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【事件名】法律書の著作権侵害事件
【年月日】平成17年5月17日
 東京地裁 平成15年(ワ)第12551号 損害賠償等請求事件(第1事件)、
 平成16年(ワ)第8021号 損害賠償等請求事件(第2事件)
 (口頭弁論終結日 平成17年2月8日)

判決
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり 


主文
1 第1事件被告総合法令出版株式会社、第2事件被告a及び同bは、別紙対照表1の被告文献欄番号14の記載を含む別紙被告文献目録記載1の文献を発行し、頒布してはならない。
2 第1事件被告総合法令出版株式会社、第2事件被告a及び同bは、別紙対照表2−2の被告文献欄番号66及び76の記載を含む別紙被告文献目録記載2の文献を発行し、頒布してはならない。
3 第1事件被告総合法令出版株式会社、第2事件被告a及び同bは、原告に対し、各自金26万9881円及びこれに対する平成15年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、第1事件被告総合法令出版株式会社と原告との間に生じた費用を3分し、その2を同被告の負担とし、その余を原告の負担とし、第1事件被告cと原告との間に生じた費用は原告の負担ととする。また、第2事件被告a及び同bと原告との間に生じた費用を3分し、その2を同被告両名の負担とし、その余を原告の負担とし、第2事件被告dと原告との間に生じた費用は原告の負担とする。
6 この判決は、第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 第1事件被告ら及び第2事件被告らは、自ら又は第三者をして別紙被告文献目録記載の文献の発行、販売、頒布等の一切の行為をしてはならない。
2 第1事件被告らは、原告に対し、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞及び日本経済新聞の各全国版朝刊社会面に、別紙謝罪広告文案1記載のとおりの謝罪広告を2段2分の1頁の大きさで、表題部は20ポイント活字、その余の部分は10ポイント活字で、1回ずつ掲載せよ。
3 第2事件被告らは、原告に対し、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞及び日本経済新聞の各全国版朝刊社会面に、別紙謝罪広告文案2記載のとおりの謝罪広告を2段2分の1頁の大きさで、表題部は20ポイント活字、その余の部分は10ポイント活字で、1回ずつ掲載せよ。
4 第1事件被告ら及び第2事件被告らは、原告に対し、連帯して金808万円及びこれに対する平成15年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。   
第2 事案の概要
1 争いのない事実等(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。) 
(1) 原告の著作権
 原告は、第一東京弁護士会所属の弁護士であり、「図解でわかる 債権回収の実際」(以下「原告文献1」という。)、「熱血選書 署名・捺印のすべてがわかる本」(以下「原告文献2の1」という。)、「新版 印鑑・文書・契約の法律」(以下「原告文献2の2」という。)及び「図解でわかる 手形・小切手の実際」(以下「原告文献3」といい、原告文献1ないし3を併せて、以下「原告各文献」という。)の著作者であり、著作権者である。
(2) 被告らについて
ア 第1事件被告総合法令出版株式会社(以下「被告会社」という。)は、書籍、雑誌の出版及び販売等を行う法人であって、別紙被告文献目録記載1の文献(以下「被告文献1」という。)、同目録記載2の文献(以下「被告文献2」という。)及び同目録記載3の文献(以下「被告文献3」といい、被告文献1ないし3を併せて、以下「被告各文献」という。)を発行した。
イ 第1事件被告c(以下「被告c」という。)は、東京弁護士会所属の弁護士であり、被告各文献の監修を行った者である。
ウ 第2事件被告a(以下「被告a」という。)は、税理士であり、被告各文献に監修者と記載されている者である(甲4ないし6)。
エ 第2事件被告eことb(以下「被告b」という。)は、被告文献1及び3に監修者と記載されている者である(甲4、6)。
オ 第2事件被告d(以下「被告d」という。)は、司法書士であり、被告文献2に監修者と記載されている者である(甲5)。 
(3) 原告各文献と被告各文献
ア 原告文献1は、平成14年7月25日に初版が発行され、およそA5版の大きさで、縦書、本文237頁の書籍であり、その題名が示すとおり、債権回収に関する法律問題に関し、法律の専門家ではない一般人向けに、図や表を多用し簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。原告文献1の章立ては、1「危険な会社とはどんな会社か」、2「危険な徴候を察知したとき打つべき手」、3「手早く債権を回収する方法」、4「法的手段を上手に活用して回収する法」、5「担保によって回収する方法」、6「回収が困難になったら別ルートの回収法を」、7「取引先が倒産してしまったときの対策は」という構成である(甲1、原告本人)。
 他方、被告文献1は、平成14年12月4日に初版が発行され、およそB6版の大きさで、縦書、本文189頁の書籍であり、被告会社が出版している文庫シリーズ「通勤大学法律コース」を構成する3冊の文献のうちの1冊であって、その題名が示すとおり、原告文献1と同様に、債権回収に関する法律問題につき、法律の専門家ではない一般人向けに、図や表を多用し簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。被告文献1の章立ては、第1章「債権回収とは何か」、第2章「危ない会社の見分け方」、第3章「危ない会社への対処」、第4章「素早い債権の回収方法」、第5章「法的手段による回収方法」、第6章「担保による回収方法」、第7章「相手が倒産した場合の回収方法」という構成である(甲4)。
イ 原告文献2の1は、平成3年11月28日に初版が発行され、およそA5版の大きさで、横書、本文151頁の二色刷の書籍であり、その題名が示すとおり、署名・捺印に関し、法律の専門家ではない一般人向けに、図や表を多用し、二人の人物の会話調の形式で簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。原告文献2の1の章立ては、1章「署名と記名押印の役割」、2章「印鑑とは」、3章「実印と印鑑登録」、4章「会社の印鑑」、5章「署名(記名)押印と文書」、6章「署名(記名)押印のしかた」、7章「署名押印、印鑑をめぐるトラブル」という構成である。また、原告文献2の2は、平成7年10月19日に初版が発行され、およそA5版の大きさで、縦書、本文232頁の書籍であり、その題名が示すとおり、印鑑、文書、契約の法律問題に関し、法律の専門家ではない一般人向けに、図や表を多用し簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。原告文献2の2の章立ては、1「印鑑に関する法律知識」、2「文書に関する法律知識」、3「文書のつくり方」、4「契約に関する法律知識」、5「契約書のつくり方」、6「契約をめぐるトラブルと防止策」、7「種々の契約の注意点」という構成である(甲2の1及び2、原告本人)。
 他方、被告文献2は、平成14年11月6日に初版が発行され、およそB6版の大きさで、縦書、本文221頁の書籍であり、上記「通勤大学法律コース」を構成する3冊の書籍のうちの1冊であって、原告文献2の1と同様に、その題名が示すとおり、署名・捺印に関し、法律の専門家ではない一般人向けに、図や表を多用し簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。被告文献2の章立ては、第1章「署名と捺印(押印)」、第2章「印鑑」、第3章「実印をめぐる問題」、第4章「会社の印鑑」、第5章「署名押印の方法」、第6章「契約書」、第7章「領収書」、第8章「署名押印と各種文書」、第9章「署名押印と各種トラブル」、第10章「電子署名」という構成である(甲5)。
