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【事件名】錦絵無断掲載訴訟に関する私信事件
【年月日】平成16年12月16日
 大阪地裁 平成16年(ワ)第6479号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成16年10月8日)

判決
原告 A
被告 株式会社悠工房
訴訟代理人弁護士 八木良和


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、金600万円及びこれに対する内金500万円については平成16年6月18日(訴状送達の日の翌日)から、内金100万円については平成16年7月30日(平成16年7月26日付訴え変更(請求の拡張)の申立書送達の日の翌日)から、それぞれ完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が被告に出した手紙に関し、被告が大阪書籍株式会社(以下「大阪書籍」という。)に対して複製物を渡すなどした行為が、@上記手紙についての複製権、譲渡権及び著作者人格権侵害である、Aプライバシー侵害である、B信義則に反する行為であるとして、損害賠償を請求する訴訟である。
1 争いのない事実
(1) 原告は、「浅井コレクション」の名の下に、1万余点の錦絵(浮世絵)、肉筆絵巻等の歴史的・美術的・資料的価値のある文化財を所蔵し、研究するとともに、これらの文化財の写真映像、画像を印刷物・テレビジョン放送・ビデオテープ・レーザーディスク・CD−ROM・DVD−ROM等に利用せしめるため所蔵品写真を有償にて貸与し、その使用対価をもって上記コレクションの維持運営を行っている。
(2) 被告は、出版及びその企画、編集、写真撮影及びその写真貸出し等を目的とする株式会社である。
(3) 原告と被告との間には、平成5年ころから、被告が、原告の所蔵品写真を借り受けて対価を支払う等の取引関係があった。また、原告が、原告所蔵品写真を教科書会社発行の教材等において無許可使用されており、被告が関与していると主張し、被告が、原告の請求に従って支払いをしたこともあった。
(4) 原告は、1998(平成10)年6月16日付けで、被告に対し、別紙1記載の手紙(以下「本件手紙」という。)を書き送った。
(5) 被告は、原告の承諾を得ないで、被告の取引先であった大阪書籍に対し、本件手紙の原本又は複製物を交付した。
(6) 原告は、平成14年、原告所蔵の錦絵の写真の使用を巡り大阪書籍に対して訴訟(以下「別件二次訴訟」という。)を提起した。大阪書籍は、別件二次訴訟において、別紙2記載のとおりの本件手紙の写し(甲5)を証拠として提出した。
(7) 別件二次訴訟では、原告の請求は、元本額474万9700円のうち、195万9700円が認容され、その余(279万円)は棄却された。
(8) 原告は、平成16年4月12日付けで、被告に対し、損害賠償300万円の支払いを求める趣旨の手紙(甲6)を送付した。そのころ、原告と被告(代表取締役B)は、電話で会話をした。原告は、その後、覚書案(甲7の1)を被告に送付した。
2 争点
(1) 被告による複製権侵害の有無及びこれによる原告の損害
ア 原告の主張
(ア) 原告は、本件手紙について著作権を有する。被告は、本件手紙を複製して複製物を大阪書籍に交付したか、又は原本を渡して大阪書籍をして複製せしめた。
 したがって、被告が原告の許諾を得ることなく複製し、又は他社に複製せしめた行為は、原告の複製権の侵害である。
(イ) 本件手紙は、小説の原稿などと異なり、将来公表されることなど全く予定されていない私信であり、下記のとおり、独自の情報が盛り込まれているから、通常の場合より損害の度合いは大きい。公表による原告の損害金額は100万円を下らない。
a 教科書各社の不正行為の実態と原告の対応は、教科書発行業者、教材発行業者、写真エージェンシー各社にとっては垂涎の情報であった。
b 「自書告身帖事件最高裁判決」に係る研究は、他に類例を見ない原告独自のものであり、新説である。 
(ウ) 大阪書籍が別件二次訴訟で本件手紙の写しを提出したことは、原告の利益を不当に害する行為であるから、裁判手続における使用を定めた著作権法42条の例外である同条但書にいう「当該著作物の種類及び用途並びにその複製の部数及び態様に照らし著作者の利益を不当に害することとなる場合」に該当する。上記行為につき、被告は惹起者として責任を負う。
