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【事件名】ヌーブラの不正競争事件(2)
【年月日】平成18年4月19日
 大阪高裁 平成17年(ネ)第2866号 不正競争行為差止等請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成16年(ワ)第10351号)
 (当審口頭弁論終結日 平成18年2月1日)

判決
控訴人(1審原告) ゴールドフラッグ株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 松本司
同 緒方雅子
同 補佐人弁理士森義明
被控訴人(1審被告) 株式会社ピーチ・ジョン
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 玉生靖人
同 本井文夫
同 碩省三
同 平田正憲


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙イ号物件目録記載の商品を輸入・販売してはならない。
3 被控訴人は、前項の商品を廃棄せよ。
4 被控訴人は、控訴人に対し、3億円及びこれに対する平成16年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、米国企業が製造販売するブラジャーの日本国内における独占的販売権者である控訴人が、同じくブラジャーを輸入し、販売する被控訴人に対し、@控訴人のブラジャーの形態は控訴人の出所を表示する商品表示として周知性を有するところ、被控訴人のブラジャーの形態は控訴人のブラジャーの形態と類似し、控訴人の商品と混同を生じさせるおそれがある(不正競争防止法〈以下、特に断らない限り、平成17年法律第75号による改正前のものをいう。〉2条1項1号)、A控訴人のブラジャーの形態は控訴人の出所を表示する商品表示として著名性を有するところ、被控訴人のブラジャーの形態は控訴人のブラジャーの形態と類似している(同2号)、B被控訴人のブラジャーの形態は控訴人のブラジャーの形態を模倣したものである(同3号)と主張して、(ア)同法3条1項に基づき被控訴人のブラジャーの輸入・販売の差止め、(イ)同法3条2項に基づき被控訴人のブラジャーの廃棄、(ウ)同法4条に基づき被控訴人のブラジャーの販売によって平成16年5月1日から同年7月31日までの間に控訴人が被った3億円の損害の賠償及びこれに対する同年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
 原審は、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人が本件控訴を提起した。
 (以下、ゴシック体で記載した箇所は、原判決の記載を訂正等し、又は、原判決の記載に当事者の当審主張ないしこれに対する当裁判所の判断を付加したものである。)
2 前提事実(証拠を掲記しないものは、争いがないか弁論の全趣旨により容易に認められるものである。)
(1) 控訴人は、平成15年1月30日、米国カリフォルニア州法人の「BragelInternational Inc.」(以下「ブラジェル社」という。)との間で、同社の開発、販売に係るブラジャー(商品名:NuBra。以下「控訴人商品」又は「ヌーブラ」という。)について、控訴人を日本国内における独占的販売権者とする旨の契約を締結し(甲2)、以後、同商品の輸入、販売を開始した。
 控訴人商品の形態は、原判決別紙「原告商品目録(原告)」添付写真のとおりである。
(2) 被控訴人は、平成16年5月1日以降、「Hello Sticky」という商品名のブラジャー(以下「被控訴人商品」という。)を輸入・販売している。
 被控訴人商品の形態は、原判決別紙イ号物件目録添付写真のとおりである。
3 争点
(1) 不正競争防止法2条1項1号関係
ア控訴人商品の形態は周知な商品表示か。
イ被控訴人商品は控訴人商品との混同を生じさせるおそれがあるか。
ウ控訴人は「不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者」(同法3条)、不正競争によって営業上の利益を侵害された「他人」(同法4条)に該当し、差止請求、廃棄請求及び損害賠償請求をなし得る地位にあるか。
(2) 不正競争防止法2条1項2号関係
ア控訴人商品の形態は著名な商品表示か。
イ控訴人は「不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者」(同法3条)、不正競争によって営業上の利益を侵害された「他人」(同法4条)に該当し、差止請求、廃棄請求及び損害賠償請求をなし得る地位にあるか。
(3) 不正競争防止法2条1項3号関係
ア控訴人商品の形態は同種の商品が通常有する形態か。
イ被控訴人商品の形態は控訴人商品の形態を模倣したものか。
ウ控訴人は「不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者」(同法3条)、不正競争によって営業上の利益を侵害された「他人」(同法4条)に該当し、差止請求、廃棄請求及び損害賠償請求をなし得る地位にあるか。
(4) 控訴人の損害の有無及びその額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(周知商品表示性)について
【控訴人の主張】
(1) 控訴人商品は、原判決別紙「原告商品目録(原告)」記載のとおりであって、通常のブラジャーが有しない次の新規な形態を有している。
@ 使用者の左右乳房上に独立して置かれる2個のカップよりなりA 肩ひも(ショルダーストラップ)、横ベルト等身体に装着する部材がなくB 各カップの内側には粘着層を備えている。
 被控訴人は、控訴人商品の形態が「通常有する形態」であると主張するが、控訴人商品が従来のブラジャーとは全く形態の異なるブラジャーであって「通常有する形態」でないことは争点(3)アに関する控訴人の主張のとおりであるから、被控訴人の主張は誤りである。
(2) 控訴人商品は、平成14年10月から米国及び台湾で販売されるや大好評を得た商品であるが、平成15年2月1日に日本国内で販売が開始された際にも大ヒットした商品である。
 このことは、全国のデパートや下着店で話題の商品として売り場の最前列に陳列され、テレビの情報番組でも「今大ブームの商品」として取り上げられ、また女性誌のみならず「AERA」「日経トレンディ」などの雑誌、新聞等でも頻繁に紹介されたことからも裏付けられる。初めてテレビで紹介されたのは平成15年3月6日であるが、これらマスコミでの紹介が商品の大ヒットより少し遅れることを考慮すれば、控訴人商品が著名ないし周知になった時期は、遅くとも平成15年3月であるといえる。
(3) 上記のとおり、控訴人商品の形態が著名性・周知性を獲得したのは、遅くとも平成15年3月である。類似品が出回ったのは、同年6月末ころであり、並行輸入品に至っては同年9月ころから出回っていたに過ぎないから、類似品や並行輸入品が出回るより以前に、控訴人商品の形態は、控訴人の出所を示す商品表示として著名ないし周知性を獲得していた。
 そもそも類似品及び並行輸入品は、控訴人商品がその形態ゆえに大ヒット商品となり、周知・著名性を獲得した後に、それに便乗して利益を得ようとした業者が多数存在したから出回ったものである(ちなみに、雑誌「日経ビジネス」平成15年12月15日号〈甲3の15〉に記載された同年における控訴人商品の販売個数21万個は、控訴人が回答した販売個数であるが、類似品や並行輸入品の販売個数29万個は憶測に基づく個数にすぎない。控訴人が平成15年8月から平成16年9月までの間に提起した差止請求訴訟において被告各社が明らかにした類似品の販売個数は合計で22万個程度である。)。そして、控訴人商品が著名性・周知性を獲得した後、それが希釈化された事情も存しないから、類似品及び並行輸入品の存在によって、控訴人商品が獲得した出所表示機能は影響を受けることはない。
【被控訴人の主張】
(1) 控訴人の主張する上記@ないしBの形態は、争点(3)アに関する被控訴人の主張のとおり、「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーとして、控訴人商品が日本国内において発売されるよりも前からそのような商品群として現に存在しており、日本国内市場においても販売されるなどしてその存在が認識されていたものであって、「従来存在しなかったブラジャーの形態」などでは決してないし、そもそもかかる形態は、「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーが通常有する形態であるから、そのような形態をもって控訴人商品の出所表示機能を獲得したなどとは到底認められない。