ウ 原告文献3は、平成14年7月25日に初版が発行され、およそA5版の大きさで、縦書、本文197頁の書籍であり、その題名が示すとおり、手形・小切手に関し、法律の専門家ではない一般人向けに、図や表を多用し簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。原告文献3の章立ては、1「手形・小切手の役割と機能」、2「手形の振出しと留意点」、3「手形の裏書と留意点」、4「手形を受け取るとき/取り立てるとき」、5「手形にまつわる問題点と対応策」、6「手形貸付・手形割引・融通手形」、7「手形が不渡りになったら」、8「為替手形と小切手の問題点」という構成である(甲3、原告本人)。
 他方、被告文献3は、平成15年2月5日に初版が発行され、およそB6版の大きさで、縦書、本文173頁の書籍であり、上記「通勤大学法律コース」を構成する3冊の書籍のうちの1冊であって、原告文献3と同様に、その題名が示すとおり、署名・捺印に関し、法律の専門家ではない一般人向けに、図や表を多用し簡潔かつ平易な記述をもって解説する文献である。被告文献3の章立ては、第1章「手形・小切手のしくみ」、第2章「手形の振り出し」、第3章「手形の裏書・割引・取り立て」、第4章「手形を受け取る場合の注意点」、第5章「手形の不渡りと対処」、第6章「手形をめぐるトラブルと対処」、第7章「小切手の理解」という構成である(甲6)。
エ 原告各文献には、別紙対照表の原告文献欄に記載した文章及び図表があり、被告各文献には、同表の被告文献欄に記載した文章及び図表がある(各対照表の番号には欠番がある。以下、別紙対照表の番号に従って、その原告文献欄に記載した部分を「原告表現1−1」などといい、これらを併せて「原告各表現」という。また、その被告文献欄に記載した部分を「被告表現1−1」などといい、これらを併せて「被告各表現」という。)。
2 本件は、原告各文献の著作者であり著作権者である原告が、被告会社に対しては被告各文献を発行したこと、被告a、被告b及び被告dに対しては被告各文献の真の執筆者であること、被告cに対しては被告各文献の監修者であることをそれぞれ理由として、被告各表現(別紙対照表1ないし3の被告文献欄の各番号欄記載の文章及び図表)がそれぞれ原告各表現(同表の原告文献欄の各番号欄記載の文章及び図表)と同一か極めて類似しており、原告の著作権(複製権及び翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害すると主張して、@ 著作権法112条1項に基づき、被告各文献の発行、販売及び頒布等の差止め、A 民法709条に基づき、損害賠償の支払、B 著作権法115条に基づき、謝罪広告を請求する事案である。
3 本件の争点 
(1) 被告a、被告b及び被告dは、被告各文献を執筆したか
(2) 著作権(複製権及び翻案権)侵害の成否
ア 依拠性の有無
イ 原告各表現の著作物性 
ウ 原告各表現と被告各表現の同一性ないし類似性  
(3) 著作者人格権侵害の成否
ア 氏名表示権侵害の成否
イ 同一性保持権侵害の成否
(4) 被告cは本件各文献の監修者として不法行為責任を負うか
(5) 損害の発生及び額
(6) 謝罪広告の要否
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告a、被告b及び被告dの執筆の有無)について
〔原告の主張〕
 被告a、被告b及び被告dは、被告各文献の執筆者である。確かに、被告各文献の記載では、同各文献の著者が「ビジネス戦略法務研究会」となっているが、そのような団体の実体はなく、真実の執筆者は上記被告ら3名である。この点、上記被告ら3名は、被告各文献は被告会社の職務著作であり、被告会社は、被告各文献の執筆者について、「執筆担当者A及びB」などと主張しているが、これら執筆担当者A及びBが被告会社の「業務に従事するものであること」は明らかでなく、被告各文献にはその著者が「ビジネス戦略法務研究会」と記載されているのであるから、被告会社が被告各文献を「自己の著作の名義の下に公表」したものでないことは明白である。
〔被告a、被告b及び被告dの主張〕
 被告各文献の執筆者は「ビジネス戦略法務研究会」であって、被告会社の職務著作である。被告a、被告b及び被告dは、いずれも被告各文献の執筆者ではなく、単に監修者として被告会社から渡された出版予定の文献につき、1回又は2回ほど校正済みのゲラ刷り原稿を点検し、その結果を被告会社に伝えたにすぎない。したがって、これらの行為によって、原告の原告各文献に関する著作権を侵害していないことは明らかである。
2 争点(2)ア(依拠性)について
〔原告の主張〕
(1) 原告文献1の発行時期は平成14年7月25日であるのに対し、これに対応する被告文献1の発行時期は同年12月4日である。原告文献2の1の発行時期は平成3年11月28日、原告文献2の2の発行時期は平成7年10月19日であるのに対し、これらに対応する被告文献2の発行時期は平成14年11月6日である。原告文献3の発行時期は平成14年7月25日であるのに対し、これに対応する被告文献3の発行時期は平成15年2月5日である。このように、出版時期をみると、被告会社は、原告各文献の出版後、十分な期間が経過した後に被告各文献を制作しており、原告各文献を参照した上で被告各文献を制作することが十分に可能であった。また、被告会社は、別紙対照表1ないし3記載のとおり原告各文献と内容的にほぼ同様の被告各文献を非常に短期間に相次いで出版しており、これだけの内容のものを短期間に相次いで制作することは、類似の文献に依拠しない限り不可能である。
 さらに、被告各文献の著者は「ビジネス戦略法務研究会」なるグループであると記載されているが、原告が、被告らに対して、何度もその構成員の具体的職業と氏名、人数について明らかにするように申し入れているにもかかわらず、被告らは返答していない。このような被告らの態度からすると、「ビジネス戦略法務研究会」なるグループに法律実務について経験を重ねた専門家が存在するかどうか極めて疑わしい。以上の事情によれば、被告らが被告各文献を短期間に制作するためには、原告各文献に依拠しない限り不可能である。
 また、依拠性の有無に関して、高度な類似性があるかどうかが1つの判断基準になるが、類似の程度から依拠性の有無を判断するに際しては、再製の有無に関して類似性・同一性要件を判断する場合と異なり、表現以外の部分における類似点をも考慮して判断されるべきであるところ、被告各文献は、原告各文献と、その全体として対象とする読者層、著作の目的、性格においてほとんど同一であること、また、その内容は、目次等を検討すれば、原告各文献のそれと細部に至るまでほぼ同一のものであることが明らかである。さらに、見開き1ページにつき1つの項目を立て、その項目を説明していくという形式や、図表を多用するといった点などの形式面も極めて類似している。そして、前述のとおり、被告各表現は、それに対応する原告各表現とその表現において非常に類似している(原告各表現と被告各表現の依拠性については、別紙「複製権及び翻案権侵害に関する当事者の主張並びに当裁判所の判断」中、原告の主張の【依拠性】欄記載のとおりである。)。このような類似点が生じたのは、被告らが原告各文献に依拠して被告各文献を制作したからである。
(2) 原告各文献の出版の経緯及び被告会社との関係
ア 原告は、以前、原告各文献に関連して、次のとおりの文献を執筆した(以下、次の@からC記載の文献を「原告旧著作@」などという。)。
@ 「図でわかる会社の法律」(株式会社中央経済社 昭和62年9月25日出版)  
 本書はその後数回にわたり改訂され、平成14年10月15日第4版となっている。 
 以下の原告旧著作及び原告各文献は、基本的に、原告旧著作@作成時の原稿を元に補筆修正を加えて出版されているものである。
A 「図説・債権回収の実際」(株式会社経営実務出版 昭和61年9月25日出版)
 本書は、原告旧著作@作成時の原稿のうち、債権回収部分で同書に入りきらず余った原稿に、補筆修正を加えて出版されたものである。なお、本書の出版が原告旧著作@より先になっているのは、原告旧著作@の出版社が当時、図、表を取り入れた書籍出版に不慣れであって作業が遅れたためである。
B 「図説 手形・小切手の実際」(株式会社経営実務出版 平成元年2月10日出版)  
 本書は、原告旧著作@作成時の原稿のうち、手形・小切手部分で同書に入りきらず余った原稿に、補筆修正を加えて出版されたものである。
C 「印鑑・文書・契約の法律」(株式会社ダイヤモンド社 平成2年3月23日出版)  