(エ) 原告が、本件手紙において、「一度貸した写真を、1検定(3〜4年間)経過後も次々と使用したり、」「ご承知のように1目的1使用(教科書は1検定期間)が使用の原則です。」と記載したのは、原告が本件手紙作成の時点において、教科書が検定単位で発行されると思いこんでいたためである。本件手紙と、他の2社が大阪書籍に渡した2つの書面が別件二次訴訟において大阪書籍により裁判所に提出され、その結果裁判所の判断を誤らしめたのである。被告の上記裁判の誤審寄与率は3分の1であり、被告の行為による原告の裁判上の損害額は、279万円の3分の1に当たる93万円と算定される。
イ 被告の主張
(ア) 被告は、現時点では、大阪書籍に本件手紙の原本を交付したのか複製物(その場合には1枚)を交付したのか不明である。
(イ) 仮に複製物を交付したとしても、著作権法が予定する複製権侵害による損害は生じていない。
(ウ) 原告の請求は、本件手紙の内容が大阪書籍に開示されたことによる損害賠償請求と解される。しかし、もし、本件手紙の原本を大阪書籍に交付したとすれば、本件手紙の所有権は被告にあるから、その譲渡には何らの違法性もない。これを大阪書籍が複製して裁判所に提出した場合には、大阪書籍の行為は、著作権法42条の裁判手続における複製として著作権侵害にならない。このように、原本を交付しても、被告が損害賠償責任を負わないとすれば、本件において、仮に、被告が大阪書籍に交付したのが原本ではなく複製物であったとしても、同様に被告は原告に対して損害賠償責任を負わない。
(エ) 原告は、本件手紙で開陳した原告の見解を前提に、大阪書籍との間の別の訴訟(以下「別件一次訴訟」という。)で、平成13年4月5日訴訟上の和解をしている。それにもかかわらず、原告は、その後大阪書籍に新たに損害賠償請求訴訟(別件二次訴訟)を提起し、その訴訟において、原告がその和解条項に本件手紙と異なる解釈を主張し、そこで、大阪書籍が別件二次訴訟以前から持っていた本件手紙を証拠として提出したもののようである。とすると、原告の請求は、大阪書籍との関係で、訴訟上の和解時に原告が前提とした見解を秘匿して、異なる見解で訴訟上の和解をしたのであるという虚偽の主張をして、損害賠償を請求しようという不当なものというほかはなく、原告の被告に対する本訴請求は、そもそも、違法な請求が認容されなかったということの八つ当たり的な請求にすぎず、失当である。
(2) 被告による譲渡権侵害の有無及びこれによる原告の損害
ア 原告の主張
(ア) 原告は、本件手紙の著作者として、本件手紙をその原作品又は複製物の譲渡により公衆に提供する権利を専有する(著作権法26条の2)。したがって、被告が大阪書籍に対し、本件手紙の原本又は複製物を交付した行為は、譲渡権侵害である。
(イ) 被告が、大阪書籍に本件手紙の原本又は複製物を交付したのは、早くとも、別件一次訴訟の和解成立の後、つまり平成13年4月5日より後であるから、著作権法26条の2の適用がある。
(ウ) 被告が、本件手紙の原本又は複製物を大阪書籍に譲渡した時点において、その内容は、下記のとおり、未発表の価値ある情報であった。それゆえ、原告の損害は、通常の著作物譲渡の場合より大きく、損害金額は100万円を下らない。
a 教科書各社の不正行為の実態と原告の対応は、教科書発行業者、教材発行業者、写真エージェンシー各社にとっては垂涎の情報であった。
b 「自書告身帖事件最高裁判決」に係る研究は、他に類例を見ない原告独自のものであり、新説である。 
イ 被告の主張
(ア) 被告の大阪書籍に対する本件手紙の譲渡は、公衆に対する譲渡ではないから、著作権法26条の2第1項に当たらない。
(イ) 本件は、著作者である原告が、本件手紙の原作品を直接公衆以外の特定少数のもの(被告)に譲渡したのであるから、同条の2第2項3号により、原告の譲渡権は消尽している。したがって、その後の被告の大阪書籍に対する譲渡には、原告の同条の2第1項の権利は及ばない。
(ウ) 被告が、本件手紙の原本又は複製物を大阪書籍に交付したのは、平成10年6月下旬頃である。著作権法26条の2の規定の施行は平成12年であるから、そもそも、この規定の効力は、被告の行為に及ばない。
(エ) 原告の損害は否認する。
(3) 被告による公表権侵害の有無及びこれによる原告の損害
ア 原告の主張
