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【事件名】商標“秘書士”審決取消事件(2)
【年月日】平成16年9月30日
 東京高裁 平成16年(行ケ)第206号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成16年8月26日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 大木一幸
被告 特許庁長官 小川洋
同指定代理人 梶原良子
同 柴田昭夫
同 伊藤三男
同 涌井幸一
同 宮下正之


主文
1 特許庁が不服2002―9946号事件について平成16年3月23日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文第1項と同旨
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成12年11月8日、「秘書士」の文字からなる商標(以下「本願商標」という。)について、商標法施行令(平成13年政令第265号による改正前のもの、以下同じ)1条別表の第41類「教育」を指定役務として、商標登録出願をした(平成12年商願第2000―126499号。以下「本願」という。)ところ、特許庁は、これについて、平成14年3月25日に拒絶査定をした。
 そこで、原告は、平成14年4月30日、拒絶査定不服審判の請求をした(不服2002―9946号)ところ、特許庁は、平成16年3月23日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は同年4月16日に原告に送達された。
2 本件審決の理由の要旨
(1) 「広辞苑」第5版(1998年11月11日発行)、集英社国語辞典(1993年3月30日発行)によれば、末尾に「士」の付された語の通常の意味は、「一定の資格・役割をもった者」、「一定の資格を持った人」といったものであり、その用語例として、「弁護士」、「栄養士」、「学士」、「代議士」、「公認会計士」等が挙げられていることが認められる。ここにいう一定の資格に何が含まれるかについては、格別の制限が付されていないから、形式的には、国家資格(法令に根拠を有するもの)、民間資格(それ以外のもの)のいずれをも含み得ることになる。しかし、末尾に「士」の付された名称の中で、一般国民にとって接する機会が多く、一般国民にとって知られている度合いの大きいものの多くは、上記「弁護士」、「栄養士」、「公認会計士」、「学士」をはじめ、税理士、建築士、不動産鑑定士、土地家屋調査士、司法書士、行政書士など国家資格に係るものであり(なお、前記「代議士」は、衆議院議員の俗称であって、法令に基づく名称ではないが、衆議院議員が法令に基づく地位であることは明らかであるから、国家資格に係る名称であることに変わりはない。)、しかも、その状態が古くから続いてきていることは、当審において顕著である。
 また、末尾に「士」の付された名称のうち、国家資格に係るものは、国家が、公共の福祉その他政策上の目的のために、国民の職業選択の自由を制限してでも、一定の能力を有すると判定された者に限って一定の地位ないし権限を付与する必要があると認めて法令をもってそのように定めたものであり、そのために、国家資格に伴う地位ないし権限は、必然的に対世的かつ排他的なものとなる。これに対して、民間資格は、上記のような必要に基づくものでも、法令に根拠を有するものでもなく、対世的かつ排他的な地位ないし権限の付与を伴うものでもない。このように、国家資格と民間資格とでは、一般国民に対して現実に果たしている役割の重要性において比較にならない相異がある。
 これらの事情の下では、一般国民は、末尾に「士」の付された名称に接した場合、一定の国家資格を付与された者を表していると理解することが多いとするのが相当である。
(2) そこで、これを「秘書士」の文字よりなる本願商標についてみるに、文部科学省認定の職業技能検定の一つとして「秘書技能検定」があり、この検定は、秘書の仕事、例えば、文章や話し方の技能、スケジューリング、ファイリングなどの事務処理、情報機器の操作技術、対人関係処理などの知識と技能等秘書職務に必要なスキルを評価する公的資格であって、この検定による資格を取得することで就職はもとより異動や転職の際の参考資格として評価されることから、女性に人気のある資格として知られており、現に継続して運用されているものである。
