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【事件名】類似薬剤の不正競争事件G
【年月日】平成18年1月31日
 東京地裁 平成17年(ワ)第5656号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成17年12月6日)

判決
原告 エーザイ株式会社
訴訟代理人弁護士 中村勝彦
同 長坂省
同 藤井基
同 柏健吾
同 太田知成
同 伊勢智子
同 宮下央
被告 沢井製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 井堀周作
訴訟代理人弁理士 丸山英一


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙被告標章目録1記載の形態を有するPTPシート及び同目録2記載の形態を有するカプセルを用いた胃潰瘍治療剤を製造及び販売してはならない。
2 被告は、その占有に係る別紙被告標章目録1記載の形態を有するPTPシート及び同目録2記載の形態を有するカプセルを用いた胃潰瘍治療剤を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、金9227万1000円及びこれに対する平成17年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、PTPシートにカプセルが装填された形態の胃潰瘍治療剤を販売する原告が、原告商品と同様の有効成分を含有し、同様の形態を有する胃潰瘍治療剤を製造及び販売する被告に対し、被告商品のPTPシート及びカプセルの配色が原告商品と類似し、混同のおそれがあるとして、不正競争防止法2条1項1号及び同法3条各項に基づき、被告商品の製造及び販売の停止並びに廃棄を求めるとともに、同法4条及び5条2項に基づき、被告の不正競争行為により原告の被った損害の賠償(遅延損害金については、不法行為の後である訴状送達の日の翌日から年5分の割合による。)を求めた事案である。
1 前提となる事実(争いがないか、証拠により容易に認定し得る事実。証拠により認定した事実については、括弧書きで認定に用いた証拠を摘示する。以下同じ。)
(1) 当事者
ア 原告は、医薬品等の製造、販売、輸出入等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
イ 被告は、医薬品等の製造、販売、輸入販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告商品及び被告商品
ア 原告商品
 原告は、昭和59年12月6日から、テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤(販売名「セルベックスカプセル50r」。以下「原告商品」という。)を販売している(甲1)。
イ 被告商品
 被告は、テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤(販売名「セフタックカプセル50」。以下「被告商品」という。)の製造及び販売をしている。
ウ 原告商品及び被告商品は、患者への販売には医師の処方せんを必要とする、いわゆる医療用医薬品である。
(3) 原告商品と被告商品の配色の共通性
 原告商品と被告商品は、@銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシートに、A緑色及び白色の2色からなるカプセルが装填された形態である(上記のPTPシート及びカプセルの配色を「本件配色」という。)という点において共通する。
2 争点
(1) 本件配色が原告商品の商品等表示に該当するか。
(2) 本件配色が原告商品の商品等表示として周知性を有するか。
(3) 原告商品と被告商品との間に商品等表示の類似性があるか。
(4) 原告商品と被告商品との間に混同のおそれがあるか。
(5) 原告の被った損害の額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件配色が原告商品の商品等表示に該当するか)について
(原告の主張)
ア 商品の色彩が商品等表示に該当するかどうかの判断要素としては、@一定期間の独占的継続的使用、A強力な広告宣伝、B販売数量(売上額、市場占有率)、C表示の独自性(特異性)が挙げられるが、そのすべてが必要不可欠ではなく、当該商品等表示と相手方の商品等表示との関係、取引の実情等によって事案毎に相対的に判断すべきものである。これを本件に当てはめると、以下のとおりである。
