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【事件名】カバーイラスト許諾事件
【年月日】平成17年6月23日
 東京地裁 平成16年(ワ)第16957号 イラスト使用差止等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成17年5月24日)

判決
原告 A
訴訟代理人弁護士 長谷一雄
被告 株式会社自由國民社
被告 B
上記両名訴訟代理人弁護士 石原豊昭
同 國部徹


主文
1 被告株式会社自由國民社は、別紙書籍目録記載の書籍の表紙カバーに、別紙著作物目録記載のイラストを使用して、同書籍を販売してはならない。
2 被告株式会社自由國民社は、原告に対し、金38万円及び内金15万円に対する平成12年9月1日から、内金23万円に対する平成14年1月1日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告の被告Bに対する請求及び被告株式会社自由國民社に対するその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、原告と被告株式会社自由國民社の間に生じた費用は、これを10分し、その1を被告株式会社自由國民社の、その余を原告の負担とし、原告と被告Bとの間に生じた費用は、原告の負担とする。
5 この判決の第1項及び第2項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項と同じ。
2 被告らは、原告に対し、連帯して、金330万円及びこれに対する平成12年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、別紙著作物目録記載のイラスト(以下「本件イラスト」という。)の著作権を有する原告が、被告らは、グループ21〔編集会議〕こと被告B(以下「被告B」という。)がカバー制作を担当し、被告株式会社自由國民社(以下「被告國民社」という。)が発行する別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)のカバーイラストに、許諾された期限の終了後も同イラストを使用しているのみならず、同書籍において、カバーイラストの作成者として原告以外の者を表示しているとして、著作権に基づいて、被告國民社に対し、同イラストを使用して同書籍を販売することの差止めを求め、また、著作権及び著作者人格権(氏名表示権)侵害を理由として、被告らに対し、損害賠償を求めている事案である。
 被告らは、これに対して、@被告らは、本件イラストの使用許諾を受ける際、原告が主張する期限等に関する条件について合意していない、A本件書籍のカバーイラストの作成者名を誤った点については、被告らに故意又は過失は存しないなどと主張して、原告の請求を争っている。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定される事実。証拠により認定した事実については、該当箇所末尾に証拠を掲げた。)
(1) 当事者
ア 原告は、本件イラストの著作者である(甲2、4、乙1)。
イ 被告國民社は、雑誌自由国民の発行、土地家屋についての大衆指導誌発行とこれに附帯する優良物件の紹介事業、一般教養雑誌、図書の出版等を目的とする株式会社である。被告國民社は、本件書籍を発刊し、販売している。
ウ 被告Bは、書籍・雑誌の編集業務の請負を業とする者である。
(2) 本件イラストの使用許諾
ア 原告は、平成10年12月9日、株式会社ナンバースリー アーティストライブラリー(以下「ナンバースリー」という。)との間で、本件イラストをナンバースリーに委託し、同イラスト及びその複製物を利用するために必要なすべての権利をナンバースリーが独占的に使用許諾することを認めるとともに、当該イラストの貸与等により得た売上金の一定割合を分配する旨の契約を締結した。同契約において、本件イラストの著作権は、原告に帰属するものとされていた(甲10・第12条)。
 ナンバースリーは、平成11年5月1日、「DESIGNER’S DICTIONARY ARTIST WORKS 10」と題するイラストカタログ(以下「本件カタログ」という。)を発行し、同カタログに、本件イラストを掲載した。なお、その際、本件イラストの作者名は、「DENS」と記載された(甲2)。