(ア) 被告は、本件手紙が大阪書籍の同業各社に配布されるであろうことを十分に予見していた。このことは、本件手紙が、大阪書籍とその同業者に対する原告の批判を記載したものであることによっても裏付けられる。
(イ) 被告の公表権侵害により、原告は精神的損害を被った。その損害額は50万円を下らない。
イ 被告の主張
(ア) 被告は、本件手紙が大阪書籍の同業各社に配布されることを予見していない。
(イ) 原告の損害は否認する。
(4) 被告による同一性保持権侵害の有無及びこれによる原告の損害
ア 原告の主張
(ア) 大阪書籍が別件二次訴訟で提出した本件手紙写し(甲5)は、宛名が黒く塗り潰されており、また、さまざまな書込みが行われている。これらの行為は、同一性保持権の侵害である。
 上記塗りつぶし、書込みが大阪書籍により行われたとしても、その原因を作ったのは被告であるから、被告が責任を負うべきである。
(イ) 被告の上記行為により、原告は精神的損害を被った。その損害額は50万円を下らない。
イ 被告の主張
(ア) 本件手紙の写し(甲5)の抹消部分や書込みは、被告の全く関与しないところである。
(イ) 原告の損害は否認する。
(5) 被告による著作者の名誉、声望を害する方法によりその著作物を利用する行為を禁止する権利の侵害の有無及びこれによる原告の損害
ア 原告の主張
(ア) 被告が本件手紙を複写し大阪書籍に渡した意図は、次のとおりである。したがって、被告の行為は、原告の名誉、声望を害する方法によりその著作物を利用する行為である。
a 被告は、原告が大阪書籍やその同業者と紛争関係にあることを十分承知の上で、被告にとって上得意の大阪書籍の歓心を買う絶好のチャンスと考えた。
b 被告は、原告と友好関係を保っているかのように装いつつ、原告と大阪書籍の間の別件二次訴訟において、原告が不利益を被るよう裏工作した。
(イ) 被告の上記行為により、原告は精神的損害を被った。その損害額は100万円を下らない。
イ 被告の主張
(ア) 被告は、原告から本件手紙を受領した直後、多分平成10年6月下旬ころ、大阪書籍の担当者が被告の会社に来た折、大阪書籍と原告との間にトラブルがあることを聞いていたので、解決の一助になればと思って、大阪書籍に本件手紙を見せた。その際、大阪書籍が関心を示したので、大阪書籍の担当者に本件手紙の原本か複製物を交付したのである。
 被告による著作者の名誉、声望を害する方法によりその著作物を利用する行為を禁止する権利の侵害の主張は、原告の勝手な想像による主張であり、失当である。
(イ) 原告の損害は否認する。
(6) 被告によるプライバシー侵害の有無及びこれによる原告の損害
ア 原告の主張
(ア) 本件手紙には、次のとおりの、原告にとって「他に知られたくない事実」が記載されている。
a 写真画像の無断使用を行う教科書会社への原告の具体的対応策
b 「自書告身帖事件最高裁判決」につき原告が独自に研究した成果
 それゆえ、本件手紙を、原告の同意を得ることなく他に開示した被告の行為は、原告のプライバシー侵害である。私信には「他に知られたくない内容」が盛り込まれているから、作成者の同意を得ずに他に開示する行為は、作成者のプライバシーを侵害する。
(イ) 被告の上記行為により、原告は精神的損害を被った。その損害額は100万円を下らない。
イ 被告の主張
(ア) 本件手紙の内容はプライバシー的内容ではない。
(イ) 原告の損害は否認する。
(7) 被告による信義則違反行為の有無及びこれによる及びこれによる原告の損害
ア 原告の主張
(ア) 信頼関係の破壊
a 原告被告間においては、本件の問題発生までの9年間、友好的関係が維持され、信頼関係が構築されていたと信じるに足りる状況にあった。このため、原告は被告を完全に信用し、本件手紙により情報を与えたのである。しかるに、被告は、原告の信頼を裏切り、原告の紛争相手である大阪書籍に密かに本件手紙を複写して渡した。本件手紙において、原告が大阪書籍を痛烈に批判しているところから、被告が本件手紙を大阪書籍に提供することは、原告の紛争相手である大阪書籍に原告の「手の内」を教えることになり、その結果原告が不利益を被ることは明らかである。すなわち、被告の行為は、原告の被告に対する信頼を根底から覆すものであり、信義則に反する行為である。
b 被告の上記行為により、原告は精神的損害を被った。その損害額は50万円を下らない。
(イ) 支払い約束の反故
