心を寄せてしかるべき事実をいうものであって、単なる興味あるいは好奇心の対象となるものを含むものではない。したがって、私人の私生活上の行動については、当該私人の社会的地位ないし活動等が公的なものである場合はともかく、そうでない場合には、特段の事情がない限り、公共の利害に関する事実とはいえないと解すべきである。
 前記第3、1(3)ないし(4)のとおり、原告は、平成6年6月以降、女優ないしタレントとしての活動は一切しておらず、執筆活動も停止して、一般人として生活しており、本件各雑誌発行当時においても、同様の生活をしていた。したがって、原告が女優等の活動をしていたころはともかく、少なくとも本件各雑誌発行当時において、原告がその私生活上の行動につき不特定多数人の利害にかかわるといえるような公的地位を有し、あるいは公的な活動をしていたということはできない。さらに、本件第1記事の内容を見ても、同記事には、「Dが語り尽くす『ダイヤモンドの女優たちA』」という大見出し及び「『愛とセックスは別腹』だと」、「母親や親戚にも紹介した」、「自分を失うことを怖がって…」という小見出しの下、原告がアダルトビデオ女優をしていた当時内縁関係にあったD’による暴露という形態で、いずれも原告の私的事柄に当たる事実が掲載されているにとどまり、そこには被告が主張する同記事掲載の目的に沿うような、原告のアダルトビデオ業界及びテレビ、雑誌等におけるタレントとしての活動についての具体的な内容は記載されていない。したがって、同記事の内容は、読者の興味ないし好奇心の対象となるにすぎないのであり、アダルトビデオについて歴史的に再考察する意図の下、アダルトビデオ界で一時代を画した有名女優である原告の人物像を紹介する上で必要な事実を掲載したものであるから公共性が肯定されるという被告の主張には根拠がない(なお、原告の自殺未遂の事実については、前記第3、2(5)の事実に照らすと、真実であること、あるいは真実であると信じるに足る相当な理由があることについても認められない。)。以上のとおり、本件第1記事に掲載された事実に公共性は認められず、公益を図る目的も認められないから、被告の主張には理由がない。
3 本件第2記事について
(1) 証拠(甲3の1及び2、甲11及び原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件第2記事は、平成11年ころ、かつて原告が出演したアダルトビデオ「SM麗奴」の無修正版が裏ビデオ「破廉恥な女」として発売されたのを契機として、同ビデオの内容の紹介として掲載されたことが認められる。
(2) 同記事によるプライバシーの侵害
 同記事には、原告の性器を含む身体的特徴や原告の性行為の状況が擬音やせりふを交えながら詳細に描写する方法で掲載されている。一般に、性器の形状など秘匿性の高い身体的特徴及び性行為のときの具体的な言動等は、他人に公開することを前提とするものではなく、一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であるから、プライバシーに属するものといえる。したがって、上記裏ビデオの内容を詳細に紹介する中で上記プライバシーに属する事柄を具体的に描写した本件第2記事は、原告のプライバシーを侵害するものと認められる。 被告は、アダルトビデオ出演者にとって作品中の性行為については仕事上
の行為としてプライバシーの要件である「私生活上の事実・情報」に当たらないなどと主張する。しかしながら、後記のとおり、作品中の行為であることにより一定の範囲でのプライバシーの処分ないし公表の承諾が認められることはあり得るが、アダルトビデオ出演の事実だけで、直ちに上記の事柄についての私事性が失われ、あらゆる表現媒体において性器の形状ないし性行為の状況についてあからさまに描写したものを公開することが許されるようになるとまではいえないので、被告の主張には理由がない。
(3) 原告による性的プライバシーの放棄ないし承諾による違法性阻却との主張について
 被告は、原告が、撮影されたビデオフィルムが作品として作成・頒布されることを了承し、その対価として出演料を取得するという出演契約をしたこと及び表ビデオが数年のうちに多数裏ビデオとして流通販売されているのは業界の実情であるから、原告も上記ビデオフィルムが裏ビデオとして流通することを当初から予測していたと主張し、これらのことから、原告には性行為や性器について、表ビデオ、裏ビデオを問わずプライバシーは存在しないか、原告によってその処分がなされているなどと主張する。
 確かに、原告は、アダルトビデオ「SM麗奴」が商品として流通することを前提に同ビデオに出演して性行為の撮影を許しているのであるから、その限度で自らの性的プライバシーを処分し、同ビデオが流通する範囲での公開について承諾しているといえる。
