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【事件名】筋トレ理論名「初動負荷」の無断使用事件(2)
【年月日】平成18年4月26日
 大阪高裁 平成17年(ネ)第2410号 著作権侵害差止等請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成16年(ワ)第5130号)
 (口頭弁論終結の日 平成18年3月3日)

判決
控訴人(1審原告) A(以下「控訴人A」という。)
控訴人(1審原告) 株式会社ワールドウイングエンタープライズ(以下「控訴人会社」という。)
同代表者 代表取締役A
控訴人ら訴訟代理人弁護士 上原理子
同 上原健嗣
被控訴人(1審被告) 株式会社ゴルフダイジェスト社(以下「被控訴人会社」という。)
同代表者 代表取締役X
同訴訟代理人弁護士 丹羽一彦
同 萩原唯考
同 森嶋裕子
被控訴人(1審被告) B(以下「被控訴人B」という。)
同訴訟代理人弁護士 石渡進介


主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴人らの当審における新請求をいずれも棄却する。
3 当審における訴訟費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由
第1 申立て
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、控訴人Aに対して、連帯して550万円及びこれに対する平成15年11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らは、控訴人会社に対して、連帯して550万円及びこれに対する平成15年11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人らは、控訴人らのために、別紙記載の謝罪広告を、標題は12ポイント活字、その余は8ポイント活字をもって、被控訴人会社の発行にかかる週刊ゴルフダイジェスト誌に1回掲載せよ。
5 被控訴人会社は、その発行にかかる平成15年11月1日付け発行の雑誌「チョイス」11月号を販売してはならない。
6 被控訴人会社は、その発行にかかる平成15年11月1日付け発行の雑誌「チョイス」11月号をすべて廃棄せよ。
7 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
8 第2、3項につき仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は、「初動負荷理論」と称するトレーニング理論を開発したスポーツトレーナーである控訴人A及び同人の経営する株式会社である控訴人会社が、被控訴人会社発行の雑誌「チョイス」に掲載された被控訴人B解説の記事(本件記事)は、@控訴人Aの著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害し、A控訴人らの周知商品等表示に対する混同行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当し、B控訴人A・被控訴人会社間の執筆契約の附随義務の債務不履行に該当し、C控訴人らの名誉・信用を毀損する不法行為に該当すると主張して、損害賠償の支払、謝罪広告の掲載、雑誌「チョイス」の販売差止め、回収及び廃棄を求めた事案である。
 原審は、控訴人らの請求をいずれも棄却したため、控訴人らが本件控訴を提起し、当審において、著作権(複製権)侵害、不正競争防止法違反及び債務不履行の主張を撤回するとともに、著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権及び名誉声望保持権)侵害の主張を追加した。
2 前提事実
 当事者間に争いがない事実並びに各項に掲げた証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実は、次のとおりである。
(1) 当事者
ア 控訴人Aは、著名なスポーツトレーナーであり、昭和56年には鳥取にジムを開く一方、日本スケート連盟等のフィットネス・コーチを歴任し、動作改善、故障改善、強化を中心にトレーニング指導業務を行ってきたものである(控訴人Aが著名なスポーツトレーナーである点を除く事実に関し被控訴人会社につき甲38。)。
イ 控訴人会社は、控訴人Aが代表者を務め、トレーニング施設の運営、トレーニング器具の販売等を目的として設立された株式会社であり、住所地に「初動負荷」トレーニングマシンを設置したトレーニングジム「ワールドウイング」を所有・運営するとともに、同ジムに隣接する場所にホテルユニオンプラザを所有し、トレーニング参加者の宿泊の用に供するなどしているものである(被控訴人会社につき甲38。)。
ウ 被控訴人会社は、雑誌、書籍、新聞の発行やゴルフ会員権の売買の斡旋や募集の代行等を目的とする株式会社であり、週刊誌「週刊ゴルフダイジェスト」を発行するほか、隔月刊でゴルフに関する課題ごとの特集記事を配した「チョイス」誌を発行しているものである。
エ 被控訴人Bは、株式会社グローバルスポーツ医学研究所内のチーフトレーナーの肩書を有し、スポーツトレーナーとしてスポーツ競技者の指導に当たっているものである。
(2) 控訴人Aの著作物
 控訴人Aは、初動負荷理論に関する著作である、「新トレーニング革命初動負荷理論に基づくトレーニング体系の確立と展開」(甲2)、「初動負荷法によるレジスタンストレーニングの特徴−終動負荷法との比較から−」(甲4。C、D、E、F及びFとの共著)、「血圧の連続測定からみた中高年齢者のレジスタンストレーニングの安全性」(甲5。D、C及びFとの共著)、「初動負荷理論による野球トレーニング革命」(甲12、55)、「お家でできる初動負荷理論」(甲34の1)、「HEALTH・BRAIN」掲載の記事(甲42。ただし、控訴人Aの発言部分のみ。)、週刊ベースボール掲載の「野球トレーニングの真髄」と題する記事(甲43)の各著作物を創作したものである。
 上記各著作物(以下、併せて「控訴人Aの著作物」といい、それぞれを「甲2の著作物」などという。)中には、別紙「控訴人Aの著作物と本件記事との対比表」(以下「対比表」という。)の「控訴人Aの著作物」欄記載の各部分がある。
(3) 本件記事
 被控訴人会社は、平成15年11月に発行した「チョイス」11月号(以下「本件書籍」という。)において、「トレーニングの魔法」と題する記事(甲29。以下「本件記事」という。)を掲載し、被控訴人Bは、同記事において「初動負荷」及び「終動負荷」という表現を用いて解説をした。
 本件記事は、被控訴人Bへのインタビュー等をもとに、被控訴人会社の記者が執筆したものである。
 本件記事中には、対比表の「本件記事」欄記載の各部分がある。なお、本件記事には、控訴人らの名前は全く用いられていない。
3 争点
(1) 本件記事は、控訴人Aの著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権及び名誉声望保持権)を侵害するか否か。
(2) 本件記事は、控訴人らの名誉・信用を毀損し、不法行為に該当するか否か。
(3) 控訴人らが受けた損害額は幾らか。