 本書は、原告旧著作@作成時の原稿のうち、契約部分で同書に入りきらず余った原稿に、補筆修正を加えて出版されたものである。
D 原告文献2の1「熱血選書 署名・押印のすべてがわかる本」(総合法令株式会社 平成3年11月28日出版)  
 本書は、原告旧著作Cの内容を印鑑・文書の部分を中心に「2人の人物の会話調の形式」にして、出版されたものである。
 なお、本書に記載された原告の著書を紹介する奥書には、上記原告旧著作@ないしBが原告の著書として紹介されている。
E 原告文献2の2「新版 印鑑・文書・契約の法律」(株式会社ダイヤモンド社 平成7年10月19日出版)  
 本書は、原告旧著作Cの改訂版である。
F 原告文献1「図解でわかる 債権回収の実際」(株式会社メディアクロス 平成14年7月25日出版)  
 本書は、原告旧著作Aとほぼ同一著作物である。上記Aの出版社が倒産したため、同社の了解を得て、出版したものである。
G 原告文献3「図解でわかる 手形・小切手の実際」(株式会社メディアクロス 平成14年7月25日出版)  
 本書は、原告旧著作Bの文献とほぼ同一の著作物であり、その出版の経緯は上記Fと同様である。
イ 原告は、平成2年までに原告旧著作@ないしCを出版していたところ、平成3年7月5日、被告会社商品制作部課長f(以下「f」という。)、同出版編集部g(以下「g」という。)が、原告旧著作Cを読み、内容を熟知した上で、原告を訪ね、同書の内容を「2人の人物の会話調の形式」にした文献を出版したいというので、原告はこれを了承した。こうして出版されたのが、原告文献2の1である。fは、原告と面談した際、原告旧著作@ないしCを話題としている。したがって、その時点で、被告会社が原告旧著作@ないしCを覚知していたことは明らかである。その後、平成5年12月11日ころ、被告会社の当時の編集部長であった被告dが原告を訪問し、原告旧著作Aの文献の内容を熟知した上で、原告に対し、同書をもとにした文献を出版したい旨申し入れてきたが、実現しなかった。また、原告文献2の1につき、その第5刷が出版された平成6年5月15日ころ、被告会社の出版担当者が、その内容を若干修正し、アップデイトした上で、改訂版として被告会社から出版したいと申し入れてきたので、原告がその旨了承し改訂の準備をしていたが、突然出版は取りやめになったとの連絡があり、改訂はされなかった。
ウ 以上の経緯に照らせば、被告会社はもともと、原告が著作している文献について極めて強い関心を持っており、原告旧著作@ないしCの存在を認識していたことは明白である。そして、原告各文献と原告旧著作@ないしCとの上記のような密接な関係からすれば、被告会社が被告各文献の制作前に原告各文献の存在を覚知していたことは明らかである。
〔被告らの主張〕
(1) 依拠性については否認する。
 被告各文献を出版するに当たり原告各文献を参考にしたことはなく、また、被告らが、原告各文献の一部を無断で抜き出して転載した事実も一切ない。 被告会社は、被告各文献の制作前の時点において、原告文献2の1を除き、その余の原告各文献については覚知していなかった。 
(2) 被告各文献の執筆者は、「ビジネス戦略法務研究会」を構成する実務経験のある2名(執筆担当者A及びB)が分担して執筆したものである。したがって、「ビジネス戦略法務研究会」なるグループに法律実務について経験を重ねた専門家が存在するかどうか極めて疑わしい旨の原告の主張は失当である。
(3) 原告は、原告旧著作@ないしCの作成経緯及び被告会社との関わりをもって、依拠性を有する旨主張するが、失当である。 
 すなわち、もともと被告会社は、平成6年8月1日、総合法令株式会社(以下「総合法令」という。)の出版事業部門を引き継いだ会社である。
 fは、当時、総合法令の出版部門を担当し、現在被告会社の取締役であるが、平成10年ころ健康を損ね事実上の休職状態になっているので、被告各文献の出版には一切関与していない。
 gは、当時、総合法令の出版部門を担当し、引き続き被告会社の出版部門も担当していたが、平成9年1月31日に依願退職したので、被告各文献の出版には一切関与していない。
 f及びgが、原告に対し、原告文献2の1の著作を依頼したこと、総合法令が同文献を出版したことは認めるが、その余の点については、fは明確な記憶を有していない。仮に、f及びgが当時原告旧著作@ないしCを覚知していたとしても、前述のとおり、f及びgは被告各文献の制作に一切関与していないのであるから、f及びgの原告旧著作@ないしCの覚知をもって、当然のように、原告旧著作@ないしCに対する被告会社の覚知が認められるものではない。
 被告dは、総合法令の出版部門を担当し、引き続き被告会社の出版部門も担当していたが、平成7年1月15日依願退職した。当時、総合法令の担当者だった被告dが、原告に対し、一般向けの平易な記述の法律書の執筆依頼をしたこと、しかし、結局、総合法令から同法律書の出版がされなかったことは認めるが、原告旧著作Aについて、dは明確な記憶を有していない。被告dは、被告文献2の監修をしたのみであり、被告文献1及び同文献3については一切関与していない。
 以上のとおり、被告会社は、被告各文献を制作するにあたって、原告旧著作@ないしCを覚知していたことはない。
3 争点(2)イ(原告各表現の著作物性)について
〔原告の主張〕
(1) 別紙対照表1ないし3記載の原告文献欄の各番号欄ごとの文章及び図表、すなわち原告各表現が著作物としての創作性を有する部分である。上記番号欄ごとの文章及び図表に思想又は感情の創作的な表現が認められるのであり、原告各表現が著作物性を有するものである。原告各表現の具体的な創作性については、別紙「複製権及び翻案権侵害に関する当事者の主張並びに当裁判所の判断」中、原告の主張欄の【著作物性】欄に記載のとおりである。
(2) 著作権法により保護される著作物の「創作性」とは、表現の内容について独創性や新規性があることを必要とするものではなく、思想又は感情を表現する具体的形式に作成者の個性が表れていれば足りる。つまり、著作物性を判断する上での「創作性」は、あくまでも、その作品の表現について、作成者の一定の個性を発揮した表現がされているか否かによって判断されるのであって、独自性まで必要でないところ、そもそも、原告各文献は、法律的知識に乏しい一般の人々を対象にして、債権回収、署名押印及び手形小切手にまつわる法律的な事柄という一定のテーマの下に、よく遭遇する場面や注意すべき場面等を念頭に置きつつ、叙述する事柄を選択し、容易に読み進めることができるように配列、構成等に工夫をこらし、叙述の順序、用語の選択、言い回し、図表の使用等、専門的知識がなくても理解できるような表現をとるなど、多くの点で表現上の創意工夫がされている。そして、法律的観点から、債権回収、署名押印及び手形小切手にまつわる事柄を、いかにわかりやすく表現するかについては、まさに筆者の趣味や感覚によって千差万別の表現が発現されるものである。したがって、原告各表現は、その作品の表現について、作成者の一定の個性を発揮した表現がされているということができ、創作性があることは明らかである。 
〔被告らの主張〕
(1) 別紙対照表1ないし3記載の原告文献欄の各番号欄記載の文章及び図表すなわち原告各表現に著作物性がない理由については、別紙「複製権及び翻案権侵害に関する当事者の主張並びに当裁判所の判断」中、被告らの主張欄の【著作物性】欄に記載のとおりである。
(2) 著作権法にいう著作物とは、精神的創作の結果としての所産であり、かつ著作者自らが個性を表現したものを指すものであり、著作物の創作性とは、著作者の個性の独自的創作の努力がいかに払われ、その成果に独自性が表現されているか否かによる。したがって、法令上の専門用語、概念等通常使用される典型的な決まり文句又はそれに類する記述に著作物性を認めることはできないし、法令の全部又は一部をそのまま利用したり単に要約したりして作成されたものは著作物性を取得しない。原告各文献は、法律の専門家ではない一般人に向けて、法令の規定事項に則って契約関係書類作成の留意点、手形・小切手の基礎知識等を概説したものであるが、特に法令の規定事項はその内容を公衆に周知徹底させるべきことを目的として作成されたもので何人も自由に利用できるものであるから(著作権法13条1号)、法令の規定事項に則った記述に著作物性が認められるためには明白な独自性を要するものと解すべきである。
 よって、原告各表現には著作物性は認められない。
4 争点(2)ウ(同一性ないし類似性)について
〔原告の主張〕
