判例全文 line
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【事件名】類似薬剤の不正競争事件D
【年月日】平成18年1月25日
 東京地裁 平成17年(ワ)第5658号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成17年12月7日)

判決
原告 エーザイ株式会社
同訴訟代理人弁護士 中村勝彦
同 長坂省
同 藤井基
同 柏健吾
同 太田知成
同 伊勢智子
同 宮下央
被告 長生堂製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 萩原新太郎
同 工藤英知
同 柳誠一郎
同 池田竜郎
同 小川朗
同 志摩美聡


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙被告標章目録1記載の表示を付したPTPシート及び同目録2記載の表示を付したカプセルを使用した胃潰瘍治療剤を製造し、又は販売してはならない。
2 被告は、その占有に係る前項記載の製品を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、336万円及びこれに対する平成17年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、販売名を「セルベックスカプセル50r」とし、テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤(以下「原告商品」という。)を製造販売する原告が、販売名を「アントベックスカプセル50r」とし、テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤(以下「被告商品」という。)を製造販売する被告に対し、原告商品のPTPシート及びカプセルの配色が原告の商品等表示として周知であり、上記配色と類似した配色を有する被告商品を製造販売することは不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当するとして、同号及び同法3条に基づき、被告商品の製造販売の差止め及び被告商品の廃棄を求め、同号及び同法4条に基づき、不正競争行為による損害の賠償を求めた事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 原告は、昭和16年12月6日に設立された医薬品、医薬部外品、化粧品、動物用医薬品、医療・衛生雑貨、農業用薬品、肥料、飼料、飼料添加物、食品、飲料品、調味料、食品添加物、検査用試薬及び化学工業薬品の製造、販売、輸出入等を業とする株式会社である。
 被告は、医薬品、医薬部外品及び化粧品の製造、医薬品及び工業薬品の販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告商品
ア 原告は、昭和59年10月23日、原告商品の製造承認を受け、同年12月6日、原告商品の販売を開始した。
イ 原告商品は、医療用医薬品であり、胃潰瘍治療剤である。
 胃潰瘍は、一般的に再発する可能性が高いために、胃潰瘍を完全に治療するためには、胃潰瘍治療剤を長期にわたって反復継続して服用しなければならない。したがって、胃潰瘍患者にとって、胃潰瘍治療剤は、治療期間中、欠かさず服用するものとなっている。
 また、医療用医薬品は、医師が作成した処方せんに基づき薬剤師が調剤することにより、患者に交付されるものである。患者は、自ら医療用医薬品を積極的に選別するものではない。
ウ 原告商品は、別紙原告標章目録2記載の剤型のカプセル(以下「原告カプセル」という。)が、同目録1記載のPTPシート(以下「原告PTPシート」という。)に装填された形態で販売されている。原告カプセルは、緑色及び白色の2色からなるカプセルであり、原告PTPシートは、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートである(以下、原告PTPシート及び原告カプセルの配色を「原告配色」という。)。
 原告PTPシートの表面には、販売名である「セルベックス50r」の文字及び製造者である原告のロゴマークが記載されており、識別コードの記載はない。
 また、原告PTPシートの表面に記載されている模様は、短い縦線を横に並べて構成する横線を、各段のカプセルが装填される部分と重なるように配置したものである。
 原告PTPシートの裏面には、「Selbex50r」の文字及び「セルベックス 50r」の文字が記載されている。
 原告カプセルには、識別コードである「SX50E」の文字が印字されている。
(3) 被告商品
ア 被告は、平成10年ころから、被告商品の製造及び販売を行っている。
イ 被告商品は、別紙被告標章目録2記載の剤型のカプセル(以下「被告カプセル」という。)が、同目録1記載のPTPシート(以下「被告PTPシート」という。)に装填された形態で製造され、販売されている。被告カプセルは、緑色及び白色の2色からなるカプセルであり、被告PTPシートは、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートである(以下被告PTPシート及び被告カプセルの配色を「被告配色」という。)。
 被告は、平成17年6月から、被告商品のPTPシートの地の色を金色に、PTPシートの文字の色を緑色に、それぞれ変更して販売している。
 被告PTPシートの表面には、販売名である「ANTOVEX 50」の文字及び識別コードである「CHANV」が記載されている。
 また、被告PTPシートの表面に記載されている模様は、「CHANV」の文字と、やや太めの横棒の直線とを、交互に並べたものを、各段のカプセルが装填される部分の下に配置したものである。
 被告PTPシートの裏面には、大小の「アントベックス50」の文字及び「CHANV50r(編注;「50r」が□で囲まれている)」の文字が記載されている。
 被告カプセルには、識別コードである「ch ANV」の文字が印字されている。
(4) 被告商品の売上げ
 被告は、平成10年ころから被告商品を販売しているところ、平成14年3月から本件訴訟の提起の日である平成17年3月24日までの被告商品の売上金額は、672万円を下らない。
(5)後発品
 被告商品は、一般的に後発品と称される医薬品である。後発品とは、原告商品のような承認医薬品(以下「先発品」という。)の特許権の存続期間満了後に、先発品と成分や規格等が同一であるとして、臨床試験(いわゆる治験)などを省略して承認される医薬品であり、先発品のように費用、期間、労力をかけて研究開発をする必要がない。
