判例全文 line
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【事件名】図表と説明文の著作物性事件
【年月日】平成17年11月17日
 東京地裁 平成16年(ワ)第19816号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成17年9月8日)

判決
原告 スパイラックス・サーコリミテッド
上記訴訟代理人弁護士 湧川清
同 島田寿子
同復代理人弁護士 矢島匡
被告 株式会社テイエルブイ
上記訴訟代理人弁護士 岡田春夫
同 辻淳子
同 森博之
同 中西淳
同 長谷川裕
同 木村美樹


主文
1 原告が、別紙目録(3-2) 、同(4-2) 及び同(5-2) 記載の説明文について、著作権を有することを確認する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
4 本件につき原告のために控訴の付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 原告が、別紙目録(1) ないし(5) 記載の図表及び説明文について著作権を有することを確認する。
2 被告は、別紙目録(2) 及び同(5) 記載の図表及び説明文を複写、印刷、頒布してはならない。
3 被告は、日本工業出版株式会社発行の雑誌「建築設備と配管工事」に、別紙謝罪文目録記載の謝罪文を2回掲載せよ。
4 被告は、原告に対し、200万円及びこれに対する平成16年9月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 第4項につき仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、被告の使用する別紙目録(6) 記載の図表及び説明文が別紙目録(1) ないし(5) 記載の図表及び説明文に類似しているとして、原告が別紙目録(1) ないし(5) 記載の図表及び説明文について著作権を有することの確認、同著作権が侵害されたことに基づき、別紙目録(2) 及び同(5) 記載の図表及び説明文の複写、印刷及び頒布の禁止、並びに謝罪広告を求め、また、同著作権及び著作者人格権を侵害されたことに基づく損害賠償として200万円の支払を求めた事案である。被告は、前記各図表及び説明文の著作物性を否定し、仮に著作物性が認められるとしても被告の使用する前記図表及び説明文とは類似しないと主張してこれを争っている。
1 前提となる事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠によって認められる。)
(1) 当事者
 原告は、蒸気システム制御機器メーカーとして、圧力制御機器、温水制御機器、水位制御機器、流量制御機器、蒸気システム用機器、冷温水用機器などの製造、販売、並びに蒸気システム設計、施工監理、蒸気省エネ診断、蒸気システム機器の保守サービスを業とする英国法人である。
 被告は、弁(バルブ)及び附属機具の製造、販売、各種流体制御機器並びに計測機器の製造、販売、各種配管設計及び施工等を業とする株式会社である。
(2) 本訴の対象となる図表(甲1の1ないし4、4ないし9)
ア 別紙目録(1) 記載の図表(甲5。以下「原告チャート(1) 」という。)は、原告の発意に基づき、原告の業務に従事する英国人A(以下「A」という。)が、昭和59年(1984年)、職務上作成したものである。原告チャート(1) は、昭和59年(1984年)10月、米国ペンシルバニア州アレンタウンにあるトレーニング・センターで開催された販売代理店及び顧客向けのセミナーにおいて、原告名義の下に公表された。
 別紙目録(2) 記載の図表(甲4。以下「原告チャート(2) 」という。)は、原告日本支社が原告チャート(1) を日本語に訳したものである(なお、原告チャート(1) 及び同(2) を総称して、以下、単に「原告チャート」ということもある。)。
 別紙目録(3) ないし(5) 記載の図表及び説明文(甲7ないし9。以下「原告チャート(3) 」などという。)は、原告チャート(1) 又は(2) の使用例(別紙目録(3-1) ,(4-1) 及び(5-1) 。以下、「原告チャート(3-1) 」などという。)及びその説明文(別紙目録(3-2) ,(4-2) 及び(5-2) 。以下、「原告説明文(3-2) 」などという。)である。
イ 被告は、日本工業出版株式会社発行の雑誌「建築設備と配管工事」の2002年(平成14年)4月号に、「潟eイエルブイ B」名義の小論文「空調機のドレン排除とドレン回収の方法」を掲載した。被告は、同論文中の第10図とその説明文において、別紙目録(6) 記載の図表及び説明文(甲6の139頁第10図及び左欄1行から右欄9行。以下「被告チャート」及び「被告説明文」という。)を使用した。
(3) 本訴の対象となる図表の内容
ア 原告チャート(1) 及び(2) の内容の概略は次のとおりである(甲4、5)。
 原告チャート(1) 及び(2) は、図表の縦軸の左側が温度(℃)、右側がその温度に対応した蒸気圧力(飽和蒸気の中では、蒸気圧力と温度が1対1で対応する。)、横軸は負荷率(%)をそれぞれ示しており、被加熱流体の入口温度、出口温度、加熱蒸気圧及び背圧(揚程+ドレン管圧力)の各数値を与えれば、この図表を使用して簡便にドレン滞留開始時の負荷率及びその時の外気温度(被加熱流体の入口温度)を計測することができるというものである。なお、原告チャートは、「ドレン滞留(ストール)チャート」又は単に「ストール・チャート」と呼称されている。
イ 原告チャート(3) は、原告発行の「蒸気用プレート式熱交換器技術ガイド」と題するパンフレットに掲載された、二次側の被加熱流体の流量が一定の場合に、原告チャート(1) (ただし、同チャートの英語を日本語に訳したもの。以下同じ。)を用いて、ドレン滞留が発生するときの二次側入口温度を求める場合のチャートの用法(原告チャート(3-1) )とその説明文(原告説明文(3-2) )である(甲8、9)。
ウ 原告チャート(4) は、原告発行の「蒸気用プレート式熱交換器技術ガイド」と題するパンフレットに掲載された、二次側の被加熱流体の入口温度、出口温度は変化せず一定であるが、流量が変化する場合に、原告チャート(1) を用いて、ドレン滞留が発生するときの流量を求める場合のチャートの用法(原告チャート(4-1) )とその説明文(原告説明文(4-2) )である(甲8、9)。
エ 原告チャート(5) は、原告発行の「プレッシャーポンプ」と題する文書に掲載された、二次側の被加熱流体の流量が変化する場合のチャートの用法(原告チャート(5-1) )とその説明文(原告説明文(5-2) )である(甲7)。
(4) 原告チャートの背景技術とその使用方法
ア ドレン滞留現象
 ドレン滞留現象は、蒸気を熱源とする熱交換器(例えば、エロフィン・ヒーター、空気加熱装置、蒸気ヒーター)を用いた設備設計全般にかかわる問題である。
 一般の熱交換器を使用する設備(例えば、ビル空調)の設計標準は、装置の一次側に温度調節用の制御弁、装置の二次側にスチームトラップを備えた構成からなる。蒸気温度の調整により(例えば、牛乳の殺菌の場合、蒸気温度は80〜90℃が適温である。)、加熱温度が100℃以下になった場合、熱交換器内の蒸気圧力が大気圧以下になり、スチーム・トラップからドレンを排出することができなくなる。それは、トラップ(ドレンを外に排出する管)自体が自力式制御弁のため、必ずトラップの一次側圧力が二次側圧力よりも高いことが作動条件だからである。このように、加熱温度が100℃以下(すなわち、蒸気圧力が大気圧以下)である限り、ドレンは滞留し続ける。
イ ドレン滞留による弊害
 ドレン滞留による主な弊害は、以下のとおりである。
a) 熱交換器の加熱が均一に行われず、加熱ムラ(加熱温度のバラツキ)を引き起こす。これにより、生産物の品質の劣化を生じる。
b) 熱交換器内部にドレンが滞留して蒸気の流入時に急激に凝縮して激しいウォーター・ハンマー(水撃)を生じる。ウォーター・ハンマーの発生により、熱交換器の破損だけでなく、配管の腐食やこれに伴う強度低下による配管破断事故、各種電子センサーの損傷を生じてシステム全体の運転に深刻な影響を及ぼす場合がある。
ウ ドレン滞留の解消方法
 熱交換器とプレッシャーポンプとを均圧管で結ぶことにより、両装置を同圧にすることができる。したがって、装置側が正圧(蒸気温度が100℃以上の場合、蒸気圧力が大気圧以上となる状態)でも、負圧(蒸気温度が100℃以下の場合、蒸気圧力が大気圧以下となる状態)でも、熱交換器のドレン滞留位置とポンプ上側との間に落差(高低差)があれば、ドレンはプレッシャーポンプ内に自然流入する。ドレンが一定量ポンプに溜まると、駆動蒸気がポンプ内に入り込み、蒸気圧力で圧送することによりドレン滞留を解消することができる。
エ 原告チャートの使用目的
 原告チャートを使用して設計段階でドレン滞留の予測を行い、ドレン滞留が予測される場合には、前記ウのとおりプレッシャーポンプを使用してドレン滞留を未然に防止することができる。
オ 原告チャートの使用方法(甲7ないし9)
a) 二次側の被加熱流体の流量が一定の場合に、原告チャート(1) を用いて、ドレン滞留が発生するときの二次側入口温度を求める場合のチャートの用法は、原告チャート(3-1) の使用例のとおりである。すなわち、
@ 最大負荷時の蒸気温度(112℃とする。)と二次側流体の入口温度(30℃とする。)を左軸に記載する。
A 二次側流体の出口温度(90℃とする。)と背圧に等しい圧力の蒸気温度(背圧が大気圧の場合、100℃)を右軸に記載する。
B 背圧を示す水平線を図表を横切るように記載する。