(4) 謝罪広告の必要性。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(著作権及び著作者人格権侵害)について
【控訴人らの主張】
(1) 著作権(翻案権)侵害
ア 翻案の意味
 言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁判所第一小法廷平成13年6月28日・民集55巻4号837頁)。
イ 依拠性
 「依拠」とは、直接原著作物に接しなくとも、その行為の客観面において、利用行為者が、自己以外の者が創作した表現形式に接して、これを自己の作品に使用したと認めることができ、その主観面において、上記行為の認識認容が認められれば足りるものである。
 控訴人Aは、平成13年1月から平成15年10月までほぼ毎週、被控訴人会社発行の雑誌「週刊ゴルフダイジェスト」に初動負荷理論に関する記事を掲載していたから、被控訴人会社は、控訴人Aの著作物に接し、その内容を知り、本件記事を掲載した。また、被控訴人Bは、控訴人Aの初動負荷トレーニングに関する著作物に接し、その内容を知って本件記事を解説した。
 したがって、被控訴人らは、原著作物である控訴人Aの著作物の表現内容を認識し、本件記事への利用をしているから、依拠性が認められる。
ウ 表現の本質的な特徴の同一性
 控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴は、「初動負荷法では、動作開始時に最も大きな力が発揮され、以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する。これとは逆に、終動負荷法によるレジスタンストレーニングでは、動作の終了時に負荷が大きくなる。」という点にある。
 これに対応して、本件記事では、「最初に筋肉に重い負荷をかけ、そこから徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷。反対に筋肉に徐々に重い負荷をかけていくのが終動負荷だ。」等と表現されている(対比表のaとa’等参照)。
 この表現が、控訴人Aの上記著作物における表現の本質的な特徴の同一性の範囲内にあることは極めて明白である。
エ 修正、増減、変更等
 本件記事が、控訴人Aの「初動負荷トレーニング」に関する著作物の具体的表現に、修正、増減、変更等を加えたものであることについては、対比表のaないしeとa’ないしe’の各表現とを対比すれば明白である。
 なお、対比表のeとe’については、控訴人Aの著作物では「初動負荷トレーニング」の効果の面から表現したものであるのに対し、本件記事ではこの効果を「初動負荷トレーニング」の目的として言い換えた表現をしたものにすぎない。
オ 新たな思想の創作的表現
 控訴人Aの「初動負荷理論」においては、「終動負荷トレーニング」は、血圧や心拍数の上昇、乳酸がたまるなどの血流障害を起こし、伸縮性が少なく乳酸がたまりやすい(疲れやすい)加速に不向きな筋肉しかつかないなどの欠点があるため、避けたいトレーニングとされている。
 これに対し、本件記事においては、終動負荷トレーニングは回避すべきものではなく、むしろ推奨される内容となっており、この点に新たな思想の創作的表現がある。
カ 表現上の本質的な特徴の感得
 本件記事における表現からは、控訴人Aの著作物における表現上の本質的な特徴を直接感得することができる。具体的には、次のとおりである。
(ア) 対比表のaとa’
 本件記事における「最初に筋肉に重い負荷をかけ、そこから徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷。」という部分は、甲4の著作物の「『BML』では動作初期に力を発揮し、以後は慣性の力で動作が行われていることが裏付けられる。」という部分に対応し、本件記事における「反対に筋肉に徐々に重い負荷をかけていくのが終動負荷だ。」という部分は、甲4の著作物の「これに対して、『終動負荷』では動作初期から終了時にかけて発揮する力が大きくなり、筋を弛緩させる時間が短くなっている。」という部分に対応している。両者はともに初動負荷トレーニングにおける初動負荷及び終動負荷の内容を説明、表現しているものであって、それぞれの表現内容に多少の相違はあるものの、具体的な表現に顕著な類似性を有する。
 また、本件記事における「最初に筋肉に重い負荷をかけ、そこから徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷。」という部分は、甲5の著作物の「『BRT』(初動負荷法)では、動作開始時に最も大きな力が発揮され、以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する。」という部分に対応し、本件記事における「反対に筋肉に徐々に重い負荷をかけていくのが終動負荷だ。」という部分は、甲5の著作物の「これとは逆に、『終動負荷(non−BRT)』によるRT(レジスタンストレーニング)では、動作の終了時に負荷が大きくなる。」という部分に対応している。両者はともに初動負荷トレーニングにおける初動負荷及び終動負荷の内容を説明、表現しているものであって、それぞれの表現内容に多少の相違はあるものの、具体的な表現に顕著な類似性を有する。
(イ) 対比表のbとb’
 本件記事における「最初に筋肉に重い負荷をかけ、そこから徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷。」という部分は、甲42の著作物の「リラックスした状態の筋肉に、動作の最初だけに適切に筋肉を伸ばすための負荷を与えてあげることが、初動負荷理論の目的の一つ」という表現に対応し、両者はともに初動負荷の内容を説明、表現しているものであって、それぞれの表現内容に多少の相違はあるものの、具体的な表現に顕著な類似性を有する。
(ウ) 対比表のcとc’
 本件記事における「筋肉を縮めながら瞬時に発するエネルギーで、最大限のパワーを発揮する。」という部分は、甲43の著作物の「一般に筋肉は縮む時(短収縮)に出力します。・・・縮めようとしなくても自然に勝手に縮んで(反射)大きな力を発揮します。」という部分に対応している。
 両者はともに初動負荷トレーニングにおける初動負荷の内容を表現しているものであって、それぞれの表現内容に多少の相違はあるものの、具体的な表現に顕著な類似性を有する。
(エ) 対比表のdとd’
 本件記事における「初動負荷のメニューは、途中で辛くなったらやめること。運動スピードが減速し、終動負荷的な動きになってしまうからだ。」という部分は、甲34の1の著作物の「初動負荷トレーニングは強い緊張や張りを感じては逆効果です!」、「このバランススクワットは、少しでもストレスを感じたら行わないでほしい。」という部分、甲55の著作物の「動作が反復ごとにだんだん遅くなる、静止状態に近づくというのは終動負荷トレーニングになります。」という部分に対応している。
 両者はともに初動負荷トレーニングにおける初動負荷の内容を表現しているものであって、それぞれの表現内容に多少の相違はあるものの、具体的な表現に顕著な類似性を有する。
(オ) 対比表のeとe’
 本件記事における「初動負荷的なトレーニングは、瞬発力、判断力を磨き、フィジカルのパフォーマンス能力を高めるものだ。」という部分は、甲2の著作物の「すべての身体動作において、スピードや巧緻性を求めるための大きくて瞬発的な力の発揮は、『初動作』においてであり、・・・」という部分に対応している。
