判例全文 | ||
【事件名】中村元法相への名誉棄損事件 【年月日】平成17年11月17日 東京地裁 平成16年(ワ)第5535号 損害賠償等請求事件 (口頭弁論終結日 平成17年9月15日) 判決 原告 中村企業株式会社(以下「原告会社」という。) 同代表者代表取締役 A 原告 B 原告ら訴訟代理人弁護士 三宅弘 同 小町谷育子 被告 株式会社光文社 同代表者代表取締役 C 同訴訟代理人弁護士 山之内三紀子 同 西畑博仁 主文 1 被告は、Bに対し、金110万円及びこれに対する平成15年9月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告会社の請求及びBのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は、原告会社に生じた費用全部と被告に生じた費用の2分の1を原告会社の、Bに生じた費用の15分の14と被告に生じた費用の15分の7をBの、その余を被告の各負担とする。 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告らに対し、各自金1075万円及びこれに対する平成15年9月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、別紙1記載の謝罪広告を別紙2記載の条件で1回掲載せよ。 第2 事案の概要 本件は、記事作成時衆議院議員であったB及びBが100%株式を所有する原告会社が、被告が発行する写真週刊誌「FLASH」に掲載された記事によって、それぞれその名誉が毀損されたとして、被告に対し、不法行為に基づき、慰謝料の支払及びこれに対する不法行為の日からの民法所定の割合による遅延損害金の支払並びに謝罪広告の掲載を求めた事案である。 これに対し、被告は、上記記事は原告らの社会的評価を低下するものではない、仮に低下するものであるとしても、上記記事は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったものであって、摘示された事実がその重要な部分について真実である、そうでなくとも、その事実を真実であると信じるについて相当の理由があるから、違法性が阻却されると主張し、原告らの請求を全面的に争っている。 1 前提事実(事実認定の根拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。) (1) 当事者等 ア 原告ら(甲1、2、5の1、18、証人D、弁論の全趣旨) (ア) 原告会社は、観光事業及びホテル業等を目的とする会社であり、沖縄県石垣市字ab番c並びに同de番f、同g、同h番i、同j及び同kの土地(別紙図面1の青線で囲まれた土地)上で、「石垣シーサイドホテル」という名称のホテルを経営している。 (イ) B(昭和9年7月18日生。)は、昭和54年に衆議院議員選挙に初当選して以後、9期連続で衆議院議員(自由民主党所属)を務め、その間、環境庁長官(平成3年)、大蔵政務次官(平成8年)、法務大臣(平成10年)等の要職を歴任した。 Bは、原告会社の発行済み株式を100パーセント保有しており、平成3年5月まで原告会社の代表取締役を務めていた。また、Bの妻であるEは、平成14年5月24日、原告会社の取締役に就任した。 (ウ) Dは、原告会社の取締役を務めており、主に渉外事務を担当している。 イ 被告 被告は、図書及び雑誌の出版等を目的とする株式会社であり、「FLASH」という名称の写真週刊誌を発行している。 (2) 原告会社による土地購入及び所有権移転登記手続(甲6、10、乙13の1ないし4、平成16年11月10日付那覇地方法務局石垣支局に対する調査嘱託の結果(乙16)) ア 原告会社は、石垣シーサイドホテルの敷地に隣接する原告会社所有土地(石垣市字dh番l及び同mの土地(別紙図面1の黄線で囲まれた土地))上にコテージを建設する計画を立て、石垣市が所有する隣接土地(同所h番nの土地(以下「本件土地」という。))を賃借することを計画した。 原告会社は、平成13年10月ころ、かねてから本件土地を石垣市から賃借していたFに、500万円を支払い、石垣市との間の賃貸借契約の解除を申し込み、Fは、その申込を承諾し、その賃貸借契約を解除した。 その上で、石垣市と原告会社は、同年12月28日、本件土地について、貸主を石垣市、借主を原告会社、期間を平成14年1月1日から平成19年12月31日まで、地代を月額4万0896円とする内容の賃貸借契約を締結した。 イ 石垣市と原告会社は、平成14年6月27日、本件土地について、売主を石垣市、買主を原告会社、代金を3583万円とする売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。 本件売買契約締結の際、本件土地の登記簿上の地目が「畑」であって、売買に際しては農地転用許可(農地法5条1項)が必要であったが、石垣市及び原告会社は、同許可を取得しなかった。 石垣市は、同月28日、那覇地方法務局石垣支局に対し、本件土地について、石垣市から原告会社への所有権移転登記手続の嘱託を行った。なお、同登記嘱託書には、農地転用許可書は添付されていなかった。上記登記嘱託を受けて、同支局登記官であるGは、本件土地について、同日付けで石垣市から原告会社への所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記」という。)を行った。 また、同年10月15日、本件土地については、債務者を原告会社、抵当権者を沖縄振興開発金融公庫とする抵当権設定登記(以下「本件抵当権設定登記」という。)がされた。 原告会社は、本件土地の造成及びコテージの建設について、同年12月16日、沖縄県知事から都市計画法の規定に基づく開発許可の必要がないことの証明を受け、同月26日、石垣市の建築主事から確認済証(建築基準法6条1項)の交付を受けた後、本件土地において、コテージの建設を開始した。 ウ しかし、その後、本件売買契約に関して農地転用許可がされていないことが判明し、原告会社と石垣市は、本件売買契約をいったん解消することにし、同時に原告会社と沖縄振興開発金融公庫との間の抵当権設定契約についても同様の措置がとられることになった。その上で、本件抵当権設定登記は、平成15年4月30日、「平成15年4月24日放棄」を原因とする抹消登記手続がされ、また、本件所有権移転登記については、同年5月1日、「錯誤」を原因とする抹消登記手続がされた。 その後、石垣市は、原告会社と共に、本件土地について、沖縄県知事から農地転用許可を取得し、改めて原告会社への所有権移転登記手続の登記嘱託を行い、同年6月30日、「平成15年6月26日売買」を原因とする原告会社への所有権移転登記が経由された。 