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【事件名】「キューピー」著作権侵害事件D(ローズオニール)
【年月日】平成17年9月9日
 東京地裁 平成17年(ワ)第7875号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成17年7月29日)

判決
原告 X株式会社
被告 株式会社ローズオニール キューピー・インターナショナル
同訴訟代理人弁護士 山本隆司
同 井奈波朋子
同 永田玲子


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、金1000万円を支払え。
第2 事案の概要等
1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 原告は、海外服飾デザイナー及び海外メーカーのブランド・デザインによる日本国内ライセンス製造の斡旋業務等を業とする株式会社である。
イ 被告は、キャラクターの企画、開発及び販売等を業とする株式会社である。
(2) ローズ・オニールの著作物に係る著作権について
ア ローズ・オニールは、1874年6月25日、米国ペンシルバニア州ウイルケス・バレ市で生まれ、1944年4月6日死亡したイラストレーターである。ローズ・オニールは、1889年ころから雑誌にイラストを寄稿するなどしたことから、その画才が注目されるようになり、1896年ころから本格的にイラストレーターとしての活動を始めた。
イ ローズ・オニールは、1909年、従来のキューピッドのイラストとは異なる独創的な「キューピー」のイラストを創作し、自作のイラストを付した詩「The KEWPIE'S Christmas Frolic」において発表した。その後も、ローズ・オニールは、多数の「キューピー」のイラスト等を創作した。
ウ ローズ・オニールの著作物であって、1906年5月11日以降に創作されたものについては、我が国において平成17年(2005年)5月6日まで著作権が存続する。
2 事案の概要
 本件は、ローズ・オニールが著作したキューピーに係る著作権を取得したとする原告が、被告において原告の著作権を侵害したと主張して、被告に対し、不法行為に基づき、一部請求として損害賠償金6億円のうち1000万円を請求する事案である。
3 当事者の主張の要旨及び本件訴訟の経緯等
(1) 原告の主張の要旨
ア キューピーに係る著作権には、ローズ・オニールの著作に係るもののほか、ジョセフ・カラスの著作に係るものがある。このうち、ローズ・オニールの著作に係るものについては、ローズ・オニール遺産財団の遺産管理人であるAが、1947年11月1日及び1962年1月20日、ジョセフ・カラスに譲渡した。
イ ジョセフ・カラスの相続人であるBは、米国法人JESCO IMPORTS,INC.(以下「JESCO社」という。)に対し、平成14年10月11日、上記アの著作権を譲渡した。
ウ JESCO社は、原告に対し、平成17年3月16日、上記アの我が国における著作権を譲渡した。
エ 被告は、昭和54年ころから、20数社にローズ・オニールの著作物に係る著作権の使用を許諾することによって原告の著作権を侵害した。被告は、平成12年から平成17年3月15日までの間、著作権使用料として6億円を得ているが、これは、原告が受け取るべきものである。
オ よって、被告に対して、上記エの著作権侵害に基づく損害6億円の一部請求として、1000万円の支払を求める。
(2) 被告の主張の要旨
ア 本件訴えに係る請求原因は極めて不明確である。原告は、根拠となる著作権に係る著作物を特定した上で、当該著作物の著作権が原告にあること及び被告が原告の著作権を侵害する行為を行ったことを主張立証すべきである。
イ 以下のとおり、原告は、ローズ・オニールの著作物に係る著作権に関し無権利者である。
(ア) 上記(1)ア記載の契約によれば、ローズ・オニールの著作に係る権利の譲渡は、期間を15年とする期間譲渡である。したがって、この権利は、15年経過後には、ローズ・オニール遺産財団に帰属することになるから、結局、ジョセフ・カラスは無権利者となる。また、ジョセフ・カラスは、上記譲渡契約の登録を行うことなく、自己の氏名を著作権表示に使用していたから、著作権を失った。
(イ) 上記(1)ウ記載の契約は、訴訟行為をすることを主たる目的として行われたものであるから、信託法11条により無効である。
ウ 原告が、上記(1)アないしウ記載の契約に基づいて、ローズ・オニールの著作に係る権利を譲り受けたとしても、被告代表者は、これらの権利のうち、少なくとも、「The Kewpies'Christmas Frolic」、「DOTTY DARLING AND THE KEWPIES」及び「Kewpie」に係る著作権については、以下のとおり、これらの譲渡を受けて著作権法77条1号の登録手続をしているから、原告は、これらの著作権について被告代表者に対抗することができない。