 両者はともに初動負荷トレーニングにおける初動負荷の内容を表現しているものであって、それぞれの表現内容に多少の相違はあるものの、具体的な表現に顕著な類似性を有する。
(カ) 控訴人Aの著作物の表現(対比表のaないしe)は、いずれも控訴人Aの提唱する初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングにおいてのみ用いられる特有の創作的表現であって、一般的に用いられる公知な表現ではない。
 また、著作権法上、思想ないしアイディアが保護されないのは、思想ないしアイディアを表現するために、他に適切な表現方法がないという場合に限られるのであって、初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングの思想ないしアイディアは多様な表現が可能である。
キ 翻案権侵害は、既存の著作物の全部でなく、部分的に翻案して利用された場合にも成立する。
 この場合、その部分自体に著作物性が肯定され、その創作的な表現形式を利用したといえることが必要である。ただし、思想、感情、アイデア等を表現する場合に、誰がしても同様な表現形式しか選択することができず、個性を表出する余地(多様性)がないと認められる場合には、その表現形式は個性が表れたものとはいえず、創作的な表現形式とは認められない。
 著作物に要求される創作性は、個性が何らかの形で表れているとみられれば足りる程度のものであるところ、言語の著作物を個々の用語や一文ごとにみるように微視的に分析すると、個性を表出することができる表現形式の幅が極めて狭い場合でも、ある程度のまとまりとして総合して評価すると、著作者の個性が何らかの形で表れて創作性の認められる場合が多くなるから、当該部分を翻案として利用する行為は著作権侵害を構成する。
 本件記事は、控訴人の著作にかかる各著作物を部分的に翻案し、それらの部分を寄せ集めて一つの記事として作成したものである。本件記事の表現をある程度のまとまりとして総合して評価すると、その表現形式の選択の幅は格段に拡がっていき、控訴人Aの個性が表出されているとみられるから、当該部分は著作権侵害を構成する。
ク 別の著作物の創作
 本件記事は、全体として被控訴人会社と被控訴人Bとの共同著作物であり、控訴人Aの著作物とは別の著作物である。
ケ 小括
 以上のとおり、本件記事は、控訴人Aの著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加え、新たに身体トレーニングに関する思想を創作的に表現したものであり、本件記事に接する者が既存の控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別個の著作物である。よって、本件記事は、控訴人Aの著作権(翻案権)を侵害する。
コ 故意・過失
 被控訴人らには、上記著作権侵害につき、故意又は過失がある。
(2) 著作者人格権侵害
ア 同一性保持権
 著作者は、その意に反して自己の著作物及び題号の変更、切除その他の改変を受けないという権利、すなわち同一性を保持する権利(同一性保持権)を有している。
 そして、二次的著作物から原著作物の表現形式上の本質的な特徴自体を直接感得することができるときは、原著作物の著作権者の同一性保持権を侵害するものであるということができる。
 本件記事の「最初に筋肉に重い負荷をかけ、そこから徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷。反対に筋肉に徐々に重い負荷をかけていくのが終動負荷だ。」等の表現は、控訴人Aの著作物における表現形式上の本質的な特徴、すなわち、「初動負荷法では、動作開始時に最も大きな力が発揮され、以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する。これとは逆に、終動負荷法によるレジスタンストレーニングでは、動作の終了時に負荷が大きくなる。」という表現と表現上の相違はあるものの、本件記事から控訴人Aの著作物の表現形式上の本質的な特徴を直接感得することができる。
 ただし、控訴人Aの本来の初動負荷理論は、動作の最初だけに適切な負荷を与えるというところを、本件記事は、最初に重い負荷をかけ、そこから徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷と表現を変えている。
 したがって、本件記事は、控訴人Aがその著作物について有する同一性保持権を侵害するものというべきである。
イ 氏名表示権
 著作者は、その著作物を公衆に提示、提供するに際して、著作物の原作品に著作者名を表示するか否か、表示するとした場合、実名か変名かを決定することができる権利(氏名表示権)を有する。
 しかるに、被控訴人らは、本件記事の原著作物の著者である控訴人Aの氏名を表示せずに公衆に販売したものであるから、本件記事は控訴人Aの氏名表示権を侵害するものというべきである。
ウ 名誉声望権
 著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなされる(著作権法113条6項)。
 二次的著作物が原著作物の思想を根本から歪曲するように改変されているときは、当該二次的著作物の利用は、原著作物の著作者の名誉又は声望を害する方法による利用に該当するとされる。
 控訴人Aの初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングに関する著作物の思想は、一連の動作の初期に負荷を与えるトレーニングすなわち初動負荷が神経・筋機能の促進、血流や代謝の促進等の効果を有することを重視して推奨し、デメリットのある終動負荷トレーニングを回避すべきというところにある。
 反対に、本件記事は、終動負荷トレーニングも推奨する内容となっており、控訴人Aの著作物の思想を根本的に否定し、歪曲するものであるから、控訴人Aの著作者人格権を侵害する。
(3) よって、控訴人Aは、被控訴人らに対し、著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権、名誉声望権)に基づき、本件記事の出版差止及び廃棄並びに損害賠償の支払を求める。
 また、控訴人Aは、著作権法115条に基づき、謝罪広告の掲載を求める。
【被控訴人会社の主張】
 「初動負荷法では、動作開始時に最も大きな力が発揮され、以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する。これとは逆に、終動負荷法によるレジスタンストレーニングでは、動作の終了時に負荷が大きくなる。」という表現は、レジスタンストレーニングの「BRT」と「non−BRT」を説明したものにすぎず、何ら創作的な表現はなく著作物たり得ない。
 本件記事の「最初に筋肉に重い負荷をかけ、そこから徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷。反対に筋肉に徐々に重い負荷をかけていくのが終動負荷だ。」という表現も、周知のレジスタンストレーニングにつき、筋肉にどう負荷をかけるかを平易に表現したものにすぎず、控訴人Aの著作物を想起させるものはないから、表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているとはいえない。
