判例全文 line
line
【事件名】振動制御プログラム侵害事件
【年月日】平成17年3月23日
 東京地裁 平成16年(ワ)第16747号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成17年1月24日)

判決
原告 株式会社アイセル
訴訟代理人弁護士 齊藤誠
被告 IMV株式会社
訴訟代理人弁護士 木原邦夫
同 山口忠文
同 松村信夫
同 和田宏徳
同 塩田千恵子
同 坂本優
同 岡本満喜子


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、振動制御システムK2及びK2/Sprintを、複製し、頒布し、又は頒布のために広告若しくは展示をしてはならない。
2 被告は、原告に対し、金5000万円及びこれに対する平成16年8月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、振動制御システムK2及びK2/Sprintを販売する被告の行為が、振動制御器F3に組み込まれているプログラムにつき原告が有する翻案権を侵害しているとして、原告が、被告に対し、著作権法112条1項に基づき振動制御システムK2及びK2/Sprintの頒布等の差止めを求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日からの年6分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案であり、被告は、振動制御器F3に組み込まれているプログラムは翻案権を含めて原告から被告に譲渡されたなどと主張している。
1 前提事実(証拠により認定した場合は末尾に証拠を掲記し、その余の認定は弁論の全趣旨による。)
(1) 当事者
ア 原告は、通信機器、電子計測機器及びこれらの部分品の設計製造販売及び輸入販売並びに電子計算機及び電子計算機周辺端末機器(装置)のハードウェア及びソフトウェアの設計製造販売及び輸入販売等を目的とする株式会社である。
イ 被告は、電子・電気・通信機械器具並びに部品・付属品の製造、販売、賃貸及び輸出入等を目的とする株式会社である。
(2) 振動制御器の開発に関する従前の経緯
ア 被告は、昭和61年ころ、原告に対して振動制御器SX−2000の開発に関する業務を委託したことがあり、その後、原告に対して、振動制御器のソフトウェアの開発を委託し、開発されたソフトウェアを複製して組み込んだ振動制御器を販売するようになった。
イ G1・G2契約(甲4)
 原告と被告は、平成2年1月5日、原告の従業員が被告に出向して、被告の企画する振動制御システムで開発コードネームを「G1」及び「G2」とするものを開発する旨の契約(以下「G1・G2契約」という。)を締結した。
ウ 基本契約
(ア) 92年基本契約(甲1)
 原告と被告は、平成4年2月3日、被告が原告にソフトウェアの設計製作等の業務を委託する契約に共通に適用されるべき基本的な事項について定める契約(以下「92年基本契約」という。)を締結した。
 92年基本契約には、別紙1(92年基本契約書抜粋)記載の条項が含まれていた。
(イ) 94年基本契約(甲2)
 原告と被告は、平成6年4月ころ、被告が原告にソフトウェアの設計製作等の業務を委託する契約に共通に適用されるべき基本的な事項について定める契約(以下「94年基本契約」という。)を締結した。
 94年基本契約には、別紙2(94年基本契約書抜粋)記載の条項が含まれていた。
(ウ) 上記両基本契約により、原被告間では、個別の製品の開発に当たって具体的な事項を定める個別契約が締結された場合、当該個別契約と上記両基本契約のいずれもが適用されることとされた。
エ G1・G2契約に基づく開発(甲8、33、34)
 G1・G2契約に基づき、振動制御器RC−1110、RC−1120及びSC−1000(いずれも開発コードネーム「G1」に相当する。)が開発された。このうちRC−1120は、デジタル振動制御器であり、一体型かつ単軸の汎用振動制御器であって、RANDOM、SINE、SHOCK及びMEASUREがアプリケーションソフトウェアプログラムとして設定されていた。
 その後、MS−Windows3.1又はWindows95が走行可能なパソコンベースの単軸、多軸対応の多自由度振動制御解析システムを備えた汎用振動制御器F2(開発コードネーム「G2」に相当する。以下「F2」という。)が開発された。
(3) F3契約
ア F3契約の締結(甲3)
 原告と被告は、平成9年8月ころ、原告が被告の企画する振動制御・計測システムで開発コードネームを「F3」とする製品(以下「F3」という。)の開発作業に参加する旨の契約(以下「F3契約」という。)を締結した。
