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【事件名】虫歯予防ガムの比較広告事件 【年月日】平成16年10月20日 東京地裁 平成15年(ワ)第15674号 広告差止等請求事件 (口頭弁論終結日 平成16年6月25日) 判決 原告 株式会社ロッテ 訴訟代理人弁護士 久保利英明 同 上山浩 同 山田秀雄 同 菅谷貴子 同 舟山聡 同 河合弘之 同 木下直樹 同 泊昌之 同 松村昌人 同 松尾慎祐 同 望月賢司 同 澤田繁夫 同 飯田秀郷 同 鈴木英之 被告 江崎グリコ株式会社 訴訟代理人弁護士 升永英俊 訴訟復代理人弁護士 江口雄一郎 同 土地順子 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は、原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、別紙第1目録記載の商品(以下「ポスカム」という。)を販売するに当たり、別紙第2目録記載の広告又は表示をしてはならない。 2 被告は、原告に対し、朝日新聞、讀賣新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞の全国版社会面に、幅6センチメートル2段の大きさで、見出し14級ゴシック、本文11級明朝体、被告名14級明朝体の写植植字を使用して、別紙第3目録記載の謝罪広告を各1回掲載せよ。 3 被告は、原告に対し、金10億円及びこれに対する平成15年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、原告が被告に対し、被告が「ポスカム」を販売するに当たって行った広告の中の別紙第2目録記載の表示(以下「本件比較表示」という。)が不正競争防止法2条1項13号所定の品質等誤認表示及び同14号所定の虚偽事実の陳述流布に当たるとして、不正競争防止法3条、4条及び7条に基づき、上記広告における本件比較表示の使用差止、謝罪広告及び損害賠償を求めた事案である。 1 争いのない事実等(争いのない事実以外は証拠を末尾に記載する。) (1) 当事者及び競争関係 原告は、菓子類、清涼飲料水等の製造・加工・販売等を目的とする株式会社であり、被告も、菓子・食料品の製造・売買等を目的とする株式会社である。 原告と被告は、いずれも、ガムを含む菓子等の食料品を販売しており、競争関係にある。 (2) 原告の販売商品 ア キシリトール入りガムの発売 原告は、天然素材甘味料キシリトールが平成9年4月に厚生省(当時)の食品添加物に指定されたのを受け、平成9年5月20日、国内初のキシリトール入り商品として「ロッテ キシリトールガム」を発売した。 原告は、「ロッテ キシリトールガム」を発売して以降、「キシリトールはロッテ」をキャッチフレーズに、各種キシリトール入りガムを継続して多数発売してきた。そして、平成12年10月3日より、「キシリトール・ガム+2」(以下「キシリトール+2」という。)の発売を開始した。 「キシリトール+2」は、虫歯の原因にならない天然素材甘味料キシリトールを55%以上配合し、さらに、キシリトールの他にフクロノリ抽出物(フノラン)及び第2リン酸カルシウム(リン酸−水素カルシウム)の2つをプラスして配合した商品である。「キシリトール+2」は、厚生労働省の特定保健用食品の表示の許可を取得している。 イ 原告が販売を継続しているキシリトール入りガム 原告は、現在、キシリトール入りガムの主力製品として、「キシリトール+2」を、以下のとおり販売している。 @キシリトールガム(粒)<ライムミント> 14粒 120円 Aキシリトールガム(粒)<フレッシュミント> 14粒 120円 Bキシリトールガム(粒)<ピンクミント> 14粒 120円 Cキシリトールガム(粒)<ライムミント> 3P 360円 Dキシリトールガム(粒)<フレッシュミント> 3P 360円 Eキシリトールガム(粒)<ピンクミント> 3P 360円 Fキシリトールガム ファミリーボトル<ライムミント> 800円 Gキシリトールガム ファミリーボトル<フレッシュミント> 800円 Hキシリトールガム ハンディボトル<ライムミント> 460円 Iキシリトールガム ハンディボトル<フレッシュミント> 460円 Jキシリトールガム(板)<クールハーブ> 8枚 120円 Kキシリトールガム(板)<ユーカリミント> 8枚 120円 Lキシリトールガム(板)<クールハーブ> 3P 360円 Mキシリトールガム(粒)<ライムミント> 5P 600円 Nキシリトールガム(粒)<フレッシュミント> 5P 600円 以上のように、原告は、平成9年5月20日、国内初のキシリトール入り商品である「ロッテ キシリトールガム」の販売開始以降、多種にわたるキシリトールガム商品の販売を継続してきた。 「キシリトール+2」には、「歯を丈夫で健康に保ちます」と大書されており、原告は、「キシリトール+2」をデンタルサポート食品として販売している。 (3) 被告の行った広告 ア 新聞広告 (ア) 被告は、平成15年5月20日より、関東、甲信越、静岡県において、「ポスカム」の発売を開始した。「ポスカム」は、歯の再石灰化促進を目的としてリン酸化オリゴ糖カルシウムを配合した粒状のガムである。 被告は、「ポスカム」に関し、東京都内外関東地区で配布された平成15年5月22日付け朝日新聞首都圏版夕刊3版最終面に、紙面3分の2のスペースを使用した大広告を掲載した。 (イ) 被告は、「ポスカム」について、この新聞広告において、 a「一般的なキシリトールガムに比べ 約5倍の再石灰化効果を実現。 ポスカムは、歯を丈夫で健康にします。」 と大きく表示し、 b「ヒト唾液浸漬法での一般的なキシリトールガムとの比較試験」との表題の下に、「ポスカム」<クリアドライ>と「一般的なキシリトールガム」との対比表を掲載し、 c「特許成分POs-Ca(リン酸化オリゴ糖カルシウム)を配合したポスカムは、歯の主成分であるリン酸とカルシウムを傷ついた歯に効率的に補給・浸透させることで、一般的なキシリトールガムの約5倍の再石灰化を実現しました。・・・口内を歯が再石灰化しやすい環境に整え、歯を丈夫で健康にする、ポスカム。」などと記載した。 その後も、複数回にわたり、讀賣新聞、産経新聞、毎日新聞、日本経済新聞、朝日新聞の夕刊最終面の紙面3分の2を使用し、あるいは、全面を使用して、同様の大広告を掲載した。 イ ホームページでの広告 被告は、自社ホームページ内の被告商品広告宣伝欄においても、平成15年5月20日以降、「ポスカム」について、「一般的なキシリトールガムの約5倍の再石灰化を実現しました。」との表示を継続的に行っている。 ウ 比較対象 被告は、上記広告において、被告商品の「ポスカム」を「一般的なキシリトールガム」と比較し、その「約5倍の再石灰化効果を実現」すると表示した(以下、本件比較表示を含む被告の広告を「本件比較広告」ということがある。)。 同比較広告における「一般的なキシリトールガム」とは、原告商品である「キシリトール+2」を指す。すなわち、上記広告における「一般的なキシリトールガムに比べ、約5倍の再石灰化効果を実現。」との表示(本件比較表示)は、被告商品の「ポスカム」が、原告商品の「キシリトール+2」と比較して、「約5倍の再石灰化効果を実現」することを意味する表示である。 (4) 原告の警告と被告の回答 ア 原告の警告 原告は、被告の新聞広告掲載前の平成15年5月13日、被告が「ポスカム」に関し、キシリトールガムの5倍の再石灰化効果があるとの広告・宣伝を開始するとの情報を入手したことから、被告に対し、そのような広告・宣伝は不当かつ違法であり、中止するよう警告した。 原告は、この警告書を送付するに当たり、東京歯科大学口腔超微構造学講座A教授(以下「A教授」という。)が行った「キシリトール・ガム+2<ピンクミント>」と「ポスカム」の再石灰化促進比較in vitro試験(試験管による試験)に基づく報告書(甲12 以下「ロッテ報告書」という。)によれば、原告の「キシリトール・ガム+2<ピンクミント>」が被告の「ポスカム」の約2倍の再石灰化効果があった旨の結果を具体的に指摘した。 イ 被告の回答 これに対し、被告は、平成15年5月16日付けで原告に対する回答書を送付した。 被告は、この回答書において、「ポスカムがキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果がある」という事実は、客観的に実証されたデータに基づくもので、誤りではないと主張した。すなわち、「ポスカムがキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果がある」ことは、日本糖質学会のオフィシャルジャーナルである学術誌である「Trends in Glycoscience and Glycotechnology」誌「Vol.15,No.82 March 2003」の75頁ないし89頁に掲載された論文(甲17 以下「TIGG論文」という。)の中で、「ポスカムと、フクロノリ抽出液及び第2リン酸カルシウムを含むキシリトールガムを実験比較し、4日間処理でキシリトールガムが5.9%の再石灰化率であるのに対し、「ポスカム」はその5.36倍の31.6%の再石灰化率である」旨の報告がされており、「ポスカムがキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果がある」ことは、客観的に実証されたデータに基づくものであり、誤りはないと主張した。 なお、TIGG論文における「フクロノリ抽出液及び第2リン酸カルシウムを含むキシリトールガム」とは、原告商品の「キシリトール+2」を指す。 ウ テレビ等での広告 被告は、同様の内容でテレビコマーシャルの準備を行っていた。原告は、平成15年5月14日付けで、株式会社東京放送、全国朝日放送株式会社、日本テレビ放送網株式会社などに対して、被告に送付した前記警告書をファクシミリ送信し、さらに、報道関係各会社に対して、「同年7月11日までに、被告の実施している本件比較広告の差止めと損害賠償を求める訴訟を提起する」趣旨の書面を交付した。このため、これらのテレビ局は、社団法人日本民間放送連盟の規定する日本民間放送連盟放送基準第100号に該当すると判断して、被告によるテレビ広告の放映を控えた。また、各新聞においても、被告による本件比較広告と同種の広告の掲載を控えている状況である(乙33、36、42)。 (5) TIGG論文の内容 ア TIGG論文は、「馬鈴薯澱粉由来リン酸化オリゴ糖の生産と応用」と題する、B、C外4名が発表した論文である。 その概要は、以下のとおりである。すなわち、要約文には「馬鈴薯澱粉の加水分解から、新しい機能性食品素材であるリン酸化オリゴ糖を開発した。このリン酸化オリゴ糖は2つの画分PO-1画分およびPO-2画分から構成されていた。・・・リン酸化オリゴ糖はカルシウムと水溶性の複合体を形成し、カルシウム-リン酸の沈殿形成を阻害する効果を有していた。また、その効果は、PO-2画分がPO-1画分よりも強かった。以上の結果をもとに両画分を含むリン酸化オリゴ糖の食品素材としての用途を開発した。まず、リン酸化オリゴ糖のカルシウム塩(POs-Ca)は、水溶性カルシウム供給のための食品素材として優れていることを明らかにした。う蝕予防の観点から、リン酸化オリゴ糖がう蝕原因細菌であるミュータンス連鎖球菌の栄養源にならず、本菌の産生する酸によるプラーク内のpHの低下も抑制する作用を有していることを明らかにした。