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【事件名】死刑囚手記事件
【年月日】平成17年8月25日
 東京地裁 平成16年(ワ)第26420号 損害賠償等請求事件
 (平成17年7月21日 口頭弁論終結)

判決
原告 A
被告 B
被告 C
被告両名訴訟代理人弁護士 藤田謹也
同 小林豊


主文
1 原告の訴えのうち確認の訴えに係る部分(下記第1の3ないし5に記載のもの)を却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 原告の請求
1 被告らは、原告に対し、連帯して、金1000万円及びこれに対する損害発生の日の翌日である平成4年8月末日から支払済みまで年5分の割合による利子、さらに、物価変動分を加算修正した額を支払え。
2 被告らは、原告や、原告に影響を及ぼす周辺の者の肖像権やプライバシー権等の一切の周辺を含む情報データ及びその他諸権利を侵す一切の不当行為や使用を中止し、使用したものの回収や廃棄を現在に至るまでと将来に対しおそれのあるものを速やかに実施せよ。
3 被告らは、平成4年8月ころから訴外株式会社テレビ朝日と共謀して、原告に対し、契約もなく放送や出版等を勝手に、違法、不法、不当になしたことを確認する。
4 同時期に原告の肖像権やプライバシーや名誉権、著作権侵害等パテント侵害を行なったことを確認する。
5 原告には、被告らに対し、それら請求権があることを確認する。
第2 事案の概要
1 原告は、昭和55年3月21日に埼玉県宮代町で発生した強盗殺人、放火事件(以下「本件刑事事件」という。)の被告人として死刑判決を言い渡された者である。本件は、被告らが、原告の著作した書籍「タイム・リミット魔の時間帯−その1−」(甲2。以下「魔の時間帯」という。)や原告が作成した手紙(甲1の98、99頁に掲載されたもの。以下「本件手紙」という。)等を引用し、原告の顔写真(甲1の79頁に掲載されたもの。以下「本件顔写真」という。)を使用するなどして、本件刑事事件に関するテレビ番組(以下「本件番組」という。)を制作・放送し、同番組に関する書籍(甲1がその抜粋。以下「本件書籍」という。)を制作・出版し、又は、本件番組及び本件書籍を制作するための情報提供をした行為が、原告の著作権、肖像権、プライバシー権等を侵害するものであるとして、原告が被告らに対し、本件番組及び本件書籍に関係する情報データ等の使用差止め及び廃棄、損害賠償金1000万円の支払並びに被告らが違法に上記行為を行なったこと等の確認を求めた事案である。
2 前提となる事実(争いのない事実及び末尾掲記の証拠により認められる事実)
(1) 昭和55年3月21日、埼玉県宮代町で、強盗殺人・放火事件(本件刑事事件)が発生し、同月31日には、栃木県日光市で強盗事件(以下「本件強盗事件」という。)が発生した。
 原告は、昭和55年4月20日、本件強盗事件の被疑者として逮捕され、同年5月8日には、警察の取調べにおいて、本件刑事事件について自白したとして、本件刑事事件の被疑者として浦和地方裁判所に起訴された。
 浦和地方裁判所は、昭和60年9月、本件刑事事件について、原告に対し、死刑判決を言い渡し、原告は、控訴した(甲1)。
(2) 原告は、昭和63年ころ、本件刑事事件に関して「魔の時間帯」と題する小冊子の原稿を作成し、平成3年3月30日、Dがこれを定価800円で発行した(甲2、弁論の全趣旨)。
(3) 原告の支援者のうちの一人は、平成4年7月ころ、株式会社テレビ朝日(以下「テレビ朝日」という。)の番組「ザ・スクープ」の制作スタッフに宛てて、本件刑事事件の第1審において死刑判決を言い渡された原告は、無実である旨の手紙を送付した。
