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【事件名】ドクター中松の“がんばれ日本”商標事件B(2)
【年月日】平成16年11月30日
 東京高裁 平成16年(行ケ)第337号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成16年10月21日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士  寒河江孝允
同 矢野敏樹
被告 財団法人日本オリンピック委員会
同訴訟代理人弁護士 辻居幸一
同 竹内麻子
同訴訟代理人弁理士 佐々木功
同 川村恭子
同 加藤ちあき

主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 特許庁が取消2000―30540号事件について平成16年6月24日にした審決を取り消す。
第2 争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、別紙記載のとおりの構成からなり、商標法施行令(平成13年政令第265号による改正前のもの)1条別表の第16類「印刷物」を指定商品とする登録第3300059号商標(平成6年5月9日登録出願、平成9年5月2日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。
 被告は、平成12年5月15日、本件商標につき、商標法50条に基づく商標登録取消審判の請求(以下「本件審判請求」という。)をし(取消2000―30540号事件)、その予告登録が同年6月14日にされたところ、特許庁は、平成15年6月25日、「登録第3300059号商標の商標登録は取り消す。」との審決をした。
 そこで、原告は、同年8月4日、上記審決について審決取消訴訟を提起した(当庁平成15年(行ケ)第349号)ところ、同年10月16日、「特許庁が取消2000―30540号事件について、平成15年6月25日にした審決を取り消す。」との判決がされ、確定した(判決日については、甲2の3により認める。)。
 その後、特許庁は、取消2000―30540号事件を再び審理し、平成16年6月24日、再び、「登録第3300059号商標の商標登録は取り消す。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は同年7月6日に原告に送達された(送達日については、甲22により認める。)。
2 本件審決の理由の要旨
(1) 使用者及び使用商標について
 「フオルッアジヤパン」の小さな文字と「がんばれ日本」の大きく表した文字を二段に表示した題号からなる「A博士の会」(以下「本件団体」という。)の会報(以下「本件会報」という。)は、原告により発行されたものであり、その会報の題号である「フオルッアジヤパン」「がんばれ日本」の表示は、本件商標と綴り字が同一であることから、社会通念上同一とみられ得るものと認められる。
(2) 使用している商品について 
ア 商標法50条の適用上、「商品」というためには、市場において独立して商取引の対象として一般市場を転々流通し得る物でなければならならず、また、「商品についての登録商標の使用」があったというためには、商品の識別標識として同法2条3項及び4項所定の行為がされたことを要するものというべきであるから、その点について検討する。
 本件団体は、原告の世界観、人生観、生き方を広め、原告の発明を活用するなどを通じて、原告と共に世の中を良くしていくことを目的としているものであり、また、本件団体の会報である本件会報に掲載されている記事内容からしても、専ら、原告個人の思想・信条、科学的見解、とりわけその発明を紹介し、一貫して称揚し、宣伝するものであり、かつ、本件会報を原告自身の意思決定に基づき発行していると推認されることから、本件団体は、原告個人の思想、信条や発明事業内容と密接に関係した原告の個人的要素の強い会(団体)と認められる。
 そして、本件会報は、本件団体の会報として、原告個人に密接に関係した、少なくても、本件審判請求の登録日前に発行された本件会報は、原告個人について記載した内容の記事が極めて多いものとなっている。
 上記事実からすると、本件会報は、本件団体又は原告を離れ、一般的市場において独立して商取引の対象物となっていたものとは認め難いものである。
 したがって、本件会報は、本件会報に定価の表示があるとしても、商標法上の商品ということはできないものである。
イ 原告は、本件会報を毎月30〜40部(その後、毎月会員向け4百数十名、その他100と200部の合計5百数十部ないし6百数十部と訂正している。)を配布していると主張して、本件会報について使用していた旨主張している。しかしながら、上記認定のとおり、原告は、本件商標を商標法上の商品に使用しているものとは認められないものであり、むしろ、本件団体の会報として、会員又は原告個人の思想、信条等に共感する者(準会員)に限定して配布されていたものと認められる。また定期刊行物として不特定多数の需要者に広く販売されていたことの証拠の提出もないので、その主張は採用することができない。