 F3契約の内容は、別紙3(F3契約条項)記載のとおりであった。なお、同契約第7条は、F3の開発過程で生じる著作権の対象となり得るものは被告に帰属する旨を規定している。
イ F3の概要(甲12)
 F3契約に基づき、平成12年12月ころまでの間、振動制御器F3の開発が行われた。
 F3は、工業製品が輸送中又は使用中に受ける振動は、ランダム、ショック及び正弦波によってシミュレートすることができるという考えに基づき、ランダム、ショック及び正弦波振動試験のすべてをサポートする低価格で高性能の振動制御器として、F2のパソコンベースを更に進化させたWindows2000対応機種として、ネットワーク対応可能で、小規模単軸システムから大規模多軸システムまで幅広く対応可能でありながら、大幅にハードウェアコストを低減させるものとして、開発された。
 また、F3は、F3のために作成された別紙4(F3のソフトウェアプログラム)記載のソフトウェアプログラム(なお、これらのソフトウェアプログラムの構成概念図は別紙5(F3構成図)のとおりである。)を備えている。これらのソフトウェアプログラムのうち(4)CSHOCK実行サーバー及び(5)BSHOCKクライアントは被告が作成し、その余は原告が作成した(以下では、別紙4記載のソフトウェアプログラムから(4)CSHOCK実行サーバー及び(5)BSHOCKクライアントを除いたものを「本件プログラム」という。)。
(4) F3の開発(各項に掲げるほか、乙13(枝番を含む。))
ア 開発の開始(乙1)
(ア) F3の開発は、被告と原告が協議した上で、手順等を決め、被告が原告に対して必要な機材を貸与して、開始された。
 まず、平成10年3月ころまでの間、WIN32共通部(WIN32ソフトウェア製作のための共通部分となる各種ソフトウェア)、F3特有共通部(F3特有の共通部分となるソフトウェア、ソフトウェアプロテクトのためのソフトウェア)及びF3アプリケーションの単軸版SINEの各ソフトウェアプログラムの開発が行われた。
(イ) この期間の開発費としては、別紙6(支払一覧表)のNo.1ないしNo.10の品目につき、請求日欄記載の日に原告から被告に対する支払請求がされ、被告から原告に対し、金額欄記載の各金額が支払われた。これらの開発費の合計は、2415万円であった。
イ 第2期工事(乙1ないし6)
(ア) 原告と被告は、平成10年6月26日、従前の納入品リストと今後の試作時期を確認し、同月30日、同日以後もF3の開発(以下「第2期工事」という。)を進める旨合意した。その際、平成11年6月30日が納期とされ、これに遅延した場合、原告は、1日につき1000分の2の比率(1日当たり17万4000円)の違約金を支払うこととされた。また、第2期工事に係る開発費は、各月ごとに支払われることとされ、既に仮払いされていた平成10年5月6日請求分の396万円(別紙6(支払一覧表)No.11)、同月29日請求分の500万円(別紙6(支払一覧表)No.12)のほか、同年6月分から平成11年6月分までを含め、合計8700万円とされた。
 第2期工事の途中、ハードに不具合が生じ、F3インターフェースリピータ基板設計(開発費96万円、別紙6(支払一覧表)No.23)が更に必要とされたことがあった。
 第2期工事の開発は、予定より遅れて平成11年10月に完了した。
(イ) 第2期工事の開発費としては、別紙6(支払一覧表)No.13ないしNo.26の品目につき請求日欄記載の日に原告から被告に対する支払請求がなされ、被告から原告に対し、金額欄記載の各金額が支払われた。これらの開発費の合計は、仮払分を含めて8796万円であった。
ウ F3/RANDOM、SORの開発(甲25の1、乙7ないし9)
(ア) 原告は、平成11年11月4日、F3/RANDOMの開発について見積りを行い、原告と被告は、同月19日、F3/RANDOM、SORの開発を行う旨合意した。その際、納期は、F3/RANDOMにつき平成12年9月末日、SORにつき同年11月末日とされた。また、この期間の開発費は、原則として各月ごとに支払われることとされ、平成11年11月から平成12年8月分まで毎月600万円ずつ、RANDOM検収完了後月末締め分600万円及びSOR検収完了後月末締め分674万6300円の合計7274万6300円とされた。
 その後、順次開発が行われるとともに、バグの除去(開発費190万円、別紙6(支払一覧表)No.27)が行われ、平成12年9月末ころ、F3/RANDOMの検収が完了した。
 また、廉価版「F3Lite」のハード及びソフトの開発を内容とする「F3 小規模専用I/Oユニット」の開発(開発費42万円、別紙6(支払一覧表)No.39)及びF3入力チャンネル増設用のハードの開発を内容とする「F3 8chモジュール」の開発(開発費250万円、別紙6(支払一覧表)No.40)が行われた。