 このように、後発品は、開発費用がかからず、開発に向けた投資リスクも負担しないため、非常に低価格で販売することができる。一般に、被告のような後発品の製造又は販売を行う業者は、低価格を武器にして、医療機関に対し、先発品から後発品への切り替えを働きかけている。
 後発品の使用には、医療費削減効果があるため、後発品の普及は、国の方針である。
(6)本件訴訟提起までの経緯
 原告は、被告に対し、本件訴訟提起前に、平成17年3月2日付けで、被告商品の製造販売が不正競争防止法に違反する行為であるとして、被告商品の製造販売を中止するよう通知した。
 これに対し、被告は、平成17年3月14日付けで、原告が求めた被告商品の製造販売の中止には一切応じられない旨の回答をし、原告の上記通知後も、被告商品の製造販売を行っている。
2 争点
(1)不正競争防止法2条1項1号該当性
ア 原告配色の商品等表示性及び周知性
イ 原告配色と被告配色との類似性
ウ 混同のおそれ
(2)原告による本件請求は、権利の濫用に当たるか。
(3)損害の発生の有無及びその額
3 争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)ア(原告配色の商品等表示性及び周知性)について
(原告の主張)
ア 商品等表示性
 原告配色は、以下のとおり、原告商品の商品等表示に該当する。
(ア) 商品等表示性の判断基準
 商品の形態や色彩について、不正競争防止法2条1項1号所定の商品等表示性が認められるために必要な自他商品識別力の有無の判断基準としては、@一定期間の独占的継続的使用、A強力な広告宣伝、B販売数量(売上額、市場占有率)、C表示の独自性(特異性)があげられるが、これらの要素は、そのすべてが必要不可欠なものではなく、当該商品等表示と相手方の商品等表示との関係、取引の実情等によって、事案ごとに相対的に判断すべきものである。
(イ) 一定期間の独占的継続的使用
 原告は、昭和59年12月の原告商品の販売開始以来現在に至るまで、20年以上にわたって、一貫して、原告商品に原告配色を使用してきた。そして、原告商品の販売以前には、原告配色に類似した配色のカプセル並びにカプセル及びPTPシートの組合せは、胃潰瘍治療剤においては存在しておらず、原告商品が販売された後も、被告商品その他の後発品の販売が開始された平成9年ころまでの約13年間、原告配色に類似した同様の胃潰瘍治療剤は、原告商品以外には存在しなかった。
 すなわち、原告は、原告商品の配色のカプセル並びにカプセル及びPTPシートの組合せを、原告商品の販売開始以来約13年間にもわたって、独占的・継続的に使用してきたのである。また、被告商品その他の後発品の販売が開始された後も、原告商品の販売数や処方数を前提とすれば、胃潰瘍治療剤において、原告配色を事実上原告商品が独占しているということができる。
(ウ) 強力な広告宣伝
 原告は、原告商品の販売開始以来現在に至るまで、20年以上にわたって、全国に多数のMR(医薬品の適正な使用に資するために医療関係者を訪問すること等により、安全管理情報を収集し、あるいは、提供することを主な業務とする者をいう。以下同じ。)を置き、そのMRを通じて、医師等(医師、看護師、薬剤師その他の医療従事者をいう。以下同じ。)に対し、熱心かつ地道な情報伝達活動を行ってきた。また、自社ホームページ上に原告商品の製剤写真を掲載し、医師等のみならず、患者を含む一般市民に対しても、原告商品の外観を認識できる状態で、原告商品に関する情報伝達活動を行ってきた。
(エ) 販売数量(売上額、市場占有率)
 上記(ウ)の情報伝達活動により、原告商品は、その販売開始以来、胃潰瘍治療剤において圧倒的な処方数及び年間売上高を維持しており、胃潰瘍治療剤における原告商品のシェアは非常に高い。
 医薬品が医師によってどれだけ処方されたかを示す処方ランキングにおいて、原告商品は、全国の医療機関で処方された全医薬品の中で平成13年まで2位を維持し、現在においても4位である。また、A2B抗潰瘍治療剤における処方ランキングにおいて、原告商品は、少なくとも平成12年から平成16年にかけて5年連続で年間1位の成績を維持している。
(オ) 表示の独自性(特異性)
a 原告が、原告商品の販売開始以来現在に至るまで、一貫して、原告商品に原告配色を使用してきたこと、原告商品の販売以前には、原告配色に類似した配色のカプセル並びにカプセル及びPTPシートの組合せは、胃潰瘍治療剤においては存在していなかったこと、原告商品が販売された後も、被告商品その他の後発品の販売が開始された平成9年ころまでの約13年間、原告配色に類似した同様の胃潰瘍治療剤は、原告商品以外には存在しなかったことは、上記(イ)のとおりである。また、現在においても、原告商品及び被告商品その他の後発品のほかには、原告配色に類似した配色を持った胃潰瘍治療剤は存在していない。
 したがって、原告配色が独自性を有していることは、明らかである。
b 被告は、原告配色が、テプレノン製剤や胃潰瘍治療剤に限らず、原告商品の販売開始以前から、世に流通する多種多数のカプセル型医薬品に採用されており、何ら特徴的ではないと主張する。
 しかし、原告配色が、医療用医薬品全体で独自かつ特徴的である必要はない。すなわち、不正競争防止法2条1項1号における「需要者の間に広く認識されている」商品等表示とは、類似表示の使用者(被告)の営業地域及び顧客層において認識されている商品等表示であれば足りるところ、本件においては、被告商品の顧客層、すなわち、胃潰瘍治療剤の需要者において、原告配色の外観的特徴が認識されていれば足りる。
c 被告は、原告配色が特徴的ではないとして、「アシノンカプセル150」(検乙3)、「アテミノンカプセル150」(検乙5)及び「ゲファニールカプセル50」(検乙8)を提出しているが、これらのPTPシート、シート上の文字及びカプセルの各色彩は、原告商品の各色彩と明らかに異なる。
 また、被告は、原告配色が特徴的ではないとして、胃潰瘍治療剤でない医薬品(検乙6、7)を提出しているが、これらは、胃潰瘍治療剤における原告配色の独自性を判断するに当たって考慮する必要はない。
(カ) 原告の商品表示と被告の商品表示との関係
 原告配色の商品等表示性を判断するに当たっては、原告配色と被告配色との関係をも考慮すべきであり、その際には、両者の類似性の程度をも考慮すべきである。
 被告商品は、原告商品と同一の有効成分を含有し、同一の効能・効果を有するいわゆる後発品であり、両者の性質、用途、目的における関連性の程度は極めて高い。したがって、両者の外観が類似する場合には、医師等又は患者が、被告商品を原告商品又は原告と密接な関係を有する第三者が製造・販売する商品であると誤認するおそれが非常に高い。そして、原告配色と被告配色とは、カプセルの配色、PTPシートの色彩及びPTPシートの文字色のいずれをとっても、全くの同色といっても過言ではない。
(キ) 取引の実情