さらに、POs-Caは初期う蝕を誘発したエナメル質や象牙質の再石灰化を効果的に促進する作用も有していることがわかった」と記載され、本論において、リン酸化オリゴ糖の開発経緯、組成物構造、カルシウム-リン酸沈殿形成阻害効果、歯エナメル質の再石灰化効果等に関する論述がされている。 イ リン酸化オリゴ糖の歯エナメル質の再石灰化効果については、「D リン酸化オリゴ糖のオーラルヘルスへの応用」(80頁以下)において、再石灰化効果に関するin vitroでの試験、すなわち、「D-1 リン酸化オリゴ糖のin vitroでの再石灰化促進効果」、「D-2-1 ヒト唾液浸漬試験」、「D-2-2 ヒト口腔内試験」、「D-2-3 市販ガムの再石灰化促進効果の評価」(以下、順に「D-1実験」、「D-2-1実験」などということがある。)などの試験結果が記載されている。 ウ TIGG論文において、「ポスカム」と「キシリトール+2」の再石灰化促進効果を比較した実験としては、D-2-3実験が紹介されている。 D-2-3実験は、市販されているPOs-Ca(+)ガム(ポスカム)、フクロノリ抽出溶液と第2リン酸カルシウムを含むキシリトールガム(製品A 「キシリトール+2」)及びその他の2種類のガムの再石灰化促進効果について、HSI試験法により評価したものである。 試験内容は、おおむね以下のとおりである。 @ 8名の健常な被験者(男性4名、女性4名、平均年齢30.6歳)を無作為に4群に分け、二重盲検のクロスオーバーによる効果確認試験を行った。 A 8名の被験者には、それぞれの2粒のガム咀嚼時の唾液をすべて採取した。採取時に、ガム咀嚼開始後10分の唾液(FS)と後半10分の唾液(LS)を分けて採取した。 B 脱灰したウシエナメル質歯(2本/組)をFS唾液に20分間、LS唾液に20分間37℃で浸漬した。浸漬処理後エナメル質歯を直ぐに脱イオン水で洗浄した。この操作は1日4回実施し、8日間繰り返した。 C エナメル質歯サンプル及び脱灰処理方法は定法に従って調整した。 D この結果、POs-Ca(+)ガム群の歯サンプルは、他の3群に比較して有意に低い脱灰深度ldになっていた(表1)。 E ポスカムガム群の再石灰化率(初期脱灰歯における平均ld値に対する処理後の平均ld値の減少率%)は、4日間処理及び8日間処理において、31.6%及び34.0%であり(図5)、製品Aの再石灰化率は、5.9%及び14.0%であった。 F 表1として、脱灰深度ldの値の比較表が、図5として、各ガム群の再石灰化率のグラフが掲載されている。 また、D-2-3実験においては、TMR(横断マイクロラジオグラフィー)法により再石灰化効果を評価している。TMRは、CMR(コンタクトマイクロラジオグラフィー:試料をフィルムに密着させて(コンタクトさせて)X線を照射することにより、微細構造が写されたX線写真(=マイクロラジオグラフ)を得る技術)の一種である。(乙76) (6) 本件比較表示の根拠 被告が本件比較広告において行った本件比較表示は、TIGG論文のD-2-3実験の結果に基づくものである。すなわち、D-2-3実験の結果によれば、脱灰深度ldの値により算定した再石灰化率が、4日間処理において、「ポスカム」は31.6%であり、「キシリトール+2」は5.9%であったことから、被告は、「ポスカム」の再石灰化効果が「キシリトール+2」の約5倍であると判断したものである。 2 争点 (1) 「ポスカム<クリアドライ>は、一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現」(本件比較表示)を含む広告宣伝を行うことは、不正競争防止法2条1項14号所定の虚偽事実の陳述流布に該当するか。 (2) 被告が行った「ポスカム<クリアドライ>は、一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現」(本件比較表示)は、同法2条1項13号の品質誤認表示に該当するか。 (3) 原告の損害額 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点(1)(虚偽事実の陳述流布に当たるか)について (原告の主張) 本件比較表示は、TIGG論文のみに基づいて行われたものである。ところで、以下に述べるとおり、TIGG論文の内容は、科学的妥当性を欠いている。 (1) TIGG論文の内容の不当性 ア 再石灰化率の評価方法の不当性 (ア) 再石灰化率の評価方法に関する国際学会の合意違反 TIGG論文のD-2-3実験は、脱灰深度ldのみに基づいて再石灰化率を算定しており、被告は、この実験結果に基づき、「約5倍の再石灰化効果」との比較広告を行っている。 しかし、脱灰−再石灰化現象の評価方法に関する国際学会の1992年における合意(甲21 以下「国際学会合意」という。)では、ミネラル喪失量ΔZ(vol%・μm)を主たるパラメータとして使用すべきことが定められており、脱灰深度ld(μm)はオプションとされているにすぎない。同学会は、歯科学の最も権威のある国際学会であり、この合意事項は、研究者らによって「国際基準」とみなされている。 したがって、D-2-3実験が脱灰深度ldのみに基づいて再石灰化率を算定した方法は、国際学会合意に反する特異な評価方法であって、科学的妥当性を欠いている。 (イ) 脱灰深度ldによる再石灰化効果の評価の不当性 ミネラル喪失量ΔZ(vol%・μm)は、脱灰によって健常歯から喪失したミネラルの量(溶解した結晶の量)を示す、適切なパラメータであり、再石灰化した後のミネラル喪失量をΔZrとし、再石灰化前(すなわち脱灰直後)のミネラル喪失量をΔZdとすると、その差「ΔZd−ΔZr」は、脱灰直後の状態から再石灰化によって回復(増加)したミネラル量を表すことになる。 再石灰化とは、脱灰により溶解(喪失)したミネラルが再び結晶化してエナメル質中に復元する現象であり、再石灰化効果が大きければ大きいほど、ミネラル回復量ΔZd−ΔZrの値が大きくなるから、再石灰化効果の評価指標としては、このミネラル回復量ΔZd−ΔZrの値、又は、これを100分率(%)で表現した再石灰化率(ミネラル回復率)が最も適切である。 これに対し、脱灰深度ldは、脱灰が生じている部分の深さを示すパラメータであるが、脱灰深度ld単独では再石灰化効果を適切に評価できない。再石灰化は、脱灰した部分の深層にのみ生じるのではなく、脱灰した部分の表層および中層においても生じるが、脱灰深度ldは、このような表層及び中層に生じる再石灰化効果とは無関係な指標であり、表層及び中層の再石灰化効果を測定することができないからである。 以上のような理由から、国際学会合意でも、ミネラル喪失量ΔZ(ミネラル回復率)を再石灰化効果の主たるパラメータとして定めており、脱灰深度ldはオプションとされているにすぎない。 したがって、再石灰化の評価パラメータとして脱灰深度ldのみを用いることは不適切である。 (ウ) 「ポスカム」と「キシリトール+2」との比較に、脱灰深度ldを用いることの不当性 「キシリトール+2」の再石灰化促進効果の特徴は、脱灰層の深層のみならず、表層及び中層を含む脱灰層全体で再石灰化が強く促進されることである。 これに対し、「ポスカム」は、脱灰層の深層を優先的に再石灰化するという特徴を有するとされており、仮に、そのとおりであるとすると、再石灰化効果の評価パラメータとして脱灰深度ldのみを使用することは、「ポスカム」に類型的に有利に働く。なぜなら、「キシリトール+2」が、脱灰層の深層以外の部分も強く再石灰化する効果を有していても、そのような効果は脱灰深度ldには反映されないのに対し、深層を優先的に再石灰化する「ポスカム」においては、ミネラル喪失量ΔZの変化がさほどでなくても脱灰深度ldの改善が認められやすくなるからである。 したがって、深層を優先的に再石灰化するという特徴を有している「ポスカム」と脱灰層全体の再石灰化を強く促進する「キシリトール+2」の比較評価に、脱灰深度ldのみを用いることは科学的に不当な結論を導くことになる。 (エ) 小括 したがって、脱灰深度ldにのみ基づいて「ポスカム」と「キシリトール+2」との再石灰化効果の比較評価を行うことは、科学的妥当性を欠く。 イ CMRの撮影条件の不当性 (ア) TIGG論文(D-2-3実験)のCMRの撮影条件は、次のとおりである。 管電圧 25 kV 管電流 25 mA 照射時間 24秒 フィルム Fuji photo film (イ) D-2-3実験のCMRを基に作成されたデジタル画像及び再現ミネラル濃度プロファイルは、一般的なものと大きく異なる特徴を示している。その原因は、CMRを撮影する際のX線強度及び使用したフィルムの解像度に起因すると考えられる。 すなわち、D-2-3実験の方法は、一般的なCMRに比してX線強度が強すぎ、フィルムの解像度が低い。そのため、感光体の解像度が高く、適正な管電圧で撮影されたCMR から得られたミネラル濃度プロファイルでは、表層の低石灰化部分も明瞭に現れ、グラフ自体もなめらかであるのに対し、D-2-3実験のCMRから得られたミネラル濃度プロファイルでは、表層の低石灰化部分は不明瞭で、グラフの凹凸が強く誤差も多くなっている。 そして、このような凹凸の強いグラフでは最表層の位置を正確に決定できず、脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZの値の信憑性は極めて低いものになる。 ウ 脱灰深度・ミネラル喪失量の計測方法の問題点 (ア) 歯片の外表面位置D0の正確な決定の重要性 脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZの測定に当たっては、歯片の外表面位置D0の正確な決定が不可欠である。なぜなら、脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZの値の決定に当たっては外表面位置D0が基準とされるからである。 (イ) D-2-3実験における歯片の外表面位置D0の決定方法 D-2-3実験では、脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZの計測方法としてC助教授らの論文J. Dent. Hlth. 47, 67-74 (1997)(乙60添付文献C)に記載されている方法(以下「Cらの計測方法」という。)を用い、歯片の外表面位置D0は、「ミネラル濃度が健全エナメル質の5%の位置」とみなされている。 (ウ) D-2-3実験の測定結果の誤り しかし、Cらの計測方法は、最表層付近に石灰化度の高い層が存在し、その部分から最表層へ向かってのミネラル濃度の減少が急峻であるCMRを対象として想定した計測方法であり、この方法を、表層付近に石灰化度が高い層が認められないCMRに用いることは、明らかに不合理な結果をもたらす。このようなCMRの場合には、ミネラル濃度5%の位置の近傍に歯片の実際の外表面位置D0があるとみなし得る根拠が全く存在しないからである。 D-2-3実験のデジタル画像では、すべて表層付近に再石灰化度が高くなった層が観察されていない。これは表層付近の歯質が崩壊しているか、X線強度が強すぎたために表層付近に存在したはずの低石灰化度の層が黒化(黒つぶれ)してしまい、CMRで観察できなかったことに起因している可能性が高い。 