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【事件名】研究論文の類似事件
【年月日】平成16年11月4日
 大阪地裁 平成15年(ワ)第6252号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成16年7月29日)

判決
原告 P1
訴訟代理人弁護士 豊田幸宏
被告 P2
訴訟代理人弁護士 橋本長平
訴訟復代理人弁護士 小林千春


主文
 原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、「Bioorganic & Medicinal Chemistry」誌に掲載された別紙(2)の論文について、同論文が原告の著作である別紙(1)の論文の研究成果に依拠しているものであることを同誌に通知せよ。
2 被告は、原告に対し、550万円及びこれに対する平成15年6月29日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告外数名がその名義で発表した論文が、原告が作成した論文に依拠するものでありながら、執筆者として原告の氏名が表示されておらず、また、論文中で原告が作成した論文の成果を前提としたものであることも指摘しなかったと主張し、このような論文を発表したことが、著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害にあたるとして、損害の賠償とともに、著作権法115条に基づき、著作者であることを確保し、著作者の名誉及び声望を回復するための措置を請求した事案である。
1 前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。)
(1) 当事者等
 原告は、中華人民共和国籍を有し、同国において大学を卒業し、大学院の課程を修了して修士の学位を得た後、平成9年2月に来日し、同年3月に京都薬科大学に研修員として入学し、同大学生薬学教室(以下「生薬学教室」という。)に在籍した。原告は、平成11年4月にオーストラリアの大学に職を得て、日本を離れた(甲18、原告本人)。
 被告は、平成2年12月に京都薬科大学教授に就任し、生薬学教室の責任者を務めている(被告本人)。
 P3は、平成8年4月に京都薬科大学助教授に就任し、生薬学教室に所属している(証人P3)。
 なお、原告が研修員として在籍していた間の指導教員は、平成9年3月から平成10年3月までは被告であり、平成10年4月以降はP3であった(乙1、20)。
(2) 原告論文の作成
 原告は、平成10年から、生薬学教室において、P3の指導の下、インド人参の成分の薬理学的研究(以下「本件研究」という。)に関与した。
 原告は、平成10年12月末までに、本件研究における実験結果を基にして、別紙(1)の論文(以下「原告論文」という。)を作成した(甲1、原告本人)。
(3) 被告論文の雑誌掲載
 被告及びP3は、平成12年11月ころまでに、インド人参の成分の化学的研究及び薬理学的研究(このうち薬理学的研究が本件研究である。)の成果として、別紙(2)の論文(以下「被告論文」という。)を作成し、これを「Bioorganic & Medicinal Chemistry」誌(以下「本件雑誌」という。)に投稿し、これが同誌の2001年9月号に掲載された。被告論文の執筆者としては、P3、P4、P5及び被告の4名がこの順で掲げられており、原告の氏名は掲げられていない(甲2、乙16の5、乙17の3、乙22、被告本人)。
2 争点
(1) 被告が、原告論文について原告が有する著作者人格権を侵害したか。
〔原告の主張〕
ア 原告論文は著作物である。
 本件研究は、P3が、平成10年4月、原告に、インド人参のモルヒネの耐性と依存性に対する効果を研究したいとして、動物実験の計画立案と実行を依頼したのを受け、原告が、同年5月から文献調査を行い、実験計画を立案し、P3から渡されたウィタフェリンA及びWS−4を用いて同年8月から同年10月までにかけて実験を行い、そのころまでに実験をほぼ完了し、データの整理を始めたものであって、そのころから生薬学教室の学生を指導したことはあっても、被告が主張するように原告が生薬学教室の学生の実験の手伝いをしていたものではなく、実験の具体的内容についてP3の指導を受けたこともなかった。
 以上のような実験を経て得られた知見は、原告が得た知見であって、原告論文はこれを著したものである。
 また、原告論文は、原告が作成したものであり、英文表現においてP3の指導を受けたこともなく、P3から文献を与えられたこともない。
 以上のような経過によって作成された原告論文が、著作物であることは当然である。
イ 被告論文は原告論文の複製ないし翻案である。
 原告は、原告論文を、平成11年1月に、P3に提出した。
