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【事件名】類似薬剤の不正競争事件I
【年月日】平成18年2月24日
 東京地裁 平成17年(ワ)第5649号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成17年12月27日)

判決
原告 エーザイ株式会社
同訴訟代理人弁護士 中村勝彦
同 長坂省
同 藤井基
同 柏健吾
同 太田知成
同 伊勢智子
同 宮下央
被告 共和薬品工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 岡田春夫
同 辻淳子
同 森博之
同 中西淳
同 長谷川裕
同 木村美樹
同 川中陽子


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙被告標章目録1記載のPTPシート及び別紙被告標章目録2記載のカプセルを使用した胃潰瘍治療剤を製造、販売してはならない。
2 被告は、その占有に係る前項記載の商品を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、663万6000円及びこれに対する平成17年4月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、原告医薬品のカプセル等の色彩及び形態に類似するジェネリック医薬品を製造、販売する被告の行為は不正競争防止法2条1項1号に該当すると主張して、同法3条に基づく差止め及び廃棄並びに同法4条、5条2項に基づく損害金及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実
(1) 当事者
ア 原告
 原告は、医薬品の製造、販売、輸出入等を業とする株式会社である。
イ 被告
 被告は、医薬品の製造、販売、輸出入等を業とする株式会社である。
 (以上、争いのない事実)
(2) 原告商品
ア 販売開始時期等
 原告は、昭和59年12月6日、販売名を「セルベックスカプセル50mg」といい、テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤(以下「原告商品」という。)の販売を開始し、以後、原告商品の販売を継続している。
イ 原告形態
 原告商品は、テプレノンが充填された別紙原告標章目録2記載のカプセル(以下「原告カプセル」という。)を別紙原告標章目録1記載のPTPシート(以下「原告PTPシート」という。)に装填した形態で販売されている(以下、原告商品の形態を「原告形態」という。)。
 (以上、争いのない事実)
(3) 被告商品
ア 販売開始時期等
 被告は、平成10年10月、販売名を「テルペノンカプセル50mg」といい、テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤(以下「被告商品」という。)の製造、販売を開始し、以後、被告商品の製造、販売を継続している。
イ 被告形態
 被告商品は、テプレノンが充填された別紙被告標章目録2記載のカプセル(以下「被告カプセル」という。)を別紙被告標章目録1記載のPTPシート(以下「被告PTPシート」という。)に装填した形態で製造、販売されている(以下、被告商品の形態を「被告形態」という。)。
 (以上、争いのない事実)
(4) 販売態様
ア 原告商品及び被告商品は、医療用医薬品である。
イ したがって、原告商品及び被告商品は、直接又は卸売業者を介して、病院、医院、薬局に販売される。
 患者は、医師の処方に基づいて、院内処方の場合は病院又は医院から、院外処方の場合は薬局から、原告商品又は被告商品を購入する。
ウ 医師は、患者の症状に応じて、当該患者に適した医薬品を選択し、処方せんに記載する。
エ 商品名処方がされた場合、薬剤師は、医師の発行した処方せんに記載された医薬品につき、これを変更して調剤してはならないから(薬剤師法23条2項)、当該医師が発行した処方せんに記載されたとおりの商品を患者に提供する。
オ 現在は数が極めて少ないが、医師により一般名処方で処方せんが出される場合がある。この場合、処方せんを受け取った薬剤師の判断により、@処方せんに記載された一般名に対応する具体的な商品を薬剤師が選択する場合と、A薬剤師が、患者に対して、処方せんに記載された一般名に対応する商品について具体的に説明した上で、患者が具体的な商品を選択する場合がある。
 (以上、争いのない事実、弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 原告形態は、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」として需要者の間で広く認識されているか。
(2) 被告形態は原告形態と類似するか。
(3) 被告商品を販売する被告の行為に混同を生じさせるおそれがあるか。
(4) 被告の故意又は過失は認められるか。
(5) 原告の請求は権利の濫用と認められるか。
(6) 原告の損害額はいくらか。
3 争点(1)(商品等表示及び周知性)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 法律論
 特徴のある形態が特定の商品に長期間継続的に使用されたり、又は短期間であっても強力に宣伝されたような場合には、商品の形態自体も出所識別機能を獲得し、不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に当たるものと解すべきである。
イ 特徴のある形態
(ア) 原告形態は、前提事実(2)イのとおり、@銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシート並びにA緑色及び白色の2色のカプセルから構成されたものであり、原告形態と同一又は類似した形態の胃潰瘍治療剤は存在しないから、特徴のある形態である。
(イ) 後記被告の認否及び反論イ(イ)(カプセルの色)a(抗潰瘍用剤)は不知。アシノンカプセル150及びゲファニールカプセル50については、カプセルの色彩が異なる。
