判例全文 line
line
【事件名】類似薬剤の不正競争事件A
【年月日】平成18年1月13日
 東京地裁 平成17年(ワ)第5657号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成17年10月21日)

判決
原告 エーザイ株式会社
同訴訟代理人弁護士 中村勝彦
同 長坂省
同 藤井基
同 柏健吾
同 太田知成
同 伊勢智子
同 宮下央
被告 大洋薬品工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 脇田輝次
同補佐人弁理士 小谷武
同 木村吉宏


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙被告標章目録1記載の表示を付したカプセル並びに同目録2及び3記載の表示を付したPTPシートを使用した胃潰瘍治療剤を製造し及び販売してはならない。
2 被告は、その占有に係る前項記載の商品を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、金888万1500円及びこれに対する平成17年3月30日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 原告は、医薬品、医薬部外品等の製造、販売、輸出入等を業とする株式会社である。
イ 被告は、医薬品、医薬部外品、診断薬の製造、販売、輸出、輸入販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告商品
ア 原告は、昭和59年12月6日、テプレノンを有効成分とする胃炎・胃潰瘍治療剤「セルベックスカプセル50mg」(以下「原告商品」という。)につき、その販売を開始した(甲1)。
イ 原告商品は、別紙原告標章目録1記載のとおり、蓋をなす部分が概ね緑色で、蓋をされる部分が概ね白色で構成されたカプセル(以下「原告カプセル」という。)に薬剤が収められている。原告カプセルは、別紙原告標章目録2及び3記載のとおり、表面及び裏面とも銀色地のPTPシート(以下「原告PTPシート」という。)に収納されている(乙1)。
(3) 被告の行為
ア 被告は、平成9年7月以降、テプレノンを有効成分とする胃潰瘍治療剤「セループカプセル50mg」(以下「被告商品」という。)を販売している。
イ 被告商品は、別紙被告標章目録1記載のとおり、蓋をなす部分が概ね緑色で、蓋をされる部分が概ね白色で構成されたカプセル(以下「被告カプセル」という。)に薬剤が収められている。被告カプセルは、別紙被告標章目録2及び3記載のとおり、表面及び裏面とも銀色地のPTPシート(以下「被告PTPシート」という。)に収納されている(乙1)。
2 事案の概要
 本件は、原告が被告に対し、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成と類似した薬剤を販売するのは不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為に当たると主張して、被告カプセル及び被告PTPシートを使用した胃潰瘍治療薬の製造、販売の差止め、商品の廃棄を請求するとともに、平成14年3月以降の損害賠償金888万1500円及びこれに対する平成17年3月30日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求する事案である。
3 本件の争点
(1) 原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に当たるか否か(商品等表示性)
(2) 原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成と被告カプセル及び被告PTPシートの色彩構成とが類似しているか否か
(3) 被告商品と原告商品の混同のおそれの有無
(4) 損害の有無及び額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(商品等表示性)について
〔原告の主張〕
(1) 原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成の自他識別力の獲得
ア 外観上の特徴
 原告カプセルと原告PTPシートとは、緑色と白色の2色からなるカプセル及び銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシートという色彩構成であり、両者相まって2つの特徴的な外観を有している。
 また、胃潰瘍治療剤において、緑色と白色の2色で配色されたカプセル及び銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシートという外観的特徴を有した医療用医薬品は、原告商品の販売開始前には全く存在せず、被告商品を始めとする原告商品の後発医薬品の販売が平成9年ころに開始される前では原告商品のみが存在し、後発医薬品の販売開始後は、原告商品とこれらの後発医薬品のみが存在するだけであり、特異性がある。
イ 情報伝達活動等
 原告は、原告商品の販売開始以来現在に至るまでの20年以上にわたり、全国に多数のMR(医薬情報担当者。医薬品の適正な使用に資するため、医療関係者を訪問するなどして、安全管理情報を収集、提供することを主たる業務とする。)を雇用し、MRを通じて、医師等に対し、熱心かつ地道な情報伝達活動等を行い、また、講演会等を積極的に行った。原告は、自社のホームページ上で原告商品の製剤写真を掲載し、医療関係者のみならず、患者を含む一般市民に対しても、原告商品の色彩構成を認識し得る状態で上記情報伝達活動を行ってきた。原告商品は、「薬の事典 ピルブック 第15版(2005年版)」の表紙(甲5)にも掲載されている。このように、原告は、原告商品を普及させるべく、多大な労力と費用をかけて努力してきた。
ウ 販売実績
 原告が前記イの情報伝達活動等を行った結果、原告商品の販売実績は長年にわたって高水準を維持している。
 すなわち、原告商品は、その販売開始以来、胃潰瘍治療剤の分野において圧倒的な処方数及び年間売上高を維持しており、胃潰瘍治療剤の売上全体に占める原告商品のシェアは非常に高い。
 原告商品は、医療用医薬品が全国の医療機関でどれだけ処方されたかを示す処方ランキングにおいて、全医療用医薬品の中で平成13年までは2位を維持し、現在においても4位であり、A2B抗潰瘍治療剤(胃潰瘍治療剤、十二指腸潰瘍治療剤、胃炎治療剤及び逆流性食道炎治療剤等の消化性潰瘍剤をいう。)の中でも、平成12年から平成16年にかけて5年連続で同ランキングの1位を維持し続けている。
エ 取引の実情
 需要者である医師、薬剤師等の医療関係者や胃潰瘍患者は、原告商品をカートン(包装箱。以下「原告カートン」という。)から取り出した状態、すなわち原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成を視認できる状態で原告商品を取り扱う。すなわち、原告商品を始めとする医療用医薬品においては、製薬会社から卸を通じて医療関係者に販売された後に、カートンが開封され、カプセル及びPTPシートが視認できる状態になったものを、医療関係者が多種の医療用医薬品の中から選別し、それを患者に交付するという過程を経て最終消費者である患者が取得する。
オ 周知商品等表示性
 原告は、前記イ、ウのとおり、原告商品を普及させるべく多大な労力と費用をかけて情報伝達活動を行い、販売開始以来現在に至るまで、20年以上、一貫して、原告商品に上記色彩構成を使用してきた。
 そして、原告は、原告商品の販売開始以来13年間にわたり、独自性、特異性のある上記色彩構成を医療用医薬品に独占的に使用してきた。なお、原告商品の高い販売実績・処方実績からすれば、胃潰瘍治療剤の需要者に対しては、後発医薬品の販売後も原告が上記色彩構成を独占していると評価することができる。
 以上のとおり、前記A2B抗潰瘍治療剤分野における原告商品の高い販売実績・処方実績と相まって、医療関係者及び胃潰瘍患者において、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成のみから原告商品を他の商品と識別できるようになってきており、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成のみから原告の製造販売に係る商品であると認識されるほどの自他商品識別機能を獲得するに至っている。
 よって、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成は、自他識別機能を有しているから、不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に当たる。
カ なお、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成の出所表示機能(自他識別機能)が果たす役割は、特に、患者が高齢者の場合に顕著である。
 すなわち、高齢患者は、白内障や緑内障などの眼疾患を持つ割合が高く、視力が低下してPTPシートに記載されている小さな文字を識別することはほとんど不可能となり、PTPシート自体の色やPTPシートに記載されている文字の色又はカプセルの色のみによって薬剤を識別している者がほとんどである。
 実際に薬剤師が調剤薬局において高齢患者に対してPTPシートの識別テストを行った結果、高齢患者がPTPシートに記載された文字色の違いですら識別できないことがある事実が判明した。
 なお、この薬剤師は、上記事実を記載した記事中で、薬剤師も薬局で調剤業務を行う際に間違った錠剤を取ってしまうことがあることを述べるとともに、高齢者が薬剤を識別する際の重要な因子がPTPシートの色であり、次にPTPシートの文字の誘目性(色の目に付きやすさ、目立ちやすさ)であると考えられる旨を述べている。