 原告は、同年11月30日、被告に対し、F3/SORを納めたCD−Rを送付した。
(イ) この期間の開発費としては、別紙6(支払一覧表)No.27ないしNo.41の品目につき請求日欄記載の日に原告から被告に対する支払請求がされ、被告から原告に対し、金額欄記載の各金額が支払われた。これらの開発費の合計は7756万6300円であった。
エ 上記アないしウの経過において、被告が原告に対して支払った開発費の合計は、1億8967万6300円となる。
(5) 開発の中断(甲21(枝番を含む。)、25の9ないし11、乙10)
 原告は、F3/RANDOM、ROR、SORの開発に引き続き、F3多点並列加振ソフトウェアの開発を行うことを希望しており、平成12年8月18日、被告に対し、開発費を合計6100万円とする見積書を被告に送付したが、被告は、原告に対し、F3多点並列加振ソフトウェアの開発に直ちにはとりかからない旨を回答した。
 また、原告は、平成12年11月8日、被告に対し、F3多点並列加振ソフトウェアの注文書を早期に発行するよう求めたが、被告はこれに応じなかった。
 そこで、原告は、同月22日、被告に対し、F3のソフトウェアの開発に携わってきた原告の九州支社を同月28日に閉鎖し、開発のために被告から預かっていた機材一式を同年12月中旬までに返還する旨を伝えたが、被告は、同年11月27日、原告に対し、九州支社の閉鎖を容認しない旨を連絡した。
 被告は、同年12月以降も、原告に対し、F3の問題点を指摘して修正を依頼しており、原告は、同年12月18日にバグを修正したソフトウェアを送付するなど、被告の依頼に応じていた。
(6) 解除の意思表示(甲27(枝番を含む。))
 原告は、被告に対し、平成14年3月22日付けの内容証明郵便をもって、原被告間の92年基本契約、94年基本契約及びF3契約を含むすべての契約を解除する旨の意思表示をし、同内容証明郵便は、同月25日、被告に到達した(以下「本件解除」という。)。
(7) F3に関する訴訟の経過(甲16、17)
ア F3の複製、翻案の差止めを求める訴訟の提起
 原告は、平成14年10月25日、被告に対し、本件解除によりF3の著作権は原告に復帰したと主張して、F3の複製、翻案の差止めを求める訴訟(大阪地方裁判所平成14年(ワ)第10871号。以下「大阪訴訟」という。)を提起した。
イ 損害賠償請求訴訟の提起
 原告は、平成14年10月28日、被告に対し、F2等の製造ライセンス料の支払等につき債務不履行があったと主張して、損害賠償を求める訴訟(東京地方裁判所平成15年(ワ)第28884号。なお、この事件番号は、東京地方裁判所が同訴訟を大阪地方裁判所に移送する旨の決定をし、これに対する即時抗告がなされ、同決定が取り消されて、同訴訟が東京地方裁判所に係属することとなった後に付されたものである。)を提起した。
 同訴訟は、平成16年6月9日、被告がF3の製造及び販売を行わないこと、被告が原告に対して解決金2000万円を支払うこと、原告が、大阪訴訟につき、判決言渡し後に取り下げること等を定める和解が成立して、終了した。
ウ 大阪訴訟の判決と取下げ
 平成16年6月15日、大阪訴訟について、原告の請求をいずれも棄却する旨の判決が言い渡された。なお、同判決の理由中には、原告と被告の間のすべての契約が解除されたとしても被告に帰属しているF3の著作権は原告に復帰せず、F3についての翻案権も同様に被告に帰属している旨が判示されている。
 原告は、同月16日付けで大阪訴訟を取り下げた。
(8) 被告によるK2の販売
 被告は、平成16年1月ころから、振動制御システムK2(以下「K2」という。)及びK2/Sprint(以下、「K2/Sprint」といい、K2と併せて「被告製品」という。)を販売している。
2 争点
(1) F3の著作物性の有無(争点1)
(2) F3の翻案権の留保の有無(争点2)
(3) 翻案の有無(争点3)
(4) 損害(争点4)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(F3の著作物性の有無)について
(原告の主張)
 本件プログラムは、プログラムの著作物である。
(被告の認否)
 本件プログラムのどの部分が創作性を有するのかは、知らない。
(2) 争点2(F3の翻案権の留保の有無)について
(被告の主張)
ア 被告が改良を行うか否かを決定することが想定されていたこと
(ア) プログラムは、バグの修正やバージョンアップ等、恒常的に改変することが予定されており、その改変の内容は、複製の範囲にとどまらず、翻案に及ぶこともあるのが通常である。