(2) 商品の形態が出所表示機能を有し、不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者の間に広く認識されている」、すなわち周知な商品等表示となるためには、@商品の形態が、他の類似商品と比べ、需要者の感覚に端的に訴える独自な意匠的特徴を有し、需要者が一見して特定の営業主体の商品であることを理解することができる程度の識別力を備えたものであることが必要であり、A当該商品の形態が長期間特定の営業主体の商品に排他的に使用され、又は、当該商品が短期間でも強力に宣伝広告されたものであることが必要であるというべきである。
 これを本件についてみるに、控訴人商品の形態を、従来から存在した「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーの形態と比べた場合、「肩ひもや横ベルトといった身体に装着する部材なしに、独立した2個のカップを直接乳房に貼り付ける」という形態のブラジャーということで多くの共通する要素を見出すことができるのであって、控訴人商品の形態が、他の類似商品と比べて需要者の感覚に端的に訴える独自な意匠的特徴を有しているとまでは評価することができない。しかも、控訴人商品が日本国内で販売され始めたのは平成15年2月ころであるが、早くも同年6月ころから、控訴人商品と形態がよく似た類似品が販売されるようになり、同年8月には、このような類似品が出回っていることが新聞で報じられるまでに至っているのであって、控訴人商品の形態を模倣した類似品が市場において多数存在するところとなった。そして、「ヌーブラ」の並行輸入品も出回るようになり、同年12月末時点、すなわち、控訴人商品が日本国内で販売され始めてからわずか1年も経たないうちに、控訴人を通した控訴人商品の売上個数(約21万個)よりも、類似品と並行輸入品の売上個数(約29万個)が上回る結果となっているし(甲3の15参照)、控訴人主張の類似品の販売個数22万個を前提としても、それが控訴人を通した控訴人商品の上記売上個数を上回っていることは厳然たる事実である。そうすると、本件においては、「ヌーブラ」の形態を一見して直ちにそれが控訴人の商品であると需要者において認識できるようになる程度の長期間が経過する前に、控訴人商品の類似品や並行輸入品が広く出回るようになったことによって、商品形態のみで控訴人の出所を識別するだけの周知性を獲得するまでには至らなかったというべきである。
2 争点(1)イ(混同のおそれ)について
【控訴人の主張】
(1) 被控訴人商品の形態は、控訴人商品の形態と酷似しており、被控訴人が主張する控訴人商品と被控訴人商品の形態の相違は些細なものに過ぎず、控訴人商品の形態それ自体が他の商品に比して独自の顕著性を有していることに鑑みれば、需要者が類似形態の被控訴人商品に接した場合、当該商品が同じ出所の商品であると誤認混同する可能性がある上、現実の混同も生じている。
(2) 不正競争防止法2条1項1号の類似性は、争点(3)イにおいて問題となる3号の模倣(実質的同一性)よりも広い範囲に認められるべきである。すなわち、1号は商品の出所についての混同を生じさせる行為を対象としているから、商品等表示の類似性も、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が、隔離観察により、両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものと受け取るおそれがあるか否かとの観点から判断されるべきである。この観点からいうと、本件の控訴人商品の商品形態は、その最大の特徴であるところの肩ひも、横ベルト等身体に装着する部材を有しない形状(形態)であり、カップ部分の質感は関係しない。
 このことは、1号の保護は、いわゆるシリーズ商品の基本形態も商品形態(商品等表示)として保護されていることよりも裏付けられる。すなわち、シリーズ商品とは基本形態を共通にし、一部を変更してヴァリエーションをもたせた一連の商品であるが、このような商品の場合、基本形態を同一又は類似とする商品の販売行為は1号により禁止される。同一人の販売するシリーズ商品の一つではないかとの誤認が生ずる可能性があるからである。本件においても、争点(3)イにおいて、被控訴人が指摘するように、控訴人は控訴人商品のほか、上記の形状を基本形態としたシリーズ商品である「ヌーブラ・エアライト」や「パテッドヌーブラ」を販売している。
 したがって、仮に、3号の形態の特徴に質感が含まれると解釈されるとしても、1号の商品等表示に該当する商品形態には、質感は含まれないとすべきことになる。よって、被控訴人商品の商品形態は控訴人商品の形態と同一ないし少なくとも類似することは明らかである。
【被控訴人の主張】
(1) 控訴人商品と被控訴人商品とはその形態を異にするのみならず、その商品名も全く異なるし、商品の包装箱の表示においても、控訴人商品の包装箱には商品を装用した状態の写真が載せられているのに対し、被控訴人商品の包装箱にはそのような写真を全く載せていないなど、明らかに異なっている。
 また、控訴人商品や被控訴人商品を購入する一般消費者(女性、とりわけ若い女性)が、控訴人商品と被控訴人商品とを誤認混同することなど絶対にあり得ない。被控訴人は、女性下着業界において、控訴人商品や被控訴人商品のようなブラジャーの購入層である若い女性から圧倒的な支持を受けている企業体であるほか、一般消費者が被控訴人商品を購入する方法も、大半が、被控訴人の発行したカタログに掲載されている被控訴人商品を通信販売の方法により購入するというものであって、被控訴人商品を購入した一般消費者が、実は控訴人商品であると誤認混同していたなどということは、およそ考えられない。
(2) 控訴人は、「1号の類似性は、3号の模倣(実質的同一性)よりも広い範囲に認められるべきものである。」と主張するが、控訴人の独善的見解を披瀝するものにすぎず、まったく理由がない。
 控訴人の主張する「商品等表示の類似性も、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が、隔離観察により、両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものと受け取るおそれがあるか否かとの観点から判断されるべき」との前提に立ったとしても、控訴人商品と被控訴人商品とを比較した際におけるカップ部分の質感や艶といった相違点は、消費者にとって意味のある大きな差異であり、「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーにおける複数の商品の識別を図るための指標となっているから、かかる質感や艶の相違を捨象して類似しているか否かを判断することが失当であることはいうまでもない。
3 争点(1)ウ(請求主体性)について
【控訴人の主張】
 控訴人は、控訴人商品について日本国内における独占的販売権を有する者であるから、「不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者」(不正競争防止法3条)、不正競争によって営業上の利益を侵害された「他人」(同法4条)に該当する。
【被控訴人の主張】
 控訴人商品の日本における独占販売権者というにすぎない控訴人は、「不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者」(不正競争防止法3条)、不正競争によって営業上の利益を侵害された「他人」(同法4条)に該当しない。
4 争点(2)ア(著名商品表示性)について
 争点(1)アに関する当事者の主張に同じ
5 争点(2)イ(請求主体性)について
 争点(1)ウに関する当事者の主張に同じ
6 争点(3)ア(通常有する形態)について
【被控訴人の主張】
(1) 控訴人商品のような、肩ひもや横ベルト等の身体に装着する部材がなく、独立した2個のカップを直接乳房に貼り付ける形で装用するというタイプのブラジャー(ストラップレス・バックレス・ブラジャー)は、控訴人商品が日本国内において販売されるよりも前から、そのような商品群として現に存在しており、日本国内市場においても販売されていた。
 すなわち、控訴人商品が日本国内で販売されるより前に市場で販売されていた商品としては、アメリカのBrazabra Corporationの「MAGICUPS」(検乙1)及び「Swivelift」(検乙2)、「STAYKUPS」(検乙3)、カナダのCoconut Grove Intimates社の「The CLEARLY NATURAL」(検乙7)、アメリカのFASHION FORMS社が取り扱っている「Extreme Plunge」(検乙8)がある。
 また、「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーに関しては、控訴人商品が日本国内で発売される以前から、既に日本の公開特許公報(乙5〜7)やアメリカの特許公報(乙21)において公開されていた。