(2) 被告の主張に対する反論
ア 原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成がありふれている旨の主張(後記〔被告の主張〕(1)エ)について
(ア) そもそも、カプセル及びPTPシートの色彩構成が医療用医薬品全体の中で特徴的である必要はない。すなわち、不正競争防止法2条1項1号における「需要者の間に広く認識されている」「商品等表示」とは、類似表示の使用者(被告)の営業地域及び顧客層において認識されている商品等表示であれば足りるところ、本件においては、被告商品の顧客層、すなわち胃潰瘍治療剤の需要者において、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が認識されていれば足りる。
(イ) 報告書(乙2)に掲げられた薬剤が存在しているとしても、原告カプセルの色彩構成の独自性ないし原告PTPシートに原告カプセルが装填された状態の両者の色彩構成の独自性は何ら損なわれるものではない。
 同報告書の添付資料1記載の薬剤のうち、アズウェル製「ニザチジンカプセル150mg『OHARA』」及びゼリア新薬工業製「アシノンカプセル150」以外のものは、カプセルがPTPシートに装填された状態でみると、原告カプセルとはカプセルの形、大きさ及び色が明らかに異なる。上記「ニザチジンカプセル150mg『OHARA』」及び「アシノンカプセル150」にしてみても、カプセルの蓋をなす部分に使用されている色は黄緑色であって、原告カプセルの濃緑色とは明らかに異なる。
 同添付資料2記載の薬剤はいずれも錠剤であって、原告カプセルとは色彩構成が異なるし、同薬剤のうちキッセイ薬品工業製「アランターSF錠」は、PTPシートの地の色が水色であり、原告PTPシートの銀色とは明らかに異なる。
 同添付資料3記載の薬剤のうち10種の薬剤は、現在原告との間で訴訟が係属している原告商品の後発医薬品であるし、その余の薬剤である住友製薬製「ゲファニールカプセル50」も、カプセルの蓋をなす部分に使用されている色が原告カプセルの相当部分に使用されている色と異なり、PTPシートの色彩及び文字色が原告PTPシートの地の色彩及び文字色と異なる。ファイザー製「アタラックス−P50」、塩野義製薬製「ケフレックスカプセル」及び科研製薬製「セブンイー・P」は、胃潰瘍治療剤ではない。
イ 外観の特徴の取引における役割に関する主張(後記〔被告の主張〕(1)イ、ウ)について
(ア) カプセルやPTPシートが自他商品識別機能のある標識として機能していることをいうために、商品名(商標)が全く付されずにカプセルやPTPシートが販売されていることは必ずしも必要でない。
(イ) 多数の医師が勤務する病院等においては、必ずしも全員の医師が製薬会社のMRから医療用医薬品の詳細な説明を受けるわけではない。医療機関の処方箋に基づいて患者に対して医療用医薬品の調剤を行う薬局も、複数の医療機関が発行する処方箋を取り扱うのが通常で、非常に多種類の薬剤を取り扱うことが多い。そうすると、医療関係者も、商品名(商標)のみならず、外観で商品を識別することがある。現に、医師や薬剤師の座席や壁等に医療用医薬品の写真が貼られていることもあるし、医師等の医療従事者のために作成され、必携又は愛読されている「写真でわかる処方薬事典」では、医療用医薬品の外観が掲載されている。
 患者の場合には、医師から処方され、薬剤師から交付された医療用医薬品を特段の注意を払うことなく受領することも多いが、この場合でも、薬剤師から、当該薬剤の写真が掲載された説明書を受領したり、「薬の事典 ピルブック 第15版(2005年版)」のような市販書籍等を見ることによって、医療用医薬品の色彩構成を記憶していることがある。患者がこのように医療用医薬品の色彩構成を記憶した場合には、医療用医薬品をその色彩構成で識別する。
ウ 機能的表示に関する主張(後記〔被告の主張〕(1)オ)について
 PTPシートの素材がアルミシートであるとしても、地の銀色を必然的に使用しなければならないわけではなく、PTPシートの銀色の色彩は機能的な表示ではない。PTPシートの地の色彩には、銀色のほか、オレンジ色、青色、金色、緑色、クリーム色、黄色、水色等の多数の色があるし、PTPシートに印刷された文字等の色にも、青色のほか、緑色、赤色、ピンク色、オレンジ色、紫色、茶色、黒色等の多数の色がある。同一色でも、その濃淡によっては全く異なる印象を与える場合もあり、カプセル及びPTPシートの色彩構成及びその組合せは無数に存在する。被告カプセルの色を緑色と白色の2色で構成し、かつ被告PTPシートを銀色地に青色の文字で印刷する必然性は全くない。被告は他の胃潰瘍治療剤「アテミノンカプセル150mg」では、被告カプセルの色彩構成と異なる色彩構成を使用しており、被告商品においては原告商品と類似した色彩構成をあえて使用しているものであって、原告商品のブランド力や信用力にただ乗りしようとしているものである。
〔被告の主張〕
(1) 原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成は、自他識別力を有しておらず、不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に当たらない。
ア 医療用医薬品は、薬効を第1に選別されるものであり、極論すれば、処方する医師らは、商品名(商標)がどのようなものか、カプセルやPTPシートの色彩がどのようなものかには関心がなく、当該病気に最適と思われる薬剤を選択し、患者に投与するものである。
 医師らの選択が同一の医療用医薬品に反復された結果、当該医療用医薬品の商品名やその薬効等が周知になることがあったとしても、あくまで医師らは商品名及び薬効で商品(医療用医薬品)を識別しているのであって、カプセルやPTPシートの色彩構成によって商品を識別しているのではない。
 医師の処方箋なしに薬局、薬店の店頭で購入でき、テレビや雑誌などで宣伝広告をすることが許されている一般向け医薬品とは異なって、医療用医薬品は、ネーミングの良し悪しによって売れ行きが左右されたり、カプセルやPTPシートの色彩構成で商品の魅力が需要者らに訴求され、購買意欲が喚起される性格の商品ではない。
 薬効が同一の先発医薬品と被告商品のような後発医薬品との間の最大の相違点は薬価のみであり、医師や患者らが後発医薬品を選択する場合の最大の関心事は医療費抑制の点に集約されるのであって、カプセルやPTPシートの色彩構成は薬剤の選択に何ら寄与していない。
 そうすると、後発医薬品のカプセルやPTPシートの色彩構成が先発医薬品のそれらと類似していたとしても、この類似性によって後発医薬品を先発医薬品と混同し、前者を選択するという状況はあり得ず、カプセルやPTPシートの色彩構成は、商品購入の動機付けや商品の識別には何ら機能を果たしていないから、不正競争行為が介在する余地はない。
イ 原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が不正競争防止法2条1項1号にいう「人の業務に係る」「商品の容器若しくは包装」に当たるとしても、そもそも不正競争防止法は商品取引の際における不正競争の防止を目的とするものであるから、商品取引の際に需要者の目に触れない部分は同号にいう「商品等表示」に当たる余地がない。
 しかるに、原告カプセルは原告PTPシート内に収納され、原告PTPシートはさらに原告カートンに収納されており、原告商品は原告カートンに収納された状態で販売され、原告カプセルや原告PTPシートが露出した状態で販売されることはない。
 そうすると、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が商品取引の際に需要者の目に触れることはない。
 また、カプセルやPTPシートが独立した自他商品識別標識として機能していたというためには、「セルベックス」などの表示が全く付されずにカプセルやPTPシートが使用されて商品が販売されていたことが必要である。しかるに、原告カプセルには「SX50○(編注;○の箇所に原告会社のロゴが入っている)」の表示があり、原告PTPシートには、表面に「セルベックス50mg」、「Eisai」との表示が、裏面に「Selbex50mg」、「セルベックス」との表示がそれぞれあって、これらの表示なしで原告カプセル及び原告PTPシートが使用されて商品が販売されることはない。
 したがって、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成は、同号にいう「商品等表示」に当たる余地がない。
ウ 医療機関及び調剤薬局は、薬剤の有効性、安全性及び経済性に関する情報を購入の動機として、医療用医薬品をその商品名及び商品番号で特定し、注文及び納品等の手続を行うのであって、カプセルやPTPシート等の色彩構成によって購入が動機付けられたり、取引の対象たる商品が特定されたり、購入が決定されたりすることはない。
 カプセルやPTPシートの色彩構成は、取引において商品の自他識別のために重要な意義を有せず、取引対象の特定等に対して何ら影響を与えるものではない。
 また、カプセルやPTPシートについて想起する色彩構成は、長年にわたって処方、選別、投与してきた医療関係者であっても、極めて漠然としたものであり、しかも各人ごとに異なったものである。医療関係者がカプセルやPTPシートの色彩構成のみによって医療用医薬品を処方、選別、投与等するときは、いかにカプセル等の色彩構成が顕著であったとしても、誤った処方、選別、投与等を生じさせることになる。そこで、医療関係者は、医療用医薬品の誤投与等を防止するため、必ず薬品名で医療用医薬品を特定して処方、選別、投与等をすべきなのであり、現にそうされている。
