判例全文 line
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【事件名】「別冊宝島」“北朝鮮工作員”事件
【年月日】平成18年5月15日
 東京地裁 平成17年(ワ)第1922号 慰謝料等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成18年3月6日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 大平弘忠
被告 株式会社宝島社
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 芳賀淳


主文
1 被告は、原告に対し、金150万円及びこれに対する平成17年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、金2000万円及びこれに対する平成17年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、別紙1記載の謝罪広告を別紙2記載の条件で1回掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、北朝鮮(「朝鮮民主主義人民共和国」)等との貿易取引を業とする会社を経営する原告が、被告の発行した雑誌の記事において原告は北朝鮮の工作員・スパイ、朝鮮労働党統一戦線部部長代理であるとの事実を摘示され、その名誉を毀損されたと主張して、被告に対し、不法行為に基づいて、損害金(慰謝料)及びこれに対する不法行為後の日(訴状送達の日の翌日)からの民法所定の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、謝罪広告の掲載を求めている事案であり、被告は、北朝鮮の工作員・スパイ、朝鮮労働党統一戦線部部長代理との記述は事実の摘示ではなく意見ないし論評の表明であるなどと主張して争っている。
1 前提事実(特記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は、昭和23年、C(1914年に朝鮮半島で出生したが、後に(昭和23年以前に)帰化によって日本の国籍を取得した者であり、昭和61年に死亡した。)の四男として出生し、以後、日本国内に居住してきた者である。
 原告は、大学卒業後、Cが経営していた北朝鮮等との貿易取引を業とする「D株式会社」で働き(北朝鮮の平壌に駐在していたこともある。)、C死亡後は、その代表取締役を務めてきたが、平成16年2月16日、上記会社とは別に北朝鮮等との貿易取引を業とする「E株式会社(D株式会社と同名)」(本店所在地・東京都新宿区)を設立し、以後、その代表取締役を務めている。
イ 被告は、雑誌・書籍等の発行等を目的とする株式会社であり、「別冊宝島Real」という名称の不定期刊行雑誌を発行している。
(2) 被告による雑誌記事の掲載
 被告は、平成16年12月1日ころ、別紙3のとおりの表紙(「日朝交渉「敗因」の研究」などと題する表紙)の「別冊宝島Real」062(乙第35号証。以下「本件雑誌」という。)を発行して全国の書店等を通じて頒布したが、その「北朝鮮謀略外交のシナリオ」と題する章の中に「北朝鮮エージェント外伝「A」と「F」、日朝交渉を水面下で操る二人の大物工作員」などという見出しの記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。本件記事中、原告に関する部分は別紙4のとおりである。
 なお、本件記事は、Gが本件雑誌の編者であるHの依頼を受けて執筆したものである(証人G)。
(3) 日本と北朝鮮(以下「日朝」ということがある。)の関係等(アないしケは、いずれも公知の事実。なお、役職は、いずれも当時のものであり、「議員」とあるのは国会議員を指す(以下同じ。)。)
ア 日朝間には未だ国交が樹立されていない。
イ 平成2年9月、金丸信議員(自民党)及び田辺誠議員(社会党)ら(以下「金丸訪朝団」という。)が、北朝鮮を訪れて、日朝の早期国交樹立のための政府間交渉を開始することなどを内容とする3党(自民党、社会党及び朝鮮労働党)共同宣言に署名した。
 平成3年1月から日朝国交正常化交渉が行われたが、平成4年11月の第8回交渉をもって交渉は中断された。
ウ 平成7年3月、渡辺美智雄議員を団長とする連立与党3党(自民、社会、さきがけ)の訪朝団(以下「渡辺訪朝団」という。)が北朝鮮を訪れた。同年5月、北朝鮮の使節団がコメ支援要請のために来日した。