 そして、このような「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」タイプのブラジャーであれば、カップ部分で乳房を包み込むとともに乳房の形を整えてサポートするというブラジャー本来の機能を果たすためには、必然的に、独立した2個のカップに何らかの粘着層を設けたうえで当該2個のカップを何らの装着具なしに直接乳房に貼り付けるという形態とならざるを得ない。
 さらに、カップ部分の形態についても、乳房を包み込む形で装着する以上、必然的に、乳房の形に沿った形状(いわゆるカップ状)とならざるを得ないのである。
 したがって、控訴人が控訴人商品の形態の特徴として指摘する3点は、いずれも、「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーという控訴人商品と「同種の商品」が、当該商品の機能及び効用を実現するために必然的または当然に選択される形態、すなわち「通常有する形態」である(なお、控訴人の主張する「各カップの内側には粘着層を備えている」との点は、単に当該商品の機能面を述べているものにすぎず、商品の形態を基礎付ける要素ではないから、控訴人商品の形態としてこの点を挙げるのは不適切である。)。
(2) 商品の「形態」とは、「物の外観の態様のことであり、その形状、模様(図柄)、色彩(色相、明度、彩度)、質量感、光沢感などである。」とされており、商品の外観上に現れている質感が「形態」の一要素となることは、疑問の余地がない。ちなみに、平成17年11月1日から施行されている改正不正競争防止法(平成17年法律第75号)2条1項3号においては、「商品の形態」とは、「需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様、色彩、光沢及び質感」であると定義されており、外観上に現れた質感は「商品の形態」の判断の一要素となることを明らかにしている。すなわち、質感が当該商品の形状と不可分一体となっているか否かによって商品の形態の一要素となるか否かの結論が左右されるものではない。したがって、質感と当該形状が不可分一体となっており、かつ質感が当該商品の形態を特徴づけている場合のみ形態の一要素として把握されるとの控訴人主張は、到底首肯できない。
 また、控訴人は、「異なる質感を有する控訴人商品と同一形態のカップの形状を採用することは容易であって、控訴人商品においては、カップの形状と質感が結合しているとは到底いえない。」と主張するが、本件においては、控訴人が原判決別紙原告商品目録(原告)において当該商品の写真によって特定した「控訴人商品」が備えている「全体的に肉厚で、ブヨブヨしていて、すぐに形が崩れる柔らかい質感」について、これとは異なる質感とすることもできるといった仮定の議論を持ち出してきても、意味のないことである。
(3) 不正競争防止法第2条1項3号は、同種の商品がない場合にあっては、当該他人の商品とその機能及び効用が同一又は類似の商品をもって、その通常有する形態を判断する旨規定しているから、その条文の文言上、「通常有する形態」に該当するか否かについて実際に商品が販売されているか否かという観点で判断していないことは明らかである。加えて、同号の規定上、「当該他人の商品と同種の商品…が通常有する形態」とは実際に販売された商品の形態でなければならないといった限定も何ら付されていないから、「同種の商品…が通常有する形態」であるか否かは実際に商品化されたものに基づいて判断すべきであるとの控訴人主張は失当である。
 上記の点をいま措き、仮に「同種の商品…が通常有する形態」であるか否かは実際に商品化されたものに基づいて判断すべきであるという前提に立ったとしても、被控訴人商品が控訴人商品を模倣したと評価されるためには、控訴人商品と被控訴人商品とを対比して観察した場合に「形態」が同一であるか実質的に同一といえる程に酷似していなければならないところ、その対比の対象(実質的同一性の有無を判断するための前提)となる「形態」とは、上記のとおり「需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様、色彩、光沢及び質感」なのであって、控訴人商品に備わっている上記各要素であれば、それが一般的に商品化されている商品の形態であろうとなかろうと、控訴人商品の「形態」の一要素として採り上げるのは、いわば当然のことである。
(4) 控訴人商品の製造者であるブラジェル社が控訴人商品に関して取得した日本の実用新案登録に係る登録実用新案公報(乙18)によれば、「考案の詳細な説明」の「従来の技術」の項において、「バックが大きく開いた服やバックが開いたランニングを着る女性にとっては、従来のブラジャーは着けられない。
 このため、ストラップ、バックのないブラジャーが現れている。…更に公知のストラップ、バックのないブラジャーは、…」と記載されている(乙18の7枚目)。ブラジェル社が上記実用新案に関する出願を行ったのは平成15年1月20日であるから、その時点において既に、ストラップ(肩ひも)もバック(横ベルト)もないブラジャー、すなわち「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーが市場において存在し、かつ公知となっていたことを、控訴人商品の製造者であるブラジェル社自身が自認していたことになる。したがって、控訴人が「控訴人商品の形態の最大の特徴である」と主張する「肩ひも、横ベルト等の身体に装着する部材がない」との点は、控訴人商品が日本国内において販売される以前から存在した「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーにおいて共通する、特段特徴もない極めてありふれた形態にすぎず、かつ、「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーとしての機能及び効用を発揮するために不可避的に採用しなければならない形態である。
【控訴人の主張】
(1) 被控訴人が指摘する商品がいずれも控訴人商品が販売される前に販売されていたことは認めるが、それらのうち、「MAGICUPS」は、専用シールで肌に張り付けるカップに過ぎず、ブラジャーのカテゴリーに入る商品ではない。
 しかも、各カップの内側のシール部分(粘着層)はカップの一部だけであり、各カップも控訴人商品とは明らかに異なる形態である。また、「Swivelift」及び「STAYKUPS」も、各カップの内側のシール部分は一部に過ぎず、カップの形態も控訴人商品の形態と異なっている。しかも、被控訴人が指摘する商品は、いずれも日本国内において需要者にはほとんど又は全く認知されていない。
 また、被控訴人は、公開特許公報等の存在を指摘するが、不正競争防止法2条1項3号に規定するのは「商品形態」であるから、販売されずに特許出願及び公開されたアイデアだけの商品があったとしても、その商品の形態が同号にいうところの「通常有する形態」になるものではなく、あくまで販売された商品の「形態」である必要がある。
 以上より、被控訴人がいう「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるブラジャーの形態がブラジャーの一般的な形態であるとはいえないし、ましてカップ内側の全面に粘着層を備えている控訴人商品の形態が一般的な形態であるとはいえない。
(2) 被控訴人は、控訴人商品の形態が、機能・効用のため回避できない商品形態であると主張する。しかし、肩ひもや横ベルト等の部品を用いず、各カップの内側に粘着層を設けた形態は、ブラジャーという商品の機能・効用のため回避できない商品形態ではないことは、肩ひもや横ベルトを用いる粘着層のないブラジャーが存在することより明白である。控訴人商品は、肩ひもや横ベルト等の部品を何ら用いることなく乳房に直接カップを粘着させるという従来のブラジャーとは全く形態の異なるブラジャーであって、「通常有する形態」に該当しない。
(3) 不正競争防止法2条1項3号にいう「商品の形態」とは、商品の外観の態様をいうものであって、質感は当該形状に結合している場合、すなわち質感と当該形状が不可分一体となっており、かつ質感が当該商品の形態を特徴づけている場合のみ形態の一要素として把握されるものである。しかるところ、異なる質感を有する控訴人商品と同一形態のカップの形状を採用することは容易であって、カップの形状と質感が結合しているとは到底いえない。したがって、控訴人商品においては、カップの形状と質感は不可分なものではないから、質感は控訴人商品の形態の要素ではない。
 また、「商品の形態」は、単に視覚によってのみ感得し得るのみならず、需要者が通常の用法に従って使用するにあたり知覚によって認識することができる商品の外観の態様をいうのであって、カップ裏面に粘着層を備えていることは、需要者が通常の用法に従って使用するにあたり認識することが可能である。そうすると、カップ裏面に粘着層を備えていることは、控訴人商品の形態の要素である。