a) 一定期間の独占的継続的使用
 原告は、昭和59年12月の原告商品の販売開始以来、現在に至るまで20年以上にわたって原告商品に本件配色を使用している。原告は、被告商品等の後発医薬品の販売が開始された平成9年ころまでの約13年間、胃潰瘍治療剤として本件配色を独占的継続的に使用してきた。また、後発医薬品の販売が開始された後も、原告商品の販売数や処方数からすれば、本件配色を使用した胃潰瘍治療剤においては、原告商品が本件配色を事実上独占している。
b) 強力な広告宣伝
 原告は、原告商品の販売開始以来、現在に至るまで20年以上にわたり、全国に多数の医薬情報担当者(医薬品の適正な使用に資するために医療関係者を訪問すること等により、安全管理情報を収集し提供を行うことを主な業務とする者。以下「MR」という。)を雇用し、そのMRを通じて、医師、看護士、薬剤師その他医療従事者(以下「医師・薬剤師等」という。)に対し、原告商品の写真が掲載されたパンフレットやチラシの配布等を伴う熱心かつ地道な情報伝達活動等を行ってきた。
 また、原告は、自社のホームページ上でも、原告商品の製剤写真を掲載し、医師・薬剤師等のみならず、患者を含む一般市民に対しても、原告商品の外観を認識することができる状態で原告商品に関する情報伝達活動を行ってきた。
c) 販売数量(売上額、市場占有率)
 原告商品は、その販売開始以来、胃潰瘍治療剤においては、圧倒的な処方数及び年間売上高を維持しており、胃潰瘍治療剤における原告商品のシェアは非常に高い。
d) 表示の独自性(特異性)
 胃潰瘍治療剤においては、本件配色を使用したカプセル及びPTPシートの組合せは、原告商品の販売開始以前には存在せず、その後も、被告商品等の後発医薬品の販売が開始された平成9年ころまでの約13年間、かかる配色のカプセル及びPTPシートの組合せを使用した胃潰瘍治療剤は原告商品しか存在しなかった。さらに、現時点においても、原告商品及び被告商品等の後発医薬品以外に、かかる外観の胃潰瘍治療剤は存在しない。以上の事実に鑑みれば、胃潰瘍治療剤においては、本件配色が独自性を有していることは明らかである。
e) 原告商品の商品等表示と被告商品の商品等表示との関係
 被告商品は、原告商品と同一の有効成分を含有し、同一の効能・効果を有するいわゆる後発医薬品であり、両者の性質、用途、目的における関連性の程度は極めて高い。したがって、両者の外観が類似する場合には、医師・薬剤師等又は患者が被告商品を原告商品又は原告と密接な関係を有する第三者が製造及び販売する商品であると誤認するおそれが非常に高く、被告は、かかる点を見越して、意図的に被告商品の外観を原告商品の外観に近づけている(カプセルの配色並びにPTPシートの色彩及び文字色は、たとえ同じ色であったとしても、色の濃淡も考慮すれば無数の組合せが可能であるにもかかわらず、被告は、あえて被告商品のカプセル及びPTPシートに原告商品と全くの同色ということができるような色彩を使用している。)。
f) 取引の実情
 新薬が次々と発売される中で、日常的に数多くの患者に接して様々な薬剤を処方・使用している医療の現場においては、医師といえども、外観の非常に類似した薬剤を誤って処方することは十分考えられる。また、医療機関の処方せんにより患者に対して最終的に医療用医薬品の調剤を行う調剤薬局においては、特定の医療機関のみではなく、複数の医療機関からの処方せんに対応する必要があるため、非常に多くの種類の医薬品を取り扱うことが多い。さらに、医療機関及び調剤薬局では、先発医薬品と後発医薬品を同時に取り扱うことも少なくない。
 かかる取引の実情のもとでは、医師・薬剤師等であっても、医薬品をその外観で識別することがあり、医薬品の外観が医薬品の識別の際に重要な指標となっている。
 また、患者については、医師により処方され、薬剤師により交付された医薬品を特段の注意を払うことなく受領することが多いものの、医薬品とともに薬剤師から交付される当該薬剤の写真が掲載された説明書や市販の書籍等によって医薬品の外観を記憶している場合もあり、かかる場合には、医薬品をその外観で識別することになる。
g) 小括
 以上の諸事情を考慮すれば、本件配色が原告商品の商品等表示であることは明らかである。