C 左軸に記載された二次側流体の入口温度と右軸に記載された出口温度(制御温度)とを直線で結ぶ。
D 左軸に記載された最大負荷時の蒸気温度と右軸に記載された二次側流体の出口温度(制御温度)を直線で結び、この直線と前記Bの直線の交点から、負荷率を示す横軸に垂直線を降ろす。ここで示された負荷率(45%)よりも右側の領域では、一次側蒸気の圧力が背圧よりも小さくなるので、ドレンが発生する。
E 前記Dの垂直線と前記Cの直線との交点において、水平線を左軸に向かって記載する。この水平線と左軸との交点は、ドレン滞留が発生するときの入口温度(63℃)を示す。
b) 二次側の入口温度、出口温度は変化せず一定であるが、流量が変化する場合に、原告チャート(1) を用いて、ドレン滞留が発生するときの流量を求める場合のチャートの用法は、原告チャート(4-1) の使用例のとおりである。すなわち、
@ 最大負荷時の蒸気温度(112℃とする。)と二次側流体の入口温度(30℃とする。)を左軸に記載する。
A 二次側流体の出口温度(90℃とする。)と背圧に等しい圧力の蒸気温度(背圧が大気圧の場合、100℃)を右軸に記載する。
B 背圧を示す水平線を図表を横切るように記載する。
C 左軸に記載された二次側流体の入口温度と右軸に記載された出口温度(制御温度)とを直線で結ぶ。
D 負荷率50%の地点から垂直線を記載して、前記Cの直線の中点を求める。この中点は、算術平均による二次側温度(60℃)を示す。
E 左軸に記載された最大負荷時の蒸気温度と、右軸に記載された平均二次側流体温度とを直線で結ぶ。なお、この直線は、二次側出口温度(制御温度)のところで止める。
F 前記Bの直線と前記Eの直線との交点から、負荷率を示す横軸に垂直線を降ろす。ここで示された負荷率(77%)よりも右側の領域では、一次側蒸気の圧力が背圧よりも小さくなるので、ドレンが発生する。
c) 原告チャート(5-1) で示されている使用例は以下のとおりである。
@ 二次側の入口温度(T1=−10℃とする。)を左軸に、出口温度(T2=30℃とする。)を右軸に記載し、直線で結ぶ。
A 前記@の直線上に、算術平均温度(10℃)に対応する点(MT)を記載し、この点から右軸に水平線を引いて右軸との交点(MT1)を求める。
B 蒸気圧P1=1.5kgf/cm2Gに対応する温度(129℃となる。)を左軸に記載し(P1点)、これを右軸に記載された平均温度(MT1)と直線で結ぶ(なお、原告説明文(5-2) においては、上記チャートと異なり、上記P1点は、右軸に記載された出口温度(T2)と直線で結ぶと記載されている。)。
C 前記Bの直線と背圧(P2=0.6kgf/cm2Gとする。)を示す平行線との交点から、負荷率を示す横軸に垂直線を降ろす。ここで示された負荷率(R1=83.8%)よりも右側の領域では、一次側蒸気の圧力が背圧よりも小さくなるので、ドレンが発生する。また、前記平行線と左軸との交点(113℃)は、ドレンが発生するときの蒸気温度を示す。
D 前記@の直線と前記Cの垂直線との交点に対応する温度は、ドレンが発生するときの2次側温度(R2=−4℃)を示す。
(5) マトゥールチャート
ア 「Chemical Engineering」(1973年9月3日号)に掲載された「Performance of Steam Heat-Exchangers」と題する小論文(乙1。以下「マトゥール論文」という。)において、Brown & Root, Inc.,のジミー・マトゥールが掲載したチャート(別紙目録(7) のチャート。以下「マトゥールチャート」という。)は、左軸に圧力を、右軸に温度を、横軸に負荷ファクターを取ったものである(なお、原告チャートと異なり、左軸の圧力の目盛りと右軸の温度の目盛りは1対1に対応していない。)。
イ マトゥールチャートを用いて、蒸気熱交換器における凝縮液(ドレン)の滞留開始時の負荷ファクター(負荷率)を算出する方法は以下のとおりである(乙1)。
a) 熱交換式の一般式から導かれる、熱交換器内の蒸気の温度(T2M)と負荷率(M)との関係を示す線(線@)を引く。
 すなわち、熱交換式の一般式からは、制御バルブの上流側温度(T1)、処理液(被加熱流体)入口側の温度(T3)、処理液(被加熱流体)出口側の温度(T4)として、以下の式が導かれる。
 T2M=(1÷100)×(T1−(T3+T4)÷2)M+(T3+T4)÷2
 上記の式によれば、負荷率100%のときのT2Mは加熱蒸気温度(T1)となり、負荷率0%のときのT2Mは被加熱流体の入口温度(T3)と出口温度(T4)の算術平均値となる。そして、上記の式は、所定のT1、T3、T4のもとでの一次関数の式となることから、T2MとMとの関係を示す線は直線となる。
b) 線@(負荷率と熱交換器内の蒸気の温度との関係を示す線)を、蒸気表(飽和蒸気の温度と圧力の1対1の対応関係を示す表。乙3)を利用して、熱交換器内の蒸気の圧力(P2)と負荷率の関係を示す線に変換して記載する(線A)。具体的には、温度に対応する圧力を蒸気表を用いて同じ負荷ファクターの場所にプロットし、いくつかのプロットした点を結んで作成する。
c) 一定の背圧(線D)を前提に、スチームトラップで発生した凝縮液(ドレン)をすべて排出するために必要なトラップ入口側圧力(P3)と負荷率の対応関係を示す線(線B)を引く。スチームトラップにおいては、機械の構造上、上流側の蒸気圧力(P3)が背圧(P4)より少しでも上回っていれば足りるのではなく、機械の構造からくる一定の値分、上回っている必要があるため、かかる線がひかれている。
d) 線Aと線Bとの交点を求め、交点をそのまま横軸まで降ろして(線C)ドレン滞留開始時の負荷ファクターを求める。
2 本件における争点
(1) 原告チャート(1) ないし(5) の著作物性(争点1)
(2) 原告チャート(1) ないし(5) と被告チャート及び被告説明文との類似性(争点2)
(3) 原告チャート(1) ないし(5) に係る著作権の行使は権利の濫用か(争点3)
(4) 原告チャート(2) 及び(5) の複写、印刷及び頒布の禁止の要否(争点4)
(5) 謝罪広告の要否(争点5)
(6) 損害の発生及びその額(争点6)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(原告チャート(1) ないし(5) の著作物性)について
(原告の主張)
ア 総説
a) 原告チャートの著作物性を検討するには、プログラムに対する保護についての考え方を参考にすべきであり、原告チャートが何を目的として、どのような思想を、どのように表現したものであるか、原告チャートによって伝えられる作成者の学術的思想が保護に値するか否かといった観点が必要である。したがって、まずは原告チャートによってどのような思想が表現されているのか、及び原告チャートによって伝えられる情報とその意義ないし機能を理解する必要がある。
 コンピュータ・プログラムと異なり、図表の場合には、複雑なものより単純化されたものほど、表現としての質や独創性が高いという面がある。むしろ実用的な目的で作られたものについては、単純であることにこそ機能的な価値や有用性があり、いかにして単純化し表現の簡素化を図るかというところに、思想や表現の工夫がこらされる。単純な形でなされた表現は、誰にでもできるありふれた表現ではなく、作成者によって不要な部分、冗長な部分、複雑化する部分をはぎ取ったものが選択的に表現されているとみるべきであり、そこにこそ表現の独創性が認められる。したがって、図表の表現が単純なものであることは著作物性を肯定する指標となり得る。
b)@ 原告チャートは、「ストールポイント(ドレン滞留(ストール)が生じる点)を求める。」という課題を解くために段階的に考えられた複数の思想(@熱交換器の一次側の温度変化をどのようにして把握するかについての技術思想、Aドレン滞留現象(ストール)をどのように捉えるかについての技術思想、Bストールポイントを温度基準で捉えるという技術思想、Cストールポイントを熱交換器内の二次側の温度差変化又は流量変化との関係で把握するという技術思想)を含むものであり、その思想を図表という可視的な形で順序立てて簡明に表現した著作物である。すなわち、原告チャートは、思想そのものを表現したものではなく、思想を単純な線によって簡素化した形にし、かつ視覚的に容易に認識できる形で表現したものである。
A 原告チャートの基本的な考え方は、熱交換器の内部の状況を温度の変化で把握すること、及び、温度の変化を熱交換器の負荷に対応して把握することにある。また、温度が何との関係で変化するかという点についても、従来のように熱交換器内を通過する「距離」と対応させて温度変化を理解するのではなく、熱交換器の「負荷」に対応して求めるものであり、従来の一般的な熱交換器の温度変化の基本的な捉え方とは異なっている。
B 一次側の蒸気の入口温度は熱交換器の容量と二次側の条件によって決まる。しかし、熱交換器内での一次側の温度がどのように変化していくかは、当然に分かるわけではない。一次側及び二次側の温度は常に変化しているから、全体としての熱交換量と平均温度差を計算したように、熱交換器内のそれぞれの位置における二次側の温度を仮定し、当該数値を逐次代入して計算のうえ算出することによって一次側の温度を数値として把握することになる。原告チャートは、この入口と出口との間で、一次側と二次側の温度がどのように変化していくか、そしてストールポイントを求めるためには熱交換器の一次側温度がどのように変化していくかを、そのような逐一の計算によらずに一つの図表によって把握し表現しようとしたものである。