イ 被告Bは、同年8月20日ころ、ナンバースリーにおいて、本件カタログを閲覧し、ナンバースリーに対して、本件イラストを本件書籍に使用することを申し込み、同社はこれを了承した(同契約の内容については、後記のとおり争いがある。以下、本件イラストの使用許諾に関する契約を、「本件許諾契約」という。)。本件イラストの使用料金は、被告Bの要望により、規定料金の8万円を減額して、5万6000円とされた。
(3) 被告らの行為
ア 被告國民社は、平成11年9月ころ及び平成13年ころ、本件書籍を各6000部ずつ出版した。
イ 本件書籍において、表紙カバー下半分部分に本件イラストが掲載されている。また、同書籍目次欄末尾には、「カバーイラスト・C」と記載されていた(以下「本件表示」という。甲1)。
ウ 本件書籍の改訂前の書籍(改訂第4版 平成10年5月15日発行)の目次欄末尾には、「カバーイラスト・C」と記載されていた(乙5)。
2 本件の争点
(1) 本件許諾契約の条件(争点1)。
(2) 本件イラストに関する原告の氏名表示権侵害の成否(争点2)。
(3) 原告の損害(争点3)。
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件許諾契約の条件)について
(原告の主張)
(1)ア 原告は、本件イラストの商業的利用のための許諾手続をナンバースリーに委託しており、ナンバースリーは、本件イラストの商業的利用に当たり、使用希望者に対して許諾を与え、使用料金を徴収していた。被告國民社の依頼を受けた被告Bは、平成11年8月20日ころ、ナンバースリーが提示した「印刷物等の原稿として、1年以内・1社・1号・1種・1回限り」との条件(後記のとおり、当該条件について合意が成立したかについては、当事者間に争いがある。以下、この条件を、「本件許諾条件」という。)を承諾して、本件許諾契約を締結した。本件許諾条件によると、被告らは、遅くとも平成12年9月1日以降は、原告の許諾なく、本件イラストを使用することはできない。
イ 被告國民社は、平成12年9月1日以降も、本件書籍の表紙カバーに本件イラストを掲載したまま同書籍を発行し、一般書店にて販売を継続している。したがって、被告國民社は、「1年以内」という本件許諾条件に違反して本件イラストを使用している。
 なお、被告國民社による本件書籍の発行には、本件書籍のカバー作成を担当した被告Bも深く関与していたのであるから、本件イラストの無断使用による著作権(複製権)侵害について、被告らは共同不法行為責任を負うものである。
(2)ア 本件許諾条件及び使用料金は、本件カタログ掲載作品の使用を申し込んだ者に対して交付されるプライスリストに記載されている。また、ナンバースリーは、同社が取り扱うイラストについて使用許諾契約が成立した場合には、使用者から取引確認書(甲9の様式のもの)を提出させており、同確認書にも、本件許諾条件が明示されている。被告Bは、プライスリストを見ていたからこそ、値引き交渉をしたのであって、同被告がプライスリスト及び取引確認書に明記された本件許諾条件を知らなかったはずがない。被告Bは、そもそも、本件イラストの使用を申し込む以上、本件許諾条件及び使用料金を知り得べきであったことは明らかである。本件許諾条件は、被告Bに対し、明確に提示されていたのであるから、被告らに主観的にその認識がなかったとしても、ナンバースリーが提示した同条件で契約は成立したものというべきである。
イ 被告國民社は、本件許諾契約締結時に定められた5万6000円の使用料金で、無制限、無期限で本件イラストを使用することができる旨主張する。しかし、およそ他人の著作物を使用するに当たり、無期限、無制限の許諾を得ることは、常識的にはあり得ない。特に、著作物の商業的利用行為においては、著作物使用による売上げの大小に連動した使用料金が設定されるのが通常である。ナンバースリーにおいても、年数、版数などの頻度、収益を追加料金の要件としているし、同業者も、「書籍、単行本、文庫、新書、ガイドブック、ムック、楽譜」について、「初版 2万部」、「初版 2万部超」などの条件に応じて料金設定をしているのである。出版業を営む被告國民社が、かかる一般的常識を知らないまま、イラスト作家の著作権を無視し、著作物を使用しているとは、到底想定し難いものである。
(被告らの主張)
(1)ア 被告Bは、本件許諾契約締結時、ナンバースリーから、本件許諾条件を提示されてはいない。被告Bは、ナンバースリーに対し、本件イラストを本件書籍に使用することを申し込み、ナンバースリーがこれを了承しただけであり、提示されてもいない本件許諾条件に同意したわけではない。