【被控訴人Bの主張】
 本件記事は、単に「初動負荷」、「終動負荷」という用語をスポーツトレーニングの負荷のかけ方の用語として独自に紹介したり、その理論の内容を比較的簡単に解説したにすぎないものであり、控訴人Aの既存の著作物を翻案したものではないし、著作者人格権を侵害するものでもない。
 著作権という権利が保護しているのは表現そのものであって理論の内容ではない。控訴人らが対比表において指摘している部分について、本件記事の表現が控訴人Aの著作物の表現に依拠しているものは一切ない。
2 争点(2)(名誉毀損)について
【控訴人らの主張】
(1) 控訴人Aは、初動負荷理論の創始者として世界的な名声を持つが、控訴人Aの名声は初動負荷理論の提唱、実践を通じて積み上げた実績、信用に基づくものである。また、控訴人会社は、初動負荷トレーニングの実践を通じて積み上げた実績と信用を有している。
(2) 控訴人Aの初動負荷理論は、その運動の主働筋を最大限に伸張させたポジション(その動作の開始時)から、一気に筋を短縮させ、加速的、あるいは慣性の勢いで一連の動作を行う方法であり、主働筋の「弛緩→伸張→短縮」の一連過程を促進させるとともに、主働筋活動時にその拮抗筋及び拮抗筋に作用する筋の収縮(共縮)を防ぎながら行う運動・トレーニング方法である。
 初動負荷トレーニングは、運動時における大きなパワー発揮、神経と筋肉の合目的的な協調性を高めることにより、神経・筋機能の促進、血流や代謝の促進、乳酸等の老廃物の除去、関節可動域の拡大、身体の歪みの矯正、関節・筋肉・精神的ストレスの除去といった効果を有し、また、スポーツ以外の分野についても、例えば筋ジストロフィーや脳血管障害による麻痺のリハビリテーションにも有効である。
 一方、終動負荷トレーニング、すなわち動作終了に向けて負荷が継続ないし徐々に増加するような筋の活動様式による運動・トレーニング方法は、動作の中で固い、ぎこちないスピードを失う動きを助長し、末端の筋肉群が負荷を受け硬化、肥大して故障の原因となり、関節可動域の縮小、持久力の低下、疲労物質の蓄積などのデメリットが生じることにより、絶対に回避すべきものとされている。
(3) これに対し、本件記事は、終動負荷トレーニングについて、初動負荷トレーニングとともに必要不可欠のトレーニングとして推奨する内容である。
(4) 初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングといえば、控訴人Aの創案・提唱にかかるものであり、かつ、控訴人会社において実施しているトレーニング方法のみを意味するものであることが広く知られていた。
 被控訴人Bの初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングなどというものはあり得ず、本件記事に控訴人Aと関係があるような内容は記載されていないにしても、本件記事の読者は、本件記事の内容を控訴人Aとは無関係な被控訴人Bの初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングと理解することはない。
(5) したがって、終動負荷トレーニングが初動負荷トレーニングとともに必要不可欠のものであるという本件記事は、読者をして、控訴人Aの提唱する初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングが終動負荷トレーニングをも実践しなければならないものであるとの誤った思いこみを生じさせる。
 また、読者が控訴人Aの初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングについてある程度の知識を持っていた場合には、初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングに関する理解の混乱や誤解を生じさせ、控訴人Aや初動負荷理論に対する信頼を喪失させる。上記誤解に基づきトレーニングを実践した結果、故障等が生じることが予想され、実際にも、本件記事の内容が控訴人Aの初動負荷トレーニング理論であると誤解した読者から、控訴人らに対して苦情が寄せられ、控訴人らは、対応に苦慮し、業務に多大な支障が生じた。
(6) したがって、本件記事の掲載により、控訴人A及び控訴人会社の名誉及び信用は毀損され、多大な精神的、経済的損害を被った。
(7) 被控訴人らは、控訴人らの名誉及び信用を毀損したことにつき、故意又は過失がある。
(8) よって、控訴人Aは、被控訴人らに対し、名誉毀損の不法行為に基づき、損害賠償550万円の支払及び民法723条による謝罪広告の掲載を求める。
 また、控訴人会社は、被控訴人らに対し、信用毀損の不法行為に基づき、損害賠償550万円の支払及び民法723条による謝罪広告の掲載を求める。
【被控訴人会社の主張】
 被控訴人Bや第三者が独自にトレーニング理論を考案し、その説明に「初動負荷」、「終動負荷」、「初動負荷理論」、「初動負荷トレーニング」などという表現を使用することは自由である。控訴人らが本件記事の内容を誤りであるというならば、その趣旨を論文で論証すれば足りるものであり、損害賠償や謝罪広告を請求できるものではない。
【被控訴人Bの主張】
 本件記事は学術上のトレーニング理論に関する議論にすぎず、他人の信用、名誉を害するものではない。
 初動負荷理論の提唱者に対する名誉毀損が成立するためには、初動負荷理論が誤っているという指摘では足りず、初動負荷理論の提唱者に対する人格的非難であったり、初動負荷理論により害悪を与えているといった内容である必要があるが、本件記事は、初動負荷理論を批判するものではなく、単に初動負荷と終動負荷が相反しないと述べているだけであるから、不法行為は成立しない。
3 争点(3)(損害額)について
【控訴人らの主張】
(1)ア控訴人Aが、被控訴人らの著作権及び著作者人格権侵害により被った精神的苦痛の慰謝料は500万円を下らず、これについての弁護士費用は50万円が相当である。
イ控訴人Aが、被控訴人らの名誉毀損行為により被った精神的苦痛の慰謝料は500万円を下らず、これについての弁護士費用は50万円が相当である。
ウ上記アとイの請求は、選択的併合の関係にある。
(2) 控訴人会社が、被控訴人らの信用毀損行為により被った損害額は、500万円を下らず、これについての弁護士費用は50万円が相当である。
【被控訴人らの主張】
 争う。
4 争点(4)(謝罪広告の必要性)について
【控訴人らの主張】
 控訴人Aは、本件記事により著作権及び著作者人格権を侵害され、長年にわたって築いてきた初動負荷理論に対する信用と控訴人Aに対する名誉、声望を不当に毀損されたものである。
 毀損された控訴人Aの名誉、声望を回復するためには、発刊が中止された「チョイス」誌と読者層が重複する被控訴人会社発行の「週刊ゴルフダイジェスト」誌において、別紙記載の謝罪広告を掲載することが最も適切かつ効果的である。
 また、控訴人会社も、初動負荷理論に基づく初動負荷トレーニングの実施等を業としているものであるが、本件記事により初動負荷トレーニングに対する信用が毀損されたものである。
 毀損された控訴人会社の信用を回復するためには、上記謝罪広告を掲載することが最も適切かつ効果的である。
【被控訴人らの主張】