 被告C(以下「被告C」という。)は、平成4年7月当時、「ザ・スクープ」の番組ディレクターを担当しており、上記原告の支援者からの手紙を見て、本件刑事事件について取材(以下「本件取材」という。)を開始し、この取材に基づいて、本件番組を制作した(甲1、弁論の全趣旨)。
(4) 東京高等裁判所は、平成4年7月29日、本件刑事事件について、原告の控訴を棄却する旨の判決を言い渡し、原告は、同日、上告した(甲1)。
(5) 被告Cら「ザ・スクープ」の制作スタッフは、平成4年9月5日ころ、本件番組を放送した。被告B(以下「被告B」という。)は、同番組のキャスターを務めた。
 本件番組は、原告の母親へのインタビュー、本件刑事事件及び本件強盗事件の内容、捜査の経緯、原告の生い立ち、原告が本件強盗事件に至った経緯、支援者らによる独自調査の結果、本件刑事事件の被害者の遺族へのインタビュー等で構成され、全体として、本件刑事事件をえん罪事件として扱い、原告が真犯人であることに疑問を呈する内容であった(甲1、3)。
(6) 本件番組の取材内容等をまとめた本件書籍(甲1はその抜粋。)は、平成6年ころ出版された(弁論の全趣旨)。
 本件書籍は、原告の母親へのインタビュー、本件刑事事件及び本件強盗事件の内容、捜査の経緯、原告の生い立ち、原告が本件強盗事件に至った経緯、支援者らによる独自調査の結果、本件刑事事件の被害者の遺族へのインタビュー等で構成され、原告の母親の顔写真、原告の顔写真(本件顔写真)、原告作成のイラスト(以下「本件イラスト」という。)、原告が被告Bに宛てた手紙の抜粋(本件手紙)等が掲載されていた。本件書籍も、本件番組と同様、全体として、本件刑事事件をえん罪事件として扱い、原告が真犯人であることに疑問を呈する内容であった(甲1)。
3 争点
(1) 本件番組の制作・放送行為若しくは本件書籍の制作・出版行為又は本件番組及び本件書籍の制作のために情報提供する行為等が、原告の著作権、名誉権、プライバシー権、肖像権ないしパブリシティー権等を侵害し、又は、その他の不法行為に該当するか(争点1)
(2) 原告が、被告らに対して、本件番組の制作・放送及び本件イラスト、本件手紙等を掲載して本件書籍を制作・出版すること並びに被告らが本件番組及び本件書籍制作のために情報提供すること等を承諾した事実の有無(争点2)
(3) 損害の発生及び額(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件番組の制作・放送行為若しくは本件書籍の制作・出版行為又は本件番組及び本件書籍の制作のために情報提供する行為等が、原告の著作権、名誉権、プライバシー権、肖像権ないしパブリシティー権等を侵害し、又は、その他の不法行為に該当するか)
(原告)
 被告らは、原告の著作した書籍(「魔の時間帯」)や原告が作成した本件手紙等を引用し、本件顔写真を掲載するなどして、本件刑事事件に関する本件番組を制作・放送し、本件書籍を制作・出版し、又は、本件番組ないし本件書籍の制作者に、原告に関する情報等を提供したが、被告らの上記行為は、原告の著作権、名誉権、プライバシー権、肖像権ないしパブリシティー権等を侵害するものである。
 被告らは、原告が本件番組及び本件書籍のうち、いかなる部分が、原告のいかなる権利を侵害しているのか特定していない旨主張する。しかし、本件番組及び本件書籍における本件顔写真の掲載、本件手紙の引用、文等の1字1句残らず、全部が全部、原告の上記権利をすべてにおいて侵害している。
(被告ら) 
 原告は、本件番組及び本件書籍のうち、いかなる部分が、原告のいかなる権利を侵害しているのか特定していないから、原告の主張は失当である。
2 争点2(原告が、被告らに対して、本件番組の制作・放送及び本件イラスト、本件手紙等を掲載して本件書籍を制作・出版すること並びに被告らが本件番組及び本件書籍制作のために情報提供すること等を承諾した事実の有無)
(被告ら)
 原告の母親は、原告の無罪を信じており、被告らの取材は、原告の無実を証するためのものであったことから、積極的に取材に応じており、非常に協力的であった。