b(その他の薬剤)及びc(販売時期等)は不知。
(ウ) 同イ(ウ)(PTPシート)は不知。
 アシノンカプセル150については、PTPシートの色が異なる。
 被告はカプセルの色とPTPシートのデザインを分けて考察するが、両者を一体として考察すべきである。
(エ) 同イ(エ)(原告商品のジェネリック医薬品)のうち、a(阻止措置)は争い、b(ジェネリック医薬品の販売)は認める。
ウ 長期間の使用等
(ア) 情報伝達活動
 原告は、原告商品の販売が開始された昭和59年12月以来20年以上にわたり、1000人に達する医薬情報担当者(以下「MR」という。)を通じて、全国の医師及び薬剤師(以下「医師等」という。)に対し、原告商品に関する情報を提供するなどの情報伝達活動を行ってきた。
(イ) 販売実績
 原告商品は、医薬品が医師によってどれだけ処方されたかを示す処方ランキングにおいて、全国の病院で処方された全医薬品の中で平成13年まで処方ランキングの2位を維持し、平成16年においても同ランキングの4位であった。
 A2B抗潰瘍剤の中では、原告商品は、平成12年から平成16年まで処方ランキングで1位であった。
エ 需要者
(ア) 医師等
a 医師等は、原告商品の需要者である。
b すなわち、医師、薬剤師は、日常的に多数の種類、品目の医薬品を取り扱っていることから、商品名だけで医薬品を識別することは困難であり、医薬品のカプセル及びPTPシートの外観を写真で見ることにより、商品名だけで医薬品を認識する場合に比べて医薬品の識別力をはるかに高めている。そして、そのような医薬品の写真が添付された説明書を日常的に目にすることによって、医師や薬剤師であったとしても、医薬品を商品名ではなくその外観で認識することは十分考えられる。
c 後記被告の認否及び反論エ(ア)b(a)(935通知)は認め、(b)(販売名による識別)は否認する。
 935通知の別添4は、誤投与を防止する目的から、PTPシートに販売名等を記載すべきことを指示するものであるが、販売名等を記載した趣旨を損なわないこと以外に医療用医薬品の形態について何ら言及していないから、同通知から、被告主張のPTPシート等の外観に出所表示機能を持たせるべきではないことは、何ら導き出せない。
(イ) 胃潰瘍の患者
a 胃潰瘍の患者は、原告商品の需要者である。
b すなわち、胃潰瘍の患者は、自ら積極的に薬剤を選択しないが、自らの意思と支出において医薬品を購入するものであるから、処方される医薬について関心を持ち、医師に対し特定の医療用医薬品を処方してほしい旨の希望を伝えることも十分考えられ、商品選択の主体である。
c 原告形態のこのような出所表示機能は、特に患者が高齢者の場合に顕著に現れる。すなわち、高齢者は、白内障等の眼疾患を有している割合が高いため、視力の低下によってPTPシートに記載されている小さな文字を識別することがほとんど不可能であり、ほとんどの高齢者は、PTPシート自体の色、PTPシートに記載されている文字の色又はカプセルの色だけによって薬剤を識別している(甲11)。
オ ジェネリック医薬品の特殊性
 後記被告の認否及び反論オは否認する。
 935通知は、誤投与を防止するためにPTPシートに記載すべき事項を定めているだけであり、同一の効能・効果を有する医薬品について、そのカプセル及びPTPシートの外観を類似させることは全く要請していない。
カ まとめ
(ア) 以上によれば、原告形態は、原告商品の出所を示すものとして、需要者である医師等の間で広く認識されている。
(イ) また、原告形態は、原告商品の出所を示すものとして、需要者である胃潰瘍の患者の間で広く認識されている。
(2) 被告の認否及び反論
ア 法律論
 商品形態は、本来、その商品の有する機能ないし目的を合理的に発揮させることに目的があり、商品形態は自他商品識別機能を有しないが、その形態が独特のものであるなどの特殊事情がある場合、長期的な継続使用や効果的な宣伝広告と相まって、二次的に出所表示の機能を具備することがまれにあり得る。
 配色に商品等表示が認められるためは、小売店の棚に陳列されて販売されている一般的な商品の場合においても上記のような極めて高い制約を越える必要がある。医療用医薬品については、上記の一般的な商品とは異なり、更に高い制約を越える必要がある。
イ 特徴のある形態
(ア) 原告の主張イ(ア)(特徴のある形態)は否認する。
 医師等は、胃潰瘍治療剤だけでなく、他の医療用医薬品も扱っているから、原告形態が特徴的な形態であるか否かは、原告形態と胃潰瘍治療剤に限定されない医療用医薬品の形態との比較において判断すべきものである。
 医療用医薬品の形態と比較した場合、原告形態は、独創性のないありふれたものである。
 仮に、原告形態と胃潰瘍治療剤の属する他の抗潰瘍用剤の形態とを比較した場合でも、原告形態は、独創性のないありふれたものである。
(イ) カプセルの色
a 抗潰瘍用剤
 緑色と白色の2色のカプセルが用いられている抗潰瘍用剤として、次の4種類がある(乙16)。
@ アシノンカプセル75(ゼリア新薬工業株式会社)(検乙12)
A アシノンカプセル150(ゼリア新薬工業株式会社)(検乙13)
B ゲファニールカプセル50(住友製薬株式会社)(検乙14)
C ゲファニールカプセル100(住友製薬株式会社)(検乙15)
 上記各抗潰瘍用剤については、その形態が類似するジェネリック医薬品が多数存在する(乙16、検乙16〜26)。
b その他の薬剤
 抗潰瘍用剤以外の薬剤のうち、緑色と白色の2色のカプセルが用いられている薬剤として、次の薬剤がある(乙17)。
@ ゼブンイー・P(科研製薬株式会社)(検乙27)
A インスミン15(杏林製薬株式会社)(検乙28)
B ケフレックスカプセル(塩野義製薬株式会社)(検乙29)
C シンクルカプセル(旭化成ファーマ株式会社)(検乙30)
D ラリキシンカプセル(大正富山医薬品株式会社)(検乙31)
E アカルディカプセル2.5(日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社)(検乙32)
