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【事件名】薬品の「原価セール」事件(2)
【年月日】平成16年9月29日
 東京高裁 平成14年(ネ)第1413号 不正競争防止法に基づく損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成13年(ワ)第10472号)
 (平成16年7月7日 口頭弁論終結)

判決
控訴人(原告) 大正製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 倉田卓次
同 宮代力
同 伊従寛
同 庭山正一郎
同 小泉淑子
同 山岸和彦
同 佐藤りか
被控訴人(被告) 株式会社ダイコク
被控訴人(被告) Y
両名訴訟代理人弁護士 西野弘一
同 川村哲二


主文
1 本件控訴は、第2項(1)(2)に係る部分を除き、これを棄却する。
2(1) 原判決中、動産引渡請求を棄却した部分のうち、別紙動産目録記載の動産の引渡請求を棄却した部分を取り消す。
(2) 被控訴人株式会社ダイコクは、控訴人に対し、別紙動産目録記載の動産を引き渡せ。
(3) 原判決中、控訴人の動産引渡しを求めるその余の請求を棄却した部分は、当審における控訴人の訴えの取下げによって、失効した。
3 訴訟費用は、第1、第2審を通じ、控訴人の負担とする。
4 この判決は、第2項(2)の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 控訴人の求めた裁判
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、控訴人に対し、各自1億円及びこれに対する平成13年6月3日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らは、控訴人製造販売に係る商品の仕入価格を、控訴人又は被控訴人ら以外の者に開示してはならない。
4 被控訴人株式会社ダイコクは、控訴人に対し、別紙動産目録記載の動産を引き渡せ。
5 被控訴人株式会社ダイコクは、控訴人に対し、5395万3005円、並びに内金3985万1834円に対する平成13年5月22日から、及び内金1410万1171円に対する同月23日から、各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 本判決における用語例
 “仕入価格”との用語について、次のように3通りの意味に区別して表記する。
(a) 仕入価格…仕入れのための契約で定められた価格そのもの、すなわち契約上の仕入価格の意味で用いる。控訴人から見たそれを“卸価格”又は“卸売価格”といい、被控訴人らから見たそれを“仕入価格”ということがある。単に、“仕入価格”、“卸価格”又は“卸売価格”と表記する場合には、上記の意味で用いる。
(b) 実質的仕入価格…契約上の仕入価格に、値引き、リベート、現品添付等を考慮に入れたいわゆる実質的な仕入価格をいう。この場合には、特にその旨を明記する。
(c) <仕入価格>…上記(a)の意味か(b)の意味かを断定しないで用いる場合には、証拠を引用する場合も含め、“<仕入価格>”のように表記する。公正取引委員会事務局の「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」における記載などはこの用語例によった。
第3 事案の概要
1 本件の概要
 控訴人は、医薬品等の製造販売等を業とする株式会社である。
 一方、被控訴人株式会社ダイコク(以下「被控訴人ダイコク」という。)は、ドラッグストア等の店舗において、医薬品、化粧品等の販売を行うこと等を業とする株式会社であり、原審被告である株式会社グレープダイコク、株式会社エビスダイコク、株式会社エース・ダイコク及び有限会社イーエフ(以下「合併前4社」という。)も同様の業を営む会社であった。
 控訴人は、被控訴人ダイコク及び合併前4社との間で、それぞれ取引基本契約及びサポートVAN契約を結び、控訴人発売にかかる医薬品等の商品(以下「控訴人商品」という。)を継続的に販売してきた。被控訴人ダイコクは、平成13年1月から同年5月にかけて、奈良県、広島県、岡山県、愛媛県、徳島県、熊本県に所在するドラッグストアにおいて、販売チラシに控訴人商品についてその仕入価格(ただし、一部に実際の仕入価格との間に齟齬がある商品がある。)と「定価」を併記して比較した販売チラシを用い、「原価セール」と題して、仕入価格で控訴人商品を消費者に販売するようになった(以下、控訴人の主張を引用する場合も含め、上記の行為を「原価セール」といい、鍵括弧付きで表記する。)。
 これに対し、控訴人は、被控訴人ダイコク及び合併前4社に対し、上記取引基本契約及びサポートVAN契約を解約する旨通知した。
 そして、控訴人は、@被控訴人ダイコク及びその代表者である被控訴人Y(以下「被控訴人Y」という。)に対し、控訴人からの仕入価格が営業秘密であり、これを開示して「原価セール」を行ったことは、不正競争防止法2条1項7号に違反する不正競争行為であるとともに、不法行為(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)違反、不当景品類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)違反等)あるいは取引基本契約の債務不履行を構成すると主張して、損害賠償(1億円の連帯支払い)を請求するとともに、A被控訴人ダイコク、被控訴人Y及び合併前4社に対し、仕入価格の開示行為の差止めを請求し、さらに、B被控訴人ダイコク及び合併前4社に対し、これらと控訴人との間で締結されていたサポートVAN契約を被控訴人ダイコクらによる信頼関係の破壊を理由に解除したと主張して、原判決の別紙動産目録記載1ないし5の動産の引渡し及び約定精算金(「精算金」という用語の一般的な概念とは必ずしも一致しないが、本判決では、本件サポートVAN契約で約定された意味のものとして「精算金」と表記する。請求額は、被控訴人ダイコクに対し3966万2834円、グレープダイコクに対し120万6171円、エース・ダイコクに対し1289万5000円、イーエフに対し18万9000円であり、エビスダイコクに対する請求はない。)の支払いを請求した。
 原審は、@被控訴人ダイコクが仕入価格を開示したとしても不正競争行為に該当せず、被控訴人ダイコクの「原価セール」は独占禁止法、景品表示法等に違反するものではなく、不法行為に該当するとまではいえないので、損害賠償請求は理由がなく、また、債務不履行に基づく損害賠償請求も理由がない、A仕入価格の開示行為の差止請求も理由がない、BサポートVAN契約が被控訴人ダイコクらの債務不履行により解除されたとはいえないので動産の返還請求、精算金支払請求も理由がないとして、控訴人の請求をすべて棄却した。
 控訴人は、原判決を全部不服として控訴したが、当審係属後に、合併前4社は、被控訴人ダイコクに吸収合併され(平成15年1月16日付けで登記)、その訴訟上の地位は、被控訴人ダイコクが承継した。
 また、当審において、被控訴人ダイコクから控訴人に対して、原審で返還を求められた上記動産につき、任意の返還が進み、未返還分が本判決の別紙動産目録記載のとおりとなったため、控訴人は、原審における動産返還請求のうち、別紙動産目録記載の動産の返還請求を超える部分(返還済みの分)について、訴えを取り下げた。
2 争いのない事実
(1) 当事者等
 控訴人は、医薬品等の製造販売等を業とする株式会社である。
 被控訴人ダイコクは、ドラッグストア等の店舗において、医薬品、化粧品等の販売を行うこと等を業とする株式会社である。被控訴人Yは、被控訴人ダイコクの代表者で、株式の大半を有する実質的オーナーであるほか、合併前4社のうちエビスダイコクを除く各会社の代表者で、上記合併前4社の株式又は持分の大半を有する実質的オーナーであった。
(2) 取引基本契約及びサポートVAN契約の締結等
 控訴人は、被控訴人ダイコク及び合併前4社との間に、それぞれ取引基本契約を結び、控訴人商品を継続的に販売してきた。
 控訴人は、取引先小売店の販売支援のために控訴人が企画・開発したサポートVANシステムを、被控訴人ダイコク及び合併前4社がドラッグストア等の店舗において利用できるように、各店舗ごとにサポートVAN契約を締結した。そして、控訴人は、この契約に基づき、被控訴人ダイコク及び合併前4社にPOSレジ端末(附属品を含む。)、オプション機器(附属品を含む。)、その他の機械設備等を貸与したが、当審口頭弁論終結時におけるこれら機械設備等の動産で、控訴人に対して返還されていないものは、別紙動産目録記載(ポータブル端末16台、バーラベ7台及びマニュアル30冊)のとおりである。
 サポートVAN契約5条1項には、被控訴人ダイコク及び合併前4社は同契約に基づいて取得した同契約2条で定義される乙データ及び乙資料の機密を保持し、理由のいかんを問わずそのデータ、資料又はそれらの複製物を第三者に開示、譲渡、貸与もしくは使用許諾してはならない旨が定められている。また、同契約15条には、同契約の一方当事者が他方当事者に対する本契約若しくは取引契約又はその他の両当事者間の契約に基づく債務の1つでも履行を怠ったとき、またサポートVAN契約の条項に違反したときは、他方当事者は同契約を解除することができる旨が定められている。そして、同契約16条には、同契約が終了した場合には、被控訴人ダイコク及び合併前4社は、直ちに控訴人貸与の設備及びマニュアル類を返還する旨が定められている。さらに、同契約16条5項において、控訴人の責に帰すべき事由以外で同契約が終了した場合、同契約に基づき設置した設備ごとに精算金を支払うことが被控訴人ダイコク及び合併前4社に義務付けられている。精算金支払義務の有無は、後記のとおり本件の争点であるが、仮に、支払義務があるとした場合の同条項所定の計算式により導かれる精算金の内訳は、被控訴人ダイコクにつき3966万2834円、合併前のグレープダイコクにつき120万6171円、合併前のエース・ダイコクにつき1289万5000円、合併前のイーエフにつき18万9000円であり、精算金の合計金額は、5395万3005円となる。
(3) 被控訴人らの行為
 被控訴人ダイコクは、前記「原価セール」を行った。なお、被控訴人ダイコクの行った「原価セール」につき、控訴人は、別紙【「原価セール」一覧表】(以下「別紙一覧表」という。なお、控訴人と被控訴人ダイコクとの間における仕入価格の記載がある証拠について、民訴法92条に基づく閲覧等の制限がされていることにかんがみ、この一覧表においては、上記仕入価格の金額の記載はせず、「★」「A」「B」「■」などの符号により、仕入価格と被控訴人ダイコクの販売価格との相対的関係を示すにとどめた。)の〔1〕ないし〔21〕のとおり主張するところ、そのうち、〔1〕ないし〔12〕及び〔14〕ないし〔17〕については、各符号の付された欄に該当する控訴人商品が各符号の意味する価格で小売販売されたことは、当事者間に争いがない。
 さらに、被控訴人ダイコクは、ダイコクゴールド会員(誰でも、一定金額以上の買い物をすれば会員となることができる。また、セール期間中であれば、そのような金額の限定なしに、会員となることができる。)に対しては、いつでも仕入価格により販売するとして、同会員に対して、期間を限定せずに、仕入価格により控訴人商品の販売を行った。
 上記「原価セール」においては、各宣伝チラシを総合すると(甲162の3)、控訴人の主力商品146品目について仕入価格の表示があり、そのうち22品目の仕入価格の表示が正規の仕入価格(以下、評価的なニュアンスのない表現として「実際の仕入価格」と表記することがあるが、同じ意味である。)と異なっている。このうち、表示された仕入価格が正規の仕入価格を下回るものが15品目(10.3%)あり(うち9品目がマイナス20%から30%の水準)、その延べ品目数は59にのぼるもので、これらは、仕入価格をも下回る価格で販売されたものである。なお、上記22品目のうち、7品目は、表示された仕入価格(被控訴人ダイコクの販売価格)が正規の仕入価格を上回り、その延べ品目数は14にのぼるものであった。上記146品目のうち、124品目の仕入価格の表示は、正規の仕入価格と同じであり、これらは、仕入価格そのもので販売された(特に断らない限り、正規の仕入価格で販売されたほか、「原価販売」ないし「仕入値販売」と称しながら客観的には仕入価格とは異なる価格で販売した場合をも含めて、「原価セール」という。なお、上記には、被控訴人ダイコクが「原価セール」をしたことを争っているものを含むほか、控訴人が主張する「原価セール」〔1〕、〔14〕における販売状況は、宣伝チラシが存在しないため、含まれていない。)。
 チラシの配布状況については、被控訴人ダイコクは、1回のセールにつき、当該セールが行われる地域の全世帯に行き渡るに足りる20万部ないし30万部の新聞折り込みチラシを配布している。
 このうち、被控訴人ダイコクは、岡山市において、一般消費者に配布する販売宣伝チラシに「ファイト一発!!でおなじみの大正製薬の協力により大正製薬の商品を仕入価格で販売!!」と表示したが(日付け不明)、控訴人が被控訴人ダイコクの「原価セール」に協力した事実は存在しなかった。
(4) 控訴人の解除通知
 控訴人は、被控訴人ダイコク及び合併前4社に対し、平成13年5月20日付け解除通知(信頼関係破壊に伴う無催告解除。以下「本件解除通知」という。)により、上記取引基本契約及びサポートVAN契約をそれぞれ即時解約する旨通知し、この解除通知は、被控訴人ダイコク、エビスダイコク及びイーエフには平成13年5月21日に、グレープダイコク及びエース・ダイコクには翌22日に、それぞれ到達した。
(5) 公正取引委員会における手続
 本件「原価セール」について、控訴人の報告に基づいて被控訴人に対する公正取引委員会の審決がされたことはない。
 もっとも、広島市で医薬品の小売りを行っている会社が公正取引委員会に対し、被控訴人ダイコクの仕入価格での販売を示すチラシを添付して、不当廉売の報告をしたところ、公正取引委員会は、同報告に対する平成13年10月1日付けの通知書において、調査の結果、独占禁止法上の措置は採らなかったこと、しかし、独占禁止法違反につながるおそれがある行為がみられたので、同法違反の未然防止を図る観点から関係人に注意したとされている(甲88)。
3 当審で整理後の控訴人の請求及び主張の骨子(【請求A1】、【請求A2】は、被控訴人ダイコクとの関係で選択的併合の関係にある。)
【請求A1】民法709条又は不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求(被控訴人らに対し連帯して1億円を請求)
(1) 違法性を基礎付ける事実の骨子
(1-1) 不正競争防止法2条1項7号違反(仕入価格という営業秘密の開示)
(1-2) 独占禁止法19条、昭和57年6月18日公正取引委員会告示第15号(以下「一般指定」という。)6項前段又は後段への該当(不当廉売)
(1-3) 商慣習ないし商慣習法違反行為(仕入価格の開示、不当廉売)
(1-4) 被控訴人らの行為を複合的に評価した違法性
(2) 被控訴人らの共同不法行為
(3) 損害及び因果関係
(3-1) 控訴人の売上減少による損害
(3-2) 被控訴人ダイコクが得た利益を基にした不正競争防止法5条による推定
(3-3) 控訴人の慰謝料
【請求A2】債務不履行に基づく損害賠償請求(被控訴人ダイコクに対し1億円を請求)
(1) 債務不履行の内容
(1-1) 取引基本契約違反
(1-2) サポートVAN契約違反
(1-3) 継続的取引契約に基づく信義誠実義務違反(信頼関係破壊)
(1-4) 商慣習ないし商慣習法上の義務違反
(2) 損害及び因果関係
【請求B】不正競争防止法3条に基づく仕入価格開示の差止請求(被控訴人らに対し請求)
【請求C】サポートVAN契約の終了に基づく動産返還請求(被控訴人ダイコクに対し別紙動産目録記載の動産の返還を請求)
【請求D】サポートVAN契約の終了に基づく精算金請求(被控訴人ダイコクに対し5395万3005円を請求)
4 争点
【請求A1】関係
(1) 仕入価格の不正競争防止法上の営業秘密性
(2) 被控訴人ダイコクの「原価セール」の一般指定6項前段又は後段(不当廉売)への該当性
(3) 仕入価格開示行為及び「原価セール」と商慣習ないし商慣習法違反の有無
(4) 複合的な評価による違法性の有無
(5) 被控訴人Yの共同不法行為性
(6) 控訴人の損害及び因果関係の有無
【請求A2】関係
(1) 取引基本契約違反の有無
(2) サポートVAN契約違反の有無
(3) 継続的取引契約に基づく信義誠実義務違反(信頼関係破壊)の有無
(4) 商慣習ないし商慣習法上の義務違反の有無
(5) 控訴人の損害及び因果関係の有無
【請求B】関係
 不正競争行為の存在など差止要件の存否
【請求C】、【請求D】関係
 サポートVAN契約の終了についての帰責事由の有無
5 争点に関する控訴人の主張の要点
【請求A1】関係
(1) 仕入価格の不正競争防止法上の営業秘密性
 控訴人商品の仕入価格は、控訴人にとってのメーカー出荷価格であり、これは不正競争防止法上の営業秘密に当たり、被控訴人ダイコクが仕入価格を開示した行為は、同法2条1項7号の不正競争行為に該当する。その理由は以下のとおりである。
(1-1) 秘匿性(秘密管理性)
 卸価格は、商慣習ないし商慣習法上秘匿性ある情報とされており、また、控訴人会社内において秘密情報として厳重な管理がされ、かつ、当事者間の黙示の合意及びサポートVAN契約により、契約上も秘密保持義務が課されていることによって、秘密として管理されている。
(a) 商慣習ないし商慣習法上の秘密保持義務
 仕入価格(卸価格)は、商慣習ないし商慣習法により当然に秘匿性ある情報とされている。卸価格が秘密情報であり、取引当事者以外の第三者に対する開示を行ってはならないことについては、意見照会に対する東京商工会議所の回答書の見解(甲158の1)にも示されているとおり、医薬品業界に限らず、広く取引社会一般における正当な商慣習ないし商慣習法として認められている。したがって、控訴人と取引先の販売業者との間においても、卸価格が秘密情報であることは当然の了解事項である。
 あるメーカーの卸価格が他の競業メーカーに知られた場合、それを知った競業者は、それを前提にして自己の販売政策を策定することが可能となるから、卸価格を知られたメーカーがそれを知ったメーカーよりも競争上不利益な立場に陥ることは明らかである。また、販売業者から見た場合、卸価格は流通経路によって同じでないから、自己以外の販売業者に対する卸価格が自己に対する卸価格よりも低い場合、メーカーに対して卸価格の引下げを要求することが可能となる。また、販売業者は、競争関係にある販売業者に対する卸価格が公開された場合、その価格と販売価格との関係によっては、消費者から、値下げの要求をされる可能性が出てくる。殊に本件においては、被控訴人ダイコクは、卸価格を開示してその価格で販売する旨の広告宣伝を行っていたのであるから、そのおそれが大であることはいうまでもない。それゆえに、メーカーも、その取引先も、互いに、卸価格を他に漏らさないことを前提とした取引を行っているのである。
 このように、当事者間の取引基本契約等で合意するまでもなく、商慣習ないし商慣習法上、被控訴人ダイコクは、控訴人の卸価格を一般に開示してはならない義務を当然に負う。
(b) 控訴人の社内規定
 卸価格情報は、控訴人の社内において、機密情報として取り扱われ、管理されている。卸価格は取引先に対して提示されることを本来の目的とする営業情報であるが、取引先に提示された当該情報は、取引先が秘密保持義務を負うから、取引先への提示行為によって情報の秘密性が失われるものではない。また、卸価格が、社内における秘密情報である以上、控訴人の社員(たとえ営業部員であっても)が、卸価格情報を担当取引先への営業目的以外のために開示・使用し、又は営業に関係のない第三者に開示・使用するようなことがあれば、社内規定違反として処分の対象となる。
(c) 契約上の秘密保持義務
 仕入価格(卸価格)を第三者に開示しないことについては、当然守るべき義務として取引当事者に了解されているものであり、取引関係の基礎ないし内容をなすものである。取引関係、とりわけ本件のような信義則に基づく継続的な取引関係にあっては、契約条項として書面に明記されているか否かにかかわらず、当事者間では仕入価格の秘密保持義務が黙示的に合意され、取引契約上の義務となっている。