イ 原告は、本件配色が医療用医薬品全体の中において特徴的であると主張しているわけではない。不正競争防止法2条1項1号における「需要者の間に広く認識されている」商品等表示とは、類似表示の使用者(被告)の営業地域及び顧客層において認識されている商品等表示であれば足りる。本件においては、被告商品の顧客層、すなわち胃潰瘍治療剤の需要者において本件配色が認識されていれば足りるのである。この点、胃潰瘍治療剤においては、本件配色のみをもって原告商品と認識されるに至っていることは明らかである。
 特に、患者が高齢者の場合には、視力の低下によってPTPシートに記載されている小さな文字を識別することはほとんど不可能であり、PTPシート自体の色やPTPシートに記載されている文字の色、又はカプセルの色だけによって薬剤を識別している人がほとんどである。
ウ 被告は、後発医薬品の外観を先発医薬品と類似させることが社会的要請であり、米国判例によって容認されているところであると主張する。しかし、日本においては、そのような実務慣行は全く存在していない。
(被告の主張)
ア 原告商品に本件配色が使用されていることは認める。しかし、本件配色は、商品等表示すなわち一般的な取引者・需要者にとってその形態から商品の出所等を認識し得るほどに他の商品と識別され得る独特の特徴的な形態ではない。PTPシートが銀色地であることは薬品カプセルの包装として必然的形態であり、文字等が青色であることについても何らの識別力もない。2色からなるカプセルは極めてありふれた形態であるし、それが緑色及び白色となっていることにも何らの識別力もない。原告商品の出所の識別はそれに付された販売名及び識別コードによってなされるものであって、本件配色は不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に当たらない。
a) 一定期間の独占的継続的使用について
 原告が独占的な権利を取得していたのは、胃潰瘍治療剤の特許権であって、原告商品の形態が独占的に使用されていたわけではない。上記のとおり、本件配色には格別自他商品識別力を発揮することができる特徴はなく、これを長い間使用しても形態の識別力を発揮し得ないことは明白である。
b) 強力な広告宣伝について
 原告が宣伝したのは、あくまでも「セルベックス」という名称の胃潰瘍治療剤商品そのものであり、その商品の写真を掲載しているにすぎず、見る者に対して、「銀色のPTPシートに青色文字の胃潰瘍治療剤」とか「緑色と白色配色のカプセル形態の胃潰瘍治療剤」といった語を用いて広告宣伝しているという証拠はない。
c) 販売数量について
 医師が処方せんで先発医薬品である原告商品の商品名「セルベックス」を書くような状況が継続しているから販売数量が多いのであって、本件配色の識別力とは何ら関係がない。
d) 表示の独自性について
 前記のとおり、医療用医薬品の中では、本件配色に表示の独自性があるとはいえない。原告は、胃潰瘍治療剤においては本件配色がありふれていないと主張する。しかし、医師・薬剤師等はそもそも商品形態で医療用医薬品を認識することがない上、毎日膨大な数の医療用医薬品を扱っている状況下で、胃潰瘍治療剤だけを分離して認識するなどということは極めて不自然であり、そのように解すべき根拠がない。
e) 取引の実情について
 原告は、医師・薬剤師等であっても、医薬品をその外観で識別することがあり、医薬品の外観が医薬品の識別の際に重要な指標となっていると主張する。しかし、この原告の主張は、医療用医薬品の取引の実情を全く誤解している。
 医療機関による後発医薬品の採用の過程に照らせば、医師は、自分の病院では、特定分野の医薬品について、どういう名称の先発医薬品又は後発医薬品を採用しているかを明確に認識しており、外観から想像して処方すべき医薬品を決定することはない。次に、処方せんを出した医療機関内の薬局で薬を出す場合(院内処方)は、通常、先発医薬品か後発医薬品のいずれかが常備されているにすぎず、薬剤師が医療用医薬品を外観で判断するものではなく、その余地もない。また、外部の調剤薬局で薬を出す場合でも、処方せんを受け取った薬剤師は、患者に医薬品を交付するに当たり、商品の外観で医薬品を選別することなどあり得ない。
 患者は、処方せんに一般名が記載されている場合は、薬剤師からの説明の下で選択して先発医薬品又は後発医薬品を受領するのであるから、間違いようがない。また、院内処方で医薬品を受領する場合及び調剤薬局において処方せんに先発医薬品名又は後発医薬品名が記載されている場合には、患者は選択の余地がないから、間違いようがない。そもそも、交付する立場の医師・薬剤師等が誤って交付することがない以上、患者における不正競争防止法上の誤認混同の問題が生ずることはあり得ない。