F アタラックス−P(50mg)(ファイザー株式会社)(検乙33)
G サマセフカプセル250(ブリストルマイヤーズ株式会社)(検乙34)
H ミコシストカプセル100mg(塩野義製薬株式会社)(検乙35)
I スパネート(日本新薬株式会社)(検乙36)
c 販売時期等
 上記a及びbの医療用医薬品は、原告商品の製造販売前ないし製造販売中に、相当の期間にわたって、相当数販売されている。
(ウ) PTPシート
a 抗潰瘍用剤
 銀色地に青文字のPTPシートのデザインを有する抗潰瘍用剤として、少なくとも次の7種類の薬剤がある(乙18)。
@ オメプラール錠20(アストラゼネカ株式会社)(検乙37)
A ロノックカプセル(小野薬品工業株式会社)(検乙38)
B ケルナックカプセル(三共株式会社)(検乙39)
C タケプロンカプセル15(武田薬品工業株式会社)(検乙40)
D タケプロンOD錠15(武田薬品工業株式会社)(検乙41)
E ガスフェロン錠200mg(大正富山医薬品株式会社)(検乙42)
F オメプラゾン錠10mg(三菱ウェルファーマ株式会社)(検乙43)
b その他の薬剤
 銀色地に青色文字のPTPシートが用いられている抗潰瘍用剤以外の薬剤として、少なくとも97種類の薬剤がある(乙19)。
c 販売時期等
 上記a及びbの医療用医薬品は、原告商品の製造販売前ないし製造販売中に、相当の期間にわたって、相当数販売されている。
(エ) 原告商品のジェネリック医薬品
a 他者製品が市場に出回り始めた時点で原告が権利主張をして阻止の措置を執っていたかは、大きな考慮要素となる。
b 次のとおり、銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシート並びに緑色及び白色の2色のカプセルから構成されている原告商品のジェネリック医薬品が、平成9年から販売されている。
平成9年販売開始
・コバルノン50mg(検乙3)
・セフタック50mg(検乙4)
・セルテプノンカプセル50mg(検乙6)
・セループカプセル50mg(検乙7)
平成10年販売開始
・アントベックス(検乙8)
・デムナロン(検乙9)
・エクペックカプセル(検乙10)
・アンタゴスチン(検乙11)
・被告商品
平成11年販売開始
・セルパス(検乙5)
ウ 長期間の使用等
(ア) 同ウ(ア)(情報伝達活動)は不知。
(イ) 同ウ(イ)(販売実績)は不知。原告商品の抗潰瘍用剤における販売シェアは、年によって異なるが3%ないし15%程度にすぎないと推測される。
エ 需要者
(ア) 医師等
a 同エ(ア)のうち、aは認め、その余は否認する。
(a) 医師が患者に医薬品を処方する際には、患者に関する情報(疾患、症状、年齢、検査所見、アレルギーなど)を基に、MRや医薬卸業者からの製品情報、医薬品の添付文書やインタビューフォームに記載された情報並びに薬価等の経済性等が総合的に考慮される。近年、病院によっては、患者に対して処方する医薬品の説明をするに当たり、視覚的効果を利用して患者の理解を助けるため、診察室に、個別包装であるPTPシート等の外観の写真が複数掲載されたパネル等を設置していることがあるが、医師が自らの薬剤識別のためにこのパネル等を用いることはない。
(b) 一般名処方で処方せんが出され、@処方せんに記載された一般名に対応する具体的な商品を薬剤師が選択する場合、薬剤師は、医薬卸業者やMR、さらには添付文書から得た製品情報(名称、効果・効能、副作用等)、患者の年齢等の情報、値段等の観点から、薬剤師としての専門的知見に基づき、患者に提供する具体的な商品を選択する。この場合において、薬剤師が各商品を識別するものは、各メーカーごとに異なる商標であり、医療用医薬品のPTPシート等の外観ではない。
(c) 一般名処方で処方せんが出され、薬剤師の説明を受けて患者が具体的な商品を選択する場合、薬剤師は、患者に対して、処方せんに記載された一般名に対応する具体的な商品を患者の面前に示した上で、当該医薬品の具体的商品名、効果・効能、先発医薬品かジェネリック医薬品か、商品の値段等について詳細に説明した上で(薬剤師の説明義務について、薬剤師法25条の2、医療法1条の4第2項参照)、具体的な商品は患者が選択する。この場合においても、患者が各商品を識別するものは、各メーカーごとに異なる商標であり、商品のPTPシート等の外観ではない。
b 935通知
(a) 厚生省(当時)医薬安全局長から各都道府県知事にあてた平成12年9月19日付け医薬発第935号「医療事故を防止するための医薬品の表示事項及び販売名の取扱いについて」と題する通知(乙5。以下「935通知」という。)は、「医薬品の誤投与を防止するためには、調剤時、投薬時及び患者の服用時に容易に本来投与すべき医薬品が確認できるよう、PTPシートに販売名、規格等が記載されていることが重要であることから、今後承認される医薬品のPTPシートに記載すべき事項については別添4のとおり取り扱うこととすること。」とし、別添4「PTPシート(内袋)の記載事項の取扱い」(以下「別添4」という。)の3項(記載項目)で、医薬品のPTPシートには、@和文販売名、A英文販売名、B規格・含量、C識別コード、Dケアマーク、E注意表示を記載すべきものとし、その冒頭で、記載項目の表示方法につき、「線等のデザインや記載項目を抜き文字等とする工夫は任意とするが、本取扱いの趣旨が損なわれないよう配慮すること」とし、同4項(記載場所)で、記載場所を指定している。
(b) 935通知は、医療用医薬品については販売名により識別を行う実務慣行があること、及びPTPシート等の外観に出所表示機能を持たせるべきではないことを裏付けている。
(イ) 胃潰瘍の患者
a 同エ(イ)は否認する。
 医療用医薬品の流通過程において、積極的な商品選択を行うのは、ほとんどの場合、処方せんを記載する医師又は医師の処方せんに従って医薬品を選択する薬剤師であり、患者が商品選択に関与する場合は極めて限定されているから、患者は需要者に当たらない。
 仮に患者が需要者に当たるとしても、医療用医薬品は、医師が処方せんに記載した具体的な商品名に基づいて薬剤師が商品を選択して患者に交付される場合が大部分である。
