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【事件名】NHK記者の証言拒否事件(2)
【年月日】平成18年3月17日
 東京高裁 平成17年(ラ)第1722号 証拠調べ共助事件における証人の証言拒絶についての決定に対する抗告事件
 (原審・新潟地裁平成17年(エ)第6号)

判決
抗告人(基本事件原告)X1
代表者<ほか五名> X2
抗告人六名代理人弁護 A <ほか五名>
相手方(基本事件証人) 丙川竹夫
代理人弁護士 E <ほか一名>
復代理人弁護士 F
基本事件被告 アメリカ合衆国
代理人弁護士 C <ほか一名>


主文
一 本件抗告をいずれも棄却する。
二 抗告費用は、抗告人らの負担とする。

理由
第一 抗告の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 証人丙川竹夫の本件証言拒絶は理由がない。
三 抗告費用は相手方の負担とする。
第二 事案の概要
一 基本事件の原告ら
 抗告人X1は、テキサス州法に基づいて設立され、アロエ・ベラ・ジェルをベースとする健康・美容アロエ製品を販売する法人であり、抗告人X2は、X1を含むアロエの栽培から出荷、加工、製造及び販売に至るまで各企業活動が垂直的な統合関係にあるOTUYAMA傘下の関連会社グループ(乙山グループ)の実質的な所有者であり、抗告人X3は、同人の妻である。
 抗告人X4は、アリゾナ州法に基づいて設立され、その株式のすべてを抗告人X2が保有する法人であり、同社は、平成一三年(二〇〇一年)一一月二七日現在、乙山グループの日本における販売組織であるオツヤマ有限会社(オツヤマ)の持分を五〇%保有している。
 抗告人X6は、ネバダ州法に基づいて設立され、その株式すべてを抗告人X5が保有する法人であり、同社は、オツヤマの持分を五〇%保有している。
二 日本における報道
 平成九年(一九九七年)一〇月九日、日本放送協会(NHK)の午後七時のニュースで、オツヤマが原材料費を水増しして七七億円の所得隠しをしていたと伝え、日本の国税当局(国税庁)が同社に対し、重加算税を含めて三五億円の追徴課税をしたこと、所得隠しをした利益をアメリカの関連会社に送金し、その金を同会社の役員が個人的に流用したとして、米国内国歳入庁(IRS)も追徴課税をしたことが報道され(甲五の一。以下「本件NHK報道」という。)、翌日、主要各新聞紙もこれを報道し(甲五の二ないし九)、米国内でも報道された(以下「本件報道」という。)。これらの本件報道の内容には、一般に公示されている情報以外の一般人がアクセスできないはずのオツヤマ及び抗告人らの納税申告情報が含まれていた。
三 基本事件の概要
 抗告人らは、日米租税条約に基づく一九九六年の日米同時税務調査の過程で、IRSが国税庁に対し、国税庁が日本のメディアに漏洩すると知って、無権限でしかも虚偽の内容の情報(IRSは本件報道の前に役員に対して支払われていた金員はX1の営業費用であることを認めることに方針変更をした。甲一〇の一・二)を開示したことにより、国税庁の税務官が情報源となって本件報道がなされ、これによって株式価値や配当の減少等の損害を被ったと主張して(甲二の一・二。二〇〇五年二月一四日付け第三修正訴状)、アメリカ合衆国を被告とする損害賠償訴訟を米国アリゾナ州地区連邦地方裁判所に提起したのが基本事件であり、基本事件においては、@IRSは、国税庁に対し、日米租税条約及び合衆国法規(タイトル26セクション6103の機密保持義務に違反する情報開示をしたか、AIRSは、国税庁が日米租税条約二六条に定める機密保持義務に反して、日本のマスコミに対し、情報を漏洩することを知り、又は知りうべきであったか、B国税庁は、日本のマスコミに対して、本件報道に係る情報を漏洩したかの三点が主要な争点であり(甲一二の一・二の弁論I.B.3参照)、基本事件被告アメリカ合衆国はこれらの問題について否認ないし疑問視している。
 本件基本事件は、事実審理(trial)の前段階の手続であるディスカバリー手続の段階にあり、米国アリゾナ州地区連邦地方裁判所(ジェームズ・A・ティールポルグ判事)は、その事実審理において使用するため、相手方丙川竹夫証人の証拠調べを我が国司法当局に嘱託した(本件共助事件)。