また、同年7月7日、本件土地について、登記簿上の地目を「畑」から「宅地」に変更する登記がされた。 (3) グランドゴルフ場の樹木の伐採(甲5の2、16、20の3、証人D) 原告会社は、石垣シーサイドホテルに隣接する沖縄県石垣市字ao番のp土地(別紙図面2の黄色で囲んだ土地)を賃借して、グランドゴルフ場(以下「本件グランドゴルフ場」という。)を設置するため、平成14年9月26日、石垣市に対し、同土地上の樹木の伐採に係る届出(甲16)をした上で、その樹木の約80パーセントを伐採した。 (4) 被告による記事の掲載 被告は、平成15年9月16日発売の写真週刊誌「FLASH」9月16日号(甲4。以下「本誌」という。)において、「違法と糾弾されたB元法相『石垣島リゾート開発』」、「問題続出で大臣の椅子から降りた大物代議士が、懲りずにゴリ押しする計画をスッパ抜く」という見出し(以下「本件見出し」という。)の下に、別紙3のとおりの記事(本件見出しを含む。以下「本件記事」という。)を掲載し、これを全国で販売して不特定多数の者に閲読させた(以下、別紙3の本件記事の@ないしHの各番号で囲った記事部分を、それぞれ「本件記事部分@」ないし「本件記事部分H」という。)。 なお、本件記事は、被告の「FLASH」編集部所属の記者であるHが原案を作成し、同編集部において推敲、作成されたものである(乙15、証人H)。 2 争点 (1) 摘示事実及び社会的評価の低下について (原告らの主張) ア 本件記事は、個別又は相互に関連しつつ、原告らが、Bの政治家としての地位を利用して、農地法5条1項が定める農地転用許可が必要であることを知りながら、あえてその手続を取らずに、無理やり石垣市との間で市有地(本件土地)の売買契約(本件売買契約)を締結したとの事実等を摘示するものである。 (ア) 具体的には、本件見出し及び本件記事部分@ないしB、DないしF、Hは、相互に関連し合って、原告らが、石垣シーサイドホテルのコテージ建設のために石垣市から市有地を買い受けるに当たり、Bと石垣市長が特に懇意であることを利用して、また、Bが政治家としての地位を利用して石垣市に特別の利益を図った見返りとして、石垣市長及び同市幹部から便宜を受けて、農地転用許可が必要であることを知りながら、あえてその手続を取らずに無理やり土地売買契約を締結し、その手続を通すために石垣市に対して高額の売買代金を支払ったとの印象を与えるものである。 (イ) また、本件記事部分Cは、原告らが、石垣シーサイドホテルのコテージ建設のために石垣市から市有地を買い受けるに当たり、農地転用許可が必要であることを知りながら、あえてその手続を取らないで済むように、本件土地の既存の賃借人(A氏)に対し、本来必要でない金銭(裏金)を渡して、石垣市との間の土地賃貸借契約を解除してもらった上、農地転用許可を取得しないまま本件土地の売買契約を行うことについて裏工作・口止めをしたとの印象を与えるものである。 (ウ) そして、本件記事部分G、Hは、相互に関連し合って、Bが政治家という地位を利用して石垣市に原告らのリゾート開発を優先させているところ、原告会社が、市有地を借りてグランドゴルフ場を設置し、石垣市の許可を得て樹木を伐採した結果、当該市有地に隣接する牧草地に塩害(環境破壊)が生じたとの印象を与えるものである。 イ 本件記事は上記アのような印象を与えるのであって、原告らの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものであるから、被告は、原告らに対し、不法行為責任を負う。 (被告の主張) ア 原告ら主張の本件記事の摘示事実は、本件記事の内容を著しく曲解したものであり、一般の読者がこのような読み方をすることはあり得ない。 イ 本件記事は、国会議員で元法務大臣のBが原告会社の株式を100パーセント保有していること、原告会社は、石垣シーサイドホテルに隣接する市有地をコテージ建設用地として3583万円で購入したが、農地法に違反することを知りながら売買契約を締結したこと、農地法違反の売買として平成15年5月に原告会社の土地所有権がいったん抹消されたこと、同年6月に開発許可が下りて原告会社の所有地になったこと、原告会社が本件土地でサトウキビを栽培していたA氏に対して多額の現金を支払ったことを主たる内容とするものである。 ウ 本件記事によって原告らの社会的評価が低下したことは否認する。 (2) 違法性阻却、即ち公共の利害・公益目的・真実性の証明について (被告の主張) ア 公共の利害 本件記事の内容は上記(1)(被告の主張)のとおりであって、このように国会議員で元法務大臣という公的な立場にいる人物が100パーセント株式を有する株式会社が違法行為を行っている事実は、国民の重大な関心事であり、その事実摘示は一般的に公共の利害に関する事実である。 イ 公益目的 また、本件記事は、国会議員で元法務大臣でもあるBが100パーセント株式を保有する原告会社の石垣島リゾート開発に係る内幕を明らかにして、国会議員が経営権を有する会社の行状について一般国民に警鐘を鳴らすために掲載したものであり、専ら公益を図る目的で取材、記事編成、編集、発行がされたものである。 ウ 真実性 (ア) 被告主張の本件記事の主要部分について 国会議員で元法務大臣のBが原告会社の株式を100パーセント保有していること、原告会社は、石垣シーサイドホテルに隣接する市有地をコテージ建設用地として3583万円で購入したが、農地法に違反することを知りつつ本件売買契約を締結したこと、農地法違反の売買契約であったとして平成15年5月に原告会社の土地所有権がいったん抹消されたこと、同年6月に開発許可が下りて原告会社の所有地になったこと、原告会社が本件土地でサトウキビを栽培していたA氏に対して多額の現金を支払ったことについては、真実であることの証明がある。 すなわち、原告会社が農地法に違反することを知りつつ本件売買契約を締結した事実以外の事実が真実であることは争いがない。他方、一般に農地を農地以外の目的に使用する場合に転用許可が必要であることは常識の部類に属し、しかもBは元法務大臣で法務関係については当然精通しているはずであるところ、本件土地が農地(地目が「畑」)であることは登記簿を見れば一目瞭然でり、原告会社がこれを知らなかったとは考えられないこと、原告会社は本件売買契約締結前に農地転用許可手続が必要ではないかとの疑問を有していたこと、それにもかかわらず、最初に確認を行ってしかるべきである農業委員会に一切尋ねなかったことに照らすと、原告会社が農地法に違反することを知りつつ本件売買契約を締結したことは真実であるといえる。 (イ) 被告主張の本件記事の主要部分以外の点について 仮に、本件記事の主要部分が、被告主張を超えるものであるとしても、それが真実であることについての証明がある。 