イ 医薬は、誤った取扱いがなされると、人体に大きな影響を及ぼすことから、医師・薬剤師等にとっては、患者への誤投薬事故を防止する上で、同一効能の医薬品については、表面に付される識別コードの相違を無視する限りにおいて、同一又は類似の外観を有していることが好ましく、患者(特に高齢者や子供)にとっても、誤服用をしないために、同一効能の医薬品については同一又は類似の外観を有していることが好ましい。このようなことから、被告ら後発医薬品メーカーは、医療機関及び調剤薬局の要請を受け、投薬上の便宜、安全を配慮し、患者に対してはその服用上の便宜、安全を配慮して、カプセルの配色等を先発医薬品と類似させているのである。
 また、仮に後発医薬品のデザインが異なった場合には、医師・薬剤師等に同一薬剤同一成分だと説明されたとしても、患者としては本当に同一の効果があるか等につき、素朴に不安を持つこともあり得る。しかし、デザインを同一にすれば、患者にとってはメーカーが積極的に同一薬剤同一成分同一薬効である旨を表現したものと受け取ることができるから、上記の不安は和らぐ。後発医薬品は、厚生労働省から同一薬剤同一成分同一薬効としての認可を得てこれを販売するものであるから、このような点を積極的に表示することは当然認められてよいし、むしろ、そのようにすることが社会的要請に合致する。米国においても、後発医薬品は先発医薬品の配色と同一にすることが容認されている。
(2) 争点2(本件配色が原告商品の商品等表示として周知性を有するか)について
(原告の主張)
 前記(1)(原告の主張)アa)からd)によれば、本件配色は、医師・薬剤師等及び胃潰瘍患者において、それが原告の製造販売にかかる商品であると認識されるほどの周知性を獲得している。
(被告の主張)
 原告商品のデザインは胃潰瘍治療剤においても特徴的なものではない。また、仮に、各種情報宣伝活動が相当程度なされていたとしても、あるいは販売実績が相当程度あったとしても、それによって周知性を持つに至るのは「セルベックス」という原告商品の商品名であって、本件配色ではない。
(3) 争点3(原告商品と被告商品との間に商品等表示の類似性があるか)について
(原告の主張)
 本件配色は商品等表示に該当し、原告商品と被告商品はいずれも本件配色を使用しているから、両者の商品等表示は類似する。
(被告の主張)
ア そもそも、本件配色は商品等表示ではないのであるから、原告商品と被告商品との間の商品等表示の類似性の有無を検討する必要性はない。
イ 仮に商品の外観全体が商品等表示性を有するとしても、被告商品は原告商品との比較において、その形態全般が類似しているものではない。原告商品と被告商品は、それぞれPTPシート上及びカプセル上に商品識別用の文字等が記載されているのであり、これを比較すれば原告商品と被告商品を区別することができることは一目瞭然である。
(4) 争点4(原告商品と被告商品との間に混同のおそれがあるか)について
(原告の主張)
ア 原告商品の需要者である医師・薬剤師等及び患者は、以下のとおり、被告商品を原告商品又は原告と緊密な営業上の関係を有する会社が製造又は販売する商品であると誤認混同するおそれがある。
a) 医師・薬剤師等は、多種多様な薬剤を日々相当数扱わなければならないため、取扱いの便宜上、医療機関及び調剤薬局に保管している同種、同薬効の薬剤は隣同士の棚や同一カテゴリーの棚に置いていることが通常であるから、そのような保管状況において、医師・薬剤師等が被告商品を原告商品と誤認するおそれが非常に高いことは明らかである。
 膨大な種類の医療用医薬品がある中で、日常的に多数の種類、品目の医薬品を取り扱う必要があるからこそ、医師・薬剤師等にとって商品名だけで医薬品を識別することは困難な状況となっている。昨今、医薬品の概要を説明するために当該医薬品の写真が添付された簡単な説明書が作成されることが多く、医師・薬剤師等もかかる説明書を身近に置いて日常的に目にすることによって、医薬品を商品名ではなくその外観で認識するようになることは十分考えられる。
b) 原告商品は胃潰瘍治療剤である。胃潰瘍は一般的に再発する可能性が高いため、患者は、胃潰瘍を完全に治療するためには、胃潰瘍治療剤を長期にわたり反復継続して使用しなければならない。しかしながら、原告商品のような医療用医薬品は、医師の処方に基づき投与されるものであるため、患者が自ら積極的に薬剤を選別するのではない。したがって、原告商品を常用している患者が時と所を異にして被告商品を処方された場合、当該患者は、被告商品を、原告商品又は原告と緊密な営業上の関係を有する会社が製造又は販売する商品であると誤認するおそれがあることは明らかである。