 日本政府は、北朝鮮に対し、平成7年6月に30万トン、同年10月に20万トンのコメ支援をした。
エ 平成11年12月、村山富市議員を団長とする超党派の政党代表団が、北朝鮮を訪れて、両国政府に国交正常化交渉の早期再開を促すことに合意した。
 平成12年4月、日朝国交正常化交渉が再開されたが、同年10月の第11回交渉をもって交渉は中断された。
 日本政府は、北朝鮮に対し、同年3月に10万トン、同年12月に50万トンのコメ支援をした。
オ 平成14年9月17日、小泉純一郎首相が、北朝鮮を訪れて、金正日国防委員長(朝鮮労働党総書記)と会談し(第1回日朝首脳会談)、日朝平壌宣言に署名した。
 その際、金正日国防委員長は、いわゆる日本人拉致事件につき、「特殊機関の一部が英雄主義に走ってこういうことを行ってきた。」などと述べて、北朝鮮が日本人拉致事件を犯したことを初めて認めた。
カ 平成14年10月、いわゆる拉致被害者5名が帰国した。
 日本政府は、これら拉致被害者が、北朝鮮に残してきた家族も含めて自由な意思決定を行い得る環境の設定が必要であるとの判断の下、同月24日、5名の拉致被害者が日本に引き続き残ることとし、また、北朝鮮に対して、北朝鮮に残っている家族の安全確保及び帰国日程の早急な確定を強く求める方針を発表した。その後、これら家族の帰国及び安否不明の拉致被害者に関する真相究明が日朝間の重大な懸案となり、協議されてきた。
キ 平成15年12月、平沢勝栄議員らが、中国の北京において、日本人拉致事件について北朝鮮との間で交渉する会談(以下「北京会談」という。)を行った。
ク 平成16年4月、平沢勝栄議員及び山崎拓元議員らが、中国の大連において、北朝鮮との間で会談(以下「大連会談」という。)を行った。
ケ 平成16年5月22日、小泉純一郎首相が、再び北朝鮮を訪れて、金正日国防委員長と会談し(第2回日朝首脳会談)、上記5名の拉致被害者の家族のうち5名が帰国した。
コ なお、北朝鮮の朝鮮労働党には統一戦線部という部署があるところ、その統一戦線部については、本件雑誌の発行当時、「朝鮮労働党の工作機関の一つで、対韓国工作のほか、在日本朝鮮人総連合会の監督、指示などを任務にしているとされる」などとする新聞等の報道がされていたし、本件雑誌にも同旨の記述がされている(甲11の5、乙35、弁論の全趣旨)。
(4) 日朝交渉等への原告の関与(甲12、原告本人及び弁論の全趣旨)
ア 金丸訪朝団について
 平成2年9月の金丸訪朝団の訪朝に先立って、同年3月、その事前協議がパリで行われたところ、原告は、その事前協議について、北朝鮮の幹部と連絡を取るなどしてお膳立てをするとともに、日本の外務省の幹部を案内した。
イ 渡辺訪朝団等について
 平成7年3月の渡辺訪朝団の訪朝に先立って、同年2月、その事前協議がシンガポールで行われたところ、原告は、北朝鮮の幹部と連絡を取るなどしてその事前協議のお膳立てをするとともに、渡辺訪朝団の訪朝にも同行した。なお、原告は、その同行の際、「衆議院議員I事務所A」という名刺を持参していた。
 また、同年5月に北朝鮮の使節団がコメ支援の要請のために来日した際、原告は、同使節団を京都市内のホテルで出迎えた。
 なお、原告は、そのころ、I議員の面前で朝鮮労働党統一戦線部の幹部に直接電話をしたこともあった。
ウ 北京会談及び大連会談について
 平成15年12月の北京会談及び平成16年4月の大連会談について、原告は、北朝鮮の幹部と連絡を取るなどしてその会談のお膳立てをするとともに、自身もその会談の場に出席した。
エ なお、原告は、韓国の大手財閥「現代グループ」のJ名誉会長を北朝鮮に案内したり、韓国の金大中大統領の側近であるK・青瓦台大統領官秘書室長と北朝鮮担当者との北京での会談のお膳立てをしたこともある。
 また、原告は、L(元朝日新聞ソウル支局長)及び日本の外務省の高官と日朝問題について意見交換をする会を持っていたことがある。
(5) 本件雑誌発行前における原告に関する雑誌記事等(各項に掲げる証拠及び弁論の全趣旨)
ア 朝鮮半島をめぐる諸問題の調査・研究をする「現代コリア研究所」の所長及びその機関誌「現代コリア」の主幹を務めるとともに「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(以下「救う会」という。)の会長を務めるMは、主に「現代コリア」の記事中あるいは講演で、原告のことについて、「北朝鮮の工作員」、「朝鮮労働党工作員、と言って悪ければ、労働党の利益を図るため日本で活動している」、「(朝鮮労働党統一戦線部部長である)N氏の下で、対日、対南工作(北朝鮮が韓国を赤化統一するための活動)の任務をもって活動している」、「拉致を取り扱った「3号庁舎」の統一戦線部部長代理であり、父親は朝鮮労働党の工作員」などという記述あるいは発言を何度かしていた(乙1、2の1・2、20、25、26、27の1・2、32、証人M)。
