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【事件名】共産党vsフジテレビ“北朝鮮拉致番組”事件(2)
【年月日】平成17年9月15日
 東京高裁 平成17年(ネ)第707号 謝罪放送等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成15年(ワ)第22313号)

判決


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、本判決の日から1週間以内に、被控訴人の放送するAテレビの番組「金曜エンタテイメント」の放送時間帯において、又は、同番組が廃止されていたときは同番組と同じ時間帯において、原判決別紙1「別紙訂正放送」記載の文章を2回繰り返して読み上げる方法により、訂正放送をせよ。
3 被控訴人は、控訴人に対し、毀損された名誉の回復処分として、被控訴人の放送するAテレビの番組「金曜エンタテイメント」の放送時間帯において、又は、同番組が廃止されていたときは同番組と同じ時間帯において、原判決別紙2「別紙謝罪放送」記載の文章を2回繰り返して読み上げる方法により、謝罪放送をせよ。
4 被控訴人は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する平成15年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、政治活動を行う政党である控訴人が、被控訴人が平成15年9月12日に放送した「金曜エンタテイメント 完全再現!北朝鮮拉致…25年目の真実」と題する番組のテレビジョン放送(以下「本件放送」という。)において、控訴人が、控訴人所属の参議院議員秘書であったCを、Cが北朝鮮による拉致問題の解明に積極的に取り組んだことを理由に除名したとの虚偽の事実を摘示することにより、控訴人が拉致問題解明に冷淡かつ消極的であり、妨害行為までしたという印象を強く一般視聴者に与え、控訴人の政党としての社会的評価を著しく毀損されたとして、被控訴人に対し、放送法第4条第1項に基づき、訂正放送の実施を求めるとともに、不法行為に基づき、謝罪放送の実施並びに慰謝料1000万円及びこれに対する不法行為の後である平成15年10月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 原判決は、本件放送は控訴人の社会的評価を低下させるものとは認められないと判断して、控訴人の請求をいずれも棄却したので、控訴人は、これを不服として控訴を申し立てた。
3 事案の概要は、原判決4頁22行目冒頭から5頁3行目末尾までを次のとおり改め、控訴人の当審における主張を後記4のとおり追加するほかは、原判決「事実及び理由」欄「第2 事案の概要」の1ないし4(原判決2頁18行目から12頁2行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
 「控訴人は、Cが平成10年5月の1回の面接において公安警察官に自らの就職あっせんを依頼したことを問題視して除名したものである。しかし、本件放送は、C自ら拉致問題に関する調査活動を行い、政府や警察との接触を繰り返してきたことを控訴人が問題にし、Cの党員としての権利を3か月間停止して調査し、Cが拉致問題を理由に除名されることが必至になったにもかかわらず、Cはそのような控訴人からの妨害を乗り越えて拉致問題の追及を続ける決意を固めたが、控訴人はそのような決意を固めたCを除名したという虚偽の具体的事実を摘示したものであることが明瞭である。」
4 控訴人の当審における主張
(1) 本件放送が摘示した事実が控訴人の名誉を毀損するものであることについて
 テレビジョン放送における名誉毀損の判断については、放送全体から受ける印象を総合的に判断すべきであり、本件放送は、その制作意図や番組構成、演出効果、俳優の演技など、放送そのものから受ける印象を総合的に考慮して判断すると、次のとおり、控訴人がCを拉致問題を理由に除名したものであって、控訴人が拉致問題解明に冷淡かつ消極的で、妨害行為までしたという印象を強く一般視聴者に与えており、控訴人の名誉を毀損した。