イ 被告は、医師・薬剤師等にとっての混同のおそれを否定する。しかし、原告商品のPTPシートに原告商標が表示されており、被告PTPシートに決して著名とはいえない「セフタック」という商標が表示されていることの一事をもって、直ちに原告商品と被告商品の間に混同のおそれがないとされるものではない。
 また、医師は、処方せんに「テプレノン」という一般名を記載することも許されており、このような記載を見た薬剤師が、「セルベックス」という商品名ではなく、原告商品の外観から原告商品を想起して、原告商品を処方しようとして類似する外観を有する被告商品を処方してしまうことは十分考えられる。なお、処方せんに商品名が記載されている場合でも、薬剤師が原告商品を処方しようとして、原告商品と外観が類似している被告商品を処方してしまうおそれも否定できない。
ウ 被告は、患者が医師から薬効成分のみ指定して薬剤が処方された場合には、薬剤師が患者に対し異なる商品であることを説明するからおよそ混同とか誤認の問題は生じないと主張する。しかし、後発医薬品を処方する際にすべての薬剤師が先発医薬品と後発医薬品の違いを説明するわけではない。患者の多くは、医療用医薬品の購入に際しては医師から処方されたものを特段の注意を払うことなく購入しているのが実情であることからすれば、原告商品を反復して服用している患者であっても、「セルベックス」という商品名ではなく外観のみをもって原告商品を識別、記憶することも十分考えられるから、患者は、時と所を異にして被告商品を処方された場合には、被告商品を原告商品と混同するおそれが十分に考えられる。
 特に、高齢者の場合には、視力の低下によってPTPシートに記載されている小さな文字で薬剤を識別することはほとんど不可能であり、PTPシート自体の色やPTPシートに記載されている文字の色又はカプセルの色だけで医療用医薬品を識別していることがほとんどであろうから、原告商品と被告商品とを誤認混同する可能性は非常に高い。
(被告の主張)
ア 医師・薬剤師等にとっての混同のおそれについて
a) 原告の指摘する医師・薬剤師等の誤認のおそれとは、薬剤の取り違えのおそれであって、そのようなミスを医師・薬剤師等がすることは考えにくい。
 また、不正競争防止法2条1項1号にいう「混同のおそれ」とは、商品購入等の際に、商品の出所につき他人の商品又は営業と混同することを意味しており、上記のような取り違えを意味するものではない。そして、医師・薬剤師等は専門家であって、購入の際に商標も値段も異なる原告商品と被告商品とを混同するなどということはあり得ない。
b) 原告は、被告の商標「セフタック」は著名ではないから原告商品と被告商品は出所混同のおそれがないとはいえないと主張する。しかし、原告商品の商標「セルベックス」と「セフタック」は歴然とした相違があり、しかもそれぞれが登録商標であり出所混同のおそれがないことは明白である。
 また、原告は、医師が処方せんに一般名を記載することもあり、それを見た薬剤師が原告商品を処方しようとして誤って被告商品を処方してしまうことがあると主張する。しかし、薬剤師は薬禍事故には敏感であり、薬全般について外観イメージで判断することを極力避けているのが実情である。
イ 患者にとっての混同のおそれについて
a) 原告自身が指摘するように、患者は自ら積極的に薬剤を選別することはない。したがって、医師から商品を具体的に特定して処方された場合は、患者はそのまま服用するだけであって、何ら混同とか誤認の問題は生じない。患者が薬剤を選択するとすれば、医師から薬効成分(この場合は「テプレノン」)のみを指定されて薬剤が処方された場合であるが、その場合は、薬局において、薬剤師が少なくとも商品名と商品の値段を、場合によっては製薬会社名や先発後発品の別等を説明して患者の選択を求めるから、およそ混同とか誤認の問題は生じない。
b) 原告は、すべての薬剤師が先発医薬品と後発医薬品の違いを説明するわけではないと主張する。しかし、薬剤師は職業上高度の注意義務、説明責任を負っており、先発医薬品から後発医薬品に切り替える際には必ず商品名や出所等を説明する義務の履行は実践されているはずである。
 原告は、視覚的弱者のような患者の場合は文字等を読むことができず混同のおそれがあるなどと主張する。しかし、そのような患者の場合でも、そもそも患者は医師から処方された医薬品をそのまま受け取るだけのことであるか、医師が薬効成分のみを処方した場合は前記のとおり薬剤師から商品の説明を受けた上で選択するものであるから、混同することのないことに変わりはない。