 したがって、控訴人商品の形態の特徴は、争点(1)アに関する控訴人主張の@ないしBに尽きるのであって、それ以上些細な点を控訴人商品の形態の特徴とすべきではない。
(4) 不正競争防止法2条1項3号は、先行者が資金や労力を投下して開発・商品化した新たな商品の形態について、後行者がこれを模倣して先行者の開発成果にただ乗りするのを防止する趣旨に出るものであるから、同号の規定する「(当該他人の商品と同種の商品(・・・)が通常有する形態を除く。)」とは、一般的に商品化されている商品の形態ではない形態であることを要件とし、控訴人商品の形態の特徴を抽出するに際しても、比較すべきは、一般的に商品化されている商品の形態でなければならないはずである。
 しかるに、被控訴人が指摘するブラジャー(検乙1〜3、7及び8)は、商品化されているとしても、その販売量は極めて些かと推測されるブラジャーであって、一般的なブラジャーではない。いわば、当業者が調査しなければ発見できなかったようなブラジャーに過ぎず、需要者である一般消費者からすれば、単に特許公報に図面が記載されているだけで実際に商品化されていないブラジャーと同じである。そうだとすると、控訴人商品の形態の特徴は、上記のとおりというべきであり、これに質感等の特徴を加えるべきではない。
7 争点(3)イ(模倣性)について
【控訴人の主張】
(1) 被控訴人商品は、控訴人商品と同じく、争点(1)アに関する控訴人の主張の@ないしBの形態を有している。被控訴人が控訴人商品の形態と被控訴人商品の形態の差異として主張する点は、いずれも些細な相違であり、商品の形態として観察した場合、同一と評価できるほど酷似している。
(2) また、控訴人商品は、ストラップ及び横ベルトがなく、また何ら部品を使用することなく乳房に直接粘着させる、従来には存在しなかった構造のブラジャーであり、控訴人が日本国内で販売を開始するや、女性の間で大変な好評を博し、インターネットやテレビ、雑誌等でも頻繁に紹介され、特に若い女性の間では知らない者がいないほどの商品となり、ブラジャーの世界で革命的ともいえる現象を引き起こした。
 このような事情に鑑みれば、被控訴人商品は控訴人商品の形態を模倣したものである。
(3) 不正競争防止法2条1項3号にいう「模倣」とは、既に存在する先行者又は先行者と同視できる者の商品の形態をまねてこれと同一又は実質的に同一の形態の商品を作り出すことをいい、先行者又は先行者と同視できる者の商品と作り出された商品を対比して形態が同一であるか実質的に同一といえる程度に類似していることをいう。そして、両商品の形態に相違する部分があるとしても、その相違がわずかな改変に基づくもので、商品全体から見て些細な相違に過ぎない場合には、両商品の形態は実質的に同一といえる。そして、実質的に同一か否かの判断に際しては、需要者が商品を見たときに、どこに注意をひくか、該商品の特徴をどこに捉えるかといった観点からも検討すべきである。
 これを本件についてみるに、控訴人商品は、従来商品には見られなかった、肩ひもや横ベルト等の身体に装着する部材を全く有しないという点に最大の特徴を有する形態のブラジャーであるがゆえに、空前のヒット商品となったのである。そうだとすると、控訴人商品と同様、肩ひもや横ベルト等の身体に装着する部材を全く有しないという同一の特徴を有する被控訴人商品の形態が、控訴人商品の形態と実質的に同一であることは疑いの余地がない。
 もっとも、被控訴人商品は、控訴人商品とは異なった材質を用いた結果、カップ部分に質感や艶といった点で相違が見られるが、質感や艶の相違は商品全体から見て些細な相違に過ぎない。すなわち、控訴人商品には、従来商品と異なり、身体に装着する部材がなくカップ部分しかないから、改良を加えるとすれば、カップ部分に差異を設けるしかなく、被控訴人が主張する同部分の差異は、いずれも、どのようなデザインをしたら当該商品がより需要者の細かな嗜好にマッチするか否かという販売戦略に影響を与えることはあるとしても、同法2条1項3号の「形態」の実質的同一性の有無を判断する際に影響を与える相違点ではない。需要者は、上記特徴である、肩ひもや横ベルト等の装着部材を有しないという点に注目、着目して控訴人商品を購入したものであって、質感や艶は需要者の購入動機とは無関係である。
 したがって、被控訴人商品は、控訴人商品が大ヒット商品となった要因である控訴人商品の最も特徴的な形態において、商品の形態が同一であるにもかかわらず、質感や艶といった些細な相違点を殊更強調して、実質的同一性を否定し、「模倣」性を否定すれば、同法2条1項3号の適用される場面は存在しないに等しくなり、不正競争行為を規制しようとした法の趣旨を没却することになる。
(4) 被控訴人が指摘する「ヌーブラ・エアライト」や「パテッドヌーブラ」は、肩ひもや横ベルト等身体に装着する部材がないブラジャーであり、控訴人商品に改良を加えてはいるが控訴人商品と基本的な形態は同じであり、実質的に同一「形態」の商品である。すなわち上記各商品は、いずれも控訴人商品の派生改良商品であって、販売戦略の観点から、身体に装着する部材がまったくないブラジャーに様々なヴァリエーションを持たせたものに過ぎない。同一の「形態」のブラジャーであっても、ヴァリエーションが多い方がより需要者の嗜好に沿うからである。需要者は、まず、身体に装着する部材がない点に着目した上で、どのヴァリエーションのヌーブラにするかは各需要者の嗜好によって決するのである。そして、需要者の嗜好(ニーズ)に合致すれば売上げは伸びるかも知れないが、そのことと当該商品が不正競争防止法2条1項3号で保護されるか否かは無関係である。
【被控訴人の主張】
(1) 控訴人商品の形態と被控訴人商品の形態は、それぞれ原判決別紙「原告商品目録(被告)」及び「イ号商品目録」記載のとおりであって、カップ部分の外観の印象、外見上の色彩、光沢感及び質量感に大きな相違がある。
 そして、ブラジャーをはじめとする女性下着は、女性の感性にいかに訴えかけるかという点が極めて重要となってくる商品であり、実際に商品を購入する消費者もファッション情報に敏感な女性なのであって、彼女らは、「自分が装用したときにどのような印象となるか」という観点から、各商品の微妙な差異・特色を細部にわたって比較検討した上で、購入する商品を選択しているのであるから、形態の違いを考察するにあたっても、そのような細部における差異・特色の存在こそが極めて重要な意味を持つのである。また、ブラジャーのカップ部分は、それによって乳房を包み込むとともに乳房の形を整えてサポートするという機能を果たすものであるから、その形状は、機能上、ある程度限定されてくることにならざるを得ないのであり、そうであれば必然的に、細部にわたる点において微妙な差異・特色を設けることによって、他の商品との識別を図っていくこととなる。したがって、ブラジャーの形態を比較するにあたり、一見細部にわたるとも思える差異・特色についてこれを捨象してしまって、大まかな比較をしてしまうと、製造者も消費者も細部にわたる微妙な差異・特色によって自他識別を図っているという、ブラジャーというファッション商品が有する本質的部分を見誤ってしまうことになるといわなければならない。
 以上より、被控訴人商品の形態は控訴人商品の形態と実質的に同一ではなく、客観的に見て「模倣」とはいえない。
(2) また、被控訴人は、控訴人商品には、次のような欠点があると考えていた。すなわち、実際にブラジャーを装用する女性の視点から見ると、控訴人商品には、@カップ自体の重量が重く、しかも、カップ部分の乳房に貼り付ける面に伸縮性がないため、着用者ごとに微妙に異なる胸の形に完全にフィットさせることができず、単に乳房に貼り付けるといった装用方法となることによって、装用中も身体の動きに沿わず、カップ自体に重みがあることと相俟って、装用中にカップがずれてくるなど、装用感に違和感がある、また、Aカップ部分がゲル状で軟らかすぎるため、洋服を着用した際に、バストラインのシルエットに張りがなく、またバスト位置を上のほうで保持することができないので、シルエットが全体として老けた印象となるほか、装用中もノーブラであるような不安感がある、さらに、B人間の本物の乳房に近い、脂肪層を思わせるような外観が却って生々しくグロテスクであり、ブヨブヨの触感も気味が悪い、といったものである。
 このため被控訴人は、数社からストラップレス・バックレス・ブラジャーの取引申入れがあった際にも、控訴人商品に内在する上記のような欠点が何ら解消されておらず、外観上の印象も控訴人商品と似たり寄ったりであったため、かかる申入れを全て断ってきたが、被控訴人商品については、上記で述べた控訴人商品の持つ欠点が解消されていたことから、日本国内において販売することを決定したのである。
 そもそも、被控訴人は、女性下着の業界において確固とした地位を確立しているのであって、他社の商品にただ乗りする形で利益を上げようと目論むような会社ではなく、また、そのような必要も全くない。
 これらからすると、被控訴人は、主観的にも「模倣」したとはいえない。