 さらに、本件では、控訴人と被控訴人ダイコクとの間で締結されたサポートVAN契約書5条には、被控訴人ダイコクの秘密保持義務が明確に定められている。すなわち、同条1項には、「甲(被控訴人ダイコク)は、本契約の内容並びに本契約に基づき取得した乙データ及び乙資料を機密に保持し、理由のいかんを問わず本契約内容、当該データ、資料又はそれらの複製物を第三者に開示、譲渡、貸与もしくは使用許諾してはならない。」と規定されている。ここでいう「乙データ」とは、「甲データ(甲(被控訴人ダイコク)が端末から入力する仕入、売上、支払、在庫等に関するデータ)又は甲データ及びその他のデータに乙(控訴人)が処理加工を加えて作成したデータ」を指す(サポートVAN契約書2条)。控訴人商品の仕入価格は、被控訴人ダイコクが控訴人との取引の過程で、仕入れ、支払等において処理するデータであり、上記「乙データ」である「商品マスター」上の「単価」欄に仕入価格として登載されるものである。それゆえ、仕入価格情報が、被控訴人ダイコクの秘密保持義務の対象となる「乙データ」に該当することは明らかである。なお、サポートVAN契約上、仕入価格が、サポートVAN契約を結んでいない取引先に提示されることがあるとしても、仕入価格がサポートVAN契約の「乙データ」に該当することに何ら変わりはない。このように、被控訴人ダイコクは、控訴人商品の仕入価格情報について、契約上も秘密保持義務を負っている。
(1-2) 非公知性
 控訴人の卸価格は、不特定の者に知られるものでない非公知の情報である。控訴人は、取引の過程で、卸価格が取引当事者以外には秘密であることを当然の前提として、薬局・薬店に個別に卸価格を提示する。かかる卸価格の非公知性は、個別の取引の相手方である薬局・薬店の数により影響されるものではない。控訴人は、開示が必要な取引先に対してのみ、必要な範囲で個別に卸価格を提示するのであり、不特定かつ多数の者に対して卸価格を開示ないし公表しているわけではないからである。情報開示を受けた取引先は守秘義務を負うので、競争業者、他の取引先、消費者等取引当事者以外の第三者に対する秘密性が失われることはない。
(1-3) 有用性
 控訴人商品の仕入価格(卸価格)は、控訴人にとってのメーカー出荷価格であって控訴人の社内における経営基本計画、販売戦略などを策定する際の基礎数値であるばかりでなく、被控訴人ダイコクがこれを顧客を誘引する手段として用いていることからも明らかなように、その情報は、経済的な利用価値のあるものであり、有用性があることは明らかである。しかも、被控訴人ダイコクが開示したのは、少数の控訴人商品の個別の仕入価格ではなく、控訴人商品の著名商品群の「仕入価格表」というべきものである。すなわち、被控訴人ダイコクは、事実上、控訴人商品だけを標的にして、一般消費者に対してチラシで、多いときには1回のチラシで控訴人商品の90品目以上にわたる著名商品群の仕入価格表を公表した。顧客リストが個々の顧客の住所・連絡先自体とは異なった、さらに有用性・秘密性の高い秘密情報と理解されているのと同様、価格表も個別の控訴人商品の価格とは異なった、さらに有用性・秘密性の高い秘密情報に該当する。文献(小野昌延著「不正競争防止法概説」)においても、「価格表」が企業にとって、重要な秘密とされる場合のあることが肯定されている。
(1-4) 「営業秘密を示された」との要件
 原判決は、「被告ダイコクは原告と共に原告商品の売買の当事者となっている者であり、原告商品の仕入価格(卸売価格)は、被告ダイコクが売買契約の当事者たる買主としての地位に基づき、売主との間の売買契約締結行為ないし売買価格の合意を通じて原始的に取得し、同被告自身の固有の情報として保有していたものであって、原告が保有し管理していた情報を取得し、あるいは原告から開示を受けたものではない。したがって、被告ダイコクとの関係においては、原告商品の仕入価格(卸売価格)は、その保有者から示されたもの(不正競争防止法2条1項7号)ではなく」と判示した。
 しかし、不正競争防止法2条1項7号では「営業秘密を示された」ことが要件となっているが、それは事実として「示す」という行為があれば十分であって、「示す」という行為が売買という法律行為に基づいて行われたかどうかは、不正競争防止法の同条項違反の成否を左右するものではない。営業秘密の原始的帰属ないし原始取得ということを問題にするのは失当である。
(2) 被控訴人ダイコクの「原価セール」の一般指定6項前段又は後段(不当廉売)への該当性
 被控訴人ダイコクの行った「原価セール」は、一般指定6項前段にも後段にも該当する。その理由は以下のとおりである。
(2-1) 被控訴人ダイコクの本件「原価セール」の対象になった控訴人主力商品146品目は、医薬品小売業者にとって一般的な主力販売商品であるところ、被控訴人ダイコクは、採算を全く度外視して、その多くについては、販売に要する費用を販売価格に全く転嫁せず仕入価格のままで、さらにその品目の約10%以上については仕入価格より更に20%から30%以上も廉価で、それぞれ「継続して」、広範囲に販売し、他の有力小売業者の対抗廉売を誘発しつつ、他の小規模小売業者、とりわけ控訴人の非株主店については顕著に、その事業活動を困難にした。
 なお、被控訴人らは、仕入価格を下回って販売したのは、コンピュータの入力の際のミスや、仕入価格の把握の誤りがあったなどと主張するが、仕入価格を下回って販売された商品は、複数店舗で同一の下回る価格で販売されていたのであるから、上記主張の信憑性には疑問がある。しかも、仕入価格を調査、確認の上、販売価格を決めることは、商品取引の基本であり、上記主張のように、単なる誤りで片づけられるものではない。特別な事情がない限り、仕入価格未満であることを承知の上で販売したと認定されるべきである。
(2-2) 一般指定6項は「正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品又は役務を低い価格で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること」を不当廉売として規定する。
 ところで、昭和59年11月20日の公正取引委員会事務局の「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」では、一般指定6項前段について、「『供給に要する費用を著しく下回る対価』とは、不当に低い対価に該当する典型的な場合を例示したものとされるが、総販売原価を著しく下回るという趣旨から、通常の小売業においては、<仕入価格>を下回る価格がこれに該当すると考えられ、実務上は、<仕入価格>を下回るかどうかを一つの基準としている。」としている。
 しかし、上記指針は、公正取引委員会の指針ではなく、同委員会事務局の指針である上、同指針は解釈基準ではなく、同事務局の行政機関としての実務上の運用指針である。そして、同指針は、「具体的なケースについては、個々の事案ごとに判断を要するものであることはいうまでもない」といった限定をしているし、「不当廉売となりうる典型的な場合として、<仕入価格>を下回る価格でのある程度継続的な販売を挙げることができるが、個々のケースによっては、商品の特性、当該廉売の目的・効果等からみて、<仕入価格>を若干上回る価格(総販売原価を下回ることが前提)による場合や単発的な廉売が問題となる場合もある」とも記述している。
 通常の小売業においては、仕入価格での販売は、販売に要する費用を全くみていないので、「その供給に要する費用を著しく下回る対価」で販売していることは自明である。上記昭和59年指針における仕入価格を一基準とみるような記載は、同指針全体の趣旨からみて不正確であり、「<仕入価格>を下回る価格」で販売することは、明らかに「その供給に要する費用を著しく下回る対価」で供給することになるとすべきであった。上記指針公表時には、<仕入価格>を下回る価格での販売が横行しており、それを排除するために「実務上は、<仕入価格>を下回るかどうかを一つの基準としている」としたと考えられ、また、小売業における総販売経費の具体的な算定が実務上極めて困難であり、それを避けるために「実務上」の考慮が行われたとも考えられる。この「<仕入価格>を下回る価格」の「実務上の」基準が不当廉売の個々の事件の判断基準でないことは明らかである。
 また、最近、公正取引委員会事務局は、不当廉売規制に関する積極的な規制方針に基づく新しい不当廉売指針を公表している。すなわち、同事務局は、平成12年11月24日(平成13年4月2日改正)の「酒類の流通における不当廉売・差別価格等への対応について」及び平成13年12月14日の「ガソリン等の流通における不当廉売差別価格等への対応について」と題する指針を公表し、「実質的仕入価格を上回る価格(総販売原価を下回ることが前提)で販売する場合」についても、「周辺の販売業者の事業活動を困難にするおそれのある場合には、不当廉売として規制する」こととし、不当廉売規制に関する運用基準をより明確にしてきている。
(2-3) 「供給に要する費用を著しく下回る対価」
 一般指定6項前段の「供給に要する費用を著しく下回る対価」は、「不当に低い対価」の典型的な場合として規定されている。
 「供給に要する費用」とは、小売業者の場合、当該小売業者の当該「商品の<仕入価格>に販売・管理費を加えた価格」と解されている。そして、「著しく下回る」とは、大幅に下回るという意味ではなくて、「はっきりと下回る」ということである。
 本件「原価セール」では、被控訴人ダイコクは、前記のように、仕入価格又は仕入価格すら下回る価格で、すなわち、販売・管理費を零以下として、継続して販売したことは明白であるから、「商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給したこと」は明らかである。
 本件における仕入価格と実質的仕入価格とは、原則的に齟齬していない。控訴人は、過去のある時期に拡販策として、現品添付などを行ったことがあること自体を否定するものではないが、被控訴人ダイコクが自らチラシにおいて、仕入価格が控訴人から買っている価格であると表示していること、現品添付は例外的なものであることなどから、被控訴人ダイコクは、チラシ記載の仕入価格で仕入れを行ったとの推定が働くものというべきである。また、具体的に、どのチラシを配布したどの店舗におけるどの商品について、どのような原因で、どの程度、仕入価格と実質的仕入価格との齟齬があるのか不明である(ただし、別紙一覧表中の「サモン」の■の符号ものについては、拡販策の結果の実質的仕入価格が表示されたものとみられる。)。
 ちなみに、平均的な販売・管理費として、中小企業庁編「平成11年度調査:中小企業の経営指標」(中小企業診断協会発行、同友館発行、平成12年)によれば、医薬品小売業の売上高に対する総利益率は31.5%であり、売上高に対する販売・管理費比率は28.8%であって(甲128の2)、この販売・管理費比率を対仕入価額に換算すると42.0%となる。
 なお、本件「原価セール」の場合、被控訴人ダイコクには、滞貨処分や他の競争者の低価格への対応等という事情はなく、一般指定6項の「正当な理由」はない。被控訴人らは、他店との競争関係上仕入価格未満で販売したと主張するが、その具体的な事実についての主張はなく、単なる口実であるといわざるを得ない。さらに、被控訴人ダイコクのチラシの文言などに照らせば、他店の廉売に対抗するためではなく、自ら積極的に攻撃的な廉売を仕掛けたものとみるべきである。
(2-4) 「継続して」
 上記昭和59年指針によれば、「継続して」の要件につき、「それが極めて短期間であったり単発的な場合は、競争への影響が通常は無視できると考えられるところから、不当廉売となるのは、一般的にはある程度『継続して』行う場合である。『継続して』とは、相当期間にわたって繰り返し廉売を行い、又は当該廉売を行っている販売業者の営業方針等から客観的にそれが予測されることであるが、毎日継続して行われることを必ずしも必要としない。」とされている。また「商品の特性、当該廉売の目的・効果等からみて、単発的な廉売が問題となる場合もある。」ともされている。
 本件の場合、被控訴人ダイコクによる「原価セール」(なお誰でも会員になり得るゴールド会員に対しては、セール期間以外でも原価での販売、すなわち期間の限定のない原価での販売となる。)は、平成13年1月から同年5月まで続き、また、被控訴人ダイコクの代表者である被控訴人Yが「控訴人商品の「原価セール」は被控訴人ダイコクの経営理念に即した商法の一環として行った」と言明していること(甲45)からすれば、控訴人による契約解除がなければさらに継続されたであろうことが十分に予測される。さらに、この「原価セール」の目的、及ぼした効果からみても、被控訴人ダイコクによる「原価セール」は「継続して」行われたものというべきである。
 なお、被控訴人らは、新規開店に伴う期間を区切ったセールであったと主張するが、他店のオープンにかこつけたセールや、開店とは無関係のセールもあった。
 上記被控訴人ダイコクによる「原価セール」の期間は、不当廉売の「継続性」を認定するに十分な期間である。今まで公正取引委員会が不当廉売の警告を行った事例のうち、一部の銘柄のビール及び発泡酒の販売について「平成14年10月から12月までの間」、またカラーテレビ13品目の販売について「1週間から3週間」、パーソナルコンピュータ6品目の販売について「2週間から6週間」、冷蔵庫3品目の販売について「1週間から2週間」、さらにレギュラーガソリンの販売について「平成15年9月19日から同年11月20日まで」及び「平成15年9月20日から同年11月20日まで」が「継続性」の要件を満たすものとして処理されている。
(2-5) 「不当に」(一般指定6項後段)
 一般指定6項後段は、「不当に」、商品等を「低い対価」で供給して、「他の事業者の活動を困難にするおそれ」を生じさせることを「不公正な取引方法」としており、そこで規定された「低い対価」とは、「他の事業者の活動を困難にするおそれのある」「低い対価」であり、後段冒頭に規定されている「不当性」は、独占禁止法2条9項柱書の「公正な競争を阻害するおそれ」(公正競争阻害性)の見地から判断され、その場合には同法1条の究極目的が考慮される。すなわち、コスト割れの事実は一応の目安であり、公正競争阻害性が「不当性」判断の基準となるのである。
 本件においては、典型的不当廉売行為が「不当性」を基礎付ける中核となっているが、公正競争阻害性の観点からその廉売行為以外に、廉売行為と密接に関連して、控訴人の主力商品146品目の仕入価格(卸売価格)の大々的開示も「不当性」を基礎付ける中核をなすものであり、加えて、@パブロン・ゴールド等著名ブランド品に対する大幅廉売(実際の仕入価格より30%以上も下回る価格での廉売。甲162)、A被控訴人ダイコクの代表者である被控訴人Yが「「原価セール」は被控訴人ダイコクの経営理念に即した商法の一環」と言明している(甲45)にもかかわらず、「原価セール」の対象を控訴人商品に絞った差別的実施、B不当な「定価」表示(「定価」とは、一般にはメーカーの定めた小売価格を指すが、控訴人は定価を定めておらず、取引先小売店による「定価」との表示を容認していない。)とその控訴人への差別的実施、C仕入価格等に関する虚偽・欺瞞表示の使用など、一般指定の他の条項(4項、8項及び9項)並びに景品表示法4条の規制の趣旨に反する公序良俗違反行為が大量のチラシ広告を用いて実施され、それが不当廉売効果を増強し、他の競争小規模小売業者の顧客を不当に誘引して奪取し、その事業活動を困難にするとともに、控訴人の販売組織と信用に打撃を与えて、本件廉売行為の公正競争阻害性を増強させている。
 そして、典型的不当廉売行為と結合した複合的不当廉売行為は、小規模小売業者の事業活動を困難にし、控訴人の販売組織と信用に重大な被害を与えるとともに、長期的にみて、医薬品小売業界の公正な競争と健全な発展を阻害し、一般消費者の利益を侵害し、独占禁止法の究極目的に反する効果を拡大している。
 以上のとおりであるから、本件「原価セール」で採用された販売価格が一般指定6項後段の「不当に」「低い価格」であることは明らかである。
 なお、一般指定4項、8項及び9項に違反したとの主張、並びに景品表示法4条違反の主張は、独立した請求原因として主張するものではない。
(2-6) 「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」
(a) 「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」は、一般指定6項前段の廉売行為自体の中に含まれていると解されるので、6項後段の「その他不当に商品又は役務を低い対価で供給」する場合に適用される要件であると考えられる。
(b) 本件「原価セール」は、販売に要する費用を零以下とした仕入価格又はそれを下回る価格による販売であって、その動機は客寄せにあるので、一般指定6項前段に該当する廉売であって、当該廉売行為自体の中で6項最終段の「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」の要件は充足されている。
(c) 「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」を本件に即して検討しても、本件「原価セール」は、この要件を充足し、一般指定6項後段にも該当する。
 前記昭和59年指針は、「現に事業活動が困難になることは必要な諸般の状況からそのような結果が招来される蓋然性が認められる場合を含む趣旨である。」としている。そして、公正取引委員会事務局は、廉売が他の事業者の事業活動を困難にさせる蓋然性について、前記「酒類の流通における不当廉売・差別価格等への対応について」及び「ガソリン等の流通における不当廉売差別価格等への対応について」と題する各指針等において、@廉売行為者の事業の規模及び態様(事業規模の大きさ、多店舗展開の状況等)、A廉売対象商品の数量・廉売期間(廉売対象となっている商品の品目数、販売数量、廉売期間の長さ等)、B広告宣伝の状況(新聞折り込み広告で広範囲に広告しているか等)、C商品の特性(廉売対象となっている商品の種類等)、D周辺の販売業者の状況(事業規模の大きさ、事業に占める廉売対象商品の販売割合、廉売行為者と周辺の販売業者との販売価格差の程度、他の廉売業者の有無、廉売対象商品の売上高の減少の程度等)等を総合的に考慮して判断するべきであるとしている。
 本件「原価セール」は、「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがある」ものであることは明らかであり、上記@ないしDについて詳説すると、以下のとおりである。
@ 廉売行為者の事業の規模及び態様
 被控訴人ダイコクは、売上高は年間280億円を超え、多種類の商品を扱い、医薬品の取扱高は全体の約40%であって、西日本地区の1店舗当たりの年間売上高は6億円から12億円と推定される。被控訴人ダイコクは、本件「原価セール」を行っていた平成13年初めには西日本地区を基盤として33店舗の店舗を有していたが、最近次々に店舗を増やし、西日本地区のみならず、関東、北陸などで店舗を展開し、現在は東日本地区を含めて45店舗を保有しており、この事業拡大に際して「原価セール」が活用されている。
 これに対して被控訴人ダイコクの西日本地区の店舗の周辺(同一市内)には、それぞれ120店舗から440店舗余の競争医薬品販売業者がいるが、その大部分は年間売上額が1億円以下であり、被控訴人ダイコクの事業規模は、周辺医薬品小売業者の大部分の事業規模に比べて圧倒的に強大である。
A 廉売対象商品の数量・廉売期間
 被控訴人ダイコクは、その経営する奈良県、広島県、岡山県、愛媛県、徳島県、熊本県に所在するドラッグストアにおいて、平成13年1月から、少なくとも10数品目、多いときには90品目以上の控訴人の主力著名商品について、反復的、継続的に販売チラシ等にその仕入価格(控訴人の卸売価格)と定価を併記して比較した販売チラシを用い、「原価セール」を行っている。しかも、被控訴人ダイコクは、ダイコクゴールド会員に対しては、いつでも仕入価格(控訴人の卸売価格)により販売するとして、期間を限定せずに、仕入価格(控訴人の卸売価格)によって、控訴人商品の販売を行っている。「原価セール」の実施状況は、控訴人が把握している限りでも合計21回に及んでいる(甲41の1・2)。被控訴人ダイコクは、控訴人商品について仕入価格そのものではないがこれに極めて近似した価格による販売を継続し、平成14年2月の東京地裁判決後も「元祖原価セールの激安ドラッグ」と称しつつ仕入価格に極めて近似した価格による販売を「東京・町田にも登場」と特記して行い、店舗ないし地域は拡大しつつある(甲139)。
