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【事件名】離婚女性の名誉毀損事件(3)
【年月日】平成16年11月25日
 最高裁(一小) 平成13年(オ)第1513号、平成13年(受)第1508号 訂正放送等請求事件
 (原審・東京高裁平成11年(ネ)第502号)

判決


主文
 原判決主文第一項2を破棄する。
 前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。
 上告人のその余の上告を棄却する。
 訴訟の総費用は、これを4分し、その1を上告人の、その余を被上告人の負担とする。

理由
 上告代理人米倉偉之ほかの上告受理申立て理由第4の2について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人とAの離婚に至る経緯
ア 被上告人は、昭和47年10月、Aと婚姻し、長男(昭和49年2月生)と長女(昭和52年2月生)をもうけた。被上告人とAとの婚姻関係は、昭和54年7月ころ以降、Aが、転勤についての不満から家族に当たり散らし、飲み歩く等の身勝手な生活を続ける一方、被上告人が話合いを求めてもまともに取り合わないばかりか、被上告人への嫌がらせを繰り返したことから次第に険悪となり、被上告人は、昭和62年3月、Aに対し、理由を挙げて離婚したい旨を伝えた。
イ しかし、Aは、その後も態度を改めず、昭和63年7月ころ以降は、被上告人とAとの間に会話がなくなり、用件は互いにメモで済ませるようになった。Aは、自ら希望して同年8月から平成2年7月まで単身赴任をして週末だけ帰宅するようになり、単身赴任が終わった後も、両者の家庭内別居の状態が続いた。
ウ 被上告人は、この間の平成元年12月ころ、離婚を決意し、Aに対し、今後は第三者を交えての離婚の方向での話しか受け付けない旨申し入れたが、その後に親族を交えて相談してもAはまともに話に応じようとしなかった。Aは、平成3年7月には被上告人に対し離婚を決意した旨の意思を表明し、同年11月には財産関係の書類を自宅から持ち出して離婚に備えた。
エ 被上告人は、平成4年3月、離婚調停の申立てをし、Aとの同居継続を望んだ長男を残して長女と共にアパートに転居し、平成5年2月、Aと調停離婚した。
(2) 本件放送とその概要
ア 上告人は、平成8年6月8日(土曜日)午前8時35分から、NHK総合テレビジョン番組「生活ほっとモーニング」において、「妻からの離縁状・突然の別れに戸惑う夫たち」と題する放送(以下「本件放送」という。)をした。本件放送は、中高年になってから離婚を経験した男女各2名が登場して同人らの発言や挿入されたナレーションによって各人の離婚の事例を紹介する事前収録部分と、司会のアナウンサー2名とゲスト3名とが事前収録部分を見て感想や意見を述べ、離婚に関連した議論を行うスタジオからの放送部分とにより構成されている。
イ Aは、事前収録部分に出演し、被上告人との離婚の経緯について語ったが、50代の男性で大手企業の管理職と紹介され、その氏名や具体的職場は紹介されなかったものの、本件放送では、A及びその長男の顔はぼかしをかけずに放映された。
ウ 本件放送は、第1審判決別紙三記載のとおりの放送を内容とするものであり、ナレーションとこれに続くAの発言部分により、@Aは、結婚21年目に突然妻から離婚を要求されて離婚したが、離婚から4年を経過しても、妻がなぜ突然離婚を要求したのか理由が分からず、戸惑っていること、AAの妻は、Aに対して突然離婚を切り出し、一方的に家を出て行ったこと、BAの妻は、Aが仕事の都合で帰宅時間が深夜になることが増え始めたことに理解を示さずにいら立ちを募らせ、Aの行動に一々細かい注文をつけるようになり、Aと食事を共にすること等を避けるようになったこと、CAの妻は、あらかじめ離婚の決意を固めて準備を整えた上で、ささいな離婚理由を挙げて離婚を迫り、Aは、妻の挙げる離婚理由を理解できないまま、離婚に応じさせられたことなどの事項を放送するものであった。
2 被上告人は、上告人に対し、本件放送によりAとその妻であった被上告人との離婚の経緯や離婚原因に関する真実でない事項の放送がされたことによって、被上告人の名誉が毀損され、プライバシーを侵害されたと主張して、民法709条、710条に基づく慰謝料等の支払、同法723条に基づく謝罪放送及び放送法(以下「法」という。)4条1項に基づく訂正放送を求めている。
 なお、被上告人の上記請求のうち、民法723条に基づく謝罪放送を求める部分については、原判決において請求を棄却すべきものとされ、これに対して被上告人から不服申立てがされていないので、上記部分は、当審における審理判断の対象とはなっていない。
3 原審は、被上告人の損害賠償請求を一部認容するとともに、訂正放送請求を認容した。原審の判断中訂正放送請求に関する部分は、次のとおりである。
(1) 本件放送で放送された上記1(2)ウ@からCまでの各事項は真実ではない。
 本件放送ではA及びその長男の顔はぼかしをかけずに放映されたのであるから、これが被上告人の夫又は息子であることを知る者が通常の注意力をもって本件放送を見ていれば、容易に本件放送が被上告人とその夫との離婚問題を取り上げていることに気付くものと認められ、本件放送は、被上告人のプライバシーを侵害したものというべきである。また、本件放送は、被上告人が夫であるAに対する思いやりのない、自己中心的で人間性に欠ける女性であるとの印象を与えるものということができるので、被上告人の名誉を毀損したものということができる。
(2) 法4条1項の規定は、放送事業者の放送により権利を侵害された者は、私法上の権利として、その放送のあった日から3か月以内にその放送事業者に対して訂正放送を求めることができることを規定したものと解するのが相当であり、放送事業者が請求を受けても訂正放送に応じない場合には、裁判によりその実現を求めることができるというべきである。