(3) ある商品が他人の商品を「模倣」したと評価されるためには、他人の商品と作り出された商品とを対比して観察した場合に形態が同一であるか実質的に同一といえる程に酷似していることを要するとされているが、この同一もしくは実質的に同一であるといえるか否かの判断基準は、あらゆる商品に共通の画一的な基準が定められるものではなく、当該商品の属する分野や種類等によって自ずと異なってくる。例えば、その機能上、形状がある程度限定されてしまう類の商品(人間の身体のある特定の部分にフィットさせて使用することが当然に予定されている商品などは、その一例であろう。)であれば、その種類の商品として基本的に要請される形態を大きく逸脱した形態とすることはそもそも不可能であるから、そのような形で他の商品との識別を図ることはできず、その結果、細部にわたる点において微妙な差異や特色を設けることによってしか、他の商品との識別を図ることができなくなる。そのような商品について、細部にわたる差異を捨象しておおまかな形状のみをもって形態の違いを比較してしまったのでは、当該分野においてはおよそ全ての商品の形態が同一もしくは実質的に同一であるという結論となってしまうが、そのような結論が不当であることはいうまでもない。したがって、その機能上、形状がある程度限定されてしまう類の商品については、細部にわたる微妙な差異も十分加味したうえで、形態の比較をなすべきことになる。
 しかるところ、本件で問題となっているブラジャーは、前記のとおり、カップ部分で乳房を包み込みフィットさせることがその機能上必然的に要請されているから、その形状(とりわけカップの形状)は、機能上、乳房の形状に近い形にある程度限定されることにならざるを得ない。そうなると、ブラジャーに関して商品の自他識別を図るためには、カップ部分の細部にわたって当該商品の外観上の形状において微妙な差異や特色を設けるより他なく、かつ、そのことにこそ重要な意味があることになるから、控訴人商品と被控訴人商品の形態を比較するにあたっては、そのカップ部分の外観上の形態の差異について、細部にまでわたって検討することが求められる。
 加えて、ブラジャーをはじめとする女性下着についていえば、これを装用する女性の、豊かな、かつ、ファッションに関して細部にまでこだわりのある感覚・感性にいかに訴えかけるかという点が、極めて重要となる商品分野である。
 ブラジャーは、女性の肌に直接密着する形で装用するものであり、乳房を包みこむとともに乳房の形を整えてサポートするという機能面にとどまらず、装用したときにどのような印象となるかという外観面についても、細部の微妙な点にわたって女性の感性に影響を与えることになるから、そういった商品分野であるブラジャーに関して形態の比較をするにあたっては、やはり、細部にわたる微妙な差異にも重要な意味があることに十分留意して、これを意識した検討をしなければならない。
 以上に述べたような観点で控訴人商品と被控訴人商品とを比較した場合、控訴人商品のカップの形態(全体に肉厚で、ブヨブヨしていて、すぐに形が崩れる軟らかい質感を有しており、カップは、表面及び裏面とも全体に肌色のシリコンを薄いビニールで包んだような半透明状の膜で覆われ、周辺部ほど肌色が薄くなり、表面には細かな皺が寄るというもの)と、被控訴人商品のカップの形態(全体に張りのある平滑で硬めの質感を有しており、カップは、肌色で、全体に卓球のラケット面のようなラバー製品を思わせる艶があるというもの)とでは、その形態の相違(カップ部分の質感や艶の相違)は極めて大きいといわざるを得ないのであって、両商品の形態が実質的に同一であるなどとは到底評価できないことは誰の目にも明らかである。
(4) 控訴人自身も、平成16年4月ころから、「ヌーブラ」(控訴人商品)の販売は継続しながら、「ヌーブラ・エアーライト」(検乙9)という新商品の販売を開始しているところ、「ヌーブラ」も「ヌーブラ・エアーライト」も、肩ひもや横ベルト等の身体に装着する部材がないブラジャーという点では、その形態は共通している。「ヌーブラ」と「ヌーブラ・エアーライト」とを比較した場合、「ヌーブラ」のカップは、見た目に生々しく全体としてブヨブヨとした印象であり、重量感や本物の乳房に近いような質感・肉厚感があるのに対し、「ヌーブラ・エアーライト」のカップは、カップ部分の縁の部分にバインディング(縁縫い)が施されているほか、全体として生地の質感が感じられ、「ヌーブラ」のカップに見られるような本物の乳房に近い質感・肉厚感とは程遠い外観上の印象を呈しており、両者には、カップの外観の印象や質量感といった点において明確な差異が認められるのであるが、そのような細部にわたる差異こそが、女性消費者が購入する商品の選択にあたって着目・意識するポイントであり、他ならぬ控訴人自身も、そのような女性消費者の視点を誰よりもよく理解しているのである。さらに、控訴人は、「ヌーブラ・エアーライト」のカップ内のウレタンフォームを肉厚にするという微妙な差異を設けることによって、新たに「パテッドヌーブラ」なる商品の販売も開始しているのであって、控訴人が「ヌーブラ」と「ヌーブラ・エアーライト」と「パテッドヌーブラ」とを並行して販売している事実は、ブラジャーの細部にわたる差異こそが女性消費者の着目・意識するポイントであることを控訴人自身がよく把握していることの何よりの証左である。
 したがって、質感や艶は需要者の購入動機とは無関係であるとの控訴人主張は、完全に誤りである。
(5) 控訴人の指摘する「どのようなデザインにしたら当該商品がより需要者の細かな嗜好にマッチするか」という視点は、まさに、ファッション情報に敏感な女性が「自分が装用したときにどのような印象となるか」という観点から、ファッション感覚をもって各商品の微妙な差異や特色を細部にわたって比較検討したうえで購入する商品を選択しているという実態を踏まえたものである。そのような視点にたって、「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーのカップ部分に有意的に差異を設けるものである以上、これによって生じる形態の差異は、消費者にとって意味のある大きな差異なのであって、「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーにおける複数の商品の識別を図るための指標となっている。
 したがって、本件における控訴人商品と被控訴人商品のカップ部分に見られる形態の違いは、「形態」の実質的同一性を判断するにあたって大きな意味のある相違点なのである。
8 争点(3)ウ(請求主体性)について
【控訴人の主張】
(1) 控訴人は、控訴人商品について日本国内における独占的販売権を有する者であるから、「不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者」(不正競争防止法3条)、不正競争によって営業上の利益を侵害された「他人」(同法4条)に該当する。
(2) 被控訴人は、控訴人が独占販売権者にすぎないことをもって、不正競争行為の差止請求及び損害賠償請求の主体たり得ないと主張するが、その解釈では、他人が市場において商品化するために資金、労力を投下した成果を保護しようとした不正競争防止法2条1項3号の趣旨を全うできない。市場先行者の上記利益を保護しようとすれば、独占販売権者も保護の主体に含めることが必要である。独占販売権者もまた、先行者の商品形態の独占について強い利害関係を有するからである。
【被控訴人の主張】
 不正競争防止法2条1項3号所定の不正競争行為につき差止めないし損害賠償を請求することができる者は、形態模倣の対象とされた商品を、自ら開発・商品化して市場に置いた者に限られるというべきである。しかるところ、控訴人は、控訴人商品を自ら開発したものではなく、共同開発をしたものでもなく、また、控訴人商品の開発に資金や労力を投下したものでもなく、本件において、単にブラジェル社との間で独占販売契約を締結したというにすぎないから、不正競争行為の差止請求及び損害賠償請求の主体となる余地はない。
9 争点(4)(損害)について
【控訴人の主張】
 被控訴人は、平成16年5月1日から同年7月31日までの間に、被控訴人商品の販売により、少なくとも3億円の利益を得ている(売上7億8000万円、利益率38.4%)から、これが控訴人の被った損害額と推定される。
【被控訴人の主張】
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 不正競争防止法2条1項3号の主張について
(1) 争点(3)ア(通常有する形態)について
ア検甲1号証によれば、控訴人商品の形態は次のとおりであると認められる。
(ア) 基本的形態
a 独立した左右2個のカップから成るブラジャーである。
b 肩ひも、横ベルト等の身体に装着する部材がない。
c 2個のカップの相対する部分に両カップを連結するフロントホックが設けられている。
d 左右2個のカップは、前面視(原判決別紙「原告商品目録(原告)」添付写真の第2図及び第3図)でいずれも略半円形をしている。
(イ) 具体的形態