 また、「現代コリア」の編集長を務めるとともに救う会の副会長を務めるOも、主に「現代コリア」の記事中で、原告のことについて、「北朝鮮のスパイ」、「(北京会談に)同席していた向こう側のエージェント」などと記述していた(乙3、19)。
イ そのほかにも、週刊誌等に、原告のことについて、「在日エージェント」、「北朝鮮担当の公安官たちがマークする大物エージェント」、「いわば北朝鮮の利益代弁者とも取れる人物」、「北朝鮮の密使」などと記述する記事が掲載されていた(乙7、13、18、22)。なお、その中には、目隠し付きではあるが原告の写真を掲載したものもあった(乙22)。
ウ 北京会談の直後の平成16年1月28日、P内閣官房参与が、講演会で、北京会談に「ブローカー二人が同席した」と原告の実名を挙げながら指摘した上、原告のことについて、間接的に聞いた情報と断った上で「父親は非常に優れた北朝鮮工作員だったと伝えられている。本人もこれまでの日本と北朝鮮とのいろいろな動きにすべてかかわっていると言っても間違いない」などと述べた(乙8)。
エ 原告は、上記アないしウの記事等に対し、特に抗議するなどのことはしなかった。
2 原告の主張
(1) 本件記事は、原告が北朝鮮の工作員・スパイ(北朝鮮からの秘密の命令に基づいて、北朝鮮の利益のために、非合法手段を用いるなどして秘密裏に他国(日本)の情報収集や破壊活動等を行う者)、朝鮮労働党統一戦線部部長代理(朝鮮労働党の工作員を養成する機関(あるいは工作員を指揮監督したり工作員に秘密の任務を命ずる機関)の幹部)であるとの事実を摘示するものである。
 本件雑誌に上記のような事実を摘示する本件記事が掲載されたことによって、原告の社会的評価が低下した(名誉が毀損された。)。
(2) 原告は、上記のように名誉を毀損されたことによって、多大な精神的苦痛を受けた。すなわち、原告は、日朝間において、国交がなく、話し合いのルートがなかなか見つからないという状況の下で、日本の国会議員や外務省の幹部から協力を求められて、日朝国交正常化や日本人拉致事件の解決という日本国の利益のために、北朝鮮との橋渡しをしていたものであるにもかかわらず、上記のような虚偽の事実を摘示されることによって、多大な精神的苦痛を受けた。
 これを慰謝するに足りる額は、2000万円を下らない。
 また、その名誉の回復のためには、金銭賠償のみでは足りず、謝罪広告の掲載も必要である。
3 被告の主張
(1) 事実の摘示ではなく意見ないし論評の表明であることについて
 本件記事中の「工作員」、「スパイ」、「朝鮮労働党統一戦線部(3号庁舎)部長代理」との記述は、事実を摘示するものではなく、本件記事中に記述された原告に関する事実を基礎とする意見ないし論評(原告の行動に対する評価)の表明である。
 すなわち、本件雑誌は、その表紙(別紙3)の表題及び副題並びに冒頭の「INTRODUCTION」(「本書は、第二回日朝首脳会談をもって日本の対北朝鮮外交を敗北と位置づけ、その敗因をあらゆる角度から分析・検証してみようと試みたものである。今度こそ、負けるわけにはいかないのだ。」などというもの)からして明らかなように、日朝交渉において日本が敗北しているという評価を前提にして、日本の利益を守りたいという立場で編集されたものであり、それゆえにこそ、本件雑誌中の各記事には、日朝交渉の関係者に対して、例えば、Q議員につき「転向」、小泉純一郎首相につき「金正日の使い走り」、朝日新聞につき「北朝鮮のポチ」などと批判的な評価をする記述が随所に見られるのであって、本件記事中の「工作員」等の記述も、これらの批判的な評価の記述と同様に、日朝交渉に係る原告の行動(原告が日朝交渉で果たした役割)に対する批判的な評価の記述である。なお、本件記事中の「工作員」とは、「ある目的のために、計画的な働きかけを行う」者(岩波国語辞典)という意味である。
 そもそも、本件雑誌は、定価1260円と比較的高額であり、その発行部数は約2万6000部と少ない上に、実際に売れた部数はわずか8000部程度であるから、一般の人が本件雑誌を偶然に購入することは考え難く、その読者は、北朝鮮問題に関心があり、それに関する理解及び批判能力を有している者であると考えられる。そのような読者であれば、本件記事中の「工作員」等の記述が上記のような評価の記述であることは容易に読み取ることができる(一般の読者が一応中立とされている一般新聞や一般雑誌の記事を読むのとは、異なる。)。