 しかし、証拠(甲11及び原告本人)によれば、少なくとも原告が同ビデオに出演した当時においては、表ビデオが裏ビデオとして流出することは当然の前提ではなかったことが認められ、原告が同ビデオの発表ないし発売を承諾したことをもって、性器の描写等に修正が施されていない裏ビデオである「破廉恥な女」が公表、発売されることについても当然に承諾したと認めることはできない。また、被告週刊誌の流通範囲はアダルトビデオの流通範囲とは異なる。さらに、前記のとおり、本件第2記事が掲載された当時、原告がアダルトビデオ女優ないしタレントとしての活動を停止してから既に5年が経過しており、原告は、一般人としての生活の継続を望んでいたことからみて、このような時期に原告が改めて過去の出演作の内容を詳細かつ露骨に記載した記事の掲載を望むとは到底考えられないから、上記時点においては、もはや過去の同ビデオの公表ないし発売についての原告の承諾をもって本件第2記事の掲載を正当化することはできないというべきである。したがって、原告が表ビデオの出演契約を締結したという事実から、直ちに裏ビデオの内容の紹介記事の違法性が阻却されるということはできない。
 被告は、さらに、原告が著書において裏ビデオを肯定する表現をしたり、性行為・性器を見せることを容認してセックスの私事性を否定しているし、同記事の内容をなす行為についても既に自ら著書で文字による公開をしているから同記事によるプライバシー侵害はないと主張する。確かに、過去の原告の著作において、原告は、過激な表現で原告のセックスの状況や性器について描写をしているし、その表現の内容は、本件第2記事から受ける印象と大きな差を感じさせるものではない。しかしながら、原告の著作は、あくまでもその執筆当時、原告が自らの価値観と判断で上記の事柄を公表したものとしかいえないのであるから、上記事実をもって原告がかつて出演した表ビデオの生テープが裏ビデオとして流出するという事態を容認し、あるいはその内容を自己のあずかり知らぬところで描写記事として公開されることを肯定していたとまでは認められない。また、前記第3、2(1)イ(イ)、同(3)イ(イ)及び同(4)イと同様に、前記著書の執筆をもって当然に原告が包括的にプライバシーを放棄したとみることもできないから、被告の主張には理由がない。
 次に、被告は、公開された映像や演劇、演奏を文章で紹介したり、意見を述べる(批評する)ことは、原則自由であり、アダルトビデオについても同様のことがいえると主張しているが、本件第2記事は、単にビデオにおける性行為の状況や性器の形状などを紹介して読者の好奇心や情欲に応えようとするものにすぎず、正当な論評とはいえない。したがって、被告の上記主張は、その前提を欠く。
 また、被告は、裏ビデオは、既に市場に流出し、販売、公開されているから、それを紹介する週刊誌の記事によって改めてプライバシーが侵害されることはないとも主張しているが、前記のとおり、被告週刊誌の流通範囲はアダルトビデオ、なかんづく裏ビデオの流通範囲と異なるから、上記事実があるからといってプライバシー侵害がないとまではいえず、むしろ本件第2記事は、同ビデオの流出によって生じたプライバシーの侵害を拡大したものというべきである。
 さらに、被告は、本件第2記事の内容のうち、裏ビデオ特有の部分の紹介として違法性を帯びる部分が明らかではないと主張する。しかしながら、同記事には、「男の肉棒を根本まで飲み込んで」、「使い込まれて、複雑に入り組んだ肉壺の口」、「パックリと開いたそこに、男の中指が差し込まれる。親指のイジクリと指ピストンに」、「肉棒がゆっくりと、愛液まみれの肉壺に沈んでいく。」「たちまち、彼女のヨガリ汁で、濡れ光っていく肉棒。」、「ドロドロの肉壺に2本指を突っ込んで」、「指は3本になって、肉壺の底を、激しくかき回している」など、修正の施された表ビデオにおいては描写されない性器そのもの及び性器と接着する部分の描写が含まれている。したがって、本件第2記事は、内容において、表ビデオの紹介と異なることはないという被告の主張には理由がない。
4 本件第1写真及び同第2写真Aについて
(1) 証拠(甲1及び甲2、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
ア 本件第1写真は、昭和62年6月ころ、当時のクリスタル映像のオフィスにおいて、被告週刊誌担当カメラマンが撮影したものであり、その時の説明によれば、同写真は、被告週刊誌に掲載される原告とD’との対談に併せて掲載される予定であるということであった。
