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【事件名】読売新聞社への名誉毀損事件(週刊新潮)
【年月日】平成16年11月25日
 東京地裁 平成15年(ワ)第779号 謝罪広告等請求事件

判決
原告 株式会社読売新聞東京本社
同代表者代表取締役 内山斉
同訴訟代理人弁護士 喜田村洋一
同 大村恵実
被告 株式会社新潮社
同代表者代表取締役 佐藤隆信
同訴訟代理人弁護士 岡田宰
同 広津佳子
同 杉本博哉


主文
一 被告は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成一五年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分して、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、主文一項につき、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告に対し、一億円及びこれに対する平成一五年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告に対し、別紙謝罪広告内容記載の謝罪広告を読売新聞(全国版)、朝日新聞(全国版)及び毎日新聞(全国版)の各朝刊社会面及び週刊新潮の記事面に、同記載の条件で各一回掲載せよ。
第二 事案の概要
一 本件は、原告が、被告に対し、被告が、その発行している週刊誌「週刊新潮」平成一五年一月二三日号(同月一六日発行。以下「本件週刊誌」という。)に「読売新聞の伏魔殿『販売局』に国税のメスが入った 裏金スキャンダル」との見出しの記事(以下「本件記事」という。)を、また、同月一六日付け朝日新聞(全国版)及び毎日新聞(全国版)の各朝刊に同様の記載の見出しを付けた本件週刊誌の広告(以下「本件広告」という。)をそれぞれ掲載したことにより、原告の名誉・信用が毀損されたとして、不法行為に基づく損害賠償一億円及びこれに対する遅延損害金の支払と名誉回復処分として前記日刊新聞三紙及び週刊新潮における謝罪広告の掲載とを求めている事案である。
二 前提となる事実
 本訴請求に対する判断の前提となる事実は、以下のとおりであって、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。
(1)当事者
ア 原告は、日刊新聞の発行及び販売などを目的とする株式会社であって、読売新聞の発行元である。
イ 被告は、書籍及び雑誌の出版などを目的とする株式会社であって、週刊誌「週刊新潮」の発行元である。
(2)本件記事及び本件広告
 被告の発行した本件週刊誌には、別紙記事内容のとおりの記事が掲載された。これが「本件記事」である。
 また、被告は、平成一五年一月一六日付け朝日新聞(全国版)及び毎日新聞(全国版)の各朝刊に本件週刊誌の広告を掲載したところ、その広告中には本件記事について「読売新聞の伏魔殿『販売局』に国税のメスが入った 裏金スキャンダル」との見出し部分があった。これが「本件広告」である。
(3)原告における新聞販売等の形態及び補助金等の交付
ア 原告は、各地の販売店に委託して、新聞販売、配送等を行っており、また、顧客を獲得するに当たっては、拡張団という、新聞購読の勧誘員らが顧客を戸別訪問するなどして、勧誘を行っている。
イ この各販売店及び拡張団を監督する原告における部署が販売局である。
ウ 販売局は、各販売店及び拡張団に対し、販売活動促進のため、実際に金員が送金されるのか、販売店が原告に納める新聞の販売代金からの差し引きで行われるのかはともかく、補助金といった形で資金援助をしている。
三 本件訴訟の争点
(1)第一の争点は、本件記事及び本件広告(以下「本件記事等」という。)が原告の名誉・信用にかかる社会的評価を低下させるものであるか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、別紙当事者の主張一覧の「1 争点1について」のとおりである。