 そうすると、本願商標に接する取引者、需要者は、これよりは上記「秘書技能検定」のほかに、秘書職に関する国家資格が存するかの如く誤信する場合があることは否定できないところであるから、本願商標に独占権を付与し使用することは、国家資格等の制度に対する社会的信頼を失わせ、国民の信頼を害し、社会公共の利益に反するものといわざるを得ない。
 したがって、本願商標が商標法4条1項7号に該当するとして本願を拒絶した原査定は妥当であって、取り消すことはできない。
第3 原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
 本件審決は、「本願商標に独占権を付与し使用することは、国家資格等の制度に対する社会的信頼を失わせ、国民の信頼を害し、社会公共の利益に反するものといわざるを得ない。」として、本願商標が商標法4条1項7号(公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標)に該当すると判断したが、誤りである。
1 本願は、原告の個人名により出願されているが、実質的には、全国大学実務教育協会(以下「教育協会」という。)により出願されたものである。原告は、教育協会の代表者である。
 教育協会は、昭和48年8月に設立され、今日まで30年間以上にわたり活動している。教育協会に加盟する会員校(大学、短期大学)は、平成16年4月1日現在、280校である。教育協会は、昭和49年から、会員校に在籍する学生に「秘書士」の称号を認定しており、その要件として、秘書学概論及び秘書実務2科目4単位を必修とし、選択科目16単位を取得すること等を定めている。会員校は、そのための専任教員を配置すること等を求められる。秘書士の認定数は、平成16年3月31日までに、31万1781件に上っている。このように、教育協会による秘書士の称号の認定は、社会的にも認知され、秘書学教育の向上や秘書実務への貢献等の多大な社会的有用性をもたらしている。
 一方、秘書技能検定は、財団法人実務技能検定協会(以下「検定協会」という。)が主催するものである。検定協会は、教育協会設立後間もなく、教育協会の賛助会員となっている。教育協会と検定協会は、互いに顧問を出し合っている。このように、教育協会と検定協会は、前者は大学教育を通して、後者は検定試験を通して、協力しながら秘書教育の向上を目指している。
 これらの事情によれば、教育協会による本願商標の独占的使用が、社会公共の利益に反するものとは到底いうことができない。
2 なお、本件審決は、「一般国民は、末尾に「士」の付された名称に接した場合、一定の国家資格を付与された者を表していると理解することが多いとするのが相当である。」と判断するが、誤りである。
 「士」の付された名称が国家資格か民間資格かは、簡単な調査により容易に判別することである。また、現在、「士」の付された名称の民間資格は、相当数存在する。したがって、一般国民が、末尾に「士」の付された名称に接した場合、これを国家資格と理解するということはできない。
第4 被告の反論の要点
 本件審決の判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 秘書技能検定は、文部科学省が認定する公的資格であり、検定協会により実施されている。検定試験に合格した場合、1級から3級の資格が付与される。秘書技能検定は、昭和48年に1回目が実施され、平成16年度の春の検定は、73回目になる。受験者は、年々増加し、累計で500万人を突破している。このように、秘書技能検定は、一般国民の間で広く知られている。
 そして、教育協会が認定する秘書士と、検定協会が実施する秘書技能検定とは、いずれも、秘書実務の基本的技能を身に付ける内容のものである。また、「秘書士」と「秘書技能検定」の語は、いずれも、要部である「秘書」の文字を共通にする。
 また、国家資格や公的資格には、末尾に「士」の付された名称が多い。
 これらの事情に照らせば、本願商標をその指定役務に使用したときは、これに接する取引者、需要者をして、あたかも、文部科学省が認定する公的資格である秘書技能検定の他にも、秘書職に関する国家資格等が存するかの如く誤信せしめる場合があることは否定できない。そうであれば、本願商標を登録することは、国家資格等の制度に対する社会的信頼を失わせ、国民の信頼を害し、ひいては社会公共の利益に反するものといわざるを得ないから、本願商標は、商標法4条1項7号に該当するものである。
2 なお、簡易迅速に取引がされることが重要視される商取引の実際においては、商品・役務に付された商標の意味、根拠、由来等をいちいち詮索することなく、商標から受けた印象、記憶により即座に商品・役務が選別されるから、仮に、原告の主張するように、「士」の付された名称が国家資格か民間資格かが、簡単な調査により容易に判別することであったとしても、本件審決の説示には影響しない。
第5 当裁判所の判断
 本願商標は、その出願に至る経緯の観点から検討しても、また、国家資格等との誤認を生ずるおそれの有無の観点から検討しても、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に当たるということはできないものであるから、本願商標が同号に当たるとの本件審決の判断は誤りである。その理由は、以下のとおりである。
1 本願商標の出願に至る経緯について
(1) 証拠(甲4ないし11、13、乙10、11、12の1ないし5、16)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本願は、原告個人名により出願されているが、実質的には、多数の大学、短期大学からなる団体である教育協会の出願に係るものである。教育協会が法人格を有しないことから、その代表者である原告の個人名により本願が出願されたものである。
 教育協会は、短期大学における秘書教育の充実等を目的として、昭和48年8月、短期大学11校により設立された。当初の名称は、「短期大学秘書教育懇談会」であったが、その後、「全国短期大学秘書教育協会」、「全国大学・短期大学実務教育協会」等の名称を経て、現在は、「全国大学実務教育協会」の名称となっている。加盟校は増加し続け、平成15年には、大学56校、短期大学224校合計280校となっている。
 教育協会による「秘書士」の認定は、昭和50年3月から始まった。教育協会は、秘書士称号認定に関する規程を定めており、そこでは、「秘書士」の認定は、大学・短期大学において、秘書実務の基本技能を身に付けることや、オフィスの組織や情報の流れを理解することなどを教育目標とした上、秘書学概論、秘書実務の必修科目4単位以上のほか、「人間行動・情報」関連分野2単位以上等合計16単位以上の選択科目を履修した者が受けることができること、大学・短期大学は、秘書学概論、秘書実務等の専任教員を配置し、一定のカリキュラムに従って教育を行わなければならないこと等が定められている。秘書士の累計認定数は、平成15年3月31日現在、30万8197人に上っている。
 教育協会は、秘書士等の称号認定のほか、秘書教育の研究会・研修会の開催、秘書教育年報の発行、秘書教育に関する概説書の発行、秘書業務に関する実態調査、秘書教育に関する国際交流事業等の活動を行ってきた。
 なお、検定協会は、教育協会の賛助会員となっている。また、教育協会と検定協会は、相互に顧問を出し合っている。
イ 一方、秘書技能検定は、文部科学大臣の認定を受けて、検定協会が実施する技能審査である。検定協会は、昭和47年3月に文部大臣の許可を受けて設立された。検定は、現在、秘書の資質、職務知識、一般知識、マナー・接遇、技能の5領域について、1級、準1級、2級、3級のレベルに分けて行われ、検定に合格した場合は、当該級合格の資格が与えられる。検定は、昭和48年から始まり、平成15年度までに72回行われている。受験者は、累計500万人を超え、合格者も、累計255万人を超えている。
(2) 以上の認定事実によれば、@本願商標は、実質的には、教育協会の出願に係るものであること、A教育協会は、多数の大学、短期大学から構成される団体であって、検定協会設立の約1年半後の昭和48年8月に設立されてから現在まで約31年間にわたり、秘書教育の充実等を目的とする多様な活動を続けてきた団体であること、B教育協会は、上記活動の一環として、秘書技能検定の始まった2年後である昭和50年から現在まで約29年間にわたり、秘書学概論、秘書実務等の一定の科目を履修した者について、「秘書士」の称号の認定を与えてきたものであり、その累計認定数は、30万件以上に上ることが明らかである。
 そして、上記ABの事情によれば、教育協会の行ってきた「秘書士」の称号認定は、秘書技能検定の規模には及ばないものの、30年近くの長期間にわたって相当の量的規模により行われてきたものであるから、秘書教育の関連分野における取引者、需要者の間において、秘書技能検定と並んで周知となっていたと認められる。
 これらの事情に照らせば、教育協会の代表者である原告が、実質的には教育協会のために、「秘書士」の文字からなる本願商標につき、「教育」を指定役務として商標登録出願をしたことは、その行為の目的、態様に照らして社会的に相当なものということができる。したがって、本願商標は、その出願に至る経緯に照らせば、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に当たるということはできない。