 仮に、原告カプセル及び原告PTPシートが商品の自他識別のために機能し得る特徴を有していたとしても、この特徴は商品取引に機能する機会がなく、不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に当たらない。なお、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が果たす役割は、医療用医薬品の選別、投与及び服用等の過程における事実上の機能にすぎない。
エ 不正競争防止法2条1項1号で保護されるべき「商品等表示」は、周知になったことにより自他商品識別機能を有するに至った表示をいうのであるから、通常の商品一般にあるようなありふれた形状や色彩、外観等は、同号で保護すべき表示には当たらない。同号で保護されるべき「商品等表示」であるというためには、通常の商品一般が有する形状等とは異なる特徴のある形状、模様等によって、自己の商品と他人の商品とを識別できることが必要である。
 しかるに、原告カプセルは緑色及び白色からなっているにすぎず、医療用医薬品のカプセルの形状、外観として極めてありふれたものである。また、原告PTPシートも銀色地に青色の文字等が付されているにすぎす、医療用医薬品のPTPシートの形状、外観として極めてありふれたものである。
 さらに、他の医薬品メーカーによって、長年にわたり、原告カプセル及び原告PTPシートと色彩構成が同じ多数の医療用医薬品が供給されてきており、原告がカプセル及びPTPシートの色彩構成を独占してきたわけではない。
 なお、医療用医薬品全体ではもちろん、胃潰瘍治療剤に限ってみても、H2ブロッカー「アシノンカプセル」等の、原告カプセル及び原告PTPシートと同様の色彩構成を有するカプセル及びPTPシートが多数存在する(乙2)。
 そうすると、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成はありふれたものであって、これに他の医療用医薬品との自他商品識別機能があるとは到底いうことができない。
 また、原告カプセルには「SX50○(編注;○の箇所に原告会社のロゴが入っている)」の表示があり、原告PTPシートには、表面に「セルベックス50mg」、「Eisai」との表示が、裏面に「Selbex50mg」、「セルベックス」との表示がそれぞれあるが、これらの表示にこそ自他商品識別機能が求められるべきである。これらの表示をことさらに無視し、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成を「商品等表示」であるとする原告の主張は失当である。
オ 原告PTPシートのような医療用のPTPシートでは、腐食しにくく、耐久性があり、ガスなどを透過しない(密閉性)という特性に着目して、素材にアルミシートが用いられているが、着色を施さないアルミシートは銀色である。このアルミシートの上に樹脂を被覆し、さらにその上にカプセルを収納したポケットを有するプラスチックが接着されている。PTPシートを有色にする場合、アルミニウム自体に着色料を混ぜて有色のアルミシートを製造することはせず、アルミシートを被覆する樹脂を着色するのが通常である。被覆する樹脂に着色しない限り、製造方法の流れの当然の結果としてPTPシートは銀色になるのであるが、各製薬メーカーは、コスト面の観点から、樹脂に着色せず、アルミニウムの地の銀色のままで用いていることが多い。
 したがって、PTPシートが銀色であることは、医療用PTPシートに共通し、医療用PTPシートとして必然的に選択されることであって、PTPシートの銀色の色彩は機能的な表示である。そうすると、原告PTPシートにおける商品等表示は、商品名等の表示部分のみとなる。
カ 原告が長年にわたって原告商品の普及に努め、処方ランキングで1位になったことなどによっても、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成は自他商品識別機能を獲得することはない。
 すなわち、原告が普及に努めたのは、カプセルやPTPシートのデザイン、原告カートンのデザインを含む原告商品全体であって、原告カプセルや原告PTPシートが露出した状態で取引されたり、病院内でむき出しのまま据え置かれて使用されることなどはない。
(2) 原告の主張に対する反論
ア 前記〔原告の主張〕(1)エについて
 商品の色彩構成が特徴的で、自他商品識別機能を有するか否かを判断するに当たり、需要者を胃潰瘍治療剤の需要者に限定する合理性はない。
 原告商品の需要者である医療機関や調剤薬局は胃潰瘍治療剤のみを取り扱っているわけではない。消化器官系の疾病患者を診察する医療機関や、同疾病患者が利用する調剤薬局では、循環器系薬剤や抗生物質製剤などの様々な医療用医薬品を取り扱うし、胃潰瘍の患者に胃潰瘍治療薬に他の種類の薬剤を併用して投与等することもある。
イ 前記〔原告の主張〕(1)オ、カについて
 仮に高齢患者が色を重要な因子として薬剤を識別しているとしても、高齢患者の手元にある、限られた数量の薬剤の中から服用する薬剤を選別する場面に妥当することであって、手元に原告カプセルや原告PTPシートと同一の色彩構成の薬剤が混在している場合には、色彩構成だけを頼りに薬剤を選別することはなく、商品名で薬剤を選別するはずである。同様に、高齢患者以外の高い認識力のある患者の場合には、カプセルやPTPシートの色彩構成だけで薬剤を選別することはなく、商品名で選別するはずである。
 なお、視力及び認識力の低下した高齢患者を前提とすると、原告の取扱商品相互間ですら薬剤の混同を起こすことは必至である。これはPTPシートへの商品名の表示方法を工夫すること等や、医療関係者ないし患者の家族等が患者に一層注意して服用させる等の工夫をすることによって解決する必要のある性質の問題である。
 高齢患者の誤飲等の問題は、医療の現場としては無視できない問題ではあるが、商取引の際の出所の混同の有無を問題とする不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」の問題とは別次元の問題である。
2 争点(2)(類似性)について
〔原告の主張〕
(1) 被告カプセルにおいては、蓋をなす部分が緑色で、蓋をされる部分が白色の色彩構成となっており、原告カプセルの色彩構成と同一である。被告PTPシートにおいても、銀色地に青色の文字等のデザインが付されており、原告PTPシートの色彩構成と同一である。そして、これらの特徴のほかに原告商品と区別し得るような特徴を有していない。
 そうすると、被告カプセル及び被告PTPシートは、原告カプセル及び原告PTPシートの2つの色彩構成の特徴を有しており、被告カプセル及び被告PTPシートの色彩構成は、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成と全体として類似する。
(2) 被告の主張に対する反論
 不正競争防止法2条1項1号に係る類似性の判断は、時及び所を異にして隔離的な方法により行う必要があるところ、原告商品及び被告商品のカプセル及びPTPシートに記載された商品名や識別コードが非常に小さく認識しづらいことからすれば、それらの記載があることだけをもって両者が類似していないと判断することはできない。特に、被告が指摘する識別コードや被告のハウスマークは、需要者がこれらの記載から被告商品を想起することはできず、被告商品の出所表示機能を有しているとはいえない。PTPシートの大きさの違いも、両者を隣に並べないで見たときには、これに気が付くのは到底不可能な程度のものである。そうすると、これらの記載の有無等は、本件における類似性の判断に何らの影響も及ぼさない。
 緑色と白色の色彩構成を有するカプセル及び銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシートという色彩構成が原告商品の出所表示機能を果たしており、被告商品も同様の色彩構成を有している以上、不正競争防止法2条1項1号との関係においては、両者はその色彩構成において類似する。
 なお、被告と同様に原告商品の後発医薬品を製造販売し、現在原告との間で不正競争行為差止等請求事件の別件訴訟が係属している共和薬品工業株式会社は、カプセル及びPTPシートの色彩構成を先発医薬品である原告商品の色彩構成に近づけていることを自ら認めているし、同様の後発医薬品メーカーである沢井製薬株式会社も、医師及び薬剤師にとっては患者の誤投薬事故を防止するために、患者にとっては誤服用を防止するために、先発医薬品の色彩構成と同一又は類似の色彩構成を有することが好ましい旨主張しているのであって、後発医薬品メーカーは、誤投与事故を防止したり、患者らの不安感及び抵抗感を減少させるため、意図的に商品の色彩構成を先発医薬品の色彩構成に類似させている。
〔被告の主張〕
 原告商品の商品等表示と被告商品の商品等表示とは類似していない。
(1) 一般的な色彩構成及び配列のみからなる原告カプセルや、製造工程に由来する機能的表示である銀色地が使用され、一般的な色彩構成及び配列のみからなる原告PTPシートの色彩構成のみを取り上げて類似性を論じることはそもそも許されない。原告PTPシート及び被告PTPシートには、商品を特定する上で最も特徴的かつ重要な商品名(商標)が表示されており、原告商品の商品等表示と被告商品の商品等表示が類似するか否かは、カプセル及びPTPシートの色彩構成だけではなく、カプセル及びPTPシートに表示された商品名を含めて判断すべきである。
(2) カプセルについて