(2)第二の争点は、本件記事等が仮に原告の社会的評価を低下させるとしても、その違法性ないし被告の有責性が阻却されるか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、別紙当事者の主張一覧の「2 争点2について」に記載するほか、以下のとおりである。
(被告)
 原告は、新聞社であって、被告と同じ言論機関であることからすれば、本件記事等についての反論があるならば、その発行する新聞紙上において反論すべきであり、いわゆる「言論の応酬の抗弁」の観点から、そのような反論によらない原告の本件訴えの提起は不当である。
 また、原告は、本件記事等の掲載後、国税局から申告漏れを指摘され、追徴課税を受けているところ、本件訴訟において被告がその事実を指摘してもこれについて認否せず、他の報道機関から報道があって初めて原告の発行する読売新聞において当該追徴課税について言及するに至ったものであって、本来すべき自らの釈明、反論の義務を放棄する態度を示した。
 以上の見地から、本件訴えは権利の濫用というべき訴えであり、請求を棄却するべきである。
(原告)
 言論の応酬の抗弁とは、他人から名誉毀損を受けた者が、自己の正当な利益を擁護するため、やむを得ず当該他人の名誉信用を毀損し得る言論(応酬言論)をしたときに、仮にこれが通常であれば名誉毀損の不法行為を構成するものであったとしても、他人が行った言動と対比して、方法、内容において適当とされる限度を超えない場合には、その違法性を欠くとするものであって、被告の主張する応酬の抗弁は、以上とは異なる独自の見解を述べるにすぎない。原告が新聞社であるからといって、その紙面による反論しかできず、名誉毀損につき司法的救済を受けることができないということはない。
 また、被告は、原告が釈明、反論の義務を放棄したと主張するが、被告の主張する追徴課税は、本件記事等において原告が摘示している裏金による脱税とは全く異なるものであって、このような関連性のない事実について原告が釈明、反論の義務を負うことはない。
 したがって、本件訴えが権利の濫用となることはない。
(3)第三の争点は、仮に本件記事等によって被告の原告に対する名誉毀損などの不法行為が認められる場合に、原告が被告に対して賠償を求めることができる損害の有無及びその額ないし被害回復の方法であるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、以下のとおりである。
(原告)
ア 本件記事等によって侵害された原告の精神的苦痛を慰謝するに足りる金員は一億円を下回るものではない。
イ また、原告の侵害された名誉を回復するには、別紙謝罪広告内容のとおりの謝罪広告の掲載が必要である。
ウ よって、原告は、被告に対し、名誉毀損の不法行為に基づく慰謝料請求及び名誉回復処分の請求として、前記慰謝料一億円及びこれに対する本件記事等が掲載された平成一五年一月一六日の後の日である同月一七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払並びに別紙謝罪広告内容のとおりの謝罪広告を前記日刊新聞三紙及び週刊新潮に各一回掲載することを求める。
(被告)
 原告の主張は争う。
第三 当裁判所の判断
一 本件記事と原告の社会的評価の低下の有無
(1)国税局の調査などについて
ア 本件記事は、別紙記事内容のとおり、その大見出しを「読売新聞の伏魔殿『販売局』に国税のメスが入った 裏金スキャンダル」とし、「読売に東京国税局の調査第四部が定期的な税務調査に入ったのは昨年のことで、それが今も続いているんです。今回のテーマは『販売局』で、その金の出入りを洗った。そうしたところ数十億単位の巨額の使途不明金が出てきたんですよ。要するに、申告していない裏金ということです。」、「今回の税務調査ではこうした補助金などを使った裏金作りが悪質だとされ、徹底的な調査が継続されている。」、「販売局の裏金作りの手口は、販売店や拡張団への補助金をキックバックさせたり、また支出したことにして裏口座にプールしておく手法などがあります。」、「国税関係者はこう断言する。……本当の要は販売です。……その部署に今回、国税のメスが入ったわけで、強がってはいますが、社としての衝撃は大変なものだった筈です。最終的には億単位の申告漏れが出て、追徴課税するのはまず間違いない」などとの記載がある。