四 本件共助事件
 基本事件の係属する米国アリゾナ州地区連邦地方裁判所(ジェームズ・A・ティールボルグ判事)は、本件NHK報道のあった当時、日本放送協会の報道局社会部に在籍していた相手方の証言を得ることが、基本事件における事実審理(trial)のために必要であるとして、平成一七年(二〇〇五年)三月三日付けで、国際司法共助により、同裁判所の指定する質問事項(以下「質問事項」という。)について、わが国の司法当局において、相手方の証人尋問を実施することを嘱託した。この嘱託に基づき、平成一七年七月八日、相手方の勤務先住所地を管轄する新潟地方裁判所において相手方の証人尋問が実施され、相手方丙川竹夫証人は、六ないし七の取材源からの取材に基づいて作成された原稿について編集デスクのチェックを経て、本件NHK報道として放送した旨を証言したが、質問事項一二番「同記事が言及している「情報源」または「関係者」とは誰のことですか。」、同二〇番「オツヤマの過去又は現在のいずれかの従業員、役員又は代理人が、同記事の情報源でしたか。a.そうである場合には、それは誰ですか。b.そうでない場合には、あなたの情報源となった者は、オツヤマの過去又は現在の従業員、役員又は代理人から知り得た情報を伝達していると表明しましたか。そうである場合には、それは誰ですか。」、同二一番「オツヤマの弁護士又は会計士のいずれかが、同記事の情報源でしたか。a.そうである場合には、それは誰ですか。b.そうでない場合には、あなたの情報源となった者は、オツヤマの弁護士又は会計士から知り得た情報を伝達するものであると言いましたか。そうである場合には、それは誰ですか。」、同二四番「日本の政府職員のいずれかが、同記事の情報源でしたか。そうである場合には、それは誰ですか。」についての質問につき、民事訴訟法一九七条一項三号の定める「職業上の秘密」に当たることを理由に証言を拒絶した(同人調書四頁。以下「本件証言拒絶」という。)ため、抗告人ら代理人は、その証言拒絶の当否についての裁判を求め、これに対し、原審裁判所が相手方の本件証言拒絶には理由があるとの裁判をしたので、抗告人らが民事訴訟法一九九条二項に基づき即時抗告をして前記第一のとおりの裁判を求めているものである。
五 本件抗告の理由の要旨
(1)等価的な比較考量の不当性
 本件証言拒絶の当否を判断するに当たっては、公正な裁判の実現及び裁判を受ける権利の保障を前提に制限的に解釈適用される必要があるのであって、たとえ、本件取材源の開示によって取材の自由が侵害される程度と、開示されないことによって抗告人らの裁判を受ける権利が侵害される程度との比較考量により判断するという手法をとるとしても、取材の自由は、「憲法二一条の精神に照らし、十分尊重に値するもの」とされているにすぎないのに対し、裁判を受ける権利は憲法上保障されているのであるから、両者の比較考量にあたっては、等価的に取り扱うことを憲法は予定しておらず、相手方の証言拒絶権は制限的に解釈されなければならない。
 特に、本件嘱託尋問においては、当事者の権利放棄書(甲二二の一・二、甲二三の一・二)により、相手方が取材源について証言したとしても、当該取材源がオツヤマやアメリカ合衆国によって懲戒ないし刑罰等を受ける危険はないから、取材源の秘匿の意味はないというべきである。
(2)相手方の証言の重要性
 基本事件における要証事実(上記三)について、相手方の証言は、争点Bについて強い関連性を有するのみならず、争点Aについても関連性を有し、本件NHK報道が直接漏洩源から取材したことの明らかな報道であることからみて、基本事件の解明には必須の証言であり、本件証言拒絶を認めることは、抗告人らの基本事件の裁判を受ける権利を奪うに等しい。
 このように、本件証言拒絶によって被る抗告人らの危険が具体的であるのに対し、相手方の主張する取材の自由の侵害は抽象的なものにすぎず、両者を同等比重で比較考量するのは公正とはいえない。
(3)取材源に保護すべき利益がない
 本件報道は、取材源が国家公務員法一〇〇条、合衆国法規タイトル26セクション6103及び日米租税条約二六条に定められた秘密保持義務ないし守秘義務に違反して本来守秘すべき抗告人らの納税申告情報を漏洩した結果に基づく可能性が高く、そのような者を報道の自由、取材の自由の名の下に保護するのであれば、法違反事実の隠蔽になる。このように本件の取材源の利益を保護する必要性はない。