 医療の現場においては、新薬が次々と発売される中で、医師等が日常的に数多くの患者に接して様々な薬剤を処方・使用している。また、医師の処方せんにより医療用医薬品の調剤を行う調剤薬局においては、特定の医師のみではなく、複数の医師からの処方せんに対応するため、非常に多くの種類の医薬品を取り扱うことが多い。さらに、医療機関や薬局では、先発品と後発品とを同時に取り扱うことも少なくない。
 このような取引の実情の下では、原告商品と被告商品との類似の程度、原告商品の外観の周知性の程度を考慮すれば、医師等であっても、医薬品について、販売名のみならず、その外観で原告商品を識別することがある。実際、医師等の座席や壁等に医薬品の写真が貼られていることもある。また、「写真でわかる処方薬事典」(甲16)は、「国内専門書で初めて処方薬を写真紹介することに主眼をおいて製作され」たものであることを明らかにしており、同書が医師等のために製作されたものであることからすれば、同書は、医師等においても、医薬品の外観が、医薬品の識別の際に重要な指標となっていることを端的に示すものである。
 また、患者については、医師に処方され、薬剤師に交付された医薬品を特段の注意を払うことなく受領することも多いが、その場合であっても、医薬品とともに薬剤師から交付される当該薬剤の写真が掲載された説明書や、市販書籍等によって、医薬品の外観を記憶していることがあり、そのようなときには、医薬品をその外観で識別することになる。
(ク) 高齢者の識別能力
 原告配色の出所表示機能が果たす役割は、特に、患者が高齢者の場合に顕著に現れる。すなわち、高齢者は、白内障や緑内障などの眼疾患を持つ割合が高いため、視力の低下によってPTPシートに記載されている小さな文字を識別することはほとんど不可能であり、PTPシート自体の色やPTPシートに記載されている文字の色、又はカプセルの色のみによって薬剤を識別している人が大多数であって、PTPシートに記載された文字色の違いでさえ識別することができないことがある。このような高齢者にとって、薬剤を識別する際の重要な因子は、PTPシートの色であり、次にPTPシートの文字の誘目性(色の目に付きやすさ、目立ちやすさ)であると考えられる。
(ケ) 商品等表示の併存について
 被告は、販売名等の記載のないPTPシートに装填された医薬品が存在しないことを理由に、現に存在しない外観は、不正競争防止法上の「商品等表示」とはなり得ないと主張する。
 しかし、1つの商品に複数の商品等表示が併存する場合があることは、いうまでもないから、原告PTPシートに販売名等が記載されていることは、原告配色の商品等表示性を否定する理由とはならない。
(コ) 原告PTPシートが露出していないとの主張について
 被告は、PTPシートが、医師等が購入する際には、封をされた外箱の中にあり、医師等に露出していないことを理由に、医師等との関係において、原告配色が商品等表示とはなり得ないと主張する。また、患者がその外観で商品を識別して自由に選択するものではないことを理由に、患者との関係において、取引の誘因となり得ない原告配色が商品等表示となることはないと主張する。
 しかし、不正競争防止法2条1項1号は、行為者と需要者との間に直接商取引が存在することを要求していないのであるから、他人の商品等表示と類似する商品等表示を使用した結果、需要者に混同のおそれが生じるのであれば、それが直接商取引の誘因とならない場合であっても、不正競争行為に当たる。また、直接の商取引の存在すら要求されていない以上、商取引の際に商品等表示が露出していない場合であっても、他人の商品等表示と類似する商品等表示を使用した結果、需要者に混同のおそれが生じるのであれば、当該行為は、不正競争行為に当たる。
(サ) 患者は需要者ではないとの主張について
 被告は、本件のような医療用医薬品において、患者は需要者に該当しないかのような主張をする。
 しかし、原告商品と被告商品とは、いずれも胃潰瘍治療剤であり、全く同一の効能を有し、同一の成分を含有する医薬品である。このような場合、患者自らが、同一効能・同一成分の医薬品において、先発品と後発品のいずれかを選択し決定する余地が十分考えられることから、患者が需要者に該当しないとの主張は、失当である。
イ 商品等表示の周知性
 上記ア(イ)、(ウ)及び(エ)のとおり、原告商品の商品等表示である原告配色は、周知性を有するに至っている。
(被告の主張)
ア 商品等表示性
(ア) 原告商品の商品等表示は、販売名等であること。
 原告商品の商品等表示は、販売名や会社名、ロゴマーク及び識別コード(以下、これらを「販売名等」という。)である。
 原告の主張は、販売名等の記載内容を捨象した状態での原告配色が商品等表示に該当するというものである。しかし、そもそも、PTPシート上に販売名等を記載すべきことは、厚生労働省の通達によって定められているから、販売名等の具体的な記載のない原告商品、例えば、PTPシート上の販売名等が青色インクで伏字になっている原告商品は、存在しない。そして、現に存在しない外観は、不正競争防止法上の「商品等表示」とはなり得ない。
(イ) 原告PTPシートは、原告商品の取引の際に需要者に露出していないこと。
a 医師等による購入
 薬事法58条本文は、「医薬品の製造販売業者は、医薬品の製造販売をするときは、厚生労働省令で定めるところにより、医薬品を収めた容器又は被包に封を施さなければならない。」と規定し、ここにいう「医薬品を収めた容器又は被包」とは、PTPシートのような内袋ではなく(同法37条2項参照)、医薬品と添付文書を収める外箱のことを指すとされている。このため、医療用医薬品は、メーカー又は問屋から医師等に販売される際には、封をされた外箱に納められた状態で外箱ごと販売されるのであり、原告商品のようにPTPシートに装填された医療用医薬品の場合、PTPシートは、医師等が購入する際には、封をされた外箱の中にあり、医師等に露出していない。したがって、医師等は、原告配色によって原告商品を識別して購入するものではない。
 このように、取引の際に需要者である医師等の目に触れることがなく、したがって、取引の誘因となり得ない原告配色は、商品等表示とはなり得ない。
 原告は、購入後における医師等による「取り違い」を問題とするが、原告が主張するような「取り違い」は、実際には生じないし、取引過程における需要者の意思決定と無関係な「取り違い」は、不正競争防止法による保護の対象とはならない。
b 患者による購入
 医師等から患者に提供される医療用医薬品は、医師の処方によって指定され、患者に交付されるものであって、市販薬のように患者がその外観で商品を識別して自由に選択するものではない(薬事法49条1項本文)。このように、患者に対して取引の誘因となり得ない原告配色は、患者との関係でも、「商品等表示」とはなり得ない。
 原告は、患者による購入後の原告商品と被告商品との誤認を問題とするが、そのような誤認は、実際には生じないし、取引過程における需要者の意思決定と無関係な誤認は、不正競争防止法による保護の対象とはならない。