 原告カプセルと被告カプセルの色調は類似しているが、原告カプセルの色調は極めてありふれたものであり、自他商品識別機能はない。原告カプセルに自他商品識別機能があるとすれば、それはカプセルに記載された商品番号による以外はないが、原告カプセルには識別コード「SX50○(編注;○の箇所に原告会社のロゴが入っている)」の表示がある一方、被告カプセルには識別コード「TPR237」の表示があり、識別コードの表示が明らかに異なる。そうすると、原告カプセルの商品等表示と被告カプセルの商品等表示とは類似していない。
(3) PTPシートについて
 原告PTPシートは、表面の色が銀色で、青色の縦線及び文字が表示され、全体的な色調となっているが、上部(耳部)に商品名「セルベックス50mg」及び社名「Eisai」の表示がされている。原告PTPシートの裏面も銀色地で、青色で文字等が表示されているが、上部に商品名「Selbex50mg」が大きく表示され、その余の部分においても、PTPシートをカプセルごとに分離した場合でも商品名を識別できるよう、商品名「セルベックス」の表示が、ミシン目に沿い、5段にわたってされている。
 被告PTPシートは、表面の色が銀色で、青色の文字が表示された色調となっているが、上部に商品名「セループカプセル50mg」が表示されており、その余の部分の各カプセル充填部分においては、下側に有効成分の含有量「50mg」、ハウスマーク、識別コード「237」の表示がそれぞれされている。被告PTPシートの裏側も銀色地で、上部に商品名「CELOOP50mg」の表示がされ、その余の部分においても、PTPシートをカプセルごとに分離した場合でも商品名を識別できるよう、商品名「セループカプセル」の表示が、ミシン目に沿って、各カプセル収納部分の上側に、5段にわたってされている。
 医療用医薬品においては、他の医療用医薬品と識別する上で、商品名及び識別コードが最も重要なものであって、PTPシートのデザインにおいても、商品名の表示部分が商品等表示の要部である。
 原告PTPシートでは、その表面に「セルベックス」、裏面に「Selbex」及び「セルベックス」との商品名の表示がある一方、被告PTPシートでは、表面に商品名「セループカプセル」、識別コード「237」の表示があり、裏面に商品名「CELOOP」、「セループカプセル」の表示があり、商品等表示の要部が明らかに異なる。
 被告PTPシートには、原告PTPシートにある、カプセル充填部の下にある縦線がなく、逆に原告PTPシートにない容量「50mg」の表示がある。
 そうすると、原告PTPシートと被告PTPシートは、その表示の要部においてはもちろん、付随的部分においても類似していない。
3 争点(3)(混同のおそれの有無)について
〔原告の主張〕
 被告商品の有効成分は原告商品の有効成分と同一であり、被告商品は原告商品と同一の効能及び効果を有する。両者の性質、用途及び目的における関連性は極めて高く、商品の色彩構成が類似しているから、医療関係者及び胃潰瘍患者において、被告商品を原告商品又は原告と密接な関係にある第三者が製造販売する商品であると誤認するおそれが非常に大きい。
(1) 医師、薬剤師にとっての混同のおそれ
ア 不正競争防止法2条1項1号で要求される混同のおそれは、取引過程において生じる混同だけでなく、取引過程以外の、医師、薬剤師が医療用医薬品を選別、給付する過程において生じる混同でも足りる。
イ 医師が専門的な情報と治療経験等に基づいて処方する医療用医薬品を決定し、薬剤師が処方箋に記載された医薬品名によって医療用医薬品を識別するとしても、医師や薬剤師が「セルベックス」という医薬品名を見て、緑色と白色の2色からなるカプセル及び銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシートという原告商品の色彩構成を想起することは十分に考えられることである。
 そして、医師等は、多種多様な薬剤を日々相当数扱わなければならないから、取扱いの便宜上、医療機関及び薬局に保管している同種、同薬効の薬剤は隣同士の棚や同一カテゴリーの棚に置いていることが通常である。そのような保管状況では、同種、同薬効の薬剤が同一の色彩構成を有しているとすれば、医師等が、被告商品を原告商品と誤認するおそれは非常に高い。
 医師が原告商品「セルベックス」を処方しようとして、原告商品の商品名を処方箋に記載した場合に、薬剤師が原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成を想起して、その色彩構成と類似の色彩構成を有する被告商品を処方してしまうおそれは否定できない。
 また、医師は、処方を行う際に、処方箋に、「セルベックス」や「セループカプセル」という商品名ではなく、「テプレノン」という有効成分の一般的名称を記載することも許されており、実際にそのような処方も行われている。しかるに、処方箋の「テプレノン」という記載だけを見た薬剤師が、「セルベックス」という商品名ではなく、緑色及び白色の2色からなるカプセル並びに銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシートという色彩構成を持った処方頻度の高い原告製造に係る胃潰瘍治療剤を想起することにより、原告商品を処方しようとすることも原告商品の販売実績及び処方実績からすれば当然に考えられる。そのような場合、薬剤師が、原告商品を調剤しようとして、緑色及び白色の2色からなるカプセル並びに銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシートという原告商品と類似する色彩構成を有する被告商品を調剤してしまうことは十分考えられる。
 このような事情を考慮すれば、医師、薬剤師等の医療関係者に関しても、混同のおそれを否定することはできない。
ウ 原告PTPシートに原告商品の商品名(商標)が表示されており、被告PTPシートに被告商品の商品名「セループカプセル50mg」が表示されているとしても、この表示の違いをもって直ちに原告商品と被告商品の間に混同のおそれがないとされるものではない。
 商品に著名な商標が併記されている場合ですら誤認混同のおそれを否定できないのであるが、被告PTPシートに患者にとって決して著名とはいえずなじみのない医療用医薬品の商品名が記載されている場合には、なおさら、この記載をもって原告商品と被告商品の間に混同のおそれがないとはいえない。
(2) 患者にとっての混同のおそれ
ア 患者に対する処方及び投与が検診等の一連の医療サービス行為の一部を構成しており、病院等に支払う金員は診療報酬の一部であって医療用医薬品の購入代金ではないとしても、処方される医療用医薬品次第で患者が負担すべき金額が増減するのであって、患者において自らの意思と支出で医療用医薬品を有償取得する点には変わりはない。
 患者が処方される医療用医薬品について関心を有し、処方する医師に対して特定の医療用医薬品を処方して欲しい旨を希望することも十分に考えられる。
 そうすると、患者も需要者とみるべきである。
イ 原告商品は胃潰瘍治療剤であるが、胃潰瘍は一般的に再発する可能性が高いため、胃潰瘍を完全に治療するためには胃潰瘍治療剤を長期にわたり反復継続して服用しなければならず、胃潰瘍患者にとって胃潰瘍治療剤は欠くことのできないものとなっている。
 しかし、原告商品のような医療用医薬品は、医師の処方に基づき投与されるものであるため、患者が自ら積極的に薬剤を選別するのではない。
 多くの患者は、医師から処方された医療用医薬品を特段の注意を払うことなく取得、服用しているのが実情であり、商品名でなく、緑色と白色の2色からなるカプセル及び銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシートという商品の色彩構成のみをもって原告商品を識別及び記憶していることも十分考えられる。
 時と所を異にして、原告商品を常用している患者に対し、原告商品の色彩構成と酷似する色彩構成を有する被告商品を処方した場合には、これを原告商品と混同するおそれは十分考えられ、患者が被告商品を胃潰瘍治療剤であるとの説明を受けただけで交付された場合には、交付を受けた被告商品を、原告商品又は原告が製造若しくは販売する商品であるとか、原告と緊密な営業上の関係を有する会社が製造又は販売する商品であると誤認して、被告商品を服用してしまうおそれがあることは明らかである。
 特に、高齢患者の場合には、白内障や緑内障などの眼疾患を持つ割合が高いため、視力の低下により、PTPシートに表示されている小さな文字で医療用医薬品を識別することはほとんど考えられず、PTPシートの地の色やこれに記載されている文字の色、カプセルの配色だけで医療用医薬品を識別していることが多く、原告商品と被告商品とを誤認混同する可能性は非常に高い。
〔被告の主張〕
 需要者において、被告商品を原告商品と混同したり、原告が製造又は販売する商品であるとか、原告と緊密な営業上の関係を有する会社が製造又は販売する商品であると混同するおそれはない。
(1) 医師等にとっての混同のおそれ
ア 病院、調剤薬局は、製薬メーカーのMRや卸会社のMS(営業担当者)から医療用医薬品に関する安全性、有効性、先発医薬品との同等性、価格等の様々な資料や情報等の提供を受けて、医学的見地及び経済的見地等からの検討を行った上で、購入する医療用医薬品を決定する。なお、経済的見地からの検討においては、薬価、仕入価格等のほか、診療報酬高騰を抑制するための後発医薬品の使用促進政策に対する評価、患者の医療費負担の軽減等が検討課題となる。
 購入する医療用医薬品の決定は、専門的情報及び治療経験等に基づいて行われ、店頭に陳列されている商品を観察したり、錠剤自体や包装を見て、即物的に行うものではないから、カプセルやPTPシートの色彩構成から医療用医薬品を混同することはあり得ない。
イ 患者が医療用医薬品の給付を受ける場合には、医療機関内で直接医療用医薬品の給付を受ける院内処方の場合と、医師の処方を受け、医療機関外の調剤薬局で医療用医薬品の給付を受ける院外処方の場合の2つの場合がある。
