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【事件名】筋トレ理論名「初動負荷」の無断使用事件
【年月日】平成17年7月12日
 大阪地裁 平成16年(ワ)第5130号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成17年5月10日)

判決
原告 A
原告 株式会社ワールドウイングエンタープライズ
原告ら訴訟代理人弁護士 筧宗憲
同 藤本尚道
同 茂木立仁
同 村上英樹
同 柿沼太一
同 高島浩
被告 株式会社ゴルフダイジェスト社
訴訟代理人弁護士 丹羽一彦
同 萩原唯考
同 森嶋裕子
被告 B
訴訟代理人弁護士 石渡進介


主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告らは、原告Aに対して、連帯して金1670万円及びこれに対する平成15年11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告らは、原告株式会社ワールドウイングエンタープライズに対して、連帯して金1170万円及びこれに対する平成15年11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告らは、原告らに対して、連帯して週刊ゴルフダイジェスト誌の誌上に、別紙記載の謝罪文を、標題は4号活字、そのほかは8ポイント活字で、引き続き2回掲載せよ。
(4) 被告株式会社ゴルフダイジェスト社は、平成15年11月1日付の「チョイス11月号」を販売してはならない。
(5) 被告株式会社ゴルフダイジェスト社は、その所持ないし保管する(在庫・返品・執筆者贈与分等の態様のいかんを問わない。)平成15年11月1日付の「チョイス11月号」をすべて廃棄せよ。
(6) 被告株式会社ゴルフダイジェスト社は、その発行に係る平成15年11月1日付の「チョイス11月号」をすべて回収せよ。
(7) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(8) 第1項及び第2項について仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)
 主文と同旨。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
ア 原告Aは、著名なトレーナーであり、昭和56年には鳥取にジムを開く一方、C連盟等のフィットネス・コーチを歴任し、動作改善、故障改善、強化を中心にトレーニング指導業務を行ってきた。
イ 原告株式会社ワールドウイングエンタープライズ(以下「原告会社」という。)は、原告Aが代表者を務め、トレーニング施設の運営、トレーニング器具の販売等を目的として設立された株式会社であり、住所地に「初動負荷」トレーニングマシンを設置したトレーニングジム「ワールドウイング」を所有・運営するとともに、同ジムに隣接する場所にホテルDを所有し、トレーニング参加者の宿泊の用に供する等している。
ウ 被告株式会社ゴルフダイジェスト社(以下「被告会社」という。)は、雑誌、書籍、新聞の発行やゴルフ会員権の売買の斡旋や募集の代行等を目的とする株式会社であり、週刊誌「週刊ゴルフダイジェスト」を発行するほか、隔月刊でゴルフに関する課題ごとの特集記事を配した「チョイス」誌を発行している。
エ 被告Bは、株式会社E内のチーフトレーナーの肩書を有し、スポーツトレーナーとしてスポーツ競技者の指導にあたっているとされている。
(2) 原告Aによる「初動負荷」理論の創案・命名
ア 原告Aは、その指導経験から、それまでの動作視点とトレーニング方法に疑問を抱き、平成6年に著書「F」(G社)において、従来のトレーニング理論を根底から覆す「初動負荷理論」を発表した。
イ 初動負荷法(トレーニング)とは、「その運動の主動筋を最大限に伸長させたポジション(すなわち、その動作の開始時)において負荷を与えた後、その負荷を適切に漸減することで、主動筋の「弛緩→伸長→短縮」の一連過程を促進させると共に、主動筋活動時に、その拮抗筋並びに拮抗的に作用する筋の収縮(共縮)を防ぎながら行う運動・トレーニング方法」である。
 これに対して、バネやチューブあるいは従来のトレーニングマシンを用いた運動形態は、動作中筋出力が維持され、あるいは高くなるが、原告Aは、このような動作終了に向けて負荷が継続ないし徐々に増加するような筋の活動様式による運動・トレーニング方法を「初動負荷」と対比して「終動負荷」とその著書の中で表現した。