(4)限定的な証言の余地
 取材源の所属する組織の名称を明かす限度の証言であれば、所属組織が明らかになるとしても取材源を特定することは困難であり、取材源の秘匿による取材の自由の侵害はないはずであるから、少なくとも取材源の所属組織名については証言する義務があるというべきである。
第三 当裁判所の判断
一 「職業の秘密」の意義と取材源の秘匿の関係
 民訴法一九七条一項三号の「職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解すべきである(最高裁決定平成一二年三月一〇日・民集五四巻三号二〇七三頁)。ところで、報道機関の取材活動は、民主主義社会の存立に不可欠な国民の「知る権利」に奉仕する報道の自由を実質的に保障するための前提となる活動であり、取材した相手方(取材源)が秘匿されなければ、報道機関と取材源との信頼関係が失われる結果、報道機関のその後の取材活動が不可能ないし著しく困難になる性質を有するという意味で、取材源は、民訴法一九七条一項三号の「職業の秘密」に該当し、原則として、これを秘匿するための証言拒絶は理由があると解するのが相当である。
 抗告人らは、本件で推測され得る取材源側の態度に関し、本件嘱託尋問に際し、基本事件の各当事者が権利放棄(甲二二の一・二、甲二三の一・二)をしたから、相手方が取材源を証言しても、当該取材源が刑罰等を受ける危険がなく、また、証言の際にその取材源を秘匿する意味がない旨主張するが、基本事件の各当事者の権利放棄書(甲二二の一・二、甲二三の一・二)によっても、本件NHK報道に係る他の取材源が法律上の制裁を受けるおそれがなくなる効果がもたらされるものとは解されないし、また、相手方ないし日本放送協会の記者が一般的に取材源から取材する活動を行う上で基礎となる信頼関係が揺らぐことが生じないという効果を伴うものとも認められないので、抗告人らのこの点の主張は、これをそのまま採用することはできない。
二 取材源秘匿のための証言拒絶と抗告人らの裁判を受ける権利
 取材源を秘匿することの上記のような意義に鑑みると、取材活動の持つ上記のような価値に匹敵する以上の社会的公共的な利益が害されるような特段の事情が認められない限り、取材源秘匿のための証言拒絶は許されるというべきであって、当該取材源の公表を強制することにより報道機関の被る不利益と、当該証言によって実現される裁判を受ける権利とを比較考量して、報道機関の取材源秘匿のための証言拒絶が許されるか否かを決するのが相当である。
 抗告人らは、本件証言が、本件基本事件の要証事実に強い関連性を有し、事案解明に必須であって、本件証言拒絶による抗告人らの裁判を受ける権利に対する具体的侵害が明らかであるから、「憲法二一条の精神に照らし、十分に尊重に値するもの」とされる程度の抽象的な報道機関の不利益を理由に証言を拒絶することは許されない旨主張するが、本件基本事件は、米国アリゾナ州地区連邦地方裁判所に提起されたアメリカ合衆国を被告とする抗告人らの企業及びその役員としての損害賠償請求をその目的とする訴訟であって、本件共助事件である相手方に対する証拠調手続が基本事件の事実審埋(trial)の前段階のディカバリー手続の一手段として原審裁判所が受託証人尋問機関の役割において実施する手続にとどまるものであることに徴すると、基本事件に係る抗告人らの裁判を受ける権利(ここに「裁判」というのは、民事訴訟法一九七条一項三号を含む我が国の民事訴訟法すなわち外国裁判所ノ嘱託ニ困ル共助法三条の「日本ノ法律」の規定により施行すべき本件共助事件の手続においては、民事訴訟法にいう本案裁判を指すものと解される。)が当該証言が得られないことによって受ける影響としては、当該証言拒絶に係る取材源の秘匿によって保障される報道機関の取材活動の持つ民主主義社会における価値に勝るとも劣らないような社会的公共的な利益の侵害が生じるものであるとまで認めることは困難といわざるを得ず、そうすると、本件が相手方において本件証言拒絶をすることが許されない特段の事情がある場合に該当するということはできないのであり、抗告人らの主張は、採用することができない。