(5) 争点5(原告の被った損害の額)について
(原告の主張)
ア 被告は、遅くとも平成14年3月には被告商品を販売し、本件訴訟提起の日である平成17年3月24日までの被告商品の売上金額は、金1億8454万2000円を下らない。
イ 被告による被告商品の販売による利益率は50パーセントを下らないから、本件行為により被告らが得た利益の額は、金9227万1000円を下らない。
ウ よって、被告は、故意又は過失により、不正競争行為を行って原告の営業上の利益を侵害したのであり、これにより原告が被った損害の額は、金9227万1000円を下らない。
(被告の主張)
 争う。
第3 争点に対する判断
1 争点1(本件配色が原告商品の商品等表示に該当するか)について
(1) 配色の商品等表示性について
ア 不正競争防止法2条1項1号が他人の周知商品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用することを不正競争行為と定めた趣旨は、同使用行為により周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止し、周知な商品等表示が有する営業上の信用を保護することにある。
 医薬品としてのカプセル及びその容器又は包装としてのPTPシートは、同法2条1項1号にいう「商品の容器若しくは包装その他の商品・・・を表示するもの」として同号にいう「商品等表示」に当たり得るといえるものの、極めてありふれた形状又は色彩の商品それ自体又は容器若しくは包装については出所表示機能があるということができず、これらが同号にいう「商品等表示」に当たらないことは明らかであり、同号にいう「商品等表示」に当たるといえるためには、出所表示機能を備えた形状又は色彩の「商品の容器若しくは包装その他の商品・・・を表示するもの」であることが必要である。
イ 原告商品の医薬品としてのカプセルの形状自体及びその容器又は包装としてのPTPシートの形状自体は、医療用医薬品においてごくありふれた形状であって何ら特徴的なものではないことは明らかであり、原告が本件において原告商品の商品等表示であると主張する要素(本件配色)は、カプセルが緑色と白色の2色からなること及びPTPシートが銀色地に青色の文字等が付されていること(文字等の内容や配置は問わない。)である。そこで、そもそもこのような単純な色彩の組合せ(本件配色)についても商品等表示と認めることができるかを判断する。
ウ 一般論としては、単純な配色であっても、それが特定の商品と密接に結合し、その配色を施された商品を見たり、その配色の商品である旨を耳にすれば、それだけで特定の者の商品であると判断されるようになった場合には、当該商品に施された配色が、出所表示機能を取得し、その商品の商品等表示になっているということができるのであるから、商品の配色に商品等表示性を認めることができる場合があること自体は否定できない。
 しかしながら、色彩は、古来存在し、何人も自由に選択して使用することができるものであって、単一の色彩を使用した場合はもちろん、ある色彩と別の色彩とを単純に組み合わせて同時に使用したという程度の単純な配色であれば、そのこと自体には特段の創作性や特異性が認められるものではないから、それによって出所表示機能が生じ得る場合というのは、極めて限定されると考えられる。
 また、仮に、単純な配色が出所表示機能を持つようになったと思われる場合であっても、色彩はもともと自由に使用できるものである以上、色彩の自由な使用を阻害するような商品等表示の保護は、公益的見地からみて容易に認容できるものではない。こうした点からすれば、単純な配色が不正競争防止法において保護すべき出所表示機能を取得したということができるかどうかの判断に当たっては、その配色を商品等表示として保護することが、上記の色彩使用の自由を阻害することにならないかどうかという点も含めて慎重に検討されなければならないというべきである。
 さらに、商標法においては、色彩は、文字、図形、記号等と結合して商標となるとされていること(商標法2条1項)との比較からすると、文字、図形、記号等と結合することのない商品の単純な配色を不正競争防止法において商品等表示として保護することが、商標法における保護との均衡を失するものとならないかどうかという点も考慮に入れる必要があると考えられる。
