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【事件名】類似薬剤の不正競争事件B 【年月日】平成18年1月18日 東京地裁 平成17年(ワ)第5651号 不正競争行為差止等請求事件 (口頭弁論終結日 平成17年12月7日) 判決 原告 エーザイ株式会社 同訴訟代理人弁護士 中村勝彦 同 長坂省 同 藤井基 同 柏健吾 同 太田知成 同 伊勢智子 同 宮下央 被告 東和薬品株式会社 同訴訟代理人弁護士 新保克芳 同 三森仁 同 服部薫 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、別紙被告標章目録1記載の表示を付したPTPシート及び同目録2記載の表示を付したカプセルを使用した胃潰瘍治療剤を製造し、又は販売してはならない。 2 被告は、その占有に係る前項記載の製品を廃棄せよ。 3 被告は、原告に対し、124万9500円及びこれに対する平成17年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、販売名を「セルベックスカプセル50r」とし、テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤(以下「原告商品」という。)を製造販売する原告が、販売名を「エクペックカプセル」とし、テプレノンを有効成分として含有する胃潰瘍治療剤(以下「被告商品」という。)を製造販売する被告に対し、原告商品のPTPシート及びカプセルの配色が原告の商品等表示として周知であり、上記配色と類似した配色を有する被告商品を製造販売することは不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当するとして、同号及び同法3条に基づき、被告商品の製造販売の差止め及び被告商品の廃棄を求め、同号及び同法4条に基づき、不正競争行為による損害の賠償を求めた事案である。 1 前提となる事実(当事者間に争いがない。) (1) 当事者 原告は、昭和16年12月6日に設立された医薬品、医薬部外品、化粧品、動物用医薬品、医療・衛生雑貨、農業用薬品、肥料、飼料、飼料添加物、食品、飲料品、調味料、食品添加物、検査用試薬及び化学工業薬品の製造、販売、輸出入等を業とする株式会社である。 被告は、医薬品及び工業薬品の製造、販売等を業とする株式会社である。 (2) 原告商品の形態等 ア 原告は、昭和59年10月23日、原告商品の製造承認を受け、同年12月6日、原告商品の販売を開始した。 イ 原告商品は、別紙原告標章目録2記載の剤型のカプセル(以下「原告カプセル」という。)が、同目録1記載のPTPシート(以下「原告PTPシート」という。)に装填された形態で販売されている。原告カプセルは、緑色及び白色の2色からなるカプセルであり、原告PTPシートは、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートである(以下、原告PTPシート及び原告カプセルの配色を「原告配色」という。)。 ウ 原告商品は、胃潰瘍治療剤である。 胃潰瘍は、一般的に再発する可能性が高いため、胃潰瘍を完全に治療するためには、胃潰瘍治療剤を長期にわたって反復継続して服用しなければならない。したがって、胃潰瘍患者にとって、胃潰瘍治療剤は、治療期間中、欠かさず服用するものとなっている。 エ 原告商品は、医療用医薬品である。 医療用医薬品は、医師が作成した処方せんに基づき薬剤師が調剤することにより、患者に交付されるものである。患者は、自ら医療用医薬品を積極的に選別するものではない。 (3) 被告商品の形態等 被告は、平成10年8月から、被告商品の製造及び販売を行っている。 被告商品は、別紙被告標章目録2記載の剤型のカプセル(以下「被告カプセル」という。)が、同目録1記載のPTPシート(以下「被告PTPシート」という。)に装填された形態で製造され、販売されている(以下被告PTPシート及び被告カプセルの配色を「被告配色」という。)。 被告PTPシートの表面の最上部には、被告商品の販売名である「エクペック」が、他の表示と比較して注意を惹き付ける程度に大きく表示されている。その下部は、各段被告カプセル2錠ずつ5段から構成されており、表面には、「Tw 403」という商品コードが表示されるとともに、有効成分の含有量を示す「50r」の文字が四角い枠に囲まれて表示されている。 被告カプセルには、「Tw 403」という記号が表示されている。 (4) 被告商品の売上げ 被告は、平成10年8月から被告商品を販売しているところ、平成14年3月から本件訴訟の提起の日である平成17年3月24日までの被告商品の売上金額は、249万9000円を下らない。 (5) 後発品 被告商品は、一般的に後発品と称される医薬品である。後発品とは、原告商品のような承認医薬品(以下「先発品」という。)の特許権の存続期間満了後に、先発品と成分や規格等が同一であるとして、臨床試験(いわゆる治験)などを省略して承認される医薬品であり、先発品のように費用、期間、労力をかけて研究開発をする必要がなく、先発品と成分や効能・効果が同じであることから、医師等(医師、看護師、薬剤師その他の医療従事者をいう。以下同じ。)に対し、先発品と同じ効能・効果であると説明することで、当該医薬品についての情報が伝達できるため、先発品のように多くのMR(医薬品の適正な使用に資するために、医師等の訪問等を通じて、安全管理情報を収集し、あるいは、提供することを主な業務とする者をいう。以下同じ。)を置く必要がない。 このように、後発品は、開発費用がかからず、多くのMRを置く必要がなく、さらに、開発に向けた投資リスクも負担しないため、非常に低価格で販売することができる。一般に、被告のような後発品の製造又は販売を行う業者(以下「後発品製造販売業者」という。)は、低価格を武器にして、医療機関に対し、先発品から後発品への切り替えを働きかけている。 (6) 医師等は、多種多様な薬剤を日々相当数扱わなければならないため、取扱いの便宜上、医療機関及び薬局に保管されている同種、同薬効の薬剤は、隣同士の棚や同一カテゴリーの棚に置かれていることが通常である。 (7) 被告をはじめ、多数の後発品製造販売業者は、PTPシートが銀色地と青色の文字等の組合せを有し、カプセルが緑色と白色の配色を有する製品を、7年以上販売している。 (8) 本件訴訟提起までの経緯 原告は、被告に対し、本件訴訟提起前に、平成17年3月2日付けで、被告商品の製造販売が不正競争防止法に違反する行為であるとして、被告商品の製造販売を中止するよう通知した。 これに対し、被告は、平成17年3月14日付けで、原告商品と被告商品が誤認されることはないとして、原告が求めた被告商品の製造販売の中止には応じられない旨の回答をし、原告の上記通知後も、被告商品の製造販売を行っている。 2 争点 (1) 不正競争防止法2条1項1号該当性 ア 原告配色の商品等表示性及び周知性 イ 原告配色と被告配色との類似性 ウ 混同のおそれ (2) 原告による本件請求は、権利失効の原則により許されず、又は権利の濫用に当たるか。 (3) 損害の発生の有無及びその額 3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点(1)ア(原告配色の商品等表示性及び周知性)について (原告の主張) ア 商品等表示性 原告配色は、以下のとおり、原告商品の商品等表示に該当する。 (ア) 商品等表示性の判断基準 商品の形態や色彩について、不正競争防止法2条1項1号所定の商品等表示性が認められるために必要な自他商品識別力の有無の判断基準としては、@一定期間の独占的継続的使用、A強力な広告宣伝、B販売数量(売上額、市場占有率)、C表示の独自性(特異性)があげられるが、これらの要素は、そのすべてが必要不可欠なものではなく、当該商品等表示と相手方の商品等表示との関係、取引の実情等によって、事案ごとに相対的に判断すべきものである。 (イ) 一定期間の独占的継続的使用 原告は、昭和59年12月の原告商品の販売開始以来現在に至るまで、20年以上にわたって、一貫して、原告商品に原告配色を使用してきた。そして、原告商品の販売以前には、原告配色に類似した配色のカプセル並びにカプセル及びPTPシートの組合せは、胃潰瘍治療剤においては存在しておらず、原告商品が販売された後も、被告商品その他の後発品の販売が開始された平成9年ころまでの約13年間、原告配色に類似した同様の胃潰瘍治療剤は、原告商品以外には存在しなかった。 すなわち、原告は、原告商品の配色のカプセル並びにカプセル及びPTPシートの組合せを、原告商品の販売開始以来約13年間にもわたって、独占的・継続的に使用してきたのである。また、被告商品その他の後発品の販売が開始された後も、原告商品の販売数や処方数を前提とすれば、胃潰瘍治療剤において、原告配色を事実上原告商品が独占しているということができる。 (ウ) 強力な広告宣伝 原告は、原告商品の販売開始以来現在に至るまで、20年以上にわたって、全国に多数のMRを置き、そのMRを通じて、医師等に対し、熱心かつ地道な情報伝達活動を行ってきた。また、自社ホームページ上に原告商品の製剤写真を掲載し、医師等のみならず、患者を含む一般市民に対しても、原告商品の外観を認識できる状態で、原告商品に関する情報伝達活動を行ってきた。 (エ) 販売数量(売上額、市場占有率) 上記(ウ)の情報伝達活動により、原告商品は、その販売開始以来、胃潰瘍治療剤において圧倒的な処方数及び年間売上高を維持しており、胃潰瘍治療剤における原告商品のシェアは非常に高い。 医薬品が医師によってどれだけ処方されたかを示す処方ランキングにおいて、原告商品は、全国の医療機関で処方された全医薬品の中で平成13年まで2位を維持し、現在においても4位である。また、A2B抗潰瘍治療剤における処方ランキングにおいて、原告商品は、少なくとも平成12年から平成16年にかけて5年連続で年間1位の成績を維持している。 (オ) 表示の独自性(特異性) a 原告が、原告商品の販売開始以来現在に至るまで、一貫して、原告商品に原告配色を使用してきたこと、原告商品の販売以前には、原告配色に類似した配色のカプセル並びにカプセル及びPTPシートの組合せは、胃潰瘍治療剤においては存在していなかったこと、原告商品が販売された後も、被告商品その他の後発品の販売が開始された平成9年ころまでの約13年間、原告配色に類似した同様の胃潰瘍治療剤は、原告商品以外には存在しなかったことは、上記(イ)のとおりである。また、現在においても、原告商品及び被告商品その他の後発品のほかには、原告配色に類似した配色を持った胃潰瘍治療剤は存在していない。 したがって、原告配色が独自性を有していることは、明らかである。 b 被告は、原告配色が、医療用医薬品においてごくありふれたものであり、その組合せも何ら特徴的でなく、商品等表示になり得ないと主張する。 しかし、原告配色が、医療用医薬品全体で独自かつ特徴的である必要はない。すなわち、不正競争防止法2条1項1号における「需要者の間に広く認識されている」商品等表示とは、類似表示の使用者(被告)の営業地域及び顧客層において認識されている商品等表示であれば足りるところ、本件においては、被告商品の顧客層、すなわち、胃潰瘍治療剤の需要者において、原告配色の外観的特徴が認識されていれば足りる。 c 被告は、原告配色が特徴的ではないとして、「アシノンカプセル150」(検乙3)及び「ゲファニールカプセル50」(検乙4)を提出しているが、これらのPTPシート、シート上の文字及びカプセルの各色彩は、原告商品の各色彩と明らかに異なる。 また、被告は、原告配色が特徴的ではないとして、胃潰瘍治療剤でない医薬品(検乙5ないし8)を提出しているが、これらは、胃潰瘍治療剤における原告配色の独自性を判断するに当たって考慮する必要はない。 (カ) 原告の商品表示と被告の商品表示との関係 原告配色の商品等表示性を判断するに当たっては、原告配色と被告配色との関係をも考慮すべきであり、その際には、両者の類似性の程度をも考慮すべきである。 被告商品は、原告商品と同一の有効成分を含有し、同一の効能・効果を有するいわゆる後発品であり、両者の性質、用途、目的における関連性の程度は極めて高い。したがって、両者の外観が類似する場合には、医師等又は患者が、被告商品を原告商品又は原告と密接な関係を有する第三者が製造・販売する商品であると誤認するおそれが非常に高い。そして、原告配色と被告配色とは、カプセルの配色、PTPシートの色彩及びPTPシートの文字色のいずれをとっても、全くの同色といっても過言ではない。 (キ) 取引の実情 医療の現場においては、新薬が次々と発売される中で、医師等が日常的に数多くの患者に接して様々な薬剤を処方・使用している。また、医師の処方せんにより医療用医薬品の調剤を行う調剤薬局においては、特定の医師のみではなく、複数の医師からの処方せんに対応するため、非常に多くの種類の医薬品を取り扱うことが多い。さらに、医療機関や薬局では、先発品と後発品とを同時に取り扱うことも少なくない。 このような取引の実情の下では、原告商品と被告商品との類似の程度、原告商品の外観の周知性の程度を考慮すれば、医師等であっても、医薬品について、販売名のみならず、その外観で原告商品を識別することがある。実際、医師等の座席や壁等に医薬品の写真が貼られていることもある。また、「写真でわかる処方薬事典」(甲16)は、「国内専門書で初めて処方薬を写真紹介することに主眼をおいて製作され」たものであることを明らかにしており、同書が医師等のために製作されたものであることからすれば、同書は、医師等においても、医薬品の外観が、医薬品の識別の際に重要な指標となっていることを端的に示すものである。 また、患者については、医師に処方され、薬剤師に交付された医薬品を特段の注意を払うことなく受領することも多いが、その場合であっても、医薬品とともに薬剤師から交付される当該薬剤の写真が掲載された説明書や、市販書籍等によって、医薬品の外観を記憶していることがあり、そのようなときには、医薬品をその外観で識別することになる。 (ク) 高齢者の識別能力 原告配色の出所表示機能が果たす役割は、特に、患者が高齢者の場合に顕著に現れる。すなわち、高齢者は、白内障や緑内障などの眼疾患を持つ割合が高いため、視力の低下によってPTPシートに記載されている小さな文字を識別することはほとんど不可能であり、PTPシート自体の色やPTPシートに記載されている文字の色、又はカプセルの色のみによって薬剤を識別している人が大多数であって、PTPシートに記載された文字色の違いでさえ識別することができないことがある。このような高齢者にとって、薬剤を識別する際の重要な因子は、PTPシートの色であり、次にPTPシートの文字の誘目性(色の目に付きやすさ、目立ちやすさ)であると考えられる。 (ケ) 自他商品識別力は喪失したとの主張について 被告は、被告をはじめとする多数の後発品製造販売業者が、PTPシートが銀色地と青色の文字等の組合せを有し、カプセルが緑色と白色の配色を有する製品を7年以上販売しているから、原告商品の周知性ないし自他商品識別力は既に喪失していると主張する。 