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【事件名】「街の人」肖像権侵害事件
【年月日】平成17年9月27日
 東京地裁 平成16年(ワ)第18202号 損害賠償請求事件

判決
原告 甲野花子
同訴訟代理人弁護士 岡伸浩
同 吉野正己
同 高木亮二
被告 財団法人日本ファッション協会
同代表者理事 馬場彰<ほか一名>
上記両名訴訟代理人弁護士 岡田淳
同 横山経通


主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して三五万円及びこれに対する平成一六年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して三三〇万円及びこれに対する平成一六年九月三日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、原告が、被告らに対し、銀座界隈を歩く原告の写真を無断で撮影し、これを被告らの管理するウェブサイトに掲載した行為は原告の肖像権を侵害するものであると主張して、不法行為に基づく損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めている事案である。
一 争いのない事実等
(1)当事者
ア 原告は、昭和四七年生まれの女性である。
イ 被告財団法人日本ファッション協会(以下「被告ファッション協会」という。)は、我が国のファッションの向上を図るため、国際交流の推進、調査研究、研究に対する助成等を行うことを目的とする財団法人である。
 被告株式会社コロモ・ドット・コム(以下「被告コロモ」という。)は、通信ネットワークを利用した衣料品の製造、販売、リサイクル及び輸出入に関する各種情報の提供等を目的とする株式会社である。
(2)被告らによる原告の写真撮影及びウェブサイトへの掲載
ア 被告コロモの撮影担当社員乙山松夫(以下「乙山」という。)は、平成一五年七月九日ころ、銀座界隈を歩いている原告の姿を、原告の承諾なく撮影した。そして、被告らは、同日ころから平成一六年四月一八日まで、上記のとおり撮影した原告の写真(以下「本件写真」という。)を、原告の承諾なく、被告コロモ及び被告ファッション協会が共同して開設しているウェブサイトの「Tokyo Street Style〔銀座〕」のページ(以下「本件サイト」という。)に掲載した。
イ 本件写真は、横断歩道上を歩く原告をほぼ右前方の位置から撮影したもので、原告の容貌を含む全身像が大写しされている。本件写真で原告が着用している衣服は、著名なブランドである「DOLCE AND GABBANA」(以下「ドルチェアンドガッバーナ」という。)がパリコレクションに出展したもので、胸部には大きく赤い文字で「SEX」というデザインが施されている。
 なお、原告は、本件写真が撮影されたことに気付かなかった。
(3)訴外第三者らの不法行為
ア 平成一六年四月初旬ころから、2ちゃんねるの掲示板サイト(同掲示板サイトは、我が国で最も有名な掲示板サイトであり、テーマごとに多数の電子掲示板が設置され、これらが更に話題ごとに作成された「スレッド」と呼ばれる小さな電子掲示板に分かれていて、誰でもここに匿名で書き込みをすることができる。)に参加している不特定多数の個人により、同掲示板サイトの複数のスレッドから本件サイトの本件写真を掲載しているページに対してリンクが貼られ、また、同掲示板サイトの複数のスレッド上に、不特定多数の個人により、本件写真に言及しつつ、「オバハン無理すんな、絶対ブラ見せるなよき分悪いから。」、「胸に大きく「SEX」って書いた服を着たエロ女発見!」、「あ、痴女だ。。。。。。」等の原告に対する下品な誹謗中傷が書き込まれ、さらに、一部の個人のウェブサイトでは、本件サイトからダウンロードされ複製された本件写真が掲載され、「自然と笑いがこみ上げてきませんか・・・?」、「そんなに犯されたいか・・・?」等の原告に対する下品な誹謗中傷が書き込まれた(以下、これらの不特定多数の個人を総称して「訴外第三者ら」という。)。
イ 原告は、同月一七日、友人から、本件写真が本件サイトに掲載されていること及び訴外第三者らにより上記のような誹謗中傷がされていることを初めて知らされ、同月一八日、被告らに対して抗議をしたところ、被告らは、同日、本件サイトから本件写真を削除した。
 ところが、同年五月七日、2ちゃんねるの掲示板サイトに参加している訴外第三者らの間で、本件写真が再度話題となり、本件サイトから別の個人のウェブサイトにダウンロードされて複製された本件写真のページに対してリンクが貼られ、原告に対する誹謗中傷が繰り返された。この個人のウェブサイト上に公開された本件写真は、同月一一日の時点においても閲覧可能な状態にあった。また、同年八月一一日には、訴外第三者らのウェブサイト上で、本件写真を加工した写真が公開された。