a 全体に肉厚で、ブヨブヨしていて、すぐに形が崩れる軟らかい質感を有している。
b カップは、表面及び裏面とも全体に肌色のシリコンを薄いビニールで包んだような半透明上の膜で覆われ、周辺部ほど肌色が薄くなり、表面には細かな皺が寄る。
c カップの裏面は、粘着層があり、これに由来する光沢がある。
イ控訴人商品が市場で販売されるより前に、次のブラジャーが市場で販売されていたことは、当事者間に争いがない。
(ア) 商品名「MAGICUPS」(検乙1)
(イ) 商品名「Swivelift」(検乙2)
(ウ) 商品名「STAYKUPS」(検乙3)
(エ) 商品名「The CLEARLY NATURAL」(検乙7)
(オ) 商品名「Extreme Plunge」(検乙8)
ウ控訴人商品の基本的形態とこれら従来商品の基本的形態とを比較検討すると次のとおりである。
(ア) 「MAGICUPS」は、控訴人商品の基本的形態のうちのa及びbを備えている点で共通するが、同cを備えておらず、同dについてはカップの形状が異なる上、カップの周縁部にカップ裏面を身体とテープで接着させるための平坦部が設けられている点で異なる。
(イ) 「Swivelift」は、控訴人商品の基本的形態のうちのa、b及びcを備えているが、同dについてはカップの形状が異なる上、カップの周縁部にカップ裏面を身体とテープで接着させるための平坦部が設けられている点で異なる。
(ウ) 「STAYKUPS」は、控訴人商品の基本的形態のうちのa、bを備えているが、同cについてはフロントホックが設けられていないからこれを備えておらず、同dについてはカップの形状が異なる上、カップの周縁部にカップ裏面を身体とテープで接着させるための平坦部が設けられている点で異なる。
(エ) 「The CLEARLY NATURAL」は、そもそも左右のカップが一体となっていて、控訴人商品の基本的形態のうちのa、cを具備しない。また、肩ひもは具備しないが、カップ横から脇にかけて伸ばされた部分を具備しており、この部分の裏面を身体とテープで接着させる構造になっていることから同bと異なる。なおカップ自体の形状は同dと共通している。
(オ) 「Extreme Plunge」も、「The CLEARLY NATURAL」と同様である。
エこのように、控訴人商品の基本的形態の各構成要素はいずれも従来商品の中に見られるものであるが、従来商品は、いずれも控訴人商品の基本的形態の構成要素の一部を具備するにとどまり、控訴人商品の基本的形態の構成要素の全てを具備したものは存しない。したがって、控訴人商品の形態上の特徴は、まず、その基本的形態において、従来商品では一部ずつ採用されていた個々の構成要素を1個の商品形態の中に併せて採用した点にあるといえる。
 しかし同時に、控訴人商品の前記具体的形態も、カップ表面が布地様で、レースや柄模様で装飾的な形態を追求する一般的なブラジャー(前掲の各検乙号証のブラジャーは、いずれもカップ表面が布地様であるし、乙1の1ないし7並びに乙12の2ないし7及び9の各女性ファッション雑誌掲載記事に見られるブラジャーは装飾を凝らしている。)とは対極に位置し、被控訴人が主張するように人間のコラーゲン質を想起させるようなブヨブヨした生々しい質感を有する点で例を見ないものであり、やはり控訴人商品の形態の大きな特徴をなすものであるというべきである。
 この点について、控訴人は、不正競争防止法2条1項3号にいう「商品の形態」とは、商品の外観の態様をいうものであって、質感は当該形状に結合している場合、すなわち質感と当該形状が不可分一体となっており、かつ質感が当該商品の形態を特徴づけている場合のみ形態の一要素として把握されるものであるところ、控訴人商品においては、カップの形状と質感は不可分なものではないから、質感は、控訴人商品の形態の要素ではないと主張する。
 しかし、同号にいう「商品の形態」とは、具体的には、商品の形状、模様(図柄)、色彩(色相、明度、彩度等)、質量感、光沢感などであって、視覚によってのみ感得し得るものだけではなく、需要者が当該商品を通常の用法に従って使用するにあたり知覚によって認識することができる態様も含まれる。そうすると、独立した左右2個のカップから成るブラジャーである控訴人商品が、全体に肉厚で、ブヨブヨしていて、すぐに形が崩れる軟らかい質感を有しており、その点(前記認定に係る控訴人商品の具体的形態a)において、上記の一般的なブラジャーと対極に位置している以上、上記質感を控訴人商品の特徴をなすものとみるのが相当である。
 また、控訴人商品がカップ裏面に粘着層を備えていることは、カップの裏面に光沢があることから、直ちに、すなわち視覚的に感得されるものではないが、需要者が控訴人商品を装用するにあたり、その手触りや肌触りによって知覚的に認識することができるから、控訴人商品の場合には、粘着層があり、これに由来する光沢があること(前記認定に係る控訴人商品の具体的形態c)を、商品の形態の一要素として把握することができる。
 さらに、控訴人は、前記従来商品(検乙1〜3、7及び8のブラジャー)は、商品化されているとしても、その販売量は極めて些かと推測されるブラジャーであって、一般的なブラジャーではなく、当業者が調査しなければ発見できなかったようなブラジャーに過ぎず、需要者である一般消費者からすれば、単に特許公報に図面が記載されているだけで実際に商品化されていないブラジャーと同じであるから、上記従来商品の存在を前提にして、控訴人商品の形態の特徴に質感等の特徴を加えるべきではない旨主張する。
 しかし、前記従来商品のうち、「MAGICUPS」(検乙1)については、女性ファッション雑誌「Can Cam」平成12年4月号(乙1の4)、同「Chou Chou」同年5月30日ー6月12日号(乙1の1)、同「Domani」同年6月号(乙1の5)、同「Ray」同年8月号(乙1の2)、同「bea’s up」同年8月号(乙1の3)、同「Muffin」平成13年8月号(乙1の6)及び同「VERY」平成14年6月号(乙1の7)において、写真付きで「肩を出すタイプのドレスに便利な貼るだけのブラ。」、「ストラップレスのマジカップ」、「…カップを直接貼り付けるマジカップ。」、「このブラはシールで貼り付けるだけ。」などと紹介され、日本国内に商品として存在し、需要者に認識されていたことが認められる。また、控訴人商品の製造者であるブラジェル社が控訴人商品に関して取得した日本の実用新案登録に係る登録実用新案公報(乙18)によれば、「考案の名称」は「ストラップ、バックのないブラジャー構造」であり、「考案の詳細な説明」の「従来の技術」の項において、「…バックが大きく開いた服やバックが開いたランニングを着る女性にとっては、従来のブラジャーは着けられない。このため、ストラップ、バックのないブラジャーが現れている。これは永久的ではない粘着式粘着帯や、使い捨て式両面粘着帯をブラジャーと使用者の皮膚に固定する。更に公知のストラップ、バックのないブラジャーは、ブラジャーカップ内表面層から伸びた接続片によってブラジャーカップを使用者の皮膚上に固定するもので、有限の措置であるが、乳房間溝やバストアップ効果が僅かに取り入れられている。」、「考案が解決しようとする課題」の項には、「…本考案は、永久に有効で且つ重複使用できる粘着剤によって、使用者が接続片を使用することなく、ブラジャーを必要な位置に定位し、ブラジャーの移動を防ぐストラップ、バックのないブラジャー構造を提供することを課題とする。」と記載されている(乙18の1枚目及び7〜8枚目)。そして、ブラジェル社が上記実用新案に関する出願を行ったのは平成15年1月20日である(乙18)から、その時点において既に、ストラップ(肩ひも)もバック(横ベルト)もないブラジャーとして、前記従来商品のうち「The CLEARLY NATURAL」(検乙7)及び「Extreme Plunge」(検乙8)と同様に、カップの横から脇にかけて伸ばされた部分を具備しており、この部分の裏面を身体とテープで接着させる構造となっているブラジャーが市場において存在し、かつ公知となっていたことを、控訴人商品の製造者であるブラジェル社自身が自認していたことが認められる。しかも、女性ファッション雑誌「Muffin」平成14年6月号(乙26)には、上記構造を有するブラジャーが写真付きで「背中があいた服にも使える!究極のヌーディブラ」、「バックレスブラ」、「サイドを専用のシール(3枚入り)で貼るだけ。」として紹介されており、日本国内に商品として存在し、需要者に認識されていたことが認められる。
オこのように控訴人商品の形態は、その基本的形態及び具体的形態ともに特徴があるから、これが「同種の商品が通常有する形態」であるとはいえない。
 被控訴人は、前記従来商品の他に、種々の特許公報に記載されたブラジャーの形態を指摘する。
 しかし、不正競争防止法2条1項3号は、先行者が資金や労力を投下して開発・商品化した新たな商品の形態について、後行者がこれを模倣して先行者の開発成果にただ乗りするのを防止する趣旨に出るものであるから、「同種の商品が通常有する形態」であるか否かは、実際に商品化されたものに基づいて判断すべきであり、単に特許公報に図面が記載されているだけでは足りないというべきである。