イ そもそも、一般書籍は、週刊誌や月刊誌のように一定期間のみ店頭に陳列されることを予定する書籍ではないし、書店において販売される時期は、取次ぎ会社や書店の判断で定められるべきことであって、出版社は知ることができないのみならず、それをコントロールすること自体不可能である。したがって、一般書籍の流通販売において、出版社が販売期間を設定することは、その性質上も、立場上もあり得ないことであり、被告Bも、長年書籍の出版にかかわってきた者として、このような事情を熟知していたのであるから、一般書籍に用いるイラストに、「1年以内」などという期間を限定するような不自然な条件を受け入れることはあり得ない。被告Bが、本件許諾契約を締結したこと自体、およそ一般書籍にそぐわない非現実的な条件が存在しなかったことを示しているのである。ナンバースリー担当者も、一般書籍に関する上記知識を有していたからこそ、何らの条件も提示しなかったのである。
ウ 本件許諾契約においては、本件イラストを本件書籍に用いるという限定はあった。しかし、本件書籍の売行きがよく、そのため本件書籍が増刷された場合、それが本件書籍の出版である限りは当初の使用許諾の範囲に含まれるものである。被告國民社が、本件書籍を、平成11年及び平成13年に各6000部ずつ発行したのは、一つの書籍の発行と増刷というべきもので、各発行において、本件書籍に本件イラストを使用することは、本件許諾契約において定められていたのである。
エ 被告國民社は、その後、本件書籍を全く発行していないし、今後発行する予定もない。在庫についても、流通から回収した分については、裁断処理している。
オ 被告國民社は、当然ながら、本件許諾条件については何も聞いていない。したがって、同被告が、本件許諾条件に違反して、平成12年9月1日以降、許諾なく本件イラストを使用しているという原告の主張は、その前提自体を欠くものである。なお、出版社にとって、書籍を刊行して取次ぎ会社に販売することが書籍の販売であり、その後の流通には関与しないから、被告國民社が本件書籍の販売を続けているという原告の主張も誤解に基づくものである。
(2) 以上によれば、本件イラストに関しては、ナンバースリーと被告Bとの間で、被告國民社が出版する本件書籍の表紙カバーに本件イラストを使用すること及び被告Bがその使用料金として5万6000円(及び消費税)を支払うことについての合意が成立したのみであり、それ以外、被告らと原告又はナンバースリーとの間には一切何の合意も存在しない。
 なお、ナンバースリーの売上入力(甲4)及び貸出証・使用決定連絡票(甲8)には、被告Bが本件書籍の発行予定部数としてナンバースリーに提示したものと推測される「4000部」という記載がある。しかし、本件許諾契約時点で、被告國民社が本件書籍を何部発行するかは決まっておらず、そもそも被告Bには本件書籍の発行部数を決定する権限もないから、「4000部」を前提として許諾を得たものでもない。前記のとおり、売行き次第で増刷することもあり得るから、あらかじめ発行予定部数を限定して許諾を得ることも一般的には行われていないのである。
(3)ア 被告Bは、ナンバースリーから、本件カタログに掲載されている使用条件に関する説明を受けたこともないし、プライスリストなるものを提示されたことも、その内容について説明されたこともないし、取引確認書の提出を求められたこともない。被告Bとナンバースリーとの間で、本件許諾条件について、合意がされたことを示す証拠は存しないのである。そもそも、原告が書証として提出するプライスリスト(甲3)も、取引確認書(甲9)も、いずれも本件許諾契約後に作成され、TDOグラフィックス株式会社(以下「TDO」という。)が使用していたものであり、同契約当時、同内容の許諾条件が付されていたかは不明であって、証拠価値は乏しいものというほかない。なお、ナンバースリーは破産したようであり、その際、原告との間で何らかの紛争が発生した可能性すらある。
イ 一般書籍の単なるカバーイラストのために6万円近くの使用料金を支出するのは、全体の予算の中ではかなり高額であるといえる。本件許諾契約における許諾が、無制限・無期限の許諾であったことは、この高額の使用料金との関係においても不自然であるとはいえない。
ウ 本件カタログには、同一写真の流用と再販の規定のほか、「1年を超える継続使用は使用途により別途料金がかかります。」等、取引確認書(甲9)とは異なる規定を表示しており、ナンバースリーは、個々の使用許諾契約において、すべての取引において画一的な取扱いをしていたわけではなく、個々の相手方との間で個別に許諾条件を定めていたものである。だからこそ、被告Bも、ナンバースリーと個別に交渉し、通常料金8万円から5万6000円に減額した上で本件許諾契約を締結したのである。