まず、本件記事において、原告会社がA氏に支払った金員を「裏金」と表現しているが、それは、A氏が借地人であった当時、本件土地について立退料を支払うべきなのは所有権者で賃貸人である石垣市であって、原告会社は何ら関係を有しておらず、立退料を支払う根拠がないにもかかわらず、原告会社が金員を支払ったことによる。 また、本件記事には、Bと石垣市長が親密な関係にあること、石垣市幹部が陳情で上京する際にはBの事務所を訪問していること、原告会社がホテルに隣接する市有地を借りてグランドゴルフ場を設置しているところ、樹木を伐採したために隣接する牧草地に塩害が起きていたこと、土地の一部は計画されている県道予定地に含まれていたことが記載されているが、いずれについても真実であることの証明がある。 (原告らの主張) 本件記事の主要部分は、上記(1)(原告らの主張)のとおりであるところ、それらの事実が虚偽であることは以下のとおりである。 ア 本件見出し及び本件記事部分@ないしB、DないしF、Hについて (ア) Bは、石垣市長と面識はあるものの、特に親密ではなく、繁華街でたびたび飲食をした事実もない。よって、原告らが、Bと石垣市長が特に懇意であることを利用して、石垣市長から便宜を受けて、農地転用許可を受けずに本件売買契約を締結したものではない。 また、Bは、衆議院に設置されている沖縄・北方特別委員会の委員であったから、石垣市の職員がいわゆる陳情のためにBを訪れることは何ら不自然なことではなく、Bと石垣市幹部は国会議員と地方公共団体の職員の通常の関係を有するにすぎない。よって、Bが政治家としての地位を利用して石垣市に特別の利益を図った見返りとして、同市幹部から便宜を受けて、農地転用許可の手続を取らずに本件売買契約を締結したものではない。 (イ) 原告らは、農地一般についてはともかく、本件土地について農地転用許可が必要であるということは認識していなかった。 Bは、国会議員で東京に在住しており、原告会社の経営に関与するような時間はなく、原告会社の経営は代表取締役社長が行っているため、本件売買契約の経過を知らなかった。よって、Bが、農地法が定める農地転用許可が必要であることを知りながら、あえてその手続を取らずに無理やり本件土地の売買契約を締結した事実はない。 他方、原告会社は、本件土地にコテージを建設するに当たり、当初、石垣市から本件土地を買い受けるのではなく、賃借することを計画していたのであるから、無理やり本件土地の売買契約を締結する必要はなかった。また、原告会社は、本件売買契約を締結する前に、農地転用許可手続が必要ではないかとの疑問を持ち、石垣市の売買担当者に問い合わせたところ、農地転用許可は不要であるとの回答を得た。そのため、原告会社としては、石垣市が諸法令に照らして農地転用許可は不要と判断したものと考え、また、本件土地の現況は雑種地・休耕地であったこともあり、その判断を信頼して本件売買契約を締結したのである。よって、原告会社が、農地法が定める農地転用許可の手続が必要であることを知りながら、あえてその手続を取らずに無理やり土地売買契約を締結した事実はない。 なお、原告会社は、本件売買契約締結後、コテージ建設の許可を得たため、石垣市(建築課)が、農地転用許可等の関連法規について調査した結果、本件土地の農地転用許可は不要であると判断したと考えた。 (ウ) 本件売買契約の代金3583万円は、石垣市が行った不動産鑑定に従って決定されたもので、公正な手続を経たものであり、原告会社が農地転用許可を取得しないまま手続を通すために高額の土地売買代金を支払ったのではない。 イ 本件記事部分Cについて 原告会社は、本件土地にコテージを建設するに当たり、当初、石垣市から本件土地を賃借することを計画していたが、そのためには、本件土地の既存の賃借人であるA氏に石垣市との賃貸借契約を解除してもらう必要があった。もっとも、農地の借地人が別の土地を賃借・耕作をして作物を収穫するには1、2年はかかるため、原告会社は、A氏に対し、石垣市との間で締結している本件土地の賃貸借契約の解除を申し入れるとともに、生業補償金として500万円を支払うことにしたのである。このように、原告会社は、立退料と同趣旨で生業補償を行うことを目的にA氏に対して金員を支払ったのであって、農地転用許可を取得しない土地売買契約を行うことについて裏工作・口止めを行うことを目的としたのではない。 また、原告会社は、本件土地にコテージを建設するに当たり、当初、石垣市から本件土地を買い受けるのではなく、賃借することを計画していたのであるから、A氏に対する金員の支払は、農地転用許可を取得しない土地売買契約を行うことについて裏工作・口止めをする目的で行ったのではない。 ウ 本件記事部分G、Hについて 原告会社は、グランドゴルフ場を設置する際、石垣市の伐採許可を得て樹木を伐採したが、隣接の牧草地に塩害(環境破壊)が発生した事実はなく、隣接地の所有者から塩害が発生した旨のクレームを受けたこともない。牧草にするイネ科の植物が塩害の被害を受けることは稀である。 (3) 故意・過失、即ち、相当性について (被告の主張) ア 被告主張の本件記事の主要部分について 原告会社が農地法に違反することを知りつつ本件売買契約を締結した事実以外の事実が真実であることは争いがないから、問題となるのは、上記事実である。 一般に農地を農地以外の目的に使用する場合に転用許可が必要であることは常識の部類に属し、しかもBは元法務大臣で法務関係については当然精通しているはずであるところ、本件土地が農地であることは登記簿を見れば一目瞭然であり、原告会社がこれを知らなかったとは考えられない。 よって、このような事実に照らすと、原告会社が農地転用許可手続が必要であることを知りながら、あえてその手続をとらずに本件売買契約を締結したと考えざるを得ない。 イ 被告主張の本件記事の主要部分以外の点について 仮に、本件記事の主張部分が被告の主張を超えるものであるとしても、下記のとおりであるから、被告において真実であると信じるにつき、相当の理由があったというべきである。 (ア) Bは、@平成3年5月に環境庁長官に就任するまで、原告会社の代表取締役であったこと、A本件記事を本誌に掲載した当時、Bの妻であるEが原告会社の取締役を務めていたこと、BBは、法務大臣であった当時、石垣島のホテル近くで別の業者が進めていたリゾート開発の違法行為をめぐって、法務省刑事局幹部に積極的に捜査するよう指示したこと、CBは、朝日新聞社から原告会社に関する取材を受けた際、「国会議員が企業をやってはいけないという憲法はない。政治資金は自分の会社からもらっている。」