(1) 原告各表現とそれに対応する被告各表現は同一ないし類似であり、その類似の箇所については、別紙対照表1ないし3記載の下線部分のとおりである。原告各表現と被告各表現についての複製権ないし翻案権侵害の詳細については、別紙「複製権及び翻案権侵害に関する当事者の主張並びに当裁判所の判断」中、原告の主張の【同一性・類似性】欄記載のとおりである。
(2) 同一性及び類似性については、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には認められないものの、既存の著作物の、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとして独自の創作性の求められる部分についての表現が共通し、その結果として、当該作品から既存の著作物を直接感得できる程度に類似したものについては類似性・同一性が認められるというべきである。原告各文献のような一般の人々にわかりやすく法律的事柄を伝える場合には、叙述者のそれぞれの多種多様な表現が想定されるのであり、原告各文献の用語の選択、配列、言い回し、図表の使用等については、まさに原告の個性に基づいた創作的な表現がされている。被告各表現は、このような創作的表現がされている原告各表現に表現が極めて類似しているのであるから、同一性及び類似性を否定することはできない。
〔被告らの主張〕
(1) 被告各表現が原告各表現に極めて類似しているとの点は否認する。被告各表現は原告各表現を複製ないし翻案したものではない。原告各表現と被告各表現の類否の詳細については、別紙「複製権及び翻案権侵害に関する当事者の主張並びに当裁判所の判断」中、被告らの主張の【同一性・類似性】欄記載のとおりである。
(2) 複製権侵害の判断基準の1つである類似性については、当該著述の特性に応じてその権利の幅には広狭が存するのであり、その著述の特性いかんによっては当然予想されるべき範囲の類似であれば複製とはならないというべきところ、原告各文献及び被告各文献は、全体として対象とする読者層、著作の目的性格においてほとんど同一であるため、その構想、趣旨、規定文言の要約等の言葉・文字の表現手段の構成上類似・共通する点が多いことから、その権利の幅は狭いものとならざるを得ず、したがって、原告各文献と被告各文献の記述全般のように、当然予想される程度に類似するものは複製とはならないというべきである。
5 争点(3)ア(氏名表示権侵害の成否)について
〔原告の主張〕
 原告は、原告各文献の著作者であるから、著作者人格権として氏名表示権を有する。そして、被告らは、原告各文献について著作者名の表示又は非表示について原告の許諾を得ることなく、原告各文献の各文章を複製しているのであるから、氏名表示権を侵害していることは明らかである。
〔被告らの主張〕
 否認ないし争う。
6 争点(3)イ(同一性保持権侵害の成否)について
〔原告の主張〕
 原告は、原告各文献の著作者であるから、著作者人格権として同一性保持権を有する。そして、被告らは、原告各文献の改変について原告の許諾を得ることなく、原告各文献の各文章を変更、切除、その他改変しているのであるから、同一性保持権を侵害していることは明らかである。
〔被告らの主張〕
 否認ないし争う。
7 争点(4)(被告cの責任)について
〔原告の主張〕
 著作権法は、創作的な表現を保護するものであるから、著作権侵害物の制作者と同視し得るほど制作に関与した者については、著作権侵害物を直接制作したわけでなくても、著作権及び著作者人格権を侵害した者というべきところ、被告cは、次のとおり、制作者と同視し得るほどに制作に関与していたから、原告の著作権及び著作者人格権を侵害したことは明らかである。
 すなわち、まず、被告cは、被告各文献のすべてについて監修している。1冊だけならばさておき、3冊にもわたって監修者として名を連ねている以上、被告cが、被告各文献の制作に大きく関与していたことは明らかである。
 また、被告各文献の執筆者はいずれも「ビジネス戦略法務研究会」であるところ、被告cがそれら各文献につき監修している以上、被告cは「ビジネス戦略法務研究会」と相当程度関わった上で、被告各文献を制作したと考えられる。しかも、前述のとおり、「ビジネス戦略法務研究会」の構成員は定かではなく、はたして同研究会に経験を積んだ法律実務の専門家が存在するのかすら疑わしいところ、被告cは、被告各文献の制作関係者の中で唯一法律実務の専門家として名を連ねているのであるから、その関与は極めて大きいものであったことは明らかである。さらに、被告各文献の表紙には、著者と並んで、被告cの名前が記載され、表紙には監修者の中で一番上に名前が記載されている。このように、被告cの表示が一見制作者とも思われる表示となっているのは、被告各文献に対する被告cの関与が極めて大きいことの現れである。 前述のとおり、被告各文献は、それに対応する原告各文献に依拠して制作されたことが明らかであるから、内容の選択作業、編集作業、文章表現の試行錯誤といった知的作業は、ほとんどする必要がなかったものである。このように文献制作の根幹をなす知的作業を行う必要がなく制作された被告各文献に関して、被告cが、被告会社から監修者の謝礼として受領した合計16万6665円は、必ずしも安い金額とはいえない。
〔被告cの主張〕
 原則として、監修者は著作者とはならない。仮に監修者の関与の程度によっては実質的に共同著作者とみるべき場合があり得るとしても、原稿に目を通し、単に誤りを指摘、訂正したり、気の付いた点について助言を与える程度では著作行為とはいえないところ、被告cは、被告各文献の執筆者ではなく、監修者として被告会社から渡された当該出版予定の書籍の1回又は2回の校正済みのゲラ刷り原稿を点検し、法律の文章として正しいかどうかを判断し、その結果を執筆者である被告会社の代表者に伝えたにすぎない。また、監修や校閲が名目だけのものである場合には、その謝礼は名義料にすぎないというべきところ、被告各文献を監修することによって被告cが被告会社から得た謝礼は被告各文献につき、それぞれ5万5555円にすぎない。
 以上のとおり、被告cはそもそも著作行為をしていないから、いかなる意味においても原告の著作権を侵害していない。
8 争点(5)(損害の発生及び額)について
〔原告の主張〕
(1) 財産的損害
 被告会社は、被告文献1及び2につき各1万部、被告文献3につき8000部を、それぞれ定価1部当たり850円で出版した。
 原告が受けた損害の合計は、被告各文献の販売価額(定価)の10パーセントに相当する印税相当額であり、次のとおり、238万円である。
 850×0.1×28,000=2,380,000円
(2) 著作権、著作者人格権についての慰謝料
 原告は、原告各文献を執筆するにあたり、調査検討、執筆、推敲等にそれぞれ約6か月もの期間を要した。このように、原告は、長期間にわたり多大な労力を費やして著作し、発表した文献を被告らによって承諾なく転載されたために、甚大な精神的苦痛を被った。この精神的損害をあえて金銭に評価すれば、少なくとも金500万円は下らない。
(3) 弁護士費用
 本件における事案の性質、原告各文献と被告各文献の同一性、類似性を対照する作業などの膨大な労力、審理期間等を勘案すれば、被告らの著作権及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用の額としては、少なくとも、上記(1)及び(2)の合計額の約10パーセントにあたる70万円が相当である。
(4) よって、原告は、被告らに対し、上記合計808万円及びこれに対する不法行為の後(被告各文献のうち最後に発行された被告文献3の発行日)である平成15年2月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
〔被告らの主張〕
 被告会社が被告文献1及び2につき各1万部、被告文献3につき8000部を、それぞれ定価1部当たり850円で出版したことは認め、その余はすべて否認ないし争う。
9 争点(6)(謝罪広告の要否)について
〔原告の主張〕
 原告が被告らの行為により毀損された名誉若しくは声望を回復するためには、被告らが謝罪広告を掲載することが不可欠であり、別紙謝罪広告文案1及び2記載の各謝罪広告の掲載を求める。
〔被告らの主張〕
 争う。 
第4 争点に対する判断
1 争点(1)(被告a、被告b及び被告dの執筆の有無)について
(1) 前記争いのない事実及び証拠によれば、次の事実が認められる。