 特に、「朝鮮労働党統一戦線部(3号庁舎)部長代理」との記述についてみると、@カギ括弧付きで記述されている(日本語の文章において、カギ括弧は当該表現に皮肉を含めたある種の観点を込めるという効果があるところ、本件記事において、他の役職名にはカギ括弧が付けられていない。)こと、A北朝鮮には統一戦線部部長代理という職も職名もないこと(朝鮮語の用法からして、「部長代理」という用語はなく、「副部長」である。)こと、B「(3号庁舎)」という場所が挿入されており、正規の肩書とは考えられないことからして、事実の摘示ではなく評価であることが明らかであり、原告が、北朝鮮の絶大な信頼を背景に、対日工作機関である統一戦線部の部長Nの仕事を肩代わりし、あたかも同人に成り代わって日本における政界工作を行っているという意味合いで、原告に対する評価を記述したものである。
(2) 社会的評価の低下について
 本件雑誌の発行当時には、既に、本件記事中に記述された事実関係については多数の報道等がされていたし、前記前提事実(5)のとおりでもあったから、原告については一定の社会的評価が生じていたといえるのであり、したがって、本件記事の掲載によって原告の社会的評価が低下したとはいえない。
(3) 違法性・責任の阻却
 仮に本件記事の掲載が原告の社会的評価を低下させた(原告の名誉を毀損した。)といえるとしても、以下のとおりであるから、違法性又は責任が阻却される。
ア 公共の利害、公益目的
 本件記事は、日朝交渉の敗因の分析、検証をするために、その交渉に関与した原告について、その関与の態様や素性を記述したものである。したがって、本件記事の掲載は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったものといえる。
イ 意見ないし論評の前提としている事実についての真実性
 本件記事中の北朝鮮の工作員、スパイ、朝鮮労働党統一戦線部部長代理との記述は、上記のとおり、本件記事中に記述された原告に関する事実を基礎とする意見ないし論評(原告の行動に対する評価)の表明であるところ、その事実は、前記前提事実からしても分かるとおり、真実である。
ウ 意見ないし論評(原告の行動に対する評価)の相当性
 本件記事中に記述された事実があったこと及び前記前提事実(4)、(5)のとおりであったことのほか、以下のような諸点をも考慮すると、原告のことを北朝鮮の工作員、スパイ、朝鮮労働党統一戦線部部長代理と評価したのは相当である。
@ 原告が関与した日朝交渉(平成7年のコメ支援、平成15年の北京会談、平成16年の大連会談など)は、いずれも、北朝鮮の金正日政権を利する結果、あるいは北朝鮮に有利に働く結果になった。
 このことからすれば、原告が北朝鮮を利する動機、意図を持ってそれらに関与したということができる。
 なお、原告は、北京会談において、帰国していた拉致被害者がその家族を平壌の空港に迎えに行くということを提案した。また、平成8年6月の衆議院金融問題特別委員会において、I議員は、北朝鮮に対するコメ支援に係る原告の関与について、「北朝鮮との国交がない中で、チャンネルとしているのは、朝鮮総連とAという人だった。私は、コメ問題をやることになって、初めてAという人を知った。渡辺美智雄氏を団長とする訪朝団の段取り等についていろいろ知識を得たりした。その人に約三、四か月、いろいろ事務処理をお手伝いいただいた」と述べた。
A 原告がI議員の面前で直接電話をした相手は、朝鮮労働党統一戦線部部長のNであった。原告は、それ以外にも、朝鮮労働党の最高幹部や北朝鮮外務省の高官に直接話を繋ぐことができた。
B 原告が平成16年に設立した「E株式会社」の設立日(2月16日)及び本店所在地の地番の数字は、金正日の誕生日(2月16日)の数字と一致する。
第3 当裁判所の判断
1 事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評の表明による名誉毀損
 本件のような雑誌記事による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものである。ところで、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される。一方、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきであり、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば、その故意又は過失は否定される。