と代表取締役退任後も原告会社を「自分の会社」と名乗り、会社経営を示唆したこと、D本件記事中の写真は、原告会社の事務所前で撮影されたものであること等を総合すれば、Bと原告会社とは極めて関係が深く、経営に関与していなかったとは考えられない。 (イ) Bと石垣市長との親密さが有名であること、繁華街で飲食する様子がたびたび目撃されていること、石垣市幹部が陳情で真っ先に向かうのがBの事務所であること、石垣市幹部がBが進めるリゾート開発に積極的に協力していることは、被告会社の記者が石垣市議会議員に取材をした結果得られた情報であり、信用性がある。 (ウ) 原告会社はホテルに隣接する市有地を借りてグランドゴルフ場を設置しているところ、樹木を伐採したために隣接する牧草地に塩害が起きていたこと、土地の一部が計画されている県道予定地に含まれていたことは、被告会社の記者が石垣市議会議員、当該地域の近隣住民、市役所職員に取材をした結果得られた情報であり、信用性がある。 (原告らの主張) 被告の取材結果というものは、信用性がないか、証拠価値として極めて乏しいものであり、又は本件記事の掲載当時の取材ではないため相当性の証拠とはならないのであるから、被告が本件記事において摘示した事実を真実であると信じるにつき、相当な理由があったとはいえない。 (4) 損害 (原告らの主張) ア 慰謝料 各1000万円 イ 弁護士費用 各75万円 (被告の主張) いずれも否認ないし争う。 (5) 謝罪広告の掲載 (原告らの主張) ア 原告会社は、本件記事によって、農地転用許可が必要であることを知りながらあえてその手続を取らずに本件土地売買契約を締結したかのごとき事実が伝えられ、リゾートホテルのイメージを壊しかねない印象を与えられたのであるから、被告の原告会社に対する名誉毀損は極めて深刻であり、金銭賠償のみでは慰謝しきれない。 イ Bは、本件記事によって、法を遵守することを一層厳しく求められ、モラルリーダーたる政治家であるのに、法律で予定されている手続があることを知りながらあえてこの手続を無視して本件売買契約を締結したかのごとき事実が伝えられ、国民に誤解を生じかねない印象を与えられたものであるから、被告のBに対する名誉毀損は極めて深刻であり、金銭賠償のみでは慰謝しきれない。 (被告の主張) 原告らの主張はいずれも争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 前記前提事実に証拠(各項に掲記したもの)及び弁論の全趣旨を併せると、次の事実が認められる。 (1) 被告による取材の経緯(甲11、乙4、5、15、証人H) ア Hは、平成15年8月8日、石垣市議会議員(以下「本件市議会議員」という。)から、「Bが全ての株式を保有する原告会社は、経営するホテルに隣接する市有地(本件土地)にコテージを建設するため、石垣市との間で賃貸借契約を締結した。この賃貸借契約は、当該市有地において、約40年間にわたってサトウキビを栽培していたFという借地人と石垣市との間の賃貸借契約が解除された直後に締結されたものであるが、原告会社は、Fと石垣市との間の賃貸借契約が解除される直前に、Fに対し、多額の現金を支払った。」、「原告会社は、平成14年6月に当該市有地を3000万円で購入したが、後に農地法の定める転用許可を得ておらず、農地法に違反する売買であったことが判明して、平成15年6月に所有権移転登記が抹消された。同月、農地法が定める転用許可があって、再び所有権移転登記を得て、コテージの建設が再開された。」、「Bと石垣市長との親密さは市議会内部では非常に有名な話である。Bは、石垣島を訪れた際は、石垣市長とともに『I』というレストランでしばしば飲食しているし、平成13年11月3日の石垣市の市民祭りにも参加して、石垣市長と並んでいた。また、Bは、自由民主党に所属しているにもかかわらず、石垣市長選挙の際、自由民主党の対立候補である現市長の大濱長照を密かに応援していた。」、「石垣市の幹部職員は、上京して陳情を行う際、地元選出でもない千葉県出身のBのところを訪れていた。石垣市の幹部職員は、Bが進めるリゾート開発に積極的に協力している。」、「原告会社は、石垣シーサイドホテルに隣接する市有地を借りてグランドゴルフ場を設置しているところ、同ゴルフ場の樹木を伐採したため、同ゴルフ場に隣接する牧草地に塩害が起きている。」旨の話を聞いた。 イ その後、Hは、本件土地の登記簿謄本を取得して、本件市議会議員の上記説明に沿う内容の所有権移転登記の経過を確認したが、那覇地方法務局石垣支局に対しては取材を行わなかった。 また、Hは、そのころ、八重山毎日新聞(乙4、5)において、本件売買契約が農地法に違反するものであるとの内容の記事ないしコラムが掲載されていることを確認した。 ウ Hは、平成15年8月29日、本件土地の前借地人であったFに電話を架けて、Fから、「石垣市との間で締結していた本件土地の賃貸借契約を解除するに当たって、原告会社から、サトウキビ栽培の補償代として、500万円を受け取った。」旨の話を聞いた。また、Hは、原告会社のDがFに500万円を渡したということを直接Dから聞いたとする農業委員会関係者の供述が録音されたテープを入手した。 エ Hは、本件市議会議員とは別の2名の同市市議会議員からも、「Bが石垣島に来るときは、石垣市長又は石垣市幹部と会って、繁華街で飲食をしている。」などといった話を聞いた。 オ Hは、本件グランドゴルフ場に隣接する土地を所有している者(1名)から、「本件グランドゴルフ場にあった樹木が伐採されたため、潮風が来て、土地の牧草が赤茶けた。そこで、石垣市に対し、苦情を言った。」旨の話を聞いた。 また、Hは、平成15年8月29日、石垣市役所財政課に問い合わせをし、同課職員のJから、「塩害の苦情が市民から寄せられたので、原告会社に対し、本件グランドゴルフ場への植栽をお願いした。」旨の話を聞いた。 カ Hは、平15年8月29日、原告会社に対し、本件売買契約が違法行為であったとの認識の有無、本件土地の借地人に500万円を支払った理由、本件グランドゴルフ場が設置されている土地の樹木を伐採した理由等について、同日中に回答されたい旨を記載したファックス(甲11)を送付した。それに対する原告会社の回答書には、原告会社が違法行為であることを承知していたかどうかについては明確には記載されなかったが、樹木の伐採・植栽についてはグランドゴルフ場を作るため、市の指導を受け許可を得て行っている旨記載されていた。また、Hが、同日、Bに、直接取材したのに対し、Bは、詳細は分からないのでホテルに聞いて欲しいと回答した。なお、本件記事とともに掲載されているBの姿態を撮影した写真は、被告のカメラマンが、同日、原告会社の事務所から出てきたBを撮影したものである。 (2) Bと原告会社の関係(乙9ないし11) Bは、約40年前、原告会社を設立し、原告会社の100%株主であって、本件記事当時、その妻Eが原告会社の取締役であった。