 ところで、被告論文は、薬理学の部分と化学の部分が一体として作成されたものである。そして、被告論文の薬理学的部分は、多くの点で原告論文に依拠して作成されたものである。被告論文が、表現において原告論文と異なっていても、学問的結論部分は同一であり、その根拠となる実験データも原告論文に依拠しているのであるから、原告論文がなければ被告論文の薬理学的部分は成り立ち得なかったものである。すなわち、被告論文の薬理学的部分は、本件研究において、原告が主体的に行った実験とそのデータの集積、分析、これから得た科学的知見を援用したものである。
 しかも、被告論文は、原告論文の結論部分をそのまま自己の論文の結論として取り入れるとともに、多くの点で原告論文の表現と全く同じかきわめて類似した表現を使用しており、原告論文を無断使用しているというべきものである。その類似点は、別紙A「類似点についての原告の主張」記載のとおりである。
 本件研究のように、複数の研究者で共同研究した場合の研究成果については、個々の研究者がその役割に応じて、当然に共同研究者、論文発表に際しては共同執筆者としての地位が与えられるべきである。本件研究において原告が果たした役割に照らせば、被告論文において、原告は共同執筆者としての地位が与えられるべきである。
 それにもかかわらず、被告が、原告の了解を得ずに、無断で、かつ、執筆者名から原告の氏名を省くなどの形式をもって、原告が到達した科学的知見を被告自らが到達した知見であるとして被告論文を作成し、発表したことは、原告の著作者人格権としての氏名表示権及び同一性保持権を侵害したものである。
 なお、原告論文は、科学分野の論文である。実験分野の論文では、実験等によって得られた科学的知見自体が表現されるとともに、当該知見の正当性を裏付け、さらに検証に耐えるためにも、当該知見が得られるに至った経過について論理的に正確な表現をすることが必要である。その意味において、表現自体の類似性も重要であるが、何よりもその表現によって裏付けられている論理の過程そのものがより重要な要素である。したがって、原告論文を換骨奪胎した被告論文について、表現上の相違によって著作者人格権を侵害していないということはできない。
 本件においても、原告がその研究成果から原告論文を作成し、その中に原告が得た知見を発表しているにもかかわらず、被告がその知見を無断借用して被告論文を作成させ、その知見を得るについての貢献者かつ功労者である原告を被告論文の執筆者として記載せず、著作者としての地位を認めなかった点が問題なのである。
〔被告の主張〕
ア 原告論文は著作物ではない。
 京都薬科大学において、原告の身分であった研修員とは、研究を行う者としては位置づけられておらず、生薬学教室においても、研究のアシスタントと位置づけており、原告についても同様であった。
 したがって、原告が、生薬学教室の他の研究者の手伝いをしたことはあるが、自ら研究に従事したことはない。本件研究についても同様である。
 本件研究は、P3が、平成10年10月に生薬学教室の学生に実験を指示し、原告がこれを手伝っていたものである。P3は、原告に対し、上記実験の結果を整理するよう指示したところ、原告は、原告論文に類似したレポートを作成し、平成11年1月にP3に提出した。ただし、このレポートは内容自体、不十分で問題のあるものであった。しかも、その英文表現はP3の指導の下で作成されたものであり、P3から与えられた文献の文章をそのまま記載した表現や、一般の論文によく用いられる表現であって、原告の著作物といえるものではない。
 また、原告論文は、P3指導の下、原告がアシスタントをした生薬学教室の学生による実験の結果についての教室内レポートにすぎず、原告が独自に発案、実験したものではないから、著作物といえるものではない。
 しかも、原告論文は、その内容をなす実験結果において信頼性に欠けるものであり、そのような実験結果に基づいて知見が記載されていても、その知見には何らの裏付けも存在しないことになる。したがって、原告論文は、薬理論文としての価値がなく、創作性がないものであるから、著作物たり得ない。
 加えて、原告論文に記載された知見は、被告及びP3らによって得られた知見であって、原告独自のものではない。したがって、この点においても、原告論文には創作性がないものであるから、著作物たり得ない。
 以上のように、原告論文は著作物といえるものではないから、これについて原告が著作者人格権を有することもない。   
イ 被告論文は原告論文の複製でも翻案でもない。
 原告は原告論文と被告論文の類似点として上記〔原告の主張〕のとおり主張するが、その主張は双方の論文の邦訳文を比較しているところ、その邦訳自体に不正確な点がある上、そもそも双方の論文は原文が英文なのであるから、原文同士を比較すべきものである。原告が主張する箇所についての原文と被告の主張は、別紙B「類似点についての被告の主張」記載のとおりであって、一般によく使われる文章であったり、表現が異なっている。