イ そして、本件記事の前記記載を一般の読者の普通の注意と読み方によって読めば、本件記事は、単に原告が販売局の裏金について国税局の定期的な調査を受けていることを伝えるというにとどまらず、現に原告が、販売局から販売店や拡張団への補助金などを内密に返還させたり、裏口座にとどめ置かせることで、裏金を作っていたことがあり、国税局から調査の当初数十億円以上の巨額の使途不明金の存在を疑われ、その後も少なくとも数億円の裏金を作っていたことが明らかとなって、これについて申告漏れとして追徴課税を受けることが間違いないとの印象を与えるもの(以下「本件@の摘示」という。)というべきである。
ウ これに対して、被告は、本件記事は全体として原告に対する国税局による税務調査の経過を記述したもので、その中で国税局が原告について販売局の利用による裏金をテーマの一つとして調査に入っていることを摘示しているものの、最終的に国税局が原告に対し、当該裏金によって処分することを摘示してはいないと主張する。
 しかしながら、本件記事には、前記のような記載があり、特に、その末尾において「こうした一連の疑惑に読売新聞はどう答えるか。『税務調査は定期的なもの。…ご指摘は全く根も葉もない事で、そのような噂を流されること自体、大変迷惑しています』としたうえで、これを再び覆す形で「しかし、前出の国税関係者はこう断言する。」として、「最終的には億単位の申告漏れが出て、追徴課税するのはまず間違いない」と原告が追徴課税を受けることを強調するかのような記載がある。
 このような本件記事は、単に国税局の調査が行われているとの印象を伝えるのみならず、原告が将来追徴課税を受けることが必至であるとの印象を与えるものといわざるを得ないから、被告の主張は採用しない。
(2)販売店の改廃について
ア また、本件記事には、「国税局がこの補助金をターゲットの一つにしていることは間違いない。これが全額、販売店に支給されずに、一部が本社販売局の裏金としてプールされているのではないかと見ているようだ。ちなみに補助金にしても、いろんな種類があるという。一つは、販売店が新聞社から購入する新聞仕入れ代金や、いわゆる〃押し紙〃に対する補助金だ。新聞社は各販売店に担当地区の世帯数に応じた責任部数、つまりノルマを課している。ノルマを達成できないと、一方的に本社から店の改廃、すなわち〃お取り潰し〃にあってしまうので、販売店は実際に契約の取れていない分も自ら費用をかぶって、本社に仕入れ代金を支払う。」との記載がある。
イ 本件記事の前記記載からすれば、原告の販売局による裏金が横行する背景には、原告が各販売店にノルマを課し、販売店は、実際には購読契約が締結されていない分も自ら費用をかぶって本社に仕入れ代金を支払うこともあり、このノルマが達成できないと新聞社が一方的に販売店を改廃している実態が存在するとの印象を与え、ひいては、原告が裏金を作っているばかりか、優越的な地位を濫用して販売店に不当な取り扱いをしているとの印象を与えるもの(以下「本件Aの摘示」という。)というべきである。
ウ これに対して、被告は、本件記事については別に補助金の支出により販売店は利益を得ているという記載があるから、原告が優越的な地位を濫用しているとの印象を与えるものではないと主張するところ、確かに、販売店が原告の販売局から補助金の交付を受けているとの記載があるが、前記の「ノルマを達成できないと、一方的に本社から店の改廃、すなわち〃お取り潰し〃にあってしまう」との記載があることなどからすれば、総じて原告が販売店に対する優越的な地位を濫用しているとの印象を与えるものといわざるを得ないのであって、この点に関する被告の主張も採用し得ない。
(3)伏魔殿のような販売局について
 本件記事中の「今回、販売局に切り込んではみたものの、ワケの分からない支出がたくさんあり、金の流れが複雑。その分、いろんな操作が可能で、裏金を作りやすい土壌がある。本当に伏魔殿のようなところですよ」との記載は、原告の販売局には拡販のための補助金や報奨金名目の不明瞭な支出が多数あり、金銭の流れが複雑であって、裏金を作りやすい土壌があり、販売局は、伏魔殿、すなわち、その一般的な意味において、悪魔の隠れている殿堂ないし悪事・陰謀などが陰で絶えず企まれているところであるとの印象を与えるもの(以下「本件Bの摘示」という。)である。