二 争点
(1)本件写真の撮影及び本件サイトヘの掲載行為は原告の肖像権を侵害するか否か。
(2)本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載行為は表現の自由の行使として違法性を阻却するか否か。
(3)被告らの行為と訴外第三者らの誹謗中傷行為による損害との間に相当因果関係があるか否か。
(4)損害額
三 争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載行為は原告の肖像権を侵害するか否か。)について
(原告の主張)
ア 肖像権とは、何人もその承諾なしに、みだりにその容貌・姿態を撮影されたり、撮影された肖像写真を公表されない権利である。
イ 本件写真は、原告の容貌を含む全身像をそれのみを大写しで、カメラを向けているとは分からない態様で撮影したものである。また、本件写真で原告が着用している服のデザインは、野次馬的に見ればSEXと記載したセンセーショナルなものであり、その服装の写真だけが一人歩きした場合、原告の人格自体に対する誤解を生じさせるおそれがある。そして、一般的な、あるいは少なくとも女性の感覚からすれば、かかる写真を第三者に撮影されることは望まないし、ましてそれを公開されることを望まないのは当然である。さらに、原告が、仮に本件写真のような自己の容貌及び身体のみを被写体として撮影するためにカメラを全く知らない第三者から向けられたことを知っていれば、公道上であっても極めて大きな心理的負担を覚えたはずである。
 なお、ある人が特定の服を着て公道上を歩いているという情報は、その周囲の人に公開されているとしても、当該個人のみを顔を含めた大写しという特定の意図を持ったアングルで、ある特定時の特定の表情をとらえて撮影された写真が、公開されている情報でないことはいうまでもない。
 したがって、被告らの本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載行為は、一般人の感受性を基準とした場合、撮影・掲載されるのを好まない形態で行われたものということができるから、みだりに原告の容貌・姿態を撮影・公表したものとして、その肖像権を侵害するものである。
(被告らの主張)
ア 本件写真は、肖像権として保護される情報ではない。すなわち、肖像権として保護を受けるためには、一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場に立った場合には公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、すなわち、一般人の感覚を基準として、公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められる事柄であること等が必要であるとされているところ、本件写真は、銀座の公道上という一般的な公共の場所において、原告が単に歩いている場面を撮影したもので、被告らのみならず、大勢の一般人が目にするありふれた光景を撮影しただけのものであり、しかも、本件写真を本件サイトに掲載する際に、原告の氏名を掲載しておらず、原告自身は特に著名人というわけでもないから、一般人にとって本件写真が原告の写真であると認識できるわけでもない。
 したがって、本件写真は、一般人であれば公開を欲しない情報ではない上、公開されている情報であるから、肖像権として保護される情報ではない。
イ また、一般的な公共の場所に市民が身を置いている場合、公衆の容貌・姿態を撮影する行為は、公衆の行動が一般人が通常取っているものであって、その行動自体が撮影されることに心理的負担を覚えない形態でなされるときは、肖像権侵害にはあたらないと解すべきであるところ、本件写真は、一般的な公共の場所で、原告が単に歩いている場面を原告に何らの心理的負担を与えることなく撮影したものにすぎない。
(2)争点(2)(本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載行為は表現の自由の行使として違法性を阻却するか否か。)について
(被告らの主張)
ア 肖像権といってもこれが無制約に認められるものでないことは当然であって、憲法二一条一項が保障する表現の自由との関係では一定の制約を受ける。すなわち、言論、出版その他の表現の自由は、民主主義を実現する上で必要不可欠な精神的自由の根幹をなすものであって、最大限の尊重を要するから、表現の自由の行使として相当と認められる範囲内においては、肖像権を侵害することにはならない。