 抗告人らは、公正な裁判の実現及び抗告人らの裁判を受ける権利を保障する上で、本件報道のうち、米国内国歳入庁(IRS)も追徴課税をした事実が虚偽である点を主張するが、その根拠として挙げる甲一〇の一・二は、X1の一部の金額について和解による解決を勧告する旨のIRS担当官の書簡にすぎず、他にX1の税務問題全体が米国内国歳入庁において最終的にどのように処理されたかについては、事実関係を確定的に認めるに足る証拠はないのであり、上記の主張をもって抗告人らの裁判を受ける権利の保障のため相手方の本件証言拒絶が許されない場合に該当するとまでいうことはできない。
三 取材源の保護すべき利益の主張について
 抗告人らは、相手方が本件報道の取材源を秘匿する理由は、取材源になった者が守秘義務違反を犯したからであり、そうだとする取材源については保護に値する利益がないし、それを保護するのであれば法違反事実の隠蔽になると主張する。しかし、本件証言拒絶によって保護しようとする利益は、取材源の利益ではなく、取材源の公表によって深刻な影響を被り以後その遂行が困難になる報道機関の取材活動上の利益(ひいては報道機関の持つ上記の民主主義社会における価値ないし利益)であるから、抗告人らの上記の主張は、当を得ず、採用することができない。
 抗告人らは、仮に取材源が国税庁の職員である場合には、当該取材源の情報漏洩行為は国家公務員法一〇〇条の守秘義務違反の行為に当たる点を指摘するが、一般に報道機関が公務員に対し取材を行うことは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会通念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである(最高裁決定昭和五三年五月三一日刑集第三二巻三号四五七頁)から、その取材活動が、取材源たる者に国家公務員法違反の行為を要請する結果になるとしても、直ちに当該取材活動が違法となることはないし、当該報道機関の上記のような社会的公共的な価値ないし利益のために当該取材源を秘匿する必要が相応に認められることに変わりがないというべきである。報道機関の当該取材活動の目的ないし取材方法における適否についての判断を離れて取材源の法違反の存否ないし取材源に法違反があるとしてそれを公表することの可否当否を検討することは、本件においては、必要性がないし、相当ともいえないのである。
四 限定的な範囲の証言義務について
 抗告人らは、取材源の所属する組織の名称を明かす限度の証言であれば、所属組織が明らかになるとしても取材源を特定することは困難であるから、取材源の秘匿による取材の自由の侵害はないはずであるなどと主張するが、組織の名称を明かしても取材源を特定することが困難であるとまでは言い切れないし、「職業の秘密」としての報道機関と取材源との信頼関係は取材源の氏名、住所等のその同一性を直接特定する情報のみを秘匿することによって維持されるべきものとは断じ難く、当該取材源を巡る諸般の事情から見て、所属組織の名称など取材源の同一性を間接的に特定する客観的な効果を伴う情報をも秘匿することによって維持される場合があり得るのであり、また、基本事件における前記の主な争点及び相手方の本件共助事件における証言内容からすると、所属組織の名称についての証言を得る必要性は、相手方の「職業の秘密」に係る取材の自由の価値ないし利益を凌駕するほど強い社会的公共的な利益に基づくものとまでは到底認められないのである。そうすると、この点についても抗告人らの主張は、採用することができない。
五 以上のほか、本件記録を検討しても、相手方の「職業の秘密」に属する取材源について証言を強制すべき特段の事情があるとは認められない。
六 よって、相手方の本件証言拒絶には理由があるというべきであり、これと同旨の原決定は相当であり、抗告人らの本件抗告はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり決定する。

東京高等裁判所第9民事部
 裁判長裁判官 雛形要松
 裁判官 中島肇
 裁判官 中山直子
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