(ア) Aは、1964年に、裁判所により遺産分割命令が言い渡されたことから、ローズ・オニール遺産財団の遺産管理人としての任務を終えたものの、1997年7月14日、上記命令に係る財産目録に記載されていない財産が発見されたことから、Cが、1997年7月15日、新たに同遺産財団の遺産管理人に選任された。
(イ) Cは、被告代表者に対し、1998年5月1日、我が国におけるローズ・オニールの著作に係る著作権をすべて譲渡した。
(ウ) 被告代表者は、1998年8月25日、(イ)記載の著作のうち「The Kewpies'Christmas Frolic」、「DOTTY DARLING AND THE KEWPIES」及び「Kewpie」に係る著作権について、著作権法77条1号の登録手続をした。
エ 仮に、原告に著作権が帰属する場合であっても、原告の著作権に基づく請求は、司法機関を利用しつつ不当な利益を追求するものであるから、権利濫用として許されない。
(3) 裁判所による釈明の経緯等
ア 著作権の対象となる著作物について
(ア) 訴状において、原告の著作権の対象となる著作物が特定されていなかったことから、裁判所は、第1回口頭弁論期日(平成17年6月3日)において、原告に対し、これを特定するよう求めた。なお、被告も、答弁書において同趣旨の釈明を求めている。
 これに対して、原告は、同期日において、本件の差止請求及び損害賠償請求は、甲第43号証記載のジョセフ・カラスの著作物に係る著作権に基づくものであると述べた。
(イ) しかしながら、原告は、平成17年6月13日付準備書面(7)において主張を翻し、本件訴えに係る著作権は、ジョセフ・カラスのものではなく、ローズ・オニールのものであると主張したものの、その著作物を具体的に特定しなかった。
(ウ) このように原告の主張に係る著作物が特定されていなかったことから、裁判所は、第2回口頭弁論期日(平成17年7月5日)において、再び、原告に対し、著作権の譲渡契約書を提出した上で、原告の主張に係る著作物を特定するよう求めた。なお、被告も、平成17年7月5日付準備書面(1)において同趣旨の釈明を求めている。
(エ) しかしながら、原告は、第3回口頭弁論期日(平成17年7月29日)において、著作権の譲渡契約書(甲55)を提出したものの、著作物を特定しなかった。なお、被告も、平成17年7月29日付準備書面(2)において、「原告は、被告の求めにもかかわらず、著作権を主張する具体的な著作物を特定していない。」と主張している。
イ 被告の侵害行為の特定について
(ア) 原告は、訴状において「被告は現在20社とのライセンス契約をしており」又は「平成10年から、直近6年間を計算すると6億円の不法な収入を得ている。」と主張するものの、その侵害行為の具体的な内容が特定されていなかった。そこで、裁判所は、第1回口頭弁論期日(平成17年6月3日)において、原告に対して、平成17年6月30日までにその内容を明らかにするよう求めた。なお、被告も答弁書において同趣旨の釈明を求めている。
(イ) しかし、原告は、この期日までにその内容を特定しなかったことから、被告は、平成17年7月5日付準備書面(1)において、(ア)と同様の釈明を再度求めた。
(ウ) それにもかかわらず、原告は、第2回口頭弁論期日(平成17年7月5日)において、「現在判明しているだけでも20数社から不法に多額の金銭を得ている。」(平成17年6月13日付原告準備書面(7))として、第1回口頭弁論期日と同様の主張を繰り返すにとどまり、被告の侵害行為の具体的な内容を特定しない上、しかも、前記ア(イ)のとおり、その前提となる著作権の主張自体をジョセフ・カラスの著作物に係るものからローズ・オニールの著作物に係るものに翻した。
(エ) このような経緯をふまえて、裁判所は、同期日において、今後は主張の変更を認めないものとした上で、原告に対し、再び、被告の侵害行為の具体的な内容を特定するよう求めたところ、原告は、その時期について平成12年から平成17年3月15日までのものをいうと述べるにとどまり、その具体的な内容を特定しなかった。そこで、裁判所は、同期日において、再度、これを明らかにするよう求めた。
(オ) しかしながら、原告は、第3回口頭弁論期日(平成17年7月29日)においても、「東京地裁の『平成10年(ワ)13236号事件』判決を見ると、被告は昭和54年頃より同様の行為を行い、多額の金銭を得ている。以上は本来原告が受けるべきもので、その金額を6億円とし、そのうち1000万円の損害金及び本来原告が受け取るべき利益の返還を求める。」(平成17年7月12日付原告準備書面(8))として、第1回及び第2回口頭弁論期日と同様の主張を繰り返すにとどまり、これを特定しなかった。