したがって、D-2-3実験のCMRから得られるミネラル濃度プロファイルについてCらの計測方法を用いて外表面位置D0を擬制し、脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZを測定することは、科学的妥当性を欠く。 (エ) 4日間処理の結果と8日間処理の結果の矛盾 D-2-3実験の再現ミネラル濃度プロファイル(乙89、90)中に記載された数値によれば、原告商品「キシリトール+2」の被験者8名中3名が、4日間処理よりも8日間処理の方が脱灰深度ldが悪化し、7名が、4日間処理よりも8日間処理の方がミネラル喪失量ΔZが悪化したことになる。このような結果は明らかに不合理であるが、このような不合理な結果が導かれた原因は、Cらが、表層付近に石灰化度が高い層が認められないCMRに対して、ミネラル濃度をメルクマールとして外表面位置D0を擬制する計測方法を採用したことに起因する。すなわち、ミネラル濃度5%の位置を外表面位置D0と擬制し、この位置が実際の外表面位置D0と大きく乖離しために、本来は脱灰深度ldもミネラル喪失量ΔZも、ともに8日間処理の方が4日間処理よりも改善しているにもかかわらず、逆に悪化しているという誤った評価を導く結果になったのである。 (オ) 「キシリトール+2」のミネラル喪失量ΔZが、マイナスの値を示した原因 一般的に、再石灰化現象においては、脱灰深度ldが改善すれば同時にミネラル喪失量ΔZも改善するはずである。しかし、D-2-3実験の再現ミネラル濃度プロファイルによれば、原告商品「キシリトール+2」の被験者8名中4名の被験者については、脱灰深度ldは8日間処理の方が改善しているが、ミネラル喪失量ΔZは 8日間処理の方が悪化しているという、逆転現象が生じている。 この原因も、D-2-3実験がミネラル濃度の5%の位置をメルクマールとして外表面位置D0を決定したため、実際の外表面位置D0と大きく乖離したことによると考えると、科学的に説明できる。 (カ) 小括 以上のとおり、D-2-3実験結果では、脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZの計測の基準となる外表面位置D0を決定するに際して、Cらには誤りがあった。 D-2-3実験で使用された歯片はすべて廃棄されているので、D-2-3実験で外表面位置D0とされた位置が実際の歯片の外表面位置と一致していたかどうかを事後的に検証することはできない。しかし、D-2-3実験にCらの計測方法を適用したことが問題なかったこと、すなわちD-2-3実験で得られた脱灰深度ld・ミネラル喪失量ΔZが科学的に正しいものであることを信用する根拠は存在しない。 エ ヒト唾液浸漬(HSI)法における設定条件 (ア) TIGG論文のD-2-3実験では、ヒト唾液浸漬(HSI)法という特異な方法が用いられている。すなわち、@被験者からガム咀嚼開始後10分の唾液(FS)と後半10分の唾液(LS)を分けて採取し、A脱灰したウシエナメル質歯をFS唾液とLS唾液に各20分37℃で浸漬し、Bこれを1日4回実施している。 したがって、D-2-3実験では、ガム咀嚼中の刺激唾液にのみ、1日当たり2時間40分(=(20分+20分)×4回)の間浸漬していることになる。 (イ) ヒト唾液は、個人間だけでなく個人内においても多くの変動があり、唾液中に含まれる成分は、食物咀嚼時の「刺激唾液」と安静時の「無刺激唾液」では大きく異なる。すなわち、唾液にはカルシウムやリンが過飽和に含まれており、これが再石灰化のための重要な無機質の供給源となって唾液自体に再石灰化を促進する作用があるが、再石灰化のための素材であるカルシウムやリンの濃度は、無刺激唾液と刺激唾液とで、その作用において大きく異なる。さらに、被告が再石灰化効果に影響を与えると主張するCa/P濃度比も、無刺激唾液と刺激唾液とで大きく異なる。 (ウ) それゆえ、ガム咀嚼中の刺激唾液にのみ、1日当たり2時間40分だけ浸漬し、これを4日間ないし8日間繰り返すという実験条件は、人のライフスタイルから大きくかけ離れたものであり、合理的とはいえない。しかも、D-2-3実験は、10分間の刺激唾液に20分間も浸漬するという、実際の口腔内では決してあり得ない極めて不自然な条件設定を行っている。 (エ) 以上のとおり、D-2-3実験は、人の口腔内環境と著しく異なる、極めて特異な条件下で行われており、妥当性を欠く。 オ ウシ歯の使用 TIGG論文の各実験では、ヒト歯の代わりにウシ歯が使用されている。しかし、近時ヒト歯とウシ歯ではその組織構造に大きな相違があることが知られるに至り、現在では、ヒト歯での使用を目的とした製品の再石灰化効果の評価試験においてウシ歯を使用することは、不適切と考えられている。 (2) ロッテ報告書の科学的正当性 ロッテ報告書の内容は科学的に正当であり、これに反するTIGG論文の実験結果が不当なものであることは、この点からも明白となるので、ロッテ報告書に対する被告の批判が理由のないことを明らかにする(なお、この項で要約した「被告の主張」の一部については、重複を避けるため、後記の「被告の反論」欄で、その摘示を省略した。)。 ア 再石灰化液のCa/P濃度比 (ア) 被告は、ロッテ報告書で使用しているCa/P濃度比1.67の再石灰化液が「ポスカム」の作用を抑制するものであるから、ロッテ報告書の実験方法は不合理であると主張する。 しかし、被告の上記主張は、以下のとおり失当である。 (イ) ロッテ報告書で使用しているCa/P濃度比1.67の再石灰化液は、再石灰化効果を評価する実験において用いられる一般的な再石灰化液のCa/P濃度比と同一のものである。 また、TIGG論文のD-1実験で使用している再石灰化液のCa/P濃度比も1.67であり、C助教授が訴外明治乳業と共同で実施した乳製品の再石灰化評価のin vitro試験(甲27「食品に由来する再石灰化促進効果の評価法」と題する論文)でも、再石灰化液のCa/P濃度比は1.67である。 このように、ロッテ報告書で使用している再石灰化液の組成(Ca/P濃度比)は、この種の実験の一般的な方法に従ったものであり、何らの問題もない。 イ ガムの有効成分の抽出方法 (ア) 被告は、ガムの有効成分の抽出方法に関して、@ロッテ報告書が引用しているDほか『食品および代用糖の齲蝕誘発性を総合的に評価するための基礎的研究』(以下「D文献」という。乙10)ないし特保申請マニュアル(乙26)は、食品の抗う蝕性(脱灰の生じ難さ)を評価する目的での評価方法であり、再石灰化効果を評価する目的とは異なる、Aロッテ報告書が用いている方法はこの両文献記載の方法と異なる、と主張する。 しかし、被告の上記主張は、以下のとおり失当である。 (イ) まず、@については、ロッテ報告書で用いたガム抽出方法は、ガムの有効成分をできる限り多く抽出するための方法として採用されたものである。 次に、Aの被告の主張についてであるが、特保申請マニュアルのガムの有効成分の抽出方法は、「ガムの5倍重量の60℃温水で溶かし出す」作業を2回繰り返すというものであるから、この方法は、10倍重量の60℃温水で溶かし出していることと等価なので、結局のところ、D文献の「ガムの10倍重量の脱イオン水で溶かし出した」という方法と同じである。 そして、ロッテ報告書の方法も、ガムの5倍重量の60℃再石灰化液で溶かし出す作業を2回繰り返している。したがって、10倍重量の60℃再石灰化液で溶かし出しているのと同じことになる。 そうすると、ロッテ報告書の方法とD文献の方法との相違点は、単に脱イオン水を用いたか再石灰化液を用いたかという点のみであるが、ロッテ報告書で再石灰化液を用いた理由は、ガムの有効成分を抽出した溶液を再石灰化液として使用するからであって、合理性がある。 したがって、ロッテ報告書の抽出方法には、何ら問題がない。 ウ 再石灰化液使用の妥当性 (ア) 被告は、再石灰化効果の比較試験にはヒト唾液を用いることが重要であり、ヒト唾液ではなく再石灰化液を使用しているロッテ報告書の実験方法は不適切である旨主張する。 しかし、被告の上記主張は、以下のとおり失当である。 (イ) ヒト試験は、ヒトの実際の生活環境に即した条件での評価ができるという長所がある反面、唾液中のCaやPの含有量や濃度比、あるいは唾液の分泌量自体に、個人間及び個人内での差異が存在し、そうした差異に起因する実験結果のバラツキが生じる可能性があることや、被験者の負担の大きさや実験に長期間を要するなどの問題もある。反面、in vitro試験はこのような問題がなく、特に複数の試料を比較評価する場合には、同一の条件を正確にコントロールして適切な比較評価を行い得るという長所がある。 それゆえ、脱灰−再石灰化の評価試験においては、再石灰化液を用いたin vitro試験が数多く行われている。 そして、被告自身、POs-Caの再石灰化効果の比較試験(D-1実験)において、唾液ではなく再石灰化液を用いたin vitro試験を行っている。 したがって、ロッテ報告書において再石灰化液を用いたin vitro試験を行ったことには、何ら問題はない。 エ 乙22号証とロッテ報告書の実験結果の相違 (ア) 被告は、「フノリ抽出物と第2リン酸カルシウムを配合したキシリトールチューインガムの実験的初期齲蝕エナメル質に及ぼす再石灰化促進効果」(乙22 以下「ロッテ論文」という。)の「@キシリトールガム」と、ロッテ報告書の「ポスカム」の再石灰化率に大きな相違があることは合理的に説明できないと主張する。 しかし、被告の上記主張は、以下のとおり失当である。 (イ) 被告は、「ポスカム」にも「@キシリトールガム」とほぼ同量のキシリトールが含有されているから、「ポスカム」も「@キシリトールガム」と同程度の再石灰化効果が得られることを前提としている。しかし、キシリトールに他の物質(POs-Ca)を添加した場合、キシリトール単独に比べて総合的な再石灰化効果が抑制されることは、科学的に十分考えられることであるから、被告の主張は前提を欠く。 したがって、ロッテ報告書の内容には問題はない。 オ グレイ値の使用 (ア) 被告は、ロッテ報告書では、再石灰化効果の評価パラメータとしてグレイ値を用いているが、国際学会の合意に沿ったパラメータとはいえないと主張する。 しかし、被告の上記主張は、以下のとおり失当である。 (イ) ロッテ報告書で用いているグレイ値は、基本的にミネラル喪失量ΔZと同質の指標であり、その表現形式が異なるだけである。すなわち、CMRの画像の濃度を表すデータであるという点では、ロッテ報告書におけるグレイ値はミネラル喪失量ΔZと異なるところはなく、表現形式(ないし単位)を「0〜100」(グレイ値)とするか、「ゼロvol%〜健全レベルのミネラルvol%濃度(エナメル質:89vol%、象牙質:48%)」(ミネラル喪失量)とするかの相違にすぎない。両者が表している物理量は、基本的に同じである。 ロッテ報告書の方法と、ミネラル喪失量ΔZで再石灰化を評価する手法との相違点は、前者が、10μm単位で再石灰化率を定量的に評価できるようにしているという点のみである。この10μm単位での結果を積分(合算)し、ミネラルvol%等価のグレイ値になるよう換算しさえすれば、その結果はミネラル喪失量ΔZと同一の値となる。 以上のとおり、ロッテ報告書がグレイ値から再石灰化率を求めているのは、ミネラル喪失量ΔZで再石灰化率を評価することと等価である。 (3) 小括 以上に述べたとおり、本件比較広告の根拠とされるTIGG論文のD-2-3実験は、@国際学会の合意事項に反して脱灰深度ldをもって再石灰化率を算出していること、A個体差の大きい刺激唾液に脱灰歯片を浸漬するという、in vitro試験の長所を失わせしめるヒト唾液浸漬(HSI)法を用いていること、B脱灰深度ldの計測の基礎となるマイクロラジオグラフィの撮影条件も不適切であること等、多くの問題点が存在し、妥当性を欠く。 また、ロッテ報告書の実験方法は学術界で一般に妥当と認められている方法に従って適正に実施されており、その結果の妥当であることに照らしても、ロッテ報告書と異なるTIGG論文のD-2-3実験が妥当性を欠くことは明らかである。 したがって、被告商品「ポスカム」が原告商品「キシリトール+2」に比して、「歯を丈夫で健康にする効果としての再石灰化効果に約5倍の差異がある」との事実は到底認められないから、本件比較表示は、虚偽の事実の表示に当たる。 (被告の反論) (1) TIGG論文の実験方法の科学的合理性 ア 脱灰深度ldによる再石灰化評価の合理性 (ア) 脱灰深度ldは、国際学会合意においては「望ましい(desirable)、選択自由な(optional)」パラメータと位置付けられており、脱灰深度ldによる再石灰化効果の比較をすることは国際学会合意に反しない。 また、脱灰及び再石灰化評価に関する研究の世界的権威であるオランダのE教授は、脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZをTMR(横断的マイクロラジオグラフィー)を利用した実験から得られる「2つの主要なパラメータ」と述べ、両者を同程度に重要性を持つパラメータと位置付けている。 したがって、D-2-3実験において脱灰深度ldに基づき再石灰化促進効果の比較をしたことは、科学的に合理的なものである。 (イ) D-2-3実験の実験結果では、ミネラル喪失量ΔZの値による再石灰化率が、「ポスカム」は16.02%(4日間)と21.09%(8日間)であるのに対し、「キシリトール+2」は、−3.96%(4日間)と−9.28%(8日間)であり、4日間処理と8日間処理のいずれにおいてもマイナスとなった。そのため、「ポスカム」と「キシリトール+2」の再石灰化率を、ミネラル喪失量ΔZの値によって比較することは、不可能であり、仮に比較するとしても、脱灰深度ldにより両者の再石灰化率の値を比較した場合に比べ、原告に不利であった。 そこで、被告は、D-2-3実験の結果に基づき、脱灰深度ldにより「ポスカム」と「キシリトール+2」の再石灰化率の値を比較したのであり、脱灰深度ldにより再石灰化評価をしたことに何ら問題はない。 (ウ) 歯の再石灰化は、う蝕病巣の最深部から再石灰化されることが理想的で好ましいとされている。表層及び中層が再石灰化されても、深層部が再石灰化されなければ、結果として深層部に空洞化した部分(すなわち、脱灰病巣)が残ってしまうからである。そして、脱灰深度によって再石灰化効果を測定することは、正に、う蝕病巣の最深部からの再石灰化の程度を測定することであり、このように「理想的で好ましい」再石灰化がどの程度生じているかを測定することに繋がるのである。 したがって、脱灰深度による再石灰化率を比較することは、「理想的で好ましい歯の再石灰化が生じているか否か」との観点からの比較との一面を有しているのであり、科学的に合理的な比較である。 イ Cらの計測方法の妥当性 (ア) 表面位置の決定方法の妥当性 Cらの計測方法では、X線撮影条件、フィルム解像度、デジタル画像への変換、ミネラル濃度5%を基準とする表面位置の決定の手順は、TMR法の測定変動(誤差)の厳密な分析に基づいて理論的に設定され、表層の高石灰化帯のない事例についても適切に評価できるような方法が採用されている。 また、CMRにより再石灰化の程度を評価する場合には、「注意しなければならない点は、撮影後にデンシトメーターなどでミネラル分布を評価する最小単位(深さ)よりも撮影された写真の粒子が細かいこと」であり、必要以上に解像度や写真粒子を細かくする必要はない。そして、D-2-3実験におけるCMR法では、「ミネラル分布を評価する最小単位よりも、撮影された写真の粒子が細かい」という条件が満たされている。 (イ) 表層の高石灰化帯の不存在 D-2-3実験のミネラル濃度プロファイルには、表層付近に再石灰化度の高い層が存在していないが、表層付近に高石灰化帯のない事例は、何ら特殊なものではない。 表層の高石灰化帯は、特定の条件の下で、特定の時点において示される所見である。それ以前の時点で、表層の高石灰化帯のない状況を含め、様々な段階の再石灰化状態が、時系列的に生じ得ることは、再石灰化を扱う齲蝕学の分野では常識である。 (ウ) 8日間処理の結果と4日間処理の結果の逆転現象 生体試験では、試験目的にあった複数の検体数を一つの試験群として試験を行い、試験群の平均値と標準偏差(あるいは標準誤差)で評価をするのであり、個々の検体毎の数値自体を比較することは意味がない。被験者毎のミネラル喪失量ΔZを比較することは生体試験における評価の方法として誤りである。 また、「キシリトール+2」群の4日間処理のミネラル喪失量ΔZの平均値(4701.0 vol%)と8日間処理のミネラル喪失量ΔZの平均値(4941.6 vol%)を比較すると、数値自体は8日間処理のΔZの平均値の方が、4日間処理のΔZの平均値よりも大きいが、誤差の範囲内であり科学的には無意味な差である。 以上のとおり、「キシリトール+2」群における8日間処理のΔZが4日間処理のΔZよりも悪化しているとの原告の主張の前提がそもそも科学的に誤っている。 (エ) X線撮影条件の妥当性 D-2-3実験の撮影条件(管電圧25kV、管電流25mA、照射時間24秒)は、他の再石灰化に関する論文(甲29)におけるマイクロラジオグラフィーの撮影条件と大きく異なるものではない。また、各論文の電圧、電流、照射時間が、論文ごとに異なっていることからも、電圧等の数値そのものは重要な問題ではないことは、明らかである。なお、電圧を20〜25 kVに設定している論文が大半であり、D-2-3実験における25 kVの電圧は、通常の数値であるといえる。 ウ ヒト唾液浸漬(HSI)法 (ア) D-2-3実験においては、脱灰したウシ歯を刺激唾液にのみ浸漬しているが、ガムを咀嚼した際に分泌されるのは刺激唾液であるから、ガムを咀嚼した際の再石灰化効果を検証するならば、刺激唾液に浸漬した結果を基準にするのが合理的であるといえる。したがって、D-2-3実験において刺激唾液のみを用いたことは科学的に妥当である。 (イ) また、D-2-3実験においては、脱灰したウシ歯を1日当たり2時間40分間漬し、これを4日間又は8日間繰り返したが、D-2-3実験は、「ポスカム」の再石灰化効果が、他の製品に比べてどの程度の即効性があるかの点についても調べているのであり、再石灰化効果の差を比較するのであれば、短時間の間にどれだけ再石灰化効果に差があるかを検証すべきであるから、このような観点から設定したD-2-3実験の浸漬条件は何ら不合理なものではない。 (ウ) さらに、再石灰化効果の測定に当たっては、実験系に唾液が存在することが必須であるが、D-2-3実験におけるヒト唾液浸漬法は、唾液を使って実際の人の口腔内の生理・環境状態に近い状態を再現しているのであるから、実験条件に問題はない。 エ ウシ歯の使用 歯の再石灰化の試験でウシ歯を用いることは、標準的な試験手段の一つとして認められている。現に、原告自身がキシリトール・ガム<ピンクミント>の特定保健食品表示許可申請において、キシリトールが再石灰化促進効果を示す根拠として、ウシ歯を用いた試験結果を引用文献資料として添付していることに照らしても、何ら問題はない。 (2) ロッテ報告書の不合理性 ア 国際学会合意の違反 (ア) ロッテ報告書の実験では、再石灰化評価のパラメータとして「グレイ値」を使用しているが、グレイ値は国際学会合意の基準とするパラメータではないから、ロッテ報告書の再石灰化評価は国際学会合意に従ったものではない。 (イ) また、ロッテ報告書の実験では、再石灰化率をエナメル質の表層から深さ60μmまでの範囲で計測しているが、60μm以降の深部の再石灰化率は計測していない。しかし、国際学会合意では「少なくとも100μmを超えて下部の健常組織に至るプロファイルが必要となる」とされており、表層から少なくとも100μmまでは再石灰化の程度を計測することが求められている。 したがって、ロッテ報告書の実験は、国際学会合意に従ったものではない。 イ 再石灰化液の使用の不当性 (ア) ロッテ報告書では、再石灰化液を用いて実験を実施しているが、再石灰化液を用いる実験方法は、再石灰化液自身の再石灰化効果自体が強く実験結果に作用するため、被検物質であるガム成分の再石灰化効果を比較する上では、不適切な実験方法である。 したがって、ロッテ報告書における実験方法は、方法自体が不合理なものである。 (イ) ロッテ報告書の実験においては、Ca/P濃度比1.67の再石灰化液を使用している。Ca/P濃度比が1.67の再石灰化液を、「被検物質にそもそも再石灰化効果があるか」というスクリーニングの目的で使用することはあり得ても、「複数の被検物質間の再石灰化効果の比較をする」目的で使用するのは不適切である。 仮に、再石灰化液を、口腔内環境に近似した状況を作り出す目的で使用するのであれば、唾液がエナメル質に対し過飽和溶液となるCa濃度(通常は約1.5mM、濃度はmMの単位で表される。)、P濃度(通常は5.0mM)にすることが必須である。唾液のCa濃度、P濃度を上記と異なる濃度に設定した場合、口腔内環境とはかけ離れた状況が作り出され、反応系へ悪影響を及ぼす。 しかるに、ロッテ報告書が用いている再石灰化液は、Ca濃度が1.0mM、P濃度が0.6mMであり、唾液がエナメル質に対して過飽和溶液となるCa濃度(通常は約1.5mM)、P濃度(通常は5.0mM)とは大きく異なっており、口腔内環境に近似した状況とはいえない。 したがって、Ca/P濃度比が1.67の再石灰化液を用いることは、不当である。 ウ ロッテ論文(乙22)の実験結果との矛盾 (ア) ロッテ論文では、A教授らが、in vitro試験として、ロッテ報告書と同じ試験方法で糖質中の重量比58%のキシリトールを含むキシリトールガムの再石灰化効果を調べている。このキシリトールガムは、10g当たり4.28gのキシリトールを含んでいると解される。 (イ) ロッテ論文におけるキシリトールガムの再石灰化率と、ロッテ報告書における「ポスカム」の再石灰化率を比べると、深さが50-60μm、40-50μm、0-10μmにおいて、顕著な差がみられる。 しかし、「ポスカム」は、ロッテ論文のキシリトールガムと同様、10g当たり4.25g(1製品20g当たり8.5g)、糖質中の重量比57.4%(1製品当たり、<キシリトール>8.5g÷<糖質:炭水化物>14.8g)のキシリトールを含んでいるから、科学的見地から合理的に考察すれば、「ポスカム」の再石灰化率は、ロッテ論文のキシリトールガムと同程度の再石灰化率を示すはずである。 ところが、上記のとおり、ロッテ報告書では、ロッテ論文のキシリトールガムの再石灰化率と比べて、科学的見地からは合理的に説明できない著しい差が生じている。 (ウ) したがって、このような科学的に合理的な説明ができないロッテ報告書の結論を根拠にTIGG論文のD-2-3実験の結果を誤りであるとすることはできない。 