また、Bは、平成3年5月まで、その取締役を歴任していたが、その後は、取締役に就任していない。 原告は、平成11年2月22日、国会予算委員会において、原告会社について「私の所有しているホテル」と表現した。 (3) 本件売買契約の締結及び本件移転登記手続に至る経緯等(甲6ないし10、17、18、24、乙13の1〜4、平成16年11月10日付那覇地方法務局石垣支局に対する調査嘱託の結果(乙16)、証人D、同G、同K) ア 原告会社は、家族連れの集客を企図して、石垣シーサイドホテルの敷地に隣接する原告会社所有土地(石垣市字dh番l及び同mの土地(別紙図面1の黄線で囲まれた土地))上にコテージ建設する計画を立てたが、同土地部分だけでは建設できるコテージ数も不十分であったことから、石垣市が所有する本件土地を賃借することを計画した。しかし、本件土地は、従前からFが石垣市から賃借権の設定を受けており、サトウキビの耕作等がされていたため、原告会社は、Fに、同所でサトウキビ栽培をできなくなることの生業補償金として、面積から算出した収入の3年分と他の土地の賃借、耕作の準備金を加えた500万円を支払うことを申し入れ、その解除を依頼した。Fはその申込を承諾し、平成13年10月、その500万円を受け取り、石垣市との間の賃貸借契約の解除をした。 その上で、石垣市と原告会社は、同年12月28日、本件土地について、貸主を石垣市、借主を原告会社、期間を平成14年1月1日から平成19年12月31日まで、地代を月額4万0896円とする内容の賃貸借契約を締結した。 イ 石垣市は、財政再建のため、原告会社に、本件土地の買受を依頼した。原告は、これを承諾し、平成14年6月27日、本件売買契約を締結した。なお、本件売買契約の代金は、単なる農地でなく宅地見込み地として評価された、不動産鑑定士による鑑定評価額に基づいて、3583万円に決まった。 Dは、本件売買契約の締結に先立ち、本件土地の登記簿上の地目が「畑」であったため、石垣市財政課課長補佐兼財産管理係長であるLに対し、建物の建築確認許可がおりるかどうかを尋ねた。これに対し、Lは、本件土地は農地法上の農業振興地域ではなく、川平地区が沖縄振興開発特別措置法上の観光振興地域に指定されているだけなので、農地転用許可を受けずに建物の建築確認許可は得られる見込みであると回答した。その回答を聞き、Dは、農地転用許可がなくとも建築確認許可を得ることができると考えただけでなく、本件土地を原告会社から買い受けるにあたっても、農地転用許可を受ける必要がないと判断し、農業委員会にその要否を確認することなく、所有権移転登記手続を含む諸手続を石垣市担当者に全面的に任せた。なお、Dは、一般的には、農地を宅地化するために売買する際には、農地転用許可が必要であることは知っていた。 他方、石垣市も、Dと同様の判断をし、本件土地の農地転用許可申請をすることなく、同月28日、那覇地方法務局石垣支局に対し、登記嘱託書(乙13の2)を提出して、本件土地について、石垣市から原告会社への所有権移転登記手続の嘱託を行った。同登記嘱託書には、農地転用許可書は添付されていなかった。同支局登記官であるGは、本件売買契約について、農地転用許可が必要であることは知っていたが、この登記嘱託は官公署がしたものであるから、下記エの実務上の取り扱いに従い、農地転用許可書の添付がないことを問題とせず、本件土地について、同日付けで本件所有権移転登記を行った。 また、同年10月15日、本件土地については、債務者を原告会社、抵当権者を沖縄振興開発金融公庫とする本件抵当権設定登記がされた。 原告会社は、本件土地の造成及びコテージの建設について、同年12月16日、沖縄県知事から都市計画法の規定に基づく開発許可の必要がないことの証明を受け、同月26日、石垣市の建築主事から確認済証(建築基準法6条1項)の交付を受けた後、本件土地において、コテージの建設を開始した。 ウ しかし、本件所有権移転登記が経由された後、石垣市農業委員会から本件売買契約については農地転用許可が必要であるが、これがされていない以上無効であるとの指摘がされ、そのころ、Dは、石垣市担当者から、その旨聞かされた。また、平成15年2月26日、琉球新報新聞において、石垣市は、それまでに、農地法上の手続を経ずに売買した市有農地が複数あり、違法手続が恒常化していた旨の記事が掲載された。その後、石垣市は、所管部局である沖縄県農林水産部農林水産振興課及び石垣市農業委員会と協議を重ねた結果、本件売買契約については、いったん解消し、改めて農業委員会から農地転用許可を受けるという方法をとらざるを得ないと判断し、Dに対して、農地転用許可が不要であると回答したことは誤認であったとして、謝罪の連絡を入れた。その上で、石垣市は、平成15年4月18日、原告会社宛に、「抵当権の抹消について」と題する石垣市長名での書面(甲17)を送付し、原告会社に対し、上記の経過を説明するとともに、本件売買契約を解消して本件所有権移転登記を抹消して改めて農業委員会からの農地転用許可を受けて本件土地の売買契約を締結し、所有権移転登記手続の措置を取ることを確約するとともに、同手続をする前提として、沖縄振興開発金融公庫を権利者とする本件抵当権登記を抹消してもらいたい旨を要請した。これを受けて、原告会社は、上記書面のコピーを抵当権者である沖縄振興開発金融公庫に送付するとともに、同公庫に対し、他に共同担保として提供している土地もあったため、登記原因を「放棄」とする抵当権抹消登記手続の協力を依頼し、その了解を得た。その上で、本件抵当権設定登記は、平成15年4月30日、「平成15年4月24日放棄」を原因とする抹消登記手続がされ、また、本件所有権移転登記については、同年5月1日、「錯誤」を原因とする抹消登記手続がされた。 また、同年7月7日、本件土地について、登記簿上の地目を「畑」から「宅地」に変更する登記がされた。 エ 嘱託登記制度について(甲26ないし29、平成16年11月10日付那覇地方法務局石垣支局に対する調査嘱託の結果(乙16)、証人G) 嘱託登記に係る登記においては、法令、通達の根拠はないが、事実上、官庁又は公署がその所有する不動産の所有権を第三者に移転した場合、登記嘱託書に登記原因について第三者の許可・同意又は承諾があったことを証する書面(不動産登記法35条1項4号)の添付を要しないとの取扱いがされている。 オ 上記ア〜ウの事実認定についての補足説明 なお、被告は農地の売買において農地転用許可が必要であるのは常識であること、本件土地は地目上「畑」で農地であることは明白であったこと、原告会社は本件売買契約の前に農地転用許可が必要であるか疑いをもっていたこと、そうであるのに、その点について農業委員会に問い合わせなかったことからすると、原告会社は、本件売買契約締結当時に、本件売買契約において、農地転用許可が必要であることを知っていたと推認すべきである旨の主張をし、その認定は、上記ア〜ウの認定に一部反する。 