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) はじめに
 言語の著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為をいう。そして、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案に当たらないと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷平成13年6月28日・民集55巻4号837頁)。
 自然科学論文における著作者の独創にかかる思想内容については、学問は先人の思想、発見をもとにして発展して行くものであり、その利用を禁止することは文化の発展を阻害することになるから、抽象的な理論体系、思想内容については、アイデアや事実など表現それ自体ではない部分に該当するものと解するのが相当である。
(2) 控訴人Aの初動負荷理論及びその著作物
 証拠(甲2〜28、38〜43、45〜49、54〜59。以上、枝番含む。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 初動負荷理論
 控訴人Aは、初動負荷理論を考案、提唱し、控訴人会社は、初動負荷理論を実践している者であり、初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングは、従来のトレーニング方法とは全く異なる独創的なものであり、H、I、J等の著名なスポーツ選手がこれを採用して成果を挙げるなど、近年、スポーツ界において多大な注目を集めているトレーニング方法である。
 控訴人Aの初動負荷理論における初動負荷トレーニングは、その運動の主働筋を最大限に伸張させたポジション(その動作の開始時)から、一気に筋を短縮させ、加速的、あるいは慣性の勢いで一連の動作を行う方法であり、主働筋の「弛緩→伸張→短縮」の一連過程を促進させるとともに、主働筋活動時にその拮抗筋及び拮抗筋に作用する筋の収縮(共縮)を防ぎながら行う運動・トレーニング方法であって、運動時における大きなパワー発揮、神経と筋肉の合目的的な協調性を高めることにより、神経・筋機能の促進、血流や代謝の促進、乳酸等の老廃物の除去、関節可動域の拡大、身体の歪みの矯正、関節・筋肉・精神的ストレスの除去といった効果を有し、また、スポーツ以外の分野についても、例えば筋ジストロフィーや脳血管障害による麻痺のリハビリテーションにも有効であり、動作開始時に最も大きな力が発揮され、以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力が低減するトレーニングと定義されている。
 一方、終動負荷トレーニング、すなわち動作終了に向けて負荷が継続ないし徐々に増加するような筋の活動様式による運動・トレーニング方法は、動作の中で固い、ぎこちないスピードを失う動きを助長し、末端の筋肉群が負荷を受け硬化、肥大して故障の原因となり、関節可動域の縮小、持久力の低下、疲労物質の蓄積などのデメリットが生じることにより、絶対に回避すべきものとされている。
イ 控訴人Aの著作物
(ア) 甲5の著作物
 甲5の著作物は、「血圧の連続測定からみた中高年齢者のレジスタンストレーニングの安全性」と題する論文であり、中高年齢者の初動負荷と終動負荷によるレジスタンストレーニング中の血圧等を連続測定することにより、レジスタンストレーニングの安全性を検証したものである。
 上記論文では、冒頭に「緒言」として、上記論文の検証する対象、目的を説明しているが、その中で、[中高年齢者の健康の保持・増進のための運動として、レジスタンストレーニング(ResistanceTraining;RT)が必要不可欠なプログラムとして提案され、実施されるようになってきた」としたうえ、「一方、スポーツの競技力向上を目的としたRTとして、『初動負荷法(Ballistic Resistance Training;以下BRT』と呼ばれるトレーニング法が考案され、普及しつつある。『BRT』では、動作開始時に最も大きな力が発揮され、以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する。これとは逆に、『終動負荷(non−BRT)』におけるRT(レジスタンストレーニング)では、動作の終了時に負荷が大きくなる。」との記載部分(対比表a)が存在する。そして、実験内容を紹介し、実験結果の考察として、初動負荷トレーニングは、終動負荷トレーニングと比較して運動中の血圧の顕著な上昇が抑制されるので、中高年齢者のトレーニングとして安全性が確保され、有効なものであることが示唆されたとの結論を示している。
(イ) 甲4の著作物
 甲4の著作物は、「初動負荷法によるレジスタンストレーニングの特徴−終動負荷法との比較から−」と題する論文であり、初動負荷トレーニングの特性を終動負荷トレーニングと比較しながら紹介するものである。
 上記論文では、「最近、スポーツの競技力向上を目的としたレジスタンストレーニングとして、『初動負荷法(Biginning Movement Lord;以下BML』と呼ばれるトレーニング法が考案され」としたうえ、初動負荷トレーニングの生理的特徴を、筋電図、心拍数・血圧、血中乳酸濃度、柔軟性の各点から検討しているが、このうち、筋電図に関する調査の中で、初動負荷トレーニングは、終動負荷トレーニングと比較して、初動負荷トレーニングでは動作開始から短時間のうちに大きな筋活動が観察されるという結果が得られ、このことから「『BML』では動作初期に力を発揮し、以後は慣性の力で動作が行われていることが裏付けられる。これに対して、「終動負荷」では動作初期から終了時にかけて発揮する力が大きくなり、筋を弛緩させる時間が短くなっている。」と結論付けている。
(ウ) 甲42の著作物
 甲42の著作物は、「HEALTH・BRAIN」という雑誌中での控訴人Aの発言部分の記事である。
 上記記事では、初動負荷トレーニングの目的に関する説明として、一般的に筋肉は適切に伸ばされた後、縮む時に力を出す(反射)が、適切に反射を起こしながら鍛えるために、「リラックスした状態の筋肉に、動作の最初だけに適切に筋肉を伸ばすための負荷を与えてあげることが、初動負荷理論の目的の一つで」あるとする。
(エ) 甲43の著作物
 甲43の著作物は、「週刊ベースボール」という雑誌中の記事である。
 上記記事は、初動負荷トレーニングにおける主働筋の「弛緩−伸張−短縮」の動作過程を、ピッチング、バッティング等の軸足を中心とした体重移動、捻りを例にとって解説しており、「一般的に筋肉は縮む時(短収縮)に出力します。」とした上で、軸足による体重移動の中でリラックスした内ももの筋肉が伸ばされながら作動して、あるタイミングで急に捻り動作を伴って縮んで力を出すと説明している。そして、縮む前には適切な伸張が必要であることを、バネを例にとって、適度に伸ばしてから放せば、「縮めようとしなくても自然に勝手に縮んで(反射)大きな力を発揮します。」と表現している。
(オ) 甲34の1の著作物
 甲34の1の著作物は、「お家でできる初動負荷理論」と題する連載記事の1回である。
 甲34の1の著作物は、初動負荷トレーニングの一つとして「バランススクワット」という体操を紹介し、注意書きとして「ただ、このバランススクワットは、少しでもストレスを感じたら行わないでほしい」、「初動負荷トレーニングは、強い緊張や張りを感じては逆効果です」としている。