 また、被控訴人は、控訴人商品の形態は「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーにおいて、その機能及び効用を実現するために必然的に選択される形態であると主張する。
 しかし、被控訴人が「ストラップレス・バックレス・ブラジャー」なるタイプのブラジャーであると主張する前記従来商品の商品形態と控訴人商品の商品形態とが、基本的形態及び具体的形態のいずれにおいても相違していることは先に述べたとおりであるから、控訴人商品の形態が、同種の商品の機能及び効用を実現するために必然的に選択される形態であるとはいえず、この意味で「同種の商品が通常有する形態」であるともいえない。
(2) 争点(3)イ(模倣性)について
ア検甲2号証によれば、被控訴人商品の形態は、次のとおりであると認められる。
(ア) 基本的形態
a 独立した左右2個のカップから成るブラジャーである。
b 肩ひも、横ベルト等の身体に装着する部材が全くない。
c 2個のカップの相対する部分に両カップを連結するフロントホックが設けられている。
d 左右2個のカップは、前面視(原判決別紙「イ号物件目録」添付写真の第2図及び第3図)でいずれも略半円形をしている。
(イ) 具体的形態
a 全体に張りのある平滑で硬めの質感を有している。
b カップは、肌色で、全体に卓球のラケット面のようなラバー製品を思わせる艶がある。
c カップの裏面は、粘着層があり、これに由来する光沢がある。
イ不正競争防止法2条1項3号にいう「模倣」とは、当該他人の商品形態に依拠して、これと形態が同一であるか実質的に同一といえるほどに酷似した形態の商品を作り出すことを意味し、商品形態が実質的に同一であるといえるためには、商品の基本的形態のみならず具体的形態においても実質的に同一であることが必要である。
 そこで、先に認定した控訴人商品の形態と被控訴人商品の形態とを比較すると、両者は、基本的形態とカップの裏面の具体的形態において共通するが、カップの質感や艶といった具体的形態において相違がある。そして、先に争点(3)アについて述べたとおり、控訴人商品の形態の特徴は、その基本的形態において、従来商品では一部ずつ採用されていた個々の構成要素を1個の商品形態の中に併せて採用した点にあるのみならず、その具体的形態において、カップ表面が布地様で、レースや柄模様で装飾的な形態を追求する一般的なブラジャーとは対極的に、人間のコラーゲン質を想起させるようなブヨブヨした生々しい質感を有する点にもあるところ、被控訴人商品は、その具体的形態に起因して、控訴人商品のようなブヨブヨした生々しさを感じさせず、ラバー製品のような艶のある硬い質感を感じさせる点で形態的印象を異にしている。
 また、弁論の全趣旨によれば、このような質感の相違は、いずれも材質等を工夫することにより、@控訴人商品では重量が165gである(乙9の1)のに対して、被控訴人商品では重量を99gと軽量化したこと(乙9の2)や、A実際に装着した際の乳房の形状を補正する機能の点において、控訴人商品ではカップが軟らかいために形が崩れてしまうのに対し、被控訴人商品ではカップを硬くして形が崩れることなく保持される(乙8の7)ようにしたことに由来するものであると認められる。上記@、Aの相違点は、いずれもブラジャーの機能上重要なものといえるから、上記材質等の工夫により質感の相違をもたらしたことが無用な形態上の改変であるということはできない。
 そうすると、控訴人商品と被控訴人商品の各具体的形態における前記相違は、その基本的形態が同一であることを考慮しても、この相違が微細な差異にすぎないとはいい難く、両商品の形態が実質的に同一であるとまではいえない。
ウこの点について、控訴人は、被控訴人商品は、控訴人商品が大ヒット商品となった要因である控訴人商品の最も特徴的な形態、すなわち肩ひもや横ベルト等の身体に装着する部材がないという点において、商品の形態が同一であるにもかかわらず、どのようなデザインをしたら当該商品がより需要者の細かな嗜好(ニーズ)にマッチするか否かという販売戦略に影響を与えるヴァリエーションに過ぎないカップ部分の質感や艶といった些細な相違点を殊更強調して、実質的同一性を否定し、「模倣」性を否定すれば、不正競争防止法2条1項3号の適用される場面は存在しないに等しくなり、不正競争行為を規制しようとした法の趣旨を没却することになる旨主張する。
 しかし、ブラジャーは、その機能上、カップ部分で乳房を包み込むものであるから、その形状、特にカップの形状は、乳房に合うようにそれに近い形に限定せざるを得ず、肩ひもや横ベルト等の身体に装着する部材がないブラジャーについて商品の自他識別機能を持たせるためには、カップ部分に認識可能な特徴を設けるしかない。しかも、ブラジャーは、女性下着であって、女性の肌に直接密着する形で装用するものである以上、乳房を包み込み、その形を整え、これを支えるという機能面のみならず、これを装用した際にどのような印象を受けるかという外観面について、需要者である女性(女性消費者)のファッション感覚、感性にいかなる影響を与えるのかが問題となる商品である。そうすると、カップ部分の質感や艶といった印象は、女性消費者が購入するブラジャーの選択に際し着目する重要なポイントであることは否定できないから、控訴人商品と被控訴人商品の形態を比較するにあたっては、そのカップ部分の形態の差異について検討することが必要となるところ、両商品の形態におけるカップ部分の上記質感や艶の相違は、決して些細なものとはいえない。
エしたがって、控訴人の不正競争防止法2条1項3号に基づく主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
2 不正競争防止法2条1項1号の主張について
(1) 争点(1)ア(周知商品表示性)について
ア後掲証拠によれば、平成15年における控訴人商品の新聞及び雑誌での紹介について、次の事実が認められる。
(ア) 控訴人商品は、我が国においては、平成15年2月ないし3月ころから販売されたが、同年の「女性セブン」6月12日号において、「噂のブラで谷間作ってみました」との見出しの下、3頁にわたって控訴人商品を紹介する記事が掲載された。そこでは、「どんなにセクシーな服を着ても絶対に見えず、しっかり谷間をメイクする”究極のブラ”として、主婦、OLから銀座のホステスまで、世の女性に話題沸騰中の”ヌーブラ”」と記載され、控訴人の代表取締役の「現在は月に5万個売れています」との発言が掲載された。(甲3の1)
(イ) 雑誌「Caz」6月23日号において、控訴人商品は、1頁の中に、他の8種類の商品と共に紹介された。(甲3の2)
(ウ) 雑誌「DIME」7月3日号において、「真夏のオンナは磨き込んだ”背中”が眩い」との見出しの下、他の7種類の商品ないしサービスと共に控訴人商品が紹介された。(甲3の3)
(エ) 雑誌「bea’s up」7月号において、6個のプレゼント商品の一つとして掲載された。(甲3の4)
(オ) 雑誌「MISS」7月号において、「肌見せNG立ち直りGOODS」として、他の3種類の商品と共に紹介された。(甲3の5)
(カ) 8月12日の毎日新聞夕刊(大阪本社版)1面の「’03夏写かんさい経済」欄において、控訴人商品が紹介され、「この夏の大ヒットは、米国生まれの『ヌーブラ』」、「輸入代理店の『ゴールドフラッグ』(東大阪市)は『3月の輸入開始以来、全国で売り切れ続出』。高島屋大阪店では、7月末までの4カ月で3250着が売れた。今は予約販売。類似品も出回るほどの人気だ。」との記載がある。(甲3の6)
(キ) 雑誌「AERA」8月18−25日号において、「人気爆発予約もしてくれませんヌーブラどこにもなし」との見出しの下、控訴人商品の関する1頁の記事が掲載された。そこでは、「あまりの人気にどこでも品切れ。まるっきり手に入らないブラジャーがある。その名は『ヌーブラ』。今年2月の発売以来、10万本以上売れた。」との記載がある。(甲3の7)
(ク) 9月24日の「繊研新聞」において、2003年春夏百貨店レディスバイヤーズ賞の話題賞に控訴人商品が選ばれて掲載された。(甲3の8)
(ケ) 雑誌「日経トレンディ」10月号において、控訴人商品が、他の3種類の女性向け商品と共に紹介された。(甲3の9)
(コ) 雑誌「DIME」10月2日号において、控訴人商品が、他の6種類の女性向け商品と共に紹介された。そこでは、「『ヌーブラ』は、…アメリカでの製造が追いつかず、都内大手百貨店では、約1000人が予約待ちとなる騒ぎとなった。いずれの高級品にも、今はより低価格な類似品が現われている。しかし、それを寄せつけないだけの高機能が支持され、ヒットを続けている。」との記載があり、また平成15年2月を100とした控訴人商品の月別売上個数比が、3月は200、4月は500、5月ないし8月は2000となることが記載されている。(甲3の10)