エ ガム成分の抽出方法の不当性 (ア) ロッテ報告書は、「ガムから成分を抽出した抽出液(サンプル溶液)は、Dほか『食品および代用糖の齲蝕誘発性を総合的に評価するための基礎的研究』に準じて調製した」旨記載している。 D文献記載のガム成分の抽出方法は、食品の酸生産性のスクリーニングをするために、ガム成分の抽出効率を高める目的で開発された方法であって、抽出液の初期う蝕再石灰化効果を評価する目的で開発された方法ではない。すなわち、D文献は、「ガムを噛むことでは、脱灰(う蝕の発生)が起こらないこと」を実証するため、評価方法を定めた上、試験をしたので、そのためには、「ガムの成分をなるべく効率良く抽出すること」が、D文献における試験の目的に適するといえる。 (イ) これに対し、ロッテ報告書の試験の目的は、「(歯を人為的に脱灰した上で)ガムを噛むことで、再石灰化が起こるか否か」を調べることであるから、「実際にガムを噛むことで抽出される成分(量・内容)のみを抽出すること」が、ロッテ報告書の試験の目的に適するのであって、D文献の試験の場合とは異なる。つまり、「実際にガムを噛むことで抽出される成分(量・内容)以上の成分を抽出する可能性がある方法」は、ロッテ報告書の試験の目的に適さない。 (ウ) このように、D文献のガム成分の抽出方法は、ロッテ報告書の試験とは、目的が正反対であり、ガムを噛むことで抽出される成分(量・内容)以上の成分を抽出する可能性がある。したがって、D文献の抽出方法を、ロッテ報告書の試験で用いることは、不適当である。 2 争点(2)(品質誤認等表示に当たるか)について (原告の主張) 前記のとおり、被告商品「ポスカム」が原告商品「キシリトール+2」に比して、「歯を丈夫で健康にする効果としての再石灰化効果に約5倍の差異がある」との事実は虚偽であるから、本件比較表示は、「ポスカム」の効能を誤認させるものであり、品質等誤認表示に当たる。 仮に、「約5倍の再石灰化効果」が虚偽でないとしても、本件比較表示は、以下に述べるとおり、特定の一部の情報のみを示すものであって、誤認を生じさせる表示であるといえる。 (1) 評価パラメータの非表示 本件比較表示は、その「約5倍」との効果が、国際学会で再石灰化効果の評価方法として合意されているミネラル喪失量ΔZによる評価ではないことを表示していないし、また、オプション的なパラメータである脱灰深度ld値による評価であることも表示していない。すなわち、被告は、「ポスカム」が「キシリトール+2」の約5倍の再石灰化効果があるとの広告をするに当たり、特殊なパラメータである脱灰深度ldの値を用いたこと表示せず、かつ、一般的・標準的なパラメータであるミネラル喪失量ΔZの値を用いなかったことを表示しなかった。このような表示態様は、「キシリトール+2」の需要者である一般消費者に対して、あたかも一般的・標準的なパラメータを用いた再石灰化効果の評価においても約5倍の効果を得られるとの誤認を与える表示である。 (2) 4日間処理の結果のみの表示 TIGG論文におけるD-2-3実験は、8日間の期間にわたり実施された。その結果、同論文には、ld値の評価で「ポスカム」の再石灰化率は、4日間及び8日間の効果がそれぞれ、31.6%及び34%であり、製品A(「キシリトール+2」)は、それぞれ5.9%及び14.0%であったと記載されている。D-2-3実験において実施された8日間の実験結果によれば、「ポスカム」は「キシリトール+2」と比較して、その再石灰化効果において、せいぜい約2.4倍にすぎず、約5倍には達していない。 しかし、被告は、8日間の実験の中途である4日間の結果のみを比較し、この比較結果に関する情報のみを取りあげて「再石灰化効果が約5倍」との広告を行った。また、被告は、広告において「唾液を毎日採取して4日間連続して同様に浸漬した」とだけ表示し、D-2-3実験が8日間にわたって実施されたこと、4日間の結果が試験の中途時における結果であること、4日間処理及び8日間処理の2つのデータが測定され、その結果が異なるものであることを一切表示していない。 このような表示態様は、一部の情報を開示せず、特定の情報のみを示す表示であって、あたかも「ポスカム」と「キシリトール+2」の再石灰化効果を比較すると実験では常に約5倍の効果が生じたかのように誤認させる表示であるといえる。 (3) ウシ歯の使用の非表示 TIGG論文のD-2-3実験は、ウシのエナメル質歯を使用して実験を実施しており、人の歯について再石灰化効果を測定していない。それにもかかわらず、被告は、広告において「20分間咀嚼して集めたヒト唾液に、脱灰したエナメル質歯片を37℃で1日あたり40分4回浸漬した。」、「ヒト唾液浸漬法で一般的なキシリトールガムとの比較試験」のように表示した。このような表示態様は、動物実験(ウシエナメル質歯による実験)であることを隠匿し、逆に「ヒト唾液を使用したことを」を強調して表示し、あたかも人間の歯における実際の口腔内の再石灰化効果が実証されたかのように誤認させる表示であるといえる。 (4) 小括 以上のとおり、被告が本件比較広告において「再石灰化効果が約5倍」と表示することは、「ポスカム」の品質を誤認させる表示であるといえる。 (被告の反論) (1) 評価パラメータの表示 本件比較広告においては、「約5倍の再石灰化効果」がミネラル喪失量に基づく評価ではなく、脱灰深度に基づく評価であることを明示していないが、被告がD-2-3実験で、ミネラル喪失量ではなく脱灰深度に基づいて再石灰化効果を比較した理由は、前記(1)ア(イ)で述べたとおり、「キシリトール+2」のミネラル喪失量の値による再石灰化率がマイナスであったからである。 (2) 4日間処理の結果のみの表示 ア D-2-3実験においては、4日間処理及び8日間処理の実験が別個の実験系として実施された。すなわち、各ガム群の即効性の差を測定する目的で、4日間処理と8日間処理という別個の実験系を設けたのであり、4日間処理の結果は、8日間処理の途中経過という性質のものではない。 イ D-2-3実験の4日間処理の浸漬時間は合計10時間40分、8日間処理の浸漬時間は合計21時間20分であるが、「キシリトール+2」の推奨咀嚼時間は4時間5分であるから、4日間処理の方が「キシリトール+2」の推奨咀嚼時間に近い。すなわち、「キシリトール+2」の効果は、計4時間5分の咀嚼時間があれば十分である。したがって、この推奨咀嚼時間により近い4日間処理の結果を基に「キシリトール+2」と「ポスカム」の再石灰化効果を比較したことは、何ら不当なことではない。 ウ さらに、製品の再石灰化効果を評価するに当たっては、その即効性も考慮することが必須である。なぜならば、最終的には同じ効果がでる製品であっても、即効性の高い製品のほうが、より高い効果があるといえることは当然だからである。すなわち、比較対照された製品のうち、一方により即効性が認められるのであれば、その効果が発揮された時点で両製品の効果を比較することに、何ら不合理な点はない。 D-2-3実験の結果によれば、「ポスカム」は「キシリトール+2」に比べて、即効性の高い製品であることが明らかとされた。したがって、その効果が十分に発揮された時点(4日間処理の時点)で比較することに、何ら不合理な点はない。 (3) ウシ歯の使用 ウシの歯を使用することが標準的な試験方法として認められていることは前記のとおりである。標準的な試験方法である以上、D-2-3実験がウシの歯を使用したものであることをことさらに表示する必要性はない。 3 争点(3)(原告の損害額)について (原告の主張) 被告は、新聞広告及びホームページ上の本件比較広告により、競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布し、また、商品の品質を誤認させるような表示をし、これを継続している。 これによる原告の損害は極めて甚大なものであるが、原告は、取り敢えず、その一部として、金10億円及びこれに対する本件比較広告の日の平成15年5月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。 (被告の認否) 原告の主張を争う。 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件比較広告が虚偽の事実の陳述流布に当たるか)について 被告は、本件比較広告における本件比較表示をTIGG論文のD-2-3実験の結果に基づいて行っている。そこで、以下ではD-2-3実験の条件及び方法が合理的なものであり、本件比較表示の根拠となり得るかどうかについて判断する。 (1) D-2-3実験の合理性 ア 再石灰化率の評価方法について (ア) 原告は、D-2-3実験が脱灰深度ldのみに基づいて再石灰化率を算定したことは、脱灰−再石灰化現象の評価方法に関する国際学会合意(甲21の1)に反するから科学的妥当性を欠く旨主張する。 (イ) 国際学会合意は、口腔内モデルに関するコンセンサス会議が推奨する評価法であり、う蝕のきわめて初期の病変(基本的に表面の軟化、約0〜50μm)に有用な場合もあり、また、深度25〜150μm程度の初期の病変に有用な場合もあるとされている。国際学会合意は、脱灰−再石灰化現象の評価法の国際基準(甲22)とされ、その内容は、次のように記載されている(甲21の1、2)。 「(i) 深度>25μmの病変に関するエナメル質又は象牙質の横断マイクロラジオグラフィー(TMR) この手法は、モデルに最初に挿入した薄切片または口腔から取り出したブロックから作製した薄切片のいずれかに用いることができる。必要となる主要なパラメーターは、全群のすべての病変における処理前後のΔZ、vol%×μmとなる。ミネラルの分布を示すプロフィールと、病変の位置と数およびスキャン回数についての情報も必要となる。望ましい(desirable)「optional」パラメーターは病変の深度である(健常なエナメル質の値の5%未満)。報告書にはエナメル質と象牙質の基準点、及び病変を少なくとも100μm超えて下部の健常組織に至るプロフィールが必要となる。」 (ウ) 歯の脱灰・再石灰化に関する専門家は、再石灰化の評価パラメータについて次のような意見を述べている。 a E教授ら「脱灰および再石灰化評価方法」J. Dent Res 71特別号924頁(乙97) 「過去20年間に、脱灰および再石灰化に関する約50件の様々なTMR研究の発表がされてきた。TMR実験から、二つの主要なパラメーター、即ち、脱灰深度Ld (μm)およびミネラル喪失量ΔZ(vol%・μmまたはkg.m-2で表示)が得られる。」 b F・岩手医科大学歯学部予防歯科学講座教授及びC・同助教授の鑑定書(乙77 以下「F=C鑑定書」という。) 「2 初期う蝕脱灰病巣の理想的な再石灰化は、次の2点であると考える。再石灰化したエナメル質に耐酸性が獲得されていること、およびエナメル質の表層のみではなく脱灰病巣深部からミネラルの回復が生じていることである。特に再石灰化による健全歯質への修復は脱灰病巣を残さない病巣深部からの再石灰化が好ましいと考える。また、TMRによる分析の後、ミネラル分布のプロファイルから得られるミネラル喪失量ΔZ、脱灰深度ldを検討した後、プロファイルの特徴として病巣深部からの再石灰化が確認できるのであれば、最終的に再石灰化評価の重要なパラメーターである脱灰深度ldのみで評価することも間違いではない。事実、私たちは、添付文献4のD-2-3試験や添付文献6では、脱灰深度ldのみで評価した論文を発表している。」 c G・大阪歯科大学歯学部口腔衛生学講座教授の鑑定書(乙76 以下「G鑑定書(2)」という。) 