(ウ) 原告配色は、特定の出所を示す表示として需要者の間で周知となっていないこと。
a 原告配色は、特徴的ではないこと。
 原告配色は、テプレノン製剤や胃潰瘍治療剤に限らず、原告商品の販売開始以前から、世に流通する多種多数のカプセル型医薬品に採用されており、何ら特徴的ではないから、需要者に特定の出所を表示するものとして認識され得ない。
 原告商品と同じく胃潰瘍治療剤であるゼリア新薬工業株式会社の「アシノンカプセル150」(検乙3)、大洋薬品工業株式会社の「アテミノンカプセル150」(検乙5)及び大日本住友製薬株式会社の「ゲファニールカプセル50」(検乙8)も、原告商品の外観の特徴であると原告が主張する、銀色地に青色の文字等を記載したPTPシートと、緑色と白色の2色からなるカプセルとを備えている。
 また、東和薬品株式会社の「セファレキシン・C『トーワ』」(検乙6)も、銀色地に青色の文字を記載したPTPシートと、緑色と白色の2色からなるカプセルとを備えており、杏林製薬株式会社の睡眠導入剤「インスミン15」(検乙7)のカプセルの色は、色調や濃淡まで原告商品とほぼ同一である。
 さらに、「ゲファニールカプセル50」の販売開始時期は、昭和45年8月であり、「セファレキシン・C『トーワ』」の販売開始時期は、昭和51年9月であり、「インスミン15」の販売開始時期は、昭和54年4月であり、いずれも、原告商品の販売開始時期(昭和59年12月)より以前である。
b 原告配色は、医師等の間で、特定の出所を示す表示として周知となっていないこと。
 医療用医薬品を処方する医師は、各医療用医薬品の販売名、製造者、有効成分、効能・効果、用法・用量、副作用、薬価等の情報をMRから提供されるなどして入手し、これらの情報に基づいて、購入する医薬品及び処方する医薬品を選択し、選択した医薬品を販売名又は成分名によって特定して処方するのであり、選択した医薬品をPTPシートやカプセルの外観によって指定して処方するのではない。すなわち、医師は、購入の際のみならず、譲渡、すなわち、処方の際にも、医薬品の外観を目にしないのであり、販売名等の記載内容を捨象した医薬品の外観を、特定の出所を示す表示として認識するものではない。
 また、医師が処方した医療用医薬品を患者に提供する薬剤師も、販売名による処方であれば、医師が指定した販売名により医薬品を選択し、患者に提供するのであり、有効成分の一般的名称(以下「一般名」という。)による処方であれば、当該成分を有する複数の医薬品の中から、専門家としての知識に基づいて、販売名をもって選択し、患者に提供するのである。薬剤師は、販売名等の記載内容を捨象した医薬品の外観を、特定の出所を示す表示として認識するものではない。
 したがって、原告配色は、原告商品の商品等表示には該当しない。
c 原告配色は、患者の間で、特定の出所を示す表示として周知となっていないこと。
 胃潰瘍患者が服用する医薬品は、胃潰瘍治療剤だけではないから、胃潰瘍患者は、あるカプセル型医薬品を、それが胃潰瘍治療剤であるという前提で識別するものではない。したがって、「原告配色が特定の出所を示す表示として周知になっている」とは、胃潰瘍患者の多くが、販売名等の記載内容を捨象した状態の原告配色をもって、胃潰瘍治療剤に限らず、あらゆる薬効のカプセル型医薬品の中から原告商品を識別できる場合をいう。
 原告配色は、上記aのとおり、カプセル型医薬品の中で何ら特徴的ではないから、胃潰瘍患者に対しても、そのような識別力を有しておらず、販売名等の記載を確認せずに原告商品を識別することは不可能である。
 したがって、原告配色は、原告商品の商品等表示には該当しない。
(エ) 高齢者の識別能力に関する主張について
 仮に、高齢の患者に関して原告が主張する事象が存在するとしても、原告の主張は、先発品から後発品に切り替えられた患者がそれに気付かずに後発品を使用してしまうという事態を前提として、初めて意味のあるものである。
 しかし、先発品から後発品に切り替えられたことに患者が気付かずに後発品を使用するという事態は、実際には起こらないから、原告の主張は、その前提に誤りがある。
イ 商品等表示の周知性
 上記ア(ウ)のとおり、原告配色は、特定の出所を示す表示として需要者の間に広く認識されていないから、周知性は認められない。
(2) 争点(1)イ(原告配色と被告配色との類似性)について
(原告の主張)
ア 被告配色は、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートを使用している点、緑色と白色の2色からなるカプセルを使用している点において、原告配色の外観上の特徴を有しているのみならず、他に原告商品と区別し得るような特徴を有していない。
 したがって、医師等及び胃潰瘍患者といった原告商品の需要者が、原告配色と被告配色を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあることは明らかである。
イ 被告は、原告商品の自他商品識別力を有する部分が、そのPTPシート及びカプセルに印字された販売名、会社名、識別コードや模様であることを理由に、原告商品と被告商品との間には、類似性がないと主張する。
 しかし、原告商品及び被告商品のPTPシート及びカプセルが自他商品識別力を有することは、上記(1)の「(原告の主張)」のとおりであり、自他商品識別力を有する部分が類似している以上、不正競争防止法2条1項1号との関係で、原告商品と被告商品とがその外観において類似していることは、いうまでもない。
(被告の主張)
 原告商品及び被告商品において、識別力があるのは、PTPシートやカプセルに印字されている販売名、会社名、識別コードや模様などであるところ、原告商品と被告商品との間には、次のような相違点があるから、両者の間には、類似性はない。
@ 原告PTPシート及び被告PTPシートの各表面の表示及び模様は、上記1(4)のとおりであり、両者は全く異なっている。
A 原告PTPシート及び被告PTPシートの各表面の印字は、いずれも青であるが、明るさ、濃度及び色合いが異なる。
B 原告PTPシートの裏面の表示と被告PTPシートの裏面の表示との間には、上記1(4)のとおりの相違があり、両者の印字の色は、表面以上に明らかに異なっている。
C 原告カプセルの印字と被告カプセルの印字との間には、上記1(4)のとおりの相違がある。
D 被告PTPシートは、原告PTPシートより、縦に短く横に長い。
(3) 争点(1)ウ(混同のおそれ)について
(原告の主張)
ア 医師等にとっての混同のおそれ
(ア) 医師等は、多種多様な薬剤を日々相当数扱わなければならないから、取扱いの便宜上、医療機関及び薬局に保管されている同種、同薬効の薬剤は、隣同士の棚や同一カテゴリーの棚に置かれていることが通常である。そのような保管状況において、同種、同薬効の薬剤が同一の外観を有しているとすれば、医師等が、被告商品を原告商品と誤認するおそれが非常に高いことは明らかである。