 控訴人の一般消費者向け医薬品(大衆薬)の販売額は、全大衆薬販売額の17.8%であり(甲128の1)、被控訴人ダイコクもその大衆薬販売において控訴人の大衆薬について同様の規模の売上高をもっていると考えられる上、「原価セール」中に廉売により控訴人商品の売上高を大幅に増加させたと推測される。そして、その影響を受ける周辺医薬品小売店も、平均して控訴人商品について売上高17.8%を占めていたと考えられるが、被控訴人ダイコクの大量の販売量の長期にわたる継続的な「原価セール」により、周辺小売店の被害は、控訴人商品のみならず、「原価セール」の大廉売と大規模な広告宣伝による集客効果によってもたらされた他の取扱商品の販売減少を含めて、極めて大きかったと推測できる。
B 広告宣伝の状況
 被控訴人ダイコクは、西日本地区の奈良県、広島県、岡山県、愛媛県、徳島県、熊本県等の被控訴人ダイコクの店舗の周辺において、新聞折り込み広告等により販売チラシの配布を行っている。被控訴人ダイコクは、一回のセールで、ひとつの地域において新聞折り込みチラシをB4サイズ両面カラーで2〜30万部印刷して配布したとされている。また、被控訴人ダイコクは販売チラシを手配りによっても配布していることから、その広告宣伝は相当広範囲にわたるものと思われる。被控訴人ダイコクらによる広範囲の広告宣伝は、競争業者の事業活動に大きく影響を及ぼすものであることはいうまでもない。
C 商品の特性
 被控訴人ダイコクが「原価セール」の対象としている商品は、控訴人の主力著名商品であり(控訴人は一般消費者向け医薬品全体として業界17.8%のトップシェアを占め(甲128の1)、ドリンク剤、総合感冒薬等でトップ銘柄となっている。)、被控訴人ダイコクの店舗の周辺の販売業者にとっては最も有力な取扱商品であるために、被控訴人ダイコクの廉売行為は、周辺販売業者の事業活動に対して重大な不利益を与える。しかも、対象商品は医薬品等であり、販売業者である薬局・薬店は、薬事法に従って、商品管理を行うとともに、医薬品等の有効性及び安全性並びに適正使用のために必要な情報の提供に努めている(薬事法77条の3第4項)。被控訴人ダイコクによる廉売は、薬局・薬店による法にのっとった適正な販売活動を困難にするものである。
D 周辺の販売業者の状況
 西日本地区の被控訴人ダイコクの店舗の周辺(同一市内)には、それぞれ120店舗から440店舗余の競合医薬品小売店がいるが、その約80%は個人経営の単独店舗であり、その大部分の店舗の年間売上額は1億円以下である。被控訴人ダイコクは、33店舗(現在45店舗)を有して西日本地区を中心に全国的な店舗展開をしており、その年間売上額は280億円を超え、西日本地区における1店舗当たりの年間売上高は6億円から12億円と推定され、周辺医薬品小売店の大部分の事業規模は被控訴人ダイコクの事業規模に比べて、圧倒的に弱小である。そして、前記のとおり、周辺医薬品小売業者において、控訴人商品は、最も有力な取扱商品であると考えられる。したがって、被控訴人ダイコクの廉売による周辺医薬品小売店に対する影響は甚大である。
 医薬品小売店の全国平均では、仕入価格に対して42%の販売経費をかけ、46%のマークアップをした販売価額で販売し、約4%の利益をあげているが、被控訴人ダイコクの店舗の周辺医薬小売店の場合も、ほぼ全国平均と同様と考えられる。このような状況の下で、年商280億円を超え多数の店舗展開をしている被控訴人ダイコクが、販売経費と利潤を零として、医薬品小売店の有力取扱商品を販売すれば、被控訴人ダイコクと周辺医薬品小売店との販売価格差(仕入価格を基準にしてみれば100対146)は絶大であり、年商1億円以下の零細な周辺競合医薬品販売業者は、いかなる企業努力によっても、それに対抗できず、強烈な打撃を受けることは必至である。
 被控訴人ダイコクの仕入価格による販売は、何ら誠実な企業努力によるものではなく、競争者に対する強大な経済力を背景に、戦略的な客寄せ行為として採算を度外視した販売であるので、周辺零細小売店がいかなる企業努力によってもそれに対抗することはできないものであり、これは明らかに企業努力による競争を前提とした公正競争ルールに反する。被控訴人ダイコク店舗の周辺医薬品小売店から、このような公正競争ルールを無視した被控訴人ダイコクの「原価セール」に対する強い反対の声があがっている(甲140の1〜322)。
 被控訴人ダイコクの「原価セール」は、零細な周辺小売店の顧客を奪取するために行われたとみられ、被控訴人ダイコク自身が「原価セール」が「当社の認知度を高め」、客寄せであることを公言していることからみても、被控訴人ダイコクは、それを意識し予見して行い、被控訴人ダイコクの不当廉売に対抗できない各地の零細医薬品小売店を席巻しつつ事業拡大を行っているといえる。当然のことながら、西日本地区における被控訴人ダイコクの店舗の周辺医薬品小売店の売上額は減少している。また、ドラッグストア業界においては、出店競争が激しく、しかも長期不況による個人消費の低迷の影響もあって、同業者間の販売競争も激烈である。被控訴人ダイコクによる不当廉売は、ドラッグストア業界の有力競争業者の事業活動にも対抗廉売を巻き起こしたとみられ、周辺零細医薬品小売業者にはさらなる重大な影響を与える販売方法であり、明らかに公正な競争が阻害されるものである。
 このような被控訴人ダイコクの廉売により、多数の競争小売業者が損害を被り、非難の声をあげている(甲140の1〜322)。
 そして、このような「原価セール」による業界の大混乱状況は、極めて異例のものであり、このことは、当時の業界紙等からも明らかである(甲33、34)。
 被控訴人ダイコクの本件不当廉売により、周辺医薬品小売店は、甚大な損害を受け、その影響は零細小売店について特に激しい。そして、控訴人は周辺小売店の大部分と取引基本契約を結んで取引しているので、周辺小売店の打撃は控訴人への打撃でもある。
 以上のほか、控訴人が平成14年2月28日付けで行った小売店全国2万9754店に対する郵便による問い合わせ(甲145)の結果(甲146)によると、過去に「原価セール」をしたことのある小売店は94店で0.5%、「原価セール」が商道徳上許されると回答したのは2.1%、許されないと回答したのは89.43%、同一商圏内で「原価セール」がされたら営業に大きな影響があって困ると回答したのは、91.98%となっている。なお、「原価セール」をしたとの回答をした94店に対して、控訴人の営業担当者が直接問い合わせたところ、すべてが誤解に基づくものであった。
 全国322店の小売店から裁判所宛の上申書があり(甲140の1〜322)、被控訴人ダイコクのした「原価セール」が商慣習ないし商慣習法、商道徳に違反していることを大前提にした上で、「原価セール」について痛憤している。
(3) 仕入価格開示行為及び「原価セール」と商慣習ないし商慣習法違反の有無
 仕入価格開示行為及び仕入価格販売行為(「原価セール」)は、商道徳に反し、商慣習ないし商慣習法に違反する。
 前記の全国小売店への問い合わせ結果によると、「原価セール」が商道徳上許されると回答したのは2.1%にすぎない。そして、前記の上申書によれば、全国322店の小売店は、被控訴人ダイコクのした「原価セール」が商慣習ないし商慣習法、商道徳に違反していることを大前提にした上で、「原価セール」について痛憤している。仕入価格開示行為に関しては、前記(1)(1-1)(a)に記載のとおりである。
(4) 複合的な評価による違法性の有無
 被控訴人ダイコクの行為、すなわち、(a)一般に営業上の秘密と評価されていた仕入価格を開示し、一般に知らせたこと、(b)仕入価格開示行為により、控訴人を競争会社との関係で、競争上不利な立場に立たせたこと、(c)仕入価格開示行為、仕入価格販売行為により、控訴人の取引先である薬局・薬店及び控訴人の販売ネットワークに打撃を与えたこと、(d)控訴人を被控訴人ダイコクの仕入価格開示行為、仕入価格販売行為の協力者と表示し、控訴人に対する薬局・薬店の信頼を失わせ、控訴人の販売ネットワークに打撃を与えたこと、(e)控訴人商品だけについて、差別的に仕入価格を開示し、差別的に仕入価格で販売したこと、(f)仕入価格開示行為、仕入価格販売行為、「定価」表示行為によって、控訴人の企業イメージ、控訴人商品の信用・ブランドイメージを傷つけたこと、(g)仕入価格開示行為、仕入価格販売行為についての控訴人からの中止要求を拒否したこと、(h)仕入価格開示行為、仕入価格販売行為について、中止する対価(金銭)を控訴人に要求したこと、を総合的に評価すると、仮に、上記個々の行為が不正競争防止法、景品表示法などの法令に直接に違反するとはいえないとしても、違法な行為であるというべきである。
(5) 被控訴人Yの共同不法行為性
 被控訴人Yは、被控訴人ダイコクを中心とする企業グループを実質的に支配しており、被控訴人ダイコクの行った前記のような仕入価格開示行為、仕入価格販売行為(「原価セール」)の実施及びその継続は、被控訴人Yの指示・指導ないしは承認によるものであり、共同不法行為となる。
(6) 控訴人の損害及び因果関係
 被控訴人らの前記行為により、控訴人商品の売上げが減少し、控訴人の販売ネットワークが打撃を受け、控訴人の取引先、消費者からの信用が毀損された。
(6-1) 小売業者としては、仕入価格、すなわち販売利益を一般に知られると、消費者からの苦情や値引き要求等を受けやすくなり、時宜に応じた値段付け等がやりにくくなり、商品の販売ないし販売政策に重大な支障が生じることになる。製造者ないし卸売業者としても、製造原価ないし販売原価が知られると、一般消費者からその原価=その商品の価値といった誤った見方をされるおそれが高く、取引先小売店における個別の値引交渉を誘発させ、商品の販売ないし販売政策に重大な支障を生じさせることになる。控訴人の卸価格は、控訴人の株主店向け及び非株主店向けという違いがあり、株主店向けの卸価格の方が概ね数割程度廉価であるが、株主店向けの価格は基本的に同一であり、また非株主店向けの価格も基本的に同一である。被控訴人ダイコクが控訴人商品の仕入価格(株主店向けの卸価格)を一般に公表したことによって、控訴人商品の多数の品目について、広く控訴人が被控訴人ダイコク以外の薬局・薬店に販売している商品の卸価格、そして被控訴人ダイコク以外の薬局・薬店が控訴人から購入する商品の仕入価格(卸価格)の水準が一般消費者に知られてしまうことになった。そのため、控訴人及び日本全国の薬局・薬店に大きな衝撃と打撃を与えた。特に非株主店(零細な店舗が多い。)にとっては、自らの仕入価格よりも数割も廉価な価格が仕入価格として公表されたことによる衝撃は一段と大きい。
 被控訴人ダイコクから控訴人商品だけについて仕入価格(卸価格)を公表されたことによって、上記の問題は、控訴人及び控訴人商品についてだけ生じた。
 被控訴人ダイコクが控訴人商品の仕入価格(卸価格)を一般に公表することは、控訴人と競争関係にある他の製薬会社に対して、控訴人商品の卸価格を教えることを意味する。製造会社や販売会社が商品の出荷価格である卸価格をいくらに設定するかは、商品の販売政策、販売戦略においてもっとも重要な要素の一つであり、競合他社には知られたくない情報である。しかも、本件では、差別的に控訴人商品についてだけ、控訴人の主力商品の大部分を含む商品の卸価格が公表されたことにより、控訴人は、競争上極めて不利な立場に置かれてしまうことになった。
 被控訴人ダイコクは、岡山市において、一般消費者に頒布する販売宣伝チラシに「ファイト一発!!でおなじみの大正製薬の協力により大正製薬の商品を仕入価格で販売!!」と強調し、多数に及ぶ控訴人商品の卸価格を公表してこれを販売した(甲39)。控訴人が被控訴人ダイコクによる「原価セール」に協力した事実はないのであるから、被控訴人ダイコクの「原価セール」が「大正製薬の協力」によるものであるとの表示は、控訴人として到底許容することのできない明らかな虚偽の宣伝である。本件「原価セール」の結果、控訴人の取引先の薬局・薬店は、前記のような大きな打撃を受けたが、それが控訴人の協力によるものであるとの上記虚偽宣伝により、控訴人は取引先の薬局・薬店の信頼を喪失することとなった。
(6-2) 被控訴人ダイコクは、控訴人商品だけの仕入価格(卸価格)を差別的に公表しただけにとどまらず、その公表した仕入価格(卸価格)ないしそれ以下で控訴人商品を販売した。
 被控訴人ダイコクの本件「原価セール」の結果、消費者は、被控訴人ダイコク以外の小売店において控訴人商品の購入を控えることになったことは明らかである。また、控訴人商品のブランドイメージの低下に伴って、控訴人商品の競争力が他メーカー商品と比較して相対的に悪化したことによる売上の減少も無視できない。
 小売店は、被控訴人ダイコクの「原価セール」による被害を最小限にするため、自己防衛上、仕入価格が明らかになってしまった控訴人商品を売る努力を放棄してしまう。すなわち、自衛策として、顧客に対して控訴人以外の他社メーカー商品を推奨して、利益を確保する途を選択することになり、最初から控訴人商品を取り扱わないという方針に行き着くことになる。この結果、「原価セール」が開始されて時間が経てば経つほど、控訴人商品の販売上の被害が増大の一途をたどることは明らかである。
 控訴人代理人による岡山市での2つの薬局の調査結果(甲148、149)によると、いずれの店舗も控訴人商品の取扱いに消極的になってはいなかったが、控訴人商品の売上減少は、店の売上減少の平均よりも多くなっており、控訴人商品に的を絞った「原価セール」の影響であることは明らかであった。
 一般消費者は、薬局・薬店の利益の有無とは無関係に、より安い価格での購入を求めるものであるから、従来、被控訴人ダイコク以外の薬局・薬店で控訴人商品を購入していた消費者は、購入先を変更して被控訴人ダイコクの店舗へと集中することになる。控訴人は、商品の売上向上のため、従来から時間と労力をかけて、商品の販売網を構築してきたのであるが、被控訴人ダイコクの本件「原価セール」によって、控訴人商品の販売網に属する薬局・薬店が打撃を受け、売上減少や中には店舗閉鎖、廃業に追い込まれる店舗も出てくることは必至である(甲148)。被控訴人ダイコクによって、控訴人商品の販売網は、大きなダメージを受けた。
 「原価セール」が常時継続されることになると、特に、非株主店は、控訴人から商品を購入するよりも、被控訴人ダイコクから購入した方が仕入価格は絶対的に廉価である。実際に、被控訴人ダイコク問題で対策に苦労している競合小売店の集まりでは、小売店仲間である業者が「原価セール」で購入しないように申し合わせをするという事態も発生している。控訴人は、問屋を利用せずに全国の小売店に直接営業活動をして販売しているが、「原価セール」の実施は、被控訴人ダイコクが巨大な問屋機能を有するきっかけともなりかねない。かかる結果は控訴人の営業政策と相容れないものである。
 被控訴人ダイコクは、控訴人商品を「商品」として販売したのではなく、顧客誘引の材料として利用したもので、控訴人ブランドの知名度に「ただ乗り」して自己の利益獲得の手段として控訴人商品を無断で利用した側面を有する。
 本件「原価セール」により、対象にされた控訴人商品自体のブランド力を低下させ、かつ控訴人の企業としての信用を損なって、控訴人のブランド力をも低下させた。大廉売される商品は、たとえそれが著名ブランド商品であっても、長期的にみて消費者のブランド評価は確実に低下する。一般に、消費者にとって、高品質は高価格であるという意識が強く、安売り品は欠陥があったり生産過剰で在庫一掃の必要がある価値の低い商品であると意識し、さらには販売元であるメーカーの経営や販売政策に欠陥が生じたのではないかと考えるからである。
(6-3) 以上を通じて控訴人が被った業務上の有形無形の損害、業務上の信用、ブランドイメージの低下による損害は、計り知れないものである。
(a) 控訴人の売上減少額
 有形損害として控訴人の売上減少を主張する。
 そこで、控訴人の売上実績について、本件「原価セール」の影響の検討期間を平成13年3月9日から5月末日までの84日間とし、この期間の前である平成12年12月15日から平成13年3月8日までの84日間との対比により検討した。
 まず、近畿、中国などのブロックごとにおける全医薬品等の売上げ実績推移から業界水準を導き、控訴人商品も原則として同水準の売上げであったとした場合の推計額を算出し、これと控訴人商品の実額販売高との差額を損害として、奈良市、岡山市、広島市、福山市、徳島市、松山市、熊本市における控訴人の売上減少額をみると、合計で2億4752万6003円となる(甲157)。
 他方、控訴人商品が対比期間の対前年比と同様な割合で検討期間の売上げがあったものとみなした場合の奈良市、岡山市、広島市、福山市、徳島市、松山市、熊本市における控訴人の売上減少額をみると、合計で1億7283万9322円となる(甲157)。
 なお、以上の算定においては、被控訴人ダイコクによる控訴人商品の売上分は含まれていない。
(b) 被控訴人ダイコクが得た利益は、1億7349万1200円ないし1億8794万8800円を下回るものではない。控訴人は、不正競争防止法5条により、被控訴人ダイコクが得た同額の利益を損害とすることができる。
(c) 控訴人は、仕入価格を公表してされた本件「原価セール」によって、控訴人の販売ネットワークに打撃を与えられ、かつ、ブランド価値が毀損された。控訴人がこのために受けた精神的損害は、1億円を下らない。
(d) 控訴人は、以上の逸失利益(a)又は(b)として少なくとも1億円、さらに慰謝料(c)として少なくとも1億円の損害を被ったものであり、本訴では、その一部請求として、内金1億円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める。
【請求A2】関係
(1) 取引基本契約違反の有無
 控訴人と被控訴人ダイコク及び合併前4社との各取引基本契約3条では、第1文で上記被控訴人ダイコクらの推奨販売義務及び生活者への直接販売義務を規定し、第2文前段では控訴人の協議義務を規定し、第2文後段で上記被控訴人ダイコクら及び控訴人の共同利益増進義務、円滑取引維持義務を規定している。
 取引基本契約3条が控訴人の上記被控訴人ダイコクらに対する販売支援義務のみを一方的に規定しただけであって、被控訴人ダイコクらの義務を定めていないとの理解はあり得ない。
 被控訴人ダイコクは、本件「原価セール」の実施により、競合小売店に大きな被害を与え、控訴人の売上げも減じさせて多大な損害を与えることを当然に予想すべきであったにもかかわらず、実施したものであって、共同利益増進義務、円滑取引維持義務に違反した行為である。
 本件「原価セール」は、小売店をして、控訴人から商品を購入しないで被控訴人ダイコクから控訴人商品を購入することを可能にし、この結果、控訴人が問屋を介さないで全国の小売店に直接販売している販売政策を崩壊させる危険がある(被控訴人ダイコクが控訴人商品を取り扱う問屋の機能を果たすことになりかねない。)。例えば、小売店は、控訴人から直接仕入れるときに制約を受ける最低購入量の定めなしに、被控訴人ダイコクから少量でも控訴人商品購入が可能である。本件「原価セール」は、仮に業者に販売することを主たる目的ではなかったとしても、その構造上の本質として、被控訴人ダイコクが最終消費者ではない業者に控訴人商品を購買させる余地を多く与えており、かかる構造上の本質的な問題点を有する「原価セール」自体、取引基本契約3条に定められた生活者(最終消費者と同義)への販売義務に違反する販売方法であることは明白である。
 本件「原価セール」は、消費者との関係で控訴人ブランド及び控訴人商品ブランドを毀損して控訴人の信用を低下させる行為であり、競争会社との関係では控訴人を競争上不利な立場に追い込む行為であるから、被控訴人ダイコクの本件「原価セール」は、上記3条第1文の推奨販売義務に違反している。