ウ 原告Aの「初動負荷」理論は、発表当初は、その理論のあまりの斬新さから一般には受け入れられなかったが、その後の研究報告や、原告会社の経営するスポーツジムで初動負荷理論に基づく指導を地道に行ったことにより、徐々にその理論の有用性、有効性が実証的に認められるようになって、現在ではトップアスリートから一般競技者まで様々な層に、初動負荷理論が広く認知されるようになった。
(3) 著作権侵害
ア 原告Aの著作権及び著作者人格権
(ア) 原告Aは、「初動負荷」及び「終動負荷」という表現を創作した。
(イ) 「初動負荷」及び「終動負荷」という表現は、次のとおり著作物性を有する。
a 初動負荷理論はそれまでのスポーツ界における定説を覆す極めて革新的な理論であるが、「初動負荷」、「終動負荷」という表現は、その表現に接した人が理論の内容を端的にイメージできるようなわかりやすい表現であるから、同表現は、独創的な理論内容を、的確に、かつ短い言葉で表現したものであって、独創的な表現であることは明白であり、著作物性を有する。
b 仮に理論内容の独創性が直接的に表現の独創性に結びつかないとしても、前記のような内容を持つ動作、トレーニング理論について、その内容を端的に、かつ短い形式で表現しようとすれば、「初動負荷」トレーニング以外にも、「主動筋円滑」トレーニング、「筋共縮防止」トレーニング、「初期負荷後漸減」トレーニング、「始動負荷」トレーニング、「瞬間負荷」トレーニング、「反射促進」トレーニング、「終盤加速型」トレーニング、「負荷変動式」トレーニング、「逓減負荷」トレーニング、「加速増進負荷」トレーニング等、極めて多くの表現方法が考えられるところ、その中であえて、原告Aが「初動負荷」という表現をしたのは、初動負荷理論中、特に独自性があるその「負荷賦課方法」、すなわち、一連の動作のなかで、その「動作の初期」に負荷を与えるという点について、その表現に接した人が理論の内容を端的にイメージできるよう、わかりやすく表現したかったからである。
 また、「終動負荷」という表現も、「動作終了に向けて負荷が継続ないし徐々に増加するような筋の活動様式による運動・トレーニング方法」について、「初動負荷」という表現と対比させる形で、負荷賦課方法に着目して表現したものであり、このような内容を持つ動作、トレーニング理論についても、「均一継続負荷」トレーニング、「持続負荷」トレーニング、「逓増負荷」トレーニング等の表現方法が考えられる。
 したがって、「初動負荷」、「終動負荷」という表現は、理論の内容を端的に表現する方法はいくらでもあるにもかかわらず、原告Aにおいてあえて考案した表現であって、その独創性は極めて顕著であり、同表現には著作物性が認められる。
c したがって、原告Aは、「初動負荷」及び「終動負荷」という表現について著作権及び著作者人格権を有する。
イ 被告らの行為
 被告会社は、平成15年11月に発行した「チョイス」11月号(以下「本件書籍」という。)において、「初動負荷」及び「終動負荷」という表現を用いた記事(甲29。以下「本件記事」という。)を、原告の氏名を表示せずに掲載し、被告Bは、同記事において「初動負荷」及び「終動負荷」という表現を用いて解説をした。
ウ 小括
 被告らは、イの行為により、原告Aの有する前記著作物に関する複製権及び氏名表示権を侵害した。
(4) 不正競争防止法2条1項1号違反
ア 原告らの周知な商品・営業表示
 原告らは、原告Aが提唱・実践した「初動負荷理論」に基づくトレーニング法を「初動負荷トレーニング」と名付け、「初動負荷トレーニング」の名称を使用してスポーツ選手等のトレーニング指導に当たってきたが、この「初動負荷理論」及び「初動負荷トレーニング」は、プロ、アマ及び国内外問わず、多様な種目の選手に対して目覚ましい成果を上げ、またスポーツ界のみならず、怪我や病気の患者の治癒力を格段に高める等、医療の現場においても極めて顕著な成果を残している。
 このように、「初動負荷理論」及び「初動負荷トレーニング」は、日本のみならず世界的にも極めて有名な表示となっており、近時において「初動負荷」といえば、原告らの実践する理論、トレーニング方法及びその著作物を意味するのみならず、原告らそのものを連想させるまでになっている。
 したがって、「初動負荷理論」又は「初動負荷トレーニング」という表示は、原告らの指導するトレーニング理論及びトレーニング方法の名称たる周知の商品表示であるとともに、原告らの営業であることを示す周知の営業表示にも当たる。
イ 被告らの行為
(ア) 被告会社は、本件書籍の記事において、「初動負荷トレーニングとは」と題する記事を掲載して同書籍を販売し、被告Bは、同書籍の記事において、「初動負荷理論」又は「初動負荷トレーニング」という表示を用いて解説した。