 上記のとおり、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかによって、名誉毀損に係る不法行為責任の成否に関する要件が異なるため、当該表現がいずれの範疇に属するかを判別することが必要となるが、当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当であり、上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは、意見ないし論評の表明に属するというべきである。そして、上記のように当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものと理解されるかどうかについては、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に、そこに用いられている語の通常の意味に従っての理解を出発点としつつ、当該部分の前後の文脈や記事の公表当時に上記読者が有していた知識ないし経験等を考慮して判断すべきものである。
 (以上につき、最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁、最高裁平成10年1月30日第二小法廷判決・裁判集民事187号1頁、最高裁平成16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号1615頁参照)
2 上記の見地に立って、本件記事が原告主張のような事実を摘示するものであるか否かについて検討する。
(1) 本件記事は、前記のとおり「北朝鮮謀略外交のシナリオ」という章の中にあって、別紙4のとおり、「「A」と「F」、日朝交渉を水面下で操る二人の大物工作員」、「政治家、外交官、公安関係者、財界人、ジャーナリスト・par ・u65381 ・・u65381 ・・。過去、何人もの人間が北朝鮮の工作員に取り込まれ、籠絡されていった。彼らはなぜスパイとなったのか?そしてその背景は・・・・・・?」という見出しの下に、「親子二代にわたる優秀な「固定間諜(スパイ)」と言われる。長きにわたり決して表だった動きを見せず、粛々と任務を遂行するその姿は、まさにプロ中のプロ。「朝鮮労働党統一戦線部(3号庁舎)部長代理」とはかくあるべし・・・・・・それがAである。」、「普通、工作員の名前が世間でクローズアップされたら、それは「ヘタを打った」ことを意味する。だが、彼の名は国内の政治家の間ではすでに認知されていた。」、「Aの「工作員」ぶりは、実に見事である。」、「Cのもうひとつの顔、それは北朝鮮工作員だった。(中略)Cの跡を継いだのが三男のAだ。(中略)北朝鮮にとって、Aは信頼できる工作員二世である」、「口の軽い≠qとの邂逅が、大物北朝鮮工作員・Aの運の尽きであった」などと記述しているのであって、原告のことを北朝鮮の工作員、スパイ、朝鮮労働党統一戦線部部長代理と指摘していることが明らかである(このこと自体については被告も特に争ってはおらず、被告は、北朝鮮の工作員、スパイ、朝鮮労働党統一戦線部部長代理との指摘は事実を摘示するものではなく意見ないし論評(原告の行動に対する評価)の表明であると主張するものである。)。
(2) しかして、「工作員」とは、通常、「情報の収集、スパイ活動の防止その他秘密の活動をする人」とか「諜報活動など隠密裏の活動をする人」などという意味に理解されており(なお、被告主張の如く「ある目的のために、計画的な働きかけを行う」ことと理解されているのは、「工作」の意味としてである。)、また、「スパイ」とは、通常、「こっそりと敵・相手の様子をさぐる人」とか「相手の集団の中に入り込んで、その秘密をさぐる人」などという意味に理解されている。
 そして、「北朝鮮の工作員」という語の意味につき、本件雑誌の発行当時において一般の国民がどのように理解していたかについてみると、次のとおりである。すなわち、前記のとおり、平成14年9月の日朝首脳会談(第1回)において、北朝鮮の金正日国防委員長(朝鮮労働党総書記)が、「特殊機関の一部が英雄主義に走ってこういうことを行ってきた。」などと述べて、北朝鮮が日本人拉致事件を犯したことを認めたという状況の下、本件雑誌の発行当時、一般の新聞等のマスコミにおいて、日本人拉致事件は「北朝鮮工作員」による犯行である旨の報道がされていた(公知の事実。例えば、証拠(甲10の6)によると、平成15年1月9日の新聞では、「日本人拉致の直接の容疑で、警視庁は初めて北朝鮮工作員の逮捕状をとった。」