 本件放送の制作意図は、組織と対立する個人を描き、組織から排除されても闘い続ける個人すなわちCに対する強い共感を呼ぶように構成することで、控訴人については、冷淡で、拉致問題を妨害した控訴人という印象を強く与えることをねらったものである。
 Cの除名理由は、Cが公安警察官と面会し自らの国会議員秘書退職後の就職あっせんを事実上依頼したという控訴人の規律に違反する行為をしたことにあり、控訴人はこの除名理由を公表している。本件放送は、これをあえて無視し、Cが拉致問題の調査・究明について熱心に活動したために控訴人から除名されたとして、Cの一方的な言い分に基づき、虚偽の除名理由を事実上明示し、Cが控訴人を除名されても拉致被害者救済に奮闘するのに対し、控訴人は献身的なCを除名し、排除する政党であり、拉致被害者の救出に背を向ける冷たい非人間的な政党であるという印象を強く与えることをねらっているのであって、ここに本件放送の最も悪質な制作意図が現れている。なお、本件放送の事前紹介文書(甲26)では、Cが拉致被害者救出のために奔走し、頻繁に警察に出入りしたがゆえに「警察のスパイ」として控訴人を除名されたという虚偽の事実が記載されているが、この部分には、本件放送の上記のような制作意図と放送内容が端的に示されている。
 そして、本件放送では、拉致問題についての控訴人の活動をCを中心に描いた上、Cが拉致問題で政府や警察関係者と接触を重ねたことで控訴人から疑惑を持たれたとし、次いで、拉致問題で控訴人から除名されそうだとの認識を前提にしたC夫婦の会話の場面を描き、それに続けて、Cが控訴人から除名されたことを告げるという連続的な描写によって、Cが拉致問題に取り組んだことを理由に控訴人を除名されたことを一般視聴者に印象づけており、このことはC夫婦役の著名な俳優による虚偽の事実に基づく迫真の演技により、深く記憶にとどめるような演出を行ったことと相まって、一般視聴者にとっては、除名という非人間的な仕打ちに屈することなく闘い続ける夫婦像が強く浮かび上がらせ、夫婦の強い絆に共感を寄せる一方で、控訴人が冷たい政党であるという印象を同時に受けるような演出・構成がされている。
 また、一般視聴者は、本件放送のようなノンフィクションドラマについては、特段の明確な説明がない限り、古い事実から新しい事実への時系列に沿って番組が進行すると考えて視聴するものであるが、本件放送は、@Cが、元K幹部のEから、北朝鮮が日本人を拉致したことを聞く描写(シーン31)とCが北朝鮮の元工作員と面会し、紛れもない証拠を掴んだとの描写(シーン32)の2つの場面を、D参議院議員(以下「D議員」という。)の国会質問(1988年3月26日)より以前の出来事であるかのように虚偽の事実を摘示し、かつ、A「C氏の控訴人からの除名」を「家族会結成へ三氏の奔走」より以前の出来事であるとして描き、Cが拉致問題で控訴人から除名されながらも、拉致問題解明のために拉致被害者家族会の結成に奔走したと一般視聴者に印象づけ、これらの時系列を逆転させた意図的な構成に基づく描写によって、一般視聴者が放送全体から受ける印象として、控訴人が、英雄的活躍をしたCを除名して排除し、拉致問題に背を向ける非人間的な政党であるとして描いている。この時間を逆転させる演出は、C役の俳優の頭髪が、除名の場面では黒髪であったのに、時期的にはそれより以前の家族会結成に奔走する場面では白髪交じりの頭髪にするなど先後関係を惑わせるメーキャップをしたり、Fの父親を探して連絡を取ろうとした場面(シーン49)では、真実は参議院議員会館から電話をしたものであったのに、Cの自宅から電話をかけたような設定にしたり、Cが家族会結成に奔走する場面では、議員会館で活動するCの姿を一切描いていないことと相まって、一般視聴者にとってはCが除名された時期との前後関係を正確に認識することはいっそう困難になっている。
 さらに、本件放送は、Cを冒頭で「自らのクビをかけた行動力でヤミの世界に接触。拉致の証拠を国会に突きつけた」人物として紹介するなど、最初から控訴人と対立する存在として描き、D議員の国会質問はD議員が国会議員としての自らの責任で構想を練り上げ、行ったものであるのに、これをCが一人で準備したように虚偽の事実を摘示し、D議員の質問による政府答弁を引き出した成果をCの成果として描くなど、一貫してC個人が独自の判断、意思で拉致問題解明の活動を行っているように描き、Cの調査活動が控訴人の方針に基づいたものであることが分かるようにはあえて描写せず、控訴人が果たした拉致問題解明のための役割も描写されていない。