イ 被告コロモは、ファッションビジネス関係の大手一二企業により我が国のファッションビジネスの競争力強化のための情報発信サイトと情報サービスを企画するという理念の下に設立された会社であり、被告ファッション協会は、我が国のファッションの向上を図るため、ファッションの源となるデザインに関する知識及び思想の総合的な普及啓発を推進し、もって国民の生活文化の向上発展に寄与するという理念の下に設立された財団法人である。そして、被告らが、本件サイトを開設した目的は、上記理念に基づく活動の一環として、近年ファッション業界を始めとして社会的に注目されている東京の最先端のストリートファッション情報を一つの文化として広く発信するという点にある。
 本件写真についても、東京の最先端のストリートファッション情報を一つの文化として広く発信するために、最先端のファッションを着こなす人々のファッションを楽しむ姿として撮影し、これを本件サイトに掲載したものである。また、原告自身は特に著名人というわけではなく、原告の肖像そのものが本件サイトの利用者に着目されることを意図したものでもなく、被告らは、純粋に原告の洗練されたファッションを世に伝えようとしただけなのである。
 上記のような本件サイトの理念・目的及び本件写真を本件サイトに掲載した理由に照らせば、被告らによる本件写真の撮影・掲載行為は、他人の私生活を暴露するとか覗き見るといった低俗な行為ではない上、著名人の顧客吸引力にフリーライドするようなものでもなく、公益的活動としてのストリートファッション情報の発信活動に他ならず、これが表現の自由の行使の一環として社会的に相当と認められる活動であることは明らかである。
 したがって、被告らが本件写真を撮影し、本件サイトにこれを掲載した行為は、表現の自由の行使として正当なものであり、違法性はない。
(原告の主張)
 ある表現行為が肖像権を侵害する場合であっても、@当該表現行為が社会の正当な関心事あるいは公共の利害に関する事実であること、Aその表現内容、表現方法が不当なものでないことの二つの要件を満たすときは、その表現行為は違法性を欠き、違法な肖像権侵害とはならないと解すべきである。
 しかし、公人ではない原告の本件写真自体は、何ら社会の正当な関心事でも公共の利害に関する事実でもなく、仮に被告らの発信する東京の最先端のストリートファッション情報というテーマが社会の正当な関心事であったとしても、原告の肖像を大写しで撮影した本件写真は何ら社会の正当な関心ではない。違法性のある具体的な表現行為と表現の目的とするテーマは区別すべきであり、後者が正当なものであっても、前者の違法性を阻却することにはならない。
 したがって、本件写真自体は、何ら社会の正当な関心事でも公共の利害に関する事項でもないから、その撮影及び本件サイトへの掲載行為は表現の自由の正当な行使には当たらない。
(3)争点(3)(被告らの行為と訴外第三者らの誹謗中傷行為による損害との間に相当因果関係があるか否か。)について
(原告の主張)
ア インターネット上に本件写真等の個人情報を掲載した場合、その情報が一瞬にして不特定多数の者によってダウンロードされて複製、保存されるだけでなく、その情報に対して匿名の第三者が掲示板サイトを通じて誹謗中傷を加えるおそれがあることは、現代社会ではもとより、少なくとも被告らのように会社名に「ドット・コム」を付けたり、自らのウェブサイトを制作、保有するネット社会のプロフェッショナルである事業者の間では周知の事実であり、被告らがこれを承知していないことはあり得ない。
 したがって、被告らには、本件写真のような個人情報を発信した場合、それが不特定多数の者により複製されたり、匿名の第三者によって誹謗中傷が加えられることについての一般的、抽象的な予見可能性が存在した。
イ 仮に、上記のような一般的、抽象的な予見可能性が認められないとしても、本件写真は女性がSEXと記載された服を着ている写真であり、しかも最も個人識別可能性の高い女性の顔面を写した写真である以上、第三者の野次馬的な興味を引き、第三者に揶揄される可能性が高い特殊な情報であったことは明らかであるから、本件写真をインターネット上に発信した場合、匿名の第三者から本件写真に対する誹謗中傷を加えられる具体的な予見可能性が存在した。
ウ したがって、被告らの行為と訴外第三者らによる原告に対する誹謗中傷行為によって生じた原告の損害との間には相当因果関係が存在する。
(被告らの主張)
 被告らは、最先端のストリートファッションを賞賛するとともにこれを一つの文化として発信しようという目的の下に、本件写真を本件サイトに掲載したにすぎず、訴外第三者らによる誹謗中傷は訴外第三者らによる独自の行為であるから、被告らによる本件写真の撮影及び本件サイトヘの掲載と訴外第三者らによる誹謗中傷との間には相当因果関係がなく、被告らは訴外第三者らによる誹謗中傷あるいはこれによって原告に生じた損害について責任を負わない。