などと報道していたことが認められる。)ばかりでなく、証拠(甲11の1ないし5)及び弁論の全趣旨によれば、平成11年3月、能登半島沖で不審船が発見され、海上保安庁の巡視船や海上自衛隊の護衛艦が警告射撃をしつつ追跡したが、結局追尾を断念したという事件があり、また、平成13年12月、奄美大島の北西の日本の排他的経済水域内で国籍不明の不審船が発見され、不審船は海上保安庁の巡視船の停船命令を無視して逃走したため、巡視船が船体射撃を行ったが、不審船から巡視船に向けて銃撃があり、その後、不審船は沈没したという事件があったところ、当時の一般の新聞等のマスコミにおいて、それらの不審船は「北朝鮮工作員」が乗り組んだ「北朝鮮工作船」である可能性が高い旨の報道がされていたこと、平成15年1月、「万景峰号スパイ活動」との見出しの下に、在日本朝鮮人総連合会の元幹部の男が、北朝鮮の不定期貨客船「万景峰」号の船長を通じ、本国からの工作指令文書を受け取り、日本国内で対韓国の工作活動を行っていたことが警視庁公安部の調べで明らかになったとして、「男は、朝鮮労働党統一戦線部所属の工作員で、東京都内の自宅などから、工作活動の実態を示す文書も押収された。(中略)男は、他人名義で外国人登録を行っていたことから、公安部は近く、公正証書原本不実記載などの疑いで書類送検する。」などとする新聞報道がされたことが認められるのであり、本件雑誌の発行当時において、一般の国民は、「北朝鮮の工作員」とは、北朝鮮(その政府ないし朝鮮労働党の機関)からの秘密の命令に基づいて違法行為をも含む各種の工作活動を行う者という意味に理解していたものと解される。
 また、前記のとおり、本件雑誌の発行当時、「朝鮮労働党統一戦線部」とは、朝鮮労働党の工作機関の一つであるとされているとの新聞等の報道がされていたし、本件雑誌中にも同旨の記述がされている。
(3) 上記(1)のとおり本件記事は原告を「北朝鮮の工作員」等であると指摘しているところ、上記(2)のとおりであることのほか、「過去、何人もの人間が北朝鮮の工作員に取り込まれ、籠絡されていった。」、「長きにわたり決して表だった動きを見せず、粛々と任務を遂行する」、「Aが日朝外交当局者間での水面下交渉を初めてセッティングしたのは、一九九〇年の金丸訪朝団へと繋がる、パリでの秘密交渉だった。その後は、九五年の対北コメ支援にも関与。」、「そして、極めつけは小泉首相再訪朝の布石となった、今年四月の大連会談である。S、Q、謎のジャーナリストT女史とともに会談に臨んだのが、他でもないAであった。」、「これまでAは、I、U、Vを使って北に約一七〇万トンの米を支援させたと言われている。」、「そもそもCの日本への帰化自体が「金日成の特命だった」という情報さえ流れている」などとも記述している本件記事全体の内容を考慮すると、本件記事は、原告が北朝鮮(その政府ないし朝鮮労働党の機関)からの秘密の命令に基づいて北朝鮮の利益のために日本の国会議員等に働きかけるなどの工作活動をする幹部工作員であると主張するものであると解される。そして、そのような工作員であるということは、証拠等(間接事実による推認を含む。)をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項であることが明らかであるから、結局、本件記事は、原告が上記のような工作員であるとの事実(以下「本件摘示事実」という。)を摘示するものであるというべきである。
 この点に関し、被告は、「北朝鮮の工作員」等の表現は、原告が日朝交渉で果たした役割に対する批判的な評価であり、本件雑誌の他の記事中に記述されている「転向」、「金正日の使い走り」、「北朝鮮のポチ」などと同様である旨主張する。しかしながら、「転向」、「金正日の使い走り」、「北朝鮮のポチ」が証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪等についての批評であるのに対し、上記のような工作員であるということは証拠等をもってその存否を決することが可能であるから、両者を同視することはできず、上記主張は採用することができない。また、被告は、本件雑誌の読者層が、北朝鮮問題に関心があり、それに関する理解及び批判能力を有する者であるとして、そのような読者であれば、本件記事中の「北朝鮮の工作員」等の記述が上記のような評価であることを容易に読み取れる旨主張するが、被告主張のような読者であっても、上記のような工作員であるとの事実(証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項)を摘示しているものと理解することに変わりはなく、この主張も採用することができない。