 しかも、被告は、F3契約締結当時、F3を主力製品にする予定であり、F3の開発のために少なくとも1億8967万6300円を原告に支払うなど、相当の資金を投入した。このような被告の意図は、原告も認識していた。
 自社の主力製品とする予定であったF3について、外注先たる原告の了承を得なければ改良をすることができないというのは常識に反するから、F3契約締結当時、原告及び被告は、F3の著作権を翻案権も含めて被告に帰属させる意思であった。
(イ) また、F3契約を締結するまでの過程において、被告は、原告に対し、製品の改良等は被告の製品所有者としての権限に基づいて計画され実施されるものである旨を伝えており、原告も、被告がF3の改良の計画及び実施について決定することを前提として、F3契約を締結した。
(ウ) さらに、F3契約第2条の文言は、F3の競争力を維持する主体が被告であることを前提にしている。
(エ) 原告と被告に翻案権を留保する意思がなかったことは、F3のソースコードが被告に交付されたことにも表れている。
 また、原告代表者自身も、被告に対し、平成13年3月13日に「バグについてはソースを渡したのだからIMVで勝手に修正しろ。」と、同年4月4日に「アイセルはもう故障は直さない。IMVには優秀な人がいるようだからこれからは自分で直してくれ。」とそれぞれ述べており、被告がF3を翻案することを承諾していた。
(オ) 原告が開発した従前のF2等のソフトウェアプログラムについても、被告が随意に改良することは認められていた。
(カ) したがって、F3契約においては、F3の改良の計画及び実施の決定権限は被告にあり、原告は、被告の決定に従って改良の「作業」を行うこととされていた。
イ 歩合開発費は成功利益の分配であること
 F3契約第9条により被告が原告に対して支払うこととされている歩合開発費は、原告が、F3の市場競争力を維持するために、必要な貢献を積極的・献身的に行うことの対価であり、成功利益の分配であって、F3の開発の対価ではない。
 被告が原告に対して、開発の対価のみならず上記の歩合開発費を支払う旨合意したことは、契約当事者が翻案権も含めて著作権を譲渡する意思であったことを示す。
ウ 原告の支出額について
 原告がF3の開発のために支出した金額は、知らない。
 契約により対価を定めた以上、実際の開発費用の金額次第で被告に不利益な契約の解釈をする理由はない。仮に、当初の想定より多くの費用を要したとすれば、それは、原告の見積り能力不足や経営努力不足によるものである。
エ 小括
 以上より、本件プログラムの著作権は、F3契約、92年基本契約及び94年基本契約に基づき、翻案権を含めて原告から被告に譲渡された。
(原告の主張)
ア 著作権法61条2項
 92年基本契約、94年基本契約及びF3契約には、原告の開発したプログラムに関する著作権の帰属について定める条項があるものの、いずれもその対象として翻案権を特掲していないから、著作権法61条2項により、本件プログラムの翻案権は原告に留保されたものと推定される。
イ 被告による改良作業は想定されていなかったこと
(ア) F3契約においては、原告が開発したプログラムの改良作業は、すべて原告が行うこととされており、被告が独自に改良作業を行うことは想定されていなかった。
 「原告は、製品完成後においても市場および部品供給上や製品製造上の事情の変化に追随して、当該製品の市場競争力を維持するために必要な貢献を、被告に協力して積極的・献身的に行う」旨規定するF3契約第2条は、上記の趣旨を確認した規定である。
(イ) 被告は、原告が開発した従前のF2等のソフトウェアプログラムについても被告が改良することが認められていたと主張し、これを裏付ける証拠として原被告間で当時交わされた通信記録(乙12(枝番を含む。))を提出するが、被告は、原告の承諾を得た上でソフトウェアプログラムの改良を代行したにすぎない。
 また、被告は、原告代表者が被告において本件プログラムの改良を行うよう発言した旨主張するが、原告代表者は、被告がライセンス料を支払わないのであれば、原告もバグの修正に応じることはできない旨を述べたことがあるにすぎない。
ウ 歩合開発費は開発の対価であり、開発費用全額は支払われていないこと
 歩合開発費は、F3の開発の対価である。
 被告は、原告に対する平成9年8月19日付けの通知(甲20の7)において、「当方試算モデルによると、この場合で、5年間の『歩合開発費』の支払額は120百万円となります。・・・上記120百万円が達成できたときに、F3の開発費総計は外注費と社内直接人件費の計として796に達します。」、「また、開発費のうち、貴社へのお支払い分は(固定+歩合)で、(170+120)となる計画ですから、総売上に対する比は10.5%です。」と記載するなど、歩合開発費が開発の対価であることを認めていた。