 また、本件写真は、銀座の公道上という一般的な公共の場所で、原告が単に歩いている場面を撮影したものであり、被告らのみならず大勢の一般人が日にするありふれた光景を撮影しただけであり、本件サイトへの掲載も、東京の中でも代表的なファッションストリートである銀座において最先端のファッションを着こなす原告のファッションを楽しむ姿を掲載したものなのである。さらに、本件サイトにおいては、ファッションストリートの定点観測ということで、毎週新たな写真を追加掲載しているが、本件以外に一度として第三者にネット上で誹謗中傷された等の指摘ないし苦情を受けたことがなかった。
 したがって、被告らは、訴外第三者らによって被告らとは全く逆の意図をもって本件写真が悪用されようなどとは到底想像もし得ず、一般的にも本件写真が悪用されて原告が誹謗中傷の対象となるという危険性を予見することは不可能であった。
(4)争点(4)(損害額)について
(原告の主張)
ア 慰謝料 三〇〇万円
 原告は、盗み撮りされた自己の写真がインターネット上で公開されていることを全く夢想だにしておらず、友人によりこれを初めて知らされて極めて大きな精神的ショックを受けた。しかも、訴外第三者らのウェブサイトにおいて、原告に対する誹謗中傷の書き込みが繰り返されており、原告の精神的苦痛は増大した。
 被告らは、本件サイト上の本件写真を削除したとはいえ、インターネット上で公開された本件写真は極めて容易に第三者のコンピューターに複製することができ、個人のコンピューターに複製保存された本件写真を全て探し出して削除することは事実上不可能であり、訴外第三者らによる誹謗中傷の危険性は今後とも完全に消えることはない。
 原告は、自分の写真が見ず知らずの多数の第三者に複製されてしまったおそれがあり、そのために将来も本件写真がインターネット上で公開されて誹謗中傷が加えられる危険性があることに非常に大きな苦痛を覚えており、このおそれは消滅することがないのであるから、その精神的苦痛は回復不能な甚大な損害であり、金銭評価をした場合に三〇〇万円を下ることはない。
イ 弁護士費用 三〇万円
 原告は、本件解決のために弁護士を雇わざるを得なくなったところ、本件訴訟のための弁護士費用は三〇万円を下らない。
(被告らの主張)
ア 被告らは、我が国でも評価されている世界のトップデザイナーブランドの一つであるドルチェアンドガッバーナの衣服を着用した原告のファッションを洗練されたストリートファッションと評価して、本件サイトに掲載し、東京の最先端のストリートファッション情報を一つの文化として広く世に伝えようとしただけであり、本件写真は、銀座の公道上という一般的な公共の場所で、原告が単に歩いている場面を撮影したものであり、被告らのみならず、大勢の一般人が目にするありふれた光景を撮影しただけのものであるから、本件写真の撮影及び本件サイトヘの掲載によって、原告に精神的損害は発生しない。
イ また、被告らは、原告から抗議を受けた平成一六年四月一八日に、直ちに本件写真を削除した上、同月一九日に原告に対し、まず電話で謝罪を行い、乙山も同行して面会して謝罪を行った。さらに、約二〇もの検索エンジンによる調査を行い、本件写真の複製が流通している場合には検索エンジンに対して削除を要請し、調査状況についても報告書を作成して原告に直接手渡すなど、被告らは原告からの抗議に対して誠意ある対応を行っており、これにより、原告の精神的損害は十分に慰謝されている。
ウ したがって、本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載行為が肖像権侵害に該当するとしても、原告の損害額はゼロもしくは極めて低額にとどまる。
第三 当裁判所の判断
一  争点(1)(本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載行為は原告の肖像権を侵害するか否か。)について
(1)何人も、個人の私生活上の自由として、みだりに自己の容貌や姿態を撮影されたり、撮影された肖像写真を公表されないという人格的利益を有しており、これは肖像権として法的に保護されるものと解される。
(2)ア 前記「争いのない事実等」(2)、<証拠略>によれば、本件写真は銀座の横断歩道上を歩く原告の全身像を、容貌を含めて大写しに撮影したものであること、本件写真中の原告の衣服の胸部には大きく赤い文字で「SEX」というデザインが施されていること、本件写真がそのまま本件サイトに掲載されたこと、本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載について、被告らは原告の承諾を得ていなかったことが、それぞれ認められる。