ウ 原告は、ア及びイの釈明に答えるどころか、平成17年7月12日付原告準備書面(8)において、本件訴訟は、損害金の獲得を目的とするものではなく、被告代表者の著作権に関する訴訟で言い渡された判決(東京高等裁判所平成11年(ネ)第6345号、同平成12年(ネ)第7号等)を正確にすることが主たる目的であるから、被告代表者の著作権の存否について改めて審理をして、国民の前にその疑問について真実を糾す必要があると主張するに至っている。
エ 原告は、被告代表者の著作権の存否に関する証拠を次々に提出しようとするものの、このように肝心な著作物及び侵害行為を一向に特定しようとしない。
 なお、このような経緯をふまえて、被告は、第2回口頭弁論期日において、裁判所に対し、口頭弁論を終結するよう求めていた。
第3 当裁判所の判断
1 被告の侵害行為について
 原告が主張する被告の侵害行為は、原告が著作権の譲渡を受けたと主張する時点(平成17年3月16日)よりも前の行為であって、仮に、それより以前に被告の侵害行為があったとしても、これが原告の著作権を侵害するものと認めることはできない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
2 前記1によれば、原告の請求は理由がないが、念のため、その余の点について検討する。
(1) 著作物及び侵害行為について
ア 著作物について
(ア) 前記第2の3(3)アのとおり、原告はその主張に係る著作物を特定しなかったものの、裁判所の釈明に応じて著作権の譲渡契約書(甲55)を提出している。これによれば、以下の事実が認められる。
a JESCO社は、原告に対し、平成17年3月16日、我が国の著作権法及び商標法において認められるキューピーの全ての権利を、ジョセフ・カラスに係るものとローズ・オニールに係るものにつき、それぞれ代金を1万ドルとして、これらの権利が我が国で法的に確立してから6か月以内に支払うとの約定で、売り渡す旨の合意をした(以下「本件契約」という。)。
b a記載の権利が我が国で法的に確立するとは、我が国において、これらの権利を認容する判決が確定した時点をいうものとする。
c 本件契約書には、権利の対象となる著作物について、具体的な記載はない。
(イ) 以上によれば、本件契約書によっても、原告の主張に係る著作物を特定することができないといわざるを得ない。
(ウ) その他原告の提出に係る証拠を精査しても、原告の主張に係る著作物を認めるに足りる証拠はない。なお、証拠(甲43、44、63の1ないし6)には、ジョセフ・カラスの著作物に係る著作権譲渡の登録に係る記載は認められるものの、原告の主張するローズ・オニールの著作物に係る著作権譲渡の登録に係る記載は認められない。
イ 侵害行為について
 前記第2の3(3)イのとおり、裁判所の釈明にもかかわらず、原告は侵害行為を特定していない。
ウ まとめ
 上記のとおり、裁判所による釈明の経緯並びに本件契約の内容及び本件訴えの目的等からすると、今後、裁判所が、原告に対し、4回目の釈明を求めたとしても、原告は、被告の著作権の帰属について論難することはあっても、自己の主張に係る著作物及びその侵害行為を特定した上で、これらを立証する見込みは低いといわざるを得ない。
 そうすると、原告は、被告が著作物を使用許諾した行為が原告の著作権を侵害すると主張するものの(第2の3(1)エ)、自己に著作権が帰属するとする著作物を特定した上で、被許諾者らによる当該著作物の複製行為等を具体的に主張立証しない以上、結局、被告がこれらの者と共同不法行為の責任を負うと認めることはできない。したがって、原告の請求は理由がない。
(2) 権利濫用について
ア 争いのない事実並びに証拠(甲1、5、43の1ないし6、44、55、63の1ないし6)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 被告代表者は、平成10年5月1日にローズ・オニールの著作物に係る著作権を譲り受けたことから、キューピー株式会社によるキューピーの図柄等の複製行為が当該著作権を侵害する等と主張して、同社に対し、複製行為等の差止め及び10億円の損害賠償等を求める訴えを提起したが(東京地方裁判所平成10年(ワ)第13236号)、同裁判所は、被告代表者の上記請求は権利の濫用に該当するなどとして、平成11年11月17日、被告代表者の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した。