ア 被告各文献には、著者として「ビジネス戦略法務研究会」と記載されており、まえがきに、「本書の執筆を行ったビジネス戦略法務研究会は、第一線で活躍しているビジネスマンを中心に、企業の法務スタッフ、弁護士、税理士、司法書士、米国ロースクール卒業生などのメンバーより構成されて」いること、「本書は数名のメンバーが執筆を分担のうえ」、被告c、被告aらが監修したことが記載されている。執筆者について具体的な個人名は一切記載されていない(甲4ないし6、14ないし16)。
イ 原告は、本件訴訟提起に先立ち、被告会社に対し、再三にわたり、被告各文献の執筆者を明らかにするように求めたが、被告会社はこれに応じなかった。第1事件提起後、被告会社は、平成16年3月1日付準備書面において、被告各文献の執筆者について、被告会社が主催するビジネス戦略法務研究会を構成する2名が分担して執筆した旨主張した。そして、その2名の個人名は明らかにしていないが、その2名のうち、執筆担当者Aの経歴について、「1954年生、早稲田大学法学部卒業、会社総務部、海外業務経験を経て、現在会社役員」であると主張し、また、執筆担当者Bの経歴について、「1953年生、東京大学法学部卒業、会社総務部勤務を経て、現在会社役員」であると主張している。そして、この準備書面は、被告会社代表者が被告会社の訴訟代理人弁護士に説明した事実をもとに作成され、任意に提出されたものである(甲17ないし24(枝番を含む)、当裁判所に顕著な事実、被告会社代表者)。
ウ 被告aは、1954年生まれの税理士であり、早稲田大学法学部を卒業した。同被告は、大学卒業後、外資系会計事務所や外資系の会社に勤務したが、その後独立し、現在は、税務事務所を経営しており、平成9年から被告会社の監査役も務めている。被告会社から著書を出版したこともある。なお、被告aは、被告各文献に監修者と記載されている(甲4ないし6、14ないし16、乙9、丁1、被告a本人)。
エ 被告bは、ペンネームを「e」と称する、1953年生まれの経営コンサルタントであり、東京大学法学部を卒業した。同被告は、大学卒業後、企業の研修担当、会社総務部に勤務し、出版社役員を経て独立し、現在は会社役員である。共著ではあるが、被告会社から著書を出版したこともある。なお、被告bは、被告文献1及び3に監修者と記載されている(甲4、6、14、16、丁2、被告b本人)。
オ 被告dは、1951年生まれの司法書士であり、早稲田大学法学部を卒業した。同被告は、海外ビジネスに携わり、平成2年に総合法令に入社し、平成6年には被告会社へ移籍し、平成7年1月に同社を退職し、現在は、高知市で司法書士事務所を開設している。なお、被告dは、被告文献2に監修者と記載されている(甲5、15、乙12、丁3)。
(2) 上記認定の事実によれば、以下のとおり、被告a及び被告bは、被告各文献の執筆者であると推認することができる。
ア 被告会社の平成16年3月1日付準備書面は、被告a及び被告bらに対する第2事件が提起される前に、被告会社の訴訟代理人弁護士が作成し、任意に提出したものであって、個人名を出さない以上あえて虚偽の経歴を主張する必要性がない時点のものであることにも照らし、その信頼性は高いものと解される。
イ 被告aについて
 被告らは、被告aが執筆したことを否認し、同被告も執筆していない旨供述する(丁1、被告a本人)。しかしながら、被告会社が被告各文献の執筆者の1人であると主張する上記執筆担当者Aと被告aの生年及び学歴が一致し、その経歴も極めて類似していること及び被告各文献に監修者としてではあるが同被告の氏名が記載されていることに照らし、被告aは被告各文献を執筆したものと推認することができ、上記供述部分は直ちに措信することができない。なお、同被告は、被告各文献に関し、被告会社から監修料若しくは執筆料として、金銭の交付を受けた事実はない旨供述するが、この部分もまた措信することができない。
ウ 被告bについて
 被告らは、被告bが執筆したことを否認し、同被告も執筆していない旨供述する(丁2、被告b本人)。しかしながら、被告会社が被告各文献の執筆者の1人であると主張する上記執筆担当者Bと被告bの生年、学歴及び経歴が完全に一致していること並びに被告文献1及び3に監修者としてではあるが同被告の氏名が記載されていることに照らし、被告bは被告各文献の全部又は一部を執筆したものと推認することができ、上記供述部分は直ちに措信することができない。なお、同被告は、被告各文献に関し、被告会社から監修料若しくは執筆料として、金銭の交付を受けた事実はない旨供述するが、この部分もまた措信することができない。
エ 被告dについて
 本件全証拠によっても、被告dが被告各文献を執筆したと認めるに足りない。すなわち、被告dの経歴は、被告会社が被告各文献の執筆者であると主張する上記執筆担当者A及びBのいずれの経歴とも異なっており、被告dを執筆者と推認すべき理由はなく、他に同被告を執筆者と認めるに足りる証拠はない。したがって、被告dを被告各文献の執筆者とする原告の主張は理由がない。
オ 被告らは、被告各文献は、被告会社が自ら主催していると称しているビジネス戦略法務研究会の担当者2名が執筆し、被告会社の職務著作である旨主張するが、そもそもビジネス戦略法務研究会の存在自体明らかとはいえない。なお、被告会社代表者は、ビジネス戦略法務研究会について、被告会社の嘱託によりビジネス上のテーマについて会社の会議室で勉強会を開く組織であり、10年以上前から存在し、企業の法務スタッフ、弁護士、税理士、司法書士、米国ロースクール卒業生など合計7ないし8名の構成員からなっている旨供述している。被告会社代表者の供述どおり同研究会が存在するとすれば、わずか7ないし8名の構成員の中に、他に、被告aや被告bほど執筆担当者A及びBの生年、学歴及び経歴に酷似する人物が存在すると認めるに足りないから、被告aや被告bがその構成員であって、被告各文献を執筆したといわざるを得ない。なお、仮にビジネス戦略法務研究会の担当者が執筆したとしても、直ちに被告会社の職務著作になるわけではなく(著作権法15条1項)、著作権侵害の主体が被告会社になるわけではない。
2 争点(2)ア(依拠性)について
(1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 原告文献1の発行時期は平成14年7月25日であるのに対し、これに対応する被告文献1の発行時期は同年12月4日である。原告文献2の1の発行時期は平成3年11月28日、原告文献2の2の発行時期は平成7年10月19日であるのに対し、これらに対応する被告文献2の発行時期は平成14年11月6日である。原告文献3の発行時期は平成14年7月25日であるのに対し、これに対応する被告文献3の発行時期は平成15年2月5日である(甲1ないし6(枝番を含む))。なお、原告文献2の1は、平成6年5月までに5回の増刷を重ねた(甲17)。
 そして、被告bは、原告各文献を知っていた(被告b本人)。
イ 原告文献1と被告文献1とを対比すると、両者は債権回収という同じ法律問題を取り扱っており、基本的な概念及び構成、章立ての順序が類似している上、各章内の小見出しも類似している。また、別紙対照表1の原告文献1欄と被告文献1欄のそれぞれ対応する部分の下線部分を比較すると類似した文章や図表が多く見受けられる(甲1、4)。
ウ 原告文献2の1と被告文献2を対比すると、両者は署名・捺印という同じ法律問題を取り扱っており、基本的な概念及び構成、章立ての順序が類似している上、各章内の小見出しも類似している。また、別紙対照表2−1及び2−2の原告文献2の1及び同2の2欄と被告文献2欄のそれぞれ対応する部分の下線部分を比較すると類似した文章や図表が多く見受けられる(甲2(枝番を含む)、5)。
エ 原告文献3と被告文献3を対比すると、両者は手形・小切手という同じ法律問題を取り扱っており、基本的な概念及び構成、章立ての順序が類似している上、各章内の小見出しも類似している部分が多い。また、別紙対照表3の原告文献3欄と被告文献3欄のそれぞれ対応する部分の下線部分を比較すると類似した文章や図表が多く見受けられる(甲3、6)。  
(2) 既存の著作物の表現内容を認識し、それを自己の作品に利用する意思を有しながら、既存の著作物と同一性のある作品を作成した場合は、既存の著作物に依拠したものとして複製権侵害が成立するというべきであり、この理は、翻案権侵害についても同様である。