 取引基本契約は、商行為としての販売行為を行うことを当然の前提として締結されたものであり、同契約3条第1文は商行為としての販売行為に関する義務を定めたものである。しかし、本件「原価セール」は、控訴人商品を販売することで利益をあげることを目的としておらず、専ら客寄せのためのおとりとして利用する「宣伝行為」であり、被控訴人ダイコクが継続的に「宣伝行為」に控訴人商品を利用したことは、同条に違反したということになる。
(2) サポートVAN契約違反の有無
被控訴人らが仕入価格(卸価格)を公表したことは、被控訴人ダイコクらと控訴人との間に締結されているサポートVAN契約5条に違反する。
(3) 継続的取引契約に基づく信義誠実義務違反(信頼関係破壊)
 被控訴人ダイコクが行った背信行為の内容は以下のとおりである。
(3-1) 控訴人商品の仕入価格(卸価格)の公表
 被控訴人ダイコクは、前記のとおり、控訴人の著名な商品のうち、1回のチラシで、少ないときでも10数品目、多いときは90数品目について、仕入価格(卸価格)を大量の新聞折り込み用や街頭手配りの販売チラシに表示し、これを配布し、一般に公表した。その背信性については、既に主張したとおりである。
(3-2) 差別的公表・販売
 被控訴人ダイコクは、数ある製薬会社の商品の中で、控訴人商品についてだけ、仕入価格(卸価格)を一般に公表し、その価格で販売した。これによる損害は前記のとおりである。
 これは、控訴人だけを困らせてやろう、控訴人だけを攻撃しようという被控訴人ダイコク及び被控訴人Yの意思、悪意、害意の表れである。
(3-3) 虚偽宣伝
 被控訴人ダイコクが本件「原価セール」が控訴人の協力によるものであるとの虚偽の宣伝をしたことは、前記のとおりである。
(3-4) 仕入価格(卸価格)又はそれ以下での控訴人商品の販売
 前記のとおり、これにより多大の障害を生じた。
(3-5) 控訴人ブランドの不当な悪用
 前記のとおり、被控訴人ダイコクは、控訴人ブランドの知名度に「ただ乗り」して自己の利益獲得の手段として、控訴人商品を無断で利用した。
(3-6) 控訴人からの「原価セール」中止要請の拒否
 控訴人は、再三にわたって、被控訴人ダイコクを含むダイコクグループに対して、控訴人商品の「原価セール」を行わないように申し入れた。しかし、被控訴人ダイコクは、中止を拒否し、「原価セール」を継続し、控訴人に不利益と損害を与え続けた。
(3-7) 控訴人に対する「原価セール」中止の対価(金員)の要求
 控訴人による上記中止要請をしたところ、平成13年5月7日、控訴人の担当者であるαは、被控訴人ダイコクの配送センター2階社長室において、被控訴人ダイコクのβ専務から、「「原価セール」のチラシをやめることについて他社のようにチラシ抑制金はないのか。」と金員を事実上要求された。
 上記の金員要求の仕方から、控訴人以外の他社は、「原価セール」の対象とされないために、被控訴人ダイコクの金銭的要求に応じていることがうかがわれる。
(3-8) 消費者に対する控訴人ブランド力の低下
 前記のとおり、被控訴人ダイコクは、本件「原価セール」により、控訴人商品自体のブランド力を低下させ、かつ、控訴人の企業としての信用を損なって、控訴人のブランド力をも低下させた。
(4) 商慣習ないし商慣習法上の義務違反の有無
 仕入価格開示行為は、前記のとおり、商慣習ないし商慣習法上の義務違反となるものである。
(5) 控訴人の損害及び因果関係
 前記不法行為に関する主張と同様である。
【請求B】関係
  被控訴人らによる本件仕入価格開示行為は、不正競争防止法2条1項7号に該当するところ、今後とも開示するおそれが十分ある。この行為により、控訴人の営業上の利益の侵害され、又はそのおそれが存在することは、前記のとおりである。よって、同法3条に基づき、仕入価格の開示の差止めを求める。
【請求C】、【請求D】関係
 サポートVAN契約の終了についての帰責事由
 前記債務不履行として主張したとおり、サポートVAN契約の終了は、被控訴人ダイコクの責めに帰すべき事由によるものである。すなわち、この終了は、控訴人の責めに帰すべき事由以外の事由によるものである(同契約16条5号)。
 控訴人は、被控訴人ダイコク及び合併前4社に対し、前記解除通知により取引基本契約を解約し、さらにサポートVAN契約をすべて解約した。サポートVAN契約は、控訴人と取引基本契約を締結している取引先小売店の販売支援のために結ばれるものであり、取引基本契約が解除された場合には、控訴人との取引関係がなくなり、サポートVANを使用する目的が失われるわけであるから、もはやサポートVAN契約を維持することができないのである。被控訴人ダイコクが「原価セール」を行った行為は、サポートVAN契約の解除条項に該当し、又は、契約当事者間の信頼関係を破壊するものであり、さらには、契約解除を基礎付ける合理的な理由に該当し、同契約は、控訴人の解除により終了した。
 被控訴人ダイコクの前記行為は、被控訴人ダイコク及び合併前4社の実質的な代表者かつオーナーである被控訴人Yの指示ないし責任の下に実施されたものであるから、控訴人と被控訴人ダイコク及び被控訴人Yとの信頼関係が破壊された。そうである以上、被控訴人Yを実質的オーナーとし、組織的一体的に運営されている合併前4社との間においても、控訴人との信頼関係は破壊されたものである。
6 争点に関する被控訴人らの主張の要点
【請求A1】関係
(1) 仕入価格の不正競争防止法上の営業秘密性
 仕入価格は、不正競争防止法上の営業秘密に当たらない。
 秘匿性(秘密管理性)の要件を欠く。
 本件取引基本契約において、被控訴人ダイコクが原価に関して秘密保持義務を負担する旨の明文規定もなく、その他に秘密保持契約が締結されているわけでもない。原価開示行為は、違法行為でもなく、債務不履行でもない。
 一般消費者にとっての関心は、商品の原価ではなく、いかに安く販売されているかである。被控訴人ダイコクが他の薬局・薬店よりも同一商品を安く販売していれば、一般消費者が被控訴人ダイコクの経営する店舗で商品を購入することは、当然のことである。被控訴人ダイコクが原価で商品を販売しているからといって、一般消費者がその商品を購入するわけではない。仕入価格を開示し、販売することが違法で信頼関係を破壊するという控訴人の主張は、メーカー側の勝手な論理にすぎない。仕入価格を消費者に知らしめてはいけない、消費者に取引実情を知らしめてはいけないということは、メーカーあるいは薬局・薬店が医薬品を一定価格(定価)での販売を確保する意味ではメリットはあるが、一般消費者にとっては、提示された販売価格の妥当性等についての判断材料が示されないことになる。原価が開示されることで控訴人が被る不利益は、端的にいえば、定価販売を維持できないことにある。それを除けば、販売利益が明らかになって通常困るのは、当該事業者であり、メーカーではない(メーカーの製造原価が開示されたわけではない。)。
 控訴人商品における薬局・薬店の利益率は非常に高い。仕入価格が明らかにされなければ、このような高い利益が薬局・薬店にもたらされ、一般消費者は、高い買い物をさせられていることは明らかにされない。仕入価格、取引実情を知らせてはいけないということは、一般消費者の商品選択に当たっての情報を制限し、売り手側の示す価格での購入を余儀なくさせる結果となる。さらに、控訴人は、販売先である薬局・薬店に対し、定価販売や一定の範囲内でしか値引きを認めない販売方法をとるように勧めている(乙1の1・2)。これらは、価格拘束行為であり、再販売価格維持行為に当たり、独占禁止法に違反するものである。このような控訴人の商品の販売姿勢は、一般消費者の利益を全く無視し、医薬品を高価な価額で購入させようとしていることを意味する。仕入価格の開示は、薬品における取引実情を一般消費者に知らしめるものであり、一般消費者の利益にかなうものであって、そのことが控訴人にとって望ましいものでなかったとしても、そのことから直ちに契約解除に結びつくような信頼関係が破壊されたとの評価は行い得ない。
 仕入価格は、他の小売店も知っており、非公知性を欠く。
(2) 被控訴人ダイコクの「原価セール」の一般指定6項前段又は後段(不当廉売)への該当性
 本件「原価セール」は、「供給に要する費用を著しく下回る対価」での販売にも、「不当に低い対価」での供給にも当たらない。
 本件「原価セール」は、被控訴人ダイコクの一部の販売店が、主に新規開店の際に、それぞれ期間を区切った販売セールを行ったもので、販売活動として許容されるものであるし、「継続して」供給したことにもならない。すなわち、被控訴人ダイコクが経営する各店舗において「原価セール」を行った期間は、3日間ないし10日間にすぎない。被控訴人ダイコクの各店舗は、一般消費者に向けて小売業として薬品等を販売するものであり、その商圏は限られており、例えば、松山市の松山銀天街店と岡山市の岡山表町店との商圏は、明らかに異なる。不当廉売は、競争制限的行為を規制するものであり、要件の検討に当たっては、商圏等も考慮されるべきである。控訴人の主張は、商圏が明らかに異なる各店舗で実施された「原価セール」を一体として評価し、平成13年1月から5月まで不当廉売が行われたものとして、不当廉売の要件である継続性を検討しようとするものであり、不当である。
 仕入価格による販売は、顧客に優良誤認を与えるものではなく、欺瞞的顧客誘引行為には当たらない。価格を下げて顧客を誘引することは、不当廉売に該当しない限り自由であり、不当な利益による顧客誘引にはならない。差別的取扱いの禁止は、当該事業者間の取引における差別的な取扱いを規制するものであり、一部メーカーの商品を廉売したり仕入価格を開示する行為が差別的取扱いの規制対象となるものではない。「メーカーの協力」という表示又は「定価」の表示は、顧客に商品が優良有利であるとの誤認を生じさせるものではないのであって、景品表示法違反とはならない。
 価格による自由な競争を維持するための独占禁止法において、不当廉売が禁止されているのは、小規模小売店営業の保護が目的ではない。大規模事業者が資金力を背景に独占、寡占の手段として不当な安売りを排除するのが目的である。一般指定6項前段について、公正取引委員会は、リベートや値引きを控除した実質的仕入価格を下回る販売を指すものであるとの一応の基準を昭和59年の「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」で明らかにしているところであって、これを遵守して販売した被控訴人ダイコクの行為が控訴人に対する不法行為や信頼関係破壊の根拠事実として評価されるべきではない。
 一般指定6項後段については、「不当に」の要件が加えられており、公正競争阻害性の要件が必要であるが、被控訴人ダイコクの本件行為によって公正競争が阻害された事実は存在しない。
 控訴人は、被控訴人ダイコクが「原価セール」を行ったことを問題としているが、その実は、被控訴人ダイコクが控訴人商品をはじめとする医薬品を安価で一般消費者に提供し、そのことによって控訴人の取引先である小売店に与えた影響を慮って、本訴を提起したものである。競争店にとっては、被控訴人ダイコクに安売りされることで自らの経営に影響が出ることが大問題であるかもしれない。しかし、それを理由にして、控訴人が被控訴人ダイコクに対する取引を拒絶したり、他業者が控訴人に対してそういう対応をさせることは、独占禁止法で規定する不公正な取引方法の共同ボイコット、単独ボイコットに該当するものであって、その目的からして、再販売価格拘束にも該当し得るものである。
 別紙一覧表に記載の商品の一部には、控訴人から被控訴人ダイコクに対し、現品添付あるいは販売協力金等の方法により、実質的値引きが行われていた商品も存在する。各店舗ごとに対応処理がされていたため、現品添付物品の数量、価格等については判明せず、実質的仕入価格を確定することは不可能である。
 別紙一覧表のうち、仕入価格を下回って販売したとされる商品のうち、「アイリス14ml」、「パブロンS16包」、「パブロンゴールド<顆粒>26包」、「パブロンゴールド<顆粒>42包」については、他店との競争関係上、仕入価格未満での販売を行った。しかし、その他の商品については、現実の仕入価格の把握に誤りがあり、仕入価格未満での販売を行っているとの認識がなかった(コンピュータに入力する際、原価の設定を誤ったものもある。)。したがって、競争を阻害する目的をもって販売したものではなく、競争を阻害する結果を生じさせるおそれのないものである。なお、「パブロン」は、当時も、現在も他の販売店において、仕入価格よりも低い金額で販売されることが恒常化している商品である。
 別紙一覧表のうち、チラシに表示した仕入価格が現実の仕入価格よりも高い価格であったものについても、上記と同様に、現実の仕入価格の把握に誤りがあったためである。
(3) 仕入価格開示行為及び「原価セール」と商慣習ないし商慣習法違反の有無
 控訴人主張のような商慣習ないし商慣習法はない。仕入価格を表示する商慣習ないし商慣習法がないとは思われるが、そのことが仕入価格表示の違法性を根拠付けるものではない。原則として独占禁止法に違反しない範囲での廉売は自由であり、それを拘束することは逆に再販売価格維持行為として独占禁止法違反のおそれがある。
(4) 複合的な評価による違法性の有無
(a)仕入価格を知らせることは、一般的にも違法行為とは評価できない。(b)仕入価格開示行為により、控訴人が競争会社との関係で、競争上不利な立場に立った事実はない。(c)被控訴人ダイコクの行為により、仮に競争者である他の薬局・薬店の営業に打撃を与えたとしても、それが違法となるものではない。むしろ、他の小売店との競争を抑制する行為は違法のおそれがある。(d)被控訴人ダイコクの一部の店舗で「大正製薬の協力により…仕入価格で販売」とのチラシが配布されたことは事実であるが、その規模は小さく、仮に違法だとしても軽微である。また、これは、被控訴人ダイコクの会社の指示でされたものではなく、当該店舗の担当者がやや行きすぎた文言をチラシに掲載したにすぎない。そして、「メーカーの協力」、「定価」という表示により、顧客が商品につき優良有利だと誤認することはない。広告中に「定価」という表現をしたからといって、控訴人が再販売価格維持行為を行っているとの誤解を与えるものではない。(e)被控訴人ダイコクは、控訴人商品だけについて仕入価格を開示したのではない。仮にそうだとしても、安売りの対象を選択するのは販売店の自由であり、それが違法となる根拠はない。(f)仕入価格開示によって企業イメージが傷つけられるものではない。(g)控訴人担当者から中止要請が何度か口頭で行われたが、強い要請ではなく、もちろん契約解除などの話は全く出ておらず、被控訴人ダイコクらが頑強に抵抗して拒否したというようなものではない。中止要求について拒否したとしても、未だ交渉継続中であり、控訴人側から突然契約解除、訴訟提起という手段がとられたのであって、不法行為や信頼関係破壊となるものではない。(h)前記のように本件「原価セール」は、許容されるもので、違法行為ではない。それにもかかわらず、控訴人側から中止の依頼があった場合、その機会に、自社側に利益のある条件を引き出そうとすることは、取引交渉として是認されるべきである。仮に、被控訴人ダイコクのβ専務が控訴人主張のような趣旨の発言をしたのだとしても、通常の商取引上、商慣習ないし商慣習法上、不当な行為ではなく、公序良俗違反などということはできない。
(5) 被控訴人Yの共同不法行為性
 「原価セール」は、被控訴人Yの指示、責任によるものではなく、同被控訴人に損害賠償義務はない。
(6) 控訴人の損害及び因果関係の有無
 控訴人に損害は生じていない。被控訴人ダイコクの行った仕入価格開示行為、「原価セール」による損害はなく、仮に損害が生じたとしても、行為との因果関係はない。
 不当廉売は、競争者に対する不法行為とはなり得ても、原則として仕入先に対する不法行為ではなく、それに起因する仕入先の損害発生も通常は考えられない。
 本件において、不正競争防止法5条に基づく推定を行うべき基礎が存在しない。
 原価が公表されることによって、控訴人のブランド力が低下するとは考えられないし、現実にそのような事態は生じていない。
 控訴人は、廉売されることで信頼感やブランド力を低下させるというが、控訴人は、全国的に無数ともいえる薬局・薬店に大量の製品を供給する大衆薬メーカーであり、薬品としての性質上、広く国民に安価に安定した供給をすべき社会的責務も負っている。このような企業が一般の小売店に商品を供給する場合において、ファッション製品の高級ブランドメーカーが取扱店舗を限定したり代理店契約などによって高価格路線を維持する政策のような議論をすることは、筋違いで失当である。
 控訴人は、競争会社との関係において不利な立場に追い込まれたというが、控訴人の卸価格は、株主店と非株主店とで扱いは異なるにせよ、株主店、非株主店のそれぞれの中では価格は一律であり、被控訴人ダイコクの本件行為が競争会社との関係で控訴人に何ら不利益を与えるものではない。
 控訴人の販売ネットワークへの打撃の点についても、打撃があったことについて具体的事実関係の指摘はなく、仮に安価販売による何らかの影響が考えられたとしても、「原価セール」を行うことによる販売ネットワークへの打撃はなく、仮にあったとしても、自由競争で許容された範囲内のものである。
 控訴人の慰謝料請求の根拠が不明であり、ブランドイメージが低下したとの事実もなく、慰謝料請求の理由もない。
【請求A2】関係
(1) 取引基本契約違反の有無
 仕入価格開示行為については、取引基本契約上何ら契約解除事由となっていない。
 取引基本契約書の規定は、いずれも商品売買に関する条件、キャンペーン実施等の販売促進方法等に関する取決めがされているにすぎず、契約当事者の信義等に関する規定は一切存在しない。その3条は、文言上も、契約書全体の規定の仕方からも、被控訴人らに対する信義的な義務を規定したものとはいえず、控訴人の被控訴人らに対する販売支援義務を規定したものであることが明らかである。
(2) サポートVAN契約違反の有無
 サポートVAN契約の解約事由は、15条に、@一方当事者が他方当事者に対する本契約若しくは取引契約又はその他の両当事者間の契約に基づく債務を1つでも履行を怠ったとき、A本契約の条項に違反したときと規定されている。しかし、原価は、乙データに該当しない。乙データに含まれない原価を開示することは、サポートVAN契約5条に規定する機密保持義務とは関係がなく、被控訴人ダイコクによる原価開示は、機密保持義務に反するものではない。したがって、本契約条項に違反する事実は存在せず、サポートVAN契約の解約事由はない。
 取引基本契約についても何ら契約違反は存在せず、サポートVAN契約についても解約事由が存在しない以上、被控訴人ダイコクの帰責事由による債務不履行は存在しない。
 それにもかかわらず、控訴人は、VANシステムの利用中止を行っており、控訴人にこそ、被控訴人ダイコク及び合併前4社に対する損害賠償義務が存在するのであり、被控訴人ダイコクらに精算金支払義務があるものではない。
(3) 継続的取引契約に基づく信義誠実義務違反(信頼関係破壊)の有無
 控訴人からの「原価セール」の中止要請は存在したが、そのことに対する控訴人の態度の明示もなく、控訴人は、突然取引基本契約の解除及び訴訟提起に踏み切っている。控訴人は、被控訴人ダイコクからの話合いの申入れに対しても一切応じようとしなかった事実もあり、控訴人の一方的解約申入れにすぎず、信頼関係破壊といえるような状況には至っていない。
(4) 商慣習ないし商慣習法上の義務違反の有無
 仕入価格開示行為自体が商慣習ないし商慣習法上禁止されているとはいえない。仕入価格を表示する商慣習ないし商慣習法がないとは思われるが、そのことが仕入価格表示の違法性を根拠付けるものではない。
(5) 控訴人の損害及び因果関係の有無
 前記不法行為に関する主張と同様である。
【請求B】関係
 仕入価格が不正競争防止法上の営業秘密に当たらないことは前記のとおりである。
【請求C】、【請求D】関係
 サポートVAN契約が終了したことは認める。したがって、別紙の動産を返還する義務のあることは争わない。
 しかし、契約終了に至ったのは、被控訴人ダイコクの債務不履行に基づくものではなく、控訴人によるサポートVAN契約上のサービス供給が停止されたことによるものである。被控訴人ダイコクに帰責事由はなく、控訴人の帰責事由によるものであり、被控訴人ダイコクに精算金支払義務はない。