 医師が処方せんに薬剤の一般名称を記載する場合も、薬剤師が処方せんに基づいて商品を選択し、患者に交付するのが通常である。例外的に、患者が商品を選択する場合も、薬剤師から提供される商品名、効果・効能、先発医薬品とジェネリック医薬品の別等の情報に基づいて行い、商品の形態に基づいては行われていないし、自己の健康に直結する医薬品であるから、高い注意力を払って商品を選択している。
 原告が指摘する月刊薬事の記事(甲11)については、高齢者が薬剤を色で識別していることを示し得るにとどまり、高齢者が薬剤の出所(メーカー)を色で識別していると推認させる箇所は見当たらない。
オ ジェネリック医薬品の特殊性
(ア) ジェネリック医薬品の販売については、自ら積極的に薬剤を選択せず、医師等の処方に基づき服用する患者に先発医薬品との形態上の相違による無用の漠然とした心理的不安感を生じさせないようにすると同時に、患者が同時服用している可能性のある他の医薬品との誤飲等の医療事故を防ぐために、先発医薬品のカプセル、PTPシートの形態の雰囲気にある程度近づけつつ、異なる商品名を明確に表示することにより、出所の誤認、混同を防ぐ実務慣行が確立している。
(イ) 先発品とジェネリック医薬品の外観を大きく異ならしめた場合、患者が同時に服用する異なった効能・効用を有する医薬品との誤服用の危険がむしろ発生してしまいかねないことから、ある程度PTPシート等の外観の雰囲気が似通うことは、935通知に示された厚生労働省の意思にも合致している。
カ まとめ
同カは否認する。
4 争点(2)(類似性)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 類似
 原告形態と被告形態は、@銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシート並びにA緑色及び白色の2色のカプセルから構成されている点で同一であり、被告形態は、原告形態に類似する。
イ 相違点
 被告が後記被告の認否及び反論イで主張する相違点は、いずれも離隔的に観察した場合には認識することのできないわずかな相違点にすぎず、類似性の判断には影響しない。
(2) 被告の認否及び反論
ア 類似
 原告の主張アは否認する。
 935通知の趣旨からすれば、PTPシートにおいて販売名等の表示を目立たせる必要があり、医療用医薬品のPTPシートの外観デザインの自由度は少なく、必然的にありふれたものとならざるをえない。
 さらに、医療用医薬品は、患者が自らの疾病の治療を目的として服用するものであるから、PTPシート等の外観が奇抜なものは心理的に安定感を欠き、治療効果の減殺を招くことから回避される傾向にあり、この点からも、医療用医薬品の外観デザインの自由度は少なくなる。
イ 相違点
 原告形態と被告形態との間には、次の相違点が存在し、両者は類似していない。
(ア) 原告PTPシート表面には錠剤を横断する形の縞模様が存在するが、被告PTPシートにはこのような模様は存在しない。
(イ) 原告PTPシートの表面と比較して、被告PTPシートの表面は光沢感が強い。
(ウ) 原告PTPシートの表面には「セルベックス50mg」とカタカナで商品名が記載されているのに対し、被告PTPシートの表面には「Terpenone50mg」とアルファベットで商品名が記載されている。
(エ) 原告PTPシートの表面に書かれた文字や線は、薄い青色であるのに対し、被告PTPシートの表面に書かれた文字は、緑色がかった青色である。
(オ) 被告PTPシートの表面には、「KW389」の識別コードが、各錠剤の真下部分に存在する。これに対し、原告PTPシートの表面には、識別コードの記載がなく、裏面に「SX50E」の識別コードの記載がある。
(カ) 原告PTPシートの裏面と比較して、被告PTPシートの裏面は、錠剤取出し口部分において光沢感が強い。
(キ) 原告PTPシートの裏面には「Selbex50mg」とアルファベットでシート上部に記載があり、かかるシート上部のアルファベット表記の間にプラスチックリサイクルマークが存在し、かつ、裏面シート全体に「セルベックス」とカタカナで商品名が書かれている。これに対し、被告PTPシートの裏面は「テルペノン50r」とカタカナでシート上部に商品名が書かれ、かつ、裏面シート全体に「テルペノン」のカタカナの商品名とともに、プラスチックリサイクルマークが随所に印字されている。
(ク) 原告PTPシート裏面に書かれた文字やマークは濃い青色であるのに対し、被告PTPシート表面に書かれた文字やマークは、水色がかった薄い青色である。
(ケ) 原告カプセルと被告カプセルを比較すると、被告カプセルは光沢感が強く、色が濃い。また、原告カプセル及び被告カプセルには、緑色及びクリーム色の部分にそれぞれ「SX50E」、「KW389」との異なる識別コードが印字されている。
5 争点(3)(混同のおそれ)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 事実上の推定
 前記4(1)のとおり、被告形態は原告形態に類似するから、需要者が被告商品を原告商品と混同するおそれがあることは、事実上推定される。
イ 医師等
 前記3(1)エ(ア)のとおり、 医師等であったとしても、医薬品を商品名ではなくその外観で認識することは十分考えられるところ、医師が原告商品を処方するつもりで被告商品を処方したり、薬剤師が処方せんに従い棚に並んでいる薬品の中から原告商品を選んだつもりで被告商品を選んでしまうおそれがある。
ウ 患者
 前記3(1)エ(イ)のとおり、胃潰瘍の患者についても、処方される医薬について関心を持ち、医師に対し特定の医療用医薬品を処方してほしい旨の希望を伝えることも十分考えられるところ、原告商品を常用している患者が、原告形態に類似する形態を有する被告商品を胃潰瘍治療剤であるとの説明を受けただけで交付された場合、被告商品を、原告商品、原告が製造若しくは販売する商品、又は原告と緊密な営業上の関係を有する会社が製造若しくは販売する商品であると誤認して、被告商品を服用するおそれがある。