(イ) 被告は、医師等が、医薬品を、PTPシートやカプセルに印字されている販売名、会社名及び識別コードを確認することなく原告商品と断定することはあり得ないと主張する。
 しかし、原告PTPシートに原告の商標が表示されており、被告PTPシートに「ANTOVEX 50」及び「CHANV」と表示されていることの一事をもって、直ちに原告商品と被告商品との間に混同のおそれがないとされるものではない。そして、被告PTPシートに「ANTOVEX 50」及び「CHANV」という決して著名とはいえずなじみのない文字が記載されていても、そのことをもって原告商品と被告商品との間に混同のおそれがないとはいえない。
 また、医師は、処方を行う際に、処方せんに、「セルベックス」や「アントベックス」という販売名ではなく、「テプレノン」という一般名を記載することも許されており、実際にそのような処方も行われているところ、「テプレノン」という記載のみを見た薬剤師が、「セルベックス」という販売名ではなく、銀色地に青色の文字等を付したPTPシート並びに緑色及び白色の2色からなるカプセルという外観を持った処方頻度の高い原告製造に係る胃潰瘍治療剤を想起することにより、原告商品を調剤しようとすることも、原告商品の販売実績及び処方実績からすれば当然に考えられる。そのような場合、薬剤師が、原告商品を調剤しようとして、銀色地に青色の文字等を付したPTPシート並びに緑色及び白色の2色からなるカプセルという原告商品と類似する外観を有する被告商品を調剤してしまうことは、十分考えられる。
 なお、処方せんに販売名が記載されている場合であっても、薬剤師が原告商品を調剤しようとして、原告商品と外観が類似している被告商品を調剤してしまうおそれを否定できないのはもちろんのことである。
 このような事情を考慮すれば、医師等に関しても、混同のおそれを否定することはできない。
イ 患者にとっての混同のおそれ
(ア) 原告商品は、胃潰瘍治療剤であるが、胃潰瘍は一般的に再発する可能性が高いため、胃潰瘍を完全に治療するためには胃潰瘍治療剤を長期にわたり反復継続して服用しなければならないから、胃潰瘍患者にとって、胃潰瘍治療剤は、治療期間中、欠かさず服用するものとなっている。
 しかし、原告商品のような医療用医薬品は、医師の処方に基づき投与されるものであるため、患者が自ら積極的に薬剤を選別するのではない。そのため、原告商品を常用している患者が、原告配色と酷似する配色を有する被告商品を、胃潰瘍治療剤であるとの説明のみを受けて交付された場合、当該患者が、当該交付を受けた被告商品を、原告商品又は原告が製造若しくは販売する商品である、あるいは、原告と緊密な営業上の関係を有する会社が製造又は販売する商品であると誤認して、被告商品を服用してしまうおそれがあることは明らかである。
(イ) 患者の多くは、医療用医薬品の購入に際し、医師から処方されたものを特段の注意を払うことなく購入しているのが実情である。原告商品を反復して服用している患者であったとしても、「セルベックス」という販売名ではなく、銀色地に青色の文字等を付したPTPシート並びに緑色及び白色の2色からなるカプセルという外観のみをもって、原告商品を識別、記憶することも十分考えられるところ、時と所を異にして被告商品を処方された場合には、被告商品が原告商品と非常に類似している外観を有するがゆえに、被告商品を原告商品と混同するおそれは十分考えられる。
 特に、高齢者の場合には、白内障や緑内障などの眼疾患を持つ割合が高いため、視力の低下によってPTPシートに記載されている小さな文字を識別することはほとんど不可能であり、PTPシート自体の色やPTPシートに記載されている文字の色のみならず、カプセルの色までも同じ色を使用しているような場合には、原告商品と被告商品とを誤認混同する可能性は非常に高い。
(被告の主張)
ア 医師等にとっての混同のおそれ
(ア) 銀色地に青色の文字等が記載されたPTPシート並びに緑色及び白色の2色からなるカプセルは、数多くの製薬会社によって、多種多数の医療用医薬品に採用されており、医師等は、そのことを認識しているから、専門家である医師等が、銀色地に青色の文字等が記載されたPTPシート並びに緑色及び白色の2色からなるカプセルを備えたカプセル製剤を、PTPシートやカプセルに印字されている販売名、会社名及び識別コードを確認することなく原告商品と断定することは、あり得ない。
(イ) 不正競争防止法2条1項1号における混同のおそれとは、取引過程において需要者が意思決定する際に「混同」するおそれを指すものである。医師等が医療用医薬品を購入する際には、カプセルが装填された状態のPTPシートは露出していないから、混同のおそれはそもそも問題とならない。
(ウ) 原告は、購入後における医師等による「取り違い」を問題とするが、原告が主張するような「取り違い」は、実際には生じないし、取引過程における需要者の意思決定と無関係な「取り違い」は、不正競争防止法による保護の対象とはならない。
 なお、実際には、医療事故防止について厚生労働省が指導を行っていることもあり、専門家である医師等は、販売名を必ず確認するから、取り違いをしないし、医師等が外観を頼りに医療用医薬品を選択し、その結果、真意と異なるものを処方し又は交付してしまうという事態は、起こり得ない。
イ 患者にとっての混同のおそれ
(ア) 不正競争防止法2条1項1号における混同のおそれとは、前記ア(イ)のとおり、取引過程において需要者が意思決定する際に「混同」するおそれを指すものである。医師等から患者に交付される医療用医薬品は、医師の処方によって指定され、患者に交付されるものであり、患者が自由に意思決定して選択するものではないから、患者の混同のおそれの有無は、そもそも問題となり得ない。
(イ) 原告は、購入後における患者による誤認を問題とするが、原告が主張するような誤認は、実際には生じないし、取引過程における需要者の意思決定と無関係な誤認は、不正競争防止法による保護の対象とはならない。
(ウ) 被告商品の外観と原告商品の外観とは、販売名、会社名等の識別力のある部分が全く異なっており、その外観上の相違に患者が気付かないということはあり得ず、患者が被告商品を原告商品と誤認することはない。
 また、処方される薬が先発品から後発品に替われば、薬代の額が下がり、患者、特に、胃潰瘍患者のように長期間にわたって定期的に毎回同じ量の薬を購入する患者は、必ず、薬が替わったことに気付く。