イ(ア)そこで、本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載が原告の肖像権を侵害するか否かについて検討するに、本件写真は原告の全身像に焦点を絞り、その容貌もはっきり分かる形で大写しに撮影されたものであり、しかも、原告の着用していた服の胸部には上記のような「SEX」の文字がデザインされていたのであるから、一般人であれば、自己がかかる写真を撮影されることを知れば心理的な負担を覚え、このような写真を撮影されたり、これをウェブサイトに掲載されることを望まないものと認められる。
(イ)これに対し、被告らは、@本件写真は一般人であれば公開を欲しない情報ではない上、公開されている情報であるから、肖像権として保護される情報ではない、A本件写真は一般的な公共の場所で、原告が単に歩いている場面を原告に何らの心理的負担を与えることなく撮影したにすぎないから、肖像権を侵害するものではないと主張する。
 しかし、特定のファッションを楽しむ原告の姿は、原告が公道上を歩いているとしても、その周囲の人に一時的に認識され得るにすぎないが、本件写真が撮影されることにより原告の容貌等が記録され、これが本件サイトに掲載されることにより、上記の限られた範囲を超えて人々に知られることになる。また、本件写真は、原告の全身像に焦点を絞り込み、容貌を含めて大写しに撮影したものであるところ、このような写真の撮影方法は、撮影した写真の一部にたまたま特定の個人が写り込んだ場合や不特定多数の者の姿を全体的に撮影した場合とは異なり、上記(ア)のとおり被写体となった原告に強い心理的負担を覚えさせるものというべきである。
 以上のとおりであるから、被告らの上記主張は、いずれも理由がない。
(ウ)したがって、原告の承諾を得ずに、本件写真を撮影し、これを本件サイトに掲載した被告らの行為は、原告の肖像権を侵害するものと認められる。
二 争点(2)(本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載行為は表現の自由の行使として違法性を阻却するか否か。)について
(1)前記一(1)のとおり何人も肖像権を有するものであるが、他方で、言論、出版その他の表現の自由は、民主主義の根幹をなすものであって、最大限尊重すべきことが要請される。
 そこで、個人の容貌等の撮影及びウェブサイトへの掲載により肖像橡が侵害された場合であっても、@当該写真の撮影及びウェブサイトへの掲載が公共の利害に関する事項と密接な関係があり、Aこれらが専ら公益を図る目的で行われ、B写真撮影及びウェブサイトへの掲載の方法がその目的に照らし相当なものであれば、当該撮影及びウェブサイトへの掲載行為の違法性は阻却されるものと解するのが相当である。
(2)そこで、この観点から本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載行為について、違法性が阻却されるか否かを検討する。
ア 表現行為の公共性及び目的の公益性について
 <証拠略>によれば、被告コロモは、ファッションビジネス関係一二社が共同発起人・出資者となって、ファッションビジネスの競争力強化のための情報発信サイトと情報サービスを企画・運営する自主機関として設立された株式会社であること、被告ファッション協会は、我が国のファッションの向上を図るため、国際交流の推準調査研究、研修会の開催、研究に対する助成等を行い、ファッションの源となるデザインに関する知識及び思想の総合的な普及啓発を推進し、もって国民の生活文化の向上発展に寄与することを目的として設立された財団法人であること、被告らは近年ファッション業界を始めとして社会的に注目されている東京の最先端のストリートファッション情報を一つの文化として広く発信することを目的として、東京の中でも代表的なファッションストリートである渋谷、原宿、表参道、銀座、代官山において最先端のファッションを着こなす人々のファッションを楽しむ姿を撮影し、これを本件サイトに掲載していることが認められる。
 また、本件写真は銀座の横断歩道上を歩く原告の姿を捉えたものであるところ、前記「争いのない事実等」(2)及び<証拠略>によれば、本件写真中の原告の衣服は著名なブランドであるドルチェアンドガッバーナがパリコレクションで出展したもので、ファッション性の高いものであることが認められ、被告らの上記設立目的等に照らせば、乙山が本件写真を撮影した目的も、本件写真を本件サイトに掲載することにより、東京の最先端のストリートファッションを広く紹介することにあったと認めることができる。
 そして、ファッションに関心を持つ国民にしてみれば、ファッションに関する情報を得ることは自己実現、自己表現を図る契機となるのであるから、ファッション情報は我が国の社会生活上重要な意義を有するものと認められる。そうであるとすれば、ファッション情報を発信することは、公共の利害に関する事項と密接な関係があるということができるので、本件写真を撮影し、これを本件サイトに掲載したことは、上記(1)@の公共性を備えているというべきである。なお、原告は、原告の容貌等を大写しで撮影した本件写真は公共の利害に関する事項ではない旨主張するが、失当といわざるを得ない。