(イ) 被告らの前記行為により、@被告会社関係では、前記記事が、原告Aの執筆に係る記事であるとの誤認を生じさせ、あるいは原告会社の下で行われているトレーニング手法が紹介されていると誤認混同させるおそれがあり、A被告B関係では、同被告の下でのトレーニングも原告らの指導する「初動負荷トレーニング」であり、原告らの関与を経ていると誤認混同させるおそれがある。
ウ 小括
 以上より、被告らの前記行為は、原告らに対する関係で、不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為に当たる。
(5) 債務不履行
ア 執筆契約
 原告Aと被告会社は、平成14年1月から平成15年10月まで、被告会社の発行する週刊ゴルフダイジェスト誌に、原告Aが、初動負荷理論の紹介、自宅でできる簡易な初動負荷トレーニング方法の紹介・解説の記事を執筆し、被告会社が同記事を掲載して原告Aに対価を支払うという執筆契約を締結し、同契約にそって原告Aが記事を執筆し、同記事が掲載されるとともに執筆の対価が支払われた(以下、この契約を「本件執筆契約」という。)。
イ 付随義務の存在
 本件執筆契約の対象となる記事(原稿)は、原告Aが独自に提唱し実践する「初動負荷理論」、「初動負荷トレーニング」に関するものであり、その独創性に被告会社が着目し、その価値を被告会社の商品たる雑誌の販売促進に役立てようとしたという点が同契約の大きな特徴となっている。したがって、契約当事者の合理的意思を根拠として考察しても、同契約に付随する義務として、被告会社は原告Aに対して、原告Aが提唱し実践する初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関してその独創性を損ねたり、初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関する原告Aの経済的利益を侵害したりしないように注意する義務を負っていたというべきであり、具体的には、被告会社が行う各種雑誌の編集・発行業務の中で、初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関しての記事を編集発行するのであれば、その提唱・実践者が原告Aであることを曖昧にするような表現をしたり、同理論・同トレーニングの内容を歪曲したりしないよう注意する義務を負っていた。
ウ 被告会社の行為
 被告会社は本件記事において、初動負荷トレーニング理論について、提唱者・実践者を曖昧にする表現をし、その上で、初動負荷トレーニングについて原告Aが提唱し実践してきた内容と本質において大きく異なる内容を掲載した(詳細は別紙対比表記載のとおりである。)。
エ 小括
 被告会社の上記行為は、原告Aとの本件執筆契約における付随義務違反として債務不履行を構成する。
(6) 不法行為
 原告らは、自ら構築してきた独自の初動負荷理論と、その実践により得てきた社会的信用・名声の故に、「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった名称を独占的に、あるいは、対価を得て第三者に専属的に利用させ得る利益を有しており、この意味で、「初動負荷」の名称の使用に関して、原告らは法的救済に値する独立した経済的利益を有する。
 被告会社及び被告Bは、このように原告Aが初動負荷理論という独自の理論の提唱者であり、原告らが同理論の実践を中心とした経済活動をしていることを熟知していたのであるから、被告会社が雑誌等の製作出版行為を行い、被告Bが本件記事の執筆を行う際、「初動負荷」理論について記述するならば、同理論については提唱者である原告Aを明示し、また内容を歪曲するなどして同理論の提唱・実践者である原告らの利益を侵害しないように注意すべき義務があった。
 しかし、被告会社及び被告Bは同義務を怠り、本件書籍の本件記事において原告Aの提唱・実践に係る初動負荷トレーニングの名称を無断で使用し、その内容を著しく歪曲して記載して読者に誤解を与え、もって、原告らの営業上の信用を低下せしめるなど損害を与えた。
 被告らのこれら行為は、民法719条、同709条の共同不法行為を構成する。
(7) まとめ
 よって、原告らは、被告らに対し、別紙「訴訟物一覧表」記載のとおり、請求の趣旨記載の請求をする。
2 請求原因に対する被告会社の認否・反論
(1) 当事者について
 アは、原告Aが有名なトレーナーであることは認め、その余は不知。イは不知。ウは認める。
(2) 原告Aによる「初動負荷」理論の創案・命名について
 否認ないし争う。
(3) 著作権侵害について
 アのうち、(ア)は争うことを明らかにしない。