2 国家資格等との誤認を生ずるおそれの有無について
(1) 前記1のとおり、文部科学大臣の認定を受けて実施される秘書技能検定に合格することにより得られる公的資格は、「秘書技能検定試験1級、準1級、2級、3級合格」というものである。そこで、本願商標と上記公的資格の類否について検討する。
 本願商標は、「秘書士」の文字からなるところ、全体がわずか3文字のみから構成され、一連に表記されており、その語義上も一体のものと理解されることからすれば、その全体が取引者、需要者の注意を惹く要部であると認められる。一方、上記公的資格は、「秘書技能検定試験1級合格」等というもので、12、3文字から構成される比較的長いものであり、また、その語義上も、「秘書技能検定(試験)」「1級」「合格」等いくつかの部分に区切ることができるものであり、さらに、前記認定のとおり、秘書教育の関連分野において、秘書技能検定が周知であることも考慮すると、「秘書技能検定」の部分が取引者、需要者の注意を惹く要部であると認められる。
 (なお、被告は、本願商標及び上記公的資格の双方とも、その要部は「秘書」の部分である旨主張する。しかしながら、上記のとおり、本願商標及び上記公的資格において、「秘書士」、「秘書技能検定」という部分は、その語義上、一体のものとして理解されることが明らかであるから、「秘書」の部分のみが取引者、需要者の注意を惹く要部となるとは認められない。)
 そこで、「秘書士」と「秘書技能検定」の語を対比する。外観については、前者は3文字、後者は6文字であるから、長さを異にし、「秘書」の文字を共通にするものの、残りの文字はすべて異なり、後者には「士」の文字も含まれていない。称呼については、前者は「ひしょし」という3音の称呼を、後者は「ひしょぎのうけんてい」という9音の称呼を生じ、「ひしょ」の部分を共通にするものの、他の音はすべて異なる。
 そうすると、両者の外観、称呼上の相違点は大きいといわざるを得ないところ、観念については、前者は、秘書に関する一定の資格との観念を生じ、後者は、秘書としての技能についての検定という観念を生じるから、いずれも秘書実務の基本的技能を身に付けることを前記認定や検定の内容とするものという意味では共通する点があることを考慮しても、外観、称呼、観念の全体を総合すると、「秘書士」と「秘書技能検定」の語が、一見紛らわしく誤認を生じるほど類似するものということはできない(前記1のとおり、教育協会の行ってきた「秘書士」の称号認定が、秘書教育の関連分野における取引者、需要者の間において、「秘書技能検定」と並んで周知となっていたことも考慮すれば、尚更である。)。
 したがって、本願商標は、文部科学大臣の認定を受けて実施される秘書技能検定に合格することにより得られる公的資格と誤認を生ずるおそれがあるものということはできず、この観点からも、本願商標が、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に当たるということはできない。
(2) なお、被告は、「本願商標をその指定役務に使用したときは、取引者、需要者をして、公的資格である秘書技能検定の他にも、秘書職に関する国家資格等が存するかの如く誤信せしめる場合があるから、本願商標を登録することは、国家資格等の制度に対する社会的信頼を失わせ、国民の信頼を害し、ひいては社会公共の利益に反するものである。」旨主張する。
 しかしながら、一般国民が、末尾に「士」の付された名称に接した場合、一定の国家資格を付与された者を表していると理解することが多いと一般的にはいうことができても、本件においては、前記1のとおり、教育協会の行ってきた「秘書士」の称号認定が、秘書教育の関連分野における取引者、需要者の間において周知となっていたことや、前記(1)のとおり、「秘書士」と「秘書技能検定」の語が類似していないことを考慮すれば、本願商標をその指定役務に使用しても、取引者、需要者をして、秘書技能検定の他に、秘書職に関する国家資格、公的資格が存するかの如く誤信せしめるものということはできないから、被告の上記主張は理由がない。
3 以上のとおり、本願商標が商標法4条1項7号に該当するとの本件審決の判断は誤りであり、この誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件審決は取消しを免れない。
 したがって、原告の本件請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所知的財産第1部
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