(カ) 甲55の著作物
 甲55の著作物は「野球トレーニング革命」と題する書籍であり、初動負荷トレーニングの方法を解説する中で、ベンチプレスの反復回数は動作テンポに滞りがなく反復できる回数とみるべきであり、「動作が反復ごとにだんだん遅くなる、静止状態に近づくというのは終動負荷トレーニングとなります。」として、動作テンポに滞りが出ると初動負荷トレーニングの効果を奏しないとしている。
(キ) 甲2の著作物
 甲2の著作物は、「新トレーニング革命」と題する書籍であり、初動負荷トレーニングを解説したものであるが、その中で終動負荷トレーニングが身体動作のスピードやバランス、巧緻性を低下させる理由として、「すべての身体動作において、スピードや巧緻性を求めるための大きくて瞬発的な力の発揮は、『初動作』においてであ」るからであるとしている。
(3) 本件記事
 証拠(甲29)によれば、本件記事は、まず、世界的に著名なプロゴルファーであるタイガー・ウッズは、肉体を鍛え上げた「アスリート・ゴルファー」であり、同選手の活躍に刺激されて他のプロゴルファーもフィジカル・トレーニングを重視するようになり、プロゴルファー全体の飛距離が向上したことを例に挙げて、アマチュアゴルファーにおいても、上達のためには、技術の向上や用具の選択よりも肉体の鍛錬をすべきであるとする。
 そして、肉体を鍛錬するためのトレーニングとは何か、トレーニングの目的とは何かについて論を進め、その中で、初動負荷トレーニングにつき、「トレーニングは1つじゃない。」との表題を掲げたうえで(20頁)、「たとえば最近、注目を集めているトレーニングに初動負荷というものがある。注目というより、一種の流行とまでいってもいい。だが、これに対する終動負荷という考えが置き去りにされることが多い。しかし、この2つの理論は相容れないものではないし、互いが独立したものではない。なぜなら人間の体の動きは、両者のコンビネーションであり、ゴルフのスウィングとて例外ではないからだ。」(21頁)、「初動負荷的な動きと終動負荷的な動きとは、ちょうどピラミッドの高さと底の部分の関係を思い浮かべていただければ、理解しやすいと思います。・・・ピラミッドを構成していることでもわかるように、両者はそれぞれ独立したものではなく、密接な関係にある。」(22頁)と述べ、初動負荷トレーニングの目的は、瞬発力、反発力を鍛えること、終動負荷トレーニングの目的は、踏ん張る力を鍛えることにあり、両者は相反するものではなく両立させるべきものであると記述している。
 そして、本件記事は、初動負荷トレーニング及び終動負荷トレーニングの実践として、幾つかの具体的なトレーニング方法を説明した後、初動負荷トレーニングと終動負荷トレーニングを自分流にアレンジしたというゴルファーのトレーニング方法を紹介している。
 以上の控訴人Aの著作物及び本件記事の表現を踏まえて、以下、対比表1ないし5記載の各部分につき個別に検討を加える。
(4) 対比表1について
ア 控訴人らは、控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴が、「初動負荷法では、動作開始時に最も大きな力が発揮され、以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する。これとは逆に、終動負荷法によるレジスタンストレーニングでは、動作の終了時に負荷が大きくなる。」という点にあると主張する。
 しかるところ、対比表1の控訴人Aの著作物(対比表a)の文言は、「『BRT』では、動作開始時に最も大きな力が発揮され、以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する。これとは逆に、『終動負荷(non−BRT)』によるRTでは、動作の終了時に負荷が大きくなる。」(甲第5号証106頁)、「『BML』では動作初期に力を発揮し、以後は慣性の力で動作が行われていることが裏付けられる。これに対して、『終動負荷』では動作初期から終了時にかけて発揮する力が大きくなり、筋を弛緩させる時間が短くなっている。」(甲第4号証2頁)というものであって、上記控訴人ら主張の控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴の文言と一致せず、前提を欠く。
イ のみならず、控訴人Aの著作物(対比表a)と本件記事(同a’)とを比較するに、控訴人Aの著作物(対比表a)は、「初動負荷」という表現単独でなく、『初動負荷法(Ballistic ResistanceTraining;以下BRT』と呼ばれるトレーニング法と定義された『BRT』、『初動負荷法(Biginning MovementLord;以下BML』と呼ばれるトレーニング法と定義された『BML』という表現を使用し、「終動負荷」という表現単独のほか、「『終動負荷(non−BRT)』によるRT」という表現を使用し、また、「動作開始時に最も大きな力が発揮され、以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する」、「動作初期に力を発揮し、以後は慣性の力で動作が行われていることが裏付けられる」として、動作開始時に最大の力を発揮した後は慣性の力で動作が行われ、そのために筋出力は低減するという初動負荷理論の仕組みに着目して、初動負荷の定義ないし特徴を説明するという表現方法を用いているのに対し、本件記事は、慣性の力には触れずに、筋肉にかける負荷の大小から初動負荷の定義ないし特徴を説明するという表現方法を用いている点において、相違がある。
ウ したがって、いずれにしても、控訴人Aの著作物(対比表a)と本件記事(同a’)との間に、表現上の本質的特徴の同一性があるということもできないから、本件記事(同a’)は、控訴人Aの著作物(同a)の翻案といえない。
(5) 対比表2について
ア 対比表2の控訴人Aの著作物(対比表b)の文言は、「リラックスした状態の筋肉に、動作の最初だけに適切に筋肉を伸ばすための負荷を与えてあげることが、初動負荷理論の目的の一つ。」(甲第42号証「HEALTH・BRAIN」8頁2段目最後〜3段目)というものであって、上記と同様、前記控訴人ら主張の控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴の文言と一致せず、前提を欠く。
イ のみならず、控訴人Aの著作物(対比表b)と本件記事(同b’)とを比較するに、「最初に筋肉に負荷をかける」とする点が共通するのみで、控訴人Aの著作物の対比表bが、「リラックスした状態の筋肉に動作の最初だけに適切に筋肉を伸ばすための負荷を与えてあげることが初動負荷理論の目的」と表現するのに対し、本件記事の対比表b’は、「最初に筋肉に重い負荷をかけ徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷」と表現しているのであって、具体的表現に違いがある。
ウ したがって、いずれにしても、控訴人Aの著作物(対比表b)と本件記事(同b’)との間に、表現上の本質的特徴の同一性があるということができず、本件記事(同b’)は、控訴人Aの著作物(同b)の翻案といえない。
(6) 対比表3について