 また、「原告は、本開発作業に単なる外注先として参画するのみならず、当該新製品が真に競争力を持ちうるものとして実現されるための要件、すなわち機能/性能・製造コスト・保守性等における優秀さを実現することに、全力を尽くす」旨規定するF3契約第2条は、歩合開発費が開発費の一部であることを確認した規定である。
 しかも、F3の開発について被告が原告に支払った金額が原告の支出した開発費用に満たないことは後記エのとおりであるから、歩合開発費も開発の対価であることは明らかである。
 したがって、開発費用の全額は支払われておらず、被告が原告に対して開発費用を支払ったことによって、翻案権が被告に帰属したということはあり得ない。
エ 被告の支払額が原告の支出した費用に満たないこと
 原告は、平成9年9月から平成12年11月までの間、F3の開発に取り組み、開発のために合計約2億3800万円を支出した(その内訳は下記のとおりである。)が、被告は、原告に対して、F3の開発につき合計1億8967万6300円しか支払っていない。
 記
 @ 原告九州支社(F3開発のために存在した。)における支出
  家賃(光熱費等を含む。) 1440万8940円
  人件費 1億5821万3540円
  外注費 180万円
  パソコン、ソフトウェア費 176万円
  保守料 61万4250円
  諸経費 255万5100円
 A 原告本社における支出(F3開発分に限定した。)
  家賃(光熱費等を含む。) 809万3748円
  人件費 4731万8588円
  パソコン、ソフトウェア費 146万3000円
  諸経費 210万1200円
オ 小括
 以上より、著作権法61条2項の推定は覆らず、本件プログラムの翻案権は原告に留保されている。
(3) 争点3(翻案の有無)について
(原告の主張)
 被告製品は、本件プログラムを翻案して製作されたものである。その理由は、以下のとおりである。
ア 同じプログラムの使用
 K2/Sprintには、F3の廉価版であるF3/Liteと同じプログラムが使用されている。すなわち、F3のソースファイル内には下記@ないしBの関数が含まれているところ、K2/SprintのSINEの画面のうち、左側中部分の「周波数」、「目標」、「応答」、「ドライブ」及び「テスト経過時間」は下記@の関数を、左側下部分の「Online」、「Drive」、「Limit」、「Alarm」及び「Abort」は下記Aの関数を、中央のグラフ画面及び右側の「目標・応答」(応答、目標、中断上限、中断下限、警告上限、警告下限)部分は下記Bの関数をそれぞれ使用して表示されている。
 記
 @ Ids\F3\F3SinClient\app\F3SinClient31.cpp
  Ids\_STD\mbsc\library\control\scstaticcontrol01.cpp
  Ids\_STD\ActiveX\ScDlgControl\ScStaticCtl.cpp
 A Ids\F3\F3SinClient\app\F3SinClient31.cpp
  Ids\_STD\mbsc\library\colorrect ディレクトリのファイル
 B Ids\_STD\bsc\library\gradef ディレクトリのファイル
  Ids\_STD\bsc\library\mdata ディレクトリのファイル
  Ids\_STD\mbsc\library\control ディレクトリのファイル
  Ids\_STD\mbsc\library\graph ディレクトリのファイル
イ K2とF3の類似性
 K2は、F3と実質的にほとんど同じ機能を有しており、F3の代替機であって、いわゆる新製品ではない。
ウ ソースコードの保持
 被告は、本件プログラムのソースコードを保持しており、複製や翻案を自由に行うことができる状況にある。
エ 被告は新たなソフトウェアプログラムを開発する状況にはないこと
 F3は開発期間だけで3年以上を要しており、その開発工数(実績)は、F3基本部分につき約210人月、F3/SINEにつき約73人月、F3/RANDOMにつき約54人月であるから、F3と同様の機能を有するK2を新たに開発するには膨大な時間と労力を要する。
 しかし、被告には、新たにソフトウェアプログラムを開発する能力はなく、開発するための人員体制もない。
 また、K2の開発には少なくとも1年間は要すると考えられるから、仮にK2が新たに開発されたものだとすると、大阪訴訟提起前からK2の開発が始まっていたことになるが、利益を追求する企業たる被告がこの時点で新たなソフトウェアプログラムの開発を始めることはあり得ない。
オ 大阪訴訟における和解の経過