C Aは、ストールが生じるのは、熱交換器内の圧力とトラップの背圧が同一になるときであると考え、そのような変化が熱交換器の一次側で起きるのは、一次側の蒸気圧がトラップの背圧(通常は、大気圧である。)まで低下したときであること、したがって、一次側の変化を図表によって簡便に示すことができれば、ストールポイントは、基準単位を共通にすることによって、図表上の交点として求められると考えた。Aは、温度と圧力を共通基準として表すために、左縦軸を温度基準とし、右縦軸を圧力基準とした上、蒸気表によって対応する数値を、図表上の左右の縦軸の数値として記入した。この左右縦軸の座標の組み合わせと数値の記載は、ストールポイントを熱交換器の一次側とトラップの背圧の交点としてとらえるためには単位を共通にしなければならないという前提条件を図表上で表現したものである。そのうえで、ストールポイントは背圧線と熱交換器の一次側の変化を表す線の交点としてとらえられるとの考え方に基づき、背圧線を水平に引き一次側の温度変化を示す線との交点を図表上に表現した。そして、その交点から下方横軸に降ろした垂直線によってドレン滞留が起きるときの熱交換器の負荷率が、交点から左温度座標軸に水平線を引くことによってドレン滞留が生じるときの熱交換器の一次側の温度が、それぞれ表現されている。
イ  原告チャート(1) 、同(2) の著作物性
a) 原告チャートでは、左縦軸に温度目盛りが表示されており、右縦軸に圧力目盛りが表示されている。左右の縦軸は、単に温度と圧力を別個に表示しているのではなく、両軸の数値は1対1の関係で対応しており、両者の数値を連動させている。すなわち、右縦軸又は左縦軸の垂直目盛りの位置は、それがいずれの側にあっても図表全体を横断する水平線の値を示している。これが、原告チャートが表現している思想の一部である。すなわち、温度と圧力が1対1で対応するのは、水蒸気だけに認められる特性であるから、このような蒸気の特性によって、温度と圧力を1対1で対応させることができ、原告チャートでは、左軸の温度を右軸の圧力まで平行に線を引くと、当該温度での蒸気の圧力が表示され、その逆も同様のものとなり、図表全体を横断する水平線によって温度と圧力の数値を同時に把握することができるように作られている。こうすることによって、熱交換器内の温度分布、被加熱流体と蒸気温度の温度変化を1枚の図表上で表示することを可能とし、これに対応する蒸気の圧力、トラップの背圧と蒸気圧との差圧までが、この図表上で視覚的に把握することができることになる。
b) 従来は温度に対応するものとして熱交換器の距離が用いられた。しかし、原告チャートの作成者は、温度及び圧力の変化に対応するものとして距離よりも負荷と捉えるべきと考えたのであり、水平横軸の負荷率の表示は、その思想を表現したものである。
c) 原告チャートでは、左右の縦軸に温度、圧力、下方の横軸に熱交換器の負荷率を表すことにより、熱交換器のすべての条件を1枚のチャート上で表現することが可能である。すなわち、原告チャートは、熱交換器内で起きているすべての現象(蒸気温度、圧力、被加熱流体の温度及び温度差の増減と負荷、蒸気量と負荷)について、それらの間の関係と動態変化を同時表現するものである。
 しかも、原告チャートの横軸の数値は、負荷を100%から減少させていくという実際の運転の流れに沿って左端の100から右端の0へと表現されており、熱交換器内の入口(100%負荷から始まる。)から出口(負荷0%で仕事を終わる。)に至る加熱流体(蒸気)と被加熱流体(製品)の温度差の変化と負荷の変化を実際の運転の流れに従って連動させて表現し、熱交換器内で起こる温度(蒸気温度と製品温度)及び温度差の変化、負荷率、圧力の変化とそれらの関係を、左右縦軸と下方の横軸の三つの軸と数値によって、1枚の紙にすべてを盛り込み表現するものである。
d) 原告チャートは、熱交換器のシステムの違い(二次側の被加熱流体の流量が一定のシステムと、同流体の入口と出口の温度差が一定で流量が変化するシステムがある。)にかかわらず、いずれの場合にも汎用することができるものとして作られている。上記システムの違いによって、チャート上で上記温度を示すラインの引き方は変わってくる。すなわち、流量が一定の場合には、全負荷蒸気温度と無負荷時の被加熱流体の出口温度の点を直線で結び、流量が変化する場合には、全負荷蒸気温度と被加熱流体の平均温度差を結び、かつ設定温度以下にならないように水平線を引く、というものである。
e) 原告チャートは、物理学的法則に従って正確な数値を追求しているものではなく、実務的な目的に沿って簡便に使用できるように作られている。
 流量が変化するシステムの下では、平均温度差(MTD)について対数平均温度差(LMTD)ではなく算術平均温度差(AMTD)を用いていること、蒸気ラインを直線(水平線)で表していること(正確に表示する場合には対数曲線となる。)は、チャートの実用的使用目的に沿って概略化を図った作成者の考えに基づくものである。
f) ドレン滞留点(ストールポイント)を示すための右軸の圧力目盛りには、0(大気圧)を基準として、マイナスの目盛り(負圧の世界)が表示されている。ドレン滞留は主として負圧の世界で生じる現象である。すなわち、高圧でも熱交換器内の蒸気圧力が急速に低下しトラップの背圧を下回るときには、ドレン滞留が起き、また、蒸気温度が100℃以下になれば、熱交換器内の圧力が大気圧以下となり、ドレンはトラップから排出されなくなり滞留する。このように、ストール現象は低温で蒸気を使用することに伴い生じるのであるから、熱交換器内の圧力及びトラップの背圧(トラップの出口の圧力)の表示は、マイナスの数値を対象とする必要がある。原告チャートの右軸の圧力目盛りの数値には、そのような思想が明示的に表現されている。
g) 原告チャートにおいては、右縦軸に圧力目盛りがありドレン排出のために設けられるトラップの背圧を表示することができ、また、左縦軸の熱交換器内の温度と右縦軸の圧力が表示されていることから、熱交換器内の条件変化(流量変化及び温度差変化)とトラップの背圧とを結び付けることができるのである。すなわち、原告チャートにおいては、蒸気温度の減少、負荷率の減少により、熱交換器内の圧力がトラップの背圧を下回るのはどの時点であるかを、蒸気減少ラインとトラップの背圧を示す圧力表示(圧力の目盛りを水平に引いた線)との交点として、表現することができる。こうした各条件は、原告チャートができる前は、その都度、設定条件の数値を計算して算出するほかなかったものであり、条件設定ができなければ計算することができないことから、あらかじめドレン滞留点を予測できるわけでもなかった。原告チャートは、それまで複雑な計算によってなされていた作業を簡易化したうえ、従来は不可能であったドレン滞留点を予測するという点において、創造的なものである。
h) したがって、原告チャート(1) 及び同(2) は「思想を創作的に表現した図表」であって、高度の学術性を有し、しかも産業的・商業的価値の高いものであることは疑いがなく、「図形の著作物」として保護される。
ウ 原告チャート(3) ないし(5) の著作物性
a) 原告チャート(3) ないし(5) が事実や現象を表現したものではないこと
@ 原告チャート(3) において、負荷率100%の蒸気温度の@点からD点を通過し、負荷率0%で被加熱流体の設定温度までを結ぶ直線は、逐次計算によって算出した数値の記録ではなく、蒸気の入口温度と被加熱流体の出口温度を直線で結ぶという理論によって引かれた線である。また、トラップの背圧を示す水平線は、単に背圧の数値を記録したのではなく、温度表示に換算されて表されており、蒸気温度との交点(ストールポイント)を求めるために引かれた線である。
A 原告チャート(4) において、最大負荷時(100%負荷)の蒸気温度の@点からE点を通過し、負荷率0%で被加熱流体の平均温度までを結ぶ線は、熱交換器の一次側蒸気温度の変化を把握するために引かれた理論上の仮想線である。実際の蒸気温度は、被加熱流体の各温度に対応する蒸気温度の対数曲線となるが、チャートにおいてこれに近似するのは実線(@点からE点を通過し、温度90度の線上の点までを結ぶ直線と、この点から被加熱流体の出口温度の点まで水平に引いた直線で表される実線)である。しかし、これも事実を記録したのではなく、理論によって上記仮想線を修正したものである。トラップの背圧を示す水平線(A点とB点を通過する水平線)は、単に背圧の数値を記録したものではなく、温度表示に換算した上で1次側の温度との交点(ストールポイント)を求めるために引かれた線である。
B 原告チャート(5) は、同(4) と同様に、温度が一定で流量が変化するとの前提条件を与えられた場合のストールチャートであるものの、いくつかの点で原告チャート(4) の基礎となる思想と齟齬した表現が散見される誤ったチャートである。しかし、原告チャート(5) も、事実を記録したものではなく、思想に基づく表現であり、著作物性を有する。
b) 原告チャート(3) の表現する思想
@ 二次側の被加熱流体の流量一定の前提条件の下では、一次側の温度変化を表すものとして入口温度と二次側の出口温度を直線で結ぶことが理論的に可能である。そして、その表現として、図表(温度を基準とする座標)において、一次側と二次側の各入口温度と二次側の出口温度の2点を直線で結び、このように引かれた直線によって点(入口)と点(出口)の間の一次側の連続的な温度変化を表す。すなわち、一次側の蒸気温度は熱交換の過程で逐次計算して算出しなければ数値を把握することができないものの、原告チャート(3) の線は、そのような計算を経なくても温度変化を把握できるという上記の思想に基づいて引かれた理論線であり、実際の温度変化(対数曲線)を記録したり計算上の近似値を表現したものではない。