(2) 放送法第4条第1項の規定の趣旨について
 放送法第4条第1項の規定は、真実でない事項の放送がされて権利が侵害された場合には、その被害者が、放送事業者に対し、訂正放送を請求できる権利を認めたものであって、この限りで、放送番組への関与を認めたものと解すべきである。したがって、この規定が公法上の義務を定めたものであって、被害者に対して訂正放送を求める私法上の請求権を付与する趣旨の規定ではないとの最高裁判決(最高裁判所平成13年(オ)第1513号、同年(受)第1508号同16年11月25日第一小法廷判決・民集58巻8号2326頁参照)は同法の解釈を誤ったものであるから、本件においては、上記控訴の趣旨記載の謝罪放送がされるべきである。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、控訴人の請求はいずれも理由がないから、棄却すべきであり、控訴人の本件控訴は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加又は訂正し、後記2において、控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄「第3 争点に対する当裁判所の判断」(原判決12頁3行目から25頁14行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決12頁16行目の「総合的に考慮して判断するのが相当である」の次に「(最高裁判所平成14年(受)第846号同15年10月16日第一小法廷判決・民集57巻9号1075頁参照)」を加える。
(2) 原判決21頁8行目冒頭から22頁9行目末尾までを次のとおり改める。
 「(3) そこで、前記(1)で説示した基準に従い、本件放送によって摘示された事実がどのようなものであったかについて、以下検討する。
ア 前記(2)カのとおり、本件放送は、ブロックCの「37 B党 会議室」から「38 C家 居間」までの場面で、平成10年、政府や警察関係者と接触を重ねるCの行動に疑念を抱いた控訴人の本部が、Cを呼び出して調査し、Cの党員としての権利を3か月間停止したとの事実、Cが控訴人から除名されることを予想し、これが拉致問題と何らかの関わりを有していることを認識していたとの事実、Cが控訴人を除名されても拉致被害者家族の力になりたいと思っていたとの事実、控訴人がCを除名したとの事実を摘示している。
 そのうち、ブロックCの「37 B党 会議室」の場面では、会議室に入って椅子に腰掛けるCの様子を放映し、「1998年」とのテロップを入れ、「Cは、突然、B党本部から呼び出しを受けた。政府や警察関係者と接触を重ねるCの行動に、疑念を抱いた党本部が、Cの調査に乗り出したのだ。」とのナレーションを流し、「君の党員としての権利を3ヵ月間停止する。」との背景音声を流し、Cが人生の大きな岐路に立たされたとのナレーションを流していることに照らすと、Cが政府や警察関係者と接触を重ねた行動について控訴人が疑念を抱き、Cの党員としての権利を停止し、その結果、Cが人生の大きな岐路に立たされたことが描写されているといえる。そして、その直後のブロックCの「38 C家 居間」の場面では、夜、自宅でうつむいて座っているCに対し、妻が声をかけ、Cが妻を椅子に座らせ、長い沈黙の後、「党をクビになるかもしれん。……すまん……」と言って妻に頭を下げ、妻が「……拉致問題ですね。」と言い、Cが「……ぁぁ……」とこれを肯定するつぶやきをして、二人とも沈黙していることに照らすと、Cは自らの拉致問題に関する行動が原因となって控訴人を除名されるおそれがあると認識していたことが描写されているといえる。
 本件放送の中心的テーマが拉致問題であることをも踏まえた上で本件放送における以上のような描写の内容に照らすと、確かに、上記部分は、「Cが拉致問題の調査のために政府や警察関係者と接触を重ねたことから、控訴人においてCに対する調査を開始し、最終的には、Cが拉致問題に取り組んだことを理由に控訴人から除名された」かのような描写として受け取れる面がないとはいえない。そして、本件証拠(甲14、18の1ないし7、甲20)によれば、視聴者の中には、上記の放送部分について、上記のような趣旨のものとして印象を受けたり、理解した者がいたことも認められるところであり、そうすると、そのような描写に対する印象、理解を反映して、視聴者の中には、「控訴人が拉致問題については、冷淡な政党であり、あるいは控訴人がCが取り組んでいた拉致問題解明を妨害した」との印象を受ける者が生じる可能性もないとはいえない。