 大阪訴訟において和解が勧試された際、当初は、被告が原告に対して和解金を支払う代わりに、被告がF3につき翻案権を含む著作権を取得するという内容が話し合われていた。ところが、その後、被告から突然に、被告がF3を使用しない代わりに、和解金を数千万円程度とする旨の提案がなされたのである。
(被告の主張)
 否認する。被告製品に含まれるソフトウェアプログラムは本件プログラムとは別個のものである。
ア 原告の主張アないしウ及びオについて
 被告がF3のソースコードを保有していること、被告製品がF3とほぼ同様の機能を有することは認めるが、原告の主張はいずれも推測にすぎない。
イ 原告の主張エについて
 原告の主張は推測にすぎない。原告が、F3について納期に遅れたり、平成12年末ころからF3のバグの修補等を行わなくなったりしたことから、被告は、原告への委託によって成立するF3を諦めることを迫られ、平成13年後半ころから被告製品に関するシステム開発に着手した。
(4) 争点4(損害)について
(原告の主張)
 被告がF3の販売によって得た粗利益額は、平成13年度が9263万6180円、平成14年度が1億1304万0260円、平成15年度が596万1186円であった。
 被告がK2の販売によって得た粗利益額は上記粗利益額を下らず、被告の翻案権侵害により原告の被った損害もこれを下らないから、その一部である5000万円を損害として主張する。
(被告の認否)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定した事実
 証拠(認定に使用した証拠は末尾に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを左右する証拠はない。
(1) F2の改良等に関する原告・被告間の通信(乙12(枝番を含む。))
ア 原告と被告は、平成11年12月20日から平成12年9月7日までの間、F2の改良等に関して、以下のイないしオのような通信をした。
イ 被告は、平成11年12月20日、原告に対し、「F2/RANDOM及びMACでSPUエラーが頻発し、困っています。以前F2/SINEの32ビット化を行った際に、WsdComWaitTime関数を使用している個所を一部Sleep関数を使用するように改造しました」、「SINEの時と同じようにどの部分はSleepに置き換えても問題が無いのかを教えて頂けないでしょうか?」等と記載した電子メールを送信し、原告は、同日、被告に対し、Sleep関数に置き換えてもよい場合を記載して返信した。
ウ 被告は、平成12年2月22日、原告に対し、F2/SINEのソースファイルを被告のサーバーにコピーしてDSPプログラムをリンクしたところ、プログラムのサイズが大きくなったことについて、「一体何が原因だと思われますか?このままですともしもの時にこちらでDSPプログラムを修正することができなくなってしまうので、大変困っています。」等と記載した電子メールを送信したところ、原告は、同日、被告に対し、上記現象の原因についての見解を記載して返信した。
エ 被告は、平成12年8月10日、原告に対し、「F2/SINEのバージョンを 2.23 → 2.24 にバージョンアップしていただくようお願いします。」等と記載した電子メールを送信したところ、原告は、同日、被告に対し、F2/SINEについては「最新ソースを全てお渡し、以降IMV殿にてHOST側のプログラムを受け持たれることになっていたはずです。しかし実際はIMV殿の都合で16ビット版には修正を加えず、32ビット版のみに機能追加をされたと解釈しております。従いまして、私共としては『HOST側のプログラムの管理はIMV殿が担当されている』という解釈になります。」等と記載して返信した。
オ 被告が、平成12年9月7日、原告に対し、「F2/Multi−SINEの仕様追加に関するご相談」と題する電子メールを送信したところ、原告は、同日、被告に対し、「弊社の希望と致しましては、『実際の改造は全てIMV殿にて担当されるものとし、改造が発生すると予想されるDSPのソースの場所のみ説明差し上げる』という方式を採っていただきたく存じます。・・・修正の実作業をお受けするとしますと、貴社との守備範囲の切り分けおよびデバッグ方法等いろいろはっきりさせませんと金額の概略をお見積もりできない状況です。」等と記載して返信した。
(2) F3契約締結に至るまでの交渉経過(甲20の3ないし7)
ア 原告と被告は、平成9年7月ころから、F3契約の条件について協議していたが、その協議においては、特に、被告が原告に対して支払う金額が問題とされていた。
イ 原告は、平成9年8月8日、被告に対し、F3の開発に関して、開発工数をベースとして算出した「固定開発費」及びF3の売上額に一定比率を乗じて算出した「歩合開発費」の支払を求める旨の文書を送付した。
