判例全文 | ||
【事件名】『XO醤男と杏仁女』著作権侵害差止め等請求事件(2) 【年月日】平成16年12月9日 東京高裁 平成16年(ネ)第3656号 著作権侵害差止等請求控訴事件 (原審・東京地裁平成14年(ワ)第26832号) (口頭弁論終結日 平成16年10月14日) 判決 控訴人 株式会社日新報道 控訴人 X 控訴人ら訴訟代理人弁護士 冨田秀実 同 松村博文 同 河井匡秀 同 藤川綱之 同 市河真吾 被控訴人 Y1 被控訴人 Y2 被控訴人 Y3 法定代理人監護人 Y4 被控訴人ら訴訟代理人弁護士 吉澤敬夫 同 牧野知彦 主文 本件各控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人らの負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人ら (1) 原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。 (2) 被控訴人らの請求を棄却する。 (3) 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人らの負担とする。 2 被控訴人ら 主文同旨 第2 事案の概要 本件は、A(平成14年12月31日死亡)の相続人である被控訴人らが、控訴人Xが「XO醤男と杏仁女」という小説(以下、原判決と同様に「被告小説」という。)を執筆し、控訴人株式会社日新報道がこれを出版等した行為により、Aの有していた原判決別紙3著作物目録@ないしH記載の詩(以下、原判決と同様に「本件詩」という。)に対する著作権(翻訳権)及び著作者人格権が侵害され、さらにAの名誉が毀損されたと主張して、控訴人らに対し、(1)著作権法112条に基づく被告小説の印刷、製本、販売及び頒布の差止め、(2)著作権法116条、112条に基づく被告小説の印刷、製本、販売及び頒布の差止め並びに謝罪広告、(3)著作者人格権侵害及び名誉毀損による不法行為に基づく損害賠償をそれぞれ請求した事案である。 原判決は、控訴人らの行為による著作権侵害、著作者人格権侵害及び名誉毀損の成立を認め、被告小説の印刷及び頒布の差止請求(製本及び販売については独立に禁じる必要性がないとした。)、著作者人格権侵害と名誉毀損による損害賠償請求の一部を認め、謝罪広告請求について棄却した。 そこで、これを不服とする控訴人らが、敗訴部分について控訴を提起したものである(したがって、謝罪広告請求については、当審における審判の対象となっていない。)。 1 当事者双方の主張は、次の2及び3のとおり当審における主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」及び「第3 争点に関する当事者の主張」(8を除く。)記載のとおりであるから、これを引用する。 2 当審における控訴人らの主張 (1) 著作権法32条1項の「引用」について 原判決は、本件詩の掲載の必然性を否定し、本件詩を全文にわたって掲載したことは必要最小限の引用といえないと判断した。 しかし、本件詩は、主人公小悦と古林とを繋ぐ接点という重要な役割を担っており、主人公の心情描写の手段という目的を有するのみならず、被告小説のキーアイテムであり骨格であって、被告小説に必要不可欠の存在であることは明らかであるし、また、「詩」は、制限された文字数の下で一定のルールに従って表現されるもので、一部引用では、その詩が有する雰囲気やリズムが損なわれ、詩全体で表現しようとしたテーマすら理解困難となるおそれがあり、引用の目的を達し得ないものであるから、本件は、適法な「引用」に該当するというべきである。 (2) 同一性保持権侵害の成否について 著作物の一部が引用され、前後の文脈で趣旨が異なるかのように誤解されたとしても、著作物の創作的表現に手が加えられていない場合には同一性保持権の侵害にはならない(最高裁平成10年7月17日判決、裁判所時報1223号12頁参照)。本件では、本件詩の本文部分を一部引用したもので、題号部分を削除したものではなく、引用された本文部分の創作的表現には何ら手が加えられていないから、著作権法20条の「改変」には当たらない。 (3) 名誉毀損の成否について ア 原判決は、被告小説から一部の表現を取り出し、それがAの社会的評価を低下させるものであるとした。 