A 熱交換器内の各位置の一次側と二次側の平均温度差を負荷率の変動によって把握し、逆に負荷率によって一次側の温度を把握する。そして、その表現として、図表の横軸を一般的な距離の代わりに負荷率にするという形がとられ、平均温度差の変化と負荷率を対応させ、一次側の温度変化を図表上で視覚的に把握できるように表す。
B Aは、熱交換に負荷を与えるのは、一次側と二次側の温度差であることから、熱交換器は、温度差によって駆動する機械であるという技術思想を有するに至った。Aは、そのような技術思想から、熱交換器の変化を表す指標は、温度を基準とすべきであると考え、その表現として、原告チャートの指標は、すべて温度を基準として構成し、作成した。
c) 原告チャート(4) の表現する思想
@ 温度が一定で流量が変化するとの前提条件の下では、一次側の温度変化を表すものとして入口温度と二次側の中間温度を直線で結ぶことが理論的に可能である。そして、その表現として、図表(温度を基準とする座標)において、一次側と二次側の中間温度の2点を直線で結び、このように引かれた直線によって点(入口)と点(出口)の間の一次側の連続的な温度変化を表す。
A @の直線は一次側の温度変化を把握するための理論上の線であり、有効な部分は一次側の入口温度から二次側の設定温度までの間であり、設定温度を下回る部分は理論上の仮想の数値であり、もはや有効なものとはいえない。そして、その表現として、図表においては設定温度までを実線で表し、設定温度を下回る部分を破線で表す。
B 二次側の流量が減少した場合においても、蒸気温度は最低温度として設定温度を守る必要がある。そして、その表現として、一次側の温度が設定温度に達した以降は負荷率0%の時点まで水平に実線を引いて表す。
C 温度は熱交換の過程であり、各温度地点で逐次計算して算出しなければ数値を把握することができないものである。しかし、原告チャート(4) の線は、そのような計算を経なくても温度変化を把握することができるという上記の思想に基づいて引かれた理論線であり、実際の温度変化(対数曲線)を記録したり、計算上の近似値を表現したものではない。ただし、上記A及びBの理論線(実線で引かれた線)が実際の蒸気温度変化に相応していることは、Aによる数値計算によって検証されており、ほぼ近似していることが確認されている。
D 熱交換器内の各位置の一次側の温度変化と二次側の流量変化を負荷率の変動によって把握し、逆に負荷率によって一次側の温度を把握する。そして、その表現として、図表の横軸を一般的な距離の代わりに負荷率にするという形がとられ、一次側の流量変化と負荷率を対応させ、一次側の温度変化を図表上で視覚的に把握できるように表す。
E 熱交換器に負荷を与えるのは、一次側と二次側の温度差であると考えることができることから、Aは、熱交換器は、温度差によって駆動する機械であるという技術思想を形成した。そして、そのような技術思想に基づき、熱交換器の変化を表す指標は、すべて温度を基準とすべきであると考え、その表現として、原告チャート(4) の指標は、温度を基準として構成し、作られたものであり、流量変化を温度に置き換えて表示し、圧力を温度に置き換えて表示し、座標軸の基準を温度によって表現したものである。
d) 原告チャート(5) の表現する思想
 原告チャート(5) は、原告日本支社において作成されたものである。Aが作成したオリジナル・チャート(原告チャート(1) )及び原告が現在使用しているチャート(原告チャート(3) 及び(4) )とは異なり、図表の基準が温度と圧力が混在した不統一なものとなっているほか、Aが一次側の温度変化を破線で示した部分を実線にしている上、設定温度による修正を施していない。したがって、原告チャート(5)によって表現しようとした思想及びその表現が誤っているものであり、図表の背後にあるAの思想が理解されないままに表面的にストールポイントを求める線の引き方だけを採用した図表である。
 しかし、表現内容が正しいか否か、及び、表現されている思想の内容の正確性自体は、著作物性の判断を左右するものではない。
 原告チャート(5) は、ストールポイントを求めるための思想に基づく表現であり、原告チャート(4) とは適用の前提(流量が変化する事例)を共通にしながら異なる表現をしているものである。このことは、ストールチャートが思想そのもの又は思想内容を表現したものではなく、同じようなアプローチをしてさえ異なる表現が可能であることを示している。
 被告は、この誤ったチャート(原告チャート(5) )を模倣して被告チャート及び被告説明文を作成した。
e) 原告チャート(3) ないし(5) 中の説明文の著作物性
 原告チャート(3) ないし(5) 中の使用方法の説明文(原告チャート(3-2) 、(4-2) 及び(5-2) )は、図表に技術思想を表現するために必要な使用方法を言語によって表現したものであり、図表と一体化して著作物を構成している。
エ マトゥールチャート
a) マトゥールチャートは、熱交換器のドレン滞留を予測するための図表ではなく、ある条件下での数値の解析事例を表示した図というべきであり、原告チャートとは考え方が異なる。そもそも、原告チャートは、マトゥールチャートに全く依拠することなく作成されており、そこに表現されている技術思想は独自のものである。原告チャートの作成者であるAは、昭和59年(1984年)の作成当時、マトゥールチャートの存在を知らなかったのであり、この存在を知ったのは、CとD両氏による「ケミカルエンジニアリング」誌1988年7月18日号掲載論文をみたときである。
b)@ マトゥールチャートは、ドレン滞留を予測したものではない。マトゥールチャートは、その手法から明らかなように、ある条件下でドレン滞留現象が生じる一例を解析したものである。したがって、ドレン滞留を予測するという目的や機能はなく、マトゥール論文も所定の設計条件の下での同論文中の図3(別紙目録(7) のチャート)に示されたデータを解析した意見を記述するにとどまっている。
A マトゥールチャートでは、左右の縦軸に温度と圧力の目盛りが記載されていることから、外形的に原告チャートと同じ形式がとられているように見受けられる。しかし、マトゥールチャートの温度と圧力を表す左右の縦軸は連動しておらず、T2Mの数値は平均温度差の計算から導かれた数値をグラフ上に落としたもの(線@であり、右の温度目盛を使っている。)であり、その数値から蒸気表によって圧力の数値を取り出して左の圧力目盛を使ってグラフ上に描いた曲線(線A)がP2Mの蒸気一次側圧力の曲線である。また、被加熱流体の温度(T3及びT4)は、蒸気温度(T2M)を計算するうえで使用されているものの、マトゥールチャート上には表現されていない。
 このように、マトゥールチャートは、計算により算出した数値をグラフに描いたものであり、そこでは書き込まれた数値や直線、曲線に意味があるのであって、チャート(図表)自体に思想や意味は表現されていない。換言すれば、チャートは、計算上の数値を書き入れるための機能を果たしているにすぎず、温度(蒸気温度及び製品温度並びに温度差)と圧力を連動させて捉え表現するという思想は表現されていない。
B マトゥールチャートは、温度差が一定で流量が変化する事例にのみ当てはまるものであり、流量が一定で温度差が変化する場合(熱交換器がそのような方法で運転されることは少なくない。)には、当てはまらないため、利用することができない。また、マトゥールチャートでは、蒸気温度を計算し、これを蒸気圧力ラインに変換するために逐一「蒸気表」を使用するなど、複雑かつ煩瑣な方法をとっており、この点においても実用的なものではない。
C マトゥールチャートは、蒸気の流入フローを制御して熱交換器から出る被加熱流体の温度差を一定に維持する事例において、蒸気温度は流体出口温度より低いことはあり得ないという熱力学の原則を無視している。
D マトゥールチャートの設計条件は圧力50psig.(約3.4bar)から250psig.(約17bar)という高圧蒸気を対象としており、大気圧(1bar)以下で常態化するドレン滞留の世界に踏み込んでいない。
 また、マトゥール論文中の図3(別紙目録(7) のチャート)におけるP2Mの曲線(線A)とP5Mの曲線(線B)の交点(負荷率47%の点)は、ストール(ドレンが停止し滞留する点)ではなく、ドレンのすべてを押し出すために最低必要な圧力(P5Mの定義)であり、そのことはドレンの排出方法についての考え方が相違していることを表している。
 すなわち、マトゥールチャートでは、図表で示されている負荷での圧力は原告チャートが予測するストール点より高い位置にあり、そこではドレンの流れは完全に停止していないから、ドレンはもう少し高い蒸気圧の助けを借りてスチームトラップを通して排出される流れになる。これに対して、原告チャートにあっては、ドレンは完全に停止しているから、ドレンを押し出せる水頭圧を作り出すためには、熱交換器のドレン流出出口位置から十分下に離れた位置にスチームトラップを設けなければならないという考え方に導かれる。
 また、マトゥールチャートは、上記の2点の交点を求めるには熱交換器とトラップの性能を分析し、計算をして算出した数値を逐一に図表に落として曲線を描き、交点を求める方法がとられているのであって、実用的ではない。
E マトゥールチャートでは、ドレン滞留点を求めるに当たって、蒸気温度曲線は関係しておらず、蒸気温度は蒸気圧力を求めるために使用されているだけであり、ドレン滞留は専ら蒸気圧力とトラップの圧力の関係によって求めている。すなわち、マトゥールチャートは、圧力を基準としたチャートなのである。