 そして、被告各文献は、いずれも原告各文献が出版された後に出版されているが、特に、被告文献1は、原告文献1の出版から約4か月後、被告文献3は、原告文献3の出版から約6か月後という極めて近接した日にそれぞれ出版され、また、原告文献2の1は相当数販売されたものであって、被告a及び被告bはこれに接する機会があったこと(前記(1)ア)、現に被告bは、原告各文献を知っていたこと(前記(1)ア)、被告各文献は、それぞれ対応する原告各文献と、基本的な概念及び構成、章立ての順序、各章の内容、さらに記載されている内容も類似している箇所が多いこと(前記(1)イないしエ)、後記認定のとおり、被告各文献の中には、そこに記述されている順序及び構成で表現される必然性のない文章等について、原告各文献の各対応部分とほぼ同一の表現がされている部分があること、以上の事実を総合すれば、被告文献1は原告文献1に、被告文献2は原告文献2の1及び2の2に、被告文献3は原告文献3に、それぞれ依拠して執筆されたことは明らかである。上記認定に反する乙第11、第12号証及び被告会社代表者尋問の結果は、信用することができない。
3 争点(2)イ、ウ(著作物性、複製権及び翻案権侵害の成否)について
(1) 著作物の複製(著作権法21条、2条1項15号)とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう(最高裁昭和50年(オ)第324号同53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁参照)。ここで、再製とは、既存の著作物と同一性のあるものを作成することをいうと解すべきであるが、同一性の程度については、完全に同一である場合のみではなく、多少の修正増減があっても著作物の同一性を損なうことのない、すなわち実質的に同一である場合も含むと解すべきである。
 また、著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的な表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。
 そして、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号)、既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
 このように、複製又は翻案に該当するためには、既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が、著作権法による保護の対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(著作権法2条1項1号)。そして、「創作的」に表現されたというためには、厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく、筆者の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきであるが、他方、文章自体がごく短く又は表現上制約があるため他の表現が想定できない場合や、表現が平凡かつありふれたものである場合には、筆者の個性が表現されたものとはいえないから、創作的な表現であるということはできない。
(2) 本件における原告各文献及び被告各文献のような一般人向けの法律問題の解説書においては、それを記述するに当たって、関連する法令の内容や法律用語の意味を整理して説明し、法令又は判例・学説によって当然に導かれる一般的な法律解釈や実務の運用等に触れ、当該法律問題に関する見解を記述することが不可避である。
 既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が法令や通達、判決や決定等である場合には、これらが著作権の目的となることができないとされている以上(著作権法13条1ないし3号参照)、複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。そして、同一性を有する部分が法令の内容や法令又は判例・学説によって当然に導かれる事項である場合にも、表現それ自体でない部分において同一性を有するにすぎず、思想又は感情を創作的に表現した部分において同一性を有するとはいえないから、複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。
 また、手続の流れや法令の内容等を法令の規定に従って図示することはアイデアであり、一定の工夫が必要ではあるが、これを独自の観点から分類し整理要約したなどの個性的表現がされている場合は格別、法令の内容に従って整理したにすぎない図表については、誰が作成しても同じような表現にならざるを得ない。よって、図表において同一性を有する部分が単に法令の内容を整理したにすぎないものである場合にも、思想又は感情を創作的に表現した部分において同一性を有するとはいえないから、複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。そのように解さなければ、ある者が手続の流れ等を図示した後は、他の者が同じ手続の流れ等を法令の規定に従って図示すること自体を禁じることになりかねないからである。
 さらに、同一性を有する部分が、ある法律問題に関する筆者の見解又は一般的な見解である場合は、思想ないしアイデアにおいて同一性を有するにすぎず、思想又は感情を創作的に表現した部分において同一性を有するとはいえないから、一般の法律書等に記載されていない独自の観点からそれを説明する上で普通に用いられる表現にとらわれずに論じている場合は格別、複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。けだし、ある法律問題についての見解自体は著作権法上保護されるべき表現とはいえず、これと同じ見解を表明することが著作権法上禁止されるいわれはないからである。
 そして、ある法律問題について、関連する法令の内容や法律用語の意味を説明し、一般的な法律解釈や実務の運用に触れる際には、確立した法律用語をあらかじめ定義された用法で使用し、法令又は判例・学説によって当然に導かれる一般的な法律解釈を説明しなければならないという表現上の制約がある。そのゆえに、これらの事項について、条文の順序にとらわれず、独自の観点から分類し普通に用いることのない表現を用いて整理要約したなど表現上の格別の工夫がある場合はともかく、法令の内容等を法令の規定の順序に従い、簡潔に要約し、法令の文言又は一般の法律書等に記載されているような、それを説明する上で普通に用いられる法律用語の定義を用いて説明する場合には、誰が作成しても同じような表現にならざるを得ず、このようなものは、結局、筆者の個性が表れているとはいえないから、著作権法によって保護される著作物としての創作性を認めることはできないというべきである。よって、上記のように表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらない。
 他方、表現上の制約がある中で、一定以上のまとまりを持って、記述の順序を含め具体的表現において同一である場合には、複製権侵害に当たる場合があると解すべきである。すなわち、創作性の幅が小さい場合であっても、他に異なる表現があり得るにもかかわらず、同一性を有する表現が一定以上の分量にわたる場合には、複製権侵害に当たるというべきである。
 本件において著作権侵害を判断するに当たっては、これらの観点から検討する必要がある。
(3) 原告は、自ら原告各文献を別紙対照表1ないし3記載の各番号に記載された各部分に分けた上、個々の原告各表現における文章ないし図表が著作物に当たり、被告各表現がそれぞれこれを侵害する旨主張するところ、いかなる単位で著作権侵害を主張するかは原告の処分権の範囲内の事項ということができる。
 そこで、以下、前記(2)の観点から、それぞれについての著作権侵害の成否を検討する。その判断は、別紙「複製権及び翻案権侵害に関する当事者の主張並びに当裁判所の判断」中、当裁判所の判断欄記載のとおりであり、複製権侵害が認められるのは、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76であり、それ以外は複製権及び翻案権のいずれも侵害しない。
4 争点(3)(著作者人格権侵害の成否)について
 上記のとおり、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76について、複製権侵害が認められるところ、これらの被告表現には、原告の氏名が表示されておらず、かつ原告の意に反する改変がされている。