ウ そうすると、本件商標が本件審判請求に係る指定商品「印刷物」について原告によって使用されていたということはできない。
 その他、本件商標を本件審判請求に係る商品について具体的に使用している事実を認めるに足る証拠はない。
 してみれば、原告が、本件商標と社会通念上同一とみられる使用商標を本件審判請求の登録(平成12年6月14日)前3年以内に本件会報に使用していたとしても、本件会報が商標法上の商品とは認められないことから、原告が、本件商標を審判請求に係る指定商品のいずれかについて本件審判請求の登録前3年以内に使用をしていたものということはできない。
 その他、原告は、商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが本件商標に係る商品について使用していたものと認めるに足りる証拠を提出しておらず、また、本件商標を使用していないことについて正当な理由があることも明らかにしない。
(3) まとめ
 以上のとおり、原告は、商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが、本件商標を本件審判請求の登録前3年以内に日本国内において、取消請求に係る指定商品のいずれかについて使用していたことを証明することができなかったといわざるを得ない。
 したがって、本件商標は、商標法50条の規定により、その指定商品についての登録を取り消すべきものである。
第3 原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
 本件審決は、「本件会報は、本件団体又は原告を離れ、一般的市場において独立して商取引の対象物となっていたものとは認め難いから、商標法上の商品ということはできない」として、本件審判請求の登録前3年以内(以下「本件対象期間」という。)における指定商品についての本件商標の使用の事実を認めるに足りないと判断したが、誤りである。
 すなわち、本件会報は、本件団体の会報として、定価表示が付された上、平成6年6月末以来、毎月欠かさず、継続的に発行されている。本件会報は、@本件団体の会員(会費を支払うこととされている。)に対して、会員名簿に基づき、毎月439部以上郵送され、A本件団体の月例会会場や年2、3回開催されるパーティー会場(マスコミ等により広く開催が告知されている。)においても、定価100円で常時販売され、B「B天才発明館」においても、一般人に対し、定価100円で常時販売されており、@ないしBの合計発行部数は、平成6年6月末以降、毎月539部ないし639部以上である。原告の主張に共鳴し、本件会報の購入にも関心がある者の母数は、6400万人以上に上ると見積もられ、そのうち少なくとも3万人以上は、本件団体事務局のコンピュータ内に個人情報が登録され、データが随時更新されている。
 これらの事情によれば、本件会報は、本件団体の会員に対して配布されるのみならず、原告の思想や本件団体の設立趣旨・活動方針に興味を持った者その他の不特定多数の需要者に対し、全国的規模により有償で譲渡され又はされ得たものというべきである。したがって、本件会報は、市場において取引対象となる印刷物であり、商標法上の商品に当たるというべきである。
 なお、本件審決は、本件団体が原告の思想等に関係した個人的要素が強い団体であること、及び本件会報の内容が原告個人についての記載が多いものであることのみを根拠として、本件会報の商標法上の商品性を否定した。しかしながら、「印刷物」の商品性は、当該印刷物が不特定多数の需要者に譲渡され又は譲渡され得たか否かにより判断されるべきものであって、当該印刷物を発行する団体の性格や、印刷物の記事の内容だけから、商品性を判断できるものではない。したがって、本件団体が原告の思想等に関係した個人的要素が強い団体で、本件会報の内容が原告個人についての記載が多いものであるとしても、そのことから直ちに、本件会報の市場における取引の可能性が否定されることにはならない。
第4 被告の反論の要点
 本件審決の判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
 すなわち、本件団体は、原告個人の思想信条や、発明事業の内容と密接に関係した原告の個人的要素の強い団体であるところ、本件会報は、年会費を支払った本件団体会員や、本件団体が開催するパーティーの会費を支払った参加者が無償で受領するものにすぎない。また、本件会報は、見開きわずか4頁程度のパンフレット様のものにすぎず、原告個人及び原告がした発明等に関する内容のみから構成され、原告及びその事業(「技芸・スポーツ又は知識の伝授」や「セミナーの企画・運営又は開催」等の役務)に関する宣伝広告物にすぎない。これらの事情によれば、本件会報は、市場において独立して商取引の対象として流通に供される商品とはいえず、これと同旨の本件審決の判断は正当である。