 一方、原告チャートは、すべての負荷条件下での蒸気温度を示す単純な直線を用い、スチームトラップ流出口にある圧力での蒸気温度を示すラインと交差する点をストールポイント(ドレン滞留点)として求めるものであり、温度を基準としてドレン滞留点を予測するものである。Aは、「熱交換器というものは、温度駆動機械として考えることができる」との技術観に基づいて、「変化する諸条件の下で、熱交換器の性能を予測するには、圧力ではなく、むしろ温度に注目すべき」と考えて、原告チャートを作成した。
 このような熱交換器の捉え方においても、マトゥールチャートの思想は、原告チャートの思想と基本的に異なっている。
(被告の主張)
ア マトゥールチャート
 昭和48年(1973年)に発表されたマトゥールチャートにおいて、蒸気熱交換器において、凝縮液(ドレン)の滞留が開始する負荷率を算出するために、横軸に負荷率をとり、縦軸に温度と圧力をとるグラフの枠組み及びこのグラフを用いて凝縮液(ドレン)滞留開始時の負荷率を求める技術的知見は存在していた。
 すなわち、当該横軸に負荷率をとり、縦軸に温度と圧力をとるグラフを利用して、まず負荷率と熱交換器内の蒸気の温度の関係を示す線を引き、この線を利用して次に負荷率と熱交換器内の蒸気の圧力の関係を示す線を引き、当該負荷率と熱交換器内の蒸気の圧力の線とスチームトラップで発生した凝縮液(ドレン)をすべて排出するために必要なトラップ入口圧力と負荷率の対応関係を示す線との交点を求めて、凝縮液(ドレン)滞留開始時の負荷率を求めるという技術思想は存在していた。
 原告チャートは、このようなマトゥールチャート及びその技術思想を元に、より簡便にするために、マトゥールチャートの負荷率と熱交換器内の蒸気の温度との関係を示す線を引き、次に負荷率と熱交換器内の蒸気の圧力との関係を示す線に変換するという2段階のプロセスを、飽和蒸気において、温度と圧力は1対1の関係にあるという公知の技術常識に基づき、縦軸における圧力に関する目盛りについて、同一の縦軸に目盛られる温度に対応する数値を同じ位置にプロットすることで、温度と負荷率の線が同時に圧力と負荷率の関係を示す線となるようにし、1本の線を引くことですむようにしたものである。原告チャートは、マトゥールチャートを飽和蒸気において、飽和温度と飽和圧力は1対1の関係にあるという公知の技術思想に基づき、より簡便にしたものにすぎない。
イ 原告チャート(1) 及び(2) について
a) 表現とアイデアの区別
 著作権法において、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」とされており、著作権法が保護する対象は、思想又は感情の創作的表現それ自体であって、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でないもの又は表現上の創作性がない表現は、著作権法が保護するものではない。
 このように法が表現のみを保護したのは、特定人に過度の独占権を付与すると、場合によっては、思想の自由・表現の自由・学問の自由といった社会の根幹的な諸価値と抵触するおそれが生じ、また、後発創作者の創作活動を阻害することになり、著作権法の目的たる「文化の発展」の障害となりかねないからである。
 とりわけ、技術的知見ないしアイデアは、万人にとって共通の真理であり、何人に対してもその自由な利用が許されるべきであるから、技術的知見ないしアイデア自体が著作権の名の下に特定人によって独占されるようなことがあってはならないものである。
b) マトゥールチャートと原告チャートの表現の比較
 原告チャートの枠組みとマトゥールチャートの枠組みを比較すると、原告チャートは、昭和48年(1973年)に業界専門誌である「Chemical Engineering」(ケミカルエンジニアリング)において公表されていたマトゥールチャートの記載と全く同様であったり、そこに開示されている技術的知見ないしアイデアそのものであり、著作権の保護の対象とされる創作的な表現であるとは到底いえない。
@ 蒸気熱交換器において、凝縮液(ドレン)の滞留が開始する負荷率を算出するためのグラフの枠組みであり、縦軸に温度と圧力をとり、横軸に負荷率をとるグラフの枠組みであるという点では、原告チャートの枠組みもマトゥールチャートの枠組みも全く同様である。また、水平横軸に熱交換器の距離ではなく、負荷率という指標を設けた点、左右の縦軸に温度、圧力、下方の横軸に熱交換器の負荷率を表した点は全く同様であり、この点で原告チャートの枠組が創作的に表現されたものとは到底いえない。
A 圧力という指標について、原告チャートが飽和蒸気の温度に対応した飽和蒸気の圧力をプロットしている点については、前記アのとおりであり、原告チャートは、マトゥールチャートを基にした技術的知見ないしアイデアそれ自体であるといわざるを得ないのであって、著作権の保護の対象となる創作的な表現といえるものではない。仮に、原告チャートに表現と考えられ得る部分が一部あるとしても、公知の技術であるマトゥールチャートに、飽和蒸気においては温度と圧力が1対1の関係にあり温度が決まれば圧力も決まるという極めて公知の技術常識を利用し、まさにマトゥールチャートにおける二つの線を圧力の目盛りを温度に対応させた目盛りとすることで一つの線ですむという技術的知見ないしアイデアを利用しようとした場合には、原告チャートのように、縦軸に温度とこれに対する圧力をプロットする以外に方法は存在しないのであって、この点からも、原告チャートに著作物性は認められない。
B 原告チャートは、マトゥールチャートと異なり、圧力について大気圧以下の場合の目盛りを設けている。しかし、原告チャートは、蒸気熱交換器において背圧が大気圧以下となる場合に対応するために、大気圧以下の目盛りを設けたにすぎず、圧力について大気圧以下の目盛りを設けることが、「創作的な表現」といえないことは明らかである。
c) 原告チャートの著作物性を認めることの問題
 仮に原告チャートが著作物に該当するとすれば、マトゥールチャートが公知技術としてある中、前記アの技術的知見ないしアイデアについて、進歩性・新規性がなくても、また、出願・審査を受けることなく、極めて長期間(公表後50年間)にわたり独占を認めることになり、当該自然科学の分野における発展を妨げることになり、著作権法の趣旨である「文化の発展」にも悖る結果となることは明らかである。
 とりわけ、原告は、原告チャートの枠組みそれ自体が著作物であると主張している。チャートの枠組みそれ自体が保護を受けることになれば、前記アの技術的知見ないしアイデア以上のものが著作権による保護をうけることになり、極めて問題である。
ウ 原告チャート(3) ないし(5) について
a) 原告チャート(3) ないし(5) のラインの引き方については、技術思想そのものであり、当該技術思想が創作的な表現を保護する著作権の保護範囲外であることは明らかである。
b) 具体的なラインを引いた原告チャート(3) ないし(5) も、著作物性を欠くことは当然である。原告チャート(3) ないし(5) における具体的なラインは、被加熱流体の入口温度、出口温度、加熱蒸気圧力、背圧等の具体的な数値が決まれば、そのラインの引き方の思想に従い自動的に決まるという関係にある。すなわち、原告チャート(3) ないし(5) における具体的なラインは、チャートのラインの引き方の思想と表裏一体の関係にあり、具体的なラインは技術的知見ないしアイデアそのものを示しているというほかない。そして、具体的数値が決まればラインの引き方の思想に基づきラインの引き方も一義的に決まってくるのであるから、創作的な表現とはいえない。
c) ストールチャートの説明文
 原告説明文(3-2) 、(4-2) 及び(5-2) のストールチャートの説明文についても、チャートの使用方法をごく普通に説明したものにすぎず、創作的な表現はなされておらず、当該説明文に著作物性はないといわざるを得ない。
(2) 争点2(原告チャート(1) ないし(5) と被告チャートとの類似性)について
(原告の主張)
ア 原告チャートと被告チャート及び被告説明文を対比すると、図表の外形、構成要素、入力すべき必要情報並びにこの使用目的などは、蒸気圧力の単位の表示が近時、我が国においてもkgGからMPaGに変更されたことに伴い、被告チャートではMPaGが使用されていることを除くと、全く同一である。したがって、被告チャート及び被告説明文は、原告著作物の内容及び形式を覚知させるに足りるものであり、又は少なくともその本質的な特徴を直接感得させるものであることが明らかであるから、原告チャート(1) ないし(5) の複製物又は翻案物に当たる。
イ 原告チャート(1) ないし(5) は、英国、米国、日本などにおいて出版・公表されており、被告はこれに接する機会があったから、被告チャート及び被告説明文は、原告チャート(1) ないし(5) を複製又は翻案したものであることが明らかである。被告チャート及び被告説明文は、とりわけ、原告チャート(5) に依拠したものと考えられる。
ウ したがって、被告チャート及び被告説明文は、原告チャート(1) ないし(5) の著作権(複製権又は翻案権)を侵害するものである。また、著作者人格権のうち同一性保持権を侵害するとともに、原告の名称表示を怠っていることから、氏名表示権を侵害するものである。
(被告の主張)
ア 著作権の保護範囲
 著作権とは、表現されたものに創作性がありさえすれば、工業所有権にはない極めて長い期間にわたり保護され、しかも、保護を受けるのに何らの申請・審査も要することなく容易に取得される権利であって、公益あるいは第三者の利益との調整が不可避なものである。このような著作権の特質に鑑みれば、すべての著作物が同じ程度の保護範囲を受けることができるものではなく、創作性に乏しい著作物については、保護範囲を狭く解することにより、デッドコピーのようなそっくりそのままの無断複製のようなものに限られるべきである。