2 争点2(本件イラストに関する原告の氏名表示権侵害の成否)について
(原告の主張)
(1) 本件イラストの著作者は原告であるから、本件表示が、原告の有する氏名表示権を侵害することは明らかである。被告國民社の本件書籍の発行には、前記のとおり、被告Bも深く関与したのであるから、本件表示による原告の氏名表示権侵害について、被告らは共同不法行為責任を負うものである。
(2) 被告らは、本件イラストの著作者が原告であること及び原告の変名が「DENS」であることを知らなかったことを前提として、氏名表示権を侵害していないと主張する。しかし、著作権の帰属は客観的に決定されるべきものであり、著作者人格権の保護において、ある著作物がだれの作品であるか、著作物に付された作家名が変名であるか実名であるかなど、著作者の氏素性等の事情に関する侵害者の主観的認識は考慮する必要がない。
(3) 被告國民社は、書籍の出版を業としており、著作権及び著作者人格権については、一般人より高度の知識を有しているはずである。その被告國民社が、改訂によるイラストの変更に伴い、前のイラストの著作者名を削除すべきところ、誤って削除を失念したということは、重過失により氏名表示権を侵害したものというほかない。
(被告らの主張)
(1) 本件表示は、本件イラストの著作者を表示するものではない。したがって、仮に原告が本件イラストについて氏名表示権を有していたとしても、本件表示により原告の氏名表示権を侵害したとはいえない。
(2) 本件表示に関して、被告Bは全く関与していない。
(3) 被告Bは、本件カタログから本件イラストを選択し、ナンバースリーとの間で本件許諾契約を締結したのであり、本件イラストの著作者が原告であるとは認識していなかったし、ナンバースリーからもその説明がなかった以上、原告の名前を知る可能性もなかったものである。「DENS」が原告の変名であることも知らなかった。したがって、仮に原告に氏名表示権が存するとしても、被告らにこれを侵害することについて、故意又は過失は存しないというべきである。
(4) 仮に、本件表示により、原告の氏名表示権が侵害されたとしても、以下の各事情を考慮すると、その違法性は極めて低いというべきである。
ア 本件表示において、カバーイラストの作者として記載された「C」は、本件書籍の改訂前の書籍において、カバーイラストを担当した者である。本来であれば、改訂によるイラストの変更に伴い、その氏名を削除すべきであったにもかかわらず、誤って削除を失念してしまったため、本件書籍の表紙カバーに記載されてしまったものである。「C」の表示が改訂後もそのまま残ってしまったのは、担当者の抹消確認作業の失念という純然たる不注意に基づくものである。故意に別人の作品であるかのように表示して利益や名声を得ようとした事案とは根本的に異なるのであって、侵害行為の態様は極めて軽微である。
イ 本件書籍は、法律を扱った書籍であり、読者はほぼ例外なく法的知識を得る動機で本件書籍を購入するものである。本件書籍は、イラスト集のように、イラストの内容やその作者が読者の購買動機に直接つながるものではなく、カバーイラストは表紙の一部を構成する単なる装飾にすぎず、その重要性の程度は相対的に低い。したがって、作者として別人の氏名が表示されたことによる打撃の程度も、無視し得るほどのものである。
3 争点3(原告の損害)について
(原告の主張)
(1) 著作権侵害による損害について
ア 被告國民社は、本件書籍を、平成12年9月以降、毎年約5000部程度発行しており、現在まで、少なくとも合計2万5000部発行した。
イ 被告國民社は、本件書籍を定価2200円(及び消費税)で販売し、著者印税等を控除すると、1冊当たり924円の利益を得ている。
 したがって、被告國民社は、本件書籍の販売により、少なくとも2310万円の粗利益を得た。
ウ 本件イラストの寄与度は、少なくとも10パーセントを下らないから、被告國民社が本件イラストを無断使用することにより得た利益は、少なくとも230万円を下らない。
 よって、原告の損害は、著作権法114条2項により、230万円であると推定される。
 なお、被告國民社は、本件イラストを使用する場合、少なくとも使用規定に定める使用料金を支払うべき義務を負うものであるし、また、「本件許諾契約においては、使用条件に反する不正使用については、規定料金の10倍のペナルティーを課す旨定められていた」のであるから、損害の算定においては、これらの事情も考慮すべきである。
(2) 氏名表示権侵害による損害について