 なお、原告は、本件記事中の「北朝鮮の工作員」につき、上記認定の限度を超えて、非合法手段を用いるとか破壊活動をするという意味も含まれる旨主張するが、本件記事中には、原告が非合法手段を用いたとか破壊活動をしたなどということを窺わせる記述は全くないのであって、その主張は採用することができない。
3 本件記事の掲載による原告の社会的評価の低下
(1) 原告が日本人であることに鑑みると、本件摘示事実(原告が北朝鮮からの秘密の命令に基づいて北朝鮮の利益のために日本の国会議員等に働きかける幹部工作員であるという事実)を摘示する本件記事が掲載されたことによって原告の社会的評価が低下したことは明らかである。
(2) この点について、被告は、前記前提事実(5)のとおりであったことを根拠にして、原告については、本件記事の掲載当時において、既に、本件記事によるのと同等の社会的評価が定着していた(したがって、本件記事の掲載によって原告の社会的評価が低下したとはいえない。)かのように主張する。
 しかしながら、前記前提事実(5)のとおりであったことから直ちに、原告について本件摘示事実のとおりであるとの社会的評価が定着していたとはいえない。
すなわち、前記前提事実(5)ア掲記の記述ないし発言(「現代コリア研究所」関係者による主に「現代コリア」誌上でのもの)は、本件とほぼ同様に、原告のことを「北朝鮮の工作員」等と指摘するものであるといえるが、同ウの発言は、本件のように原告のことを「北朝鮮の工作員」等と指摘するものとはいえないし、同イの記述も、同項掲記の証拠によれば、本件のように原告のことを「北朝鮮の工作員」等と指摘するまでのものではないと認められ、また、本件全証拠を検討してみても、本件雑誌の発行時までに、世間に広く知られている一般の新聞や雑誌等のマスコミ等において本件のように原告のことを「北朝鮮の工作員」などと指摘するものがあったと認めるに足りる証拠もないところであるから、原告について本件摘示事実のとおりであるとの社会的評価が定着していたとは到底いうことができない。
 したがって、被告の主張は採用することができない。
4 違法阻却事由、責任阻却事由について
(1) 本件のような事実を摘示しての名誉毀損における違法阻却事由、責任阻却事由については、上記1に判示したとおりである。
 しかして、本件摘示事実の摘示について違法性が阻却され、又は責任が阻却されるためには、少なくとも、原告が北朝鮮(その政府ないし朝鮮労働党の機関)からの命令に基づいて活動する者であることについて、真実であることの証明があるか、又は被告においてこれを真実と信ずるについて相当の理由があるというのでなければならない。
 しかしながら、真実であることについての主張はない。なお、原告が北朝鮮からの命令に基づいて活動する者であることについては、これを認めるに足りる直接証拠がないことはもとより、後記(2)の相当性の判断において検討する諸事実によってはこれを推認するに足りず、他に、本件全証拠を検討してみても、これを推認することができるだけの事実を認めるに足りない。
 また、被告においてこれを真実と信ずるについて相当の理由があるということもできないことは、次項のとおりである(なお、被告は、これを真実と信ずるについて相当の理由があるということを明確に主張しているわけではないが、前記第2の3(被告の主張)(3)ウにおいて主張するところは、上記相当の理由があるということを主張するものと解することができないではないので、次項において検討することとする。)。
(2) 被告において原告が北朝鮮からの命令に基づいて活動する者であることを信ずるについて相当の理由があったといえるか否かについて検討する。
 前記前提事実(1)ア、(3)、(4)の各事実によれば、原告につき、北朝鮮(その政府ないし朝鮮労働党)の幹部との間でいわゆる太いパイプを持つ人物であると信ずるについては、相当な理由があるということができるが、上記各事実のほか、本件記事中に記述された事実(ただし、もとより原告のことを「工作員」、「スパイ」、「朝鮮労働党統一戦線部部長代理」と指摘する部分を除く。)及び被告が前記第2の3(被告の主張)(3)ウの@ないしBにおいて主張する事実(ただし、@のうち「このことからすれば、原告が北朝鮮を利する動機、意図を持ってそれらに関与したということができる。」という部分は除く。)を総合しても、原告につき、上記のような人物であるということを超えて、北朝鮮からの命令に基づいて活動する者であると信ずるについて、相当な理由があるということはできない。