 しかしながら、他方、本件放送のいずれの箇所においても、Cの控訴人からの除名の理由は明らかにされておらず、したがって、上記の描写部分を含めて、Cの除名理由が拉致問題に関連するものとの具体的事実が明示されていないばかりか、本件放送において控訴人がCの行動に疑念を抱いたとする疑念の内容、控訴人が開始したCに対する調査がどのような事項であったかについても何ら明らかにしていないことに照らすと、本件放送の上記部分について、直ちには、「Cが拉致問題の調査のために政府や警察関係者と接触を重ねたことから、控訴人においてCに対する調査を開始し、最終的には、Cが拉致問題に取り組んだことを理由に控訴人から除名された」との趣旨のものと解することも躊躇されるところである。
イ むしろ、前記のとおり、本件放送は、ブロックCの「33 C家 居間」の末尾の参議院予算委員会の場面で、まず、国会議事堂の外景を放映し、「1988年3月26日」とのテロップを入れて、「1988年3月。運命の日がやってきた。政府は、北朝鮮の関与を認めるのか。」とのナレーションを流し、重要な展開が予想される予告をした上、次いで、参議院予算委員会議場の写真を放映し、「参議院予算委員会」とのテロップを流し、質疑者席にD議員の写真を重ね、答弁者席に故G国家公安委員長(当時)の写真を重ね、「B党 D議員」、「国家公安委員長 G」とのテロップを入れ、「質問するのは、Cが秘書を務めるB党・D議員。答弁するのは、J党の大物・G・国家公安委員長。D議員はCが調べた具体的事実を述べ政府の見解を問い質した。」とのナレーションを流し、その後、「昭和53年以来のアベックの行方不明事犯 恐らくは北朝鮮による、拉致の疑いが十分濃厚でございます」とのテロップを入れ、「G委員長はゆっくり立ち上がって、こう答えた。『昭和53年以来の一連のアベック行方不明事犯、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚でございます。』Cの努力が実った瞬間だった。」とのナレーションを流しており、これらの場面においては、控訴人所属D議員の国会質問が重要な政府答弁を引き出したことを具体的に描写している。もっとも、本件放送は、H、C及びIの三人の人物を中心にした構成となっているところから、この場面においても、Cの活動を中心に描かれてはいるものの、ことの性質上予算委員会における質問は、D議員が自己の責任で質問をするものであることは自明のことであるから、このことは取りも直さず、控訴人がその政党活動としてこの時点で拉致問題について積極的に関わり、重要な政府答弁を引き出したことを浮き彫りにしたものであって、客観的には、Cにスポットを当てると同時に控訴人の政党としての積極的な活動にも光を当てている描写といい得るものであり、したがって、本件放送は、上記アの控訴人がCを除名した場面の直近の場面において、北朝鮮による拉致疑惑を認める重要な政府答弁を引き出したとのD質問及びその基となったCの調査活動を控訴人の方針に沿った活動として描いているものと認めることができる。そして、本件放送は、上記のように控訴人において拉致問題に積極的に取り組んでいるとの趣旨の描写の直後に上記のようなCが控訴人から除名される経緯を描写していること及びその描写においては、Cに対する調査の内容や除名理由の具体的内容も明示していないことに照らすと、本件放送が、控訴人がその所属国会議員の国会質問等を通じて拉致問題に積極的に取り組んでいるとの趣旨の描写の直後に、Cの上記除名に関連する場面により、控訴人が、その方針に沿って拉致問題に取り組んでいるCを拉致問題に取り組んだことを理由に同人に対する調査を開始した上、同様の理由でCを除名した趣旨の描写をするということは不自然といわざるを得ない。
 以上によれば、本件放送の上記部分については、本件放送の全体の描写、文脈を総合考慮すると、控訴人が主張するように、「Cが拉致問題の調査のために政府や警察関係者と接触を重ねたことから、控訴人においてCに対する調査を開始し、最終的には、Cが拉致問題に取り組んだことを理由に控訴人から除名された」との趣旨や「控訴人が拉致問題に冷淡な政党であり、Cによる拉致問題の解明を妨害した」との趣旨のものと解することは困難といわざるを得ない。