「4 TMR法で、表層下脱灰・再石灰化現象を評価する場合のパラメーターには、ミネラルプロファイルから得られる総ミネラル喪失量、脱灰深度、プロファイルの形状、表層エナメルの幅・深度などがある。脱灰現象や再石灰化現象を評価する場合、これらパラメーターのどれを使用するかは、実験目的や使用する材料、さらには各現象に対する仮説により、研究者の裁量に任されるのは当然である。」 d H・長崎大学大学院医歯薬学総合研究科助教授の「再石灰化能評価におけるミネラル量把握の重要性」(甲20の1) 「再石灰化能の評価に当たってマイクロラジオグラフィー(MR)を使用し、ミネラル喪失量ΔZ(vol% x μm)を主要なパラメータとして用いることは、ミネラル量変化を直接的に評価する方法として代表的な方法である。その他、ミネラルの分布を示すプロフィールや、撮影された典型的なMR写真も必要である。第2のパラメータとして脱灰深度(μm:健全なエナメル質の値の5%以下)がある。脱灰深度だけの評価では、再石灰化がどの部位でどの程度のミネラル量変化を示しているかを評価できないことから考えても不充分である。再石灰化能の評価においては、主要なパラメータである、ミネラル喪失量を用いることが重要である。」 (エ) 厚生科学研究費補助金(医療技術評価総合研究事業)分担研究報告書「食品の再石灰化能をどのように評価すべきか?」(甲22)は、食品の再石灰化能の評価に関する研究報告書である。同報告書の「再石灰化の評価」の項には、次のような記載がある。 「脱灰−再石灰化現象の評価法には国際基準が定められている。(中略)脱灰−再石灰化はミネラルの選択的溶出と回復を基礎とした現象であり、従ってミネラル量の変化を直接・間接的に定量することが最優先となる。これまでの方法で直接的にミネラル量を評価できる方法は、透過タイプのマイクロラジオグラフ(TMR;Transverse microradiography)である。TMRの評価で必要とされる指標は、撮影されたMR写真から、第一に喪失ミネラル量を意味する_Z(vol%×μm)であり、第二にはミネラルの分布を表すプロファイルである。」 (オ) 歯の再石灰化に関する学術論文では、評価パラメータとして、ミネラル喪失量と脱灰深度の両者を用いるものが複数存在する(甲29の1、3ないし9、11、14、18、19、乙8、9)が、再石灰化効果の評価において、両パラメータの優劣はなく、同等に扱われている。 (カ) 判断 a 前記のとおり、確かに、国際学会合意では、ミネラル喪失量が主要なパラメータであるとされ、脱灰深度ldは「desirable optional parameter」とされている。 しかし、脱灰深度ldは、国際学会合意において「望ましい、選択自由なパラメータ」であるとされており、再石灰化に関する複数の学術論文において、ミネラル喪失量と脱灰深度は再石灰化効果の評価において同等のパラメータとして扱われていることからすれば、脱灰深度ldは、少なくとも重要度の低いパラメータであるということはできない。これに加えて、専門家の見解によれば、脱灰深度ldとミネラル喪失量ΔZは、TMR法から得られる2つの主要なパラメータであるとされていること(E教授ら)、初期う蝕脱灰病巣では病巣深部からの再石灰化が好ましいとされ(F=C鑑定書)、このような深層からの再石灰化を評価する方法としては脱灰深度ldによる評価方法が適しているといえること、TMR法で得られる再石灰化効果を評価する場合のパラメータとしては、総ミネラル総質量、脱灰深度、プロファイルの形状、表層エナメルの幅・深度などがあるが、これらのパラメータのどれを使用するかは実験目的等により研究者の裁量に委ねられていること(G鑑定書(2))、脱灰深度ldのみを用いて再石灰化率を算定した学術論文が複数存在すること(乙5、6、7)等の事実を総合考慮すれば、ミネラル喪失量ΔZと脱灰深度ldは、ともに再石灰化効果を評価する際に標準的に用いられるパラメータであるから、脱灰深度ldを単独のパラメータとして用いることも許容されていると認めるのが相当である。 b したがって、D-2-3実験において、脱灰深度ldに基づき各ガム群の再石灰化率を算定し、再石灰化効果を比較したことは、合理的な評価方法に基づくものということができ、科学的妥当性を欠くとはいえない。 なお、前記(ウ)dのH助教授の意見では、「第2のパラメーターとして脱灰深度(μm:健全なエナメル質の値の5%以下)がある。脱灰深度だけの評価では、再石灰化がどの部位でどの程度のミネラル量変化を示しているかを評価できないことから考えても不充分である。再石灰化能の評価においては、主要なパラメーターである、ミネラル喪失量を用いることが重要である。」と述べられており、(エ)の研究報告書(H助教授執筆)の記載では、脱灰深度がTMRの評価で必要とされる指標に挙げられていないが、H助教授も加わっている再石灰化に関する学術論文(乙6「糖アルコール類の再石灰化作用に与える影響」)において、脱灰深度のみにより再石灰化効果を評価している事実に照らせば、H助教授の前記(ウ)dの意見や(エ)の研究報告書の記載も、脱灰深度のみによる再石灰化効果の評価を否定するものとまではいえず、上記意見は、前記判断を左右するものではない。 イ CMRの撮影条件について (ア) 原告は、D-2-3実験のCMRの撮影条件は、一般的なCMRに比してX線強度が強すぎ、フィルムの解像度が低いため、D-2-3実験のCMRから得られたミネラル濃度プロファイルでは、表層の低石灰化部分は不明瞭で、グラフの凹凸が強く誤差も多くなっており、最表層の位置を正確に決定できないから、これから測定される脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZの値の信憑性は極めて低いと主張する。 (イ) しかし、H・長崎大学大学院医歯薬学総合研究科助教授の鑑定書(乙75)によれば、「コンタクトマイクロラジオグラフ(CMR)により再石灰化程度を数量評価するにあたり、注意しなければならない点は、撮影後にデンシトメーターなどでミネラル分布を評価する最小単位(深さ)よりも撮影された写真の粒子が細かいことである。評価にはそれが守られていることが重要である。」とされ、D-2-3実験の「CMR法に使用したフィルム粒子とミネラル分布を評価する最小単位との関係はこれが守られている。」と評価されている。 (ウ) また、D-2-3実験のCMRの撮影条件は、 管電圧 25 kV 管電流 25 mA 照射時間 24秒 である(乙60)が、再石灰化に関する学術論文で、CMRの撮影条件として管電圧が20〜25kvのもの(甲29の1、3、5ないし8、11、16、17)、管電流が20〜30mAのもの(甲29の6、17)、照射時間が18〜20秒のもの(甲29の4、5)が存在し、これらと対比すれば、D-2-3実験のCMRの撮影条件が特異なものということはできない。 (エ) 以上によれば、D-2-3実験のCMRの撮影条件が科学的に不合理なものとは到底いえず、D-2-3実験のCMRの解像度も再石灰化効果を評価するのに十分なものであると認められる。 ウ 脱灰深度及びミネラル喪失量の計測方法 (ア) 原告は、D-2-3実験のCMRのデジタル画像はすべて表層付近に再石灰化度が高くなった層が観察されないから、これから得られるミネラル濃度プロファイルについてCらの計測方法を用いて外表面位置D0を擬制し、脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZを測定することは、科学的妥当性を欠く旨主張する。 (イ) Cらの計測方法について、歯の脱灰・再石灰化に関する専門家は、次のような見解を述べている。 a I・明海大学歯学部小児歯科学講座教授の鑑定書(乙73の1 以下「I鑑定書」という。) 「私は、C岩手医科大学歯学部助教授らが開発した歯の脱灰・再石灰化を評価する分析法(添付文献1-4に記載)は、現在の学会水準に照らしても精度の高い手法であり、標準的な分析法であると考える。本方法は、歯片の表面から初期齲触の最深部に至るまで、詳細なミネラル濃度分布に基づいて脱灰深度及びミネラル喪失量を測定するものである。さらに、細かい間隔でミネラル濃度を測定できるために、測定範囲を表面から一定の深度に限定せず最深部まで測定可能であり、当該初期齲触歯片の脱灰及び再石灰化の程度を詳細に把握できる。」 なお、上記鑑定書の「歯の脱灰・再石灰化を評価する分析法(添付文献1-4に記載)」における脱灰深度及びミネラル喪失量の計測方法は、Cらの計測方法と同じである。 b F・岩手医科大学歯学部予防歯科学講座教授・C・同助教授の鑑定書(乙107) 「1 Cらの方法について (2) X線撮影条件、フィルム解像度、デジタル画像への変換、ミネラル濃度5%を基準とする表面位置の決定の手順は、TMR法の測定変動(誤差)の厳密な分析に基づいて理論的に設定している。言うまでもなく、表層の高石灰化帯のない事例についても適切に評価できるよう設定している。」 c H・長崎大学大学院医歯薬学総合研究科助教授の鑑定書(乙114) 「A 甲第90号証(J鑑定書)に関して 3 最表層の有無の確認が測定値に影響を与えることが述べられているが、最表層の確認されない脱灰病変、すなわち添付文献1のP6 Fig 3Uにあるような、Surface softening(軟化型の表層)が存在することは既知の事実である。このような場合にも深さ(ld)ならびにミネラル喪失量(ΔZ)を算出することに問題はない。(中略) 4 多くの再石灰化を議論する論文は平成16年1月19日に私が鑑定した折に言及したEらの方法に従い、ミネラル量5%のラインを表層とするのが通法である。」 d K・東京歯科大学名誉教授の鑑定書(乙74) 「本件に関する論争の焦点の一つに、B、Cらによる「リン酸化オリゴ糖配合ガムによるエナメル質の再石灰化の評価」が挙げられているようですが、この評価法に用いられているComputer-assisted videodensitometric method to visualize mineral distribution assessment(1997年)は、エナメル質表層の再石灰化評価の世界的な第一級の研究者であるオランダのGroningen 大学のE教授の研究グル−プによるものであり、現在世界的に認められている方法であります。 現在、岩手医科大学のC助教授は、この分野における世界的な先端研究の第一人者であり、この評価法は、従来のマイクログラフィーによる観察法を著しく進歩させた方法であります。参考文献1および2にありますように、C助教授はこの評価法をオランダのGroningen大学のE教授とともに開発し、さらに信頼性の高い手法での歯の再石灰化研究分野の進展に尽力している世界的権威の一人であります。参考文献3および4に示した「リン酸化オリゴ糖配合ガムによるエナメル質の再石灰化の評価」は、この世界的に認められている方法を用いての評価法であり、科学的な見地から関連領域の文献等と比較検討した結果で評価しても、その業績のエビデンスの信頼性は極めて高い内容であることを報告いたします。」 なお、上記鑑定書の「参考文献3および4に示した「リン酸化オリゴ糖配合ガムによるエナメル質の再石灰化の評価」」における脱灰深度及びミネラル喪失量の計測方法は、Cらの計測方法と同じである。 (ウ) 判断 上記(イ)の専門家の見解を総合すれば、Cらの計測方法は、脱灰深度及びミネラル喪失量の計測方法として極めて高い評価を得ており、表層付近に高石灰化層が存在しない場合にも利用可能な計測方法であると認められる。 