 さらに、患者が、被告商品を、胃潰瘍治療剤であるとの説明のみを受けて交付されることはない。医師は、ある患者に処方する薬を先発品から販売名による処方で後発品に替える場合には、必ずその旨を患者に説明し、了解した患者にのみ後発品を処方する。患者への説明なしに後発品を処方し、後に患者から苦情を言われるリスクを負う必要はないからである。しかも、調剤薬局においては、患者に対し、処方された薬の名称、効能、効果等を必ず説明するし、医師が一般名による処方をし、調剤薬局において後発品を処方する場合にも、必ず、後発品に関する主な情報を患者に提供して患者の同意を得る。そうすれば、健康保険の調剤報酬点数が加算されるからである。
 現に、被告は、これまで、被告商品について、先発品その他の製品と外観が類似しているとして、患者から直接クレームを受けたことは一度もないし、そのようなクレームを患者から受けた医師等からクレームを受けたことも一度もない。
 したがって、原告が主張するような誤認は生じない。
(4) 争点(2)(原告による本件請求は、権利の濫用に当たるか。)について
(被告の主張)
 被告は、その販売開始から平成17年6月ころまで7年近くにわたり、被告商品を、「銀色地に青色の印字がされたPTPシート及び緑と白の2色のカプセル」という外観で販売してきた。原告は、この間、原告商品の後発品である被告商品の発売及びその後の販売を知っていたはずであるにもかかわらず、平成17年3月2日付内容証明郵便を被告に送付するまで、被告商品の外観に関してのクレームを述べることは、一切なかった。この事実こそ、原告自身、被告が原告商品に「ただ乗り」しているとは考えていなかったことの証左である。
 また、被告商品の販売を知りつつそれを放置してきた原告が、被告商品が被告による長年の努力の結果として市場において一定の認知を得るに至った後に、自己の権利を主張するのは、権利の濫用に当たり、許されない。
(原告の主張)
 原告は、被告商品の販売が開始された時点において、被告商品の外観について認識していたものではない。
 また、一般的に、仮に相当長期間にわたって差止請求権が行使されないまま混同招来行為が放任されたような状態になっていても、その事実から安易に権利失効や権利濫用が肯定されることはない。
 原告の権利濫用を基礎付ける具体的な主張及び立証のない本件において、原告の本件請求が権利濫用であると認定することはできない。
(5) 争点(3)(損害の発生の有無及びその額)について
(原告の主張)
 被告の利益率は50パーセントを下らないと推定されることから、被告の不正競争行為により被告が得た利益の額は、上記1(4)の売上金額672万円に50パーセントを乗じた額である336万円を下らない。
 したがって、被告は、故意又は少なくとも過失により、不正競争行為を行って、原告の営業上の利益を侵害したのであり、原告が被った損害の額は、336万円を下らない。
(被告の主張)
 否認する。
 原告の主張する「利益率」が粗利率を指すのか純利率を指すのか不明であるが、被告は、被告商品を原価割れの価格で販売しており、利益は出ていない。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)ア(原告配色の商品等表示性及び周知性)について
(1) 商品等表示性
 まず、商品等表示該当性の要件及び原告商品の需要者について検討した上で、原告配色が原告商品の商品等表示に該当するか否かについて検討する。
ア 商品等表示該当性の要件
 不正競争防止法2条1項1号は、他人の周知な商品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用することをもって不正競争行為と定めたものであるところ、その趣旨は、周知な商品等表示の有する出所表示機能を保護するため、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止することにより、事業者間の公正な競争秩序を維持することにある。そして、同号所定の「商品等表示」とは、「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するもの」をいう。
 商品の形態(商品の配色は、商品の形態の一要素である。)は、商号、商標等と異なり、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではないが、例外的に、商品等表示として特定の出所を表示する二次的意味を有するに至る場合がある。そして、このように商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有し、不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」に該当する場合というためには、@商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)、かつ、A特定の事業者による長期間の独占的な使用、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者において、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知となっていること(周知性)を要するものと解するのが相当である。商品の包装の配色も、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではない点で、商品の形態と同様であり、同号の「商品等表示」に該当するか否かについても、商品の形態と同様に考えるべきである。
 また、自己の商品の形態が同号所定の「商品等表示」に該当すると主張して、これに類似の商品等表示を使用する者に対してその差止め及び損害賠償を請求する場合には、差止請求については現在(事実審の口頭弁論終結時)、損害賠償の請求については損害賠償請求の対象とされている類似の商品等表示の使用等をした各時点において、当該形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして、需要者の間で周知性を備えていることを要し、かつ、これをもって足りるというべきである(最高裁昭和61年(オ)第30号、第31号同63年7月19日第三小法廷判決・民集42巻6号489頁参照)。
 そして、上記「需要者」は、当該商品についてのすべての取引段階における取引者を含むものであるが、当該商品の選択をすることができない者は含まないものというべきである。なぜなら、不正競争防止法2条1項1号の趣旨は、上記のとおり、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止することにより、事業者間の公正な競争秩序を維持することにあるところ、ある商品の形態が当該商品の選択をすることができない者の間で出所表示機能を有したとしても、顧客の獲得には直接結び付かないからである。
イ 原告商品の「需要者」