 なぜなら、上記各事実は、原告主張の如く「原告は、日朝間において、国交がなく、話し合いのルートがなかなか見つからないという状況の下で、日本の国会議員や外務省の幹部から協力を求められて、日朝国交正常化や日本人拉致事件の解決という日本国の利益のために、北朝鮮との橋渡しをしていたものである。」ということと、決して矛盾するものではなく、両立し得るものであるところ、原告が関与した日朝交渉(金丸訪朝団の件、渡辺訪朝団の件(コメ支援の件)、北京会談及び大連会談の件)の日本側の担当者ないし関係者である国会議員等において、原告から先行的、積極的に働きかけがあったなどと発言したことがあったと認めるに足りる証拠はなく、かえって、証拠(乙5)によれば、I議員は、渡辺訪朝団の件及びコメ支援の件に関し、衆議院の委員会において、「北朝鮮との国交がない中で、チャンネルとしているのは、朝鮮総連とAという人だった。私は、コメ問題をやることになって、初めてAという人を知った。渡辺美智雄氏を団長とする訪朝団の段取り等についていろいろ知識を得たりした。その人に約三、四か月、いろいろ事務処理をお手伝いいただいた」などと、原告に世話になった旨を述べたことが認められるところであるから、他に何らかの有力な裏付け資料がない限り、北朝鮮からの命令に基づいて活動する者であると信ずるについて相当な理由があるとはいえないというべきである。しかるに、証拠(乙33、証人G)及び弁論の全趣旨によれば、Gは、本件記事の執筆に際し、原告のことについて触れた雑誌や週刊誌等の記事等を調査した程度で、例えば上記の日本側の担当者ないし関係者である国会議員等に質問するなどの上記裏付け資料の収集は全く行わず、そのことは被告においても同様であったことが認められるのである。
 なお、前記前提事実(5)エの事実(原告が同アないしウのような記述等に対して特に抗議しなかったこと)についてみても、上記3(2)に判示したような事情もあったのであるから、少なくとも、特に抗議しなかった理由について原告に質問するなどの取材を経ない限り、上記相当性を裏付ける資料とみることはできない。
(3) 以上のとおりであるから、本件については、その余の点について判断するまでもなく、違法性阻却事由、責任阻却事由があると認めることはできない。
5 損害等について
(1) 慰謝料について
 原告が、本件摘示事実の摘示によりその名誉を毀損されたことによって、多大な精神的苦痛を受けたであろうことは、容易に推認される。
 その精神的苦痛を慰謝するに足りる額については、これまでに判示した諸般の事情のほか、本件雑誌の発行部数が、約2万6000部(実売部数は平成17年11月時点で8200部余)で、主要な新聞や週刊誌等のそれと比べてかなり少ないこと(この点は弁論の全趣旨によって認める。)をも考慮すると、150万円をもって相当と認める。
(2) 謝罪広告について
 上記のような発行部数の点を含む諸般の事情のほか、本件の名誉毀損により今なお原告の社会生活等に著しい支障が生じていると認めるに足りる的確な証拠がないことも考慮すると、上記慰謝料の支払のほかに原告の名誉の回復のために謝罪広告の掲載を命ずるまでの必要性は認めない。
6 以上の次第で、原告の請求は、150万円及びこれに対する平成17年2月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法64条本文、61条を、仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第14部
 裁判長裁判官貝 阿彌誠
 裁判官 片野正樹
 裁判官 西田祥平


(別紙1)
 東京都北区
 A 殿
 東京都千代田区一番町25番地
 株式会社宝島社
 上記編集長W
 同編者H
 2004年12月1日発行の別冊宝島・Real・062に「究極の“破産国家”になぜ負けた?北朝鮮利権の真相2・日朝交渉『敗因』の研究」と題して発表した記事のうち、貴殿に対する部分について、確固たる証拠もないのに虚偽な記事を掲載し、貴殿の名誉を毀損し多大な迷惑をかけたことについて衷心よりお詫び申し上げます。上記記事は事実無根であること、当社の不用意な文言記述掲載でここに謹んで謝罪します。

(別紙2)
1 掲載すべき媒体
 株式会社読売新聞社(東京都千代田区大手町一丁目7番1号)が発行する読売新聞全国版の社会面広告欄
2 大きさ
 7cm×2段
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/