しかし、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートと、緑色と白色の2色で配色されたカプセルという特徴を有する原告商品の、胃潰瘍治療剤全体(すなわち、原告商品及び後発品)におけるシェアは、圧倒的なものである。 そのため、原告商品と同様の特徴を有する複数の後発品が販売されている現在においても、依然として原告商品の周知性は高く、また、胃潰瘍治療剤には、原告商品の外観とは全く異なるものも多数存在していることから、原告商品と同様の外観的特徴を有する後発品に接した需要者が、それを胃潰瘍治療剤の標準型であると認識することは考えられない。すなわち、需要者は、原告商品の外観的特徴について、原告商品という特定の商品の出所を表示するものとして認識しているのである。 イ 商品等表示の周知性 上記ア(イ)、(ウ)及び(エ)のとおり、原告商品の商品等表示である原告配色は、周知性を有するに至っている。 (被告の主張) ア 自他商品識別機能の不存在 (ア) 原告商品のPTPシートやカプセルの配色は、直ちに商品等表示として、原告商品の自他商品識別機能をもたらすものではない。すなわち、医療用医薬品は、高度な専門的知識を有する医師や薬剤師等によって処方及び調剤されるところ、医師や薬剤師等は、第一義的には効能と販売名に基づき、極めて多種類ある医療用医薬品を識別している。多数の医療用医薬品の中で、デザイン及び配色によほど独自性のある特徴がない限り、自他商品識別機能を発揮することはない。 そして、原告が「特徴的な外観」であるという、PTPシートの銀色地と青色の文字等の組合せと、カプセルの緑色及び白色の配色という2つの要素は、それぞれ、医療用医薬品において、ごくありふれたものであり、その両者を組み合わせたことも何ら特徴的なものではないから、商品等表示になり得ない。原告商品の自他商品識別機能は、原告商品のPTPシートの表面に付された「セルベックス」という販売名にある。 (イ) 医師がその薬効(効能・効果)によって選択する医療用医薬品において重要なことは、まさに薬効そのもの(副作用の有無なども含まれる。)である。PTPシートやカプセルは、薬効を有効に維持・発揮するために施されており、それらを積極的にデザインすることはない。原告配色も、積極的にデザインしたとは思われない。 PTPシートの地の色が銀色であることは、PTPシートがアルミニウムを素材とするシートで構成されていることに由来する。文字等を青色で記載した点についても、青色は基本的色彩である。カプセルの色も、爽快感を与える色である。 (ウ) 胃潰瘍治療剤及びその他の胃腸薬において、原告が特徴と主張する要素を備えた医療用医薬品には、次のものがある。 @ ゼリア新薬工業株式会社の胃潰瘍治療剤「アシノンカプセル150」(平成2年9月販売開始。検乙3) A 住友製薬株式会社の胃潰瘍治療剤「ゲファニールカプセル50」(昭和45年8月販売開始。検乙4) B 科研製薬株式会社の消化酵素製剤「セブンイー・P」(昭和59年6月販売開始。検乙5) また、胃腸薬以外の医療用医薬品に対象を広げれば、原告が特徴と主張する要素を備えた医療用医薬品には、次のものがある。 C 被告の抗生物質「セファレキシン・C『トーワ』」(昭和51年9月販売開始。検乙6) D 日医工株式会社の抗生物質「セファレキシンカプセル『日医工』」(昭和53年4月販売開始。検乙7) E 塩野義製薬株式会社の抗生物質「ケフレックスカプセル」(昭和45年5月販売開始。検乙8) (エ) 原告は、原告配色について、医療用医薬品全体で独自かつ特徴的である必要はなく、胃潰瘍治療剤の需要者に認識されていれば足り、胃潰瘍治療剤においてそのような配色を有する商品は、後発品を除けば原告商品のみであること、原告商品は20年以上一貫して同じ配色を使用して多数販売されてきたことなどから、原告配色は商品等表示となり得る旨主張する。 しかし、商品の配色などは、本来誰でも自由に選択、使用できるものであるから、それに独占的使用を認め得る場合とは、その特徴と主張する要素が独創的であり、かつ、商品選択の重要な要因となる場合に限定される。そして、本件についてみれば、PTPシートの銀色地に青色の文字等を付したという要素も、カプセルの緑色と白色の配色という要素も、極めて単純なありふれたものであり、その両者を組み合わせたことも何ら特徴的なものではない。しかも、原告商品は、医療用医薬品であり、その選択にかかわる医師等は、高度な専門的知識に基づき、効能と販売名から処方薬を決めるのであって、店頭に陳列されている一般消費財のように、商品の外観で処方薬を選択するということはない。原告商品の自他商品識別機能が、「セルベックス」という販売名にあり、PTPシート等の外観にないのは明らかである。 イ 周知性 原告は、情報伝達活動によって、原告配色が周知になったかのように主張するが、原告が情報伝達を行ったのは、テプレノンの効果についてであり、その結果、仮に「セルベックス」という販売名が周知になったとしても、原告配色が周知になることはない。高い処方数ということであっても、原告配色のような没個性的なデザインによっては、そのデザインを見れば原告商品であるとわかるという意味での周知性は獲得し得ない。 また、被告をはじめとする多数の後発品製造販売業者が、PTPシートが銀色地と青色の文字等の組合せを有し、カプセルが緑色と白色の配色を有する製品を7年以上も広く販売しているから、仮に原告の主張する事情があっても、周知性ないし自他商品識別力は、既に喪失している。 (2) 争点(1)イ(原告配色と被告配色との類似性)について (原告の主張) ア 被告配色は、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートを使用している点、緑色と白色の2色からなるカプセルを使用している点において、原告配色の外観上の特徴を有しているのみならず、他に原告商品と区別し得るような特徴を有していない。 したがって、医師等及び胃潰瘍患者といった原告商品の需要者が、原告配色と被告配色を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあることは明らかである。 イ 被告は、原告商品と被告商品は、そのPTPシート及びカプセルに記載された販売名や商品コードの記載が異なるため、両者に類似性はないと主張する。 しかし、不正競争防止法2条1項1号に係る類似性の判断は、時、所を異にして隔離的な方法により行う必要があるところ、原告商品及び被告商品のPTPシートやカプセルに記載された販売名や商品コードが非常に小さく認識しづらいことからすれば、それらの記載があることのみをもって両者が類似していないと判断することはできない。特に、被告が指摘する「Tw 403」や四角い枠に囲まれた「50r」という記載は、需要者がこのような記載から被告商品を想起することができないことからすれば、被告商品の出所表示機能を有しているとはいえず、これらの記載の有無は、本件における類似性の判断に何らの影響も及ぼさない。 すなわち、銀色地に青色の文字等を付したPTPシート並びに緑色及び白色で配色されたカプセルという外観が、原告商品の出所表示機能を果たしており、被告商品もそのような外観的特徴を有している以上、不正競争防止法2条1項1号との関係においては、両者はその外観において類似するといわざるを得ない。 (被告の主張) ア 商品表示の類似性については、取引の実情の下において、取引者又は需要者が両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である。 原告商品及び被告商品は、通常、メーカーから直接あるいは卸売店を経由して医療機関(病院、診療所、保険薬局)に納入され、医師の処方に従って保険薬局等で調剤され、最終的な需要者である患者に対し供給される。卸売店業者や医療機関では「取引」が行われるが、製薬会社、製品名、効能、価格などが基準であって、PTPシートやカプセルの配色によって取引されることはない。また、医師が処方する際も、効能、販売名、あるいは、患者の負担を考えて、先発品か後発品かを選択するにすぎない。しかも、医師が後発品を選択する場合、他の薬でも使用しているなじみの後発品製造販売業者のものを選択するのであって、商品の外観で選択することはない。そして、患者は、医師が作成する処方せんの記載に従って保険薬局等において医薬品の提供を受けるのであるから、患者が自らの目で医療用医薬品を選択する機会はない。 このように、医療用医薬品の取引の実情の下において、取引者又は需要者が原告商品と被告商品の外観から類似と判断して商品を選択することはあり得ない。 イ 原告商品と被告商品とを比較すると、原告商品の販売名が「セルベックス」であるのに対し、被告商品の販売名は「エクペック」と全く異なっており、これは、PTPシートにも明記されている。 また、被告商品の外観は、次の@ないしBの点で原告商品の外観と大きく異なる。 @ 被告PTPシート表面の最上部には、「エクペック」という販売名が、他の表示と比較して注意を惹き付ける程度に大きく表示されている。 A 各段被告カプセル2錠ずつ5段から構成される被告PTPシートの表面には、「Tw 403」という商品コードが表示されるとともに、有効成分の含有量を示す「50r」の文字が四角い枠に囲まれて表示されている。 B 被告カプセルには、「Tw 403」という記号が表示されている。 これに対し、原告は、PTPシートやカプセルに記載された販売名や商品コードが非常に小さく認識しづらいとして、原告商品と被告商品との間のこれらの違いは類似性の判断に何ら影響しないと主張する。 しかし、「エクペック」という販売名は、医療用医薬品であって、医師らによって慎重に選択される商品における類似性判断の決定的な要素である。 (3) 争点(1)ウ(混同のおそれ)について (原告の主張) ア 医師等にとっての混同のおそれ (ア) 医師等は、多種多様な薬剤を日々相当数扱わなければならないから、取扱いの便宜上、医療機関及び薬局に保管されている同種、同薬効の薬剤は、隣同士の棚や同一カテゴリーの棚に置かれていることが通常である。そのような保管状況において、同種、同薬効の薬剤が同一の外観を有しているとすれば、医師等が、被告商品を原告商品と誤認するおそれが非常に高いことは明らかである。 (イ) 被告は、医師等が高度な専門的知識に基づき、医薬品の名称を示して医薬品を処方するのであるから、医薬品の外観等が医師等による処方選択に何らかの影響を及ぼすものではないと主張する。 しかし、原告PTPシートに原告の商標が表示されており、被告PTPシートに「エクペック」と表示されていることの一事をもって、直ちに原告商品と被告商品との間に混同のおそれがないとされるものではない。そして、被告PTPシートに「エクペック」という決して著名とはいえずなじみのない文字等が記載されていても、そのことをもって原告商品と被告商品との間に混同のおそれがないとはいえない。 また、医師は、処方を行う際に、処方せんに、「セルベックス」や「エクペック」という販売名ではなく、「テプレノン」という一般名(有効成分の一般的名称、以下「一般名」という。)を記載することも許されており、実際にそのような処方も行われているところ、「テプレノン」という記載のみを見た薬剤師が、「セルベックス」という販売名ではなく、銀色地に青色の文字等を付したPTPシート並びに緑色及び白色の2色からなるカプセルという外観を持った処方頻度の高い原告製造に係る胃潰瘍治療剤を想起することにより、原告商品を調剤しようとすることも、原告商品の販売実績及び処方実績からすれば当然に考えられる。そのような場合、薬剤師が、原告商品を調剤しようとして、銀色地に青色の文字等を付したPTPシート並びに緑色及び白色の2色からなるカプセルという原告商品と類似する外観を有する被告商品を調剤してしまうことは、十分考えられる。 なお、処方せんに販売名が記載されている場合であっても、薬剤師が原告商品を調剤しようとして、原告商品と外観が類似している被告商品を調剤してしまうおそれを否定できないのはもちろんのことである。 このような事情を考慮すれば、医師等に関しても、混同のおそれを否定することはできない。 イ 患者にとっての混同のおそれ (ア) 原告商品は、胃潰瘍治療剤であるが、胃潰瘍は一般的に再発する可能性が高いため、胃潰瘍を完全に治療するためには胃潰瘍治療剤を長期にわたり反復継続して服用しなければならないから、胃潰瘍患者にとって、胃潰瘍治療剤は、治療期間中、欠かさず服用するものとなっている。 しかし、原告商品のような医療用医薬品は、医師の処方に基づき投与されるものであるため、患者が自ら積極的に薬剤を選別するのではない。そのため、原告商品を常用している患者が、原告配色と酷似する配色を有する被告商品を、胃潰瘍治療剤であるとの説明のみを受けて交付された場合、当該患者が、当該交付を受けた被告商品を、原告商品又は原告が製造若しくは販売する商品である、あるいは、原告と緊密な営業上の関係を有する会社が製造又は販売する商品であると誤認して、被告商品を服用してしまうおそれがあることは明らかである。 (イ) 患者の多くは、医療用医薬品の購入に際し、医師から処方されたものを特段の注意を払うことなく購入しているのが実情である。原告商品を反復して服用している患者であったとしても、「セルベックス」という販売名ではなく、銀色地に青色の文字等を付したPTPシート並びに緑色及び白色の2色からなるカプセルという外観のみをもって、原告商品を識別、記憶することも十分考えられるところ、時と所を異にして被告商品を処方された場合には、被告商品が原告商品と非常に類似している外観を有するがゆえに、被告商品を原告商品と混同するおそれは十分考えられる。 特に、高齢者の場合には、白内障や緑内障などの眼疾患を持つ割合が高いため、視力の低下によってPTPシートに記載されている小さな文字を識別することはほとんど不可能であり、PTPシート自体の色やPTPシートに記載されている文字の色のみならず、カプセルの色までも同じ色を使用しているような場合には、原告商品と被告商品とを誤認混同する可能性は非常に高い。 (ウ) 被告は、テレビ等の宣伝活動により患者が積極的に後発品を知るようになっていること、医師が患者に対して処方薬剤が変わったことを説明すること、薬局では製品名と1錠(1カプセル)の写真を併記した説明文書を交付することが通例となっていること、先発品と後発品の薬価の差は大きいから患者はその違いに気付くし、また、医師等も患者にその差額を説明すること、を指摘し、患者が先発品から後発品への切り替えに気付かないことはないと主張する。 しかし、テレビ等の宣伝活動の結果、患者が仮に後発品の存在を認識するようになったとしても、具体的に、患者が調剤薬局等において当該医薬品を受領した時点において、当該医薬品が先発品か後発品かを認識することは非常に困難である以上、受領した医薬品を先発品であると誤認する可能性を否定することはできない。 