しかし、一般読者は、被告小説を通読する際、当該表現のみを殊更取り上げて読むのではなく、ストーリーの流れの中でこれを読むのであり、一般読者が通常の注意と読み方をもって被告小説を読めば、原判決指摘のような表現は、ストーリー全体と相まって、一般読者に対し、才能豊かな詩人の生涯に関する好意的な印象を与えることはあっても、「古森」の社会的評価を低下させる方向での印象を与えることはあり得ない。 イ 仮に、原判決指摘の表現がAの社会的評価を低下させるとしても、事実報道等における免責法理の適用による違法性阻却が認められているのと同様に、本件においても、その違法性は阻却される。 すなわち、モデル小説という表現行為についても、@表現行為が社会の正当な関心事であること、Aその表現内容・表現方法が不当なものではないことの2点が満たされる場合には、その表現行為は違法性を欠くと解すべきである。そして、本件においては、小説自体が文化的所産として社会に享受されるという意味においても、被告小説が身近な社会問題となっている中国社会の現実を主題とするものであるという意味においても、社会の正当な関心事に関わるものであり、当該表現は、中国社会の陰の部分を表現する上で必要不可欠であること、被告小説の基本設定となっている「古森」に対する敬意により、読者に与える印象も興味本位や個人攻撃等の表現行為とは全く趣を異にしていることなど、その表現内容・表現方法が殊更に不当なものとはいえないことからすれば、被告小説における当該表現は、違法性が阻却されるものというべきである。 (4) 慰謝料の額について Aのほか被控訴人らは、いずれも中国に生活の本拠を置き、慰謝料を費消するのも中国であるから、中国における物価水準ないし所得水準を十分に考慮して、慰謝料の算定をすべきである。中国における一般サラリーマンの月額給与は1ないし3万円であり、日本とは20倍程度の開きがあるのであり、原判決が算定した慰謝料の額は著しく高額である。 3 当審における被控訴人らの主張 (1) 著作権法32条1項の「引用」について 被告小説において、主人公の心情を表現する手段として本件詩を掲載しなければならない必然性があるとはいえず、本件詩9編をその全文にわたって掲載したことが必要最小限の引用ということもできないとした原判決の判断に誤りはない。 (2) 同一性保持権侵害の成否について 被告小説において本件詩の題号が切除され、さらに誤訳や翻訳されていない部分があることは明らかであるから、控訴人らの主張は理由がない。 (3) 名誉毀損の成否について 被告小説に、Aの社会的評価を低下させ、プライバシーにわたる事項を表現内容に含むものがあることは、原判決の認定するとおりである。また、原判決指摘の表現が、控訴人らが主張するように「表現内容・表現方法が殊更に不当なものとはいえない」とはいえず、違法性が阻却されるとの控訴人らの主張は理由がない。 (4) 慰謝料の額について 原判決は、貨幣価値なども諸般の事情の一つとして考慮しているのであり、また、現在では、中国の貨幣価値は著しく高騰しており、「元」の為替問題が国際問題となっていることは顕著な事実であって、控訴人らの主張は誤りである。 さらに、本件は、日本における著作権侵害、著作者人格権侵害などが問題とされているものであり、控訴人らの主張に従えば、同じ行為を日本人に対して行った場合と中国人に対して行った場合とで、極端に慰謝料が異なることになるが、そのような解釈が国際的な著作権保護を目指す現在の法事情に適合しないものであることは明らかである。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も、被控訴人らの本訴請求は、原判決認容の限度で理由があると判断する。その理由は、以下のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」(11を除く。)と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決30頁下から4行目の「ゆっくりと、おもむろに、」とあるのを「徐々に、おもむろに、」と改める。)。 2 著作権法32条1項の「引用」について 控訴人らは、本件詩は被告小説に必要不可欠の存在であると主張するが、控訴人らの主張によっても、本件詩が主人公小悦と古林とを繋ぐ接点であるとか、被告小説のキーアイテム、骨格であるなどとの抽象的な説明があるだけで、被告小説の当該場面において、主人公である小悦の心情を描写するために、本件詩を用いる以外には他に手段がなかったとするだけの必然性を窺わせる説明はなく、被告小説において、主人公の心情を表現する手段として本件詩を掲載しなければならない必然性を認めることはできない。 