 原告商品が医療用医薬品であること、医療用医薬品は、医師が作成した処方せんに基づき薬剤師が調剤することにより、患者に交付されるものであることは、上記第2の1(2)のとおりであり、患者が自ら医療用医薬品を積極的に選別するものではないことは、原告が主張するとおりである。
 すなわち、患者に交付すべき医療用医薬品の選択は、医師の処方行為の一部を構成するものであり、医師が処方せんの作成に当たって一般名を付した場合であって、当該一般名に該当する医療用医薬品が複数あるときに限り、その複数の医療用医薬品のうちどの医療用医薬品を調剤するかが薬剤師の調剤行為の一部を構成するものである。仮に、医療用医薬品の選択についての患者の意見又は感想や、処方されていた医療用医薬品が薬効等を同じくする他の医療用医薬品に変更された場合に、外観の相違などによって患者が抱くかもしれない不安感などに配慮して、医療用医薬品の選択が行われることがあるとしても、その選択を行うのは医師又は薬剤師であり、医師又は薬剤師は、その専門的な知識及び経験に基づいて医療用医薬品の選択を行うものであることに変わりはない。
 したがって、原告商品についての上記アにいう「需要者」は、医師等であり、患者は「需要者」に該当するものとは認められない(仮に、商標に関する事案においては、医療用医薬品の「需要者」に患者が含まれると解する余地があるとしても、上記の不正競争防止法2条1項1号の趣旨にかんがみれば、この解釈が上記判断を左右するものではない。)。
ウ 原告配色の特別顕著性の有無
(ア) 「同種商品」
 原告配色が不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」に該当するためには、上記アのとおり、商品の形態が客観的に他の同種商品の配色とは異なる顕著な特徴を有していること(特別顕著性)が必要であるところ、ここでの「同種商品」とは、以下のとおり、医療用医薬品全体をいうものと解すべきである。
 すなわち、医師等は、日常的に数多くの患者に接し、様々な薬剤を処方・使用しているところ、医師等が日常的に接する患者は、胃潰瘍に限らず多種多様な疾病に罹患し、あるいは、受傷しているのであり、1人の患者が複数の疾病に罹患していることも少なくない。また、処方せんにより医療用医薬品の調剤を行う調剤薬局においては、複数の医師からの処方せんに対応するため、非常に多くの種類の医薬品を取り扱うものであり、調剤薬局が日常的に取り扱う医療用医薬品も、胃潰瘍治療剤に限らず、多種多様である上、複数の種類の医療用医薬品が処方された患者に対し、処方に係る複数種類の医療用医薬品を調剤する場合も多い。
 このように、医師等が、日常的に、胃潰瘍治療剤に限らず、多種多様な医療用医薬品を取り扱っていることからすれば、医療機関等が医療用医薬品をその種類や薬効に応じて配列しているとしても、原告商品についての「同種商品」は、医療用医薬品全体をいうものと解すべきである。
 上記の説示に照らして、「同種商品」は胃潰瘍治療剤に限定されるとの原告の主張を採用できないことは明らかである。
(イ) 他の同種商品とは異なる顕著な特徴の有無
 そこで、原告配色が、原告商品の同種商品である医療用医薬品の配色とは異なる顕著な特徴を有するといえるか否かについて検討する。
a 原告が原告商品(検乙2)の特徴であると主張する原告配色は、PTPシートが銀色地に青色の文字等を付したものであること並びにカプセルが緑色及び白色の2色からなることである。
b 証拠(乙5ないし11、検乙1、3、5ないし10)及び弁論の全趣旨並びに前記前提となる事実によれば、次の各事実が認められる。
(a) ゼリア新薬工業株式会社の胃潰瘍治療剤「アシノンカプセル150」(検乙3)は、灰白色地に青色の文字等が記載されたPTPシートと、淡い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「アシノンカプセル150」は、平成2年9月に販売が開始された。
(b) 大日本住友製薬株式会社の胃潰瘍治療剤「ゲファニールカプセル50」(検乙8)は、銀色地に緑色の文字等が記載されたPTPシートと、淡い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「ゲファニールカプセル50」は、昭和45年8月に販売が開始された。
(c) 東和薬品株式会社の抗生物質「セファレキシン・C『トーワ』」(検乙6)は、銀色地に青色の文字等が記載されたPTPシートと、濃い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「セファレキシン・C『トーワ』」は、昭和51年9月に販売が開始された。
(d) 杏林製薬株式会社の睡眠導入剤「インスミン15」(検乙7)は、金色地に青色の文字が記載されたPTPシートと、濃い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「インスミン15」は、昭和54年4月に販売が開始された。
(e) 科研製薬株式会社の消化酵素製剤「セブンイー・P」(検乙9)は、銀色地に緑色の文字が記載されたPTPシートと、濃い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「セブンイー・P」は、昭和59年6月に販売が開始された。
(f) 旭化成ファーマ株式会社の抗生物質「シンクルカプセル250」(検乙10)は、銀色地に緑色の文字が記載されたPTPシートと、緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「シンクルカプセル250」は、昭和47年11月に販売が開始された。
(g) 被告商品(検乙1)は、銀色地に青色の文字等が記載されたPTPシートと、緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。被告商品は、平成10年ころに販売が開始された。
(h) 大洋薬品工業株式会社の胃潰瘍治療剤「アテミノンカプセル150」(検乙5)は、銀色地に青色の文字等が記載されたPTPシートと、淡い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「アテミノンカプセル150」は、平成14年7月に販売が開始された。
c 上記b認定の事実によれば、損害賠償請求の対象とされている行為の時点である平成14年3月から平成17年3月24日までの間において、PTPシートの素地の色を銀色とすること、PTPシートに記載する文字の色を青色とすること、カプセルを緑色と白色の2色からなるものとすることは、いずれも、医療用医薬品における特徴的な配色であるとはいえず、これらを単純に組み合わせた原告配色も、客観的に他の同種商品の配色とは異なる顕著な特徴を有しているとは認められない。そして、この判断は、本件訴訟の口頭弁論終結日である同年12月7日においても、同様であり、被告商品をはじめとする後発品を除外して検討したとしても、その結論が左右されるものではない。