(4)刑事と泥棒の二面性について
 本件記事中の「新聞、テレビなどのマスコミには国税担当の記者がおり、日夜、当局が摘発する違法な脱税や申告漏れの事実の把握に奔走している。が、新聞とて所詮は営利企業。紙面では公益目的とばかりにこうした不正行為を断罪しておきながら、裏では自身も節税に努め、それが悪質な申告漏れにつながるケースもある訳だ。刑事と泥棒の一人二役みたいなものだが、その二面性が象り出されそうになっているのが読売新聞である」との記載は、原告は、日頃、脱税及び申告漏れについて断罪的な報道をしている一方、他方で、原告自身が悪質な申告漏れをしているというものであり、自ら刑事と泥棒を兼ねる狡猾な二面性を有しているといった印象を与えるもの(以下「本件Cの摘示」という。)というべきである。
(5)以上検討したところによれば、本件記事の本件@ないしCの摘示は、そのいずれも原告の社会的評価を低下させることが明らかといわざるを得ない。
二 本件広告と原告の社会的評価の低下の有無
 本件広告は、その「読売新聞の伏魔殿『販売局』に国税のメスが入った 裏金スキャンダル」という見出しからして、原告の販売局には裏金が存在し、これについて国税局が追求を開始したとの印象を与えるものといわざるを得ず、本件広告もまた、原告の社会的評価を低下させるものといわなければならない。
三 被告の名誉毀損の不法行為の成否について
(1)本件記事等の違法性ないし有責性の有無
 被告は、本件記事等が原告の名誉を毀損すると認められるとしても、その違法性ないし有責性が阻却され、不法行為責任を免れると主張するので、以下、名誉毀損の不法行為の法理に従い、被告の責任の有無につき、順次、検討していくこととする。
(2)本件記事等の公共性及びその掲載の公益性
 本件記事等は、前記のとおり、本件@ないしCの摘示などによって、新聞社である原告が裏金を作っており、この点について国税局の調査が及んで追徴課税を受けることや、販売店が原告から課せられる新聞販売のノルマが達成できないと一方的に改廃される実態が存在するといった指摘をするものであって、これが、公共の利害に関する事項であることは明らかであるし、また、被告が本件記事等によってそのような指摘をしたのは、当該事項が抱える問題を広く読者に知らせるためであったと窺われるから、公益を図る目的であったことも否定できない。
(3)本件記事の真実性ないし真実と信じる相当性
ア そこで、本件記事で取り上げられた前記事項の真実性ないし相当性について検討すると、次のとおりにいうことができる。
イ まず、本件@ないしCの摘示について、事実による名誉毀損か、論評による名誉毀損か、その捉え方で争いがあるので、この点について検討する。
(ア)本件記事が読者に与える前記の摘示のうち、本件@及びAの摘示は、事実の摘示による名誉毀損に当たるというべきである。
 これに対して、被告は、本件@の摘示につき、追徴課税を受けることが必至であるというのは、国税局が原告に対し定期的な税務調査を行い、その中で販売局の補助金の利用による裏金をテーマの一つとしていることを前提とする、論評にすぎないと主張する。
 しかしながら、追徴課税を受けるかどうかは、事実としてその判断ができることであり、評価の問題ではなく、前記のとおりこれも含め事実摘示による名誉毀損に当たるというべきである。
(イ)次に、本件Bの摘示は、原告の販売局は拡販のための補助金や報奨金名目の不明瞭な支出が多数あり、金銭の流れが複雑であることを前提とする論評による名誉毀損というべきであり、また、本件Cの摘示は、原告は日頃脱税及び申告漏れについて報道している一方、他方で原告自身が申告漏れをしていることを前提とする、論評による名誉毀損であるというべきである。
 これに対して、原告は、本件Bの摘示につき、販売局は伏魔殿のようなところであるというのは論評であるが、その前提事実は、原告の販売局は拡販のための補助金や報奨金名目の不明瞭な支出が多数あり、金銭の流れが複雑であることのみならず、原告の販売局には裏金を作りやすい土壌があることであると主張する。