 原告は、平成11年1月に、後述のレポートをP3に提出したことがある。このレポートは、原告論文と類似しているが、細部において異なる点がある。
 ところで、被告論文は基本的に化学論文であるが、薬理学的部分も確かに存在する。この薬理学的部分は、本件研究において、P3の指導下で生薬学教室の学生が行った実験の結果の中で、P3と生薬学教室の他の学生が追実験をして確認された結果を記載したものである。この実験結果は、生薬学教室の学生が作成した実験ノートに記載されているのであり、被告論文の作成にあたっても、依拠した資料は上記実験ノートであって原告論文ではない。そもそも、被告は原告論文を知らなかったのであるから、これに依拠することができるはずがない。
 原告が作成し、P3に提出されたレポートは、P3の指導下で作成されたものであり、被告論文も、P3が作成した後に被告が修正したものであるから、その一部の表現が類似することは当然であるが、全体としては類似していない。また、用いられているデータについても、原告論文のものは、P3の指導下で、原告が手伝って生薬学教室の学生が行った実験の結果であり、被告論文のものは、その実験結果の中で、P3と生薬学教室の他の学生が追実験をして確認された結果であるから、同一のものが含まれるのは当然である。
 なお、被告論文の執筆者名に原告の氏名を加えなかったのは、原告に本件研究への寄与がなかったからである。
(2) 著作権法115条に基づく措置の要否及び損害額
〔原告の主張〕
ア 自然科学研究者である原告にとって、研究者としての実力及び実績が正しく評価されることが、今後の継続的な研究者生活を確保するために必要である。
 したがって、被告論文が掲載された本件雑誌に対し、被告論文が原告論文に依拠していること、原告が原告論文の著作者であることが公に明らかにされることが、原告にとって、著作者であることを確保し、著作者としての名誉及び声望を回復するために不可欠なことである。
 よって、原告は、著作権法115条に基づき、請求の趣旨1項記載の措置を請求する。
イ 被告による原告の著作者人格権の侵害によって、原告は自己の研究者としての実績や能力を否定され、多大な精神的損害を被った。
 原告が被った精神的損害は500万円を下らない。
 また、原告は本件訴訟の提起及び遂行を弁護士である原告代理人に委任したころ、これにより要した費用のうち50万円は被告が負担するのが相当である。
〔被告の主張〕
 否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(著作者人格権の侵害)について
(1) 自然科学に関する論文と著作物性について
 著作権法において、著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(2条1項1号)とされている。すなわち、著作権法が保護する対象は、思想又は感情の創作的な表現それ自体であって、思想、感情もしくはアイデア、事実もしくは事件など表現それ自体でないもの又は表現上の創作性がない表現は、著作権法が保護するものではないと解するのが相当である(最高裁判所第1小法廷平成13年6月28日判決・民集55巻4号837号参照)。
 したがって、論文に同一の自然科学上の知見が記載されているとしても、自然科学上の知見それ自体は表現ではないから、同じ知見が記載されていることをもって著作権の侵害とすることはできない。また、同じ自然科学上の知見を説明しようとすれば、普通は、説明しようとする内容が同じである以上、その表現も同一であるか、又は似通ったものとなってしまうのであって、内容が同じであるが故に表現が決まってしまうものは、創作性があるということはできない。
 もっとも、自然科学上の知見を記載した論文に一切創作性がないというものではなく、例えば、論文全体として、あるいは論文中のある程度まとまった文章で構成される段落について、論文全体として、あるいは論文中のある程度まとまった文章として捉えた上で、個々の文における表現に加え、論述の構成や文章の配列をも合わせて見たときに作成者の個性が現れている場合には、その単位全体の表現として創作的なものということができるから、その限りで著作物性を認めることはあり得るところである。
(2) 著作者人格権侵害か否かを判断するに当たっての原被告論文の比較方法
 前記(1)のとおり、著作権法によって保護されるのは、思想又は感情の創作的な表現であり、思想でもアイデアでも事実でもない。したがって、学術研究における実験の結果やそこから得られた知見といった、学術研究の成果そのものは、著作権法による保護の対象とはならないものである(勿論、学術研究の成果を他者が盗用し、自らのものとして発表するような行為は、それ自体、一般の不法行為となり得る場合もあるであろうけれども、著作権法が保護するのは表現自体であるから、表現そのものを盗用しない限り、著作権法上の権利を侵害するものとはならない。)。