 本件書籍に、本件イラストの著作者として、全く素性不明の第三者の氏名が記載されたことにより、著作者である原告は多大な精神的苦痛を被った。
 しかも、本件書籍は、「損害賠償の法律全集」と題し、読者に損害賠償に関する実務を紹介する書籍である。本件書籍中には、同一性保持権、氏名表示権侵害において、100万円前後の慰謝料を認定した裁判例も多くある旨の記載もある。本件書籍における当該記述は、著作者人格権の保護が手厚くなされている現状を紹介するものであり、被告國民社自身が重過失により原告の著作者人格権を侵害した本件においては、当該記述のとおり、少なくとも慰謝料は100万円を下らないものというべきである。慰謝料算定において、本件イラストの使用目的が本件書籍の出版目的と無関係か否かは考慮されるべきではない。
(3) 原告は、被告らに対し、上記損害金合計330万円と、これに対する使用許諾期限終了の日の翌日である平成12年9月1日から民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張する損害については否認する。被告國民社は、本件書籍を毎年発行していない。原告が主張する合計発行部数、利益額ともに事実と異なる。本件書籍の表紙に使用される本件イラストの寄与率を10パーセントとするのは、著しい過大評価である。
(2) 仮に、氏名表示権の侵害が認められたとしても、争点2において述べた各事情を考慮すると、原告が主張する慰謝料額は著しく過大である。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件許諾契約の条件)について
(1) 原告は、平成10年12月9日、ナンバースリーとの間で、本件イラストについて、次の内容のイラスト写真原稿委託販売契約を締結した(甲10)。
ア 原告は、ナンバースリーに対し、本件イラストを委託し、ナンバースリーが第三者に対し、本件イラスト及びその複製物を使用するのに必要なすべての権利について独占的に使用許諾することを認める。
イ 原告は、本件イラストの使用料金・支払方法その他の条件については、ナンバースリーに一任する。使用料の分配率は、原告とナンバースリー共に50パーセントとする。
ウ 本件イラストの著作権は原告に帰属する。
(2) ナンバースリーが本件許諾契約当時に使用していた本件カタログ(「DESIGNER’S DICTIONARY ARTIST WORKS 10」、甲2)の「DESIGNER’S DICTIONARY10 掲載フォトご利用にあたって」と題する欄には、「●まず、取引確認書にご記入いただき、お客様の登録をさせていただきます。」「●貸出の写真は検討期間を2週間とします。・・・」「●ご使用が決まりました写真は2ヶ月間を使用期間とさせていただきます。」「・・また、ご使用料金につきましては、料金表をご用意しておりますのでお申し付けください。」などの記載がある。なお、上記2か月の期間は、印刷製本作業などが完成するまでの写真の貸出期間であると解される。
(3) ナンバースリーが本件許諾契約締結当時に使用していた上記の「取引確認書」及び「料金表」は、本訴においては提出されていない。原告が提出したプライスリスト(甲3)、貸出証・使用決定連絡票(甲8)、取引確認書(甲9)は、いずれもナンバースリーが平成14年に倒産した後にその業務を引き継いだTDOが現在その業務用に使用しているものである。
 しかし、TDOがナンバースリーの業務を引き継いだものであることからすると、ナンバースリーもプライスリスト(甲3)、貸出証・使用決定連絡票(甲8)、取引確認書(甲9)と同一ないし類似のものを使用していた可能性が考えられる。現に、プライスリスト(甲3)については、これを詳細に見ると、その2枚目裏にTDOの名称、住所、電話番号等が記載されたシールが貼ってあり、そのシールから僅かにはみ出している文字の一部を見ると、本件カタログ(甲2)の7枚目表に記載されている「(株)ナンバースリー」の文字の上端部、ナンバースリーの住所である「(郵便番号略)東京都文京区(以下略)」の文字の下端部と一致していること、並びに、同プライスリストの2枚目裏の上部「デザイナーズライブラリーご利用にあたって」の欄に「●取引確認書ご記入のご案内 ・・・写真貸出に際しまして、所定の取引確認書にご記入・ご捺印の上、ご提出いただいております。」、「写真貸出・使用規定」の欄に「A貸出・返却 貸出写真の検討期間は貸出日より2週間です。使用した場合は使用決定後2ヶ月以内に・・・ご返却下さい。」と記載されており、その記載内容が、本件カタログの上記記載と同一の内容となっていることからすると、甲3のプライスリストは、もともとナンバースリーが使用していたプライスリストであり、ナンバースリーの名称、住所等の上に、TDOの名称、住所等を記載したシールを貼ったものであると認められる(ただし、記載されている料金表は、ナンバースリーのものではあるが、「2002年3月1日改訂」後のものである。)。