 また、被告らにおいて本件写真を撮影し、これを本件サイトに掲載した目的は上記のとおりであるから、上記(1)Aの目的の公益性の要件も充たしているものと認められる。
イ 表現方法の相当性について
(ア)本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載方法について検討するに、前記「争いのない事実等」(2)、<証拠略>によれば、本件写真は乙山が銀座の公道に立って、原告の承諾を得ることなく、横断歩道上を歩く原告の姿を、その全身像に焦点を絞り込み、容貌を含む形で大写しに撮影したものであること、乙山は本件写真撮影後、原告から本件サイトへの掲載の承諾を得ようとしたが原告を見失ってしまったこと、本件サイトへの本件写真の掲載について原告の承諾が得られないまま、被告らは本件写真をそのまま本件サイトに掲載したこと、したがって、本件サイトに掲載された本件写真を見れば、そこに写っているのが原告であることは容易に判明することが、それぞれ認められる。
(イ)そこで、まず、本件写真の撮影方法についてみるに、乙山は写真撮影や本件サイトへの掲載について事前に原告の承諾を得ないまま、本件写真撮影を行った。しかしながら、被告らとしては、被写体となる個人に対して写真撮影や本件サイトの趣旨目的を説明し、その承諾を得た上で写真を撮影することは十分可能であり、かかる手段を踏んだとしても、東京の最先端のストリートファッションを広く発信するという上記目的を達し得るものと認められるから、乙山が原告の承諾を得ないまま本件写真を撮影したことは、その目的に照らして相当とはいえない(なお、<証拠略>によれば、本件写真が撮影された当時、被告コロモにおいては、本件写真に類する写真を撮影した場合には、事後的に承諾を求める扱いをしていたことが認められる。)。
 また、本件写真は、原告の全身像に焦点を絞り込み、その容貌を含む形で大写しに撮影したものであるが、かかる撮影方法が一般人の立場から見ても心理的な負担を覚えるものであることは、上記一のとおりであり、しかも、本件写真のようにその容貌を含めて特定の個人を大写しすることは、被告らの写真撮影等の目的からすると必ずしも必要なものといえないことは、後記(ウ)と同様であるから、この点においても、本件写真撮影の方法は相当とはいえないというべきである。
(ウ)次に、本件写真の本件サイトへの掲載方法についてみるに、本件サイトの目的は東京の最先端のストリートファッションを広く紹介することであるから、その目的を達成するために必要な情報は、銀座の公道上においてどのようなファッションをした人が歩いているかということであり、かかる情報にこそ一定の社会的価値が認められるというべきであって、逆に、その人の容貌は、上記目的を達成するために必ずしも必要なものではない。
 そうであるとすれば、本件写真について、そこに写っているのが原告であると特定されないような形で本件サイトに掲載したとしても、上記目的は十分に達し得るものと認められ、あえて原告の容貌及び姿態を捉えたものであることが容易に判明するような形で本件写真を本件サイトに掲載したことは、その目的に照らして相当性を欠くものといわなければならない(なお、被告らは、多くの新聞社が自社のウェブサイトに特定の個人を大写しに撮影した写真を多数掲載しているが、これらについて個々の被写体の承諾を得ているとは考えられない旨主張するところ、上記各写真の撮影状況は必ずしも明らかではないものの、これらの写真はいずれも、不特定多数の者を対象にして撮影されたものか、あるいは被写体となった個人の明示文は黙示の承諾を得て撮影されたと推認されるものと認められるから、これらの写真と本件サイトに掲載された本件写真とを同列に扱うことはできないというべきである。)。
ウ 以上のとおり、本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載行為は、表現行為としての公共性と目的の公益性を備えているものの、表現方法としての相当性を欠くものといわざるを得ないから、その違法性は阻却されない。
三 争点(3)(被告らの行為と訴外第三者らの誹謗中傷行為による損害との間に相当因果関係があるか否か。)について