 したがって、被告が被告論文を作成し、発表したことが、原告論文についての原告の著作者人格権としての氏名表示権及び同一性保持権を侵害したものであるか否かを判断するためには、原告論文と被告論文の表現を比較すべきものであって、そこに記載されている研究の過程や成果についての内容を比較すべきものではない。
 以上の点に関し、原告は、複数の研究者で共同研究した場合の研究成果について、個々の研究者がその役割に応じて、論文発表に際しては当然に共同執筆者としての地位が与えられるべきであり、その氏名を表示しないことは著作者人格権としての氏名表示権を侵害するものであるとか、実験分野の論文では、何よりもその表現によって裏付けられている論理の過程そのものがより重要な要素であるから、表現上の相違があるからといって著作者人格権を侵害していないとはいえないなどと主張するが、上述したところに照らして到底採用の限りでない。
(3) 原被告論文の比較
 上記(2)で判示したところに照らし、被告が被告論文を作成し、発表したことが、原告の原告論文についての著作者人格権としての氏名表示権及び同一性保持権を侵害したものであるか否かについて検討する。
 なお、原告論文及び被告論文はいずれも英文の論文であり、比較すべきは上記のとおり記載内容ではなく表現それ自体であるから、その比較は原文である英文で行う必要があることは勿論である。
 そこで、上で述べたところを前提として、両論文の類似点として原告が主張するところに即して、具体的に両者の比較を行うこととする。
 原告が両論文が類似している点として主張するもののうち、別紙A「類似点についての原告の主張」(1)@ないしM部分の両論文の原文(英文)は、それぞれ別紙C「原告主張(1)部分の原文」のとおりである(なお、これは別紙B「類似点についての被告の主張」記載のものと異なるが、これは同別紙に記載された両論文の引用が不正確なことによる。)。
 これらをそれぞれ比較すると、まず、@ないしC及びEないしM部分については、個々の部分の表現において両者間で類似する点もないではないものの、それは、その説明しようとする内容が同一ないし類似の自然科学上の知見や事実関係であるため、誰が書いても同一又は類似する表現になってしまうようなものであって、原告論文中の当該部分について表現における創作性を認めることはできない。そして、その前後を含めた文章として比較すれば、その文章表現や論述の構成は明らかに異なっており、両者が類似しているということはできない。したがって、これらについては、被告論文が原告論文を複製ないし翻案したものとすることはできない。
 Dについては、表現は類似しているということもできるが、両者の記述しようとしていることは、「最近、摘出平滑筋が耐性やその発生の検定に有用とされてきている」という客観的な事実関係であり、これを記述しようとすると、誰が書いても同一又は類似する表現になってしまうようなものであって、原告論文も通常とは異なった表現を用いたものとも認められないから、原告論文の当該部分について表現における創作性を認めることはできない。したがって、これについても、被告論文が原告論文を複製ないし翻案したものとすることはできない。また、両者におけるDを含む段落全体を引用すると、それぞれ別紙D「Dを含む段落全体の原文」のとおりであって、両者を比較すると、その全体としての表現としても、段落内の構成としても、両者が類似しているといえないことは明らかである。したがって、Dを含んだ段落について検討した場合には、被告論文が原告論文に類似したものということはできない。
 また、原告が両論文が類似している点として主張するもののうち、別紙A「類似点についての原告の主張」(2)(被告論文の表2)は、原告の主張によっても、そこに記されているデータの数値が同一又は近似しているというだけで、原告論文における表1及び2に記載されている数値が被告論文における表2に記載されているという時点で既に表現を異にするというべきであって、到底これらが類似するということはできない。
 さらに、被告論文と原告論文を全体としてみても、両論文が表現において類似するとすることはできない。
(4) 小括
 以上のとおりであるから、被告論文が原告論文を複製しているとも、翻案しているとも認めることはできない。
 したがって、被告による、原告論文についての原告の著作者人格権侵害はこれを認めることができない。
2 なお、本件における両当事者の主張立証態様に鑑み付言する。
(1) 原告は、本件研究について、P3が、平成10年4月、原告に、インド人参のモルヒネの耐性と依存性に対する効果を研究したいとして、動物実験の計画立案と実行を依頼したのを受け、原告が、自ら主体的に同年5月から文献調査を行い、実験計画を立案し、P3から渡されたウィタフェリンA及びWS−4を用いて同年8月から同年10月までにかけて実験を行い、そのころまでに実験をほぼ完了し、データの整理を始め、その分析を経て、原告独自に、原告論文に記載した知見を得て、これを論文として作成し、P3に提出したものであると主張する。そして、原告は、これに沿う証拠として、甲第6ないし第9号証(原告作成の実験ノート及び実験記録)、第18号証(原告作成の陳述書)を提出し、原告本人尋問においてもこれに沿う供述をする。その上で、原告は、被告論文の薬理学的部分は、原告がP3に提出した原告論文に依拠したものであると主張する。