エ 以上からすると、単純な配色が特定の商品に関する商品等表示として不正競争防止法上保護されるかどうかについては、@当該配色をその商品に使用することの新規性又は特異性、B当該配色とそれが施された商品との結びつきの強さ及び当該配色の使用の継続性、B当該配色の使用に関する広告宣伝とその浸透度及び当該商品の売上げ、C取引者や需要者である消費者が商品を識別、選択する際に当該配色が果たす役割の大きさ等を十分検討した上で決せられなくてはならない(大阪高判平成9年3月27日知的裁集29巻1号368頁参照。)。
(2) 本件配色の商品等表示性について
ア 本件配色の新規性又は特異性
 原告は、胃潰瘍治療剤においては、本件配色を施したカプセル及びPTPシートの組合せは、原告商品の販売開始以前には存在しなかったこと等を強調する。
 しかしながら、医療機関及び調剤薬局においては、胃潰瘍治療剤だけではなく、多種多量の医療用医薬品を同時に取り扱うのが通常であることは公知の事実といってよいから、このような医療用医薬品の取引の実情に鑑みれば、医療用医薬品(少なくともカプセル剤)全体の中で、本件配色が新規性又は特異性を有するものであるかどうかを判断するのが適切である。
 この点、平成17年1月1日発行の「写真でわかる処方薬事典」(乙2の1)に掲載された内服薬に関して、被告の調査(乙2の2、3)によれば、以下の事実が認められる。
@ PTPシートにより包装された内服薬の総数4080個に対し、銀色の台紙を用いたものは2294個である。
A PTPシートに銀色の台紙を用いたもののうち、青色の文字等のデザインが施されたものは727個である。
B 緑色と白色のカプセル剤は、36個である(なお、原告は、このうち胃潰瘍治療薬に該当するものは「アカルディカプセル2.5」外19個であり、これらのカプセルの色彩は原告商品のカプセルの色彩と明らかに異なるとして、甲16から31までの薬剤写真を提出する。確かに、原告商品のカプセルの緑色は、原告自身が自社のホームページ(甲14)上での原告商品の紹介において「灰青緑色」と表現しているように、若干くすんだ、やや濃いめの緑色とでもいうべき色であって、甲16から31までの薬剤写真にみられるような、むしろ明るめの、やや淡い緑色とは色調が異なることを見て取ることができる。しかしながら、本件訴訟において、原告は、カプセルの色について「緑色及び白色」と一貫して主張してきているのであって、「緑色」というある程度幅の広い色彩概念を前提とする限り、上記20個のカプセル剤についても全く比較の対象外とすることは適切ではない。)。
C 上記カプセル剤のうち、例えば「インスミン15」、「アタラックスP−50」、「セブンイー・P」などは、原告商品と同様にやや濃いめの緑色を使用しており、これらは、いずれも原告商品の販売開始以前から販売されていたものである。
 これらの事実に鑑みると、カプセルに緑色と白色の2色を使用し、カプセルを装填するPTPシートに銀色地に青色の文字等を配するという原告商品の本件配色は、医療用医薬品(少なくともカプセル剤)全体の中でみれば、原告商品の販売開始当時において新規性を有するものであったとは認め難いし、特異性を有するものであるとも認め難いというべきである。
イ 本件配色と原告商品との結びつきの強さ及び本件配色の使用の継続性
 証拠(甲3の1から4、甲5から7)によれば、原告は、昭和59年12月の販売開始以来、一貫して原告商品について本件配色を使用してきたことを認めることができる。
 ただし、原告は、テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤として、原告商品である「セルベックスカプセル50r」のほかに「セルベックス細粒10%」という細粒剤を販売しており(甲1)、原告が医師・薬剤師等に向けて作成したリーフレット(甲4の1から3)においても、「セルベックス」の名称でカプセル剤である原告商品とほぼ白色の上記細粒剤の両方を表示している。原告が、原告商品と同一の有効成分を含有し、同一の効能・効果を有する医療用医薬品を、「セルベックス」という共通の名称を付した上で、原告商品と同時並行的に販売してきたとの事実は、本件配色と原告商品との結びつきを弱める方向に働くものであるということができる。
ウ 本件配色の使用に関する広告宣伝とその浸透度及び原告商品の売上げ
a) 証拠(甲2、甲3の1から4、甲4の1から3)によれば、原告は、継続的に多数のMRを雇用し、医師・薬剤師等に対して、原告商品の写真が掲載されたパンフレットやチラシの配布等を行って広告宣伝を行ってきたことが認められる。また、原告は、自社のホームページ上においても、製品情報として、医療用医薬品製品一覧の中において写真を掲載して原告商品を紹介している(甲14)。