 その際、原告は、歩合開発費について、「F3はメーカであるIMV殿の所有する製品であり、その製品開発は、メーカにとって最大の利益が得られるように、最適化して実施しなければならないと考えます。・・・F3の売上げに比例する『歩合開発費』が存在することで、弊社がIMV殿の(利益に貢献する製品を作るという)立場で製品開発に全力を尽くす為の強力な動機付けができあがる事になります。また、弊社としましては、F3の製造をIMV殿が完全に掌握する為の環境作りに関しましても、その任を果たすことができるようになります。さらに、製品の発売開始の後であってもF3という製品が存在する限り、市場および競合製品の変化・・・等々様々な問題に対応し、F3の持つ製品としての競争力を維持/拡大していくことに関しましても貢献していきたい」、「『歩合開発費』があくまで成功報酬で(あ)り、『成功』とは貴社がF3によって利益を上げることであると考えます。そのように考えた場合F3の粗利に対する比率で、『歩合開発費』算定しても良いのではないかと考えます。」、「貴社がF3で大成功を収め、その一部を『歩合開発費』として快く分配して下さり、私共はその『歩合開発費』の額の大きさによって貴社の成功の大きさを実感し、共に喜びを分かちあうことができるようになることを切に願っております。」等と記載した。
ウ 被告は、同月18日、原告に対し、粗利益に対する歩合開発費の方式を受け入れるが、F3の売上額に乗じる比率が高すぎること、歩合開発費の方式を受け入れる代わりに、双方のパートナーシップと利益共同体としての立場を尊重して、拡販とコストダウンについては被告が、改良とバージョンアップについては原告がそれぞれ責任と費用を持つことを連絡した。
エ 原告は、同日、被告に対して、「『拡販とコストダウンはIMVが、改良・バージョンアップはアイセルの責任で行なう』というご要求は、裏返せば、『F3の改良の実施・非実施の決定権はアイセルにある』とも取れることになってしまい、これでは製品所有者たるIMV殿の主権が不明確になりかねないご要求ではないでしょうか?基本的に、『製品改良はIMVの責任において実施する』でなくてはならないのであって、その実務実施者たるアイセルが、利益共同体としての立場から、その実施において可能な最大限の努力をすることについては、間違いなくお約束できます。・・・上述は、新規改良等についての言辞であって、アイセルの責任に帰されるべき瑕疵(バグ)の類については、むろん言うまでもなく、責任をもって無償で対処させていただきます。」旨を返答するとともに、粗利益の6%相当額を歩合開発費とすることを提案した。
オ 被告は、同月19日、原告に対して、「『製品の改良作業等にあたっても、アイセルは利益共同体としての責任と義務に基づき、これに積極的に参画する』ことを基本合意事項として確認したい。ただし、製品の改良等は、IMVの製品所有者としての主権に基づいて計画され実施されるものであることは、論を待たない。ここでは、利益共同体としてのアイセルがその実施作業に積極的・献身的に参加すべきことを確認しているのである。」旨を返答するとともに、粗利益の5%相当額を歩合開発費とすることを提案し、その理由について、「当方試算モデルによると、この場合で、5年間の『歩合開発費』の支払額は120百万円となります。・・・けれども、現時点で過去の実績値を見るとき、『5年間の売上げ2752百万円という試算モデルは、いささか強気すぎはしないか?』との懸念がある」、「上記120百万円が達成できたときに、F3の開発費総計は外注費と社内直接人件費の計として796に達します。これは総売上に対する比28.9%という数字になります。また、開発費のうち、貴社へのお支払い分は(固定+歩合)で、(170+120)となる計画ですから、総売上に対する比は10.5%です。」等と説明した。
2 争点1(F3の著作物性の有無)について
 前記前提事実(3)及び(4)並びに前項(2)(F3契約締結に至るまでの交渉経過)に認定した事実によれば、本件プログラムは、著作物として保護するに値する創作性を有するものと認められる。
3 争点2(F3の翻案権の留保の有無)について
(1) 前提となる判断
ア F3契約の交渉経過
 上記1(2)(F3契約締結に至るまでの交渉経過)に認定した事実によれば、F3契約を締結する過程においては、F 3の改良等に関し、原告自身がF3の改良等は被告の責任においてなされるべきである旨を述べるなど、F3の改良を実施するか否か及びその内容を決定する権限を有するのは被告であって、原告は、あくまでも被告の実施する改良等に協力する立場で関与することが前提とされていたものと認められる。
イ F3契約第2条の趣旨