被告は、医師が患者に対して処方薬剤が変わったことを説明すると主張するが、すべての医師が、先発品から後発品に処方薬剤が変わった旨を明確に説明するわけではない。また、製品名と1錠(1カプセル)の写真を併記した説明文書を受領したとしても、当該医薬品を常用している患者が当該医薬品に関する説明文書を毎回注意深く見ることは通常考えられず、また、先発品と後発品の薬価の差についても、患者が原告商品のみならず他の医療用医薬品をも併せて処方されることもよくあることからすれば、原告商品に関する部分のみの価格が下がったことに気付くことは、むしろまれである。 (被告の主張) ア 被告商品は、大衆薬のように店頭で選択されるものではない。医療用医薬品は、医師の処方権に基づき患者に投与されるものであるが、医療用医薬品を選択する医師等は、高度な専門的知識に基づき、患者の病状、性質等に応じて適切な効用を持ち、副作用のない医薬品を、その名称を示して処方するのであって、医薬品の外観等が医師等による処方選択に何らかの影響を及ぼすものではない。原告も認めるとおり、患者は、医師の処方に基づき投与され、自ら積極的に医薬品を選別することはないから、原告商品と被告商品とを混同することは想定し得ない。 イ 原告は、先発品から後発品への切り替えに気付かないことが患者にとっての混同であるかのように主張するが、次の@ないしCに述べるように、そのような事態はまず生じない。 @ 後発品という呼び名から受ける印象が悪いことから、後発品製造販売業者は、積極的に「ジェネリック医薬品」と呼んでテレビや新聞で広告宣伝活動をしている。こうした宣伝活動などにより、医師のみならず患者も、積極的に後発品を知るようになっている。 A 薬剤名が違う以上、医師は、PTPシートの類似の有無にかかわらず、処方薬剤が変わったことを説明する。次のB及びCの事情もあり、医師としての説明は不可欠である。 B 実際に医療用医薬品を調剤する薬局では、薬の説明に重きを置くようになっており、製品名を明確に伝え、製品名と1錠(1カプセル)の写真を併記した説明文書を交付することが、通例となっている。 C 先発品から後発品に変わった場合、薬価の差から、当該患者が支払う薬代が大きく減額される。その点を医師は積極的に説明するし、仮に説明が行われなくても、支払う薬代が安くなったことで、患者は薬が変わったことに気付く。 しかも、被告商品を見れば、「エクペック」と大きくその名称が表示されていること等から、原告商品との違いは、医師等においても、患者においても明らかである。原告も主張するとおり、患者は、「先発品の販売名になじんで」いるのであるから、名称が明らかに異なれば、原告商品と被告商品とで誤認混同が生じることはない。 ウ 原告は、被告商品に「エクペック」というなじみのない販売名が記載されていたとしても、原告商品と被告商品との間に混同のおそれがないとはいえないと主張する。 しかし、被告商品には、その販売名である「エクペック」の記載があり、原告商品の販売名である「セルベックス」又はそれに類似する記載は一切ない。PTPシートに、他の表示と比較して注意を惹き付ける程度に太く大きく「エクペック」と記載されている被告商品と、販売名「セルベックス」が明記されている原告商品との間に、混同のおそれがないことは明らかである。 エ 原告は、医師による「テプレノン」という一般名の記載による処方が許されているから、薬剤師が、原告商品を調剤しようとして外観の似ている被告商品を調剤してしまうことは考えられるし、販売名の特定された処方せんの場合でも同様であると主張する。 しかし、医師が一般名による処方をした場合には、実際に調剤する医薬品の選択が薬剤師に任されるということであり、そもそも商品の誤認という問題は生じ得ないし、効能と販売名から処方薬を決めるのであって、販売名を確認せずに調剤することは、その職業上の注意義務等にかんがみてもあり得ないことである。実際にも、先発品である原告商品と後発品である被告商品では、薬価に大きな違いがあり、患者に対する薬代の請求額自体が全く異なるから、原告商品と間違えて被告商品を調剤するということは起こり得ない。 また、販売名の特定された処方せんの場合、薬剤師は、当該処方せんに記載された医薬品以外を調剤することが許されていないのであるから、販売名も確認せずに外観によって調剤することはあり得ない。 オ 原告は、薬剤師が原告商品を調剤しようとして、原告商品と外観が類似している被告商品を調剤してしまうおそれを否定できない旨主張するが、原告の主張は、薬棚から選ぶときに間違うという投与過誤に類する例外的な場合を想定しているにすぎない。これも、薬価の違いから来る薬代の差や、患者に薬を渡す時に中身を示すことが通例となっていることを考えれば、実際には起こり得ない。 カ 医師は、処方せんに、交付する医薬品の薬名、用法、用量、使用期間等を記載しなければならない(医師法施行規則21条)が、PTPシートの外観を記載する義務はなく、実際にも、記載することはない。そして、薬剤師は、この処方せんに従って調剤しなければならない(薬剤師法23条)のであるから、医師・薬剤師において、PTPシートの外観の類似性が誤認混同の要因となることはない。 平成12年9月19日医薬発第935号厚生省医薬安全局長通知「医療事故を防止するための医薬品の表示事項及び販売名の取扱いについて」は、「PTPシートへの記載事項の取扱い」として、「医薬品の誤投与を防止するためには、調剤時、投薬時及び患者の服用時に容易に確認できるよう、PTPシートに販売名、規格等が記載されていることが重要である」旨述べている。すなわち、誤投与防止には、販売名、規格等が重要であるというのであり、被告商品も、この趣旨にのっとり、他の表示と比較して注意を惹き付ける程度に大きく「エクペック」と販売名が記載され、商品コードも複数記載されている。 キ 原告は、患者も、医療用医薬品の購入に際しては医師から処方されたものについて特段の注意を払わないのが実情であり、被告商品を原告商品と混同するおそれは十分考えられると主張する。 しかし、そのような患者の多くは、医薬品が医師から処方されたものであるかについては関心があるとしても、医薬品の選択については医師に任せているのであるから、医師が被告商品を処方している以上は、患者にとって原告商品との混同ということはそもそも問題となり得ない。 (4) 争点(2)(原告による本件請求は、権利失効の原則により許されず、又は権利の濫用に当たるか。)について (被告の主張) ア 仮に、被告に何らかの不正競争防止法違反行為があったとしても、原告は、被告が被告商品の発売を開始してから7年近くもの長期間にわたり、その事実を知りながら特段の警告等の措置をとることなく、これを放置してきた。特に、原告は、被告に対し、平成10年10月ころ、被告が被告商品を胃炎治療剤として製造し、販売したことが原告の有する特許権を侵害するとして、被告商品の製造及び販売の中止を求め、さらに、平成11年7月ころには、被告商品の販売店に対しても、胃炎治療剤として被告商品を販売することの中止を求め、これに関し、同年11月に原告と被告との間で和解が成立した、という経緯がある。原告としては、当然に、被告に対し、本件訴訟において不正競争行為と主張するものについても主張し得たにもかかわらず、これを行わなかった。 不正競争防止法に関しても、「権利を有する者が、長期にわたってこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使されないものと信ずべき正当の事由を有するに至ったため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由があるときは、権利の行使は許されない」という権利失効の原則が適用される。 