 さらに、証拠(甲12、15)によれば、原告商品の年間売上高は平成2年以降は毎年数百億円規模になっており、平成12年から平成16年までの5年間にわたり、「セルベックス」の年間処方ランキングは、A2B抗潰瘍剤において第1位を維持し続けていることが認められる。前記のとおり、「セルベックス」には原告商品のほかに細粒剤があるので、この処方ランキングは、原告商品のみの処方を反映したものであるとはいえないものの、このような売上実績及び処方実績は、原告商品の広告宣伝が相当程度医師・薬剤師等に浸透していることを示唆しているということができる。
b) もっとも、原告商品のパンフレットやチラシは、本件配色をもって原告商品の識別のポイントとすべきことをアピールする内容のものではないし、前記のような売上実績及び処方実績も、医師・薬剤師等が原告商品の効能・効果を評価した結果であるということはできても、医師・薬剤師等が原告商品を本件配色により識別していることを示唆するものということはできない。
 また、原告商品の最終需要者である消費者(患者)に対する広告宣伝は、前記ホームページ以外に行われていると認めるに足りる証拠はない上、前記ホームページについても、「セルベックスカプセル50r」という販売名から原告商品の写真にたどり着くことはあっても、原告商品の写真から逆に「セルベックスカプセル50r」という販売名や商品説明にたどり着くことはできない構造になっているから、これを閲覧する者に対して、本件配色をもって原告商品の識別のポイントとすべきことをアピールする内容のものにはなっていない。
エ 原告商品の識別、選択の動機
a) 証拠(甲5、甲7、甲32)によれば、近年、医師・薬剤師等を対象として処方薬を写真で紹介する専門書や、消費者(患者)を対象として処方薬を写真等から検索できるようにして紹介する書籍が発行されていることが認められる。
 こうした書籍の存在に鑑みれば、取引者たる医療機関及び調剤薬局の医師・薬剤師等又は最終需要者たる消費者(患者)が、原告商品を本件配色を一つの手がかりとして識別することがあり得るということができる。
b) しかしながら、専門家である医師・薬剤師等にとっては、一見すると外観的特徴の似通った医療用医薬品が複数存在することは、むしろ周知の事実であるというべきである。また、厚生省医薬安全局長名で各都道府県知事宛に発された「医療事故を防止するための医薬品の表示事項及び販売名の取扱いについて」と題する通達(平成12年9月19日医薬発第935号。乙4)においても、「医薬品の誤投与を防止するためには、調剤時、投薬時及び患者の服用時に容易に本来投与すべき医薬品が確認できるよう、PTPシートに販売名、規格等が記載されていることが重要である」との認識が示されていることからも明らかなように、医師は、「セルベックスカプセル50r」とか、「セフタックカプセル50」というように、処方せんに販売名を記載して医療用医薬品を処方するのが通常であり、処方せんに本件配色を記載してこれを処方するものではないし、薬剤師もこのような医師の処方せんに基づき医療用医薬品を選択するものであり、本件配色によってこれを選択するものではない。
 これらの事情に鑑みると、少なくとも専門家である医師・薬剤師等においては、販売名等を確認せずに本件配色のみによって原告商品を識別するということは到底想定し難いことというべきである。
c) 他方、消費者(患者)においては、専門家である医師・薬剤師等とは異なり、多種多量の医療用医薬品を常時取り扱うことはないから、販売名等を確認せずに本件配色のみによって原告商品を識別するということも考えられる。
 しかし、原告商品のような医療用医薬品は、本来その効能・効果によって患者の症状に最も適したものが医師により処方され、それを患者が受け入れているのであって、患者にとっても配色その他の商品のデザインが医療用医薬品の選択の動機となることは通常考え難いところである。
オ 総括
 前記アからエまでにおいて検討したところを総合考慮すれば、本件配色は、原告商品の販売名等の表示とは別に、独立して原告の商品であるとの出所表示機能を取得するに至っていると認めることはできず、本件配色が原告商品の商品等表示となっているということはできない。
2 結論
 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂驤
 裁判官 杉浦正典
 裁判官 吉川泉
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