 よって、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76について、原告の氏名表示権及び同一性保持権侵害が認められる。 
5 差止請求について
 前記3、4のとおり、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76は、それぞれ、原告表現1−14、原告表現2−2−66、原告表現2−2−76に係る原告の著作権及び著作者人格権を侵害するから、原告は、著作権及び著作者人格権に基づき、被告会社、被告a及び被告bに対し、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76の複製及び頒布の差止めを請求することができる(著作権法112条1項)。原告は、被告各文献自体についての差止めを請求するところ、被告各表現のそれぞれを物理的に分離することはできないから、著作権及び著作者人格権を侵害する上記各表現を含む被告文献1及び2の発行及び頒布の差止めを請求する限度で理由があることに帰する(すなわち、被告会社、被告a及び被告bは、上記各表現を削除しない限り被告文献1及び2の発行及び頒布をしてはならないことになる。)。なお、販売は頒布に含まれるから(同法2条1項19号)、頒布差止めと別個に販売差止めを認める必要はないし、頒布「等の一切の行為」は不特定といわざるを得ない。
 また、差止めは、著作権等を侵害し又は侵害するおそれのある者に対して請求すべきものであり(著作権法112条1項)、いかなる第三者かを特定することもなく「第三者をして被告各文献を発行、頒布すること」の差止めを認めるのは相当でないし、また、上記被告らがそれ以外の第三者をして被告各文献を発行、頒布するおそれがあることを認めるに足りない以上、その差止めを請求する部分は、理由がない。なお、判決の既判力は民訴法115条所定の者のみに、判決の執行力も民事執行法23条所定の者のみにしか及ばないのであるから、上記被告ら以外の者が被告文献1及び2を発行、頒布するおそれがある場合には、その者に対して別途差止請求訴訟を提起すべきである。
6 争点(4)(被告cの不法行為責任の成否)について
(1) 前記争いのない事実及び証拠によれば、次の事実が認められる。
ア 被告cは、被告各文献すべてについて監修し、被告各文献のいずれにおいても、監修者の筆頭に名を連ねている(甲4ないし6)。
イ 被告cは、平成14年9月ころ、長年の友人であり、被告会社代表者の友人でもあったh(以下「h」という。)を通じて、被告各文献の監修を依頼された。被告cは、文献を監修するのは初めてであったが、その依頼を引き受け、被告文献1については、平成14年11月初旬ころ、hを通じて被告会社から渡された被告文献1の校正済みゲラ刷り原稿を1回ないし2回程度点検し、2、3日後に返却した。その際、加筆訂正した箇所はなかった。被告文献2については、平成14年10月ころ、同様にhを通じて渡された被告文献2の校正済みゲラ刷り原稿を1回ないし2回程度点検し、2、3日後に返却した。その際も、加筆訂正した箇所はなかった。被告文献3については、平成15年1月中旬ころ、同様にhを通じて渡された被告文献3の校正済みゲラ刷り原稿を1時間程度で目を通して、すぐに返却した。その際も、加筆訂正した箇所はなかった。 なお、被告各文献の監修に関して、被告cと被告会社代表者とが直接連絡を取ったことはなかった(丙4、5)。
ウ 被告cは、被告会社から、被告各文献の監修料名目で、被告文献1及び2については平成15年2月4日付けで、被告文献3については平成15年2月25日付けで、それぞれ5万5555円(源泉所得税5555円を含む)の合計16万6665円を受領した(丙1ないし4)。
(2) 以上の認定事実に基づき、被告cの不法行為責任につき判断する。
 一般に、監修とは、書籍の著述や編集を監督することといわれるが(広辞苑第5版600頁)、監修者としての関与の程度には、出版物の権威付けのために名義のみを貸すにすぎないものあるいは単に表現上の軽微な事項や内容的に不適切な点を指摘するものから、監修者自ら内容を検討し、相当部分について加筆補正するなど、監修者が著作物の実質的な内容変更を行うものまでさまざまな形態が考えられる。後者の場合のように、本来の著作者とともに共同著作者と評価され得る程度に関与している場合は、監修者も著作者とともに著作権侵害について共同不法行為による損害賠償責任を負う場合があるというべきであるが、監修者としての関与の程度が出版物の権威付けのために名義のみを貸すにすぎない場合又は単に表現上の軽微な事項や内容的に不適切な点を指摘するにすぎない場合は、特段の事情がない限り、共同不法行為責任を負わないというべきである。
 そして、上記(1)認定のとおり、被告cは、被告各文献すべてについて監修したものの、監修者としての関与の程度は、校正済みのゲラ刷り原稿を2、3日かけて点検したにすぎず、何らの加筆訂正も行っていないこと、監修料として受領した金額は1冊当たり5万円程度にすぎず、被告各文献の内容及び分量を考慮すると名義料程度の金額と認められること、以上の事実によれば、被告cについて、被告各文献が原告各文献に係る原告の著作権及び著作者人格権を侵害しているか否かについて注意を払うべき義務を認めるに足りない。よって、同被告に本件著作権及び著作者人格権侵害につき、被告会社との共同不法行為責任を認めるべき事情はないというべきである。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
7 被告会社、被告a及び被告bの故意過失について
(1) 証拠によれば、次の事実が認められる。
ア 被告会社は、平成6年8月1日、総合法令の子会社で出版事業を担当する会社であったホーレイプランニング株式会社の商号を変更した会社であって、当時、被告会社代表者は、総合法令の代表者を兼ねており、両社は出版事業に関して極めて密接な関係にあった(乙6ないし10、被告会社代表者)。
イ 原告は、昭和61年以降現在に至るまで27冊の法律関係の単行本を著作し、昭和61年9月25日原告旧著作Aを、昭和62年9月25日原告旧著作@を、平成元年2月10日原告旧著作Bを、平成2年3月23日原告旧著作Cを出版した。なお、原告文献1は、原告旧著作Aの改訂版であり、原告旧著作Aとほぼ同一である。また、原告文献2の1は、原告旧著作Cと基本的な内容がほぼ同一である。次に、原告文献2の2は、原告旧著作Cの改訂版であり、原告旧著作Cとほぼ同一である。さらに、原告文献3は、原告旧著作Bの改訂版であり、原告旧著作Bと同一である。(甲17、原告本人)。
ウ 平成3年7月ころ、当時、総合法令の商品制作部課長であったf及び同社の出版編集部係長であったgが、原告に対し、当時既に出版されていた原告旧著作Cの内容を「2人の人物の会話調の形式」に変更した書籍を出版したい旨申し出、そのような経緯で、原告文献2の1が総合法令から出版された。なお、原告文献2の1の末尾に記載されている「著者紹介」欄には、原告の経歴とともに、原告がその当時までに著作した文献として、原告旧著作@ないしBが紹介されている(甲2の1、17、乙11、原告本人)。
エ 平成5年12月ころ、当時、総合法令の編集部部長であった被告dが、原告に対し、原告がそれまで執筆してきた文献を元に、総合法令から文献を出版するための原稿の作成を依頼したが、結局、総合法令から原告の著作にかかる新たな文献の出版という企画は、その後実現することはなかった。
 平成6年5月ころ、総合法令の担当者から、原告に対し、原告文献2の1について改訂版を出版したいとの連絡があったので、原告は、その旨了解し、その改訂版の原稿の作成の準備をしていたが、その後、突然、総合法令の担当者から改訂版の出版は急遽とりやめになった旨の連絡があり、原告はやむなく了承した(甲17、乙12、原告本人)。 
(2) 前記(1)認定のとおり、原告文献2の1は総合法令から出版されたものであること、原告文献1、2の2及び3は、基本的な内容を原告旧著作AないしCと同じくするものであるところ、総合法令のf及びgが原告旧著作Cを示して原告文献2の1の執筆依頼をし、また原告文献2の1の末尾に記載されている「著者紹介」欄に原告旧著作@ないしBが紹介されていること、総合法令の編集部部長であった被告dが、原告がそれまで執筆してきた文献をもとに、総合法令から新たな文献を出版するための原稿の作成を依頼したこと等に照らせば、少なくとも、総合法令は、原告文献2の1のみならず、原告文献1、2の2及び3と内容を同じくする原告旧著作AないしCの存在を認識していたことは明らかである。