しかし、上記認定ア〜ウに副う、証人D、同G、同Kの証言は内容が大筋で一致していて、内容自体説得力があり、客観的事実や証拠の裏付けがあるから信用性が高いというべきである。 即ち、原告会社のDが、本件売買契約において農地転用許可の要否を農業委員会に問い合わせるなどして、その申請を積極的にしなかった理由として、農地転用許可がなくとも建物建築許可がされると聞いたこと、本件登記手続を石垣市に任せたことを述べるが、それは内容としてありえないことではなく、そのような遣り取りに副う甲17の提出もあり、上記エの登記実務もこれに副う。また、本件売買契約後において本件土地の農地転用許可が必要であることが明らかになった後、本件売買契約解消後すみやかに農地転用許可を受けることができたことからすると、本件売買契約当時においても、原告会社及び石垣市が申請すれば農地転用許可を容易に受けることができたと推認できるのであるから、原告会社及び石垣市が、本件売買契約締結当時、その必要性を知りながら農地転用許可を回避する利益がないと解されることも、これに副う。 したがって、被告のこの主張は採用できない。 (4) グランドゴルフ場の樹木の伐採(甲5の2、16、20の3、証人D) 原告会社は、石垣シーサイドホテルに隣接する沖縄県石垣市字ao番のpの土地(別紙図面2の黄色で囲んだ土地)を賃借して、本件グランドゴルフ場を設置する計画を立て、平成14年9月26日、石垣市に対し、同土地上の樹木の伐採に係る届出(甲16)をした上で、その樹木の約80パーセントを伐採した。 2 摘示事実及び社会的評価の低下について (1) 本件記事の摘示事実について ア 本件記事において、本件見出しに続けて、別紙3の本件記事部分@ないし同Gの記載がされていることは、いずれも当事者間に争いがない。 イ ここで、摘示事実が何かを判断するには、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断するべきであり、表現方法等も検討した上、前後の文脈等の事情を総合的に考慮し、間接的ないしえん曲的、あるいは黙示的であっても主張していると見られる事実の摘示があると解するのが相当である。 これを本件に当てはめ、本件記事の内容及び構成を、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すると、本件記事は、(a)原告らは、リゾート開発を進める一環として、石垣市所有の土地につき、本来農地法による規制があるために取得できない土地であることを知りながら、これをコテージ建設用に取得すべく違法に売買契約を押し進めたこと、(b)原告らは、その違法な土地売買契約において、借地人に対し、補償代名目で取引外の、不明朗な現金を支払い、借地契約の解除願を提出させたこと、(c)Bと石垣市長が親密であって、Bが国政に関与する有力政治家であり、石垣市幹部職員も原告らの進めるリゾート開発事業に積極的に協力していること、(d)原告会社が、石垣市所有の土地を借りて設置しているグランドゴルフ場の樹木を伐採したために、隣接する牧草地に塩害が起きたとの各事実(以下「本件摘示事実」といい、上記各摘示事実ごとに「本件摘示事実(a)」のように言う。)を摘示していると解するのが相当である。 さらに、本件記事部分Hは、上記のような摘示事実を前提として、これらがBの「不徳」によるものであるという被告の意見ないし論評を表明したものであるといえる。 ウ なお、原告は、当裁判所の前記判断を超えて、本件記事部分@ないしBに関連して、@Bと石垣市長が特に懇意であることを利用して、また、Bが政治家としての地位を利用して石垣市に特別の利益を図った見返りとして、石垣市長及び同市幹部から便宜を受け、A石垣市に対して高額の売買代金を支払うことによって、農地法に違反する本件売買契約を締結し、更に、B本件土地の既存の賃借人に対し、本来必要でない金銭(裏金)を渡して、石垣市との間の土地賃貸借契約を解除してもらった上、本件売買契約が農地法に違反することについて裏工作・口止めをしたとの事実が摘示されている旨主張する。 しかし、まず、@については、本件記事内には、上記記載のみならず、Bと石垣市長ないし石垣市との関係が本件売買契約に何らかの影響を与えた旨の記載でさえ、直接的にも間接的にもないことからすると、原告の主張する上記事実摘示があると解することは困難である。また、本件記事内に、Bと石垣市長ないし石垣市との関係が、独立の段落として記載されていることから、黙示的に原告の主張する上記事実摘示があると解することもできない。 次に、Aについては、確かに本件記事内には「農地を宅地なみの高値で売買した」との記載があるが、そのことによって本件売買契約が成立した旨の記載は、直接的にも間接的にもないことからすると、原告の主張する事実摘示があると解することは困難である。本件記事内において、Bと石垣市長ないし石垣市との関係を記載していることのみからして、「農地を宅地並みの高値で売買した」との記載のみから、原告の主張する事実摘示があると解することも困難である。 最後に、Bについても、確かに、本件記事内に「”裏金”」との記載があるが、それが賃借人に対する口止めとなっている旨の記載は、直接的にも間接的にもないこと、裏金という単語は、確かに、取引外で、不明朗な金員の授受を表すものではあるが、その単語の記載から、原告らが主張する具体的な目的が黙示的にも事実摘示されているとは言い難い。 エ また、本件記事部分Gについては、本件記事中には、「疑惑」との文言を使い、伝聞の形式をとっているが、他方、その第4文で「市は農家保護より中村市のリゾート開発を優先しているのだ。」との記載もあることからすると、前後の文脈等の事情を総合的に考慮すると、間接的、黙示的に、塩害の発生をも事実摘示されていると解される。したがって、本件記事部分Gについての事実摘示は、上記イ記載の当裁判所の判断のとおりとなる。 (2) 本件摘示事実の摘示による原告らの社会的評価の低下の有無 ア 本件摘示事実(a)、(d)及び本件記事部分Hについて 原告らが、石垣市所有の土地につき、本来農地法による規制があるために取得できない土地であることを知りながら、これをコテージ建設用に取得すべく、違法に売買契約を押し進めたとの事実(本件摘示事実(a))及び原告会社がグランドゴルフ場の樹木を伐採したために、隣接する牧草地に塩害が起きたという事実(本件摘示事実(d))の摘示は、原告会社に関してみれば、企業利益の追求のみを目的として、実際に違法と知りながら強引に土地の取得を押し進め、また、地域環境を破壊しているという印象を読者に与えるものといえるから、その社会的評価を低下させるものであるということができる。