 (なお、そもそも、本件会報が実際に本件対象期間内に頒布されたことを示す証拠はない。また、本件会報の発行部数、対価の支払等についての原告の主張には、変遷が多く、信用性がない。さらに、本件会報における実際の使用態様は、「フオルッアジヤパン」の文字の部分が、極めて小さく表記されているため、出所識別機能を発揮しているものとはいえず、したがって、本件商標と社会通念上同一の商標ということはできない。)
第5 当裁判所の判断
1 原告は、「本件会報は、本件団体又は原告を離れ、一般的市場において独立して商取引の対象物となっていたものとは認め難いから、商標法上の商品ということはできない」として、本件対象期間内における指定商品についての本件商標の使用の事実を認めるに足りないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。そこで、以下、この主張の当否について検討する。
(1) 争いのない事実並びに証拠(甲2の12、甲3の1〜13、甲13、甲20、乙5、乙6〔後記認定に反する部分を除く。〕)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
ア 本件団体の設立
 原告は、平成3年4月、「原告の人生観等に賛同する人々が集まって親睦を図りながら、原告の発明を活用するなどして世の中をよくしていくこと」を目的として、「A博士の会」(本件団体)を主催者として発足させた。本件対象期間における本件団体の会員数は、定かではないが、本件団体の会員は、入会金及び会費の支払義務を負担しており、本件団体は、月例会やパーティー等の会合を開催している。
イ 本件会報の発行
 原告は、平成6年6月から、少なくとも本件対象期間以降まで、ほぼ毎月一回、「フオルッアジヤパン」との小さな文字を上段に、「がんばれ日本」との大きな文字を下段に、二段に表示した題号を付して、本件団体の会報(本件会報)を発行している(本件対象期間における本件会報の発行部数は、定かでない。)。なお、原告は、平成6年4月ころ、イタリアの政界において新党「フォルツァ・イタリア(がんばれイタリア)」が台頭したことに触発されて、従来から抱いていた「日本をよりよくしなければならない」との信念に基づき、「ガンバレ日本(FORZA GIAPPONE)」運動を提唱し、これを受けて、上記題号を採択したものである。
ウ 本件会報の内容
 本件対象期間内に発行された本件会報は、4頁程度のパンフレット状のものであり、「発行者 がんばれ日本 価格100円」と表記されており、その内容は、専ら、原告の信条・思想等の表明、原告がした発明の内容の紹介、原告個人の学術的・政治的活動・見解の紹介、本件団体主催の月例会やパーティーの報告等であって、原告個人を賞賛するものが極めて多い。
 原告は、本件会報を、本件団体の開催する月例会やパーティー等の会合(本件団体会員のほか、希望者が参加費を支払った上で参加することができる。)において、参加者に対し、それ自体は無償で配布してきた。(なお、本件対象期間における参加者の人数は、定かではない。)
(2)ア 原告は、「本件会報は、@本件団体の会員に対して、会員名簿に基づき、毎月439部以上郵送され、A本件団体の月例会会場や年2、3回開催されるパーティー会場においても、定価100円で常時販売され、B「B天才発明館」においても、一般人に対し、定価100円で常時販売されており、@ないしBの合計発行部数は、毎月539ないし639部以上である。」旨主張する。
 しかしながら、本件団体の会員数、本件会報の発行部数、本件会報の会員に対する郵送、本件会報の一般人への販売等の点に関しては、これに沿う内容の原告の陳述記載(甲2の12、甲3の12、甲20)はあるものの、それを裏付ける客観的証拠(会員名簿、印刷発注書、会計帳簿等)は一切提出されていない。
 そもそも、原告は、当初、@本件審判請求事件における平成12年10月17日付け答弁書(乙5)においては、「定期的に30〜40名の会員に頒布している」と主張し、A平成14年12月16日付け答弁書(第2)(乙6)においても、「本件会報の配布先は『A博士の会(略称:なかよし会)』の出席者、その他の会合の出席者であるため、部数も月により変動し特定は出来ないが、少なくとも例会の出席者に対し30〜40部は頒布されている。定価は1部100円とされており、会費のある会合においては、会費に含まれるものとして出席者に配布し、その他の購入希望者には有償で配布するようにしている。」と主張していたところ、B平成16年1月29日付け上申書(甲3の13)において、「発行部数については、旧審判段階で30〜40部と主張したが、毎月会員向け、4百数十名とその他100〜200部の合計5百数十部ないし6百数十部発行している、のが正しい。」と主張内容を大きく変更し、しかも、その変更の理由には一切触れるところがない(本件訴訟においても、主張変更の理由は述べられていない。)。これらの事情によれば、原告の現在の主張内容の信用性について疑問を持たざるを得ない。