 上記判決においては、権利の濫用について、以下のとおり判示している。すなわち、被告代表者は、一方において、上記著作権を平成10年5月1日に譲り受けたと主張しているにもかかわらず、正当な権原を取得したとする時期よりもはるか前である昭和54年ころから、@キューピーの図柄等のデザイン制作、及びキューピーに関する商品の販売等を行い、自らが上記著作権の侵害となる行為をして、利益を得ていたこと、A自らが主催するキューピーに関する団体の活動においても、ローズ・オニールが作成したキューピーの複製品(被告代表者の主張を前提とする。)を製造、販売したこと、Bさらに、キューピーに関する被告代表者の商品には被告代表者が著作権を有するかのような表示を付したりしていたこと、C被告代表者は、自己がデザインしたキューピーに関する商品を販売していた取引相手に対して、キューピー商品一般(被告代表者の制作したキューピー商品以外のもの)について、使用許諾料の請求をするなどしている等の事実に照らすならば、自らが上記著作権の侵害行為を行って利益を得ていた被告代表者が、キューピー株式会社に対し、上記著作権を侵害したと主張して、差止め及び損害賠償を請求することは、権利の濫用に該当するとされている。
(イ) 上記(ア)と同様に、被告代表者は、平成10年5月1日にローズ・オニールの著作物に係る著作権を譲り受けたことから、株式会社日本興業銀行によるキューピーの図柄等の複製行為が当該著作権を侵害すると主張して、同社に対し、複製行為の差止め及び10億円の損害賠償等を求める訴えを提起したが(東京地方裁判所平成10年(ワ)第16389号)、同裁判所は、被告代表者の上記請求は権利の濫用に該当するなどとして、平成11年11月17日、被告代表者の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した。
 上記判決においては、権利の濫用について、以下のとおり判示している。すなわち、上記(ア)@Aの事実に加え、株式会社日本興業銀行との関係では、平成3年11月、平成4年2月、3月、被告代表者の所蔵するキューピーコレクションを用いたロビー展の開催を促し、その対価の支払を受けたり、平成5年から7年にかけて、同社に顧客配付用の商品を販売し、約1億2000万円の支払を受けたりしたが、同社と取引が継続していた時期に、同社に対し、キューピーについて第三者が著作権を有していると示唆したことはなく、キューピーに関する被告代表者の商品には被告代表者が著作権を有するかのような表示を付したりしていたこと等の事実に照らすならば、被告代表者は、その主張を前提とすれば、自らが、上記著作権の侵害となる行為を多年にわたって継続し、多額の利益を得ていたばかりか、同社に対して、積極的な著作権侵害行為を誘発していたことになる。このような事実経緯に照らすならば、長年にわたり連綿とイラスト等の使用を継続してきた同社に対して、上記著作権を侵害したと主張して、差止め及び損害賠償を請求する被告代表者の行為は、正に権利の濫用に該当すると解すべきであるとされている。
(ウ) 原告は、JESCO社との間で、平成17年3月16日、本件契約を締結したと主張するものの、ローズ・オニールの著作物に係る著作権の我が国における保護期間は平成17年5月6日までであって、本件契約時においては残り2か月にも満たない権利であった。
(エ) 原告が本件契約により譲渡を受けたとされる著作権は、我が国の判決において認められることを前提とするものであって、しかも、本件契約に係る代金は、この判決が確定してから6か月以内に支払うものとされていた。
(オ) 原告は、被告に対して、本件契約の締結日から約1か月後である平成17年4月20日に、(ウ)の著作権を侵害すると主張して、損害賠償金6億円の一部請求として、1000万円の支払を求める本件訴えを提起した。
(カ) 原告は、本件契約の対象のうち、ジョセフ・カラスの著作物に限り著作権譲渡の登録をし、ローズ・オニールの著作物についてはその登録をしていない。
(キ) 原告がローズ・オニールの著作物について利用したことを認めるに足りる証拠はない。
イ 上記認定のとおり、ローズ・オニールの著作物に係る著作権の保護期間及び本件契約の内容並びに本件訴訟に至る経緯等によれば、原告は、少なくともローズ・オニールの著作物に係る著作権を業として利用する目的はなかったのであって、むしろ、原告は、被告が著作権の侵害行為を行って利益を得ていたと指摘する判決に目を付けて、その利益を損害賠償金として取得しようとして、これに関する著作権を取得しようとしたものと推認することができる。そうすると、このような原告の請求は、司法機関を利用しつつ不当な利益を追求するものであって、文化的所産の公正な利用を目的とする著作権法の趣旨に反するものであるから、原告の主張に係る著作権に基づく請求は、権利濫用として許されないというべきである。
3 結論
 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 高部眞規子
 裁判官 東海林保
 裁判官 中島基至
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