本件では、上記の経緯がある以上、被告において、もはや被告商品の製造及び販売について不正競争行為を問議されないと信じるに足りる相当の理由がある。他方、原告がこのような問議をせず、7年近くも放置してきたのは、まさに原告の懈怠に基づくのであって、被告の正当な信頼を犠牲にして原告を保護すべき必要はない。しかも、今に至って原告が本件訴訟を提起したのは、テプレノンについて胃炎を薬効とする上記特許権の存続期間が満了し、平成17年からは、被告をはじめとする後発品製造販売業者が胃炎について薬効の追加を承認されることから、それへの牽制を目的としていることは明らかである。 したがって、原告による本件請求は、権利失効の原則により許されず、権利の濫用に当たり、許されない。 イ 原告は、被告商品の販売開始時点において被告商品の外観について認識していなかった、あるいは、過去に外観について法的措置をとらない旨をほのめかしたりしたことはなく、本件訴訟が信義に反すると認められるような特段の事由はないと主張する。 しかし、原告が、被告商品について、特許権侵害に基づく製造及び販売の中止を求めた経緯に照らせば、原告が被告商品を実際に入手していたことは確実であるし、被告がその解決によって原告から被告商品について更に何らかの問題が指摘されることはないと信じることにも、相当な理由があるというべきである。 また、既に被告商品を処方するようになっている医師が存在しており、いずれの医師も、被告の商品であるから処方しているのであって、PTPシートによって決めているのではない。そして、原告の請求を認めることは、7年間にわたり被告商品の包装になじんでいる現場をいたずらに混乱させるのみである。 (原告の主張) 原告は、被告が被告商品の販売を開始した時点において、被告商品の外観について認識していたわけではない。 また、権利失効の原則は、「権利を有する者が、長期にわたってこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使されないものと信ずべき正当の事由を有するに至った」という相手方の事情のみならず、「その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある時」という権利者側に係る特段の事由も要件とされている。少なくとも本件において、原告は、被告に対し、過去において、被告商品の外観については法的措置をとらない旨をほのめかしたりしたこともないことから、原告が被告に対し本件訴訟を提起することについて、信義誠実に反すると認められるような特段の事由があるとは到底いえない。 一般的に、仮に相当長期間にわたって差止請求権が行使されないまま混同招来行為が放任されたような状態になっていても、その事実から安易に権利失効や権利濫用が肯定されることはない。 また、不正競争防止法2条1項1号は、周知表示の主体ばかりでなく、需要者の利益も係わっているのであるから、混同のおそれがある限りその違反行為を放置すべきではなく、黙示の許諾を軽々しく認めるべきではない。 本件は、まさに、不正競争防止法2条1項1号に基づくものであり、需要者の利益も係わっているのであるから、黙示の許諾等を根拠に、原告の本件請求が権利失効の原則により許されないとはいえない。 (5) 争点(3)(損害の発生の有無及びその額)について (原告の主張) 被告の利益率は50パーセントを下らないと推定されることから、被告の不正競争行為により被告が得た利益の額は、上記1(4)の売上金額249万9000円に50パーセントを乗じた額である124万9500円を下らない。 したがって、被告は、故意又は少なくとも過失により、不正競争行為を行って、原告の営業上の利益を侵害したのであり、原告が被った損害の額は、124万9500円を下らない。 (被告の主張) 被告商品の売上げは、テプレノンを有効成分とする後発品であることによるものであって、PTPシートは関係がない。したがって、本件損害賠償請求は成り立たない。 第3 争点に対する判断 1 争点(1)ア(原告配色の商品等表示性及び周知性)について (1) 商品等表示性 まず、商品等表示該当性の要件及び原告商品の需要者について検討した上で、原告配色が原告商品の商品等表示に該当するか否かについて検討する。 ア 商品等表示該当性の要件 不正競争防止法2条1項1号は、他人の周知な商品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用することをもって不正競争行為と定めたものであるところ、その趣旨は、周知な商品等表示の有する出所表示機能を保護するため、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止することにより、事業者間の公正な競争秩序を維持することにある。そして、同号所定の「商品等表示」とは、「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するもの」をいう。 商品の形態(商品の配色は、商品の形態の一要素である。)は、商号、商標等と異なり、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではないが、例外的に、商品等表示として特定の出所を表示する二次的意味を有するに至る場合がある。そして、このように商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有し、不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」に該当する場合というためには、@商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)、かつ、A特定の事業者による長期間の独占的な使用、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者において、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知となっていること(周知性)を要するものと解するのが相当である。商品の包装の配色も、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではない点で、商品の形態と同様であり、同号の「商品等表示」に該当するか否かについても、商品の形態と同様に考えるべきである。 また、自己の商品の形態が同号所定の「商品等表示」に該当すると主張して、これに類似の商品等表示を使用する者に対してその差止め及び損害賠償を請求する場合には、差止請求については現在(事実審の口頭弁論終結時)、損害賠償の請求については損害賠償請求の対象とされている類似の商品等表示の使用等をした各時点において、当該形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして、需要者の間で周知性を備えていることを要し、かつ、これをもって足りるというべきである(最高裁昭和61年(オ)第30号、第31号同63年7月19日第三小法廷判決・民集42巻6号489頁参照)。 そして、上記「需要者」は、当該商品についてのすべての取引段階における取引者を含むものであるが、当該商品の選択をすることができない者は含まないものというべきである。