 上記事情に加えて、総合法令は、被告会社の親会社であり出版部門に関しては被告会社の前身ともいえる会社であって、被告会社代表者は、当時、総合法令の代表者も兼ねていたという事情の下では、被告会社は、被告文献1及び2を発行するに当たり、これらが他人の著作権を侵害していないかどうか調査し、他人の著作権を侵害しないようにすべき義務があったというべきである。被告会社は、上記義務を怠り被告文献1及び2を発行したのであるから、少なくとも、過失があるものというべきであって、損害賠償責任を免れない。
(3) 被告a及び被告bは、原告文献1及び2の2に依拠して被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76を執筆したのであるから、故意又は過失があったことは明らかである。
 なお、被告aと被告bの執筆の分担は明らかではないから、同被告らにおいて反証しない以上、民法719条により、被告会社とともに(不真正連帯)損害賠償責任を負うものと解する。
8 争点(6)(損害の発生及び額)について
(1) 財産的損害について
ア 被告会社が、被告文献1及び2につき、それぞれ定価850円で1万部を発行したことは当事者間に争いがない。
 また、原告文献1及び2の2についての使用料相当額は、上記定価の10パーセントと認めるのが相当である。
イ ところで、上記認定のとおり、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76が原告の著作権を侵害するものであるところ、その分量は、被告表現1−14については約1頁、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76についてはそれぞれ約2頁と認められる。被告文献1の本文は189頁、被告文献2の本文は221頁であるから、頁数の割合に応じて算定することにする。
ウ 以上によれば、被告表現1−14の著作権侵害によって原告が被った財産上の損害は、次のとおり、4497円(1円未満切捨て)である。
 850×0.1×(1÷189)×10,000=4,497
 また、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76の著作権侵害によって原告が被った財産上の損害は、次のとおり、各7692円(1円未満切捨て)である。
 850×0.1×(2÷221)×10,000=7,692
 よって、財産的損害の合計は、以下のとおり合計1万9881円である。
 4,497+7,692×2 =19,881
(2) 著作権及び著作者人格権に基づく慰謝料について
 原告文献1及び同2の2の著作に当たり、原告が相当の労力と時間を費やしたことは上記認定の事実経過からも想像に難くないが、著作者人格権の侵害の態様その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、氏名表示権及び同一性保持権の著作者人格権侵害に基づく慰謝料としては、侵害と認められる被告各表現につき、それぞれ5万円の合計15万円と認めるのが相当である。
 なお、著作権侵害については、上記のとおり、財産的損害について損害賠償が認められる以上、さらに慰謝料請求を認める根拠はないから、著作権侵害に基づく慰謝料を請求する原告の主張は失当である。
(3) 弁護士費用について
 本件訴訟の性質、経緯その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、被告会社、被告a及び被告bの著作権及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は、合計10万円が相当である。
(4) 損害額の合計
 以上により、損害額の合計は26万9881円であるから、被告会社、被告a及び被告bは、原告に対し、各自同金額及びこれに対する不法行為の後である平成15年2月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
9 争点(7)(謝罪広告の要否)について
(1) 著作者人格権の侵害となるべき行為をしたことを理由として謝罪広告を請求するには、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な感情すなわち名誉感情の毀損では足りず、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的声望名誉が低下したことを必要とするものと解される(最高裁昭和58年(オ)第516号同61年5月30日第二小法廷判決・民集40巻4号725頁)。
(2) 上記認定のとおり、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76は、原告の著作者人格権を侵害するが、その部分に原告の氏名を表示しなかったり、同一性を保持しなかった侵害行為の態様は、著作者である原告がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価が低下したといえるような態様のものということはできないこと、その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、被告会社、被告a及び被告bに対する損害賠償請求を認めた上、さらに謝罪広告を掲載させることまでの必要性は認められない。
10 結論
 以上のとおり、原告の請求のうち、原告の著作権及び著作者人格権に基づく差止請求は、被告会社、被告a及び被告bに対し、侵害部分を含む被告文献1及び2の発行、頒布の差止めを請求する限度で理由がある。
 また、原告の著作権及び著作者人格権侵害を理由とする損害賠償は、被告会社、被告a及び被告bに対し、各自26万9881円の支払を請求する限度で理由がある。
 原告のその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 高部眞規子
 裁判官 東海林保
 裁判官 熊代雅音

  
(別紙)
当事者目録
第1事件及び第2事件原告 i
同訴訟代理人弁護士 角谷裕史
同 佐々木貴教
同 押久保公人
同 佐内俊之
第1事件訴訟復代理人弁護士 上岡秀行
第1事件被告 総合法令出版株式会社
同訴訟代理人弁護士 高橋剛
第1事件被告 c
第2事件被告 a
第2事件被告 eことb
第2事件被告 d
第2事件被告ら訴訟代理人弁護士 舘野完

被告文献目録
1 「通勤大学法律コース 債権回収」(総合法令出版株式会社、平成14年12月4日初版発行)
2 「通勤大学法律コース 署名・捺印」(総合法令出版株式会社、平成14年11月6日初版発行)
3 「通勤大学法律コース 手形・小切手」(総合法令出版株式会社、平成15年2月5日初版発行)

謝罪広告文案1
 総合法令出版株式会社発行、弁護士cほか2名監修の「通勤大学法律コース債権回収」、「通勤大学法律コース署名・捺印」、「通勤大学法律コース手形・小切手」は、弁護士i氏が執筆された「図解でわかる債権回収の実際」、「熱血選書 署名・捺印のすべてがわかる本」、「新版 印鑑・文書・契約の法律」、「図解でわかる手形・小切手の実際」を抜粋し、改変を加えたものをi氏に無断で転用し、出版したものです。
 当社らは、ここに上記事実を認め、i氏に深くお詫びを申し上げます。
 平成 年 月 日(注:掲載日の日付)
  総合法令出版株式会社
  弁護士 c

謝罪広告文案2
 私共が著作し、総合法令出版株式会社が発行した「通勤大学法律コース債権回収」、「通勤大学法律コース署名・捺印」、「通勤大学法律コース手形・小切手」は、弁護士i氏が執筆された「図解でわかる債権回収の実際」、「熱血選書 署名・捺印のすべてがわかる本」、「新版 印鑑・文書・契約の法律」、「図解でわかる手形・小切手の実際」を抜粋し、改変を加えたものをi氏に無断で転用し、出版したものです。
 私共は、ここに上記事実を認め、i氏に深くお詫びを申し上げます。
 平成 年 月 日(注:掲載日の日付)
  a
  b
  d

(別紙「対照表1」、同「対照表2−1」、同「対照表2−2」、同「対照表3」、同「複製権及び翻案権侵害に関する当事者の主張並びに当裁判所の判断」については省略)
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/