ウ さらに、本件放送は、全体としては、H、C及びIの3名の拉致問題についての活動を描いており、その中でもHについての描写が時間的にも最も比重が高いものであることが認められるところ、これらの番組全体をみても、H、Cらの活躍を中心に放送しているとはいえるが、前記のような本件放送の全体の描写、文脈を総合考慮すると、本件放送は、全体としては、上記のとおり、D議員の秘書としてのCの活動を中心に描きながらも、控訴人が拉致問題に積極的に関わっていたことをも描いているものともいい得るものであって、控訴人が拉致問題について冷淡な政党であるとか、Cによる拉致問題の解明を妨害したとの印象を視聴者に与え、控訴人に対する評価をことさら低下させるものということは困難というほかない。」
2 控訴人の当審における主張に対する判断
(1) 控訴人は、本件放送の制作意図は、組織と対立する個人を描き、組織から排除されても闘い続ける個人すなわちCに対する強い共感を呼ぶように構成することで、控訴人に対しては、冷淡で、拉致問題を妨害した控訴人という印象を強く与えることをねらったものであると主張する。
 しかしながら、上記のとおり、テレビジョン放送をされた番組によって摘示された事実がどのようなものであるかを判断するためには、当該番組の全体的な構成、これに登場した者の発言の内容や、画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容を重視すべきことはもとより、映像の内容、効果音、ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮すべきであるから、制作意図もこれらを理解するための考慮要素とはなり得るが、あくまでもテレビジョン放送をされた番組自体によって摘示された事実がどのようなものであるかを、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断すべきものであって、制作意図を過度に重視することは必ずしも相当とはいい難い。そうして、本件放送における制作意図としては、組織と対立する個人を描き、組織から排除されても闘い続けるH、C及びIに対する強い共感を呼ぶように構成されている面はあるものの、控訴人が、冷淡で、拉致問題の解明を妨害したという事実が摘示されたものでないことはもとより、そのような印象を与えるものともいえないことは、前記のとおりであるから、控訴人の上記主張は採用できない。
(2) 次に、控訴人は、本件放送では、Cの拉致問題についての活動の場面とCが控訴人から除名された場面とを連続的に描写することや、C夫婦役の俳優の迫真の演技による会話を通じて、Cが拉致問題の調査・究明について熱心に活動したために控訴人から除名されたとの虚偽の除名理由が事実上明示されており、一般視聴者にとっては、除名という非人間的な仕打ちに屈することなく闘い続ける夫婦像を強く浮かび上がらせ、夫婦の強い絆に共感を寄せる一方で、控訴人が冷たい政党であるという印象を同時に受けるような演出・構成がされていると主張する。
 しかしながら、本件放送中の控訴人の指摘する上記部分については、控訴人が主張するように、「Cが拉致問題の調査のために政府や警察関係者と接触を重ねたことから、控訴人においてCに対する調査を開始し、最終的には、Cが拉致問題に取り組んだことを理由に控訴人から除名された」との趣旨や「控訴人が拉致問題に冷淡な政党であり、Cによる拉致問題の解明を妨害した」との趣旨のものと解することは困難といわざるを得ないことは前記のとおりであるから、控訴人の上記主張は採用することができない。
 また、控訴人は、本件放送が、Cの一方的な言い分に基づき、虚偽の除名理由を事実上明示していると主張しており、Cの手記(甲25、27)やインタビュー記事(乙2)には、Cが拉致問題に深入りすることを控訴人が嫌がるようになり、控訴人がCを警察のスパイだと言いがかりをつけて除名したと考えていることが述べられているものの、本件放送においては、そのような除名理由が描写されているといえないことも前記のとおりである。