 同(イ)は、争う。「広辞苑」(第五版)によれば、「初動」とは「初期段階の行動」を意味するとあり、「負荷」とは「おいになうこと。かつぐこと」又は「負担となる仕事」を意味するとあり、「初動負荷」とはこれら広辞苑に載っている常用の普通名詞を普通に組み合わせたいわゆる四文字熟語にすぎない。また「終動負荷」についても、「初動負荷」との関連でこれを用いる限り、「終動」は「初動」に対する語として「最終段階での動作」を意味し、「初動負荷」とは反対に「最終段階に負荷をかけること」を意味することは容易に判断し得る。したがって、これらの「初動負荷」や「終動負荷」の語は単なる普通名詞を普通に組み合わせたものであるので、原告Aの個性はそこには全く表現されておらず、著作物性はない。
 イは認め、ウは争う。
(4) 不正競争防止法2条1項1号違反について
 アは争う。
 イのうち(ア)は、被告会社が本件記事を掲載した本件書籍を販売したことは認めるが、それが「商品等表示」の「使用」に当たることは争う。本件記事において「初動負荷トレーニングとは」という題はつけていないし、「初動負荷」とか「初動負荷トレーニング」という表現は、あくまでも記述的に用いているものであって、発行会社の発行する商品としての書籍の商品表示としては使っていない。
 同(イ)は争う。原告らと被告会社との間に競業関係はないし、本件記事においては、複数のトレーニング理論の紹介と解説を行っていたものであり、その特集記事の1トレーニング理論において「初動負荷」又は「初動・終動負荷トレーニング」という表現を用いたものにすぎないから、このような表示が被告会社と原告らとの間に緊密な営業上の関係が存すると誤信させることには全くならないし、同じグループに属する関係が存すると誤信させることも全くないから、混同のおそれもない。
 ウは争う。
(5) 債務不履行について
 アは認める。
 イは争う。付随義務とは、一般には、契約から発生する中心的な債務(給付義務)の履行に付随して生ずる義務をいうとされており、給付債務の履行とかけ離れた「義務」はそもそも「付随義務」とすべきではなく、給付債務の履行に関係なくかつ当事者の意思とも関係なく信義則上「付随義務」が発生するかの如き原告Aの主張は失当である。また、原告Aが主張する付随義務の主張は、他の執筆者の記事内容に被告会社が不当に干渉することを強要するもので、表現の自由が優越的地位にあるとする現憲法下では、公序良俗に反するものであるから、失当である。
 ウは、被告会社が本件書籍に本件記事を掲載したことは認め、その余は争う。
 エは争う。
(6) 不法行為について
 争う。「初動負荷」「終動負荷」は一般的な用語であって、原告A以外の執筆者、解説者がこの用語を用いて自らの理論等を説明するのは自由である。被告会社が原告A以外の理論を紹介したことは、原告らの利益を侵害するものではない。
(7) まとめについて
 争う。
3 請求原因に対する被告Bの認否・反論
(1) 当事者について
 争うことを明らかにしない。
(2) 原告Aによる「初動負荷」理論の創案・命名について
 争うことを明らかにしない。
(3) 著作権侵害について
 アのうち、(ア)は争うことを明らかにしない。
 同(イ)は争う。「初動負荷」や「終動負荷」という表現は、原告Aが主張する具体的な動作やトレーニング理論について、その内容を「端的に表現」するトレーニング理論の「題号」というべきものであるが、この表現は、「俳句に類する性格の題号程度」とは到底いえるものではなく、したがって、創作性を欠き、「著作物」とはいえない。
 イは認め、ウは争う。
(4) 不正競争防止法2条1項1号違反について
 アは争う。
 イのうち(ア)は、被告Bが本件記事を解説したことは認めるが、それが「商品等表示」の「使用」に当たることは争う。被告Bは、本件記事において、自らの商品・役務として「初動負荷トレーニング」という表示を「使用」しているわけでもなく、自らの営業として「初動負荷トレーニング」という表示を「使用」しているわけでもない以上、被告Bは、「商品等表示」を「使用」しているものではない。
 (イ)は争う。被告Bは、「解説」という立場においてトレーニング理論に関して第三者的に説明を加えているにすぎず、自ら考案したトレーニング理論や自らが提供するトレーニングとして紹介しているものでもない。したがって、原告らが主張するような混同のおそれはない。
 ウは争う。
(5) 不法行為について
 争う。