a 被告は、原告の請求(甲6によるもの)に対し、これを受諾し、支払いの意思表示をしたのみならず、原告作成覚書に同意する意向を示しながら、土壇場になって突如代理人を立て、支払いを拒否した。この被告の行為は、信義則に反する行為である。
b 被告の上記行為により、原告は精神的損害を被った。その損害額は50万円を下らない。
イ 被告の主張
(ア) 信頼関係の破壊について
a 被告は、原告から請求を受ける立場でそれまで対応してきたのであり、原告の立場に立つ必要もないし、被告としては、原告と被告、あるいは原告と教科書会社等との紛争が解決されるように希望していただけである。原告に対する信義則違反は存在しない。
b 原告の損害は否認する。
(イ) 支払い約束の反故について
a 被告は、原告が作成した覚書案記載の内容のような不当な支払いを約束した事実はない。被告の電話の内容は、原告が損害賠償の請求をしていること自体を理解して、それが正当であるというのなら支払いをしなければならないという抽象的意味において了解したという意味であって、具体的に原告に対し金銭の支払いを約束したものではない。
 仮に、電話での会話が合意の成立と誤解を招くような言辞があったとしても、それは、被告が、支払い義務がないということを知らずに、原告の書簡(甲6)及び電話によって支払い義務があるものと誤信させられ、支払い義務があるものなら支払う旨を表示したものであり、これが300万円の支払いの意思表示と解されるのであれば、その被告の意思表示は錯誤により無効である。
b 原告の損害は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(複製権侵害)について
(1) 本件においては、本件手紙の原本がどうなったのかを認めるに足りる的確な証拠もなく、また、本件手紙の原本や複製物が被告から大阪書籍以外の者に交付されたことを窺わせる証拠もない。上記事実に照らせば、被告が大阪書籍に交付した物が、本件手紙の複製物であったと断じることはできないため、被告が、本件手紙を複製したと認めるに足りる証拠はない。
(2) 被告が大阪書籍に交付した物が本件手紙の複製物であった場合の原告の損害について判断する。
 本件手紙は、活字で印刷されたものであって、原告はこれについて、@教科書各社の不正行為の実態と原告の対応は、教科書発行業者、教材発行業者、写真エージェンシー各社にとっては垂涎の情報であった、A「自書告身帖事件最高裁判決」に係る研究は、他に類例を見ない原告独自のものであり、新説であるとしており、これを文芸ないし学術の著作物であると主張するものと解される。しかし、被告がこれを複製して大阪書籍に交付していたとしても、そのことにより、原告に損害が発生したものと認めることはできない。その理由は、次のとおりである。
ア 本件全証拠によっても、本件手紙の原本や複製物が有償で取引されているとは認められず、原告が本件手紙を販売することができたとも、被告が本件手紙の複製及び譲渡により利益を受けたとも認めることはできない。
イ 本件全証拠によっても、原告の所蔵品に関する教科書各社の行為の実態と原告の対応や「自書告身帖事件最高裁判決」に係る研究を始めとする、本件手紙に記載されている内容に関する原告の著作物が、市場で有償で取引されていると認めることはできない。また、被告が、本件手紙を複製した部数が、1部より多かったと認めるに足りる証拠もない。
 そうだとすると、被告が本件手紙を1部複製して大阪書籍に交付した行為をしたとして、その行為について、原告に著作権の行使につき受けるべき金銭の額があると認めることはできない(少なくとも、本件手紙を多数部複製した場合はともかくとして、1部限りの複製について、原告が著作権の行使につき受けるべき金銭の額が、法令に従って端数計算をした場合に金1円以上となると認めることはできない。)。
ウ 原告は、被告が大阪書籍に本件手紙を交付したために、それが別件二次訴訟に証拠として提出され、その結果、裁判所の判断を誤らせ、原告が一部敗訴したから、その敗訴部分279万円について被告の誤審寄与率3分の1を乗じた93万円が、原告の損害である旨主張する。
 しかし、被告が本件手紙の原本を大阪書籍に交付していた場合にも、大阪書籍は、本件手紙の写しを別件二次訴訟に証拠として提出できたことは明らかである。また、大阪書籍が、本件手紙を閲読して内容を認識していただけであった場合でも、大阪書籍は、文書送付嘱託申立等の方法により、本件手紙の写しを別件二次訴訟に証拠として提出できたことも明らかである。したがって、被告が本件手紙を複製したとしても、そのことと、大阪書籍が本件手紙の写しを別件二次訴訟に証拠として提出したこととの間に、相当因果関係を認めることはできない。まして、別件二次訴訟の判決との間の相当因果関係は、更にこれを認めることができない。