 仮に原告チャート(1) ないし(5) に著作物性があるとしても、このような技術的知見ないしアイデアそのものと評価できる創作性の極めて乏しいものについては、その保護範囲は、デッドコピーのようなそっくりそのままの複製に限られるべきである。
イ 原告チャート(1) 及び(2) と被告チャートの類似性
a) 原告チャートと被告チャートは、縦軸に温度と圧力を、横軸に負荷率を目盛るという点では共通である。しかし、この点は、マトゥールチャートと原告チャートにおいても全く同様であり、原告チャートと被告チャートの類似性として評価することができないことは明らかである。
 原告チャートと被告チャートは、縦軸に目盛る圧力を温度に対応させてプロットした点で共通している。しかし、これは、技術的知見ないしアイデアそのものであり、表現として保護されるべきではないことが明らかである。
 温度に対応する圧力をプロットしたグラフという点は、技術的知見ないしアイデアが類似しているにすぎないのであって、両者は、具体的表現においては明らかに異なっている。被告チャートの圧力の目盛りは「飽和蒸気の温度と圧力が1対1の関係にある。」という技術常識に基づき、原告チャートと異なる目盛りを割り当てたものである。すなわち、両者を比較すると、温度の最小値と最大値は異なっており、圧力においては全く異なる値が記載されている。被告は、原告チャートの圧力の数値を単純に換算したものでは全くなく、完全に新たに目盛りを振り直したものである。このように、原告チャートと被告チャートは、縦軸に温度と当該温度に対する圧力をとり、横軸に負荷率をとるグラフであるという考えにおいては同様であるものの、温度と圧力の目盛りを完全に振り直しており、とりわけ新たに被告が適切であると判断した数値が圧力軸に記載されているのであって、具体的表現が異なっているものである。
b) 以上のとおり、原告チャートと被告チャートは、明らかに具体的表現が異なっているのであるから、類似するものではない。
 原告チャートの保護範囲はデッドコピーに限られるべきであり、被告チャートは原告チャートのデッドコピーとは到底いえるものではない。
ウ 原告チャート(3) ないし(5) と被告チャート及び被告説明文の類似性
a) 原告チャート(5) との対比
 原告チャート(5) に関しては、ラインの引き方の思想が被告チャートに似ている面があるものの、明らかにチャート及び説明文の表現方法は大きく異なっており、類似するものでは全くない。以下、主要な相違点について述べる。
@ すべての数値が異なること
 両者は、座標軸の値が全く異なり、さらに、ストールポイントの算出に必要な被加熱流体の入口温度、出口温度、加熱蒸気圧力、背圧のすべての数値が異なっている。その結果、ストールポイントの負荷率等の数値も異なっており、また、ラインの傾斜等も明らかに異なっている。このように、ポイント、ラインすべてにおいて、被告チャートと原告チャート(5) の表現は異なっている。
A チャート上に様々な数値が記載されていること
 原告チャート(5) においては、チャート上に蒸気一次圧(加熱蒸気圧力)、背圧、出口温度、入口温度、平均温度の数値が記載されているのに対し、被告チャートにはそのような記載が一切なされていない。
B 名称が全く異なること
 原告チャート(5) の説明文(原告説明文(5-2) )においては、ストールポイント算出のための条件として、「入口温度」、「出口温度」、「蒸気1次圧」、「ドレン管背圧」が必要値としてあげられている。しかし、これらについて、被告チャートの説明文(被告説明文)においては、「被加熱物の最低温度」、「被加熱物の必要温度」、「装置に供給し得る最高の蒸気圧力」、「スチームトラップの出口側の背圧」と述べているのであって、ストールポイント算出のための条件について、全く異なる表現が使用されている。
C 使用方法に関する記載について
 被告説明文においては、P1とT2を結んで線を引く旨の記載に対応する説明部分は一切存在していない。なお、原告は、原告説明文(5-2) の上記説明部分は、チャートのラインと合致せず、説明文の記載の誤りであると主張する。しかし、仮に被告が模倣しているのであれば、当然同じような誤りをしてしかるべきところ、そのような記載は一切存在しないのであって、このことは、被告が原告チャート(5) を模倣していないことを端的に示している。
D 温度表示について
 被告説明文においては、一貫して、加熱蒸気圧力及び背圧について圧力表示をし、加熱蒸気圧力と背圧の圧力を対比することにより、ストールを説明している。このように、指標について、圧力で表示するのか、温度で表示するのかについても表現が異なっている。
b) 原告チャート(3) 及び(4) との対比
 原告チャート(3) 及び(4) と被告チャート及び被告説明文は、そのラインの引き方の思想すら異なっており、その結果、表現においても一層異なっていることは明白である。
エ 被告チャートの技術思想
 被告が、原告チャート(5) を模倣して被告チャート及び被告説明文を作成したとの主張は否認する。被告チャートは、被加熱流体の流量が一定で、温度差が変化する場合と、被加熱流体の流量が変化し、温度差が一定の場合に加え、被加熱流体の流量が変化し、温度差も変化する場合も考慮の対象とし、それら三つの場合に、簡便にプレッシャーポンプが必要であるかどうかの判断に使用するというストールチャートの実務上の目的から、被告チャートにおけるラインの引き方を統一的に採用してストールポイントを算出するのがよいという思想に基づいている(乙9)。したがって、原告チャート(3)ないし(5) のチャートを使い分ける技術思想とは全く異なる。
(3) 争点3(原告チャート(1) ないし(5) に係る著作権の行使は権利の濫用か)について
(被告の主張)
ア 原告は、原告チャートについて、昭和59年(1984年)10月に米国ペンシルバニア州アレンタウンにあるトレーニング・センターで開催された販売代理店及び顧客向けのセミナーにおいて、原告名義の下に、公表されたものである旨主張する。
 一方、原告は、原告チャートに何ら著作権の表示をしておらず、また、表示なく公表した後5年以内にその著作物を登録し、かつ、非表示が見つけられた後に権利者がすべての複製物に表示を付す適切な努力をした場合には権利者に著作物について表示漏れを修正することができるが、原告はそのようなアメリカ著作権法所定の措置を講じていない。
 このように、原告自身、原告チャートにつき、権利行使する意思を全く有しておらず、外部に対してもそのように振る舞ってきたものである。さらに、公表後約20年もの間、原告自らが積極的に原告チャートを開示した書類を広範囲に頒布してきたものである。
イ 原告は、原告チャートにつき著作権を保有していると考えていなかったため、著作権表示を全く行っておらず、かつ、著作権登録も行っていないため、その結果、原告チャートは、米国においては、パブリックドメイン(公有)となっており、創作された本国において全く権利行使出来ない状況である。現に、競合他社であるワトソン・マクダニエル社(乙6)やアームストロング社(乙7、8)においても完全に自由に利用されている。
 このように、創作国たる米国において、自らが著作権行使をする意思を全く有しておらず、そのように振る舞った結果、第三者が自由にストールチャートを使っている状況下、原告が本件訴訟において著作物として保護を求めているのは、実質的には技術的知見ないしアイデアそれ自体であって、原告は技術的知見ないしアイデアそれ自体の保護を求めて権利行使しているのであって、このような点を総合評価すれば、原告の原告チャート(1) ないし(5)に係る著作権に基づく権利行使は権利濫用といわざるを得ない。
(原告の主張)
 争う。
(4) 争点4(原告チャート(2) 及び(5) の複写、印刷及び頒布の禁止の要否)について
(原告の主張)
 被告は、原告に対し、原告チャート(2) 及び(5) 記載の図表及び説明文の複写、印刷及び頒布の禁止を求める。
(被告の主張)
 否認する。
(5) 争点5(謝罪広告の要否)について
(原告の主張)
 被告は、原告に対し、著作権法115条により、別紙謝罪文目録記載の謝罪広告の掲載を求める。
(被告の主張)
 否認する。
(6) 争点6(損害の発生及びその額)について
(原告の主張)
 被告による原告の原告チャート(1) ないし(5) に係る著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)に対する侵害行為により受けた原告の精神的損害を金銭に評価すると、200万円を下らない。
(被告の主張)
 否認する。
第3 争点に対する判断
1 原告チャート(1) ないし(5) の著作物性(争点1)
(1) 総説
 著作権法は、「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定める(同法2条1項1号)のであって、思想又は感情の創作的な表現を保護するものである。したがって、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でないもの又は表現上の創作性がないものは、著作権法によって保護されないと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
 原告チャート(1) 及び(2) は、左縦軸と右縦軸と横軸に目盛りを設定した方眼状の図表であり、原告チャート(3-1) 、(4-1) 及び(5-1) は、その図表に使用例を記載したものである。このような図表又は図表の使用例に示される思想ないしアイデアそのものは、著作権法によって保護されるものではない。また、このような図表又は図表の使用例は、次に述べるとおり、かかる思想ないしアイデアを表現する際にその個性が表れず、定型的な一般的にありふれた表現としかならないような場合には、著作権法によって保護し得る表現上の創作性があるということはできない。