ア 対比表3の控訴人Aの著作物(対比表c)の文言は、「一般に筋肉は縮む時(短収縮)に出力します。・・・縮めようとしなくても自然に勝手に縮んで(反射)大きな力を発揮します。」(甲第43号証「週刊ベースボール」63頁)というものであって、上記と同様、前記控訴人ら主張の控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴の文言と一致せず、前提を欠く。
イ のみならず、控訴人Aの著作物(対比表c)と本件記事(同c’)とは、いずれも公知の事実を一般的に用いられる表現で記述したにすぎないうえ、控訴人Aの著作物(同c)は、「一般に筋肉は縮む時(短収縮)に出力します。・・・縮めようとしなくても自然に勝手に縮んで(反射)大きな力を発揮します。」やや具体的に記述しているのに対し、本件記事(同c’)は、単に「筋肉を縮めながら瞬時に発するエネルギーで、最大限のパワーを発揮する。」と記述しているものであり、表現方法に相違がある。
ウ したがって、いずれにしても、本件記事(同c’)は、控訴人Aの著作物(同c)の翻案といえない。
(7) 対比表4について
ア 対比表4の控訴人Aの著作物(対比表d)の文言は、「初動負荷トレーニングは強い緊張や張りを感じては逆効果です!」「このバランススクワットは、少しでもストレスを感じたら行わないでほしい」(甲第34号証の1)、「動作が反復ごとにだんだん遅くなる、静止状態に近づくというのは終動負荷トレーニングになります。」(甲第55号証「野球トレーニング革命」187頁下段)というものであって、上記と同様、前記控訴人ら主張の控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴の文言と一致せず、前提を欠く。
イ のみならず、控訴人Aの著作物(対比表d)の前段は、トレーニングをする者に対する注意事項として、初動負荷トレーニングは、強い緊張、張りないしストレスを感じた場合はすべきではないことを記述したものであり、同後段は、(初動負荷トレーニングをしていても)動作がだんだん遅くなることは終動負荷トレーニングと同じことになることを記述したものである。
 一方、本件記事(同d’)は、初動負荷トレーニングは辛くなったらやめるべきであることとともに、その理由として、運動スピードが減速し終動負荷的な動きになるからであることを記述したものであり、控訴人Aの著作物の対比表dと表現も異なったものとなっている。
ウ したがって、いずれにしても、控訴人Aの著作物(対比表d)と本件記事(同d’)との間に、表現上の本質的特徴の同一性があるということができず、本件記事(同d’)は、控訴人Aの著作物(同d)の翻案といえない。
(8) 対比表5について
ア 対比表5の控訴人Aの著作物(対比表e)の文言は、「すべての身体動作において、スピードや巧緻性を求めるための大きくて瞬発的な力の発揮は、『初動作』においてであり、・・・」(甲第2号証10頁)というものであって、上記と同様、前記控訴人ら主張の控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴の文言と一致せず、前提を欠く。
イ のみならず、控訴人Aの著作物(対比表e)は、一つの文章の一部であるうえ、本件記事(同e’)の「初動負荷的なトレーニングは、瞬発力、判断力を磨き、フィジカルのパフォーマンス能力を高めるものだ。」(甲第29号証26頁)と明らかに表現が異なる。
ウ したがって、いずれにしても、控訴人Aの著作物(対比表e)と本件記事(同e’)との間に、表現上の本質的特徴の同一性があるということができず、本件記事(同e’)は、控訴人Aの著作物(同e)の翻案といえない。
(9) 小括
 以上によれば、本件記事は、控訴人Aの著作物の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているとはいえず、控訴人Aの著作権(翻案権)を侵害しない。
(10) 著作者人格権侵害について
 以上説示したところによれば、本件記事は、控訴人Aの著作物の翻案権を侵害しないから、控訴人Aの著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権及び名誉声望権)を侵害するものにも当たらない。
2 争点(2)について
(1) 控訴人Aの初動負荷理論
 前記のとおり、控訴人Aは、初動負荷理論を考案、提唱し、控訴人会社は、初動負荷理論を実践している者であり、初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングは、従来のトレーニング方法とは全く異なる独創的なものであり、H、I、J等の著名なスポーツ選手がこれを採用して成果を挙げるなど、近年、スポーツ界において多大な注目を集めているトレーニング方法であって、その運動の主働筋を最大限に伸張させたポジション(その動作の開始時)から、一気に筋を短縮させ、加速的、あるいは慣性の勢いで一連の動作を行う方法であり、主働筋の「弛緩→伸張→短縮」の一連過程を促進させるとともに、主働筋活動時にその拮抗筋及び拮抗筋に作用する筋の収縮(共縮)を防ぎながら行う運動・トレーニング方法で、運動時における大きなパワー発揮、神経と筋肉の合目的的な協調性を高めることにより、神経・筋機能の促進、血流や代謝の促進、乳酸等の老廃物の除去、関節可動域の拡大、身体の歪みの矯正、関節・筋肉・精神的ストレスの除去といった効果を有し、また、スポーツ以外の分野についても、例えば筋ジストロフィーや脳血管障害による麻痺のリハビリテーションにも有効であり、動作開始時に最も大きな力が発揮され、以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力が低減するトレーニングと定義してされている。一方、終動負荷トレーニング、すなわち動作終了に向けて負荷が継続ないし徐々に増加するような筋の活動様式による運動・トレーニング方法は、動作の中で固い、ぎこちないスピードを失う動きを助長し、末端の筋肉群が負荷を受け硬化、肥大して故障の原因となり、関節可動域の縮小、持久力の低下、疲労物質の蓄積などのデメリットが生じることにより、絶対に回避すべきものとされている。
(2) 本件記事の内容
 これに対し、本件記事は、初動負荷トレーニングにつき、「たとえば最近、注目を集めているトレーニングに初動負荷というものがある。注目というよ、一種の流行とまでいってもいい。だが、これに対する終動負荷という考えが置き去りにされることが多い。しかし、この2つの理論は相容れないものではないし、お互いに独立したものではない。なぜなら人間の体の動きは両者のコンビネーションであり、ゴルフのスウィングとて例外ではないからだ。」(21頁)、「初動負荷的な動きと終動負荷的な動きとは、ちょうどピラミッドの高さと底の部分の関係を思い浮かべていただければ、理解しやすいと思います。・・・ピラミッドを構成していることでもわかるように、両者はそれぞれ独立したものではなく、密接な関係にある。」(22頁)と述べ、初動負荷トレーニングと終動負荷トレーニングは両立するものであり、初動負荷トレーニングだけをしても意味はなく、終動負荷トレーニングも初動負荷トレーニングと同程度に行うべきものであると主張するものである。
(3) 両者の比較
 上記のとおり、控訴人Aの提唱する初動負荷トレーニングと、本件記事に記載されたトレーニング方法とは、終動負荷トレーニングの位置づけにおいて、全く異なるということができる。
(4) 検討