また、Bについてみても、Bが原告会社の100パーセント株主であるとの前提のもと、Bにおいても原告会社を通じて上記の違法行為を行い、また、地域環境の破壊に加担しているといった印象を読者に与えるものといえるから、それらがBの「不徳」によるものであるという被告の意見ないし論評(本件記事部分H)の表明とも相俟って、Bの社会的評価を低下させるものといわざるを得ない。 イ 本件摘示事実(b)について 原告らが、違法な本件土地売買に関し借地人に対し、取引外で、不明朗な現金を支払って、借地契約の解除願を提出させたとの事実(本件摘示事実(b))の摘示について検討する。 ここで、土地の利用を目的としてその所有権を取得しようとする者が、当該土地の借地権者に補償金を支払って、賃借権を実質的に放棄してもらうといった事態は、土地取引において一般的になされているものであって何ら不当ではないから、その事実摘示のみであれば原告らの社会的評価が低下したとはいえない。しかし、それに関連して、その違法契約において、取引外で、不明朗な金員を授受したとの事実摘示は、Bが政治家であって、原告会社も政治家であるBが100%株式を取得する会社であることも併せ考えると、原告らの社会的評価をある程度低下させるものと解される。 ウ 本件摘示事実(c)について Bと石垣市長が親密であること、Bが有力な政治家であり、石垣市幹部が原告らの進めるリゾート開発に積極的に協力しているという事実(本件摘示事実(c))の摘示については、前記のとおり、摘示事実の内容が、原告ら側と石垣市側との関係が何らか違法な問題に関わっていることまでを含むものでないことからすると、その社会的評価を低下させるものとはいえない。 3 違法性阻却について 民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、その行為には違法性がなく、仮にその事実が真実であることの証明がないときにも、行為者においてその事実を真実であると信じるについて相当の理由があるときには、その行為には故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁昭和41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。 また、ある真実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつその目的が専ら公益を図ることにあった場合に、その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、その行為は違法性を欠くものというべきであり、仮にその意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、行為者においてその事実を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である(最高裁判所昭和62年4月24日第二小法廷判決・民集41巻3号490頁、最高裁平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁、最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁各参照)。 以上を前提に、原告らの社会的評価の低下を招いたといえる本件摘示事実(a)、(b)、(d)及び本件記事部分Hの意見ないし論評の表明部分の違法性が阻却されるか否かについて、さらに検討する。 (1) いわゆる公共性及び公益目的性について 本件摘示事実(a)、(b)、(d)は、それぞれ、原告らが違法な土地売買を行っている事実、それに関連して、不明朗な取引外の金員を授受している事実、地域環境を破壊しているという事実を摘示するものであり、また、本件記事部分Hもこれらを前提としたBに対する意見ないし論評を表明するものである。 そして、Bは、本誌発売当時は現職の衆議院議員であり、かつ、元法務大臣という公的な存在であったこと、原告会社はBが全株式を保有する会社であることは、前記前提事実(1)ア(ア)、(イ)に認定したとおりであるところ、有力政治家である現職衆議院議員がオーナーとなっている会社が、どのような経済活動を行っているかとか、それが違法行為や環境破壊に関与しているのかどうかといったことは、社会ないし公共の正当な関心事であるといえる。 したがって、本件摘示事実(a)、(b)、(d)及び本件記事部分Hの掲載は、公共の利害に関する事実等に係り、かつ、その目的も専ら公益を図ることにあったと認められる。 (2) 本件摘示事実(a)について ア 真実性について 本件摘示事実(a)のうち、原告会社が、リゾート開発を進める一環として、石垣市所有の土地につき、これをコテージ建設用に取得すべく、石垣市との間で売買契約を締結したが、同契約は客観的には農地法に違反するものであったという部分については、前記認定のとおり、真実であることの証明がある。 そこで、問題は、原告らの認識や意図及びBの本件売買契約への関与の有無であるが、前記1認定事実(3)オで詳述したように、原告会社について、被告の主張する認識や意図を推認することはできない。 また、Bの認識と意図であるが、原告会社において、本件売買契約に携わっていたDの認識と意図が、上記認定のとおりであることからすると、Bが、原告会社を通じて、Bが被告の主張する認識と意図を有していたとは解されない。また、Bは原告会社の株式を100パーセント保有していたこと、Bの妻であるEが原告会社の取締役であったことは認められるけれども、他方、Bが原告会社の代表取締役を務めていたのは平成3年5月までであり、それ以後は原告会社の役員にすらなっていないことも認められるのであって、これらの事実から、本件売買契約について、Bが会社オーナーとして具体的に指示をしていたとか、同行為の実質的決定権がBにあったとの事実を推認するには足りない。 よって、本件摘示事実(a)のうち、原告らが本件土地売買の違法性を了知していながら敢えて売買契約を押し進めたとの部分については、真実であることの証明がない。 イ 相当性について (ア) 原告会社について 前記前提事実(1)ア認定のとおり、原告会社は観光事業及びホテル業を主たる目的とするから、リゾート開発をするにあたって、都市部以外の地域の農地の取引をすることは業務の一環として行われていると推認でき、その事実からすると、原告会社は一般的には農地を農地以外の目的に使用するため、その所有権を取得する場合には、農地法が定める農地転用許可が必要であることを知っていたと推認できること(この点は原告会社も積極的に争っていない。)