(2) 被告の認否及び反論
ア 事実上の推定
 原告の主張アは否認する。前記4(2)のとおり、原告形態と被告形態は類似しないから、需要者が被告商品を原告商品と混同するおそれがあるとは認められない。
イ 医師等
 同イは否認する。前記3(2)エ(ア)のとおり、医師等は、薬剤の誤投与事故を防止する見地から、医薬品を外観で識別してはならず、商品の名称及び識別コードで識別しているから、混同のおそれはない。
ウ 患者
 同ウは否認する。患者が医療用医薬品の選択主体となる例外的な場合においても、患者は、高い注意力を払って商品を選択するものであることから、混同のおそれはない。
6 争点(4)(故意又は過失)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 被告は、被告商品を製造、販売する際、意図的に原告形態と類似する被告形態を採用したものであり、被告商品を製造、販売する行為が不正競争防止法2条1項1号に違反することを認識していた。
イ 被告は、被告商品を製造、販売するに当たり、原告形態の存在を知っていたから、不正競争防止法2条1項1号に違反する事態が生じない被告商品の形態を選ぶべき義務があるのに、これを怠った過失がある。
(2) 被告の認否
 原告の主張は否認する。
7 争点(5)(権利の濫用)に関する当事者の主張
(1) 被告の主張
ア 被告商品の製造、販売
 前提事実(3)のとおり、被告は、平成10年10月に被告商品の販売を開始してから平成17年3月まででも約6年半にわたり、被告形態の被告商品を製造、販売してきた。
イ 原告の認識
 被告が被告商品の販売を開始した直後の平成10年10月、原告は、被告に対し、被告商品が原告の特許権を侵害することを警告する内容証明郵便を送付し、これをきっかけとして被告との間で交渉を行っていたから、原告は、平成10年10月には、被告商品の形態を把握していた。
ウ 権利不行使
 それにもかかわらず、原告は、約6年半にわたって、被告商品の製造、販売を放置した。
エ 結論
 よって、原告の被告に対する被告形態を理由とする不正競争防止法2条1項1号違反の請求は、権利の濫用として許されない。
(2) 原告の認否
 被告の主張ア(被告商品の製造、販売)、イ(原告の認識)及びウ(権利不行使)は認め、エ(結論)は否認する。
8 争点(6)(損害額)に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
ア  売上額
 平成14年3月24日から平成17年3月23日までの間の被告商品の売上金額は、1327万2000円を下らない。
イ 被告の利益率
 被告の利益率は、少なくとも50%を下らない。
ウ 結論
 したがって、原告が被った損害の額は、663万6000円を下らないものと推定される。
(2) 被告の認否
 原告の主張ア(売上額)は認め、その余は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(商品等表示及び周知性)について
(1) 形態の商品等表示性
 不正競争防止法2条1項1号が他人の周知商品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用することを不正競争と定めた趣旨は、同使用行為により周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止し、もって周知な商品等表示が有する営業上の信用を保護し、事業者間の公正な競争を確保することにある。
 商品の形態が特定の商品と密接に結びつき、その形態を有する商品を見ればそれだけで特定の者の商品であると判断されるようになった場合には、当該形態が出所表示機能を獲得し、特定の者の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものということができる。
 ある商品の形態が極めて特殊で独特な場合には、その形態だけで商品等表示性を認めることができるが、形態が特殊とはいえなくても、特徴のある形態を有し、その形態が長年継続的排他的に使用されたり、短期であっても強力に宣伝されたような場合には、当該形態が出所表示機能を獲得し、その商品の商品等表示になっていると認めることができる場合がある。
(2) 特徴のある形態
ア はじめに
 原告形態は、形態が極めて特殊で独特であり、その形態だけで商品等表示性を認めることができる場合には当たらないから、以下、原告形態が特徴のある形態を有し、その形態が長年継続的排他的に使用されたり、短期であっても強力に宣伝された結果、出所表示機能を獲得した場合に当たるかについて検討する。
イ 原告形態
(ア) 構成
 前提事実(2)イのとおり、原告形態は、カプセルの色が緑色と白色の2色で、PTPシートのデザインが銀色地に青色文字で記載された形態を有するものである。
(イ) 特徴点
a 証拠(甲11、乙5、18、19)及び弁論の全趣旨によれば、医療用医薬品のPTPシートとして、銀色又は金色が採用されることが多いこと、その結果、PTPシートの色と文字の色の組合せとして一般的に用いられているものの種類はさほど多くないことが認められる。
 しかも、原告形態を観察すると、透明の包装を通して見ることのできる緑色と白色の2色のカプセルの色は、それを見る人の注意を惹き、面積の広いPTPシートの銀色も見る人の注意を惹くが、PTPシート上に記載される文字の色は、面積がさほど大きくないこともあって見る人の注意をあまり惹かないものと認められる。
 したがって、原告形態において、取引上需要者の注目を惹く部分は、PTPシートの銀色と緑色白色の2色のカプセルの色であると認められる。
b 被告は、ジェネリック医薬品の販売については、患者に先発医薬品との形態上の相違による無用の漠然とした心理的不安感を生じさせないようにする等の理由で、先発医薬品のカプセル、PTPシートの形態の雰囲気にある程度近づけつつ、異なる商品名を明確に表示することにより、出所の誤認、混同を防ぐ実務慣行が確立しており、そのことは、後記935通知に示された厚生労働省の明確な意思にも合致する旨主張する。