したがって、D-2-3実験のCMRのデジタル画像では表層付近に高石灰化層が存在しないとしても、これから得られるミネラル濃度プロファイルについてCらの計測方法を用いて外表面位置D0を擬制し、脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZを測定することに不合理な点はなく、その測定結果が科学的妥当性を欠くということはできない。 エ ヒト唾液浸漬法について (ア) 原告は、D-2-3実験のヒト唾液浸漬法は、人のライフスタイルから大きくかけ離れた、実際の口腔内では決してあり得ない極めて不自然な条件設定をした試験法であるから、科学的妥当性を欠いている旨主張する。 (イ) ヒト唾液浸漬法について、歯の脱灰・再石灰化に関する専門家は、次のような見解を述べている。 a I鑑定書(乙73の1) 「C助教授が開発されたヒト唾液浸漬(HSI)法では、被験者のガム咀嚼時の刺激唾液を全て採取して、直ぐに本唾液に予め脱灰した歯片を浸漬するという手順が踏まれている。ヒト唾液浸漬法は、ガム咀嚼時の刺激唾液を実験日当日に採取し、この新鮮な刺激唾液に直ちに歯片を浸漬するものである。一方、カルシウムとリン酸の濃度比を適当に調整した溶液(人口唾液)を使用した実験の殆どは、可能な限り再石灰化に適した条件(最も適した濃度比は1.67である)下での再石灰化の評価が行なわれている。しかし実際の刺激唾液ではこのような理想的な濃度比にはならないことが分かっている(刺激唾液ではおよそ0.3以下)。したがってヒト唾液浸漬法は、実際の口腔内環境を再現する点から人工唾液を用いた試験系に比べて優れていると考えられる。」 b F=C鑑定書(乙77) 「1. ヒト唾液には、口腔内の健康を維持する多くの機能が備わっている。歯の再石灰化に関しても唾液が重要な役割を担っている。特にガム食品での歯の再石灰化を議論する場合は、刺激唾液の影響が大きい。私たちの開発したヒト唾液浸漬法(添付文献1)も、ガム咀嚼時のヒト刺激唾液を採取して、唾液の再石灰化を評価する試験法である。ヒト唾液浸漬法は、ヒト口腔内試験に比べて、被験者への負担も少なく、試験に与える不確定要素も最小限にできる利点がある。さらに、近年、歯科における臨床検査において、唾液の緩衝能力や口腔内細菌の検出などの齲蝕リスク評価に採取唾液が利用されてきている(添付文献2)。これらの事実からも、採取した唾液による効能評価は、口腔内機能を評価できる適切な試験法であると考える。」 (ウ) 再石灰化効果の評価試験においてヒト唾液を使用することについて、歯の脱灰・再石灰化に関する専門家は、次のような見解を述べている。 a D・東北大学名誉教授の鑑定書(乙1の1 以下「D鑑定書」という。) 「A 口腔内で再石灰化が起こるときは、98%がヒドロキシアパタイトで構成されるエナメル質の表面には、唾液中のプロリンリッチタンパク質などが沈着し、いわゆるペリクル(獲得皮膜)をつくり、その下で再石灰化が行われる。エナメル質表面を覆うこのペリクルの存在は、当然、再石灰化速度に影響を与える。それゆえ、再石灰化促進能を比較する実験では、エナメル質をヒト唾液に曝し、ペリクルをつくらせることは必要欠くべからざる条件である。(中略) 再石灰化能の測定は、ヒト口腔内で行うことが最適であるが、ヒト口腔での実験は個体差などがあり、かなりのバラツキが出て、定量的な判定は困難であることがある。次善の策として、試験管内で実験するとしても、実験系に唾液が存在することは必須である。(中略) C また、口腔内で起るpH低下、再石灰化をin vitro試験で評価する場合、できるだけ口腔内の生理・環境状態に近い状態を再現する必要がある。再石灰化効果を検証するために、実際の口腔内でガムを咀嚼して得られる唾液を用いることは、重要である。唾液全体の組成は、咀嚼その他の生理条件で大きく変化するからである。この点でも、江崎グリコ社の方法は、チューインガムの再石灰化促進能を定量的に評価する方法としてより適切であると考えられる。」 b G鑑定書(2)(乙76) 「6 ・・・また、表層下脱灰への再石灰化効果を議論する際に、特定のカルシウム・リン酸濃度に設定した単なるミネラル溶液を用いた人工唾液系のみでヒト口腔内での効果は当然議論できない。特にガムを始めとする食品での効果を議論する際に、唾液の関与は大きく、唾液による効果を考慮せずに、被検食品のヒト口腔内での効果を立証することは難しいと考える。」 (エ) 「ポスカム」の1日摂取目安量は「1回に2粒を20分噛み、1日4回を目安に1週間続けると効果的です。」(乙25)とされ、「キシリトール+2」の1日摂取目安量は「1回に2粒を5分噛み、1日7回を目安に、1週間続けると効果的です。」(乙24)とされている。 (オ) 判断 前記(イ)の専門家の見解によれば、ヒト唾液浸漬法は、歯の再石灰化効果を評価するために試験方法として高く評価されていると認められる。また、口腔内での再石灰化効果を評価する試験では唾液の使用が重要であるとされている(前記(ウ))。さらに、「ポスカム」は、「1回に2粒を20分噛み、1日4回を目安に1週間続けると効果的です。」(=20分×4回×1週間=560分)とされ、「キシリトール+2」は、「1回に2粒を5分噛み、1日7回を目安に、1週間続けると効果的です。」(=5分×7回×1週間=245分)とされていることに照らせば、D-2-3実験のヒト唾液浸漬法において、ガム咀嚼時の刺激唾液に1日当たり2時間40分を4日間ないし8日間浸漬するということは、両ガムの1日摂取目安量に比してやや浸漬時間が長いとはいえても、不自然な条件ということはできない。 以上の点を総合考慮すれば、D-2-3実験のヒト唾液浸漬法は、口腔内で再石灰化効果を評価するための合理的な試験方法であると認められる。 オ ウシ歯の使用について (ア) 原告は、D-2-3実験では、ヒト歯の代わりにウシ歯が使用されているが、ヒト歯とウシ歯ではその組織構造に大きな相違があり、現在では、ヒト歯での使用を目的とした食品の再石灰化効果の評価試験においてウシ歯を使用することは不適切と考えられている旨主張する。 (イ) 再石灰化効果を評価する試験においてウシ歯を使用することについて、歯の脱灰・再石灰化に関する専門家は、次のような見解を述べている。 a D鑑定書(乙1の1) 「B 再石灰化の実験試料にはヒトのエナメル質を使うことが望まれるが、ヒトの歯は小さいため、比較対照のための試料として均一なものを得ることが難しい。大きなエナメル質から均一な試料を得るために、基本的にヒトのエナメル質と構成成分が同じであるウシのエナメル質を使うことは、標準的な手段として認められている。」 b G・大阪歯科大学口腔衛生学講座教授の鑑定書 「歯の再石灰化実験へのウシの歯の使用は、歯学上の標準的な実験手段の一つとして、認められている。」(乙2の1) 「研究手法について、まず、被検材料にヒトの歯を使用するか、ウシの歯を使用するかであるが、実験の還元主義の観点からは、ヒトの歯の個体差が非常に大きく、また、歯種差、歯面差などを考慮し、歯を採集する困難さから、ウシの歯で代用する系でも、実験としては国際的に認知されている。」(乙76) c L・日本歯科大学歯学部教授の議事録(乙3の1) 「歯関連の実験でウシの歯を用いることは一般的である。入手しやすく、個々の歯のバラツキが少ないからである。実験は如何に単純化して不確定要素を減少させるかが重要であって、多くの臨床研究者のように何でもヒトで試験したがるのは疑問である。特にin vitroでの試験ならば、歯材料のみヒトにこだわるのは滑稽である。唾液中のタンパク質濃度などの成分のバラツキは大きく、その口内環境を再現せずに、歯だけヒトの歯を用いても意味がないからである。」 (ウ) 原告は、「キシリトール・ガム<ピンクミント>」には再石灰化促進効果があるとする特定保健用食品表示の許可申請において、ウシ歯を用いたキシリトールの再石灰化促進効果についての試験結果を「再石灰化促進効果」を明らかにする資料としている(乙19の1〜3)。 (エ) 判断 前記(イ)の専門家の意見によれば、再石灰化促進効果を評価する試験においてウシ歯を用いることは標準的な手段であると認められ、原告も、「キシリトール・ガム<ピンクミント>」の特定保健用食品表示の許可申請において、ウシ歯を用いたキシリトールの再石灰化促進効果についての試験結果を使用している。 したがって、D-2-3実験においてウシ歯を用いたことは、合理的な実験方法ということができる。 カ 被告の再実験について (ア) 被告は、D-2-3実験の再実験を行った(乙111)。再実験においては、岩手医科大学歯学部がウシ歯の脱灰歯片を作製し、被告が「ポスカム」(クリアドライ)と「キシリトール+2」(ピンクミント)について、ヒト唾液浸漬法により4日間の処理を行い、岩手医科大学歯学部のF教授及びC助教授が処理後の歯片ごとの脱灰深度及びミネラル喪失量を測定した(乙112、113)。 (イ) 上記再実験とD-2-3実験とは、脱灰歯片の作製方法が異なること、再実験では、「ポスカム」と「キシリトール+2」だけを試料とし、4日間処理のみを実施したことのほかには、実験の条件及び方法は同じであった。 (ウ) 前記再実験の結果によれば、「ポスカム」は「キシリトール+2」よりも、脱灰深度ldで約5.7倍、ミネラル喪失量ΔZで約25.9倍の再石灰化促進効果があった。 (エ) 原告は、前記再実験に対して、D-2-3実験に対するのと同様に、実験条件、方法等について不合理な点があり、科学的妥当性を欠く旨主張するが、前記アないしオで判断したとおり、原告がD-2-3実験について不合理であると主張する点はいずれも理由がないから、前記再実験の実験条件、方法等についても不合理な点はないと認められる。 キ 小括 以上に認定判断したところによれば、D-2-3実験は、実験条件、方法等について不合理な点はなく、しかも、「ポスカム」と「キシリトール+2」について、D-2-3実験の結果による脱灰深度ldを基準とした再石灰化促進効果の比較結果と、前記カの再実験による脱灰深度ldを基準とした再石灰化促進効果の比較結果とはいずれも約5倍となっており、D-2-3実験の結果は、前記再実験により裏付けられたといえる。 したがって、D-2-3実験の結果は合理的なものということができる。 (2) ロッテ報告書の結果との相違について 原告は、ロッテ報告書の内容は科学的に正当であるから、これに反するD-2-3実験の結果は不当であると主張するので、この点について判断する。 ア ロッテ報告書(甲12)の試験方法 ロッテ報告書は、「キシリトール+2」<ピンクミント>と「ポスカム」<クリアドライ>の再石灰化促進効果をin vitro試験で比較したものである。 試験方法の概要は、次のとおりである。 @ 抜歯された初期う蝕のない人の歯に、人工的に初期う蝕病巣と同様の脱灰層を形成する。 A 田中の方法に準じて、再石灰化液を調整する。 B D名誉教授の方法に準じて、「キシリトール+2」10gと「ポスカム」10gに、それぞれ60℃に加熱した再石灰化液を加え、ガムの含有成分を抽出する。 C 上記Bで作り出した抽出液に、上記@の歯を14日間浸漬する。抽出液は1日おきに新しい抽出液と交換する。 D 上記Cの歯から厚さ100μmの切片を作り出し、同切片をX線を照射して撮影し、画像をMIPなる装置に取り込み、歯の表面から深さ10μmごとのグレイ値(脱灰されている部分のグレイ値が0、脱灰されていない部分のグレイ値100)を計算する。 