 しかしながら、原告の主張のうち、原告の販売局には拡販のための補助金や報奨金名目の不明瞭な支出が多数あり、金銭の流れが複雑であることが前提事実であるというのはそのとおりであるとしても、原告の販売局に裏金を作りやすい土壌があるというのは、事実というより評価の問題であって、あとは、原告の販売局には拡販のための補助金や報奨金名目の不明瞭な支出が多数あり、金銭の流れが複雑であることを前提事実として、相当な論評といえるかを検討するべきである。
 また、原告は本件Cの摘示につき、申告漏れが悪質であるということも前提事実であると主張するようであるが、申告漏れが悪質であるかどうかは、評価の問題であって、あとは、原告自身が申告漏れをしていることを前提事実として相当な論評といえるか検討すべきである。
ウ 本件@の摘示について
 前記説示したところに従い、まず、本件@の摘示の真実性ないし相当性について検討する。
(ア)<証拠略>によれば、本件記事掲載後、原告が販売局から販売店及び拡張団へ交付する補助金等を内密に戻させるなどして裏金を作っていたこととして、国税局から追徴課税を受けることは結局のところなかったものであり、本件@の摘示については、結局のところ真実であると認めることはできない。
 この点につき、<証拠略>によれば、本件記事掲載後、原告は、原告の海外の子会社で、ニューヨークにある衛星版新聞の現地印刷、販売を行う読売アメリカ社との間での平成一四年三月期までの五年間の経理処理について、国税局から総額約一二億四五〇〇万円の申告漏れを指摘され、最終的にそのうち四億九〇〇〇万円を申告漏れと認定され、追徴課税を受けたこと、また、これは、被告が、読売アメリカ社に対して試読紙配布といった販売関連費用名目で金員を支払い、経費として処理していたものであるが、国税局から、このうち四億九〇〇〇万円は一定の限度を超えた資金援助にあたり、課税対象となる寄付金と認定され、追徴課税を受けたものであることが認められる。
 しかしながら、被告は、本件記事において、前記のとおり、販売局が販売店や拡張団に交付する補助金を内密に戻させるなどして裏金を作っており、これについて追徴課税を受けることが必至であるとしていたのであり、原告が実際に追徴課税を受けたのは、原告が読売アメリカ社に対してその販売補助のために支払っていた金銭が、経費として扱われなかったため、追徴課税を要することになったものであって、内容が異なり、これをもって、原告の本件@の摘示が真実であったと認めることはできない。
(イ)そこで、本件@の摘示について、実際には国税局による原告の販売局の裏金についての追徴課税が行われなかったとしても、原告には、販売局による裏金が存在し、被告がかかる追徴課税が行われると信じる相当性があったか検討すると、被告は、本件記事は、被告担当記者が取材をしたうえで相当な根拠に基づき執筆、掲載したものであり、現に原告は追徴課税を受けているのであって、被告が本件@の摘示を真実と信じる相当性があると主張する。そして、被告は、被告担当記者らが取材のうえ作成したというデータ原稿、インタビュー聴取書や、被告担当記者の陳述書などを提出するほか、被告担当記者のうち、本件記事のデスクであった甲野太郎(以下「甲野」という。)及び被告担当記者の乙山松夫(以下「乙山」という。)は、尋問において、原告の販売局の裏金の存在については、関係者に取材した上、真実存在するものと考え、本件記事を掲載した旨の供述をしている。
 しかしながら、前記各証拠はいずれも採用し得ない。すなわち、
@ 乙山は、とある拡張団の元締めたる関係者から、原告の販売局からの指令で、補助金を振り込むための銀行口座を開設し、内密に補助金を返還し、裏金作りに協力したことがあるなどとの情報を得、また、当該関係者から紹介を受けた人物からも、裏金作りの事実があるのか確認し、これを肯定する言を得たなどと供述するものの、そもそも当該関係者の氏名が明らかでなく、また、乙山は、身分証等で真に拡張団の関係者であるのか、確認をしていないこと、さらには、乙山が当該関係者から口頭による情報以外に得た資料は、滞納処分の停止通知書にとどまり、当該関係者が開設したという銀行口座の取引状況を示す資料を得てはおらず、終局はその内容の確認すらしていないというのであって、これでは、当該関係者の言が真実であるのか、単に風評であるのか判断できない。また、当該関係者から紹介を得た人物からは、そもそも裏金作りに関し、補助金を内密に戻すなど協力したのかどうか明言を得てさえいないことが窺われ、これをもって原告の裏金の事実の存在の根拠にはならないといわざるを得ない。