 いずれの場合においても、患者に給付される医療用医薬品を決定するのは医師であり、処方箋には選択した医療用医薬品の名称が記載され、カプセルやPTPシートの現物を見て、処方すべき医療用医薬品が選択、決定されるのではない。
 医療機関は、一般に、同一薬効の先発医薬品と後発医薬品の双方を常備することはほとんどしないから、患者に対する医療用医薬品の給付の過程で混同が現実に生じることはあり得ない。仮に同一薬効の先発医薬品と後発医薬品の双方を常備していたとしても、医療機関の担当者は、処方された医療用医薬品を間違いなく患者に給付するべく、必ず商品名で識別し、カプセルやPTPシートの色彩構成で識別するようなことはあり得ない。そうすると、院内処方の場合には、原告商品と被告商品の混同が生ずることはあり得ない。
 調剤薬局では、医療機関の場合と異なり、同一薬効の先発医薬品と後発医薬品の双方を常備している可能性が高いが、調剤薬局は、医師の処方箋に従って指定された医療用医薬品を正確に給付すべき義務があるのであって、調剤の専門家である薬剤師がカプセルやPTPシートの色彩構成のみで医療用医薬品を識別することはあり得ない。調剤薬局では、患者に対し、文書で医薬品の名称、用法、用量、効能、効果、副作用及び相互作用に関する情報を提供することが要求されており、この情報提供の過程で何重ものチェックがされることになる。
 なお、原告商品の効能効果には、胃潰瘍の外、急性胃炎、慢性胃炎の急性増悪期の胃粘膜病変の改善があるが、被告商品の効能効果は胃潰瘍治療のみであるから、原告商品と被告商品とで効能効果が完全には一致せず、そのため両者を取り扱う医師や薬剤師は特段の注意力、慎重さをもって識別を行っている。被告商品は平成9年に発売されたが、発売以降原告商品との誤認混同が生じたという報告は皆無である。
(2) 患者にとっての混同のおそれ
ア 患者は「需要者」に当たらない。
(ア) 不正競争防止法の趣旨は、正当な営業活動の保護にあり、同法2条1項1号にいう「需要者」とは、営業活動すなわち取引の相手方を意味する。「需要者」には、最終需要者に至るまでの各段階の取引業者が含まれるが、ここでいう「取引」には、駆引きを前提とした選択、判断の要素が存在する。
 患者は、原告商品のような医療用医薬品を入手する際には、一般用医薬品の場合と異なって、医師に処方箋を発行してもらわなければならない。医師は、患者を診察した上で、診断を下し、既に当該患者が服用している他の医薬品や同時に処方する医療用医薬品との関係で相互作用を生じないか等を確認して、当該患者に対する医療用医薬品を処方するのであって、処方行為は一連の治療行為の一環である。
 患者は、医師から医療用医薬品の処方を受ける際に、医療用医薬品を選択、判断する自由はなく、医師の処方に従って選択された医療用医薬品の給付を受け、これを服用しているにすぎない。
 なお、医師が患者に対し、原告商品と被告商品とで成分、薬効が同一である旨を説明し、どちらの医療用医薬品を処方して欲しいか希望を聴取し、患者に選択させる場合や、医師が処方箋に商品名ではなく成分名で記載し、薬局において、薬剤師が患者に原告商品と被告商品のいずれがよいか選択させる場合があるかもしれないが、後記イのとおり、患者が、被告商品の商品名(商標)を見ないで、被告カプセル及び被告PTPシートの色彩構成のみを見て、被告商品を原告商品と誤認・混同して選択、服用する可能性はない。
(イ) 保険医療機関ないし保険調剤薬局は、患者を治療することで保険機関から診療報酬ないし調剤報酬を得ている。患者に投与する医療用医薬品の決定、処方は、医師らが提供する一連の医療サービス行為の一環であって、薬剤の販売行為(分類は第5類)に当たらず、診察や診断行為を抜きにして医師らが医療用医薬品のみを提供することはあり得ない。保険医療機関等が受ける診療報酬等は、一連の行為に対するものであって、特定の医療用医薬品に対するものではない。
 患者が病院や調剤薬局に支払う医療用医薬品についての金員は、患者に対する療養給付に際して、保険者が保険医療機関及び保険調剤薬局に対して支払う診療報酬のうち、患者が負担すべき一部分担金にすぎず、医療用医薬品の購入代金ではない。そのため、患者の一部負担金には消費税は課税されない。
 したがって、患者は医療用医薬品を購入するのではなく、療養給付として医療用医薬品の支給を受けているにすぎないのであって、不正競争防止法上の「需要者」に当たらない。
イ 医師が患者に対し、原告商品と被告商品とで成分、薬効が同一である旨を説明し、どちらの医療用医薬品を処方して欲しいか希望を聴取し、患者に選択させる場合や、医師が処方箋に商品名ではなく成分名で記載し、薬局において、薬剤師が患者に原告商品と被告商品のいずれがよいか選択させる場合があるかもしれない。しかし、医師、薬剤師には医療用医薬品についての情報開示義務があるのであって、原告商品の商品名(商標)と被告商品の商品名(商標)とを当然最初に説明するはずである。このような場合、医師、薬剤師は、患者に選択させる前に、患者に対し、一方が先発医薬品であり、他方が後発医薬品であること、両者の成分、効能が同一であること、後発医薬品の方が廉価であることを説明するはずである(なお、成分名で処方が行われた場合、同一成分の後発医薬品に関する情報等を薬剤師が患者に説明し、患者の同意を得て後発医薬品を調剤した場合には、医薬品品質情報提供料として、調剤報酬が10点、すなわち100円分加算されることになっている。)。したがって、カプセルやPTPシートのみを示して商品を説明し、患者に選択をさせることはあり得ない。
 そうすると、患者が、被告商品の商品名(商標)を見ないで、被告カプセル及び被告PTPシートの色彩構成のみを見て、被告商品を原告商品と誤認混同するおそれはない。
ウ 仮に患者において原告商品と被告商品とを混同することがあるとしても、それは商品の取引が終了した後の時点でのことであって、不正競争防止法上問題となる混同ではない。
(3) 原告の主張に対する反論
ア 病院等において、取扱いの便宜上、同一の種類、薬効の薬剤を隣同士の棚や同一のカテゴリーの棚においてあることが通常であるため、色彩構成が類似する医療用医薬品を取り違える可能性があるとしても、これは取引過程における混同ではなく、医師等が患者に給付する医療用医薬品の選別、給付の過程における混同であって、本来的には薬事行政上の問題であるにすぎず、かかる混同の防止は商取引における不公正な競争の排除を目的とする不正競争防止法の対象とはなり得ない。
 原告は薬事行政上の対象となり得る混同の防止の問題と、商取引を対象とする不正競争防止法上の混同の問題とを、混同して議論しているものである。
イ 原告商品を長年にわたって取り扱う医師及び薬剤師が、原告商品の名称から原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成を想起することはあり得るが、多数の医療用医薬品がある中で、上記色彩構成のみから原告商品の名称を想起することはあり得ない。医師及び薬剤師は、医療用医薬品の処方、選別、投与に際して、必ずPTPシートに表示される商品名を確認しているはずである。
ウ 胃潰瘍患者の平均的治療期間は概ね20日程度であり、このような短期間の途中で、当初処方した先発医薬品を後発医薬品に切り替えることはなく、通常、新規患者に徐々に後発医薬品を処方していくはずである。治療途中で患者が被告商品を原告商品と混同して服用することは現実には起こり得ない。
 しかも、医療用医薬品の一般的広告は禁止されているから、患者は医師から処方され、医療用医薬品を給付されて初めて当該医療用医薬品のカプセル及びPTPシート等の色彩構成を認識することになる。仮に、患者が医師に対して特定の医療用医薬品を希望する場合があったとしても、商品名をもって特定されるはずであり、カプセルやPTPシートの色彩構成に基づいて選択されることはなく、原告商品と被告商品の混同は生じない。
4 争点(4)(損害の有無及び額)について
〔原告の主張〕
 被告は、遅くとも平成14年3月以降、被告商品を販売しており、同月から本訴提起日までの売上金額は1776万3000円を下らない。
 被告の利益率は50パーセントを下らないから、被告が被告商品の販売行為によって得た利益の額は上記売上金額に利益率50パーセントを乗じて得た888万1500円を下らない。
 そうすると、原告が被告の上記行為によって被った損害の額は、888万1500円を下らない。
〔被告の主張〕
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 原告商品と被告商品の形状等
 前記争いのない事実に証拠を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告商品
ア 原告商品は、別紙原告標章目録1記載のとおり、蓋をなす部分が概ね緑色(正確には灰青緑色)で、蓋をされる部分が概ね白色(正確には淡橙色)で構成されたカプセル(原告カプセル)に薬剤が収められており、蓋をなす緑色の部分及び蓋をされる白色の部分の双方に識別コード「SX50○(編注;○の箇所に原告会社のロゴが入っている)」が赤色で印刷されている。
 さらに、原告カプセルは、別紙原告標章目録2及び3記載のとおり、PTPシート(原告PTPシート)に収納されているが、原告PTPシートは表面及び裏面とも銀色地となっており、シートの表面の上部(耳部)には原告の英字による標章(楕円の内部に「Eisai」とあるもの)や、商品名「セルベックス50mg」が青色で印刷され、かつカプセル収納部分の下部に相当する部分に幅広の縞模様が青色で印刷されている。他方、シートの裏面の上部には、商品名「Selbex50mg」等が青色で印刷され、その余の部分には、商品名「セルベックス50mg」や「SX50○(編注;○の箇所に原告会社のロゴが入っている)」の文字、カプセルの取り出し方を示す図等が青色で印刷されている(乙1)。