エ 他に、被告が本件手紙を複製したことにより、原告に損害が発生したと認めるに足りる証拠はない。
2 争点(2)(譲渡権侵害)について
(1) 著作権法26条の2第1項の規定は、平成11年法律第77号の施行の際(平成12年1月1日)現に存する著作物の原作品の譲渡による場合には適用されない(同法附則2項)。そして、原告が本件手紙を書き送ったのは平成10年6月であるから、本件手紙の原本の譲渡には著作権法26条の2第1項の適用がない。換言すれば、被告から大阪書籍への本件手紙の交付に同条項の適用があるためには、交付されたものが複製物であることが必要である。ところが、前記1(1)のとおり、被告が、大阪書籍に交付した物が、原本であったか複製物であったか判然とせず、被告が大阪書籍に手紙の複製物を譲渡したとまで直ちに認めることはできない。したがって、この点において、被告が譲渡権を侵害したと認めるに足りる証拠はない。
(2) また、前記1(2)認定のとおり、被告に譲渡権侵害があったとしても、原告に損害が発生したと認めることはできない。
3 争点(3)(公表権侵害)について
 大阪書籍は被告の取引先であり、被告は、その縁故で大阪書籍に本件手紙の原本又は複製物を交付したのであるから、被告の行為は、原告の公表権を侵害するものではない。また、仮に、大阪書籍が、本件手紙を同業他社に交付したとしても、同業他社の数も、それらの社内で誰が見ることができるかも不明であって、これをもって直ちに、本件手紙を「公衆に提供し、又は提示した」ということができないのみならず、これを被告が行わせたとか、被告が大阪書籍に交付する際に予見していたとか、すべきであったと認めるに足りる証拠もない。
 したがって、被告が原告の公表権を侵害したと認めることはできない。
4 争点(4)(同一性保持権侵害)について
 証拠(甲5)には、本件手紙の写しについて、一部塗りつぶしや書込みがあることが認められる。しかし、これは大阪書籍によって行われたと推認されるものであって、本件全証拠によっても、これが被告によって行われたとか、被告が大阪書籍に交付する際に予見していたとか、すべきであったと認めることはできない。
 したがって、被告が原告の同一性保持権を侵害したと認めることはできない。
5 争点(5)(著作者の名誉、声望を害する方法によりその著作物を利用する行為を禁止する権利の侵害)
 被告が、取引先である大阪書籍に本件手紙の原本又は複製物を交付したことをもって、著作者の名誉、声望を害する方法により本件手紙を利用したということはできない。原告が、この点について主張するところは、被告が交付した動機であって、著作物利用の方法ではない。
6 争点(6)(プライバシー侵害)について
(1) 証拠(乙1)によれば、原告は、平成10年、その所有する錦絵を大阪書籍の出版する書籍に無断で掲載されたとして、大阪書籍を被告として、原告と大阪書籍との間の錦絵の利用許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求又は不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(別件一次訴訟)を提起した。同訴訟は、平成13年4月、大阪書籍が原告請求額の一部を支払うこと、大阪書籍が、上記請求に係る社会科教科書、同教師用指導書、社会科資料集及び同教師用指導書における利用・使用以外に、その時点までに原告所蔵品映像・画像を使用・利用していたことが判明した場合には、「浅井コレクション蔵品映像利用規定」(平成8年7月28日改訂)に基づき解決すること等を内容とする訴訟上の和解(以下「別件和解」という。)をしたことが認められる。
(2) 本件手紙の内容は、別紙1のとおりであって、原告のコレクションに関して大阪書籍等が無断転・掲載を行っているのを発見して、大阪書籍に支払いを求めたこと、そのことが正当であるとする原告の主張、「自書告身帖事件最高裁判決」についての原告の見解、原告は泣き寝入りする考えはないことなど、原告と大阪書籍等との紛争についての原告の主張を記載したものであって、一般に私生活上の事実と理解される事柄が記載されているものではない。