イ 本件第2写真Aは、昭和61年8月ころ、D’が撮影したものであり、その時の同人の説明によれば、同写真は、当時発売されたビデオ「SMぽいの好き」の宣伝用にマスコミに対して配布するということであった。
ウ 本件第1写真は、原告がD’と寄り添い、右手を挙げて原告の脇毛を見せている姿を撮影したものであり、同第2写真Aは、下着姿の原告が股を開き右腕を上げて脇毛を見せている姿を撮影したものである。
(2) 人はおよそ自己の容姿をみだりに撮影され、それを公表されない権利である肖像権を有しており、特に本件第1写真のように女性が内縁関係にある異性と寄り添いながら脇毛を見せるという仕草をしている写真や、同第2写真Aのように、下着姿で股を開き、脇毛を見せている写真は、一般的には羞恥心を伴うものであり、その公表により精神的苦痛を受ける可能性が高いということができるから、それらを公表されない利益は大きいといえる。したがって、本人が一度その撮影及び公表に同意した場合においても、本人の同意の範囲の判断に当たっては、慎重に解釈すべきであり、その同意の範囲を超えたものについては、人格的利益を侵害する違法な行為であると評価すべきである。
(3) 前記(1)のとおり、原告は、本件第1写真については、被告雑誌の対談記事に掲載すること、また、本件第2写真Aについては、当時発売されたビデオの販売促進のためマスコミに対して配布するという説明を受け、その前提のもとに撮影に同意していることが認められる。しかし、それ以上にどの範囲で上記写真を再使用することを許諾していたかについては、これを明記した書面等の存在が認められないので、当該使用が承諾の範囲内にあるか否かについては、その使用の形態、使用された媒体、使用された時期などを考慮しながら決するほかない。
 そこで判断するに、確かに前記のとおり、本件第1写真のように脇毛を見せるというポーズは、一般の女性が通常好んで見せるようなものではないが、原告の場合は、アダルトビデオ女優及びテレビタレントとしてマスコミにおいて人気を博していた時代に、脇毛を売り物としていて、広く原告のイメージとして定着していたものであること、脇毛の点を除いてはD’とともに写った通常の肖像写真であること、前記のとおり、本件第1写真は、被告週刊誌に掲載するために、被告週刊誌担当カメラマンによって撮影されたものであり、被告に著作権が帰属することからみて、原告としても被告による再使用を予期し得なかったとまではいえない。また、前記第3、1(2)及び(3)のとおり、原告が平成6年6月以降アダルトビデオ女優ないしタレントとしての活動の一切を停止し、上記写真が掲載された当時には一般人としての生活を継続していたとしても「X」についての正当な範囲内での紹介、論評まで拒否することはできないと考えられる。以上の点を考慮すると、被告による本件第1写真の再使用について原告の承諾が及ばず、違法になるとまで解することはできない。
 一方、本件第2写真Aは、脇毛を見せているにとどまらず、下着姿で股を開いている姿勢を撮影しているという点で、より羞恥心を高める度合が大きいこと、前記のとおり、上記写真の撮影時には当時発売されたビデオ「SMぽいの好き」の宣伝用にマスコミに対して配布するという説明であり、原告においてこの目的を超えて将来にわたり原告の姿を紹介する写真として使用することを予期していたとまでは認め難いこと、上記写真が掲載された当時、原告は、一般人としての生活をしていたことからすれば、撮影の後10年以上が経過した本件第1雑誌発刊時に本件第2写真Aがビデオの宣伝という範囲を超えて上記雑誌に掲載されることは、原告による従前の同意の範囲外にあるというべきである。したがって、本件第2写真Aの掲載は、原告の人格的利益を違法に侵害する不法行為に当たる。
5 本件第2写真B、同第3写真A及びBについて
(1) 証拠(甲11、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件第2写真Bは、「SMぽいの好き」、同第3写真A及びBは、「破廉恥な女」からのいわゆる画撮であり、原告出演のアダルトビデオ映像の1コマを写真として掲載したものであることが認められる。
(2) 本件第2写真Bは、原告の裸体を、同第3写真Aは、原告の裸体及び性行為の状況を、同Bは、性行為の際に目を閉じて口を開けている原告の表情を顕わすものである。これらの写真の公表は、一般的に羞恥心を伴うものであり、それにより精神的苦痛を受ける可能性が高いということができ、それらを公表をされない利益は大きいといえる。したがって、前記第3、4(2)のとおり、本人が一度その公表に同意した場合においても、本人の同意の範囲の判断に当たっては、慎重に解釈すべきであり、その同意の範囲を超えたものについては、上記人格的利益を侵害する違法な行為であると評価すべきであり、この点については、同写真がビデオ映像の画撮であっても変わるところはない。