 被上告人は、本件放送のされた日から3か月以内に訂正放送の請求をしているから、上告人は、被上告人に対し、本件放送をした放送設備と同等の放送設備により、相当の方法で、前記1(2)ウ@からCまでの各事項が真実でなかったことを明らかにする内容の訂正放送をする義務がある。その方法は、NHK総合テレビジョン番組「生活ほっとモーニング」の土曜日の放送時間帯等において、原判決別紙記載の文章を2回繰り返して読み上げる方法で行うのが相当であり、法4条1項、56条の趣旨等にかんがみて、この訂正放送は、判決確定の日から1週間以内に行うべきである。
4 しかしながら、原審の上記3(2)の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 法4条は、放送事業者が真実でない事項の放送をしたという理由によって、その放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接関係人(以下「被害者」と総称する。)から、放送のあった日から3か月以内に請求があったときは、放送事業者は、遅滞なくその放送をした事項が真実でないかどうかを調査して、その真実でないことが判明したときは、判明した日から2日以内に、その放送をした放送設備と同等の放送設備により、相当の方法で、訂正又は取消しの放送(以下「訂正放送等」と総称する。)をしなければならないとし(1項)、放送事業者がその放送について真実でない事項を発見したときも、上記と同様の訂正放送等をしなければならないと定めている(2項)。そして、法56条1項は、法4条1項の規定に違反した場合の罰則を定めている。
 このように、法4条1項は、真実でない事項の放送について被害者から請求があった場合に、放送事業者に対して訂正放送等を義務付けるものであるが、この請求や義務の性質については、法の全体的な枠組みと趣旨を踏まえて解釈する必要がある。憲法21条が規定する表現の自由の保障の下において、法1条は、「放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること」(1号)、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」(2号)、「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」(3号)という三つの原則に従って、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを法の目的とすると規定しており、法2条以下の規定は、この三つの原則を具体化したものということができる。法3条は、上記の表現の自由及び放送の自律性の保障の理念を具体化し、「放送番組は、法律に定める権限に基く場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」として、放送番組編集の自由を規定している。すなわち、別に法律で定める権限に基づく場合でなければ、他からの放送番組編集への関与は許されないのである。法4条1項も、これらの規定を受けたものであって、上記の放送の自律性の保障の理念を踏まえた上で、上記の真実性の保障の理念を具体化するための規定であると解される。そして、このことに加え、法4条1項自体をみても、放送をした事項が真実でないことが放送事業者に判明したときに訂正放送等を行うことを義務付けているだけであって、訂正放送等に関する裁判所の関与を規定していないこと、同項所定の義務違反について罰則が定められていること等を併せ考えると、同項は、真実でない事項の放送がされた場合において、放送内容の真実性の保障及び他からの干渉を排除することによる表現の自由の確保の観点から、放送事業者に対し、自律的に訂正放送等を行うことを国民全体に対する公法上の義務として定めたものであって、被害者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨の規定ではないと解するのが相当である。前記のとおり、法4条1項は被害者からの訂正放送等の請求について規定しているが、同条2項の規定内容を併せ考えると、これは、同請求を、放送事業者が当該放送の真実性に関する調査及び訂正放送等を行うための端緒と位置付けているものと解するのが相当であって、これをもって、上記の私法上の請求権の根拠と解することはできない。
 したがって、被害者は、放送事業者に対し、法4条1項の規定に基づく訂正放送等を求める私法上の権利を有しないというべきである。
5 以上によれば、法4条1項に基づく訂正放送を命じた原審の前記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、上告理由について判断するまでもなく、原判決主文第一項2は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、被上告人の訂正放送請求を棄却した第1審判決は結論において正当であるから、同項2に係る部分につき、被上告人の控訴を棄却すべきである。
 なお、被上告人の損害賠償請求に関する上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので、上告を棄却することとする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷
 裁判長裁判官 才口千晴
 裁判官 横尾和子
 裁判官 甲斐中辰夫
 裁判官 泉コ治
 裁判官 島田仁郎
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