(1)前記「争いのない事実等」(3)、<証拠略>によれば、平成一六年四月初旬ころから、本件サイトの本件写真を掲載しているページに対し、訴外第三者らにより、2ちゃんねるの掲示板サイトの複数のスレッドからリンクが貼られ、同掲示板サイトの複数のスレッド上に、訴外第三者らにより、本件写真に言及しつつ、原告に対する下品な誹謗中傷が書き込まれ、また、一部の個人のウェブサイトでは、本件サイトからダウンロードされ複製された本件写真が掲載され、原告に対する下品な誹謗中傷が書き込まれたこと、原告は、同月一七日、友人から本件写真が本件サイトに掲載されていること及び訴外第三者らにより誹謗中傷がされていることを初めて知らされ、屈辱感、不快感、恐怖感等の精神的苦痛を受けたことが認められる。
(2)そこで、本件写真の撮影及び本件サイトヘの掲載行為と訴外第三者らの誹謗中傷行為による原告の精神的損害との間に相当因果関係があるか否かについて検討する。
ア インターネット社会においては、ある個人情報がウェブサイトに掲載された場合、それを契機として当該個人に対する誹謗中傷が行われる潜在的なおそれが存することは否定できないところである。
イ ところで、本件サイトは、東京の最先端のストリートファッションを広く紹介するという目的の下に、街頭でファッションを楽しむ人々の写真を掲載しているものであり、かつ、ファッションというテーマ自体が様々な価値観に支えられた話題性に富む分野であることにかんがみれば、被告らにおいて、本件サイトを見た不特定多数の者が掲示板サイト等を通じて本件サイトに掲載されたファッションについての個人的な意見・評価・感想等を述べることは予見し又は予見することが可能な状況にあったといえる。
 しかしながら、上記の目的や、被告らはこれまで本件以外には、本件サイトに掲載した写真が悪用され、第三者にインターネット上で誹謗中傷された等の指摘や苦情を受けたことがなかったことに照らすと、被告らにおいて、不特定の第三者が上記のようなファッションについての個人的な意見・評価・感想等を超えて、悪意をもって特定の個人を誹謗中傷することまでをも予見し又は予見することができたと認めることはできない。そして、このことは、本件写真が原告の全身像に焦点を絞り、その容貌を含めて大写しされたものであり、原告の着用する服に「SEX」とのデザインが施されていたとしても、異なるところはないというべきである。
ウ また、訴外第三者らによる誹謗中傷は、訴外第三者らの自由意思による独自の行為であり、しかも、被告らが本件サイトを設けた意図とは全くかけ離れた性質のものである。
エ 以上のことからすると、訴外第三者らによる誹謗中傷により原告が精神的苦痛を被ったとしても、これと被告らによる本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載との間に相当因果関係を認めることはできないというべきである。
四 争点(4)(損害額)について
(1)本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載は原告の肖像権を違法に侵害するものであるところ、<証拠略>によれば、原告は、本件写真が無断で撮影され、本件サイトに掲載されたことにより、屈辱感、不快感、恐怖感等の精神的苦痛を被ったことが認められる。
 そして、本件サイトへの本件写真の掲載を契機として、訴外第三者らにより原告に対して下品な誹謗中傷が加えられ、そのため原告は心因反応に陥り、通院加療を要する状況となったことや、本件写真をダウンロードした不特定の第三者によって、将来これが悪用されるおそれも全くないわけではないこと(なお、上記三のとおり、本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載と訴外第三者らによる誹謗中傷との間に相当因果関係は認められないが、訴外第三者らによる誹謗中傷あるいはこれによる原告の被った精神的苦痛を慰謝料額算定の一事情として考慮することは許されるものと解するのが相当である。)、他方で、被告らは原告から抗議を受けて本件サイトから本件写真を削除し、乙山を同行した上で原告に謝罪を行うなど、原告の精神的苦痛を慰謝するための一定の措置を講じていることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、三〇万円が相当と認められる。
(2)原告は本件の訴訟追行を弁護士に委任する必要があったと認められるところ、本件事案の内容等に照らすと、本件写真の撮影及び本件サイトへの掲載と相当因果関係のある弁護士費用は、五万円と認めるのが相当である。
五 結論
 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、三五万円及びこれに対する平成一六年九月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 石井浩
 裁判官 間部泰
 裁判官 川原田貴弘
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