A 甲野は、尋問において、国税局関係者に本件@の適示が存在する旨の供述を得たなどと供述する。しかしながら、甲野はその国税局関係者の氏名を明らかにしないばかりか、また、被告の提出する各証拠中には、原告あるいは販売店の経理状況等を客観的に示し、不自然な金銭の流れがあることを示す帳簿、口座履歴などの書面はなく、これでは、甲野が、当該取材対象者を取材したのか、当該取材対象者が真に被告担当記者らのいう地位ないし身分にあったものなのか、あるいは当該取材対象者が被告担当記者のいうことを言っていたとしても、客観的な証拠がないことからして、それが真実なのか、単なる風評ではないのか判断することはできない。
B さらに、被告は、原告が読売アメリカ社との間の経理処理について追徴課税を受けていることから、本件@の摘示事項について真実と信じる相当性があったというように主張しているが、これは、前記したとおり、原告が本件記事で指摘するものとは内容が異なり、これをもって、被告が本件@の摘示にかかる裏金が存在し、これについて、追徴課税をうけると信じる相当性があることにはならない。
C また、甲野は、本件記事においては、原告の販売局が作った裏金に関する以外にも申告漏れがある可能性があり、いずれにしろ申告漏れを指摘される可能性があるとの意味を込め、記事に含みを持たせた記載をしているというように供述する。しかしながら、確かに「補助金をテーマの一つにしていること」との記載はあるものの、原告と読売アメリカ社との間の経理状況について申告漏れが指摘される可能性があるとの記載はどこにもなく、本件記事は前記のように申告漏れの内容としてはもっぱら原告の販売局と販売店等との補助金による裏金を内容とするもので、甲野が述べるような含みがあるとは言い難く、いずれにせよ、本件記事が原告の販売局と販売店等との補助金による裏金を指摘していることに変わりなく、これをもって被告の責任に違いが生ずることはないというべきである。
D その他、被告は、被告担当記者らが、データ原稿や、インタビュー聴取書などにあるように、国税局関係者、販売店関係者や原告の販売局の元幹部といった人物などを取材し、原告の販売局の裏金を認める言をとったとし、その他本件週刊誌以外の雑誌や、書籍、あるいはその執筆者の陳述書などを提出しているが、これらが原告あるいは販売店の経理状況等を客観的に示し、これを根拠に原告に裏金があるといえるような、不自然な金銭の流れがあることを示す帳簿、口座履歴などによって裏付けられているわけではなく、また、国税局関係者や原告の販売局の元幹部といった人物などを取材したとしても、その氏名を明らかにしていないから、これでは、被告担当記者らが、当該取材対象者を取材したのか、当該取材対象者が真に被告担当記者らのいう地位ないし身分にあったものなのか、あるいは当該取材対象者がデータ原稿等に記載したことを言っていたとしても、客観的な証拠がないことからして、それが真実なのか、単なる風評ではないのか判断することはできない。
 なお、被告が出版する雑誌「新漸45」で、新聞販売員に関するフィクションを執筆したことのある丙川竹夫(以下「丙川」という。)は、尋問において、本件@の適示にかかる裏金があり得るというように供述するが、本件記事掲載当時、被告からこれについて取材を受けたことはないというのであり、また、帳簿、口座履歴などの客観的な証拠によって裏付けられているわけでもないから、これをもって、本件@の摘示が真実であると被告が信じるにつき相当性があるとはいえない。
(ウ)以上からすれば、本件住の摘示については、真実であると認めることはできず、さらには被告において真実であると信じる相当性もないといわざるを得ない。
エ 本件Aの摘示について
 次に、本件Aの摘示の真実性ないし相当性について検討する。