 しかしながら、後記935通知から被告主張の点を読み取ることは到底できないし、他に被告主張の実務慣行を認めるに足りる証拠はないから、被告の上記主張から、原告製品のカプセルの色等が需要者の注目を惹く部分ではないと認めることはできない。
ウ 需要者と考慮すべき医薬品の範囲
(ア) 医師等
 医師等が原告商品の需要者であることは、当事者間に争いがない。
 胃潰瘍治療剤を処方する医師として内科医を想定しても、内科医は、日々胃潰瘍治療剤だけでなく、広範囲の医療用医薬品を取り扱っているものであるから、原告形態が出所表示機能を獲得したかの判断に当たっては、原告形態がカプセル剤である医療用医薬品の中で特徴のある形態を有しているか否かを検討すべきである。
 薬剤師についても、日々胃潰瘍治療剤だけでなく、広範囲の医療用医薬品を取り扱っているものであるから、同様に、原告形態がカプセル剤である医療用医薬品の中で特徴のある形態を有しているか否かを検討すべきである。
(イ) 患者
a 患者は、自ら積極的に薬剤を選択しないことの方が多いものの、処方される医薬品に関心を持ち、医師に対し、特定の医療用医薬品を処方してほしいとの希望を伝えることも十分考えられるから、患者も、原告商品の需要者に当たるものと認めるべきである。
 これに反する被告の主張は、患者は医療において医師の言うがままの受け身の立場にあるとの古い医療観を前提とするものであり、採用することができない。
b 胃潰瘍治療剤の投与を受けている患者を需要者として想定しても、高齢化の進展とともに患者が複数の疾患に罹患し、胃潰瘍治療剤だけでなく同時に多くの種類の医療用医薬品を服用していることは容易に想定することのできる事態であるし、高齢者ではなくても、患者が風邪や受傷により年に数回受診し、胃潰瘍治療剤に加え、多くの種類の医療用医療品に接するものと認められる。したがって、胃潰瘍治療剤の投与を受けている患者についても、原告形態がカプセル剤である医療用医薬品の中で特徴のある形態を有しているか否かを検討すべきである。
(ウ) 他の医療用医薬品の形態
a 原告商品のジェネリック医薬品
 銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシート並びに緑色及び白色の2色のカプセルから構成されている原告商品のジェネリック医薬品が次のとおり販売されていることは、当事者間に争いがない。
平成9年販売開始
・コバルノン50mg(検乙3)
・セフタック50mg(検乙4)
・セルテプノンカプセル50mg(検乙6)
・セループカプセル50mg(検乙7)
平成10年販売開始
・アントベックス(検乙8)
・デムナロン(検乙9)
・エクペックカプセル(検乙10)
・アンタゴスチン(検乙11)
・被告商品
平成11年販売開始
・セルパス(検乙5)
b 抗潰瘍用剤
 各項に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、胃潰瘍治療剤の属する抗潰瘍用剤(原告商品及び上記aを除く。)として、次のカプセルの色及びPTPシートのデザインのものが販売されていることが認められる。○を付したものは先発医薬品であり、その他のものはジェネリック医薬品である。
○・アシノンカプセル150(ゼリア新薬工業株式会社)(検乙13、乙26の2)
 カプセルの色       緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  白色地(裏面銀色地)に青色文字
 販売開始時期       平成2年9月
 ・ニザチジンカプセル150mg「OHARA」(大原薬品工業株式会社)(検乙20、乙26の9)
 カプセルの色       緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  銀色地に青色文字
 販売開始時期       平成14年7月
 ・ニザチンカプセル150(沢井製薬株式会社)(検乙21、乙26の10)
 カプセルの色       緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  銀色地に青色文字
 販売開始時期       平成14年7月
 ・チザノンカプセル150(大正薬品工業株式会社)(検乙22、乙26の11)
 カプセルの色       緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  白色地(裏面銀色地)に青色文字
 販売開始時期       平成14年7月
 ・ドルセンカプセル150mg(辰巳化学株式会社)(検乙23、乙26の12)
 カプセルの色       緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  乳白色地(裏面銀色地)に青色文字
 販売開始時期       平成14年7月
 ・ニザノンカプセル150(東和薬品株式会社)(検乙24、乙26の13)
 カプセルの色       緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  乳白色地(裏面銀色地)に青色文字
 販売開始時期       平成14年7月
○・ゲファニールカプセル50(住友製薬株式会社)(検乙14、乙26の3)
 カプセルの色       緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  銀色地に緑色文字
 販売開始時期       昭和45年8月
 ・ゲファルナートC(ツルハラ)(鶴原製薬株式会社)(検乙25、乙26の14)
 カプセルの色       緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  銀色地に緑色文字
 販売開始時期       昭和53年4月
 ・ヨウファナート「カプセル」(株式会社陽進堂)(検乙26、乙26の15)
 カプセルの色       緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  銀色地に緑色文字