(サ) 雑誌「Can Cam」12月号において、控訴人商品が、他の6種類の女性向け商品と共に紹介された。そこでは、半年で10万枚の大ヒットと記載されている。(甲3の11)
(シ) 雑誌「日経トレンディ」12月号において、控訴人商品が「Best 30 for 2003」の17位として紹介された。そこでは、「ユニークなブラジャーとしてテレビ番組が報じたところ、あっという間にヒット。8月までに10万本以上が売れた。」「ピーク時には百貨店で購入の予約待ちをする客が1000人に及び、多数の類似品が出回った。」との記載がある。(甲3の12)
(ス) 12月4日の「日経流通新聞」において、控訴人商品が「2003年ヒット商品番付」の東前頭6枚目に位置付けられて紹介された。(甲3の13)
(セ) 雑誌「TOKYO 1週間」12月23日号において、「流行りモノグッズ部門」の1位として、控訴人商品が紹介された。そこでは、「現在までの販売数は21万個。」との記載がある。(甲3の14)
(ソ) 雑誌「日経ビジネス」12月15日号において、「あなたの知らないヒット商品」の4位として控訴人商品が紹介された。そこでは、「今春登場し、国内では正規輸入品…だけで21万個、並行輸入品や類似商品も合わせると50万個以上が売れたと見られる。」との記載がある。(甲3の15)
(タ) 雑誌「女性セブン」12月18日号において、他の商品と共に控訴人商品が紹介された。(甲3の16)
イ証拠(検甲3、4の1ないし10)によれば、@控訴人商品は、下記のとおりテレビ番組で紹介されたこと、A平成15年9月4日放送の「痛快!エブリディ」(関西テレビ)では、話題のシリコンブラジャーが安価だというので購入したところ、品質の悪い商品だったという一般消費者からの苦情が紹介されていることが認められる。
(ア) 平成15年3月6日放送の「ベストタイム」(TBS)
(イ) 同年4月3日放送の「あさリラ!」(読売テレビ)
(ウ) 同年4月18日放送の「F2」(フジテレビ)
(エ) 同年5月2日放送の「F2」(フジテレビ)
(オ) 同年5月9日放送の「F2」(フジテレビ)
(カ) 同年5月15日放送の「ちちんぷいぷい」(毎日テレビ)
(キ) 同年6月3日放送の「みよ缶」(ABC朝日放送)
(ク) 同年6月7日放送の「みかさつかさ」(毎日放送)
(ケ) 同年6月10日放送の「特ダネゴウガイ」(フジテレビ)
(コ) 同年6月14日放送の「サタデー総合研究所」(テレビ朝日)
(サ) 同年6月21日放送の「ぶっちゃけ生タマゴ」(関西テレビ)
(シ) 同年9月14日放送の「大阪ほんわかテレビ」(読売テレビ)
ウ後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、控訴人商品の類似品として、次のものが存在したことが認められる。
(ア) 控訴人商品の形態とよく類似する「Fancy Bra」が、平成15年8月ころの時点で販売されていた。(乙10、15の各1〜4)
(イ) 控訴人商品の形態とよく類似する「Pas Bra」が、平成15年夏ころの時点で販売されていた。(乙17の1〜4)
(ウ) 被控訴人は、平成15年7月ころ、台湾で販売されている「Skin Bra」という商品の取扱いを打診された。同商品の形態は控訴人商品とよく類似している。(乙16の1〜4)
エ以上の認定事実及び弁論の全趣旨によって認められる後記事実に基づき判断する。
(ア) 商品の形態も、それが他の同種の商品と識別し得る顕著な特徴を有するものである場合には、商品の出所を表示する商品表示として機能し得るものであり、控訴人商品には、先に争点(3)アで述べた形態的特徴があるから、その商品形態は、商品表示として機能し得る適格を有するものであるといえる。
 そして、控訴人商品は、平成15年2月ないし3月の日本国内での販売開始後、テレビ番組で紹介され、特に夏物衣料の販売が始まる同年5月ころからヒット商品となり、同年6月以降は何度も雑誌に取り上げられ、同年8月ころには製造が追いつかず、大手百貨店では予約待ちの状態となったことからすると、控訴人商品は短期間に集中的に需要者の間に浸透していったものといえる。
 これらからすると、同年3月の段階においては、販売開始当初であり、同月6日のテレビ放送で紹介された程度であって、同月に控訴人商品の形態が控訴人の周知な商品表示となったとの控訴人の主張は認めることができない。
(イ) そして、テレビ放送とともに雑誌の紹介も多くなり、販売個数も飛躍的に伸びたと考えられる同年(平成15年)6月以降、控訴人商品が周知となっていった可能性があるものの、同月ころから控訴人商品と形態がよく似た類似品が販売されるようになり、同年8月に入ると、このような類似品が出回っていることも新聞で記載されるようになったこと(前記ア(カ))からして、類似品の数も増大したものと推認される。また、同時に並行輸入品も出回るようになり(弁論の全趣旨)、雑誌「日経ビジネス」平成15年12月15日号に、控訴人を通した控訴人商品の売上げが約21万個であるのに対し、類似品と並行輸入品を合わせた売上げが約29万個と見られる旨の記載があること(前記ア(ソ))、この記載のうち、控訴人商品の販売個数は控訴人が回答した数字であること(前記ア(セ)、弁論の全趣旨)からすると、平成15年末ころには、類似品と並行輸入品の売上量が控訴人を通じた控訴人商品の売上量を上回る事態となっていたものと推認される。さらに、控訴人が、平成15年8月から平成16年9月にかけて提起した本件訴訟を含む差止・損害賠償請求訴訟において、被告各社(合計20社)が明らかにしたという類似品の販売個数は合計22万個程度であって(弁論の全趣旨)、控訴人が自認する控訴人の上記販売個数を上回っている。
 そして、これらの類似品の形態は、前記「Fancy Bra」や「Pas Bra」、そして被控訴人が取扱いの打診を受けた「Skin Bra」の各形態に照らして、控訴人商品とよく似ており、商品形態のみでは容易に識別することができないものであったと推認される。
 また、並行輸入品については、その流通に控訴人は介在していないから、これが控訴人の商品であるとはいえず、この商品形態が控訴人の出所を表示するものとはいえないところ、並行輸入品の商品形態は、当然ながら控訴人商品のものと同一である。
 このように、控訴人商品が日本で販売され、話題になっていったころから、類似品が出回り始め、控訴人商品の最盛期となった平成15年夏の時点では類似品も増加し、並行輸入品も出回るようになり、同年末の時点ではそれらの売上量の方が控訴人商品の売上量を上回る状態であったことからすると、控訴人商品の形態は、控訴人の出所を示す商品表示としての周知性を獲得するより前に、多数の類似品及び並行輸入品が出回ったことにより、商品形態のみで控訴人の出所を識別するだけの周知性を獲得するには至らなかったと認めるのが相当である。
 先に認定した雑誌の記事の中には、平成15年10月の時点で、控訴人商品は、低価格の類似品が出回る中でもそれを寄せ付けないだけの高機能が支持されてヒットを続けているとの記載がある(前記ア(コ))が、この記載は、類似する形態の商品の間でも控訴人商品は品質面で消費者から支持されているということを示すにとどまり、商品形態自体によって控訴人の出所が識別されていることを裏付けるものとはいえない。
 また、テレビ番組において、一般消費者から、話題のシリコン製ブラジャーが安価だというので購入したところ品質が悪かったという苦情が寄せられたことがある(前記イA)が、多数の類似品及び並行輸入品の存在を前提とすれば、このような例があるからといって、控訴人商品の商品形態が控訴人の出所を識別するだけの周知性を獲得するに至らなかったという前記認定は左右されない。
(ウ) したがって、控訴人商品の商品形態が、控訴人の出所を表示する周知な商品表示であるとは認められない。
(2) 小括
 以上によれば、控訴人の不正競争防止法2条1項1号に基づく主張は、その余について判断するまでもなく理由がない。
3 不正競争防止法2条1項2号に基づく主張について
 先に2で認定、説示したところからすると、控訴人商品の商品形態が控訴人の出所を表示する著名な商品表示であるとは到底認められないから、控訴人の不正競争防止法2条1項2号に基づく主張は、その余について判断するまでもなく理由がない。
4 結論
 その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面等に記載の主張に照らし、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、前記認定判断を覆すほどのものはない。
 以上の次第で、控訴人の請求はいずれも理由がなく、棄却を免れない。
 よって、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 若林諒
 裁判官 小野洋一
 裁判官 長井浩一
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