d 原告は、上記「アシノンカプセル150」、「アテミノンカプセル150」及び「ゲファニールカプセル50」の配色は、原告配色と明らかに異なる旨主張する。
 しかし、「アシノンカプセル150」(検乙3)の配色と原告配色とを比較すると、その相違点は、@「アシノンカプセル150」のPTPシートの素地の色が灰白色であるのに対して原告配色は銀色であること、A「アシノンカプセル150」のカプセルの配色が淡い緑色及び白色の2色であるのに対し、原告配色は緑色及び白色の2色であること、の2点であり、「アシノンカプセル150」との比較において、原告配色が特徴的であるといえるほどの相違はない。
 また、「アテミノンカプセル150」(検乙5)の配色と原告配色とを比較すると、その相違点は、「アテミノンカプセル150」のカプセルの配色が淡い緑色及び白色の2色であるのに対し、原告配色は緑色及び白色の2色であることであり、「アテミノンカプセル150」との比較において、原告配色が特徴的であるといえるほどの相違はない。
 そして、「ゲファニールカプセル50」(検乙8)の配色と原告配色とを比較すると、その相違点は、@「ゲファニールカプセル50」のPTPシートの文字の色が緑色であるのに対して原告配色は青色であること、A「ゲファニールカプセル50」のカプセルの配色が淡い緑色及び白色の2色であるのに対し、原告配色は緑色及び白色の2色であること、の2点であり、「ゲファニールカプセル50」との比較においても、原告配色が特徴的であるといえるほどの相違はない。
e 原告は、上記「セファレキシン・C『トーワ』」及び「インスミン15」は胃潰瘍治療剤ではないから、原告配色の独自性を判断するに当たって考慮する必要はないと主張するが、上記(ア)のとおり、原告商品の商品等表示性の有無を判断するに当たっての基準となる「同種商品」は、医療用医薬品全体であるから、原告の上記主張は、採用することができない。
f 原告は、原告配色が不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に当たるというためには、胃潰瘍治療剤において独自であれば足りる旨主張する。
 しかし、原告配色の商品等表示性が認められるために必要とされる特別顕著性の比較対象である同種商品は、前記(ア)のとおり、医療用医薬品と解すべきであるし、仮に、同種商品が、医療用医薬品ではなく、胃潰瘍治療剤に限定されると解するとしても、上記(イ)b認定の事実によれば、原告配色は、損害賠償請求の対象とされている行為の時点である平成14年3月から平成17年3月24日までの間においても、また、口頭弁論終結日である同年12月7日においても、客観的に他の胃潰瘍治療剤の配色と異なる顕著な特徴を有しているとは認められない。
 したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
(ウ) 以上のとおり、原告配色が客観的に他の同種商品の配色とは異なる顕著な特徴を有しているとは認められない。
エ 原告配色の周知性の有無
 次に、原告配色が、周知性を有するか否かについても検討する。
 証拠(甲15)及び弁論の全趣旨によれば、原告商品は、全国の医療機関で処方された全医薬品の中で、平成13年には処方ランキングの2位を占め、現在においても、同ランキングの4位に位置していること、A2B抗潰瘍治療剤における処方ランキングにおいて、平成12年から平成16年までの間、1位を維持していることがそれぞれ推測され、医療機関において、原告商品が広範に使用されてきたものと認められる。
 しかし、上記認定事実は、原告配色が、原告商品の出所である原告を表示するものとしての周知性を備えていたことを裏付けるものではない。なぜなら、原告商品をはじめとする医療用医薬品は、一般消費財と異なり、医師や薬剤師といった専門的な知識を有する者が、その薬効に応じて選択する商品であり、商品の選択に際し、一般消費財において、商品の形状や配色が需要者の着目の対象となる程度に比して、医療用医薬品において、商品の形状や配色が需要者の着目の対象となる程度は、著しく低いといえるからである。証拠(甲16)によれば、平成14年9月以前には、国内の医学専門書で、医療用医薬品を写真で紹介することに主眼を置いたものはなかったことが認められ、このことも、医療用医薬品が、一般的にその形状や配色が需要者の着目の対象となることが少ない商品であることを示すものといえる。
 そうすると、上記のような原告商品の使用実績が認められるとしても、それによって原告配色が原告商品の出所である原告を表示するものとして周知になったとはいえず、しかも、原告配色に特徴があるとして社会的に注目された、あるいは、原告商品の特徴は原告配色にあるとして強力な宣伝がされた、といった特段の事情も認められないのであるから、原告配色が、特定の事業者の出所を表示するものとして周知性を備えていたということはできない。
 なお、原告は、高齢者が、PTPシート自体の色、PTPシートに記載された文字の色やカプセルの色によって医薬品を識別することが多いと主張する。
 上記主張は、患者が「需要者」に含まれることを前提とするものと解されるところ、この前提が誤りであることは、前記イに説示したとおりである。また、仮に、患者が「需要者」に含まれるものと解したとしても、高齢者をはじめとする患者全般が医療用医薬品の配色に着目するのは、通常、自らが誤って当該医薬品と他の医薬品とを混同して服用するのを防止することを意図しているのであって、患者全般が、医療用医薬品の配色を特定の事業者の出所を表示するものと理解する場合が多いとは到底認められない。したがって、原告の上記主張を採用する余地はない。
オ 以上によれば、原告配色は、損害賠償請求の対象とされている行為の時点である平成14年3月から平成17年3月24日までの間においても、口頭弁論終結日である同年12月7日においても、客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているとはいえず、特定の事業者の出所を表示するものとして周知性を備えていたということもできない。
 したがって、原告配色は、不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」には該当しない。
(2) 小括
 以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、被告の行為は、不正競争防止法2条1項1号に該当しない。
2 結論
 以上によれば、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 山田真紀
 裁判官 東崎賢治
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