(ア)被告は、本件Aの摘示の事項は真実であるか、そうでなくとも被告が真実であると信じるにつき相当性があると主張し、被告担当記者らが作成したデータ原稿、インタビュー聴取書や、販売店員の給与明細書、領収書、雑誌記事や書籍などを提出し、また、甲野、乙山や丙川は尋問においてこれを裏付ける根拠があるかのように供述している。そして、原告の販売局が、各地の販売店に対し、経営指導を行っていることは認められ、また、昭和五八年ころ、押し紙のような実態のない新聞販売が読売新聞に関して問題となったことがあることが窺える。
(イ)しかしながら、各証拠を検討しても、本件Aの摘示のように、本件記事掲載当時、原告が優越的地位を濫用して、販売店に達成できないようなノルマを課し、押し紙を負担させた上、これに耐えられない販売店を一方的に改廃しているまでの事実を認めることはできず、また、これが真実であると信じる相当性があるともいえないというべきである。すなわち、
@ 本件各証拠中には、原告の販売店の経営状態や、本件記事掲載当時に販売店が押し紙を購入していること、さらには、原告から販売局が新聞販売のノルマを課せられ、一方的に改廃にまで追い込まれていることを客観的に示す帳簿などの書証はない。
A また、甲野及び乙山は、尋問において、本件Aの摘示について取材し、関係者からこれを肯定する旨の言を得たと供述しているが、原告にノルマを達成していないとして、改廃されたという特定の販売店を発見し、これを取材したことがあるわけではなく、間接的に改廃された特定の販売店の話を当事者ではない者から聞いたことがあるというにとどまる。
B さらに、丙川は、法廷において、本件Aの摘示の事実が存在し、例として知人の一条なる人物の経営する松ノ木の店、あるいはつつじヶ丘の店があるというように供述するが、それは丙川自身が販売店の経営者として改廃を経験したわけではなく、例としてあげられるのもその二件であって、また、丙川の聞いた人物らの話が真実であったのか確知できる客観的な証拠はない。
C 被告は、販売店員の給与明細書などをもって、販売員が押し紙を負担し、ぎりぎりの生活をしていることが示されていること、多数の領収書を示して架空の新聞販売契約が結ばれていることが示されていることなどを主張するが、被告の提出する各証拠それ自体では、これが被告の主張どおりなのか確定できず、いずれにしろ、原告の販売局の販売店に対する関与が、販売店員のみならず、販売店を一方的に改廃に追い込むようなものであったのかを確定することもできない。
D その他、被告が提出する、データ原稿、インタビュー聴取書、雑誌記事や、書籍やその執筆者の陳述書についても、これらが別に客観的な資料等に裏付けられているならばともかく、これだけをもって本件Aの摘示が真実であると認めることはできず、また、真実であると信じるにつき相当性があるともいえず、さらに、被告は別件事件で販売店と原告との間で争われた事件についての判決書を提出するが、これによっても販売店が改廃に追い込まれたことを認定できるわけではなく、改廃に追い込まれていることを信じる相当性があるともいえない。
(ウ)したがって、本件Aの摘示についても、真実であると認めることはできず、真実であると信じることが相当であると認めることもできない。
オ 本件Bの摘示について
 次に、本件Bの摘示の前提事実の真実性ないし相当性について検討する。
(ア)本件Bの摘示という論評の前提事実である、原告の販売局には拡販のための補助金や報奨金名目の不明瞭な支出が多数あり、金銭の流れが複雑であることが認められるか、あるいはこれが真実であると信じる相当性があるかを考えるに、前記したように、本件@の摘示にかかる原告の販売局に販売店への補助金等を利用した裏金があることを認めるに足りる証拠はない。
(イ)また、これを真実と信じる相当性があるわけでもないのであって、その他、不明瞭な支出があることを裏付ける客観的な証拠が提出されているわけでもない。
(ウ)したがって、原告の販売局に不透明な金員の流れがあるとして、裏金を作りやすい土壌があり、原告の販売局が伏魔殿のようなところであるとの論評の前提事実につき、真実ないし真実と信じるについての相当性の立証があるとはいえず、論評としての相当性について検討するまでもなく、本件記事を掲載した被告の違法性ないし有責性は阻却されないというべきである。
カ 本件Cの摘示について
 次に、本件Cの摘示の前提事実の真実性ないし相当性について検討する。