(2) 原告チャートの背景にある基本的な技術思想
 前記第2の1の(3) 及び(4) 記載の前提となる事実及び甲1の1ないし4によれば、原告チャートは、次のような技術思想を基に作成されたものである。
 蒸気を熱源とする熱交換器においては、熱交換器側の蒸気の圧力が背圧よりも小さいとき、すなわち、スチーム・トラップの一次側圧力が二次側圧力よりも低くなった場合に、ドレンが滞留することになる。かかるドレン滞留を防ぐためには、熱交換器にプレッシャーポンプを設置する方法があるため、あらかじめドレン滞留が予測される場合を知ることができれば、熱交換器の設計上有益である。そして、飽和蒸気においては温度と圧力が1対1で対応し、温度の数値をもって圧力の数値をも捉えることが可能であるため、原告チャートにおいては、熱交換器における最大負荷時の蒸気温度、二次側流体入口温度、同出口温度などの数値を設定することによってドレンが生じるとき(すなわち、熱交換器一次側の蒸気圧力が背圧よりも小さくなるとき)の熱交換器の負荷率を簡便に算出することができる。原告チャートは、使用者がドレン発生時の負荷率を簡便に算定できるようにするという目的を踏まえ、横軸に負荷率を、縦軸に温度と圧力を対応させて目盛り付けをするとともに、一次側の温度変化と背圧をいずれも直線で表示し、その交点がドレン発生時の負荷率を示すようにしたものである。
(3) 原告チャート(1) 及び(2) について
ア 原告チャート(1) 及び(2) は、左縦軸に温度、右縦軸に圧力(ほぼ中央に大気圧を設定し、そこから上方は正圧、下方は負圧を表示している。)、横軸に負荷率(左端が100%、右端が0%である。)を設定した方眼状のチャートである。複数の変数を図表に表示する場合、各軸に変数を目盛る手法はごく一般的な表現である。実際、マトゥールチャートにおいても、左縦軸に圧力、右縦軸に温度、横軸に負荷ファクターを設定している。
イ 原告は、原告チャート(1) 及び(2) について、@図表縦軸の温度と圧力を、蒸気表において対応する数値によって1対1に対応させて目盛り付けを行ったこと、A従来は温度に対応するものとして熱交換器の距離が用いられていたものの、負荷を用いることにし、これを図表の横軸に表したこと、B上記@のとおり左右の縦軸に温度と圧力を表し、上記Aのとおり下方の横軸に熱交換器の負荷率を表すことにより、熱交換器のすべての条件を1枚のチャート上で表現することを可能とし、また、負荷を100%から減少させていくという実際の運転の流れに沿って、熱交換器内の入口(左端の100%負荷から始まる。)から出口(右端の負荷0%で仕事を終わる。)に至る加熱流体(蒸気)と被加熱流体(製品)の温度差の変化と負荷の変化を実際の運転の流れに従って連動させて表現したこと、C熱交換器のシステムの違い(二次側の被加熱流体の流量が一定のシステムと同流体の入口と出口の温度差が一定で流量が変化するシステムがある。)にかかわらず、いずれの場合にも汎用することができるものとして作成したこと、D物理学的法則に従って正確な数値を追求しているものではなく、実務的な目的に沿って簡便に使用できるように作成したこと、Eドレン滞留は主として負圧の世界で生じる現象であることから、ドレン滞留点(ストールポイント)を示すための右軸の圧力目盛りには、0(大気圧)を基準として、マイナスの目盛り(負圧の世界)を表示したこと、F熱交換器内の圧力がトラップの背圧を下回るのはどの時点であるかを、蒸気減少ラインとトラップの背圧を示す圧力表示(圧力の目盛りを水平に引いた線)との交点として、表現したことにより、複雑な計算によってなされていた作業を簡易化したこと等に創作性がある旨主張する。
 確かに、原告チャート(1) 及び(2) をマトゥールチャートと対比してみると、マトゥールチャートにおいては、負荷ファクターは右端が100%、左端が0%とされていて、原告チャート(1) 及び(2) とは逆であり、また、マトゥールチャートでは、縦軸の温度と圧力とが無関係に目盛り付けされているにすぎないので、温度と負荷率との関係を示す直線を、蒸気表を用いて圧力と負荷率との関係を示す曲線に変換する作業が必要であり、与えられた数値に基づいて直線を作図するのみでストールポイントが得られる原告チャート(1) 及び(2) とは相違する。また、原告チャート(1) 及び(2)とマトゥールチャートは、二つの線の交点から横軸に垂直線を降ろすことによってドレン発生時の負荷率を求める点で共通するものの、マトゥールチャートは、二つの線がいずれも曲線であるのに対し、原告チャート(1) 及び(2) は、作図の容易な直線である点でも、相違する。
 しかし、原告の上記@の主張については、飽和蒸気においては、圧力が変わるとそれに対する飽和温度(沸騰を始める温度)が変わり、両者の間には一定の関係が存在し、その温度と圧力が1対1で対応することは、自然科学上の法則にほかならないのであって(乙2、3)、かかる法則を用いて、マトゥールチャートにおける縦軸の温度と圧力の目盛りを変更し、これを1対1で対応させて目盛り付けをすることにより、マトゥールチャートをより簡易なものとし、これにより、温度を基準として圧力をも連動的に捉えてドレン滞留点における負荷率を簡易に算出しようとすること自体は、技術的知見ないしアイデアにほかならないというべきである。そして、かかる技術的知見ないしアイデアに思い至った場合に、それを表現するに際しては、図表の縦軸における温度と圧力を1対1に対応させた目盛り付けを行うこと以外には表現の方法がないのであるから、原告チャートの図表の表現自体に創作性があるということはできない。すなわち、原告チャートを作成するに至った技術的知見ないしアイデア自体に独自性や新規性があるとしても、その技術的知見ないしアイデア自体は、著作権法により保護されるべきものということはできず、著作権法は、その技術的知見ないしアイデアに基づいて個性的な表現方法が可能である場合に、個性的に具体的に表現されたものについてこれを保護するものであり、原告チャートについては、その技術的知見ないしアイデアそのものがそのまま表現されているものといわざるを得ない。
 また、原告の上記A、B及びEの主張については、負荷率を横軸の単位として採用すること、実際の機械の稼働に合わせた表示をするために、横軸の左端を負荷率100%とし、右端を0%とすること、及び、縦軸に負圧を表示したことは、いずれも使用者の便宜を考慮してチャート化を行う際の技術的知見ないしアイデアにほかならないのであって、かかる横軸及び縦軸の設定や目盛り付けは、このような技術的知見ないしアイデアに至った場合に、これをそのまま表現したものにすぎず、このような表現自体について創作性を見出すことはできない。そして、このように作成された原告チャートがマトゥールチャートに比べて簡便に使用できるということは、かかる技術的知見ないしアイデアを適用した結果によるものであるから、その表現の創作性を基礎づけるものということはできない。
 さらに、原告の上記C、D及びFの主張については、原告チャートが、自然科学の法則上の正確さよりも、チャートの目的を踏まえて、1枚のチャートで簡便にストールポイントを算出できるようにするとの考え方に基づいて作成されたということも、いかなる自然科学上の法則を用い、また、捨象するかということは、チャートの使用目的を考慮した上での技術的知見ないしアイデアにほかならないというべきであり、原告チャートは、その考案者が取捨選択した自然科学上の法則ないし理論線を一般的な表現として記載したにすぎないものである。原告チャートは、このような技術的知見ないしアイデアに基づいて表現されたものである以上、このような表現自体について、その創作性を認めることはできない。
 以上のとおり、原告の上記各主張は、いずれも原告チャートの表現の創作性を基礎づけるものではない。なお、原告は、原告チャートについて、思想を単純な線によって簡素化した形にし、かつ視覚的に容易に認識できる形で表現したところに創作性があるとも主張する。しかし、原告チャートは、両縦軸と横軸に温度、圧力及び負荷率を設定し、ドレン滞留が発生するポイントを予測するための一定の技術的知見ないしアイデアに基づいて、そのグラフ内に一定のラインを引き、これによってストールポイント等を表示するというものであり、原告のいう創作性とは、かかる図表化を可能とするために、いかなる変数を採用するか、いかなる目盛り付けを用いるかという点についての工夫をいうものであり、これは技術的知見ないしアイデアにほかならず、創作的な表現の保護を旨とする著作権法の保護が及ぶものということはできない。
 よって、原告の上記各主張はいずれも採用することができず、原告チャート(1) 及び(2) は、いずれも著作物(著作権法2条1項1号、10条1項6号)に該当しないものというべきである。
(4) 原告チャート(3) 及び(4) について
ア 原告チャート(3) 及び(4) は、著作物性の認められない原告チャート(1)について、その使用方法に従って、具体的なラインを記載した部分(原告チャート(3-1) 及び(4-1) )と、その説明文(原告説明文(3-2) 及び(4-2) )から成る。