 そもそも、被告Bは、本件記事において、原告らが提唱する「初動負荷トレーニング」の内容を誤ったり、歪曲したりして説明しているものではない。また、そもそも他人の提唱する理論について紹介したり説明したり解説したりする者が、その理論の隅々までその提唱者が主張するとおり正確に紹介したり説明したり解説しなければならない義務を負うということはない。憲法で保障される表現の自由は、いうまでもなく、優越的権利として最大限の保障を受けることができるものであって、このような解説の類の表現行為の当否については、広く議論によって解決すべきであり、表現行為自体によって不法行為が成立する場合は、名誉毀損行為やプライバシー侵害行為に該当する場合など極めて限られるものである。
(6) まとめについて
 争う。

理由
1 著作権侵害に基づく請求について
(1) 請求原因(3)ア(イ)(著作物性)について検討する。
(2) 本件において原告Aは、「初動負荷」、「終動負荷」という表現が、自己の創作した著作物であると主張する。
 同原告の主張によれば、「初動負荷」とは、「その運動の主動筋を最大限に伸長させたポジション(すなわち、その動作の開始時)において負荷を与えた後、その負荷を適切に漸減することで、主動筋の「弛緩→伸長→短縮」の一連過程を促進させると共に、主動筋活動時に、その拮抗筋並びに拮抗的に作用する筋の収縮(共縮)を防ぎながら行う運動・トレーニング方法」の名称として同原告が創作したものであり、「終動負荷」とは、「動作中筋出力が維持され、あるいは高くなるが、同原告は、このような動作終了に向けて負荷が継続ないし徐々に増加するような筋の活動様式による運動・トレーニング方法」の名称として創作したものである(請求原因(2)イ)。
(3) しかしながら、まず、このような運動・トレーニング方法に関する理論を原告が独創し、その名称を創作したものであるとしても、著作物性は具体的な表現について認められるものであり、理論について認められるものではないから、理論が独創的であるからといって、直ちにその名称に著作物性が認められるわけではない。
(4) そこで、原告Aが創作した「初動負荷」及び「終動負荷」という名称表現について検討するに、まず「初動負荷」について見ると、ある抽象的な理論や方法(ここでは運動・トレーニング方法がそれに当たる。)を端的に表現する名称として、それを漢字四文字の熟語で構成することは、日本語において常用される表現方法であるところ、前記のような、運動の動作の開始時において負荷を与えた後に、その負荷を適切に漸減するという運動・トレーニング方法の名称を考えるに当たり、「運動の動作の開始時において」「負荷を与える」という代表的な要素を抽出して、「初動負荷」と名付けることは、「広辞苑」(第五版)において「初動」とは「初期段階の行動」の意味であるとされていることもふまえると、ありふれた表現にすぎず、創作性を有する著作物と認めることはできないというべきである。
 また、「終動負荷」という名称について見ると、確かに「終動」という言葉は一般の日本語にはなく(前掲「広辞苑」にも見られない。)、原告Aの創作した造語であると認められる。しかし、新旧二つの理論や方法に名称を付与する際に、両者の名称が対になるようにするのは日本語として常用される表現方法であることからすると、新規な運動・トレーニング方法を「初動負荷」と名付ける一方で、従来の運動・トレーニング方法を「終動負荷」と名付けることも、やはりありふれた表現にすぎず、創作性を有する著作物と認めることはできないというべきである。
(5) この点について原告Aは、前記のような運動・トレーニング方法を端的に表現する方法はいくらでもあるから、「初動負荷」及び「終動負荷」という表現には創作性があると主張する。
 しかし、原告Aが「初動負荷」の代わりに考えられるとする名称も、「主動筋円滑」トレーニング、「筋共縮防止」トレーニング、「初期負荷後漸減」トレーニング、「始動負荷」トレーニング、「瞬間負荷」トレーニング、「反射促進」トレーニング、「終盤加速型」トレーニング、「負荷変動式」トレーニング、「逓減負荷」トレーニング、「加速増進負荷」トレーニングという程度にとどまるのであって、このうち四文字熟語として構成されるのは4種類にすぎず、しかも、うち3種類に「○○負荷」の名称を付されているのであるから、「運動の開始時に負荷を与える」ということから最も端的に発想される「初動負荷」という名称に特段の創作性を認めることはできない。
 原告Aは、同様に「終動負荷」についても、「均一継続負荷」トレーニング、「持続負荷」トレーニング、「逓増負荷」トレーニングという名称が考えられると主張するが、わずか3種類にすぎず、「初動負荷」と対になる四文字熟語として表現しようとした場合に最も端的な「終動負荷」に特段の創作性を認めることはできない。