E 表面から深さ60μmまでの部分のグレイ値を算出し、これを再石灰化率として「キシリトール+2」と「ポスカム」の再石灰化促進効果を比較する。 イ 判断 (ア) D-2-3実験の内容は、前記第2の1(5)ウのとおりであり、これと前記アのロッテ報告書の試験方法とを比べると、実験の方法、条件等において大きく相違する。すなわち、D-2-3実験ではヒト唾液浸漬法により、ガム咀嚼時の刺激唾液に脱灰歯片を浸漬しているのに対し、ロッテ報告書ではガムの成分を抽出した再石灰化液に脱灰歯片を浸漬している。また、脱灰歯片は、D-2-3実験ではウシ歯を使用しているのに対し、ロッテ報告書ではヒト歯を使用しており、歯片の浸漬時間、浸漬間隔など浸漬の態様も大きく異なる。さらに、再石灰化効果の評価について、D-2-3実験がCMRから脱灰深度ldを測定し、これに基づいて再石灰化促進効果を評価しているのに対し、ロッテ報告書では、表面から60μmまで10μmごとのグレイ値を算定し、これに基づいて再石灰化促進効果を評価している。 (イ) 以上のとおり、D-2-3実験とロッテ報告書とでは、実施した実験の方法、条件、再石灰化効果の評価法において、大きく相違する。 したがって、ロッテ報告書の試験方法の妥当性を検討するまでもなく、両者の結果が異なることをもって、D-2-3実験の結果が不当であるとすることはできない。 (ウ) なお、原告は、D-2-3実験の結果は、M・鶴見大学歯学部解剖学第一講座教授の行った「キシリトール+2」と「ポスカム」の再石灰化促進効果の比較実験の結果(甲91)とも異なるから不当である旨主張する。しかし、D-2-3実験と甲91の比較実験との実験の方法、条件、再石灰化効果の評価方法が大きく異なることは、甲91の記載内容から明らかである。 したがって、前記(ア)、(イ)でロッテ報告書との比較について述べたのと同様の理由により、甲91の実験の妥当性を検討するまでもなく、両者の結果が異なることをもって、D-2-3実験の結果が不当であるとすることはできない。 (3) 不正競争防止法2条1項14号についての結論 以上に判断したとおり、D-2-3実験は、実験の方法、条件、結果のいずれも科学的に不合理な点はないから、これに基づく本件比較表示は正当な根拠を有するものというべきである。 したがって、「ポスカム」を「一般的なキシリトールガム」と比較し、「約5倍の再石灰化効果を実現」するとの表示を含む本件比較広告は、虚偽の事実の陳述流布には当たらない。 2 争点(2)(品質等誤認表示に当たるか)について 前記1で判断したとおり、「ポスカム」を「一般的なキシリトールガム」と比較し、「約5倍の再石灰化効果を実現」したと表記した本件比較表示は、虚偽の事実の表示に当たらない。原告は、仮に、同表示が虚偽の事実の表示に当たらないとしても、本件比較表示は特定の一部の情報のみを表すもので、一般消費者を誤認させる表示である旨主張するので、以下、この点について判断する。 (1) 評価パラメータの表示について ア 原告は、本件比較表示は、単に再石灰化効果が約5倍と表示するだけで、その「約5倍」との効果が、国際学会で再石灰化効果の評価方法として合意されているミネラル喪失量ΔZによる評価ではないこと、及びオプション的なパラメータである脱灰深度ld値による評価であることを一切表示していないので、このような表示態様は、一般消費者に対して、あたかも一般的・標準的なパラメータを用いた再石灰化効果の評価において約5倍の効果を得られると誤認させるような表示である旨主張する。 イ 原告の主張は、再石灰化効果を評価するに当たっては、ミネラル喪失量ΔZが一般的・標準的なパラメータであり、脱灰深度ldはオプション的なパラメータにすぎないことを前提とするものであるが、前記1(1)アで判断したとおり、ミネラル喪失量ΔZと脱灰深度ldは、ともに再石灰化効果を評価する際に標準的に用いられるパラメータであり、脱灰深度ldを単独で用いることも許容されるものと認められるから、原告の主張は前提を欠く。 したがって、本件比較広告において、「約5倍の再石灰化効果」との評価が脱灰深度ldに基づくものであることを表示していなくても、一般消費者に対して、何らかの誤認を生じさせるような表示であると認めることはできない。 (2) 4日間処理の結果のみの表示について ア 原告は、D-2-3実験は8日間の期間をもって実施され、その8日間の結果によれば、「ポスカム」と「キシリトール+2」の再石灰化効果は約2.4倍の違いがあるにすぎないにもかかわらず、被告は、8日間の実験の中途である4日間の結果のみを比較して「再石灰化効果が約5倍」との広告を行ったのであるから、このような表示態様は、特定の一部の情報のみを示し、他の情報を開示しない、一般消費者に対し誤認を与える表示である旨主張する。 イ 証拠(甲17、乙103)及び弁論の全趣旨によれば、D-2-3実験において、4日間処理と8日間処理とは、それぞれ別の実験系として実施されたことが認められ、4日間処理の結果が、8日間処理の中途結果であるとの原告の主張は前提を欠く。また、前記1(1)エに認定のとおり、「ポスカム」は、その包装に「1回に2粒を20分噛み、1日4回を目安に1週間続けると効果的です。」と記載され、「キシリトール+2」はその包装に「1回に2粒を5分噛み、1日7回を目安に、1週間続けると効果的です。」と記載されている。すなわち、「ポスカム」は、噛み始めてから合計560分経過した時点で、「キシリトール+2」は合計245分経過した時点で効果が現れると謳われている。そして、D-2-3実験の4日間処理では、脱灰歯片をガム咀嚼時の刺激唾液に合計640分間浸漬し、8日間処理では合計1280分間浸漬している。そうすると、D-2-3実験の4日間処理における浸漬時間640分間は、「ポスカム」及び「キシリトール+2」の両者において、ともに効果が現れると謳われている時間を十分に超えているといえる。 したがって、4日間処理の結果で「ポスカム」と「キシリトール+2」の再石灰化効果を比較することは、それぞれのガム製品の包装紙に謳われている効果を比較するという意味では、何ら消費者を誤認させるような表示であるということはできない。 ウ 以上に判断したところによれば、本件比較広告がD-2-3実験の4日間処理の結果のみに基づく比較結果を表示したことは、「ポスカム」及び「キシリトール+2」の品質等を誤認させる表示であるとは認められない。 (3) ウシ歯の使用について ア 原告は、D-2-3実験ではウシ歯を使用して実験をしているにもかかわらず、被告は、本件比較広告においてそのことを表示せず、かえって「20分間咀嚼して集めたヒト唾液に、脱灰したエナメル質歯片を37℃で1日あたり40分4回浸漬した。」、「ヒト唾液浸漬法で一般的なキシリトールガムとの比較試験」と表示しているが、このような表示態様は、あたかも人間の歯における実際の口腔内の再石灰化効果が実証されたかのように消費者を誤認させる表示であるといえる旨主張する。 イ 前記1(1)オに認定のとおり、再石灰化促進効果を評価する試験においてウシ歯を用いることは標準的な手段であるが、ウシ歯は、人の口腔内における再石灰化促進効果を評価するために使用されるのであるから、その試験結果は、正に人の口腔内での再石灰化促進効果を実証するものである。 したがって、本件比較表示を見た消費者が、人の口腔内での再石灰化促進効果が約5倍違うという意味に理解したとしても、それは、D-2-3実験の実験結果が表す本来の意味どおりの理解であって、この点において消費者に誤解は生じていない。 したがって、本件比較広告においてウシ歯を使用したことを表示しなかったとしても、本件比較広告が誤認的表示であるということはできない。 (4) 不正競争防止法2条1項13号についての結論 以上に判断したとおり、本件比較広告は、特定の情報の一部のみを表す誤認的表示であるとは認められない。 したがって、本件比較表示を含む本件比較広告は、品質等誤認表示には当たらない。 3 結論 (1) 以上のとおり、@「ポスカムは、一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現。」との本件比較表示を含む本件比較広告は、D-2-3実験を根拠とし、その実験で示されたデータのとおり表示されていること、そして、AD-2-3実験は、実験条件、方法等について不合理な点は存しないこと、B「D-2-3実験の結果」と「被告がその後実施した再実験の結果」とは、ほぼ同一の数値(約5倍)を示し、D-2-3実験の結果は、上記再実験により裏付けられていると判断できること等の事実に照らすならば、被告が本件比較広告をする行為は、不正競争防止法2条1項13号及び14号のいずれの不正競争行為にも該当しない。 (2) この点について、原告は、本件比較広告の根拠が1編の論文の1回の実験であること、TIGG論文が科学論文の体裁をなしていないこと、被告等がD-2-3実験の試料を保存していないこと等、本件比較広告が不正競争防止法2条1項13号及び14号の不正競争行為に該当する理由を縷々主張する。しかし、本件比較表示の根拠となったD-2-3実験の結果が科学的合理性を有することは、既に判断したとおりであること、原告においてD-2-3実験と同一条件の下での追試結果を提出していないこと等からすれば、原告の各主張はいずれも採用することができない。 また、原告は、本件比較広告が不正競争防止法2条1項13号及び14号の不正競争行為に該当するかどうかの判断に当たっては、「比較広告に関する景品表示法上の考え方」(公正取引委員会事務局、乙44)を参考とすべきであると主張する。しかし、上記不正競争行為に該当するか否かについては、不正競争防止法所定の各要件を検討すれば足りるのみならず、上記の考え方を考慮してもなお、本件比較広告は不正競争防止法2条1項13号、14号に該当するものではないから、原告の主張は採用できない。 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 榎戸道也 裁判官 神谷厚毅は、海外留学のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 飯村敏明 (別紙)第1目録 商品種類 粒タイプガム 商品名 ポスカム<クリアドライ> (別紙)第2目録 ポスカム<クリアドライ>は、一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現。 (別紙)第3目録 謝罪広告 当社は、平成15年5月20日以降、各新聞紙上において、当社商品であるポスカム<クリアドライ>に関し、「一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現」するとの広告を掲載しました。しかし、当社商品であるポスカム<クリアドライ>に関し、「一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現」するとの記載は虚偽のものでした。消費者の皆様には、虚偽の表示により商品内容の誤認を生ぜしめ多大な御迷惑をお掛け致しました。また、キシリトールガムを販売されております株式会社ロッテ殿に対し、当社の虚偽記載により、多大なる御迷惑をお掛け致しましたことを謹んでお詫び申し上げます。 |
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