 販売開始時期       昭和56年9月
c 抗潰瘍用剤以外の医療用医薬品
 各項に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次のカプセルの色及びPTPシートのデザインの抗潰瘍用剤以外の医療用医薬品が販売されていることが認められる。
 ・セブンイー・P(科研製薬株式会社)(検乙27、乙27の1)
 カプセルの色       濃い緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  銀色地に緑色文字
 販売開始時期       昭和59年6月
 ・インスミン15(杏林製薬株式会社)(検乙28、乙27の2)
 カプセルの色       濃い緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  金色地に青色文字
 販売開始時期       昭和54年4月
 ・ケフレックスカプセル(塩野義製薬株式会社)(検乙29、乙27の3)
 カプセルの色       濃い緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  銀色地に緑色文字
 販売開始時期       昭和45年5月
 ・シンクルカプセル(旭化成ファーマ株式会社)(検乙30、乙27の4)
 カプセルの色       濃い緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  銀色地に緑色文字
 販売開始時期       昭和47年11月
 ・ラリキシンカプセル(大正富山医薬品株式会社)(検乙31、乙27の5)
 カプセルの色       濃い緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  銀色地に黒色文字
 販売開始時期       昭和47年9月
 ・アタラックス−P(50mg)(ファイザー株式会社)(検乙33、乙27の7)
 カプセルの色       濃い緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  金色地(裏面銀色地)に紺色文字
 販売開始時期       昭和44年12月
 ・サマセフカプセル250(ブリストルマイヤーズ株式会社)(検乙34、乙27の8)
 カプセルの色       緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  金色地(裏面銀色地)に緑色文字
 販売開始時期       昭和57年8月
 ・スパネート(日本新薬株式会社)(検乙36、乙27の10)
 カプセルの色       緑色と白色の2色
 PTPシートのデザイン  銀色地に緑色文字
 販売開始時期       昭和46年12月
エ 検討
(ア) 上記ウに認定した事実によれば、抗潰瘍用剤であるアシノンカプセル150及びそのジェネリック医薬品並びにゲファニールカプセル50及びそのジェネリック医薬品の形態と原告形態とは、需要者の注目を惹く部分であるカプセルの色が類似し、PTPシートについても、アシノンカプセル150及びそのジェネリック医薬品並びにゲファニールカプセル50及びそのジェネリック医薬品のPTPシートは、銀色又は白色(文字は青色又は緑色)である。
 抗潰瘍用剤以外でも、セブンイー・Pら8種類の医薬品の形態と原告形態とは、需要者の注目を惹く部分であるカプセルの色が類似し、そのうちセブンイー・Pら5種類の医薬品のPTPシートは、銀色地(文字は緑色又は黒色)である。
 さらに、平成9年以降、原告形態に類似する多くの原告商品のジェネリック医薬品が販売されている。
(イ) これらの事実によれば、原告商品は、本件口頭弁論終結日である平成17年12月時点ではもちろん、損害賠償請求の時点とされる平成14年3月以降の時点においても、特徴のある形態を有していたものと認めることはできない。
(ウ)a これに対して、原告は、原告形態が特徴的な形態か否かを判断するに当たり、カプセルの色とPTPシートのデザインは一体として考察すべきであり、これらを一体として考察したときには、原告形態と同一又は類似の形態の医薬品は存在しないと主張する。
 しかしながら、カプセルの色とPTPシートのデザインを一体として考察した場合でも、前記ウのとおり、取引上需要者の注目を惹くPTPシートの銀色と緑色白色の2色のカプセルの色を備えた医療用医薬品は数多く存在しているから、原告の上記主張は、採用することができない。
b 原告は、アシノンカプセル150及びゲファニールカプセル50については、カプセルの色彩が異なっている旨主張する。
 確かに、証拠(検乙13、14、乙26の2及び3)によれば、アシノンカプセル150等のカプセルの色はやや明るめの淡い緑色であり、アシノンカプセル150についてはPTPシートの色が白色であることが認められるが、原告形態からその出所として原告を想起することを妨げる一事情とはなり得る程度の色の類似性は有しているものと認められるから、原告の上記主張は、採用することができない。
(3) 販売実績等
ア 情報伝達活動
 証拠(甲1、2、3の1〜4、4の1〜3)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、原告商品の販売開始された昭和59年12月以来20年以上にわたり、1000人に達するMRを通じて、全国の医師等に対し、製品便覧や新発売ご案内のチラシを配布して、原告商品に関する情報提供及び宣伝活動を行ってきたこと、製品便覧等では原告形態やカプセルだけの形態の写真も掲載されているが、細粒の形態の写真や箱入り又は缶入りの状態の写真が掲載されたものもあることが認められる。
イ 販売実績