なぜなら、不正競争防止法2条1項1号の趣旨は、上記のとおり、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止することにより、事業者間の公正な競争秩序を維持することにあるところ、ある商品の形態が当該商品の選択をすることができない者の間で出所表示機能を有したとしても、顧客の獲得には直接結び付かないからである。 イ 原告商品の「需要者」 原告商品が医療用医薬品であること、医療用医薬品は、医師が作成した処方せんに基づき薬剤師が調剤することにより、患者に交付されるものであること、患者が自ら医療用医薬品を積極的に選別するものではないことは、上記第2の1(2)エのとおりである。 すなわち、患者に交付すべき医療用医薬品の選択は、医師の処方行為の一部を構成するものであり、医師が処方せんの作成に当たって一般名を付した場合であって、当該一般名に該当する医療用医薬品が複数あるときに限り、その複数の医療用医薬品のうちどの医療用医薬品を調剤するかが薬剤師の調剤行為の一部を構成するものである。仮に、医療用医薬品の選択についての患者の意見又は感想や、処方されていた医療用医薬品が薬効等を同じくする他の医療用医薬品に変更された場合に、外観の相違などによって患者が抱くかもしれない不安感などに配慮して、医療用医薬品の選択が行われることがあるとしても、その選択を行うのは医師又は薬剤師であり、医師又は薬剤師は、その専門的な知識及び経験に基づいて医療用医薬品の選択を行うものであることに変わりはない。 したがって、原告商品についての上記アにいう「需要者」は、医師等であり、患者は「需要者」に該当するものとは認められない(仮に、商標に関する事案においては、医療用医薬品の「需要者」に患者が含まれると解する余地があるとしても、上記の不正競争防止法2条1項1号の趣旨にかんがみれば、この解釈が上記判断を左右するものではない。)。 ウ 原告配色の特別顕著性の有無 (ア) 「同種商品」 原告配色が不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」に該当するためには、上記アのとおり、原告配色が客観的に他の同種商品の配色とは異なる顕著な特徴を有していること(特別顕著性)が必要であるところ、ここでの「同種商品」とは、以下のとおり、医療用医薬品全体をいうものと解すべきである。 すなわち、医師等は、日常的に数多くの患者に接し、様々な薬剤を処方・使用しているところ、医師等が日常的に接する患者は、胃潰瘍に限らず多種多様な疾病に罹患し、あるいは、受傷しているのであり、1人の患者が複数の疾病に罹患していることも少なくない。また、処方せんにより医療用医薬品の調剤を行う調剤薬局においては、複数の医師からの処方せんに対応するため、非常に多くの種類の医薬品を取り扱うものであり、調剤薬局が日常的に取り扱う医療用医薬品も、胃潰瘍治療剤に限らず、多種多様である上、複数の種類の医療用医薬品が処方された患者に対し、処方に係る複数種類の医療用医薬品を調剤する場合も多い。 このように、医師等が、日常的に、胃潰瘍治療剤に限らず、多種多様な医療用医薬品を取り扱っていることからすれば、医療機関等が医療用医薬品をその種類や薬効に応じて配列しているとしても、原告商品についての「同種商品」は、医療用医薬品全体をいうものと解すべきである。 上記の説示に照らして、「同種商品」は胃潰瘍治療剤に限定されるとの原告の主張を採用できないことは明らかである。 (イ) 他の同種商品とは異なる顕著な特徴の有無 そこで、原告配色が、原告商品の同種商品である医療用医薬品の配色とは異なる顕著な特徴を有するといえるか否かについて検討する。 a 原告が原告商品(検乙1)の特徴であると主張する原告配色は、PTPシートが銀色地に青色の文字等を付したものであること並びにカプセルが緑色及び白色の2色からなることである。 b 証拠(検乙2ないし8)及び弁論の全趣旨並びに前記前提となる事実によれば、次の各事実が認められる。 (a)ゼリア新薬工業株式会社の胃潰瘍治療剤「アシノンカプセル150」(検乙3)は、灰白色地に青色の文字等が記載されたPTPシートと、淡い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「アシノンカプセル150」は、平成2年9月に販売が開始された。 (b)住友製薬株式会社の胃潰瘍治療剤「ゲファニールカプセル50」(検乙4)は、銀色地に緑色の文字等が記載されたPTPシートと、淡い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「ゲファニールカプセル50」は、昭和45年8月に販売が開始された。 (c)科研製薬株式会社の消化酵素製剤「セブンイー・P」(検乙5)は、銀色地に緑色の文字が記載されたPTPシートと、濃い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「セブンイー・P」は、昭和59年6月に販売が開始された。 (d)被告の抗生物質「セファレキシン・C『トーワ』」(検乙6)は、銀色地に青色の文字等が記載されたPTPシートと、濃い緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「セファレキシン・C『トーワ』」は、昭和51年9月に販売が開始された。 (e)日医工株式会社の抗生物質「セファレキシンカプセル『日医工』」(検乙7)は、銀色地に緑色の文字等が記載されたPTPシートと、緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「セファレキシンカプセル『日医工』」は、昭和53年4月に販売が開始された。 (f)塩野義製薬株式会社の抗生物質「ケフレックスカプセル」(検乙8)は、灰白色地に緑色の文字等が記載されたPTPシートと、緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。「ケフレックスカプセル」は、昭和45年5月に販売が開始された。 (g)被告商品(検乙2)は、銀色地に青色の文字等が記載されたPTPシートと、緑色及び白色の2色からなるカプセルとで構成されている。被告商品は、平成10年8月に販売が開始された。 (h)被告商品以外にも、多数の後発品製造販売業者が、平成10年ころから、銀色地に青色の文字等を記載したPTPシートと、緑色と白色の2色からなるカプセルとで構成する医療用医薬品を販売している。 c 上記b認定の事実によれば、損害賠償請求の対象とされている行為の時点である平成14年3月から平成17年3月24日までの間において、PTPシートの素地の色を銀色とすること、PTPシートに記載する文字の色を青色とすること、カプセルを緑色と白色の2色からなるものとすることは、いずれも、医療用医薬品における特徴的な配色であるとはいえず、これらを単純に組み合わせた原告配色も、客観的に他の同種商品の配色とは異なる顕著な特徴を有しているとは認められない。そして、この判断は、本件訴訟の口頭弁論終結日である同年12月7日においても、同様であり、被告商品をはじめとする後発品を除外して検討したとしても、その結論が左右されるものではない。 d 原告は、上記「アシノンカプセル150」及び「ゲファニールカプセル50」の配色は、原告配色と明らかに異なる旨主張する。 