 すなわち、前記のとおり、被控訴人ダイコクが実施した「原価セール」は、新規出店店舗について期間を限定して行われたものである。また、控訴人の担当者から被控訴人ダイコク担当者に対してされた中止要求も、控訴人と被控訴人ダイコクとの取引中止に至るまでのものではなかった。それにもかかわらず、控訴人は、正式な警告や解除予告などもなく、平成13年5月20日付けの解除通知を一方的に行った。しかも、「原価セール」を行った被控訴人ダイコクに対してのみならず、合併前4社に対してまで、取引基本契約及びサポートVAN契約の解除を通知した。そして、控訴人は、被控訴人らへの解除通知到達前である同月21日に、被控訴人らへの事前通告もなく、突然に記者会見を行って、契約解除したこと、本訴の提起をすることを発表した。被控訴人ダイコク及び合併前4社への解除通知の到達は、同年21日から22日にかけてであり、控訴人は、同月23日には本訴を提起した。
 サポートVAN契約に基づくサービスは、薬局・薬店における商品管理にとって不可欠なものであり、サービスの提供が直ちに中止されると被控訴人ダイコクの経営に直ちに混乱が生じる。控訴人は、サービスの提供を中止し、機器等の返還も求めてきた。被控訴人Yは、控訴人との関係を修復するために上京したが、控訴人は話合いの機会さえ持とうとしなかった。
 本件一連の控訴人の態度は、大衆医薬品の国内最大手メーカーである控訴人の意に添わない被控訴人ダイコクを切り捨てようとするものであり、唐突かつ異常な形でされた本件契約解除は、違法なものであって、許されない。また、突然に解除しなければならないほど、解除当時に控訴人に差し迫った被害が生じていたとは考えられない。
 控訴人がサービス利用をさせなかった点で、サポートVAN契約の解除事由は、控訴人に存在することはあれ、被控訴人ダイコクらに存在するものではない。
 契約解除が許されない以上、これを前提とする控訴人の請求は理由がない。
 サポートVAN契約の解除については、被控訴人ダイコクらには何らの帰責性も存在せず、精算金請求の根拠がない。
第4 当裁判所の判断
1 【請求A1】民法709条又は不正競争防止法4条に基づく損害賠償請求(被控訴人らに対する連帯しての1億円の請求)について
(1) 争点(1)(仕入価格の不正競争防止法上の営業秘密性)について
(1-1) 被控訴人ダイコクの行った「原価セール」については、別紙一覧表のうち、〔1〕ないし〔12〕及び〔14〕ないし〔17〕については、各符号の付された欄に該当する控訴人商品が各符号の意味する価格で小売販売されたことに当事者間に争いがない。
 そこで、争いがある別紙一覧表の〔13〕について検討するに、甲24によれば、〔13〕として記載されたとおりの店舗及び期間において、記載どおりの被控訴人商品が各符号の意味する価格で小売り販売されたことが認められる。もっとも、争いがない〔14〕と対比すると、店舗及びセール期間が一致していること(甲24の表面には「セール期間:4月28日(土)〜5月28日(月)」との記載があるが、裏面の本件「原価セール」については「4/28〜5/5まで限定」と記載されている。)、〔13〕には当該セールに関するチラシ(甲24)が存在するのに対し、〔14〕を裏付けるチラシなどの証拠はなく、販売された商品内容も不明であることが認められ、これらによれば、〔14〕と〔13〕は同一の「原価セール」であって、その内容は、別紙一覧表に〔13〕として記載された内容であると認められる(よって、〔13〕及び〔14〕については、当事者間に争いがない〔14〕をもって「原価セール」とすべきであるが、そのセール内容は、〔13〕に記載されたものとして把握されることになる。)。
 次に、別紙一覧表の〔18〕ないし〔21〕についてみるに、これらを裏付ける証拠(チラシ)として、順次、甲22、31、13、32がある。しかし、これら証拠においては、セール期間の記載がなく、記載内容を精査しても、具体的に実施することが決まっている又は現に実施している「原価セール」であることを認めることはできず、むしろ、抽象的に「セール期間中」に「原価セール」を行う旨などが記載されているだけであって、今後セールが行われるときに「原価セール」がされるとの予告をしているようにも理解されるのであって、結局、本件証拠からは、〔18〕ないし〔21〕の「原価セール」が現に実施されたことを認めるには足りないというほかない。
 さらに、〔11〕についてみるに、裏付けとなるチラシとしては、甲20と21があるが、両者はコピーの縮尺又は拡大の倍率を異にするのみで内容は同一で、同じ「原価セール」を証明するものである。よって、これらを合わせて〔11〕という一度の「原価セール」があったものと認める。
 また、〔1〕については、「原価セール」が行われたことに争いはないものの、その販売に係る商品、価格等は全く認めることができない。
 以上によれば、本件において被控訴人ダイコクの「原価セール」として検討対象とし得るものは、原則として、別紙一覧表の〔2〕ないし〔12〕、〔14〕ないし〔17〕(ただし、〔14〕の内容は〔13〕に記載されたとおりのもの。)の15件であるというべきである。
(1-2) 上記認定の本件「原価セール」において、被控訴人ダイコクは、別紙一覧表〔2〕ないし〔12〕及び〔14〕(その内容は〔13〕記載のとおり。)ないし〔17〕として記載されたとおり、「仕入価格」との表示のもとに、被控訴人ダイコクが控訴人から控訴人商品を仕入れた価格、すなわち、控訴人商品に関する被控訴人ダイコクと控訴人との間における売買代金額を、一般消費者にチラシという書面に記載するなどして開示したことが認められる。
 控訴人は、このような開示行為が不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為に該当すると主張するので、以下に検討する。
(1-3) 不正競争防止法2条1項7号は、「営業秘密を保有する事業者(保有者)からその営業秘密を示された場合において、不正の競業その他の不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為」を「不正競争」であるとするものである。すなわち、同規定は、営業秘密を保有者から「示された」者が、不正競業などの目的をもって、その営業秘密を不正に開示するなどの行為を対象とするものである。
 そこで、検討するに、被控訴人ダイコクは、控訴人商品に関する被控訴人ダイコクと控訴人との間における売買代金額(仕入価格)という情報を「示された」ものではないのであるから、これを一般消費者に開示しても、不正競争防止法2条1項7号が対象とする行為には該当しないことが明らかである。原判決もこれと同旨を判示するものであって、相当として是認し得るものである。
 すなわち、前判示のとおり、被控訴人ダイコクが一般消費者に開示したのは、被控訴人ダイコクが販売しようとしている控訴人商品の仕入価格、つまり、控訴人と被控訴人ダイコクとの間における控訴人商品の売買代金額である。いうまでもなく、売買代金額は、売買契約の主要な要素の一つであり、契約当事者が合意することにより形成されるものである。本件においても、控訴人と被控訴人ダイコクが卸し・仕入れとして、売買代金額(控訴人にとっての卸価格、被控訴人ダイコクにとっての仕入価格)を合意したことにより、仕入価格という情報が成立し、双方が保有することになったのであり、控訴人が保有していたものが被控訴人ダイコクに「示された」ものでないことは明らかである。
 なお、控訴人と被控訴人ダイコクとの間で締結された取引基本契約書(甲1)によれば、その1条において、「甲(判決注:控訴人)が乙(判決注:被控訴人ダイコク)に売り渡す価格は、予め甲が定めます。」とされている。これによれば、控訴人があらかじめ一定の金額を定め、被控訴人ダイコクとしては、この金額を受け入れるか否か、受け入れればその金額で仕入れをし、受け入れられなければ当該商品の仕入れをしないという取引形態になっていることがうかがえないではない。しかし、仮に、本件仕入れがこのような形態でされたものであったとしても、被控訴人ダイコクの意思により、控訴人が定めた金額で合意して売買契約が成立していることに変わりはないのであって、両者の意思の合致により、売買契約が成立し、その要素である売買代金額(仕入価格)も成立したものであることに変わりはない。したがって、控訴人があらかじめ売り渡す価格を定め、被控訴人ダイコクにそれを示して、売買契約に至ったものであるとしても、控訴人があらかじめ定めた価格が売買契約の要素である売買代金額といえるものではなく、あくまでも控訴人として売り渡す予定価格であると評価されるべきものである。このことは、上記予定価格が値引きなどの交渉が許されないものとして運用されており、結果的に、控訴人のあらかじめ定めた価格(予定価格)が成立した売買契約の代金額と一致することになるとしても、変わりはない。ちなみに、被控訴人ダイコクは、本件において、「原価セール」の原価が控訴人があらかじめ定めた価格と一致しているということを開示したわけではないし、競争関係にある販売店の仕入価格(売買代金額)を控訴人から示されて、それを開示したりなどしたわけでもない。
 以上のとおり、本件は、不正競争防止法2条1項7号によって規律することができない事案であるというほかないのであって、仕入価格の営業秘密性に関するその余の要件について判断するまでもなく、被控訴人ダイコクの本件仕入価格の開示行為は、不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為には該当しない。
(2) 争点(2)(被控訴人ダイコクの「原価セール」の一般指定6項前段又は後段(不当廉売)への該当性)について
(2-1) 前判示のとおり、本件において被控訴人ダイコクの「原価セール」として検討対象とし得るものは、原則として、別紙一覧表の〔2〕ないし〔12〕及び〔14〕(その内容は〔13〕記載のとおり。)ないし〔17〕の15件である。
 これを控訴人商品の品目数として整理すると、次のとおりとなる(なお、前掲争いがない事実で摘示したものは、「原価セール」の存在自体について争いがあるものも含め、甲13ないし32のチラシに記載されたものを形式的に計上した結果として争いがないとの趣旨であるから、上記の「原価セール」の認定結果に従って、訂正(別紙一覧表の〔18〕ないし〔21〕に対応する甲22、31、13、32の4通を除き、〔11〕という同一のセールに関する甲20と21が二重に計上されているのを訂正)すると、延べ品目数のみが訂正されるべきことになる。)。
 すなわち、本件「原価セール」においては、控訴人の主力商品146品目について仕入価格の表示があり、そのうち22品目の仕入価格の表示が実際の仕入価格と異なっている。このうち、表示された仕入価格が実際の仕入価格を下回るもの(別紙一覧表において「A」と表示されセルの色が赤色のもの)が15品目(10.3%)あり(うち9品目がマイナス20%から30%の水準)、その延べ品目数は45にのぼるもので、これらは、仕入価格をも下回る価格で販売されたものである。なお、上記22品目のうち、7品目(4.8%)は、表示された仕入価格(実際の販売価格)が実際の仕入価格を上回り(同一覧表において「B」と表示されセルの色が青色のもの)、その延べ品目数は10にのぼるものであった。上記146品目のうち、その余の124品目の仕入価格の表示は、実際の仕入価格と同じであり、これらは、仕入価格そのもので販売された(同一覧表において★の符号が付されたもの)。
(2-2) 独占禁止法2条9項は、「この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為であって、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するものをいう。」とし、その2号において、「不当な対価をもって取引すること。」と規定している。
 公正取引委員会は、上記規定を受けて、一般指定6項において、「正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品又は役務を低い価格で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること。」と定めた。
 一般指定6項を分析すると、前段は、「正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること。」であり、後段は、「その他不当に商品又は役務を低い価格で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること。」であると解される。前段は、不当廉売に該当する行為の典型的な場合をできるだけ明確な基準で示したものであり、後段は、前段以外の行為でも法の趣旨に照らして許容し得ないものを個別に検討して判断しようというものであると解される。
(2-3) 本件「原価セール」の一般指定6項前段への該当性について
(2-3-1) まず、「対価」の要件について検討する。
(a) 一般指定6項前段の対価の要件は、「その供給に要する費用を著しく下回る対価」というものである。
 この点につき、公正取引委員会事務局は、昭和59年11月20日付けで発表した「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」(甲132。以下「考え方」という。)において、「『供給に要する費用を著しく下回る対価』とは、不当に低い対価に該当する典型的な場合を例示したものとされるが、総販売原価を著しく下回るという趣旨から、通常の小売業においては、<仕入価格>を下回る価格がこれに該当すると考えられ、実務上は、<仕入価格>を下回るかどうかを一つの基準としている。ここでいう<仕入価格>とは、問題となる廉売を行っている事業者の廉売対象商品の<仕入価格>である。また、それは名目上の仕入価格ではなく、実際の取引において当該商品に関して値引き、リベート、現品添付等が行われている場合には、これらを考慮に入れた実質的な仕入価格(当該商品についての実質的な支払額の意味)である。」との考えを示した。
(b) これに対し、控訴人は、「考え方」は、公正取引委員会ではなく同委員会事務局の指針である上、解釈基準ではなく、同事務局の行政機関としての実務上の運用指針であること、具体的なケースについては、個々の事案ごとに判断を要するとの限定をしていること、「考え方」における仕入価格を一基準とみるような記載は、全体の趣旨からみて不正確であること、同事務局は、平成12年11月24日(平成13年4月2日改正)の「酒類の流通における不当廉売・差別価格等への対応について」及び平成13年12月14日の「ガソリン等の流通における不当廉売差別価格等への対応について」と題する指針を公表し、「実質的仕入価格を上回る価格(総販売原価を下回ることが前提)で販売する場合」についても、「周辺の販売業者の事業活動を困難にするおそれのある場合には、不当廉売として規制する」こととし、不当廉売規制に関する運用基準をより明確にしてきていること、「著しく下回る」とは、大幅に下回るという意味ではなく「はっきりと下回る」ということであることなどを主張し、通常の小売業における仕入価格での販売は、販売に要する費用を全くみていないので、「その供給に要する費用を著しく下回る対価」で販売していることは自明であるという。
(c) そこで、検討するに、「考え方」(甲132)は、その冒頭において、調査を受ける側に不当廉売に関する規制を知らずに問題となる行為を行っている事例が多くみられ、また、調査を求める報告にも不当廉売規制の目的や内容をよく知らないで行われたとみられる例が少なくないという状況がうかがわれることを指摘した上で、「この『不当廉売に関する独占禁止法上の考え方』は、前記のような状況を勘案し、小売業を対象として想定し、不当廉売規制の考え方について要点を整理したものであり、これによって産業界及び一般の不当廉売に関する認識を深め、違反行為の未然防止に役立てようとするものである。」としている。
 この記載のほか、「考え方」の記載内容、公正取引委員会における事務局の役割などの諸事情にかんがみれば、「考え方」は、一般指定をよりわかりやすく明確に解説し、これを公表することで、産業界及び一般の不当廉売に関する認識を深めるとともに、違反行為の未然防止に役立てようとするものであることは明らかであり、事務局(平成8年から事務総局)がこの「考え方」に従って活動するものであることも考えれば、その内容が法の趣旨にもとるなど不合理なものでない限り、一般指定を解釈する際の重要な手掛かりとなるべきものというべきである。そして、少なくとも小売業者としては、「考え方」に示された基準に従って行動しておれば、違反行為として問題化することはないものと信じて事業活動をするものというべきであるから、不法行為等における実質的違法性を検討するについても、当該行為が「考え方」に適合したものであるか否かは、重要な考慮要素となり得るものというべきである。
 そこで、「考え方」の対価要件に関する上記内容についてみると、一般指定6項の「供給に要する費用」を「総販売原価」とした点は、妥当であり、控訴人もこの点自体を争う趣旨ではない。そして、「供給に要する費用(総販売原価)を『著しく下回る』対価」という場合、どの程度のものが「著しく下回る」といい得るかは、必ずしも明確ではなく、「考え方」において「実質的仕入価格を下回る」かどうかを一つの基準としたことは、判定の明確性という観点から、実務上の合理性を認め得るし、現に事業活動を行う者においても、違反行為の予見の明確性という意味で合理的な基準であると是認し得るものである。よって、「考え方」の上記内容は、法の趣旨にもとるなど不合理なものであるとはいえない。
 控訴人は、「考え方」の後に出された指針を引用して主張するが、それらの指針により、小売業一般を対象とする「考え方」が廃止されたわけではなく、「酒類」、「ガソリン等」の個別分野についての指針が追加されたものと解されるのであって、これをもって「考え方」の内容を否定すべきことにはならない。
 また、控訴人は、「著しく下回る」とは、大幅に下回るという意味ではなく「はっきりと下回る」ということであると主張する。しかし、「著しく」の一般的意味には、「はっきりしている」との意義もあるが、法制用語として、控訴人主張のように使用されていることを肯認するに足りる資料は見当たらず(法令の例としては、例えば、裁判官弾劾法2条等がある。)、「考え方」のように解することを否定する理由にはならない。控訴人主張の見解は、採用の限りではない。ちなみに、控訴人が提出した文献をみても、甲104(今村成和他編「注解経済法」〔上巻〕笹井昭夫執筆)では、「『著しく下回る対価』とは、総販売原価をかなりの程度下回る価格ということ」としており、甲122(前公正取引委員会官房企画課長田中寿編著「不公正な取引方法ー新一般指定の解説」)では、「『著しく下回る』とは、供給に要する費用を相当程度下回ることをいう」としており(なお、甲160の55頁)、甲130(根岸哲・舟田正之著「独占禁止法概説」)では、後段の「低い対価」の意義として、「『著しく』でなく、わずかに下回る場合も含むと解されている。」としている。
(d) そうすると、一般指定6項前段にいう「供給に要する費用を著しく下回る対価」であるか否かを判断するにつき、「実質的仕入価格を下回るかどうか」を一つの基準とする「考え方」は、合理的であるということができる。
(e) 以上のとおり、公正取引委員会(事務局)の「考え方」が行政の運用の基準として合理的なものとして是認することができることをふまえ、一般指定6項の定めの意義内容を考えると、「供給に要する費用を著しく下回る対価」とは、実際上の仕入価格から値引き、リベート、現品添付等を考慮して減額した金額(実質的仕入価格)を下回る価格をいうものであり、そうした事情がない限り、仕入価格そのものを下回る価格をいうものと解される。