 証拠(甲13、16)によれば、原告商品(剤型が細粒であるものを含む。以下、この項で同じ。)の売上高は、昭和59年は10億円であったが、平成元年には180億円になり、最高の売上げを記録した平成7年には482億円に達したこと、医薬品が医師によってどれだけ処方されたかを示す処方ランキングにおいて、全国の病院で処方された全医薬品の中で平成13年まで処方ランキングの2位を維持し(開業医では6位程度)、平成16年においても同ランキングの4位であったこと(開業医では7位)、及びA2B抗潰瘍用剤の中では、原告商品は、平成12年から平成16年まで処方ランキングで、病院、開業医とも1位であったことが認められる。
ウ 原告ホームページ等
 証拠(甲15、乙15)及び弁論の全趣旨によれば、原告商品については、医療用医薬品であるため、最終需要者である患者向けのテレビコマーシャル等の広告宣伝は行われていないが、原告ホームページ(甲15)には、製品情報の1つとしてセルベックスの説明がされ、原告形態の写真も掲載されていることが認められる。
(4) 医療用医薬品の識別
ア 935通知
(ア) 厚生省(当時)医薬安全局長から各都道府県知事にあてた平成12年9月19日付け医薬発第935号「医療事故を防止するための医薬品の表示事項及び販売名の取扱いについて」と題する通知(935通知)は、「医薬品の誤投与を防止するためには、調剤時、投薬時及び患者の服用時に容易に本来投与すべき医薬品が確認できるよう、PTPシートに販売名、規格等が記載されていることが重要であることから、今後承認される医薬品のPTPシートに記載すべき事項については別添4のとおり取り扱うこととすること。」とし、別添4の3項(記載項目)で、医薬品のPTPシートには、@和文販売名、A英文販売名、B規格・含量、C識別コード、Dケアマーク、E注意表示を記載すべきものとし、その冒頭で、記載項目の表示方法につき、「線等のデザインや記載項目を抜き文字等とする工夫は任意とするが、本取扱いの趣旨が損なわれないよう配慮すること」とし、同4項(記載場所)で、記載場所を指定していることは、当事者間に争いがない。
(イ) 935通知は、PTPシートにつき類似した外観を有する医薬品が複数存在することを前提として、医薬品の誤投与が健康被害をもたらす危険性にかんがみ、医薬品の取り違えを減少させるため、PTPシートへの販売名等の分かりやすい記載を義務づけたものと認められる。
イ ピルブック等
 証拠(甲5〜7、26)によれば、近年、医師等を対象として処方薬を写真で紹介する専門書や、患者を対象として処方薬を写真等から検索できるようにして紹介する書籍が発行されていることが認められる。
 これらの事実は、患者はもちろん、医師等においても、カプセルやPTPシートの色を1つの手がかりとして医療用医薬品の識別を行っていることをうかがわせるものである。
ウ 識別の実際
(ア) 医師等
 前記935通知から認められるように、PTPシートにつき類似した外観を有する医薬品が複数存在する状況下で、外観だけに頼って医療用医薬品の識別を行うことは、医薬品の取り違えの確率を高めるものであるから、医師等は、外観を医療用医薬品の識別の補助に使用することはあっても、最終確認としてPTPシートに記載された販売名等を確認し、識別を行っているものと認められる。
 その結果、医師等が医療用医薬品を選択、識別するに当たり、配色を含む形態の果たす割合は相当低いものであり、スーパーマーケットの棚に並べられている一般消費財の場合と同様に取り扱うことはできないといわなければならない。
(イ) 胃潰瘍の患者
 前提事実(4)のとおり、胃潰瘍の患者は、医師の処方に基づいて医療用医薬品を購入するものであり、大多数の場合である商品名で処方がされる場合、及び例外的に医師により一般名処方で処方され、薬剤師が具体的商品を選択する場合、胃潰瘍の患者が医療用医薬品の選択に関与することはないが、ごく例外的に、医師により一般名処方で処方され、かつ薬剤師が患者の選択に委ねる場合がある。
 この場合、弁論の全趣旨のよれば、薬剤師は患者に対し、いくつかの商品の現物を提示することはあっても、薬としての同等性や価格の差についても説明し、患者は、それらの情報を総合して商品の選択を行うことが多いと認められるから、このような選択において医療用医薬品の外観が果たす役割は、さほど高いものではないと認められる。
 前記(2)ウ(イ)のとおり、患者が処方される医薬品に関心を持ち、医師に対し、特定の医療用医薬品を処方してほしいとの希望を伝えることも十分考えられる。この場合、医師等の場合に比し、患者が販売名等を確認せずに外観によって原告商品を識別することがより高い割合であるとは考えられるが、自己の健康に直結する医療用医薬品を識別するものであるから、スーパーマーケットの棚に並べられている一般消費財の場合とは異なり、相当程度の注意を払って医療用医薬品を識別するものと考えられる。
(5) 判断
 以上の事実を総合すれば、本件口頭弁論終結日である平成17年12月時点においても、損害賠償請求の時点である平成14年3月以降の時点においても、原告形態が原告商品と密接に結びつき、原告商品を見ればそれだけで原告の商品であると判断されるようになったものとまで認めることはできず、原告形態が原告の商品等表示として需要者の間に広く認識されているということはできない。
 なお、医療用医薬品も商取引の対象となる商品であることに変わりはないから、ジェネリック医薬品につき、先発医薬品に類似した外観を採用することは、不正競争防止法の観点からは、決して望ましいことではない(前記のとおり、ジェネリック医薬品受入れの心理的障害の除去等のために、ジェネリック医薬品につき先発医薬品に類似した外観を許容する実務慣行の成立は認定できないものである。)。したがって、医療用医薬品であっても、形態の独自性の程度が高く、形態の類似するジェネリック医薬品に対し速やかに販売差止等の法的処置を執った等の要件が整えば、医薬品の取り違えから生ずる健康被害を防止するため販売名等の確認が不可欠とされている点を併せ考慮しても、不正競争防止法2条1項1号の要件を満たすことは十分あり得ることを付言する。
2 結論
 よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 杉浦正樹
 裁判官 嶋卓


(別紙省略)
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