(6) 以上より、原告Aの著作権侵害に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
2 不正競争防止法2条1項1号違反に基づく請求について
(1) 請求原因(4)イ(ア)(被告らの商品等表示としての使用)について検討する。
(2) 被告会社が本件記事(甲29)を掲載して本件書籍を販売したこと、被告Bが同書籍の記事を解説したことは、当事者間に争いがない。
(3) ところで、甲29号証によれば、本件記事において「初動負荷」、「初動負荷トレーニング」という表現が使用されている主要なものは、次のとおりであると認められる。
ア 「そもそも、『初動・終動』負荷トレーニングとは?」
イ 「個人の能力をピラミッドに例えると、底辺の拡大が終動負荷、頂点の高さが初動負荷」
ウ 「簡単にいえば、最初に筋肉に重い負荷をかけ、そこから徐々に軽い負荷にしていくのが初動負荷。反対に筋肉に徐々に重い負荷をかけていくのが終動負荷だ。」(以上、22ないし23頁)。
エ 「終動負荷 すぐに始められるトレーニング8メニュー」(24頁)
オ 「初動負荷 ひとりで可能な実践8メニュー」(26頁)
カ 「初動・終動負荷を自分流にアレンジした飛ばしのトレーニング。」(28頁)
キ 「初動・終動負荷を自分流にアレンジ バランスと柔らかさを作り出す。」(30ないし31頁)
ク 「初動・終動負荷を自分流にアレンジ スピードを支える下半身。」(32頁)
(4) (3)掲記の各使用例を見れば、本件記事において、「初動負荷(トレーニング)」という表現は、前記(3)ウで簡単に定義された運動方法を呼称する概念用語として使用されているものと認められ、被告らの商品ないし営業について、その出所表示として使用されているものでないことは明らかである。
 したがって、本件記事において被告らが「初動負荷(トレーニング)」という言葉を不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」として「使用」したとは認められない。
(5) よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの不正競争防止法2条1項1号違反に基づく請求は理由がない。
3 債務不履行に基づく請求について
(1) 原告Aと被告会社が本件執筆契約を締結し、原告Aが平成14年1月から平成15年10月まで、被告会社の発行する週刊ゴルフダイジェスト誌に、初動負荷理論の紹介、自宅でできる簡易な初動負荷トレーニング方法の紹介・解説の記事を執筆し、被告会社が同記事を掲載して原告Aに対価を支払ったことは当事者間に争いがない(請求原因(5)ア)。
(2) 本件執筆契約に基づく原告A主張の付随義務の存否について検討する(請求原因(5)イ)
 原告Aは、被告会社においては、その発行に係る書籍において初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関する記事を掲載する場合に、@その提唱・実践者が原告Aであることを曖昧にするような表現をしないよう注意する義務や、A同理論・同トレーニングの内容を歪曲しないよう注意する義務を、本件執筆契約から生ずる付随義務として負うと主張する。
 ところで、契約を締結した当事者は、その合意内容に従い、互いに契約の目的とした給付を実現する義務を負う。本件執筆契約の場合には、原告Aについては原稿を執筆する義務が、被告会社の場合にはそれを雑誌に掲載するとともに報酬を支払う義務がそれに当たる。そして、原告A及び被告会社が、このような給付義務によって実現しようとした契約利益を達成するために、給付義務の発生、履行及び消滅の全過程を通じて、互いに何らかの注意義務を信義則上負う場合があることは原告Aの主張するとおりである。
 しかし、本件では、本件執筆契約に基づく原告Aと被告会社の執筆義務、掲載義務及び報酬支払義務は、原告Aの執筆に係る原稿が掲載された週刊ゴルフダイジェスト誌の平成15年10月分までが無事発行され、原告Aに同執筆に係る報酬が支払われたことにより、いずれも履行されて消滅しており、それらの義務によって実現しようとした契約利益は実現されている。したがって、本件執筆契約に係る原稿の執筆及びその掲載を離れて、被告会社が原告A主張のような注意義務を信義則上負うとは認められない。
 もっとも、原告Aの主張は、本件執筆契約が前提とした契約利益の中には、本件執筆契約による執筆・掲載後を通じて、一般的に被告会社が原告Aが提唱し実践する初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関してその独創性を尊重し保護することや、初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関する原告Aの経済的利益を尊重し保護することも含まれているという趣旨であるとも解される。しかし、このような合意内容は通常の執筆契約における契約当事者の合理的意思から大きく隔たっている。一般大衆向けのゴルフ関係雑誌を発行するにすぎない被告会社が、今後の記事内容を制約することにもなりかねないこのような意思の下に本件執筆契約を締結したものとは考えられない。このことは、原告Aが請求原因(5)イで指摘する事情が仮に存したとしても同様である。したがって、原告A主張のような前提は採用できない。
(3) 以上より、原告Aが主張する付随義務はこれを認めることができないから、その余について判断するまでもなく、原告Aの債務不履行に基づく請求は理由がない。
4 不法行為に基づく請求について
(1) 原告らは、自ら構築してきた独自の初動負荷理論と、その実践により得てきた社会的信用・名声の故に、「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった名称を独占的に、あるいは、対価を得て第三者に専属的に利用させ得る法的救済に値する利益を有しているところ、被告らはこれを侵害したことによる不法行為責任を免れないと主張する。
 しかしながら、原告Aが独自の初動負荷理論を自ら構築し、原告らにおいてその実践により社会的信用・名声を得てきたとしても、「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった名称について、著作権等の知的財産権によらないで独占的な使用権を原告らに認めることはできない。すなわち、現行法上、営業や役務や理論や方法の名称の使用に関しては、商標法、著作権法、不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に排他的な使用権を付与し、その権利の保護を図っているが、その反面として、その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため、各法律は、それぞれの知的財産権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、その排他的な使用権の及ぶ範囲、限界を明確にしている。これら各法律の趣旨、目的にかんがみると、「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった理論やトレーニング方法の名称等の使用につき、法令等の根拠もなく名称の発案・使用者に対し独占的な使用権を認めることは相当ではないというべきである。
 したがって、不法行為の被侵害利益として、原告らが主張する法的保護に値する利益は認められない。
(2) 原告らは、被告会社及び被告Bは、原告Aが初動負荷理論という独自の理論の提唱者であり、原告らが同理論の実践を中心とした経済活動をしていることを熟知していたのであるから、被告会社が雑誌等の製作出版行為を行い、被告Bが本件記事の執筆を行う際、「初動負荷」理論について記述するならば、同理論については提唱者である原告Aを明示し、また内容を歪曲するなどして同理論の提唱・実践者である原告らの利益を侵害しないように注意すべき義務があったと主張する。
 確かに、原告Aが初動負荷理論の提唱者として得ている社会的名声や、その実践によって原告らが得ている経済的利益を第三者が侵害することは許されるところではない。しかし、仮に原告ら主張のような事情を被告らが認識していたとしても、原告らにその理論や名称を独占的に使用する権利が認められない以上、被告らは自由にその理論や名称に言及して、同理論に関する記事を記述し得るのは当然であり、その記述が徒に原告らの名誉、信用を害するとか、営業を妨害するという内容のものでない限り、原告らに対する不法行為を構成するものではないというべきである。そして、本件記事にはそのような内容の記述も見当たらないから、被告らが本件記事において初動負荷理論の提唱者である原告Aを明示せず、また原告Aの考えるものと異なる内容を初動負荷理論の内容として記述したからといって、それが原告らに対する不法行為を構成するとはいえない。
(3) 以上より、不法行為に基づく請求は、その余について判断するまでもなく理由がない。
5 以上によれば、原告らの本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 田中俊次
 裁判官 高松宏之
 裁判官 西森みゆき


(別紙省略)
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