 なお、この点に関連して、控訴人は、「供給に要する費用」とは、上記仕入価格に販売・管理費用等の一般経費を加算すべきであると主張する。控訴人の主張は、商品の小売販売については、仕入価格のほか、必ず何らかの販売に伴う費用が必要であるとの一般論をいう限りにおいては妥当性がある。しかし、その主張は、当該分野における全企業の統計的な数値から算出した販売・管理費等を本件「原価セール」の対象となった商品の仕入価格に加算すべきであるというものであるとすれば、妥当性がない。本件「原価セール」は、大阪市に拠点を有する被控訴人ダイコクの西日本に広く散在する各地方店舗が行ったものであり、当該店舗ごとに、当該「原価セール」のために、これに対応する販売・管理費として、どのようなものをいくら支弁したかなどについては、控訴人は、的確な主張立証をしておらず、こうした主張立証の状況の下では、以下の検討において、販売・管理費等を斟酌することはできないといわざるを得ない。また、上述のように、小売販売においても、何らかの販売・管理費を要する以上、仕入価格ないしはこれにごくわずかの費用を加算したにすぎない価格で販売した場合には、「供給に要する費用を下回る対価」で販売した場合に該当するものということができるにとどまり、「著しく下回る対価」で販売した場合に該当するものということはできない。
 そこで、以上の判断の下に本件「原価セール」について検討するに、別紙一覧表に記載の〔2〕ないし〔12〕及び〔14〕(その内容は〔13〕記載のとおり。)ないし〔17〕において、同一覧表の各符号の付された欄に該当する控訴人商品は各符号の意味する価格で販売されたことは、前判示のとおりである。また、当審において、本件における実質的仕入価格について審理したところ、リベートが存在したことについては、証拠上は認めるに足りなかったものの、販売促進用に現品が添付されるなどの事実があったことは、別紙一覧表の欄外(5)記載の限度では当事者間に争いがなく、証拠(乙3、4)によれば、控訴人は、従前から、被控訴人ダイコクとの間に限らず、「取り組み」と称する折衝があることが認められ、これによれば、上記争いがない商品に限らず現品添付があったことが推認される。しかし、現品添付の時期やどの仕入れに対するものであるかの特定ができず、結局、被控訴人ダイコクが仕入価格として販売した商品の中には、実質的仕入価格よりは高い値段による販売であった商品が含まれていることが推測されるものの、個別具体的に、いかなる商品が実質的仕入価格よりいくら上乗せになっていたかについては、認定することはできなかった(被控訴人ダイコク自身もこれを個別具体的に明確に主張することはできなかった。)。
 このような事情をふまえて、別紙一覧表に記載の〔2〕ないし〔12〕及び〔14〕(その内容は〔13〕記載のとおり。)ないし〔17〕のうち、実際(契約上)の仕入価格そのもので販売された★の符号が付されたもの(124品目)についてみると、いずれにしても、「実質的仕入価格を下回った」ものではなく、前判示の点に照らせば、「その供給に要する費用を著しく下回る対価」であるとまではいえない。
 次に、別紙一覧表に記載の〔2〕ないし〔12〕及び〔14〕(その内容は〔13〕記載のとおり。)ないし〔17〕のうち、「B」と表示されセルの色が青色のものは、チラシに実際の仕入価格より高い金額が仕入価格として記載され、その価格で販売されたものである。これらが、「実質的仕入価格を下回った」ものではないことが明らかであり、「その供給に要する費用を著しく下回る対価」であるとはいえない。
 そして、別紙一覧表に記載の〔2〕ないし〔12〕及び〔14〕(その内容は〔13〕記載のとおり。)ないし〔17〕のうち、「A」と表示されセルの色が赤色のものは、チラシに実際の仕入価格より低い金額が仕入価格として記載され、その価格で販売されたものである。そうすると、これらの商品(15品目、延べ45品目)は、「実質的仕入価格を下回った」ものであるといわざるを得ず(前記のとおり、仕入価格の表示よりも低い実質的仕入価格を個別具体的に証拠上認定することができない。)、「その供給に要する費用を著しく下回る対価」との要件に該当するものといわざるを得ない。
(2-3-2) 次に、「継続して」との要件について検討する。
 前掲「考え方」(甲132)は、「『継続して』とは、相当期間にわたって繰り返して廉売を行い、又は当該廉売を行っている販売業者の営業方針等から客観的にそれが予測されることであるが、毎日継続して行われることを必ずしも必要としない。」としており、合理的なものとして是認することができる。そして、「考え方」も指摘するとおり、継続性の要件は、廉売が極めて短期間であったり、単発的な場合には、公正な競争への影響という観点から通常は無視し得ると考えられることから設けられた要件であると解される。
 そして、そもそも不当廉売が規制されるのは、自由競争経済は、需要の調整を市場機能に委ね、事業者が市場の需要関係に適応しつつ価格決定を行う自由を有することを前提とするものであり、企業努力により価格引下げ競争は、本来、競争政策が維持・促進しようとする能率競争の中核をなすものであるが、原価を著しく下回る対価で継続して商品又は役務の供給を行うことは、正常な企業努力又は競争過程を反映せず、競争事業者の事業活動を困難にさせるなど公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれが多いとみられるためである(最高裁平成元年12月14日第一小法廷判決・民集43巻12号2078頁)。
 ところで、被控訴人ダイコクは、医薬品等の小売販売をする店舗(ドラッグストア)を全国各地にチェーン展開する業態をとっており、大衆薬を主な取扱商品として、店頭で販売しているという事実(弁論の全趣旨)に照らせば、本件「原価セール」を実施したのは、別紙一覧表記載のとおり、@福山駅前店(広島県福山市所在)、A松山銀天街店(松山市所在)、B熊本新市街店(熊本市所在)、C岡山表町店(岡山市所在)、D奈良西大寺店(奈良市所在)、E徳島駅前店(徳島市所在)、F広島本通店(広島市所在)であるから(当事者間に争いがない。)、それぞれの店舗における「原価セール」の影響を受けるのは、各店舗周辺の薬局・薬店の営業者であり、その範囲は広くても同一市内、事情によってはこれに隣接する市町村にまで至るという程度であると推認される。控訴人も、被控訴人ダイコクの各店舗と同一市内にある事業者に影響があるものとしてこれについて主張立証しているところである。そして、上記@ないしFの各店舗における「原価セール」の影響する範囲は、相互に重なり合うものとは認められないので、例えば、@の店舗の周辺の事業者は、@の店舗の「原価セール」の影響を受けるとはいえ、その他のAないしFの店舗の「原価セール」の影響があるとは認められない。
 このような本件に関する事情のほか、前掲不当廉売規制の趣旨等を加味して考察すれば、本件における「原価セール」の「継続性」や「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」については、各店舗ごとに検討するのが相当である。
 そこで、各店の「原価セール」の実施状況をみると、別紙一覧表記載のとおり、@福山駅前店は、〔1〕平成13年1月30日の1日、〔8〕同年4月10日から12日までの3日間、〔16〕同年4月28日から5月6日までの9日間であり(以上3回延べ13日間)、A松山銀天街店は、〔2〕同年3月9日から11日までの3日間、〔7〕同年3月27日から29日の3日間、〔11〕同年4月21日から25日までの5日間であり(以上3回延べ11日間)、B熊本新市街店は、〔3〕同年3月9日から11日までの3日間、〔6〕同年3月27日から29日までの3日間、〔12〕同年4月21日から29日までの9日間であり(以上3回延べ15日間)、C岡山表町店は、〔4〕不明の日から同年3月23日までの日数不明、〔10〕同年4月21日から25日までの5日間、〔17〕同年4月28日から5月6日までの9日間であり(以上3回、延べ日数は不明確であるが、一連のセール期間に照らせば、15日間からせいぜい20日間程度であろうと推認される。)、D奈良西大寺店は、〔5〕同年3月27日から29日までの3日間であり(1回3日間)、E徳島駅前店は、〔9〕同年4月10日から12日までの3日間、〔14〕同年4月28日から5月5日までの8日間であり(以上2回延べ11日間)、F広島本通店は、〔15〕同年4月28日から5月6日までの9日間である(1回9日間)ことが認められる(前記のとおり、〔1〕は、販売内容が不明であるが、〔1〕の「原価セール」が行われたこと自体に争いがないので、実施回数及び日数の限度では、これを考慮することが可能である。)。
 上記の諸事情に照らせば、各店舗ごとの「原価セール」は、到底、一般指定6項前段にいう「継続して」なされたものということはできない。なお、以上のように各店舗ごとにみるのではなく、上記全店舗の「原価セール」を一体としてみることができると仮定しても、「継続して」なされたものと断ずることは困難である。
 控訴人は、控訴人による契約解除がなければ「原価セール」は、さらに継続されたであろうことが十分に予測されると主張する。確かに、上記判示事実及び弁論の全趣旨によれば、控訴人の契約解除等の一連の措置がなければ、被控訴人ダイコクは、「原価セール」をさらに1、2か月程度の間(この程度の期間の継続であれば、上記判断に全く影響するところはない。)同様な方法・規模で継続したであろうことは容易に想像されるが、これを超えてさらに数か月ないし半年もの間(この程度の期間の継続であるとしても、上記認定の「原価セール」の実態に即して考えるならば、上記判断の結論を直ちに左右するものとはいえないが、より慎重な検討を要するであろう。)継続したかについては、被控訴人ダイコクにどのような出店計画や販売計画があったかなどの具体的な主張立証の十分でない状況の中では、その蓋然性の存在は証拠上肯定することはできない。なお、この点については、甲139及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が主張するように、本件「原価セール」のおよそ一年後(「原価セール」の違法性について控訴人の主張を排斥した原判決の言渡直後)に、本件「原価セール」の場合と一見すると類似したチラシ配布の下に特別なセールが行われたことが認められるが、一店舗でわずか一回単発的に行われたものである上、上記チラシは、仔細にみれば、中には仕入価格を下回っている可能性がある商品がごく一部含まれてはいるものの、仕入価格を併記したものではないなど、本件「原価セール」のチラシと明らかに異なっており、本件「原価セール」の延長線上にあるものとは到底認められない。
 しかも、前判示のとおり、「対価」の要件を満たすものが、別紙一覧表の「A」と表示されセルの色が赤色のものの範囲内に限られることを前提とすると、継続性の要件を肯認することはより一層困難である。
 また、被控訴人ダイコクは、セール期間以外でも仕入価格での販売を受けることができるゴールド会員の制度を有することは前判示のとおり、争いがないが、本件全証拠によっても、その人数、会員への販売状況などを含めた実態が何ら証明されておらず、したがって、被控訴人ダイコクの総売上げに対するゴールド会員へのセールス期間外での仕入価格による販売実績の占める割合などが何ら明らかにされていないのであるから、この制度の存在をもって、直ちに継続性の要件を肯認するには足りない。
 控訴人は、公正取引委員会が不当廉売の警告を行った事例を挙げて主張するが、公正取引委員会の「警告」は、法的措置をとるための違反事実を認定するには証拠不十分であるときに、指導をするためにとられるものであって(甲130)、警告の事案は、違反の疑いにとどまり、違反を認定し得たわけではないと解される上、本件と事案を異にするこれらの事例をもって、直ちに本件における継続性の要件を肯認することはできない。
(2-3-3) 「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」の要件は、一般指定6項前段の要件でもあると解するのが相当であるところ(前掲最高裁第一小法廷判決参照)、後記(2-4)の一般指定6項後段に関する部分で判示する事情に照らせば、本件「原価セール」は、前段における上記要件も満たすものとは認められない(なお、控訴人は、上記要件は後段にのみ適用されるかのように主張するが、採用することができない。)。
(2-3-4) 以上のとおり、本件「原価セール」は、一般指定6項前段に該当するとはいえない。
(2-4) 本件「原価セール」の一般指定6項後段への該当性について
(2-4-1) 一般指定6項後段は、対価については「低い対価」と規定され、「継続性」は要件とされておらず、「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」を個別事案に即して判断することになる。
 前記のとおり、前段は、不当廉売に該当する行為の典型的な場合をできるだけ明確な基準で示したものであり、後段は、前段以外の行為でも法の趣旨に照らして許容し得ないものを個別に検討して判断しようというものであると解されるのであって、後段は、個別の事情いかんによっては、規制の必要性のある事案も想定され得ることから、個別検討による適用の余地を認めたものと解するのが相当である(後段の存在意義、適用範囲等については、一般指定6項が出されて以来、議論されているところであり、控訴人提出の文献(甲160)でも実際の適用は例外的なケースであるとの見解が示されている。)。
(2-4-2) そこで、本件事案に即して、種々の事情を総合勘案し、「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」との要件の充足性を検討する。
(a) 前掲争いのない事実並びに証拠(甲33、44、45、94、128の1・2、140の1〜322、145ないし149、157、166、乙1の1・2、2ないし5、6の1〜5、7の1〜3)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(a-1) 被控訴人Yは、父が創業した「ダイコク薬局」を昭和49年に事業承継し、昭和63年12月に株式会社化し、被控訴人ダイコクとした。その後、平成2年から11年にかけて、合併前4社を次々と設立した。これらの被控訴人ダイコク及び合併前4社の店舗は、大阪市を中心に出店してきたが、平成13年2月19日ころ徳島駅前店開店、3月14日ころ岡山表町店を開店させるなど、同年は、中・四国、九州各県、沖縄、北陸へと、年間14店舗を新たに出店した年であった。なお、平成13年5月時点での総店舗数は34店舗で、そのうち21店舗が大阪市内にあった。被控訴人ダイコク及び合併前4社の全体での年間売上げは、約260億円であった(ただし、化粧品、日用雑貨品、家庭用品なども販売しているため、医薬品の取扱高はその一部であり、控訴人の主張によれば年間売上額の約40%である。)。なお、当時の控訴人と被控訴人ダイコク及び合併前4社との控訴人商品の取引は、年間約8.5億円であり、控訴人の取引先は全国に約3万社(5万2000店舗)あるところ、その中で上位20〜30位程度の取引高であった。
(a-2) 控訴人は、他の製薬メーカーの多くが卸しを通じて小売店に医薬品を流通させているのに対し、営業政策として、直接に販売店に卸している(直接取引)。そして、控訴人には、株主店制度というものがあり、販売店が株主店に加盟しているかどうかにより、控訴人の定める卸しの価格体系(前判示の控訴人があらかじめ定める売買予定価格である。)が異なっている。その結果、株主店に加盟している販売店とそうでない販売店とでは、商品によって異なるものの、価格体系上、前者は、後者よりも2割くらい安い価格とされており、被控訴人ダイコクは前者に属していた。なお、株主店に加盟している販売店同士の間、そうでない販売店同士の間では、一律であり、価格体系上、差は設けられていない。控訴人には、リベートの制度は存在しないが、「取り組み」といわれるものがあり、単品ごとに取引条件を定めることがある。これは、全国一律のものもあるが、必ずしもすべての販売店に適用されるものばかりではなく、個別の適用となるものもある。「取り組み」では、控訴人から取引先に対して金銭の交付がされることはなく、値引きや取引条件などということで処理がされる。なお、控訴人と販売店間の上記のような卸しの価格体系に関する事情は、もとより販売店は知っているが、一般消費者には知られていない。
(a-3) 本件「原価セール」の対象となった控訴人商品についてみると、平成12年度のデータによれば、控訴人商品は、全体として、一般消費者向け医薬品の分野では、我が国内で17.8%のトップシェアを占め、本件「原価セール」の対象とされた控訴人商品のうち、「リポビタン」はドリンク剤部門で、「パブロン」は総合感冒薬部門で、「リアップ」は毛髪用剤部門で、「ダマリン」は水虫薬部門で、それぞれ国内トップシェアを占める商品であった。
 被控訴人ダイコクの店舗においては、一部で久光製薬の商品も仕入価格を開示してその価格で販売することも行われたが、それ以外は、「原価セール」は、すべて控訴人商品のみを対象とするものであった。
 なお、本件「原価セール」は、新たに開店した店舗において実施されているが、夕刊フジ大阪版(甲44)においては、被控訴人ダイコクの誰の発言かは不明であるものの、その内容からして経営の決定権を有すると推察される者が、「当社の店舗は大阪市内が中心で、九州や中・四国ではほとんど知られていない。トップメーカーの大正製薬の製品を原価で販売することで地域での当社の知名度を高めたかった」と説明したことが記事とされている。
 被控訴人ダイコクの医薬品販売においては、まず、当該店舗の所在する地域を対象として、新聞折り込みチラシを20〜30万部を配布し、店舗にも吊り広告を貼り、はっぴ姿の店員がチラシを店頭で配り、大声で「大安売り」であるの旨を連呼するなど、かなり広範囲の耳目をひくような販売促進活動がされた。
(a-4) 本件「原価セール」を実施した被控訴人ダイコクの上記@ないしFの各店舗と同一市内に存在する控訴人と取引のある医薬品販売店舗数は、@広島県福山市が181店、A松山市が159店、B熊本市が225店、C岡山市が266店、D奈良市が120店、E徳島市が124店、F広島市が443店であり(控訴人との取引のない店舗もあり得ることを考慮すると、競争関係にある店舗の総数は、上記より若干多くなるものとみられる。)、その7割程度は、年間売上額が1億円以下の店舗である。
 なお、中小企業庁編「平成11年度調査:中小企業の経営指標」(甲128の2)によれば、資本金又は元入金の額が1000万円以下又は従業員数が50人以下の法人又は個人を中小企業の実態を示すものとして調査した結果、平成10年度4月期(平成11年3月期決算)における医薬品小売業の売上高に対する販売・管理費比率は28.8%、売上高に対する総利益率は31.5%、売上高に対する営業利益率は2.7%であった。
(b) 一般指定6項における要件は、他の事業者の事業活動を困難にさせる「おそれ」で足りるが、その認定においては、被控訴人ダイコクの各店舗と競争関係にあるとみられる医薬品販売店に対する「原価セール」が現実に及ぼした影響も、重要な事情となるので、検討しておく。
(b-1) 薬局・薬店の経営者等が原判決後に意見、感想を記載した書面(甲140の1〜322)では、多数の経営者らが、被控訴人ダイコクが「仕入価格(原価)」を公表して、「原価セール」を行ったことに抗議するとともに、消費者に被控訴人ダイコクの店舗での販売価格と比較され、これに被控訴人ダイコクのものとはいえ仕入価格が公表されたこととも相まって、消費者から、価格が高すぎるとか、過大な利益を得ているとの趣旨の非難をされ、営業がやりにくくなったことや、売上げが減少し、経営が苦しくなっていることなどを述べている。
 また、控訴人代理人が平成14年6月7日に被控訴人ダイコクの上記C岡山表町店から、700メートル又は500メートルの距離にある医薬品販売店を経営する2名から事情聴取した書面(甲148、149)があるが、これにおいては、比較的具体的に、被控訴人ダイコクが開店してからは、開店前と比較し、客数80%、売上げ75%程度と減ったこと、被控訴人ダイコクは安いので、客に嫌みを言われること(甲148)、被控訴人ダイコクの原価セール以来、客が減り、客数80%、売上げ70%程度となったこと、原価セール以降、平均的に売上げが下がっていること、特に、控訴人商品の落ち込みが大きいこと(甲149)などが述べられている。