、前記1認定事実(1)ア、イのとおり、Hは、本件土地の登記簿上地目が「畑」になっていることを確認したこと、前記1認定事実(1)カのとおり、Hは原告会社に対して、本件売買の経緯とそれに対する違法性の認識の有無について直接質問するファックス文書を送付したが、それに対する原告会社の回答には、原告会社が違法行為であることを承知していたかどうかについては必ずしも明確な回答はされなかったことからすると、Hにおいて、原告会社が、被告の主張する認識・意図を有していたことが真実であると信じるについて相当な理由があったと解される。 よって、被告は、原告会社に対し、この点について、過失がなく、不法行為に基づく責任はない。 (イ) Bについて 前記前提事実(1)アのとおり、Bは、本件記事の掲載当時、現職の衆議院議員であって、その住居も東京都にあり、原告会社の取締役を平成3年には既に退任していることに照らすと、前記1認定事実(2)のBが原告会社の100パーセント株主であること、原告会社は自分の会社であると発言していたことを前提としても、Bが本件売買契約の詳細な中身や経緯(特に農地法の転用許可の取得)について熟知していたと信ずべき事情とはならない。かえって、上記(1)カによると、HがBに直接取材したところ、Bは詳細は分からない旨の回答をしたものである。 そうすると、Hにおいて、Bの本件売買契約への関与や被告の主張する認識と意図があったことを信ずべき相当の理由があったとはいえない。 また、同様に、本件記事部分Hの意見ないし論評についても、Hにおいて、その前提としている事実について真実であると信じるについて相当の理由があるとはいえない。 よって、本件摘示事実(a)及び本件記事部分HによりBの名誉を毀損したことについて、被告に過失がないとはいえない。 (3) 本件摘示事実(b)について ア 真実性について 前記前提事実(2)イのとおり、本件摘示事実(b)のうち被告の主張する経過で原告会社が本件売買契約外でFに金員を交付した事実は真実性の証明がある。 そこで、問題は、Fに対する金員の交付の趣旨が不明朗なものであるか及びBの関与であるが、その事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記1認定事実(3)アからすると、サトウキビの耕作の補償代金として交付されたものであるから不明朗なものとはいえないことは明らかである。 よって、この点の真実性の証明があるとはいえない。 イ 相当性について (ア) 原告会社について 上記アからすると、問題は、Hが、Fに対する金員の交付の趣旨が不明朗なものであると信じることに相当な理由があったかであるが、Hにおいては、上記(2)イ(ア)記載のとおり、この金員の交付に関連する本件売買契約は、原告会社が農地法に反すると知りながらあえて進めたものと信じるに相当な理由があったものであるから、Fに対する金員の交付が不明朗であると信じるに相当な理由があったと解される。 よって、被告は、この点について過失がなく不法行為は認められない。 (イ) Bについて 上記(2)イ(イ)と同様、Bの関与については、真実と認めるべき相当な理由は認めがたい。 (4) 本件摘示事実(d)について ア 真実性について 前記前提事実(3)及び前記1認定事実(4)からすると、本件摘示事実(d)のうち、原告会社が石垣市所有の土地を借りて設置しているグランドゴルフ場の樹木を伐採したという部分については、いずれも真実であることの証明がある。 また、そこで問題は、原告会社の樹木の伐採によって塩害が発生したか否かであるが、前記1認定事実(1)ア、オの事実からしても、その塩害の発生を訴える者がいたことまでは真実と認められるが、このような訴えがあったことから直ちに塩害が発生したと推認することはできない。 よって、本件摘示事実(d)の塩害が発生したとの事実については、真実性の証明はない。 イ 相当性について これも、上記アと同様、Hが、原告会社の伐採によって塩害が発生したことが真実と信ずべき相当な理由があるかであるが、前記1認定事実(1)ア、オのとおり、Hは、塩害の被害を受けたと称する本件土地の隣地所有者から「本件グランドゴルフ場にあった樹木が伐採されたため、潮風が来て、土地の牧草が赤茶けた。そこで、石垣市に対し、苦情を言った。」旨の話を聞き、また、石垣市役所財政課に問い合わせをして、同課職員のJから、「塩害の苦情が市民から寄せられたので、原告会社に対し、本件グランドゴルフ場への植栽をお願いした。」旨の話を聞いたこと、特に塩害を否定すべき事情には接しなかったことを総合すると、Hにおいて、上記相当な理由があると解すべきである。 よって、被告には、本件摘示事実(d)について過失がなく、不法行為は成立しない。 4 被告の責任 (1) 慰謝料について 以上のとおり、本件摘示事実(a)、(b)及び本件記事部分Hは、Bとの関係で不法行為を構成するといえるところ、前記前提事実(4)のとおり、本誌は、全国で販売され、不特定多数人が閲読するに至ったのであるから、Bが、本件記事によって精神的苦痛を被ったことは優に認められる。 そして、上記の事情に加え、本件記事は、現職の衆議院議員であったBが違法行為を行っているというものであり、国民からの信用を基礎とするBの職務ないし地位にも少なくない影響を与えるものといえるし、その論評部分も「不徳」などとBの対応を不用意に揶揄する表現を用いているものであって、本件記事の他の記載内容や本件見出しから読者が受ける印象をも考慮すれば、Bの国会議員としての適性に疑問符を投げかけるものといえるが、他方、Bが100パーセント株式を有する原告会社が、その落ち度によって、農地法に反する本件売買契約を締結したことからすると、HがBの認識や意図について誤解したことにおける過失の程度は高いとはいえないこと、その他本件に顕れた一切の事情を総合すれば、その精神的苦痛を慰謝するには、100万円をもって相当と認める。 (2) 弁護士費用 本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、10万円と認める。 (3) 謝罪広告について 本件記事の本誌への掲載はBの名誉を毀損するものであるが、本件記事の内容、本件記事が摘示する事実のうち真実であると認められる範囲その他本件に顕れた一切の事情を総合すれば、上記(1)のとおり、被告に対する慰謝料の支払をもって損害の填補としては必要十分であると解されるから、それを超えて被告に対し、謝罪広告の掲載を求めるBの請求は理由がない。 5 以上の次第で、Bの請求は、主文第1項記載の限度で理由がある。 東京地方裁判所民事第14部 裁判長裁判官 水野有子 裁判官 片野正樹 裁判官 堀内元城 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |