判例全文 line
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【事件名】ヤマダvsコジマ 不当表示事件(2)
【年月日】平成16年10月19日
 東京高裁 平成16年(ネ)第3324号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・前橋地裁平成14年(ワ)第565号)
 (当審口頭弁論終結の日 平成16年8月31日)

判決
控訴人 株式会社ヤマダ電機
同訴訟代理人弁護士 三好徹
同 吉田哲
同 岩本康一郎
同 石田央子
同 津田直和
同 西尾政行
同 宮下正臣
同 中山素子
同 鶴ア有一
同 石井修平
被控訴人 株式会社コジマ
同訴訟代理人弁護士 相澤光江
同 佐藤歳二
同 二関辰郎
同 関端広輝
同 松村卓治
同 谷津朋美
同 横山和俊
同 福井晋也
同 江藤真理子
同 大久保暁彦


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
(控訴人)
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙表示店舗一覧表記載の各店舗その他の店舗において、原判決別紙表示目録記載(1)ないし(3)の各表示若しくはこれと同趣旨の文言を店舗外壁に表示し、又は、上記文言を表示した掲示物を貼付ないし設置し、その他上記文言を使用した広告を実施してはならない。
3 被控訴人は、原判決別紙表示店舗一覧表記載番号1の店舗の壁面から原判決別紙表示目録記載(1)の表示を抹消せよ。
4 被控訴人は、原判決別紙表示店舗一覧表記載番号2ないし38の各店舗に貼付してある原判決別紙表示目録記載(2)又は(3)の表示のあるポスターを撤去して廃棄せよ。
5 被控訴人は、控訴人に対し、1億9636万3895円及びこれに対する平成14年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙謝罪広告目録記載の謝罪文を同目録記載の要領で同目録記載の各新聞に掲載せよ。
7 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
8 上記第5項につき仮執行宣言
(被控訴人)
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、控訴人が、被控訴人の実施した原判決別紙表示目録記載(1)ないし(3)の各表示が、不当景品類及び不当表示防止法(平成15年法律第45号による改正前のもの。以下同じ。)4条2号に違反する違法な不当表示に当たるとともに、その実施が不正競争防止法(平成15年法律第46号による改正前のもの。以下同じ。)2条1項13号に該当する不正競争行為に当たり、それが控訴人に対する営業妨害及び名誉毀損になるとして、被控訴人に対し、不正競争防止法4条又は民法709条に基づき、損害賠償金及び上記各表示の大部分が撤去された後である平成14年12月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、不正競争防止法3条に基づき、上記各表示の実施の停止、その媒体の廃棄等を求め、さらに、同法7条に基づき、謝罪広告を求める事案である。
 原判決は控訴人の請求をいずれも棄却したのに対して控訴人が控訴し、控訴人の上記主張を排斥した原判決の認定判断をいずれも争うとともに、当審において、上記各表示が独占禁止法19条(不公正な取引方法の禁止)の規定に違反すること及び不正競争防止法2条1項14号に該当することを新たに主張した。
 (なお、本判決における用語は、原判決のそれに従う。)
2 前提事実
 原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の「1 争いのない事実等」欄(原判決3頁5行目から同4頁8行目まで)の記載のとおりであるからこれを引用する。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
 下記4のとおり控訴人の当審における主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の「2 争点」欄(原判決4頁9行目から同21頁6行目まで)の記載のとおりであるからこれを引用する。
4 控訴人の当審における主張
(1) 景品表示法違反の不当表示による不法行為について
ア 価格表示ガイドラインに抵触する表示は、特段の事情のない限り、景品表示法4条2号違反の不当表示に該当すると解するべきである。また、同号に違反する不当表示を行うことは、特段の事情がない限り、当該表示により損害を被った競争事業者に対して不法行為上の違法性を具備するというべきである。
 控訴人が原審及び当審で主張した事実を総合すれば、本件各表示が価格表示ガイドラインに抵触し、不法行為が成立することは明白である。
イ 本件各表示は、適用対象となる商品を何ら特定していないのであるから、結局のところ、被控訴人の取り扱う全商品について、控訴人よりも「安い」または「安くする」旨を表示していることにほかならず、景品表示法4条2項に関する価格表示ガイドラインに違反する。
 このことは、控訴人が原審でも主張したところであるにもかかわらず、原判決は何らの判断を示しておらず、理由不備である。
ウ 原判決は、本件各表示は本件条件表示1及び2と一体となっていることを理由に、価格表示ガイドラインに照らして景品表示法4条2号違反の不当表示とはいえないと判示するが、以下のとおり不当である。
(ア) 各条件表示が著しく小さいものであること
 原判決は、本件条件表示1及び2が本件表示B及びCと一体の表示であると評価できるかどうかについて、本件条件表示1及び2が「読むのに困難なほど小さな文字で記載されているかどうか」、すなわち文字の絶対的な大きさを基準として判断すべきものとしているが、価格表示ガイドラインの記載の趣旨に照らせば、価格を安くする旨の表示の大きさとの相対的な比較をすべきである。そして、本件条件表示1及び2は本件表示B及びCに比べて著しく小さい(面積比で1対19)のであるから、この点において価格表示ガイドラインに抵触することは明らかである。
(イ) 本件条件表示1の虚偽性
 本件条件表示1の「万一、調査もれがありましたら………」との文言のうち「万一」は「通常はあり得ないが極めて例外的に」という意味であり、本件各表示が対象商品を限定していないことを考え合わせると、被控訴人が控訴人の商品全部について価格調査をしていることを前提とした表示であるとみるのが自然であるところ、被控訴人の実施している価格調査は控訴人の商品のうちごく一部についてしかなされていないのであるから、この点において虚偽の表示である。
(ウ) 本件条件表示2の不明瞭性
 本件条件表示2における「但し、処分品・限定品・当社原価割れにあたる商品は原価までの販売とさせていただきます」との文言につき、原判決は、「その内容が一般消費者からみて容易に判断することができるものといえる。」と判示したが、不当である。被控訴人の店舗への来店客には、どの商品が「処分品・限定品」に当たるのかは不明であるし、原価を知ることもできないからである。
エ 本件各表示の中でも、本件表示Aは、次のとおり、同B及びCに比べても違法性が大きいものであり、原判決がこの点を看過しているのは不当である。
(ア) 本件表示Aは同Bと一体性がなく各条件表示を伴わないこと
 原判決は、「被控訴人のコジマNEW柏店に買い物に来た一般消費者は、本件表示Aを見るとともに本件表示Bを見ることになるのが通常である」と認定し、本件表示Bには本件条件表示1及び2がなされているから、結局本件表示Aにも本件条件表示1及び2がなされているのと同視できるとするようである。
 しかしながら、店舗入口上部の外壁上の本件表示Aと店舗内のポスター上の本件表示Bとは、空間的に離れており、文字の大きさも著しく異なるから、顧客が同時に認識することは不可能である。また。対象とする顧客層も異なる(前者は公道上の通行人中の潜在的顧客を対象とし、後者は来店する現実の顧客を対象とする。)。したがって、両表示を一体としてみることは不合理である。
 また、被控訴人が本件表示Bを撤去していた期間中(少なくとも平成14年10月19日ごろから同月26日までの間、及び、同年12月8日から平成15年1月7日まで)は、本件表示Aは何らの条件表示を伴わずに掲示されていたことになる。
(イ) 本件表示Aは公道に面して掲示されていること
 本件表示Aは交通量の多い幹線道路上の歩行者・自動車搭乗者からも容易に視認できるものであるし、柏市所在の店舗に限定せず控訴人と被控訴人との商品価格を一般的に比較するものであるから、控訴人の営業に重大な影響を与えるものである。したがって、原判決が「営業妨害の有無に関連しての不当表示性の有無を検討する際には、本件表示Aのみ見ただけで、実際に被控訴人のコジマNEW柏店に来店して買物することをしない一般消費者のことを考慮するのは無意味である」と判示したのは、誤りである。
(ウ) 本件表示Aのインパクトの大きさ
 本件表示Aは、店舗外壁に大きく掲示されて半永久的に存続するものであるし、これを目にする者の数は本件表示B及びCとは比較にならないほど多い。また、本件表示Aは、被控訴人が同B及びCを撤去した後も継続して掲示されている。
 このように、本件表示Aが一般消費者に与えるインパクトは極めて大きく、本件各表示の中で最も違法性の強いものであるといわなければならない。
オ 本件表示Cについても、原判決は、その違法性を看過している。
 本件表示Cは、対象商品を特定せずに「ヤマダさんよりお安く『してます』」と表現するものであり、同Bの「お安く『します』」という表現と異なり、全ての商品の価格が、顧客から価格交渉をされるまでもなく控訴人の販売価格よりも安くなっていることを意味している。したがって、本件表示Cを掲示した被控訴人の店舗においては、競合する控訴人の店舗と比較して、同一商品の値札自体の価格が安くなければ直ちに本件表示Cは虚偽となるべき性質のものである。原判決は、本件条件表示1及び2の存在を理由に、本件表示Cは常に被控訴人の価格が控訴人の価格よりも安いことを表示しているとはいえないと判示するが、前記のとおりの各条件表示の文字の小ささ、内容の虚偽性、表示の不明瞭性に照らし、各条件表示の存在は本件表示Cの違法性を減殺するものとはいえない。
カ 原判決は、被控訴人の控訴人店舗に対する価格調査の実状次第では、本件各表示が不当表示に該当することとなる可能性を指摘しながら、価格調査の実態を誤認した結果、「被控訴人が、控訴人の商品に対する価格調査を怠っているとも、控訴人の商品の最近時の販売価格を比較対象としていないともいうことができない」と誤って判断したものである。
(ア) 前記のとおり、本件各表示は、控訴人店舗でも取り扱っている商品の全てについて被控訴人店舗における価格の方が安い旨を意味するものであるから、被控訴人は、控訴人店舗の全取扱商品の1点ごとに毎日価格調査をする必要がある。しかしながら、被控訴人はかような調査を実施していない。
(イ) また、被控訴人店舗において、控訴人店舗よりも高い価格が表示されていた複数の商品について、控訴人が派遣した調査員が価格交渉をしたところ、被控訴人の店員は、控訴人店舗の価格よりも低い価格への値引きに応じなかったのであり、このことからも、本件各表示の内容が虚偽であることは明白である。
 この点につき、原判決は、被控訴人の店員が、調査員のことを顧客ではなく控訴人によって派遣された者であると見破ったか、あるいはその疑いを抱いたためである可能性は否定できないと判示するが、以下のとおり不当である。
a 控訴人による前記調査員の派遣は、異なる日時・売場において、複数の調査員によって行われており、応対した被控訴人の店員もそれぞれ異なる。しかるに、被控訴人の店員はいずれも一様に値引きに応じなかったのであり、これは偶然の一致ではあり得ない。
b 被控訴人の店員が、来店者が控訴人から派遣された調査員であると疑ったのであれば、そもそも値引き自体にも応じないはずであるのに、値引き自体には応じているのであるから、そのような疑いを抱いたとの原判決の認定とは矛盾する。
c 仮に、控訴人から派遣された調査員には積極的に値切ろうとする姿勢が乏しい等の理由で、調査員であるとの疑いを被控訴人の店員が抱いたとしても、顧客である可能性も存する以上は、値引きに応じないという理由にはならないはずである。また、被控訴人の店員は、控訴人店舗での価格として調査員が告げた価格が真実そのとおりであるかを確認しようともしていない。これらの事実は、被控訴人においては、本件各表示どおり控訴人店舗の価格よりも安くするという販売方針を実際には取っていなかったことの表れであり、本件各表示の虚偽性を物語るものである。
キ なお、原判決は、本件各表示が景品表示法4条2号に違反しないことの理由の一つとして、控訴人及び被控訴人の間で激しい安売り競争が繰り広げられていることは公知の事実であることを挙げるが、かかる事実は、むしろ本件各表示の違法性を裏付けるものである。なぜなら、このような安売り競争の過程においては、商品によっては、被控訴人の販売価格が控訴人のそれよりも高くなっていることが必ずあり得る以上、対象商品を特定しないで包括的に被控訴人の販売価格が安いことを標榜する本件各表示は、必然的にその一部に虚偽の内容を含むことになるからである。
(2) 不正競争防止法違反について
ア 原判決は、商品の価格の安さに関する本件各表示は、商品の小売業者が商品とは無関係に営業に関してなす表示であり、商品の「品質、内容」に関する表示に当たらないし、また、「役務」の質に関する表示であるともいえないから、不正競争防止法2条1項13号(以下単に「13号」という。)による規律の対象とはならないと判断したが、以下のとおり誤りである。
(ア) 商品の小売業の場合、「役務」と「営業」を完全に区別することは極めて困難であり、販売価格に関して誤認を生ぜしめる表示は、その提供する役務の質、内容に関するものであるともいえる。そして、本件各表示のように、実際には競争事業者の価格よりも常に安く商品を販売するとは限らないにもかかわらず、競争事業者を名指しして対象商品を特定せずに常に自己の販売価格の方が安いかのごとく装う表示も、二重価格表示と同様、13号の不正競争行為に当たると解するべきである。
 特に、控訴人と被控訴人が属する家電量販店の市場においては、取り扱う商品の品質には差異がなく、需要者が注目する競争の対象は価格の安さであるから、同一の商品をどれだけ安く販売できるかという営業活動を13号にいう「役務」に含めて考えるべきである。
(イ) 本件各表示は、価格の安さで知られる控訴人の名称を前面に出し、被控訴人の販売価格はその全取扱商品について常に控訴人の価格よりも安いかのごとく表示することによって、控訴人のブランド力を不当に利用し、控訴人の集客力をそのまま被控訴人の客集めに利用しようとするものである。
 家電量販店の市場においては、取り扱う商品の種類・品質について競争事業者間に差がないことから、価格の安さこそが競争事業者に対して自らを差別化し、顧客誘引力を獲得するための基礎となる。このような状況の中で、販売価格について誤認を生じさせる本件各表示を13号の規制の対象ではないと解することは、当該市場における公正な競争の確保を不可能にし、不正競争防止法の目的を没却するものである。
イ 原判決は、平成5年の不正競争防止法の制定過程において、商品の価格に関する誤認惹起行為を規制の対象とすることが議論されながら結局見送られたという経緯を指摘し、このことを、本件各表示に対する13号の拡張適用または類推適用を否定することの根拠にしている。
 しかしながら、同法制定後10年以上を経過した今日においては、制定時の議論がそのまま当てはまるものではなく、原判決がこれを根拠として用いるのは不当である。
(3) 営業妨害及び名誉毀損について
ア 原判決は、営業妨害による不法行為の成立を否定する理由として、本件各表示が不当表示ないし不正競争に当たらないこと、他に本件各表示の実施が社会通念上許されないものとする特段の事情も認められないことを挙げている。
 しかしながら、本件各表示が不当表示及び不正競争に該当することは、前記(1)及び(2)に述べたところから明らかである。また、本件各表示は、特定の競争事業者である控訴人を名指しで示す一方、包括的・抽象的に被控訴人の価格が安い(控訴人の価格が高い)ことを強調するものであるから、価格の安さを生命線とする競争環境において、需要者たる消費者の心理に端的に訴えるという点で広告効果が極めて大きく、その内容が虚偽または不正確である場合は、競争事業者たる控訴人から不当に顧客を奪うことに直結するものである。このような効果を有する本件各表示を放置することは、広告方法を無秩序状態に陥れ、一般消費者に混乱を惹き起すものでもあるから、社会通念上も許されないことは明白である。
イ 名誉毀損について、原判決は、本件各表示の読み手である一般消費者は、価格の安さで知られる控訴人よりもさらに被控訴人の価格は安いという趣旨に理解し、控訴人の価格が不当に高いという印象を抱くものでないと判断し、本件各表示は控訴人の外部的評価を低下させるものではなく名誉毀損の成立する余地はないとした。
 しかしながら、本件各表示は、特定の競争事業者である控訴人を名指しで示す一方、包括的・抽象的に被控訴人の価格が安いことを表現するものであるから、控訴人の価格が高いことを摘示するのと全く同様の意味を有している。そして、家電量販店にとっては価格の安さが生命線であること、控訴人はその価格の安さを実現するために血のにじむような努力を重ねてきたことを考慮すれば、被控訴人が本件各表示を行うことは、控訴人の企業としての社会的評価を著しく傷つけるものである。しかるに、原判決は、かかる業界の特殊性及び控訴人の企業努力を看過した結果、社会的評価の低下はないと誤って判断したものである。
ウ なお、本件各表示の中でも、本件表示Aは、前記のとおりの設置場所及びその大きさからみて、営業妨害及び名誉毀損の程度は、本件表示B及びCにも増して著しいものである。
(4) 不正競争防止法2条1項14号違反について
 本件各表示は、競争関係にある他人(控訴人)の営業上の信用(商品を安く売ること)を害する虚偽の事実(控訴人の価格が常に高いこと)を告知・流布するものであるから、不正競争防止法2条1項14号に違反する。
(5) 独占禁止法違反(ぎまん的顧客誘引)について
 本件各表示は、競争者たる控訴人の顧客を被控訴人と取引するように誘引する行為であり、虚偽ないし不正確な表示によって控訴人のブランド力を不当に利用し、控訴人の集客力を被控訴人の客集めに利用しようとしている点で、公正な競争を阻害するおそれがある。また、商品の価格という取引条件について、競争者(控訴人)に係るものよりも著しく有利であると顧客(一般消費者)に誤認させ、控訴人の顧客を被控訴人と取引するように不当に誘引する行為である。
 したがって、本件各表示は、公正取引委員会告示第15号「不公正な取引方法」の第8項に該当し、独占禁止法第19条に違反する。このことも、被控訴人の控訴人に対する民法上の不法行為責任を基礎付けるものである。
第3 当裁判所の判断
 原判決は、本件訴訟の提起は訴権の濫用にあたり却下されるべきであるとの被控訴人の本案前の主張は採用できないと判断したうえ、控訴人の請求はいずれも理由がなく棄却すべきものとした。当裁判所の判断も、結論においてこれと同一であり、その理由は、以下のとおりである。
1 訴権の濫用の主張について
 この点についての当裁判所の判断は、原判決の「事実及び理由」中「第3 争点に対する判断」の1項(原判決21頁8行目から23頁2行目まで)の説示のとおりであるからこれを引用する(ただし、原判決22頁22行目の「乙17、18」を「乙18、19」に改める。)。
2 景品表示法4条違反の主張に関して
 (本項において、景品表示法を単に「法」ということがある。)
(1) 本件における判断の枠組みについて
ア 景品表示法違反の有無と不法行為の成否との関係
 控訴人は原審以来、本件各表示は法4条2号に該当する不当表示であり、被控訴人による本件各表示の実施は控訴人に対する不法行為を構成すると主張している。
 当裁判所としても、かかる主張にかんがみ、まず本件各表示が景品表示法4条2号に該当するか否かを判断するが、同号への該当の有無と不法行為の成否との間には、次のような関係があることに留意すべきである。
(ア) 競争事業者との取引条件(本件では販売価格)の比較に関して法4条2号に該当する不当表示をすることは、それ自体直ちに競争事業者に対する不法行為を構成するものではない。なぜなら、景品表示法の不当表示に対する規制は、公正な競争を確保することによって一般消費者の利益を保護することを目的としており、競争事業者の利益の保護を目的とするものではないし、法4条の規定違反に関する判断は、不法行為の成否を認定するための前提問題に過ぎないからである。
 また、景品表示法は、独占禁止法の特例を定めることから、独占禁止法の補完法といわれているが、独占禁止法とは異なり、私人による損害賠償請求等を認めていない。
(イ) そもそも、市場における競争は本来自由であることに照らせば、事業者の行為が市場において利益を追求するという観点を離れて、ことさらに競争事業者に損害を与えることを目的としてなされたような特段の事情が存在しない限り、法4条の規定に違反したからといって直ちに競争事業者に対する不法行為を構成することはない。
(ウ) なお、ある表示が法4条2号に該当するか否かを裁判所が民事訴訟において判断することは、景品表示法が本来予定するところではないということができる。
 すなわち、景品表示法の本来の執行機関は公正取引委員会及び各都道府県知事であり、これらの当局は、同法に基づく調査権限を行使して収集した資料に基づき、市場環境及び商慣習等を勘案して、法4条2号所定の各要件への該当性を自ら判断する権能を有している。これを本件に即していえば、仮に当局が本件各表示が法4条2号に該当するとの疑いを抱いた場合、まず折込広告チラシ等を系統的に収集整理したうえ、被控訴人及び控訴人の競合店舗に対して同日同時刻に立入調査を行い、多数の商品についてその店頭表示価格を対比した資料等を作成する。そして、かかる資料に基づいて、その当時における消費者の意識等についての専門的な知識経験を踏まえ、法4条2号への該当の有無を判断することになる。
 そして、景品表示法違反に関する裁判所の判断は、公正取引委員会の審決に対する取消訴訟の場において、主として審判手続において提出された証拠に基づき、公正取引委員会が審決で示した判断に対する事後的審査の形で行われることが予定されているといえるのである。
イ 価格表示ガイドラインの位置付け
 商品の販売価格に関する表示が法4条2号の定める不当表示に当たるか否かの点について、公正取引委員会は価格表示ガイドライン(乙2)において基本的な考え方と具体的事例を示しており、同ガイドラインの内容が本件における判断においても重要性を持つことについては、当事者間に争いがない。そこで、当裁判所も、同ガイドラインを参酌して検討する。
 なお、控訴人は、前記第2の4(1)アのとおり、価格表示ガイドラインに違反する行為は特段の事情がない限り法4条2号に該当すると主張し、端的に本件各表示が同ガイドラインに違反するか否かを検討すべきだとするようである。しかし、同ガイドラインはその「違反」を問擬しうるような明確な構成要件を示しているものではなく、その表題にもあるように「考え方」を示したものであるうえ、掲げられた事例も「不当表示に該当するおそれのある主要な事例」ではあるが(同ガイドライン「第1」の1)、「事業者が行う具体的な価格表示が景品表示法に違反するか否かについては、景品表示法の規定に照らして、個別事案ごとに判断されるべきことはいうまでもない」(同「第1」の3)と注意的に記載されているところである。したがって、本件においても、同ガイドライン違反の有無を検討するのではなく、同ガイドラインを参考にして法4条2号への該当性を直接検討するという手法によるべきものである。
ウ 検討の基本的視点
 法4条2号を本件の事案に当てはめれば、本件各表示によって、被控訴人の店舗における商品の販売価格が、控訴人の店舗におけるものよりも顧客にとって「著しく有利」であると一般消費者に誤認される場合には、本件各表示は法4条2号に該当するということになる。そして、同号の文言上も明らかなように、かかる誤認が生じるか否かの判断は一般消費者の認識を基準としてなすべきものである。
 ここで、「著しく有利」であると一般消費者に誤認される表示か否かは、当該表示が、一般的に許容される誇張の限度を超えて、商品又は役務の選択に影響を与えるような内容か否かによって判断される(同ガイドライン「第2」1(2))。このことを本件事案に即していうと、一般に広告表示においてはある程度の誇張や単純化が行われる傾向があり、健全な常識を備えた一般消費者もそのことを認識しているのであるから、価格の安さを訴求する本件各表示に接した一般消費者も、かかる認識を背景に本件各表示の文言の意味を理解するのであり、そのことを前提にして検討を行うべきものである。
(2) 本件各表示の文言の合理的な意味・内容について
ア 控訴人は、前記第2の4(1)イのとおり、本件各表示は、適用対象となる商品を何ら特定していないのであるから、これを掲示した被控訴人の店舗で販売する全ての商品について、控訴人の店舗よりも「安い」または「安くする」旨を表示していることになると主張する。そして、このことを前提に、販売価格の安さを強調する表示を行う場合には適用対象となる商品の範囲を明示すべきであるとの価格表示ガイドラインの「第6」1の記載に適合せず、法4条2号に該当するものであると主張するので、以下検討する。
 ところで、本件各表示は、その文言に微妙な違いがあるものの、これに接した一般消費者が被控訴人の店舗における販売価格に関して抱く印象という点では実質的に同一のものと認められるから、以下においてはこれらを一括して検討する。なお、この点につき控訴人は、本件表示Cの「ヤマダさんより安くしてます」という文言は、同A及びBの「ヤマダさんより(お)安くします」とは異なり、被控訴人の店頭表示価格の段階で既に控訴人の店頭表示価格よりも安くなっていることを意味していると主張するが(前記第2の4(1)オ)、必ずしも一義的にそのような読み方が生ずるとは限らず、店頭での価格交渉によって控訴人の店頭表示価格よりも安く「している」という意味にも解することができるのであるから、本件表示A及びBの「安くします」という文言と変わらないものと考えることができ、控訴人の主張は採用できない。
 また、本項((2))における検討は、本件各表示が本件各条件表示を伴わずに行われることを前提とするものである。本件各表示が本件各条件表示を伴って用いられていることを前提とする当裁判所の判断は、後記(4)において改めて説示する。
イ(ア) 確かに、本件各表示に接した消費者の中には、控訴人の主張するように、被控訴人の店舗では、その取り扱う全ての商品を、控訴人の店舗におけるよりも安く購入できるという趣旨に本件各表示を理解する者がいる可能性は否定できない。
(イ) しかしながら、本件各表示には、適用対象とする商品の範囲の明示はないものの、「全商品」「全品」という記載が明確になされているわけでもない。また、家電量販店においては、店頭表示価格と、店員との交渉の結果最終的に提示される価格(以下「値引後価格」という。)とが異なる(後者の方が安い)場合があることは公知の事実であるが、本件各表示において、比較の対象となる控訴人の価格が、店頭表示価格又は値引後価格のいずれであるかについても特定はされていない。そして、本件各表示の掲示の箇所は店舗の外壁、入口ガラス戸、廊下等であって(甲1ないし27)、個々の商品に付されるものではない。
 本件各表示がこのように概括的・包括的内容のものであることからすると、本件各表示に接した消費者は、一般的に、これを価格の安さで知られる控訴人よりもさらに安く商品を売ろうとする被控訴人の企業姿勢の表明として認識するにとどまるというべきである。また、一般消費者の中には、それよりもやや具体的な期待、例えば、被控訴人の店頭表示価格は同一商品に関する控訴人の店頭表示価格よりも安いという期待や、控訴人の店頭表示価格又は値引後価格が被控訴人のそれよりも安いときに、その旨を告げて被控訴人の店員と交渉すれば、控訴人の店頭表示価格又は値引後価格よりもさらに安い値引後価格を引き出せるという期待を抱く者の割合も少なくないと考えられる。
(ウ) しかし、そのような期待以上のもの、すなわち、控訴人が主張するように、被控訴人の店舗で販売される全ての商品についてその店頭表示価格が控訴人の店舗よりも必ず安いとか、被控訴人の値引後価格は必ず控訴人のそれよりも安くなるという確定的な認識を抱く者の数は、それほど多くないと考えられるのである。その理由は次のとおりである。
a 今日の家電量販店の取扱品目は数千点以上に及び、各事業者は頻繁にその店頭表示価格を変更している。このような事実に照らすと、取扱品目の全てについて競合他店における同一商品の店頭表示価格を日々調査をするのは不可能であり(このことについては当事者間に争いがない。)、そのことは、一般消費者にとってそれほど理解困難なことではない。
b 値引後価格については、ある特定の商品に関する控訴人の値引後価格を被控訴人が調査することはできない。また、顧客が控訴人の値引後価格を告げて被控訴人の店員と値引き交渉する際にも、控訴人の値引後価格が記載された書面を持参しているのであればともかく、顧客の申告だけでは真実そのような値引後価格が控訴人によって提示されたことを被控訴人において確かめるのは容易ではないから、その価格が極端に安い場合などは、被控訴人の店員が顧客の言を信用せず値引に応じないこともあり得る。このようなことは、値引き交渉において一般的にしばしば起こり得ることであるから、一般消費者にとって予想できることである。
c 控訴人がその販売価格の安さで著名であることについては、当事者間に争いがないし、このことを前提とするのでなければそもそも本件各表示は意味を持たない。そうすると、控訴人よりもさらに安い価格で販売することは、多くの企業にとっては原価割れの危険を含むものであって、そのような価格引下げにはおのずと限度があることも、それほど理解困難なことではない。したがって、商品によっては、あるいは控訴人の価格によっては、被控訴人がこれよりも安くしない(できない)場合があることも、一般消費者にとって十分予想できることである。
d また、激烈な価格競争を繰り広げている近時の家電量販店の業界においては、ある時点における価格を特定してこれを比較するということがそもそも困難になっているということができる。例えば、控訴人の店頭における表示を示した甲41の右側の写真によれば、旧の値札の上に新しい値札を貼り付けることによって店頭表示価格自体を機動的に変更していることが認められるし、被控訴人においても同様である(乙4の右側の写真)。このような状況は、乙5(朝日新聞記事)においても、「店の表示価格の上に『更に値下げ!』と書き込まれている。店頭表示は『これより更に下げる』ことを示すだけの暗号となっていく。」と描写されているところであるし、乙5及び乙6(週刊現代記事)によれば、被控訴人及び控訴人の双方が、相手方の価格の推移を見ながら1日数回にわたる値下げを日常的に行っていることが認められる。
 このような状況のもとでは、一般消費者にとって、ある時点における両方の店舗の価格を正確に比較することはそもそも不可能となっているといえる。例えば、被控訴人の店頭表示価格が控訴人の店頭表示価格よりも安いと思って購入した場合にも、その時点では既に控訴人の店頭表示価格が更に引き下げられているかもしれないし、控訴人の店舗に再度足を運べばさらに値引きを受けられた可能性もある。したがって、本件各表示に接した消費者は、一般的に、被控訴人の店舗の方が常に結果的に有利になるとまで認識するとは限らない。
(エ) このように、本件各表示に接する一般消費者の中には、被控訴人の店舗では全商品について必ず控訴人の店舗よりも安く買えるという確定的な認識を抱くには至らない者も、相当多数存在するものと考えられるのである。一方、上記(ア)のように、そのような確定的な認識を抱く消費者層が存在する可能性があるとしても、それは未だ「一般消費者」の認識とはいいがたいものである。
 したがって、「一般消費者」の認識を基準として景品表示法4条2号の該当性を判断するにあたり、本件各表示の意味を控訴人主張のように解することは、当を得たものではない。そして、被控訴人の店舗において本件各表示に接した消費者は、通常、高額商品や売れ筋商品については控訴人の店舗よりも安い店頭表示価格が設定されていること、及び、店頭表示価格が安くなっていない場合には、店員との相対の交渉によって値引きを受ける余地があること、を意味するものとして本件各表示を理解するにとどまるというべきであるから、かかる理解を前提として本件各表示の法4条2号該当性を判断すべきである。
(3) 本件各表示の法4条2号該当の有無
ア 本件各表示の文言から生ずる一般消費者の理解が上記(2)イ(エ)のようなものにとどまる以上、そのような理解に沿う実態がある限り、本件各表示は、「一般消費者」の誤認を生ぜしめるものとはいえないことになる。そして、原判決が正当に認定する被控訴人の価格調査及び店頭顧客対応の状況(原判決26頁19行目から28頁8行目まで)にかんがみると、まさにそのような期待に沿う実態が存在していたといえるのであって、本件各表示は、本件各条件表示を伴わない場合であっても、法4条2号に該当すると解することはできない。
イ 本件各表示が景品表示法4条2号に該当すると判断することができないことは、上記ガイドラインに記載された事例との比較においてもいえることである。
 価格表示ガイドラインの「第6」の2イには、法4条2号に該当するおそれのある事例が挙げられているが、その末尾に記載された事例は、その内容からみて、平成13年7月3日に控訴人が公正取引委員会から警告を受けた案件(乙3)を念頭においたものであることを優に推認できる。そして、公表された同案件の事案の概要(乙3)によれば、控訴人が行った表示は、「他店のチラシ掲載商品」の価格を比較対象とし、それよりも「10%以上」安くするというきわめて具体的な内容のものだったというのであるから、かかる表示に接した消費者は誰でも、対象商品について、控訴人がそのとおりの価格で販売を行うという確実な認識を抱くに至ることは明らかである。したがって、実態がこの認識に反するものであった以上、当該表示は「著しく有利であると一般消費者を誤認させる」ものとして法4条2号に該当すると公正取引委員会によって判断されたのも、当然のことであったといえる。そのような場合に比べて、本件各表示によって生じる一般消費者の期待は前記(2)イ(エ)のように漠然としたものであり、これを同ガイドラインに記載された前記事例と同列に扱うことはできない。
 また、同じく価格表示ガイドラインの「第6」の2イの事例のうち、2番目の事例は、「全品大幅値下げ断行」という表示にかかるものである。ここには、「全品」という明確な記載があり、かかる表示を、通常は値下げの対象にならないような商品までも値下げされているという趣旨に一般消費者が理解することは当然である。したがって、同様の記載を欠く本件各表示とは、性質が異なるものである。
ウ 価格調査等について
 なお、上記アの点に関連して、控訴人は、前記第2の4(1)カのとおり、被控訴人が実施している価格調査及び店頭顧客対応の実態を原判決は誤認しており、被控訴人の価格調査等の実態は本件各表示が不当表示であることを裏付けるものであると主張するが、以下のとおり採用できない。
(ア) 価格調査について
 前記(2)イ(エ)のとおり、本件各表示は、これに接する一般消費者に、被控訴人の店舗の方が同一商品につき控訴人の価格よりも安く買えるという期待を抱かせる程度のものにとどまるのであり、これに対応する被控訴人の態勢としては、毎日1回ないし数回控訴人の主力商品の店頭表示価格を確認する価格調査を行い、その結果、控訴人の店頭表示価格の方が安くなっていることが判明した商品については直ちに対抗した値下げを行う、という程度で十分であるというべきである。そして、被控訴人がこのような価格調査を実施し、その結果を反映した機動的な価格の修正も行っていることは、乙5(朝日新聞記事)、乙20(被控訴人従業員陳述書)によって認められる。
 この点、控訴人は、特定の商品について被控訴人の店頭表示価格が控訴人の店頭表示価格よりも高い例を指摘するが、一店舗あたりの取扱商品が数千点以上にのぼることを考慮すれば、ごく僅かな例にとどまる。例えば、被控訴人のNEW柏店に関して、控訴人が証拠に基づいて指摘しているのは7例(甲1の5例、甲41の2例)に過ぎない。そして、これらはいずれも2万円台までの比較的低額の商品であり、しかも、比較の対象となっている控訴人の店頭表示価格はプラスチック製の本来の値札の上に紙製の値札を貼り付けて表示されたものであって、控訴人においても急遽値下げした結果として付された価格であることが推認されるから、被控訴人の価格調査においてこれが反映されず、これよりも低い店頭表示価格をつけられなかったとしても、そのことをとらえて価格調査が不十分であったということができるものでもない。そして、本件訴訟の発端であり、本件表示Aの存在により争いの中心となっているNEW柏店においてすら控訴人がこれらの限られた例しか挙げ得ていないという事実は、逆に、総体的には、被控訴人の店頭表示価格は控訴人のそれよりも安くなっている場合の方が多いことを推認させるものであるということができる。(なお、控訴人が平成16年9月22日付弁論再開申立書とともに提出した甲67ないし甲75号証においても、被控訴人の店頭表示価格10万円を超える商品はパソコンが9例挙げられているだけであり、同一商品名で重複して挙げられているものを除くと7例に過ぎないから、数としては僅かなものであることに変わりはないし、これらについて控訴人の方が安いという控訴人の主張は、ポイントの付与を現金値引きと同視することを前提としているところ、かかる前提自体が必ずしも当を得たものとはいえないから、上記各証拠は当裁判所の判断を左右するものではない。)
 そうすると、被控訴人の店舗においては、控訴人の店頭表示価格よりも安い店頭表示価格を設定するために必要な価格調査を行っているということができるのであり、原判決が、本件各表示をするにあたってなすべき価格調査を控訴人が怠っているとはいえないとしたことは、正当なものとして是認することができる。
(イ) 店頭での顧客対応について
a 控訴人は、被控訴人の店舗に派遣された控訴人の調査員が控訴人の店頭表示価格を示して同一商品の値引き交渉をしたにもかかわらず、被控訴人の店員は値引きに応じなかった事例があることを指摘する。
 しかしながら、被控訴人の店員がこのような対応を取ったのは、顧客ではなく控訴人の派遣した調査員であると見破ったか、あるいはそのように疑ったことによる可能性が高いことは、原判決の認定説示のとおりである。
b この点につき、控訴人は前記第2の4(1)カ(イ)のとおり、被控訴人の店員が調査員の身元につき疑いを抱いたと認定判断するのは不当であると主張するが、甲44及び45の各1及び2(録音テープとその反訳書)に記録された応対の経過に照らすと、いずれも採用できない。
(a) 控訴人の主張aについては、どの店員も結果的に値引きに応じなかったという点においては控訴人の主張のとおりであるが、他方、値引きの用意があるという姿勢で対応している点においても各店員の対応は一致しており、このことは、被控訴人が本件各表示に相応する基本方針を取っていたことの表れであるといえる。
(b) 同bについて、来店者の身元を疑ったのであればそもそも値引き自体に応じないはずであると控訴人は主張するが、応対の経過に照らすと、被控訴人の各店員は、応対の当初においては一般の顧客(買う意思のある者)として接客していたが、応対中の調査員の不自然な言動のために、値引きを行うことに消極的になったことが窺える。また、この場合、被控訴人の店員が、来店者を控訴人の調査員であると見破る又は疑う必要はないのであって、買う意思のない「冷やかし」の客であると判断した場合にも、それ以上の値引きを真剣に検討しなくなる点では同一である。
(c) 同cについて、買う意思を有する顧客であった可能性も存する以上、値引きに応じないのはおかしいと控訴人は主張する。しかし、実際に顧客であり、その申告する控訴人の価格も正しかった場合には、値引きに応じないことは本件各表示に反する扱いをしたものとして顧客の信頼を失墜しかねないのであるから、被控訴人の店員がかかる危険を冒して値引きに応じなかったのは、来店者の身元若しくは買う意思又は来店者が告げる控訴人の価格に関して相応の根拠を伴った疑いを抱いているからであると考えられ、値引きに応じなかったのは不自然ではない。
c かえって、前記録音テープ等の証拠によれば、対応した被控訴人の店員は、いずれも、控訴人の価格として来店客が申告するものに特段の疑いがなければ、即座にこれと同額またはそれ以下までの値引きに応じるという基本的な姿勢で対応していること、そしてこの方針が被控訴人の全従業員に徹底されていることが認められる。これは、乙20及び21(陳述書)で被控訴人のNEW柏店の副店長が供述しているところと一致する。特に、甲44の2の4頁から5頁にかけての応対(ソニーの14型テレビに関する問答)では、控訴人の値引後価格を記載した見積書等を持参すればそれよりも値引きができること、現在在庫がないので口約束はできないこと、等を述べており、誠実な対応であるということができる。
 このような対応は、本件各表示を見た消費者が通常期待する対応であるということができ、価格交渉の結果、最終的に控訴人の価格よりも安くならなかったとしても、そのことによって、本件各表示が、被控訴人の取引条件が控訴人のそれに比べて著しく有利であると誤認させるものであったことになるわけではないというべきである。
(4) 本件各条件表示を伴う場合について
ア 前記(3)アのとおり、本件各表示は、本件各条件表示を伴わない場合においても、これが法4条2号に該当すると判断することはできない。そして、本件各条件表示を伴う場合には、本件各表示が法4条2号に該当するといえないことは、より一層明白である。
 そして、原判決は、本件各表示が本件各条件表示を伴うことを前提として法4条2号に該当しないと判断したものであり、その理由として説示するところ(原判決23頁3行目から28頁16行目)は正当であって是認することができ、当裁判所もこれを引用する。
イ この点に関し、当審における控訴人の主張を検討すると、以下のとおりである。
(ア) 本件表示B及びCと本件各条件表示との一体性について
 控訴人は、上記第2の4(1)ウの(ア)ないし(ウ)のとおり、原判決が、本件表示B及びCには本件各条件表示が付されているから不当表示に当たらないと判断したことは誤りであると主張するが、次のとおり理由がない。
a 文字の大きさについて
 価格表示ガイドラインによれば、「価格を安くする旨の表示と比較して著しく小さな文字で限定条件を表示するなど、限定条件を明示せず、価格の有利性を殊更強調する表示を行うこと」が不当表示に該当するおそれがあるものとされている(同「第6」)。
 確かに、本件各条件表示は本件表示B及びCよりも小さい活字を用いているが、このような条件表示が本体部分よりも小さく書かれることは、自己の有利性を強調するという広告の性質からして当然のことであって、それ自体は問題とするにあたらない。価格表示ガイドラインも、価格を安くする旨の表示と比較して「著しく」小さい文字を問題にしており(同「第6」1)、これは、単独でも一般消費者が読み落としてしまうような小さい文字である場合や、周囲に他の記載があるために他の情報に埋もれてしまうような場合のことを念頭においたものというべきである。しかるに、本件各条件表示はそれ自体通常人が認識し得ないような小さなものであるわけでもないし、色も本件表示B及びCと同じ赤色でよく目立つものであるから、限定条件の表示として不十分なものであるとはいえない。
b 本件条件表示1の「万一」という文言の有する意味
 控訴人は、本件条件表示1における「万一、調査もれがありましたら………」との文言は、被控訴人が控訴人の競合店舗において完全な価格調査をしており、調査漏れがないことを前提とする表示であって虚偽のものであると主張する。
 しかしながら、前記(1)ウで説示したとおり、広告表示においては、自己の商品等の有利性を強調するために誇張した表現が用いられることを一般消費者も認識しているということを前提とすれば、本件条件表示1が「万一」という文言を用いているからといって、本件各表示に接する一般消費者の判断が、これによって左右されるものではないというべきである。
c 本件条件表示2の不明瞭性の主張について
 本件条件表示2に用いられた「処分品、限定品、当社原価割れに当たる商品」の意味するところが明確ではないとしても、本件条件表示2によって、本件各表示に対しては一定の限定条件があるということを消費者は感得することができるといえる。
 そして、前記(2)イ(エ)のとおり、もともと、「ヤマダさんより安くします(してます)」という本件各表示は、全商品について必ず控訴人の価格よりも安いという趣旨にはこれを認識しない消費者が一般的であると推認されるから、これに対する限定条件である本件条件表示2にも、控訴人が主張するような条件表示としての明確性が要求されるものでもないというべきである。
(イ) 本件表示Aの不当表示性について
 控訴人は、前記第2の4(1)エのとおり、本件表示Aには本件各条件表示が付帯していないこと等を理由に、本件表示B及びCに比べても違法性の度合いが強いと主張するが、前記(3)のとおり、本件各条件表示を含まない本件各表示が、それ自体において景品表示法4条2号に該当するとまでは認め難いのであるから、控訴人の主張を検討する必要はない。
 また、控訴人は、本件表示Aは交通量の多い国道に面して掲げられているから、通行車両の搭乗者等に、NEW柏店以外の被控訴人の店舗についても控訴人の競合店舗よりも安いとの誤認を生じさせると主張するが、本件表示Aには被控訴人の「全店」と明記されているわけでもないから、一般消費者はNEW柏店限りの表示として理解する者も多いというべきである。
(5) 小括
 前記(2)及び(3)のとおり、本件各表示は、本件各条件表示を付帯しない場合においても、当該店舗の全商品について必ず控訴人の競合店舗よりも安く購入できるとの認識を一般消費者に抱かせるものとはいえないし、また、本件各表示によって一般消費者が抱く期待に対応する実態は存在するといえるから、本件各表示が一般消費者の誤認を生ぜしめるものとして法4条2号に該当すると解することはできない。また、前記(4)のとおり、本件各条件表示を伴う場合には、本件各表示が法4条2号に該当するといえないことは、より一層明白である。
 したがって、前記(1)に説示したところに照らし、本件各表示が法4条2号に該当することを前提にその実施が控訴人に対する不法行為を構成するとの控訴人の主張は、その前提を欠き、理由がない。
3 不正競争防止法2条1項13号違反の主張について
 当裁判所も、原審と同じく、本件各表示の実施が不正競争防止法2条1項13号の不正競争行為に該当するということはできないと判断する。その理由は、原判決の28頁17行目から32頁4行目までの説示のとおりであるから、これを引用する。
 控訴人は、前記第2の4(2)のとおり原判決の判断を論難するが、同法の文言を離れ、また原判決が適切に認定した立法趣旨にも反する主張であって、採用の限りでない。
4 営業妨害及び名誉毀損の主張について
 当裁判所も、原審と同じく、本件各表示の実施が控訴人に対する営業妨害又は名誉毀損として不法行為を構成するとは認められないと判断する。その理由は、原判決32頁5行目から33頁7行目までの説示のとおりであるから、これを引用する。
 控訴人は、前記第2の4(3)のとおり原判決の判断を論難するが、まず、本件各表示が不当表示に該当するといえないことは前記2のとおりであり、また、その実施が不正競争行為に当たらないことは前記3のとおりであるから、不当表示及び不正競争行為であることを前提とする営業妨害の主張は、その前提を欠き、理由がない。また、控訴人は社会通念上も本件各表示は許されないと主張するが、市場における競争は本来自由であることに照らせば、事業者の行為が市場において利益を追求するという観点を離れて、ことさらに競争事業者に損害を与えることを目的としてなされたような特段の事情が存在しない限り、これが競争事業者に対する営業妨害として違法性を帯びることはなく、控訴人の主張は採用することができない。
 また、名誉毀損については、本件各表示は、その読み手である一般消費者に対し、控訴人の店舗における価格設定が不当に高いという印象を与えるものとはいえず、その社会的評価を低下させるものではないから、名誉毀損が成立する余地はないというべきである。
5 不正競争防止法2条1項14号の主張について
 前記4において営業妨害及び名誉毀損の主張について述べたとおり、本件各表示は控訴人の営業上の信用を毀損するものではないし、上記2に述べたとおり、本件各表示が虚偽の事実を告知するものともいえない。よって、控訴人の上記主張は採用できない。
6 独占禁止法違反の主張について
 景品表示法1条によれば、同法は独占禁止法の特例を定めたものであるから、上記2のとおり景品表示法4条違反の有無を検討した結果それに違反するといえない以上、同一の行為が、ぎまん的顧客誘引を不公正な取引方法として禁止する独占禁止法の規定に違反するものとして不法行為を構成する余地はないというべきである。よって、この点に関する控訴人の主張も採用することができない。
 なお、本件各表示が虚偽ないし不正確な表示とはいえないこと、及び、被控訴人の商品の価格が控訴人のそれよりも著しく有利であると顧客(一般消費者)に誤認させるものでもないことは、既に説示したとおりである。
第4 結論
 以上のとおり、控訴人の請求はいずれも理由がない。よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所知的財産第1部
 裁判長裁判官 北山元章  
 裁判官 清水節
 裁判官 上田卓哉
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