 なお、控訴人は、本件放送の事前紹介文書(甲26)では、Cが拉致被害者救出のために奔走し、頻繁に警察に出入りしたがゆえに「警察のスパイ」として控訴人を除名されたと除名理由が記載されていると主張するが、テレビジョン放送をされた本件放送の内容自体を離れて過度に上記文書の記載内容を重視することは相当ではない上、これをもって、上記認定を左右するものということもできない。
(3) さらに、控訴人は、本件放送が、時系列を逆転させた意図的な構成に基づく描写によって、一般視聴者が放送全体から受ける印象として英雄的活躍をしたCを除名して排除し、拉致問題に背を向ける非人間的な政党であるとして描いていると主張する。
 確かに、本件放送は、D議員の国会質問の場面よりも以前の場面で、Cが元K幹部から北朝鮮が日本人を拉致したことを聞いたことやCが北朝鮮の元工作員と面会して紛れもない証拠を掴んだことを描いており、また、Cが控訴人から除名された場面の後に、Cが拉致被害者家族会の結成に奔走した場面を描いているため、一般視聴者にとっては、これらの先後関係を正確に認識しにくいことは否めない。このように時系列に沿った番組進行がされていないことに加えて、C役の俳優の頭髪のメーキャップが黒髪から白髪交じりに変えられていることやCの自宅から電話をかけたような設定にしたり、家族会結成に奔走する場面では議員会館で活動するCの姿を一切描いていないことからすると、Cが控訴人を除名された後にも拉致被害者家族会を立ち上げるのに奔走したかのような誤解を生じさせる可能性がないとはいえないが、このこと自体が直ちに本件放送における控訴人に対する社会的評価が低下するような重要な影響を及ぼすものとは言い難いし、また、このことから直ちに、控訴人が、英雄的活躍をしたCを除名して排除し、拉致問題に背を向ける非人間的な政党であるとの事実が摘示されているとも認め難い。そして、本件放送全体として、控訴人が上記において主張するような印象を一般視聴者に与えるような描写がされているといえないことは、前記のとおりであるから、控訴人の上記主張は採用できない。
(4) また、控訴人は、本件放送が、最初から控訴人と対立する存在として描き、また、D議員の質問による政府答弁を引き出した成果をCの成果として描くなど、Cの調査活動が控訴人の方針に基づいたものであることが分かるようにはあえて描写せず、控訴人が果たした拉致問題解明のための役割も描写されていないと主張する。
 確かに、本件放送は、前記のとおり、Cを含む三人の人物を中心に、いわば「人物本位」に構成されたものであり、その行動に焦点を当てることによって、登場人物の行動のみならず、人柄についてもこれを浮き彫りにするとの意図の下に作られたものであることがうかがわれ、Cについても、冒頭で「自らのクビをかけた行動力でヤミの世界に接触。拉致の証拠を国会に突きつけた」として紹介しているが、このことをもって、最初からCを控訴人と対立する人物として描いているとまでいうことはできないし、このような人物紹介によって、控訴人の名誉が毀損されたということもできない。また、本件放送は、上記のとおり、全体の描写、文脈を総合考慮すると、Cら中心に構成がされてはいるが、それと同時に、控訴人所属D議員の活動も積極的に評価しているということができることは前記のとおりであるから、控訴人の上記主張は採用することができない。
 控訴人は、上記の点も含め、種々の角度から問題点を指摘して、本件放送によって、控訴人の社会的評価が低下させられたと主張しているが、本件放送は、全体としては、Cの控訴人における議員秘書活動を中心に描きながらも、控訴人が拉致問題に積極的に関わっていたことをも併せて描いているものといい得るものであることは、前記のとおりであるから、控訴人の上記主張は採用できない。
(5) よって、本件放送は、全体として、控訴人に対する名誉毀損を構成するものとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の当審におけるその余の主張は理由がない。
3 結論
 よって、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は結論において相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 浜野惺
 裁判官 今泉秀和
 裁判官 長久保尚善
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