(ア)本件Cの摘示の前提事実として、原告が脱税や申告漏れについて報道していることが真実であることは争いがない。問題は、原告が申告漏れをしていることが真実であるかである。
(イ)この点につき、前記したとおり、原告は、読売アメリカ社との間の経理処理に関して申告漏れを指摘され、追徴課税を受けているものである。
 しかしながら、前記したとおり、本件記事においては、かかる原告と読売アメリカ社間の経理処理に関する申告漏れについて摘示しているのではなく、原告の販売局が販売店から補助金の返還を内密に受けることにより裏金を作ったことによる申告漏れを摘示しているのである。
 本件Cの摘示の論評も、結局のところ、前提事実の申告漏れとしているのは、この原告の販売局が販売店から補助金の返還を内密に受けることなどにより裏金を作ったことについての申告漏れを指すものといわざるを得ず、結局、本件Cの摘示の前提事実については、真実ないし真実と信じる相当性があるとはいえないというべきである。
(ウ)したがって、本件Cの摘示の論評についても、前提事実につき、真実ないし真実と信じるについての相当性の立証があるとはいえず、論評としての相当性について検討するまでもなく、本件記事を掲載した被告の違法性ないし有責性は阻却されないというべきである。
キ 以上からすれば、本件@ないしCの摘示については、いずれも真実ないし真実と信じる相当性がないといわざるを得ず、原告の名誉毀損による不法行為責任の違法性ないし有責性が阻却されることはない。
(4)本件広告の真実性ないし真実と信じる相当性について
 前記したとおり、被告の販売局に裏金が存在するとの真実性の証明はなく、それが真実であると信じる相当性もないというべきことから、本件広告の、原告の販売局には裏金が存在し、これに国税局がその追求を開始したとの摘示についても、真実ないし真実と信じる相当性があるとして違法性ないし有責性が阻却されることはない。
(5)被告は、原告が新聞社であって、被告と同じ言論機関であることからすれば、本件記事についての反論は、その発行する新聞において反論すべきであり、また、原告は、被告が訴訟において原告の追徴課税の事実を指摘してもこれについて認否しないなど、自らの釈明、反論の義務を放棄していることからして、本件訴えは権利の濫用というべき訴えであるというように主張するが、原告が新聞社であるからといって、名誉毀損につき、訴訟の提起に制約を受けるとはいえず、また、前記したとおり、原告が追徴課税を受けたことは事実であるが、これについて原告に被告の指摘に対する釈明ないし反論の義務が生じ、これに応じなければ本件訴えが権利の濫用になるとまではいえず、いずれにせよ、被告の主張は採用できない。
四 原告の被った損害の有無及びその額並びに名誉回復措置の要否
(1)原告の被った損害の有無及びその額について
 本件記事等が前記のとおり原告の名誉を毀損したものであることのほか、原告の社会的地位など、本件訴訟に現れた一切の事情を総合考慮すれば、本件記事等によって被った原告の精神的苦痛を慰謝するに足りる金員は、二〇〇万円をもって相当とするというべきである。
(2)原告の名誉回復措置の要否について
 原告は、本件記事等によって侵害された名誉を回復するためには、別紙のとおりの謝罪広告を掲載する必要があると主張して、慰謝料の請求のほか、謝罪広告の掲載も求めるが、本件訴訟に現れた一切の事情を総合考慮しても、慰謝料の支払のほか、さらに謝罪広告の掲載まで必要であると認めることはできない。
五 よって、原告の本訴請求は、被告に対し、二〇〇万円及びこれに対する本件記事等が掲載された日の後の日であることが明らかな平成一五年一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求を失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所第四四民事部
 裁判官 脇由紀
 裁判官 大島崇史
 裁判長裁判官 滝澤孝臣は、転補のため、署名捺印することができない。
裁判官 脇由紀


別紙 当事者の主張一覧 <略>
別紙 謝罪広告内容 <略>
別紙 記事 <略>
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