イ 原告カプセルが封入された原告PTPシートは、複数枚がまとめられて緑色の原告カートンに収納される。原告商品は、原告から代理店を経由して病院ないし薬局に販売されているものであり、病院ないし薬局に到達するまでは原告カートンに収納された状態である。
 100カプセル入りの原告カートンの上面には、大きく白抜き文字で「胃炎・胃潰瘍治療剤 セルベックス<R>カプセル 50mg」と記載され、また、原告の英字による標章(楕円の内部に「Eisai」とあるもの)及び商号等が黒字で記載されている。なお、原告カートンの側面には、黒字で「胃炎・胃潰瘍治療剤 セルベックス<R>カプセル 50mg」と記載されている(乙5)。
ウ 原告商品の色彩構成は、前記第2の1(2)イのとおり、カプセルが緑色及び白色の2色からなり、PTPシートが銀色地に青色の文字等が付されているというものであり、また、昭和59年12月の発売以来、一貫してこの色彩構成を採用しているものである(弁論の全趣旨)。
(2) 被告商品
ア 被告商品は、別紙被告標章目録1記載のとおり、蓋をなす部分が概ね緑色で、蓋をされる部分が概ね白色で構成されたカプセル(被告カプセル)に薬剤が収められており、蓋をなす緑色の部分及び蓋をされる白色の部分の双方に識別コード「TPR237」が赤色で印刷されている。
 さらに、被告カプセルは、別紙被告標章目録2及び3記載のとおり、PTPシート(被告PTPシート)に収納されているが、被告PTPシートは表面及び裏面とも銀色地となっており、シートの表面の上部(耳部)には商品名「セループカプセル50mg」が青色で印刷され、また表面のその余の部分には、被告の英字による標章(アルファベットの「t」とこれを囲む塗りつぶされた円からなるもの)、「237」との識別コード、有効成分の含有量を示す四角い枠で囲まれた「50mg」の文字が青色で印刷されている。他方、シートの裏面の上部には、商品名「CELOOP50mg」が青色で印刷されており、その余の部分には、商品名「セループカプセル 50mg」やカプセルの取り出し方を示す図等が青色で印刷されている(乙1)。
イ 被告カプセルが封入された被告PTPシートは、複数枚がまとめられて白色のカートン(以下「被告カートン」という。)に収納される。
 100カプセル入りの被告カートンの上面左側には、大きく緑色の文字で「CELOOP」、「胃潰瘍治療剤 セループ<R>カプセル 50mg」などと記載され、また、被告のマーク等が緑字で記載されている。また、被告カートンの上面右下側には、被告の英字による標章(アルファベットの「t」とこれを囲む塗りつぶされた円からなるもの)と製造販売元として被告の商号が記載されている。なお、被告カートンの側面には、緑色の文字で大きく「胃潰瘍治療剤 セループカプセル<R>カプセル 50mg」などと記載されている(乙5)。
2 争点(1)(商品等表示性)について
(1) カプセル及びPTPシートの商品等表示性
 不正競争防止法2条1項1号において、「商品等表示」とは、「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するもの」と規定されている。医薬品のカプセルやPTPシートは、上記「商品の容器若しくは包装」に当たるから、同号にいう「商品等表示」に当たり得る。
 被告は、原告商品は原告カートンに収納された状態で販売され、原告カプセルや原告PTPシートが露出した状態で取引されることはなく、その原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が商品取引の際に需要者の目に触れることはないから、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成は、そもそも不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」には当たる余地がない旨主張する(前記第3の1〔被告の主張〕(1)イ)。
 なるほど、原告商品は、原告から代理店を経由して病院ないし薬局に販売されているものであり、病院ないし薬局に到達するまでは原告カートンに収納された状態である(弁論の全趣旨)。しかしながら、1991年、1993年、1995年及び1998年の原告の製品便覧である「Current Manual of Eisai Products」(甲3の1ないし4)並びに「エーザイ 医療用医薬品添付文書集 2003」(乙7)において、原告商品が原告カプセル及び原告PTPシートの写真を用いて掲載されている。また、原告が取引先に対して配布した「新発売ご案内」と題する原告商品のリーフレット(甲4の1)でも、原告カプセルの写真が原告カートンの写真とともに掲載されており、原告商品のリーフレット(甲4の2及び3)や原告のホームページにおける医療用医薬品製品一覧の原告商品のページ(甲14)でも、原告カプセル及び原告PTPシートの写真が掲載されている。さらに、橘敏也著「薬の事典 ピルブック 第15版(2005年版)」(甲5)の表紙には原告カプセルの写真が、科学的根拠に基づく胃潰瘍診療ガイドラインの策定に関する研究班編集「EBMに基づく胃潰瘍診療ガイドライン」(甲6)中の「テプレノン」に関するページ及び郷龍一編集「写真でわかる処方薬事典」(甲7)の「テプレノン」に関するページには原告カプセル及び原告PTPシートの写真が、それぞれ掲載されている。
 そうすると、少なくとも原告商品を購入すべき医療機関ないし薬局において、購入前に原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成を全く目にする余地がないとはいえないから、取引の際に原告カプセル及び原告PTPシートが露出していないことの一事をもって、上記色彩構成が不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に当たる余地がないということはできない。このように、取引の際に原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が露出していないという事実は、需要者が商品を識別、選択する際に上記色彩構成が果たす役割が小さいことを示すにすぎないものである。
(2) カプセル及びPTPシートの色彩構成の商品等表示性
 不正競争防止法2条1項1号は、他人の周知な商品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用することをもって不正競争行為と定めたものであるところ、その趣旨は、周知な商品等表示の有する出所表示機能を保護するため、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止することにより、もって事業者間の公正な競争を確保することにある。
 医薬品のカプセルやPTPシートは、「商品の容器若しくは包装」として同号にいう「商品等表示」に当たり得ることは前記(1)に判断したとおりであるが、その色彩や、複数の色彩の組合せである色彩構成については、商標等と異なり、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではない。そうであっても、カプセルやPTPシートの色彩自体がカプセルやPTPシートと結合して特定の出所を表示する二次的意味を有するに至る場合があり、その場合には、これが同号にいう「商品等表示」に当たることになる。他方、色彩は、本来何人も自由に選択して使用することができるものであり、商標法においては、文字、図形、記号等と結合して商標となり(商標法2条1項)、意匠法においては、物品の形状、模様等と結合して物品の意匠となるものである(意匠法2条1項)。また、不正競争防止法2条1項1号の趣旨は上記のとおりであり、カプセルやPTPシートの色彩自体を当該事業者に独占させることを目的とするわけではない。そして、カプセルやPTPシートの色彩自体が上記「商品等表示」に該当し、当該色彩を有するカプセルやPTPシートを使用した商品の販売行為が同号に該当するとすると、その場合には、カプセルやPTPシートについて、当該色彩の使用そのものが禁止されることになり、結果的に、商標権や意匠権等工業所有権制度によることなく、本来何人も自由に選択して使用できるはずの色彩を使用したカプセルやPTPシートを用いた、同種の商品の販売が禁じられ、第三者の市場への参入を阻害し、これを特定の事業者に独占させることになる。
 したがって、医療用医薬品のカプセルやPTPシートの色彩自体が特定の出所を表示する二次的意味を有し、不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に該当するためには、@ そのカプセルやPTPシートの色彩が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)、かつ、A そのカプセルやPTPシートの色彩が特定の事業者によって長期間独占的に使用され、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者においてその色彩を有するカプセルやPTPシートが特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていること(周知性)を要すると解するのが相当である。
(3) 原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成の特別顕著性
ア 原告は、原告商品の緑色と白色の2色からなるカプセル及び銀色地に青色の文字等のデザインを付したPTPシートの色彩構成(原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成)をもって、商品等表示に該当する旨主張する。