 前記前提事実のとおり、本件記事には、控訴人Aないし控訴人会社の名称は全く記載されていないので、本件記事を読んだ平均的読者が、本件記事が控訴人Aないし控訴人会社が執筆したものであるとか、控訴人Aの考えをそのまま反映したものであると認識するとは考えがたい。
 かえって、本件記事には、「たとえば最近、注目を集めているトレーニングに初動負荷というものがある。注目というより、一種の流行とまでいってもいい。だが、これに対する終動負荷という考えが置き去りにされることが多い。」という記載があるが、上記(1)のとおり控訴人Aの初動負荷トレーニングが近年注目を集めていることからすれば、上記の「注目を集めているトレーニング」とは、控訴人Aの初動負荷トレーニングを念頭に置いた表現であると考えられる。
 そうすると、本件記事を読んだ平均的な読者は、控訴人Aが初動負荷トレーニングの考案者、提唱者であるということを知っているとしても、本件記事は初動負荷トレーニングの考案者、提唱者の立場から初動負荷を紹介、推奨するものではなく、第三者の立場から初動負荷トレーニングを紹介するものであり、しかも、現在注目を集めている初動負荷トレーニング(すなわち控訴人Aの初動負荷トレーニング)は、終動負荷という考えを置き去りにしている、すなわち終動負荷を否定的に捉える理論である(これは、控訴人Aの初動負荷トレーニングに対する正しい理解である。)ことを前提に、これを批判し、初動負荷トレーニングと終動負荷トレーニングは両立するものであり、終動負荷トレーニングも初動負荷トレーニングと同様に行わなければならないと主張する内容であると理解するものと認められる。また、控訴人Aが初動負荷トレーニングの考案者、提唱者であることを知らない読者が、本件記事を読んで控訴人Aの提唱する初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングの内容を誤解することは、そもそもあり得ない。
 してみると、本件記事を読んだ平均的な読者が、控訴人Aの提唱する初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングが、それとともに終動負荷トレーニングをも実践しなければならないものであるとの誤った認識を生じるとは認められない。
(5) 控訴人らは、初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングは、控訴人Aが考案、提唱したもの以外にはなく、被控訴人Bの初動負荷理論、初動負荷トレーニングなどというものはあり得ないから、本件記事に控訴人Aの名前が記載されていないとしても、本件記事の読者が本件記事の内容を控訴人Aとは無関係なものと理解することはないと主張する。
 なるほど、上記(1)のとおり控訴人Aの初動負荷トレーニングは現在注目を集めていることからすれば、スポーツ界、トレーニング界において、初動負荷といえば控訴人Aの理論であるという認識が広く存在することはうかがわれる。
 しかし、控訴人Aが初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングについての学説の独占権を有するものではない以上、控訴人A以外の者が、控訴人Aの初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングを改良(控訴人らの主張によると改悪であるが)した初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングを考案し、発表することは自由に許されるのであり、控訴人Aの初動負荷理論ないし初動負荷トレーニング以外に初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングはあり得ないということはできない。控訴人らの主張は、その前提を誤ったものであり、採用することができない。
(6) また、本件全証拠を総合しても、他に本件記事により控訴人らの名誉及び信用が傷つけられたと認めるべき事情は見当たらない。
3 その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、以上の認定、判断を覆すほどのものはない。
 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人らの請求(当審において追加した請求を含む。)はいずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 若林諒
 裁判官 小野洋一
 裁判官 中村心は、転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 若林諒


(別紙)
 控訴人Aの著作物と本件記事との対比表
 控訴人Aの著作物
1 a「『BRT』では、動作開始時に最も大きな力が発揮され、以後は慣性で動作が遂行されるために筋出力は低減する。これとは逆に、 『終動負荷(non−BRT)』によるRTでは、動作の終了時に負荷が大きくなる。」(甲第5号証106頁)
 「『BML』では動作初期に力を発揮し、以後は慣性の力で動作が行われていることが裏付けられる。これに対して、『終動負荷』では動作初期から終了時にかけて発揮する力が大きくなり、筋を弛緩させる時間が短くなっている。」(甲第4号証2頁)
2 b「リラックスした状態の筋肉に、 動作の最初だけに適切に筋肉を伸ばすための負荷を与えてあげることが、初動負荷理論の目的の一つ。」(甲第42号証「HEALTH・BRAIN」8頁2段目最後〜3段目)
3 c「一般に筋肉は縮む時(短収縮) に出力します。・・・縮めようとしなくても自然に勝手に縮んで(反射)大きな力を発揮します。」(甲第43号証「週刊ベースボール」63頁)
4 d「初動負荷トレーニングは強い緊張や張りを感じては逆効果です!」「このバランススクワットは、少しでもストレスを感じたら行わないでほしい」(甲第34号証の1)
 「動作が反復ごとにだんだん遅くなる、静止状態に近づくというのは終動負荷トレーニングとなります。」(甲第55号証「野球トレーニング革命」187頁下段)
5 e「すべての身体動作において、スピードや巧緻性を求めるための大きくて瞬発的な力の発揮は、『初動作』においてであり、・・・」(甲第2号証10頁)
 本件記事
a’「最初に筋肉に重い負荷をかけ、そこから徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷。反対に筋肉に徐々に重い負荷をかけていくのが終動負荷だ。」(甲第29号証23頁中段)
b’「最初に筋肉に重い負荷をかけ、そこから徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷。」(甲第29号証23頁中段)
c’「筋肉を縮めながら瞬時に発するエネルギーで、最大限のパワーを発揮する。」(甲第29号証23頁左端)
d’「初動負荷のメニューは、途中で辛くなったらやめること。運動スピードが減速し、終動負荷的な動きになってしまうからだ。」(甲第29号証27頁最下段)
e’「初動負荷的なトレーニングは、瞬発力、判断力を磨き、フィジカルのパフォーマンス能力を高めるものだ。」(甲第29号証26頁)
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