 原告は、原告の母親、支援者、E弁護士等を通じて本件取材を知り、テレビ朝日に対して、自ら本件イラストを郵送した。
 原告の母親及び支援者は、本件番組を見て、非常に喜んでおり、被告らの取材・報道活動、本件番組の放送、本件番組をまとめた本件書籍の内容について不満や苦情を口にすることはなかった。
 本件書籍に掲載された原告の本件顔写真は、昭和55年に、新聞報道で公表されたものである。
 原告は、本件番組放送後、被告Cから本件番組のシナリオ(甲3)の送付を受けたが、被告らの取材活動や本件番組の放送に対する不満や苦情は本件訴訟提起まで一切述べていない。また、原告は、平成6年ころ、支援者らの差し入れによって、本件書籍を入手して読んでいたにもかかわらず、その内容やこれが出版されたことについて、本件訴訟提起まで何らの不満も苦情も述べていない。
 以上のような事実に鑑みると、原告は、被告らに対し、本件取材や本件番組の制作・放送及び本件書籍の制作・出版等に対し、明示ないし黙示の承諾を与えていたことが明らかである。
(原告)
 被告らは、原告が、被告らの本件取材、本件番組の制作・放送及び本件書籍の制作・出版等について承諾していた旨主張する。
 しかし、原告の母親は、原告に対し、本件番組において死刑囚の母として取材・報道されることについて不満を述べていた。原告の母親は、本件刑事事件の控訴審で無罪判決が出ることを信じて、本件取材に協力したものである。
 また、原告は、本件イラストを被告Bに宛てて送付した。しかし、これは、事件を知ってもらうための資料として送付したものであって、被告らによる転載を許すものではない。
 原告及び原告の母親の、本件取材に対する協力は、有罪判決になった場合にも協力するというものではなかった。
 被告らは、原告が、本件取材、本件番組の放送や本件書籍の出版に対して本件訴訟提起まで不満や苦情を述べていない旨主張する。しかし、これは、原告が、被告Bに対して小説の添削者の紹介を依頼していたために遠慮していた上、本件番組の内容については、全く聞いていなかったためである。
 したがって、原告は、被告らに対して、本件取材や本件番組の放送及び本件書籍の発行を承諾していたものではない。
 仮に、原告から被告らに対し、何らかの承諾を与えていたとしても、著作権侵害については、被告らの行なった本件取材や本件番組の放送及び本件書籍の発行は、原告の許諾に係る利用方法及び条件の範囲外の行為であるから、原告の本件イラストや本件手紙等に係る著作権を侵害するものである。
3 争点3(損害の発生及び額)
(原告)
 原告は、被告らの各侵害行為によって、被告らの各侵害行為がなければ原告が得られたであろう利益を得られない等の損害を被っており、この損害を金銭的に評価すると200億円を下らないから、うち金1000万円の支払を求める。
(被告ら)
 原告の損害に関する主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 原告の確認の訴えについて
 前記第1の3及び4記載の請求に係る訴えは、権利又は法律関係の存否の確認の訴えではなく、過去の事実関係の存否の確認を求めるものであって、不適法である。
 また、前記第1の5記載の請求に係る訴えは、前記第1の1及び2記載に係る権利を有することの確認を求めるものと善解できるが、原告には、前記第1の1及び2記載の権利に基づく給付請求(前記第1の1及び2記載の請求)と重複して、当該権利を有することの確認を求める利益がないから、前記第1の5記載の請求に係る訴えは確認の利益を欠き、不適法である。
2 原告のその余の請求について
 本件においては、事案の性質に鑑みて、争点2(原告が、被告らに対して、本件番組の制作・放送及び本件イラスト、本件手紙等を掲載して本件書籍を制作・出版すること並びに被告らが本件番組及び本件書籍制作のために情報提供すること等を承諾した事実の有無)から判断する。