 したがって、甲3のプライスリストの2枚目裏の「写真貸出・使用規定」の欄の「写真は取引確認書にご記入いただいた取引先に限り、印刷物等の原稿として、1年以内・1社・1号・1種・1版・1回限りの使用条件で貸出します。使用(リピート使用・他への流用を含む)に際しては、当社の許諾を得て、料金の確認をした上でご使用下さい。・・・(流用及びリピート使用は、前回使用決定日より1年以内・同一クライアント・同一請求先・1品目に限ります)」との記載は、甲3のプライスリストにおける料金表が2002年3月1日に改訂されたものであることを考慮しても、本件許諾契約締結時においても、「写真貸出・使用規定」として、ナンバースリーが使用していたプライスリストに記載されていたものと認められる。また、TDOの取引確認書(甲9)の裏面にも、甲3のプライスリストの2枚目裏の「写真貸出・使用規定」と同一の内容の記載があることからすれば、ナンバースリーは、本件許諾契約締結当時、これと同一ないし類似の内容の取引確認書を使用していたものであると推認される。
(4) 被告Bは、平成11年8月5日、ナンバースリーに対し、本件書籍の表紙に使用する目的で、本件イラストの使用許諾を申し入れ、同年8月20日、ナンバースリーから通常8万円の使用許諾料を5万6000円に減額させた上で、本件許諾契約を締結し、本件書籍の表紙カバーに使用する目的で本件イラストを借り受け、同許諾料も支払った(乙1、甲7)。
(5) ナンバースリーから被告Bに宛てた平成11年8月20日付けの請求書には、「クライアント」の欄に「自由国民社」、「使用途」の欄に「書籍 表1・4000部」、「金額」の欄に「56、000」との記載がある(乙1)。なお、ナンバースリーの売上げデータにも、「得意先名」欄に「グループ21(編集会議)」、「得意先担当者」欄に「B」、「クライアント」欄に「自由国民社」、「テーマ」欄に「損害保険に関する法律」、「使用途」欄に「書籍」、「使用箇所」欄に「表1・4000部」との記載がある(甲4)。
(6) 被告國民社は、前記のとおり、平成11年9月ころ、本件イラストをその表紙カバーに掲載した本件書籍を6000部出版し、その後、平成13年ころにも、本件書籍を6000部増刷し、出版した。
(7) 被告國民社による平成11年9月の本件書籍の6000部の出版行為が本件許諾契約に基づくものであることは上記経緯から明らかである。すなわち、上記請求書の欄には、「使用途」の欄に「書籍 表1・4000部」との記載があるものの、この「4000部」については、被告Bがナンバースリーに伝えた数字であるとしても、本件書籍の出版部数については本来被告國民社が決定するものであり、本件書籍の表紙のデザインを請け負っているだけの被告Bには本件書籍の出版部数について何の権限もないことからすれば、この「4000部」との数字は、本件許諾契約当時予測された概数が記載されたにすぎないものと認められ、被告國民社による初回の出版部数が6000部であったとしても、それによって、初回の本件書籍の出版行為が本件許諾契約の対象外となることがないことは明らかである。
(8) 被告國民社による平成13年の本件書籍の6000部の増刷出版行為については、これが本件許諾契約の対象となるものであることを認めるに足りる証拠はない。すなわち、上記認定事実によれば、ナンバースリーは、被告Bに対し、平成11年8月20日に、約4000部(正確には6000部)発行される本件書籍の表紙カバーに本件イラストを使用することを承諾したことはあるものの、それから約2年後に出版された増刷分については、本件許諾契約当時、そのような増刷があるかどうかすらも明らかではなかったのであるから、このような増刷出版行為について本件許諾契約の対象であったとまで認めることはできない。
 また、ナンバースリーは、上記認定のとおり、本件許諾契約締結当時、上記のような取引確認書及びプライスリストを契約の相手方に示した上で契約を締結しており、それらの書類には「写真貸出・使用規定」として、「写真は取引確認書にご記入いただいた取引先に限り、印刷物等の原稿として、1年以内・1社・1号・1種・1版・1回限りの使用条件で貸出します。」とか「使用(リピート使用・他への流用を含む)に際しては、当社の許諾を得て、料金の確認をした上でご使用下さい。」とか「リピート使用は、前回使用決定日より1年以内・同一クライアント・同一請求先・1品目に限ります」などと記載されていたのであるから、本件書籍を最初に発行してから「1年を超えてリピート使用する場合」すなわち、平成13年の増刷については、当初の使用許諾の範囲外であることが明示されていたのである。