イ 被告の研究開発部課長代理A作成の報告書(乙2)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 原告商品の有効成分であるテプレノンを含有する消化性潰瘍治療剤に係る原告の特許権(特許第1495088号)の存続期間は平成9年7月に満了し、同特許権は消滅したが、このころから原告商品の後発医薬品が発売されるようになった。原告商品の後発医薬品は、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成と同様の色彩構成を採用したものが多かった。
 なお、原告は、平成17年3月、原告商品の後発医薬品メーカー10社に対し、本件訴訟と同様、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成と同様の色彩構成の使用が不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に当たるとして、訴訟を提起した。
(イ) 緑色系の色と白色系の色の2色の組合せによる色彩構成のカプセルと、銀色地に青色系の色の文字等が付されているPTPシートの双方が用いられている医療用医薬品としては、平成17年5月24日現在で、胃潰瘍治療剤の効能効果を有する医療用医薬品に限ってみても、@アルフレッサファーマ製「ニザチジンカプセル150mg『OHARA』」、A共和薬品工業製「テルペノンカプセル50mg」、B沢井製薬製「セフタックカプセル50」、C同「ニザチンカプセル150」、Dゼリア新薬工業製「アシノンカプセル150」、E被告製「アテミノンカプセル150mg」、F長生堂製薬製「アントベックスカプセル50mg」、G鶴原製薬製「デムナロンカプセル」、H東和薬品製「エクペックカプセル」、I日本医薬品工業製「コバルノンカプセル」、J明治薬品・大正薬品工業製「セルテプノンカプセル50mg」、Kメルク・ホエイ製「セルパスカプセル」及びL陽進堂製「アンタゴスチンカプセル」の13商品(乙2の添付資料3−2)、Mアズウェル製「ニザチジンカプセル150mg『OHARA』」(乙2の添付資料1。以下、これらの医療用医薬品を、その番号に従って「薬剤@」などという。)並びに原告商品及び被告商品の少なくとも合計16商品がある。
(ウ) 緑色系の色と白色系の色の2色の組合せによる色彩構成のカプセルの医療用医薬品としては、前記(イ)の時点で、医療用医薬品全体では旭化成ファーマ製「シンクルカプセル」等の少なくとも49商品(乙2の添付資料3。原告商品及び被告商品を含む。)及びアズウェル製「ニザチジンカプセル150mg『OHARA』」(薬剤M、乙2の添付資料1−2)の少なくとも合計50商品がある。
 また、これを胃潰瘍治療剤の効能効果を有する医療用医薬品に限ってみても、アルフレッサファーマ製「ニザチジンカプセル75mg『OHARA』」等の32商品(乙2の添付資料3−2。原告商品及び被告商品を含む。)及びアズウェル製「ニザチジンカプセル150mg『OHARA』」(薬剤M、乙2の添付資料1−2)の少なくとも合計33商品がある。
(エ) 銀色地に青色系の色の文字等が付されているPTPシートを用いた医療用医薬品であって、カプセルが用いられているものとしては、前記(イ)の時点で、医療用医薬品全体では、旭化成製「エフペニックスカプセル」等の66商品(乙2の添付資料1。原告商品を含む。)及びアルフレッサファーマ製「ニザチジンカプセル150mg『OHARA』」(薬剤@)等の13商品(乙2の添付資料3−2。被告商品を含む。なお、ゼリア新薬工業製「アシノンカプセル150」は、同添付資料1と同添付資料3−2の双方に重複して記載されている。)の少なくとも合計79商品がある。
 また、これを胃潰瘍治療剤の効能効果を有する医療用医薬品に限ってみても、小野薬品工業製「ロノックカプセル」等の9商品(乙2の添付資料1−2。原告商品を含む。)及びアルフレッサファーマ製「ニザチジンカプセル150mg『OHARA』」(薬剤@)等の13商品(乙2の添付資料3−2。被告商品を含む。ゼリア新薬工業製「アシノンカプセル150」が2つの資料に重複して記載されていることは上記のとおり。)の少なくとも合計22商品がある。
ウ 上記認定のとおり、原告商品の色彩構成は、緑色系の色と白色系の色の2色の組合せによる色彩構成のカプセルと、銀色地に青色系の色の文字等が付されているPTPシートの双方が用いられている、胃潰瘍治療剤の効能効果を有する医療用医薬品に限ってみても、原告商品及び被告商品を含めて少なくとも16商品も存在し、ありふれたものといわざるを得ない。また、同様に胃潰瘍治療剤の分野に限定して、緑色系の色と白色系の色の2色の組合せによる色彩構成のカプセルが用いられている医療用医薬品は、原告商品及び被告商品を含めて少なくとも33商品も存在し、また、銀色地に青色系の色の文字等が付されているPTPシートが用いられている医療用医薬品は原告商品及び被告商品を含めて少なくとも22商品も存在し、胃潰瘍治療剤に限定しなければさらに多数の医療用医薬品が存在するから、これらの各色彩構成は、よりありふれたものといわざるを得ない。そして、一般に、緑色系と白色系の組合せや銀色地に青色系の文字の組合せが特異なものといえないことを合わせ考慮すれば、原告カプセル及び原告PTPシートの上記色彩構成は、医療用医薬品としても他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているとはいい難い。
 また、少なくとも原告商品の後発医薬品についてみても、平成9年7月以降、8年以上にわたって、緑色及び白色の2色からなるカプセル及び銀色地に青色の文字等を付したPTPシートの色彩構成を使用してきており、仮に原告が胃潰瘍治療剤の効能効果を有する医療用医薬品としては初めてこの色彩構成を原告商品に採用したものであるとしても、原告による上記色彩構成の独占は相当程度長期間にわたって確保されなかった結果、その特徴が希釈化されてしまったものといわざるを得ない。
 したがって、現時点においてはもちろん、原告が損害賠償請求について損害の発生期間として主張する平成14年3月から平成17年3月までの時点においても、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が胃潰瘍治療剤の分野において顕著な特徴を有しているとはいえない。
エ 小括
 以上によれば、原告カプセルや原告PTPシートの色彩が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているということはできず、特別顕著性が認められない。
オ 原告の主張について
(ア) 原告は、上記報告書(乙2)の添付資料3記載の薬剤のうち10種の薬剤は、現在原告との間で訴訟が係属している原告商品の後発医薬品であるところ、原告商品の後発医薬品が発売される平成9年ころまでは、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成と同一ないし類似の色彩構成を有する胃潰瘍治療剤は、原告商品以外には存在していなかったし、また、胃潰瘍治療剤に限らず、原告商品とその後発医薬品を除くと、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成と同一ないし類似の色彩構成を有する医療用医薬品は、原告商品以外には存在していないから、上記色彩構成には特異性があるなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(1)ア)。
 しかし、そもそも、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が周知商品等表示に当たるか否かは、差止請求については本件口頭弁論終結時、損害賠償請求については損害の発生期間として主張する平成14年3月から平成17年3月までを検討すべきであるから(最高裁昭和61年(オ)第30、31号同63年7月19日第三小法廷判決・民集42巻6号489頁)、平成9年以前の状況が直接問題になるわけではない。また、上記色彩構成の特別顕著性は、需要者にとって当該色彩構成が顕著な特徴を有するか否かの問題であって、原告商品の後発医薬品を除外して考える合理性はない。また、仮に10社もの後発医薬品メーカーが、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成に類似させた色彩構成を採用して後発医薬品を販売していた結果、類似の色彩構成の同種商品が氾濫すれば、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成から需要者が抱く観念と原告商品との結びつきは大きく減弱するといわざるを得ないから、類似する色彩構成を採用した後発医薬品の販売を早期に阻止できなかった以上、原告の上記主張はいずれも失当である。さらに、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成と類似した色彩構成を有する薬剤@ないしMのうち、薬剤@、C、D、E及びMの5商品は、原告商品の後発医薬品以外の医療用医薬品であるから(甲7)、仮に原告商品の後発医薬品を除外してみたとしても、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が胃潰瘍治療剤の分野において顕著な特徴を有するものであるということはできない。
(イ) 原告は、薬剤D及びMの医療用医薬品は、カプセルの蓋をなす部分に使用されている色が黄緑色であって、原告カプセルの蓋をなす部分に使用されている濃い緑色とは全く異なるなどと主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(2)ア(イ))。