(1) 証拠(甲1、3ないし5、7)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 被告Bは、本件取材開始後、原告に対し、本件刑事事件がえん罪事件であることを証明するための報道活動をしている旨の自己紹介や原告の生活状況等を尋ねる内容の手紙を出した。
 原告は、平成4年8月17日付で、被告Bに宛てて、上記手紙に対する返事の手紙(本件手紙)を作成し、手紙と共に、自らの作成した「ほとほと」と題する小説の原稿を同封して郵送し、小説の添削者の紹介を依頼した。また、原告は、同月24日ころ、被告Bに宛てて、自らが作成した、取調べ状況のイラスト(本件イラスト)を郵送した(甲7)。
イ 被告Bは、本件番組放送後の同年9月22日ころ、原告に対して、小説の添削者に心当たりがない旨の手紙を送付すると共に、上記小説の原稿を返送した(甲4)。また、被告Cは、原告を応援する旨の手紙を作成して上記被告Bの手紙に同封した(甲5)。
ウ 原告は、本件番組放送から数か月後、被告らないしテレビ朝日に対し、本件番組に関する資料を求め、被告らないしテレビ朝日は、原告に対し、本件番組のシナリオの抜粋(甲3)を送付した。
エ 原告の支援者は、本件書籍が出版された平成6年ころ、原告に対し、本件書籍の一部のコピー(甲1)を渡した。
オ 原告は、その後、平成16年12月10日の本件訴訟の提起まで被告らないしテレビ朝日に対して、抗議することはなかった(弁論の全趣旨)。
(2) 前記認定事実及び前記第2の2記載の前提となる事実によれば、本件番組及び本件書籍の内容が本件刑事事件について原告の無実を主張するものであること、原告自らが、取材活動の事実を知って、イラストを送付するなどの協力的行動を行なっていること、原告は、支援者等から本件番組及び本件書籍の内容を知らされていたのに、本件番組放送後約12年間、本件書籍発行後約10年間、特に抗議していないのであるから、これらの事実を総合すれば、原告は、被告らに対し、本件番組の制作・放送及び本件イラスト、本件手紙等を掲載して本件書籍を制作・出版すること並びに被告らが、本件番組、本件書籍作成のために情報提供すること等について、少なくとも事後的に黙示の承諾をしたものと認められる。
(3) 原告は、被告らに対して特に抗議しなかったのは、被告Bに対して小説の添削者の紹介を依頼していたために遠慮していた上、本件番組の内容について全く聞いていなかったためである旨主張する。しかし、前記認定事実によれば、原告は、被告Bから平成4年9月22日ころ、小説の添削者の紹介依頼を断られた後も約12年間抗議しておらず、また、本件書籍により本件番組の内容を知った後も、約10年間抗議していないのであるから、この点に関する原告の主張は採用できない。
 また、原告は、仮に、原告から被告らに対し、何らかの承諾を与えていたとしても、著作権侵害については、被告らの行なった本件取材や本件番組の放送及び本件書籍の発行は、原告の許諾に係る利用方法及び条件の範囲外の行為である旨主張する。しかし、前記のとおり、原告は、被告らに対し、本件番組の制作・放送及び本件イラスト、本件手紙等を掲載して本件書籍を制作・出版すること並びに被告らが本件番組及び本件書籍作成のために情報提供すること等について、少なくとも事後的に黙示の承諾をしたものと認められるのであるから、原告の主張は採用できない。
第5 結論
 以上によれば、原告の訴えのうち前記第1の3ないし5記載の確認請求に係る部分は訴訟要件を欠くから不適法であり、原告のその余の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂隆一
 裁判官 杉浦正典
 裁判官 吉川泉
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