 また、上記1(2)(F3契約締結に至るまでの交渉経過)に認定した事実を考慮すると、F3契約第2条のうち「原告が、F3の市場競争力を維持するために必要な貢献を、被告に協力して積極的・献身的に行う」旨の条項は、被告として、F3完成後の改良については原告に協力を求めざるを得ないことから、開発後における原告の被告に対する協力を確保することを目的として規定されたものであり、被告がF3の市場競争力を維持する主体であることを前提に、原告の協力義務を定めた条項であると解される。
ウ F2の改良に関する当事者の関係
 しかも、上記1(1)(F2の改良に関する原告・被告間の通信)に認定した事実によれば、F2については、被告は原告の承諾を得ることなくプログラムに改造や変更を加えることがあったが、被告の手に余る場合や原告の助言を求めたい場合等には、原告に対し、その旨の連絡をし、これに対し、原告が改良作業をしたり助言を与えたりしていたという関係にあった事実が認められ、これによれば、原告と被告は、F3についても同様に、被告が原告の承諾を要することなく改良することができるという共通認識を有していたものと解するのが合理的といえる。
エ 歩合開発費の趣旨と開発費用の支払
(ア) F3契約第2条及び第9条の文言に上記1(2)(F3契約締結に至るまでの交渉経過)に認定した事実を併せると、歩合開発費は、開発後の新たな改良等、市場や製造上の事情の変化に応じてF3の市場競争力を維持するために原告が被告に対して行う協力の対価であり、F3の製造及び販売により被告が得る利益の分配という性質を有するものと解される。
(イ) この点について、原告は、F3の開発について被告が原告に支払った金額が原告の支出した開発費用に満たないこと等を理由として、歩合開発費も開発の対価であると主張する。
 しかし、原告がF3の開発のために約2億3800万円を支出したことを認めるに足りる証拠はない上、仮に、原告が現実に支出した金額が被告の支払った開発費の総額を上回るとしても、そのことが直ちに歩合開発費が開発の対価であることを示すともいえない。
 かえって、前記前提事実(4)によれば、F3の開発手順や開発に要する費用等は、原告と被告が協議した上で決定され、被告による開発費の支払は、原告が概ね各月ごとに行う請求を受けてなされており、予定外の開発作業のために要した費用についても、被告は原告の請求に応じて支払っていた。このような開発費の定め方及び支払方法は、原告において、F3の開発の進展に伴い、順次開発作業の対価を取得することができる方式であったといえるから、これとは別に、F3完成後に歩合開発費を開発自体の対価として支払うことを合意したと解することは不合理といわざるを得ない。
 他に、本件全証拠によっても、歩合開発費が開発の対価であることを推認すべき事情は認められない。
 よって、原告の主張は採用することができない。
(ウ) 以上のとおり、歩合開発費は、F3の開発費用を含むものとは認められず、F3の開発費用は、前記前提事実(4)に認定したとおり、被告から原告に対し全額が支払われているものと認められるから、開発費用の全額は支払われておらず、被告が原告に対して開発費用を支払ったことによって、翻案権が被告に帰属したということはあり得ない旨の原告の主張を採用する余地はない。
(2) 翻案権留保についての判断
 前記(1)で判断したところに加え、前記前提事実及び認定した事実に記載したとおり、92年基本契約及び94年基本契約においては、いずれも個別契約による著作権譲渡の効果が個別契約の失効後も失われない旨を規定し、本件プログラムの著作権を被告に帰属させ、被告がこれを利用できるようにしていたこと、被告から原告に対して支払われた開発費が相当額に上ること、F3契約は上記(ア)のような性質を有する歩合開発費が支払われる期間を限定しておらず、原告は被告によるF3の販売が続く限り利益の分配を受けることができたことを併せ考慮すれば、本件プログラムの著作権は、翻案権も含めて被告に譲渡され、本件プログラムを利用した収益は、いったんすべて被告が取得するものとしてF3契約が締結されたと解するのが相当であり、本件プログラムの翻案権のみが原告に留保されたものとは、到底、認めることができない。
(3) 小括
 したがって、著作権法61条2項の推定は、本件事案には及ばず、F3契約により、本件プログラムの著作権は翻案権を含めて原告から被告に譲渡されたものと認めることができる(なお、原告は、本件解除により翻案権が原告に復帰する旨を主張するものではなく、これを認めるに足りる証拠もない。)。
4 結論
 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求にはいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 榎戸道也
 裁判官 田公輝


別紙省略
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/