(9) 被告らは、本件書籍の売行きがよく、そのため本件書籍が増刷された場合、それが本件書籍の出版である限りは当初の使用許諾の範囲に含まれるものであり、被告國民社が、本件書籍を、平成11年及び平成13年に各6000部ずつ発行したのは、一つの書籍の発行と増刷というべきもので、各発行において、本件書籍に本件イラストを使用することは、本件許諾契約において定められていたのである、と主張する。
 しかし、被告らの上記主張によれば、仮に本件書籍がベストセラーとなり、増刷が大量に続いた場合でも、そのすべての増刷分が本件許諾契約の範囲内のものであるということになり、そのような結果は契約の合理的な解釈とはいえず、相当ではない。
(10) 本件許諾契約に関する上記のような解釈は、ナンバースリーと同様の貸出サービスを行っている下記の各会社の貸出条件と比較してみても、相当である。
ア AFLO FOTO AGENCY(甲12、乙4)
 写真使用許諾は、一使用者、一使用目的、一使用回数、一使用期間、一使用方法、一使用地域に限られるものとしており、一般書籍に関し、特別な定めを設けていない。書籍カバー全面の使用料金は7万円である(カメラマン名の表示を入れない場合には、20パーセント割り増し料金となる。)。
イ オリオンプレス(甲13)
 貸出写真の使用は、別途定めがないかぎり、1社、1種、1号、1版、1回、1か所、1年間、日本国内にかぎるものとし、同一写真の複数回使用(再版等)の場合、それぞれ規定の料金を支払うものとされている。
ウ 株式会社世界文化フォト(乙3)
 版権使用料金は、1スポンサー・1使用途・1回の料金であり、同一スポンサーでも、再版その他再使用の場合、事前に改めてその旨貸出元に通知するとともに再使用料金(2回目70パーセント、3回目60パーセント。なお、使用開始から1年以内の場合)を支払うものとされている。書籍への使用料金は、カラー使用料が3万5000円、モノクロ使用料が2万5000円とされている。
エ 株式会社アマナ(甲11)
 書籍等につき、使用期間3年とし、発行部数につき、「初版〜2万部」(カバー表で5万円又は6万円)、「初版2万部超」(カバー表で6万円又は8万円)という区分を設けている。
(11) 以上によれば、被告國民社は、平成13年ころ、表紙カバーに本件イラストを使用した本件書籍を6000部出版したものであり、この増刷分に関しては、ナンバースリーからの使用許諾を得ることなく本件イラストを本件書籍表紙カバーに使用したものというべきであり、原告の有する本件イラストの著作権(複製権)を侵害したものと認められる。
 なお、本件書籍の平成13年の6000部の増刷は、被告國民社によりなされたものであり、被告Bがこれに関与していたものと認めるに足りる証拠はないから、本件書籍の表紙カバーの制作に関与したにすぎない被告Bは、上記増刷発行行為による著作権侵害について、何ら責任を負うものではない。
(12) 差止めの必要性について
 被告國民社は、本件書籍は、今後発行する予定はなく、在庫についても回収分は裁断処理したと主張する。しかし、これを認めるに足りる的確な証拠は提出されていない。
 被告國民社が著作権侵害及び著作者人格権侵害を争っていることを考慮すると、将来、本件イラストを使用したまま、本件書籍を増刷するおそれがあることを否定することはできない。
2 争点2(本件イラストに関する原告の氏名表示権侵害の成否)について
(1) 本件イラストの著作者が原告であることは前記認定のとおりである。そして、本件書籍の表紙カバーに使用されている本件イラストの作者として、「C」なる人物が表示されているのであるから、この本件表示により、本件イラストの著作者である原告の氏名表示権が侵害されたことは明らかである。
(2) 本件表示を記載した本件書籍を発行したのは、前記のとおり、被告國民社であるから、原告の上記著作者人格権(氏名表示権)を侵害した主体は被告國民社である。被告Bは、本件イラストについて、ナンバースリーと本件許諾契約を締結したものであるが、本件表示について関与したものと認めるに足りる証拠はない。したがって、被告Bは、原告の著作者人格権侵害について、何らの責任を負うものではない。