しかし、「アシノンカプセル150」(検乙3)の配色と原告配色とを比較すると、その相違点は、@「アシノンカプセル150」のPTPシートの素地の色が灰白色であるのに対して原告配色は銀色であること、A「アシノンカプセル150」のカプセルの配色が淡い緑色及び白色の2色であるのに対し、原告配色は緑色及び白色の2色であること、の2点であり、「アシノンカプセル150」との比較において、原告配色が特徴的であるといえるほどの相違はない。 また、「ゲファニールカプセル50」(検乙4)の配色と原告配色とを比較すると、その相違点は、@「ゲファニールカプセル50」のPTPシートの文字の色が緑色であるのに対して原告配色は青色であること、A「ゲファニールカプセル50」のカプセルの配色が淡い緑色及び白色の2色であるのに対し、原告配色は緑色及び白色の2色であること、の2点であり、「ゲファニールカプセル50」との比較においても、原告配色が特徴的であるといえるほどの相違はない。 e 原告は、上記「セブンイー・P」、「セファレキシン・C『トーワ』」、「セファレキシンカプセル『日医工』」及び「ケフレックスカプセル」は胃潰瘍治療剤ではないから、原告配色の独自性を判断するに当たって考慮する必要はないと主張するが、上記(ア)のとおり、原告商品の商品等表示性の有無を判断するに当たっての基準となる「同種商品」は、医療用医薬品全体であるから、原告の上記主張は、採用することができない。 f また、原告は、胃潰瘍治療剤においては、原告商品の販売開始時(昭和59年12月)以前及び原告商品販売開始後、後発品の販売が開始された平成9年ころまでの約13年間、原告配色に類似した配色は用いられておらず、胃潰瘍治療剤において、原告配色は特別顕著性を獲得していた旨主張する。 しかし、原告配色の商品等表示性が認められるために必要とされる特別顕著性の比較対象である同種商品は、前記(ア)のとおり、医療用医薬品と解すべきであるし、仮に、同種商品が、医療用医薬品ではなく、胃潰瘍治療剤に限定されると解するとしても、上記(イ)b認定の事実によれば、原告配色は、損害賠償請求の対象とされている行為の時点である平成14年3月から平成17年3月24日までの間においても、また、口頭弁論終結日である同年12月7日においても、客観的に他の胃潰瘍治療剤の配色と異なる顕著な特徴を有しているとは認められない。 したがって、原告の上記主張は、採用することができない。 g さらに、原告は、原告商品の胃潰瘍治療剤におけるシェアは圧倒的であるから、原告商品と同様の特徴を有する複数の後発品が販売されたとしても、原告配色の自他商品識別力は依然として高いものである旨主張する。 しかし、上記(イ)b認定のとおり、多数の後発品製造販売業者が、平成10年ころから、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートと、緑色と白色の2色からなるカプセルとを有する医療用医薬品を販売しているのであるから、損害賠償請求の対象とされている行為の開始の時である平成14年3月には、既に3年以上の期間、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートと、緑色と白色の2色からなるカプセルとを有する多数の医療用医薬品が販売されていたものと認められる。 そうすると、仮に、原告配色が、平成10年以前において、客観的に、他の同種商品の配色とは異なる顕著な特徴を有しており、原告が主張するように、原告商品の胃潰瘍治療剤におけるシェアが圧倒的であるとしても、原告商品と同様の、銀色地に青色の文字等を付したPTPシートと、緑色と白色の2色からなるカプセルとを有する医療用医薬品の種類及びそれらが販売された期間を考慮すれば、原告配色は、特別顕著性を喪失したものというべきであり、原告の上記主張は採用することができない。 (ウ) したがって、原告配色が客観的に他の同種商品の配色とは異なる顕著な特徴を有しているとは認められない。 エ 原告配色の周知性の有無 証拠(甲15)及び弁論の全趣旨によれば、原告商品は、全国の医療機関で処方された全医薬品の中で、平成13年には処方ランキングの2位を占め、現在においても、同ランキングの4位に位置していること、A2B抗潰瘍治療剤における処方ランキングにおいて、平成12年から平成16年までの間、1位を維持していることがそれぞれ推測され、医療機関において、原告商品が広範に使用されてきたものと認められる。 しかし、上記認定事実は、原告配色が、原告商品の出所である原告を表示するものとしての周知性を備えていたことを裏付けるものではない。なぜなら、原告商品をはじめとする医療用医薬品は、一般消費財と異なり、医師や薬剤師といった専門的な知識を有する者が、その薬効に応じて選択する商品であり、商品の選択に際し、一般消費財において、商品の形状や配色が需要者の着目の対象となる程度に比して、医療用医薬品において、商品の形状や配色が需要者の着目の対象となる程度は、著しく低いといえるからである。証拠(甲16)によれば、平成14年9月以前には、国内の医学専門書で、医療用医薬品を写真で紹介することに主眼を置いたものはなかったことが認められ、このことも、医療用医薬品が、一般的にその形状や配色が需要者の着目の対象となることが少ない商品であることを示すものといえる。 そうすると、上記のような原告商品の使用実績が認められるとしても、それによって原告配色が原告商品の出所である原告を表示するものとして周知になったとはいえず、しかも、原告配色に特徴があるとして社会的に注目された、あるいは、原告商品の特徴は原告配色にあるとして強力な宣伝がされた、といった特段の事情も認められないのであるから、原告配色が、特定の事業者の出所を表示するものとして周知性を備えていたということはできない。 なお、原告は、高齢者が、PTPシート自体の色、PTPシートに記載された文字の色やカプセルの色によって医薬品を識別することが多いと主張する。 上記主張は、患者が「需要者」に含まれることを前提とするものと解されるところ、この前提が誤りであることは、前記イに説示したとおりである。 また、仮に、患者が「需要者」に含まれるものと解したとしても、高齢者をはじめとする患者全般が医療用医薬品の配色に着目するのは、通常、自らが誤って当該医薬品と他の医薬品とを混同して服用するのを防止することを意図しているのであって、患者全般が、医療用医薬品の配色を特定の事業者の出所を表示するものと理解する場合が多いとは到底認められない。 したがって、原告の上記主張を採用する余地はない。 オ 以上によれば、原告配色は、損害賠償請求の対象とされている行為の時点である平成14年3月から平成17年3月24日までの間においても、口頭弁論終結日である同年12月7日においても、客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているとはいえず、特定の事業者の出所を表示するものとして周知性を備えていたということもできない。 したがって、原告配色は、不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」には該当しない。 (2) 小括 以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、被告の行為は、不正競争防止法2条1項1号に該当しない。 2 結論 以上によれば、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 清水節 裁判官 山田真紀 裁判官 東崎賢治 |
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