 しかしながら、原告自身が原告カプセルの色彩について、正確には灰青緑色であるものを「緑色」と表現し、正確には淡橙色であるものを「白色」と表現して主張していることにかんがみれば、特別顕著性の判断の場面のみにおいて色相及び濃淡を厳密に区別するのは相当でない。また、需要者においては、カプセルの着色の濃淡等にはさほど関心がなく、格別注意を払わないのが通常であると推認されるところ、原告カプセルの蓋をなす部分と薬剤D及びMのカプセルの蓋をなす部分の緑色の濃淡の違いはそれほど大きくなく(なお、薬剤@は薬剤Mと同一の色彩構成を有する。)、離隔的に観察したときには両者を識別することが必ずしも容易でないから、薬剤D及びMの色彩構成をも考慮して原告カプセルの色彩構成の特別顕著性を判断しても差し支えないというべきである。そして、胃潰瘍治療剤の需要者の中に胃潰瘍患者が含まれ、高齢の胃潰瘍患者のうちには、白内障による水晶体の黄変のために淡い色の違いの識別が困難となり、色相差や誘目性の大きい色を採用することが重要となっていること(甲10)は、原告自ら主張するところである。このことに照らしても、上記程度の濃淡の違いは、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が顕著な特徴を有するものであるか否かを判断する上で重要なものとは解されない。
(ウ) 原告は、医師及び薬剤師等の医療関係者は原告商品を原告カートンから取り出し、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成を視認できる状態で原告商品を選別するのであって、医療関係者においては原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成のみからこれが原告の製造販売に係る商品であると認識されるに至っている旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(1)エ、オ)。
 しかしながら、医療関係者において原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成によって原告商品を他の胃潰瘍治療剤ないし医療用医薬品一般から識別していることを認めるに足りる証拠はない。前記イ認定のとおり、蓋をなす部分が緑色系で、蓋をされる部分が白色系のカプセルを採用した医療用医薬品が多数あること、銀色地に青色系の文字を付したPTPシートを採用した医療用医薬品が多数あること、両者の特徴を兼ね備える医療用医薬品も多数あること、これらの中には原告商品の後発医薬品以外のものも含まれていることにかんがみると、細心の注意力をもって医薬品を選別すべきことが要求されている医療関係者が、カプセル及びPTPシートの色彩構成から薬剤を識別するのは、誤投薬が生じる危険性の高い極めて不適当な行為であるといわざるを得ないから、原告が主張するような識別がされているとは考え難く、せいぜい医療関係者は商品名(薬剤名)による識別の補助として、医療用医薬品の色彩構成の違いを利用しているにすぎないというべきである(なお、前記のとおり、病院ないし薬局に至るまで、原告商品は原告カートンに封入されて原告カプセル及び原告PTPシートが露出しない状態で取引されるから、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が商品識別に果たす役割は極めて小さい。)。厚生省医薬安全局長が各都道府県知事にあてて発した通達「医療事故を防止するための医薬品の表示事項及び販売名の取扱いについて」(医薬発第935号)においても、医療事故防止のために、和文販売名を概ね2錠(カプセル)分のシートに1箇所ずつ記載するよう求めており(乙6の別添4)、この通達は医療関係者が商品名で医療用医薬品を識別していることを前提とするものということができる。
(エ) 原告は、胃潰瘍患者は原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成を視認できる状態で原告商品を選別するから、胃潰瘍患者においては原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成のみからこれが原告の製造販売に係る商品であると認識されるに至っている旨を主張する(前記第3の1〔原告の主張〕(1)エ及び(2)イ(イ))。
 しかしながら、胃潰瘍患者が不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者」に含まれるとしても、胃潰瘍患者が、原告商品を原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成によって他の胃潰瘍治療剤ないし医療用医薬品一般から識別していることを認めるに足りる証拠はない。
 原告商品は、医師による処方箋がないと入手できない性格の医療用医薬品であり、医師等が処方箋に商品名を記載して服用すべき医療用医薬品を指定した場合には、病院内で医療用医薬品の交付を受ける院内処方のときでも、病院外の薬局で処方箋に基づいて医療用医薬品の交付を受ける院外処方のときでも、胃潰瘍患者による医療用医薬品の選択の余地はない。
 一方、医師等が服用すべき医療用医薬品を指定するに当たり、処方箋に有効成分の一般名称を記載した場合には、当該有効成分を含有する医療用医薬品の範囲内で胃潰瘍患者による医療用医薬品の選択が可能となるが、前記イのとおり、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成と同一ないし類似の色彩構成を有する医療用医薬品は多数存在するから、調剤薬局等において商品名を用いた説明等をせずに医療用医薬品を胃潰瘍患者に選択させたり、これを交付しているとは考え難いし、商品名を用いた特定や誤服用を防ぐ工夫がされているものと推認される。カプセル及びPTPシートの色彩構成のみで医療用医薬品を識別するときは、誤服用の危険性が高いから、胃潰瘍患者においても色彩構成のみから原告商品を識別するとは考え難い。また、仮に、胃潰瘍患者が、原告商品と取り違えてこれと同一ないし類似の色彩構成を有する医療用医薬品を服用したとしても、それは取引行為が完全に終了した後の事故であって、不正競争防止法が対象とする不正競争行為とは関係がない。
(4) 周知性
 原告は、平成4年以来毎年1000人前後のMRを投入して原告商品の情報伝達活動を行っており(甲2)、原告商品のリーフレット等を配布し(甲3の1ないし4、4の1ないし3)、自己のホームページで原告商品を紹介し(甲14)、平成8年には約10億カプセル、456億円の年間売上高を上げるに至ったものである(甲11、12)。原告は、後発医薬品が製造販売されるに至った平成9年までの13年間原告商品を独占的に販売し、相当数の売上げを上げたものではあるが、原告商品の処方ランキング(甲15)は原告自らが各社の推定処方数から推定した客観性に乏しいものであるし、胃潰瘍治療剤全体ないしカプセル及びPTPシートを用いた医療用医薬品全体の売上高や処方数は証拠上明らかでない。
 前記2(1)のとおり、「薬の事典 ピルブック 第15版 (2005年版)」の表紙や「EBMに基づく胃潰瘍診療ガイドライン」及び「写真でわかる処方薬事典」の「テプレノン」に関する項目で原告カプセル及び原告PTPシートの双方又は前者のみの写真がそれぞれ掲載されているものの(甲5ないし7)、これらに掲載されていることから直ちに、商品名とは別に原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が医師、薬剤師等の医療関係者及び胃潰瘍患者に広く浸透しているとまではいえない。
 そうすると、原告商品が一定期間独占的に販売され、宣伝広告がされたとしても、商品やその名称の出所表示機能とは別に、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成が原告の出所を表示するものとして周知になっているとまでは必ずしもいい難い。
(5) まとめ
 以上のとおり、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成は、医療用医薬品全体ではもちろん、胃潰瘍治療薬の中でも、顕著な特徴を有しているとはいえず、需要者においてこれを用いて商品を識別しているとはいい難いから、いかに多数の原告商品が販売されたとしても、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成には自他商品識別機能ないし出所表示機能はなく、不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」には該当しないというべきである。
3 争点(3)(混同のおそれ)について
 前記2(3)オ(ウ)に判示したとおり、医師、薬剤師等の医療関係者は、医療用医薬品をその商品名で識別しており、また、細心の注意力をもって医薬品を選別すべきことが要求されるのであるから、カプセル及びPTPシートの色彩構成による出所の混同のおそれがあるとはいえない。また、前記2(3)オ(エ)に判示したとおり、仮に、胃潰瘍患者を不正競争防止法2条1項1号の「需要者」に含めたとしても、胃潰瘍患者も上記色彩構成により医療用医薬品を識別しているとはいえないから、被告商品の色彩構成による混同のおそれがあるとはいえない。
4 結論
 以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 部眞規子
 裁判官 中島基至
 裁判官 田邉実


別紙略
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/