イ 原告チャート(3-1) は、二次側の被加熱流体の流量が一定の場合に、原告チャート(1) を用いて、蒸気温度、二次側流体入口温度、同出口温度、背圧を具体的に設定した上で、ドレン滞留が発生するときの二次側入口温度を求める場合の原告チャートの用法について具体例を記載したものである。原告は、一次側の蒸気温度は熱交換の過程で逐次計算して算出しなければ数値を把握することができないものの、流量一定の上記前提条件の下での一次側の温度変化は、一次側の入口温度と二次側の出口温度を直線で結べば、これを把握することができるとの思想のもとに、これをチャート上に引かれた直線で表現することにした旨主張する。しかし、一次側の蒸気温度について入口温度から二次側の出口温度に至る温度変化を、原告チャートの使用目的を念頭において、計測上求められる厳密な数値ではなく、負荷率を変数とする一次関数で把握するということ自体は、自然科学上の法則を踏まえて、簡便に温度変化を把握するために、必要な範囲内でこれを採用し得る技術的知見ないしアイデアにほかならない。そして、かかる技術的知見ないしアイデアをチャート上に表現する場合には、チャート上の一次関数として表現することになるのであり、かかる一次関数は、著作物性の認められない原告チャート(1) の枠組みを前提として、所定の数値に対応する点や線を記入すれば、チャート上では必ず同じ表現に至るのであって、これを創作性ある表現ということはできない。したがって、原告チャート(3-1) に著作物性を認めることはできない。
 これに対し、原告説明文(3-2) は、原告チャート(3-1) に示されるチャートの具体的作図方法を説明した文書であり、その説明に使用し得る用語や説明の順序、具体的記載内容については、多様な表現が可能なものであり、その説明文は、作成者の個性が表れた創作性のある文章であり、言語の著作物(著作権法10条1項1号)に該当するものと認めるのが相当である。
ウ 原告チャート(4-1) は、二次側の被加熱流体の入口温度、出口温度は変化せず一定であるが、流量が変化する場合に、原告チャート(1) を用いて、蒸気温度、二次側流体の入口温度、同出口温度、背圧等を具体的に設定した上で、ドレン滞留が発生するときの二次側流体の流量を求める場合の原告チャートの用法について具体例を記載したものである。原告は、一次側の蒸気温度は熱交換の過程で逐次計算して算出しなければ数値を把握することができないものの、温度が一定で流量が変化するとの上記前提条件の下での一次側の温度変化を表すには、一次側の入口温度と二次側の中間温度を、二次側の設定温度までの間、直線で結び、設定温度のところからは横軸に平行線を引き(温度は変化しないことを示す。)、一方、設定温度を下回る部分は理論上の仮想の数値であるから、破線で表すことにした旨主張する。
 しかし、一次側の蒸気温度について、入口温度から二次側の設定温度に至る温度変化を、原告チャートの使用目的を念頭において、計測上求められる厳密な数値ではなく、負荷率を変数とする一次関数で把握するということ自体は、自然科学上の法則を踏まえて、簡便に温度変化を把握するために、必要な範囲内でこれを採用し得る技術的知見ないしアイデアにほかならない。そして、かかる技術的知見ないしアイデアをチャート上に表現する場合には、チャート上の一次関数として表現することになるのであり、また、設定温度において水平線を記載して、設定温度を下回る部分(実際には生じ得ない温度の部分)については、破線で記載するというのは、一般的な表現であり、かかる直線や破線は、著作物性の認められない原告チャート(1) の枠組みを前提として、所定の数値に対応する点や線を記入すれば、チャート上では必ず同じ表現に至るのであって、これを創作性ある表現ということはできない。したがって、原告チャート(4-1) に著作物性を認めることはできない。
 これに対し、原告説明文(4-2) は、原告チャート(4-1) に示されるチャートの具体的作図方法を説明した文書であり、その説明に使用し得る用語や説明の順序、具体的記載内容については、多様な表現が可能なものであり、その説明文は、作成者の個性が表れた創作性のある文章であり、言語の著作物(著作権法10条1項1号)に該当するものと認めるのが相当である。
エ 以上によれば、原告チャート(3) 及び(4) のうち、原告説明文(3-2) 及び(4-2) については著作物性が認められる。被告は、原告チャート(3) 及び(4) に著作物性があることを全面的に争っており、現に紛争が生じているのであるから、原被告間において、原告説明文(3-2) 及び(4-2) について原告に著作権があることを確認する利益がある。
 よって、原告チャート(3) 及び(4) について原告が著作権を有することの確認を求める請求は、原告説明文(3-2) 及び(4-2) について原告が著作権を有することの確認を求める限度で、理由がある。
(5) 原告チャート(5) について
ア 原告チャート(5) は、著作物性の認められない原告チャート(2) について、その使用方法に従って、具体例を記載した部分(原告チャート(5-1) )と、その説明文(原告説明文(5-2) )から成る。この原告チャート(5) は、原告チャート(4) と同様に、二次側流体の温度が一定で流量が変化するとの前提条件を与えられた場合のストールチャートであるから、前記(4) と同様の理由により、チャート上に具体例を記載した原告チャート(5-1) は著作物性が認められないものの、その説明文である原告説明文(5-2)は著作物性を有するものと認められる。なお、原告チャート(5) は、原告日本支社が作成したものであるため、いくつかの点で、原告チャート(4) の技術的知見ないしアイデアを誤って表現した部分が存するものの、誤った表現があるからといって、原告チャート(4) の技術的知見ないしアイデアについて異なる表現が可能であるということができないことは当然である。
 そして、被告が原告チャート(5) について著作物性があることを全面的に争っていることからすれば、原告チャート(5) について原告が著作権を有することの確認を求める請求は、原告説明文(5-2) について原告が著作権を有することの確認を求める限度で、理由がある。
2 原告チャート(1) ないし(5) と被告チャート及び被告説明文との類似性(争点2)
(1) 原告チャート(2) 及び(5) の複写、印刷、頒布の禁止について
 原告は、被告が、原告チャート(2) 及び(5) に依拠して被告チャート及び被告説明文を作成した旨主張し、原告チャート(2) 及び(5) の複写、印刷、頒布の禁止を求める。
 しかし、原告チャート(2) 及び原告チャート(5-1) については、上記のとおり、そもそも著作物性がないので、原告チャート(2) 及び原告チャート(5-1) にかかる原告の請求は、理由がないことが明らかである。
 また、原告説明文(5-2) と被告説明文は、次のとおり、類似するものとは認められず、原告説明文(5-2) にかかる原告の請求も理由がない。
ア 原告説明文(5-2) では、ストールポイント算出のための条件として、「入口温度」、「出口温度」、「蒸気の1次圧力」、「ドレン管の背圧」が必要値としてあげられている。一方、被告説明文では、「被加熱物の最低温度(A)」、「被加熱物の必要温度(B)」、「装置に供給し得る最高の蒸気圧力(D)」、「スチームトラップ出口側の背圧(E)」として説明されており、両者は、重要な用語について異なる用語を使用している。
イ 原告説明文(5-2) では、負荷率100%の蒸気圧に対応する温度と出口温度に対応する圧力を直線で結ぶよう指示されているのに対し、被告説明文では、負荷率100%時の蒸気圧に対応する温度と平均温度に対応する圧力とを直線で結ぶよう指示されており、両者は、この点において内容においても相違している。
ウ 原告説明文(5-2) では、加熱蒸気圧力及び背圧について、それぞれ圧力に対応する温度も併記されている。一方、被告説明文では、加熱蒸気圧力及び背圧について圧力表示をするにとどまる。
エ 原告説明文(5-2) と被告説明文を対比すると、チャートの引き方をはじめとした説明内容、説明の順序及び表現方法が、全体としてかなりの程度、相違している。
オ したがって、原告が著作権を有する原告説明文(5-2) と被告説明文が類似していないことは明らかである。かかる事実を前提とすれば、被告が、現に原告説明文(5-2) を複写、印刷、頒布するおそれがあると認めることはできない。
(2) 原告チャート(1) ないし(5) にかかる著作権侵害に基づく謝罪広告及び損害賠償の請求について
 原告は、被告チャート及び被告説明文が、原告チャート(1) ないし(5) の著作権を侵害していると主張し、謝罪広告及び損害賠償の支払を求める。
 しかし、原告チャート(1) 、(2) 、(3-1) 、(4-1) 及び(5-1) については、上記のとおり、そもそも著作物性がないので、上記各チャートにかかる原告の請求は、理由がないことが明らかである。
 また、原告説明文(3-2) 、(4-2) 及び(5-2) と被告説明文は、前記(1) で述べたのと同様に、重要な用語について異なる用語を使用していること、チャート上のラインの引き方の説明内容が相違していること、チャートの説明内容、説明の順序及び表現方法が全体としてかなりの程度相違していることに照らし、類似していないことは明らかである。よって、上記各説明文にかかる原告の請求も理由がない。
3 結論
 よって、原告の請求は、原告説明文(3-2) 、(4-2) 及び(5-2) の著作権が原告に帰属することの確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び控訴のための付加期間の付与について、民事訴訟法64条ただし書及び96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂隆一
 裁判官 古河謙一
 裁判官 吉川泉


{別紙省略]
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