(3) 被告らは、@本件表示は、本件イラストの著作者を表示するものではない、A本件イラストの著作者が原告であるとは認識しておらず、原告の名前を知る可能性もなかった、B被告らは、改訂前の書籍のイラスト作者名について、削除を失念したにすぎないから、仮に原告に氏名表示権が存するとしても、被告らにこれを侵害することについて、故意又は過失は存しない、あるいはその違法性の程度は極めて低いなどと主張する。
 しかし、本件表示は、「カバーイラスト」として「C」の名前を表示しているものであり、本件書籍の表紙カバーには本件イラストが掲載されているのである。したがって、「カバーイラスト・C」という本件表示は、本件イラストの著作者の氏名を表記しているものであることは明らかであり、本件表示が本件イラストの著作者を表示するものではないとする被告らの主張は理由がない。
 また、仮に被告國民社が本件イラストを使用して本件書籍を発行した当時、その著作者が原告であることを知らなかったとしても、そのことをもって、本件イラストの作者として、明らかに著作者でない者の氏名を表示したことを正当化し得るものでもないし、本件書籍改訂前の書籍のカバーイラストを担当した者の氏名の削除を失念したこと自体、被告國民社の過失というほかなく、その過失が極めて軽微であるなどということができないことも明らかである。
 被告らの上記主張はいずれも失当である。
3 争点3(原告の損害)について
(1) 著作権侵害による損害について
ア 原告は、被告國民社が本件書籍の販売により少なくとも2310万円の粗利益を得たとか、本件イラストの貢献度は少なくとも10パーセントを下らないなどと主張する。しかし、原告は、書籍の出版等を業とする者ではないから、原告について、著作権法114条2項に基づく推定規定を適用することはできない。
イ 被告國民社は、前記のとおり、平成13年ころ、原告又はナンバースリーの許諾を得ないまま、表紙カバーに本件イラストを掲載した本件書籍を6000部発行した。本件イラストの使用料金は、1回当たり通常料金で8万円であることは当事者間に争いがない。したがって、被告國民社による著作権侵害行為により原告に生じた使用料相当の損害は、8万円であると認められる。
 原告は、本件許諾契約においては、使用条件に反する不正使用については、規定料金の10倍のペナルティーを課す旨定められていたと主張する。しかし、本件において認定した前記の事情を考慮しても、上記通常料金の10倍を原告に生じた使用料相当の損害と認めることは相当ではない。
 なお、前記のとおり、ナンバースリーを介して本件イラストの貸出しが行われる場合には、ナンバースリーが使用者から受領する金額のうち2分の1がナンバースリーに分配される扱いであるものの、これは著作物使用料の一部をカタログ掲載料ないし仲介手数料としてカタログ業者である(仲介業者でもある)ナンバースリーに支払う扱いと解することができるから、著作権侵害により原告に生じた損害としては、ナンバースリーによるカタログ掲載料ないし仲介手数料を考慮する必要はない。
(2) 著作者人格権侵害分について
 本件表示の態様、本件書籍の発行回数(2回)及び発行部数(合計1万2000部)、本件書籍の内容(イラスト集などではなく、損害賠償に関する法的知識の提供を目的とするものであること等)等の各事情を合わせ考慮すると、被告國民社による氏名表示権侵害により原告に生じた精神的苦痛を慰藉するに足りる慰謝料は、30万円(1回につき各15万円)と認められる。
第5 結論
 以上によれば、原告の被告らに対する請求は、被告國民社に対する本件イラストを使用して本件書籍を販売することの差止め並びに損害金合計38万円及びこれに対する著作権ないし著作者人格権侵害行為(平成11年9月及び平成13年ころの本件書籍の発行行為)の後であることが明らかな平成12年9月1日あるいは平成14年1月1日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合に基づく遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、被告國民社に対するその余の請求及び被告Bに対する請求は、いずれも理由がないから、これを棄却する。
 よって、主文のとおり、判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 設樂隆一
 裁判官 鈴木千帆
 裁判官 荒井章光
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