(3) 前記各写真の内容は、いずれも修正を要する種類の画像ではないので、表ビデオである「SM麗奴」の映像と変わるところはなく、同ビデオについて出演を承諾している原告においては、同画像がビデオの映像として公表されることについての承諾がなされたものといえる。また、ビデオの画撮をそのビデオの紹介のために使用することは、一般的に承認された宣伝方法であるから、ビデオ出演者はその限度でビデオ中の映像が写真として公表されることも認容しているといえる。
 しかし、原告の前記ビデオ出演の事実から前記各写真の公表についての黙示の承諾を推認できるのはこの限度であって、本件各雑誌が発行されたのは「SMぽいの好き」及び「SM麗奴」の公表から10年以上が、原告がアダルトビデオ女優ないしタレントとしての活動を停止してから約5年が経過した平成11年6月ころであり、その掲載の態様をみても、本件第2写真Bは、前記第3、2のとおり、原告の私的事項を公表する内容の本件第1記事に添付される形で掲載され、同第3写真A及びBは、前記同3のとおり、原告がその公表ないし流通に同意したとは認められない「破廉恥な女」の紹介記事である本件第2記事に添付される形で掲載されていることからすれば、原告が本件各雑誌に前記各写真が掲載されることにつき承諾を与えていたと認めることはできない。したがって、前記各写真の掲載も不法行為となる。
6(1) 損害
 以上のとおり、被告による本件各記事の掲載行為及び本件第1写真を除く本件各写真の掲載行為は、不法行為をそれぞれ構成する。そこで、これにより原告が被った損害を検討する。
 本件第1記事は、原告の私的事柄を原告とかつて内縁関係にあったD’が暴露する形で公表するものであり、また、「愛とセックスは別腹」など、侮辱的な表現も用いられ、さらに原告が自殺未遂を図ったなど、真実とは認められない部分も含まれている。本件第2記事は、原告の予期に反して流通した「破廉恥な女」の内容を文字化して紹介するものであり、同ビデオの流通により生じていた原告のプライバシーの侵害を拡大するものといえる。本件各写真は、男性の性的関心ないし好奇心を駆り立てる一方で女性の羞恥感を伴うものである。弁論の全趣旨によれば、本件各雑誌は全国の書店、コンビニエンスストア等に流通し、その発行部数も多数であったと認められ、原告がこれらの記事及び写真の掲載により自らのプライバシーを売り物にされたように感じ、大変傷つき、このような記事の掲載が今後も続くと新しい人生のスタートを切ることができず、不安を感じたと供述していることからすれば、本件各記事及び同各写真の本件各雑誌への掲載により、原告は精神的苦痛を受けたと認めることができる。
 他方で、本件各記事は、原告の実名を用いておらず、原告の現在の私生活を暴露するものではなく、原告がかつては、自己のアダルトビデオ出演作や自己の著書などにおいて自らのセックスについての体験や性行為の状況を積極的に公表していたこと、本件各写真についても、原告がかつて何らかの形で公表を承諾したものをその承諾の範囲を超えて掲載したものにすぎないことなど本件に現れた諸般の事情を考慮すると、原告の前記精神的苦痛を慰謝するためには、200万円の慰謝料の支払をもって相当とすべきである。
(2) 弁護士費用
 さらに、被告による不法行為により、原告が本件訴訟を提起することを余儀なくされ、そのために弁護士に対する委任をしたことは当裁判所に顕著な事実である。そして、本件事案の内容、審理の経過、前記慰謝料の額などに照らすと、被告の不法行為と相当因果関係がある弁護士費用は20万円と認められる。
(3) 遅延損害金
 本件各雑誌の正確な発行日は明らかではないが、そのうち、最後に発行された本件第3雑誌が1999年7月1日号であることからすれば、本件各雑誌は遅くとも同日である平成11年7月1日には発行されていると認められ、同日から被告は、遅延損害金の支払義務を負う。
第4 結語
 以上の検討のとおり、原告の請求は、損害賠償として220万円及びこれに対する平成11年7月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法61条、64条本文を、仮執行の宣言につき同法259条1項を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第48部
 裁判長裁判官 水野邦夫
 裁判官 齊木利夫
 裁判官 早山眞一郎
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