(3) 上記本件手紙の内容からして、被告が、これを大阪書籍という特定の取引先だけに開示したとしても、そのことをもって、被告が原告のプライバシーを侵害したとすることはできない。
(4) 証拠(甲1ないし3、甲46、乙3)によれば、原告と、被告との関係は、前記第2の1(3)のとおりであって、原告と被告の代表者との間には親族関係もなく、取引先であるという以上の交際もなかったものと認められる。本件手紙がその程度の関係にある被告に手紙として送付され、特にその内容がプライバシーである旨原告が被告に説明したとか、守秘義務を課したとか、とも認められないことも、前記(3)の認定を裏付けるものというべきである。
 よって、プライバシー侵害に関する原告の請求は理由がない。
7 争点(7)(信義則違反行為)について
(1) 信頼関係の破壊について
 原告と被告との関係が、原告と被告の代表者との間には親族関係もなく、取引先であるという以上の交際もなかったことは前記6(4)認定のとおりである。そうだとすると、被告が、本件手紙を複写して大阪書籍に交付したとしても、これを信義則に反する行為とすることはできない。
(2) 支払い約束の反故について
ア 証拠(甲12の1・2、46、乙3)によれば、原告と被告(代表取締役B)が、原告が300万円を請求した手紙に関して電話で話をした際に、原告がその一部を録音しており、そこには、被告が「その一文と一緒にお願いしたいんですが。今月末までに振り込みさせていただきますが。」として、何らかの条件と引き替えに何かの金員を支払う意向があることを表明したとみえる発言をしたことが認められる。
イ しかし、およそ、会話でのやりとりは、契約書とは異なり、様々な前提や文脈の中で、様々なやりとりをするものであって、一言隻句を捉えてその意味だけを論じるべきものではなく、会話全体から解釈しなければならないものである。しかも、当事者双方が異なる前提や条件に立ったまま、それに気が付かないで交渉し、互いに異なった条件・約定で合意が成立したと誤信する行違いもしばしば起こるものである。
 この観点から、上記録音をみると、上記録音は、会話の途中からのものであって、録音されている部分には、金額がいくらかという話もなく、録音前に決められていたかもしれない前提や条件の有無も判然としない。また、被告の前記発言のすぐ後には、原告が「法律的にも非常に問題があるということを、このごろ聞かされましてね、というか読みましてね。それに実害というか実損が生じているもんですので」として、原告が被告に対し、録音開始前に、原告に損害賠償請求権があることを前提とする説明をしていたようにも思えるうえ、被告がいう「その一文」の具体的文言も明確に合意されているかどうかも確認できない。しかも、最後に、被告が「きちっとさせていただきます」と述べた後、「あの、それからちょっとあのここにはあのー」として、条件か依頼か何かを持ち出そうとし、原告に対して「はい。わかりました。じゃお願いします。」と依頼する間の発言も録音されていない。
ウ 以上の点に加え、被告が電話で話した趣旨は、原告の損害賠償の請求が正当であるというのなら支払いをしなければならないという抽象的意味において了解したという意味であるとの被告の主張に鑑みると、前記録音をもっては、いまだ、原告が本訴において主張するような内容の支払い約束があったと認めるには足りないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
エ 証拠(甲7の1・2)によれば、原告は、上記録音に係る会話の後、「私の当該書簡にかかる著作権が侵害され、私に精神的損害及び財産的損害が発生したことに係る解決策としまして、次のとおり覚書案を作成いたしましたのでご検討願います。」として、被告が300万円を支払うこと等を内容とする覚書案であって原告と被告が記名押印することを予定したものを被告宛に送付していることが認められるが、これは、原告が、支払い約束の合意がまだ未成立であると認識していたからであるように理解され、このことも、上記認定を裏付けるものである。
8 結論
 以上の事実によれば、原告の請求は、その余について判断するまでもなく理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 山田知司
 裁判官 中平健
 裁判官 守山修生
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