 なお、甲20添付の写真は、その撮影時期も明らかでないものであるから、本件対象期間内に「Bの天才発明館」において本件会報の一般人に対する販売が行われた事実を裏付けるものということはできない。また、本件会報に「定価100円」との記載があることのみでは、本件会報が定価どおりの価額で販売された事実を認めるに足りない。
 以上の事情によれば、前記(1)のとおり、原告が、本件会報を、本件団体の開催する会合において、参加者に対し、無償で配布した事実は認められるものの、それ以上に、本件団体の会員数、本件会報の発行・配布部数、本件会報の一般人への販売等の点に関する、原告の上記主張に係る事実は、本件全証拠によっても、これを認めるに足りない。
イ また、原告は、「@原告の主張に共鳴し、本件会報の購入にも関心がある者の母数は、6400万人以上に上ると見積もられ、Aそのうち少なくとも3万人以上は、本件団体事務局のコンピュータ内に個人情報が登録され、データが随時更新されている。」旨主張する。しかしながら、@については、原告独自の見解にすぎず、これを認めるに足りる証拠はないし、Aについても、原告によるその旨の陳述記載(甲20)はあるものの、それを裏付ける客観的証拠は一切提出されていない。したがって、原告の上記主張は理由がない。
(3) 商標法50条における商品とは、市場において独立して商取引の対象として流通に供される物でなければならないと解すべきである。これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、@「フオルッアジヤパン」の小さな文字と「がんばれ日本」の大きな文字を二段に表示した題号が付されている本件会報は、本件団体の会報であること、A本件団体は、原告の考えに賛同する者が集まり原告を支援することを目的とするものであって、原告の個人的色彩が極めて強い団体というべきであり、しかも、その会員数も定かではないこと、B本件会報の体裁は、4頁程度のパンフレット状のものにすぎず、その内容も、専ら、原告の思想・信条の紹介、原告の発明の紹介、本件団体主催の会合の報告等であって、原告の個人的色彩が極めて強いものであること、C本件会報は、本件団体の開催する会合(本件団体会員や、参加費を支払った希望者が参加することができる。)において、参加者に対し、それ自体は無償で配布されたにとどまり、発行・配布部数は定かではなく、本件会報の一般人に対する販売が行われた事実もこれを認めるに足りないことが明らかである。これらの事情によれば、本件会報は、原告の個人的色彩が極めて強い本件団体の開催する会合に参加した、本件団体会員等の参加者(その数は定かでない。)に対し、本件団体ないし原告の行う政治的・学術的活動等の宣伝、広告を兼ねたサービスの一環として無償で配布された印刷物にすぎないというべきであり、それ以上に、市場において独立して商取引の対象として流通に供された物とは認められない。
 したがって、本件会報の配布をもって、本件対象期間内における本件商標の使用があったということはできない。
(4) なお、原告は、「本件団体が原告の思想等に関係した個人的要素が強い団体で、本件会報の内容が原告個人についての記載が多いものであるとしても、そのことから直ちに、本件会報の市場における取引の可能性が否定されることはならない。」旨主張する。しかしながら、上記判示は、原告の指摘する本件団体の性質や本件会報の内容のみならず、本件団体の規模(会員数)、本件会報の体裁、本件会報配布の規模(配布数)・配布対象・対価の有無等に関する諸般の事情を踏まえてなされたものであるから、原告の上記主張は上記判示を何ら左右するものではない。
(5) そして、他に、本件対象期間内に日本国内において、商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが、本件商標を、本件審判請求に係る指定商品である「印刷物」について使用していたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
 そうすると、商標法50条により、本件商標は、その登録の取消しを免れないから、これと同旨の本件審決の判断は相当である。
2 以上のとおり、原告主張の取消事由は理由がなく、他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所知的財産第1部
 裁判長裁判官 北山元章
 裁判官 青柳馨
 裁判官 沖中康人
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