 しかし、上記書面(甲140の1〜322)の記載は、書面の性質上やむを得ない面もあるが、概して抽象的であって、具体的な事実を示した上で実証的に損害ないし影響が記載されたものは少ないというほかなく、比較的具体性のあるものは、上記の消費者からの価格に関する非難があったことである。そして、売上げの減少について述べる者は多いが、具体的、客観的な記載ではなく、しかも、作成時点が平成14年3月前後であり、本件「原価セール」から1年近く経過したもので、売上げの減少や経営の苦しさを述べた部分が真実であるとしても、その訴えのうち多くのものが本件「原価セール」に起因するものと認めるには足りない。なぜなら、仕入価格を公表して仕入価格で販売する「原価セール」は、前認定のとおり、平成13年5月初旬までのことであり、その後に同様のセールが行われたとの主張立証はなく、被控訴人ダイコクは、その後も安売りは行っているが、上記書面によっても、「原価に近い」低価格(仕入価格よりは高い)での販売がされているというのであり、中には、控訴人以外のメーカーの商品について被控訴人ダイコクが安い価格で販売していることによって障害が生じていると述べるものもある。すなわち、上記各書面の述べる売上げの減少や経営の苦しさは、それが事実であるとしても、前判示の回数と延べ日数にとどまる「原価セール」による影響というよりも、その後、1年近くも続いている被控訴人ダイコクの安売りに価格の上で対抗できないために生じているものと推認される。
 加えて、上記書面(甲140の1〜322)及び上記事情聴取書(甲148、149)並びに弁論の全趣旨(特に控訴人の主張)や社会経済情勢に関する公知の事実によれば、平成13ないし14年当時、長期不況による個人消費の低迷、デフレーションの進行という経済環境から、医薬品販売業界における売上げが減少する傾向にあり、経営環境が厳しさを増しており、加えて、量販店やディスカウント店の出店競争が続き、同業者間の販売競争も熾烈さを増していたという事情も認められる。このような一般的経済環境が上記薬局・薬店の経営に深刻な影響を及ぼしていることも容易に推察されるところである。
 以上のように、本件「原価セール」があった当時において、周辺の販売店の売上げが減少したであろうこと自体は、容易に理解し得るとしても、上記書面等(甲140の1〜322、148、149)に記載された損害、障害又は影響等が「原価セール」と因果関係のあるものであると証拠上認めるには足りない。
 ちなみに、前認定のように、控訴人の定める卸しの価格体系は、2通りあり、株主店に加盟している販売店とそうでない販売店とでは、商品によって異なるものの、前者は、後者よりも2割くらい安い価格とされており(乙2)、被控訴人ダイコクは前者に属していたというのである。このように、2割もの格差がある以上、株主店に加盟していない一般の販売店は、比較的経費を抑えやすい被控訴人ダイコクが違法の疑いのない範囲で安売りをしたとしても、販売価格上対抗し得ないのは明らかであって、上記書面(甲140の1〜322)において経営上の苦しさをいう訴えの中には、そもそも上記価格体系のシステムをとる以上避け難いものも含まれている蓋然性が高い(薬局の開設につき地域的制限を定めることはできないこともあって、一般の医薬品販売店同士が商圏が重なる形で存在することがあるが、これが株主店に加盟している販売店とそうでない販売店であった場合、上記事態と同様に価格競争力に大きな差があることになる。なお、乙1の1は、大正漢方胃腸薬のリニューアルに伴う商品コードや原価などの変更を控訴人から販売店に連絡した文書であるとみられるが、控訴人は、(大正漢方胃腸薬の)「48包は、2380円…にて利益確保をご提案申し上げます。」などと記載し、「定価」として記載されている「2600円」よりやや低い「2380円」という金額を具体的に示して、提案している。)。
(b-2) 控訴人の損害に関する主張立証(甲157、167、乙2)から、被控訴人ダイコクの店舗と競争関係にある販売店の損害を推定し得るかを検討する。
 確かに、上記証拠により示されている資料によれば、上記@ないしFの各市における平成13年3月9日から5月末までの期間における被控訴人ダイコクを除いた販売店を通しての控訴人商品の売上げは、いずれも対前年比から減少していること、近畿、中国、四国、九州のブロックごとの全医薬品などの小売店店頭販売額の対前年比による変動と上記控訴人商品の売上げの変動比を比べると、後者の方が減少割合が大きいことがみて取れる。
 また、上記@ないしFの各市における平成13年3月9日から5月末までの期間における被控訴人ダイコクを除いた販売店を通しての控訴人商品の売上げの対前年比の変動割合と、同じ市における平成12年12月15日から平成13年3月8日までの期間における被控訴人ダイコクを除いた販売店を通しての控訴人商品の売上げの対前比の変動割合とを比べると、各市においていずれも、前者の方の減少割合が大きいことがみて取れる。
 しかし、近畿、中国、四国、九州のブロックごとの全医薬品などの小売店店頭販売額には、被控訴人ダイコクの売上分も含んでおり、対比対象として適切でないこと、「原価セール」が行われなかった地域との対比がないこと、より遡って一連の変動傾向をみるのではなく、対前年比のみの資料から判断していること、季節変動要因なども考えると、平成13年3月9日から5月末までの期間のものと平成12年12月15日から平成13年3月8日の期間のものとを単純に対比するのは適切とはいえないこと、「原価セール」以外にも変動要因があるか否かを検討せず、変動要因を「原価セール」のみに根拠を求めるのは合理性がないなど、判断手法にいくつもの難点があり、控訴人主張の判断手法は、到底採用することができない。したがって、「原価セール」を原因として被控訴人ダイコクの店舗と競争関係にある販売店の損害が生じたことを証拠上認めるには足りないというほかない。
(b-3) 以上のほか、本件「原価セール」が原因で、被控訴人ダイコクの前記各店舗と競争関係にある薬局・薬店が廃業するに至った事案が存在することを認めるに足りる証拠はない。
(c) 一般指定6項後段の場合には、「供給に要する費用を著しく下回る対価」、「継続して」、「正当な理由がない」との点が不可欠の要件とはされていない。しかし、これらは、「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」の諸事情のひとつとして考慮されるべきものであるだけでなく、特に前二者は、一般指定6項前段の典型例において重要な要件となっていることからしても、「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」の判断における考慮要素の中でも、特に重要な要素となるというべきである。
 そこで、前認定の本件「原価セール」の販売価格を確認しておくと、検討対象の大半を占める前掲一覧表の★印のものは、仕入価格そのものによる販売であり、「供給に要する費用を下回る」ことは否定できないものの、「供給に要する費用を著しく下回る」とはいえないことは前認定のとおりである。次に、前掲一覧表の「B」のものについては、実際の仕入価格を上回るものであるが、これが「供給に要する費用を下回る」かどうかについては、本件証拠上確定し得ない。そして、前掲一覧表の「A」のものについては、実際の仕入価格を下回るものであるから、「低い対価」に該当することはもとより、「供給に要する費用を著しく下回る」ともいい得る。上記のとおり本件では大半の品目が「供給に要する費用を著しく下回る」とはいえないのであって、「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」の程度は、比較的低いものであるというべきである。
 本件「原価セール」の回数、日数は、前認定のとおりであり、これが継続性の要件を満たさないことは、前判示のとおりである。よって、「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」は、格段に低いものであるというべきである。
(d) 以上の諸事情を総合勘案するならば、本件「原価セール」は、被控訴人ダイコクと競争関係にある販売店の事業活動を困難にさせるような結果を招来するようなものであったと認めることはできず、「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」という要件を満たすものとはいえない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件「原価セール」は、一般指定6項後段に該当するものとはいえない。
 念のため、控訴人が不当性について主張する点についての判断を示しておくと、次のとおりである。仕入価格開示の点及び仕入価格での販売の点については、既に判示したとおりであるが、不当性の関係で付加すると、前認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、本件「原価セール」は、被控訴人ダイコクが前記@ないしFの各市に初めて出店した直後から数か月の間に行われたものであり、その意図は、前認定のとおり、奈良市の店舗についてはともかく、被控訴人ダイコクが知名度のほとんどない九州、中・四国において、知名度を高めたかったことから行ったものであり、当該地方のマーケットに新規参入する場合であるともいえるのであって、被控訴人ダイコクの事業規模等に照らしてその必要性・正当性の判断については慎重を期すべきではあるが、廉売の点では、相当程度の必要性・正当性が首肯することができないではない。次に、本件「原価セール」では、15品目について仕入価格を下回る価格で販売され、うち9品目は実際の仕入価格から20〜30%も低い価格であったこと、これらについては、被控訴人ダイコクが開示した仕入価格自体に誤りがあったことは、当事者間に争いがない。しかしながら、被控訴人ダイコクは4品目については他店との競争上仕入価格を下回る販売をしたことを認めているが、その余については、本件全証拠によっても、被控訴人ダイコクが故意に実際の仕入価格より低い仕入価格を表示して販売したものとまでは認めることはできず、ましてや上記全15品目の販売について、消費者を欺く意図があったなどとは到底認められない。よって、不当性の程度は低いというべきである。その他、前掲第3、5の【請求A1】関係の(2)(2-5)において、控訴人が不当性に関して主張するAないしCの点や他の事業者の事業活動を困難にさせたり、控訴人の被害などをいう点については、後の争点(4)について判示した部分のほか、既に詳細に判示したところに照らし、いずれも採用の限りではない。本件「原価セール」は、一般指定6項後段の「不当に」の要件を満たすものともいえない。
(2-5) 公正取引委員会の判断について
 前記争いがない事実のとおり、広島市で医薬品の小売りを行っている会社が公正取引委員会に対し、被控訴人ダイコクの仕入価格での販売を示すチラシを添付して、不当廉売の報告をしたところ、公正取引委員会は、調査の結果、独占禁止法上の措置はとらず、ただ、独占禁止法違反につながるおそれがある行為がみられたので、同法違反の未然防止を図る観点から関係人に注意をしたものである。
 「注意」とは、独占禁止法違反行為とは認定できず、したがって、法律上の措置をとることができない場合において、違反につながるおそれがある行為がみられたときに、未然防止の観点から注意を喚起するものである(甲130)。したがって、上記事実からは、公正取引委員会も本件「原価セール」(甲88、18によれば、別紙一覧表の〔15〕の事案に関するものと認められる。)について調査したが、独占禁止法違反行為を認定しなかったことが認められる。
(2-6) 以上のとおり、本件「原価セール」は、一般指定6項前段又は後段(不当廉売)に該当するものとはいえないのであって、この点を理由とする損害賠償請求は理由がない。
(3) 争点(3)(仕入価格開示行為及び「原価セール」と商慣習ないし商慣習法違反の有無)について
(3-1) 控訴人は、仕入価格(卸価格)を取引当事者、すなわち、控訴人と被控訴人ダイコク以外の第三者に開示してはならないということが正当な商慣習及び商慣習法として存在すると主張する。
(a) 前認定のとおり、被控訴人ダイコクが消費者に開示したのは、控訴人と被控訴人ダイコクとの間の売買契約により成立した売買代金額としての仕入価格である。前記のとおり、本件仕入価格(売買代金額)自体は、控訴人から「示された」ものではないので、不正競争防止法2条1項7号の要件を満たさないものである。しかし、売買契約後、被控訴人ダイコク及び控訴人が契約当事者として、上記仕入価格(売買代金額)という情報を保有しているのであるから、上記仕入価格が営業秘密といえるものであれば、これを契約当事者である控訴人と被控訴人ダイコク限りとし、第三者に開示しないとの商慣習ないし商慣習法が存在すれば、被控訴人ダイコクが仕入価格を開示する行為の違法性を基礎付け得ることになる。
(b) そこで、検討するに、証拠(甲140の1〜322)及び弁論の全趣旨によれば、取引社会においては、販売業者(小売り)が自らの仕入価格を公表しないというのが実情であり、被控訴人ダイコクの本件開示行為は、多くの同業者にとって稀有なものと受け止められたことが認められる。
 しかしながら、医薬品等の販売店の経営者らの認識ないし見解が示された上記証拠によれば、医薬品等の販売業者(小売り)が仕入価格を公表しない理由について、大多数の者は、仕入価格を消費者に公表すると、消費者から、販売価格が高すぎるとか、過大な利益を得ているとの非難を招き、営業がやりにくくなり、値引きの圧力により意図するような利益を確保できなくなって、経営が成り立たなくなるか、少なくとも困難になるので、自ら仕入価格を開示しようと考えることは自分たちの常識ではあり得ないとの考えであることが認められる。なお、上記証拠においては、ごく少数の者が、仕入価格の公表はメーカーに対する背信行為であると述べているが、その理由は明確にされていない。むしろ、上記大多数の意見の背後には、仕入価格は小売店自身の秘密事項ないし営業秘密であるとの考えがあるものとみられ、上記証拠中には、その旨を明言するものも複数以上存在する。
 以上を要するに、上記証拠によってうかがわれる医薬品等の販売業者(小売り)の一般的な認識としては、仕入価格は自らの利益確保のための秘密事項であって、それを消費者に公表したのでは経営が成り立たなくなるか、少なくとも困難になるので、自ら進んで開示するはずのない事項であるという趣旨であると認められる。したがって、販売業者(小売り)の利益を考えて開示しないというものであり、その秘密も自らのために保持するものであるというのであるから、成立しているとしても、利益追求としての経済原理にとどまり、法的な義務として開示してはならないとの商慣習ないし商慣習法が成立していないことは明らかである。
 なお、上記証拠によれば、販売業者(小売り)は、自らの仕入価格を公表した場合には、同業者に迷惑をかけるという意味で問題があると認識されているふしがなくもない。しかし、その場合に不利益を被るのは同業者であって、メーカーである控訴人ではあり得ないのであって、控訴人もそのような内容の商慣習ないし商慣習法があるとの主張をしているとは思われない。そして、そもそも、同業者同士の間で取引の契約関係があるわけではなく、また、通常は、仕入価格がすべての販売業者で同じであるわけではないので(控訴人においてさえ、前認定のとおり、2種類の体系がある。)、たとえ自己の仕入価格を開示しても、同業者の仕入価格を開示したことになるわけではない。よって、販売業者(小売り)に上記のような認識があるとすれば、自己の仕入価格を開示すると同業者の仕入価格まで推測させる結果となって迷惑をかけるおそれがあるので、同業者としての関係上、配慮が必要であるという程度のものであって、いずれにしても、商慣習ないし商慣習法として法的効力を生じるほどのものではないことは明らかである。
(c) 控訴人は、控訴人からの意見照会に対する東京商工会議所専務理事の回答書(甲158の1)を根拠に主張するが、回答書の意見は、控訴人の意見照会書における意見であるところ、その実質において、上記判示の販売業者の認識とも同旨でもあって、上記(b)で判示したところに照らし、採用の限りではない。
(3-2) 控訴人は、本件「原価セール」が商道徳に反し、商慣習ないし商慣習法に反するとも主張する。
 証拠(甲140の1〜322、145ないし146)によれば、大多数の販売業者(小売り)が「原価セール」を商道徳に反すると回答し、これに怒りを表明していることが認められる。
 しかしながら、価格競争は自由になされるべきが本来であり、ただ公正な競争秩序を維持するために、特に独占禁止法などで一定の制限が加えられるものである。そして、本件「原価セール」が独占禁止法に反するものでないことのほか、前記争点(2)に関して説示した事情に照らせば、被控訴人ダイコクとの価格競争で不利な立場におかれた販売業者が上記のような意見を述べることで激しい怒りを表明することは心情的に理解し得るものではあるが、本件「原価セール」が独占禁止法に反しないにもかかわらず、なお違法性を帯びるほど商道徳等に反するものであるとは証拠上認められない。
 控訴人の主張は、採用することができない。
(4) 争点(4)(複合的な評価による違法性の有無)について
 控訴人は、既に検討した違法性を基礎付ける事実のほか、これに関連するその他の事実を加えて、全体を複合的な評価をすることによる違法性の充足を主張する。
 仕入価格を開示した行為及び「原価セール」の違法性に関して既に判示したところに照らせば、控訴人の主張する(a)ないし(h)については、いずれもその前提となる行為自体に違法性がないというべきであり、また、これらを複合的に考慮しても、被控訴人ダイコクの行為が違法であるということはできない。
 なお、控訴人は、上記主張の中で、仕入価格を表示しての販売につき、チラシに控訴人を事実に反して協力者と表示したことを主張する。そして、被控訴人ダイコクは、確かに、控訴人が協力した事実がないにもかかわらず、岡山市で配布したチラシにおいて「ファイト一発!!でおなじみの大正製薬の協力により大正製薬の商品を仕入価格で販売!!」と表示したことに争いがない。
 しかし、被控訴人ダイコクの上記行為は、顧客に、被控訴人ダイコクが控訴人と取引上何らかの特別な関係にあることを連想させるものであるところ、両者の間にはそのような特別な関係はない(被控訴人ダイコクは控訴人の株主店に加盟しており、これを特別な関係といっていえないことはないものの、それ以上の関係はない。)が、チラシの表示内容自体としては「仕入価格で販売」以上のことは表示しておらず、販売価格上、それ以上に格別有利であると顧客に誤認させるようなものではなく、しかも、一店舗における一回限りのチラシの表示である上、被控訴人ダイコクがことさらに虚偽の事実を記載して顧客を不当に誘引しようと意図したものであるとは証拠上認められないのであるから、被控訴人ダイコクの上記行為が直ちに不法行為等を構成するような違法なものと断ずることはできない。
 次に、控訴人は、控訴人の販売ネットワークへの打撃、ブランドイメージやブランド価値の損傷などについても主張するが、これを具体的に認め得るだけの的確な証拠がないので、この点に関する主張も採用の限りではない。
 そして、控訴人は、控訴人商品だけについて、差別的に仕入価格を開示し、仕入価格で販売したことを主張するが、このような「原価セール」自体に違法性が認められないことは前判示のとおりであるし、この行為をもって直ちに不当な差別的取扱いに当たるということはできない。
 また、上記主張の中には、被控訴人ダイコクがチラシの中で「定価」と表示したことをとがめる主張があるが、社会通念に照らせば、「定価」と表示されたことで、控訴人が特別に問題のある行為をしているものと一般に認識されるおそれは極めて低いものと認められ、これをもって直ちに被控訴人ダイコクの違法行為であるということはできない(なお、乙1の1・2によれば、控訴人自身、販売店に対し、希望小売価格のことを「定価」と表記していることが認められる。)。
 また、控訴人は、被控訴人ダイコクに対して、仕入価格を開示して販売する行為を中止するよう求めたところ、中止する対価を要求されたとも主張する。この主張は、平成13年5月7日において被控訴人ダイコクのβから中止する対価を求められたことをいうものと解されるところ、証拠(乙3、4)によれば、当時、種々の取引上の交渉案件が協議されており、その一局面において中止要請の受け入れと対価の支払いという条件の提示がされたものと認められ、前判示のとおり、「原価セール」自体に違法性が認められないのであるから、取引協議中の一方当事者による提案にすぎないβの上記行為をもって直ちに違法視することはできない。
 以上のとおりであり、控訴人の主張は実に多岐詳細にわたるものであるが、これらを踏まえて検討してみても、複合的な評価による違法性をいう控訴人の主張は、到底採用することができない。