また、「詩」が控訴人ら主張のような性質を持つものであるとしても、だからといって常にその全文を掲載しなければ意味を持たないということもできないのであり、被告小説における本件詩の掲載は、決して必要最小限度の引用といえる程度のものとは認められない。 したがって、控訴人らの主張は理由がない。 3 同一性保持権侵害の成否について 被告小説において、本件詩の一部について題号が切除されていること、多くの誤訳あるいは翻訳していない語があることは、引用に係る原判決認定のとおりであって、いずれも著作権法20条2項4号が定める「やむを得ないと認められる改変」とはいえない。なお、控訴人らが引用する最高裁判例は、他人の著作物に対する論評において、他人の著作部分の内容を要約して紹介したことが、その内容の一部をわずか3行に要約したものにすぎず、38行にわたる当該著作部分における表現形式上の本質的な特徴を感得させる性質のものではないとして、当該著作部分に対する同一性保持権を侵害するものではないとしたものであって、本件とは事案を異にするものであり、控訴人ら主張のような判旨を示したものとはいえない。 したがって、控訴人らの主張は理由がない。 4 名誉毀損の成否について 被告小説中、引用に係る原判決指摘の記述部分は、その前後の内容を含めてこれを読んでも、Aの社会的評価を低下させる事項を含むものであることは明らかであり、その社会的評価を低下させる印象を一般読者に与えるものではない旨の控訴人らの主張は理由がない。 控訴人らは、当該表現は、中国社会の陰の部分を表現する上で必要不可欠であり、その表現内容・表現方法が殊更に不当なものとはいえないから、違法性が阻却される旨主張する。 しかし、引用に係る原判決指摘の記述部分は、社会公共の関心事に関わるものといえないことはもとより、その内容も「古森」(Aをモデルとする登場人物)の奇行など人格破綻の様を具体的に表現したものであり、控訴人らが主張するように、その表現内容・表現方法が不当なものでないとは到底いえないのであって、かかる表現行為に違法性がないとすることはできないから、控訴人らの上記主張は理由がない。 5 慰謝料の額について 慰謝料は、被害者の被った精神的損害の賠償を本来的な目的・機能とするものであるが、ときには財産的損害賠償額を補完調整する機能をも有するものであり、その額の算定に当たっては、不法行為の態様、被害の内容、程度、不法行為後の経緯など事件に現れた諸般の事情を総合考慮して定められるべきものである。そして、被害者が外国で生活しており、その慰謝料を外国で費消することが予測される場合には、慰謝料額の算定に際し、その外国の所得水準や物価水準を考慮することも許されるというべきである。しかし、その外国の所得水準等が我が国におけるそれと著しく異なるような場合に、精神的苦痛の填補を目的とする慰謝料について、同一の不法行為、同一の被害でありながら、単に、被害者が外国で生活しているか、我が国で生活しているかという違いだけから、その額に極端な差が生じるということは、公平感や被害者感情に照らし相当とはいえないことなどを考えると、被害者が外国で生活しているからといって、その慰謝料額がその外国の所得水準等に当然に比例することになるというものではなく、その点は、上記諸般の事情の一つとして考慮されるにとどまるものというべきである。 本件においては、中国における給与水準を紹介した乙第5号証の1の記載などを含め、引用に係る原判決説示のとおり本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、Aに対する、著作者人格権侵害による慰謝料としては30万円、名誉毀損による慰謝料としては50万円がそれぞれ相当であり、控訴人らの主張は採用することができない。 6 以上によれば、原判決は相当であって、控訴人らの本件各控訴は理由がない。 よって、本件各控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法67条1項本文、61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所知的財産第3部 裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 設樂驤 裁判官 若林辰繁 |
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