 これに対し、被告は、本件研究は、生薬学教室においてP3が中心となって進めたものであり、その実験も、前半は、P3が生薬学教室の学生に指示して行わせ、原告がこれを補助していたもので、後半は、平成11年9月まで、P3と生薬学教室の別の学生が行ったものであって、原告の寄与は乏しいと主張する。その上で、被告は、被告論文の薬理学的部分は、本件研究に基づいて作成されたもので、原告論文に依拠するところはないと主張する。そして、被告は、これに沿う証拠として、乙第1号証(京都薬科大学の「『博士学位授与申請資格に係る研究歴について』の申し合わせ事項の一部改正について(案)」等)、第9号証(被告作成の生薬学教室の学生についての特別実習課題名並びに合否判定表)、第12及び第13号証(生薬学教室の学生作成の実験ノート)、第22号証(被告作成の陳述書)、第23号証(P3作成の陳述書)を提出し、P3及び被告もそれぞれ証人尋問及び被告本人尋問においてこれに沿う供述をする。
(2) そこで検討するに、前記1(2)のとおり、原告論文は、モルモットの回腸を用いた、ウィタフェリンAとWS−4のクロニジン耐性の発生等に関する実験とそこから得られた知見等について記されたものであると認められるところ、原告の主張によれば、平成10年5月から文献調査を行って実験計画を立案し、同年8月から同年10月までにかけてその実験を行い、そのころに実験はほぼ終了したというものである。そして、原告は、原告本人尋問において、同年9月ころにP3からウィタフェリンA及びWS−4を渡されたと供述する。確かに、原告作成の実験ノート及び実験記録である甲第6ないし第9号証には、平成10年5月以降、インド人参とモルヒネ耐性ないしクロニジン耐性との関係に関わる記述があることが認められる。しかしながら、上記甲第6ないし第9号証に、ウィタフェリンA及びWS−4の記述が現れるのは、平成10年10月以降であり、これ以前にはウィタフェリンA及びWS−4の記述は存在しないことに照らせば、原告がウィタフェリンA及びWS−4を用いた実験を開始したのは平成10年10月であると認められ、この認定を左右する証拠は存在しない。したがって、上記認定と異なる原告主張の事実は認めることができない。
 一方、被告は、ウィタフェリンA及びWS−4とクロニジン耐性との関係についての実験は、原告が関与しなくなった後も、平成11年9月まで行われたと主張する。そして、被告及びP3は、それぞれ被告本人尋問及び証人尋問においてこれに沿う供述をし、両名の陳述書である乙第22、第23号証にも同旨の記述がある。さらに、生薬学教室の学生が作成した実験ノートである乙第13号証には、平成10年10月以降、インド人参ないしウィタフェリンA及びWS−4とクロニジン耐性との関係に関わる記述があることが認められ、この記述は原告論文が作成された平成10年12月を超え、平成11年9月ころまで存在していることが認められる。これらの証拠に照らせば、生薬学教室においては、P3の指導の下、ウィタフェリンA及びWS−4とクロニジン耐性との関係についての実験は、平成11年9月まで継続して行われていたと認めることができる。
(3) 以上のとおり認められる事実に照らせば、本件研究における実験は、原告が関与した実験によってほぼ完結したというものではなく、その後も生薬学教室において継続された実験も含めて、初めて研究としての一応の結論を導くに足りるものとなったと推認することができる。したがって、本件研究における原告の役割は、P3の指導の下、生薬学教室で行われたインド人参ないしウィタフェリンA及びWS−4とクロニジン耐性との関係についての実験において、その作業の一部に従事することであったと推認するのが相当である。
 したがって、原告が、その作業に従事していた実験の結果から一定の知見を得ることがあったとしても、それは、原告が主体的に行った研究によって原告が得た知見として、あるいは、完成した研究の結果得られた知見として評価すべきものではなく、むしろ、原告も関与していた研究の途中で得られた仮説であるというべきである。
 よって、被告論文の薬理学的部分の内容も、原告論文に依拠したものであるとは認めることができない。
3 結論
 以上のとおりであるから、原告の請求はいずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 山田知司
 裁判官 中平健
 裁判官 守山修生
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