(5) 争点(5)(被控訴人Yの共同不法行為性)について
 被控訴人ダイコクについて、不正競争防止法違反ないし不法行為が成立しないことは、前判示のとおりであり、その判示に照らすならば、被控訴人Yについても不法行為は成立しないから、被控訴人Yの共同不法行為をいう控訴人の主張は理由がない。
(6) 争点(6)(控訴人の損害及び因果関係の有無)について
 前判示のとおり、本件において、不正競争防止法違反の行為はなく、不法行為も成立しないのであるから、控訴人の損害及び因果関係の有無については、検討するまでもない。
 ちなみに、有形損害については、既に判示したとおり、その根拠とされる証拠(甲157、167、乙2)における判断手法にいくつもの難があり、被控訴人ダイコクのした「原価セール」によって控訴人の主張する損害が生じたことを認めることはできない。また、その余の損害についても、既に判示したところでもあるが、これらを具体的に認め得るような証拠はない。
2 【請求A2】債務不履行に基づく損害賠償請求(被控訴人ダイコクに対する1億円の請求)について
(1) 争点(1)(取引基本契約違反の有無)について
(1-1) 証拠(甲1ないし5)によれば、控訴人と被控訴人ダイコク及び合併前4社との間で結ばれた取引基本契約書の第3条は、次のように定めている。
 「第3条 乙(判決注:被控訴人ダイコク及び合併前4社)は、商品の推奨販売に努め生活者に商品を販売するものとします。甲(判決注:控訴人)は、必要に応じ商品の陳列、販売方法等を乙と協議することにより、乙の販売を支援し、もって共同の利益の増進と円滑な取引の維持に資するものとします。」
(1-2) 控訴人は、第3条第1文で、(A)被控訴人ダイコクらの推奨販売義務及び(B)生活者への直接販売義務を規定し、第2文前段で控訴人の協議義務を規定し、第2文後段で、被控訴人ダイコクら及び控訴人の(C)共同利益増進義務、(D)円滑取引維持義務を規定していると主張する。
 そして、被控訴人ダイコクの本件「原価セール」が(C)共同利益増進義務、(D)円滑取引維持義務に違反すること、本件「原価セール」は、その構造上の本質として、被控訴人ダイコクが最終消費者ではない業者に控訴人商品を購買させる余地を多く与えており、(B)生活者への直接販売義務に違反すること、本件「原価セール」は、消費者との関係で控訴人ブランド及び控訴人商品ブランドを毀損して控訴人の信用を低下させる行為であり、競争会社との関係では控訴人を競争上不利な立場に追い込む行為であるから、(A)被控訴人ダイコクらの推奨販売義務に違反すること、第3条第1文は、商行為としての販売行為に関する義務を定めたものであるところ、本件「原価セール」は、控訴人商品を販売することで利益をあげることを目的としておらず、専ら客寄せのためのおとりとして利用する「宣伝行為」であるから、同条に違反することを主張する。
(1-3) まず、控訴人が主張する被控訴人ダイコクらの(C)共同利益増進義務、(D)円滑取引維持義務について検討する。
 第3条第2文は、「甲(控訴人)は、必要に応じ商品の陳列、販売方法等を乙と協議することにより、乙の販売を支援し、もって共同の利益の増進と円滑な取引の維持に資するものとします。」というものであって、主語が甲(控訴人)ということで一貫しており、したがって、「乙の販売を支援し、もって共同の利益の増進と円滑な取引の維持に資する」主体は、甲である控訴人であると解すべきことは明らかである。そして、第2文の構造を日本語の自然な解釈としてみた場合、「甲は、乙の販売を支援する」というのが中心的な部分であり、「必要に応じ商品の陳列、販売方法等を乙と協議することにより」というのが、「乙の販売を支援する」手段ないし方法であり、「もって」という言葉で接続されている「共同の利益の増進と円滑な取引の維持に資する」というのは、「乙の販売を支援する」ということによって達成しようとする事柄ないし目標であると解される。そうすると、第2文で具体的な契約上の義務を見出すとすれば、「甲は、乙の販売を支援する」ということであって、「もって共同の利益の増進と円滑な取引の維持に資する」というのは、訓示的な定めであって、これから具体的な義務を導くことはできないというべきである。前記主語の点も考えれば、被控訴人ダイコクらに具体的な義務を課す規定であると解釈することは困難である。
 また、本件「原価セール」が違法であるとはいえないことなど前判示の事情に照らせば、「原価セール」が第3条第2文に違反するようなものであるとはいえない。
(1-4) 次に、控訴人が主張する(B)生活者への直接販売義務について検討する。
 確かに、第3条第1文では、「乙(被控訴人ダイコクら)は、…生活者に商品を販売するものとします。」と記載されているが、「生活者」の意義がいかなるものであるか、文言として不明確であること、控訴人が主張するように、乙(被控訴人ダイコクら)の商品の販売先として「生活者」に限定されるというのであれば、それはなぜなのか、契約条項からは、直ちに看取することができないこと、「生活者」に限定することに契約上重要な意義があり、違反の場合に債務不履行による解除権や損害賠償義務が発生するというのであれば、「生活者」の意義について、これを明確に定め、かつ、契約条項も「乙は生活者以外に商品を販売してはならない。」(法令用語上は「…するものとする」は訓示規定、弱い義務を定める場合に使用されるのが通例である。)と定めるべきであることなどを考えると、本件の場合における「乙は生活者に販売するものとする。」との定めからは、控訴人主張のような具体的な義務を導くことはできない。ちなみに、被控訴人ダイコクらが販売業者等に販売した証拠はなく、また、被控訴人ダイコクらが販売業者等に販売する意図をもっていたことをうかがわせる証拠さえないのであるから、仕入価格による販売であるから販売業者が買う余地があり、その場合には控訴人の直接販売の政策を崩壊させる危険があるので、上記義務に違反するなどと主張するのは、失当であって、到底採用することができない。
(1-5) 控訴人が主張する(A)被控訴人ダイコクらの推奨販売義務について検討する。
 第3条第1文では、「乙(被控訴人ダイコクら)は、商品の推奨販売に努め」とされている。その文言からも意味内容からも、推奨販売に「努める」ことが努力義務として訓示的に規定されたものと解すべきであり、控訴人が主張するような推奨販売という具体的な義務が定められたものと解することはできない。控訴人の主張は失当である。
(1-6) 控訴人は、さらに、第3条第1文に商行為としての販売行為に関する義務が定められていると主張するが、控訴人自身、条項上の根拠文言を示せないでいるように、第3条第1文からそのような法的義務を導くように解することはできない。控訴人の主張は失当であるというほかない。
(1-7) 結局、控訴人の取引基本契約違反の主張は、理由がない。
(2) 争点(2)(サポートVAN契約違反の有無)について
(2-1) 証拠(甲46ないし83、12〔枝番号を含む〕)によれば、控訴人と被控訴人ダイコク及び合併前4社との間で結ばれたサポートVAN契約書の第5条は、次のように定められている。なお、第2条に定義規定があるので、これも合わせて以下に引用する。
 「第5条(機密保持)
@ 甲(判決注:被控訴人ダイコクら)は、本契約の内容並びに本契約に基づき取得した乙データ及び乙資料を機密に保持し、理由の如何を問わず本契約内容、当該データ、資料又はそれらの複製物を第三者に開示、譲渡、貸与もしくは使用許諾してはならない。
 又、甲は本契約に関連して乙(判決注:控訴人)から貸与又は交付を受けた本システムに関するマニュアルその他の書類(以下マニュアル類という)、フロッピーディスク等の記憶媒体に含まれる情報及びソフトウェア並びに本契約に基づき知り得た本システムに関するノウハウ、企画及びその他の情報についても同様に守秘義務を負うものとする。
A(省略)
2 乙は、甲データの機密を保持し、甲の同意を得ずして甲データを、そのままの形で甲以外の第三者に開示、譲渡、貸与もしくは使用許諾してはならない。」
 「第2条(定義)
 本契約書に用いられる下記用語は、それぞれ次の意味を有する。
@甲データ:甲が端末から入力する仕入、売上、支払、在庫等に関するデータをいう。
A乙データ:甲データ又は甲データ及びその他のデータに乙が処理加工を加えて作成したデータをいい、ファイル化したものも含む。
B乙資料:乙データに基づき出力される売上月報、その他のデータリストをいう。」
(2-2) 上記規定に照らせば、本件仕入価格が甲データに該当するとは解されないところ、控訴人は、仕入価格はサポートVAN契約書の第5条第1項@の「本契約に基づき取得した乙データ」に該当し、被控訴人ダイコクが仕入価格を公表したことは、同条項の機密保持義務に違反するというものであると解される。
(2-3) 上記証拠によれば、サポートVAN契約書の前文において、「被控訴人ダイコクら(甲)と控訴人(乙)とは、乙が企画・開発したサポートVAN(本システム)を実施する間、本システムを利用した情報処理業務等に関し、以下の事項を約定し、サポートVAN契約(本契約)を締結する。」とされているのであり、本契約とは、サポートVANを実施する間の情報処理業務等に関する事項を約定したものであると認められる。そして、被控訴人ダイコクが守秘義務を負うのは、上記のとおり、「本契約に基づき取得した乙データ」である。
 ところで、仕入れのための売買契約に際しては、控訴人の定める売り渡す予定価格が事前に被控訴人ダイコクに提示されるとしても、また、その金額が乙データの一部となっているとしても、結局として売買契約として成立している以上、前判示のとおり、仕入価格は、売買契約における両者の合意によって成立するもので、両者は区別されるべきものである。加えて、仕入価格という情報は、売買契約によって成立するものであり、サポートVANを実施する間の情報処理業務等に関する事項を約定した「サポートVAN契約(本契約)に基づき取得した」ものであるとは認められない。よって、被控訴人ダイコクが消費者に開示した仕入価格は、乙データとして守秘義務を負うものとはいえない。
 控訴人の主張は、採用することができない。
(3) 争点(3)(継続的取引契約に基づく信義誠実義務違反(信頼関係破壊)の有無)について
 控訴人は、信義誠実義務違反(信頼関係破壊)を構成する事由として、(A)控訴人商品の仕入価格(卸価格)の公表、(B)差別的公表・販売、(C)虚偽宣伝、(D)仕入価格(卸価格)又はそれ以下での控訴人商品の販売、(E)控訴人ブランドの不当な悪用、(F)控訴人からの「原価セール」中止要請の拒否、(G)控訴人に対する「原価セール」中止の対価(金員)の要求、(H)消費者に対する控訴人ブランド力の低下を主張する。
 しかし、上記各要素については、いずれも既に判示したところであるか、又は既に判示したところに照らせば、信義誠実義務違反(信頼関係破壊)を構成するものというに足りないものというべきであって、控訴人の主張は、採用することができない。なお、控訴人は、本件のような信義則に基づく継続的な取引関係にあっては、仕入価格の秘密保持義務が黙示的に合意されているとも主張するが、本件契約に関する前認定の事情にかんがみつつ検討しても、原告が主張するような黙示的な合意がされているものと証拠上認めることはできない。また、上記(G)の主張うち、控訴人以外の他社が、「原価セール」の対象とされないために、被控訴人ダイコクの金銭的要求に応じているとの点は、本件全証拠をもってしても認めることはできない。
(4) 争点(4)(商慣習ないし商慣習法上の義務違反の有無)について
 既に判示したとおり、控訴人の主張は採用することができない。
(5) 争点(5)(控訴人の損害及び因果関係の有無)
 この点について判断するまでもなく、控訴人の債務不履行に基づく損害賠償請求は、理由がない。なお、控訴人の主張する損害及び因果関係の点についても、不法行為等に基づく損害賠償請求に関して説示したところと同様である。
3 【請求B】不正競争防止法3条に基づく仕入価格開示の差止請求(被控訴人らに対する請求)について
 前判示のとおり、本件においては、不正競争行為の存在が認められないのであって、控訴人の本件差止請求に理由がないことが明らかである。
4 【請求C】サポートVAN契約の終了に基づく動産返還請求(被控訴人ダイコクに対する請求)について
 被控訴人ダイコクは、当審において、サポートVAN契約の終了したこと自体は認め、別紙動産目録記載の動産を返還する義務のあることを認めた。なお、被控訴人ダイコクのこの点に関する陳述は、本件訴訟において、控訴人の主張する理由とは別の理由に基づき、契約終了という法的効果を生じさせること及びこれによる動産引渡義務が存在することを自白するにとどまり、契約の終了時期、終了事由などについては、一切これに触れないというものであるから、当裁判所も、被控訴人ダイコクの自白をその限りで、判断の基礎とするものである。
 そうすると、いずれにしても、原判決中、この点に関する部分(なお、任意返還済みのため訴えを取り下げた部分を除く。)を取り消し、被控訴人ダイコクに別紙動産目録記載の動産の返還を命ずることとする。
5 【請求D】サポートVAN契約の終了に基づく精算金請求(被控訴人ダイコクに対する5395万3005円の請求)について
 争点は、サポートVAN契約の終了に関する帰責事由の有無についてである。
 控訴人が、被控訴人ダイコク及び合併前4社に対し、平成13年5月20日付け解除通知(信頼関係破壊に伴う無催告解除)により、取引基本契約及びサポートVAN契約をそれぞれ即時解約する旨通知し、この解除通知は、被控訴人ダイコクらに同月21日又は22日に到達したことは、当事者間に争いがない。
 控訴人は、取引基本契約が解除された場合には、控訴人との取引関係がなくなり、サポートVANを使用する目的が失われるわけであるから、もはやサポートVAN契約を維持することができないことや、被控訴人ダイコクが「原価セール」を行った行為は、サポートVAN契約の解除条項に該当し、又は、契約当事者間の信頼関係を破壊するものであり、さらには、契約解除を基礎付ける合理的な理由に該当し、同契約は、控訴人の解除により終了したことを主張する。
 しかしながら、既に判示したところに照らせば、控訴人が解除事由として主張するところは、いずれも契約解除事由とはなり得ないものであるというべきである。そうすると、控訴人がした上記解除には、理由がなく、解除の効力を生じないものである。
 そして、証拠(乙2ないし4)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、解除通知後、解除の効力が生じたことを前提に、サポートVAN契約の機能の一部を停止し、その後、同契約で使用する機器の回収行為を始めたこと、これらの機器は、控訴人のみならず、他のメーカーとの取引にも使用し得るもので、販売店としては、一括的な販売管理が可能かつ必要であるシステムであったこと、被控訴人ダイコク及び合併前4社は、サポートVAN契約の機能停止という事態により、販売管理などの業務に支障をきたすに至ったため、サポートVAN契約をあきらめ、独自のシステムを導入したこと、そのため、被控訴人ダイコク及び合併前4社は、解除の事由、効力を争いつつも、サポートVAN契約の効力が失われたこと自体は認めて、順次、サポートVAN契約に基づいて占有していたポータブル端末、バーラベ(バーコード発行機)、サポートVANマニュアルを控訴人に返還していったことが認められる。
 以上によれば、サポートVAN契約は、既に終了したこと自体に当事者間に争いがないところ、その終了は、控訴人の理由のない解除とこれを前提とした上記行為に原因があるというべきであって、サポートVAN契約第16条D号にいう「控訴人の帰責事由以外でサポートVAN契約が終了した場合」に該当しないものというべきである。そうすると、同条を根拠とする控訴人の本件精算金請求は、理由がない。
6 おわりに
 以上判断したとおりであるが、本件訴訟が、仕入価格による販売の点に関し、急成長を遂げる量販店とその地域的拡大に伴う地元小売店との直接的な対立ではなく、量販店と各小売店に営業基盤を有する大手メーカーとの対立という特異な状況の下で提起され、今日なお、訴訟提起や仮処分等を含めて複雑な様相を呈し、しかも、今後どのように推移するかも予断を許さない状況にあることにかんがみ、今後の無用な紛争の再発拡大を懸念し、以下の点を付言しておきたい。
 売買契約の代金額である仕入価格は、当事者の合意によって成立するものであって、不正競争防止法2条1項7号にいう「示された」ものに該当しないため、当事者間の特段の合意がなくとも規制し得る不正競争防止法によっては、仕入価格の開示を制限することは不可能である。しかし、事業活動上、仕入価格の開示による不都合を制限する合理性・必要性が存在する場合のあることも想定し得るところであって、本判決の判断は、独占禁止法などの諸法令に反しない限度において、当事者間において一定の場合には秘密を守る義務を課する合意をすること自体を否定するものではない。ところが、本件においては、取引基本契約においては守秘義務を生じるような合意はされておらず、サポートVAN契約においても同様であった。そして、商道徳ないし商慣習法から守秘義務を認めることも証拠上できなかった。したがって、本件における当事者間の合意内容(付随義務を含む。)等を前提とする限り、仕入価格の開示を違法であるとすることはできない。
 また、仕入価格による販売は、販売に要する費用を含まないことが自明である。しかし、本件「原価セール」の段階では、前判示のとおり、一般指定6項前段につき、「実質的仕入価格を下回るか否か」という基準が一般に公表されて長く運用されてきていること、及び、同基準には相当程度合理性を肯認し得ることからすると、同基準は、法的規範として一応の確立をみているということができることにかんがみ、また、前判示のような主張立証の状況に照らせば、「仕入価格そのもの」による販売は、かろうじてではあるが、同基準に抵触しないというべきこととなった。しかし、今後、公正な取引方法に関する社会の認識が変化し、一般指定6項の解釈・運用も変化して、限界事例である「仕入価格そのもの」による販売が一般指定6項に該当すると解釈されるようなケースが生じる可能性は十分にあり得るであろう。
 さらに、本件「原価セール」における独占禁止法違反の有無は、前認定の回数及び日数(その後継続されたであろう若干の期間のそれを含む。)並びに本件証拠により認められる競争関係にある販売業者への影響を前提として判断されている。しかし、今後、販売に要する費用を含まない仕入価格そのものによる販売を反復継続した場合には、競争関係にある販売店への影響いかんでは、一般指定6項に該当すると判断される余地もあり得るものというべきである。したがって、本判決の判断したところに基づくものとして、「仕入価格を開示した上、仕入価格そのもので販売する行為」が基本的に許容されると解釈するのは誤りである。
7 結論
 以上のとおりであるから、原判決の判断は相当であり、本件控訴はすべて理由がなく棄却すべきであるところ、原判決中、本判決別紙動産目録記載の動産の引渡しを求める部分については、当審において、被控訴人ダイコクが主張を変更し、引渡(返還)義務を認めたことにより、結果的に控訴は理由があることになるので、これを棄却した部分を取り消した上、被控訴人ダイコクに上記動産の引渡し(返還)を命ずることとする(この点で被控訴人ダイコクの一部敗訴となるが、前判示の事情に照らし、訴訟費用の負担につき、民訴法64条ただし書きを適用する。)。なお、原判決中、原判決別紙動産目録一ないし五記載の動産のうち上記動産を除くその余の動産の引渡しを求める部分については、当審における任意返還が行われたことから、控訴人が訴えを取り下げたので、失効した。
 よって、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所知的財産第4部
 裁判長裁判官 塚原朋一
 裁判官 田中昌利
 裁判官 佐藤達文


〔別紙〕 動産目録
1 ポータブル端末:16台
2 バーラベ(バーコード発行機):7台
3 サポートVANマニュアル:30冊

(別紙「原価セール」一覧表は省略)
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